« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »

2006年9月

2006.09.30

「20歳で九九を覚えていなかった人」が名大大学院で宇宙物理を専攻した話を覚えていますか?

◆うっかりしていましたが、本になっていました。

実を言うと、私もうっかりしていて気が付かなかったのです。

6月8日に、人間の可能性-20歳で「九九」を覚えていなかったが、名大理学部物理学科合格。今は数学教師になった人物がいる。

という記事を書きました。



それを読んでいただけば、わかります。初めは信じがたいと思ったのですが、本当なのですね。

小学校のときはオール1(厳密に言うと2つぐらい「2」がある)だった人が、20歳を過ぎてから、

アインシュタインを知り(彼女のおかげなのです)一念発起して、まず定時制高校に入り(働きながらです)、

名古屋大学を受験し(働きながらです)、27歳で合格するのです。

そして何と、大学院まで進み宇宙物理、素粒子論を専攻したのです。

今は、自らの経験が子どもたちの役に立てば、と考え、高校で数学の先生をしておられます。

これは、生徒、言い訳できないよね。

先生は20歳で九九を覚えていなかったのに、物理学のドクターコースまで行ったんだぞ、と言われたら、

「オレはどうせだめに決まっている」と言えないですよ。


◆この本です

私がくどくど説明するよりも、オール1の落ちこぼれ、教師になる 宮本 延春 (著) を読んでいただいた方がいいですね。

世の中にはひねくれた人がいて、このような「感動的」な話を聞いたり読んだりすると、必ず誰か「ケチ」を付けるものですが、それは、みっともない。

虚心坦懐に読めばいいのだと思います。


◆大平光代さんの例もありますね。

同じような、殆ど奇跡的な話は、弁護士の大平光代さんの著書だから、あなたも生きぬいて に、書かれています。

中学で転校した先で虐められ、割腹自殺を図り未遂に終わる。それが原因で余計に虐められる。

遂にヤケを起こして、中卒でヤクザの妻になり、入れ墨まで彫ってしまうのですが、

ものすごく親切な「大平のおっちゃん」にたしなめられて、猛勉強の結果、なんと一発で、司法試験に合格するのです。

並の苦労じゃない。何しろ法律書を読もうにも漢字が読めない。漢和辞典の引き方から始めたのです。

勿論もともと優れた知能の持ち主だったのでしょう。上のリンクから大平さんの写真を見ると、

この知的な表情の女性が、かつて極道の妻だったとは到底信じがたい。


◆だれでも同じ事が可能だとは思いませんが・・

宮本さんも、大平さんも、ものすごい努力をしたのは十分分かりますが、元来優れた知能を持っていたに違いないとおもいます。



ここまで劇的な「大逆転」が誰にでも可能だとは思いませんが、

周りの人間が、「ダメ」のレッテルを貼ってしまったがために、開花するべき才能が開花しない、ということは、

我々が想像する以上に起きているのではないかと推察されます。

適切なアドヴァイス、ちょっとしたきっかけで爆発的に能力が発揮されるという人は、きっと、今も大勢いるのでしょう。

月並みな表現ですが、これらの本を読むと、「人間の可能性の偉大さ」に感銘を受けます。

前述しましたが、こういう本を読むときには、何かケチを付けようとするのではなく、素直に感激するのが健全だと思います。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

|

2006.09.29

「安倍晋三のアジア外交における挑戦」(NY Times紙 27日付社説)」

◆【訳】

日本の新しい総理大臣、安倍晋三氏が、もし彼の前任者と同じような支持率と成功を実現したいと願うのであれば、

まず、その前任者によって最悪の状態にある中国との関係を修復することに注力すべきだ。

日本の繁栄と安全保障にとって何よりも重要なのは、巨大な隣国との「正常な」外交関係を維持する事が前提となる。

ところが、日本にとっては忌まわしい、しかし、時間の経過と共に次第に記憶から薄れてゆく、中国侵略の歴史が、その障害になっている。



小泉政権の最大の失敗の一つは、この日本の戦争中の行為を美化したことにより、中国政府が、反日感情を利用して、

自国民が中国共産党支配の腐敗と弾圧に対して抱く怒りの矛先を、日本に向けさせ、誤魔化すことに「協力」してしまったことだ。



安倍晋三氏は、何とかして、この非常に危険な、日本に対する破壊的エネルギーを鎮めなければならぬ。

最初のステップは、靖国神社参拝をきっぱりとやめることだ。

靖国神社と歴史教科書問題の取り扱いの不首尾が、問題をややこしくしており、

アメリカが日本に提供した憲法を改正することを困難にしていると言って良い。

日本が憲法を変えていけないと言う理由はないが、それ以前に過去に対する正しい認識を持つべきだ。



日本は誇るべきものを沢山持っている。

成熟した民主主義、不況からの脱却、困難であるが小泉首相が手がけた、構造改革などである。

安倍新総理はそれを引き継いだ訳だが、これを成功へと導くためには、わざわざ、日本の近年の歴史で最も暗い部分、

つまり戦争だが、その戦争に導いた、狂気じみた戦犯に敬意を払うのは、意味を為さない。


◆コメント:皆同じ事をいうね。

この他に英国の代表的な新聞、Timesが似たようなことを言っています。

安倍晋三氏の本や発言から観察すると、彼はここ20年間の日本の首相で最もナショナリストだが、政局の修羅場を経験していない。

つまり殆ど本気で議論をしなくても総理になることが出来てしまった。

だから、本当に考えていることは何なのか。また、どの程度根性があるのか、分からない。と。



ニューヨーク・タイムズも、ロンドンのTimesも、注目すべきは対中関係である、としている点が共通です。

本の中では極めてタカ派だが、その路線を維持できるか。

アメリカは下院の外交委員会が、「次の首相は靖国参拝するな。中国との関係を改善しろ」と言っているわけです。

歴代の総理でアメリカの意向を完全に無視できた人はいない。いたとしてもすぐに辞めるハメになった。



だから、安倍氏も保守と言われているが、アメリカを敵に回さないために、

案外コロっと柔軟路線に変って、米国のいうとおり、靖国参拝をしない可能性が高い。

しかし、安倍氏は「タカ派」であることで、国民の支持を得ている。

タカ派じゃなくなったとしても、今日新聞で報道されていたような高い支持率を保てるか否か。

それが彼をウォッチする際のポイントだ、ということです。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

|

2006.09.28

WEB日記・Blogを続けていて良かった・・・とつくづく思いました・・。

◆今日(既に昨日ですが)は、何だか夢うつつ・・。

というのは、昨日の日記の文中で触れましたが、

先日、ソプラノの森麻季さんの素晴らしい演奏(CD)について書いたわけですが、

どういう経緯か分かりませんが、森さんご本人がそれを読んで下さり、わざわざコメントを下さったのです。



あの文章を認めた日に、ちょうど、NHKの「トップランナー」のオン・エアだったのですね。

どうして気が付かなかったのか、と悔やんでいたら、家人が録画しておいてくれたので(その後再放送もされたようですが)、拝見しました。



「華」のある方ですね。

普段は控えめな話し方をなさるけれど、いざ演奏となると、聴衆が一瞬で引き込まれる。

放送を通して聴く音楽は、器楽・声楽共に、例えそれが生放送で、受信する側がどんなに上等なスピーカーをもっていて、

テレビに接続していても、じかに演奏を聴くのとはまるで違います。



改めて、森麻季さんの実力に感嘆しました。テレビを通じてさえ、ピーンと音が飛んでくる。

フォルティシモは豊かに響き、決して濁らない。ピアニッシモはまるで天上に吸い込まれていくかのような繊細さで、

どんなことがあっても、ピタリと音程が決まっていて・・・。文字通り心を込めて旋律を歌っておられるのが良く分かりました。

こんな事を書くのは、僭越なんです。音程が、などというのは却ってプロに向って失礼というものです。

いや、つまりね。何を書きたかったかというと、森麻季さんを生で目の前で聴いたら、空気の振動が自分の身体に伝わるのが良く分かると思います。

声楽家の歌を間近で聴いたことがないひとは、ひっくり返るほど、驚くと思います。



大きい声、じゃないのです。怒鳴っているのでも、叫んでいるのでもないのです

器楽では楽器が「鳴る」といいますが、声楽家は身体が楽器ですから、身体全体に共鳴して、

呼吸がものすごく効率よく音になっているということなのです。



森麻季さんが、ソリストに不可欠な「華」をお持ちなのは良く分かります。

しかし、それだけでは続かない。ずっと活躍していらっしゃるのは、不断の努力の賜なのです。

だから、私は音楽家を尊敬するのです。


◆音楽家が口をそろえて言うこと。

声楽の専門家に、大事なことは何かを伺うと、他の全ての演奏家(器楽・声楽を問わず)と同様に、

「如何に、身体の無駄な力を抜くか」に尽きる、という答が返ってきます。



声楽家だったら、喉だけではなくて、全身の無駄な力が脱ければ抜けるほど、声は良く通ると。

比べるのは、おこがましいのですが、私が最初にトランペットの先生に言われたことは、

「君ね。トランペットの勉強というのは、如何に唇を緩めるか、という勉強だ、ということを、覚えておいてね」

ということでした。

私が子どもだったんで、とりあえず「唇」のことだけおっしゃったのでしょうが、呼吸が関係する点において、管楽器と声楽は共通しています。

弦楽器の方もおっしゃいます。バイオリン・ビオラなどは、特に楽器を構えるときに、アゴと肩で楽器を押さえつけようとしては、絶対いかん、と。

あれは、支えているだけで、アゴに力が入ると、右半身にも力が入り、したがって、ボーイング(弓の使い方)に影響がでる。

弦楽器の音を実際に出すのは右腕(で持った弓)ですから、音が濁る。と。



木管も、打楽器も、ピアノも同じだと思います。


◆ここ一番、というときに、絶対に決まる安心感。

やはりね。どんな音楽家でも、一流の方はそうなんですよね。

コンサート全体の中でも、さらに一つ一つの曲の中でも、ここをしくじったら台無し、というような箇所がありますが、

森麻季さんもそういう要所要所を、「いとも簡単そうに」歌ってしまう。これこそ名人たる証(あかし)です。

難しいのですよ。たとえば、コロラトゥーラという器楽的な細かい音の動きを正確に歌うのは。

だけど、何だか簡単そうにさらっと歌っておられますね。

これは、もう、ずーっと、勉強なさって、今も毎日訓練を続けておられるからこそ可能なのです。

名人になったからといってもずっと練習するのですよ。音楽は。

あの境地に達するまで、森麻季さんが、どれほど練習を重ねたか、私には恐れ多くて「分かる」などとは言えません。


◆途中で止めようと何度も思ったのです。

話がかわりますが、こちらですね。日記・ブログのことですが。森さんのコメントを頂けたのも書き続けていたおかげです。

勿論、日記を続けてきて良かったのは、森麻季さんからコメントを頂いたから、と言うことだけではありません。

他にもプロの音楽家の方が読んで下さっています。

本業の時事問題についての駄文にも、いろいろ、感想を書いて下さる方がいらっしゃるから、続けてこられるのですね。

プロの物書きがインタビューで、「何故、書き続けるのか」という問いに、「読んで下さる方がいるから」と答えるのを聴いて、

以前は、単なる社交辞令だろうと思っていましたが、今は、分かる気がします。



昨年9月11日の衆議院選挙で自民党が圧勝したときは、本気で止めようと思いかけたのですが、

読者の方が、「お前、そうがっかりするなよ」と励まして下さったのです。

それ以前も子どもが入試に受かったときに、祝って下さったり、皆様から頂いたメールやコメントは(いたずら、嫌がらせは別ですけど)、

全て大事にとってあります。ありがとうございます。

今日は、いつにも増してまとまりのない乱文となってしまいましたが、

この辺で擱筆させていただきます。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | トラックバック (0)

2006.09.27

「安倍首相、自らの給与30%カット・閣僚は10%」減額分全額「あしなが育英会」などに寄付しては如何でしょう?(音楽付き)

◆記事:安倍首相、自らの給与30%カット・閣僚は10%

安倍首相は26日夜、首相官邸で就任後初の記者会見を行い、歳出削減策について、「『隗より始めよ』という考えの下、私の給与を30%カットする。

閣僚の給与も10%カットする」と表明した。



教育改革では、「この臨時国会で教育基本法改正を実現し、英知を集めて、内閣に『教育再生会議』を設置したい」と述べた。

皇室典範改正問題については、「安定的な皇位継承は極めて重要な問題だ。国民に納得されるものでなければいけない。慎重な議論を進める」とした。

また、憲法改正について「しっかりと政治スケジュールに載せるべく、(自民党)総裁としてリーダーシップを発揮したい」と強調した。

途絶えている中国・韓国との首脳会談については、「日本側は拒否している訳ではない。私も努力したい。両国にも一歩前に出てきて欲しい」

と中韓両国の歩み寄りを求めた。(読売新聞) - 9月26日23時14分更新


◆コメント:中途半端です。

小泉首相はそういうことなにもしませんでしたから。まだまし、といえないこともない。

小泉純一郎君、独身なのにボーナス500万円以上貰って、一部返上したことがあったっけ?



いずれにせよ、こういう中途半端なのは、アナウンスメント効果が薄い。

発表するにしても、首相は給与を30%カットして、手取りはいくらなのか?閣僚はいくらなのか?

と言うところまではっきりさせて貰わないと。何とも評価のしようがない。


◆伊藤忠商事の伝説。「社長、給与全額返上。電車通勤」

過去に4回書いたが、伊藤忠商事が経営難に陥った1999年、社長に就任した丹羽宇一郎(にわ・ういちろう)社長は、

社員全員を前に(社内放送=テレビ)で「実は、この会社には4000億円もの焦げ付きがあることが分かった。それを、一括処理する」と発表した。

社員、特に管理職以上でその数字の意味が分かる人は皆顔面蒼白となった。

不動産投資などの焦げ付きが相当な額になっていることは、だれもがうすうす知っていたが、4000億円というと、当時の伊藤忠商事の経常利益の10年分である。

年収の10年分の借金を全部償却する。償却するとは、会社が4000億円の資金を捻出して穴埋めする、ということで、4000億円をドブに捨てるのも同然だった。

これを一括償却とはものすごい英断だが、ハッタリではなく、実行した。

どのように行ったかは、専門的になるので、省略する。



このように、民間企業で、大きな損失となる決定や、リストラを行うときに、社長や役員が給与の何割かをカットした例は過去にもあったが、

丹羽社長のすごいところは、自らの給与を「全額返上」つまり、全くタダではたらくと宣言し、本当に実行に移したことである。

それは、何故かというと、「何割カット」といっても、もともと社長や役員の給与は高いのだから、困らないだろう。ポーズだけだと思われてしまう。

社長に「無給で働く」と言われたら、他の役職員は(丹羽社長は、他の役員には同じ事をしなくて良いといった。横並びになると結局、責任の所在が分散してしまうからだ)、

これは余程大変なことなのだろう、と、真剣にならざるを得ない。

更に、丹羽社長は、社長専用車による送迎を廃止して、自ら普通のサラリーマンと同様に、定期乗車券を買って電車通勤した。

ますます、社員は文句を言えない。丹羽社長は、結局1年半、無給で働いた。電車通勤は、その後も続けた。

一民間企業の経営者と総理大臣と、立場は同一ではないが、指導者として、安倍晋三氏は丹羽・元社長を見習っていただきたい。

どうせやるなら、もっと世間をアッと言わせるぐらいの発表をして欲しかった。


◆「再チャレンジ可能な社会」って、響きは良いが、よく考えると、非常に難しい。

「再チャレンジ可能な社会」は耳当たりが良いが、あまりにも漠然としている。

どういう人々を対象にするのか。

リストラされた人が、かならず、再就職先を見つけることが出来るようにするのか(何処の会社も人を減らしたいのですが・・・)。

不良債権処理の過程で潰れた中小企業が再度起業できるようにカネを貸すのか(また、不良債権が増えるんじゃないの?)

一家の主が自殺してしまった家庭はどう再チャレンジするのか?

司法試験浪人が、30歳ぐらいまで勉強し「もう、あきらめた」と言う場合、今の通例では、もはや優良企業への就職の道は無い。

一流企業にそういう、中年の、しかし、全然実務経験のないオッサンを雇えと強制するのか?

性犯罪者も罪を償ったら、社会が「温かく受け入れる」のか?


◆再チャレンジどころか、「最初のチャレンジ」ができない子どもを何とかしろ。

つまり、再チャレンジできる条件と対象を明確にしないと、却って不公平になる。



私は、それよりもまず、片親、或いは両親が、事故や、病気や、自殺でいなくなったがために、経済的に困窮し、

進学したくても出来ない若者、つまり、再チャレンジどころか、最初のチャレンジの可能性を、

自分の責任ではない理由によって閉ざされた子どもたちに、チャンスを与えることが優先されるべきだ、と考える。

困っている人々を救うこと。

数学者・藤原正彦氏が「国家の品格」で用いた言葉を借りるなら、「惻隠の情」が無くて、何が「美しい国へ」だと言いたい。

とりあえず、国会議員の歳費、地方公務員給与(?)全員半額にして(何しろ地方なんか、税金が余って燃やしちゃったぐらいですからね)、

全額、あしなが育英会に寄付したら如何であろうか?


【号外的情報】

誠に光栄にも、先日の森麻季さんの事を書いた記事にご本人からコメントを頂戴しました。

コメント欄にご本人のお名前で。誠にかたじけないことです。


◆最後に、本日の名曲。

今日は、バッハです。

バッハのチェンバロ協奏曲というのとオーボエ協奏曲と両方同じのが、あるんです。

バッハの作品番号はBWV=べーヴェーファウといいます。これはBWV1056です。

バッハの作品を探すときに、BWVが分かれば、確実に特定できます。

オーボエのために最初に書いて、後でチェンバロ(ピアノの前身のようなもの、今もありますけど。発音構造が違う。

ピアノは、敢えて言えば「打弦楽器」ですが、チェンバロは弦をはじく「撥弦楽器(はつげんがっき)」です。)協奏曲に書き換えたのだったか、

その逆だったか、忘れました。悪しからず。

とにかく、チェンバロ協奏曲兼オーボエ協奏曲、BWV1056ってのがありまして、

その第二楽章は、通称「バッハのアリオーソ」とかなんとか言われている、美しい、心休まる音楽です。

今回はチェンバロ版は現代のピアノで弾いています。

楽器が変ると勿論、音色が変りますが、ピアノと管楽器の最大の違いは、音を伸ばせるかどうか。

鍵盤楽器はキーを叩いたあと、音は減衰する一方ですが、管楽器は伸ばせます。

だから、随分違った演奏になるのですが、どちらもいいんです。両方とも美しい。聞き比べてみてください。

先日と同じ要領で。音、大きくないです。静かな音楽です。


←これがチェンバロ(実際はピアノ)版、

←これがオーボエ版です。
気に入っていただけたら、嬉しいです。

【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.25

「頂点を極めた安倍晋三のこれから」(The Economist紙 9月21日付記事)ほか1件

◆記事翻訳

9月20日、安倍晋三は52回目の誕生日の前日、自民党総裁選で最多票を獲得した。26日に国会での首班指名を経て正式な、日本の総理大臣となる。

しかし、これは、意外でも何でもなく、彼の前任者、小泉純一郎が描いた筋書きそのままである。

小泉よりも前の日本の総理大臣は、それぞれ巨大な派閥を抱え、派閥争いに勝利した長老が座るべきポストだった。それを小泉がガラリと変えた。

小泉自信の派閥や、仲間はいなかったが、彼は、テレビを通じて大衆の感情を利用することに長け、それによって予想以上の長期政権となった。

安倍晋三は、小泉を見て、メディアを利用することの重要性を学んだようだが、それにしても、彼の政策は不明なことばかりだ。

何を優先するのか--来週の組閣を見ればある程度わかるかもしれないが--が分からないのである。



安倍晋三という人物が大衆の意識に上るようになったのは、4年前、官房副長官時代に北朝鮮による日本人拉致問題に対して、断固とした態度を示したのが、きっかけである。

丁度、今週、7月に北朝鮮がミサイルを発射した行為に対して経済制裁を断行するという声明を発表した。

彼は、日本社会の基準から見れば、紛れもなくかなり強硬なタカ派である。



彼は、日本は、過去の戦争のことでいつまでも謝ってばかりいるのではなく、国際社会においてもっと積極的に発言し、能動的に行動するべきだと信じている。

安倍はさらに憲法を改正し、日本が海外で武力を行使出来るようにするべきだと主張すると共に、

教育基本法を改正して、子どもたちに「愛国心」を植え付ける教育を施すべきだという持論を持っている。



彼の発言を危険視する人々も日本には大勢いるけれども、今までのところは所詮、その場限りの短期的な所見として見なされていたので、大問題には発展しなかった。

だが、今度は首相になる以上、長期的な彼の外交政策を誰もが分かるように明確に示すべきである。

今のところ、小泉政権時代、度重なる小泉の靖国神社参拝によって、危険なほど悪化した対中関係を改善すべく、

中国の求めに応じて、首脳会談に応じる可能性を示唆している。



内政について言えば、安倍晋三の意図は一層不明瞭である。それは、あまりにも早い時期から総裁選における勝利が確実視されたため、

安倍はことさら、具体的な政策構想を表明する必要が無かったのが、一つの原因であろう。



財政については、安倍は、社会保障費、特に医療費の国庫負担を減らす意図を持っている模様だが、

本当のところは歳出を減らそうとしているのか、増税により歳入を増やすことを目論んでいるのか、はっきりしない。

他の総裁候補の一人、谷垣財務相が消費税増税策をはっきりと打ち出していたのと、対照的である。



組閣人事を見てみないと、何とも言えない。

経験のある行革の専門家を政権の重要なポストに据えるかもしれない。

実務に通じ、かつ、カリカリしない寛大な性格の持ち主を外交政策のアドヴァイザーにするかもしれない。

安倍は内閣主導の政治を目指していると言うから、内閣官房の権限を強めようとすることは、十分に考えられる

(かれは、米国の国家安全保障会議に相当する組織を創設したいらしい)。

その選択肢を取れば、自らの政策を強く国民に示す事ができるだろう。



逆に、急に弱気になり、自民党執行部におもねったり、国内の極右勢力の歓心を得ようとする迎合的な政策を取ったら、

政権の前途に明るいものは、期待出来ない。


◆コメント:平均すると「未知数」という結論が米国、英国のメディアともに多いです。

次々と翻訳したいのですが、なかなか、できません。

The Economistという雑誌は英国の経済誌ですが、取り上げる記事の範囲は非常に広く、日本の記事は日本の専門家が書いています。

この記事は、「タカ派ということになっているけど、政権を取ったら、急に腰砕けになってしまうかもしれない」というニュアンスが少し入っています。



これに対して、アメリカのメディアはどうか。

まだ、訳していませんが、アメリカのTimeが総裁選前に出した記事は、「安倍晋三の謎」と題しています。

横田めぐみさんのご両親へのインタビューの引用から始まり、この件に関しては安倍はとても情の深い人だったが、

その後、さまざまな発言や「美しい国へ」を読むと、とんでもない、タカ派だ、という結論にもってきています。

10日前、 「<米議会>靖国神社遊就館の展示に変更求める ハイド委員長」←「安倍総理」、どうするのですか?

