« 2005年1月 | トップページ | 2005年3月 »

2005年2月

2005.02.27

「予算案3月2日に衆院通過へ」 定率減税縮小は、増税だが、自民党の公約には増税するとは書いていなかった。

◆参考:「定率減税」とは何か。

1999年から実施し、現在も実施している減税措置のこと。所得税、個人住民税、法人税、法人事業税で実施している。個人の減税規模は4.1兆円。具体的には、所得税・住民税を合わせた最高税率65%を50%に軽減。定率減税として、所得税は本来の税額の20%(最高25万円)、住民税は本来の税額の15%(最高4万円)を減税。年齢16歳以上23歳未満の特定扶養親族の控除額を所得税は5万円、住民税は2万円アップしている。


◆記事1:予算案3月2日に衆院通過へ、年度内成立が確実に

 

 自民、民主両党は24日、2005年度予算案を3月2日に衆院本会議で採決し参院に送付することで合意した。

 これにより予算案の年度内成立が確実となった。自民党の小坂憲次国会対策副委員長と民主党の高木義明国会対策委員長代理が24日、国会内で会談して決めた。

 憲法は、予算案が衆院から送付後30日以内に参院が議決しない場合、衆院の議決が国会の議決となると定めている。3月2日に衆院を通過した場合、予算案は4月1日午前零時に自然成立する。与党側は3月25日に開幕する愛・地球博(愛知万博)の前の成立を目指している。

 また、自民、民主両党は、野党が慎重審議を求めていた、所得税などの定率減税縮減に関する税制関連法案について<1>所得税法等改正案は予算案と同時に衆院本会議で採決する<2>地方税法等改正案は予算案と切り離して審議し、3月8日に衆院本会議で採決する――ことなどで合意した。これにより、23日に民主党が審議を欠席した財務金融委員会は正常化する。 (読売新聞) - 2月24日21時18分更新


◆記事2:定率減税縮小、景気に懸念 05年度予算案の公聴会

 

 衆院予算委員会が23日開いた公聴会で、暮らしと経済研究室の山家悠紀夫・元神戸大大学院教授は、定率減税や住宅ローン減税の縮小は家計を圧迫し景気を悪化させる懸念があると指摘し、「財政再建は必要だが、タイミングと方法を間違ってはいけない」と警鐘を鳴らした。

 山家氏は、現在の日本経済は米国や中国への輸出に頼る危うい基盤の上にあるとする一方、最近の景気回復は企業業績の急上昇に依存していると強調。ただ、民間企業が稼いだ利益は「企業の中にとどまっており、家計まで行っていない」と説明し「景気が回復しても家計は必ずしも良くなっていない」と現状を分析した。


◆コメント:わずか半年前に参院選があったのを覚えていますか?
 

 直近の国政選挙は、昨年7月11日の投票が行われた、参議院議員選挙です。

このとき、自民党はいずれにせよ、大きく議席を失ったのですが、今はそれは問題ではありません。

参議院議員選挙の時に自由民主党、公明党が配ったパンフレット、マニフェストがありますが、これのどこを見ても、増税をするとは書いていないのです。

記事1に書いてある2005年度予算案には、「定率減税」を半分にすることがもりこまれています。「定率減税とはなにか」は冒頭の「参考」を読んでください。


◆定率減税の縮小とは、実質「増税」ですよ。

 あまりにも長く不況が続くので、個人消費を増やそうというもくろみで、1999年から、所得税と住民税は減額してあるのです。

 ところが、消費は増えない。従って税収が不足して、日本国の借金は700兆円もある。これを返す財源がないから、減税を止めようという法案が3月2日に通ってしまいそうなのです。実質的に増税になります。


◆定率減税見直しの議論は、参議院選挙の前からあったのに、選挙期間中、自民党は全くそのことに触れなかった。

 

 定率減税を徐々に減らしていこう、という話は検索をしてみると分かりますが、参議院選挙の前から、自民党の中にあった。

しかし、選挙の時に、自民党はひとこともそんなことは云わなかったのです。

 増税などという重要な政策については当然それを明らかにして、国民の判断を仰ぐべきだったのです。

ところが、実際には、選挙が終わった後、にわかにこの話が具体化してきました。勿論、自民党が中心です。で、ついにそれが現実となりつつある。

定率減税の減税額は一挙に半分になります。来年には廃止しようといいます。増税です。

 このような大事なことを自民党は選挙中、隠しておいて、選挙が終わったら、勝手に決めてしまった。

 こういうのを詐欺というのではないでしょうか。


◆消費税率引き上げの時には、自民党はそれを公言していた。それが、本来のあり方。

 1996年10月の衆議院議員選挙の前には、消費税率を3%から5%に引き上げるべきかどうか、大変な議論があったのです。

 但しこのときには、自民党は「消費税を上げる」と選挙期間中に公言して、それで、勝って、実際に引き上げられたのです。

 政策としてどうだったかは別として、選挙の戦い方としては、フェアです。


◆それにひきかえ、今回は、詐欺だ。

 

 96年10月の衆院選の時に引き替え、昨年7月の参院選のやり方はアンフェアです。もっと酷く云えば、詐欺です。

参院選直前に年金問題や自衛隊のイラク派遣、多国籍軍参加に関して小泉首相の説明が不十分だったので、自民党は大きく議席数を減らしました。

自民党はただでさえ情勢が不利なのに、増税のことなど持ち出したら、致命的だと思って何も云わなかった。

 もし、云っていれば、国民の判断は違っていたでしょう。いくら不利だとはいえ、それが正しい政策だと思っていたのであれば、公約に含めておくべきでした。

 増税などという重大な政策変更だからこそ、はっきりさせておかなければならなかった。


◆今、増税なんかしたら、どうなることやら。

 

 この前から、何度も書いているけれど、不況は続いている。

 先週金曜日に発表された東京都区部の消費者物価指数は、前年同月比0.5%マイナスです。前年同月比マイナスは5年5ヶ月も続いているのです。

 記事2で、専門家が述べているとおり、消費がまだ回復していない現状において、実質増税となる定額減税を減らす(減税を減らす=増税です)ことは、大変危険です。可処分所得が減るのですから、家計の消費は一層抑制され、デフレ不況を長引かせることになるでしょう。


◆新聞は何をおとなしく静観しているのか。

 

 記事1じゃ、何のことか、普段から関心のない人には、わからない。

 2005年度予算案が通過するということは、定額減税縮減法案も含まれているのですから、「これは、増税だ。公約になかったことを勝手に実行するな。こともあろうに、野党・民主党はこの詐欺に賛成するという。けしからん。」と批判するべきなのです。それをしない。

だから、私が書いたのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.24

「約3万年前の細菌が復活 アラスカの永久凍土で発見」 地球温暖化で永久凍土はどんどん、溶けているのです。

◆記事:約3万年前の細菌が復活 アラスカの永久凍土で発見

 

 【ヒューストン23日共同】米アラスカの永久凍土の中で約3万2000年間生き続けていたとみられる微生物を米航空宇宙局(NASA)マーシャル宇宙飛行センターの研究者が発見、新種の細菌と認定された。同センターが23日発表した。

 凍土中では“冬眠状態”だったとみられ、顕微鏡で観察中に動き始めたという。研究者は「こうした過酷な環境で生き延びられる生物は、火星の氷の中でも見つかる可能性がある」としている。(共同通信) - 2月24日11時43分更新


◆コメント:人類が知らない、細菌やウィルスが、氷河や永久凍土に閉じこめられている。

 

 2年近く前に地球温暖化とSARSと題する一文をものした。

地球温暖化により、未知の細菌やウイルスが、人類の経験したことがない感染症を引き起こすかもしれぬ、もしかしたら、SARSもそれではないか、と思ったのである。

 SARSがどこから来たのかは分からないが、今日の記事を読んでいただくと、「新種伝染病大流行の恐怖」が、あながち杞憂とも言い切れないことが、おわかり頂けるのではないだろうか。


◆グリーンランドの氷河では14万年前のウイルスが氷の中でまだ生きていた。

 

地球温暖化の研究に携わっている専門家によると、北極、南極、グリーンランドの氷はかつてない早さで溶け続けている。

グリーンランドの氷河は40年前に比べ、地球温暖化の結果、約40%も薄くなっている。

 シベリアでは、氷河の中で完全な形を保ったままの、なんと、2万3前年前のマンモスが姿を現して、学者のみならず、世界を驚かせたことがある。

マンモスならいいが、氷河や永久凍土(シベリアなどでは大部分を占める、一年中凍ったままの地面の層)の中には、記事にあるとおり、何万年も前の、人類がまだ知らない細菌やウィルスが、閉じこめられている。


グリーンランドの氷河を研究していた、米国の大学の合同チームが、あるとき、14万年前の氷層から、掘り出した氷の中にウィルスを発見した。そのウイルスは発見された時点で、植物に感染する能力をもっていたというから、驚く。

いいですか?今日の記事にあるのは、3万2千年前の細菌。グリーンランドで発見されたのは14万年前のウィルスです。


◆未知の伝染病が世界中に蔓延する可能性がある。

 私が勝手に扇情的な言葉を連ねているわけではない。

 れっきとした専門家の意見なのだ。

グリーンランドを調査した学者たちや、ウイルス学者は、何百万年も氷の中に閉じこめられていた、我々が知らない(したがって、どんな抗生物質や、抗ウイルス薬や、ワクチンも役に立たない)細菌やウイルスが、地球温暖化の影響で氷が溶けることによって海中や空気中に拡散し、予防も治療も出来ない伝染病が世界に蔓延する可能性は、否定できないという。

あたかも中世にヨーロッパの人口を半減させたという、ペストのようではないか。


◆京都議定書では間に合わない。

東京のかなりの地域に毎週木曜日に配られる、「サンケイ・リビング」という奥様向けの無料のタウン誌(タブロイド紙)がある。

 今日、その紙面に石原慎太郎東京都知事が登場して、環境問題を語っている。

恐ろしいがその一部を引用させていただく。


少し前、ある出版社が内外の専門家に、「人間が生存できる場所としての地球はあと何年持つのか」、という質問をしたら、大多数は「100年は持たないと思う。80年前後でしょう」という答えだった。

私は、過去に何度も地球環境概況2000という、国連環境計画の報告書が「地球温暖化を防ぐのは、恐らく手遅れ」と結論していることを述べた。それは、つまり人類は滅亡することを意味する、とも書いた。やはり、あまり間違っていないようだ。無念である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.23

「特ダネは、やはり気持ちいい。」 (テレビ朝日のメルマガ) 他人の不幸で食っている人々。

◆テレビ朝日報道局のメールマガジン「報道ブーメラン」より。

「特ダネは、やはり気持ちいい。昼ニュースのデスクが本業だが、22、23日の昼のANNニュースはともにトップ項目は特ダネだった。「NHK職員が痴漢で逮捕」と「陶芸窯で遺体を焼いた事件に関係した男が拘置所で死亡」だ。現場記者の努力が実を結んだ瞬間。その時間を共有できたことに喜びを感じる。中立、公正は当然だが、躍動感あるニュースを発信できるようこれからも精進したい。」


◆コメント:気持ちいい・・・ですか。他人の不幸がそんなに嬉しいですか。

 

 マスコミの現場の人間の言葉を読みたくて、いくつか、メルマガを購読している。

 ブンヤ(マスコミ)というのは、こういうものだ。と分かってはいたものの、こういうことを何の疑いも躊躇いもなく書いてしまう人たちの神経は、やはり、常人(少なくとも私)とはだいぶ違う。

嫌だなあ、とおもうのは、マスコミ(報道)の人間というのは、世の中の不幸な出来事がメシの種なのだ、という、どうしようもない現実である。

 特に社会部がその本質から、「事件・事故」を期待する人々になってしまう。


上の例で云えば、NHKの職員が痴漢をした。痴漢をした本人は悪いに決まっている。

 しかし、本件に限らず、痴漢で捕まる人間がいる場合、被疑者に家族がいたとしたら、地獄だ。

 妻は、「痴漢の妻」として、他の奥さん達の井戸端会議の格好の標的となる。社宅にでも住んでいたら、針のむしろだろう。

子供はもっと可哀想だ。「痴漢の子供」としていじめられるだろう。そういうこと、想像しませんか?

