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2006年8月

2006.08.31

「『日本に戦費求めず』米、イラク戦争開戦3カ月前に通告」 ←カネを払わないで済むから「支持」したのか?

◆記事:「日本に戦費求めず」 米、イラク戦争開戦3カ月前に通告 (産経新聞)

米中枢同時テロ(9.11)発生から間もなく5年。アフガン戦争、イラク戦争と続くテロとの戦いで米国を支持してきた日本だが、

イラク戦争では、開戦3カ月前に米側が日本に戦費拠出の要請をしないと伝えていたことが29日までにわかった。

また、小泉純一郎首相がイラク攻撃前に米国支持を表明したのは、国際社会に強固な日米同盟を強く印象付ける効果を狙ったものだったことも判明した。



複数の政府関係者の証言を総合すると、イラク戦争の開戦約3カ月前の平成14年(2002年)12月、アーミテージ米国務副長官(当時)は、日本側担当者に、

米が開戦に踏み切った場合、日本に対しイラク戦争の戦費拠出を要求しない考えを示す一方、日本が支持を表明することに期待感を示したという。

米側は、約130億ドルを拠出しながらほとんど評価されなかった日本側の湾岸戦争の苦い教訓に配慮

。日米双方とも「小切手外交はしない」ことで一致したが、この際、日本側はイラクへの自衛隊派遣には新法の制定が必要だと説明した。



米政府内の一部では、「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(地上兵力)を」(ローレス国防次官補代理)といったイラク戦争への自衛隊参加への期待感が高まっていたが、

このころから、日本政府は「戦後復興での自衛隊派遣」という方針を固め、米側が過大な期待を持たないようクギを刺したといえる。

2002年末から翌年3月にかけ、イラクへの武力行使をめぐり、米国と仏独などの対立が激化。

日本政府は、武力行使の可能性を示唆する国連の安保理決議1441(第1決議)に続いて、武力行使を含めた「あらゆる手段」を明確に容認する新たな決議(第2決議)の採択に向けた外交努力を続けていた。

その一方で政府は、仏独の反対が強いため、第2決議が採択できないまま米国がイラク攻撃に踏み切る公算が大きいと判断。

決議が採択されない場合を想定し、極秘に対応策の検討を始めた。



国際法上の検討を進めた結果、法的には米国のイラク攻撃には第2決議だけでなく、第1決議も必要なく、

湾岸戦争での武力行使を容認した決議678、その停戦条件を定めた決議687で十分と結論付けたという。

日本政府は、開戦に備えた理論的な準備を早い段階で終えていた。それでもあえて第2決議採択を目指したのは、

米国を支持する際、国民を納得させる必要があり、そのためには「第2決議があった方が日本にとって政治的に望ましい」との理由からだった。



日本政府が注意を払ったのは、問題の本質が「大量破壊兵器の拡散」であり「国際社会の対応」が問われている点だった。

米国には「米対イラク」ではなく「国際社会対イラク」にしなければならないとして安保理での外交努力を促したが、第2決議は採択されなかった。

こうした米欧対立の構図下で小泉首相は、外交当局が想定した開戦後ではなく、開戦直前の3月18日に米国支持を突然、表明した。首相に近い政府関係者がいう。



「首相の動物的な勘ではないか。開戦後より開戦前の方が、強固な日米同盟を国際社会にアピールできるとの計算があったのは間違いない」

その日の夜、小泉首相の発言を知ったアーミテージ氏から、政府高官の一人にすぐさま電話がかかってきた。

「うれしくて涙が出た。日米関係に長く携わって本当に良かった」

大規模戦闘終結後のイラクへの自衛隊派遣を決めた閣議決定はそれから9カ月後のことになる。【2006/08/30 東京朝刊から】(08/30 08:00)


◆コメント:アメリカが違法な戦争を始めるのに、日本が戦費を負担する必要が無いのは当たり前。

産経はスクープのつもりなのだろうか?本当にバカだね。この新聞。もう、いいから、壁新聞でも作ってろよ。



私は、2003年3月19日、アメリカが武力行使を開始する前日、2003年03月19日(水)  アメリカの行動は明らかに国際法違反である。その法的根拠。を書いた。

これで全てなのだが、その後もことある毎に書いて、実はやや食傷気味である。



国連憲章では原則として武力行使は違法であり、例外は2つ。

自国が他国の侵略を受け、自衛権を行使する場合と、国連安全保障理事会が武力行使やむなしという決議をした場合だけである。



2003年、アメリカがイラクを攻撃したときには、いずれの条件も満たしていなかった。

それを、アメリカは強引にも、国連決議に基づいて攻撃したのだといい、日本も記事にあるとおり、

「国際法上の検討を進めた結果、法的には米国のイラク攻撃には(中略)湾岸戦争での武力行使を容認した安保理決議678その停戦条件を定めた687で十分と結論づけた

そうだが、本当にそうなら、アメリカも日本政府も、その馬鹿さ加減は殆ど奇跡的といっていい。


◆安保理決議678、687はイラクがクウェートに侵攻した1990年湾岸戦争時の決議だぞ。

ガイジンってのは、本当に時として信じられない無茶苦茶な理屈を持ち出す。言った者勝ちなのだ。

安保理決議は原則として、個別の事案に対する決議である。

つまり、1990年のイラクに対する決議は、その時の状況の基づいた決議であって、

2003年3月時点のイラクは、クウェートにも何処にも侵攻しておらず、アメリカが

「イラクが大量破壊兵器を持っていて、これがテロリストの手に渡れば、明日にもアメリカが攻撃されるかも知れない」と騒ぎ立てただけのことなのでである。



安保理決議678が採択されたのは、1990年11月29日である。

これは武力行使容認決議だが、ただちにイラクに対して武力を行使するとは書いていない。

ましてや、アメリカが攻撃してよいとは一言も書いていない。

この背景は次の通り。


◆国連安保理決議678

同年8月イラクはクウェートに侵攻し始め、国連の度重なる撤退勧告を受け入れなかった。

そこで、安保理はこれは、もう武力でイラクを抑えるしか無かろうということになった。

国連は安保理決議678でイラクに対して翌年(1991年)1月15日までにクウェートの占領を止めて、撤退しないと、最終手段(=武力)を使うぞ、と警告したのだ。



ところが、愚かしくも、サダム・フセインは国連安保理の決議に従わず、1991年1月15日の期限を過ぎてもクウェートから撤退しなかった。

1991年1月17日から、多国籍軍による攻撃が始まった。

イラク中がボコボコに爆撃を受け、特に最新鋭の兵器による「ピンポイント攻撃」をうけ、イラクはたちまち苦境の立たされた。

一ヶ月で勝敗は決し、2月27日、フセインは敗北を認めた。


◆安保理決議687

イラクが敗北を認めたので、1991年3月3日には暫定停戦協定が締結された。

一ヶ月後、4月3日、安保理は、イラクに対して、クウェートへの賠償、大量破壊兵器の廃棄、国境の尊重、抑留者の解放などを求めた決議687を採択した。

このように、安保理決議687は「湾岸戦争に関する決議」である。


◆安保理決議1441

これは、2002年11月8日に安保理全会一致で採択されたイラクに武装解除を求める決議である。

結果的にイラクは大量破壊兵器を持っていなかったが、この時点では疑惑があった(ある、とアメリカが騒いだ)。

そのために、


  • イラクが大量破壊兵器を廃棄しなければいけないこと。

  • 国連の武器査察に全面的に協力しなければならないこと。

  • この決議に違反する行動をイラクがとった場合には、安全保障理事会は、それがイラクに対して重大な帰結をもたらしうるものだと再三警告したことを想起すること


を決議として採択したのである。

最後の項目は、

「言うことを聞かないと、また、湾岸戦争の時と同じ目に遭うかも知れないことを思い出せよ」

という脅し文句である。



しかしながら、国連はこの時点では勿論武力行使を決議していない。

ましてや、アメリカを含む国連加盟国のいずれかが独自の判断でイラクに武力攻撃を仕掛けて構わない、とは、言っていない。

そして、イラクは11月13日にこの国連安保理決議を受け入れ、その2週間後から国連の査察団が査察を再開したのである。


◆これらの安保理決議がイラク戦争を正当化するとおもいますか?

繰り返すが、安保理決議678は、1990年、イラクがクウェート侵攻を行っていたときに、「止めろ、止めないと多国籍軍が行くぞ」というもの。

安保理決議687は湾岸戦争後の処理に関するもの。

決議1441は、イラクに対して「お前、あの時(湾岸戦争)の大量破壊兵器は捨てたよな?その後作っていないよな?国連が査察に行くから協力しろよ。しなかったら、痛い目に遭うぜ」

というもの。

678、687を2003年のイラク戦争正当化事由にするのはどう考えても無理がある。

また、1441に関しては、イラクは査察団を受け入れたのだ。

査察団は手間がかかって大変だったようだが、いずれにせよ、忘れてはいけないのは、

イラク戦争をアメリカが勝手に始めた2003年3月の時点でも、IAEA(国際原子力機関)は「査察が終わるにはまだ数ヶ月かかる」と言っていたことである。



仮定上の話として、もし査察団が大量破壊兵器を見つけたとしても、それからどうするかを決めるのは、あくまでも国連である。

アメリカ合衆国には単独で武力を行使する権限も正当性も無かった。

だから、これらの決議がイラク戦争を法的に正当化すると判断した日本の役人だか政治家は、

手の施しようの無いバカである(本気だったとは思えませんがね。根拠無し。私の想像です)。


◆日本が戦費を持たなくて良いのは当たり前である。

イラク戦争は謂わば、ヤクザが他の組に因縁を付けて殴り込みをかけたようなものである。

日本と米国は日米安全保障条約を締結しているが、何処にも「日本はアメリカの如何なる武力行使も支持する」とは書いてない。

同盟国だろうがなんだろうが、いや、同盟国だからこそ、「ダチ公」が間違ったことをしようと画策していたら、いさめるべきなのである。



それを何と言うことであろうか。

アメリカが勝手に違法な殴り込みをかけるに当たって、日本に対して「お前、カネ出さなくて良いからな」と事前に教えて貰った、ことに

小泉首相は「感動した!」のであろう。

世界で一番早くイラク戦争を支持したのである。恥ずかしい。


◆アメリカは結局日本に50億ドル(5000億円)を拠出させた。

産経のバカは、日本がいち早く米国支持をしたのを聴き、アーミテージ元国務副長官が「嬉しくて涙が出た」エピソードを書き添え、何かの美談だと思っているらしい。

アーミテージは日本があまりにもたやすく言うことを聞くのが可笑しくて腹を抱えて笑っていて、涙が出たのではないか。

戦費は拠出しなかったが、その後日本はアメリカから「イラク復興援助資金」を出せと言われ、言われるがままに、50億ドルもの大金を提供した。

この少し前に、米議会で発言するアーミテージの言葉と表情を私は絶対忘れない。
「日本は、きっと気前の良いオファーをしてくるだろう」といい、ニヤニヤと皮肉な笑みを浮かべていた。

ここまでナメられている日本が悔しくて仕方がなかった。

故・後藤田正晴元官房長官は、日本への遺言で、自衛隊のイラク派遣そのものに反対か、と訊かれ、

この戦(いくさ)そのものがね、間違った戦だったと思いますね。

と答えている。その一言で終わり。というぐらい明らかな話なのだが、何度書いても分からない人には分からない。


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2006.08.30

「日米同盟の構図」(安倍晋三著「美しい国へ」 第四章)に書かれていないこと。

◆「アメリカはイギリスから独立を勝ち取って生まれた国」それほど単純じゃないだろ?

新総理間違いなしと言われている安倍晋三氏の「美しい国へ」を読んでいると、

きれい事しか書いていないのが気になる。

この人は親米の度が過ぎる。

第四章は「日米関係の構図」と題して、日米関係の重要性を力説しているが、アメリカ史の都合の良い部分しか書いていない。



111ページ。「アメリカ人の信じる普遍的な価値」という部分では、アメリカ人の根底にある価値観は、

1776年にアメリカがイギリスに対して独立を宣言した、ジェファーソンの独立宣言だ、という趣旨のことが書かれている。

これが、独立宣言全文の邦訳である。

安倍晋三氏も引用しているが、独立宣言の最も有名な一節だけを読むと、書かれていること自体は実に美しい。

我らは以下の諸事実を自明なものと見なす.すべての人間は平等につくられている.創造主によって,生存,自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている.これらの権利を確実なものとするために,人は政府という機関をもつ.

有難くて涙が出そうだ。だが、これはさほど立派な宣言ではない。

何故か。

ここでいう「人間」に「黒人」は含まれていないのである。独立宣言の後、100年間もアメリカは奴隷貿易を続けていたのだ。

アフリカの黒人を「モノ」と同様に扱い、勝手にアメリカに連れてきて、奴隷として働かせていた。

言うまでもなくアメリカの白人はヨーロッパ人だが、ヨーロッパの殆ど全ての国は400年もの長きに亘って奴隷貿易を行っていたのだ。

黒人をアフリカの祖国から無理矢理連れてきて奴隷として働かせるのだ。

北朝鮮による日本人拉致事件どころではない。



また、安倍氏はアメリカはイギリスから独立を勝ち取ったのだ、と書いているが、その時にアメリカにやっていた白人たちが何をしたか触れていない。

独立を勝ち取ったのはイギリスからだが、そのために、アメリカの原住民を虐殺している。

アメリカの歴史は人殺しで始まるのだ。


◆ピルグリム・ファーザーズは何をしたか。

断っておくが、私は安倍晋三批判の為に急遽アメリカ史を調べたのではない。

過去、この日記で何度も書いている。

例えば、2005年07月04日(月) 今日は、アメリカの独立記念日だが、アメリカ建国の歴史的事実に関して記す。をお読み頂きたい。

そこに書いてあるが、繰り返す。

アメリカは、白人が、先住民であるネイティブアメリカンを騙し、虐殺したところから歴史が始まる。



1620年、メイフラワー号に乗ってヨーロッパからアメリカ大陸にやってきた白人たちは、ピルグリム・ファーザーズと呼ばれ、

アメリカ建国の祖として尊敬されているが、この者たちは、悪魔のように残酷な連中だった。

周知のとおり、白人がアメリカ大陸にやってくるまでは先住民族の、所謂、アメリカ・インディアンが平和に暮らしていた。

ピルグリム・ファーザー達は何の罪もないこれら先住民族を虐殺したことを忘れてはならない。

白人たちは、自分達が勝手に他人の土地におしかけたくせに、アメリカインディアンのことを「悪魔の代理人」と呼んだ。



1622年、ピルグリム・ファーザーズの1人が、インディアンの一部族、マサチューセッツ族の酋長ら4人を自分の執務室に食事に招待した。

インディアンは名誉を重んじ、客を丁重にもてなすのが掟であるから、この招待を受けても危険は無いと思ってやってきた。

ところが、なんということであろう。マサチューセッツ族の4人が執務室に入るなり、アメリカ人は執務室のドアに鍵をかけて、逃げられないようにした。

そして、この白人は自らナイフを振りかざして、インディアンの一人をズタズタに切り裂いた。

部下たちは酋長ともう一人のインディアンを剣でめった切りにした。

18歳の少年は、その場では殺されず、あとで、皆の前に引きずり出して絞首刑に処せられた。

ピルグリム・ファーザー達はインディアンの酋長の首をもってプリマス砦に引き返し、人々は歓喜して彼を迎えた。

酋長たち4人の首は棒にさされて30年もプリマスの砦に掲げられ、名物とされた。

これが、アメリカの「自由と民主主義」の起源だ。

安倍晋三氏はこの事実に全く触れていない。


◆繰り返す。アメリカ独立宣言は人類の平等を謳っているが、その後100年も奴隷貿易を続けていた。

ネイティブ・アメリカンの惨殺は勿論これだけではない。

アメリカにやってきた白人たちは、悪魔の如く残酷な殺戮を繰り返しておきながら、いけしゃあしゃあと独立宣言で、

「すべての人間は平等につくられている.創造主によって,生存,自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている.」

と、自分がしたことを忘れたかの如く、誇りをもって謳っている。

これがアングロサクソンの大きな特徴である。



前述のとおり、独立宣言の後、1860年にリンカーンが大統領となり奴隷制を廃止(彼はそのために、後に暗殺される)するまで、

100年も奴隷貿易は続いていた。この言行不一致を忘れてはならぬ。


◆「リヴァイアサン」を持ち出すとは・・。

「美しい国へ」第四章はさらに、「アメリカ保守の自信はどこからきているのか」という一節を設け、

ネオコンの思想的根源が、有名なイギリスの思想家、ホッブスの「リヴァイアサン」であるかの如く書いている。

「リヴァイアサン」は

「人間は放っておけば闘争を続ける生き物だから、この混乱を治めるには強大な権力をもったもの(ホッブスは国王を意図している)に権力を委ねて統治させるのが合理的だ」

として、絶対君主制を正当化する本だ。

アメリカのネオコンは「アメリカこそ現在の国際社会に秩序をもたらす正義だ」と考えているわけで、

安倍晋三氏はそれを肯定したいらしい。だからそのような強大な力を持った国と仲良くするのが得策だ、というわけである。



現実にはそのようなアメリカの傲慢な思想が世界を却って混乱させている。

ベトナム然り、アラブ・イスラエル紛争しかり、イラク然り、である。見れば分かりそうなものだ。

私には、このような傲慢な思想を持った国を殆ど無条件で賛美する安倍氏の思考回路がどうしても理解不能である。

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2006.08.28

「加藤氏実家放火、首相『暴力での言論封じ、許せない』」←何故、このコメントが出るまでに13日もかかるんだ?