という記事を書きました。

「タカ派であること」が安倍晋三氏の人気の源泉だとしたら、アメリカの言う通り、はい靖国参拝止めます、といったら、国内の支持を失う。

しかし、アメリカに逆らって長続きした日本の政権は無い(私は、それが良いことだと述べているのではありません。歴史的事実を綴っています)のです。

最初から、「踏み絵」を踏まされるのですから、安倍氏も結構しんどいですね。


◆全く別の話ですが、郵政民営化、着々と進んでいますね。こういう事になるそうです。↓

◆記事:郵便収集回数の削減を発表=対象ポストは4万本-郵政公社

日本郵政公社は22日、郵便ポストに投函(とうかん)された手紙・はがきなどの収集回数を10月16日から1回削減すると正式発表した。

全国(東京23区を除く)で1日3回以上実施しているポストを対象に、午前の初回収集を取りやめて2回目に統合する。

郵便局内の仕分け作業効率化を受けた措置で、郵政公社は「郵便物送達のサービスレベルに影響はない」(郵便事業総本部)と説明している。

収集体制の抜本的な見直しは1993年以来13年ぶり。全国に約19万本あるポストのうち約4万本が対象になる。

郵政公社はこれらのポストに回数削減を利用者に知らせる通知を掲示する。(時事通信) - 9月22日17時1分更新

甘受すべき不利益・・・・ですね。

【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | トラックバック (0)

「減価償却拡大、法人税6000億減税へ…安倍氏意向」←強きを助け、弱きをくじく・・・。

◆記事1:減価償却拡大、法人税6000億減税へ…安倍氏意向(読売新聞) - 9月24日3時30分

自民党の安倍総裁(官房長官)は、企業のIT(情報技術)関連などの設備投資を促すため、2007年度の税制改正で法人税の大幅減税に踏み切る意向を固めた。

企業が、設備や機械を取得した場合、損金として利益から控除できる減価償却の限度額を、現在の購入価格の原則95%から100%に拡大する。

課税対象の利益が従来より5%分圧縮されることで、企業の税負担を軽くする。減税規模は初年度で6000億円程度と見込んでいる。

また、ベンチャー企業を優遇する税制の拡充も検討している。

安倍氏は総裁選で、イノベーション(技術革新)による産業の生産性の向上を図り、実質3%程度の経済成長を目指す考えを示している。

今回の法人税減税は、技術革新を後押しする政策の柱となるものだ。


◆記事2:05年度、税収3・4兆円増 財務省(共同通信) - 7月3日12時26分更新

財務省が3日発表した国の2005年度一般会計決算概要によると、景気回復で税収が49兆654億円となり、

04年度より3兆4764億円増え、2年連続で前年度実績を上回った。当初予算比では5兆584億円増だった。

企業収益の改善で法人税収が大幅に伸び、株式配当の増加で所得税収も増えたため。

雇用環境の改善や株価上昇で、国内の個人消費も好調で消費税収も増えた。

この結果、国債の新規発行額は当初計画に比べて3兆1210億円を減額し、31兆2690億円となった。

01年度以来4年ぶりの低水準。05年度の基礎的財政収支の赤字は12兆5330億円と改善した。


◆コメント:社会保障費を減らし、ただでさえ儲かっている企業を優遇する政治

あまり説明は要らないと思います。

先日、小泉経済政策総括で説明しましたが、

小泉政権の政策の柱の一つは財政再建だったわけで、その方法として歳出を減らす、という選択をしました。

しかも、義務的支出と呼ばれる社会保障費を次々にカットしました。

生活保護を減らす、医療費の個人負担を増やす。年金を減らす。

象徴的なのが、障害者自立支援法で、ただでさえ、障害があり、所得が少ない人々への援助を減らしました。

月収が10万円も無い人が、社会保障サービスを受ける際の負担を増やしたのです。



さらに、19日に書きましたが、今年の6月に強行採決された、「健康保険法の一部を改正する法案」により、

もうすぐ、10月から、例えば、長期入院患者は宿泊費と食費を全額自己負担することになります。

このように、義務的支出を平気で減らすのは、裁量的支出を財務省が確保して、役人の利権を温存したいからです。



いずれにせよ、ただでさえ、病気療養のために費用がかかるのに、病気なのですから働けず、

所得が少ない人の負担を増やそうというのが、日本政府の方針です。はっきり言って、「弱者は勝手に死ね」と告げているに等しい。



それだけでも腹立たしいのに、「安倍新総理」は、企業に課せられる「法人税」を減らすそうです。

IT関連の設備投資を促し、経済成長をさらに後押ししたいと言えば聞こえは良いです。

しかし、記事2を読んで下さい。ここ数年の景気回復により、特に大企業は史上空前の利益をあげているのです。

だから、放っておいても、税収は増えているのです。

日銀が、景気過熱を警戒して、年内にもう一度金融引き締めを行うかもしれない、というほどの勢いなんです。

財政を健全化するなら、社会保障費を減らすよりも、まず、収益が好調で、余裕がある大企業に対して増税するべきではないでしょうか?



社会的弱者からカネをふんだくり、社会的強者を優遇する。

安倍さん、これが、「美しい国」ですか?

これが、「再チャレンジ可能な社会を作る」ことなのですか?

ご説明下さい。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.09.24

「<国旗国歌>学校強制に違憲判決」から思い出したこと。

◆お褒めのコメント、メールを頂きまして、恐縮です。

先日、<国旗国歌>学校強制に違憲判決 教職員401人が全面勝訴←「強制になるということではないことが望ましいですね」(天皇陛下)を書いたときは、

何か、文句言われるかな?と、まあ、それはよくあることですので、一応覚悟していたのですが、

何人かの方から、

「この記事は公平(中立的)で、なかなか、いい。」

というお褒めのコメント、メールを頂戴しまして、有難く読ませていただきました。

私は根が単純ですから褒められると調子がでます(褒められて怒り出す人というのは、あまりいないと思いますけど・・・)。

それで、この問題に関連して日頃から不思議に思っていることを、書きます。


◆国歌を歌い、国旗を掲げると「変な人」と見なされる国って無いのではないか?

先日の文章において、私は、裁判所の判決を支持しましたが、

それは、一般論として、「権力が特定の思想を国民に強制することがあってはならない」という憲法19条に照らし、正しい、という意味です。



しかし、具体的事象を考えると、先生だけではなくて、この国では今や、国歌を歌い、国旗掲揚する人を「変な人」と見てしまう。

それこそ「変な話」で、世界中そんな国は無いだろうと思います。



私は安倍晋三氏のように、愛国心を育てる教育をすべきだというような思想をもっておりません。それは、各人の自由です。

しかし、日本で普遍的に見られる思考パターンというか、人に対する「レッテル貼り」がとてもおかしいと思うのです。それは、


◆国を愛するというと「右翼」、戦争反対というと「左翼」という「レッテル貼り」です。

論理的に考えると、まるでおかしいのです。

「国旗・国歌」→「愛国心」→「右翼」→「好戦的」という図式がある一方で、

「戦争に反対(=反戦)」→「左翼」=共産主義者という図式があります。

いずれにせよ、「何だか、危ない人」「お近づきにならない方が良さそうだ」と思われます。

つまり社会的異端者と見なされます。これ、おかしいですね?



上の論理からすると、日本では、「母国を愛さず、戦争を好む人」が「正常だ」という結論に到達します。

そんな馬鹿げたものの考え方があるでしょうか。

現実には「日本をこよなく愛すると同時に平和を望む人」が大勢いるわけです。

しかし、上の図式では、日本を愛することと戦争に反対することとは両立しないのです。



人間の自由意思は右とか左とか、単純に二分法を適用できるほど単純な存在ではないのに、デジタル時代の反映でしょうか

(0か1か。冗談ですよ、それ以前から、こういう「レッテル」を貼りたがる人はいたのです)、

無理に二種類に分類しようとするからこういう事になるのだ、ということに、皆、気づくべきです。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.09.23

これが、私の云うところの「美しい音楽」の一つです。(音声ファイルアップテスト)

◆音楽を言葉で説明しても分からないですよね

いつも、CDを推薦していますが、サイトをご覧になるとお分かりのようにアフィリエイトプログラムなどということは、私は、一切しておりません。

カネが欲しくて音楽を紹介しているのではないのです。

ただ、世の中において、クラシック音楽があまりにも敬遠されているのが、残念なのです。



この原因の一つとしては、学校の授業で「お勉強」として取り上げられていることが考えられます。

まず、音楽は「聴く」ことから入ればいいのです。

そして、聴くのに知識は不要なのに、学校の「音楽」の授業では音楽家の年譜だの代表作などつまらない「知識」からアプローチします。

このようにして、「クラシックというつまらない音楽」という固定観念が一旦形成されると、なかなか、聴こうとは思わない。

これは当然ですね。


◆私もじれったいのです。

私の言語表現能力の乏しさの所為ですが、いつもいい音楽を紹介しながら、自分がその曲を聴いたときに感じたことを、言葉で表現する限界を感じます。

世間のクラシック嫌い、若しくは無関心の方の中には「食わず嫌い」がかなりあるとおもいます。



以前、日経の文化欄で、それまでは趣味と言えば、競馬、パチンコ、麻雀だった男性が、あるとき図書館で全くの偶然から

一枚のレコード(アナログ・レコード時代の話です)、しかも、普段聴いたことのない「クラシック」を聴いてみようと思い、

何と、「ブルックナー交響曲第8番」という大曲を借りてきたのです。

これは、「いわゆる」クラシック入門曲からはほど遠く、クラシックファンでも好き嫌いが分かれる曲です。

何しろ長い。CDですら、一枚に収まらないほど長いのです。

ところが、このオジサンはすっかりブルックナーにはまってしまいました。その後、ブルックナーの同好会まで作って、

色々な指揮者・オーケストラの演奏を聞き比べて楽しんでいるといいます。

こういう事が実際にあるのです。


◆ブルックナーとは全く関係がないけど・・・・

私は、常々、音楽の演奏を褒めるときに「美しい」という形容詞を用います。

極論すると、「音楽とはは音の流れ、響きの美しさ以外の何物でもない(ヘルベルト・フォン・カラヤン=指揮者。故人)」
のですから、どうしても最後は「実に美しい」という表現に収斂されます。

しかしながら、それでは、読んでいる方は「どう、『美しい』のか?」と思われるでしょう。

これも、大変ごもっともです。

結局、聴いていただくしかない。



仮定上の話として、もしも私がビル・ゲイツのような大金持ちなら、早速オーケストラを助成するとともに、

新たに一つのオーケストラを結成し、演奏会を格安で開き、レコーディングしたものをネットにアップできるのに、と思ったりします。

勿論、現実の世界では、完全に無料にすると、他のレコード会社の迷惑になるから、ダメでしょう。

だから、あくまでも「空想上」の話です。

エンピツでは音声ファイルをアップできませんが、連動しているJIROの独断的日記ココログ版では、

一定サイズまでの音声ファイルのアップが可能ですので、実験的にやってみます。

上手く行かなかったらごめんなさい。



曲は、考え始めるとキリがないので、マスカーニという作曲家の一幕の歌劇、「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲です。

plug-inでは、環境によって上手く聴けないと思います。
右クリックで「対象をファイルに保存」でとりあえずデスクトップにでもダウンロードして下さい。
後は、.mp3に関連づけされたアプリケーションで聴ける「はず」なんですけど・・・。
不具合があったら教えてください。
無論、いくらでも「美しい音楽」はあります。たまたま頭に浮かんだ、ということです。

mp3ですから、どなたでも聴けると思います。但し、音量の加減が分からないのです。

ピアニッシモから始まりますので、ボリュームを絞ってあると、何も聞こえないかも知れません。調節してみてください。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.09.22

<国旗国歌>学校強制に違憲判決 教職員401人が全面勝訴←「強制になるということではないことが望ましいですね」(天皇陛下

◆記事1:<国旗国歌>学校強制に違憲判決 教職員401人が全面勝訴

卒業式や入学式などで、日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱するよう義務付けた東京都教委の通達は違憲違法だとして、

都立学校の教職員ら401人が義務がないことの確認などを求めた訴訟で、

東京地裁は21日、原告全面勝訴の判決を言い渡した。難波孝一裁判長は

「通達は不当な強制に当たり、憲法が認める思想・良心の自由を侵し、教育基本法にも違反する」と指摘。

教職員らに従う義務がないことを確認したうえ、通達違反を理由にした処分の禁止や1人当たり3万円の賠償も都と都教委に命じた。都側は控訴する方針。

(以下略。全文は、Webキャッシュ保存サービス「ウェブ魚拓」で保存しておきましたから、こちらから読めます。


◆記事2:皇室:天皇陛下「国旗国歌、強制でないのが望ましい」--園遊会で米長氏に(毎日新聞 2004.10.29 東京朝刊)

東京・元赤坂の赤坂御苑で28日に開かれた秋の園遊会で、天皇陛下が東京都教育委員を務める将棋の米長邦雄永世棋聖(61)に

学校現場での日の丸掲揚と君が代斉唱について、「やはり、強制になるということでないことが望ましい」と話す場面があった。

天皇陛下が「日の丸・君が代」問題について発言するのは極めて異例。

米長氏は招待者として出席。都教育委員の仕事について「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させるというのが私の仕事でございます」と語ったことに対し、陛下が話した。

米長氏は「もちろんそれはそうです」と答えた。

園遊会後に宮内庁の羽毛田(はけた)信吾次長は、側近を通じて陛下に発言の趣旨を確認したとしたうえで

「強制ということではなく、自発的というか、喜んで掲げる、歌うというありようが好ましいということを言われたのだと思う。

具体的な行政施策の是非を述べられたものではない」と説明した。米長氏は99年から都教育委員を務めている。


◆コメント:天皇陛下の方が、教育委員会より余程リベラルだ。

私はこの国歌・国旗の話というのは、好みでいうとあまり取り上げたくないのです。

判決自体は論理的に正しいと思います。その理由は後述します。



しかしねえ・・・。理屈とは別に、教職員も教育委員会もバカだなあ、と思うわけです。まず、

国歌・国旗を頑なに拒否する教職員は、大人げないと思うのです。

日の丸を掲揚して、君が代を歌ったぐらいで、生徒が右翼、国粋主義・民族主義者になるわけ無いじゃないですか。

証拠?

この私ですよ。

私の頃なんか、小学生から大学まで入学式やら卒業式(上級生を送るということで、自分が卒業する年ではなくても式に「参列」させられて)の度に、

国歌斉唱!とか日の丸掲揚!とかやっていたけれども、全然保守とか、右翼とか、そういう類ではないことは、

いつも駄文にお付き合い下さっている方は分かってくださると思います。

但し、純粋に「音楽としての君が代」は厳かで良いと思います。「仰げば尊し」もいいね。

「仰げば尊し」は天皇制とは無関係だから、もともと誰も文句を言わないけど、綺麗な歌じゃないですか。


◆陛下は司法判断や政治的判断に極力触れないのに、2年前、かなりはっきり米長をたしなめています。

記事2は痛快です。所謂、保守なんでしょうね。米長邦雄という人は。

きっと、陛下のお褒めの言葉を頂けると確信して、日本中の学校で、国旗掲揚、国歌斉唱させるのが、自分の仕事です、と陛下に申し上げたら、

意外にも、(米長氏の)予想に反して陛下がやんわりとたしなめられた、という格好ですね。

毎日新聞の引用は、

「やはり、強制になるということでないことが望ましい」

となっていますけれども、こういうのは、正確に書かないといけません。

かの有名な「ほぼ日」で当時鳥越俊太郎氏が書いた文章によれば、

天皇陛下のご発言は、正確には、
「強制になるということではないことが望ましいですね」

だそうです。「望ましい」では、やや命令的な色彩が出てくる。

陛下はその辺は分かっておられるので、「のぞましいですね」とおっしゃった訳です。

勿論、立憲君主制じゃないから、2年前の陛下のお言葉と言えども、司法が判決を下す際に、これを参考にしてはいけないのですが、

注目に値するのは、天皇陛下が、言論の自由を重んじておられるということです。

自分を敬うことを国民に強制してはいけないのだ、というお考えなわけです。

安倍新総裁よりも陛下の方が全然リベラルですな。


◆国歌斉唱を拒否した先生もオリンピックの表彰式で「君が代」が奏でられると、ウルウルしてるんじゃないの?

人間、いい加減なものです。

君が代が天皇を崇拝する国粋主義的な内容だからとか、理屈ではいってるけどさ。

本当にけしからんというのなら、他の国歌を作詞作曲して、代替案を提案したら? 

だれも、そこまではしないのですよね。



オリンピックで、日本人が金メダルを取ると、表彰式で君が代が鳴って、日の丸が真ん中のポールに掲揚されます。

あれを見て嬉しくないという人、あまりいないでしょう。


◆つまり、愛国心とか、それに類する思想・行為を強制されるべきではない、といいたいわけですね。

つまり、大抵の日本人は、「君が代」と「日の丸」自体が嫌なのではない。

教育委員会とか、公的権力がこれを強制するのは、思想・良心の自由の侵害である、というのが教師の主張。



私が冒頭で、この話題が嫌いだといったのは、両方ともバカだからです。公務員て暇なんですね。やっぱり。

繰り返すけど、教師はそう、意固地になるな、と、申し上げたい。

一方、教育委員会に言いたいのは、人間の感情において、極めて頻繁に現れる反応、「強制されると反発する」

ということも分からないのかね?ということです。放っておけば良いんです。


◆問題の好き嫌いはさておき、判決はただしい。

実際に教師がとった行為。即ち、国歌、国旗の拒否というのは、有り体にいえば「大人げない」感じはするのですが、

純粋に法解釈の問題として考えると、

「特定の思想を強制するのは、思想・良心の自由の侵害だ」という訴えは正しいですよ。今日の判決も正しい。

第十九条  思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

今日の判決に違和感を覚えるというひとは、「国歌や国旗を尊重しない、という思想の自由も憲法の19条に該当するのか?

という疑問を抱いているのでしょう。



多くの人が見落としていると思われる憲法の条文があります。

日本国憲法第二十二条第二項 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。


この文言(もんごん)が意味するのは、国民は、日本人でいるのが嫌になったら外国へ移住して外国籍を取得して外人になっていいよ。ということです。

即ち、現行憲法は「国を愛さない自由」も認めていると言えます。

そうでしょう?

日本を愛せ、日本人であることに誇りを持てという思想を、国民に強要したいのであれば、このような条文をわざわざ置く必要がない。

不勉強なもので、この22条に言及した判決を読んでいないのですが、私は、本判決は論理的に正しい事を述べていると思います。


◆思想信条の自由と言ったって、ものには限度がある。

前段を要約すれば、日本国憲法は「国民が、日本国を愛さない自由さえ、是認している」

ということです(これに対して、「いや、日本人に生まれたら全員、愛国心を持たなければならない、」という思想の持ち主が安倍晋三という人物です)。



少し話を発展させます。

そこまで自由なら、仮に、日本をクーデターによって、或いは外国と結託して転覆させよう、という思想は許されるでしょうか?