痴漢は、繰り返すが、もちろん、被疑者が悪いのだが、このような「事件」は、無かった方が良かったに決まっているではないか?

「事件」がなければ、不幸な人が生まれなくて済んだ(うっかり、NHK職員の有罪が確定したかのように書いてしまったが、 云うまでもなく、当のNHK職員はまだ被疑者であり、有罪の判決が確定するまでは、「無罪」が推定されなければならないことを、忘れてはならぬ)。

それをテレビ朝日のこの「デスク」らしき人物は喜んでいる。

 「他人が不幸になることをいち早く世間に言いふらすことができたこと」を、喜んでいる。

悲しい。

ついでに嫌味を言わせてもらうが、性犯罪に関して云えば、テレビ朝日には数年前、連続レイプ魔がいた。

 痴漢どころではない。ニュースになったときには懲戒免職になっていたが、犯行時はテレ朝の社員だったはずだ

 だから、テレ朝は、あまり偉そうなことは云えないと思うのだが。
なぜ、この「デスク」が喜んでいるかというと、絶対、彼らは認めないだろうが、民放の報道局というのは、NHKにたいしてコンプレックスをもっているからである。それは、我々の想像を遙かに超えている。

しかし、「気持ちいい」は言い過ぎだ。

 「陶芸窯で死体が焼かれた」事件だって、「そんなことは起きなかったほうが良いに決まっている」、という、あまりにも当たり前の感覚を忘れているところが怖い。


 「躍動感のあるニュース」ねえ。

私はもう、うんざりだ。こんなニュースが無くなるのが、世の中の理想ではないのか?(現実の世界から、一切の事件が無くなることなど、永久にないのは、私は百も承知である。それでも「理想」を書いているのだ。念のため書き添える。)

毎日毎日、人殺しがある。

 性犯罪がある。 

 事故で人が死ぬ。

 有価証券報告書虚偽記載で検察に取り調べを受けていた人物が自殺する。

こんなことは、すべて「無いにこしたことはない」ではないか。

デスクには、こう、書いて欲しかった。

「このような、悲惨な事件を伝えなくても済む世の中がくることを、たとえ、無理だと分かっていても、祈る」と。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.21

西武鉄道前社長が自殺 気の毒です。

◆記事:西武鉄道前社長が自殺=虚偽記載問題で任意聴取-自宅で首つり・東京

 19日午後零時50分ごろ、東京都町田市鶴間の小柳皓正西武鉄道前社長(64)の自宅で、前社長が首をつっているのを家族が見つけ、119番した。前社長は病院に運ばれたが、間もなく死亡が確認された。室内には家族にあてた遺書が残されており、警視庁町田署は自殺とみて調べている。

 小柳前社長は西武鉄道の有価証券報告書虚偽記載問題で、今月に入り、東京地検特捜部から任意で事情聴取を約10回受けていた。

 調べによると、小柳前社長の妻(61)が外出先から戻ったところ、前社長が2階にある寝室のかもいにネクタイを掛け、首をつっているのを見つけた。前社長はパジャマ姿だった。遺書は布団のそばに置いてあり、家族への感謝の念が便せん2枚につづられていたという。 (時事通信) - 2月20日6時1分更新


◆コメント:西武の無法ぶりは、皆知っていたのに、今まで放置してしまった。

 

 西武鉄道グループは、12月に長年にわたって、有価証券報告書に虚偽の表示を行っていたことがバレて、東京証券取引所から、上場廃止を宣告されています。

その後、商法では、3ヶ月に一回は行うことが義務づけられている取締役会を7年以上も行っていなかったこととか、グループ企業間で損失を補填していたことなどが明らかになりました。もの凄いデタラメ経営です。

しかし、ありていに云って、 西武グループにおける堤義明氏の「超」独裁者ぶりは有名で、これぐらいのことをやっていたのは、政財界の人間やマスコミの人間なら、知っていた「既成事実」です。

 もちろん、それが永久に闇に葬り去られるよりはいいけれど、今更急に、何も知らなかったように騒ぎ立てるのも、滑稽です。もっととっくに指弾されるべきでした。


 自殺した小柳前社長も気の毒です。この人は天下りですけどね。

西武では、堤義明の前では、たとえ役員と言えども、ひざまずいて報告をしなければならなかったというのは有名です。

 あたかも中世の絶対君主のごとく振る舞っていた堤氏の命令に逆らうことは難しく、自分は不本意なのに違法行為を黙認しなければならず、非常に苦しんだと思われます。

 そして、厳しい検察の取り調べを受けているうちに何もかも嫌になってしまったのでしょう。実に、気の毒としか云いようがない(無論、何も悪くなかったとはいいませんが、今は死者を悪く書くことは控えます)。

「責任を取るつもりなら、死んではいけない。」などと書く奴がきっといるでしょうが、そういうのは、たいした責任を負ったことのない、ガキでしょう。


◆マスコミも虚偽表示している。

 堤義明は確かに悪いけれど、西武鉄道を極悪人扱いしているマスコミも、実は偉そうなことは言えないのです。

 放送局には、持ち株制限が電波法に基づく総務省令で定められています。これは、


「マスメディアが他の放送局の株式を保有する場合、同一地域の複数の放送局で10%を超えた議決権を持つことはできない。また、別の地域でも20%以上の議決権を持つことができない」


 ということです。ある放送局が放送局の支配権を握って、放送内容に干渉することが出来ないようにするためです。

 しかし、すべての民法テレビ局はこれに違反していたことが、昨年末に明らかになりました。12月4日の日記で詳しく書いたので、ご覧下さい。

マスコミ自身、有価証券報告書に虚偽の表示をしていたのです。他人のことを偉そうに非難できる道理は、無いのです。

全く、この国はどうしてこれほど、でたらめになってしまったのでしょう。法治国家と言えません。


◆西武の個人株主は、激怒しています。

 

 マスコミも偽善的だが、だからといって、西武鉄道が悪くないということには、絶対に、なりません。

なにせ、西武鉄道の株は上場廃止になってしまったのですから、もはや、西武の株は紙くず同然。

株式会社は株主のものです。その株主に大損害を与えてしまった。

しかし、西武は、大企業の株主に対しては、損失を穴埋めするといっていますが、個人株主は無視しました。切り捨てるつもりです。

 個人株主は激怒しました。当然です。

今月1日、213人の個人株主は集団訴訟を起こしました。


◆一番問題なのは、国民が西武鉄道の事件を「大したことではない」と思っていることです。

 

 西武鉄道の事件が騒がれ出してから、随分多くの一般市民が自分のWeb日記やblogでこの問題に触れていますが、それらを読んで驚くのは、怒っている人があまりいないことです。単に茶化したような文章が非常に多い。

つまり、かなりの日本人は、違法行為といえども、バレなければ、構わないと考えているのではないでしょうか?

違法行為までいかなくても、日本人には「あんたの都合の悪いことには目をつむるから、オレの悪いことも見逃してよ」、というなれ合いが極めて生じやすい精神風土があります。

それをやっているから、いつまでたっても、不正、不祥事が無くならないのです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.02.19

小泉内閣の経済政策は、完全に失敗しているにも関わらず、大新聞、野党は追及が甘い。

◆説明:小泉内閣は、大手銀行の不良債権さえ減らせば、デフレ不況は克服できる、と云っていたのです。

 

 小泉首相は2002年9月30日に小泉改造内閣を発足させました。

このときの最大の話題は、柳沢金融大臣を更迭して、新たに新たに民間の竹中平蔵氏を経済財政担当大臣・金融大臣兼務にしたことです。

 これによって、本格的に不良債権処理をやるぞ、と言う姿勢を示したのです。

 実際に竹中大臣は、「金融再生プロジェクトチーム」を発足させました。このチームのメンバーは日銀出身で、強行派で知られる木村剛氏らで構成されていました。彼らの考え方ははっきりしていました。つまり、



「日本が不況から脱することが出来ないのは、銀行が多額の不良債権を抱えていて、これが足かせとなり、新規の融資(貸し出し)ができないせいだ。だから企業も必要な資金を借りることができず、設備投資を行えない。

このため、企業収益が低迷→従業員の給料を減らす→国民は消費を減らす(モノを買わない)→よけいにモノ・サービスの値段が下がる。→企業収益がますます悪化する。 という「デフレスパイラル」に陥っている。これを断ち切るには、銀行の不良債権を強制的に減らすしかない」





 という考え方でした。

 実際に、竹中さんはテレビのインタビューで過剰債務を抱える不振企業について

「駄目な企業が退場するのは資本主義の普通のルール。本当に必要な企業にお金が回るようにすべきだ」

 と述べ、大手銀行の不良債権処理を加速させるなかで不振企業の整理、再編を促す意向を表明しました。


◆竹中大臣は不良債権処理を銀行に強制しました。

 

銀行界からは目標が厳しすぎる、など、猛反発があり、与党の内部からですら、同様の意見がありました。しかし、竹中さんは金融プロジェクトチームが策定した内容を実行に移しました。


◆結果はどうでしょう?大失敗です。数字に表れています。

 

 竹中さんが金融相に任命されてから、今日で、873日が経過しました。

さて、景気は回復したでしょうか?していません。

 銀行の不良債権残高は確実に減っています。しかし、貸し出しが増えない。ちょっと統計を見てみましょう。


◆記事1:銀行不良債権23・8兆円…ピーク時より半減(読売新聞)- 1月21日22時39分更新

金融庁は21日、全国127銀行の2004年9月末の不良債権残高(金融再生法ベース)が計23兆7910億円となり、同年3月末に比べて2兆8030億円減少したと発表した。各行が不良債権処理を進めたためで、ピークだった2002年3月末の約43兆2070億円からほぼ半減した。


 竹中さん(に入れ知恵した木村さん)の命令通り、銀行は不良債権を減らしました。さあ、景気が回復しているはずです!それには、まず、銀行の貸し出しが増えなければいけないのでしたね?