◆記事1:加藤氏実家放火、首相「暴力での言論封じ、許せない」

小泉首相は28日朝、首相公邸で記者団に対し、自民党の加藤紘一・元幹事長の山形県鶴岡市の実家が放火された事件について、

「暴力で言論を封ずることは決して許せることではない。我々も注意しなければならない。戒めていかねばならない問題だ」と述べた。

「首相の靖国神社参拝がナショナリズムをあおっているのではないか」との質問に対しては、

「それはないと思う。あおりたがる勢力があるのは事実だ。これ(靖国参拝)は外交問題にならない。

よその国からあおり立てられ、よその国をあおり立てるような報道は戒めたらいいのではないか」と語った。

放火事件では、加藤氏が首相の靖国神社参拝に批判的な意見を述べたこととの関連が指摘されている。(2006年8月28日12時16分 読売新聞)


◆記事2:安倍長官「言論弾圧なら許されない」

安倍官房長官は、小泉総理の靖国参拝を批判した自民党の加藤元幹事長の自宅に右翼団体所属の男が放火したとみられる事件について、

「言論を弾圧しようという行為であるなら許されない」と述べました。

「仮に加藤議員の言論を弾圧しよう、あるいは影響を与えようという行為であるとすれば、それは許されないことである。

そのことによって言論がねじ曲げられてはならないと、このように思います」

安倍氏はこのように述べた上で、加藤氏の発言と放火とみられる火事との関連については、

「現在警察で捜査中で、背景等についてもしっかりと捜査してもらいたい」と述べました。

一方で、「放火があった後、官邸として毅然とした発表を出すべきではなかったか」という質問に対しては、

「しっかりとまず警察が捜査することが大切」と述べるにとどまりました。(28日14:00)[28日17時6分更新](JNN)


◆コメント:加藤元幹事長実家が放火されたのは、8月15日なんですが・・。

もうすぐ辞めるけれども、紛れもなく現職の内閣総理大臣が、加藤元幹事長実家の放火事件に関して、

どうして今まで何も言わなかったのか?今日が事件後、初めてのコメントなのです。

「暴力で言論を封ずることは決して許せることではない」

なるほど。加藤元幹事長の実家への放火は、暴力による言論封殺であり、民主主義の根幹を揺さぶる問題である。と言う意味ですね。

おっしゃるとおりですなあ。こういうときには、必ず「ヴォルテールの名言」が出てきます。ついでに書いておきましょう。
「あなたの意見には賛成しないが、あなたがそれを言う権利は、命がけで守ろう」

(因みにネットで検索するとすぐに分かりますが、これは、ヴォルテールの言葉では無いようです、が、今はそれはどうでも良いことです)。


◆バカにするな。そんなこと、分かっとる。

小泉さんの発言はこれだから嫌なのですよ。

暴力による言論封殺は許さない。それは当たり前です。

「許さない」でお仕舞いじゃ、内閣総理大臣の仕事をしているとは言えない。



7月には例の「天皇発言メモ」をスクープした日本経済新聞社の玄関に火炎瓶が投げ込まれる事件がありました。

そして、加藤元幹事長実家への放火。危険な動きですね。

8月7日に<自民党>「靖国若手の会」が首相参拝で提言←ったく、分からねえ奴らだなあ。という記事を書きました。

そこで紹介した、阿川弘之氏の3部作を読んでみると良いです。

米内光政山本五十六井上成美です。

これらを読むとわかりますが、今の状況は、やや大げさに云えば、戦前の雰囲気に似てきている。

右翼が台頭して、合理的な意見が言えなくなる。どんどん国家が右旋回する。

次の総裁、安倍晋三氏も非常に危険な思想ですから、ますます危ない。

繰り返しますが、「許さない」で終わっては困りますね。

同じようなテロが繰り返されないように、不穏な動きを監視するよう、警察庁長官に指示するなど、措置を講ずるべきなのです。

でも、小泉首相はそこまでする気がないでしょうね。


◆小泉首相は紳士です。暴力を用いずに「思想・良心の自由」を剥奪していました。一年前。

一年前。郵政民営化解散のとき。自民党執行部は、郵政法案反対の立場で衆院採決を棄権・欠席し、賛成を拒んだ古賀誠元幹事長、高村正彦元外相、小渕優子ら14人に、

公認の条件として<郵政民営化賛成>の確認書を提出させたのです。勿論、自民党執行部とは小泉首相の意向をそのまま汲んでいたわけです。

私はこれは、思想・良心の自由の剥奪だと思い、日記に書きました。

詳しい事情は、2005年09月09日(金)参院造反者に意向確認、反対なら離党促す…特別国会前←こういうのを「ファシズム」といいます。をご参照下さい。



更に、8月25日付東京新聞が加藤元幹事長実家放火 党内忘却モードという特集記事を載せているのでこれも是非読んで下さい。要点は、

放火事件を非難すれば、小泉首相の靖国参拝に対する批判だと受け取られかねず、

それは「小泉路線」を継承する安倍氏に敵対姿勢を示すことにつながるという不安が議員たちにあり、

「民主主義に対する挑戦だ」という常識を口に出させない雰囲気を醸成しているということだそうです。

仲間が殺されかけたのに、それに対する怒りよりも、新しい安倍総理に今から睨まれたくないという「私欲」が優っているわけです。

こんな人たちが与党の政治家なのですね。


◆小泉首相の決まり文句の一つに「テロには屈しない」がありましたよね?

2003年12月9日、政府は自衛隊のイラク派遣を閣議決定しました。

その前月から、アルカイダが日本を脅迫していましたが、小泉首相の反応はただ一言。

「テロには屈しない」

11月29日日本人外交官が二人、イラクで殺害されました。首相の反応はバカの一つ覚え。

「テロには屈しない」

2004年10月26日、武装組織「イラク聖戦アルカイダ組織」と名乗るグループがイラクを訪れた福岡県出身の香田さんを拉致した、

とウェブサイト上に映像付きの犯行声明を出し、48時間以内にイラク南部サマワから自衛隊を撤退させなければ殺害すると警告しましたが、日本は拒否。

香田証生さんの殺害時の映像が11月2日にウェブ上で公開されました。拉致の第一報を聞いたとき、小泉首相の第一声は、

「テロには屈しない」


◆日本国内の日本人によるテロ行為には「屈する」の?

加藤元幹事長実家放火は歴としたテロだとおもいます。

小泉純一郎内閣総理大臣の対テロ政策の方針は、「テロには屈しない」だけです。

国内外を特に指定していませんから、当然、国内へのテロ行為に対しても「屈しない」コメントが出るだろうと期待していたのですが(←嫌味ですからね?)、

残念ながら、「暴力による言論封殺は許せない」というだけです。

小泉首相は、自分の意見に反対されるのが、大嫌いだそうです(幼児的です)。

もしかすると、自分に賛成しない「抵抗勢力」を殺してくれるテロリストは大歓迎なのですか?


◆安倍官房長官は「つねに『闘う政治家』でありたいと願っている」そうですが・・・。

安倍官房長官は文春文庫美しい国へで(帯に書いてある)、

わたしは政治家を見るとき、こんな見方をしている。それは「闘う政治家」と「闘わない政治家」である。

「闘う政治家」とは、ここ一番、国家のため、国民のためとあれば、批判を恐れず行動する政治家のことである。

「闘わない政治家」とは、「あなたのいうことは正しい」と同調はするものの、決して批判の矢面に立とうとしない政治家だ。

(中略)

わたしはつねに「闘う政治家」でありたいと願っている。

と書いています。

なるほどねえ。それでは、何故、状況から見て明らかに放火だった加藤元幹事長実家の火災の直後に、

今日の発言、「言論弾圧なら許されない」を発表しなかったのですか?どうして小泉首相と同日なのですか?

次期総理選出に万全を期す為には、今「反小泉」だと「批判されるのを恐れた」からではないのですか?

要するに私利私欲で動いているのですね。「美しい国」など本当はどうでも良いのではないの?


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政治家が、自分が書いた本の通りに政治を行うと思っている人はかなり、おめでたい。

◆安倍晋三先生の「美しい国へ」をもう一度読んでいるんですがね。分からんですなあ。

のっけから、関係ない話をするようだが、まあ、読んで下さい。

例えば、外国語を勉強するとき。面倒くさいから、ここでは英語に話を絞りましょう。

一般的に「読む」若しくは「聴く」が「書く」若しくは「話す」よりも易しいと思われています。

readingとlisteningはpassive(受動的)な行為であるけれども、writingとspeakingは能動的な行為だから、ということでしょう。

一見尤もそうな理屈ですが、違うと思います。

勿論基礎学力を付けるためにはまず、読んだり聞いたりして、語彙を増やし、文法を覚え、様々な熟語、慣用句、を覚えなければなりませんが、

一生懸命勉強してある程度基礎が身についたら、話したり、書いたりする方が易しい事に気づくでしょう。



何故なら、人間は、原則的に、自分が書きたいこと、話したいことは自分が一番良く分かっている

(原則的に、と書いたのは、自分でも何を言いたいのか考えが無い、或いは整理されていないまま、書いたり話したりする人がしばしばいるからです)。

分かっていることを他の言語に「変換」するのです。



一方、リーディングとリスニングは難しい。

何故なら、自分ではない人(他人)が考えていることを理解しなければならないからです。

つまり、本ならば著者、会話ならば話者の思考と自分のそれをシンクロ(同期)させなければならないからです。

自分と全く同じ物の考え方をする人は、世界にひとりもいないのです。だから書いたり、話したりするときよりも頭脳を使います。

従って、自分と同じような思想的傾向を持っている人が書いたり話したりしたことを理解するのは、比較的容易です。

ところが、自分と殆ど180度反対方向の思想を持つ人の考えを「理解」するのは殆ど不可能です。

勿論、「言いたいこと」は分かりますが、相手の主張に論理性が欠けている場合には、

「どうして、そういう思想を抱くに至ったのか、を理解するのは殆ど不可能です。



前置きが長くなりましたが、私が安倍晋三氏の「美しい国へ」を読んだあとの状態はこれに近い。

いや、実際は、もっと低次元で理解できない箇所もあります。


◆結局、「美しい国」とはどういう国なのですか?

「美しい国へ」という言葉は、文字にしたときの見た目(視覚的印象)、声に出したときの響き(音声的印象)、

そして「美しい」という形容詞自体のプラスイメージ(意味論的印象)の相乗効果があるので、多くの人は幻惑されるのでしょう。



私は、大学で法律の先生に

「法律の本というのは、ただ流して読んでもさっぱり分からない。常に、『何故だろう?』と思いながら自分の頭で読むと分かるんだ。」

と言われ、実際の体験はまだしていないのに、大いに感心した事があります。その後、実行してみて、納得しました。



安倍晋三氏の本は「何故だろう?」「具体的にはどうするのだろう?」と検証しながら読むと、殆ど意味を為さないか、説明不足の箇所が多すぎます。

段落のタイトルに書いたとおり、結局「美しい国」の「全体像」が見えません。

安倍さん、「美しい国」って、結局何ですか?


◆外国、国防中心で感情論が多い。

国防とか、安全保障では特に対アジア諸国関係では矢鱈と(やたらと)勇ましいのですが、

何だか、60年ほど前の「大東亜共栄圏」の思想のようで、近隣諸国(中韓に限らず)の指導者、国民が読んだら、不気味に思うのではないかと思います。



日本は、今まで実質的には「軍隊」と変らない「防衛のための最小限の実力」を持つに至りました。

しかし、憲法で「武力を行使しない」と決めて、実際に60年間一度も武力行使をしていません。

やろうと思えば、そこら中の国をひねり潰すことが出来るような武装をしているけれど、

自衛官がクーデターを起こしたことも、他国を攻めたこと、武力を行使したことは一度もない。

武器というものは、軍人が持っていれば使いたくなる(アメ公がその典型です)のに、日本人は絶対にやらない。



これが、日本の「国家の品格」ではないかと思います。

文民のみならず、自衛官も含めて教養がある。だから、理性でコントロールできるのです。

世界中探してもんな先進国はありません。



それなのに、安倍氏(だけではなく、麻生、谷垣も同様ですが)は、憲法解釈(谷垣は憲法改正が必要という)により集団的自衛権の行使を可能にしよう、と息巻く。

どうして、日本を戦争をする国にしなければならないのか?論理的必然性が認められません。


◆日米同盟が大事と思っているのは、日本だけ。

日本が、集団的自衛権行使を可能にし、アメリカの戦争(人殺し)のお手伝いをすることになるのが、日本の国益になるのでしょうか?

食糧自給率が低く、天然資源が全然無い日本が、世界中でアメリカの「手下」となって人殺しをして恨まれて何の得があるのか。



当然、戦時の常識で、軍需産業がもうかります。

ブッシュがイラク戦争を始めた大きな理由の一つは、アメリカ政府中枢にいるネオコンと軍需産業との関係を指摘する話が無数に書かれています。

それから、アメリカに対して日本が「滅私奉公」すれば、アメリカは日本が攻撃されたときに、守ってくれるだろうと思ったら、甘すぎます。



アメリカ一般市民は日本なんかどこにあるかすら知らない。

ブッシュを初めとする権力者たちも日本なんか、極論すればどうでも良いのです。

かつて、ウォーターゲート事件をスクープした、ボブ・ウッドワードという有名なジャーナリストが書いた、

「攻撃計画」「ブッシュの戦争」などを読むと分かります。

しばしば、ブッシュは、日本はアメリカの最良のパートナーだとか何とか、言っていますよね?



上でリンクを貼った2冊の本を読んでご覧なさい。日本の「に」の字も出てきませんよ。

本当に同盟国として重んじているならば、イラク戦争を開始するに当たって、日本に対して状況を説明するはずです。

そんな気配は微塵もない。こんな人殺し国家、アメリカの手下に成り下がろうというのが、今度の総裁候補者たちです。



売国奴とはこういう人たちをいうのではないでしょうか?

それから、経済、教育に関しては、安倍晋三氏はアイディアが無いことが良く分かりました。

一応なんか書いていますけど。それは、また、いずれ。

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2006.08.27

「政務調査費をマイカーに流用 兵庫県議を書類送検」←県議一人あたり、月50万円「政務調査費」

◆記事1:政務調査費をマイカーに流用 兵庫県議を書類送検 (2006年08月01日 朝日新聞)

議員の調査研究活動のための政務調査費をマイカーのローン返済に充てていたとして、兵庫県警捜査2課は1日、

虚偽公文書作成などの疑いで、同県芦屋市選出の門信雄県議(57)=自民=を神戸地検に書類送検した。

調べでは、門県議は03、04年度に政務調査費からマイカーのローン返済として約110万円を支出しながら、

県には「車のリース代」と虚偽の報告をした疑い。同県尼崎市の市民団体が住民監査請求をし、県警に告発していた。

門県議は監査請求後、ローン返済分を県に返還している。 [2006年08月01日12時48分]朝日新聞


◆記事2:市民オンブズマン兵庫より

兵庫県は、県政の調査のため、政務調査費(調査費)として、県会議員1人 1ヶ月につき、会派に20万円、個人に30万円、計50万円を支給しています。

2004年度の支給総額は5億4500万円に上りました。

2004年度の調査費の支出実態を見ると、車リース料として議員23人が使い、内4人が年100万円以上支出していた事例。

公明党の供花・電報代などの違法な支出、自民党県議の私的趣味の講演会への支出、公明党議員の看板修繕費支出などがありました。



「市民オンブズマン兵庫・西宮・尼崎」が、それらの支出は、違法・不当であると監査請求を行い、さらに新聞報道等によって次のことが明らかになりました。

芦屋選出の自民党県議は、リース料と偽り車のローン代を支出。金額は2003年度55万3200円、2004年度同額。

県議会の使途基準によると、「個人資産の形成となる経費」は支出禁止項目として記載されており、明らかに違法・不当な支出です。

この支出は公文書偽造や詐欺罪に問われるものです。



姫路市選出の自民党県議は、市内高校の記念講演会などで、1回数万円、計11回22万円を調査費から支出。

しかし、市民オンブズ尼崎が調べると、ほとんどの講演会が無料だったことがわかりました。

しかも、約半数の講演会は、自民党県議の選挙区にある姫路市内の団体が市内において実施したものです。

つまり寄付の大半は、公職選挙法に違反する寄付だったのです。

調査費は当然のことながら、実費支給で、寄付金を支出することはできず、公職選挙法に反する支出はできません。



その他、現在、調査中ですが、事務所修繕費、事務所清掃費、自動車修理費、宣伝カーガソリン代、駐車場賃貸料、携帯電話使用料、

事務所でのCATV・NHK受信料など、不透明な支出が山ほどあります。 

県議会は、こうした現況を猛省し、ただちに支出台帳・領収書等を公開すべきです。

併せて、支出基準の明確化、政務調査費支給額の減額も必要です。
表はリンク先をご参照。

◆コメント:もう、無茶苦茶ですね。

約一ヶ月前に、「岐阜県庁裏金:500万円を焼却『処理に困って…』」←県民が額に汗して働いて納めた税金を「燃やし」たんだな?という一文を書きました。

その時から、、似たようなこと(おカネを燃やすのはあまりにも異常ですが、公金の無駄遣い、私的流用ということです)は、

多分全都道府県の地方議員の「センセー」たちがやっているのだろうな、と思っていました。



誰でも想像がつくことですが。その通りでした。


たまたま兵庫県の「政務調査費」についての記事を見つけました。

記事1は8月1日の朝日新聞ですが、随分小さく取り上げていますね。大問題ですよ、これは。後でもう一度書きますが、犯罪です。

記事1によれば、文書偽造で告発とのことですが、それが本質ではありませんね。

「政務調査」に使うべき(実際どのような「政務調査」が行われているのか、知りたいものです)お金を、

こともあろうに、「兵庫県議会議員が個人のクルマのローンに充てていた」ということですね。



こういうことを、平気で(多分)やるのは罪悪感が無いからです。

何故罪悪感がないのか?

他の兵庫県議会議員のセンセーがたもやっているからでしょう。まず、間違いない。



そう思って、兵庫県のオンブズマンのサイトを見ていたら、やはり載っていましたね。

記事2は公明党の議員です。全政党に関して調べる必要がありますね。

オンブズマンは、スウェーデンで考案された制度です。有斐閣法律学小辞典第4版から抜粋すると、

高い識見によって行政の監視にあたる市民をいう。元来は,スウェーデンを起源として北欧諸国に存在する公的機関の名称。法律学教授や大使経験者が国会によって任命され,職権又は申立てにより事案を調査し,その結果に基づいて勧告を行ったり,公務員の犯罪行為について告発をしたり,また,調査及び処理の結果を国会に報告し,あるいは新聞等に公表するのが原型である。

ということです。

日本では一般市民がオンブズマンを務めていて、全国市民オンブズマン連絡会議という団体が存在しますが、

スウェーデンのように「国会によって任命され」ているわけではないので、センセーがたもナメているのではないでしょうか?


◆これは、犯罪ですね。

兵庫県では県議会議員ひとりひとりに毎月50万円、つまり年間600万円の「政務調査費」が与えられている。

ところが、何に使ったか、領収書などエビデンス(証拠)の保存とか、調査費に使用明細の提出義務が無いのですね。

一応提出することになっているけど、形式的なものです。誰も精査しない。



こりゃ、やりますよ。議員のセンセー達は。

「こりゃ、やりますよ」、と書きましたけど、やって良い訳がないですね。



「政務調査費」の財源は県民の税金ですね?

余ったおカネを「燃やした」岐阜県庁について書いたときと同じ表現を敢えて再び使いますが、上の記事によれば

「県民が額に汗して働いて納めた」税金が議員の「小遣い」として使われているのです。

それが事実であるならば、業務上横領です。或いは詐欺です。犯罪です。



兵庫県民は暴動を起こすぐらい怒っても不思議ではありません

(暴動を起こすことは、違法行為ですから、勿論実行してはいけません。但し、それぐらいけしからんことを議員が行っているという意味です)。

オンブズマンだけではなく一般市民は怒らなくてはいけないし、マスコミもこういう事を積極的にスッパ抜くべきなのです。



それから兵庫県といえば、阪神・淡路大震災の時には、全国から義援金が寄せられましたよね?

大変な金額でした。個人からも企業からも。善意のおカネですよね。

あれは収支報告があるのかな、と思い、調べました。

あることはあるのです。ただ、

受入窓口があまりにも多く(NPO=非営利団体だけでも無数にあります)、バラバラに検証しているので、全体としてはどうなっているのか良く分らない。

何を言いたいかというと、善良な多くの神戸市民の皆さんは信頼するとして、

兵庫県宛に寄せられた義援金を議員のセンセーや役人さんたちが、

「善意で寄せられたカネなのだから、何に使ってもいいんだろ?」

てな調子でクルマを買ったりしていないのでしょうね?ということです。


◆無論、岐阜県と兵庫県だけではありません。

使途の実態が良く分らない「政務調査費」は勿論、他の都道府県にもあるのです。

ちょっと調べると分かりますが、東京都でも、長野県でも、明らかに議員による流用が行われている疑わしい事例がある。

住民税って高いですよね?