それは、許されません。刑法で一番、重い罪は何だか知っていますか?

刑法81条から89条まで「外患に関する罪」がいくつかさだめられています。外患とは外国から受ける心配ごととか紛争という意味です。

刑法第八十一条 外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する。

刑罰が死刑以外に無い。一番重い罪です。

因みに殺人罪は
第百九十九条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

外国と結託して日本を潰そうとすることは、殺人より罪が重いのです。

誰だったか、思想家・哲学者の言葉だったと思うのですが、発言者は忘れましたけれども、内容ははっきりと覚えている名言があります。
民主主義は寛容の精神である。しかし、その民主主義を破壊しようとする者に対してまで寛容ではない。

私、これ、好きなんですよ。最後、本題から話が逸れましたが、今日は、ここまで。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (4) | トラックバック (2)

2006.09.21

「『誇れる国』へ国民を導こうとする、安倍晋三」 ワシントンポスト 19日(総裁選前日)付記事

◆記事(翻訳):「誇り高き日本」を目指す、日本の新総裁、安倍晋三

安倍晋三は、明らかにタカ派の「勇敢な」人物である。

彼は、物議を醸した「新しい歴史教科書」を中学校の授業で用いることは、「日本人の誇り」を取り戻すために有益であると考えている。

この教科書は、先の大戦中に日本が行ったと言われている残虐な行為に関して言及していない、

又は当たり障りのない表現に書き換えられている、という事で、日本人の中でも問題視する人々がいるような代物なのである。



この教科書は、太平洋戦争は、日本が自衛の為にやむを得ず参加したものだいう。

この他、同教科書は、日本人としてのほこり、独立国家としての日本という意識を高揚させるような記述が目立つ。

そのようなわけで、実際には、「新しい歴史教科書」はごく一部の学校でしか使われていないが、

今後は安倍政権の後ろ盾を得て、より多くの学校に普及するかも知れない。



しかし、これは、安倍晋三の構想のごく一部に過ぎない。

かれは、より意識的に、子どもたちに「愛国心」を抱かせるような教育を施すべきだと考え、教育基本法を変更しようとしている。

さらに安倍は、現在の平和憲法を改正して、再び、正式に軍隊を持ち、集団的自衛権の行使を可能にしようとしているのである。

官房長官として、小泉首相の後継者として圧倒的に人気があり期待されているかれは、多分20日の自民党内の投票でトップとなり、

9月26日、国会における投票を経て、正式に内閣総理大臣となるものと思われる。



安倍氏が次々に提唱する、タカ派的な提案は、今なお、前の戦争に係る日本に対する恨みつらみがくすぶっているアジア諸国を不安にさせた。

しかし、安倍晋三氏と彼の支持者たちはこれは、日本の民主主義が成熟したことによる当然の帰結だと考えている。

正確に言うと、安倍は、北朝鮮という新たな軍事的脅威の台頭が、日本人に「従来のやり方を変えなければ」という意識の変化をもたらし、

タカ派的になったのはその意識の変化を反映しているのだ、と思っている。



第二次大戦後、数十年間、日本人は世界でも希有な「平和国家」のモデルとなることに誇りを持っていた。

外交は資金の提供を主な方法とする所謂「札束外交」(checkbook deplomacy)で片付け、国の防衛はアメリカに任せてきて、問題なかった。

ところが現在は、日本は北朝鮮の核の脅威にさらされ、隣の中国がすごい勢いで軍事・経済大国になりつつあるという現実に直面している。

戦後生まれでありながら、生粋のナショナリスト(国粋主義者、民族主義者、保守派)である安倍晋三が総理大臣になるという現象が、

日本人の意識の変化を物語っているのかもしれない。

「今の日本は、あたかも外人が作ったルールで『相撲』をとり、良い取組だった、と褒められているようなものだ。

我々は、それよりも、ルールの制定自体に関わりたいのです。その中に新しい日本を作り出すビジョンを盛り込みたい。」

と安倍は、先日、テレビ番組の中で発言していた。

安倍は他の二人の総裁候補、麻生太郎と谷垣禎一より、この「約束」に関して遙かに因縁があるのだ。

安倍晋三の祖父、岸信介は戦犯と認定されたものの、処刑は免れ、1957年に総理大臣に就任しているのだ。



安倍晋三は近著、「美しい国へ」の中で、戦争犯罪人に判決を下した、所謂「東京裁判」の法的有効性に疑問がある、と書いている。

また、以前、外人記者クラブで「この前の戦争に負けたことが悔しいのか?」との質問を受けたとき、すぐに、

「貴方たちは、私のことをかなり保守的な人間だと書くが、愛国心の無い者に首相は務まらないとおもう」と返答している。

安倍を後継者として推した、カリスマ性のある小泉首相が、日本が平和主義の殻を破る土台を作った訳だが、安倍はより野心的な構想を描いている。



安倍は小泉と同様に日米同盟を日本の安全保障の基礎と考えているが、同時に、日本はアメリカと「対等な」パートナーになるべきだ、というのである。

多分、安倍はワシントンと英国政府の関係、と同じものを日米関係に構築しようともがくだろう。

つまり、米国に協力はするが、自分が適当と思った方針に従って行動する、という立場である。



わが国(米国)のアナリストは、安倍の人気は彼の異常なまでのタカ派ぶりによるもの(~にかかわらず、ではなくて。)だろうと分析する。

彼は特に北朝鮮が絡むと著しく好戦的な態度を露わにする。

7月4日、北朝鮮が複数のミサイルを発射したときに、安倍は外交ルートでの話し合いなどという生やさしい議論を飛び越して、

「日本が北朝鮮に先制攻撃を加えることも検討するべきだ」と発言した。

アナリストたちは、もしもこれが10年前だったら、安倍の発言は大問題となり、辞任に追い込まれただろうという。

ところが、今の日本では、こうした乱暴なところが、あたかも「威勢の良いサムライ」が蘇ったかのごとく見なされ、総裁選にプラスに作用したのだ。



自民党で安倍の支持者である山本一太代議士は、

「安倍は、日本は新たな危機に直面しており、今までのままではダメだ、ということを認識しているのだ。」という。

「今の憲法に従えば、日本近海で米国軍の艦船が第3国の攻撃を受けたとき、すぐ傍に自衛隊の艦がいても、米兵を助けることができない

こんなパートナーを同盟国と見なす国があるだろうか?我々は以前よりも危険な世界に生きている。より強い指導者を必要としているのだ」と語る。

安倍の人気が高いことが、日本の保守派を勢いづけている。

小泉路線の継承者というだけではなく、日本人のプライドを取り戻してくれる人物と見なしている。



小泉首相は度重なる靖国神社参拝により、中韓両国との関係を悪化させたが、

1995年に日本政府が発表した歴史的な謝罪、つまり、第2次世界大戦は日本の侵略戦争であった事を認めて世界に向けて発信した謝罪を、

あいまいにではあるが、是認している。

ところが、安倍の態度はもっと不透明である。95年の謝罪の趣旨は了解しているが、

第二次大戦時の日本の行動の是非を決定するのは、後世の歴史家であろう、と言うのである。



日本のハト派は相対的に少数派になりつつあるが、このような、雰囲気を懸念している。

「戦後の政治家、戦争を知っている政治家は、戦争によって犯した罪という意識を頭のどこかに持っていた。

戦後生まれの政治家(安倍も含めて)たちには、その意識が全く、無い。先の戦争の前のような極端なナショナリズムが台頭する恐れがある」という。

日本の新保守主義者は、こう述べている。

「日本が過ごした、アジアを代表する民主主義国として、また、経済大国としての60年を考えれば、我々には誇りを持つ『権利』があるのだ」。


◆コメント:翻訳でくたびれたのでひとことだけ。

アメリカは、アメリカで、第二次大戦が終わった後もずっとどこかで戦争に関わってきて、一番危ない国なのだから、

他人の国のことを批判できる立場ではないが、安倍晋三は危ないぞ、と見られていることは、ほぼ確かだ。

ワシントンポストなんて政府広報紙みたいなものだ。

それから、先日の私の記事、2006年09月15日(金)  「<米議会>靖国神社遊就館の展示に変更求める ハイド委員長」←「安倍総理」、どうするのですか?もご参照いただきたい。

さすがに一日にいくつもの記事を訳すのは無理ですねー。

但し、1紙だけでは、国際世論の「傾向」が判断できませんから、他の海外の記事もいくつか訳してみたいと思いますが、

絶対できるかどうかは分かりません、悪しからず。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2006.09.20

<終末期医療>指針原案まとめる 厚労省」←義務的支出の削減が目的なのですよ。

◆記事:<終末期医療>指針原案まとめる 厚労省

厚生労働省は15日、回復の見込みがない末期状態の患者に対する「終末期医療」の指針原案をまとめた。

延命治療の中止については、主治医の独断でなく、看護師らも含めた医療チームが患者と事前に十分話し合い、

合意内容を文書にまとめることを求めた。同省は有識者による検討会を近く設け、来春の指針完成を目指す。

原案は公開し、国民の意見を募って検討会の議論に反映させる。
原案では、「どのような場合であっても、『積極的安楽死』や自殺ほう助などは認められない」と明記した。

その上で、患者の意思を最大限尊重する形で最善の治療方針を決定するよう求めた。

患者の意思が確認できない場合は、家族の話から意思を推定するが、

推定ができない場合や家族の話がまとまらない場合は、医療チームが最善の治療方法を選択する。

患者や家族とチームの意見が異なったり、チーム内で意見が割れた場合は、専門家による委員会を設置して検討する。

今年3月に富山県の射水市民病院で末期患者の人工呼吸器取り外し問題が発覚したことを受け、川崎二郎厚労相が指針作成方針を示していた。

厚労省医政局総務課は「終末期医療については多様な意見がある。検討会と並行して、国民の率直な意見を聞いていきたい」と話している。

原案は厚労省のホームページ(http://www.mhlw.go.jp/public/bosyuu/iken/p0915-2.html)で読める。

意見募集は来年3月末まで。【永山悦子】(毎日新聞) - 9月15日22時47分更新


◆コメント:医療制度改革は10月から始まる。

終末期医療うんぬんは、後述する。それより、切迫した問題がある。

6月14日、国民がサッカーのワールドカップに気をとられている間に、「健康保険法等の一部を改正する法律案」が強行採決された。

これにより、10月から、


  1. 現役並の所得がある70歳以上の人の医療費窓口負担は、2割から3割に引き上げられる。「現役並」の基準は夫婦2人の世帯で年収520万円である。

  2. 入院患者については「療養病床」(慢性的な病気で長期間入院している人の病床)に入院している70歳以上の人の食費と居住費が、今年10月から全額自己負担になる。いきなり、月3万円の値上げで、9万円になる。2008年4月からは、全額負担の適用年齢が65歳から69歳の人に拡大され、この場合、月13万円の入院費になる。

  3. さらに来年4月からは、所得の多寡をとわず、70歳以上の全てのひとの窓口負担が1割から2割に引き上げられる。

  4. また、同じく来年4月からは、75歳以上の人は全て「高齢者医療制度」に加入させられ、平均年間6万円の医療費(病気じゃなくても)を年金から「天引き」される。

  5. 国民健康保険の加入者だと65歳から「年金天引き」が行われる。

  6. 入院や手術が必要となったときの「高額医療費」の患者負担が増額される。人工透析を受けている患者は一定以上の所得がある者の自己負担額が二倍になる。


◆終末期医療を見直すのも、国の歳出を減らすため。

これは、約一年前から厚労省が方針を打ち出している。

どういうことかというと、癌などのどうせ助からない末期患者の死亡前一ヶ月の「終末期医療費」は非常に高額で、一年で総額9000億円に達する。

そこで、役人は、

「どうせ助からない患者は、早く退院させて自宅で死なせればよいのだ」

と考えたのである。自宅で死ぬ患者が二倍になれば、将来的には、国が負担する終末期医療費を5000億円減らせるそうだ。

如何にも官僚的発想だ。

昨日書いたとおり、こうなったのは、「義務的支出」の削減により財政の健全化を実現しようとした結果である。


◆癌の末期を自宅でケアできるわけがない。

末期ガンの患者は疼痛に苦しむので、モルヒネなど麻薬系鎮痛剤を使う。

末期の患者の家族は、医療従事者ではないのに、この危険な薬物を扱うことになる。

病院でも厳重な管理下に置かれる薬物である。素人に打たせて良いのか?

経験のないひとには分からないだろうが、末期ガンの患者の苦しみ方は、正視に耐えぬ。

付き添っているこちらが気が狂いそうになるほどだ。そんな状態で、冷静に正確な量を素人が注射など出来るだろうか。

私には想像がつく。殆ど確実に、狼狽した家族が間違えて規定の十倍量を一気に投与し、患者が死に至る、という事態が生ずるであろう。



それに、これからの若い人は子どもも欲しくなければ結婚もしないそうだ。一生、独り暮らしの人が増えるだろう。

一人暮らしの患者は、常に付き添って面倒を見てくれる人がいない。

一日一回ぐらい、在宅看護チーム(要するに「往診」だろ?)に来られても、気休めである。

激痛に襲われたときに、上手いタイミングで、医者が来てくれる確率は低い。

しかし、痛みで七転八倒している患者が自家注射など出来るわけがない。

一人暮らしの人は、かなり高い確率で、自宅で苦痛にのたうち回り、汚物にまみれて、孤独な死を迎えることになろう。

これでは、絞首刑で一瞬で死なせて貰える死刑囚の方がむしろ恵まれているではないか。彼らは長い時間苦しまない。



昨日、私は、小泉政権は「弱者は勝手に死んでくれ」という政策をとった、と書いたが、

医療制度改革は正に文字通りの意味で、その路線である。

財政を健全化するためには、真面目に生きてきた人間にこのような最期を経験させるのもやむを得ないというのか。

私は、そういう世の中は間違っていると思う。

15日付毎日新聞によれば、同社の世論調査では、回答者の64%が小泉政権を「評価する」と答えたそうだ。

一体、何を評価するのか、皆目見当がつかない。多分、訊いても、答えられないのだろう。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2006.09.19

「<竹中総務相>参院議員辞職、政界から引退へ 首相に伝える」←卑怯と言う言葉を知っていますか、竹中さん。小泉経済政策検証総括

◆記事:<竹中総務相>参院議員辞職、政界から引退へ 首相に伝える

竹中平蔵総務相は15日午前、首相官邸で小泉純一郎首相に会い、小泉内閣の退陣と同時に参院議員を辞職し、政界から引退する考えを伝えた。

関係者によると、慶応大学に新たに出来るシンクタンクの代表に就任する予定で、民間人として次期政権の改革継続に引き続き協力していくという。

竹中氏は記者会見で「総務相を辞める際、参院議員も辞職したい。大臣に就任した時から、ずっと思っていた。

小泉内閣の節目をもって政治の世界での私の役割は終わると思った。

議員を途中で辞することは、(参院選で)投票してくれた72万人の人には申し訳ないと思っている」と語った。

竹中氏に近い自民党幹部によると、「安倍晋三官房長官が首相になれば、民間人として協力したい意向と聞いている」という。

竹中氏は小泉首相の構造改革の推進役を果たし、不良債権処理などを先導した。

01年4月の小泉内閣発足とともに経済・財政政策担当相に就任。

02年には金融担当も兼務、昨年10月からは総務相として5年5カ月にわたり一貫して閣僚を務めた。


◆コメント:さんざん、「格差」を広げておいて、逃げ出すのか。

今年のキーワードになるのではないか、と思われるぐらい頻繁に使われる「格差」という言葉だが、

「格差」を単純に「所得の差」とするならば、資本主義というのは自由競争の社会だから、ある程度の格差が生ずるのはやむを得ない。

一所懸命に働いている貴方のとなりに、もしも、何の病気でもないのに、「働きたくないから働かない」所謂「ニート」が住んでいて、

生活保護か何かで、貴方と殆ど同水準の収入を得て暮らしていたら、むしろ不公平だと思うでしょう?

それは、極端だとしても、頑張っても頑張らない人と所得が同じだったら人間はやる気を失う。



しかし、ある程度の格差はやむを得ないとしても、結果的に生じた、比較的収入が少なく、

生活に困窮している人々をどうするかという配慮をするのが、政治家の責任である。

ところが、小泉政権は極端で、強者(ヒルズ族など)ばかりを肯定し、称讃し、

他方、弱者は勝手に死ね、という政策をとった政権である。

ここに大きな罪がある。


◆格差を理不尽に広げたのは、政策の誤りによるものである。

小泉政権の政策の柱に財政再建(健全化)があった。

大きく分けて二つの選択肢があった。

一つ目は、経済を活性化させることにより、税収を増やそうとするやり方。

もう一つは、歳出(支出)を減らすやり方。

小泉政権は歳出削減を選んだ。経済財政担当大臣は竹中である。



財務省の予算には義務的支出と裁量的支出という区分がある。

義務的支出とは、生活保護、年金、など社会保障支出。

裁量的支出とは、財務省の「予算配分権限」すなわち、利権に直結する部分である。



財務省が守りたいのは、「公共の福祉」つまり「国民の幸福」ではなく、自分たち官僚の利権である。

利権とは天下り先を確保することである。もちろんそれは、どの役所でも同じである。その大元をにぎっているのが、財務省である。


◆官僚の天下りという利権を守るために社会的弱者を切り捨てたのである。

財務省は裁量的支出は減らしたくないので、利権とはあまり関係がない義務的支出を減らした。

義務的支出は制度によって支出額が決定されるので、どの企業に有利なようにという談合が出来ない。利権には関係ない。だから減らした。

対象となったのは、生活保護、高齢者医療費、障害者の自己負担額(の増加)、そして義務教育費の国庫負担である。


◆官僚の利権の為に存在する社会。

小泉改革というけれど、このように、歳出を削減したのは、義務的支出、つまり社会保障支出であり、

もっと大きな問題である官僚の天下り制度には、実質全く何もしていない。



日本の最大の問題は、このように、官僚が真ん中にずしんと居座り、彼らの利権の為に税金の配分が決められている。

官僚は「国民の幸福」のことなど全く考えていない。障害者をはじめ、弱者は勝手に死んでください、というのが、小泉改革の実態である。


◆マスコミはすこしもそのことを批判しない。

一体、どこのメディアもどうしてこれほど腑抜けなのか。

昨年、障害者自立支援法案が審議されているとき、全国から障害者がやってきて、国会議事堂の前に居座り、

同法案の可決だけは止めてくれ、と必死にアピールしていたのを知っている人、いないでしょう?

