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2006年3月

2006.03.31

厚労省「終末期医療に関する調査等検討会報告書」(平成16年7月)一般人、「延命望まない」7割。

◆記事:クローズアップ2006:富山・射水の呼吸器外し 殺人なのか、「尊厳死」か (毎日新聞)

(はじめに、引用者=JIRO注:全文載せると長くなりすぎるので、ここに全文のキャッシュを保存しておきますので、ご希望の方はお読み下さい)。

◇「治療中止」基準なし

今回のように、医師が患者の死期を早めるような事件が後を絶たない。

その背景について、兵庫医大救命救急センターの丸川征四郎教授は「患者にも家族にも、延命治療を望まない人がいる。ベテラン医師になると、経験からそうしたものと思い込み、本人や家族との意思疎通が不十分でも、希望に沿ったつもりの善意で治療中止をする場合がある」と説明する。

末期医療の現場では、医師が患者本人や家族から「早く楽にしてほしい」と頼まれ、医師自身も「どうせ助かる見込みがないのなら」という同情に似た気持ちが表れることもある。

日本ホスピス緩和ケア協会会長の山崎章郎医師は「それでも多くの医師はそれを乗り越え、患者の心身の痛みを和らげて命を見守る努力をする。

命を尊重しつつ、患者の苦痛を和らげるのが基本で、苦しがっているから命を止めるというのは医療ではない」と話す。

しかし、現場の医師が実際に治療を中止する場合、具体的にどんな手続きを取ったら合法となるのか、法律上の明文規定はない。横浜地裁が示した要件も定着してはいない。

厚生労働省の「終末期医療に関する調査等検討会」は「判断基準は明らかでなく医療関係者は悩む」と報告書に盛り込んだうえで、「医学会などがガイドラインを作るべきだ」と提言した。

提言を受け、「日本集中治療医学会」は昨年から、治療中止の基準作りを始めている。

基準の素案は、中止の前提として

(1)複数の医師による最高水準の治療

(2)救命不可能なことを複数の医師が繰り返し確認する

(3)家族に十分に説明し、治療中止以外にも選択肢を提示する--

などを求めている。

◇「望む」国民7割超す

厚生労働省の「終末期医療に関する調査等検討会」は03年、末期医療について世論調査をした。

延命治療中止を望む国民は7割を超え、医療関係者では8割に達した。一方で「積極的に生命を短縮する」行為への賛成はわずかで、医療関係者ほど慎重な現状も浮かんだ。

調査では一般国民の80%、医師の92%、看護師の95%が、末期医療に「関心がある」と回答した。

自分が「痛みを伴う末期状態(余命約6カ月未満)」になった場合に「単なる延命治療はやめてほしい」などの回答は、一般で74%、医師で82%、看護師で87%に達した。

しかし、「医師が積極的に生命を短縮させる」ことを認めたのは、一般で14%、医師で3%、看護師で2%に過ぎない。

「苦痛を和らげることに重点を置く」が一般で59%を占め、医師や看護師では8割を超えた。
(引用者注:後略。くどくて済みませんが、全文はここ。毎日新聞 2006年3月26日 大阪朝刊


◆コメント:記事のとおり、2003年に、「終末期医療に関する調査等検討会」が詳細なレポートを出しているのです。

私は、3月26日の日記で、こういう終末医療の現場で何度も医師の行為が「尊厳死」若しくは「安楽死」なのか、又は殺人なのか揉め事になるのは法制化しないからだ、と書いたが、そんなことは、実は厚労省は3年も前に調べてわかっていたのです。今日、やっと見つけました。概要はご覧の通り。
原典をご覧になりたければ、厚労省による終末期医療に関する調査等検討会報告書の、特にここには、「終末期医療の在り方 」とか、「医療現場の悩み 」に関する詳細な記述があります。
特に、「医療現場の悩み

終末期において、延命のための医療行為を開始しないこと(医療の不開始)や、行っている延命のための医療行為を中止すること(医療の中止)に関してどのような手順を踏むべきか、医師をはじめ医療関係者が悩むことは多く、判断基準が明らかでない。患者の意思を踏まえた個々の医療行為の是非は医療サイドの判断ではあるが、どういう手順を踏んで医療の不開始・中止を決めることが妥当なのか、どのような行為が合法なのか、医師が悩む場面は多い。この点に関する明確な社会的コンセンサスが求められている。

ほら、4日前に云ったとおりでしょ。

4年も前に分かっていながら、「新しいことを手がけて、責任を追及されるのを何よりも恐れる人間の集団=お役人さん」が、本気で法制化に取り組まなかったのが、

問題がいつまでも繰り返される一つの原因なのではないでしょうか?


◆「尊厳死」は良いが、「安楽死」は嫌。患者、医師、共通。

「尊厳死」と「安楽死」の相違は、に書きました。

前者は「延命治療を中止すること」。

後者は積極的に薬物を注射することにより、患者を能動的に(もちろん、苦痛から解放するために)死に至らしめることです。

はっきり云えば、安楽死は患者を「殺害する」ことだから、「人の命を救いたい」、という医師の「本能」に反するわけです(大サービスで良心的な医師ばかりであるように書いておきます)。

医師が、延命治療を止めるのには賛成だが、安楽死は嫌だ、というのは理解出来ないこともない。



けれども、一般人がこれほど「安楽死」を嫌がるとは思わなかったですね。

これは、知らないんじゃないの?末期癌の患者の苦しみ方を。見てられないですよ。多分知らないんだと思うな。

私は理由は詳しく書かないけれども、そういうの知っているんです。

私が患者になったら、あんなに苦しむ以前に、さっさと薬殺(塩化カリウムでしたっけ)していただきたいですね。



そもそも、人間、頼んだ訳でもないのにこの世に生まれてきて、「とかくに住みにくい」人の世(誰の作品のの引用だか分かりますね?)で何十年も我慢して苦労してきたというのに、

何故、一生の終わりに、激痛にのたうち回らなくてはいけないのか?と思います。最期ぐらいはあらゆる苦痛から解放される自由を持つべきと思うのです。


◆「安楽死」を装った「殺人」が増えるとは思わない。

安楽死や尊厳死を法制化すると、終末期医療はコストが高いので、患者の家族には負担となる。

そこで、患者に対して「早く死ねよ」という心理的圧力がかかる恐れがあるから、反対、という意見が、あります。

確かに可能性が「ゼロ」ではないですが、私はその可能性はかなり低いと思います。



なぜ、そう思うか。

それはですね。

1989年11月、島根医大で日本で初めての生体肝移植が行われたときに、世論の反対意見でこういうのが有りました。

「生体肝移植が普及すると、胆道閉鎖症などで苦しむ患者の家族で生体肝移植をしない人に、『お前は我が子(親でも何でもいいですが)に自分の肝臓の一部を提供しないで、恥ずかしくないのか?』という無言の圧力が生ずるのではないか?」

という意見でした。

実際にそういうことが、有ったか、無かったか分かりませんが、少なくとも私は聞いたことがありません。

そして現実に、島根医大の英断のおかげで、以後夥しい数の生体肝移植が行われ、それまでなら、死ぬしかなかった人が助かっているわけです。

「無言の圧力」を考慮して生体肝移植を止めていたら、皆死んでいたわけです。



重い病に苦しむ患者が特に家族がいる場合、人間、何とかしてやりたいという気持ちの方が強くなるという傾向が存在するのではないかと思います。

つまり、安楽死が法制化されたからと言って、患者に対して「早く死ねよ」という人が増えて、助かるかも知れない患者が殺されるという心配は、多分杞憂に終わると思います。


◆苦痛を緩和するためのモルヒネを打ちすぎたと訴えられた医師もいる。

書き忘れることでしたが、末期癌患者に対しては苦痛を取り除くため麻薬の一種、モルヒネが投与されますが、それで訴えられた医師がいるのです。

◆医療過誤訴訟:モルヒネの多量投与死、医師らに賠償命令--横浜地裁 (毎日新聞 2006.01.27 東京朝刊) 

横浜栄共済病院(横浜市栄区)でがん再発後、モルヒネの不適切な投与が原因で死亡したとして、患者の遺族らが同病院を運営する国家公務員共済組合連合会と担当医師らを相手取り、

約1億2800万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が26日、横浜地裁であった。

小林正裁判長は「十分な説明もなく、多量のモルヒネを投与した」と病院側の過失を認め、共済組合と担当医師に計約1800万円の支払いを命じた。

原告は、死亡した神奈川県鎌倉市の会社員、藤井義雄さん(当時48歳)の妻あや子さん(55)ら。判決によると、藤井さんはぼうこうがんで98年7月、同病院でぼうこうを摘出した。

99年11月に再入院してがんの再発が分かり、12月4日午後から鎮痛剤の塩酸モルヒネの入った点滴を受けて意識障害などを起こし、約9時間後の5日未明に死亡した。

小林裁判長は「モルヒネ投与自体が不適切とは言えないが、初期の静脈持続投与で1日10~20ミリグラムが勧められている。担当医師は1日あたり100ミリグラムを投与しており、適量を大きく超えていた」と過失を認定。「過失がなければ、99年12月5日の時点では生存していた可能性が高い」とした。一方、原告が求めていた逸失利益は認めなかった。共済組合は「判決を見ていないのでコメントを控えたい」としている。

これ、どうですかね。規定量より多く投与したと。それで、患者は早く死んだ。

しかし、いずれにせよ末期だったわけです。

医師はこれから、患者がどんなに痛がっても、モルヒネの投与量を厳格に守るようになることでしょう。

患者は激痛に耐えながら、どうせ死ぬのに、数日余計に生きる。これが、意味のあることでしょうか?



だから、やはり私は、医療現場が求めているように、安楽死・尊厳死の法的根拠を明文化するべきだと考えるのです。


【追加】◆記事:<尊厳死疑惑>患者は生前、延命治療の中止希望 家族証言

富山県射水(いみず)市の射水市民病院(麻野井英次院長)であった人工呼吸器外し問題で、同病院で人工呼吸器を外されて死亡した男性患者の家族が30日、毎日新聞の取材に応じた。

生前、延命治療の中止を希望していたことから、家族で話し合って医師に呼吸器を外すよう依頼し、主治医は「それだけ言われるなら」と了承したという。

外す際は気が動転していたため、「6人の呼吸器外しに立ち会った」と認めた外科部長(50)=3月31日で退職=がいたかは覚えていないが、県警は近く、この家族から任意で聴取する方針。

この患者は県西部に居住し、がんなどを患って、03年に60代で死亡した。意識がなく、人工呼吸器を装着。別の担当の医師が回復が難しいと話すのを聞いたことから、親族で呼吸器取り外しを話し合った。

患者は生前、植物状態の人を扱ったテレビ番組をみている時、「こうなったら長いこと置いてくれるな」と話していたといい、最終的に延命治療の中止を決め、取り外しを担当医師に依頼した。

取り外した時は、家族や親族のほか、医師1人と看護師が立ち会った。

家族の一人は、呼吸器を装着され点滴を続ける様子が「気の毒で、見ていられなかった。いつまで続くのかと思うとつらかった」と語り、

「(呼吸器外しが表面化した)他の家族も同じように頼んだのではないか」と話している。
(毎日新聞) - 3月31日3時10分更新

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2006.03.30

「患者宅に張り紙『呼吸器取り外しに家族は同意』」←事件発覚当初の記事と比べてみます。

◆記事1:患者家族「同意ない」病院「カルテに記載」…延命中止(読売新聞) - 3月26日23時54分更新

射水市民病院の延命措置中止の問題が発覚するきっかけとなった男性(当時78歳)の家族が26日、病院側から人工呼吸器を外すと聞かされたことはなく、家族から頼んだこともないと、読売新聞の取材に話した。

この患者について病院のカルテには「家族の希望」と書いてあるといい、捜査の焦点となっている家族の同意の有無を巡り、食い違いが明らかになった。

家族によると、男性は昨年10月9日、自宅で倒れて同病院に運ばれ、外科部長(50)が担当医となった。

脳梗塞(こうそく)と診断され、心肺停止状態で意識もなかったため人工呼吸器が装着された。意識が戻らないまま、21日に病院から「血圧が下がり、きょうが山場」と連絡があり、親類が集まってみとった。

病院によると、この男性については、外科部長が同月12日、呼吸器を取り外すよう指示しているのを内科の看護師長が気づき、麻野井英次院長がやめさせた。

病院側が県警に提出したカルテには「家族の希望」と書いてあるという。

これに対し、家族は入院当時、病院から「年だし、長くないかもしれない」と説明を受けたというが、「家族3人とも呼吸器を外すということは、一切聞いていない」としている。

男性が以前けがをした時も外科部長の治療を受けており、家族に「熱心でいい先生にかかった」と話していたという。

家族は「入院から10日以上も命を維持してもらい、治療も丁寧にしてもらい、恨むようなことはまったくない」と話している。


◆記事2:患者宅に張り紙「呼吸器取り外しに家族は同意」(2006年3月28日23時4分 読売新聞)

射水市民病院の延命措置中止問題で、発覚のきっかけとなった男性(当時78歳)の家族が28日、自宅玄関に「(人工)呼吸器取り外しに家族は同意した」とする張り紙を掲示した。

張り紙には「父が倒れて病院に搬送されてから数日後、呼吸器取り外しの話が出て同意した。しかし、院長の認められないとの説明に納得した」と書かれている。

家族は、読売新聞の取材に3人が「呼吸器を外すという話は一切聞いてない」と話していた。

これについては、「今回の問題が私たちとは関係ないということにしたかった」としている。


◆コメント:家族は嘘をついていたわけですね?

要するに、患者の家族の言葉を信じるならば、事件の発覚のきっかけとなった78歳の男性の家族は、つい3日前、読売新聞の取材に対して、

「人工呼吸器を外すことを医師から聞かされていなかったし、家族から頼んでもいなかった」

とはっきり述べたのです。ところが同じ患者の家族は昨日(28日)、
「(人工)呼吸器取り外しに家族は同意した」とする張り紙を掲示した。

そうです。つまり、患者の家族は嘘をついていたということです。とんでもないですよ。
「今回の問題が私たちとは関係ないということにしたかった」

冗談じゃないよ。これじゃ、医者も「やってられねえよ」という気分になるのではないでしょうか?

何しろ、医師は殺人犯にされるところだったのですよ(今後、どのように捜査が進展するか、まだ分かりませんが)。

しかし、何かというとマスコミは医師を悪者にしたがるので、医師側が限りなく黒に近いグレー、という印象を読者に与える記事を書きました。

読売だけではない。毎日新聞などは、

<尊厳死疑惑>殺人容疑も視野、慎重に捜査 富山県警」

という見出しで記事を書いています。

こういうのを、ミス・リーディングな報道、といいます。

揉め事が起きたときはとにかく当事者双方を念には念を入れて取材し、読者に先入観を与える報道をしてはならないのです。



私は、自己宣伝するつもりは毛頭無いけれども、3月26日の記事で、次のように書きました。ちょうど真ん中あたりです。
本件に関しては、事実の全貌がこれだけの新聞記事で全て明らかになっているとは到底考えられず、事実認定が出来ないまま、判断は出来ないから、私はまだコメントしない。

自分で云うのも何ですが、コメントを加えなかったのはやはり正しかったと思います。

あの時、私は新聞が、医師乃至は病院を「悪者」に仕立てようとしていることを感じました。そういう「はじめに結論ありき」、という取材の仕方は間違っています。

国民は、医師を殺人犯と断定したがっていました。松本サリン事件と似ている。


◆松本サリン事件をマスコミは忘れたのか?

松本サリン事件とは、これは、アンチョコから引用しますが、

「1994年6月27日の夕方から翌日6月28日の早朝にかけて、長野県松本市北深志の住宅街で、化学兵器として使用される猛毒のサリンが散布され、7人が死亡、660人が負傷した事件」

です。このとき、
「長野県警察は、事件当時に農薬を使用していたというだけの理由で、被害者でもある第一通報者の河野義行氏を重要参考人とし、連日にわたる取り調べを行った。またマスコミは、一部識者が「農薬からサリンを合成することなど不可能」と指摘していたにもかかわらず、オウム真理教が真犯人であると判明するまでの半年以上もの間警察発表を無批判に垂れ流したり、河野氏が救急隊員に「除草剤をつくろうとして調合に失敗して煙を出した」と話したとする警察からのリークに基づく虚報を流すなど、あたかも河野氏が真犯人であるかのように印象付ける報道を続けた。」

のです。真犯人はオウム真理教だったのです。

第一通報者の河野氏は被害者なのです。奥さんが、サリンで意識不明となり、今でもその状態なのです。

被害者なのに、日本中が、マスコミのミス・リードにより、河野さんが犯人である、と思いこんでいた。恐ろしいですね。

新聞で活字になったり、テレビで報道されたことは、自分では実際に現場を見ていない「疑似現実」なのですが、一般人は、どうしてもそれをそのまま信じてしまう傾向があります。


◆福知山線の脱線原因はいまだに完全に特定されていない。

昨年、4月25日JR西日本福知山線の脱線転覆事故で、100人を超える犠牲者が出ました。勿論、事故調査委員会が事故原因を特定すべく頑張っているものの、いまだに完全に特定されていないのです。

あの時の騒ぎ、マスコミの態度はひどかった。はじめからJRの責任と決めつけ、JRの社長を怒鳴りつけていました。

それに刺激され、便乗した、一般市民のJR西日本社員への嫌がらせや、暴力。覚えているでしょう?私は何度も「それは間違っている」と書きました。

事故直後は当然、事故原因が不明だった。今でも分かっていないのだから、当たり前です。

原因が不明だということは、誰の責任かも特定できないのです。

だから、「誰も責められない」というのが、客観的に正しいものの考え方です。

マスメディアは、まだ原因は分からない、という「事実」を伝えるべきでした。

残念ながら、今回の騒ぎとそれを巡る報道は、松本サリンから何も学んでいない、と云っても過言ではありません。


◆今回も同様です。

鉄道事故と終末期医療は、全く相互に関係はないけれども、私が強調したいのは、

「真実をよく吟味しないで、特定の人物や団体を犯罪の容疑者で有るかの如く扱ってはいけない。」ということです。

報道関係者は、何回でも同じドジを踏む。いい加減に過去の失敗から学んで下さい。

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2006.03.28

1.<栃木女児殺害事件>科警研がプロファイリング「犯人は…」←事件が起きたのは去年の12月1日。2.「割り箸事件」について。

◆記事:<栃木女児殺害事件>科警研がプロファイリング「犯人は…」

栃木県今市市(現日光市)の女児殺害事件で、警察庁科学警察研究所が進めていたプロファイリング(犯人像等の推定)結果が28日まとまった。

「30歳未満の男で、連れ去り現場から半径5キロ圏内に居住している可能性が高い」と犯人像を導き出した。

警察庁幹部は「捜査手法としては、まだ発展途上ともいえる段階だが、手がかりが少なく動機も不明な中では、有効な捜査手法の一つ」と期待を寄せている。

今回の事件では、科警研の女性技術吏員が今年1月11、12の両日、日光市の連れ去り現場と、茨城県常陸大宮市の遺体遺棄現場を訪れ、ビデオ撮影した映像や犯行手口、時間帯などのデータを併せて分析を進めてきた。(毎日新聞) - 3月28日19時35分更新


◆コメント:そんなに時間がかかるの?

遅い。プロファイリングという言葉が日本に知られるようになったのは、FBI心理分析官が翻訳され、単行本として出版された1994年のことだ。

日本ではそういう専門家はいなかったから、多分アメリカへ行って勉強してきた「プロファイラー」がいるのだろう。



原著が出版されたのは、1992年で、原題は、翻訳とは全然違って、"Whoever fights monsters"という。これは、ニーチェ(ドイツの哲学者。1844~1900)の、

Whoever fights monsters should see to it that in the process he does not become one himself.