国に所得税を払い、更に、都道府県と市町村(東京なら区)に税金を払う。



兵庫県議会議員一人に支払われる「政務調査費」は年間600万円ですから、平均的なサラリーマンの年収です。

必死に働いて収めた税金。

それも、サラリーマンの一家が一年間暮らせる金額が議員の「クルマのローン」や「事務所の看板の交換」に使われていて、黙っていてはいけません。



これは、警察は動かないです。

記事1では、警察が動いていますが、「市民団体の告発」があって、初めて動いた訳です。

警察自らは捜査に着手しません。

何故か。

各県警の予算も議会の承認が要るのです。そして、警察自身裏金騒動もありました(記憶に新しいところでは北海道警、高知県警等々、キリがありません)。

警察が裏金作りをしていたことがバレているのに、県議のセンセーを捕まえられる筈が無い。



民主主義はその本源に鑑み、市民が納めた税金が正しく使われているかを監視することにあるのですから、

不正に対しては、本気で怒らければいけません。そうしないと、いつまでも、やりますよ。

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2006.08.24

シューベルト歌曲名曲集」(エリー・アーメリング)文句のつけようがありません

◆穏やかな、美しい音楽

クラシック音楽と一口に言いますが、実に様々な種類があります。

器楽なら、ピアノ一台、伴奏無しのバイオリンで演奏されるものから、100人のフル・オーケストラで演奏するもの。

声楽(歌のことですね)だと、クラシックの声楽家というともっぱらオペラ歌手を思い浮かべる人が多い。

今年はフィギュアスケートのおかげ(?)でプッチーニのオペラがすっかり名前だけは有名になりましたが、オペラだけが声楽ではない。

歌曲というのがあります。世の中嫌な事件が多いですから、穏やかな、音楽を選びました。

最近ちょっと疲れ気味なので、休みを取りました。暫く、更新を休みます。悪しからず。

その前に、美しい音楽のことを書いておきたかったのです。


◆エリーアーメリング「シューベルト歌曲集」

シューベルトのことは、三年以上も前に一度書いています

ここで薦めているCDと今日のものとは同じです。当時はリンクの貼り方すら知らなかったのです。

シューベルトには、「冬の旅」「美しき水車小屋の娘」「白鳥の歌」という三大歌曲集がありますが、これはちょっと重いです。

美しき水車小屋の娘が初めは聴きやすいと思いますが。



今日のは、小品集です。

オランダのソプラノ、エリー・アーメリングという、もう引退した方ですが、希代の名歌手だと思います。

この人のシューベルト歌曲名曲集は、本当に綺麗です。

最初に誰でも知っている「野ばら」が録れてあります。

日本語の歌詞(近藤朔風氏による)でいうと「くれないにおう」は、

ドイツ語で「Roslein, Roslein, Roslein rot」(小さなバラ、小さなバラ、小さな赤いバラ、という意味です)と歌いますが、

その最後の音、「rot」がピアニッシモから更に消えてゆくところ。

私は、色々な歌手で聴いたのです。シューベルト(だけではありませんが)の歌曲は、メゾ・ソプラノの人もアルトの歌手も、

テノールもバリトンもバスも歌うのです(勿論調性は変ります)。

しかしねえ・・。

アーメリングのこの透明な声。これほど美しい声は滅多にいないことが分かりました

クラシックのドイツ語の歌なんかつまんねえや、とおっしゃらず、一度お聴きになることをお薦めします。

Amazonに無ければ、タワーレコードにもあります。

こういうのが本当の歌なのです(少なくとも私にとってはね)。

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2006.08.23

「漁船銃撃・死亡の盛田さん、告別式」この事件が起きてから首相・官房長官ともに全く声明・談話無しはいくら何でもひどいだろう。

◆記事:漁船銃撃・死亡の盛田さん、悲しみ新たに告別式

北方領土周辺海域で北海道根室市のカニかご漁船がロシア国境警備隊に銃撃、拿捕(だほ)された事件で、死亡した乗組員の盛田光広さん(35)の告別式が22日、同市の温根沼会館で行われた。

同市の慣例で出棺が先に行われ、午前8時、遺族らに見送られて、ひつぎが運び出された。午前11時からの式では、約100人の参列者が悲しみを新たにした。

元根室湾中部漁協参事、山内栄一さん(80)(横浜市)は「平和な海を早く取り戻してほしい」と言葉少なに話した。(読売新聞) - 8月22日14時52分更新


◆コメント:ロシアは「密漁」というが、未だに国境(領海)は確定していないのだ。

北方領土の歴史は古くて遡るとキリがないが、要するに、日露戦争の後は、千島列島は日本の領土だったのである。

ところが第二次大戦で無条件降伏をした日本は、1951年のサンフランシスコ講和条約に署名、批准し、「千島列島を放棄」したのだ。

問題は「千島列島」を明確に定義しておかなかったことである。

ロシアが主張する謂わば広義の千島列島はこの通りである。

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もめているのは、北方四島のうち、本土に近い、色丹、歯舞で、日本は日本領だといい、ロシアはロシア領だという。

日本の掲示板を見ると、この漁船はたびたび密漁を繰り返していたらしいから、自業自得だという意見がある。

ロシア人(白人)が相手だと急に弱腰になるのが日本人の特徴である。

漁船が拿捕された、水晶島の位置を地図で確認したのだろうか。

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国境を「感覚」で決めるわけにはいかないが、ロシアは、これほど北海道までギリギリのところまでロシア領だと断定しているのである。

日本は合意していない。

そして丸腰の乗組員に対して、明らかに故意に、弾丸が頭部を貫通するような至近距離から発砲している。

過剰防衛はおろか、正当防衛にも当たらない。こんなひどい事件だというのに、首相官邸からは何も声明・談話が発表されない。


◆首相と官房長官が同時に夏休みとは何事だ。

首相官邸ホームページの官房長官発表のページを見て、大変驚いた。

「第31吉進丸」がロシア側警備艇の銃撃を受けて拿捕されたのは、8月16日午前だが、

周知の通り、小泉純一郎氏は前日に「終戦記念日の靖国参拝」を済ませて、16日から夏休み。

この事件の報告を受けていることは間違いないが、官邸に戻る気配もないし、何の抗議声明も談話も発表しない。

この人にとって国民の生命はこの程度のものなのだ。



一層驚くべきは、安倍官房長官である。

首相が夏休みの時には、官房長官は休まないのが常識であるが、安倍晋三は首相と「同時に」16日から20日まで夏休みを取った。

軽井沢に滞在していたのだが、次期総裁選後の構想しか頭にないのであろう。今日になっても記者会見が行われていない。



ロシアに抗議したのは、麻生外相、外務省、中川農水相、アホの武部ぐらいで(他にもいるかも知れぬが、雑魚はどうでもいい)。

そもそも、死亡した盛田光広さんの遺体を引き取りに赴いた、外務省の山中政務官ってのは、何なんだよ。

首相官邸から何の抗議声明も出さず、おとなしく、山中政務官に遺体引き取りを任せたわけだ。

今に始まったことではないが、小泉首相の薄情さが良く分かる。

安倍「次期総理」は著書「美しい国へ」において外交・国防に関して威勢の良い言葉を並べているが、

相手がロシアとなると、随分おとなしいね。

「ガイジン」を相手にする時は、黙ってはいけないのだ。

こちらが黙って何もステートメントを発表しないと、相手は、こちらが彼らの言い分を受け入れたと考えるのである。。

これは、少なくとも白人(アングロサクソン、アーリア人、スラブ人等々)に共通している。

そんなことも分からずに、総理が務まるのですか?

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2006.08.21

『暗闘 スターリン、トルーマンと日本降伏』(中央公論新社刊)←ポツダム宣言対日「通告」前に原爆投下は決定されていた

◆暗闘―スターリン、トルーマンと日本降伏(中央公論社刊)

月刊「文芸春秋」の巻頭随筆は、かつて司馬遼太郎氏が書き、司馬氏の亡き後は阿川弘之氏が担当している。

阿川弘之氏に関しては、8月7日に書いたのでご参照いただきたい。

「米内光政」「山本五十六」「井上成美」の3部作を書いた作家である。

文芸春秋九月号の阿川氏の随筆は、『暗闘 スターリン、トルーマンと日本降伏』(中央公論新社刊)という本について書かれている。

要するにアメリカが広島と長崎への原爆投下を決定するまでの過程を史料に基づいて書いた本である。



この本の著者は長谷川毅というアメリカ人である。

リンク先のAmazonのエディターレビューを読めば分かるが、1941年東京生まれ、東大教養学部卒。

元来歴(れっき)とした日本人であったが、その後アメリカに留学し、1977年米国籍を取得している。

だから今はアメリカ人である。本書も原著は英語だそうだ。だが、それは、この本の本質的価値に影響を及ぼさない。



長谷川氏の専攻はロシア史なのだが、第2次大戦の終盤はアメリカとソ連の日本を巡る覇権争いである。

「暗闘」はロシア語と英語、両方の史料を自在に読みこなせる著者にして初めて書けた本である。


◆昨夜更新しなかったのは、腹が立ちすぎて、寝てしまったのである。

私は早速、「暗闘」を注文して読んでいたら、途中で気が遠くなった。

原則的に私は毎日、日記及びブログを更新しているが、昨夜更新しなかったのは、

この本に書かれている事に、本格的に腹が立って、腹が立ちすぎて、書く気力が失せてしまったからである。

そのままパソコンの前にぶっ倒れて朝まで眠ってしまった。こういう経験は初めてである。


◆あまりにも衝撃的。

従来、第二次大戦終戦前後に関して特に関心が無く、本を読んだこともないひとはそれほどでも無かろうが、多少でも興味があるなら、この本をお薦めする。


歴史書を書く、ということ。即ち歴史的事実を検証するという作業は大変に難しい。歴史研究の訓練を受けたプロでなければ無理だ。

例えば貴方が「明治維新が実際にあったことを証明しろ」といわれても、どうしたらよいか分からないでしょう?

つまり何処に行って、どの史料を読んだらよいかが分からなければならない。

史料を読みこなし、意味を完全に理解しなければならない。

そして、その史料が真実を述べていることを検証できる別の史料を探し、同じような作業をしなければならない。

この繰り返しである。気が遠くなるようなプロセスなのだ。



「暗闘」を書くにあたって、長谷川氏が読んだのは英語とロシア語の史料だが、

この本は、紛れもなく、歴史のプロが上で述べたような厳密な手続きを経て著した「研究書」であり、信頼性は高い。

内容に関して、あまり詳しく書くと、また気絶しそうなので、強烈に印象に残った部分を、思い出すままに綴る。


◆ポツダム宣言を受諾しようがしまいが、原爆を日本に投下することは決まっていた

アメリカは、ソ連よりも先に日本を無条件降伏に持ち込みたかった。

そのために原爆を用いることは、ポツダム宣言を日本に通告する前に決まっていた。これは大変な衝撃なのだ。



従来の常識ではポツダム宣言を提示された日本が、これを「黙殺する」と返答し、

そのとき「ignore」という英語を用いたことで、アメリカが原爆投下を最終的に決める遠因となったとされていたのである。

それは、私も2年前、2004年08月10日(火) 「国際連合」は「連合国」という意味なのです。ignoreの1語と原爆。に書いた。

また、同時通訳者の鳥飼 玖美子さんの著書歴史をかえた誤訳など、何人もの人が今まで「“ignore”原因説」を信じていた

(だからといって、原爆投下が許される行為になる訳ではないのは、いうまでもないが)。



繰り返すが、「暗闘」によって明らかにされた事実は、その歴史の常識を覆したのである。

“ignore”など、関係ない。

仮に日本が「即座にポツダム宣言を受諾する」とアメリカに返答したとしても、原爆は投下されたのである。

原爆投下地点の選定の過程の描写も読むのが苦しい。広島上空が視界不良だった場合の代替地は、小倉、新潟だった。

長崎は後からトルーマン大統領が追加した。


◆原爆投下の知らせを受けた瞬間のトルーマンの「ほとばしるような歓喜」

「文芸春秋」巻頭随筆の阿川氏と全く同じ箇所で、私も気分が悪くなったのである。

広島に原爆が投下されたその瞬間、爆心点の温度は華氏5400度(私の計算が間違っていなければ、摂氏約2980度)に達し、11万人が即死(蒸発)した。

その時、トルーマンはポツダム会談を終えて米海軍重巡洋艦「オーガスタ」にいた。オーガスタは大西洋上を西に向けて帰国する途中だった。



英国プリマス軍港を出航して四日目、ランチの最中、海軍士官が一枚のメモをトルーマン大統領に渡した。

それは、日本に対する原爆投下大成功の知らせだった。「暗闘」によれば、その瞬間、トルーマン大統領の反応は

「ほとばしるような歓喜であった。」

この箇所を読んで、昨夜、私は何を書く気にもならなくなったのである。落ちつくまでに24時間かかった訳だ。


◆だからといって、私は「日本を戦争をする国にしよう」と、思想を変えるほどバカではない。

私は、トルーマンは許せない。

しかし、この一時をもって、全ての米国人を憎む(鬼畜米英とかね)、などというほどの単細胞ではない。

戦争絶対反対。日本の集団的自衛権行使を可能にしてアメリカに協力しようという考えは愚かしい、との思いが強まった。

安倍晋三の思想は誤っている。安倍さん、この本を読んでいないでしょう?

私は、教養・良識を兼ね備えたアメリカ人も大勢いることを承知している。

この日記でたびたび取り上げた、エドウィン・O・ライシャワー博士を初め、私が尊敬するアメリカ人は沢山いる。

一般のアメリカ人には、どうしてこんなに親切なんだ。と驚かされるほどの人がいることも知っている。



だから、この本を紹介したのは日本人の反米感情をかき立てるためではない。

ただ、日本国は無条件にアメリカを信頼したり、アメリカに従順であるべきではない。

この本は、是非良識あるアメリカ人にも読んでいただきたい。

「戦争が如何に残酷か」というありきたりだが重要な事実をこれほど、生々しく、しかし、冷静に書いた本は少ない。

まだ、混乱していて、文章の締めくくりが上手くいかないが、今日は、ここまで。

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2006.08.20

「安倍氏の政権構想、憲法を全面改正・成長と歳出削減優先」←危ねえなあ・・・。

◆記事:安倍氏の政権構想、憲法を全面改正・成長と歳出削減優先(17日付 日経)

ポスト小泉の有力候補である安倍晋三官房長官が9月1日に公表する政権構想の骨格が16日、明らかになった。

現行憲法の全面的な改正を打ち出し、集団的自衛権の行使を容認する。

済政策では成長戦略と歳出削減を優先し、消費税率引き上げの時期や幅には触れない。

アジアや資源国との自由貿易協定(FTA)締結の促進も盛り込む。

政権構想では小泉政権の構造改革路線を大筋で継承する。

一方で、倒産や失業などからの再起を政府が後押しする「再チャレンジ支援」を明記するなど小泉路線を部分的に修正する姿勢も示す。

家庭、地域、国への思いを尊重する教育改革を掲げ、教育基本法の改正も盛り込むなど、小泉政権と比べて保守色を鮮明にするのも特徴だ。 (07:02)


◆コメント:安倍晋三が改憲論者なのはずっと前から明らかなのですがね。

これは、8月17日(木)日経朝刊政治面に載っていた記事である。

しかし、次期総理となることがほぼ確実、と目されている人物が「現行憲法の全面的な改正」という重要な発言をしたのに

日経紙面ではわずかなスペースしか割かれていなかった。そんなことでいいのですか?

「集団的自衛権を認める」ですと?どういう意味を持つのか。

私は、何度も説明しているが、丁度一年前に書いた記事が一番マシだと思うので、是非ご参照下さい。

安倍氏が憲法の全面的改正というのは、戦争放棄を謳った第9条の改正が主目的だが、

それだけ強調すると如何にも好戦的な響きとなるので、全面的に改正するという表現でカモフラージュしているのだろう。


◆全面改正の必要を訴える、ということは現行憲法全部覚えているんでしょうね?

現行憲法を「全面的に」改正する必要がある、と主張するからには、当然の前提条件として現行憲法を隅から隅まで熟知していることが求められる。

安倍氏の主張に賛成する国民も同様である。当たり前でしょう?

今の憲法を良く知らないのに、「現行憲法を全面的に改正する必要がある」と言い出せるわけがない。皆さんさぞかし憲法を猛勉強しているのだろう。

当然全ての条文を諳んじて(そらんじて)いるだろうし、各条文の意味、各条文に関する学説、判例を研究し尽くしているのだろう。

それぐらい勉強して、初めて改正が必要だ、と主張することができる。

「全面改正」を口にするからには、それぐらいの覚悟が必要である。知らないものを「改正する」もへったくれもないだろう。



勿論これは嫌味である。

安倍晋三氏がそこまで、憲法に通暁しているとは思えない。

彼を支持する国民の多くは第9条すら、覚えていないのではないだろうか。

私のところにもたまにメールが来る。私が「集団的自衛権を認めてはならない」と書いた時が多いのだが、

内容を読むと明らかに個別的自衛権と集団的自衛権の区別すらできていない人が多いのに驚く。

「自分が何を知らないか、わからない」のである。恐ろしい。


◆安倍晋三氏の発言を読んでも、改憲の必然性が分からない。

ブックマークしている人が多いと思うが、日経の関連サイトに立花隆 メディア ソシオ-ポリティクスの最新号、

小泉首相“開き直り参拝” 日本が見失った過去と未来 の中で

安倍晋三を取り上げている(それが、この記事の主題ではないが)。



安倍晋三の対談集「日本を語る」における櫻井よしこの対談の一部が載っている。

孫引き(原著から引用した文章から、再び引用すること。本当は原著を読まなければいけないのだが、間に合わない)となるが、抜粋引用する。

最近の著書、安倍晋三対論集「日本を語る」の中でも、櫻井よしこを相手にしての「憲法全文を書き直す気概を持つべし」の中で、

次のように、はっきりと憲法改正が自分の政治目標であることを明確にしている。

そもそも、1955年に自由党と民主党が一緒になって自由民主党を作った最大の目的の一つが、自主憲法を作ることだった。

憲法改正には、議員総数の三分の二の賛成が必要だったが、三分の二の多数を集めるためには、保守合同が必要だという事情があったのだ。

しかし、保守合同後の鳩山内閣も、岸内閣も、憲法改正を実現できなかった。

「私の祖父、岸信介の目標も憲法改正というか、自主憲法制定でした。

(しかし岸は)安保改定にすべてのエネルギーを使ってしまい、憲法改正はできなかった」(中略)

安倍は、一貫してスジ金入りの改憲派であり、その主張をいささかでも隠そうとしたことはない。

櫻井よしことの対論においても、そこを明確にしている。

「私は政治家としては3代目です。岸信介は自民党結党当時の幹事長ですが、首相になっても憲法改正に着手することはできませんでした。

父、安倍晋太郎も残念ながらできなかった。

こうなると憲法改正は、われわれ戦後生まれの世代に課せられた大きな宿題であり、責任でもあると痛感させられます。

いまこそ改憲という戦後半世紀以上に及ぶ懸案をきちんと片づけて、次の日本を担う新しい世代に、新しい憲法を授けていくべきだと思います」

このような安倍の発言に、櫻井よしこが、

「安倍さんは遠くない将来、総理・総裁になられる方です。憲法改正がご自分に課せられた歴史的な課題だと捉えておられるということですか」

と問うと、安倍は、

これまでの自民党政権は、憲法改正を実現するためには、あまりに大きなエネルギーが必要だということがわかっていたがために、それを避けてきたとして、こういっている。

「憲法改正を実現しようとすれば、激しい論争を呼びますし、党内でそれをテコに権力闘争を優位に進めようという人もたちも出てくる。

だから、首相になると改憲は棚上げしてしまいがちでした。

しかし、もう戦後体制をこのまま続けていくのは限界です。これは私というより私たちの世代が責任をもって取り組まなくてはいけないことです。

次の総理がこの問題に片をつけなければ、日本の未来は非常に暗いものになってしまいます」

何度も読んだのだが、安倍晋三が憲法改正を訴える具体的な理由、

つまり、「今の憲法のどこが悪くて、どのように変えるつもりなのか。それによって、日本国民に如何なるメリット(或いはデメリット)があるのか」が全く分からない。

分かることと言えば、

1.自分は3代目の政治家である。祖父の代から自主憲法を制定しようとしたが、祖父も父も成し遂げられなかった。

2.戦後体制を続けていくのは限界である。

という二点のみである。


◆動機に説得力がない。

私が辛うじて理解できた、安倍晋三の改憲論の根拠を読むと、まず、祖父・岸信介、父・安倍晋太郎が憲法改正に着手できなかったと言うが、

直系尊属とはいえ、祖父や父と安倍晋三は別個の人格なのであるから、同じ思想を持つ必然性も義務も存在しない。

敢えて嫌味な書き方をすると、

「おじいちゃんもパパも出来なかった憲法改正を僕がやるんだ!」

ということになる。個人的事情でムキになって「まず改憲ありき」だとしたら、とんでもないことだ。



二点目。

「戦後体制が限界に来ている」という言葉からは何も分からない。「戦後体制」とは何か。

「戦後体制」とやらの何がどのように限界なのか。

今の憲法で国民が兵隊にも取られず、戦争をする心配が無い国で暮らしているのに、集団的自衛権を認めたらそうはいかなくなる。

日本の軍事費は、GDP(国内総生産)比1パーセントだが、日本は世界第2位の経済大国である。

GDP比1パーセントであっても、絶対額では世界4位の軍事大国で、最新鋭の兵器も保有している。

このような実質的には軍隊と変わりのない自衛隊をもつのに、戦後60年間、自衛隊は海外で人を殺したことは一度も無いし、殺されたこともない。

先進国でこんな国は他にないのである。

これは、「戦争はしません」という憲法を作り、それを60年間守り続けたということで、世界はその点に一目置いている。


◆若い方々、頑張って海外の新聞・雑誌を読んでみるといいですね。

これは、7月7日に書いたことの繰り返しだが、海外の新聞・雑誌を読んでいると分かるのである。

わたしとて、さほど英語が得意ではないから、限られるが、それでも、英国のTimes、The Economist、Financial Times、

米国のワシントン・ポスト、ニューヨークタイムズで、同趣旨の言葉を何度も読んだ。それは、要するに、

「日本は憲法によって武力の行使を禁止されている。そして日本はその規定を守り、戦後60年間、自衛隊を有してはいるが、ただの一度も武力行使をしていない」

と、ある種畏敬の念を込めて語られている。「日本は、決して戦場に行かない腰抜けだ」という考え方ではない。

平和憲法を遵守していることがステータスなのだ。


◆個別的自衛権は「正当防衛」だが、「集団的自衛権」を認めるのは、戦争をする国になる、ということだ。

日本国憲法は、国民の「平和的生存権」を守る、と憲法前文で謳っているのだから、

外国が攻めてきたらこれに対抗出来る程度の武力を保有することは、個別的自衛権であり、当然である。

但し、集団的自衛権を認めたら、終わりだ。

日本が全く侵略攻撃を受けていなくても同盟国アメリカが攻撃されたら(しかも、アメリカが先に戦争を仕掛けることが多いのに)、

自国に対する攻撃と見なさなければならない。アメリカの小間使いとなり、世界各地でアメリカの人殺しを手助けする恥ずかしい国になるのだ。



それでも安倍晋三を総理にしたい自民党員の方。責任をもって、よく考えて、総裁選で投票してくださいね。


◆子供がいない人間が日本を「戦争する国」にする資格はない。

読者の中には、お子さんが欲しくても出来なかったという方がおられよう。

その方々には私は全く他意はないことをご理解いただきたい。

但し、内閣総理大臣となると話が違うので書かざるを得ないのだ。最後に一言付け加える。

安倍晋三には子供がいない。

「我が子が戦場に赴く可能性がない」人が国政の最高責任者になり、日本の集団的自衛権を認め、日本を戦争が出来る国にする資格・権利は無い。

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2006.08.18

「全国紙、論説委員はバカばかり。」8月16日付の社説を読んで。

◆問題:何故、内閣総理大臣は、靖国神社を参拝してはいけないのか。

日本の世論やマスコミは内閣総理大臣の靖国参拝を外交問題つまり、「他国からどう見られているか」という観点から論じ、

又は靖国神社にはA級戦犯が合祀されているから問題なのだ、という主張、

さらには、戦争で命を落とした英霊に敬意を払って何が悪い。

という論旨に大別出来る。こういうのを英語で、

“You keep missing the point.”(お前、ピンぼけなんだよ)