では、再び数字を見ましょう。


◆記事2:2004年の銀行貸出残高、4.0%減・8年連続マイナス(2005年1月12日 日経)

日銀が12日発表した貸出・資金吸収動向によると、都市銀行や地方銀行など民間銀行の貸出残高は2004年平均で389兆331億円となり、03年比4.0%減だった。

8年連続のマイナスとなったが、03年の減少率に比べ0.9ポイント縮小した。日銀では、「企業の有利子負債圧縮の動きが続いてはいるものの、銀行の住宅ローン強化などが奏功してきている」(考査局)という。


日経はどうして、政府の言い訳の代弁をするのか良く分かりませんが、客観的事実は、不良債権は半減したが、銀行貸し出しは減り続けているということです。

実際の経済はどういう状態でしょう?モノ・サービスの価格が下がり続けるデフレが止まっていればいいのですが。


◆記事3:2004年の全国消費者物価0.1%下落 (2005年1月28日 日経)

総務省が1月28日朝発表した2004年の全国の消費者物価指数(2000年=100)は、生鮮食品を除く総合が97.9と前年比0.1%下落し、前年の水準を5年連続で下回った。

このうち04年12月は前年同月比0.2%下落の98.0となり、3カ月連続の下落となった。

同時に発表した2005年1月の東京都区部の消費者物価指数(中旬の速報値)は、生鮮食品を除く総合が96.4と、前年同月比0.5%下落し、前年同月の水準を5年4カ月連続で下回った。


 

 誠に残念ながら、デフレは今も続いているのです。

 念のため、日本国内の経済活動の変化を示す、GDP(国内総生産)を見てみましょう。今週水曜日に発表があったばかりです。


◆記事4:10-12月期のGDP、実質で年率0.5%マイナス成長 (2月16日 日経)

内閣府が16日発表した昨年10―12月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を調整した実質で前期比0.1%減、年率換算で0.5%減となった。

マイナス成長は昨年4―6月期以来、3.四半期(9カ月)連続。設備投資は堅調だったものの、個人消費の減速が響いた。

ただ景気の実感により近いとされる名目GDPは前期比0.02%増、年率0.1%増と3四半期ぶりのプラス成長。

名目成長率が実質を上回り、デフレ後退を映す内容となった。


GDPは四半期(3ヶ月)ごとに発表されます。

過去2四半期を振り返ってみます。2004年の数字です。


◆4-6月期

実質GDP 前期比 +0.4%

名目GDP 前期比 -0.3%

◆7-9月期

実質GDP 前期比 +0.1%

名目GDP 前期比 ±0.0%

◆10-12月期

実質GDP 前期比 -0.1%

名目GDP 前期比 +0.02%


◆景気が回復しているとは云えない。

 こういう景気指標は、株式や為替の相場と同様、ある時点だけを見ても、判断できません。

トレンド(傾向)を見なければ、経済の実態がどのように変化しているか分からないのです。

2月16日の日経新聞は、


「景気の実感により近いとされる名目GDPは前期比0.02%増、年率0.1%増と3四半期ぶりのプラス成長。名目成長率が実質を上回り、デフレ後退を映す内容となった。」



 と書いています。まるで政府の広報機関のようですね。

そのまえ、ずっとゼロ成長か、マイナスが続いていて、今回、名目GDPがほんの少しだけ(0.02%)プラスになったことだけで「デフレ後退を映す内容」である、と書くのはあまりにも楽観的すぎます。

プラスになったのは、9ヶ月ぶり。そしてまだ、ただの1回しか見ていないではないですか。

第一、不況の原因であるデフレ。つまり、モノ・サービスの価格は、記事3ではっきりとかかれているとおり、通年でみても5年連続で下落しているのです。

消費者物価指数がプラスに転じて、さらに、それが少なくとも3ヶ月、本当は6ヶ月連続しなければ、デフレが収束したとは言えません。


◆不良債権だけ減らして、仕事を済ませたフリをして、責任を取らない内閣。

小泉首相は竹中平蔵氏を金融相に抜擢し、竹中氏は木村氏らを集めて政策を立案しました。

 彼らの論理を今一度繰り返すと、


不良債権が減れば、銀行貸し出しが増え、デフレは収束して、不況から脱することができる

 というものでした。しかし結果はどうでしょう。

 

銀行は不良債権を必死に減らしたが、景気はいっこうに回復していない

のが客観的事実です。

つまり、小泉内閣の経済政策は失敗だったのです。

これほど、わかりやすい失敗も珍しい。

何故、こうなったかについては、昨年8月24日に不良債権は不況の原因ではない。結果なのだ。で書いたので、お読みいただければ幸いです。


◆どうして、誰も、この大失敗の責任を追及しないのだ?

不良債権処理の立役者、竹中平蔵氏はその後、郵政民営化担当大臣というわけのわからん肩書きになり、もう自分には関係がない、という顔をしています。

竹中平蔵が抜擢した木村君は日本振興銀行というところに移って、もはや、経済政策には関係ありませんというつもりなのでしょう。

竹中・木村の政策が失敗だったその責任は、当然、小泉純一郎内閣総理大臣に帰するのです。

ところが、我が国の内閣総理大臣は今の景気なんか、全く眼中にない。 やたらと郵便局がお好きなようです。

 景気が全然回復しないまま、巨額の不良債権を抱えた、簡保・郵貯を民間金融機関にしようとしている。何も分かっていない。

日本経済新聞、朝日、毎日、読売、産経。どの新聞も、小泉首相の景気対策の失敗について責任を追及しないし、通常国会中であるのに、野党の追求も甘い。

ブンヤ(新聞屋=新聞記者)さんたち。国会議員のセンセーがた。

真面目に仕事をしてください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

学校の安全対策、警官が来る前に自分たちも防御を考えて(小泉首相) 相変わらずですねえ。

◆記事:学校の安全対策、警官が来る前に自分たちも防御を考えて(小泉首相)

小泉純一郎首相は18日昼、大阪府寝屋川市立中央小の教職員3人殺傷事件に関連し、学校の安全対策について「学校が警察官が来るまで何もしないというのはいかがなものか。木刀とは言わないが、警官が来る前に自分たちでも防ぐ対策を日ごろから考えた方が(いい)」と、各校に主体的な努力を求めた。

「教員は訓練とはいかないまでも、普段からある程度も心構えを」と注文。「ナイフを持っている人に素手で向かうのは大変。よほどの武術の心得がない限り」と指摘し、「学校に限らずそういう訓練は大事。日ごろから地域でも考えた方がいい」と過程や職場でも防犯対策に取り組むよう訴えた。

 政府の対応としては「犯罪防止策に各省連携取って、(犯歴や出所者の現住所などの)情報をしっかり管理していく」と改めて説明した。 首相官邸で記者団の質問に答えた。 (日経)


◆コメント:どうすりゃいいってんだ?

 

「よく考えてもらいたい」「状況を見極めて判断する」などの無意味な発言は、小泉首相の定番である。当たり障りのない言葉を口にして、何となくうやむやにしてしまうのか。

刃物を持った暴漢が学校に乱入したときに、「木刀とは云わないが」ということは、素手で立ち向かえと言うことだ。

しかし、首相自身「素手で立ち向かうのは大変」だという。分かってるじゃないですか。それでは一体どういう訓練をしろというのだろう。

 この人は本当に、ものを考えない人だ。

具体策を講じるのは警察と学校だろうが、何しろ、学校の中で教師がひとり殺されたのだ。 首相自身、どのような手段が考えられるか、毎日のぶら下がり記者会見で訊かれるに決まっているのだから、考えておくべきだ。

私が彼の立場にいたとしたら、アメリカの警察ではかなり普及しているという、nonlethal weapon(ノン・リーサルウェポン 非致命的武器)を学校に配備して、教員がそれを使う訓練を可能な限り早く実行するよう、警察庁長官に指示を出しますね。

犯罪歴のある者の情報を管理すると云っても、全員を常に見張ることなどできやしないのだから。


◆非致命的武器

nonlethal weaponとは、例えば、堅いゴム弾が本物のピストルに近い勢いで発射される銃(命中すると、命に別状はないが、ものすごい痛さで動けなくなる)、とか、投げると破裂して刺激臭の強いガスが噴出して、犯人が目を開けていられなくなるものなどのことだ。

特別なものでなくても、アンモニア水とか、胡椒や唐辛子とかだって、目つぶしに使える。

 ただし、学校の普通の教師が、とっさにそのような対応をすることができるだろうか。分からないときは、「出来ないだろう」と言う前提で、何らかの訓練が必要だと考えるべきだ。


◆模倣犯が続出する前に、一刻も早く。

 

とにかく、学校の教師に「暴漢に対抗する手段を自分たちで考えろ」と云っても、それは無理だ。

くどいようだが、内閣総理大臣の職に就いている人が、ただ、「よく考えてもらいたい」では、あまりにも無責任なのではないかと思う。

国民の生命の安全を確保するのは、当然、政府の重要な仕事だからである。

一刻も早く、専門家が、素人でも実行可能な暴力への対抗策を考えて、全国の学校に通達を発するようにするべきだ。放っておくと、次々に模倣犯がでるぞ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.17

京都議定書が発効したこと自体に特段の意義は認められない。既に手遅れと言われている









◆記事:<京都議定書発効>環境税導入論議などが高まる可能性も

 地球温暖化防止のための京都議定書が16日、発効し、日本は温室効果ガスを08~12年の間に、90年比6%削減することを義務付けられた。しかし、03年実績で同8%増えており、03年比の削減目標は14%に膨らんでいて、「目標達成への道のりは険しい」(経済産業省)状況に変わりはなく、環境税導入論議などが高まる可能性もある。

 環境税の創設は06年度税制改正作業の大きなテーマだが、「既存税制の振り替えでやるのか、新税でやるのか決着していない」(政府税制調査会の石弘光会長)。議定書発効を機に、議論が本格化する。(毎日新聞) - 2月16日20時26分更新


◆コメント:京都議定書が完璧に実行されても、地球温暖化は止まらない。 

 今日は、この話題を日記やblogの「ネタ」として取り上げている人が多いようだ。

しかし、口幅ったいことを云うようだが、私ほど、過去に何度も地球温暖化関連の稿を起こした人は、あまりいないと思う。

「京都議定書」で自分の日記を検索したら、16件。

「地球温暖化」では28件ヒットした。

それらをお読みいただくと分かるのだが、京都議定書が発行したからと云っても、全然安心できないのである。


◆京都議定書が減らすのは、温室効果ガスの「排出量」であり、大気中の絶対量ではない。

 

 冒頭に引用した毎日新聞の記事は、書き方が不明瞭、不正確である。書いた記者は、絶対に、この条約をちゃんと勉強していない。



「日本は温室効果ガスを08~12年の間に、90年比6%削減することを義務付けられた。」

 

 違う。

 日本は、2008年から2012年の間に、温室効果ガスの「排出量」を90年度の排出量の94%にしろ、と言われているにすぎない。

 つまり、京都議定書の締結国が、この条約(議定書というのは単なる言い回しで、これも国際法上、要するに「条約」だ)で割り当てられた目標を完璧に達成すると、CO2を代表とする「温室効果ガス」が増えるスピードが少しだけ遅くなるということである。

温室効果ガスが減るわけではない。

専門家によれば、温室効果ガスを今の濃度に保とうとするなら、世界中のCO2排出量を一挙に50%から70%減らさなければ間に合わない。そうしてみると、4年間で6%減らす、などという、甘っちょろい目標は、ほとんど意味をなさない。

さらに恐ろしいことに、仮に現在のCO2排出量を7割減らし、CO2濃度を今の水準で維持したとしても、地球温暖化が直ちに止まるわけではないのだ。

CO2が増えるのは、石油、石炭、天然ガスといった、化石燃料を燃やして火力発電を行うからで、電気の消費を劇的に減らさない限り、CO2は減らない。

火力発電を止めて、100%原発にしてしまえば、温室効果ガスの排出量は大幅に減るだろうが、日本人は嫌がるし、実際、しょっちゅう何か事故が起きる。

このように考えると八方ふさがりである。

 実も蓋もない書き方だが、それが現実なのである。


◆各国が京都議定書を守る保証はどこにもない。

 

 京都議定書が各加盟国に割り当てた、温室効果ガス排出量削減目標を達成出来なかったとしても、別に、ペナルティーはない。これじゃ、誰も本気でやらないよ。

 ロシアのプーチンなどは、地球温暖化が進めば毛皮を買わなくて済むので、都合が良い、と恐ろしく無知なことを公の場で発言して大恥をかいたことがあるが、昨年、EU諸国にしつこく京都議定書に批准しろと云われて、ようやく承諾した。とても、真剣に実行する気があるとは思えない。

その上に、世界全体のCO2排出量の2割を占めているアメリカが、全くこの条約に加わろうとしないのである。

日本は中東戦争時の石油パニック以来「省エネ」という概念が産業界に出来て、ずいぶんエネルギー消費量を減らした。

世界第2位の経済大国なのに、CO2排出量は世界全体のわずか5%である(これは、驚異的なことだ)。だから、その日本が少々減らしてもあまり意味がない。アメリカ、ロシア、中国が真剣にならねば、ほとんど無意味だが、分かっていない国ばかりだ。