(怪物と闘う者はその過程において、自分が怪物にならないよう、肝に銘じろ)

という言葉から取ったものだ。

この本と言葉をヒントに映画「羊たちの沈黙」が作られたというが、本当かどうか知らぬ。

FBI心理分析官は、本物のFBI心理分析官、ロバート・K. レスラー氏が書いたのだが、取り上げられている事件の詳細をここで述べるのは栃木県の事件とは関係ないので省く。

関心がある人は読んでみてもいいが、忠告しておく。相当気持ちが悪い。肉食民族の猟奇的・快楽殺人の不気味さは、我々草食民族のそれとだいぶ違う。



話がそれたが、何を述べたいかというと、本家FBIのプロファイラーは、プロファイリングに何ヶ月も費やしていない、ということだ。

云うまでもなく犯罪の捜査は時間が経つほど、人々の記憶が薄れていくので、困難になる。

今頃になって、科学警察研究所が「プロファリングの結果が出た」というが、昨年12月1日から今日まで、117日(3か月と27日)もの時間が経過している。

どうしてこういうことになるのだろうか。

警察の縄張り争い、メンツの問題で無駄な時間を費やしたのではあるまいね?(というのは、勿論皮肉で、それが原因で時間を要したのではないか、と、私は想像しているわけです)。


◆時間がかかると云えば、「割り箸事件」は初公判から今日の判決まで1215日

今日、東京地裁が無罪判決を言い渡した、「割り箸による園児死亡事故」は、事故そのものが起きたのが、1999年7月10日で、初公判が開かれたのは2002年11月29日。

事故からは、2453日(6年8か月18日)、初公判からですら1215日(3年3か月28日)が経過している。

判決を巡って色々な意見があり、私も初公判の日Web日記 エンピツに書いているが、今読むと、余りにも単純に結論を出しており、忸怩(じくじ)たる思いである。



この事故も、最早、何が真実か分からない。新聞記事は医者に批判的に書くし、他の医師のコメントを読むと、どうしても被告人に同情的なものが多い。

いずれにせよ、事実の全貌は分からないが、それに近づくためには公判記録を全部読むべきで、それをしないで親が悪い、医師が悪い、と書くべきではない。

つまり、「事実の全てが明らかになっていないのだから、コメント出来ない」というのが、最も適切である。


◆一般論ですがね。患者の家族の心理について。

私のオヤジは最終的には脳出血で死んだが、それまでに、まず軽い脳梗塞を起こし、それが回復しかけたら脳出血を起こし、その度に救急車で病院に運ばれた。

その時、余りにも当たり前なのだが、

「こちらの一大事も、医師にとっては日常」

という紛れもない事実を認識した。それは仕方がない。

医師やナースが個々の患者に感情移入しているヒマがないことは、分かる。理屈では分かる。

但し、そうではあっても医師の態度、物腰、言葉遣い、表情により、患者の家族は、多分、医療従事者が想像できないほど苛立たしく、腹立たしく、やるせなく、悔しい思いをするのである。

逆に言えば、例え親が死んでも、遺族が納得できれば、文句は言わないのである。

納得できるかどうかは、「医師が真剣に診て、治療しようとしてくれたか否か」による。それは、家族が受ける印象で決定される。

極めて主観的、情緒的な判断だが、親が死ぬのは、一生に一度しかない出来事である。こう言うときにまで、合理的・論理的に考えろと言う方が無理というものである。


◆当直医のスリッパの音

父は、最後は自宅の近くの個人総合病院で息を引き取ったが、最初に運ばれたのは、新宿区にある、昔のフジテレビの隣の病院だった。

父が救命救急センターに運び込まれ、暫くしたら、2人の比較的若い、当直医、しかし脳外が専門であるらしい医師がゆっくりと歩いてやってきた。



彼らにも事情はあったのだろう。もしかすると、直前に難しい手術を終え、やっと眠りに就いたところを、叩き起こされたのかも知れない。それは充分あり得ることだ。

しかし、私は、その二人が歩いてくるときに廊下に響いた「ペッタン・ペッタン」というサンダル(かスリッパか知らないが)の音を聴いたとき、血液が逆流するかと思われるほど、腹が立ったのをよく覚えている。

殴りかかりたくなる衝動に駆られた。(早くしろよ、オヤジは死にかかってるんだよ!)ということである。

何故、それほど腹が立ったか?

その「ペッタン・ペッタン」が、「面倒臭えなあ・・・」という意思表示に感ぜられたのである。誤解だったかも知れない。そうでなかったかもしれない。

患者の容態、そこにいたるいきさつも千差万別だが、救命救急センターではどうしても患者の「人格」など考慮されない。

彼らにとっては、自分にとってこの世に一人の親も、「毎度おなじみ」の「治療の対象」である。この辛さ。悔しさ。

自分の親がそのように扱われることが如何に辛いか・・・は、やっぱり経験しないとわからんだろうな。

何だか、当時の怒りが思い出されて、幼稚な文章になってしまったが、そのまま載せる。

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2006.03.27

米国産牛肉 全頭検査求め提訴の米食肉加工業者に聞く」←アメリカの良心。これは評価すべきです。

◆記事:米国産牛肉 全頭検査求め提訴の米食肉加工業者に聞く(毎日新聞)

米中堅食肉加工業者、クリークストーン・ファームズ・プレミアム・ビーフは23日、牛海綿状脳症(BSE)の自主的な全頭検査容認を求めて米農務省を提訴した。

同社のジョン・スチュワート最高経営責任者は、毎日新聞と会見し「農務省は全頭検査の負担を嫌う大手業者に配慮している」と批判した。【ワシントン木村旬】

--農務省は全頭検査を拒んでいます。

◆農務省が「全頭検査は非科学的」と主張しているのはシェアの約8割を占める業界大手4社が検査したがらないことに配慮しているためだ。検査費用は1頭20ドル(約2300円)かかり、大手は負担増を嫌がっている。当社は高級牛肉中心なので検査で(より安全という)価値が高まる。

--日本の消費者は米国の検査体制に不安を感じています。

◆米国産牛肉は世界で最も安全と信じているが、日本の世論調査を見ると消費者は米国産牛肉に懸念を持っている。顧客を満足させるために全頭検査をしたい。

--日本政府は輸入再開の条件として全頭検査は求めていません。

◆当社は民間業者の立場で日本の消費者の懸念を解消したい。輸入停止を招いた特定危険部位の混入問題は不幸な事件だが、日本は説明を求める権利があり米国はしっかり調査すべきだ。

--農務省は検査頭数を縮小する方針です。

◆米国産牛肉の安全性に対し国際的な懸念を広げてしまう。農務省はBSE感染牛を見つけたがっていないのではないか。それには検査を十分にしないのが一番だ。

--提訴に踏み切った理由は?

◆04年に50万ドルを投じて検査施設を整え農務省に自主的な全頭検査を申請したが拒否された。農務省は検査器具の監督権限を持ち、当社は器具を使えない状態が続いている。農務省と2年以上協議したが我慢の限界だ。当社を支持する業者は増えており、今後も拡大するだろう。

(毎日新聞) - 3月25日10時11分更新


◆コメント:アメリカ人の良心、妨害する米国政府。

これは、どういう話かというと、日本は当初、米国産牛肉の輸入再開条件として、全頭検査を要求していたのですが、アメリカ政府は「非科学的だ」とかなんとか云って承知しなかった。

最後は11月にブッシュ大統領が来日して、小泉首相に「早く、牛肉輸入を再開しろよ」と一言すごんだ(というのは、私の想像ですが、要求したことは間違いない)ら、

12月中旬にはもう、輸入再開が決まってしまった。情けない話です。



ところが、ここで、良心的なアメリカ人食肉業者が現れました。勿論、早く商売を再開したいというのが動機ですが、

「顧客である日本が米国産牛肉に不安を抱いているなら、顧客を満足させるために、全頭検査をすべきだ」

と主張して、「全頭検査は必要ないっ!」とムキになっている米国農務省を提訴したのです。

それは、誰かというと、記事にあるとおり、米国の食肉加工業者、クリークストーン・ファームズ・プレミアム・ビーフ社という会社です。

冒頭の記事は毎日新聞が、その会社の最高経営責任者、ジョン・スチュワート氏にインタビューしたものです。


◆当然のことながら、多くの良心的なアメリカ人がいる。彼らは評価されるべきだ。

私は、過去の記事で数え切れないほどアメリカを批判していますが、それは、理屈に合わないことを無理強いする米国(特に政府)を批判しているのであり、

無差別に情緒的に、つまり「好き嫌い」で書いているのではありません。そりゃ、好き嫌いで云ったら、アメリカで好きな人、団体、いくらでもいますよ。

クリーブランド交響楽団や、シカゴ交響楽団は大好きだし、ニューヨーク・フィルハーモニックの首席トランペット奏者、スミス氏を尊敬しています。

シカゴ交響楽団で半世紀首席トランペット奏者を務めたアドルフ・ハーセス氏は神様です。

ハーバード大学教授だった故・エドウィン・ライシャワー博士を尊敬しています。源氏物語を英訳したエドワード・サイデンステッカー氏も、日本文学の専門家ドナルド・キーン氏も尊敬しています。

ただ、天下国家を論ずるときは好き嫌いは別問題です。ブッシュ大統領のイラク戦争は正しくない。

その代わり、正しい行為は、正しく評価するべきです。

上に大文字で引用した、ジョン・スチュワート氏の認識と決断は極めて論理的・合理的です。

ジョン・スチュワート氏の良心的な行動は正しく評価されるべきです。だから取り上げました。

それにしてもねえ。

民間の業者が折角全頭検査まで行いたいと云っているのに、それを現在のところアメリカ政府が阻止しているのです。なんということだ。

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2006.03.26

「<尊厳死疑惑>殺人容疑も視野、慎重に捜査 富山県警」法制化せずに現場の判断に任せるから、毎回揉めるのだ。

◆記事:<尊厳死疑惑>殺人容疑も視野、慎重に捜査 富山県警」

富山県射水(いみず)市朴木、射水市民病院(麻野井英次院長、200床)の外科部長(50)が00~05年、がんなどで意識不明になった入院患者7人の人工呼吸器を病院側に告げず独断で外し、

その後、7人が死亡していたことが25日、分かった。



昨年10月、別の入院患者の人工呼吸器を外そうとしているのを知った看護師長が院長に報告し、病院側が内部調査して発覚した。

外科部長は「患者のための尊厳死だった」と病院側に説明したが、いずれも家族が同意した書面はなく、少なくとも6人については本人の生前の意思を確認していなかった。

専門家は「尊厳死にも安楽死にも当たらない」としており、県警は殺人容疑などでの立件も視野に関係者から事情聴取し、慎重に捜査を進めている。

病院の説明では、昨年10月上旬、富山県在住の男性患者(78)がこん睡状態で病院に運び込まれた

。外科部長がこの患者の人工呼吸器を外すように指示しているのを知った看護師長が同12日、院長に相談。院長は指示を中止させ、同日、病院内に調査委員会を設置した。

調査委は過去10年間にさかのぼって、院内で同様の事例がなかったかを調査。その結果、50歳代から90歳代の患者7人(男性4人、女性3人)が人工呼吸器を外されていたことが分かった。

当時、いずれも富山県内に在住。7人とも末期症状で意識がなく、5人はがん患者だった。

家族の同意について病院側はカルテに記載があったというが、外科部長は同意書を求めるなど文書での確認はしていなかった。

7人のうち1人については、家族が生前、延命治療の中止に同意していたと話したというが、調査委は7人の家族に再度、確認作業をしていない。

外科では外科部長を含む医師4人と看護師が複数で患者の治療に当たっており、病院側は、他の医師や看護師は以前から、7人の人工呼吸器を外した行為を知っていたのではないか、としている。

昨年10月に男性患者が入院した時は外科病棟のベッドが満床で、内科病棟に搬送した。そのため内科の看護師長が、人工呼吸器を外そうとしていることを知って院長に報告した。

麻野井院長は、「外科の他の医師や看護師は部長の指示に逆らえなかったのではないか」としている。
また麻野井院長は会見で、尊厳死には、複数の医師が繰り返し患者が末期状態にあることを確認し、患者本人の意志を確認する作業が必要と説明。

外科部長の行為について、「こうした手続きをしておらず問題」と話した。

(以下略。読みたい方は、こちらに記事全文を保存してあります。これ、しってます?「ウェブ魚拓」という、Webページのキャッシュを記録するサービス。元の記事が削除されても、読める)(毎日新聞) - 3月26日7時46分更新


◆解説(と云っても私も今日初めて勉強したのだが):安楽死と尊厳死の違い。

安楽死 :助かる見込みがなく苦痛の強い患者などを、人為的に死へ導くこと。

東海大安楽死事件で横浜地裁は1995年3月、医師の行為が緊急避難の安楽死として認められる要件として

(1)耐え難い肉体的苦痛がある

(2)死期が迫っている

(3)苦痛緩和の方法を尽くし、ほかに手段がない

(4)生命短縮を承諾する本人の意思表示がある-

を示した。

患者の意思で延命治療をせず、自然に死を迎える「尊厳死」とは区別される。



尊厳死:人工呼吸器を外すなどして、末期患者の延命治療を中止することで「消極的安楽死」とも呼ばれる。

苦痛から解放するため薬物などを投与する「積極的安楽死」と区別される。

横浜地裁は東海大病院事件判決(1995年)で延命治療中止の要件として

(1)回復の見込みがなく、死期が迫っている

(2)治療行為の中止を求める患者の意思表示か、患者の意思を十分に推定できる家族の意思

(3)「自然の死」を迎えさせる目的に沿った決定―

の3つを挙げている。

ことし3月の川崎協同病院の筋弛緩(しかん)剤事件判決で、横浜地裁は終末医療で治療を中止できる条件として

「死期が迫り、治療や検査を尽くした上で他の医師の意見も聴き確定診断すべきだ」と指摘した。


◆国が法制化しないで、現場の判断に任せるからこういう問題が続くのだ。

要するに、「安楽死」は積極的、能動的に患者を「殺す」訳である。

一方、「尊厳死」は「治療を止め、死期を早める」ことである。

いずれの場合にも、患者の苦痛を取り除くのが目的であること、本人の同意、又は、本人の意思を充分推察出来る家族の同意が必要だとされている。



今回の富山県の病院は何を騒いでいるかというと、本人の意思は確認できる状態ではなかったが、家族の同意も得ていなかったのではないか?ということが、問題のようだ。

しかしながら、本件に関しては、事実の全貌がこれだけの新聞記事で全て明らかになっているとは到底考えられず、事実認定が出来ないまま、判断は出来ないから、私はまだコメントしない。



ただ、一般論として書いておきたいことがある。

問題の本質は、「安楽死」「尊厳死」を定義した法令が無いことと、これらが「違法性阻却事由」として規定されていないこと、である。

現時点における唯一の法的根拠は、法律ではなく、解説にも登場する、1995年横浜地裁の判例しかない

判例は法律に準じる効果を持つ、とされる(異論もあろうが、法律論ではないから、細かいことは無し)。



だから、現場の医師が悩みに悩んで、挙げ句に殺人罪とか云われるのである。たまったものではない。

考えれば分かるだろう。

法律の裏付けのない、「安楽死」や「尊厳死」を敢えて断行した医師は、下手をすれば今回のように、殺人の容疑をかけられ、場合によっては、医師生命を剥奪される。

過去の海外の例では、故意に患者を殺害して喜んでいた変態医師もいたが、

日本における「安楽死」・「尊厳死」のケースでは、それぞれの医師は患者の苦痛を目の当たり(まのあたり)にして、悩みに悩んだに違いない、と私は想像する。


◆繰り返すが、国が狡いのだ。

繰り返すが、国が狡いのだ。難しい問題なので、いつまでも先送りして、はっきりと法律として明文化しないから、問題が起きたときには、現場の医師が責任を問われるのだ。


◆犯罪とは何か。

犯罪とは「構成要件に該当する、違法、有責な、行為」である。

つまり、或る行為が犯罪であると推定されるためには、

  1. 構成要件該当性

  2. 違法性

  3. 有責性

  4. 行為性

という4つの関門をクリアしなければならない。

全部書くと長くなるので、初めの二つについて説明する。

◆構成要件とは何か。

狭義の刑法、つまり、「刑法典」(「刑法」という名前の法律)は、附則を除き、全部で、264条から成る。

前半(第1条から第72条まで)を刑法総則とか総論などといい、罪と刑罰に関する一般的、普遍的なことがかいてある。

後半(第73条から第264条)を刑法各論とか各則という。ここには様々な「違法行為の型」が書かれている。

構成要件とは、刑法各論に記されている、この「違法行為の型」のことだ。

たとえば、
199条「人を殺したる者は死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処す」

(私が習ったとき、刑法はまだ文語体だった。今の口語のは覚えていない。面倒だから調べない)とある。

この「人を殺す」のが「殺人罪の構成要件」である、という。



◆違法性阻却事由

或る行為が構成要件に該当したとき、その行為は一応、「違法である」と「推定」される。

しかし、構成要件に該当していても違法ではない、と判断されるケースが刑法総則で定められている。

例えば、皆さんご存知「正当防衛」(急迫不正の侵害に対し、自己又は他人の権利を防衛するため、止むことを得ざるに出でたる行為は之を罰せず)。

また、「正当な業務上の行為」

これは当たり前で、例えば外科医が患者の身体にメスを入れる行為は傷害罪の構成要件に該当するが、仕事だから、違法ではない(これを、「違法性が阻却される」というのだ)。

また、拘置所の職員が死刑を執行するのは、殺人罪の構成要件に該当するが、これも仕事なので、違法性阻却事由に該当し罪に問われない。


◆国が「安楽死」と「尊厳死」の要件を明記して違法性阻却事由に含めれば済むのだ。

今までの説明で、分かっていただけるかどうか、何とも言えないが、要するに、安楽死と尊厳死の問題をスッキリさせるためには、

両方の定義を明確にすることと、これらは違法性阻却事由に含めるという文言(もんごん)を刑法に追加すればよいのだ。


◆安楽死は必要ですよ。

最初に書くべきだったが、私は、「安楽死」「尊厳死」は当然認められるべきだ、という思想を抱いている。これは、経験による。

ガン患者の末期に付き添ったことがある人は、私と同様に、当然「安楽死は認められるべきだ」と考えるのではないか。



患者本人が勿論一番、痛くて苦しいのだが、あの末期の激痛に悶え苦しむ患者の傍にいて、もう助からないことが明らかなのに、医師すら痛みを取り除くことが出来ない。

勿論素人のこちらは何も出来ない、という状態は「地獄」と表現しても決して誇張ではない。

命も助からない、痛みも取り除けない相手に、「寿命が尽きるまで苦しみ抜いて生きることを強いる権利」が他人にあるとは、私にはどうしても思えないのである。

まあ、修羅場を経験しないと、分からないな。こういうことは。

P.S.

私は滅多にこういうことを言わないが今日だけはあきれたので書かせて貰う。

私は現在同じ文章をWeb日記 Enpituの「時事社会」と言うジャンルに登録し、

同時に、ココログにも載せている。

私が、エンピツでこの稿を上げた僅か30分後に全く同じテーマで似たようなことを書いている男がいる。

さすがに中身の文章は異なるが、題名までそっくりだ。普通、常識としては、重複は避けるものだ。あきれた。

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2006.03.25

日本の教育が崩壊していることを理解していない政治家や「知識人」。近くの公立小中学校に行ってみろ

最近読んだ幾つかの月刊誌で、「日本の現状は悲惨だが、世界に冠たる優秀な『人材』がいる限りは大丈夫。教育に注力すべし」と気持ちよさそうに締めくくっている所謂「有名言論人」の文章を読んだ。

何も分かっていないくせに無責任なことを書くんじゃない、と怒鳴りたかった。

また、国会議員(特に与党)は自分の子女は私立・国立小学校に入れるので、公立小中学校の現状が分からないのだろう。



全然教育問題が国会で真剣に討議されていないが、実際にはものすごいことになっている。



私は東京都の某市に住んでいる。

或るアンケートによると、「全国一、行政サービスの行き届いた市」だそうだ。

公立小学校、中学校は「東京都」の管轄なので、それとこれとは直接関係はないのだが、とにかく、一見問題が無いように見える街においても、学校が学校の体裁を成していない。

何と、生徒が授業中に、廊下などを勝手に歩き回っている。ベテランの先生ですら、どうしようもないようだ。



そのような状況なのにゆとり教育で「総合」という、訳の分からない時間を入れて、算数や国語の時間を減らしたので、子供の学力は「これが日本人か!」というほどのレベルにまで低下している。

高校生になっても九九を覚えていない生徒が珍しくない世の中なのだ。小学校から英語なんてとんでもない。日本語の普通の読み書きが出来ないのだから。



普通、教師は年金のことを考えて、途中では絶対に辞めないものだが、あと数年我慢すれば無事定年というベテランの有能な先生が、耐えきれずに辞めてゆく。

また、若い教師は、全く社会人としての基礎が出来ていない。自分が子供なのだ。

息子が小学校の修学旅行に行ったときに、急病に備えて各生徒の健康保険証のコピーを担任教師(学校を出たての女性教師)に預けた。

その教師は、なんと道中、全てのコピーを紛失してしまった。

云うまでもなく、保険証には詳細な個人情報が含まれている。ただごとでは済まされない筈なのに、新任教師はことの重大さが理解できないのだ。

謝罪もしなければ、とにかく探してみるなど、対策を取らない。

校長もなんだかんだと責任逃れをするばかり。こんなことは民間では許されない。悪夢を見ているかのようだった。



私は、当時うつ病で収入が下がり、本来無茶だったのだが、子供を私立中学校に入れたのは、どんな程度の低い私立でも、東京の公立中学よりはまし、という現実があるからだ。

こうした傾向は最初は東京だけだったが、次第に他道府県でも同様の兆候が現れつつあると云われている。



国会議員の「先生」方や「文化人」「知識人」は、是非抜き打ちで、東京の何処でも良いから小学校か中学校を視察して貰いたいものだ。

それでも、問題だと思わない奴がいたら、そいつは馬鹿に相違ない。このままでは、日本が滅びることは、間違いない。

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「音訳者、全国ネット設立へ 視覚障害者の利便性向上」←「音読」ではない。「音訳」って知っていますか?

◆記事:音訳者、全国ネット設立へ 視覚障害者の利便性向上

視覚障害者のために小説や雑誌を朗読して録音する「音訳ボランティア」の有志約20人が、全国ネットワークの年内設立を目指している。

音訳ボランティアは図書館や社会福祉協議会を中心に各地で活動しているが全国組織はない。

組織化により、時間がかかる音訳作業を効率化し「音訳図書」を共有できるようになり、障害者の利便性がアップする。

ネットワークでは将来的に音訳図書の索引をデータベース化。障害者から照会があった図書がどこにあるか即座に分かり、ボランティア側も重複して録音する手間が省ける。

ネットワーク設立の呼び掛けには約250団体が応じているという。問い合わせは準備会、電話03(3932)7362。(共同通信) - 3月23日7時26分更新


◆コメント:「音訳」という言葉を聞いたことがありますか?