という。

これから述べることは、以前にも何度も論じた内容である。しかし、毎日、私のサイトを初めて訪れてくださる方がいらっしゃる。

いつも読んで下さる方からは、「耳にタコができた」と言われそうだが、

私の経験では、人々は他人の文章をさほどよく読んでいない。ましてや、覚えていないものだ。

自分の考えを他人の記憶に残すためには、愚直の一念で、繰り返し自分の思想を綴るしかない。

“Repetition is all."(繰り返すことが全てだ)。


◆答え:日本国憲法に違反しているからである。

内閣は行政府である。

第六十五条  行政権は、内閣に属する。

そして、内閣総理大臣は勿論行政府の構成員である。
第七十二条  内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。

つまり、内閣総理大臣は「国の機関」なのです。そして、日本国憲法は、国及びその機関の宗教的活動を禁止している。
第二十条第三項 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

さらに、日本国憲法は、公務員(内閣総理大臣は国会議員であり、国会議員は公務員です)は憲法を守らなければ行けない、と定めている。
第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

問題となるのは、内閣総理大臣の靖国神社参拝が「宗教的活動」か否かである。。宗教的活動ならば、憲法違反である。では、憲法に違反しているのかどうかは、誰が判断するのか。裁判所である。
第八十一条  最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

これは、法律、命令、処分(行為、ということです)が憲法に違反しているかどうかを「最終的に」判断するのが最高裁判所だ、という意味であり、

地方裁判所、高等裁判所(まとめて「下級審」といいます)も違憲審査権を持っている(最高裁大法廷の昭和25年2月1日の判例がある)。



これまでに、「内閣総理大臣の靖国参拝は憲法に違反している」という判断を示した判例は何度かあるが、

小泉純一郎氏が首相になった後にも、二度、違憲判決が出ている。最初は、福岡地方裁判所

そして、もう一度、昨年9月30日大阪高等裁判所が下した判決である。

判決主文に違憲だとか、合憲だとか書いていないのは、わが国の法律制度では、ある行為が合憲か違憲かを直接判断する「憲法裁判」がなく、

「付随的違憲審査制」という制度を採用しているからだ。

それに関しては、昨年、私が大阪高裁の判決に関して、「傍論で違憲」というのがわかりにくいみたいですね。という一文で説明しているのでご参照頂きたい。


◆裁判所が違憲だと言っているのに、合憲だと主張し、参拝を続ける総理大臣。

小泉純一郎という人物は本当に基礎学力のないひとで、裁判所が二度も「内閣総理大臣の靖国参拝は違憲である」と言っているのに、

特に昨年、9月30日大阪高裁判決後、小泉首相は「何故違憲なのか分からない、分からない」と繰り返した。

裁判の判決は文書化され、何度でも読むことが出来る。それをせずに司法の意図を理解しようとしないのは、首相として怠慢である。

そして、小泉首相は判決文を読まないまま、靖国参拝を続けた。言語道断である。

裁判所が「クロ」と判断した行為を、内閣総理大臣が「シロといったらシロなんだ」と駄々をこねたら、「シロ」になってしまうのか?

何のために、裁判所は存在するのか。この国は司法権の独立は確保されていないのか。

「三権分立」はフランスのモンテスキューが1748年に書いた「法の精神」という本で提唱された概念だが、

小泉首相は260年も前の思想が、いまだに理解出来ないと見える。


◆全国紙の社説は驚くべきことに「靖国参拝の違憲性」に言及しない。

小泉首相が靖国神社を参拝した翌日、つまり、8月16日の朝日、読売、毎日、日経、産経の社説を読んでみた

(因みに新聞コラム社説リンクは大変便利だ。

全国紙は勿論、日本中の地方紙の社説、コラム(天声人語、余録、春秋の類)へリンクされている)。



朝日、読売、日経は全然、違憲判決に触れていない。毎日がかろうじて言及しいる。

朝日は、「15日は韓国にとって植民地支配から解放された記念日であり、中国にも歴史的な日である。そこに、彼らが「感情を傷つけないでほしい」と中止を望む靖国参拝をぶつけた。 」

読売は、「A級戦犯をどう見るか」

日経は、参拝反対だが、その理由が

(1)A級戦犯合祀に違和感を抱く遺族、国民が少なくない

(2)首相の靖国参拝は日本がかつての戦争のけじめをあいまいにした印象を与え、外交上得策でない――からである。」ときた。何故、「憲法」が出てこないのか?

産経はバカだから、批判する気にもならない。


◆地方紙の論説(委員)の方が優れている。

地方紙の社説の方が「違憲性」にはっきり言及している。

例えば、中国新聞。首相の記者会見への反論を書いている。以下、抜粋。

【中国新聞社説抜粋】

三つ目に「憲法一九条、二〇条をよく読んでいただきたい。思想・良心の自由を犯してはいけない。心の問題でしょ」。

一九条にいう思想・良心の自由は、個人の内面を権力から守るためにある。首相という権力の頂上に立つ人に、これを持ち出されても鼻白むばかりだ。

二〇条は信教の自由とともに政教分離を掲げている。それに照らしての違憲判決には口をぬぐう。条文のつまみ食いではないか。

我が意を得たり。中国新聞だけではない。北海道新聞も、きちんと違憲判決に言及している。

【北海道新聞社説抜粋】

首相が三つ目に挙げたのは憲法との関係だ。

首相は、靖国を参拝することは憲法が保障する「思想、良心の自由」だと強弁したが、ここでも大きな勘違いをしている。

憲法のこの規定は国家権力から個人の権利を守るためのもので、国家権力を持つ首相が何でも自由にできるということを定めているわけではない。

憲法をいうなら、首相が守るべきは政教分離規定だ。靖国参拝は違憲だとする司法判断も出ている。少なくとも違憲か合憲かをめぐって議論がある行為は、慎まなければならない。

全くもって正論である。もう一紙。神戸新聞

【神戸新聞社説抜粋】

首相や与党の一部には、外国に干渉されたくないとの声がある。だが、これは国内問題としても重い。実際、靖国参拝は違憲とする二件の司法判断も下されている。

ところが、「思想、良心の自由」「心の問題」を主張する首相が、政教分離が問われても「分からない」などと言葉を濁し、ここでも粗雑な説明ぶりは変わらない。

そう。これこそ、新聞の論説である。


◆結論:論説は論理的たるべし。

「A級戦犯をどう考えるか」、とか、「アジア諸国の人々の気持ち」を根拠にして首相の靖国参拝を論ずるのは情緒的な評価であり、

無意味だとは言わないが、論説として何より必要な、論理性・公平性・客観性に欠ける。



首相の靖国参拝に関しては、最高法規、憲法を基準に考察すれば、くどくど書く必要は無いのだ。


  • 「国及び国の機関は宗教的活動をしてはならない」、と憲法に定められている。

  • 公務員には憲法遵守義務がある。

  • 違憲性を判断するのは司法(裁判所)である。

  • その司法が「小泉首相の靖国参拝は違憲だ」、と二回も判断を下している。

  • 首相はこれを無視している。

  • 三権分立を守らないのなら、近代国家とは言えない。


たったこれだけのことだ。

全国紙の論説(委員)はバカばかり。地方紙の論説(委員)を見習うべきだ。

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2006.08.17

「<靖国参拝>平和国家として歩んできた道と評価…英タイムズ」←評価している新聞ばかりではない。

◆記事:<靖国参拝>平和国家として歩んできた道と評価…英タイムズ

小泉首相の靖国神社参拝について、英タイムズ紙は16日付社説で、日本が過去の戦争の直視を怠ってきたとする一方、平和国家として歩んだ道を評価。

「参拝問題は日本が平和国家かを試す重要なテストではない」と指摘し、解決について「最善の方法は追悼方法のコンセンサスを得るまで参拝凍結を宣言すること」と書いた。

(毎日新聞) - 8月16日20時54分更新


◆コメント:都合のいいところだけ引用するのは感心しませんね。

Timesの社説に毎日新聞が訳したセンテンスがあるのは、事実だが、中途半端である。そのセンテンスも、正確には、

「最善の方法は日本の中で戦没者をどのように追悼すべきかコンセンサスが得られるまで(但し、そのためには十年以上を要する可能性も充分にあるが)、靖国参拝をやめることだ。」

となっている。また、同じ社説の前半では
「小泉首相は、靖国参拝の目的は2度と戦争の惨禍をもたらすまいという自らの決意を新たにするためだ、というが、それはあまりにも見え透いた嘘だ。彼は、終戦記念日に靖国を参拝することがどれほど、日本国内及び日本がが戦争中に侵略したアジア諸国で騒ぎを引き起こすか充分に承知していた。」「靖国神社内の『遊就館』では、真珠湾攻撃を美化し、ルーズベルト大統領が日本を戦争に巻き込んだのだ、という思想を露わにしている。」

と述べている。ただ、靖国参拝を称讃することはできないが、日本では、歴史教育で比較的史実に近い事を教えているし、

それなりに国際貢献(米英軍を助けるためにイラクへ自衛隊を派遣したり)している。それは、評価してもいいだろう、という論旨である。


◆コメント:インデペンデント紙(イギリスの大新聞のひとつ)は「小泉首相の挑発的靖国参拝の危険性」と書いている。

記事要約。

小泉首相は過去五回、靖国神社を参拝して、その度に中国政府を怒らせているが、昨日は特別に、終戦記念日を選んで参拝するという、故意に日中関係を悪化させようとしているとも取れる行動を取った。

これは、長期的には、国際金融市場に影響及ぼすかも知れないという意味において、中東紛争に匹敵するほどの深刻な、問題である。

ヨーロッパでは、過去の敵国同士が、再び軍事的衝突を起こす状態は存在しない。しかし、アジアは危ない。中国が軍事力・経済力において日本に拮抗しつつあるからだ。

現実には、韓国を含め、極東では漁業水域や石油採掘権に関して揉め事が起きており、何らかのきっかけで、この険悪なムードが武力衝突に発展しない、という保証はない。
小泉首相の靖国参拝は、ヨーロッパになぞらえれば、ドイツの首相が定期的にヒットラーを墓参したら、我が英国のみならず、ヨーロッパ諸国でどのような騒ぎになるか、を想像してみると、如何に無謀な行為かわかるだろう。


◆コメント:遊就館を訪れる、駐日大使(外国のですよ)が増えているそうな。

文芸春秋9月号によれば、昨年暮れあたりから、靖国神社の軍事博物館、「遊就館」を訪れる在日外交官が増えているそうだ

(今まで、彼らは関心が無く、その存在を知らなかったのである)。全部訳している時間がないが、BBCは

「後継間違いなしと見られている安倍晋三は靖国参拝に関して意思を表明していないが、はっきりさせろ」

と書いている。

何でも反対を押し切って行動するのが好きな小泉首相は、靖国公式参拝を済ませ、すっかり良い気分になって昨日から夏休みらしいが、

結構、波紋が広がりそうだ、ということである。時間がないので、とりあえず、ここまで。

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2006.08.16

「小泉首相は、中韓の圧力に屈せずに、よくぞ参拝した」、という人は、かなりおめでたい。

◆小泉首相が靖国に参拝してくれて、中国・韓国政府はそれぞれ大変有難いのである。

世論は、小泉首相の今日の靖国参拝を巡って侃々諤々(かんかんがくがく)である。

一部(というか、かなり多く)の人々の意見は、中国や韓国が小泉首相の靖国参拝を取りやめるよう抗議していたのに、

小泉首相は、首相就任当初の公約を遂に果たした。立派だ、というものである。おめでたい。

韓国の盧武鉉大統領は「天文学的低支持率」(?)にあえいでアップアップの状態である。

中国では、自由経済の導入により、経済的「格差」が生じ、それは日本のそれどころの騒ぎではない。

中国に言論の自由は無いので、中国共産党への不満を公然と口にするものはいないが、不満を抱く国民が激増している。



歴史が示すとおり、いずこの国でもこのような場合、外国を悪者に仕立て上げ、国民の不満をうまくそちらへ誘導することが、

当面のゴマカシ政策として、最も有効である。


◆小泉純一郎君は中国・韓国に屈しないどころではない。協力してしまっているのだ。

絶対に、あり得ないが、仮定上の話として、お読みいただきたい。

中国と韓国が何よりも怖いのは、日本が(フリだけでも)本気で謝罪することである。

小泉首相が北京とソウルに行き、(あくまで仮定上の話ですからね?)土下座して
「第二次大戦中の過ちを全て認めます、どのような償いも致します。なんなりとお申し付け下さい」

と言い出したら、両国とも一般庶民のバカは喜ぶだろうが、権力中枢部は真っ青になるであろう。

全て謝るといえば、文句を付けられなくなるからだ。


◆中国も韓国も小泉首相の小児的性格をよく把握している。

小児的性格というのは、あまのじゃくということだ。単なるあまのじゃくの度を越している。

他人から、何かを止めろといわれると、必ずムキになって実行する。
自分と他人とは別の人格だから、意見が違うのが当たり前なのに、反対されると怒る。皆が賛成してくれないと拗ねる。

こういうのは、自分と他人の区別が良くできていない、ということで、一種の発育不全である。



丁度一年前、郵政民営化解散のあと、民営化に反対投票した議員を執念深く覚えていて、「刺客」を放ち、落選させたのも、

このような、「幼児性」が表出したものである。

中韓両国が、しつこいほど小泉首相に靖国参拝を中止するように牽制していたのは、小泉君のこのあまりにも単純な行動様式を把握していたためと思料される。


おかげで、寄りによって、終戦記念日に小泉君は靖国に参拝してくれた。当分の間は中韓両国とも世論を反日感情で固めることが出来る。

小泉首相は、両国政府の権力者にとって、「遺憾の極み」だそうだが、実は殆ど救世主となっている。

だというのに、小泉よ、よくやったという日本の人たちがいるから、「おめでたい」というのだ。

仮定上の話をもう一つ。

小泉君はもはや任期満了間近だから、もう試すことが出来ないが、彼が靖国を参拝しないようにするのは、簡単である。小児性を利用するのだ。

靖国参拝を積極的に奨励すればいいのだ。中国も韓国も、

「小泉君、英霊を拝むのが一年に一回でいいのか?英霊はきっと怒っているぞ?