テレビは権力におもねり、弱者の訴えを報道しなかったのである。

このようにして、月収が10万円にも満たない障害者から、さらにカネをむしり取る、

障害者自立支援法という、ひどい法律が成立してしまったのである。


◆小泉・竹中の所為だぞ。

小泉首相は自民党をぶっ壊すと言ったが、それは、彼が福田赳夫の「清和会」であり、

仇敵の「経世会(田中派の流れ」)への敵討ち(福田が田中に総裁戦で負けたというとんでもない昔の話である)として、

田中の支持母体である郵便局を民営化してぶっ壊したというだけのことだ。



小泉改革は改悪であり、その主犯は勿論、小泉首相だが、

緊縮財政を実行し、弱者を痛めつけ、

また、過去2回の「小泉経済施策検証」で述べたとおり、不良債権処理を強行したがために

株価を7000円台まで下落させ、金融恐慌寸前の状態に陥り、アメリカのシナリオで助けられ、

小泉政権がアメリカの奴隷と化した責任の一部は、確実に、金融・経済財政担当大臣だった、竹中平蔵にある。

不良債権処理を強行したために、会社が倒産し、自殺した何千、何万人もの人々は、さぞや小泉・竹中を恨んでいることだろう。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.18

ソプラノの 森麻季という人、日本音楽史上最高の声楽家ではないかと思います。お薦めCD。

◆こんなに上手い人を聴いていなかったとは、不覚。

森麻季(もり・まき)というソプラノ歌手がいます。

オペラでもリートでも宗教曲でも何でも歌えます。

叙情的な「リリック」から技術の極み「コロラトゥーラ」という非常に難しいのまで、こなせます。

ものすごい上手さと美しい声。世界に誇る日本人歌手と言っていい。

声楽家になるために生まれてきた人なのではないかと思います。



しかし、恥ずかしながら、最近まで私は森麻季さんを知らなかった。不覚。

家内が矢鱈と上手いソプラノがいるから聴いてみろとしつこく薦めるので、先日CDを注文して、昨日届いたのです。



私は常々書いているとおり、「音楽」というとまず、オーケストラの音が頭の中で鳴り響くぐらいオーケストラが好きなので、

どうしても、歌は発見が遅れるのですが、今回は感激しましたね。


◆ドミンゴのコンクールで優勝したのです。

三大テノールというと、ドミンゴ、カレーラス、パバロッティです。世界中を回っていますね。

もちろん、彼らは、本来あれが商売じゃないんですよ。オペラ歌手なんだから。

それぞれ別の仕事をしているのが本来の姿なのですが、「三大テノール」をやるとものすごく切符が売れて儲かるので、

ついには、何とかスタジアムみたいなところで、マイクを使っているわけです。

あれで私は激怒しました。

「馬鹿野郎!マイク使うなら、クラシックの歌うたい(歌手のこと)なんざ、さっさと辞めちまえ!」

と、ここで、また声楽家に偏見が入りました。

ところがドミンゴ主催なのか、名前を貸してるだけなのか、とにかくドミンゴの声楽コンクールがあり、

森麻季さんは、ここでドミンゴに認められたのが幸いした。

クラシックの音楽家も、名前が知られるようになるには運が必要です。


◆カーネギー・ホールでのリサイタル・ライヴです。

今日、お薦めするのは、2003年5月、カーネギー・ホールにおけるリサイタルのライヴです。

説明が長くなるので結論だけ書きますが、カーネギーでリサイタルを出来るということはそれで、世界的なレベル。

「超一流」の太鼓判を押されたも同然です。目が眩むほどの名誉です。

厳密に言うと、カーネギーデビューが成功したらってことです。

で、森麻季さんは完全に成功しています。

こんな美しい、透明な声は初めてです。ただ、声がよくても歌が上手くなければダメですね。

テクニックということです。声はある程度先天的なものがありますが、テクニックは勉強(練習)しかありません。

で、森麻季さんの声のコントロールは完璧なのです。
はっきり言って、歌の人は、音楽家の中では、音程が悪い人が多いです。

そりゃ、他の流行り歌(はやりうた)の歌手とは次元が違いますよ。

しかし、一番耳が良いのは弦楽器のプロです。弦は耳が悪い人はなれません。

その耳の良さは人間わざとは思えない。1Hzの違いを聞き分けてしまう。

歌の人はそこまで分からないです。普通は。

ところが、森麻季さんは歌の前かなりピアノをやっていたらしく、ということは、幼いときから聴音の訓練を受けていたと思われます。


◆おすすめは、これ。

前置きが長くなってしまいました。

上述した、カーネギーデビューのCDは、あなたがそばにいたら~Bist du bei mirです。

全部、ブラボーです。

4曲目。ヘンデル歌劇「リナルド」より「涙のながれるままに」は、今まで「私を泣かせて」と訳されていた曲です。

私はこの歌が大好きなのですが、森麻季さんの演奏を聴くと、改めてこれほど美しい歌だったのか!と驚嘆します。

そういう風に聴衆に感じさせる音楽性が素晴らしい。ボロボロ泣けます。

日本に西洋音楽が輸入されてから150年。数え切れないほどの人が声楽を勉強しましたが、

森麻季さんは、まず、間違いなく、その歴史の中でソプラノからバスまで含めた全ての歌手の頂点に位置する人だと思います。

これは、聴かないと損です。本当に。


【読者の皆様にお願い】

この記事を読んで、お気に召した場合、エンピツの投票ボタンを押していただけると幸甚です。

画面右下にボタンがあります


| | コメント (14) | トラックバック (1)

2006.09.17

「継続は力なり」祝・「こち亀」連載30周年

◆「こち亀」は全巻持っているのです。

週刊少年ジャンプで秋本治氏が「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(通称、「こち亀」)の連載を始めたのが

1976年で、本日、30年になるという。

私は、マンガのことは詳しくないのだが、「こち亀」は、どういう経緯で知ったか記憶が定かでないのだが、大人になってから、たまたま読んで面白いと思った。

私の「笑いのツボ」に丁度、はまるのである。それで、一冊、また一冊と買い足して、今やなんとコミック151巻全巻揃っている。

マンガの世界一般の傾向というか、雰囲気が分からないので、プロの漫画家や、マンガ好きの人々の間で「こち亀」がどのような位置づけなのか分からない。

また、マンガを描く段取りも技術的なことも一切分からない。まず、とにかく私は好きなのである。「好き」に理由はない。好きだから好きなのだ。

どういうマンガか全くご存じない方は、今までの全作品のストーリーや登場人物を全て網羅した、

こち亀データベースというものすごいサイトをご参照頂きたい。

このサイトは個人の「こち亀」ファンが運営しておられるのだが、これほど完璧なデータベースは珍しい。


◆30年間も一度も休載したことがない、という偉業

マンガの世界には不案内ではあるが、

原則として一話完結のギャグマンガを、30年間、ただの一度も穴を開けずに描き続けた秋本治氏は立派だ。

一昨日、日本経済新聞の文化欄に秋本氏の随想が載っていた。

30年続いたのは、特別なコツがあるわけでも何でもなく、

「自分が憧れていたプロの漫画家になることが出来、連載を持たせて貰えたのだから、毎回一所懸命に描いてきただけだ」

という、何のてらいもない言葉に感心した。

このマンガはバイクだとか、戦車だとか、モデルガン(というか、マンガだから、本当の銃器)など、

メカニックなアイテムが沢山出てくる。

ああいうものは、正確に描かないと、すぐにそれぞれのマニアの読者から抗議の手紙(メール?)が来るのだそうだが、

毎回、細かいところまで(勿論アシスタントが何人もいるのだが)丁寧に仕上げている。

「モノ」だけではない。

株やM&Aの話。錦鯉の養殖の話。地下鉄を敷設する際の工法、都市計画、携帯・PHSの電波の飛ばし方、

いずれも、詳細を勉強していることが明らかなのだ。これはすごい。

さらに、飽きられないために、常にその時代の流行をさぐり、知らないことは調べ、勉強してネタを貯めてゆくのだという。

確かに、読み返してみると、「たまごっち」が流行った時期には、実に細かいところまで調べた形跡が歴然としている。

携帯しかり。パソコンしかり。だからこそ、大人も読める作品になったのだろう。

秋本治氏は想像を絶するほど真面目な努力家なのだ。

そして、何よりもまず、「こち亀」はギャグマンガなのだから、毎回人を笑わせなければならない。

オチがパターン化したら読者に飽きられる。人気がなくなったら、すぐに連載中止になるのだ。

激烈な競争の世界で30年間生き残り、その間ただの一度も穴を開けなかったというのだから、ただただ、感服する。


◆偉業は称讃されるべきだ。

私が、エンピツでWeb日記を始めたのは、たったの4年前である。

ほぼ毎日更新するが、原則としてそのときの世の中の出来事に論評を加えるわけで、

つまり「ネタ」はふんだんにある上に、「文章」を書いたら作業は終わりだ。

そこから絵を描く必要はない。

マンガ家は、そこから、どのようにコマ割りをして、どの台詞をどのキャラクターに喋らせるか、を考え(ネームっていうの?)それから描画する。

言うまでもなく、決定的な相違は、私は嫌になったら止めればよいが、漫画家は仕事だということである。

売れなければ路頭に迷うのである。

考えれば考えるほど、秋本氏がやってきた仕事が(まだ続いているが)並大抵の精神力で出来ることではない、と思う。

秋本さん、30周年おめでとうございます。これからも楽しみに読ませて頂きます。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.16

「<米議会>靖国神社遊就館の展示に変更求める ハイド委員長」←「安倍総理」、どうするのですか?

◆記事:<米議会>靖国神社遊就館の展示に変更求める ハイド委員長

【ワシントン及川正也】米下院外交委員会のハイド委員長(共和党)は14日、日本と近隣諸国に関する公聴会で、

靖国神社にある戦史展示施設「遊就館」について「事実に基づかない歴史が教えられており、修正されるべきだ」と述べ、展示内容の変更を求めた。

また、民主党のラントス筆頭委員は小泉純一郎首相の靖国神社参拝を「日本の歴史に関する健忘症の最もひどい例だ」と指摘し、

「次期首相はこのしきたりをやめなければならない」と参拝中止を求めた。

米国内には首相の靖国参拝による日中関係悪化を懸念する声があり、米外交に影響力を持つ両議員の発言は日米間に波紋を広げそうだ。

ハイド委員長は「遊就館が第二次大戦は日本による西側帝国主義からの解放だと若い世代に教えていることに困惑する」と批判。

ラントス議員は「A級戦犯が祭られている靖国神社への参拝はドイツで(ナチス幹部の)ヒムラーらの墓に献花するのと同じ。

韓国や中国の怒りをあえて招くことをする限り、日本が国際社会で重要な役割を演じるのは難しい」と述べた。

(毎日新聞) - 9月15日12時2分更新


◆コメント:内閣総理大臣の靖国神社参拝を肯定する人は、どうするのですか?

これは、内閣総理大臣の靖国参拝を肯定する人々にとってはショッキングなニュースだと思うが、

2006年09月16日(土)00時51分現在、Yahoo!ニュース - アクセスランキング【海外】の1位から20位のどこにも、

このニュースが無いのは不思議だ。本当に知らないのか。或いは都合が悪いニュースは見て見ぬふりをするのか。



一般人はさておき、「次期総理」はどうするのですか?

安倍晋三氏著「美しい国へ」第二章「自立する国家」66ページ「靖国批判はいつからはじまったか」以降を読むと、

安倍晋三氏は東京裁判やA級戦犯を否定しようとしていることが明らかで、内閣総理大臣の靖国参拝も「文句あっか?」という姿勢である。


◆立花隆氏が書いたとおりになっている。

一人の人間が常に「正しい」ということは、あり得ない。

だから、私は、盲目的に「立花隆氏の書くことが全て正しい」というつもりはないけれども、この問題に関して立花氏は、あまりにも見事に言い当てている。



ブックマークしている人も多いだろうが、立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」というコラムがあり、

約一ヶ月前に書いた、第82回 天皇はなぜ参拝しないのか 「心の問題」論と靖国神社 (2006/08/12) の最後のページで、

「靖国問題が対米外交の問題に発展する可能性」を指摘している。

そして、それがまさに現実化しているのである。

多くの日本人は、靖国問題は、もっぱら中国や韓国との歴史認識の齟齬の問題だと思っていたら、実はそうではなくて、

アメリカも靖国神社の反米的色彩に結構不快感を持っていたということである。



立花氏によれば昨年末ぐらいから、在京の各国外交官の間で、靖国神社の「遊就館」では

「対米英戦争はアジアの解放戦争、対米戦争はアメリカ側の謀略といった戦争合理化路線で染め抜かれた展示が大々的におこなわれている。」

ということが話題になっていた(物議を醸していた)、というのである。

立花隆氏の記事は次の文章で終わっている。

「あれ(遊就館)がいかに反米的かを私は知っている。アメリカ人にとっても他人事ではない。日本バッシングの色彩はないと日本人が考えるならば、それはブッシュ政権の与えた幻想だ」(バニング・ガレット前国防総省アドバイザー)「遊蹴館の真実を知れば多くのアメリカ人は怒る。そうなればA級戦犯だけの問題ではなくなる」(シンディ・コトラー・シンクタンク=アジア・ポリシー・ポイント所長)

歴史認識の問題で問題が起きているのは、もっぱら対中国・韓国の問題だろうと日本人の大多数は思っているようだが、実際には、対アメリカでの歴史認識のちがい問題に火がついたら、それは手がつけられないほど深刻な問題になるのだということを知っておくべきである。

正直に言うと、私は8月にこの記事を読んだときに「本当かな?」と思った。外交官なら、とっくに遊就館のことぐらいは知っているだろう、と考えたのである。

ところがどうやらそうではないらしい。

東京に駐在する各国の外交官は単に今まで、遊就館の存在を知らなかった、若しくは興味を持っていなかっただけ、ということらしい。


◆安倍氏は「常に闘う政治家」でありたいと言っていますね?

これは、「美しい国へ」の中身を読むまでもなく、帯に印刷されている安倍晋三氏の言葉である。

米下院外交委員会では、「次期首相はこのしきたりをやめなければならない」と言っている。

止めないと、立花隆氏の予想通り対米外交問題に発展するだろう。

安倍氏は日米同盟が如何に大切か、ということも自著で強調している。さて、どうする。

アメリカに睨まれたくなければ靖国参拝を止めることになるが、「闘う政治家」を標榜する安倍氏のイメージは大きく損なわれる。というか日本が滑稽に見える。

中国や韓国が、靖国参拝にいくら抗議しても「大きなお世話だ」と聴く耳を持たなかった国(日本)が、アメリカに「こらっ」と言われたら、コロリと態度を変える、

となると、かなり恥ずかしいのではないか。


◆どうすればよいか。

私は内閣総理大臣の靖国参拝には反対であるが、それは外国の抗議・要求を考慮するのとは別の観点、

即ち、「日本国憲法を遵守し、司法の判断に耳を傾けるべきだ」、という理由による。



それは、何度も書いている。

最新の稿は、2006年08月17日(木) 「全国紙、論説委員はバカばかり。」8月16日付の社説を読んで。 である。

そこに書いたことと、JIROの独断的日記ココログ版によせられた何件かの反対意見(コメント)に対する私の再反論を読んでいただくと分かる。

立花隆氏が何故憲法を持ち出さないのか不思議だが、他国の顔色を見て参拝をしない、と考えるから卑屈になるのである。

日本国憲法は国及びその機関の一切の宗教的活動を禁じており、小泉政権の5年間の間に、内閣総理大臣の靖国参拝は違憲である、

という司法の判断(判決ではない)福岡地裁と大阪高裁によって2度、出ている。

安倍君の立場から書きたくないが、敢えて今回だけ模範解答を示すならば、

「小泉前首相は、靖国参拝をめぐる司法の意見を無視していたが、

私は、憲法に定められた政教分離原則、公務員の憲法遵守義務、司法の違法審査権に基づく判断に従い、

靖国には参拝しない。諸外国の意見は拝聴するが、これはあくまでもわが国の法制度にのっとった判断である」

と言えば良いのである。

問題は、安倍晋三氏の思想は危険なほど好戦的で、「美しい国へ」を読むと分かるが、

60年前の戦争は必ずしも日本が悪かったのではない。A級戦犯も無効だ、と言いたがっている。

仮定上の話として、もし、私が彼に上述した方法を提案しても、安倍氏は云うとおりにしないだろう。

しかし、中国・韓国のみならず、米国からも「日本は危険だ」と見なされたらどういうことになるか。

立花隆氏の真似をするわけではないが、良く考えていただきたい。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006.09.15

「安倍氏 スピーチライター検討」「安倍氏 大学の9月入学を検討」←安倍さん、「美しい国、アメリカ」が本音ですか?

◆記事1:安倍氏 スピーチライター検討

自民党総裁選挙できわめて優勢になっている安倍官房長官は、総理大臣に就任した場合、国民にわかりやすい言葉で語りかけ、

政策などに理解を求めることが必要だとして、演説の文章などを書く専属のスピーチライターを置くことを検討しています。

総理大臣が国会や国際会議で演説したり、談話を発表したりする際には、省庁出身の総理大臣秘書官らが文章を作っています。

これについて、安倍官房長官は、これまでの方法では、表現が硬く、各省庁の利害関係などを反映して、難解な文章となることが少なくないとして、

国民にわかりやすい言葉で語りかけ、政策などに理解を求めることが必要だとしています。

このため、安倍氏は、総理大臣に就任した場合、アメリカ大統領の例などを参考に、専属のスピーチライターを総理大臣官邸に置き、

常に意見を交わしながら、自分の考えを伝え、演説の文章を書かせたいとして、民間の専門家も含めて人選を進めています。

また、内閣の重要政策を広く国民に知らせる広報の責任者で、今は空席となっている内閣広報官やそのスタッフについても、

広報に通じた民間の専門家などを起用し、スピーチライターとの連携もはかって、その役割を強化することを検討しています。

(NHK)[9月14日 4時26分]


◆記事2:安倍氏 大学の9月入学を検討

自民党総裁選挙できわめて優勢な流れとなっている安倍官房長官は、党本部で開かれた討論会で、教育の再生に向けて専門家などによる審議会を新たに設け、

大学の入学時期を多くの国と同じように9月とすることを検討したいという考えを示しました。

この中で、安倍官房長官は、政権構想の柱と位置づけている教育の再生について

「まず、政府が国会に提出している教育基本法の改正案を成立させたい。その後、教育の専門家や国際的に高い見識を持った方々に集まってもらい、

教育の再生について、もう一度議論を行って具体的な政策を詰め、法律の改正が必要なものがあれば提出をしていきたい」と述べ、

教育の再生に向けて新たに審議会を設ける考えを示しました。

そのうえで、安倍氏は、具体的な検討課題として「教員免許の更新制度の導入や学校や教員を評価する仕組みを検討したい」と述べるとともに、

大学の入学時期について「世界の多くの国と同じように9月に変え、高校を卒業したあとの半年間はボランティア活動を行うようにすることなども検討していきたい」と述べ、

大学の9月入学を検討したいという考えを示しました。

このあと、同じ討論会に出席した谷垣財務大臣は「総裁選挙で小学校に競争原理を導入しようという議論が出ていることに危機感を持っている。

競争原理を導入すれば、比較的所得がある家庭の子どもが集まる小学校と所得が低い家庭の子どもが集まる小学校ができてしまう」と述べ、

安倍氏が検討している、子や親が学校を選択し、学校は児童などの数に応じて行政当局から補助金を受け取る制度の導入に反対する考えを示しました。

さらに、麻生外務大臣は、教育問題について「愛情の反対は憎しみではなく無関心で、子どもへの無関心がいちばんの問題だ。

家庭のしつけに期待できないのであれば学校で補う必要があり、義務教育を4歳や5歳から始めるように前倒しすべきだ。

逆に中学校は義務教育ではなくてもよく、職人などになりたい人は別の道を選んでもいいのではないか」と述べ、

義務教育の抜本的な改革が必要だという考えを示しました。(NHK)[9月14日 18時55分]


◆コメント:安倍君は日本をアメリカの一部にしたい、というのが本音ではないの?

同じ日に、安倍晋三君が発表した構想はいずれもアメリカで採用されているシステムですね。

「スピーチライター」はホワイトハウスにいる、「言葉のスペシャリスト」で、

聖書や古典文学や歴史上の人物の言葉に通暁しており、これらを効果的にちりばめた詩のように美しい文章から、

装飾的な表現を排除した極めて事務的な「通告」のような文章まで、多様な文体を巧みに使い分けることができる。

昔、ロナルド・レーガンというハリウッドの大部屋役者あがりの大統領がいた。

当然、何も知らないのだが、来日し国会で演説したときには、当時、超高視聴率を維持していたNHKの朝のドラマ「おしん」に触れてみたり、

芭蕉の句を引用して日本国民を驚かせたのだが、無論、スピーチライターの仕事である。

ホワイトハウスのスピーチライターはそれぐらいのことは、出来て当たり前。

レーガンよりも、もっとアホな今のブッシュですら、一応サマになる演説が出来るのは、ライターのおかげである。


◆政治家にとって、自分の政策を分かりやすく国民に伝えるのは最も重要な「政治行動」だ。

記事によれば、今までや役人あがりの総理秘書官が演説原稿を書いていたので、難解な文章になりがちだった。

より分かりやすい演説を行うためには、アメリカと同じような、専門家を使う、というのが安倍晋三氏の説明だ。

アメリカでやっているから、良い方法だという訳でもあるまい。



政治家にとって、メディアを通じて自分の政策を主権者たる国民に分かりやすく正確に、

誤魔化さずに説明するということは、「義務」であり、それ自体が最も重要な政治的行動である。

そして、人間は、話をする本人が一番自分が言いたいことを理解しているのだから、

内閣総理大臣も自分で原稿を書いて説明するべきである。

他人を介すれば、それが言葉の専門家なら、確かに上手い文章を書くだろうが、そういう小手先のことで誤魔化してはいけない。


◆コメント2:世界の多くの国と大学の入学時期を合わせる必要がどこにある?

これは、全然意味がない。どうも安倍氏の発言は矛楯している。

かれの基本的な理念として日本独自の文化や伝統を重んじるという項目がある。

学習年度などというものは、「制度」であり、それ自体「文化的伝統」というほどのものではないが、

日本の独自性を大切にするといいながら、学制を世界の多くの国がそうだから、9月開始にするというのは、どういう発想なのか。



彼は、高校を卒業してから半年はボランティア活動など(「など」って、他には何を考えているのか?)をさせるという。

ボランティア(volunteer)のもともとの意味は「志願者」である。

自ら進んで、無償で世のため人のために行動しようというのが、「ボランティア」である。

やる気の無いものが嫌々「ボランティア活動」をしても、それが具体的に何をするのか分からないが、

例えば老人ホームに行って、介護の真似事などをするのなら、却って迷惑である。

そして、ただでさえ、子供(大学生など子供だ)の学力が落ちているときに、

高校を卒業して半年間「ボランティア」活動をして勉強しなかったら、学習意欲が損なわれる恐れがある。



そうでしょう。3月に卒業して半年間ボランティアをする、ということは、今の、大学一年の夏休みの期間も働く(?)のだ。

真夏の暑い季節まで、なれないことをやったらくたびれるに決まっている。

それで、9月から「さあ、学問を始めよう」という意識になるだろうか?