このニュースは、99%の人は気が付かなかっただろう。

音訳とは何か?

Yahoo!検索で「音訳」と入れて見て下さい。

5番目ぐらいに、「声の花束」というボランティアのサイトが表示される(リンクするためには、事前にメールで連絡してくれと書いてあるので、このような紹介の仕方になるのです。悪しからず)。

「音訳」は「音読」とは違う。もっと大変。

このサイトにサンプルが有るから、それを聴けば分かるが、視覚障害者の為に、普通の書籍だけではなく、雑誌なども音声化する技術だ。

音読と異なるのは、文字だけではなく、雑誌に載っている写真や図表までも言葉で説明する、という点である。

例えば、最新号(だと思う)の「AERA」の表紙には雅子妃殿下の写真が載っている。これを言葉で表現するのである。

服装、持ち物、風景、表情などを、あたかもラジオアナウンサーが実況中継をするかの如く、説明する。ベテラン音訳者はそれが唖然とするほど上手い。

勿論、記事は朗読する。一人では当然無理だから、何人もの訓練を受けたボランティアが手分けして音声化する。

ところが、ここにも難関がある。

聴くと分かるが、雑誌の目次、見出しなどは、普通の話し言葉、書き言葉では用いないような表現が多い。これを、一度聴いて、意味が分かるように読む、独特のコツがあるようだ。

非常に高度な技術であることは、容易に推察出来る。素人がいきなり試みても絶対に出来ないだろう。事実、ボランティア音訳者は、何ヶ月もの訓練を受ける。それは有料なのだ。

つまり、何万円も払って講習を受けて、技術を身につけ、その技術をボランティアに使うのだ。

「音訳」を実践している人がこれほど多いとは知らなかった。

世の中には偉い人達がいるものだ。尊敬する。



しかしながら、これは、国が全面的にボランティアの善意に甘えているわけだ。

それで良いのだろうか?こういうことにこそ、社会福祉予算を割くべきではなかろうか?


◆この類の「善行」はニュースにならないのだね。

これほどの偉業はもっと大々的にニュースで取り上げるべきだ。「永田議員」はもう沢山だ。

私もやりたいところだが、残念ながら声が良くない。アナウンサーのような通る声でないと、聞き取りにくいのだ。



世の中には、アナウンサーやナレーター、俳優、声優のプロではないが、プロを志し、相当訓練を積んだ人、或いはトライしてみたい人がいるのではないだろうか。

そういう人々が「音訳ボランティア」の存在を知らないのは勿体ない。

「ボランティア」だから、無理にやるぐらいなら止めた方が良いが、やってみたいという人がかなりいるのではないかと想像したので、本日の記事として取り上げた。



書いている間に、私の好きな司馬遼太郎氏の「洪庵のたいまつ」を思い出した。

「世のために尽くした人の一生ほど、美しいものはない。」

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2006.03.24

「<日テレ>ニュース番組のやらせで厳重注意 総務省」 厳重注意で済ませていいのか。

◆記事:<日テレ>ニュース番組のやらせで厳重注意

総務省は23日、日本テレビ放送網が昨年7月と9月に放送したニュース番組「ニュースプラス1」「きょうの出来事」内で、

取材スタッフによるやらせがあったとして、文書で厳重注意し、再発防止を求めた。

番組内の「個人情報流出の裏側」をテーマにした企画で、個人情報を売買する「名簿屋」から「顧客」が名簿を購入するシーンをそれぞれ30秒~1分間計3回放送したが、

「顧客」は架空の人物だった。 [ 03月23日 19時04分 ]


◆コメント:ヤラセは何故大問題にならないのか?

この問題は過去において何度も取り上げたが、再び、書く。



報道の第一義的な使命は、真実を客観的に伝えることである。

その事実を視聴者がどう評価するかは、基本的には視聴者の知識と思考力、価値観に委ねられる。

副次的な使命は、高度に専門的なテーマに関して、視聴者の理解を助けるために補助的な説明を加えることである。



「ヤラセ」とは、第一義的な使命を果たしていない、ということであるから、これは、もはや報道とは言えない。

ところが、世間はNHK職員に放火犯がいたときには大騒ぎするが、ヤラセには寛容である。だから繰り返される。

また、或る報道機関のヤラセが発覚したとき、他の報道機関は驚くほど寛容で、ごく短いニュースとして伝えるのみである。

これは、何故かというと、自分もヤラセを行っているからである。


◆過去の例。

僅か2か月半前に書いたばかりだが、覚えていろ、という方が無理なので、1月15日の記事を読んでいただきたい。

ご覧の通り、キー局全てについてヤラセが発覚している。



以前、あるエキストラ事務所の人にきいて驚いたが、テレビニュースの「街頭インタビュー」は、たまたま通りかかった人ではないそうだ。

エキストラ事務所に登録している「セミプロ」というか、素人だが、テレビに出ることには慣れている者が、予め発言内容まで指定されて映されているのである。

質問されると、素人なのに「待ってました」とばかり流暢に話す人が多く、私は以前から不思議に思っていたが、これで、その理由が分かった。



勿論100%エキストラではない。

突発的な事件ではエキストラの手配も間に合わないから、本当のブッツケになる。

しかし、一般的、普遍的な話題。例えば「小泉政権についてどう思いますか?」とか「憲法改正について何か?」という類はヤラセが多いのだそうだ。


◆インタビューはまだしも「虚偽」を「真実」として伝えることは許されない。

何度も書くが、これは、報道機関の本質に関わる問題なので、総務相は厳重注意などで済ませるべきではない。

嘘を真実と偽って報道したテレビ局には、少なくともニュース番組の放送を3か月或いは半年間禁止するぐらいの厳罰に処すべきである。

これは民放にとっては、スポンサーを大量に失うことを意味する。下手をすると、会社が潰れる。しかし、それぐらいの恐怖感を与えないとだめだ。



それとも、総務省がずいぶんと寛大なのは、何か弱みでも握られているのだろうか。

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2006.03.23

「大人の能力開発・脳の活性化」関連の話題、サイト紹介

◆ATOK presents 全国一斉!日本語テストまだ出来ます。

2月25日にジャストシステム、日本語のレベルがわかる「全国一斉!日本語テスト」←面白いですよ。という記事を書きました。

そのとき、このテストは2月28日までということだったのですが、これは正式に成績を記録して3月中旬に全国順位を発表するための締め切りでした。

テストそのものは、今(2006年03月22日(水)23時31分)でも、同じテストを受けられます

自分の国語力がどの程度か知ることも、たまには、いいのではないでしょうか。


◆近ごろ、「能力開発」ばやりですね。

大人の能力開発とか脳を活性化する、という目的のドリルやソフト(ニンテンドーDSまで参入していますね)。

私が知る限り、一番最初は東北大の川島隆太氏が「音読」すれば頭がよくなる―一日二〇分!能力はここまでアップするという本でした。

要するに1日10分(標題は20分になってますが、別に20分じゃなくてもいいそうです)、新聞でも何でも良いから音読しろ、それから、1桁の加減乗除のようなかんたんな計算を毎日やれ、と言うことだけです。

川島氏はこれによって、認知症(痴呆)が改善した、という実績に基づき、それなら、健康な人(まだ呆けていない人)がやれば、脳の回転が速くなるのではないか、という仮説を立てている訳です。



だから、本当は、高いソフトやハードはおろか、書店に平積みになっている大人のための計算ドリルも要らない。新聞が有ればいい。

計算ですが、リンクを貼ると悪いので止めておきますが、「連続暗算」という極めて軽い、勿論レジストリなどいじらないフリーソフトがあるので、それで充分だと思います。

「窓の杜」でもYahoo!コンピュータのソフトウェア(要するにVector)から検索してもすぐに見付かります。


◆「速聴」はNHKで簡単にできますよ。

速聴・速読も「脳の活性化」に役立つと言われているのですが、最近言われ始めたわけでしょう?

本当に効果が有るのかどうかは、他の条件をほぼ同じにした2つの被験者グループを作り、片方には、毎日「速聴・速読」をさせ、他方にはさせない。

そして、何十年後かのボケ出現率がどれぐらい違うか?を見なければ効果は立証できないのではないでしょうか?

素人考えなので細かいところ(或いは根本的に)間違っているのかも知れませんが・・・。



それでも「速」という文字には人を惹きつける力がありますね。

だから色々な商品が随分売れるのでしょうが、まず、「速聴」に関しては、ネットのNHKラジオニュースのページにアクセスしてください。

スピード選択出来るでしょう?「はやい」を選ぶと、音程は変化せずに、スピードが約1.4倍になります。

更に早く聴きたい時のやり方は、NHKラジオニュースで「ばい速聴き」というページで詳しく説明します。

要するにストリーミング配信されている動画、音声をダウンロードするGetASFStreamと言うソフト(フリーソフト)を使って「はやい」をダウンロードするのです。

そして、それをWindows Media Playerで再生するときに、速度調節が出来るので、ここで2倍速にすれば、ただでさえ1.4倍速なのですから、更にその倍速に出来るわけです。

やろうと思えば4倍速も可能ですが、ちょっと滑稽です。

また、聴くという行為はパッシヴ(受動的)ですから、余程神経を集中させていないと、「聴く」のではなく「聞く」になります。


◆速読もインターネットで可能。

本は早く読めばいいというものではないですが、是非ともトライしてみたい方は、高いソフトを買う前に、

速読訓練ができる「無料で速読トレーニング」というサイトで十分です。


◆一つだけ私が断言できること。聞いているだけで英語が話せるようになることはない。

人間の「記憶」という項目で百科事典や、インターネットを調べると、ヒット数が多すぎて、情報の渦に飲み込まれそうになります。

頭の悪い私がかろうじて理解出来た言葉を並べると、

記憶には頭で覚えるもの(試験勉強みたいなもの)、と身体で覚えるもの(楽器の演奏、スポーツ、自動車の運転、自転車に乗る、タッチタイピングをするなどなど。)の二種類に分けられる。

勿論、身体の記憶も脳を使っているわけだが、身体を実際に動かさないと、覚えられないところが特徴である。

言葉を話すのも、動作記憶の部分が大きい。或る言語特有の舌、顎、唇の動かし方があるからだ。

従って、英語を話せるようになるためには、自分でも声に出してみることが絶対に必要なのは自明である。



英語を聞いているだけで話せるようになる、という説を信じかけている人、考えてみてください。

荒川静香選手の演技をDVDに録画して何十回も見れば、「イナバウアー」が出来るようになりますか?

夏のオリンピック、陸上競技男子100M決勝の映像を何度も見れば、全く自分で走らなくても100m10秒で走れるようになりますか?



そしてなにより、日本語を考えてください。

日本中でテレビが見られます。NHKは全国で見られます。日本中の人が毎日、あの訓練されたアナウンサーの日本語を聴いています。

聴いているだけで、英語が話せるようになるならば、今頃、日本中の人がNHKのニュースアナウンサーと同じぐらい明瞭な滑舌で、発音出来ているはずです。

現実はどうでしょう?言うまでもないですね。

これで、「聴いているだけで語学を習得するのは不可能である」ことが証明されたと結論づけるのは、どこか間違っているのでしょうか?

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2006.03.21

WBCの日程をトリノパラリンピックと重ねた、気の利かない奴がいたわけだ

◆記事1:トリノ冬季パラリンピック:笑顔で閉会式 メダル9個、海外開催では最多

【トリノ飯山太郎】冬季パラリンピック・トリノ大会は19日夜(日本時間20日未明)、当地中心部のメダルプラザで閉会式を行い、10日間の幕を閉じた。

大会参加国中2番目の40選手を派遣した日本は、金2、銀5、銅2の計9個のメダルを獲得。海外開催大会では94年リレハンメル大会の計6個(銀3、銅3)を上回り、史上最多となった。

閉会式では、ノルディックスキー・バイアスロン女子視覚障害2種目で金、銀各1個を獲得した小林深雪(32)=東京=が旗手を務めた。

小林は大会を振り返って「最初は緊張して体が動かないで苦しかった。でも、終わってみれば楽しい大会だった」と笑顔をふりまいた。

次回大会は10年にカナダ・バンクーバー市で開かれる。[毎日新聞 2006年3月20日 東京夕刊]]


◆記事2:瞬間視聴率、50%超え=WBC日韓戦(2006/03/20-10:56 時事通信社)

19日にTBS系で放送されたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)準決勝、日本-韓国戦の最大瞬間視聴率が、

関東地区で午後3時45分の試合終了時に50.3%を記録したことが20日、ビデオリサーチの調べで分かった。

関西地区は午後3時46分の47.7%。平均視聴率は関東が36.2%、関西が35.0%だった。


◆コメント:WBCの運営者は気が利かない野郎だ。

パラリンピックは、オリンピックとは別にInternational Paralympic Committee (国際パラリンピック委員会)という組織が存在し、
運営する。

トリノパラリンピックの日程は4年前のソルト・レーク・シティ開催時に、「2006年3月10日~19日」と決まっていた。

WBCの日程が正式に決められたのは、昨年のアメリカのオールスター・ゲーム(MLB)の前日であった。

WBCの運営委員会はそのことで頭が一杯だったのだろう。



パラリンピックとワールド・ベースボール・クラシックの日程が重なったら、皆、野球を見るのは、容易に想像できる。

特に昨日は準決勝で(これは偶然だが)宿敵日本対韓国だった。

野球は日本・韓国・アメリカ、いずれの国でも人気がある。放っておいても一般大衆は注目する。

一方、パラリンピックは日頃脚光を浴びることのない障害者が頑張って、漸く晴れがましい思いでスポットライトを浴びることが出来る数少ない機会であった。

昨日、パラリンピックの閉会式が行われた。今大会で、日本は史上最多、9個のメダルを取った。

誰も見向きもしなかった。

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2006.03.20

「完全勝利まで撤退せず」イラク開戦3年で米大統領←世界一のバカ

◆記事1:「完全勝利まで撤退せず」イラク開戦3年で米大統領(共同通信) - 3月19日0時15分更新

【ワシントン18日共同】ブッシュ米大統領はイラク戦争開戦から3年を翌日に控えた18日、国民向けラジオ演説で

「テロリストによる民主主義への脅威がなくなる完全勝利」を収めるまで、米軍は撤退しないと強調。

フセイン元大統領の打倒により「米国と世界はより安全になった」と述べ、攻撃をあらためて正当化した。

米兵死者が2300人を超え、泥沼の情勢が続く中で戦い抜く決意を掲げたが、現地では宗派対立による内戦の懸念も深まり、「出口」は見えない。

中枢同時テロ直後に90%あった大統領支持率は35%前後の最低水準に低迷、米国内で厭戦(えんせん)ムードも広がり、自らの支持基盤も揺らぐ危機的状況だ。


◆記事2:イラク戦争開戦3周年、世界各地で反戦デモ(読売新聞) - 3月19日23時55分更新

【ロサンゼルス支局】イラク戦争開戦3周年を迎え、ワシントンやロンドン、ローマなど世界各地で18日から19日にかけて、市民らが「イラク戦争反対」を訴えるデモを行った。

米ハリウッドでは、今年のアカデミー賞で作品賞など3部門を獲得した映画「クラッシュ」のポール・ハギス監督ら約1200人が反戦デモに参加。

市民らは星条旗にくるまれた空のひつぎを担ぎながら街頭を練り歩いた。

ハンガリーの首都ブダペストの広場では、4000人以上がたいまつを掲げ、平和を意味する人文字を作った。

ロンドンでも約1万5000人がデモに参加し、反戦を訴えるプラカードを手に気勢を上げた。

 反戦デモは、トルコやマレーシア、ブラジル、韓国でも行われた。


◆記事3:米軍撤収求めデモ=イラク開戦3周年-NY(時事通信) - 3月19日11時0分更新

【ニューヨーク18日時事】イラク戦争の開戦から19日(イラク時間20日)で3周年を迎えるのを前に、米国各地で18日、イラク駐留米軍の即時撤収を求めるデモが行われた。


◆コメント:ブッシュさん、あんたの所為で、世界はより不安定になったのだ。

学生時代、国際法の講義を受けたが、教授の或る言葉が大変印象に残った。

「どのような国でも、現在の政治・経済・社会体制が出来たのは、それなりの歴史的経緯や民族性に由来する必然性があったからである。

内部からそれを変えようとする動きが出る場合はともかく、外国がこれに、みだりに介入して変えようとするべきではないし、仮にそれを試みても、必ず失敗する」

その当時は、ピンと来なかったが、今になると教授の洞察はさすがだったと思う。

アメリカの新保守主義、ネオコン(ネオ・コンサーバティズム)と呼ばれる人々がブッシュ政権で幅を利かせているから、こういう戦争を始めた訳である。

ラムズフェルド国防長官とかチェイニー副大統領が筆頭だ。


◆世界中を「アメリカ」にしようとするから、恨まれるのだ。

彼らの思想は非常に独善的である。つまり、

「中東で争いごとが絶えないのは、『民主主義』が根付いていないからで、アメリカが主導して『民主主義』を教えてやれば、平和が訪れるのだ」

と、大雑把に言えば、そういう考え方なのだ。問題は、ここで彼らの言う「民主主義」とは「アメリカ式民主主義」を意味することである。



各国、各民族の、国民性、歴史、文化的相違を考慮せずに、要するに世界中をアメリカ方式にすれば、世界は平和になるのだ、という恐ろしく傲慢な思考なのである。

そして、「民主主義」をある国、地域に定着させるためには武力行使もやむを得ない、と固く信じている。

ここまで思考が硬直化している人々にはとりつく島もない。


◆武力行使した途端、民主主義の根底が崩れていることにすら気が付かない。

民主主義では、基本的人権が尊重されなければならない。

基本的人権の大前提は、「生命の危険に脅かされることなしに、平和に暮らす権利」つまり「平和的生存権」である。

戦争を開始した途端に、相手の国民と自国の兵士の平和的生存権は侵害される。

これぐらい簡単なことも分からない人々が、世界最強の権力を握っていることが、現在の悲劇をもたらしている。

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2006.03.19

「イランが最大の脅威に=先制攻撃論を堅持 米安保戦略」最大の脅威は米国自身ではないでしょうか?

◆記事:イランが最大の脅威に=先制攻撃論を堅持-緊密な対日協力継続・米安保戦略  (時事通信) - 3月17日1時4分更新

【ワシントン16日時事】ホワイトハウスは16日、包括的な戦略文書「米国の国家安全保障戦略」(49ページ)を発表した。

2002年9月に公表された同文書の改訂版。脅威が現実化する前に先制攻撃に踏み切ることも辞さないとの方針を堅持するとともに、

米国にとってイランが最大の脅威となる可能性があると指摘している。

イランの核問題が国連安保理に付託され、重大局面を迎える中、同国への軍事行動も排除しないとの強い警告を発した形だ。

対日関係については、これまでで「最も緊密な関係にある」とし、協力を継続していく方針を強調している。


◆コメント:ブッシュさん、イラクであれだけ失敗しても懲りないのですね。

バカは死ななきゃ治らない。ブッシュは多分死んでも治らない。

3年前の明後日(3月20日)、米国はイラクに対する武力行使を開始した。

その理由は、

「イラクは大量破壊兵器を開発しており、大量破壊兵器がテロリストの手に渡れば、アメリカは911のような攻撃を、明日にでも受けるかも知れない」

というものだった。これは法的に容認されない。



実際は、イラクで大量破壊兵器は発見されなかった訳だが、仮に本当にイラクが大量破壊兵器を3年前に保有していたとしても、

国際法上、アメリカが単独でイラクに対する武力攻撃を開始することは認められない。

それに関しては、過去何度も書いたが、直近では2月13日の日記、「米がイランの核施設の攻撃を計画=英紙」←どうしても戦争をしたくなってしまうんだね。アメリカは。で、

私の能力では、これ以上分かりやすく書けない、という意気込みで説明しているので、お読みいただけると有難い。


◆イラク・ボディ・カウント(イラクのおける死亡者集計)というプロジェクトがある。

原サイトは英語で、Iraq Body Countである。別に英語が分からなくても、死者数が大きく表示されている。それで充分だ。

正確な数は実は分からないので、Min(最小)とMax(最大)が示されている。

2006年03月19日(日)01時16分現在、最も少なく推計しても、33679人、最大ならば、37795人のイラク人の一般国民が殺されている。

全てはブッシュの責任である。



それでも、まだ懲りずに、ブッシュドクトリンと称して、「先制攻撃論」を唱えている。

これほどバカな大統領は米国史上、珍しいのではないか。ギネスブックに登録申請しては如何だろう?

「米国史上、最も知能が低い大統領」というエントリーで。

なお、イラクボディカウントの背景に関しては、日本語の解説もある。


◆最も危険な大量破壊兵器は、「アメリカ合衆国」だ。

The United States of America は第2次大戦が終わった後も、世界中の紛争に首を突っ込み、軍隊を送り、ずっと戦争をし続け、多くの人間を殺している国家である。

もはや国家自体が「大量破壊兵器」である、と言っても過言ではない。

他国(イランなど)のことを言えた義理ではない。



しかし、イラク戦争という完全に違法で、どう考えても正当化できない武力行使を世界でいち早く支持したのは小泉首相であり、

その小泉首相を選挙で大勝させたのは、日本の有権者である。誠に恥ずかしい。

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2006.03.18

ポッドムジーカ: 【第10番】音の落し物に御注意!