毎日行け。そうするべきだ。それが人の道だ。イスラム教徒を見ろ。1日五回もメッカの方向に祈りを捧げているではないか。

小泉君も、早起きして、まず執務前に参拝。昼休みに参拝。仕事を終えたら、参拝。こうじゃなければいかん。いや、もう靖国の境内に住め。」

とは、さすがに中国も韓国も国民から「気が触れたか?」といわれてしまうから、無理だろうが、

それを実行したら、ほぼ間違いなく、小泉純一郎内閣総理大臣は、靖国に参拝しなくなるだろう。


冗談はこれぐらいにして、小泉首相の行為が正しいのかどうかは、内閣総理大臣の靖国神社参拝に関する一考察。や、

<自民党>「靖国若手の会」が首相参拝で提言←ったく、分からねえ奴らだなあ。

に書いたばかりなので、ご参照頂きたい。

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2006.08.15

クレーンが送電線に接触。139万世帯が停電。←電柱が非常に多い日本。電力系統の勉強。

◆記事:損傷1カ所、広範囲に影響=都心貫く送電線-「早期復旧」強調・東電

14日朝、首都圏を襲った大規模停電は、1カ所で起きた送電線の損傷事故が、東京、神奈川、千葉の3都県に及ぶ広範囲の停電につながった。

東京電力によると、発電所で作られた電気は首都圏を環状に取り巻く50万ボルトの送電線で送られ、そこから27万5000ボルトに減圧されて放射状に都内に入ってくる。

それぞれの送電線には、さらに減圧して電気を分配する下流の変電所が多数つながっており、各家庭まで電力を供給する。



今回、損傷した送電線は千葉、茨城方面から都内に入る27万5000ボルトの基幹送電線の1つ。

都心を通り、横浜市北部の変電所までつながっており、幅広い範囲に停電をもたらした。

東電は、こうした送電線の損傷による停電事故を想定し、放射状の基幹送電線同士をつなぐ迂回(うかい)ルートも用意している。

今回は首都圏西部からの供給網を使い、停電した地域への電力供給を再開した。

全面復旧まで約3時間を要したが、東電は「迂回網がなければ、損傷された送電線の復旧を待つほかなく、それに比べれば早く復旧できた」(広報担当者)と強調する。

しかし、迂回ルートを使うには、高圧電流を流しても安全かどうかを確認する作業が必要で、どうしても復旧までには2、3時間かかるという。

(時事通信) - 8月14日19時1分更新


◆電力系統

電気を発生し,それを輸送,分配するシステムの全体を電力系統という。

電力系統のはじめは、当然、電気をつくる(発生させる)電源、つまり発電所である。

発電所は発電方式により、水力、火力、原子力に大別されるのは周知のとおりである。



電源(発電所)からは、今回損傷した27万5000ボルト又は50万ボルトの送電線を経由して、電力需要地域に電力を送る。

そして、まず、一次変電所で15万4千ボルト、又は6万6千ボルトに電圧を下げる(降圧する)。

その後、二次変電所で6万6千ボルト、又は2万2千ボルトに降圧する。これは、大口需要家(工場など)に供給される。

一般家庭には、さらに、6,600ボルトの高圧配電線と、200ボルト、100ボルトの低圧配電線を経由して電力を供給している。

今日の事故では、電源から、一次変電所に届く前の、一番大元の電線に、クレーンが触れてしまった。

つまり、最終的には無数に枝分かれする送電線だが、枝ではなく、「幹」の部分でショートしてしまったので、

その先の需要先に電力の供給が出来なくなったのは、原理的には当然である。


◆架空送電と地中送電

架空送電とは、金融犯罪の「架空取引」の「架空」ではない。電線が、地面の上に張り巡らされている、日本ではおなじみの送電形式である。

日本では、町中に電信柱が立っているが、海外に行って、少し注意して観察すると分かるが、電信柱が無い。若しくは少ない。

電線が地下をとおっているからだ。

架空送電のメリットは、費用が安いこと。デメリットは、特に日本の場合、海岸線に沿って電線が剥き出しになっているため、

導体である電線を絶縁している碍子(がいし)などに塩分や埃が付着して、絶縁効果が低くなること、落雷の被害を受けやすいこと、などである。



地中送電とは、文字通り地下に電線をとおすことであるが、電線そのものを土の中に埋めるわけではなく、

チューブを作ってその中を通すことになるので、導体である電線の保護の観点からは、架空送電よりもずっと安全であるが、

設備投資費用が架空送電よりも遙かにかさむ。また、地中では静電容量、つまり電気を貯めるキャパシティが大きいので、電気が遠くまで届きにくいことなどである。


◆本日の事故に関して。

明日の新聞の社説は、読まなくても分かる。

首都圏のインフラの脆弱性が浮き彫りになった。早急に見直すべきだ、と書くのだろう。

しかし、今回のような人的要因による送電停止が起きることは、極めて例外的である。

それは、新聞記事にも書いてあるとおり、もう一つの例が、1999年自衛隊の練習機が墜落したときに、送電線を切断した事故であることを考えれば、明らかである。



経産相は、東電の幹部を呼びつけて厳重注意をいいわたしたそうだが、それは東電が気の毒であろう。

東電こそいい迷惑だ。

厳重注意するならば、電線に接触した、クレーンのオペレーターか、操船責任者だろう。

船に積んだクレーンが高圧線に接触することなど、過去に何度も例があるのならともかく、今回が初めてであり、そこまで想定しろ、というのは、酷だ。

日本も全て地中送電に切り替えたら、莫大な費用がかかり、それは、我々に電気代に転嫁される(値上げされる、ということです)だろうし、手間を考えると現実的ではない。



この分野に関しては完全に素人の私なので、軽々しく思いつきで書くべきではないが、

敢えて書くならば、要するに仮にクレーンが電線に接触してもショートしないように、

電線そのものを強力な絶縁体力を持つ材質で覆うとか何とか、其れぐらいしかないだろう。

極めて例外的なことを、普遍化して、「抜本的な改革が必要である」というのは、短絡だ。

本論の主題からそれるが、思い出した。東電を「厳重注意」した経産省の官僚が株のインサイダー取引を行っていたことがある。

経産相は、他人の会社を厳重注意する前に、自分の役所の職員も「厳重監督」してくださいね。

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2006.08.14

「『健康保険法等の一部を改正する法律案』の内容は、あまりにも酷だ」で書き忘れましたが、背後には米国がいます。

◆先日書いたことの補足です。

先日、6月14日に可決した「健康保険法等の一部を改正する法律案」の内容は、あまりにも酷だ。と題する駄文を晒しました。

そこでは、もっぱら「現象面」というか、医療制度改革により、国民の負担がどのように増えるか、という具体的な数字をあげるに留まり、その背景まで触れませんでした。


◆米国の「年次改革要望書」に書かれているのです。

アメリカは毎年、日本の内政に関して、信じられないほどの「超内政干渉文書」である、「年次改革要望書」を日本政府に渡します。

これに関しては、今までに、小泉首相が、郵政民営化にあれほどムキになる理由。と、

「拒否できない日本」に書いてあることは、米国大使館の日本語ページで読める。で説明したので、読んでいただけると有難いのですが、

とりあえず、どんなものか。そのものが米国大使館のサイトに載っています。

例えば、2002年度 日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本政府への米国政府の年次改革要望書です。

この項目の細かいこと。

これら全てアメリカから日本政府に対して「日本の制度の改革すべき点」に関して「要望」を述べているのですが、異常ですよ。

アメリカが日本を独立国として認めていない(勿論、意識において、といいう意味です)ことが良く分かる。


◆郵政民営化も医療制度改革もアメリカの言う通りになってしまう日本。

小泉首相が、昨年の今頃(昨年8月11日)に衆議院が解散になりましたね。)郵政民営化についてあれほどムキになったのは、アメリカの要望だからです。

これは私の「想像」でも「妄想」でもありません。郵政法案に最後まで反対票を投じた平沼赳夫・元経産相が証言している。

それも、小泉首相が、郵政民営化にあれほどムキになる理由。に載せました。

医療制度改革に関しても、2002年度 日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本政府への米国政府の年次改革要望書に書いてある。

流石に数字までは載せていませんが、それは、ここには書いていないだけであり、アメリカが日本政府に渡した原本には書いてあるはずです。


◆ここ数年、外資系保険会社のCMがやたら多いと思いませんか?

アメリカ系、スイス系などの生保が「何歳からでも、医師の診断も受けずに」加入できる医療保険(生保の一部としての)のコマーシャルが、やたらと多いと思いませんか?

何か変だと思いませんか?日本政府は医療費の自己負担率を増やしている時に。

つまり、日本政府の意図は、国の負担を減らし、患者の負担を増やすが、個人で民間の保険に入って何とかしろ、というわけです。

丁度そこで規制緩和により日本に参入してきた外資系生保がいる。偶然とは思えませんね。



ヨーロッパにはロスチャイルド。アメリカにはロックフェラーという超大財閥があるのですね。両方ともユダヤ系です。

ロックフェラーなんてのは、アメリカの六大投資銀行のうち、四つまで支配している。

ありとあらゆる分野に影響力を持ち、ブッシュはロックフェラーに操られていると言っても過言ではない。

そして、小泉首相はブッシュのいいなりであることは、今更書くまでもない。

これをいうと、必ず「ああ、ユダヤ隠謀説ね。」としたり顔でいう人がいますが、とにかく調べてみなければ、何事も判断を下せません。

アメリカの経済支配者たちが入門書としては適していると思われます。

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2006.08.13

日航123便のボイスレコーダーを面白半分で聴くな。/坂本九氏の功績。

◆アクセス解析を見ると1年を通じて「123便」「高浜機長」で検索してくる人が絶えない。

毎年この時期になると特に増えるが、それ以外の季節も、何故か、このサイトのリンクを辿って、

私の2005年05月21日の日記にアクセスする人が増える。

ここから、日航機墜落までの航跡というサイトへのリンクを貼っているためである。


◆事故のことを真面目に知ろうとすることは悪いことではない。

事故から、21年を経ている。あの事故の後に生まれた子供が成人している。

若い人が自分の生まれる前の航空機事故を真摯な態度で知ろうとすることは悪いことではない。

ボイスレコーダー(コクピットクルーの会話、管制との交信の音声を録音したもの)を聴いてみたいのであれば、日航機墜落までの航跡

にアクセスしてみるといい。

このサイトは、1985年8月12日、御巣鷹山に墜落した、日本航空123便のボイスレコーダーと、123便の航路を描いたフラッシュをシンクロさせた、貴重な記録である。

ただし、聴くなら、くどいようだが、「真摯な態度」で聴いていただきたい。

(このサイトは閉鎖したようなので、暫定的に私のブログのトップページに、Flashファイルを掲載した)。

コクピットクルーの死にものぐるいの懸命の努力。油圧系統が完全に使えなくなり、左右のエンジンの出力調整のみによって、飛んでいたのである。

クルーたちは、自分たちの生命と乗客の生命が、まもなく失われることを知っていたに違いないが、本当に最後の最後まで、頑張った。

それは素人にも良く分かり、落涙を禁じ得ない。その辛さに耐える覚悟で聴くことだ。



あの事故の時、すでに大人だった人ならば、8月12日に123便を思い出さない筈がない。

そこから逃げるのは無論個人の選択だが、8月12日だけは、この辛さを敢えて思い出すべきなのではないかと思うのである。



ところで、「真摯な態度で」と説教じみた言葉を繰り返したのには理由がある。

私はかつて、自分のサイトへのリンク元を辿っていったら、どこかのガキが、この日航機墜落までの航跡を、

「面白いから」是非見ること。と書いていたのを発見したことがあるのだ。

出来ることなら、探し出して、張り倒してやりたいと思った。人間、言って良いことと悪いことがある。


◆NHKで坂本九さんに関わる話を取り上げていた。

日航123便の乗客の中には、歌手の坂本九さんがいた。今晩、NHKのつながるテレビ@ヒューマンでとりあげていた。

若い人は、坂本さんを知らないようだ。



彼の最大のヒットソングは「上を向いて歩こう」で、何と日本語のままでアメリカのヒットチャート1位を獲得したのだ。

日本人では、坂本氏以外にはいない。



しかし、それは本稿の主題ではない。

坂本九の歌は永六輔作詞、中村八大作曲、のコンビで制作されたものが多いが、

「見上げてごらん夜の星を」や、「ともだち」(←アクセスするとMIDIで曲が流れます。念のため。)は作曲がいずみたく(故人)である。



あまり知られていないが、これらの歌には、それぞれ、特定の人達へのメッセージが込められているのだ。

例えば、「上を向いて歩こう」は集団就職(とは何か知らない人は調べて下さい)で寂しさ、辛さに耐えている若者のために書かれた曲である。

歌詞(1番だけ)を記す。

上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 思い出す春の日 一人ぼっちの夜

上を向いて歩こう にじんだ星をかぞえて 思い出す夏の日 一人ぼっちの夜

■幸せは雲の上に 幸せは空の上に

上を向いて歩こう 涙がこぼれないように

泣きながら歩く 一人ぼっちの夜

また、「見上げてごらん夜の星を」は、働きながら、或いは何らかの事情で定時制高校に通い、

頑張る学生を励ます為に書かれた曲である。

見上げてごらん 夜の星を 小さな星の 小さな光が

ささやかな幸せを歌ってる

見上げてごらん 夜の星を

ぼくらのように 名もない星が

ささやかな幸せを祈ってる

■ 手をつなごう ぼくと 追いかけよう 夢を

■ 二人なら苦しくなんかないさ

見上げてごらん 夜の星を 小さな星の 小さな光が

ささやかな幸せを歌ってる

見上げてごらん 夜の星を

ぼくらのように 名もない星が

ささやかな幸せを祈ってる

さらに「ともだち」は、体の不自由な子供たちに向けて作られた曲である。


1.君の目の前の 小さな草も 

生きている 笑ってる

ホラ笑ってる

2.君の目の前の 小さな花も

生きている 泣いている

ホラ泣いている



3.君が遠く見る あの雲も山も

生きている 歌ってる

ホラ歌ってる

踏まれても 折られても

雨風が吹き荒れても



4.君の目の前の この僕の手に

君の手を重ねよう 

ホラ友だちだ

踏まれても 折られても

雨風が吹き荒れても



5.君の目の前の この僕の手に

君の手を重ねよう 

ホラ友だちだ

ホラ歌おうよ

ホラ友だちだ

どの詞も、メッセージであるとはいえ、実に美しい。永六輔氏は、すごいロマンチストだ。


◆「見上げてごらん夜の星を」で引きこもりから立ち直った青年。

今日のNHK、つながるテレビ@ヒューマンで取り上げていたのは、

顔に生まれつき痣(あざ)があるが故に学校でイジメに遭い、8年間も引きこもりになってしまった青年が、

「見上げてごらん夜の星を」を聴いて心を打たれ、一大決心をして定時制に通いはじめた、という実話であった。



非常に幸いなことに、青年の通った学校の先生が大変立派な人で、この青年を温かく迎え、一所懸命に励ましたのである。

おかげで青年は人間に対する不信感を払拭し、自分も恩師のような人間になり、人の役に立ちたいと考え、ついに自らも教師になったのである。



彼は、坂本さんの「見上げてごらん夜の星を」を聴かなかったら、今の自分は無かった、と大変感謝していた。

これは、歌・音楽が、ときには人ひとりの人生を変えるほどのものすごい力を持っていることを物語っている。

坂本九さんは享年わずか43歳だったが、偉大な仕事を遺したのである。


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2006.08.12

<自民党>「靖国若手の会」が首相参拝で提言←ったく、分からねえ奴らだなあ。

◆記事:<自民党>「靖国若手の会」が首相参拝で提言

自民党の「平和を願い真の国益を考え靖国参拝を支持する若手国会議員の会」(今津寛会長)は11日、

「首相が国民を代表する立場で継続して参拝するよう求める」との提言をまとめた。

時期については「首相自身の判断に委ねる」とする一方、A級戦犯分祀には「政府主導は政教分離に反する」と反対した。

(毎日新聞) - 8月11日18時4分更新


◆コメント:裁判所が首相の靖国参拝は違憲だと言っているのが分からんか?

あのですね。何度言ったら分かるのでしょうね。

日本国憲法は第20条第3項は、

国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

と定めています。

「国」、「国の機関」は抽象的概念で、実体は国の機関、例えば行政府(内閣)は生身の人間で構成されている訳です。

国の機関が宗教的活動をおこなってはならない、とは、事実上、「国の機関の構成員たる自然人」を意味します。

一番問題となっているのは行政府=内閣です。内閣というのは、要するに大臣と総理大臣です。

従って、国及びその機関のひとつである行政府を構成する各大臣は宗教的活動をしてはいけないのです。

首相は行政府の一員ですから、当然、憲法20条3項でいうところの国の機関なのです。

そして、ある法律や処分、行為が違憲か否かを判断するのは、立法府(国会)でも、行政府(内閣)でもない。司法(裁判所)です。
日本国憲法第81条【 法令等の合憲性審査権 】最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

終審裁判所が最高裁だと書いてあるだけですが、これは文字通り、最終的な判断を下すのが最高裁である、という意味です。下級審(地方裁判所、高等裁判所)も違憲審査権を持つのです。

それは、つい先日、説明しました

そこに書いたとおり、大阪高裁、それ以前には福岡地裁が首相の靖国神社参拝は違憲であると判断しているのです。

「判決傍論だろ?」と「反論」する前に、わが国は付随的違憲審査制という制度になっている事を知って下さい。


◆戦犯という概念は滑稽ですが、戦争を始めた責任はやはり一部の人々にあると思います。

A級戦犯とかなんとかいう以前に、裁判という制度の本質に鑑み、東京裁判は、裁判とは言えない。

裁判の本質とは、「紛争の当事者とは利害関係の無い、第三者が当事者双方の言い分を聞いて、法的決定を下す」ことです。

東京裁判は、紛争の当事者の一方が他方を裁いて、「平和に対する罪」とか言ってるんですから、裁判の本質を完全に逸脱している。本当はお話にならない。

しかし、日本は、戦後サンフランシスコ講和条約を締結して、世界の国々との戦争状態、敵対関係を終わらせたのです。

そのときに「東京裁判の結果を受け入れる」と公式に認めたのであって、今更、「あれは無効だ」とは言えないのです。

だから、A級だろうが、B級だろうが、「戦犯」という言葉には意味がないけれども、日本国の公式見解としては、そう述べてはいけません。

ホンネを言えば、「平和に対する罪」「人道上の罪」を問題にするのなら、原爆を二回投下して34万人殺したトルーマン大統領は超A級戦犯なのですがね。

それはさておき、米英と戦争をするきっかけとなった、日独伊三国同盟締結を提唱した陸軍や右翼、その他の人々の責任はものすごく重いことは間違いがありません。


◆その辺の事情を知りたかったら、阿川弘之氏の三部作を読んで下さい。

阿川弘之氏は「たけしのTVタックル」に出ている阿川佐和子(最近見ていないけど、まだやっているんでしょ?)の御父上です。

志賀直哉の最後のお弟子さんで、東大在学中に学徒動員で海軍に入れられて、戦争を実際に体験した人です。

三部作とは「米内光政」「山本五十六」(上下)「井上成美(しげよし)」です。


◆「海軍左派」、米内、山本、井上。

3人とも、日独伊三国同盟などもってのほか。アメリカ、イギリスとの戦争を何としても食い止めようとしました。

本当に毎日脅迫され、生命の危険があっても、絶対に意見を変えなかったことで共通しています。

如何なる恫喝にも全く3人とも動じないので、当時の新聞記者たちは感心したらしい。米内、山本、井上を「海軍左派」と呼んでいました。


「左派」とは、左翼ではなく、「リベラル」という意味です。

米内海軍大臣、山本海軍次官、井上軍令部長という時期もあったのですが、それでも時代の流れを食い止められなかった。

山本五十六が連合艦隊司令長官になったのは、本当に暗殺されそうだったので、米内光政が、海に出したのです。

山本五十六は真珠湾攻撃をやりますが、「自分の考えと正確に180度逆のことをやるのに全力で邁進しないといけないのは、奇妙な気分だ」と海軍の同期に宛てた手紙に書いています。

要するに非常に不本意だったのです。

本当の考えを理解してくれる部下がいなくて辛かった様子が「山本五十六」に、詳細に描かれています。



井上成美という人は、ものすごく頭が切れ、信念を曲げなかった人です。昭和16年1月、つまり、戦争が始まる11か月前に書いた論文で、

「もし、アメリカと戦争になったら、アメリカは、1.日本国全土の占領が可能、2.首都の占領も可能、3.作戦軍(海軍)の殲滅も可能」

と、書いています。

今から思えば当たり前ですが、当時はこういう事をいうと、右翼が来て本当に生命の危険があったのです。世間全体がバカになってしまったようです。



米内光政は、普段は温厚な人格者でしたが、開戦前、海軍大臣を務めていた頃、三国同盟を締結するかどうか、という閣議の席上、米英軍と戦って勝てる見込みはあるか?と訊かれて、
「勝てる見込みはありません。そもそも日本の海軍は米英を向こうにまわして戦うように建造されておりません。」

と、ものすごくはっきりと断言したのです。


◆終戦工作に奔走した、米内、井上。

3人の極めて合理的・論理的な意見も、バカな陸軍や右翼には一向に通じなくて戦争になってしまいました。

戦争になってから、米内は一旦現役を退きますが、終戦の為に組閣された鈴木貫太郎内閣で、

「海軍を収めることができるのは米内以外にいないだろう」、という陛下のご意向で、再び海軍大臣となります。

結果的に最後の海軍大臣になります。

その時、終戦工作のスペシャル・タスク・フォースを命ぜられたのが、「カミソリ」という異名を持つほど頭の切れる井上成美でした。



客観的にはどう見ても負けなのですが、軍人たちは気が立っているから、うっかり「終戦」という言葉を口に出せない。

極秘裏に計画を立てる必要があったのです。

最後は鈴木貫太郎内閣総理大臣と米内海軍大臣の尽力の甲斐があって、御前会議で、陛下が終戦を決めたのです。


◆戦争を始めた人を神様にして、戦争終結に全勢力を傾けた人のお墓参りはしないのはおかしいのではないですか?