更に問題がある。

大学が9月に始まるということは、卒業は7月で、企業に就職するものは、多分9月か10月に入社するのだろう。

多くの日本企業の会計年度は4月に始まり、9月が中間決算、3月が本決算である。中途半端な時期にド素人の新人がやってこられても、邪魔である。

このように考えると安倍氏の構想は一件斬新だが、社会に無用の混乱を来す可能性が高い。



スピーチライターといい、学習年度の開始時期といい、安倍氏はあまり深い思慮もないまま、日本を「アメリカ化」したいという願望を抱いているように見える。

安倍氏は、アメリカに押しつけられた憲法はダメで、日本人が独自に作るのだと言い張る一方、変なところでアメリカを「お手本」と見なしている。

何だか、ちぐはぐですな。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006.09.14

「小泉政権経済政策検証」(第3弾)

◆【前回までの復習】「小泉改革」の失敗を米国のシナリオで救済された可能性が非常に高い

前回までの復習をすると、小泉改革は緊縮財政と不良債権処理を柱として進めてきたが、竹中金融相が「潰れる銀行は潰す」と発言し、

それ以前、小泉首相が青木建設の倒産を「改革の効果が出てきたのではないか」などといいう、とんでもない発言を無邪気に行った結果、

株価は2001年、小泉首相就任当時の1万4千円台から、2003年には7,000円台まで下落し、りそな銀行が潰れそうになり、金融恐慌寸前までになった。

はっきり言って、小泉首相と竹中金融相は真っ青だったはずである。

そこに、預金保険法第102条第1項第1号措置を使えばいいじゃないか、という案を持ちかけたのは、多分アメリカであったいう、「仮説」が成り立つ。


◆だとすると、小泉首相にとって米国は大恩人

本来、2003年4月以降、りそなを救済しなかったら、金融恐慌に陥り、小泉内閣は総辞職だけでは済まされず、

「戦後最も愚かしい経済政策を断行した政権」として歴史に汚名を残すところだったのを、アメリカのアイデアにより救われた。

となれば、当然小泉首相にとってアメリカは「大恩人」である。

同時期、2003年3月、イラク戦争が始まった。

世界で最初にこの不法な武力行使を支持する、と発言したのは日本の小泉首相である。

この後、イラクへの自衛隊派遣の為のイラク復興支援特別措置法を強行採決し、のちに実際自衛隊を派遣したことや、

一旦は禁輸とした米国産牛肉が明らかに危険であるにもかかわらず、十分な検証もないまま輸入を再開したり、妙に行動が素早いのも頷ける。


◆責任ある当事者の責任を問わなかった、ということ。

しかしながら、現象面以外に重要なのは、りそなを救済したことにより、

経営者のみならず、それまで状態を放置したりそなの株主は責任を問われるどころではなく、逆に株価が反発したことにより利益を得る。

すなわち金融行政の根底にあるべき「責任ある当事者の責任を問う」ことを放棄したことが問題なのである。

北欧でも米国でも金融危機が訪れたことがあったが、この際政府は金融システムは守る。預金者も保護する。

しかし、処理は経営者(責任ある当事者)にとらせる、という方針を貫いている。

アメリカでは1980年代に「S&L(貯蓄貸付組合)危機」という事態が起きた。

S&Lとはsaving and loan association という住宅用不動産の抵当貸し付けを専門とするアメリカの小規模の金融機関である。

1980年代の規制緩和に乗じて、不動産関連融資やジャンクボンド債(利回りは高いが、債券としての信用性は低い債券)投資をやりすぎて、

何百というS&Lが経営危機に陥り、229社が倒産した。このときは、預金保険期間による支援合併や清算により、処理が行われたが、

この後経営者に対する刑事訴追はすさまじく、何千人という「責任ある当事者」が刑事被告人として逮捕された。

一番すごいのは、私は会社名を忘れたが、経営者が懲役二百何十年の判決を受けた。

アメリカの刑事裁判の判決で殺人などの凶悪犯罪に対して「懲役何百年」という判決が下ることがあるのは周知のとおりだが、

「金融機関(それも小規模の「信用組合」のようなもの)を破綻させた罪」に対する判決としては、極めて重い。


◆それの何処が問題なのか。

日本人は結果論に陥る傾向が強い。

「小泉改革が失敗しようが何であろうが、兎にも角にも金融危機は回避され、りそなの社員は失業せずに済み、預金者は守られ、株式市場は反転、急上昇を始めた。良いじゃないか」

という結論になってしまう。ところが、こういうことをしていると、どうなるかというと、市場参加者がタルんでしまうのである。

つまり、金融危機に陥っても国は金融システムを守るし、「責任ある当事者」の責任を厳しく追及しない(誰も追及されない訳ではなく、

りそなの場合なら経営者ら、ごく少数が「生け贄」にされて終わる)のだ、という経験則を得てしまう。

罰せられないとなると、とりあえず経済の実態はどうであれ、上がるもの(株・不動産・債券その他諸々)を買っておけ、という輩が増え、

金融機関はそのような投資に積極的に融資をし始める。これこそ、「バブル」である。

日本は、90年代以降、バブル崩壊不況を経験したばかりであるのに、ホリエモンや村上ファンドのような奴が出てきたのは、

2003年4月以降の政府の処理のやり方が直接、又は唯一の原因ではないが、一因となっていることは、間違いないと思われる(続く)。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006.09.13

「郵便局再編 今月から まず149局を無集配郵便局に転換」←1年前自民党に投票した人、文句ないですよね?

◆記事:郵便局再編:今月から まず149局を無集配郵便局に転換

日本郵政公社は8日、来年10月の郵政民営化・分社化に向けて打ち出した郵便局の集配局再編を今月11日から始めると発表した。

1弾として11県内の149郵便局を窓口業務だけを行う無集配郵便局に転換する。

対象は千葉、神奈川、埼玉、茨城、山梨、岡山、広島、山口、香川、高知、沖縄県の郵便局。郵便物の集配と仕分け業務を廃止し、

日々の配達業務は近隣の大規模な郵便局に移管する。

公社は、来年3月までに郵便物の集配業務を行う全国約4700局のうち、約2割の約1050局を無集配局にする計画だ。

ただ、対象となる郵便局を抱える自治体の一部からは、「遅配や将来的な郵便局の廃止につながるのでは」との懸念の声も出ている。

毎日新聞 2006年9月8日 22時50分


◆コメント:民営化を支持した人にとっては「甘受すべき不利益」だが、付き合わされる人(反対した人)はたまったものではない。

記事は先週の金曜日のものです。

今週の月曜、9月11日から「無集配郵便局」は始まっています。

昨年、衆議院選挙で自民党が大勝利した丁度一年後です。

選挙期間中、小泉首相は「この選挙は郵政事業民営化の是非だけを問う選挙だ」「改革を止めていいのか?」「公務員を減らさなくていいのか?」と、

同じ事ばかり言い続け、しかも言葉が分かりやすいので、多くの人があたかも催眠術にでもかけられたかのように自民党に票を投じました。

死票が多くなるという小選挙区制(比例代表併用でしたが)の欠点がモロに出て、自公連立与党は大勝しました。





選挙後の特別国会で早速優勢民営化法案が採決され、選挙期間中は民営化に反対して当選した議員ですら、

小泉君こわさに郵政民営化賛成票を投じ、小泉君の長年の夢(というより米国の年次改革要望書に毎年書いてあった)、「郵政民営化」が決まりました。

この結果、前は日本郵政公社が全部担当していた、郵便事業(窓口、集配)、郵便貯金、簡易保険は将来4つの別々の会社が担当することになりました。





「民営化する」とは郵便や郵便貯金、簡保がみな「商売人」になるのですから、

儲からないところは当然切り捨てられます。それが、今週の月曜から始まったのです。

引用した記事には、

対象となる郵便局を抱える自治体の一部からは、「遅配や将来的な郵便局の廃止につながるのでは」との懸念の声も出ている

と、ありますが、そんなことを今更言っても、国民全体として、「郵政民営化」に賛成したのですから、どうしようもありません。

特に自民党に投票した人は、自分が不便になる政策をわざわざ支持したのですから、不便になっても仕方がない。

こういうのを「甘受すべき不利益」と言います。



私は、結果論、つまり「後付け」で述べているのではありません。

私は、選挙より遙か前に、2005年06月03日(金)  小泉内閣の郵政民営化プランには、緊急性、必然性が認められない。、という文章を書き、

選挙期間中、つまり、昨年8月8日から9月11日までの期間も、目次を見ていただけば分かりますが、

ずっと郵政民営化の問題点を書き、法案に反対しました。、論旨は一貫しています。

それはともかく、東京の郵便局も減るでしょうが、地方の影響は一層深刻でしょう。

しつこいようですが、自民党に投票した人は、不便になっても、甘んじて受け入れなければいけない。当然ですね?

しかし、反対した人まで不便に付き合うことになるわけです。ひじょうに迷惑です。だから、選挙の投票をいい加減にしてはいけないのです。



まもなく、自民党総裁選があります。自民党総裁選ですから、自民党員だけが投票しますが、今度は、憲法を変えると豪語している人を総理にするのですか?

よく考えて投票しましょう。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.12

「<米同時テロ>追悼式典、「グラウンド・ゼロ」で開催」←「グラウンド・ゼロ」って何のことか知ってる?

◆記事:<米同時テロ>追悼式典、「グラウンド・ゼロ」で開催

【ニューヨーク坂東賢治、和田浩明】約3000人が犠牲になった01年9月11日の米同時多発テロから5年。

ニューヨークでは11日午前8時40分(日本時間同午後9時40分)から、ハイジャック機2機が突入し、

倒壊した世界貿易センター(WTC)跡地の「グラウンド・ゼロ」で市主催の追悼式典が開かれた。

午前8時40分、追悼式典の開始を告げる鐘の音が澄んだ青空に響き、WTC北棟に1機目のハイジャック機が突入した同8時46分、

ブルームバーグ市長の呼びかけで黙とうをささげた。

この後、債券トレーダーだった夫のロバートさん(当時42歳)を亡くしたスーザン・スリワックさんが

「結婚生活は9年間だったが、一生を共に過ごした気持ちだ。3人の子どもが夫の生きた証しだ」と思いを語った。

配偶者や婚約者らを中心に遺族ら計200人余がWTCでの犠牲者2749人(日本人23人)全員の名前を順番に読み上げた。

式には日本人遺族も参加し、南棟に2機目が突入した同9時3分と崩壊した同9時59分、北棟が崩壊した同10時29分にも黙とうした。

周辺には、早朝から遺族らが訪れた。

ニューヨーク市警勤務のスティーブン・キャンベルさん(41)はWTC内の企業に勤めていた妻のジルさん(当時31歳)や多くの同僚をテロで失った。

この5年間、できるだけ前に進もうと考えてきたが、「昨日のことのように悲しみや痛みを感じる。気持ちはまだあの日にある」という。

ブッシュ米大統領は式典の後、米NBCテレビのインタビュー番組で、米国がなお長期的な対テロ戦争の渦中にあることを改めて強調した。

そのうえで「米国はより安全にはなったが、まだ安全ではない。殺りくから国民を守るためにすべての時間を費やしている」と語り、テロ対策に全力を挙げる考えを強調した。

地元テレビの世論調査によると、ニューヨーク市の有権者の57%が今後5年間に再びニューヨークを標的にしたテロが起こる可能性があると考えているという。

ニューヨーク市では11日の日没から12日の日の出までの間、グラウンド・ゼロ近くから上空に向けて追悼のライトが照らされ、

WTCのツインタワーを思い起こさせる2本の光の柱が夜空に浮かび上がる。(毎日新聞) - 9月12日1時6分更新


◆コメント:広島の爆心地のことですよ。

911テロで亡くなった無辜のアメリカ市民や日本人を含む外国人3000人に罪は無い。冥福を祈ることに何の異存もない。

しかし、アメリカも無神経だ。「グラウンド・ゼロ」という言葉の意味を、若い世代のアメリカ人は知らないのだろうと思いたい。

これは、エノラ・ゲイが原爆を投下した、広島の爆心地のことである。

アメリカ人の真似をして毎日新聞まで平気で「グラウンド・ゼロ」を記事に用いている。

馬鹿者。勉強しろ。

911テロではいまだに、正確な死者数が分からないようだが、記事によれば約3,000人だという。

広島のグラウンド・ゼロでは一瞬にして11万人が蒸発したのである。

911の後、「何故、アメリカがこのような目に遭わなければならないのだ!」と憤慨しているアメリカ市民が大勢いた。

無論犠牲者に責任はないのだが、アメリカが何をしてきたか、ということも顧みていただきたいですね。

ベトナムで何をしましたか?

アラブ・イスラエル紛争ではイスラエルによるパレスチナ人の虐殺を容認していますね?


◆良識のあるアメリカ人も大勢いることは十分承知している。

911テロが2001年で、その1年半後にアメリカはイラク戦争を始めたが、

その直前までものすごい数のアメリカ人はブッシュの開戦方針に反対していたし、今も反対していることは、認識されるべきである。



私は911テロで息子を亡くした老婦人が、

「イラクの人々に私たちと同じ悲しみを経験させてはなりません」

といいつつ、反戦デモに参加している映像をを見て、立派だと思った。

ブッシュがあの無茶苦茶な戦争をした後、世界にとって不幸なことに大統領として再選されてしまったが、その当選は僅差だった。

ブッシュの再選に反対だったという青年が「アメリカ人でいることが恥ずかしくなった」というのをみて、逆に気の毒になったほどである。

アメリカの真の悲劇は、良識ある市民の意思が生かされず、愚鈍な国家中枢の人間の国際社会に与える影響があまりにも大きいことである。


◆本日、安倍晋三氏は「イラク戦争を支持したのは正しい」と明言した。

もう、あきれて、まともに批判する気にならぬ。

私は、イラク戦争の違法性について、2003年03月19日(水) アメリカの行動は明らかに国際法違反である。その法的根拠。を皮切りに

(実際にはその前から)100回以上書いていると思うが、

アメリカが武力行使の正当性の根拠とした「大量破壊兵器の存在」(結局それもでっち上げだった)は、関係がない。



正当な武力行使とは、国連憲章に従えば、アメリカがイラクから侵略攻撃を受けたか、

国連安全保障理事会がイラクに対する武力行使を決議したか、この二つの場合だけであるが、

2003年3月20日、イラク戦争開始時点において、いずれの条件も満たしていなかった。

深く考えるまでもなく、アメリカの武力行使は違法である。



安倍晋三氏がこのことを理解していないなら、本当のバカである。その程度の国際法も理解できない知能の持ち主が首相になられては困る。

実際は、彼はアメリカのやったことが違法であることを知っている。しかし、小泉首相のサポートを得るためには、小泉が言ったことに追従するしかない、

という計算のもとに「イラク戦争を支持jしたことは正しい」と発言したのだろう。

だとすれば、「悪い」ことを「悪い」と認識しているにもかかわらず、「自分が首相になりたい」、

という「私欲」のために正義を無視しているわけであるから、無知よりもさらに、悪質である。


◆集団的自衛権の行使を可能にするのなら・・・

彼は、日本の集団的自衛権の行使を可能にするべきだと公言している。

そうなったとしたら、イラク戦争のような事態が再び起きれば、日本はアメリカと一緒になって、第3国を攻撃し、無辜の民を自衛隊が殺すのである。



世界第4位の軍事費を投じた自衛隊という強力な実質「武力」を持ちながら、

60年間、憲法を遵守し、ただの一度も武力行使をせず、一人も他国の人を武力攻撃で殺したことがないのが日本の誇りであるべきなのだが、

日本を人殺しをする国にしよう、と主張する安倍氏が内閣総理大臣になって良いのか悪いのか、自民党員はよく考えて投票してください。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。本日(9月12日午前1時から午後5時頃まで、サーバメンテナンスのため、エンピツに本稿はアップできませんので、可能になり次第掲載しますがトップページの閲覧と投票は可能なようです。悪しからず。)
【お知らせ】2006年09月12日(火)18時22分、エンピツのアップデート完了致しました。
ご協力ありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.11

旧大蔵省が担当していた銀行検査が金融庁に移管された背景=○○○○しゃぶしゃぶ

「小泉政権の経済政策検証」の本論からはややそれるが、こういうことも次第に忘れられてゆくので

下世話な内容だが書いておくべきだと思ったのである(下世話な話は、後述する)。



金融庁は、今年度に入ってから、金融処分庁と言われるほど、金融関連各業種に対して、行政処分を言い渡している。

十分な資産査定をしないまま不動産証券化商品を販売していたJPモルガン信託銀行、証明書類を顧客の了解なく作成するなど違反行為が続出していたアイフル、

取引先企業へのデリバティブ商品の押し付け販売を行っていた三井住友銀行、

カネボウの粉飾決算に加担するなど監査法人としての体質が問われた中央青山監査法人、

保険金の不当な不払いなどの法令違反が続発した損保ジャパンなどがあり、いずれも一部業務の停止を余儀なくされた。





金融庁は金融機関の監督官庁だから、それは違法なことではないが、これだけ、処分が続くと、素朴な疑問を抱く。

今まで、各金融機関は全く問題なかったのに、昨年から今年にかけて、急に違法行為に走ったのだろうか?
実は前から行われていたのに、金融庁が見逃した、又は見て見ぬふりをしていたのではないか、という疑いを抱かざるを得ない。

さらに、各業種で、あたかも見せしめのように業界大手が処分対象となっている。

他の銀行、信託銀行、消費者金融、監査法人、損害保険会社は全部、清廉潔白なのであろうか?

金融機関への検査はかつては大蔵省検査局が担当していた。その時代は数年に一回検査するかどうかだった。

現在の金融庁は、すくなくとも銀行・保険会社、信託銀行などには、毎年検査に入っている。しかも一度検査に取りかかったら、何ヶ月も居座るのである。

前述した、今年度、処分された各業種の各社は、昨年は何も指摘する事がなかったのに、その後突如「違法行為」を始めたのだろうか?

どうせ、今年も金融庁検査が入ることは分かっているのである。そうだとしたらあまりにもドジではないか。


◆金融庁という役所が出来たそもそもの発端は、大蔵官僚の「ノーパンしゃぶしゃぶ接待スキャンダル」である。

昨日、小泉政権経済政策検証(第2弾)において、◆金融庁のやりたい放題という項目を掲げた。

ざっと復習すると、りそな銀行が国有化されたのは、財務状態が悪化していた、という基本的な理由もあるが、危ない銀行は他にも某信託銀行など、いくつか存在した。

その中で、特別に「りそな銀行が」生け贄にされたのは、当時の頭取が小泉政権の経済政策をかなりはっきりと批判して、

「生意気な奴だ」と睨まれたことによる。これは丸の内の常識である。



次に狙われたのはUFJ銀行であった。

UFJ銀行は三和銀行と東海銀行が合併した銀行である。このうち、三和銀行に対して旧大蔵省検査局、

現在の金融庁は、すさまじい「恨み」をもっている。

大蔵省時代の検査は、なれ合いであり、各「都市銀行」には、大蔵省の動向をウォッチする「MOF担」(モフたん。MOFとは、Ministry of Finance。大蔵省のこと。