◆クラシック専門のネットラジオ「ポッド ムジーカ」は大変面白い。

Podcastingが随分普及しているが、ことクラシック音楽に特化した番組は少ない。

その中で、眉墨トーシローさん(故・黛敏郎氏-作曲家。30年ぐらい元祖「題名のない音楽会」の司会をしていた-をもじったHNを使っておられる)が一人で企画、録音、配信しているネットラジオ、

ポッドムジーカは、とても面白い。

眉墨さん(管理人さん)はアマチュア・フルーティストで、アマチュアオーケストラで演奏している方である。玄人はだしの腕前だ。この方が毎回少しずつ、クラシックの名曲を案内してくださる。

私は、クラシックのことを書くと、どうしても、「芸術とは」という小難しいことを言いたくなるが、眉墨さんはとても語り口がソフトで話が聞きやすいし、分かりやすい。

そして、毎回ご自分が属しているアマチュアオーケストラの過去の演奏会録音を放送してくださる。

これは、一つには、市販されているCDを放送すると著作権の問題が生じる所為でもあるが、このアマチュア・オーケストラ(どちらの団体かは仰らないが)は、非常に上手だ。

セミプロ級と言って良い。

ポッドムジーカは毎週金曜日に更新され、今日で10回目である。

回を重ねる毎に新しい録音を使っておられるのか、音が良いが、録音のためだけではなく、はっきりと演奏のレベルが高くなっている。


◆演奏中、「落ちる」ということ。

眉墨さんが、今日の放送、【第10番】音の落し物に御注意!で詳しく述べられているが、演奏中「落ちる」という表現を使うのは、


  1. 早い曲で、指が回らなくなるなど、演奏者の「その時の」能力の限界を超え(リハーサルより早いテンポで指揮者が振るとしばしば起きる。アマチュアはね。)て、楽譜に書いてある音を1つか2つ、或いは一小節、飛ばしてしまう(音が出せなくなるか、出鱈目の音を出して誤魔化す)

  2. 以前、演奏した経験がある曲、特に有名な「運命」とか「新世界より」では起りにくいが、自分にとって初めての曲を演奏する場合、曲のどこを演っているのか分からなくなる。


という2種類に大別できる。

プロが「落ちる」という場合は(プロは滅多に落ちないけれども)、2を意味することが多いように思う。


◆どうして落ちるのか?「スコア(総譜)」と「パート譜」

慣れていないから、というのは当たり前だが、2の「落ち」方をするのは、各楽器が見ている楽譜は、「パート譜」だからである。

有る作曲家が、例えば交響曲を作曲する場合、五線が何十段も印刷されている白紙の楽譜に音符を埋めていくわけである。

一番上が木管群。その下が金管、打楽器、ハープがあるときは、ハープ、そして弦楽器という順番で書かれる。

原則として、どの楽器群も上が音域が高い楽器で下に行くほど音域の低い楽器となる。

分かりやすいのは弦楽器である。一番上が第一バイオリン、最下段がコントラバスである。


2006-03-18_01-29-17


これは、かの有名なベートーベンの交響曲第5番(「運命」)の終楽章(第4楽章)の冒頭である。

ベートーベンはこれを書いた訳である(勿論、こんなに綺麗じゃない。手書き。ベートーベンの自筆譜は汚いので有名)。

指揮者も当然、全ての楽器がどのような音を出すのか知らなければ、指揮できないから、このスコアをジーッと読んで勉強するのである。

指揮者にとって、棒を振る技術はある程度大切だが、それ以前にこのような楽譜を見て頭の中のオーケストラを鳴らしながら、ここは、この楽器を目立たせようとか、

逆にここで金管を強くし過ぎたら他が聞こえなくなるから、抑えようとか、前もって長い時間をかけて構想を練るのが、仕事の中核である。



これに対して、各楽器の奏者はどういう楽譜を見ているかというと、写譜屋さんという独立した職業があって、総譜(以下、「スコア」と記す)から各パートだけを抽出してパート譜というモノを作る。

これはあくまでパート(声部)毎に作る。

例えば、フルート・セクションは2人のフルートと1人のピッコロ・フルート(ピッコロとは小さいと言う意味。だから、正確にはピッコロフルート。ピッコロ・トランペットという楽器もある)の3人がいて、

同じ音を出している時もあるが、それは、例外的で、少なくともフルート二人は和声を作る為に二人いるのであるから、1番フルートと2番フルートの譜面を比較すれば、内容が異なることは一目瞭然である。

パート譜とは、芝居に例えていうならば、「自分の台詞しか書いてない台本」である。

弦楽器群は各パート共、弾いている時間が圧倒的に長いが、一般的に、木管、金管、打楽器の順に出す音の数は少なくなる。

最初から終わりまでシンバルがジャンジャン鳴っている曲はない。


◆音を出していないときは、小節数を数える。

打楽器、それもティンパニ以外の打楽器はむしろ音を出していない時間の方が長い。

このような場合、楽譜上、休符の上に例えば「47」などと数字が書かれている。47小節休み、ということを意味している。

それではヒマで寝ていればよいか、というと、とんでもない話で、慣れている曲は別として、珍しい曲、或いは、珍しくなくとも演奏者の経験が乏しい場合には、

休みの小節数を気持ちを集中させて数えていなければならない。

一小節間違えたら、とんでもないところで、シンパルを「ジャーン」とやってしまったり、トライアングルが、「チーン」と場違いな音を出すハメとなる。

この場合、本番終了後、仲間から半殺しの目に遭う(あの、「半殺し」は冗談ですからね?)

たまたま、打楽器を取り上げたが管楽器でも同様のことが起こりうる。

この、「今何小節目か分からなくなっ」た時の絶望感は筆舌に尽くしがたい。

しかたがないから、今どこですか?と隣にこっそり訊いたりするが、舞台の上なので、目立つことこの上ない。


◆何故、全員がスコア(総譜)を見ないのか?

「落ちる」ことを防ぐためには、本当は全ての奏者がスコアを見て演奏すれば良いではないか、ということになる。

だが、そうすると、早いところでは数秒に一回、ページをめくらなくてはならない。

弦楽器は、例えば、第一バイオリンは多い時には十数人、一番少ないコントラバスでも6~8人が同じ音を出している。

このため、二人一組で列を成し(プルトという。指揮者に近い方から、第一プルト、二プルト、という云い方をする)一つの楽譜を見ている。

ページをめくるときは、舞台から遠い方(舞台側をオモテ、遠い方をウラという)の奏者が演奏を中断して、楽譜をめくる。

しかしながら、管楽器と打楽器は原則、1パートを一人で吹いたり叩いたりする。数秒間に一度譜めくりしていては、音楽に支障を来す。

弦ですら、いくら大勢で同じ音を弾いているからと言っても、2~3秒に一回はめくらなくてはならなくなる。

これがパート譜を使う最大の理由である。



理想的には、全員がパート譜とは別に、指揮者と同じようにスコアを読むべきなのだが、プロの世界は分からないが、

素人オーケストラに入りたての新人、特に弦楽器奏者は、自分のパートをさらうだけで必死なので、

なかなかそこまで手が回らない。

岩城宏之さんが書いた岩波新書の「フィルハーモニーの風景」という大変面白い本がある。

それによれば、天下のウィーンフィルなどでは、新人はパート譜の他に足許などにスコアを置いて勉強しているそうだ。

オーケストラの音色、響きの善し悪しを決める大きな要素の一つは、各パート間の音量のバランスである。

自分が「ド」を弾くときに、他にも多くのパートが「ド」を発するときは、弱めに、逆の時は強めに、と一音ずつバランスを考えながら弾く。

当たり前のようだが、大変難しいことをしているのが、ウィーンフィルのウィーンフィルたる所以だそうだ。

かなり長くなりましたので、今日はこの辺で。

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2006.03.17

「スカイマークに厳重注意修理期限9カ月超過問題」間抜けなニュース2題。

◆記事1:<SKY機>修理行わず9カ月運航 国交省が厳重注意へ

スカイマークエアラインズ(SKY)のボーイング767型機が、航空機メーカーから指示されていた必要な修理を行わず9カ月にわたって運航を続けていたことが分かった。

スカイ社の調査で機体前部ドア付近に亀裂の兆候があることが判明。国土交通省は、飛行を続けた場合は亀裂につながる可能性もあったとして、スカイ社を厳重注意する方針。

国交省によると、問題の旅客機はスカイ社が04年11月、ブルネイ航空から中古機としてリース契約で購入。

ブ航空が同年6月、機体を台湾の整備会社に搬入した際に、右前客室ドアの下側外板にくぼみ(縦6センチ、横1.5センチ、深さ1ミリ)があることが分かった。

整備会社は製造元のボーイング社の指示に基づき、アルミ製の補強板で修理。ボ社はこの際、「1年以内に再度修理を行う」との条件を付けた。

スカイ社は同年12月から羽田―鹿児島線などで運航を開始したが、ブ航空から引き継がれた修理期限について記された文書が社内で共有されず、

05年6月の修理期限に気づかずに運航を続けたという。

今月9日になって、スカイ社の技術担当者が資料整理中に、修理期限が発覚した。スカイ社は同日から運航を停止し、国交省に報告。日本航空に整備を委託、補強板に亀裂の兆候があることが分かった。

補強修理は13日に終えた。

国交省は「安全面への支障は見つかっていないが、必要な情報が共有されていない問題があった」としてスカイ社を厳重注意する。

スカイ社は「傷のあった状態で飛行したのは本来はあってはならないこと」と説明している。(毎日新聞) - 3月13日22時37分更新


◆コメント:まかり間違えば、人が死ぬのに「厳重注意」で終わりですか。

近頃、世の人々が様々な問題の重大性、深刻さを正しく認識出来ていない。

「偽メール」事件ではマスコミが世論を挑発するものだから、民主党各議員の事務所への抗議メール、抗議電話がすごいのだという。

それも分かる。

しかし、スカイマークエアラインズは、飛行機の製造元、ボーイング社から、指示されていた修理を行わずに運航を続けていた。

何も起きなかったのは、たまたま運が良かっただけでしょ?こちらには抗議メールは殺到しないのだろうか?いや、知りませんよ。

こちらにも、利用者からの抗議が殺到しているというのなら分かるが、日本の世論はマスコミに誘導されて、一度に一つの事件しか意識しないことが非常に多いと思うのである。



ところで、スカイ社は、人命に関わる怠慢なのに、「厳重注意」で終わり? 国交省の役人の天下り先だから?

スカイマークが使っている旅客機は全部で確か8機でしょう?国交省が全ての機体を緊急点検するべきだ。

そしてその間は、運航の安全が確認できないから、業務停止命令を出すべきだ。当然、困る客は出るだろう。

しかし、飛行機が落ちるよりいいだろう。スカイマークは信用と顧客を失うだろうが、それぐらい痛い目に遭わないとダメだと思う。

何ですか、厳重注意って。何もしていないに等しい。


◆記事2:<与謝野担当相>大手行と消費者金融の提携に不快感

与謝野馨金融担当相は15日の参院予算委員会で、「高い金利で貸すサラ金が、テレビコマーシャルを堂々としていることと、

かつては超一流だと思っていた銀行がサラ金と一緒に広告を出していることは不愉快」と批判した。共産党の大門実紀史議員の質問に答えた。

(毎日新聞) - 3月16日2時52分更新


◆コメント:銀行と消費者金融の提携は2000年から既に始まっていたのに、ボーッと見ていた金融庁。

質問者の意図も、金融相の言いたいことも分かりますよ。

よりによって、かつての財閥系大銀行が、こともあろうに「サラ金」と手を組むとは何事ですか?と多くの人は思ったはず。

最初は2000年。UFJとモビット(プロミス。プロミスは周知の通り、今は三井住友銀行と組んでいる)。

その次が、三井住友銀行とアットローン(三洋信販系)、東京三菱とアコムがそれぞれ提携している。悪夢のようだ。

サラ金からカネを借りるようになったらお仕舞いなのに、銀行が後押しをしている。



しかし、与謝野金融相も相変わらずボケてますね。

「銀行と消費者金融の提携を不快に思う」そうだ。

じゃあ、何故今まで放置していたんだ?

そりゃ、与謝野さんが金融相になったのは、昨年9月の衆議院選挙の後だが、そういう言い訳は通用しない。与謝野大臣の前は伊藤、その前は竹中。その前は柳澤伯夫各氏が大臣だった。その下に位置する金融庁という役所はこの間ずっしりと存在し続けて、銀行と消費者金融が提携することに、「待った」をかけなかった。そして、銀行の収益が充分でないと、「業務改善命令」を出す。

そうしたら、この間ずっとゼロ金利だったのだから、銀行は普通のことでは、収益を上げることが出来ない。

どんな手を使っても収益を上げようとしますよ。当たり前ではないか。金融庁がし向けたようなものなのだ。

金融庁は、金融機関の監督官庁として職務を全うしていない。

今頃になって「不愉快」だ、などという個人的かつ情緒的答弁をされても何にもならない。

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2006.03.16

「時事放談」のサイトで2月26日の野中発言がアップされない。変ですねえ。

◆「メールは『上手な仕掛け』 野中氏、同情的な見方」という記事を2月26日に書いた。

これは、当日の日記、「メールは『上手な仕掛け』 野中氏、同情的な見方」←みんな分かっているのに、云わないね。をご参照いただければ有難いが、背景をご説明しよう。



TBS(系列の放送局)が日曜日の早朝(少なくとも東京では。)に放送している、「時事放談」という番組がある。政界の長老が現政権・政策を論評する。

番組のWebサイト、時事放談を見ると、前回の放送における出演者の発言が少しだけ載っている。

そして、バックナンバー一覧のページがある。

ところがここを見ると、最終更新が1月29日で、2月以降の記事はおろか、ヘッドラインすら、無い。これは、おかしい。

通常は放送後、1~2週間でここにリストアップされるのだが、1月29日放送の第87回分を最後にプッツリと更新が途絶えている。

かつてこんな状態を見た覚えがない。


◆野中氏の発言は一向に取り上げられなかった。

「メールは『上手な仕掛け』 野中氏、同情的な見方」←みんな分かっているのに、云わないね。に書いたが、2月26日放送分における「野中発言」を活字にしたメディアは共同通信だけだった。

その時の記事は、次の通り。
◆記事:メールは「上手な仕掛け」 野中氏、同情的な見方

野中広務元自民党幹事長は24日のTBS番組収録で、ライブドアの送金指示メール問題に絡み議員辞職の意向を示した民主党の永田寿康衆院議員について

「今から思うと、上手な仕掛けに乗ったのではないか」と同情的な見方を示した。自民党の平沢勝栄議員も同じメールを入手したことを挙げ

「同じものが出たということは、出どころはひょっとしたら自民党かもしれない。官邸かも分からない。不思議な事件だ」とも述べた。

民主党の対応では「前原誠司代表の辞職問題とか野田佳彦国対委員長の責任とか内輪で騒いで、横で小沢一郎前副代表がにんまり眺めている姿は良くない。

一致して(政府、与党と)戦わなくてはいけない」と指摘した上で、「野党がしっかりしないと日本は良くならない」と強調した。[2006年02月26日(日) 共同通信]

(太文字は引用者による)


◆爆弾発言でしょう?

おかしいなあ。と思っていたら、日経ビジネスのサイトで森永卓郎氏が森永卓郎:民主党の「送金メール問題」で腑に落ちない点 - nikkeibp.jp という記事を書いている。

あの党首討論、確かに変だった。

森永氏はさすがに偽メールの出所が官邸かも知れない、とまでは書いていないが、永田議員が例の「問題メール」を持ち出したら、小泉首相が即座に「あれはガセネタだ」と断定したのは如何にも不思議だ、という。

婉曲な表現を用いているが、要するに言わんとするところは、野中氏と同じだろう。

こういうことは、有名人ははっきり書けないので私は2月26日の日記に、次のように書いた。

◆素人目にも明らかなこと。
一つ目。

永田議員が偽メールを入手したのとほぼ同時に、平沢議員もそのコピーを持っていて、自民党の上の方の人間は、即座に「あ、それ、ガセ。」と指摘したようだ。

どうして、瞬間的に「ガセ」と分かるのだ?(自分たちで作ったから?)

残念ながら、私は政界に情報源が無いから、想像の域を出ない。

この偽メール問題に関して、耐震強度偽装問題における「きっこの日記」のきっこ氏(複数のジャーナリストだと言われているが)のような爆弾記事を書く人は登場しないのだろうか。

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2006.03.15

「当該工場は対日認定施設 香港の牛肉輸入停止で」←日本政府の監査も杜撰だったということではないの?

◆記事1:米牛肉、香港でも骨混入…日本が査察の工場から出荷

【北京=吉田健一】香港政府は13日までに、米食肉大手スイフト・ビーフ社(本社コロラド州)の食肉処理工場から輸入した牛肉に、BSE(牛海綿状脳症)感染防止のため輸入を禁じている骨が混入していたとして、

同社からの牛肉の輸入を当面停止すると発表した。

同工場は、日本が米国産牛肉の輸入再開を決定した昨年12月に、農水省と厚生労働省が特定危険部位の除去など対日輸出条件が守られているかどうか査察した11施設に含まれており、農水省などは「適切に行われている」との判断を公表していた。

今回、米国の管理体制のずさんさが明らかになったが、日本の査察も不十分との批判が出るのは必至だ。

香港の食物環境衛生署によると、香港国際空港の食物検疫担当官が10日夜、同社からの製品に骨が交じっているのを見つけた。

香港は、米国でBSE感染牛が見つかった2003年12月以降、米国産牛肉の輸入を全面的に停止していたが、昨年12月、生後30か月以下の牛で、脳など特定危険部位を除去した骨なし肉に限って輸入を再開していた。

米国産牛肉の問題について、農水省の石原次官は13日、記者会見で「(骨の混入が)特例なのか、構造的なのかが一番の焦点で、事実を調べて考えていく必要がある」と述べ、米国に問いただしていく姿勢を示した。

(2006年3月14日1時40分 読売新聞)


◆記事2:「当該工場は対日認定施設 香港の牛肉輸入停止で」

農水省は13日、米国から香港に輸出した牛肉に禁止されている骨が混入していた問題について、米国の当該食肉処理工場が対日輸出向けの認定施設でもあり、昨年末の日本政府による査察時に、この施設が対日輸出条件の順守で「問題なし」とされていたことを明らかにした。

石原葵事務次官は同日の記者会見で「残念」と述べた上で「米大使館などを通じて事実関係を含めて調査中」とした。

問題の施設は、米食肉加工大手スイフト・ビーフ社のグリーリー工場(コロラド州)。

米国産牛肉の輸入再開をめぐっては、同省と厚生労働省が昨年12月、米国内の認定施設に対して特定危険部位の除去など牛海綿状脳症(BSE)対策を調査。

この工場は日本政府が査察した11施設の中の一つだった。米国の食肉管理体制のずさんさが新たに浮き彫りになったことで、米国産牛肉の輸入再開をめぐる今後の日米交渉にも影響を及ぼしそうだ。

(共同通信) - 3月13日18時11分更新


◆コメント:日本政府の「認定」もあてにならない、ということではないのか。

読売新聞と共同通信社の記事を並べたが、いずれも記述が不十分である。

アメリカからの牛肉輸入を再開しようとしている国は、日本だけでは無いが、いずれの国も、BSEの原因である、異常タンパク質プリオンがたまりやすい「特定危険部位」の除去を条件としている。

しかし、「特定危険部位の定義」は各国に任されているのである。

読売新聞によれば、香港の輸入再開の条件は「脳などの特定危険部位と骨」を除去することになっており、今回は「骨」(何処の部分の骨かが分からない)付き肉が混じっていた、というわけである。

日本は、「舌、頬肉を除く頭部、扁桃、脊髄、脊柱、回腸遠位部」が特定危険部位である。

「脊髄・脊柱」以外の「骨」は特に除去すべき部分として指定されていない。

その意味で、読売新聞の見出しの中の「香港でも骨混入」はミス・リーディング(誤解を招く)だ。

「香港には、香港が禁止している『骨』が混入している肉が輸出されていた」と書くべきである。



それはともかく、問題の本質は何かというと、香港向けの製品に関しては「骨」を取り除いてから輸出しなければならないのに、この業者と、米国の食品衛生当局はそれを忘れたか、見逃していた。

つまり、管理の「杜撰さ」である。


◆日本政府の「認定」は体裁を整えるため、だけではないのか?