◆「地球温暖化を防ぐのは、おそらく既に手遅れ」(国連環境計画)

 

これまでに、何度書いたか分からないが、国連環境計画という組織が、1999年、地球環境概況2000という報告書を作成した。

世界30カ国、800人の科学者が参加して行った調査・研究の結果が記されている。

そこには、地球温暖化を防ぐのは、たぶん、既に手遅れだ、とかかれている。

本来ならば、全人類が真っ青にならなければいけないほど、深刻な状態なのだが、大部分の人間はあまりにも規模が大きなことを想像出来ないし、絶望的な現実から目を逸らそうとする。

それだけに、各国政府やマスコミは、この深刻な状況をありのままに伝えて、たびたび、しつこいほど、注意を喚起しなければならないのだ。

ところが(よその国の事情は知らないが)、日本について云えば、私は、日本のマスコミが「地球環境概況2000」について、取り上げたのを読んだことも、みたこともない。

引用した毎日新聞も「環境税論議が高まるかもしれない」などと、のんきなことを書いている。

カネの問題ではない。放っておけば人類は滅亡する。地球環境概況は(そういう表現はさすがにもちいていないが)、そう云いたいのである

今日、blogや日記のネタにちょうど良いネタが見つかった、と思って「京都議定書発効」を取り上げた人も、明日の朝には忘れていることであろう。
だから、私は、何度も同じテーマで、同じことを書くのである。




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.16

「防衛出動前でもミサイル迎撃…自衛隊法改正案を決定」 ←これは、やむを得ないと思います。迎撃できるかは別として。









◆記事1:防衛出動前でもミサイル迎撃…自衛隊法改正案を決定

 

 政府は15日午前の閣議で、日本に向けて発射された弾道ミサイルなどをミサイル防衛(MD)システムで迎撃する際の手続きを定めた自衛隊法改正案を正式決定した。

 改正案が成立すれば、第三国の武力攻撃に対する防衛出動が発令されていなくても、自衛隊が迎撃ミサイルを発射することができるようになる。政府は改正案を今国会に提出し、早期成立を目指す。

 改正案では、弾道ミサイルなどを迎撃ミサイルで破壊する根拠規定として、防衛出動のほかに、<1>弾道ミサイル等が我が国に飛来するおそれがある場合には首相が迎撃命令を承認する<2>首相の承認を得る時間がない場合にも対処できるように、あらかじめ定めた緊急対処要領に従い、防衛長官が期間を定めて迎撃命令を出すことができる――との二つの規定を新設した。緊急対処要領は首相が承認しておく。迎撃ミサイルを発射した場合には、その結果を「速やかに国会に報告しなければならない」としている。
(読売新聞) - 2月15日12時3分更新


◆記事2:<米ミサイル防衛>迎撃実験、3回連続で失敗

 【ワシントン和田浩明】米国防総省ミサイル防衛局は14日、地上配備型ミサイル防衛(MD)システムの弾道ミサイル迎撃実験で、迎撃ミサイルが発射されなかったと発表した。

迎撃実験の失敗は02年12月以来3回連続となった。

米国は当初、北朝鮮などの弾道ミサイルに対抗するため、04年末までのシステム稼働を目指していたが、相次ぐ失敗でシステム稼働がさらに遅れそうだ。

 実験では、米アラスカ州から模擬弾頭を装備した標的ミサイルを発射。太平洋中西部のマーシャル諸島から迎撃する予定だった。同局で原因を調査中だが、「迎撃ミサイルではなく、地上施設の問題とみられる」と説明している。(毎日新聞)- 2月15日12時9分更新


◆コメント:これは個別的自衛権を現実的なものとするためにやむを得ない措置だと思います。

 

 個別的自衛権というのは、要するに、個人になぞらえれば、刑法で定める「正当防衛」みたいなものです。

他国が日本を侵略してきたら、対抗しなければならない。日本国憲法もそれまで禁止していないはずです。

何故なら、憲法では、何より国民が平和に暮らす権利、「平和的生存権」を守らなければならない、と規定しているからです。

 もしも、どこかの国の首領様がヤケのヤンパチになって、ノドンだかタドン(たどんって何?という方は辞書を引いてね?)だか知らないけれども、弾道ミサイルに、核弾頭なり、生物兵器、化学兵器(サリン、VXなどの毒ガス)の弾頭を載せて発射したとします。

すると、それは、成層圏まで高く高く、上昇して、そこから自由落下するわけです。数分で日本に落ちてきます。


◆私が急に好戦的になったのではありません。1年以上前から述べております。

 

 私は、従来の専守防衛態勢のままでは、北朝鮮にミサイルを発射されたらおしまいだ、という意味のことを、2004年1月6日に書いています。以下は、その稿と重複するところがありますが、あしからず。

  話を続けます。

自由落下し始めた弾頭は、重力加速度に従って、どんどん加速します。地上に近づくにつれてマッハ10とか20とか、兎に角とんでもない速さで落下してきます。

補足説明しますが、「ミサイルが飛んでくる」といっても、あの煙突みたいな長いものがそのまま飛んでくるわけではありません。

あれは、弾頭を運ぶ謂わばトラックであり、爆発するのは弾頭だけです。

 弾頭は段ボール箱ぐらいの大きさしかないのです。それが、マッハ10で落ちてくる。

 素人の私達が考えてもそれを打ち落とすのは、技術的に非常に困難であろうことは想像できます。

 その難しさを実際に証明してくれたのはアメリカさんです(記事2)。


◆現にアメリカは3回迎撃実験して、全部失敗しました。

 

 記事2に書いてあるとおりです。

 アメリカも打ち落とせない。全然頼りになりません。同盟国なら何でも当てになるというものではないのです。

少し、話がそれますが、イラクに自衛隊を送れば北朝鮮が攻撃してきたときには、アメリカが日本を守ってくれるなどという保証は、どこにもないのです。

 日本に弾頭が着弾して、それが原爆だったら、東京なんか吹っ飛んでしまう。それから、アメリカが仕返ししてやるといったって、そんなの、無意味です。

 だから、日米同盟重視を口実とした自衛隊のイラク派遣は即刻止めるべきなのです。


◆従来の専守防衛態勢だと、どうなるのでしょう?

 

 今の憲法、内閣法、自衛隊法、防衛庁設置法などを厳密に解釈すると、次のような事態になります。

 まず、某国がミサイルを発射する兆候がある、というだけでは、何も出来ない。

日本を狙っているとは限らないし、軍事目的の弾道ミサイルか、偵察衛星を打ち上げるためのロケットか、少なくとも形式論的には、分からないからです。

自衛隊が武力を行使できるのは、防衛出動のときにかぎります(イラク復興支援特別措置法などの解釈は別として)。

 防衛出動をするためには、まず、現実に北朝鮮から発射されたミサイルが(レーダーを見ていればさすがにそれは分かります)、日本の領空で爆発、または、領土(地面です)に着弾して、それが原爆だった。又は、生物兵器や化学兵器を積んでいた。 それが原因となって、日本国民に死傷者が出た。

ここで、初めて、「閣議を開く」のです。防衛出動は総理一人で決めるのではなくて、閣議決定が必要です。

 しかし、内閣の誰か一人でも反対したら閣議決定できないのです。そうしたら、そこでその大臣を辞めさせなければならない。そしてその大臣の職を小泉首相が兼務するという手続きを取り、改めて決を採り、反対がなければ、ようやく防衛出動が閣議決定した、と見なされます。

 そして、それが自衛隊に伝わって、初めて「防衛出動」が可能になります。

もう、おわかりの通り、それから、F-15戦闘機を緊急発射させてもどうしようもない。既に原爆か化学兵器・生物兵器で、何万人、何十万人もの日本国民が死んでいるでしょう。 その後で、戦闘機が出動することを「防衛」といえるでしょうか?


◆緊急時の対応を現実的に修正するのはよいが、なし崩し的に憲法改正させないように。

 

 ですから、国のセキュリティ(安全保障)を現実的なものにするという意味では、記事1で決定したことには、妥当性がある、と判断して良いと思います。

 ただし、問題は、現小泉政権は非常に軍拡路線であり、憲法9条を改正して、「軍隊を保有する」ことにしよう、とか、「集団的自衛権の行使を可能にしよう」とか云っているわけです。それは、また、話が別であることを忘れてはなりません。

繰り返しになりますが、自分の国が侵略・攻撃されそうなときに、自国民の「平和的生存権」を守るために実力を行使することは、個別的自衛権の行使であり、倫理的に許されると思います。

しかし、集団的自衛権は、日本が攻撃されていなくても、同盟国アメリカがよその国に攻撃されたら、日本に対する攻撃と同様に見なして反撃するということなのです。

 これは、日本が確実に戦争に巻き込まれます。日本の国を「戦争が出来る国」に変える必然性、合理的理由は認められません。

 ですから、今回の決定で与党がいい気にならないように、注視する必要があります。




| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.02.15

福井県知事、「もんじゅ」改造工事を了解・文科相と会談(2月6日) 高速増殖炉とは何か。









◆記事:福井県知事、「もんじゅ」改造工事を了解・文科相と会談

 

 福井県の西川一誠知事は6日、福井県庁で中山成彬文部科学相と会談し、1995年12月に起きたナトリウム漏れ事故で運転を停止している高速増殖原型炉「もんじゅ」(敦賀市)の運転再開に向け、その前提となる改造工事入りの了解を表明した。

7日にも事業者の核燃料サイクル開発機構にこの方針を伝える。核燃機構は直ちに工事の準備に着手する。

 改造工事は17カ月間かかる見通し。ナトリウムが漏れた配管の温度計を交換し、ナトリウム漏れ対策として早期検知システムを取り付け、ナトリウムが迅速に抜き取れるよう配管を太くするなどの内容。工費は179億円を見込む。

 運転再開時には改めて地元の福井県と敦賀市の了解が必要となるが、ナトリウム漏れ事故以来停止していたもんじゅは、10年目でようやく運転再開に向け歩み出す。

 会談で中山文科相は「もんじゅは核燃料サイクル政策を推進するうえで重要な高速増殖炉研究の中核施設」という位置付けを説明、早期の工事着手に理解を求めた。 [2005年2月6日 (日)](日経)


◆コメント:少し古いニュースだが、重要な問題です。高速増殖炉とは何か。

 ◆理科の復習。

全ての物質は原子で構成されている。原子はその構造によりいろいろな種類があり、100種類以上に分類される。これらの「原子の種類」を「元素」と呼んでいる。

◆原子の構造

原子の中心には原子核と呼ばれるものがある。原子核は陽子と中性子から出来ている。陽子はプラスの電荷を持っている。原子の種類は原子核の陽子の数で決まっている。
天然の原子で一番軽いのが水素、一番重いのがウランで、陽子が92個ある。

原子核の周りを取り囲むように電子が回っている。これは、置き換えると引力で太陽の周りを廻る地球のようなものである。また、電子は「マイナス」の電荷を持っている。

◆同位元素

陽子と中性子の数は、普通は同じである。しかし、陽子の数が同じでも中性子の数が違うことがある。これを同位元素(アイソトープ)と呼んでいる。

ウランも中性子の数が143個と146個のものがある。

中性子が143個のものをウラン235、中性子の数が146個のものをウラン238と呼んでいる。


◆核分裂の仕組みと原子力発電所

 ある種類の原子核に中性子が衝突することにより分裂することを、核分裂という。

原子は原子核と電子から出来ていて、更に原子核は陽子と中性子から構成されている。

原子中の原子核に外から中性子が飛び込んでくると、2つ以上の小さい原子核に分裂する。核分裂はこのような仕組みである。

原子核が核分裂する際には、大きな熱エネルギーを発生する。

さらに、原子核は分裂すると同時に2個から3個の中性子を放出する。この放出された中性子が次々と別の原子核に衝突することにより、核分裂が連続して発生する。核分裂が一定の量を保って連続して起こることを「臨界」と呼んでいる。