私の説明が下手なので、分かりにくかったと思いますが、要するに、戦争は原爆が落ちたから自然に終わったのではなく、

国民の知らないところで米内、井上、鈴木の大奮闘があったのです。



ここまでやりながら、井上成美は「戦争を食い止められず、もっと早く終わらせることが出来なかったことに、責任を感じる」といい、

戦後、30年間横須賀で極貧の生活を送り、一度も公の場に姿をあらわさず、昭和50年、独りで寂しく亡くなりました。



米内光政は、もともと血圧が高く健康状態が優れなかったのに、終戦工作の重責を担ったので、元気な頃と同一人物とは思えないほど痩せて、昭和26年になくなりました。

米内は、昭和天皇の御信認がとにかく厚く、海軍省がなくなり、最後のご挨拶のため、宮中に参内したら、

陛下が「米内には苦労をかけたね。これからは、会うことも少なくなるだろうが、健康には気をつけるように。」とおっしゃって、

御自分がつい今まで使っていた筆と硯を米内に「今日の記念として持ち帰って貰いたい」と自ら手渡されました。

米内は硯箱を持って廊下に退出するなり、声を殺して泣き出したとのことです。


◆戦争を始めるより、終わらせるのが大変なのです。

言うまでもなく、当時の日本は「戦争放棄」などしていなかったのですから、軍人としては、戦争に反対する方が勇気が要るのです。

海軍ならば、国民の税金を使って、軍艦を大量に保有しておきながら、「この戦争をしたら負けます」という訳です。

右よりの人々は「それじゃ、お前らは何のために存在するのだ」といわれてしまう。

それでも、合理的・客観的に見れば米英と戦争したら負けることは明らかなので、米内、井上、山本はあの戦争は絶対反対だった。

ですから、戦争が始まった後は「だからいわんこっちゃない。」という心境だったでしょうが、終戦のために、全力を尽くした。



「戦犯」云々はともかく、戦争を始めて国を滅ぼしてしまった人が神様で、戦争を終わらせた人々のことは忘れられている。

若しくは多分若い人は全く知らない。こちらの方が問題だと思います。

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2006.08.11

「銀行強盗:警官が拳銃発砲、ナイフの男に当たる 横浜」 命を賭して任務を遂行している警察官もいる、という事実。

◆記事1:銀行強盗:警官が拳銃発砲、ナイフの男に当たる 横浜

10日午後1時10分ごろ、横浜市磯子区中浜町の横浜銀行磯子支店(橋本智暢支店長)に男が押し入り、「拳銃、ナイフ、爆発物を持っている。金を出せ」と書いたメモを橋本支店長に渡し、男性警備員をいすに座らせ両手をロープで縛った。男は非常通報で駆けつけた磯子署地域課の男性警部補(46)にナイフを向けたため、警部補が「ナイフを捨てろ。捨てないと撃つ」と警告。捨てなかったため、約2メートルの距離から拳銃で2発発砲した。弾は男の首などに当たった。男は強盗未遂容疑で現行犯逮捕後、病院に搬送されたが、命に別条はないという。縛られた警備員や店内の客ら約35人にけがはなかった。

 調べでは、男は自称韓国籍で「ブンコウイチ、40歳」と名乗っているという。カウンター内で橋本支店長から現金約1000万円を受け取っていた。

縛られた男性警備員の近くにペットボトルなどを粘着テープで束ねた物体が置かれていたが、鑑定の結果、爆発物ではないことが判明。現金も現場に残されたままで被害はなかった。

同署は男の回復を待って強盗容疑に切り替え、動機を追及する。

拳銃使用について磯子署の佐藤正義副署長は「容疑者が警察官に向かってきた際に警告の上で発砲しており、適正と判断している」と話した。

(毎日新聞) - 8月10日21時57分更新


◆記事2:拳銃発砲 警官が刃物男に…双方負傷 東京・葛飾の路上

4日午前10時40分ごろ、東京都葛飾区新小岩1の路上で、包丁を持った男を警視庁葛飾署地域課の巡査部長(46)と同課の巡査長(26)が取り押さえようとしたところ、男が切りつけてきた。

巡査部長は男に向け拳銃を3発発射。巡査長も1発発射した。男は左肩と両足に計3発銃弾を受けた。巡査部長も男に左腕を切られ、2人とも重傷。

同署は殺人未遂と銃刀法違反などの容疑で男を現行犯逮捕した。男は現場近くに住む無職、二階堂豊容疑者(32)。病院で治療を受けており、回復を待って取り調べる。

調べでは、二階堂容疑者は上半身裸で、文化包丁(刃渡り16・5センチ)と果物ナイフ(同11センチ)を振り回していた。

当時、巡査部長らはパトカーで付近を巡回中。「夫が包丁を持って飛び出した」との110番で現場に急行したという。

現場はJR総武線新小岩駅近くの商店街の一角。

目撃した小学5年男児(10)は「警察官が、男に『包丁を落としなさい』と言ったが、男は警察官の肩を切った。警察官は『放せ』と言いながら男の足に撃った。

男が逃げると、警察官は『追え』と若い警察官に指示していた」と話した。

同署の熊本勇署長は拳銃使用について「現時点では適正な職務執行と考えているが、さらに現場の状況を確認したい」とのコメントを出した。

(毎日新聞) - 8月5日17時13分更新


◆コメント:警官が発砲するというのは、相当な決意が要るのですよ。

警察官の武器使用が許される状況、に関しては、警察官職務執行法という法律で、かなり厳密に定められております(第7条)。

しかし、これだけだと、警察官が発砲できる状況がかなり限られ、その結果、警察官の殉職が増加しました。

そこで、警察の元締め、国家公安委員会の「国家公安委員会規則」第七号、警察官等けん銃使用及び取扱い規範を改正しました。

リンク先を見ると分かりますが、第二章 使用等(第四条―第十条)で、かなり具体的に書かれています。

一口に「武器の使用」と言いますが、ここでは、
(あらかじめけん銃を取り出しておくことができる場合)、

(けん銃を構えることができる場合) 、

(威かく射撃等をすることができる場合)、

(相手に向けてけん銃を撃つことができる場合) 、

それぞれ厳密に規定されている。
そして、一発でも発砲したら、直ちに上司(所轄ならば署長でしょうね)に「報告」しなければならない。これが、如何にも面倒臭いのです。


  1. 使用の日時及び場所

  2. 使用者の所属、官職及び氏名

  3. 危害の内容及び程度

  4. 使用の理由及び状況

  5. 事案に対する処置

  6. その他参考事項(使用したけん銃の名称、型式、口径、銃身長及び番号を含む。)


を報告書にまとめなければなりません。


◆それでも、敢えて発砲したのだから、余程切迫した状況だったのでしょう。

単なる「三面記事」として読むと実感が湧きませんが、今日の銀行強盗の場合、犯人を撃つか撃たないか瞬時に判断を下すのは大変だったと思います。

自分がその警察官だったならば、と想像してみると、分かるのではないでしょうか。

犯人を撃たないで、銀行の警備員が犯人に刺し殺されたら、マスコミの袋だたきに遭う。

発砲したらしたで、「本当に発砲する必要があったのか」という奴が必ず現れる。世間は勝手なものです。



記事2の事件も、同様に、自分が警官でその場にいたなら、と考えてご覧なさい。

果物ナイフと包丁を振り回す犯人に向って行くのですよ。文字通り命懸けですよ。

しかも、いきなり発砲せずに、まず、「包丁を捨てろ」と警告したのに、犯人は警官を切った。それで、やむを得ず発砲したのです。

自分は傷を負いながら、なお、部下に「犯人を追え」と指示していたのです。立派だと思います。


◆日本人の減点主義、褒め下手。

日本人は警官(に限りません)が、不祥事を起こしたときには、鬼の首を取ったが如く糾弾する。

それなのに、記事1,2のように、命を賭して任務を遂行した人の事は、全く褒めません。これは不公平ではないかと思います。

これが、警官の仕事だから、やるのが当然で、褒めることはない、というのでしょう。

私は、もしも、自分がその場の警官だったら、刃物を振り回す犯人に、向っていけるか、自信がありません。

警官の不祥事を批判するのなら、忠実に使命を果たした警察官は評価するべきだと思うのです。

大人と言えども、褒められてうれしくないわけがないのです。どうも日本人はその辺が下手だとおもいます。

減点ばかりで、あたかも、他人を褒めると損をする(そんなはずがあるわけはないのだが)と考えているかのようです。

他人の仕事を尊敬し、素直に称讃するのは大切なことだと思います。

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2006.08.10

「公約は守るべきもの 小泉首相 」←そうですか。それでは検証してみましょう。

◆記事1:公約は守るべきもの 小泉首相

【12:03】 小泉純一郎首相は9日午前、長崎市内で記者団に15日に靖国神社を参拝するとの自らの公約に関し「公約は生きているから、守るべきものだと思っている」と述べた。


◆記事2:衆議院会議録 第156回国会 予算委員会 第3号(2003-01-23)

菅(直)委員:いいですか。総理は、首相になる前後の中で、国民の皆さんに対して三つの公約をされております。

首相に就任したら、八月十五日に、いかなる批判があろうとも必ず参拝する。

二つ目には、財政健全化の第一歩として、国債発行を三十兆円以下に抑える。

三つ目には、ペイオフについて、予定どおりペイオフ解禁を実施します。この三つの約束を国民にされました。

総理、この三つの約束の中で、一つでも守れた約束がありますか。

小泉内閣総理大臣: 今の言うとおりならば、確かに、そのとおりにはやっていないということになれば約束は守られていない。(中略)

しかし、もっと大きなことを考えなきゃいけない、総理大臣として。その大きな問題を処理するためには、この程度の約束を守れなかったというのは大したことではない。(発言する者あり)


◆記事3:小泉内閣総理大臣記者会見[イラク人道復興支援特措法に基づく対応措置に関する基本計画について]平成15年12月9日より、記者団との質疑応答抜粋。

【質問】 今回、武器弾薬の輸送は行われるんでしょうか。

【小泉総理】 武器弾薬の輸送は行いません。

【質問】 行わない。

【小泉総理】 行いません。


◆記事4:武装米兵の輸送実施 C130、空幕長が認める(2004/04/8 共同通信)

【クウェート8日共同】航空自衛隊トップの津曲義光航空幕僚長が空自部隊派遣先のクウェートを訪問。

8日に記者会見してC130輸送機によるクウェート、イラク間の米兵や連合軍関係者の輸送を実施していたことを初めて明らかにした。

イラク復興支援特別措置法に基づく空輸が始まって約1カ月。空自は人道支援や連合軍の物資以外に、兵員輸送も手掛け、

コアリション(連合軍)の一員としての立場を築いたことになる。

津曲空幕長は過去の輸送任務について「米兵や(連合軍の)軍属を運んだことはある」と答え、さらに「武器、弾薬を単独で運んだことはない」と説明。

輸送した米兵が小銃など軽火器類を携行していたことも認めた。

これまでの輸送回数や状況については「20回弱の任務を実施したが、(地上からの)攻撃はなかった」と述べ、

武装勢力によるテロはなく安全だったことを強調。タリルやバスラの空港があるイラク南部は「比較的安全」との認識を示した。

(共同通信)[4月8日13時26分更新]


◆コメント:なるほどねえ。

「公約は守るべきもの」だそうだが、実際には、この有様である。よく言うよ、全く。

私は、小泉純一郎氏が在任中に行った数々のパフォーマンスや公約破りは、それ自体けしからんけれども、教育上、非常に良くなかったと思う。

何しろ、内閣総理大臣という国政の最高責任者が、「約束は守らなくても大したことはない」と公式に発言したのである。

なによりも良くないのは、人の質問に真面目に答えなくても良い。適当に話をすり替えて、その場ではへらへら笑って誤魔化せば何とかなる、という態度を率先垂範したことである。

つまり、誠実さの対極にある生き方で、適当にやっていりゃいいのだ。世の中努力じゃない。要領だ、

という不真面目な態度が成功することを子供たちは見てしまった。甚だ、よろしくない。


◆アメリカの「人殺し」を正しいと公言した内閣総理大臣。

また、書く。

イラク戦争はこの戦争自体違法である。大量破壊兵器があろうが無かろうが、

2003年3月20日、アメリカがイラクに対して武力行使を開始した瞬間、これは、違法行為として世界から糾弾されるべきだった。

実際戦争が始まる数ヶ月前から、世界中の街で市井(しせい)の一般の人々がベトナム戦争以来最大級の反戦デモを繰り返していたのに、

アホのブッシュはそれを無視して、言いがかりを付けてイラクを攻撃し、何万人もの罪のないイラク人を殺した。

小泉首相は、この行為を「正しい」と言った。何の正当性もない人殺しを「正しい」と公言したのである。


◆日本にはプライド(自尊心)が無いのか。

以前は、日本人の言葉のなかに「~するぐらいなら死んだ方がマシだ」という表現があった。

数学者の藤原正彦氏の「国家の品格」という本が非常に評判になった。

あの本の中で、藤原正彦氏は、意識的に「武士道」などという時代錯誤的な言葉を使っているのは、そういうことだ。

同書には書いてないが、侍にとって「卑怯者」と呼ばれるほどの恥は無かったのである。

その場合で「果たし合い」(決闘)を申し出なければならない(江戸時代には、殆ど、そうした事態は起らなかったらしいが、武士の原則論、ということだ)。



もう一つ、前近代の例を出す。

プライドが重んぜられたのは、武士だけではなかった。江戸時代の商人が借金をするときの証文(借用書)には、次のような意味の文言がある。

「万が一、この返済がまかりならないときは、満座にてお笑い下されたく候」

自分が期日に借金の返済が出来なかったときは、衆目の中で嘲笑ってください。ということだ。

商人と言えどもプライドが高かったわけである。

人前で嘲笑されるなどという「恥」をかくぐらいなら、「死んだ方がマシ」だったのである。

だからこそ、このような言葉を借用書に書いたわけである。「絶対に返します」という意思表示として有効だったのだ。



ところが、今の日本、日本人はどうだ。

日本人がアメリカの庇護を受けるためなら(有事の際本気で助けてくれると思っているところが相当おめでたい)、

彼らの暴挙、「人殺し」を見て見ぬふりをしても構わない。というのが、現実だ。

「武士道」から言えば、本来そんな卑劣なことをするぐらいなら「死んだ方がマシ」、というべきことなのだが、誰もそうは考えない。



また、「満座にてお笑い下されたく候」が現代に通用するかといえば、そんなことを金銭消費貸借証書に書いたら正気とは見なされないであろう。

「衆目の中で嘲笑される」ことで債務が消失するなら、いくらでも笑われてやる、という輩が続出するのではなかろうか。

やや乱暴な結論であることを承知の上で敢えて書くが、小泉純一郎氏が内閣総理大臣として支持されたことと、

日本人における「プライドの消失」とは、無関係ではない、と、思われる。

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2006.08.09

6月14日に可決した「健康保険法等の一部を改正する法律案」の内容は、あまりにも酷だ。

◆高齢者の医療費があがる。長期入院患者は全額負担。

今更、書いても、と思ったが、知らないよりは良いだろうと思い、取り上げることにした。

約2か月前、6月14日、参議院本会議で「健康保険法等の一部を改正する法律案」が自民・公明の強硬採決により、可決された。

これによって、次の事が現実となる。


  1. 今年10月から、現役並の所得がある70歳以上の人の医療費窓口負担は、2割から3割に引き上げられる。「現役並」の基準は夫婦2人の世帯で年収520万円である。

  2. 2008年4月からは、所得の多寡をとわず、70歳以上の全てのひとの窓口負担が1割から2割に引き上げられる。

  3. 入院患者については「療養病床」(慢性的な病気で長期間入院している人の病床)に入院している70歳以上の人の食費と居住費が、今年10月から全額自己負担になる。いきなり、月3万円の値上げで、9万円になる。2008年4月からは、全額負担の適用年齢が65歳から69歳の人に拡大され、この場合、月13万円の入院費になる。



◆高齢者が新たな年金保険料を天引きされる。

2008年4月から、75歳以上の人は全て「高齢者医療制度」に加入させられ、平均年間6万円の医療費(病気じゃなくても)を年金から「天引き」される。

国民健康保険の加入者だと65歳から「年金天引き」が行われる。


◆高齢者だけではない。高額療養費(人工透析など)の自己負担率も上がる。

高齢者のみならず、入院や手術が必要となったとき、「高額療養費」においても患者負担が増額される。

人工透析の場合は、所得が一定額以上の患者は、自己負担額が倍になる。


◆どさくさ紛れの強行採決。

この法案が、可決したころ、世の中はワールドカップサッカー(6月9日~7月9日)が始まったばかりで浮き足立っており、面倒くさいニュースは国民の多くが注意を払わない事が予想された。

また、折しも、村上ファンドに福井日銀総裁が投資していたことが明るみに出て大騒ぎになり、ますます、医療制度「改革」法案のことなど、考えなかった。

そして自民・公明による強行採決である。



医療財政が本当にどの程度逼迫しているかの説明がなく、仮に少子高齢化に鑑み国民の負担が増加するのはやむを得ないとしても、

長期入院患者や、慢性的な病人はもともと働けないか、給料が上がらず、その上医療費で家計が苦しい。

このような、一番苦しい人々からまず金をむしり取る必然性がない。まず、比較的余裕があるところから取るのが順序だろう。

私は、昨年、障害者自立支援法案が成立した時にも書いた。

月収が10万円に満たない障害者の負担を増やすのは、酷い。



昨年亡くなった、後藤田正晴・元官房長官の「時事放談」での発言を集めた日本への遺言

という本に、次のような一節がある。

小泉政権は「強者の論理」が強すぎる。

やはりどんな時代になっても、

立場の弱い人、気の毒な人は出ている。

ならば、そういう人に対して

政治の光をどう当てるかということは、

政治を担当する者の、大きな責任だと思う。


私が付け加える事は、全くない。賛成だ。

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2006.08.08

「サヴァリッシュ 管弦楽名曲集2」これは、贅沢なCDですね。

◆ウォルフガング・サバリッシュという指揮者。

長い間、N響を振りに毎年、日本に来てくださった名指揮者です。

何処が名指揮者か、などと私ごときが説明するのは、僭越過ぎるので、書きません。

1923年(大正12年)ドイツ・ミュンヘン生まれ。1947年(昭和22年)、アウグスブルグで「ヘンゼルとグレーテル」(というオペラ)を指揮してデビュー。

1953年(昭和28年)、史上最年少でベルリン・フィルを指揮したすごい方なのです。

N響は1964年(昭和39年)に初めて振って、3年後には、N響名誉指揮者。名誉指揮者だったのが、1967年~1994年。


◆私にとってはずっと「サバリッシュ先生」なのです。

私が物心ついて、「オーケストラ」に魅せられ、夢中となった頃、サヴァリッシュ先生が丁度全盛期だったのだと思います。

私は、子供心に「この指揮者はただ者ではない」、と理由は分かりませんが思ったのです。

それからは、殆ど崇拝に近いです。「サヴァリッシュ先生」なのです。30年間、ずっと尊敬しています。



サヴァリッシュ先生がNHK交響楽団を毎年指揮してくださったので、私は本当の「正しい演奏」

(それは、ひとつのスタイルとは限りませんが・・・、そのことを書き出すと長くなるのでここでは割愛いたします)、

「品格のある演奏」「本物の指揮者の姿」を、知ることができたと思うのです。

その時は分からなかったけれど、後になって顧みると、そして、今だって何処まで分かっているか怪しいものですが、

サヴァリッシュ先生がいらっしゃらなかったら、これほどオーケストラを好きになったか、分かりません。



勿論、コンサートにも何度も行きました。先生の音楽をじかに聴けて幸せでした。

「でした」、と過去形で書くのは失礼ですね。

先生はご存命なのですが、3年ほど前に来日なさったとき、テレビで見ました。

かつてのあの颯爽とした、世界一美しい棒(指揮の動作が美しい、という意味です)は見る影もなく、

信じられないほど、弱っておられました。あまりにも悲しくて私は、ボロボロと泣いてしまいました。



サヴァリッシュ先生だけでなくて、当時のN響の名誉指揮者の顔ぶれはものすごいのです。

スウィトナー、マタチッチ、ホルスト・シュタインですからね。

どうしてこれほどの名指揮者を日本に呼ぶことが出来たかというと、N響と国立音大の産みの親、有馬大五郎というえらーい先生がおられたからです。

ウィーン音楽院でカラヤンと同級生で(有馬先生は、作曲を習ったそうです)完璧なドイツ語を話された、教養人です。

この方の話は長くなるので、また、改めて書きます。

(因みに、岩城宏之さんは、有馬先生を主人公にした「チンドン屋の大将になりたかった男」という小説(?)を書いています)。


◆「サヴァリッシュ 管弦楽名曲集2」楽しい音楽も、優れた指揮者と上手いオーケストラが真面目に演奏して、初めて楽しく聞こえる。

前半はちょっとしんみりしてしまったので、少し気分を変えて書きます。

本日、お薦めするCDは管弦楽名曲集2です。

1もあるのですけど、個人的な好みで管弦楽名曲集2から紹介させてください。

演奏しているのはサバリッシュ先生が音楽総監督を務めていた、バイエルン国立歌劇場管弦楽団という、押しも押されぬ超一流オーケストラです。

曲目が実に楽しい。これは、実際聴きましたけど、もう絶対楽しい。100%楽しい。



  1. スッペ: 《軽騎兵》 序曲

  2. エロルド: 《ザンパ》 序曲

  3. スメタナ: 《売られた花嫁》 序曲

  4. スッペ: 《詩人と農夫》 序曲

  5. オッフェンバック: 《天国と地獄》 序曲

  6. ヴォルフ=フェラーリ: 《マドンナの宝石》 間奏曲第1番

  7. ベルリオーズ: 劇的物語 《ファウストの劫罰》 ~ハンガリー行進曲

  8. シャブリエ: 狂詩曲 《スペイン》


サヴァリッシュ先生がこういうポピュラー名曲を演奏するのは珍しいのです。

このCDを出した後、先生は、N響で殆ど同じようなプログラムを組んでくださいましたけど、楽しかったなあ・・。

先生はこういう曲を演るときも、全然真面目なんです。

多少遊び心はあるけど、軽い曲だから手を抜くというか、詰めを甘くするというところがないのですね。

だからこそ、聴いている方も、楽しいのです。

聴くと弾くとは大違い。聴いて楽しい音楽が、演奏する側にとって易しい、という訳ではない。しばしば、その逆です。

修練と経験を積んだ指揮者とプレーヤーが真面目に演奏してくださっているからこそ、聴いている私たちが楽しくなれるのだ、

ということが分かったような気がします。私のような凡才には、それしか、書きようがありません。

ご専門の方、気分を害されたらごめんなさい。素人の戯言と思ってください。



くどくなりますけど、このCDに録れてある曲は、ただでさえ楽しい曲ばかりなのです。

それを一流の指揮者とオーケストラが音楽家が本気で演奏すると楽しすぎて感動します。

サバリッシュ先生、有難うございます。一生、聴きます。

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2006.08.07

イスラエルの蛮行(1)3時間で160回の空爆(2)人道支援物資輸送ルートを破壊(3)燃料補給を妨害

◆記事1:イスラエル 空爆36時間で160回 ヒズボラ、ロケット弾260発応戦(産経新聞) - 8月6日8時2分更新

【カイロ支局】イスラエル軍は5日、レバノン各地での空爆を強め、同軍スポークスマンは前日からの36時間で空爆回数が160回以上にのぼったことを明らかにした。AP通信などによると、同軍はレバノン第3の都市サイダにも近く空爆を加える方針で、住民に避難を呼びかけている。一方、イスラム教シーア派組織ヒズボラも4日から5日にかけて、イスラエル北部一帯にロケット弾約260発を撃ち込むなど激しく応戦、停戦に向けた国際社会の交渉を尻目に戦火は拡大の一途をたどっている。