だが、問題はそれだけではない。この業者は日本政府が査察して、謂わば「可」の認定を与えたと言うことである。

読売も共同もそのことについて深く言及していないが、私に云わせれば、「本当にきちんと監査しているのか?」という懸念を指摘するべきである。

その業者の「いい加減さ」を見抜けなかった訳であるから。

閣議決定で、米国産牛肉の輸入再開前に現地査察すべきところしていなかったことがばれて、中川農水相が一旦は辞めると言っていたのに、すぐに撤回してやはり辞めないことになった。

あのあたりのゴタゴタも好い加減だった。その後慌てて査察したのも、「とにかく、現地まで行って監査してきました」という形式を整える為だけが目的だったのではないか。

実際はどの程度厳密に監査しているのか、怪しい。


◆認定外業者の製品が送られてきたとき、判別できるのか。

さらに、仮に日本政府の監査が厳密なものだったとしても、実際に日本へ送られてくる牛肉の全てが本当に日本政府が認定した工場で加工したものなのかどうか分からない、という問題がある。

他の業者が加工した牛肉を、日本政府が認定した業者の製品であるように偽装されたとしても、見破ることが出来るのであろうか。甚だ、心許ない。

だから、私は、米国産牛肉は永久全面禁輸すべきだと、主張するのである。

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2006.03.14

「荒川静香、ビストロでSMAPと乾杯 」村主とか安藤もマスコミはあれほど利用していたくせに。

◆記事:「荒川静香、ビストロでSMAPと乾杯

トリノ五輪女子フィギュア金メダリスト荒川静香(24)がこのほど、フジテレビ「SMAP×SMAP」(13日午後10時)の人気コーナー「ビストロSMAP」にゲスト出演。

ドラマでアイスホッケー選手役を経験した木村拓哉(33)は「氷に乗ったことがある人間として言わせていただくと、あり得ない」と絶賛した。

同コーナーでは異例のメンバー全員による乾杯で祝福された荒川は「またここに来られるよう、頑張らなきゃと思います」と喜んだ。


◆所感:最初に断っておくが、荒川選手への批判や、「スポーツネタ」では無い。

最初から、興ざめになるようなことを書くが、私は、原則的にあらゆるスポーツ、スポーツ選手に興味が無い。どうでも良い。オリンピック以降、なんどか、スポーツ選手のことを取り上げたが、私にしては非常に稀なことだ。過去約1,230本の記事を読んで頂くと、分かる。これから書くことは「スポーツ」そのものとは関係がない。フィギュアスケート選手にも基本的には興味がない。

荒川静香選手にも文句を付ける理由も気持ちも全くない。


◆私の標的はマスコミである。

「マスメディアが人間を扱う姿勢」が気に入らないのだ。

有る人物に対する態度を、その相手の社会的成功・失敗その他により急に変えることを「手のひらを返したように」と日本語で形容する。

マスコミがその見本じゃないか。と言いたいのである。


◆荒川選手が楽しそうなのは。結構なことだ、と素直に思う。

家人が見ているテレビ番組が視界の片隅に入った(何せ狭い家なので・・)。荒川静香が「SMAP×SMAP」出演していた。



荒川選手が金メダルを獲得したのは、いつだったか覚えていますか?

現地(トリノ)時間2月23日、日本時間では2月24日である。今日で、日本時間ベースでは、17日しか経っていない。

但し、オンエアまで17日であるから、収録までの日数はもっと短かったわけだ。



荒川選手が「SMAP×SMAP」に出るのは全然構わないと思います。

スケートをしていなければ普通の若い女の子なのだから、「SMAP×SMAP」に出られるとなったら、それは総理大臣や天皇陛下と食事をするよりも嬉しいに決まっている。

彼女の苦労を思えば、これぐらい羽を伸ばして、「ご褒美」があっても、一向に構わない。

クール・ビューティと呼ばれていた荒川選手がコロコロ笑い転げているのを見ると、よほど楽しいのだろう。

帰国後の記者会見でもストイックなまでに、喜びの感情を抑圧していた彼女が漸く、笑った。

良かったね、と素直に思う。皮肉でも何でもない。


◆荒川選手を持ち上げるのは良いが、村主とか安藤は地上から消えたのか?

でもさ。五輪前は、安藤美姫をあれだけ持ち上げていたよね?

テレビCMに出演させて、それは勿論安藤選手が、自由意思に基づき、企業とCM出演契約を締結したからだ。

だが、CMだけではない。週刊誌もテレビも新聞も専ら安藤選手のあのやや白痴美に近い映像を好んで用いて、儲けたはず。



それが、オリンピックで15位になってから、安藤選手は全然姿を現さなくなった。

あれだけ、安藤選手を「利用」した事業法人(一般企業、CMスポンサーのこと)、各テレビ局、新聞社、週刊誌は、

いくら何でももう少し安藤美姫選手、村主章枝の苦労、無念を取り上げ(番組、記事にするということ)、労をねぎらうべきではないか。

こういうことは、勿論今回が初めてではないが、過去もそうだったから、正しい、という理屈は通用しない。間違っていることは、既成事実となっても間違っている。


◆「ポイ捨て」された身になってみろ。

ここまで、露骨に「はい、ご苦労さん、残念だったね」と云われる(言葉で言わなくても、世間の風潮が、そうなっている)安藤や、村主の気持ちにもなってみろよ。と云いたい。

特にテレビは、見ている視聴者には分からないが、取材される側には相当な迷惑である。

子供の運動会をビデオカメラで撮影するのとは規模が違う。

何と言ってもあの強烈な照明。あれだけで素人は一瞬パニック状態になる。

運動選手でも音楽家でも練習中、本番の「集中」は最も大切な要素だが、テレビ取材の照明は絶対(と断言して、ほぼ構わないと思う)に、集中の妨げになっているのだ。

つまり、散々人の練習をじゃましておいて、結果が期待していた(期待したのはマスコミが勝手に期待したのである)ほどではなかったから、と理由で、一個の独立した人格を持つ取材対象を、

ひどい表現を敢えて用いるならば、「用済み」、「ポイ捨て」するというのは、余りにも無礼である。

私は、そう考えた。

その怒りのまま筆を執った。従って、いつもに増して乱文となってしまった。

ご容赦のほど。

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2006.03.13

<パラリンピック>苦難を乗り越え金メダル 小林深雪選手←障害者を特別扱いする必要は無いが、軽視するのは不公平だ。

◆記事1:<パラリンピック>苦難を乗り越え金メダル 小林深雪選手(毎日新聞) - 3月12日0時8分更新

【プラジェラート(イタリア)飯山太郎】当地で11日に行われたトリノ冬季パラリンピックのバイアスロン女子12.5キロの視覚障害で、小林深雪選手(32)が2大会ぶりの金メダルに輝いた。

ゴール地点では、負けを覚悟したライバルのフランス選手が、日の丸を掲げて待ち構えていた。ガイドの小林卓司さん(47)とともにゴールすると、

チームの荒井秀樹監督から「1番だよ、深雪」の声が飛ぶ。小林選手の目に涙があふれ「うそみたいな感じ。うれしい」と喜びの言葉がこぼれた。

この日獲得したメダルは「長野の金とは全く別物」という。98年長野大会で、日本人として冬季初の金メダルを獲得した有力選手。だが、その後は、厳しい経験をしてきた。

02年の前回大会では出場種目のうち6位が最高。経済的な問題もあって競技を続けるかどうか悩んだ。老人ホームのパート業務で収入を得ながら、

貯蓄を取り崩して遠征などを重ねていたが、それも底をついてきた。

そんな時期の04年11月に、日立システムアンドサービスが設立した障害者スキーの実業団チームに入社。マッサージの技術を生かして健康管理の仕事をしながら、

競技にも十分に集中できる環境を手に入れた。

だが、昨年8月に、視力のハンディが原因で転倒し、右足首を骨折した上、12針も縫う重傷を負った。

トリノを前に気持ちがくじけそうになる中「だめだったら支えてくれた方々に申し訳ない」というチームへの思いが復帰を強く後押しした。練習再開まで2カ月かかり、痛みは今も残る。

だが、コースに出ればリズムを崩すことはなかった。

病気で光を失い始めたのは小学2年生のころ。盲学校の恩師の勧めで競技に取り組み、苦難を乗り越えたベテランが、3度目の大舞台で返り咲いた。

「自分の力と支えてくれる皆さんの力が合わさって金メダルが取れた」との声が弾んだ。


◆記事2:37歳弘山、悲願の初優勝=残り約1キロで渋井を逆転-名古屋国際女子マラソン

12月のアジア大会(ドーハ)代表最終選考会を兼ねた名古屋国際女子マラソンは12日、名古屋市瑞穂陸上競技場を発着点とする42.195キロのコースで行われ、

マラソン挑戦10度目で37歳の弘山晴美(資生堂)が残り約1キロで渋井陽子(三井住友海上)を逆転し、2時間23分26秒で悲願のマラソン初優勝を果たした。

レースは前日本記録保持者の渋井が序盤から前に出た。渋井は約8キロで後方集団に吸収されたが、その後、再び前に出て独走。

だが、30キロ以降、ペースの落ちた渋井を弘山が追い上げ、終盤で抜き去った。渋井は2時間23分58秒で2位、3位は堀江知佳(アルゼ)。大南博美(トヨタ車体)は8位に終わった。

(時事通信) - 3月12日17時30分更新


◆コメント:二つのニュースは同列に扱うべきである。

私の結論は、タイトルに記した一文が全てだ。

「障害者を特別扱いする必要は無いが、軽視するのは不公平だ。」

「バイアスロン女子12.5キロの視覚障害で、小林深雪選手(32)が2大会ぶりの金メダルに輝いた。」

視覚障害者のバイアスロンでは伴奏者がいるわけだが、視覚に障害が無くとも、普通の人間はスキーを履いて、いきなり12.5Kmを走ることなどできない。

これは、彼女が、視覚障害を持たない「普通の人々」よりも、高い身体能力を有することを意味している。それだけでも尊敬に値する。

云うまでもなく、パラリンピックの記録を単純に普通のオリンピックの同種目と比べるのは、意味を為さない。そもそもハンディを背負っているのだから。

しかし、小林深雪選手が世界一になるまでには(彼女は2回目だ)、想像を絶する努力が有ったことは、考えるまでもなく明らかだ。

その努力を可能ならしめた精神力は、本日の名古屋国際女子マラソンで、37歳にして、漸く初めて優勝した弘山晴美選手のそれと同等に称讃されるべきである。

弘山晴美選手と、小林深雪選手の偉大さは、同一である。


◆いたわることと、憐れむことを混同してはいけない。

単純バカが誤解をすると困るので、申し添える。

いたわることと、憐れむことは別の精神作用である。

障害者を特別扱いする必要はない、とは、「憐れみ」の気持ちで見たり接したりするべきではない、という意味である。

障害者を無闇に可哀想だ、という人がいたら、それは、ほぼ間違い無く優越感に浸っているのであり、それは障害者に対する「侮辱」である。



但し、実際に身体に障害があり、車椅子での移動を余儀なくされる人や視覚障害者は、客観的に見て、健常者よりも運動能力(移動能力)がおとるわけであるから、

例えば電車の乗降に際して他人の助けを借りるのはやむを得ない。これは弱者をいたわることで、憐れみではない。


◆これこそ、「惻隠の情」だ

以前紹介した、藤原正彦氏の「国家の品格」が売れているので、最近、私のサイトにも「惻隠の情」で検索して来る方が多いが、

上述した例は、正に、「惻隠の情」である。



私は、ひどい光景を目撃したことがある。JR東日本、中央線の某駅でのことだ。

車椅子に乗った障害者が駅員の助けを借りてエスカレーターに乗っていた。その間、一般乗客は階段を使うことになる。それぐらいはやむを得ないと思う。

ところが、ひどい奴がいた。余程急いでいたのか、事情は知らないが、その男は障害者に向って叫んだ。

「こんなところをウロチョロするんじゃねえよ。邪魔なんだよ!」

家にこもっていろ、という意味である。ひどいことを云う。こういうのは、一種の人格障害者ではないかと思う。「いたわる」という感情が無い。



好きで障害者になった人はいない。誰もが明日、交通事故に遭い、脊椎損傷により、同じ立場になるかも知れない。

このような想像力を働かせれば、エスカレーターをたまたま、一度使えなかったぐらいの不便は、甘受すべきであることが分かる。

一昨日の日記と同じ締めくくりになるが、いたわる心、「惻隠の情」もやはりその源は、「もし、自分が相手だったら」と考える能力、つまり、想像力である。

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2006.03.12

情報流出:小泉首相、管理の不備批判「守秘義務が甘い!」←総理、気が付くまで1年半かかりましたか。

◆記事1:情報流出:小泉首相、管理の不備批判「守秘義務が甘い!」

小泉純一郎首相は7日の参院予算委員会で、自衛隊の機密情報や県警の捜査資料がインターネット上に流出した問題について

「防衛庁だけではなく、外務省、警察を含めて全省庁で公務員としての守秘義務(を守ること)が甘い。大変遺憾だ」と述べ、

情報管理の不備を厳しく批判した。同時に、情報管理の徹底を全省庁に指示したことも明らかにした。

これに関連し額賀福志郎防衛庁長官は、海上自衛隊の機密データが流出した問題について

「自分の職域以外の秘密情報を知ることができるような管理体制に問題点があった。

今後チェック体制をきちんとやっていかなければいけない」と答弁した。(3月7日 21時29分)


◆記事2:国税庁、納税情報47万人分?紛失 (2005年9月16日 読売新聞)

東京国税局は16日、局内に保管していたパソコン2台を紛失したと発表した。

このうち1台には、約47万人分の個人事業者の納税額や銀行の口座番号など個人情報が入っていた可能性があるという。

同国税局では盗まれた可能性が高いとして、15日、警視庁丸の内署に被害届を提出した。

同国税局によると、2台のパソコンは、税金を徴収する徴収部と、法人への課税を担当する課税第2部で、それぞれ使用していた。

このうち徴収部のパソコンには、2003年分の確定申告で、1000万円以上の収入があった東京、神奈川、千葉、山梨の4都県の約47万人分の個人事業者のデータが一時的に保管されていた。

データの中身は氏名、住所、電話番号、生年月日、所得税の申告納税額、口座番号などだった。

このデータは、国税庁が、納税者に対し、口座引き落としで納税する「振替納税」を奨励するために使用していたという。

データは、作業後すぐに消去することになっていたが、作業を終えた8月2日から、パソコンの所在が分からなくなっており、データが消去されていたかどうかは確認できていない。

同国税局では、「パスワードを入力しないとパソコンは起動できず、データも暗号化されているため、個人情報が外部に流出する可能性は極めて低いと考えている」としている。

一方、課税第2部のパソコンは3月末から所在が分からなくなっていたが、対応を取らず、放置していた。納税者情報は入っていないという。

2台のパソコンは、いずれも、複数の職員が使用していた。

同国税局では、関係部署の職員らから聞き取り調査を行ったが、いずれも「心当たりがない」と答えたため、盗まれた可能性が高いと判断した。

一方、丸の内署によると、室内には荒らされた形跡は見当たらなかったという。

藤田利彦・同国税局総務部長の話「税務行政に対する国民の信頼を損なうもので、深くおわびする。納税者情報の管理の徹底を図りたい」


◆記事3:金融庁、個人情報含むフロッピー2枚紛失 (2004年10月18日付 日経)

金融庁は18日、2金融機関から郵送で提出された資金洗浄(マネーロンダリング)に関する情報が入ったフロッピーディスク(FD)2枚が7月末から同庁内で所在不明になっていると発表した。

うち一枚には、取引の場所や相手の氏名など個人情報が含まれていた。紛失からすでに2カ月以上たっている。

五味広文長官は同日の記者会見で「いまのところ個人情報が漏えいした痕跡はない」としたうえで

「金融機関の監督を行う立場でこのような事件が発生したことは極めて遺憾だ。深くおわびする」と陳謝、再発防止策を早急に講じる考えを示した。

2枚のFDは現在もみつかっていない。紛失したFDはいずれも7月28日に金融庁が書留郵便で受領した。

発送元の金融機関からの問い合わせで8月上旬に紛失が判明した。

担当室長が知ったのは約1カ月後、担当課長や長官、伊藤達也金融担当相が知ったのは先週だった。 (01:07)


◆記事4:金融庁、またFD紛失 銀行のデータ収録、個人情報なし (2005年2月3日朝日新聞)

金融庁は3日、銀行から持ち込まれたフロッピーディスク(FD)1枚を紛失したと発表した。

FDには、銀行1行の昨年11月の預金や貸出金などについての全体的なデータが入っていたが、個人や取引先の情報は含まれていないという。

金融庁は昨年7月にもFDを紛失したばかりで、改めて情報管理体制を問われそうだ。


◆コメント:今まで、中央・地方官庁の「情報管理」が甘いことに気が付かなかった内閣総理大臣。

「情報管理が甘い」という首相の評価自体は正しい。

ただ、私は、「今頃気が付いたのか!」と開いた口が塞がらない。

普通に新聞を読んでいれば、よくぞ、これだけ毎日毎日「個人情報の流出」が起きるものだと思うのが普通だ。小泉首相はろくに新聞を読まないと見える。

もっと分かりやすい情報源がインターネットにある。

Yahoo!の個人情報の流出である。これを毎日読めば、一目瞭然である。

簡単に入手できる情報を、日本国の内閣総理大臣はご存じなかったようだ。

記事2から記事4をご参照いただきたい。

金融庁、国税庁は、記録媒体及びPCそのものの紛失と盗難で、昨今のWinnyやウィルス感染とは状況が異なるが、情報が流出したという事件の重大性は同一であり、

それを国政の最高責任者が認識していなかったことは、大きな問題である。



警察などにおける、ネット経由の情報漏れの件は、事情を知れば不思議でも何でもない。

仕事に私用パソコンを用いているのだ。しかもそこにはWinnyがインストールされていた。

「Winnyが有るからと云って情報が洩れるとは限らない」と言う言葉は、意味がない。現実にWinnyで情報が洩れているのだから。

さらに驚くべきことに、愛媛県警で情報流出元となった警部のPCにはアンチ・ウィルスソフトがインストールされていなかったのである。


◆私の職場の情報漏洩防衛策。

私の職場が公的な機関か私企業か、或いは学術的な組織か、は云えないので、一応「会社」としておこう。

私の「会社」では私用PCなどもってのほか。情報持ち出しは、一切禁止。仕事は職場でしかさせない(結果として、仕事が終わる時間は遅くなるが)。

そして、外部記憶装置(FD、各種CD、DVD、USBメモリなど)が、取り付けられないような監視ソフトを予め入れた、会社が所有権を持つPCしか使えない規則が定められている。

インターネットには接続できるが、あらゆる種類のBBSには、アクセスできない。機密情報を書き込むことが可能になるからだ。

BBSのみならず、エンピツやブログには一切アクセス出来ず、読むことすら出来ないようなシステムになっている。

また、ウィルスに感染しそうなサイトにアクセスすることがないように、日々、フィルターを更新している。



社外へのメールは、たとえそれが業務に関する普通の内容であっても(機密情報を含んでいなくても)、全部、管理者が検閲している。

私用メールは禁止されている。

勿論それでも、本気で機密事項を外に漏らそうという意図(故意)があれば、紙にメモして持ち出せば、分からない。

ただ、そこまでの悪意を持った人間つまり、故意犯が出る可能性はかなり低い。それは、個人情報の流出を見れば分かるだろう。

大多数が、「過失」なのだ。


◆リスク・コントロールは「マイナス思考」で無ければだめだ。

危機管理=risk controlに携わる人間は、常に、「最悪の状況」を想定しなければならない。「多分、大丈夫だろう」という楽観主義者は、危機管理に不向きである。

常に「危ないかも知れない」という、「悲観論」が基本である。



本屋に行けば「プラス思考のすすめ」「楽観的に生きる」「小さなことにクヨクヨするな」というような本が溢れている。

世の中には、「常にプラス思考で楽観的であること」が望ましいと考える人が大勢いる。それが、正しい場合もある。

不都合な事態が生じても、累が個人にしか及ばないような状況であれば、それも良かろう。

しかし、英語の決まり文句にあるとおり、“Everything is relative.”(全ては相対的である)。



もしも、世の中全体が楽観主義者ばかりで、「何とかなるさ。」という発想で行動したら、とんでもないことになる。

この世においては、「危険・障害が起こりうる状況を出来る限り想定し、可能性を排除する」、つまり心配性、「マイナス思考」の人間も必要なのである。

プラス思考で全てが上手く運ぶほど、社会は単純ではない。心配性の人々が世の中の危険を防いでいる、と言っても過言ではない。

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2006.03.11

「フィギュア転倒喜んだ文科相が謝罪」敢えて、今、フィギュアスケートにまつわる話。

◆記事:「フィギュア転倒喜んだ文科相が謝罪」

小坂憲次文部科学相が6日、トリノ五輪でイリーナ・スルツカヤ(27=ロシア)が転倒したことを喜ぶ発言をしたことで謝罪コメントを発表した。

民放が4日の番組で発言部分を放映したところ、文科省に抗議の電子メールが数十件あったためで「配慮を欠き反省している」とした。

小坂文科相は2月28日、荒川に帰国報告を受けた際、競技の最後に演技したスルツカヤが転倒して銅メダルに終わり、荒川の金メダルが決まった時の感想を

「人の不幸を喜んじゃいけないけれど、こけた時は喜びましたね。『これでやったー』と、ものすごい喜んだ」と述べていた。[2006/3/6/22:03]


◆コメント:思っても、云ってはいけないことがある。

新しくリンクを貼らせていただいた、ネットの片隅で“I”を叫ぶさんが、この件について書いておられるのを読ませていただき、私も書きたいことを思い出したので取り上げる。

文部科学相に関しては、リンクさせて頂いたブログで仰る通りで、付け加えることは無い。正論である。



話が逸れるけれども、最近、Yahoo!にYahoo!みんなの政治というコンテンツが設置され、議員の経歴、国会に提出済(審議中)の法案などをすぐに検索できるようになったのはご存知だろうか?