核分裂による熱エネルギーを活用しているのが原子力発電である。

原子力発電ではウランを焼き固めたペレットを燃料として使用している。この燃料中のウラン235の原子核に中性子が当たると核分裂が起こり、その時に発生する熱エネルギーで水を温め蒸気を発生させている。


◆核燃料サイクルとは。
 

ウランとて、無限にあるわけでもないし、ましてや日本では採ることができない(厳密に言うと、ごく少量、採れる場所がある)。

 そして天然に存在するウランは、その殆ど(99.3%)が核分裂しにくいウラン、つまり燃えにくいウラン(ウラン238)で、燃えやすいウラン(ウラン235)は0.7%しかない。

原子力発電(軽水炉)はこの燃えやすいウラン(ウラン235)を3~5%程度に濃縮したものを燃料として、原子炉のなで核分裂を起こさせ、その際に発生する熱エネルギーを電気に変えて発電を行っている。

原子炉の中では、燃えにくいウラン(ウラン238)の一部が燃えやすいウラン(ウラン235)の核分裂によって発生した中性子を吸収し、プルトニウム239という物質に変わる(プルトニウム239は原爆に使うことができるので、軍事目的に転用される恐れがある、たとえ、日本が原爆を使わなくても外国に売ったら、原爆の材料を売る「死の商人」になってしまう、というのも、反対派が反対する理由の一つである)。

プルトニウム239も核分裂を起こしやすい物質なので、このプルトニウム239や燃え残ったウラン(ウラン235,ウラン238)などを再び燃料として利用すれば、ウラン資源の消費を節約することが出来る、というのが、核燃料サイクルの考え方である。


◆核燃料サイクルの危険性

 

それでは、一体何が問題なのかといえば、最大の問題は、云うまでもなく、核燃料から放射能が出ることである。

最悪な事態は原子炉がぶっ壊れることで、核物質が空気にさらされて、辺り一面はもとより、何十キロ、何百キロも離れたところまで、放射能が拡散する。要するに原爆が爆発したのと同じ事である。

この最悪の事が現実になったのが、チェルノブイリである。

 もっとも、普通は、原子炉の中で燃えているとき(核分裂を起こしている最中)にも、放射能が発生しているが、厳重に(ということになっている)密閉された原子炉の中でのことなので、安全なのだ、と国や原子力に携わる人々はいう。

 しかし、昨年11月にもこの問題について触れたが、使用済み核燃料から、プルトニウム239や燃え残ったウラン(ウラン235,ウラン238)などを、取り出す(まさにそのプロセスを「再処理」)というのである)ときのほうが、原子炉で核分裂している状態よりも危険なのだ、と原発推進反対派は主張する。

使用済み核燃料といっても、人間がそばに近寄ったら、直ぐに死んでしまうほどの、猛烈な放射能を発しているのであるが、再処理の過程では、どうしても一旦外気に触れざるを得ないというのである。

正直に告白すると、ここのところは、私はなにぶん、ド素人なので、どちらの言い分が正しいのか判断がつきかねる。

◆使用済み核燃料はまた燃やせる。

 さて、再処理した、核燃料をどこで使うか?

ひとつは、普通の原発にある原子炉(軽水炉)でもう一度使う方法である。これを「プルサーマル」という。

もうひとつは、燃えにくいウラン、ウラン238をプルトニウム239へ効率よく転換できる装置で使う方法である。この装置を「高速増殖炉」というのである。


◆高速増殖炉とは何か。

 先に述べたように、天然のウランの中に、核分裂しやすい(燃えやすい)ウラン、ウラン235は、0.7%しかふくまれていない。残りの大部分は核分裂しにくいウランである、ウラン238である。

 しかし、燃えにくいウラン238も、中性子を吸収することにより、核分裂しやすいプルトニウム239変わる性質がある。

また、ウラン235やプルトニウム239にぶつかる中性子のスピードが速いほど、新たに飛び出す中性子の数が多くなる。これが、「高速」増殖炉と呼ばれる所以(ゆえん)である。

 普通の原子力発電所の軽水炉でウラン238に中性子をぶつけて、プルトニウム239を作ることができるが、中性子のスピードが遅いので、消費される燃料と、新たに作り出される燃料の割合(転換比)がさほど大きくないのである。

 これに対して、高速増殖炉では、消費する燃料よりも多い燃料(プルトニウム239)を作り出すことが出来る、という、理論上はそういうことなのだそうだ。だから、「夢のエネルギー源」とか「夢の原子炉」とかいって、国はこれを推進しようとしている。少なくとも表向きはそういうことになっている。


 しかし、日本の唯一の高速増殖炉になりかけた「もんじゅ」は1994年、一旦臨界に達したが、1995年12月に2次系(直接放射能を帯びていないところ)のナトリウムが漏れる、という事故を起こして、それから、約10年、この問題は凍結されていたのである。


◆高速増殖炉では冷却剤にナトリウムを使う。

 

 ナトリウムとはどういうことかというと、普通の原子力発電所の原子炉は軽水炉と呼ばれるとおり、冷却材として普通の水が使われていて、それが核分裂により熱せられるわけだが、高速増殖炉では、中性子のスピードを上げるために、水よりも中性子を吸収しにくいナトリウムを使う。

 ところが、このナトリウムは取扱が難しい物質なのだ。

外に漏れて、水に触れると激しく反応する。(学生時代、理科の授業で実験したことありませんか。私は、化学の先生が、水に少量のナトリウムを落としたら、ボッと火を噴いたのを見て、非常に驚いたことを覚えている。この世に、水に触れて燃えるものがあるとは思わなかったのだ。)


◆諸外国は高速増殖炉の開発をとっくの昔に諦めている。難しすぎるのだ。

 

 安全に運転できれば、確かに、燃やした燃料よりも、それによって新しく出来る燃料のほうが多い、というその点だけを聴くと、たしかに良さそうな気がする。

 しかし、「高速増殖炉」であるから、制御が危険である(核分裂を制御できなくなる可能性が普通の原子炉よりも高い)とか、それ以前に、使用済み核燃料からウランやプルトニウムを取り出すのが、難しくて、非常に危険だというので、アメリカ、イギリス、フランスなどは、高速増殖炉の開発を既に断念しているのである。

 いまだ高速増殖炉なんて云っているのは、日本だけなのだ。

 日本の政治家は、いつもどこか、ボケている。

 そんな危険なものを、日本で、作っていいのか、確かに不安だ。

 福井県知事にはどういう圧力がどここからかかったのだろうか。大体想像はつくが・・・。


◆この事業に関わるスポンサーからの圧力で、テレビは報道できない。

 

12月17日に書いたけれども、河野太郎衆議院議員が暴露するところによると、テレビ朝日が「報道ステーション」で核燃料サイクルの問題点について取り上げようとしたら、スポンサーから猛烈なクレームがきて、断念せざるを得なかったのだという。

 つまり、高速増殖炉を作り直すとなったら、国から受注しそうなメーカーにしてみれば、テレビ朝日が核燃料サイクルの危険性などを報道することにより、世論の反発が高まり、商機を逃すことになりかねない、ということなのだろう。

 しかし、普通の建物、建造物と訳が違うからね。一歩間違えば原爆と同じだからね。

 一週間前のこのニュース、全然騒がれなかったけれども、こういうときには、マスコミは根性を出して、国民に正しい選択をする材料を提示して欲しいものだ。




| | コメント (0) | トラックバック (3)

2005.02.13

「王位継承権の放棄を」=皇太子再婚で国教会が分裂-イギリス チャールズ皇太子の半生記読んだことありますか?

◆記事:「王位継承権の放棄を」=皇太子再婚で国教会が分裂-英

 

【ロンドン12日時事】12日付の英紙デーリー・テレグラフによると、チャールズ英皇太子とカミラ・パーカー・ボウルズさんとの再婚発表を受け、皇太子が将来王位に就くべきかどうかで英国国教会が割れている。国教会の世俗の長は国王が務めるが、戒律の厳しい教会内では「再婚した離婚経験者」の皇太子が長となることに対する反発が続き、一部の長老らは「再婚するならば王位を放棄すべきだ」と主張している。 (時事通信) - 2月12日23時0分更新


◆コメント:チャールズ皇太子も気の毒な人なんですよ。

 

英国のチャールズ皇太子がかねて噂の女性と再婚するというので、彼の地のみならず、日本のマスコミまで、下世話な話を色々と拾い集めて、茶化したような記事を書くのだろう。

再婚に関しては私はどうでも良い。

ダイアナ妃と結婚した直後からチャールズ皇太子との不仲説が流れはじめて、そしてそれは本当だったのだが、当時、世界中がどちらかといえばダイアナ妃を悲劇のヒロインに見立てて、チャールズ皇太子やエリザベス女王は「悪役」だった。

 世の人々は英国の皇太子ともなれば、幼少の頃から大切に育てられ、何ひとつ不自由無く、苦労も知らないで成長した、と、実際のところはよく知らないのに決めつける。

ところが、違うのです。

日本では余り売れなかったのだろうか。チャールズ皇太子の人生修業という本がある。この本を読むと、失礼ながら、チャールズ皇太子に同情を禁じ得ない。

話がそれるが、この日本語版の出版元は朝日新聞社だが、どうして「人生修行」などという題名にしたのだろうか。

 不謹慎だと思う。明らかに茶化している。原本は、Prince of Wales: A Biography(チャールズ皇太子 半生記)という至極まともなものである。


◆チャールズ皇太子は、父親や学友から散々苛められたのだ。

 

この本の内容が真実であるとすれば、よくぞ、チャールズ皇太子はまともな大人になったと思う。まず、親父がひどい。

エリザベス女王の旦那は云うまでもなくエディンバラ公だ。エディンバラ公はイギリス人ではない。ギリシャ人だ。

 父がギリシャ国王だったのだが、王座を追われ、逃げるようにしてイギリスに辿り着いた。

信じがたいが、暫くの間、とくに英国王室、英国政府は彼らのことは眼中になく、エディンバラ公は、その日の食事に不自由するような困窮生活を経験したことすらあるのだ。

 その後、縁があって、女王の旦那になったが、英国の元首はあくまでもエリザベス女王であり、エディンバラ公ははっきり云ってしまえば「種馬」でしかない。


ずっと後年の出来事だが、英仏間にユーロトンネルが開通し、エリザベス女王がユーロスターに乗ってパリを訪れ、当時はまだ存命だったミッテラン大統領が出迎えた。

エディンバラ公は、ユーロスターでパリに行くまでは女王と一緒だったが、その後、女王はミッテラン大統領の車に乗り、去っていった。エディンバラ公は同乗させてもらえないのである。女王より格下なのだ。

 女王とミッテラン大統領が去ってゆくのを、ニコニコ笑って、見送っていた。かなり屈辱的である。しかし、どうしようもないのだ。 

 要するにエディンバラ公自身がかなりの苦労人なのだ。だから、息子にも厳しかった。しかし、その厳しさは明らかに度を越していた。

 エディンバラ公は体躯堂々としていて、「体育会系」だ。

一方、子供の頃のチャールズ皇太子は、大人しく、気の弱い子供だった。しかも、王室の者ならば、必ず身につけなければならない乗馬の訓練など、身体を使うことは余り好きではなかった。

本が好きで、宮殿の中には幾らでも歴史書があるから、それらを読み、自分の先祖の歴史などを調べている方が好きな子供だった。

体育会系のエディンバラ公は息子のこのような性格、行動がいちいち気に入らなかった。

 ことあるごとに、お前は意気地がない、それでも男かと罵倒した(妹のアン王女は頭は悪いが、乗馬などは大好きだったので、エディンバラ公は娘を偏愛した)。


◆人前で息子を罵倒した、エディンバラ公

 