MOFの「担当者」だから「MOF担」)という専任の行員、又はそのグループがいた。

彼らの仕事は、大蔵省の金融行政方針に関して、いち早く情報を得ること。日頃から接待をして、検査に来たときに、

多少の不都合は大目に見て貰えるような「なれ合い」「癒着関係」を構築することだった。

十年も前に出版されたものだが、お笑い大蔵省極秘情報という本を読むと、

当時の大蔵キャリア組の意識構造が分かってなかなか面白い(と同時に腹立たしい)。

大蔵官僚は銀行から、どれほど贅を尽くした接待を受けても、それが普通の事、と考えていたのである。

しかし、官僚も図に乗りすぎた。

1998年1月、東京地検特捜部は、銀行検査を行う金融検査官らを収賄容疑で逮捕し、官僚が受けていた接待の内容が白日の下に晒された。

国民は、銀行業界と大蔵省の癒着に呆れた。大蔵官僚は、銀行に「ノーパンしゃぶしゃぶ」の接待を要求していた。

「ノーパンしゃぶしゃぶ」とは、何かということは、ここでは書かない。

Googleで検索すれば、ウィキペディアの解説をヒットする。

この店の顧客名簿がネット上に論談:ノーパンしゃぶしゃぶ「楼蘭」顧客名簿として、

あまりにもオープンに公開されている。中央銀行総裁もお好きなようだ。

この当時、殆ど全ての銀行・証券・保険会社がこの店で接待していたが、贈賄で検挙された当時の三和銀行のMOF担当が、

自分の会社から逮捕者を出したくないがために、官僚による接待要求がいかに露骨か。接待の実態はどのようなものか、洗いざらい話した。

国民は官僚接待の現実を知り激怒した。

大蔵省からは逮捕者が出たばかりか、自殺者が出た。

未曾有の大スキャンダルであった。そして、それが原因で、大蔵省の金融機関検査監督機能は大蔵省から切り離されて、「金融監督庁」(今の金融庁)に移管された。



これは、「贈収賄事件」だから、接待をした銀行も、接待を受けた大蔵官僚もいずれも悪いのであるが、

これ以来、元大蔵省、現金融庁の検査官たちは、旧三和へのすさまじい恨みを抱き続けていた。

そういう連中がUFJの検査に入ったのだから、ただでは済まなかった。


◆刑事告発されたUFJの経営陣の一人は、「しゃぶしゃぶ」スキャンダル当時のMOF担だった。

金融当局が銀行を検査して、刑事告発するということは、史上初めてのことである。

無論、金融庁には、旧三和に対して「しゃぶしゃぶ絡み」の怨恨があるとしても、それで告発するわけにはいかない。

UFJは、金融庁があまりにもきびしく、貸金を査定して、不良債権を積みますものだから、貸倒引当金を取り崩さざるを得なくなり、

巨額の赤字決算は確実で、2年連続収益目標を3割以上下回った場合、公的資金を注入されて、国有化されてしまうところであった。

パニック状態に陥ったUFJは、これ以上金融庁から「不良債権」を指摘されないために、顧客資料を隠蔽するという最悪の手段に出たが、

資料を隠そうとしているところを金融庁に見つかってしまい、これは、「検査忌避(けんさきひ)」つまり、検査を誤魔化すという重罪であった。

従って、刑事告発もやむを得ないのだが、検査の過程における金融庁の不良債権査定があまりにも厳しく、

どうしても、丸の内界隈の人々は、「これは、『ノーパンしゃぶしゃぶの恨み、忘れまじ』だな」と見なさざるを得なかった。

銀行の企業に対する貸金を不良債権と見なすということは、不良債権を減らせ、というのが小泉改革の基本だから、銀行は企業に対して、

期日が到来していなくても、「早く、カネを返せ」と猛烈な勢いで督促することになる。こうして多くの企業が潰れたのは昨日も書いたとおりである。


◆金融庁検査官のさじ加減一つで、倒産し、苦しむ人がいるのだ。

金融行政はルール行政でなければならない。

検査官がいくらベテランとはいえ、相手の銀行が憎いとか、その日の気分によって、徒に、不良債権を積み増せば、

何の関係もない、リストラして頑張って立ち直りかけている企業をも潰してしまうのである。

背景に「ノーパン~」があるUFJは特殊なケースだが、最近の金融庁の処分は、ルール行政というよりも、

検査官の裁量行政、つまりやりたい放題。調子に乗リすぎに見える。

これは究極的には、行政府の長、小泉純一郎内閣総理大臣の責任であることを指摘しておく。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.10

小泉政権経済政策検証(第2弾)

◆前回(小泉政権経済政策検証(第1弾)の要約

今、景気が回復しているのは、5年間にわたって小泉経済政策が上手く機能したからではなく、小泉改革(緊縮財政・不良債権処理)が破綻したからである。

景気が回復したのだから良いじゃないか、と過去のことをすぐに忘れるのは日本人の悪い癖である。


◆小泉改革を方向転換したため生じた、モラルハザード。

小泉政権が長期政権になった責任の一端は民主党にもある。

2003年にりそな銀行を救済するということは、小泉改革の当初の方針のひとつ、

「不良債権で潰れる銀行は潰す(市場から退出するべき会社は退出してもらうという言い方をしていた。つまり、潰れて貰う、という意味である)」

を簡単に転換したためなのである。

野党は、「りそな救済は認めるが、それとひきかえに、小泉内閣は総辞職しろ、と迫ることができたのである。

野党第一党は政権奪取を狙っているのだから、千載一遇のチャンスだった。

ところがこのときの民主党の追及はまるで頓珍漢であったがために、「小泉改革の成果により日本経済が回復した」という完全な誤解が広まってしまったのだ。



仮定上の話であるが、2003年に国がりそなを救済しなかったらどうなっていたかというと、

金融恐慌が起きていたことは、間違いないが、「自己責任原則」は一貫していたはずである。

「救済」とは「責任ある当事者(銀行経営者、株主)に責任を問う」ことを放棄し、「モラルハザード」という、目には見えないが大きな倫理上の問題を残すことになる。



当時の国民の感情、公共の福祉を考えるならば「金融恐慌を防ぐか、モラルを維持するか」という選択を迫られた場合に金融恐慌を未然に防いだことは、やむを得なかっただろう。

しかしながら、それは、それ、である。

それとは別個の問題としてモラル、自己責任原則をあいまいにしたということを追及するべきだった。

追及がなされないまま、何となく今日まで時間が経過してしまったのである。


◆小泉改革を断行した結果、多くの企業が倒産し、失業者が増加し、自殺者が続出した。

もう一つの問題は、国民の犠牲、ということである。

前回述べたとおり、2000年には株価は20,000円だった。

2001年4月に小泉政権が発足したときには14,500円だった。

これぐらいであれば、経済(景気)をある程度成長させる政策を取りながら、同時に金融処理(不良債権処理)を進めていけば、

「モラル・ハザード」も起こさずに済んだ。



株価が14,500円から7,000円台へ暴落してゆく過程で非常に多くの企業が倒産し、当然非常に多くの失業者が生じた。

毎年3万人を超える自殺者が出ているのは周知の通りである。



これらの人々のかなりの部分は、小泉政権が緊縮財政を取らずに、景気刺激策をとりつつ、

不良債権問題処理を進めていけば、犠牲にならなくても済んだ人々である。



小泉政権前半の改革失敗により、株価7000円という、金融恐慌寸前の「経済のどん底」を経験したため、

一種の「あく抜け」感は出たけれども、その間、さまざまな苦しみに直面した国民は、必ずしも本人の責任によって苦境に陥ったわけではない。



小泉政権は緊縮財政をとり景気を浮揚させず、不良債権処理を銀行に強いたから、

多くの企業は銀行の貸し剥がしに遭い倒産し、どうしようもなくなり、中には自殺した人がいるのだ。



この責任は、今やあいまいに誤魔化されているが、取り返しがつかないほどの失策である。

にもかかわらず、マスコミも野党第一党である民主党も、きちんと追及しなかった。

こういうところは「オトシマエ」を付けるべきなのだ。

つまり、本来、ここで小泉政権は総辞職すべきほどの大失敗をしたのである。


◆経営危機に瀕していた銀行はりそなだけではなかったのに、狙い打ちされた「理由」。

2003年3月末(銀行の決算は3月末である)の時点でりそなと同じような財務状況に陥っていた大銀行は他にもあった。

そして、りそな銀行はこの少し前に頭取が交代してかなり経営改革を上手く進めていたのだ。

ところがこの新頭取は、かなり明確に小泉政権の経済政策を批判していた。

そのため、国に狙われて国有化の憂き目に遭ったというのは、丸の内の常識である。



そもそもりそな銀行の自己資本比率が問題となるのは決算が終わった後のことだ。

つまり監査法人による監査も終わった後で、過去に遡って、繰り延べ税金資産の取り扱いが問題になったのである。

後から問題にするなら、決算書を提出する前に監査法人は何を見ていたのか、というのが極めて不透明である。

りそな担当の監査法人では担当者(公認会計士)は自殺した。余程のことがあったに違いない。



また、りそなが国有化された後、政府を批判していた経営陣は追放されて、政府と親しい間柄の経営者がりそなに着任したのは、

殆ど恣意的な「乗っ取り」といっても過言ではない。この間の詳細は闇につつまれている。

当時から丸の内界隈もマスコミも明らかに疑念を抱いていた。

にもかかわらず、政府に睨まれるのを恐れたためであろう。

だれも、この点をおおっぴらに問題にしなかった。非常に胡散臭い出来事だったのだ。


◆責任逃れの竹中金融相(当時)

りそな銀行は繰り延べ税金資産を本来容認される筈がない3年分を自己資本に組み込むこととしたので、「倒産」を免れた。

この時の竹中金融相の発言は「繰り延べ税金資産の取り扱いは監査法人が決めたことで、政府として監査法人の決定に介入は出来ない」というものだった。

そんなはずはない。

ひとつの大銀行が潰れるかどうか。

まかり間違えば日本全体の金融システムが崩壊するかもしれない緊迫した状況下において、

監査法人が金融庁に何の相談もしないということは、絶対にあり得ない。


◆金融庁のやりたい放題

金融行政に限らないが、信用だけで成り立っている金融機関を監督する役所、「金融庁」の仕事、つまり「金融行政」は、

誰が見ても明らかな「ルール行政」になっているのが本来の姿であるが、りそなの一件で、完全に変ってしまった。



りそな事件の前年、2002年秋、竹中平蔵が金融相になったとき、突如、大銀行の頭取を集めて、繰り延べ税金資産の取り扱いルールを変更する、と通告した。

専門的になるので詳細は省くが、要するにその年(2002年)の決算までは、完全に合法とされていた会計処理を適用したら、

次の決算(2003年3月末)では、どの銀行も自己資本比率が、規定を満たさなくなるので、銀行の頭取は猛反発したのである。



ところが翌年、りそなが「生け贄」にされる様子を全ての金融界の人間は見ていた。

「お上に逆らって睨まれると、どうにでも料理されてしまう」

という戦慄が金融界を走った。

それ以降、2002年秋にものすごい勢いで反対していた「繰り延べ税金資産取り扱いルールの変更」に対する銀行経営者からの批判はピタリと止んだ。

これ以来、金融庁はやりたい放題である。

りそなの次はUFJだった。UFJには一番五月蠅い検査官が半年以上も検査に入り、これも不良債権、あれも不良債権というので、

ダイエーも産業再生機構の管理下に入ることになったのであるが、とにかく、金融庁はUFJを虐めて虐めていじめ抜き、

このままでは来年の決算が出来ないというところまで追い込んだ。

それが、UFJが東京三菱に身売りしなければならなくなった理由である。



わが国は自由経済社会ある。バブル崩壊不況の時に比べたら、どの銀行も不良債権は半減していた。

どこから不良債権と見なすかは、ある企業の経営状況、財務状況を如何に審査するかという銀行内部の裁量の問題であり、

そこにいちいち金融庁が口を出すならば、日本国は自由経済を止めて社会主義国になれば良いのである。


◆国家による株価操作が横行する東京株式市場

小泉政権発足時に14,500円だった株価が7,000円台まで下落した大きな要因の一つは、

竹中金融相が、「潰れそうな銀行は潰す」と公言し、金融恐慌が日本で本当に起きるかも知れないという恐怖感が市場を支配したためである。

金融相がそういう発言をすれば株価が暴落することぐらい、いくらバカな竹中でも承知していたはずである。

したがって、金融担当大臣には、株価を下落させる未必の故意があったと考えられる。



そして、翌年、現実に起きたことは、つぶれかけたりそな銀行を国が救済する、という措置である。

これを見て、「なんだ、やはり政府は銀行を潰したりしないのだ」という安堵感から、株式市場が急速に反転上昇に向った。

これも、当然金融担当大臣・竹中平蔵氏は予想していた。していなかったとしたら、本当のバカである。



繰り返すと、「銀行をつぶすぞ」といって、株価を押し下げておきながら、本当に潰れそうになった銀行を一つ選んで、救済し、株を持ち上げた。

日本は国が株価を操作しているのであろうか?


◆「預金保険法第102条第1項1号措置」

わが国は社会主義国でもないのに、国が銀行の経営に介入し、公的資金を注入し、実質国有化することが出来る法的根拠がこの条項である。

【預金保険法】(金融危機に対応するための措置の必要性の認定)

第百二条  内閣総理大臣は、次の各号に掲げる金融機関について当該各号に定める措置が講ぜられなければ、我が国又は当該金融機関が業務を行つている地域の信用秩序の維持に極めて重大な支障が生ずるおそれがあると認めるときは、金融危機対応会議(以下この章において「会議」という。)の議を経て、当該措置を講ずる必要がある旨の認定(以下この章において「認定」という。)を行うことができる。

一  金融機関(次号に掲げる金融機関を除く。) 当該金融機関の自己資本の充実のために行う機構による当該金融機関に対する株式等の引受け等又は当該金融機関を子会社(銀行法第二条第八項 に規定する子会社又は長期信用銀行法第十三条の二第二項 に規定する子会社をいう。以下第百八条の三までにおいて同じ。)とする銀行持株会社等(第二条第五項第一号又は第三号に掲げるものに限る。以下第百八条の三までにおいて同じ。)が発行する株式の引受け(以下この章において「第一号措置」という。)

株式を引き受けると言うことはその銀行の株を買うことである。銀行はその売却代金を自己資本に加え、自己資本比率を引き上げ、破綻から免れる。

だが、わが国は自由経済なのだから、滅多なことで国が私企業を自分のものにするべきではない。

預金保険法102条第1項1号措置はギリギリの選択なのであるが、これを発動することは、随分前から「想定内」だったフシがある。


◆2003年初頭から5月にかけて、何度も日米の金融・財務当局者が会合を重ねていた。

102条第1項1号措置の発動は、情報筋によれば、2003年の初めから5月頃まで、日米両国政府の協議の中で、

「米国から与えられた」シナリオだったという。金融相は単なる米国の繰り人形だったのである。

アメリカはどうしてそこまで他国の経済に口出しできたのか。

話が元に戻るが、小泉改革を進めた結果、最初の危機が2001年の年末に起きる。マイカルが潰れた。その次に、青木建設が倒産した。


◆青木建設倒産を歓迎した総理大臣。

青木建設が倒産したとき、小泉首相のコメントは「構造改革が上手くいっているせいじゃないかな」というものであった。

このメッセージで市場は大混乱する。それはそうでしょう。

大企業が破綻したときに、総理大臣が歓迎のメッセージを出すなどということは、前代未聞だったのだ。これが最初の大失敗。(続く)


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.09

「名曲紹介」で、実際に曲(の一部)を聴いていただけるようになりました。

◆ナクソス・ミュージック・ライブラリーという音楽配信サービスがあります。

これについては、2006年07月04日(火) お薦めいろいろ。(加筆版) に詳しく書きましたので、ご参照下さい。

実際のサイトはナクソス・ミュージック・ライブラリーです。



ごらんになれば分かりますが、ストリーミング配信専門でダウンロードはしない、というサービスであるため、

一ヶ月約1,900円(CD一枚分ですよね)で、365日24時間、古今東西(日本の作曲家の作品も含まれているので古今東西なのです)

のクラシックの殆どありとあらゆる曲を聴くことができます。

いくら聴いても、定額、1,900円です。とても良心的だと思います。


◆この度新しい機能が付加されました。

本来、ナクソス・ミュージック・ライブラリー(以下、NML)を利用するためには登録をして、月々の支払をせねばならないのですが、

この度、新しいサービスを始めました。これは有難い。NMLの説明を引用します。

【アルバム/作品リンク機能がオープン。】

ヒストリカル録音の録音日付も表示可能になりました。 (2006年9月6日)

NMLに新機能ができました。ひとつひとつのアルバム、作品または楽章に、外部のWebサイトなどからリンクを張るための機能です。
みなさんが自分のブログやSNSの日記でアルバムや作品を紹介したいときや、面白いアルバムを発見して友達にメールで教えたいとき、この機能を使えば簡単にNMLの内部のページに直接リンクを張ることができます。
大学や図書館で資料としてお使いの場合、レポートや論文の際に参考資料としてNMLの収録作品に対するURLを記載することもできます。

というわけです。

今までも、「お試し15分無料体験コース」というのがあったのです。それを利用しているようです。

だから、シンフォニーまるまる一曲を聴いて頂くのは無理です。


◆この「新機能」のどこがいいのか?
私には、クラシック音楽になじみの薄い方にも、「こんなに美しい曲がありますよ」ということを伝えたい、という気持ちがあります。

それで、「お薦めCD」という記事をしばしば書くのです。



しかし、言葉で音楽を「紹介する」のは、やってみると分かりますが、大変難しい。

いや、殆ど不可能です。

ですから、今までは、曲を紹介しながらも、歯がゆくてなりませんでした。

今回、NMLが「アルバム/作品リンク機能」を付けてくれたということは、

WindowsMediaPlayerがインストールされていて、ネットに接続出来る環境のPCをお持ちの方なら、

どの方にも実際に音楽を聴いて頂けるのです。

いくら私がある音楽を「美しい」「素晴らしい」と月並みな言葉で説明しても、実際にCDを買ってまで聴いて下さる方は当然限られます。

音楽は百万語を費やすよりも、聴いて頂くのが一番ですが、無理にCDを買って下さい、とは、勿論言えません。

今回、NMLの新機能を付加してくれたので、読者の方に経済的な負担をかけずに、とりあえず曲を知って頂けます。

それで、もしも、お気に召したら、そのCD(NMLで提供している曲の多くはNaxos、その他の会社がCD化しています。CDが廃盤になった曲、アルバムもNMLには残っています)、

または他のレーベルから出ているお気に入りの演奏家のCDを買えばいいのです(もちろん、買わないのもご自身の自由であることは言うまでもありません)。


◆早速、実験的にやってみます。

能書きはこれぐらいにして、試してみます。

私は登録会員なので、会員ではない方がちゃんと聴けるかどうか、一抹の不安があります。

リンクをクリックすると、その曲(又はアルバム全体)のページがあらわれます。

左側に無料体験という文字があります。そこをクリックして、右側のメニューから「選択曲を再生」をクリックします。

そうすると、再生が始まります。課金される心配はありません。



【お詫び】

書いてから、大失敗に気が付きました。「無料体験」だと、最初の30秒しか、聴けないことが分かりました。

敢えて言い訳するなら、全くどんな音楽なのか分からないよりは、多少マシ、という程度ですね。
いずれにせよ、期待された方は落胆なさったと思います。もうしわけございません。

やってみます。とりあえず、15分以内に収めるためには工夫せねば・・・。

バッハからいきましょう。

以前から、是非みなさんに聴いて頂きたいと思っていたのは、バッハのカンタータ(200曲以上もあります)の中の一曲に含まれる

「主よ、人の望みの喜びよ」です。3分25秒。信仰心が無くても敬虔な気持ちになりますね。



2曲目。同じアルバムに含まれているのですが、バッハと同時代を生き、但し、英国に帰化したヘンデルのオペラ「リナルド」のアリア

「私を泣かせて」。4分34秒。魂が慰められる感覚。



3曲目。もう一つだけバロック。ヴィヴァルディは600曲も協奏曲を書きました。

その中から、私の楽器、トランペットのために、二本のトランペットのための協奏曲第一楽章

実に爽やかです。当時のトランペットは指で押えるバルブなど無くて、自然倍音というものを利用して、

管に吹き込む息のスピードと唇で音程をコントロールしていたのです。神業です。2分56秒。



最後に時代が飛びますけど、モーツァルト。交響曲第39番より第3楽章

モーツァルトはクラリネットをこよなく愛しました。

この楽章の中頃で繰り返し演奏されるクラリネットのメロディーを初めて聴いた時に、

私は月並みな言葉でしか表現できませんが、「天上の調べ」だと思いました。その思いは今も変りません。



さて、初めてやってみました。如何でしたか?