なかなか便利だ。小坂憲次文部科学相のプロフィールも簡単に調べられる。さて、これは、余談である。



正直に言うと、あのスルツカヤの転倒の時、私も文部科学大臣と同じことを思った。思った人はかなりの数に上るのではないか。後ろめたさがあるので、抗議メールが少ないのだろう。

しかし、「思っても口に出してはいけないことがある。」

それを思いっきりやってしまうのが例えば石原東京都知事だ。

重度身体障害者施設を視察した直後、記者団に向って、「こういうことは、安楽死の問題につながる」とか「ああいう人達に人格はあるのだろうか」とか、思ったことをそのまま口にしてしまう。

「そういうことは、たとえ思っても、口に出してはいけないのだ」、と言うことが、あの人物にはどうしても分からないようだ。



石原知事はとりあえずどうでも良い。

それよりも、私はその後、スルツカヤの転倒を内心喜んだこと自体を恥じている。


◆荒川選手の金メダルは勿論嬉しいが、スルツカヤはとても気の毒なのだ。

オリンピックが終わって随分経つから、私がこれから書くことは、既に知っている人が多いかも知れない。

今まで書かなかったのは、折角の金メダルのおめでたい気分に冷水をかけるのは野暮だと思ったからである。



荒川静香選手が金メダルを獲得した翌日、NHK総合テレビのNHKスペシャル「荒川静香 金メダルへの道」という番組があった。

番組の中心は当然荒川選手で、約一年に亘る取材をまとめたものだった。

フィギュアスケートの「新採点方式」とは何か。

荒川選手がそれに如何に対処したか。

「新採点方式」では得点に結びつかない「イナバウアー」をフリーでも演ることを決心させたのは、一通の「応援メール」だったこと

(荒川選手は、現地でたびたび、ネットカフェに寄り、ファンからの応援メッセージを読んで自らを鼓舞していた)などが克明に記録されており、興味深かった。



しかし、NHKはスルツカヤも公平な観点から取材していた。

スルツカヤの母は、重い腎臓病を患い、透析を受けなければならない辛い生活を送っている。

お母さんの何よりの喜びはスルツカヤの活躍であり、今度のオリンピックで娘が金メダルを獲得することを、ことのほか楽しみにしていた。彼女の気持は・・・。

人の親なら、分かるだろう・・・・・。

さらに、何という苛酷な運命であろう。スルツカヤ自身、かなり深刻な病気に罹っており、痛みをはじめとする様々な厄介な症状をこらえながら、演技しているのだ。

「NHKスペシャル」の話を、私の日記の読者の方へのメールに書いたら、その方が、病気の母、家族の生活支え「金」挑むという記事を見つけたと教えてくださった。

NHKスペシャルや、その他の情報源から既にこのエピソードを知っている方もおられるだろうが、その方にも、今日、初めて知った、と言う方にも一読をお薦めしたい。



荒川選手の金メダルは、偉大である。それはすでに書いた。
しかし、「金メダル万歳」だけではなく、その蔭で泣いている敗者にも思いを馳せることができるのが、人間の想像力である。

思いやる心の源は「想像力」である。

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2006.03.10

「日銀、量的緩和解除」←福井日銀総裁は、立派だ。

◆記事1:日銀:量的緩和、5年ぶり解除 政策決定会合

日銀は9日開いた政策委員会・金融政策決定会合で、5年間にわたり続けてきた量的緩和政策の解除を7対1の賛成多数で決めた。

消費者物価指数の上昇率が4カ月連続してゼロ%以上になったことを受け、「消費者物価が安定的にゼロ%以上になる」との解除条件を満たしたと判断した。

日銀は、解除後の新たな金融政策運営の目安として「物価の先行き見通し」を打ち出す。

福井総裁は決定会合終了後に会見し、解除に伴って市場の混乱を招かないように、解除後も当面はゼロ金利を続ける方針を説明する。(最終更新時間 3月9日 17時09分)


◆記事2:日本銀行サイト内:「金融政策の透明性の強化について 」より、「量的緩和政策継続のコミットメントの明確化」(2003年10月10日)

日本銀行は、金融政策面から日本経済の持続的な経済成長のための基盤を整備するため、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品。以下略)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、量的緩和政策を継続することを約束している。

日本銀行としては、このコミットメントについては以下のように考えている。


  1. 直近公表の消費者物価指数の前年比上昇率が、単月でゼロ%以上となるだけでなく、基調的な動きとしてゼロ%以上であると判断できることが必要である(具体的には数か月均してみて確認する)。

  2. 消費者物価指数の前年比上昇率が、先行き再びマイナスとなると見込まれないことが必要である。この点は、「展望レポート」における記述や政策委員の見通し等により、明らかにしていくこととする。具体的には、政策委員の多くが、見通し期間において、消費者物価指数の前年比上昇率がゼロ%を超える見通しを有していることが必要である。

  3. こうした条件は必要条件であって、これが満たされたとしても、経済・物価情勢によっては、量的緩和政策を継続することが適当であると判断する場合も考えられる。



◆記事3:金融政策、失敗を恐れてばかりはいられない=日銀総裁(ロイター) - 2月24日

福井日銀総裁は、24日午前の衆院財務金融委員会で、金融政策は失敗を恐れてばかりはいられないと述べた。小沢鋭仁委員(民主)の質問に答えた。

福井総裁は「失敗を恐れてばかりはいられないところがある。政策は、先行きの情勢を読みながら行っていくため、リスクを取って政策行動していく」と述べた。

ただ、総裁は、失敗を恐れず、何でもやるというわけではないとし「日々真剣勝負で、合議制で責任をまっとうする」と述べた。

(後略。こちらに記事全文


◆コメント:日銀総裁ほど責任の重い仕事も珍しい。

作家・評論家などがたまに、「たかがカネの話ではないか」と分かったようなことを書いているのを目にする。確かに、人間は「カネの為に」生きているのではない。
が、現実に貨幣経済を採用している以上、通貨の流通を監視し、金融システムの安定を図り、物価を安定させるように金融政策を立案・実行する高度に専門的な知識を持つスペシャリストが、絶対に必要である。


◆福井総裁は首尾一貫しているのである。

福井総裁は紛れもなくプロである。

日銀総裁に就任したのは2003年3月だったが、就任当時に日銀が既に採用していた、量的緩和策を一層推し進めた。

量的緩和策とは何か、については、昨年11月25日の記事や、

今年1月5日の記事、「日経平均終値、1万6400円台回復…5年3か月ぶり」←ヤバいですねー。を読んでいただくと、概ねお分かりいただけると思う。

日銀は2001年から量的緩和策を実施していたのだが、どういう条件が続く限り量的緩和策を続けるのか、はっきりさせている。

それは、2003年、日銀の展望レポート金融政策の透明性の強化について に書いてある。その部分を抜粋したのが、記事2である。

日本銀行は毎月、2回、金融政策決定会合を開く。その構成員は、総裁、副総裁2名、審議委員6名の計9名からなる。

ここに、全員の氏名とプロフィールが掲載されている。

その議事内容も全て日本銀行のサイトに掲載される。
また、総裁、副総裁、各審議委員は、日本各地に招かれて経済に係る講演を行うが、それらも同サイト上で公表される。

特に日銀総裁の会見(金融政策決定会合の後に毎回行われる)では、福井総裁の就任当時からの全会見要旨を読むことが出来る。

毎回、大変長いものだが、これは、記者の質問に、福井総裁が大変、丁寧に、なるべく一般国民にも分かるように答えているからだ。

非常に明晰で、毎回経済学の講義を読んでいるような気になる。


◆今日の「量的緩和の解除」は2003年10月の約束を守ったのだ。

全て読む人はいないだろうが、過去からの福井総裁の発言をウォッチしている人々にとって、今日、日銀が「量的緩和策」を解除したことは、意外でも何でもない。



それは、記事2に載っている「量的緩和を続ける条件」が、ここ数ヶ月の消費者物価指数の上昇など(それは条件1を満たすだけだが)により、実態経済に当てはまらなくなってきたからである。

さらに、「量的緩和策」の目的はデフレ脱却だけではなく、「金融システムの安定」を図るためであった。

デフレ不況下では大量の不良債権を抱えた銀行の経営が不安定で、システミック・リスクがあったからだ。



システミックリスクとは、各金融機関は全体として巨大な決済システムになっていて、A銀行のお金が足りなくなると、その日、A銀行から振り込まれる資金を見込んでいたB銀行のお金が足りなくなり、B銀行のC銀行に対する支払ができなくなり・・・と言う具合にドミノ倒し状に連鎖的に金融機関が資金不足となり、正常な業務を営めなくなるリスクである。

そうなったら、大変だ。一般国民は、公共料金の自動引落し、クレジットカードの決済が出来なくなる。大パニックになってしまう。

これを回避するために、福井総裁は、日銀に各金融機関がお金を預けている「日銀当座預金」の残高を、普通なら、全体で6兆円ぐらいだが、30~35兆円というものすごい量に保った。

このおかげで「日本でシステミックリスクの心配は有りません。」ということを内外の金融機関及びその利用者が認識した。

同時に、これは、市中に出回る通貨供給量を増やし、デフレの進行を徐々に食い止めた(その理屈も、昨年11月25日の記事に書いたのでご覧下さい)。


◆今は、それほどの流動性資金を日銀当座預金に常時確保する必要が無いのだ。

現在では、金融機関は安定しているので、これほど大量の日銀当座預金残高を置いておく必要がない。

また、あまり大量のおカネが市中に出回っていると、「通貨供給量が物価変動要因だ」とするマネタリズムの立場で考えると、何かの拍子にすごいインフレになりかねない。

インフレになってから手を打っても遅い。福井総裁が述べているように、金融政策は一歩先を読まなければならない

福井総裁を初めとする「金融決定会合」のメンバーは、これ以上、量的緩和を続けると危ない、と考えたのだろう。


◆金融政策担当者が抱えるものすごいプレッシャー。

日銀は、何年も前から「量的緩和の解除=金融引き締め、ではない」と云っているのだ。

しかし、バカな政治家どもは何かと日本銀行及び福井総裁にプレッシャー(殆ど、「脅迫」)をかけて、「量的緩和策の解除はまだ早い」と言い続けた。

特に与党。甚だしいのは、こんな調子だ。自民党、中川政調会長。

◆記事:<中川政調会長>量的緩和解除目指す日銀の動きをけん制(毎日新聞) 2005年11月13日

自民党の中川政調会長は13日、日銀による金融量的緩和政策の解除について「日銀は政策目標での独立性はなく、政権と合致させる責任がある」と指摘。

そのうえで「どうしたらデフレを脱却できるかを考えて量的緩和の議論をすべきだ」と述べ、量的緩和解除を目指す動きをけん制した。

よく言うよ。量的緩和策を解除しないでインフレになったら、どうせ日銀の所為にするのだ。

ろくに経済指標の分析も出来ない素人が、何を言うか。

また、中央銀行の独立性を認めない先進国がどこにあるか。金融政策までも「政争の具」にしようとする愚かさ。問題外のバカ。

福井総裁はこんな雑魚(ざこ)は気にかけていないだろうが、そんなこととは無関係に、現在、上昇基調にある消費者物価指数が、また下落を始めることが「絶対にない」とは、言い切れない。

そのときは、たとえそれが、日銀の金融政策とは無関係であっても、自分の所為にされてしまうし、東京株式市場が大暴落でもしようものなら、連鎖的に世界中の株が暴落する可能性も高いのである。

そうしたら世界中の非難を浴びる。想像を絶する責任の重さだ。それを、百も承知で本日の決定を下したのである。

記事3を見て下さい。並大抵の覚悟ではない。

極めて高度な金融と金融政策に係る知識と見識と経験に基づく信念によるものである。政治家でここまで思い責任を取る覚悟をしている者は居ない。

福井日銀総裁は立派だ。

因みに2004年2月、英国の経済誌"The Economist"が、「世界一優秀な中央銀行総裁」と福井総裁を評価している。

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2006.03.08

「北朝鮮がミサイル発射、北の領海内に2発着弾」首領様、心臓大丈夫?

◆記事1:「北朝鮮がミサイル発射、北の領海内に2発着弾」

政府に8日入った情報によると、北朝鮮が同日、中国との国境付近でミサイル2発を発射した。

通常の軍事訓練と見られ、2発とも北朝鮮領海内に着弾しており、「地対艦ミサイルの可能性が高い」(防衛庁筋)という。

防衛庁首脳は同日、1~2週間前にミサイル発射の兆候を把握していたことを明らかにした。

小泉首相は8日夜、「常に情報収集している。いちいち言うべきことではない」と述べた。(読売新聞) - 3月8日21時48分更新


◆記事2:金正日総書記が特別列車で訪中 1年9カ月ぶり (2006年01月10日 共同通信)

北京の複数の外交筋は10日、北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記が特別列車で同日早朝、中国入りしたと明らかにした。

北朝鮮関係者も認めた。金総書記の訪中は2004年4月以来、約1年9カ月ぶり。昨年10月の胡錦濤国家主席の訪朝への答礼とみられる。

滞在先や日程など詳細は不明だが、韓国の聯合ニュースは上海の外交消息筋の話として、01年1月の訪中同様、最初の目的地は上海で、11日午前に到着すると予想されるものの滞在期間は長くならないとの見方を報じた。

経済状況を視察する可能性が高い。北京の外交筋は、主な視察地は深センのもようで、上海にも立ち寄る可能性があるとしている。

胡主席との首脳会談では両国の関係強化や経済協力が中心議題として取り上げられるとみられるが、第5回6カ国協議の再開に向けた調整は実務レベルで行われることが予想される。

中国外務省の孔泉報道局長は10日の定例記者会見で「その問題(金総書記訪中)について答える権限を与えられていない」と述べて確認を避けたが、否定はせず、金総書記訪中を示唆した。

金総書記の訪中は日程終了までは非公開が通例で、これまでも中国から北朝鮮に戻った直後に発表された。今回も事実確認や発表は全日程終了後になるとみられる。

外交筋によると、金総書記を乗せた特別列車は10日早朝、中朝国境の中国・丹東駅を通過、昼ごろ遼寧省瀋陽市に入った。

通常より移動時間がかかっており、一般列車の運行に影響を与えないよう速度調整しているもようだ。

北京やソウルの消息筋は丹東駅の警備が9日深夜から強化されたとし、10日早朝に金総書記の特別列車が中国入りしたなどとしたが、否定的な見方もあり、情報は一時錯綜(さくそう)した。

(共同)深センのセン=土ヘンに川(01/10 20:45)


◆記事3:北朝鮮、心臓専門病院を準備=韓国にノウハウ打診-情報当局が関心(2004年5月25日 時事通信)

【ソウル24日時事】北朝鮮が、不整脈などの心臓疾患や突然の発作に対応する治療体制を備えた初の専門病院の開設を準備していることが24日、明らかになった。

同国事情に詳しい消息筋によると、平壌に10階建て前後の施設を建設し、検査や先端治療用の機器を整備する計画。

食料や電力の不足で厳しい経済苦境に直面する北朝鮮が、あえて高度な治療のできる病院を造ろうとすることに、米韓両国の情報当局は関心を示している。

同筋によると北朝鮮は、医師や看護師の専門技術の習得や病院運営に関するノウハウの提供を、韓国の医療関係者に打診している。

ソウルの心臓疾患専門医が今年3月、北朝鮮に足を運んだことが確認されているが、この専門病院に関する協力が訪朝理由の1つとされる。


◆コメント:煙突男と首領様

本当に、この首領様は困ったお人だ。煙突男と同じですよ。

「煙突男」というのは、今は銭湯が少ないので、若い人は知らないだろうから説明する。

昔はたまに、銭湯の煙突のてっぺんによじ登って、「飛び降りるぞ!死んでやる!」という奴がいたのです。

こういう輩は、野次馬があつまり、警官がやってきて「早まるな」、と説得すると思うつぼ。「構って欲しい」のですから。

誰もが完全に無視して、煙突男が「飛び降りるぞ!」と叫んだら、「どーぞ、どーぞ」といって誰も寄りつかない。

そうすれば、煙突男は絶対に「済みません、降ろしてください」とベソをかく。



北朝鮮民主主義人民共和国(民主主義なんだって(笑))の首領様は、もっと頭が良いが、基本的にはそういうことですね。

とにかく北朝鮮は、今更経済を立て直すとか何とか不可能である。何百万人という餓死者を出している。とりあえず、カネが欲しい。食い物が欲しい。



中国の歴史などを読むと良く分かるが、民を食わせることが出来なくなった王は、かならず、クーデターで殺されてしまうのです。



北朝鮮は射程1,300kmの「ノドン」ミサイルを90年代に開発し、93年には日本海に発射実験して、実戦配備済であると言われる。

但し、撃ったら北朝鮮も終わりだからね。日本も終わりだが。

相手に先制攻撃をさせておいて、反撃するのが大好きな米軍の集中砲火を浴びることは自明の理。なによりも、日本という最高の金づるをつぶしたらもう、どうしようもない。

それぐらいの計算は金正日は、当然、している。国力が弱い国は「外交」(というか駆け引き)に長けているのだ。


今日、どうしてミサイルを撃ったのか知りませんが、ミサイル?地対艦ミサイルでしょ?北朝鮮の領域内に落ちたのでしょ?

日本がオタオタしてはいけませんね。そうやって、ビクビクするから、あちらの態度がでかくなる。煙突男と、その点で似ている。


◆今年1月上海に長逗留したのは、医師の診察を受けたのだ(という説がある)。

記事2をご参照下さい。今年1月。金正日は突如5日間も中国に滞在した。

それも北京だけではなく、上海にまで足を伸ばしている。動けば動くほど暗殺の危険が増す。それにもかかわらず、上海などという遠いところまで行った。

「経済状況を視察するため」だったと言うが、考えられない。上で述べた通り、今更、北朝鮮で産業を振興することなど、不可能。

そもそも、メシが無いのだから、国民は皆、目が回って働けない。



それでは、真の動機は何かというと、首領様が医者の診察、診察だけではなく何かの治療を施して貰った可能性が高い。

無論5日間では大手術など無理だろうから、何をしたか分からないが。

はっきりそう書いていたのは週刊ポストか週刊現代だった。

週刊誌と言えどもあなどれない。大新聞やテレビの記者が、書きたくても上に押さえられてかけない(つまり国家の圧力による)ことをバラしていることがある。



そしてそれは、記事3を読むと、ますます、現実味を帯びてくる。

この記事は、一昨年の6月、私が見つけた時事通信のものである。北朝鮮で、「心臓専門病院」???あの国の体制を考えれば、「心臓専門病院」が「国民」の為である訳がない。

「首領様専門病院」だろう。ひどい話だ。

国民が200万人(CIAは「500万人」と云うが、それはやや大げさかと思われる)「餓死」している国なのだ(北朝鮮という国家は憎たらしいがそこに「生まれてしまった」国民に「責任」は無い)。

首領様だけは美味いものを食い過ぎて、生活習慣病になり、それが昂じて循環器障害が起きつつあるのであろう。

但し、記事3から2年近く経っている。

逆に言うと「心臓専門病院」を言い出したころ(しかも、世界中に知れ渡る形で)の実際の健康状態は、さほど悪くなかったのが、ついに、ヤバくなった、という想像が可能である。



ベルリンの壁が無くなったとき。ソ連が崩壊したとき。

直前まで世界中の人々は自分たちが生きている間に、そのような光景を目の当たりにするとは、夢にも思わなかった(本当にそれぐらい信じがたい出来事だったのだ)。

北朝鮮だって何が起きても全然不思議ではないことは、世界の歴史が何よりも雄弁に物語っている。

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「BSEに対する米国からの報告書に厚労省が再質問」←ひじょうに理屈の通った反論だ

◆記事1:米牛肉脊柱混入:報告書の日本語訳は疑問が残る内容(毎日新聞 2006年3月3日 19時57分)

米国産牛肉の脊柱(せきちゅう)混入問題で3日、米政府が提出した報告書の一部の日本語訳が公表された。

米農務省の係官も食肉処理業者も脊柱除去の必要性を知らないといった不手際が浮き彫りになる一方で、特定危険部位の除去の確認体制について記述が足りないなど、疑問が残る内容だ。

問題の肉は、米オハイオ州の「ゴールデン・ビール」社が食肉処理した牛。

ゴ社は肉をニューヨーク州の「アトランティック・ビール・アンド・ラム」社に送り、ア社が加工して日本に輸出した。

報告書によると、肉の輸出許可を出した米農務省食品衛生検査局のワイ・オア消費者安全検査担当職員は、肉の詰まった41箱のうち4箱しか検査しなかった。

オア氏は「日本向け輸出規定は知らなかった。

規定についての教育は受けていない」「肉が輸出規定に合うかの確認は、公衆衛生獣医務官の仕事だと思った」などと証言している。

これに対し、ケイス・ウィルス公衆衛生獣医務官は「私の仕事は書類のチェック。現場は見ない」と話し、責任の押し付け合いとなっている。

ウィルス氏も輸出規定を知らなかったという。

ゴ社は「農務省農業販売促進局の係官から、脊柱は除去しなくてよいと言われた」と主張。係官は「除去は必要だと伝えた」と言い、ここでも対立している。

これらの内容に、厚生労働、農林水産の両省は「あまりにずさん」とあきれ、報告書は不十分だと指摘する。

本来なら、ゴ社工場での食肉処理とア社工場での肉の加工について、食品衛生検査局の検査官が特定危険部位の除去を確認する体制があるはずだが、報告書にはどちらも記述がない。