女王一家は週末、しばしばロンドン近郊の別荘(と、いっても並の別荘ではない。お城だ。その一つが92年火災が発生したウィンザー城である)で過ごす。そして、王室にゆかりのある人々や親戚(?)を招いて、大勢でディナーの席につくわけである。

ひどいのは、エディンバラ公はこうした半ば公の席で、大勢の人がいる前で、チャールズ皇太子のことをひどく叱ったり、罵ったりするのである。一回や二回の話ではない。

当時、晩餐に招かれた複数の人が、「どうすれば、父親が息子に対して、人前で、あそこまでひどいことを言えるのか、チャールズ皇太子が可哀相でならなかった」と証言している。 

エリザベス女王がたしなめればよいではないか?と思うのだが、女王は、公務ではいつも旦那に肩身の狭いというか、先ほど書いたように、屈辱的な思いをさせていることを十分承知しているので、せめて、「家庭内の主導権」は夫に持たせてやろうと決めていた。

だから、いくら、旦那が息子を苛めても、黙認していたのである(それもどうかとおもうがね)。


◆寄宿制の学校での「皇太子イジメ」

イギリスでは上流階級の子女が通う名門校をパブリックスクールという。パブリックというものの、皆、私立である。そして多くは寄宿制である。

最も有名なのはウィンザーにあるイートン校で、何しろ制服が燕尾服なのだ。

パブリックスクールの名門に通うような人間は、オックスフォード大学かケンブリッジ大学へ進み、やがては国の指導層になることを当然の如く期待されている。「身分が違う」のである。

チャールズ皇太子もイートン校なら、ロンドンに近くて、幾分かはましだったかも知れない。

ところが、彼が入学した学校は、遠く離れたスコットランドの「ゴードンストン校」というパブリックスクールだった。

 これでは、週末毎に自宅(バッキンガムね)に帰ることが出来ない。

「ひ弱な」息子の根性を鍛えようという、オヤジ(エディンバラ公)の目論見だった。

ここでの学校生活の間、チャールズ皇太子は、毎日いじめられた。

 何せ、寄宿制だから、逃げられない。部屋は大部屋である。同級生達は皇太子に一目置くどころか、「将来の国王を苛めてやろう」というゲスな野郎ばかりだった。

毎晩、日本流に云えば「布団巻き」にされ、大勢の人間が枕で皇太子をぶん殴った。

 チャールズ皇太子はただ、泣いて耐えるしかなかった。


◆結婚生活が失敗だったのは、最早周知のとおり。

 

ダイアナ妃と結婚したとき、チャールズ皇太子はこれで自分にもようやく幸せが来ると思ったかどうか、分からない。

 いずれにせよ、それまでの人生で、チャールズ皇太子は十分な愛情を注がれて育ったとは言えない。愛情に飢えていたことは、想像に難くない。

しかし、結婚相手は若くて美人だったが、バカで幼稚で、知的でなく、全然話が合わなかった。 まあね。夫婦の問題は、大抵、どっちも悪いのだけどね。


◆高貴な身分に生まれても、苦労はあるんだよ。

 

以前、日本の皇族について、やんごとなき人々のご苦労と題して書いたが、洋の東西を問わないね。

庶民は「皇族とか王室とか、働かなくて一生食えて、大した苦労も知らない、運の良い」と単純に考える(最近は雅子様をめぐり皇室が紛糾しているので、そこまで単純に考える人はすくなくなったかもしれない)が、全然、良くない。

大変だよ。ああいう家に生まれるっていうことは。

どんな身分の人でも、苦労はあるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.02.10

北朝鮮とサッカーやっている場合じゃないでしょう。 郵政民営化が何故、拉致問題より上位なんだ。

◆北朝鮮と日本:サッカーなんかやっている場合じゃないだろう。

 

 サッカー選手には悪いが、物事には軽重ということがある。

北朝鮮の人間と接するならば、何はともあれ拉致問題の解決が最優先にされるべきであろう。

 今日のサッカーの試合は政府とは関係がないとしても、不測の事態を想定して、普通のサッカーの試合を警備する人数の20倍もの人間を動員したという。

拉致被害者の家族の方々は、今日は不愉快だったであろう。

 サッカーの試合の警備には熱心なくせに、北朝鮮との交渉あるいは、北朝鮮に対する制裁となると、全然話が進まない。はっきり言ってお手上げ状態だ。


◆東京・平壌間の距離は・・・・

 

 世界地図ソフトで測ってみたところ、東京と平壌の直線距離は1293kmである。東京-那覇間(1,560km)よりも、ずっと近い。

 そこに、横田めぐみさん達は、今、この瞬間も生きているのである。


◆郵政民営化を何故それほど急がなければならないのか、小泉首相の説明が無い。

 

 小泉首相が何とかの一つ覚えのように口にするフレーズの一つに、「民でできることは、民で。官で出来ることは、官で。」というのがある。

それでは、郵政民営化においては、何が、「官で出来ること」なのか。

 この場合「官で出来ること」とは、「官でなければ出来ないこと」がある、という意味であろう。それは何を想定しているのか?

 小泉さんの口から説明が無いのだから、国会でその点を何度も訊かれるのは、ごく自然な成り行きである。


◆主権を侵害され、自国民が他国にさらわれたままなのだ。

 

 国連憲章や日本国憲法が出来る前なら、勝手に領土に侵入した、即ち日本国の主権を侵害した、というそれだけで、宣戦布告をしてもおかしくないような事態なのである。

今日の毎日新聞に載っている、小泉首相へのインタビュー記事によれば、



郵政民営化関連法案について「これを廃案にさせるということは小泉内閣不信任だし、小泉退陣要求、倒閣運動と受け取るのが自然でしょう」と内閣の命運をかけて今国会成立を図る決意を強調した。

 とのことである。何故、横田めぐみさんをほったらかしにして、そこまで郵政民営化を優先するのか。

 合理的な理由が、私には、どうしても見いだせない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.02.08

「米国産牛肉の交渉再開は方針通り」 どうして、そういうことをするのだ?

◆記事:米国産牛肉の交渉再開は方針通り

 

 変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の国内初発生に対して、農林水産、厚生労働の両省は、BSEの全頭検査緩和など国内対策や米国産牛肉の輸入再開交渉を既定方針通りに進め、可否の判断は、内閣府食品安全委員会の科学的な判断に委ねる方針だ。

 国内では、平成十三年九月に初のBSE感染牛が確認されて以降、人に感染性がある特定危険部位は除去されている。両省幹部は「英国と日本ではBSE汚染度がまったく異なる。国内の牛肉を食べて人が感染することはない」と消費者の冷静な対応を呼びかけている。

 ただ、国内初のvCJDが食品安全委員会の議論に一定の影響を与えるのは必至だ。

 野党・民主党は「食品安全委の専門家の公平公正な審査が行われることを期待する」などとする談話を発表、政府に対しては国産牛から人への感染も否定せずに司直の手による調査や全頭検査継続を求めた。(産経新聞) - 2月5日3時47分更新


◆コメント:国内の牛肉を食べて既に感染しているのかも知れないですよ。

 

ごく大雑把に述べるならば、日本で、何か社会に不安を引き起こすような事態が生じた時に、政治家や役人が「大丈夫、大丈夫。」と簡単に請け合うときは、要注意である。

クロイツフェルト・ヤコブ病について、国は何といっているか。

難病情報センターのサイトによれば、現在日本では、121疾患が「難病」に指定されている。ここに一覧表がある。この中で、22番にクロツフェルト・ヤコブ病が入っている。

但し、正確に言うと狂牛病から人間に感染して発症したと考えられるCJDは「変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(variant Creutzfeldt-Jakob =vCJD)に分類される。

そこで、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病に関するQ&Aというページを読むと、次の箇所がある。



Q11 :  vCJDの治療法はありますか?

A :  残念ながら、現在のところありません。


そうですか。無いのですか。

この後、このページでは、国産牛を食べた(全頭検査をはじめる前も含めて)ことによりvCJDにかかるリスクは、全人口に対して、0.1人~0.9人と書いてある。

しかし、一般国民はこれを検証する手段を持たない。

厚生省には、薬害エイズ、肝炎の恐ろしい前科がある。単純に信用できない。

国民の不安を払拭するためには、全頭検査を継続して頂くしかない。


◆米国産牛肉なんて、とんでもない。

 

日本政府は、2001年9月に、初めてBSE感染牛を確認してから、食肉牛の全頭検査を実行していたが、恐ろしいことに、昨年、一度は全頭検査を止めようとしたことがある。その経緯は、昨年10月9日に書いた。

世界最大の牛肉生産国である米国は、BSEに関しては、神秘的と云ってよいほど無神経で、歩くときにフラフラする、明らかに中枢神経を冒された症状が出ている牛を平気で食肉にして、自分の国だけならば良いけれども、他の国へも輸出していたのである。

 日本は勿論、アメリカの畜産業者、食品加工会社などにとって、「上得意先」である。

それで、昨年7月ごろから、大統領選挙を控えたブッシュが、有力な支持団体である食肉業界の支持を得んがために、検査をしていない牛肉の輸入を再開しろと言ってきたのだ。

例によって、アメリカの言い分は無茶苦茶で、全頭検査に科学的な意味は認められない。とか、生後20ヶ月未満の牛の感染を発見するのは困難だから(やっても無駄だから)、しなくていいだろう?という内容だった。

冗談ではない。アメリカ産牛肉の8割は生後20ヶ月未満の牛を加工したものなのだ。

 アメリカで最初にBSEが確認されたのは、2003年12月だが、それまで、何もしていなかったのだから、世界中にBSE感染牛肉をバラまいていた可能性が高い。

無責任な連中である。

 何故、ここまで、無責任になれるのか?

 この日記で何度も述べたが、白人の米国人にはアジア人に対するレイシズム(racism=人種差別、人種差別意識)がある。日本人が何十年かの潜伏期の後にvCJD(変異性クロイツフェルト・ヤコブ病)を発症しようが、知ったことではないのだ。


◆アメリカが全頭検査することを確かめるまでは、絶対に輸入を再開してはならぬ。

 

兎に角ダメですよ。アメリカには「全頭検査をしなければ、絶対に米国産牛肉は輸入しない」と断固たる態度を取るべきだ。

 当然だろう。BSEに感染しているかも知れないと知りつつ、米国牛肉の輸入を認めたら、その政治家や役人には、日本国民に対して、殺人の未必の故意がある、ということだ。

国会議員の先生がたは、国民の生命はどうでも良いと思っているのだね?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.05

国内初、変異型ヤコブ病確認…英滞在歴の男性死亡 日本が肉骨粉の輸入を全面禁止したのは2001年でしたね。

◆記事:国内初、変異型ヤコブ病確認…英滞在歴の男性死亡

 

国内で昨年死亡した男性が、BSE(牛海綿状脳症)感染牛を食べて発症するとされる「変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)」の日本人初の感染者であることが4日、厚生労働省の調査で確認された。

 男性は、症例が最も多い英国へ約1か月間の渡航歴があり、ヤコブ病の感染原因となる硬膜移植や、遺伝による発病の可能性はないという。英国への渡航時期は、牛の脳や脊髄(せきずい)などの特定危険部位を除去するBSE対策が始まった1989年11月以前の可能性が高く、同省は「英国滞在中に感染した疑いが強い」とみている。

 同省によると、男性が発症したのは2001年12月で、当時40歳代。当初は焦燥感などの軽い精神症状だけだったが、その後、認知症や運動機能障害の症状が現れた。昨年半ばごろから寝たきりの状態が続き、同12月に死亡した。