◆記事2:レバノン:イスラエル軍、首都への高速道寸断 四つの橋破壊、人道支援困難に(毎日新聞 2006年8月5日)

【エルサレム樋口直樹、カイロ高橋宗男】レバノン攻撃を続けるイスラエル軍は4日、レバノン全土で攻撃を強化、北東部のシリア国境付近への空爆で少なくとも33人が死亡した。イスラエル軍はベイルート北郊外の橋や南郊外の港に空爆や砲撃を加えるなど攻撃対象を拡大している。

ロイター通信によると、ベカー平原北部のカア近郊の農場で、果物を積んだ複数のトラックが爆撃され、シリア人を含む農民ら33人が死亡した。イスラエル軍はまたベイルート北方約20キロのキリスト教徒居住区ジュニエなどで海岸沿いの高速道路に架かる四つの橋を破壊。ベイルートに通じる高速道路は南、東、北の3方面で寸断された。イスラエル放送は4日、攻撃の目的を「シリアからヒズボラへの武器密輸の阻止」と伝えた。
しかし、この四つの橋は、国連が人道支援物資の補給路として使っていた。ロイター通信によると、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、橋の爆撃により約40万の避難民への人道支援物資の輸送を延期せざるをえなくなったという。UNHCRの担当者は「大きな痛手だ」と語り、「人道支援の回廊(輸送路)」を保障したはずのイスラエルを非難した。

一方、イスラエル側には3日、ヒズボラのロケット弾攻撃やレバノン南部での戦闘で民間人8人を含む計12人の死者が出ており、戦闘開始以降、1日当たりでは最悪の死者数となった。

レバノン南部の国境付近では4日、イスラエル軍とヒズボラの激戦が続き、中東の衛星テレビ「アルアラビーヤ」によるとイスラエル兵5人が死亡した。軍当局は5人のうち2人の死亡を確認した。同地では3日にもイスラエル兵4人が死亡したばかりだ。同軍は国境の北側に最大幅約6キロの「安全保障地帯」を確保したと発表したが、完全な支配には至っていない。

ロイター通信によるとヒズボラのロケット弾攻撃で4日、イスラエルの民間人3人が死亡。戦闘開始以降の死者はイスラエル側71人、レバノン側は約700人になった。


◆記事3:レバノン:イスラエルの攻撃続く 電力不足、病院が危機 自家発電の燃料乏しく(毎日新聞 2006年8月6日)

【ベイルート澤田克己】イスラエル軍の攻撃が続くレバノンで、負傷者の治療にあたる医療施設が閉鎖の危機に陥っている。電力供給が不安定になっているうえ、外国との輸送路封鎖によって自家発電用燃料の確保が難しくなっているためだ。医療関係者は「電気がなくては手術もできない」と危機感を募らせている。

イスラエル軍は発電所も攻撃対象にしているため、電力供給はレバノン全土で不安定になっている。首都ベイルートでも地区によっては1日数時間しか電気が供給されていない模様だ。

赤十字国際委員会(ICRC)などによると、激しい空爆の続くレバノン南部ティールなどの状況は特に深刻だ。自家発電用の燃料は底をつきかけ、数日分の燃料しか残っていない病院も多い。

ICRCは2日、ティール周辺の病院や給水設備用に燃料計9000リットルの支援物資を届けた。

レバノンで最も設備の整った病院とされるベイルート中心部のベイルート・アメリカン大病院も、ここ数日は1日12~14時間の停電に見舞われている。

停電中は自家発電でしのいでいるが、残っている燃料は1週間分程度だ。燃料節約のため、400床ある入院設備のうち100床を閉鎖し、緊急性の低い手術は中止しているという。

イブラヒム・フーリ同大広報部長は「薬や食品を保存する冷蔵庫を動かすにも電気がいる。現代の病院は電気なしでは何もできない。1週間以内に、救急室を除いた病院閉鎖に追い込まれる可能性が高い」と話す。

同部長は、レバノンへの緊急輸送用の石油を積んでキプロスで待機しているタンカー2隻がベイルートへ入港できれば事態は好転すると期待しているが、イスラエル軍が海上封鎖を解く兆しはまったくない。

同部長は「これまでの戦争や内戦の時にも病院閉鎖に追い込まれたことはない。閉鎖になれば、100年になる病院の歴史で初めての出来事だ」と訴えた。


◆コメント:要するにイスラエルはレバノンを散々叩いて、兵糧攻めにしているのです。

先月、2006年07月12日(水)「イスラエルが4日連続で空爆、レバノン北東部も攻撃」パレスチナ問題の基礎知識で、説明したとおり、ユダヤ人は過去2,500年、世界中に離散し、虐められ、ヒトラーに殺され、つまりさんざん「辛酸を嘗め」てきた。それは認めるが、だからといって、今のアラブ人を殺して良いわけがない。イスラエル王国が紀元前586年、新バビロニアによって滅ぼされたからといって、それは、現代のレバノンの無辜の民を殺す行為を正当化しない。当たり前だ。

ところが、イスラエルの行為は、普通に暮らしていたレバノン人に、2,500年前の恨みをぶつけているようで、正気の沙汰とは思われない。

記事1にあるように、イスラエルの空爆はすさまじく、36時間だろうが何時間だろうが、一般市民に向けて160回の空爆を実行したことは如何なる理由があっても違法である。

イスラエルのいやらしさは、さらに、記事2と記事3で明らかになる。



イスラエルは国連の人道支援物資をレバノンに輸送するルートを破壊したのである。

更に、レバノンが備蓄している燃料が無くなり、発電できず、医療行為にすら支障を来している。レバノンの沖合にはタンカーが燃料を積んで停止している。

それが届けば問題が解決する。イスラエルはそれを承知しながら、海上封鎖つまり、タンカーが着岸出来ないようにじゃまをしている。


◆異常に攻撃的で、かつ執拗なやり口。

ヒズボラも応戦して、イスラエル人を殺していることは事実だが、私はどうしてもイスラエルの汚いやり方に嫌悪感を禁じ得ない。

散々、空爆して、人々の住まいを破壊したうえ、避難所に食料を届けようとする国連の行為を邪魔する。飢えて死ねということだ。

発電所を爆撃し、さらに海上封鎖で火力発電の燃料の補給路を断つ。電気が無ければ手術も出来ない。レバノンのけが人や病人はなぶり殺しにされているようなものだ。


◆安保理緊急理事会開催中

日本時間7日(月)午前零時から国連安全保障理事会を開きイスラエルとヒズボラに「敵対的行為の全面停止」を求める決議案を採択するが、

ヒズボラがちょっとでも、攻撃を再開したらイスラエルは自衛の為に、武力行使を再開しても構わない、と言う内容で、いかにもおざなりだ。

アメリカもいい気になっていると、また911みたいなことで、ドカンと復讐されるぞ。

アラブのイスラム武装勢力は無数にあり、どれも、アメリカとイスラエルが結託した暴挙に対して、怒り心頭に発していることは、あまりにも明らかだ。

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2006.08.06

広島・長崎の日(8月6日・9日)だけ神妙になってもダメだ。

◆「原爆投下は不要だった」と終戦翌年、大統領に提出された報告書に書かれている。

米国は、原爆投下を「戦争の早期終結に寄与した」といって、正当化しようとするが、それは、違う。

原爆を投下しなかったら、日本はポツダム宣言を受け入れなかったことは証明できないからである。

それどころか、原爆投下後、米戦略爆撃調査団という政府の調査団が日本に来て、日本各地を視察・調査した報告書をまとめた。

それを終戦の翌年、1946年7月、原爆投下を決定したトルーマン大統領に提出した。その趣旨は、

「あらゆる可能性を考えに入れても(原爆投下、ソ連参戦、本土上陸作戦がなかったとしても)1945年11月1日までに-中略-(日本は)無条件降伏していただろう」

というものだった。

また、アメリカのピューリッツァー賞を受賞したジャーナリスト、ラッセル・ベーカーは、

新たな歴史編纂の歴史家の結論は、原爆投下は不要で あった。1945年当時のアメリカ人は、誰もが原爆が奇跡の終結をもたらしたと思った。歴史家たちは彼らが「騙されていた」とする。トルーマンは一つは力を誇示したいため(ルーズベルトと代ったばかりで無名)、もう一つはソ連に対日参戦は認めるが、その功績は与えるつもりはなく、原爆の威力をスターリンに示すため。戦争早期終結のためではなく、世界の権力闘争を開始するため。日本の降伏には他の方法で対処できた。

と主張する。

更に、歴史家のカイ・バード氏もやはり長年に亘り、広島長崎への原爆投下は不要だったと言い続けている。

そして、アメリカの歴史学者の一般的傾向として、

「仮に広島への原爆投下が早期戦争終結に必要だった、という前提に立っても、2回目の長崎への原爆投下はどう考えても正当化できない」

という見解を表明する者が増えているという。


◆アメリカこそ、テロリストの「先駆者」だ。

「テロリズム」の国際的な定義は定められていない。

これは、行為の主体の問題(民族的、宗教的、思想的背景をもつ非国家組織だけなのか、国家もテロリズムの主体に含めるのか)と

行為の範囲(テロリズムとして認定する行為の型、構成要件)がはっきり線引きできていないからである。

しかしながら、確実に言えるのは、「一般市民(非戦闘員)を標的にしている」、という点である。



広島・長崎の原爆による死者数は34万で、全てが非戦闘員だった。

この点に着目すれば、太平洋戦争の経緯とは無関係に、米国による、2度にわたる原爆投下は、永遠に許されないテロリズムである。

ブッシュ大統領ほど、滑稽な米国大統領も珍しい。

イラクや北朝鮮を悪の枢軸と呼び、テロ国家呼ばわりしているが、米国こそ人類史上最悪のテロリストである。


◆8月6日、9日の原爆犠牲者追悼式、15日の戦没者追悼式のときだけ急に殊勝なことを言ってもダメだ。

と、書くと僭越だが、敢えて書かせていただく。

何年もWeb日記やブログを書いていると、自然と他の方々の日記、ブログの見出しが目に入る。

内容まで全部読むことは不可能だが、見出しだけでも充分分かることがある。

今日(8月6日)のように歴史的にあまりにも重大な出来事があったときには「戦争犠牲者を忘れてはならない」など、模範解答を書く人が自然と増える。

しかし、その日だけである。翌日になったら、レバノンでイスラエルの空爆で子供が殺されていようが、全く関心がない、

というのが一般的な日本人の傾向である。



思うに、広島・長崎に原爆が投下された日や終戦記念日だけでも、「時事ネタ」「戦争ネタ」

(私はこのネタという言葉が大嫌いなのだ。落語や漫才のネタはあるが、時事問題は「ネタ」ではない)を取り上げ、

束の間でも「戦争犠牲者に思いを馳せる自分」に安心し、「天下国家に関して全く無関心ではない自分」に満足するのだろう。それでは困る。


◆「平和」を願うのであれば、日頃から関心を。

一昨日、自民党総裁選各候補者について書いた。

注目すべき点は、日本国憲法第9条をどうするつもりか、ということだとも書いた。

これは、「集団的自衛権」を認めるか否か、という点である。



「集団的自衛権」など調べれば分かることなのに、勝手な自分の思いこみで「反論メール」を頂くことがある。

私は、「集団的自衛権」は絶対に認めてはいけないとしばしば書くからだが、何度も説明している。



「集団的自衛権」とは、

「自国が武力による攻撃を全く受けていなくても、同盟国が第3国から武力攻撃を受けた場合には、これを自国への攻撃と同等のものと見なし、武力をもって反撃することができる権利」

である。

私が「集団的自衛権を認めるべきではない」と書いたときにやってくる反論(?)はそれを分からずに、

「自分の国を守って何が悪い?」という。

私はそんなことはいっていない。昨年8月21日に書いたが、繰り返すと、

自国が攻められたら武力で応酬するのは、個人における「正当防衛」のようなもので、これを日本国憲法が禁止しているとは考えられない。

何故なら、憲法は前文においてなによりもまず、国民の「平和的生存権」は守られなければならない、と述べているからだ。

勘違いしている人達は、私の想像だが、この場合、在日米軍が日本の防衛に力を貸してくれるはずで、

アメリカと一緒に「集団」で「自衛」するから、これを「集団的自衛権」というのだ、と思いこんでいるのではないか?

もう一度書くが、自国が攻撃されているのだから、日本はあくまでも個別的自衛権を行使しているのであり、アメリカが集団的自衛権を行使しているのである。

アメリカが集団的自衛権を行使するのは、彼の国の憲法が禁止していないからである。

「それでは、アメリカが攻撃されたときに助けなければ悪いじゃないか。」というのはあまりにも稚拙な発想である。



第2次大戦が終わった後も、アメリカは必ずどこかで戦争をしている。

日本が集団的自衛権を持つと言うことは、必ずアメリカの戦争に巻き込まれるということである。どこまでエスカレートするか分かったものではない。

集団的自衛権を認めていない現在ですら、イラク戦争後、アーミテージ前・国務副長官が来日して「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」と一喝したら、

日本政府はアワを食ってイラク復興支援特別措置法定め、自衛隊イラク派遣を決定した。

それでも武力行使を認めていないから、海外で発砲せずに済んだが、サマワの自衛官は何度となく危ない目に遭った。



一旦、集団的自衛権を認めたら、自国が攻撃されたときと同じなのだから、海外で武力を行使せざるを得なくなる。

一度この禁を破ったら、絶対に限りなくエスカレートしてゆくだろう。後戻りはできない。日本は戦争をする国になるのである。



だから、私は「日本が集団的自衛権を持つべきだ」と主張する人は一体何を考えているのか、と思う。

前の戦争からたった60年で、また「戦争をする国」に逆戻りするとしたら、これほどバカな国は無い。

そして、そういう国にするかどうかは主権者たる国民が決めるのである。

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2006.08.05

「岐阜県庁裏金:500万円を焼却『処理に困って…』」←県民が額に汗して働いて納めた税金を「燃やし」たんだな?

◆記事1:岐阜県庁裏金:500万円を焼却「処理に困って…」

岐阜県庁の複数の部署でねん出された裏金が県職員組合管理の口座にプールされていた問題で、

組合口座に集約されず各部署などに残った裏金の一部について「処理に困って燃やした」「ゴミとして捨てた」

など焼却・廃棄したとの証言が6件に上ることが4日、県の調査で分かった。総額は約500万円という。県は証言の信用性を引き続き調査している。

県によると、98年度初めごろ、県には総額約4億4100万円の裏金があった。

このうち組合口座に集約されず、各部署や庶務担当職員が保管していた約2億1400万円のうち約500万円について、OBを含む職員が焼却・廃棄したと証言した。

県教委の現職の男性職員が「約400万円を燃やした」と証言したほか、「事務所のゴミに交ぜて出した」との証言もあるという。

一方、県の調査で組合口座への集約を指示したとされた99年当時の副知事の森元恒雄参院議員(比例代表)は4日、

事務所を通じて「諸般の事情から窮余の策として、とりあえず組合に資金をプールすることになったと記憶している。その後の処理が適正に行われなかったことは残念だ」とコメントした。また当時の梶原拓前知事は同日、鳥取市内で開かれたシンポジウムで講演した際、裏金問題について「(新聞に)持て余して焼いて捨てたと書いてあり、がくぜんとした。

自分自身の足元から発生して誠に申し訳ないと思っている」などと述べた。毎日新聞 2006年8月4日 20時26分 (最終更新時間 8月5日 1時27分)


◆記事2:裏金はピーク時4億6000万 岐阜県が調査報告

岐阜県で1億円を超える裏金が県職員組合の口座にプールされていた問題で、原正之副知事をリーダーとする県の調査チームは3日、

裏金の総額は1994年度のピーク時で約4億6000万円にのぼり、現在も約2億6500万円が残っているなどとする調査結果を県議会に報告した。

前回の調査報告では組合の口座に約1億4600万円が残っているとされたが、その後の調査で県庁内の職場などでも約1億1900万円を保有していることが新たに判明した。

報告書によると、裏金はいずれも各職場で捻出(ねんしゅつ)、管理していた。

99年度以降、当時の副知事の指示で約半分を組合に移した。

職場での接待費や予算要望時の国の省庁への土産代、組合の飲食代などに使ったという。(共同通信)(8月3日)


◆コメント:岐阜県民は税金(住民税)を払わなくてもいいですよ。

時系列的には、記事2が先である。

岐阜県の県職員が、実際には、カラ出張、カラタクシー代などの請求により、不当に金銭の支払を受けていた。

それがたまりにたまって、多いときには4億6千万円に達していた。
この金(ウラ金)は宴会やら、接待費、つまり、木っ端役人の飲み代(のみしろ)に使われていたという。

これだけでも、っこの役人どもは、終身刑(現在、日本に終身刑という刑罰は存在しないが)に処されても仕方がない。

記事1は、不当に得た裏金が、問題になりそうなので、証拠が残る銀行口座などに入金するわけにもいかない。そこで処理に困って燃やした、という。

今までのところ500万と言われているが、この類の事件で常に見られるように、

今後、恐らく、どんどん燃やした金の額が増えてゆくだろう。しかし、金額の問題ではない。

納税者が額に汗して働き、納めた血税を私的な遊興に流用しただけでも許し難いというのに、使い切れなかった裏金(=税金)を燃やした奴がいる。

こればかりは、社会保険庁もそうだが(あれは税金ではないが、構造は似たようなものだ)、絶対に許せん。


◆「額に汗して働く」とは決して誇張ではない。

私は毎日出勤しただけで、全身に大汗をかく。

普通の人なら気持ちが悪くて耐えられないだろうと言うぐらいの量の汗だ。

本来、下着からワイシャツから、スーツから全部着替えたいほど、である。

断っておくが、以前、ダイエットの話で書いたとおり、肥満でも、高血圧でもない。

甲状腺にも異常はない。糖尿でもない。単に汗かきなのだ。



自分のデスクに座ってからも顎先から汗のしずくが、タラタラと滴り落ち、ワイシャツやズボンを濡らす。

額から流れ落ちる汗が目に入って、暫く目を開けられないことも、たまにあるが、仕事がある。そんなこと構ってはいられない。

やがて冷えた汗が冷房で冷やされる。体温が下がっていくときに、人間は眠くなるので、コーヒーなどを飲んでそれに備える。

もちろん、仕事の都合でまた外に出ることもある。また、大汗をかく。また冷える。

こんな事を繰り返しても、ダテに長い間サラリーマンをしているわけではない。鍛えられている。風邪などひかない。

真夏の炎天下、スーツで歩くと体力を消耗するのは事実だ。

だが、人に会う仕事だから、クールビズなどもってのほかである。

あんなだらしのない格好をしていては、相手に信用されない(たとえ、相手はクールビズだったとしても、である)。


私のことを強調したいのではない。

勤め人と言えども会社により、また同じ会社でも部署により仕事の内容は、千差万別だが、程度の差こそあれ、

文字通り、額に汗して懸命に働き、所得税と住民税を納めている。血と汗と涙の結晶なのだ。ということを言いたいのである。

岐阜県職員は、其れを何と流用して酒を飲み、余った分を燃やした。

絶対に許せん。懲戒免職にすべきだ(心情的には「極刑をもって償わせるのが相当」であるが、現在の法律では無理であることは、言うまでもない)。


◆納税者が騒がないから増長する。

ボクシングの判定に対して4万件もの苦情がTBSに殺到したという。それだけのエネルギーがあるなら、岐阜県民は県庁に対して、その数十倍抗議するべきだ。

岐阜県の人口が210万人。労働力人口がどれぐらいか分からぬが、全国の一般的傾向を当てはめると労働力率が60パーセント前後だから、

120万人から125万人といったところか。



この(推定)120万人は全員県に対して抗議する権利がある。というか抗議するべきなのだ。或いは納税を拒否するべきだ。

どうも、役人も、県民も事の重大性が分かっていないようで、見ていて気になる。ボクシングとどちらが大事か分からないのだろうか?