オア氏らが実施したのは輸出時の検査で、工場での検査とは別だった。

報告書ではさらに、ア社の会長が昨年12月、農業販売促進局と「クリントン上院議員」ら2議員に同時にメールを送り、ア社とゴ社の対日輸出を早く承認するよう求めたこと、

その後に促進局の担当官が上司から、両社の書類審査を1日で済ませるよう指示されたことなどが記されている。


◆記事2:「日本向け牛肉輸出証明プログラムに関する調査結果・対策報告書」に関する米国政府への照会について

「日本向け牛肉輸出証明プログラムに関する調査結果・対策報告書」に関する米国政府への照会について

平成18年3月6日

厚生労働省

農林水産省

「日本向け牛肉輸出証明プログラムに関する調査結果・対策報告書」について、米国政府に対し、本日、別添 (PDF:126KB)により照会をいたしますのでお知らせします。

(別添)=(PDF:126KB)http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/03/dl/h0306-4a.pdf


◆記事3:(別添)「米国政府への照会」の冒頭部分抜粋引用。

1.全般的な事項

今回の事案は日米間で合意したルールが守られなかった極めて遺憾な事案であり、輸入手続が再開されるためには、このような事案が繰り返されないことが必要である。

このような観点から、以下の事項について照会する
(1)施設の認定、食品安全検査局(FSIS)等による検査・監視、施設によるモニタリング、FSIS による輸出証明等の遵守担保措置のそれぞれが適切に機能することにより、日本向け輸出証明(EV)プログラムの遵守が確保されるべきところ、今回の事案がなぜ生じたのか、各段階における問題点を総括的に整理、検証すべきではないか。

(2)せき柱のついた子牛肉や対日輸出のできない内臓が輸出された今回の事案は特異的(Unique)なものであったのか、他の対日輸出施設の認定及び検査は適切に行われ、今回と同様の事案の発生の可能性はないのか、その根拠とともに検討すべきではないか。

(引用者注:2.以降省略)


◆コメント:アメリカの報告書、全然ダメ。

記事1で毎日新聞が要約してくれているので、それを使った。

厚労省のサイトに、日本向け牛肉輸出証明プログラムに関する調査結果・対策報告書」の日本語訳(仮訳)が掲載されているが、なんとPDFファイルで71ページもの長さになる。全部読むと疲労困憊する。


◆問題点1:食肉業者が全然分かっていない。

1月20日に日本で脊椎が除去されないままの肉が発見された。

この肉は、アメリカの「ゴールデン・ヴィール社」が屠殺し、「アトランティック・ヴィール・アンド・ラム社」が加工した。

両業者ともに、日本向けに輸出する牛肉に、「特定危険部位」が含まれていてはいけない」という認識が無かったと言って良い(報告書ではいろいろ言い訳しているが)。


◆問題点2:米国食品衛生当局の現場担当者も、「特定危険部位」云々の認識が無かった。

日本に牛肉を輸出する前に、米国政府の機関「食品安全検査局」(FSIS=Food Safety and Inspection Service)が当然、特定危険部位の混入を発見するべきだった。

今回の問題を受けて調査を行った米国農務省監査官が、アイオワ州、デモイン地域事務所副所長にインタビュー(というか、尋問ですな)を行った。

(細かい話になるが、毎日新聞の記事では「アイ・オワ」を人物名と勘違いして、「オワ氏」にインタビューしたと書いてあるが、それは間違い。

「アイオワ州デモイン地域事務所副所長」にインタビューを行ったのである。それにしても何故、その事務所の最高責任者である所長じゃなくて、副所長なんだよ?)

そして、長くなるので結論を書くと、肝心の役人が、日本向けの牛肉の輸出には「日本向け輸出証明」(EVとしか書いてないが、export verificationの略だろう)プログラムにのっとって検査しなければならないことを認識していなかったのである。


◆しかし、米国農務省はこれは「特異なケース」だから、他は大丈夫だ、というのだ。

記事3は昨日付で厚労省がアメリカに再報告を求める「照会」を行った文書の日本語訳の冒頭部分である。

そこで述べられていることは、尤もである。なぜなら、アメリカは

「今回、特定危険部位が混入したのは、たまたま、それが混じった肉を日本に輸出してはいけないことを、屠殺業者(ゴールデン・ヴィール社)、食肉加工業者(アトランティック・ヴィール・アンド・ラム社)、食品安全検査局の検査官が知らなかったからで、他の者は知っているから大丈夫だ。」

と言っているのだ。

そんなことを言われて、「ああ、そうですか」と言えるわけがない。厚労省は
「何故、彼らだけが特異な例だと言えるのだ?」

と詰め寄っているのである。理屈に合った反論である。現在のところ厚労省は頑張っている。

変なところで小泉首相が介入して、「何でもいいから早く輸入を再開しろ」などと言わないことを祈る。

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2006.03.06

【訂正】間違えました。「共謀罪」はとっくに(昨年10月4日)閣議決定されています。

◆訂正します。「共謀罪」は2005年10月4日に閣議決定され、今国会で継続審議中です。

すみません。間違えました。

3月1日付でどさくさ紛れに「共謀罪」法案が閣議決定されているのですよ。と言う記事を書きましたが、誤りです。

JIROの独断的日記ココログ版のコメント欄でご指摘頂き、それでもすぐに気が付かずにおりましたが、完全に私が間違えました。

2月24日に閣議決定されたのは、「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部を改正する法律案」です。



「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」とは、通称「組織犯罪処罰法」で、平成11(1999)年に成立した、暴力団がらみのマネーロンダリングとか、

オウム真理教による地下鉄サリン事件など、犯罪の組織化、大規模化に対応するために出来た法律です。

そして、24日に閣議決定された法案はその「組織犯罪処罰法」の一部を改正する法案、です。



私が勘違いしたのは、この組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部を改正する法律(案)の一番下、「附則」に、

「この法律の施行の日が犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律(平成十八年法律第   号)の施行の日前である場合には、同法の施行の日の前日までの間におけるこの法律による改正後の組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(次条において「新組織的犯罪処罰法」という。)第十三条第三項第一号の規定の適用については、同号中「前項各号に掲げる罪」とあるのは、「前項に規定する罪」とする。」

という文言があり、何故かそこだけ注目してしまったのです。

「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律(平成十八年法律第   号)」が「共謀罪」なのですが、それが成立したかのような錯覚に陥ってしまいました。

「法律第  号」と数字が空欄になっているということは、まだ成立していないからです。

恥ずかしいというのは、そういう訳です。間違えました。誠に申し訳ありません。


◆「共謀罪」が継続審議中であることを確認しました。

法務省の国会提出法案などの一番上、第164回国会が今年の1月20日に召集され、会期150日つまり現在開会中の国会です。

2行目、第163回国会(特別会)を開くと、国会提出日 平成17年10月4日の

「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」(現在審議中という法案があります。これが「共謀罪」を定めようとする法案です。

右の「資料」欄に、共謀罪に関するQ&Aと書かれているぐらいですから、間違い有りません。



繰り返しますが、私が3月1日付でどさくさ紛れに「共謀罪」法案が閣議決定されているのですよ。と書いたのは間違っています。

「共謀罪法案」は、昨年10月4日に閣議決定され、同じ日に国会に提出されました。

しかし、163回国会(特別会)では可決されず、今164回国会(常会)で継続審議中である、と言うのが正しいです。


◆法律案の成立過程 内閣提出法案の場合。

私の間違え方は非常に恥ずかしいものです。法律が成立するまでの過程がきちんと分かっていないのに、分かったつもりでいたのです。

内閣提出法案は、閣議決定されずに国会で審議される訳がないのです。非常に初歩的なミスです。

法律を最終的に成立させるかどうか決めるのは国会ですが、法律の案、「法案」は、内閣と国会議員が提出できます。

前者を内閣提出法案といいます。内閣提出法案は閣議決定があって初めて国会に提出出来るのです。

内閣提出法案の原案は各省庁から来るのですが、それを内閣の直属機関である内閣法制局という組織が、用語に間違いがないか、という基本的なことから、

憲法に抵触していないか、他の法律との齟齬(そご)が無いか、などを点検し、大丈夫となったら、内閣に対してミーティング、すなわち閣議で検討してください、と提出します。

手続き全体について、内閣法制局のサイトに、法律ができるまでというセクションがあるので、その図だけでは良く分からないけれども、詳しい説明があります。

法律案の原案作成内閣法制局における審査国会提出のための閣議決定国会における審議法律の成立法律の公布というプロセスを経て、さらに、「法律の公布」において告げられる、「施行日」が到来して、初めて法律として作用する、という訳です。



したがって、「法案の閣議決定」とは、「内閣がある法律案を国会に提出することを決める」ことであって、法案がただちに法律になるわけではない。それでは、国会が不要になってしまいます。

内閣が提出した「法案」を「法律」として有効なものにするかどうか、つまり成立させるかどうかは、「立法府」たる国会の役目なのです。


◆議員が提出する法案を「議員提出法案」といいます。

「共謀罪」は内閣提出法案です。以前は内閣提出法案、つまり、大元をたどれば、各省庁の役人が提案して法律が出来るケースが殆どでした。

しかし、立法府たる国会の構成員、すなわち、国会議員も、勿論法案を提出することができます。これを「議員提出法案」といいます。

つまり、法案には、「内閣提出法案」と「議員提出法案」があるわけです。議員提出法案から法律が出来ることを「議員立法」と言います。



最近では、優れた議員立法があります。臓器移植法、被災者生活再建支援法、児童買春等処罰法、ストーカー規制法、やみ金融規制法などは、全て議員立法です。

「議員立法」の場合も、内閣提出法案における「内閣法制局」に相当する部署があります。

衆議院には、衆議院法制局 が、参議院にも、参議院法制局が議員立法を補佐します。

今、衆議院と参議院両方のサイトを見たのですが、参議院のサイトに国会の基礎知識:法律ができるまでという図があります。これが分かりやすいと思います。


◆お詫びします。

今回の私のミスに関しては、顔から火が出る思いです。あまりにも初歩的なミスです。

「共謀罪」が継続審議中なのは知っているのに、2月24日に閣議決定されたなどというのは、頓珍漢もいいところで、法律ができるまでのプロセスのイロハのイが分かっていないということです。

ココログのコメント欄でご指摘頂いた方に感謝します。

特に、どこからかクレームが来たわけではないのですが、既にあの記事は多くの方が読んでおられるので、間違った情報のままにしておけません。

それに、私は日頃、政治家や役人が間違えたのに謝らない、などと批判しているのですから、自分が間違えたときに謝罪しないわけには参りません。

訂正し、お詫びいたします。

申し訳ありませんでした。

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「量的緩和解除に慎重――自公の政調会長代理」←日銀はそんなことは分かっているのだ。

◆記事1:1月全国消費者物価(除く生鮮)は前年比+0.5%、98年3月以来の高い伸び

[東京 3日 ロイター] 総務省によると、1月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く)は、前年比0.5%の上昇だった。

12月の同プラス0.1%から伸び率が拡大し、4カ月連続で前年比ゼロ%以上となった。0.5%の上昇は、消費税率引き上げの影響が出た98年3月の前年比プラス1.8%以来の高い伸び。

量的緩和政策解除が近づくなか、全国コアCPIは解除時期を見極める材料として注目が集まっている。

日銀は、全国コアCPIの伸びが安定的にゼロ%以上となることを解除の条件のひとつに挙げてきた。

市場関係者の間では、1月の数字次第で、早ければ3月9日の日銀決定会合で解除となる可能性も指摘されていた。


◆記事2:(3/5)量的緩和解除に慎重――自公の政調会長代理

自民党の甘利明政調会長代理は5日のNHK番組で、消費者物価指数の伸びなどを受け日銀が3月に量的緩和政策を解除する方向で調整に入ったことについて「まだもう少し見極める必要があるのではないか」と述べ、

解除に慎重な姿勢を示した。

同時に「日銀の独立性は尊重しなければならない。解除せよとか、するなとか言うことではないが、デフレ脱却にきちんとした確信が持てるという判断の下に対応してほしい」と指摘した。

同番組に出演した公明党の山口那津男政調会長代理も「デフレ脱却しきったと言えるかどうかは、もう少し様子を見る必要がある」と強調。

デフレ脱却という判断は時期尚早かとの質問に対し「そういう印象を持っている」と述べた。〔共同〕


◆記事3:谷垣財務相、市場安定化対策が重要・量的緩和政策解除後

谷垣禎一財務相は4日朝の日本テレビの番組で、量的緩和政策を解除した後の日銀の金融政策について「日銀もある程度展望を示しながら、マーケットに不安を与えないように考えると思う。どうしていくかは私たちも注視している」と述べた。日銀が解除後に打ち出す政策運営の「目安」などを通じ、市場安定化に十分に配慮することが解除に向けて重要だとの考えを示したものだ。


◆コメント:日銀はそんなことは百も承知だ。金融政策に関しては日銀はプロだ。任せておけ。

日銀は金融政策といって、市中に出回るお金の量を常に細かく監視して、量を調整する。市中のお金を増やしたいときは、民間の銀行など金融機関から手形や債券を買い入れる。その代金が市中に出回る。

これが金融緩和政策である。(逆に金融引き締めとは、マーケットで債券や手形を売り、資金を引き揚げる。お金の総量が減るから、金利が上がる訳である)。

この操作をオープン・マーケット・オペレーションという。

以前は、金融政策の手段たるオープン・マーケット・オペレーションの目標とする数値は、無担コール金利という金利の水準で決められていた(世界的に見ても、金融政策は金利水準を目安にするのが普通だ)が、

2001年3月、デフレ(物価が下がり続ける状態)を克服するために、「量的金融緩和」を採用したのである。もう少し詳しいいきさつは、以前、「消費者物価マイナス脱す 量的緩和、解除へ一歩」←日銀の「解除条件」を良く読め。に書いたので、ご参照頂けると有難い。

そこにも書いたが、日銀は量的緩和策を解除するときの条件として消費者物価指数が数ヶ月連続してプラスになること以外にも、考慮すべき点を掲げている。

量的緩和を解除したからと言って、金利が急に上がらないように、即ちゼロ金利政策は実質的には継続する、と、毎回福井日銀総裁は明言している。



本来、日銀当座預金は6兆円ぐらいあればよいのに、今は何と30兆円から35兆円になるようにしているのが量的緩和策で、これは、市中に流通する通貨量が異常に多くなる可能性があるわけだ。

まかり間違えばすごいインフレとなるのであるから、どこかで量的緩和を解除しなければならないのは当然である。

しかし、政治家や主として海外の投資家は「量的緩和解除」=「金融引締め政策への転換」と誤解しているフシがあり、だからこれほど騒ぐのである。

マスコミの経済担当記者は、そうではないことをよく説明するべきなのだが、不十分である。

日銀に関して素人向けに書かれた本はいくらでもあるから、それを読んでみれば、日銀が如何に細かく通貨量を観察し、微妙な調節を繰り返しているか、その「職人芸」に誰もが驚くはずである。

「金融政策」は完全にその道のプロの世界であり、彼らを信頼するべきで、政治家が余計なことを--しばしば恫喝的ですらある--言うべきではない。

まかり間違ってハイパーインフレが起きたら、「量的緩和解除はまだ早い」と言っている政治家達は責任をとるつもりなのだろうか。

そうではない。そのときはそのときで、「日銀がタイミングを間違えたからだ」というのだろう。それなら、黙って、日銀に任せておけ。

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2006.03.05

「南極の氷、3年余で東京ドーム40万個分消失」←地球温暖化を防ぐのは恐らく手遅れ(地球環境概況2000)

◆記事:南極の氷、3年余で東京ドーム40万個分消失

過去3年余の間に、南極大陸の氷が東京ドーム約40万個分も失われたことが、米航空宇宙局(NASA)とドイツによる観測でわかった。

衛星2基を使い、南極付近の重力の変化を調べた。これまで南極の氷の増減を詳しく知る手段は限られ、特に陸地を覆う氷の正確な増減量はわかっていなかった。

米科学誌サイエンスの最新号に掲載された。

観測チームの発表によると、2002年4月~昨年8月の観測で、南極の西部を中心に、氷が1年当たり約152立方キロ・メートル(ドーム12万個分)ずつ失われたことが判明した。

地球の海面を0・4ミリ上昇させる水の量に相当し、3年で1・2ミリ海面が上昇したことを意味するという。

今世紀に入ってから、地球の平均気温がたびたび最高を記録するなど、温暖化傾向が目立っている。

観測チームは今回のデータを基に、近年の温暖化と氷の急激な減少との因果関係について詳しく調べる方針。

北極海などに浮かぶ氷山が解けても、海面上昇の大きな要因にはならないが、

大半が陸上にある南極の氷が解けると、大量の水が海洋へ流入するため、海面上昇への影響が懸念されている。(読売新聞) - 3月5日1時3分更新


◆コメント:チームマイナス6パーセントなど、「焼け石に水」

地球温暖化については、私は今までに何度も書いている

地球温暖化によりどのようなことが起きるかに関しては、国連環境計画が1999年に世界30カ国、800人の科学者の調査・研究の結果をまとめた、

地球環境概況2000「概況と提言」を読んで下さい。そこには、はっきりと、

「温室効果ガスの排出量増加により、地球温暖化を防止するのはおそらく手遅れであり、更に、京都議定書において合意された多くの目標は達成されないかもしれない。」

という結論が記されている。

上の記事では、「海面上昇の懸念」に付いてだけ書かれているが、それほど甘い話しではない。下手すると、人類が滅亡する。水と食料が足りなくなるのである。

その過程においては、氷山の中には何万年、何十万年も前に閉じこめられた、人類がまだ知らない細菌やウィルスが、空気中にばらまかれ、予防・治療法の無い伝染病が流行する、

海洋水大循環がとまりヨーロッパの気候が変ってしまう、

ロシアの永久凍土が溶けて、ぬかるみのようになり、ロシアの国土そのものが無くなってしまい、大量の難民が発生し、大パニックになる、

など、様々な、あまり考えたくない現象が現実となる可能性が存在する。



それは、もう一度リンクを貼るが、私の過去の記事からピックアップしたので、全部は勿論無理だろうから、幾つか読んでみて下さい。


◆京都議定書は「CO2の排出量」を減らす計画であり、CO2濃度は上がり続けるのだ。

日本政府は、「チームマイナス6パーセント」と悠長なことを言っているが、これは、京都議定書では、加盟国が1990年のCO2排出量を基準として、それぞれ、与えられた目標だけ排出量を減らすことを目指しており、

日本は1990年の排出量の94%に押さえろ、という目標を割り当てられているからである。しかし、もうお分かりのように、排出量が「減る」のであり、「ゼロになる」訳ではない。

当たり前である。

化石燃料(石炭・石油など)を燃やして発電しているために、CO2が出るのだから、これを止めるか、極端に減らすためには、

電気を全く使わない、前近代的な生活様式(灯りは、ローソク、暖房は火鉢、冷房は無し。工業生産も止める)に戻るか、発電所を全て原子力に頼るか、いずれかしかない。

そして、皆、両方とも嫌だろうから、CO2の排出スピードが多少遅くなるだけで、地球を覆う大気中のCO2濃度は上がり、温暖化は止まらない。



対策として、大気中のCO2を集めて、圧縮して海に捨てる、というような技術も有るようだが、排出量よりも多く減らさなければ結局CO2濃度は下がらない。

尤も、地球環境概況2000の予想が的中するかどうかは、明日の天気予報だって外れるぐらいだから分からないが、だからと言って楽観的な前提に立つべきではない。

とにかく、「チームマイナス6パーセント」とか、一年に何日か「100万人のキャンドルナイト」を実行し、安心していられるような暢気な状況ではないことは、ほぼ、間違い無い。

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2006.03.04

「コントラバスの奇跡」ケルン放送交響楽団首席コントラバス奏者、河原泰則氏。

◆ケルン放送交響楽団首席コントラバス奏者、河原泰則氏

ケルン放送交響楽団は紛れもなくドイツの一流オーケストラだが、かつては

コンサートミストレス(女性の場合、コンサートマスターとは言わない)が四方恭子さん。

首席オーボエ奏者が宮本文昭さん。

首席コントラバスが河原泰則さん、という時期があった。

これだけ重要なポジションを日本人が同時に務めていた外国のオーケストラは少ない。

日本人は優秀なのだ。



今、四方さんと宮本さんはケルン放送響を辞め、日本で教えておられるが、河原泰則(かわはらやすのり)さんは、今でもケルンの首席コントラバス奏者だ。

河原さんの経歴を読むと唖然とする。一橋大学卒業なのである。そして桐朋音大も卒業している。驚いたことに両方の学校で平行して「勉強」していたのである。

しかも、ドイツのオーケストラのメンバーとなるからには、非常に高いドイツ語の語学力があるということだ。

出来る人は色々出来てしまうのである。勿論、ものすごい努力の賜でしょうけどね。


◆ソロ・コントラバスのCD「コントラバスの奇跡」

コントラバスのソロ曲は少ない。

協奏曲は、あるのですよ。

ディッタースドルフ(1739~99)というハイドンと同年代のオーストリアの作曲家(というか、本職はバイオリニスト)のが最も有名だ。

しかし、ソロ曲はやはり、少ないと言わざるを得ない。



これは、何と言っても楽器が非常に大きいので、バイオリンのように早い動きは出来ないだろう、という作曲家の思いこみによるところが大きいのではないかと思われる。

実際、バイオリンなら人差し指で弦を押さえて「ド」を鳴らしたら、次の「レ」は中指で弦を押さえれば良いのだが、

コントラバスの場合、「レ」は小指(弦が太くて張力も大きいので実際は、薬指を添える)の位置になるのだ。

つまり同じ音型を演奏する場合、バイオリン・ビオラよりも遙かに大きな運動量が必要となる。

また、現実的な要因として、なじみが薄いから、この楽器を演奏する人の絶対数がバイオリンやピアノに比べて、遙かに少ない。

やる人が少なければ、名人が出る確率が低くなる。



それでも、いるんですねえ。こういう信じられないほど上手い人が。

河原泰則 氏の小品集、コントラバスの奇跡をお薦めする。

曲目は、


  1. ヴォカリーズ(ラフマニノフ)