 厚労省のサーベイランス(調査)委員会は昨年2月、男性の主治医からの情報提供を受け、調査を開始。脳の磁気共鳴画像(MRI)や脳波などの所見から、同9月、医療行為や遺伝が原因ではない「孤発型CJD」と判断していた。

 しかし、男性の死亡後に行った病理解剖で、病原体の異常プリオンたんぱくが脳に蓄積するvCJD特有の所見があり、精度の高い検査でも陽性反応が出たことなどから、最終的にvCJDと断定した。

 同省は今後、遺族からの聞き取り調査を進めるなどして、渡航時期や滞在地域の特定を急ぐとともに、当面、英国に1か月以上滞在した人からの献血を制限する。(読売新聞) - 2月4日23時7分更新


◆コメント:とんでもないことですよ。

 

イギリスで初めてBSE(牛海綿状脳症==bovine spongiform encephalopathy)が発見されたのが、1986年である。

BSEは、ブリオン病(prion disease)の一種である。

プリオン病とは異常なたんぱく質、プリオン(prion)が脳に沈着することによって生ずる疾患の総称である。

それが、牛で発症すればBSEといい、人間ならば、クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt‐Jakob’s disease=CJD)というのである。

BSEが初めて発見されたのは、1986年だが、1995年まではBSEとCJDの両者の間に因果関係は無い、と考えられていた。

ところが、1996年、牛のBSEが人間にも感染するのではないか?と考えられるようになった。何故かというと、



  • 1994年から1996年の間に人間でクロツフェルト・ヤコブ病が発症したのは、BSE(ここからは、通称である「狂牛病」という言葉を使う)が圧倒的に多い英国のみで、その中の8人は既に死亡している。
  • 通常のCJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)は平均年齢が65歳だが、94年から96年にかけて発症したのは、10代が3人、20代が5人、30代が2人、と、異常に若かった。
  • 患者は、いずれも脳にBSE(狂牛病)のように、脳に海綿状の病変が見られ、更に、死亡した人を解剖したところ、通常のCJDでは見られない、プリオン蛋白の大きなブラックの形成が認められた。

など、明らかに、通常のクロツフェルト・ヤコブ病と異なる点が多かったのである。


◆WHOの「肉骨粉を使わないように」、という勧告を無視した日本政府。

 

そこで、WHO(世界保険機構)は1996年に、「BSE物質を含む可能性がある組織が、如何なる食物連鎖にも入らないようにする」「反芻(はんすう)動物の飼料に、反芻動物の組織を使用することを禁止する」ことを主な内容とする勧告を発した。

要するに、英国で大量の牛が狂牛病に罹っていたのに、その病気の牛から作られた肉骨粉が世界に出回って、世界中の牛がBSEに感染する可能性があり、そして、BSEは人間に感染する可能性がある、と判断したからである。

ところが、日本政府はこれを無視した。日本政府がWHO勧告の後にしたことは、英国からの肉骨粉の輸入自粛を指導」しただけなのである。日本政府はEUからの肉骨粉の輸入に関しては、完全にこれを放置した。

EUでもBSEは発生していたし、英国で作られた肉骨粉がEU経由で日本に入っている可能性があることを知っていて、放置したのである。


◆2001年1月、ようやく日本政府はEUからの肉骨粉の輸入を禁止した。

 

残念ながら、時すでにおそく、2001年9月10日、日本で初めて狂牛病の牛が発見され、それ以降は、ようやく肉牛の全頭検査の実施が義務づけられた。

しかしながら、要するに、日本政府は、ヨーロッパでは1986年から問題視されていた狂牛病に対してまるで無関心で、WHOの1996年の勧告にも従わず、肉骨粉の輸入・使用を禁止しなかった、という取り返しのつかない失敗をしたのだ。失敗というよりも、怠慢による不作為である。


◆日本でも2001年9月よりも前に、BSEに罹った牛がいた可能性は十分にある。

 

今日の報道では、無くなった方はイギリスで1989年に牛の肉、それも異常タンパク質プリオンが沈着しやすい、脳などの特定危険部位の肉を食べて感染したのではないか、と考えられている。

だが、日本では、2001年1月になって、やっとEUからの肉骨粉を禁止したのだから、それ以前にBSEの牛から作られた肉骨粉を、日本の牛が食っていた可能性は十分にあるわけで、ということは、日本国民は、何も知らされないまま、BSEに感染した牛の肉を食っていた可能性は限りなく、高い。

クロイツフェルト・ヤコブ病の潜伏期間は2年~30年と非常に幅があるので、既に感染しているが、発病していない人がいる、と考える方が自然である。


◆英国に滞在した人の献血だけを禁止しても、特段の意味は認められない。

つまり、今回死亡した日本人はたまたま英国で感染したのかも知れないが(それも断定できない)、日本の牛肉を食べていた人(つまり、ベジタリアンでも無い限り、殆どの人)は、CJDに感染しているかも知れない、というのが恐ろしい現実である。

 厳密に考えれば、日本人は誰も献血できないし、誰からも輸血を受けられない状態にあるはずだ。


◆厚生労働省という役所は一体何を考えているのか。

 

血液製剤によって、エイズや肝炎に感染してしまった人が大勢いるのも、やはり当時の厚生省が、血液製剤が汚染されていることを知りながら、その使用を禁止しなかったのが原因であり、患者からみれば、これは不可抗力ではなくて、役人の怠慢による人災である。

 薬は全ての国民が使うわけではないが、それでもとんでもない話なのに、牛肉は殆ど全てと云っていいぐらい、多くの国民が口にいれる「食べ物」である。

「食べ物」が汚染されているかも知れないのに、これを1980年代から、そうと知りながら、放置した厚生省の役人は、一体、どういう頭の構造をしているのであろうか。

こういうのを、「万死に値する」と云うのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.02.02

プロとアマチュア

◆「プロ」と「アマチュア」の境界があいまいである。

 以前、拙文を読んで下さった読者の方から、「近頃の世の中、プロとアマチュアの境界が曖昧になっていると思わないか?」というお便り(メール)を頂戴したことがある。

大いに同意した。これには、大きく分けて、二つの側面がある。


◆プロの力量の低下

 如何なる人も、自ら職業に関しては、プロである。

 プロはアマチュアと比較にならないほどの知識・技術・識見を持っていて然るべきだ。

ところが、最近の世の中では、なんで、この人物がプロなんだ?というケースに度々遭遇する。

分かりやすい例を挙げるならば、私が度々音楽に関する稿で書いているとおり、専門的な音楽教育を受けていない私ですらはっきりと認識できるほど、誤った音程で歌を歌い、しかもそれが、CDになって売られている。

堅気の仕事では、車のディーラーとか、銀行の窓口とか、それぞれの分野のプロであるはずの人間が、当然即座に返答出来なければならないような、顧客の質問に答えられず、「エーと・・・」などといいながら、のんびりマニュアルをめくったり、PCの画面で確かめたりしている。

 そのようなことは覚えていなければいけないのだ。


国会議員の「先生」方はこれは、今に始まったことではないが、国会という「国権の最高機関であり、国の唯一の立法機関」の構成員であるにも関わらず、法律というものを知らない。

 国会議員たる者、少なくとも国の最高法規である日本国憲法は隅から隅まで理解して、覚えて、主な判例を記憶しているのが当たり前だと思うのだが。

現実には、憲法の試験を現職の国会議員に課したら、99%は落第するだろう。

 このような連中が、一定期間、座っているだけで、一般国民よりも優遇される議員年金などというものを受け取ってよいのだろうか?

国政の最高責任者である内閣総理大臣は、一昨年12月9日、自衛隊をイラクへ派遣することを閣議決定した後に記者会見を開き、その席上で日本国憲法前文を「朗読」していた。総理ともあろう人物が憲法も覚えていないのか?


 また、1月29日に書いたが、我が国の首相は、国連憲章という最も重要な国際法が武力行使を原則禁止していることも理解していない。

さらに、日米安全保障条約は「国連憲章を尊重する」旨を第1条で明記していることも知らない。

そして、さらに、小泉首相は、イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法(いわゆる、イラク復興支援特別措置法)などという、全部でわずか21条と附則からなる、短い法律において、「非戦闘地域」がどのように定義されているかを答えることすら出来なかった。要するに、何も知らない。これでは、アマチュアと変わらないではないか?

アマチュアが国家の指導者の地位にとどまって良い訳がない。


◆プロ意識の低下

 

 上の段落で述べた「プロの力量の低下」をもたらしたのも、「プロ意識の低下」が原因であるが、ここで云おうとしているのは、また、別である。

つまり、プロたる者は「プロは上手くて(知識・技術を身につけていて)当然。アマチュアは下手で、当たり前」という意識を常に保持していなければならない。


◆ "Everything is relative"(全ては相対的である)。
 

唐突に何を言い出すのだ、と思われるかも知れないが、それぞれの分野でのプロががプロで居られるのは、他の人たちが、その分野において、アマチュアで居てくれるおかげである。

またまた分かりやすい例を用いれば、プロの音楽家や役者や画家が、プロで居られるのは、他の人がヘタクソだからである。

美人モデルさんがモデルでいられるのは、世の人々の大半は美男美女ではないからである。

他の職業も全て同様である。

仮定上の話(現実にはあり得ないが、ということ)だが、国民が全て医師と同等の医学知識と技術を持っていたら、医師が存在する必要はない。

皆が金融商品や債券投資に関してプロ並の知識と情報を持っていたら、ファンドマネージャとか、ファイナンシャル・プランナーの存在意義は無い。

国民がプロ野球選手並みに、野球が上手ければ、野球選手は何の取り柄もないでくのぼうである。


◆素人さんはお客様だと感謝すべきなのである。

 

 インターネットの掲示板などの議論に加わることは、もう私もいい年なので、しないけれども、見ていてつくづく思うのは、上述した「アマチュアは、プロにとってお客様である」という意識を持っていない、若い衆が大変に多いという事実である。

プロの音楽家や、プロの翻訳者や、プロの医療従事者や、プロのコンピューターエンジニア(言葉が違ったらごめんね。云いたいこと分かるでしょ?)や、それになりかけの人が、初心者や、アマチュアに向かって、暴言を吐いている。「そんなことも知らないのか」と。

これは、とんでもないことなのだ。「プロとは何か」が分かっていない。特に、人に頭を下げる必要のない職業についている人たち、及びその予備軍に、この傾向が顕著である。


◆これを手本にせよ

 

「同時通訳の神様」、村松増美氏と小松達也氏が、素人のサラリーマンに、英語の学習法をアドヴァイスした、サイマル出版会刊「ビジネスマンの英語」という本がある。

今、Amazonや楽天を見たら残念ながら絶版になっていたが、古本屋をあちこち回ればみつかるだろう(神田の古本屋街は世界最大の書店の街である。本好きの日本人なら、一度は行って見ることをお薦めする)。

この本の冒頭で、村松増美氏は「日本のビジネスマンの多くは、英語をマスターするのに大変苦労しておられる。私達はプロだから、英語が上手いのは当たり前である。だから、『どうして貴方達はそんなに英語が下手なのですか』という言い方は大変失礼にあたる。そうではなくて、自分たちがプロになる過程で散々苦労した経験から何かお役に立つアドヴァイスを差し上げることが出来れば幸いである」と書いておられる。これこそ、「プロ意識」というものである。

村松氏は、実際の通訳の場面でも、常にプロ意識を保持している。

 たとえば、逐次通訳で、英語の発言者がスピーチにジョークを混ぜる。通訳者の村松氏はその可笑しさが分かる。しかし、聴衆は分からない。

このような場合でも、村松氏は決して自分が先に笑わないように気をつける、という。
 何故か? 