(なお、これは所謂「アフィリエイト・プログラム」のたぐいではありません。

読者の方がいくらNMLでクリックしても私には、経済的な見返りなど一切ありません。

ただただ、これらの音楽を聴いていただきたいが為に、このシステムを利用している次第ですので、誤解なさいませんよう。
失礼ではありますが、念のために書き添えました。)

【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.08

「週刊文春」最新号「総力特集 紀子さま第三子ご出産」の劣悪さ。

◆男子を産んだ女性の方が「人格」が優れているのか。



紀子様ご出産に際し、さぞや週刊誌がいろいろ勝手なことをかくだろうと思ってはいたが、あまりにも倫理観に欠けているので、敢えて取り上げる。

週刊誌は売れれば良いのである。その卑しい根性が丸出しであるのは、今回に限ったことではないが、

本日発売の「週刊文春」における、秋篠宮ご夫妻に対する手放しの賛辞と、皇太子殿下ご夫妻への、批判的論調は、

読者に誤った先入観を与える可能性が高く、全くもってけしからん。


◆小見出しを列挙する。

紀子様の「四つの顔」と題し、紀子様は「嫁」「妻」「母親」「娘」のそれぞれの立場で如何に優秀であるかを、

ほんの一つか二つの例を持ち出すだけで、「証明」しようとしている短絡にあきれ果てる。

「嫁」では、紀子様と美智子皇后が仲睦まじいのは、紀子様が婚約から結婚までの間に「皇室アルバム」のビデオを取り寄せ、

美智子様が国民に接するときの物腰を研究なさったのでしょう。などと書かれているが、それは推測に過ぎない。

その他、美智子様と一緒に台所に立ったことがある、とか、今の天皇・皇后両陛下が沖縄に深い関心をよせられているのを知り、

紀子様も沖縄には大変心をよせているとか、要するに姑に決して逆らわないことが良いのだという。


◆「妻」としての紀子様

初めて知ったが、秋篠宮さまは、長年ニワトリの研究に取り組まれており、そのレベルは「国立大学の教授レベル」だそうだ(ホントかね?)。

そして、その研究が進んだのは、紀子様の内助の功があったからだ、と週刊文春は強引に結びつける。



秋篠宮様が研究仲間と「ホテルで」討論会をしていると議論が白熱して、ボーイがいなくなる時間になることもあるという。

そんなときに紀子様は甲斐甲斐しく、皆にカクテルを作ってお出しになる。皆感激する、というのである。

この話も、どこかおかしい。

ホテルで学術的な討論会をすることが自然科学者の間で一般的かどうかは別として、

皇族である秋篠宮様を後に残して、ホテルの従業員がいなくなる、などと云うことがあるとは考えられぬ。

仮に話が真実だとしても、紀子様のカクテルが、秋篠宮様の研究をはかどらせた、と関連づけるのは、短絡である。


◆「母」としての紀子様 「紀子様の合図でおやつスタート」だとさ。

四年前に秋篠宮ご一家は富山を旅行された。途中、ある民宿に立ち寄った。そこの主人の証言。

「ご一家は一時間ほど滞在されましたが、お子様はお行儀がよろしくずっと正座でした(引用者中:当たり前です)。夏だったのでスイカをお出ししたのですが、眞子さま、佳子さまは、お上がりになる前に『食べてもいいですか』という表情で紀子様の方を向かれた。紀子様は軽く頷かれました。それが、“いいよ”のサインなのでしょう(笑)。それで初めてお召し上がりになりました」紀子様の躾が如何に行き届いているか分かるが・・・(後略)

当たり前です。これぐらいのことは皇族でなくても躾けている家庭はいくらでもある。本来それは「普通のこと」なのだ。

世の中全体が行儀が悪くなったから、相対的に「さすが、やんごとなき方は違う」とこの民宿の主人は感心したのだろうが、

曲がりなりにも秋篠宮ご一家は皇族。これぐらいの行儀をしつけるのは当たり前だ。

そして、この一件だけを見て、眞子さま、佳子さまに対する全ての躾が上手くいっているとは断定できぬ。


◆「娘」学習院川島ゼミで紀子様の話題は「タブー」



週刊文春の記者は「タブー」の意味をよく調べたのだろうか。

「タブー」とは単に口に出してはならないことがら、という意味で使われることも多いが、日本語に当てはめれば「禁忌」、

つまり忌まわしいこととして触れてはならないもの、である。



週刊文春は、川島教授が今や天皇家の親戚筋に当たるのに、そのことをひけらかさない奥ゆかしく控えめな人柄で、

「この父にしてこの娘あり」といいたいのだろうが、紀子様の評価とは直接関係がない。

そしてこれこそ、超弩級のタブーだから、はっきり書くのは避けるが、秋篠宮様と紀子様の間には結婚前に一騒動あって、

川島教授が皇居に乗り込んだという噂が流れたのは、知っている人は知っている。これ以上は書けない。


◆長くなるので端折る(はしょる)が、週刊文春の記事は明らかに恣意的である。

「雅子さまは120点主義。紀子様は80点主義」

つまり、雅子さまは、もと外務官僚で実務能力に長けているが故に、何事にも完璧を期する。だから、体調を崩すのだ。

ほどほどで満足する紀子様の方が処世術をわきまえている、と言いたいらしい。

それは、各人の個性の相違に過ぎず、優劣を付ける事柄ではない。

「皇太子と秋篠宮 逆転した兄弟のお立場」

これは、昨日の日記で私も書いたが、浩宮さまの「雅子さま人格否定発言」の半年後、弟はこれを批判した。

週刊文春はそれをまた持ち出し、要約すれば「皇太子発言は軽率で、それをたしなめた秋篠宮の方が落ちついている。大人だ」という趣旨である。

そうではない。

どのような家庭にも何らかの問題は必ず起きるもので、それは天皇家と言えども同じ事だ。

だが、何と言っても天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴なのであるから、皇族が家族の内輪の揉め事を天下に晒すべきではない。

それでは、一般国民に範を垂れる事にならない。

秋篠宮さまのご発言は「天皇家は意外と仲が悪い」ことを衆目に晒した点で、却って問題である。

いずれにせよ、週刊文春のこの小見出し、「皇太子と秋篠宮 逆転した兄弟のお立場」は看過できぬ。

何だ、これは。皇太子殿下は依然として、皇位継承順位第一位であることにいささかも変化はない。「逆転した」とは何だ。

一週刊誌が「逆転」などという、主観的・印象的評価を軽率に書くべきではないのだ。


◆マスコミは雅子妃殿下のストレス要因であることを自覚せよ。

週刊文春の特集記事の最後には、オランダから雅子さまがご帰国になったときに、

東宮御所の正門には多くの記者やカメラマンが待ちかまえていたのにも関わらず、

東宮職は妃殿下をカメラから守るために普段は使わない正門から御所に入った、取材させないのはけしからん、という趣旨の記事を載せている。

馬鹿者。

雅子妃のストレス要因は皇室という環境そのものだと言われているが、同時に、雅子さまについての多くの憶測記事、批判記事を書いたマスコミにも責任がある、

つまり報道が「病因」のひとつであることが、まだ、わからないのか?



折角オランダで心安らかな時を過ごされた雅子さまが、帰国した途端、カメラの放列をごらんになって良い影響がある筈がない。

報道陣を避けるのは東宮の当然の判断だ。


◆結論:紀子様>雅子さまという序列を付けるな。

そんなことは一言も書いていない、と文春は主張するであろう。しかし、それは屁理屈、又は言い逃れである。

同誌が、この度親王殿下をご出産になった紀子様を雅子さまよりも「上位に」評価したいという意図は記事を読めば歴然としている。

いうまでもない事ながら、親王をご出産になるか、内親王(女の子のこと)をご出産になるかは偶然により決定されるのである。

個人の責めに帰するべきではない事象により、人物の評価に優劣をつけることを「差別」という。

いくら週刊誌と言えども書いて良いことと悪いことがある。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (13) | トラックバック (2)

2006.09.07

「紀子さま男子ご出産 皇位継承3位 」おめでたいのですけどね・・(その2)

◆記事:紀子さま男子ご出産 皇位継承3位

秋篠宮妃紀子さま(39)は6日午前8時27分、入院先の東京都港区の愛育病院で、帝王切開により第3子の男子を出産された。

身長は48・8センチ、体重は2558グラムで、母子とも健康。皇室での男子誕生は秋篠宮さま以来41年ぶり。

皇位継承順位は皇太子さま、秋篠宮さまに次ぐ第3位となる。天皇、皇后両陛下にとり皇太子家の長女愛子さま(4つ)に続く4人目の孫。

女性、女系天皇を認める皇室典範改正は、前の通常国会への提案が見送られた。男子出産で論議の棚上げも予想される。

小泉純一郎首相は記者団に「良かったね」と述べた。

天皇と皇族で構成される皇室は計23人となった。12日には「命名の儀」があり、秋篠宮さまが名前をつける。

帝王切開は皇族で初めて。秋篠宮さまは3階手術室の隣室で待機し、北海道訪問中の両陛下と、皇太子さまに電話で報告された。

両陛下は宮内庁を通じ「無事出産の知らせを受け安堵(あんど)しました」との感想を発表された。 [ 09月06日 13時51分 ] 共同通信


◆コメント:単純に「おめでたい」では済まない。

文仁親王妃紀子殿下の無事ご出産の報に接し、慶賀に堪えません

衷心よりお祝い申し上げると共に、親王殿下のお健やかなご成長と、紀子様のご快癒をお祈りいたします。



だが、正直に書くと、私は単純に「おめでたい」で済ませることが出来ない。

今日の見出しは、「おめでたいのですけどね」(その2)とした。

その1は、今年の2月7日、紀子様ご懐妊を宮内庁が発表したときに書いた、<秋篠宮妃紀子さま>第3子懐妊 今年秋ごろに出産の見込み←おめでたいんですけどね・・。

である。

そこで述べたことと、今の私の心境はほぼ同じである。


◆皇太子殿下ご夫妻のことも考えなさいよ。

結論を先に書くなら、そういうことだ。



浩宮様が2004年5月、「雅子さまの人格を否定するような動きがあった」という爆弾発言をなさったとき、

私は、「これは余程、殿下も妃殿下も精神的に追い詰められているな」と思った。

皇族があのような発言をなさるのは、並のことではない。

しかし、「人格の否定」の具体的内容が不明なので、何とも論評出来なかった。



私が、不敬ながらも「腹立たしく」思ったのは、この「事件」が収まったかと思われたのに、

秋篠宮文仁殿下が同年11月30日、誕生日記者会見の席上、半年前の「人格否定」発言に故意に言及し、

「少なからず驚き、(天皇)陛下も非常に驚かれたと聞いている。陛下と話をした上での話であるべきでなかったか。残念に思う」

と、衆目の中で兄上を批判なさったことである。

皇太子殿下とて、(言い過ぎたかな)と十分分かっておられるのに、あえて問題を蒸し返すこともないだろう、と思った。

弟なら、かばいなさいよ、といいたかった。


◆報道機関は公平な情報を提供せよ。

そして、紀子様がご懐妊と発表された今年の2月7日は、国会で皇室典範に関する議論が行われている真っ最中だった。

皇室報道は検証しようがないが、天皇皇后両陛下も心情的にはどちらかというと皇太子殿下よりも秋篠宮ご夫妻と親しくされているとか、

雅子さまが天皇陛下とのお食事を「ドタキャン」なさった、などの記事を読むと、何か恣意的なものを感じる。

これでは、まるで、宮中とマスコミが皇太子殿下ご夫妻を孤立させようとしているかの如く読めるではないか。


◆病気に関する情報は個人情報保護法の「センシティブ情報」だろう。

2003年5月23日成立、2005年4月1日に施行された個人情報保護法は、色々と問題があるが、とにかく正式な手続きを経て国会で成立した国法である。

この法律では個人に関する情報の中でも病気・病歴は(他にもあるが)「センシティブ情報」と呼ばれ

特に厳重な管理をして、滅多なことで入手・公表してはいけないと定められている。

そして皇族が個人情報保護法の適用外であるとする文言は同法の中に書いてないし、他の法令で定められてもいない。



にも関わらず、雅子皇太子妃殿下に関しては病名・病状、治療経過を週刊誌などが微に入り細にわたって報道している。

尤も、雅子さまのケースでは、外見が普通であるから、それで公務を休まれているのは何故かという批判があり(大きなお世話だ)、

その誤解を解くために、ご本人の了解の下、宮内庁長官が「適応障害」と病名を告げた、という経緯はある。

そこまではやむを得なかったとしても、その後の週刊誌報道は大衆の下世話な好奇心を満たすためのもので、報道の必然性が認められない。


◆親王ご誕生はおめでたいけれども・・・

皇太子殿下が非常に例外的かつ衝撃的な「人格否定」発言をなさったのには、それなりの事情があったからだ。

折角好きな女性と結婚出来たのに、その女性(=妃殿下)は環境的要因で、つまり、結婚が原因で体調を崩されたという。

それだけでも辛い。
にも関わらず、追い打ちをかけるように、マスコミが書きたい放題。

弟宮や陛下までも「人格否定発言」は言い過ぎだと、公の席で批判する。

皇太子殿下は四面楚歌ではないか。



今日、その弟には男子が生まれた。世間はもっぱら「紀子様、万歳である。」

外務省での未来を敢えて諦め、皇室に入られた雅子さまは、下手をすると、何のための人生か、と思い詰めかねない。

皇太子殿下も苦しい(それでも、公務の際には、絶対にその気配すら感じさせないのはご立派である)。



本日ご誕生の親王殿下には全く何の「責任」は無いのはいうまでもなく、ご誕生はおめでたい。

しかし、はしゃぎすぎには気をつけたい。様々な感受性が考慮されるべきである。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (10) | トラックバック (2)

2006.09.06

「小泉改革」が成功して、景気が回復しているのではない(小泉政権経済政策検証第1弾)

◆バブルからバブル以降。

日本経済はバブルが80年代後半、90年代前半がバブル崩壊不況、4年間の5%成長と4年間の1%成長という時代を経験したが、

バブル崩壊後、景気が本格浮上するチャンスは現在を含めて何度かあった。


◆橋本政権で急降下。小渕政権で持ち直しかけ、森政権でまた急降下。

96年に株が2万2千円台を回復、このときは完全に回復しかかっていたのだが、96年6月消費税増税が決まり、

橋本政権下98年に株が1万2千円台まで暴落。橋本政権が、「逆噴射」をやってしまったのである。

98年から2000年にかけて、小渕政権が政策の大転換を行い、株価も2万円に回復。

このときが、2度目の日本経済浮上のチャンスだったのだが、森政権になって、超緊縮財政が始まった。


◆小泉政権誕生以降概要

翌2001年、小泉政権がスタートする。小泉政権はさらに緊縮財政を続けた。

2000年4月に20,800円だった株価は、2003年4月に、7,600円。丁度3年間で1万3千円という株価大暴落が起きた。

2003年は最大のポイントである。この年国がりそな銀行を救済した。ここから流れが変り株価が上昇し始めたのだが、それは、後述する。


◆小泉が首相になれたのは、亀井静香との政策協定のおかげだが、小泉側は一方的に破棄。

小泉政権発足当初の株価は14,500円ぐらい。
小泉首相が誕生するに当たっては、当時の亀井政調会長と小泉純一郎氏との間に「政策協定」があった。

これは、総裁選から亀井氏が降りる代わりに亀井が小泉に提示した条件が2つあった。

ひとつは、景気対策の為に、亀井氏がまとめた「緊急経済対策」を必ず実行すること」、

もうひとつは、人事に関しては、亀井に相談する(亀井自信の処遇も含む)。

という内容だった。

これを条件に、亀井氏は総裁選本選挙を辞退したのであり、そのおかげで小泉君は首相になれたのである。



ところが、いざ小泉首相が誕生すると、小泉陣営は一方的に亀井氏との「協定」を破棄した。

人事の相談も無かったし、5月7日の所信表明演説以降、「緊急経済対策」の内容を次々に否定した。

これでは、亀井静香氏も怒るだろう。信義則の問題である。


◆「小泉改革」の当初の内容は「緊縮財政」と「不良債権処理」だったが、すぐに公約違反。

小泉首相の経済政策は明確に二つの項目が示されていた。それは、

国債は絶対に30兆円以上発行しない。(緊縮財政)。

企業の破綻処理を薦める(不良債権処理)

である。

2番目の政策は、つぶれそうな企業は、潰す。という意味であり、エコノミストの中には猛反対する声もあったが、

反対されると実行してしまう小泉首相は、現実に破綻処理を薦めた。その結果、何が起きたか?

所信表明演説を行った、2001年5月7日の日経平均株価は、14,529円。

2年後の4月28日が7,607円。丁度2年間で株価は半値に暴落したのである。

金融恐慌ギリギリのところであった。


◆りそな処理後、株が戻り始めたのは、「小泉改革」を止めたからだ。

りそな処理は極めて重要である。

かつて、アメリカも英国も、北欧も金融機関の処理には非常に苦しんだ。

金融処理の何が問題かというと、「金融システムを守る」ことと、「責任ある当事者」(金融機関経営者)に責任を問う、ことを両立させることが難しいのである。



単に金融システムを守るのであれば、銀行が潰れそうになったら公的資金を注入すればいい。

但し、それをやると金融機関は、「破綻しそうになったら、国が救済してくれる」と考えるようになるので、

また、不良債権を増やすような業務を行ってしまうのである。(金融機関経営者の倫理観の喪失という意味で、「モラル・ハザード」といいますね)


◆竹中金融相(当時)は、「潰れる銀行は潰す」と言った。

2002年8月竹中平蔵が金融担当大臣になった直後、ニューヨークタイムズのインタビューに答えて、

「銀行の破綻もありうる」と発言したため、日本の金融市場では金融恐慌の可能性が現実味を帯び、

それが、株価の下落を引き起こし、2003年4月の7000円台という目も当てられない状況を呼び込んだのである。


◆ところが、りそなを救済した。

2003年3月決算において、りそな銀行は国内業務を行うために最低必要とされる自己資本比率4%を割り込み、本来破綻するところだった。

金融システムは巨大なネットワークであり、一つの銀行が潰れれば、他の銀行の資金繰りにも影響をあたえる。

つまり、次々に日本の銀行が潰れる金融恐慌というパニック状態に陥る。

小泉政権が当初の公約通り、「破綻処理をすすめ」ていたら、確実にそうなって、日本経済は無茶苦茶になり、小泉内閣総辞職を免れないところだったのである。

ところが、小泉政権は公約を放棄し、公的資金を投入してりそな銀行を救済した。そこから株価の急反発が始まる。


◆銀行の自己資本に組み込む、「繰り延べ税金資産」の意図的操作

この時問題となったのが、銀行の自己資本に繰り入れる繰り延べ税金資産(先に払った税金が、不良債権の処理状況によっては、還付される)であった。

竹中金融相のブレインの一人であった木村剛は、自己資本に計上する繰り延べ税金資産は最大1年分だといっていたが、

りそなは3年分の繰り延べ税金資産を自己資本に組み込むことにより破綻を免れたのである。

1年分しか繰り延べ税金資産を計上しなかったら、確実にりそな銀行は潰れていたのである。


◆国家的規模の株価操縦、インサイダー取引じゃないか。

皆、結果が良ければ良いじゃないか、と言っていたが、それほど単純ではない。

小泉内閣が発足し、竹中が金融相になってからあれほど強調していた、

「金融機関に自己責任原則を負わせる」という方針を放棄したことは厳然たる事実であり、それは明確に認識されなければならない。

つまり、小泉改革は失敗だったのだが、世間では良く理解されていない。

それをいいことに、小泉首相は今の景気を小泉改革の成果だとヌカすのだ。



金融市場はりそな救済の動きを見て、「ああ、結局国は銀行を潰さないのだ」と安心したのである。

それが、株価急反発のきっかけとなっている。8月18日に株価は一万円台まで戻す。

何度も書くが、2002年、竹中平蔵が金融相に就任したときには、「潰れる銀行は潰す」と明言したのである。

さらに、竹中は2003年2月、閣議の後の記者との懇談会で、「株価指数連動投信は絶対儲かる。私も買う」と発言して物議を醸した。

そして、りそな救済以前の株価暴落と、その後の急反発で一番利益をあげたのは、外資系ファンドなのである。



これは、よく考えると、国家による相場操縦、インサイダー取引、風説の流布に該当するといっていい。

だってそうでしょう。初めは「潰れそうな銀行を潰す」といって、株価を暴落させておきながら、

翌年りそなが破綻しそうになったら、公約を破って救済した結果、株価がもどったのだ。

その間多くの企業は倒産し、国民が苦しんだのに、政治家は株価連動投信で儲け、外資系ファンドにも儲けさせた。



証券取引等監視委員会がよく調べるべき事柄なのだ。


◆結論:小泉経済改革が破綻したから、景気が回復したのである。

今日の話はやや面倒なので、まとめると、以下の通り。

巷のアホのジャーナリズムは、「兎にも角にも、小泉政権下で景気が回復したじゃないか、これは改革の成果だ」と書く。

そうではない。改革と逆をやった結果、景気が回復したのだ。

前述したとおり、当初の経済政策の二本柱、「緊縮財政」と「不良債権の処理」を行った結果、株価は14000円台から、7000円台に暴落した。

この間、多くの企業が貸し剥がしに遭い、倒産し、毎年3万人を越える自殺者を出している。

2003年4月から株価が戻しているのは、竹中の持論「破綻すべき企業(銀行)は、市場から退出してもらう」という政策をかなぐり捨てて、りそなを救ったことが契機となったのだ。

かつ、2003年夏頃から、アメリカと中国の景気が回復したため輸出が増え、

2004年には、オリンピックのため、国内で家電の売上げが急増し(個人消費が急拡大した)たことが追い風になったのである。



今一度書くが、「結果良ければ全てよし」という考え方は誤っている。

景気が現在回復しているのは、小泉改革が失敗したからだ、という現実を良く認識するべきである。

小泉首相は運が良いだけである。因みにりそなを救えと入れ知恵したのはアメリカである。

そのおかげで小泉政権は5年も続いたのだ。

牛肉だろうが、イラクへの自衛隊派遣だろうが、小泉首相が何でもアメリカのいうことを唯々諾々と受け入れるのは、

2003年に大きな借りを作ってしまったからなのだ。

それにまつわる話などは、また、日を改めて書かせていただく。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。JIROの独断的日記の右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.05