これで、お咎めなし、となったら、役人は必ず同じ事をやる。

県知事と岐阜県職員は、今後1年間、無給で働いてください。

このような人々を日本語で「万死(ばんし)に値する」というのだ。

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2006.08.04

「安倍氏が4月に靖国参拝=例大祭前、中韓反発は必至-総裁選論議に影響も」←各候補の政策を包括的に提示すべし。

◆記事1:安倍氏が4月に靖国参拝=例大祭前、中韓反発は必至-総裁選論議に影響も

安倍晋三官房長官が今年4月に靖国神社を参拝していたことが分かった。政府関係者が4日、明らかにした。

「ポスト小泉」の最有力候補で、官房長官として内閣の要職にある安倍氏が靖国参拝をしていたことが、中国や韓国の強い反発を呼ぶのは必至だ。

また、9月の自民党総裁選に向けた、靖国神社をめぐる論議にも影響を与えるとみられる。

政府関係者によると、安倍氏は靖国神社の春季例大祭に先立つ4月15日朝、「私的な立場」で同神社を参拝したという。(時事通信) - 8月4日7時1分更新


◆記事2:谷垣氏「消費税まず3%上げ」

谷垣禎一財務相は3日朝、ラジオ番組に出演し、自民党総裁選の政権構想に掲げた消費税率10%引き上げに関し、増税を2段階に分け、まずは現行の5%から、3%引き上げるべきだとの認識を示した。番組で谷垣氏は、増税の主な理由とする基礎年金の国庫負担率引き上げに触れ、「それだけなら(増税幅は)1、2%(の引き上げ)で足りる」と説明。

そのうえで「社会保障費が増加することを考えると、もうちょっと必要。3%くらいかなと思っている」と述べた。

(産経新聞) - 8月3日15時55分更新


◆記事3:イラク復興へ支援継続=麻生外相、マリキ首相らに表明-バグダッド入り、開戦後初

麻生太郎外相は日本時間の3日午後、イラクの首都バグダッドに入り、マリキ首相、ゼバリ外相とそれぞれ会談した。

麻生氏は「陸上自衛隊のイラク撤収後も、日本のイラク支援の立場に揺るぎはないとの強い決意だ」と表明。

航空自衛隊の輸送支援活動の拡大や、35億ドルの円借款供与による復興支援活動を継続する方針を伝えた。また、双方に早期来日を招請した。

2003年3月のイラク戦争開戦後、バグダッドを訪れた日本の閣僚は麻生外相が初めて。

麻生氏は約5時間バグダッドに滞在したが、市内の治安状況が依然厳しいことから、外務省は安全確保を優先。

同氏がバグダッドを離れるまで今回の訪問を公表しなかった。(時事通信) - 8月4日1時2分更新


◆コメント:誰がリードなどという前に、各分野の政治的思想を包括的に明らかにせよ。

言うまでもなく、自民党総裁選は公的選挙ではないが、与党党首が内閣総理大臣になるのだから、自民党員の責任は重大である。

9月8日告示、9月20日投票だそうだ。自民党員というのは、要するにそこらの商店街のおっさん、おばさん等々、一般市民であるが、気分で投票しないで頂きたいですね。

7月28日(金)に自民党関東ブロック大会が開かれて、安倍、麻生、谷垣3候補が「議論」したが、

テレビは全然取り上げないで、子殺し、親殺し、プール事故ばかり報じる。

28日の議論の大雑把な内容は、たまたま、目についたところでは毎日が自民総裁選、論戦スタート(ウェブ魚拓)に各候補の発言をまとめていて、

その後、’06総裁選でずっと特集を組んでおり、朝日、読売は、画面からすぐには分からない。

産経は「ポスト小泉」というスペースを割いているが、バカなのであてにならぬ。



冒頭にはたまたま今朝の朝刊記事から安倍晋三の靖国参拝に関する記事を取り上げた。

時事通信は「総裁選に向けた靖国神社に関する論議に影響を与えるものとみられる。」と書いていて、そんなことは当たり前だが、

私が云いたいのは、「一つ一つの発言、行動ではなくて、各々の政治家の政治的思想全体を見ろ」ということだ。

安倍晋三が断然リードだそうだが、相当危ないからね。この人は。

以前から「集団的自衛権を認めるべきだ」と言ってみたり、日本が小型核兵器を持っても良いなどと言っていたし、

つい先日は、集団的自衛権どころか先制攻撃も可、などという。当然改憲論者だ。

北朝鮮拉致問題では、小泉純一郎氏よりは、被害者家族に対して同情的だったが、かなり危険な思想を持っていることに注意するべきである。

財政再建では歳出削減といっているが、下手すると社会保障がもっと手薄になる可能性がある。

私は高校では安倍氏の後輩になるが、だからといって無条件に支持する、などという馬鹿なことはしない。

学校が同窓であることと政治家としての評価とは関係がない。

過去に何度も書いたが、政治家の評価は、そのような情緒的選択ではない。



しかし、他の候補も含めて今ひとつ政策がはっきりしない。

谷垣氏が消費税10%と、靖国参拝しない、と「明言」したのは内容はともかく、評価出来るが、それだけでは他の分野のことは分からない。

麻生太郎氏は吉田茂の孫だけあって、言うことはズバズバいうけれども、全体像がはっきりせず、集団的自衛権の行使はどうなのかというと、明言を避けている。

一つだけ述べるとすれば、憲法をどう考えているかというのは、最も綿密に精査すべき点だ、ということである。

3候補とも改憲論者で、今、「改憲」と言ったら、第9条だ。

だから、私は(元々投票権はないが)、現時点では、誰も支持しない。

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2006.08.03

「<靖国神社>A級戦犯の分祀検討へ 日本遺族会」←分祀されても首相参拝は違憲だと思います。

◆記事:<靖国神社>A級戦犯の分祀検討へ 日本遺族会

日本遺族会(会長、古賀誠・自民党元幹事長)は2日、自民党本部で正副会長会議を開き、靖国神社に祭られているA級戦犯の分祀(ぶんし)の是非について、9月の自民党総裁選後に検討会を設置する方針を固めた。

靖国神社は「分祀はできない」としているが、最大の支援組織である遺族会で分祀の検討が始まれば、対応を迫られることになりそうだ。

古賀氏は今年5月、9月の党総裁選に向けた丹羽・古賀派の政策提言に「分祀の検討」を盛り込むよう個人的見解として提案。

結局、派閥の政策提言に盛り込まれなかったが、古賀氏はその後も、会合などで分祀論を積極的に展開し、検討会の設置を提唱していた。

遺族会では5月末に役員が集まった場で、古賀氏が分祀検討の必要性を提起したが、その時は古賀氏が途中で退席したため、

議論がないまま幹部たちから戸惑いと反発の声が出たという。

2日の正副会長会議で、初めて古賀氏を交えて提案を協議し、副会長らから「会長の提案は尊重しなければならないが、総裁選に絡めないような配慮が必要だ」

との意見が出たため、総裁選後に分祀の是非について本格的に検討する方向で共通認識ができた。

遺族会ではこれまで分祀への反対が強く、2月にまとめた活動方針でも「靖国神社自身の問題であり、

神社が応じるとは考えられない」として、分祀問題には一切かかわらない立場だった。

しかし、古賀提案の後、昭和天皇がA級戦犯合祀に「不快感」を示していた元側近のメモが発見されたことで、会内にも動揺が広がり、

幹部の間で「BC級戦犯の分祀にまで及ばないのであれば、A級戦犯の分祀については話し合うことも必要ではないか」との意見が増えているという。

3人の副会長は当初、いずれも分祀に消極的だったが、こうした会内の空気の変化を踏まえて「遺族会としての総意を確認するため、話し合ってみる必要はある」と判断したという。

古賀氏は7月19日、訪問先の中国でも共産党幹部との会談で考えを説明し、中国側は「注目している。一つのよい方向だ」と評価していた。(毎日新聞) - 8月2日21時39分更新


◆コメント:大阪高裁の判決文を読めば、明らか。

私は、7月17日の日記に、内閣総理大臣の靖国神社参拝に関する一考察。を書きました。

そこでも触れた、昨年9月30日の大阪高裁の判決文の別の箇所、「本件各参拝の目的」(ア)という部分を読むと、司法は次のように判断しています。

靖國神社の本殿には礼拝の対象である祭神が奉斎されており,靖國神社の祭神は,控訴人らの親族を含む戦没者の霊である。

被控訴人小泉は,靖國神社本殿に昇殿し,戦没者の霊を祭った祭壇に黙とうした後,深く一礼を行ったが,

宗教法人の宗教施設において,その祭神に拝礼することは,典型的な宗教行為であって,社会通念・常識に照らして,宗教的意義を持つことは明らかである。

本当は判決文に限らず、他人の意見は最初から最後まで読まなければなりません。

しかし、この判決文は長大でここに全文を掲載するわけにはいかないので、(大阪高等裁判所 平成17年09月30日 平成16(ネ)1888 損害賠償請求控訴事件)をご覧下さい。

さて、私が述べたいことは、上に抜粋した判決文により明らかなとおり、「靖国神社は宗教施設であり、かつ、小泉首相の参拝は典型的な宗教行為だ」、と裁判所が判断している事実です。

そこでは、A級戦犯という概念は意識されていません。行為自体が宗教的行為で、これは、違憲である、と述べているのです。

判決文全体を読むとA級戦犯という言葉は出てきますが、それは控訴人と被控訴人(国)の主張の引用の中で出てくるだけです。

更に、判決文の終わり近くには、

以上のとおりであるから,本件各参拝は,極めて宗教的意義の深い行為であり,一般人がこれを社会的儀礼にすぎないものと評価しているとは考え難いし,被控訴人小泉においても,これが宗教的意義を有するものと認識していたものというべきである。また,これにより,被控訴人国が宗教団体である被控訴人靖國神社との間にのみ意識的に特別の関わり合いをもったものというべきであって,これが,一般人に対して,被控訴人国が宗教団体である被控訴人靖國神社を特別に支援しており,他の宗教団体とは異なり特別のものであるとの印象を与え,特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ず,その効果が特定の宗教に対する助長,促進になると認められ,これによってもたらされる被控訴人国と被控訴人靖國神社との関わり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものというべきである。
したがって,本件各参拝は,憲法20条3項の禁止する宗教的活動に当たると認められる。

として、被控訴人、「国」が特定の宗教に対して特に深い関係を持っていると考えられても仕方がないのであって、それは、国の宗教的活動を禁じた、憲法第20条第3項に抵触するというのが趣旨です。

従って、A級戦犯の合祀、分祀にかかわらず、靖国神社を国が参拝することは違憲であることに変化はなく、

違憲審査権を持つ司法が行政府の行為を違憲と判断している以上、これを無視して参拝することは許されません。以上。

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2006.08.02

8月1日は岩城宏之さんの四十九日である。

◆(ご参考まで)7日ごとに法要を営むのが仏式。

岩城宏之さんが亡くなったのが、6月13日だから、8月1日は四十九日にあたる。

ご本人は、こんなことに、関心が無かっただろうが、参考までに書かせていただくと、

日本で最も一般に普及している仏式では、7日ごとに法要を営むのが本来のやり方だ。



のっけから話が逸れる。

初七日(しょなのか)という言葉は聞いたことがあるでしょう?亡くなって一週間後のことだ。

2週間後を二七日(ふたなのか)、3週間後を三七日(みなのか)という。



ところが、以前、何シリーズ目かの「鬼平犯科帳」(フジテレビ、池波正太郎原作、主演:中村吉右衛門)を見ていたら、

脇役だったが、ストーリー設定としては、妻を亡くした同心のセリフなのだが、とんでもない読み間違いをしていた。

「明日は、○○(←妻の名前)の『さんしちび』なのでなあ」

と言うのである。大変に驚いた。

ご推察の通り。「三七日(みなのか)」という読み方を役者が知らなかったのは明らかとしても、

訂正されていないということは、現場にいる監督やら、なにやら業界の事はわからないが、

制作スタッフの誰もが知らないか、気が付かなかったのだろう。これはちょっと恥ずかしい。

やはり、少しでも怪しいと思ったら、辞書をひくべきなのだ。

音楽に関係のない話はここまで。


◆「青少年のためのプロムナードコンサート」

N響(NHK交響楽団)は、(あくまで私にとってだが、)日本一のオーケストラである。

生意気盛りの坊やがしばしば「N響ってどうしてあんなに下手なの?」などというが、

人にはそれぞれの「思い入れ」があり、ある対象を好きになっているわけである。



30年ほど前、N響は土曜か日曜(どちらだったか記憶があやふやである)のマチネー(昼間のコンサート)で、

「青少年のためのプロムナードコンサート」を月一回ぐらいの頻度でやっていた。チケットは500円だった。

中学生の私がこれを聴くのをどれほど毎回楽しみにしていたか、言葉で書き表すのは大変難しい。

ナオズミさん(山本直純さん)のテレビ番組、「オーケストラがやってきた」は音楽とオーケストラに関して、膨大な知識を与えてくださり、

「プロムナード・コンサート」は生のフル・オーケストラの音楽を全身で聴く嬉しさ、楽しさ、胸がいっぱいになるような喜びを教えてくださった。

どちらも、演奏者はもちろん、企画・制作に携わった方々に、いくら感謝してもしきれない。


◆N響創立80周年

そのN響は今年で創立80周年である。

秋のシーズンには、岩城さん、外山雄三さんなど、昔から、N響と縁の深い日本人指揮者が振る予定が組まれていた。

岩城さんはその前に逝ってしまわれた。無念である。



いつだったか覚えていないが、プロムナード・コンサートを岩城さんが振って、アンコールでシベリウスの「カレリア組曲」という曲集の最後のマーチを演奏した。

シベリウスはフィンランディアというぐらいで、フィンランドの作曲家で、

「フィンランディア」の冒頭や、「バイオリン協奏曲」からは、重い、或いはもの悲しい音を思い浮かべる。

しかし、「カレリア組曲」は大変明るい曲で(実は序曲と最後のマーチしかよく覚えていないのだが、とにかくそういう印象を私は持っているのだ)、

特にマーチはあたかも別人の作品のようである。私は岩城さんの指揮で初めてこのマーチを聴いた。

曲の最後は、全オーケストラ(現在、手元にスコアが無いので正確ではないかもしれないが)による力強い和音が鳴り響く。

私の好きな金管楽器の輝かしい音を聴いた途端、はらはらと涙がこぼれた。

自分でも不思議だった。

楽しいのである。うれしいのである。なのに人間はあまりにも感激すると涙が出るのだということを、初めて経験した。

恥ずかしいけれども白状すると、今現在、この文章を書きながら、涙がポタリと落ちた。

あの音を、私は、一生、忘れないだろう。

岩城さん、ありがとうございました。

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2006.08.01

レバノン 多くの子供が…イスラエル空爆に怒り広がる」ひどいものです。

◆記事:レバノン 多くの子供が…イスラエル空爆に怒り広がる

【ベイルート澤田克己、高橋宗男】がれきの間から伸びた青いパジャマを身に着けたままの子供の足。

赤十字隊員が必死にがれきを取り除き、土砂にまみれた遺体をそっと抱き上げる--。

レバノン南部の町カナに対するイスラエル軍の攻撃を受け、レバノン全土に怒りが広がった。

ベイルート中心部では30日、イスラエルへのデモ参加者数千人が暴徒化し、国連事務所を襲った。
「ここではいつも子供たちが遊んでいたんだ。イスラエルのヘリもそれを見ていたはずだ」。

カナの空爆現場で男性が地元テレビに怒りをぶちまけた。男性はその瞬間、絶句し、号泣した。

赤十字隊員に運ばれる16歳のいとこを見つけたのだ。男性は「ここにいたのは子供と女性と老人ばかりだ。なぜなんだ」とおえつを漏らした。

住民らによると、破壊されたビルには70~80人が避難していたという。

赤十字隊員の一人は中東の衛星テレビ、アルアラビーヤに「午前7時ごろに到着したが、イスラエル軍の攻撃が続き、現場に入ることができなかった」と語った。

ベイルート中心部には同日午前、イスラエル軍の攻撃に抗議する数千人の市民が押し寄せた。

イスラム教シーア派の民兵組織ヒズボラのナスララ党首の肖像写真が掲げられ、同組織の黄色い旗がひるがえった。

興奮したデモ参加者らは複数の国連関係機関が入る国連事務所ビルを取り囲み、手にした棒などで入り口を破壊。ビル内に突入した。

南部からベイルートに避難した会社員、アベル・サフィディンさん(22)は「今日だけで20人以上の子供が殺された。

国連は何もしてくれていない」とまくし立て、効果的な手段を打ち出せずにいる国際社会に怒りの矛先を向けた。(毎日新聞) - 7月31日10時11分更新


◆コメント:靖国神社が重要ではないとは、言いませんが、今、子どもが殺されている場所があるわけです。

先週、日経のスクープに端を発して、日本国内では、靖国神社問題の議論が活発になっていて、それはそれで結構なのですが、

死者を弔う気持ちがそれほど強い人々が、どうして、レバノンで子どもが34人も虐殺されているのを黙視していられるのか、私は不思議です。

BBCのサイトにここにレバノンのカナの様子を捉えた写真があります。

11枚写真があります。本当はこれこそ、戦争、テロの悲惨さを知るために見るべきだと思いますが、どうしても、怖いと言う方もおられるでしょうから、

予め書いておきます。

3枚目は幼い子ども2人がまるで静かに眠っているかのように、しかし、死んでいる写真です。遺体の損傷は激しくありません。

6枚目は、ビニールシートに包まれた遺体がならんでいる写真です。遺体そのものは見えません。ただのビニールの筒の様に見えます。

現地の人は、実際に子どもが吹き飛ばされたり銃撃された瞬間を目撃しているわけです。

そのショックを考えたら、この写真ぐらいは、見るべきだと思います。

戦争とかテロというのはこういう事なのだと。

無理にとはいいませんが、こういう辛い、残酷な現実があるということを考えないのは、いけないと思います。

はっきり言って、今この瞬間は靖国より重大な問題だと思います。靖国神社に祀られているのは、言うまでもなく既に死んだ人。

レバノンで殺されつつあるのは、戦争責任もへったくれもない、まだ何も分からない子供なのですから。

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