 自分が先に笑ってしまったら、日本人の英語が分からない聴衆(アマチュア)に対して、「貴方達は、今のジョークのおもしろさが分からないでしょう?私はもう、分かっているんです。それをこれから、訳してあげますからね」という姿勢になり、大変、無礼だからだ、というわけである。

 繰り返すが、こういうのを「プロ意識」というのである。

凡そ職業人、或いはそれになりかけで、高度な専門知識を有する人ほど、人を見下しやすい。

 村松氏の言葉を肝に銘じるべきだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

<亜大生痴漢>野球部員が起訴事実認める 求刑は懲役2年 抜本的性犯罪対策を実行せよ

◆<亜大生痴漢>野球部員が起訴事実認める 求刑は懲役2年

 

電車内で女性に痴漢行為をしたとして強制わいせつ罪に問われた亜細亜大2年の硬式野球部員、和田毅(つよし)被告(20)の初公判が2日、東京地裁八王子支部(長谷川憲一裁判官)で開かれ、和田被告は起訴事実を全面的に認めた。検察側は「犯行は悪質。約20日間、被害者につきまとい、本質はストーカー犯罪とも言うべきだ」として懲役2年を求刑した。

 検察側の冒頭陳述によると、和田被告は昨年11月30日午前、通学途中にJR中央線の電車内で女性会社員(20)の下腹部を触った。和田被告は同月18日から車内で、女性の近くに立つようになり、太ももを触るなどしていた。(毎日新聞) - 2月2日19時5分更新


◆コメント:性犯罪者だから、住所、顔写真を公表せよ。
 

和田被告人は、法的には、まだ無罪が推定されなければならない。しかし、有罪が確定したときには、性犯罪者となる。一生、恥を背負って生きてゆくが良かろう。

世論は先日の奈良小学生女児殺人事件を機に、性犯罪者の住所氏名などを公表せよという方向に傾いており、内閣もその方向で検討するらしいから、痴漢という性犯罪を犯したこの亜細亜大学のガキの住所、顔写真を公表するべきである。


◆売春・買春も性犯罪だから同様にするがよい。

 

 売春買春も性犯罪である。

 但し、幼女誘拐殺人事件とは性質を異にする。

云うまでもなく、後者に置いては、当事者間の合意があるからである。 しかし、合意があれば構わないじゃないかという云うのは、バカである。

売春・買春ともに国法によって、或いは条例によって禁止された「性犯罪」である、という形式論だけが理由ではない。

先進国でエイズ感染者(もちろん、血液製剤による感染者は、別だ)が増えているのは、日本だけであるのは、有名な事実であり、国辱である。

 こうなった原因は、売春・買春を厳しく取り締まらないからである。

 教育など役に立たぬ。淫乱な奴は何を言おうが淫乱なのである。

 厳しく取り締まるにはどうすればよいか。

 売春・買春の当事者は性病に感染している可能性が高く、彼女たち、彼らと性的関係をもてば、ことにHIVキャリアであれば、命に関わる。

 つまり、爆弾を抱えた、極めて危険な、連中である。検挙された売買春の当事者は、従って、他の性犯罪者と同様に、年齢に関係なく、住所・氏名・顔写真を公表するべきである。これによって、性病のさらなる拡散を防ぐ効果が期待出来る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.01

「障害がある人間」=「劣った人間」とはいえない。

◆アインシュタイン、ビルゲイツは高機能広汎性発達障害だ

 

今夜、テレビで自閉症の子供さんを取り上げていたけれども、どうしても、障害を持った、「可哀相な」「気の毒な」人、という雰囲気を出そうとしている。ナレーションが気に入らん。故意に、悲劇的なトーンで話す必要はない。

自閉症は、精神科で扱うが「発達障害」という分野である。原因はまだ、判明していないが、周りに人がいないように振る舞う、とか、自分の世界に閉じこもる、とか、言葉の発達が遅れているとか、まあ、そんなことが書いてある。


しかしながら、同じ自閉症の領域に属する発達障害に color=#0000FF>「高機能広汎性発達障害」というのがある。

「高機能」とは、知能のおくれがない、ということで、それでは何が問題なのかというと、





  • 相対的対人関係の質的異常

  • コミュニケーションの質的異常

  • 幅狭く常同反復的である行動・興味・活動のパターン


style="LINE-HEIGHT: 150%">の三つの領域に障害があることで特徴づけられる発達障害だそうだ。

 ところが、小見出しに書いたとおり、相対性理論は分からなくても、相対性理論のアインシュタインと言えば誰でも知っているあのアインシュタインも、我々(の過半数)が使っているWindowsを作った、ビル・ゲイツ氏も「高機能広汎性発達障害」なのだ。

異常とは文字通り「常」と「異なる」と書くわけで、そういう意味なら、なるほど、二人とも異常なのだろう。

しかし、アインシュタインとビル・ゲイツよりも自分の方が優れている、と自信を持って言えるひとがいたとしたら、そのほうが、ちょっと、危ない。


◆障害を持つ音楽家たち。イツァーク・パールマンの場合。

 

ここでは、身体に障害がある人を取り上げる。私の得意分野、音楽の世界には、身体的障害がありながら、「超一流」の評価を得ている人が何人もいる。

例えば、イツァーク・パールマンという、一応アメリカ人だが、その名の示すとおりユダヤ人のヴァイオリニストは、現存するヴァイオリニストの中でも最高の技術と音楽性を併せ持つ、希有な天才だが、足が不自由である。

 小児麻痺で足の自由を失い、ステージに出てくるときは、巨体を松葉杖で支えながら出てきて、普通のヴァイオリンのソリストは立ってヴァイオリン協奏曲を演奏するが、彼は椅子に座って演奏せざるを得ない。

その椅子に辿り着くまで、両手は松葉杖で塞がってしまうから、指揮者が彼のヴァイオリンと弓を持って一緒に出てきて、パールマンがどっこいしょ、と椅子に座ったところで、彼に、楽器と弓を渡す。

すると、パールマン先生は、指揮者に向かって「ちょっと待って」という仕草をし、自分の燕尾服の内ポケットをゴソゴソ探りはじめる。

 何をやっているかと思うと、おもむろに指揮棒を取り出し、「ああ、あった」とか云いながら、指揮者に渡す。観客にどっとウケる。と毎回分かっているのだが、やるのである。

彼のサービス精神である。ステージに出てくるとき、痛々しいので、観客がどんな顔をして良いか分からぬ、という雰囲気を敏感に察して、彼の方が気を使って色々考えた末、こういう「コント」を思いついたらしい。

ヴァイオリンを弾き出すとその上手さは、筆舌に尽くしがたく、それは競演するオーケストラのヴァイオリンセクションを初めとする音楽家たちの表情を見るとよく分かる。

彼ら以上にヴァイオリン弾きに苦労が分かる者は居ない。ソリストにとっては、一番怖い「聞き手」であるが、ベルリンフィルのような、超・超・一流のオケの連中もコンチェルトの後で、拍手を惜しまない。

ある日本のオーケストラのヴァイオリニストは「彼は、足が不自由だが、彼のヴァイオリン演奏を聴いていると、それ以上に自分が、手が不自由な人間に思えてくる」と評していたのは、言い得て妙である。なにより、パールマンの音楽を聴けば、脚が不自由であることなど忘れてしまう。パールマンといえば、まず彼の音楽を想起するのが普通の音楽ファンであろう。つまり、音楽家としての彼の評価に、身体的障害は全く入り込む余地がないのだ。


◆全盲のヴァイオリニスト和波隆義

ヴァイオリニストの和波孝禧(わなみたかよし)氏は(1945年生まれだから、今年還暦かあ。もう、そんなになるかな。)生まれたときから、視力が無い。

しかし、ご両親が大切に育てられ、そのうちに音楽的才能があることに気づき、鷲見三郎(すみさぶろう)氏、江藤俊哉氏に師事し(このお二人に教わるというのは大変なことなのだ。日本で一番偉い(つまり優秀な弟子が沢山いる)、先生なのだ)、後は省略するが、もう何十年もヨーロッパを中心にソリストとして活躍している。

ライプツィッヒ・ゲバントハウスなどという、由緒あるオーケストラ(メンデルスゾーンがここの指揮者だった)から呼ばれるというのは、目もくらむほど大変な修行の成果だろう。

話が少し逸れるが、目の不自由な人はどうやって音楽を覚えるかというと、ちゃんと点字の楽譜というものが存在するのである。というか、実は、点字は楽譜が最初だった、ということは余り知られていない。文字の方が後から出来たのだ。何かの本でずっと昔に読んだ。

さて、和波孝禧氏はソリストだけではなく、ここ10数年で大変有名になったサイトウ・キネン・オーケストラで、ソリストとしてではなく、オーケストラのメンバーとして演奏をすることがあるのだが、和波さんを見ていると全く奇跡としか云いようがないことが、目の前で起きる。

つまり、オーケストラは指揮者の棒を見て、曲の一番最初の音を出すタイミングとその後のテンポを知る。最後の音を長くのばして、切るときも、棒を見る。

いうまでもなく、これらは視覚情報である。和波さんは全く何も見えない。最初の音をどうやって合わせるか(クラシックではロックバンドのように「1・2・3・4!」などとカウントすることは絶対にない。)?

何もしないのに、他の人とぴたりと合わせて弾きはじめるのである。

 あまりにも自然なので、一瞬、誠に失礼ながら、本当は見えるのではないか、と思うほどである。

ご本人は、「非常に単純化していえば、集中力と訓練によって可能です。」と仰るのだが、どうにもこうにも、初めて生で拝見したときは驚いて、しばらく、何も声が出なくなったことを覚えている。

分からないなりに想像すると、音楽家は管楽器奏者や声楽家でなくとも、必ず音を出す前に、ブレス(呼吸)をするし、フレーズの切れ目でも呼吸をする。

 音楽の本質は歌であるから、呼吸の無い音楽というのは、無いのである。

 しかし、管楽器奏者も弦楽器奏者も同じステージの隣の人間にも聞こえないぐらいの呼吸音しか、出さない。オーケストラ全員のブレスがいちいち、「スーハー、スーハー」と聞こえたら、やかましくて、音楽にならぬ。

だが、和波孝禧さんはこのときのわずかな、空気の変化を、目が見える者よりも敏感に感じ取っているのではないかという気がする。しかし、それだけでは、音を切るときやテンポが変化するときはどうするのか、説明にならぬ。兎に角、不思議なことなのである。

 なお、和波孝禧さんに関しては、本が2冊ある。ひとつは、母上がお書きになった母と子のシンフォニー―盲目のヴァイオリニスト、和波孝禧を育てた母の手記という、大変に有名になった本である。息子が目が見えないことを、全く気にしなかった訳はないが、一緒に旅行に行ったり、ヴァイオリンのレッスンに行ったりした、母上の溢れるばかりの愛情に、親とはこういうものか、と、胸が熱くなる。

 もう一冊は、和波孝禧さんご自身の著書がある。音楽からの贈り物という本で、プロの演奏家になって独立して、結婚して(奥様はピアニストでいらっしゃる)、演奏活動や日常生活で感じた、音楽のこと、生活のこと、目が不自由な人が世間の人々に知って欲しいこと、などが、端正な文章で綴られていて、私は、視覚障害者云々というよりも、プロの音楽家、プロのヴァイオリニストが書いた、大変貴重な本だと思っている。


◆ある能力がたまたま欠けているからといって、それで終わりではない。

 

色々な「障害があるといわれている人」が世の中には居るが、アインシュタインの例で分かるとおり、本当に障害と言い切れるのか?障害とはなにか?というケースがある。

また、二人の音楽家で明らかなとおり、ある能力は確かに欠けているが、それを補って余りある能力、才能を持っている人がいる。

だから、「障害がある人」=「劣った人」と単純に決めつけるべきではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年1月 | トップページ | 2005年3月 »