  2. ヘ調のメロディ(ルービンシュタイン)

  3. G線上のアリア(バッハ)

  4. アダージョとアレグロ(シューマン)

  5. トロイメライ(同)

  6. くまんばちの飛行(リムスキー=コルサコフ)

  7. 白鳥(サン=サーンス)

  8. 夢(ボッテシーニ)

  9. モーゼ幻想曲(パガニーニ)

  10. ベートーヴェンの主題によるロンディーノ(クライスラー)

  11. コル・ニドライ(ブルッフ)


いいですよ。これは。本当に。

編曲ものなのだが、「コントラバスにしては 上手い」ということではなくて、「コントラバス以外の楽器では味わえない魅力」があるのだ。

技術的なことを言えば、コントラバスはどうしても、音程が怪しくなりがちなのだが、河原さんは、少なくとも私の耳では、信じられないほど、完璧。

そして、音楽性ってことですね。このCD評に、「世界一上手いコントラバス」という最大級の賛辞を与えている専門家がいた。本当に世界一ではなかろうか。

バイオリンの表現力は今更改めて言うまでもないが、コントラバスにこれほど多様な表現力があったのか、と愕然とする。

身体が疲れているときには、高音のバイオリンは耳障りなことがある。そういうときには、低音が良い。

勿論、疲れていなくても良いですよ。落ちつきます。

騙されたと思って聴いてみてください。



それにしても、金曜になると疲れますなあ。クタクタですわ。

消費者物価指数が出て、いよいよ日銀の量的緩和政策終わりか、という話を書こうかとも思ったが、気力がない。

その話はどの新聞にも書いてあります。

というわけで、今日はコントラバスについて書きました。

それでは。

なお、このCDについては、こちらでも触れておられます。

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2006.03.03

「三宅島、ケアマネ 2人で150人担当『もう限界』」「タクシー代は2億4000万円 外務省」←国全体のバランス、ということ。

◆記事1:三宅島、ケアマネ急募 2人で150人担当「もう限界」

全島避難が解除され1年が過ぎた伊豆諸島・三宅島では、帰島した約2900人の4割近くが高齢者で、うち約150人が要介護の認定を受けている。

三宅村は認定調査やケアプラン作りなどのために介護支援専門員(ケアマネジャー)4人が必要だとしているが、なり手がなく、今は2人だけ。

大半の作業を請け負う島の高齢者在宅サービス支援センターは「もう限界」と、島外で緊急公募を始めた。

「三宅島で介護支援専門員として働いていただける方はいませんか」。

2月下旬、東京都社会福祉協議会のホームページやメールマガジンに、こんな告知が掲載された。呼びかけたのは、島の社会福祉法人「三宅島あじさいの会」だ。

正規職員のケアマネジャー1人を急募している。

昨年末まで島には、村役場、村社会福祉協議会と、同会の高齢者在宅サービス支援センター「あじさいの里」にケアマネジャーが1人ずつ計3人おり、約90人分の介護サービス計画を作っていた。

だが福祉協議会の1人が辞め、あじさいの里のケアマネジャーは1人で約70人分を担当しなければならなくなった。

あじさいの里は05年4月、村から在宅介護支援事業を受託。「ケアマネジャー2人」が条件だが、当初から1人しかいない。

無料の住宅も用意し、島外のハローワークなどを通じて募集もしたが、いまだに人材は見つからない。水原光夫施設長は「1人の力ではもう限界だ」と話す。

さらに、同会は、特別養護老人ホームを来春再開する予定だ。これで、避難先の施設に入所している人たちの帰島も可能になる。

だが、島内では介護職員や看護師など専門職員の確保も難しいという。

村によると、避難解除で、高齢者の8割が長年住み慣れた島に戻った。

一方、30代以下の帰島は半数以下。高齢化率は約38%と、避難前の00年の約29%から上昇した。

65歳以上で介護が必要と認定された人の割合も約20%で、都平均の約15%を上回っている。[2006年03月02日14時00分](朝日新聞)


◆記事2:タクシー代は2億4000万円 外務省

政府は28日、外務省が2005年度予算で約2億3700万円のタクシー代を見込んでいることを明らかにした。

同日午前の閣議で決定した、鈴木宗男衆院議員の質問主意書に対する答弁書で示した。

同答弁書によると、外務省の本省に勤める職員は、超過勤務のため退庁時間が午前零時半を過ぎた場合、帰宅にタクシーを使用できる。

超過勤務手当の決算額は1995年度が約9億4300万円で、その後毎年度増加し、04年度は約14億9100万円に上っている。

(共同通信) - 2月28日11時59分更新


◆コメント:三宅島を援助するのは、外務省の仕事ではないが、不公平だ。

記事を読む限り、三宅島の介護専門員というのは、東京都の職員ではない。

東京都社会福祉協議会のサイトを読んで、驚いた。次のくだりである。

「東社協は、福祉のニーズを持つ人々をはじめとする住民の福祉の向上を図るために必要な福祉活動を自主的に進める民間団体です。」

石原慎太郎東京都知事は、三宅島の状況を把握しているのか、いないのか。把握していて何も援助しないのだとしたら、お前はそれでも人間かと問いたい。

東京都には多数の都立医療機関があるが、看護士や介護の専門家の数が有り余っているわけではない。それも承知している。

しかしながら、離島というただでさえ不利な地理的条件のもとで、2人の介護支援専門員が150人の面倒を見るのは「不可能」である。

これは、この2人に「過労死しろ」と云っているようなものだ。こういうことは、「官」の出番だろう。

何故民間に任せっぱなしにするのか、合理的説明を聞きたい。

三宅島は、火山が噴火した「被災地」である。ただでさえ立て直しで大変なのだ。

東京都どころか、国から医療・介護の専門家を優先的に配置するべきだ、と私は考えるのだが、間違っているだろうか?


◆外務省の職員がタクシーに乗るのは構わないが・・・。

外務省の件はムネオ議員の「質問主意書」に対する回答だということだが、それは、この際無視しよう。

平成17年版「外交青書」第5章 重層的な外交基盤づくりを読むと、

外務省職員は合計5,414人(外務本省2,143人、在外公館3,271人)だそうだ。勿論、本庁職員全員が年中タクシーを使用しているわけでは無かろう。

また、外務省の仕事の性質上、時差を考えねばならない。

例えばアメリカ東部と連絡を取るためには冬時間なら、14時間差である。

ワシントン、ニューヨークの職員が現地時間の8時に出勤するとしたら、直接話す為には、日本時間の22時まで待たなくてはならない。

その後に仕事が続けば、当然終電の時刻を過ぎる。

だからある程度は止むを得ない。

だが、役人のタクシー代2億円が税金で支払われ、三宅島には人も資金もそれより遙かに少ない額しか配分されない、と言う状況は、間違っている。



さらに、在外公館の3千人は多すぎる。全然仕事をしていない職員が大勢いる。私はロンドンに駐在していた時に、それがはっきり分かった。

多くの外交官にとって海外勤務は本庁での激務の後の「ご褒美」、長期休暇のようなものだ。遊んでいる。

午後4時に自宅に帰る。

領事館の窓口応対は、不親切。

外交官のカミさん達は、何を勘違いしているのか、ものすごく威張っている。

また、大使公邸は、パーティなどをやらなければならないから、広くなければいけないが、

若い職員までが、ロンドンの超高級住宅街で、どう考えても広すぎるだろうと思われる住居に住んでいる。


◆社会全体のバランス、というものが有るはずだ。

三宅島の島民の生活を助けるのは、外務省の仕事ではない。関係は無い。確かにそうだ。

そうだけれども、日本国全体のバランスを考えると、やはり問題だ。



本当に困っている三宅島に二人の介助支援専門員しかいない。しかも民間人だ。

一方、殆ど仕事をしていない在外公館職員が高い給料を貰って遊んでいる。

さらに、私は今思い出したが、自衛隊(いつも書くが自衛官の責任ではない)。

何度も繰り返すが、自国領土(三宅島)内で困っている人が大勢いるのに、介護を2人の民間人に任せている。

片や、500人もの自衛官がイラクのサマワで病院や学校を補修し、或いは道路を舗装し、水を汲んでいる。

明らかに、おかしい。

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2006.03.02

どさくさ紛れに「共謀罪」法案が閣議決定されているのですよ。

◆記事1:組織的な犯罪集団に限定 共謀罪で与党が修正案 (共同通信) - 2月14日

与党は14日、殺人など重大犯罪の実行行為がなくても謀議に加わるだけで処罰可能な「共謀罪」新設を柱とした組織犯罪処罰法などの改正案に関する修正案をまとめ、民主党側に初提示した。

適用対象を「組織的な犯罪集団に限定」することなどを条文で明確化、民主党の主張に配慮した形だ。

改正案は3回目の提出となった昨年の特別国会で継続審議になっていたが、今国会でこの修正案の成立を図る方針で、民主党との協議を本格化させる。

与党は、野党や市民団体の「共謀罪の適用対象が犯罪集団に限定される保証はない」などといった懸念を考慮。

修正案では適用対象の限定に加え「何らかの準備行為があったことを共謀罪の構成要件に加える」ことも明記した。( 2月14日 21時50分更新)


◆記事2:共謀罪 (説明)

組織犯罪処罰法改正案に盛り込まれた「組織的な犯罪の共謀罪」。

法務省によると、暴力団による組織的殺人や悪徳商法グループによる組織的な詐欺など犯罪集団による重大犯罪の取り締まりが目的。

対象は4年以上の懲役・禁固に当たる罪で、公選法や職業安定法違反なども含めて600以上に上る。

日弁連などは共謀罪の要件が分かりにくく、犯罪と無関係の市民団体の規制などにつながると批判している。


◆記事3:2月28日付「官報」より、閣議決定等事項

組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部を改正する法律案(決定)(法務省)


◆コメント:重大なことを、誰も読まない官報でのみ発表するのか。

共謀罪とは何か。これに関しては、昨年、衆院選直後にかなり詳しく書いたので、読んで頂けると有難い。

要するに、「犯罪の計画を立てただけで、それ自体を犯罪と見なす」という刑法の規定である。

つまり、犯罪の実行はおろか、犯罪の準備をしてもいないのに、警察がドドっとやってきて、逮捕されてしまうという恐ろしい法律である。治安維持法に近い。



私は、昨年9月の衆院選直後、「与党は以前から制定したくて仕方のない「共謀罪」を一挙に決めてしまうかも知れない。危険だな」と思っていたら、案の定9月22日に法案が提出された。

そもそも、記事2にあるとおり、これは国際テロ組織を取り締まる為の規定のはずなのに、与党案では適用範囲を思い切り拡大して、刑法などで4年以上の懲役・禁錮に当たる犯罪を計画しただけで、逮捕されてしまう。

「組織」といっても二人でも「組織」と見なされる。

冗談でAとBが、友人Cを「明日ぶん殴ってやろうか?」と電話で話したのを警察が傍受したら、捕まってしまうのだ。



「犯罪の重さの尺度は、本来、社会に与えた損害の程度による」、と、18世紀のイタリアの啓蒙思想家、チェザーレ・ベッカリーアという人が「犯罪と刑罰」という本に書いている。

(因みに、刑法の大原則、「罪刑法定主義」なども、この人が考え出した概念である)

社会に損害を与えなければ、犯罪にならないのが原則である。

但し、近代刑法では、殺人や強盗など、特に重大な犯罪については、予備(計画・準備)や未遂(実行に移したけれども、目的とする結果が発生しなかった場合)にも、個別に例外規定を置いて、処罰の対象としている。

与党が考えている共謀罪はこのような、個別の犯罪の重大性を考えないで、懲役・禁錮4年以上の犯罪の計画を行った者を逮捕出来る、とした。そうすると、該当する犯罪は600以上にもなる。

うっかり冗談も言えない。国家が法律で国民をがんじがらめにしようとする意図が露骨に出ていた。

ところが、昨年の国会では成立しなかった。



何故か?

公職選挙法に該当する条文が存在するのである。

公職選挙法第222条「多数人買収罪」で、多数の人に買収工作を行った者は五年以下の懲役又は禁錮に処す、と書いてある。共謀罪の対象は4年以上だから、当然該当する。



つまり、共謀罪を成立させようとしていた国会議員のセンセーたちは、選挙の時に選挙事務所を開く。

このままだと落選しそうだというときには、選挙参謀が中心となり、大勢の有権者を集めて供応・接待をしようか、と相談する。そうしたら、共謀罪で逮捕される。

これを指摘したのは、政府参考人として招かれた、関東学院大学法学部の足立教授であるが、お見事。会議録を衆議院法務委員会テレビで見ると、傑作である。議員が皆、シーンとなってしまった。

他にも理由があるだろうが、これが一番大きな打撃だったのではないかと思われる。



それであきらめたかとおもったら、今期国会では記事1にあるとおり、「組織的犯罪に限る」とか何とか言って、成立させる気でいる。

法務省の法案は2月28日付の官報という、昔ながらの、「お上のお達し」(これが実に読みづらいのだ。PDFファイルなのだが、縦書きと横書きが同一ページに混在しているのである)に書いてある。



2月28日と云えば、永田議員の謝罪記者会見のニュースばかり。それに隠れるように「官報」だけに載っている。しかし、共謀罪ですよ。まだ法「案」だけど。

きちんと発表するべきだし、報道されるべきだ。

安倍官房長官はほぼ毎日、閣議がある火曜と金曜にはかならず記者会見をする。

その発言は、首相官邸の「官房長官記者発表」に掲載されるが、共謀罪の「きょ」の字も出てこない。マスコミも知っているのか知らないのか、全然報道しない。

合理的理由がある法案なら、ちゃんと発表すればよいと思うのだが、そうすることが出来ない理由でもあるのだろうか?

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2006.03.01

34年前(1972年)の今日、「あさま山荘」に機動隊が突入した。警察庁長官は後藤田正晴氏だった。

◆あさま山荘事件は、札幌オリンピックの直後に起きたのだ。

記憶は曖昧なものだ。

札幌オリンピックが1972年に開催されたのは覚えていた。開催期間はさすがに覚えていなかったので、調べたところ、2月3日から13日。

その同じ年に、私と同年代以上の日本人ならほぼ、絶対に忘れない、「あさま山荘事件」が起きたのだ。

連合赤軍の5人が、長野県軽井沢にある河合楽器の保養所、「浅間山荘」管理人の妻を人質に立て籠もった.のは2月19日。

それから人質を救出し、犯人5人全員を生きたまま捕らえるのに10日間もかかった。

長野県警だけでは、対処しきれないので、後藤田警察庁長官は、今は危機管理の専門家・評論家として知られる、佐々淳行氏を現場の指揮官とし、警視庁の第二機動隊が派遣された。

この事件は2002年、事件発生からちょうど30年目に映画化され、佐々氏を役所広司が演じたのを見た人が有るかも知れない。



人質を取られていること。犯人が、身代金や逃走手段などの要求を何もしてこないこと。警察からの発砲は禁じられていたこと。しかし、犯人は頻繁に発砲してきたこと。

などの理由で解決までに10日もかかり、最後はクレーンでつり下げた巨大な鉄球で山荘の壁を破壊すると同時に、人質救出の為に、警察が突入した。

人質は無事救出された。犯人は全員生け捕りにした。

しかし、警察官2名が犯人の銃撃を頭部に受け、殉職した。

それが、34年前の今日起きた出来事である。

私は小学生だったが、よく覚えている。とにかく、NHKが24時間、浅間山荘からの実況を続けていたのだ。

機動隊突入の際、視聴率は90%を超えていた。


◆後藤田さんは、ずっと殉職した部下、後遺症を負った部下のことで苦しんでいた。

後藤田正晴氏は、警察官僚から国会議員になり、国会議員を辞めた(選挙に立候補しなかった)のは、平成8(1996)年だ。

中曽根内閣の官房長官を辞めて暫くしてから、「後藤田長官ごくろうさん会」が開催された。

最初は特に関係が深かった秘書官などだけを呼ぶ予定だったが、自分も行きたいという官僚や政治家が続出して、秘書は応対に困ったという。

辞めた人におべっかを使っても仕方がない。

そういう計算ばかりしている政治家までが、是非出席したい、というのは、後藤田さんの人徳だろう。



後藤田さんのスピーチはしかし、意外なものだった。スピーチを要約すると、

「私の五〇年の公職人生を振り返ると大きな心残りがある。それは、安保闘争や浅間山荘事件の鎮圧のために、延べ600万人の警察官を動員し、殉職者十数名を含む、約1万2千名(全国で)の負傷者を出した。

中には、今でも一生完治しない後遺症に苦しんでいる人がいる。私は、警察庁長官として、警察官達に『忍耐』を求め、必要以上の実力行使を慎むように命じ、安保闘争や浅間山荘事件を鎮圧することが出来たが、

その蔭にこうした犠牲を警察側に課したということについて、私は心が痛み、これからも、一生、私にとっての心の重荷となるであろう」

ということになる。

普通、官房長官を務めた政治家が、「ごくろうさん会」を開いたら、自慢話が先行する。

しかし、後藤田さんは、そんなことより、部下のことを思っていたのである。今、こういう政治家がいるのだろうか?


◆佐々淳行氏の「我が上司、後藤田正晴」が出典なのですが・・。

これらの逸話は、わが上司 後藤田正晴―決断するペシミスト 文春文庫 佐々 淳行 (著) に全て書いてある。

私が愕然としたのは、佐々氏は浅間山荘(だけではないが)の現場の指揮官で、人質救出に成功したわけだが、警察官に殉職者を出した、といって批判された、ということだ。

いつの時代にも、自分はリスクを取らないくせに、人が「手柄」を立てると嫉む輩がいる(こういう女々しい嫉妬心は、男の方が強いかも知れぬ)。

佐々さんは、無責任な「誰か辞表を出す奴はおらんのか!」という世論に完全に頭に来て、辞表をたたきつけ、その足で部下の弔問に向った。


◆内田尚孝警視の母君のくだりは涙無くしては読めない。

佐々氏は殉職した第二機動隊長の弔問に向った。

【引用開始】

白布を顔にかけ、座敷に北枕で仰臥する故内田尚孝二機(引用者注:第二機動隊)隊長のご遺体の前で、くら未亡人とセーラー服姿の二人の可愛いお嬢さんが、三人抱き合って泣き崩れている。

正視に耐えない。

すると、枕頭に喪服を着て端然と正座したご母堂が、声をはげましていったのだ。

「泣いてはいけません。尚孝はお国のために死んだのです。泣いてはいけませんよ」

耐えに耐えていた涙があふれ出てきた。「息子を返せ」と泣かれるならまだ耐えられる。なんということだ。

高見邸(引用者注:もう一人の殉職者)ではなんとか耐えた自責の涙が、この毅然たる刀自(引用者注:「とじ」主に年輩の女性を敬意を添えて呼ぶ語。名前の下に付けても用いる。)の言葉でとまらなくなった。

多分武家の出の御母堂なのだろう。杖とも柱とも頼む息子に先に死なれた逆縁の辛さは察するにあまりある。私たち弔問者は、畳に額をすりつけ「申し訳ありません」と謝るばかりだった。

【引用終わり】



このエピソードは、本の初めの方に書かれている。私は、この箇所に目が釘付けとなり、なかなか先を読めなくなった。

「お国のため」という言葉は戦争中よく用いられた言葉であることは知っている。この言葉に違和感を覚える人もいるかもしれない。

しかし、ここで、内田警視の母君はそういう意味ではない。ものすごい精神力で、

「息子は警察官として、国民の生命を守る、という職務を全うしたのだ。」

と自らに言い聞かせていたのである。悲しくない訳がないではないか。

私にも明治生まれの武家の出の祖母がいたから分かるが、当時はこういう日本人が沢山いたのである。

勿論、内田警視が亡くなるような事件は、起きなかった方がいいに決まっている。

私が、云いたいのは、自分の利益、権力の保持ばかり考え、また、何でも他人の所為にしたがる日本人が増えつつある今、

後藤田正晴氏や、内田警視の御母堂のような日本人がいたことを知っていてもいいだろう。それを書きたかった。

特に内田警視のくだりは、どうしても書き留めておきたかった。それだけである。

他の人に同じように感じろ、と云うつもりは、無い。

ただ、これを読んで何も感じない人ばかりだとしたら、かなり寂しい。

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