「『捜査は不当』と反発 助産師問題で産婦人科医会など」←少子化対策をするならば、産婦人科医と助産師の待遇を改善せよ。

◆記事1:「捜査は不当」と反発 助産師問題で産婦人科医会など

横浜市の産婦人科「堀病院」が資格のない准看護師らに出産前の内診をさせていたとして、保健師助産師看護師法(保助看法)違反の容疑で神奈川県警の捜索を受けた事件で、

日本産婦人科医会などは1日、「捜査当局の大がかりな捜査は極めて不当」と反発する見解を示した。

「母体の死亡と看護師による内診は関係がない」との見解を発表したうえで、助産師不足が事件の背景にあると訴えた。

看護師の内診をめぐり、厚生労働省は、保助看法に基づいて「看護師が行ってはならない」とする通知を各自治体に出している。

医会は助産師不足を理由に、医師の指示のもとで看護師にも内診を認めるよう、国に要望しており、対立している。

医会の石渡勇茨城県支部長によると、医師不足の深刻な同県では平成13年から3年間に助産師学校養成所などを卒業した新人助産師54人のほとんどは、病院に就職。

ベッド数の少ない診療所への就職はゼロだったという。

同医会の清川尚副会長は、「(助産師不足を)放置すると、“お産難民”が増えてしまう」として、保助看法の改正を訴えた。(産経新聞) - 9月2日8時2分更新


◆記事2:産婦人科医の不足  (2006年6月15日(木))東奥日報

労働時間が長く、当直や深夜の緊急呼び出しが多いなど勤務環境が過酷で、医療訴訟を抱える割合も高いことなどから、産婦人科を目指す若手医師が大幅に減っている。

さらに2004年、新人医師に指定病院での2年間の臨床研修を義務付ける制度が始まり、これまで派遣を受けていた関連病院での医師不足に拍車をかけているとみられる。


◆コメント:産婦人科医、助産師が気の毒だ。

産婦人科医を希望する医学生が1,000人に50人もいないという記事を読んだことがある。



私の義理の従兄弟が大学病院の産婦人科に所属する、つまり産婦人科の勤務医をしている。

随分前だが、叔母(医者の母親)の家に泊まりがけで遊びにいったことがある。

ほんの数日だったが、学生の産婦人科希望者が少ないのも無理もない、と思った(堀病院は無資格助産師の事件だが、人手が足りないのは助産師も産婦人科医も同じだ)。



あまりにも激務である。

一週間だったか10日だったか記憶が定かでないが、従兄弟は病院に泊まり込みで殆ど不眠不休で働き、やっと余裕が出来たので自宅に帰ってきた。

一風呂浴びて、さあ、メシを食おうか、というまさにその瞬間、病院から呼び出しを受けた。

そのまま食事もせず病院にとんぼ返り。私たちが滞在中、戻ってこなかった。これが「普通のこと」だという。



お産は「おめでた」という言葉とは裏腹に修羅場であり、以前は(それが良い状態だとはいわないが)、死産だったり、

分娩後に母親が亡くなるということは、しばしば起きていた。



医学の進歩と共に、妊娠中の管理や、分娩時の異常事態、緊急事態への対処の技術が向上し、悲劇が減った。

皮肉なもので、そうなると、生まれたばかりの子供が亡くなったり、何らかの障害がみつかったり、母親が亡くなったり、産後の経過が良くないと、

「医師や助産婦の所為だ」といって、カネほしさも手伝って、訴訟となるケースが急増した。



勿論、本当に医療従事者側の側に技術的な問題や経験不足からくる過失が認められることもあるだろうが

いくら医学が進歩しても、100%正常妊娠・分娩ということにはならないだろう。

それに、あの重労働を見ると、医師、助産師の過労が事故の間接的な原因となるケースが当然推察できる。



あれだけ、自らの命を削るようにして患者のために働いたのに訴えられたら、それはいくら医師といえども「やってらんねえよ」という気持ちになるだろう、と思った。


◆お産難民という言葉があるぐらいだ。

小泉政権には、なんと少子化対策大臣という役職まで登場したが、議論を聞いていると、「どうすれば、子供をつくろう、という気持ちにさせるか」という観点に偏っている。

現実には「産み場所探し」に苦労している人たちがいる(それが解消すれば、出生率がどれぐらい上がるか、統計的、科学的推論は私には出来ないが)。

つまり、妊娠したけれども、地域に全然産婦人科医や助産師がいない或いは、婦人科のみで、

分娩は(訴えられるのはご免だから)やりません、という開業医が増えているため、病院で産めないと焦っている「お産難民」が存在する。



Yahoo!辞書に説明が載っていた。

お産難民 (おさんなんみん) 病院で出産したくても、病院に産婦人科医が少ないなどの理由で入院できないケースが増えており、分娩場所をなかなか確保できない妊婦をこのように呼んでいる。ここ数年、病院の産科や個人産院の閉院が各地で相次いでいて、産み場所探しに苦労する女性が増えているという。出産の時間は正確に予測することができないため、産科医の肉体的・精神的な負担は大きい。そのため、産科医を志望する医学生は減っており、後継者不足による閉鎖や、妊婦健診や婦人科だけに転換して分娩を行わない個人病院が増えている。

Yahoo!ニュースで医師不足というトピックスがあるから、ごらんになることをお薦めする。

ほんの一例を挙げる。

島根県隠岐島には産婦人科医が一人もいなかったので、隠岐島の妊婦は臨月または、それが迫ると、松江に来て、

親戚の家やホテルなどにとまりながら、お産直前まで、待っていたという。いよいよお産となったら松江市内の病院に行くのだ。

親戚の家では肩身が狭いし、ホテルはカネがかかりすぎる。

産婦人科医不足は勿論島根県のみならず、全国的な問題となっている。


◆大変な仕事にはそれ相応の待遇をしなければいけない。

少子化というが、その少子化の現在でさえ、産婦人科医や助産師が足りないのである。

これを放置して、国は国民に、「子供をつくれ」という。無責任ではないか。

産婦人科医や助産師は、死ぬほど必死にはたらいても、それに相応しい処遇を得られず、たまに失敗すると裁判となり、罪人のように扱われる。



要領の良い奴は、生命に直結しない美容形成外科医(美容形成も勿論世の中には必要だが)となり、高所得と余裕のある生活を享受する。

これで、医学生や看護学生に、「産婦人科医・助産師になれ」、というのは勝手すぎないか。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。
JIROの独断的日記の右下にボタンが
あります。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.09.04

N響アワー 『N響ほっとコンサート』」をみていたら、泣けてしまいました。

◆N響の夏休み恒例、ほっとコンサート

音楽会のシーズンはヨーロッパの慣例に倣って(ならって)正規のコンサートは9月に始まり、翌年6月に終わるのです。

その後は大抵、N響は、普段生のオーケストラを聴く機会が少ない地方に演奏旅行に行きます。



さらに、これはいつから始まった催しかちょっと分からないのですが、8月の上旬、つまり子供たちの夏休みに合わせて、

家族で楽しめる楽しい企画をやります。これが「ほっとコンサート」です。

今年は8月5日に川崎、6日に渋谷のNHKホールで演ったのですが、N響史上初めての試みで、

第一部が吹奏楽、つまり管楽器だけ。第2部が弦楽合奏(アイネ・クライネ・ナハトムジークかなんか)、

最後に管・弦・打楽器が一緒になって、フルオーケストラの曲目を演奏するという形式でした。


◆楽器体験コーナー

画期的だったのは、第一部の吹奏楽が始まる前、一時間ほど、ホールのロビーで、

お客さん(子供も大人も)触ってみたい、吹いてみたい楽器を体験できる「楽器体験コーナー」があったことです。

N響のメンバーが、自分の楽器を子供に貸して、試しに吹いてごらんというわけです。



そうすると、こどもたちは例外なく、目を輝かせるのです。嬉しいよね。初めて本当のオーケストラの楽器を持ったときって。

私はそれを見ていたら、自分が初めてトランペットを買って貰い、手に取ったとき、

あまりの嬉しさに、天にも昇るような心地がしたのをありありと思い出したんです。そうしたら何だか泣けてしまった。



勿論、楽器を落としたら大変ですから、N響のメンバーが傍についていて、楽器の構え方から手取り足取り教えてあげるのですが、

子供というのは元来素直ですから、プロの言う通りにやる。すると、初めてなのに、どの楽器でも結構音が出るのですよ。

勿論音楽に使える音じゃないけど、とりあえずそれは関係ない。

小さい女の子がトロンボーンでいきなり音が出て、プロがびっくりしていましたね。



それから、木管楽器でオーボエというのがありますが、これは最初はなかなか音がでないのですが、

N響に入団して2年ちょっとのオーボエ奏者、池田さんの教え方が上手いのか、やはりいきなり、音が出ていました。

年配の方もいらっしゃいましたね。60代か70代ぐらいの方。楽器を習う暇が無かったのでしょう。でもきっとずっと憧れていたのだと思います。

何種類もの楽器を吹かせて貰って

「全部音が出た、とても嬉しい、またこういう企画をやっていただきたい」とおっしゃっていました。

子供も大人も本当に嬉しそうでした。それを見てこちらまで幸せな気持ちになりました。



勿論、ちょっと音が出たからといって、すぐに上手くなるほど、楽器というものは簡単ではありません。

でもね。特に子供たちは、あの感激を忘れないと思いますよ。そして、子どもの頃に感動を覚えるというのは大変重要なことです。

そういう「感激の原体験」があるとオーケストラや吹奏楽、そして何よりも「音楽」に自然に興味が湧く。

何の先入観もない子供の時だからいいんですね。N響はとても良いことをしたとおもいます。

それにしても、羨ましいなあ。最初の楽器の手ほどきをN響のメンバーから受けるなんて・・・。

私にとっては、夢のような話です。私が子供の頃にもああいう企画があったら、絶対行ったとおもいます。



今日は、音楽もさることながら、あの子供たちや大人たちの何の屈託もない嬉しそうな笑顔を見られただけでも幸せでした。

この企画を考えた方、N響の方々、楽しそうな様子を見せてくれた坊や、お嬢ちゃん、大人のお客さん、皆さん、どうもありがとう。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。
JIROの独断的日記の右下にボタンが
あります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.03

「台風12号はカトリーナ級、変身台風が急増中」←ハリケーンが東経180度を西に越えると「台風」となるわけです。

◆記事:台風12号はカトリーナ級、変身台風が急増中

ハリケーンから“変身”した台風12号が太平洋を西北西へ進み、小笠原諸島に接近している。
勢力は一時、2005年8月に米国南部に壊滅的な被害をもたらしたハリケーン「カトリーナ」に「匹敵するレベル」(気象庁)にも達した。

12号は3日には日本の東端・南鳥島を直撃する可能性が高く、駐在する気象庁職員や自衛隊員ら39人全員が島から脱出する事態になっている。

近年、ハリケーンが日付変更線を越えて台風に変わるケースが増加しているが、原因については専門家も首をひねっている。

気象庁によると、12号はもともと8月21日、北太平洋の西経側で「ハリケーン」として発生。

その後、西へ進み、同27日には日付変更線を越えて東経側に入ってきたため、「台風」となった。 (読売新聞) - 9月2日14時33分更新


◆コメント:台風とは何か

気象庁の定義によれば、「熱帯の海上で発生する低気圧を「熱帯低気圧」と呼び、

このうち北西太平洋(赤道より北で東経180度より西の領域)又は南シナ海に存在し、低気圧内の最大風速(10分間平均)がおよそ秒速17メートル(34ノット)以上のもの」。

一般的に、台風は上空の風に流されて動き、地球の自転に影響されて北へ向う性質を持っている。

このため、東風が吹いている低緯度では、台風は西へ流されながら次第に北上し、中緯度・高緯度では強い西風(偏西風)がふいているので、これに押されて北東に進む。

緯度の低いところでは海面が暖かく、水蒸気が上昇気流となり、上空に至ると冷やされ、凝結し、雲粒を形成する。台風はこの時に放出される熱をエネルギーとして発達する。

しかし、移動する際に海面や(上陸すれば)地上との摩擦により絶えずエネルギーを失っている。

また、北上すれば当然、海面の水温は下がるので、水蒸気量が減る。つまりエネルギーの供給が少なくなる。

これが、台風が次第に弱まる仕組みである。


◆ハリケーンとは何か

ハリケーンも熱帯低気圧であるが、最大風速が時速119km(秒速約33メートル)以上のもので、かつ発生地域が、


  • 大西洋北部(カリブ海、メキシコ湾あたり)

  • 大西洋南部(殆ど発生しない)

  • 太平洋北東部(赤道より北で、西経140度より東の太平洋)

  • 太平洋北中部(赤道より北で、西経180度~140度の太平洋)


のものを言う。


◆ハリケーンが東経180度を西に越えると「台風」と呼ぶわけである。

あるハリケーンが東経側に入ると、「台風」と呼ばれる。

厳密にいうと熱帯低気圧分類の国際基準があり、東経側にはいり、

国際基準でいうところの「トロピカル・ストーム」(中心付近の最大風速が秒速17.2~24.4メートル)以上の勢力を保っていれば、

「台風」と呼ばれる(ハリケーンが東経側に入っても、勢力が衰えていれば、当然、「台風」とは言わない)。


◆過去におけるハリケーン→台風の例。

1986年、太平洋北東部で発生した熱帯低気圧Georgetteは、台風11号となった。

但し、「猛烈なハリケーンの記録」に載っていないところを見ると、大した勢力ではなかったものと推察される。

また、1997年に太平洋北中部で発生したOliwaが、やはり東経に入り、台風19号となった。読売の「急増中」が本当かどうか、検証できない。


◆今回の台風12号で気象関係者が危惧する点。「勢力が強いままで、進行速度が遅い」。

元々の勢力が非常に強かったこと。冒頭に引用した読売の記事には、「一時、ハリケーン・カトリーナに匹敵するレベル」だったと書いてある。



「ハリケーン・カトリーヌ」とは丁度1年前、フロリダを中心に甚大な被害をもたらした猛烈なハリケーンで、

中心付近の最低気圧は上陸前には902ヘクトパスカルで、アメリカ観測史上6位、

上陸すると、前述したとおり、勢力は衰えるのだが、カトリーヌは上陸後の最低気圧が920ヘクトパスカルで、これはアメリカ観測史上第3位、というものすごい勢力を保っていた。



今回日本に上陸するかも知れない台風12号は、最盛期は過ぎたものの、一番強いときには、「カトリーヌに匹敵するほどの猛烈なハリケーンだった」非常に強い台風である。

日本時間、9月3日午後12時40分現在、中心位置は南鳥島の北西約140kmであるが、

いまだに中心気圧が945ヘクトパスカル、中心付近の最大風速がなんと秒速45メートル(時速162km)というすさまじさである。



そして、台風そのものの進行速度が時速25kmとかなり遅いので、進路予想円も非常に広くなんとも言えないが、

最も西よりのコースをとったら、3日後(9月6日)ごろ、関東にまっすぐやってくる。

最も東よりのコールをすすんだら、陸地から1000kmぐらい離れた海上を北上するので、あまり被害は無いだろう。

予報円の中心付近のコースをすすんだら、東日本には上陸しないが、北日本に接近する恐れがある。


◆注目されるもう一つの理由及び、私的所見。

上述の通り、西経で発生した熱帯低気圧が東経地域に「越境し」て、台風と呼び名が変ることは過去にもあったのだが、

今回ほど強い勢力のまま日本に近づく「ハリケーン→台風」は例がなく、

もしも、これが日本に上陸したら、観測史上初めての出来事になるのである。



台風の進路予想は難しいようで、専門家のサイトを見ても「多分、北へ逸れるだろう」という人がいる反面、TBS系列の森田さんは関東接近の可能性を危惧している。

こうした場合、危機管理の原則としては、最悪のケースを想定するのが常識であるから、川沿い、山沿いに居住する人は勿論、都市部でも停電の備えぐらいしておいても良いだろう。



企業の総務・管理担当者なら、台風により従業員が出勤できなくなったり、逆に帰宅できなくなったときのディザスター・プランを点検しておくべきである。


【読者の皆様に御願い】
恐縮ですが、駄文を読んでお気に召した場合、原サイト「エンピツ」の投票ボタンをクリックして頂けると、幸甚です。
JIROの独断的日記の右下にボタンが
あります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.02

安倍晋三官房長官の政権公約「美しい国、日本。」に関する考察

◆記事:政権の基本的方向性

○文化・伝統・自然・歴史を大切にする国=日本にふさわしい憲法の制定▽開かれた保守主義▽歴史遺産や景観、伝統文化等を大切にする▽家族の価値や地域のあたたかさの再生

○自由と規律の国=教育の抜本的改革▽民間の自律と過度の公的援助依存体質からの脱却

○イノベーションで新たな成長と繁栄の道を歩む国

○世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのあるオープンな国



【具体的政策】

1、政治のリーダーシップを確立

※首相官邸主導体制を確立する=内閣・与党が一体となり、政治家が政策決定の責任者として官邸主導を明確化▽政策立案の場への開かれた人材登用※能力主義の導入といった公務員改革を断行

2、自由と規律でオープンな経済社会

※イノベーションの力とオープンな社会で日本社会の新たな活力を維持※誰もがチャレンジ、再チャレンジできる社会の実現=努力した者が報われ、勝ち組、負け組が固定しない社会▽女性や高齢者の積極的な雇用促進▽テレワーク人口を倍増※地方の活力なくして国の活力なし=道州制ビジョンの策定で地方分権を推進▽地方行革のさらなる推進※成長なくして財政再建なし=財政を確実に健全化▽歳出・歳入一体改革は経済成長を前提に歳出改革に優先して取り組み▽消費税負担のあり方、直接税のあるべき所得再分配効果など、中長期的視点から総合的な税制改革の推進

3、健全で安心できる社会の実現

※「日本型社会保障モデル」で安心安全のセーフティーネット=年金、医療、介護、社会福祉を一体的に見直して持続可能な制度とする▽社会保障番号の導入や徴収一元化を検討▽被用者年金の一元化※「百年の計」の教育再生をスタート=高い学力と規範意識を身につける機会の保障▽学校、教師の評価制度導入▽学校教育での社会体験活動の充実

4、主張する外交で「強い日本、頼れる日本」

※「世界とアジアのための日米同盟」を強化し、日米双方が「ともに汗をかく」体制を確立。経済分野でも関係を強化※開かれたアジアにおける強固な連帯の確立=中国、韓国等近隣諸国との信頼関係の強化※拉致問題、核・ミサイル問題等、北朝鮮問題の解決を目指す※自由な社会の輪を世界に広げる=米欧豪印など価値観を共有する国々との戦略対話を推進※官邸の外交・安保の司令塔機能を再編、強化=情報収集機能の強化

5、党改革:新たな時代の責任政党のビジョン

※候補者選定で公募、予備選挙の活用を徹底

6、「戦後レジーム」から、新たな船出を

※21世紀の日本の国家像にふさわしい新たな憲法制定に取り組む※国連常任理事国入りを目指す(毎日新聞) - 9月2日10時26分更新


◆コメント:「美しさ」は主観的概念であるが・・・。

とにかく、安倍晋三氏の総裁選向けキャッチフレーズは「美しい国、日本」である。

上に一応記事を載せたが、これは要約である。要約には主観が入る。

無料パソコンテレビGyaoが安倍官房長官 総裁選出馬会見をノーカットで流してくれている(役40分)ので、見た。



これは、安倍ちゃん、早すぎたね。親父さん(故・安倍晋太郎氏)がなれないで逝ってしまったのを見て

「なれるときになっておくものだ」とずっと考えていたのだろう。

安倍氏が宰相になるだろうが、「中継ぎ」党首(←誤変換じゃありません。わざと「投手」に引っかけたのです)だろう。

知能や論理性では、麻生、谷垣に劣るが、小泉純一郎氏以来特に顕著な「人気」で政治家を選ぶ世の中の風潮を上手に利用している。

党首討論、大丈夫?相手は海千山千の小沢一郎だよ?



それは大きなお世話だろうが、上に載せた毎日新聞の記事「具体的政策」を読むと

一体これらの何処が「美しさ」を体現しているのか良く分からない。冒頭に、

○文化・伝統・自然・歴史を大切にする国=日本にふさわしい憲法の制定

▽開かれた保守主義▽歴史遺産や景観、伝統文化等を大切にする▽家族の価値や地域のあたたかさの再生

と書いてあるが、「文化・伝統・自然・歴史を大切にする」ことと「憲法改正」がどうして結びつくのだろうか?

色々いっているが、憲法改正は第9条のことだろう。国の交戦権、集団的自衛権を認めたいのだろう。

だから、気をつけて読むと、「平和を維持する」という言葉がないのだ



「大切にするもの」に挙げているのは「文化・伝統・自然・歴史」であり、国民の平和的生存権を挙げていない。

「憲法改正」は最後のほうにもう一度出てくる。

※21世紀の日本の国家像にふさわしい新たな憲法制定に取り組む※国連常任理事国入りを目指す。

だから、「21世紀の日本の国家像」とは何なんだよ?今は黙っておいて、首相になった途端、「日本を戦争が出来る国にします」というつもり?


◆主張する外交←アメリカにも主張しろよ。

「主張する外交」は威勢が良いが、「日米体制を強化し」という。

それでは、今までと変わりがない。

早トチリしてここまで読んで、ブログにコメントを書いたりメールを送ってくる人がいると面倒なので先回りして書いておくけれども、

私は日米安全保障条約を破棄せよ、と述べているのではない。内政問題である。

今までと変わりがないということは、結局アメリカの言いなりではないか。

アメリカが毎年「年次改革要望書」を日本政府に提出するという「超内政干渉」を行っていることは、

関岡英之氏の「拒否できない日本」ですっかり有名になった。

私の日記でもこれまでに取り上げている。

2005年08月28日(日) 小泉首相が、郵政民営化にあれほどムキになる理由。

2005年09月30日(金)  「拒否できない日本」に書いてあることは、米国大使館の日本語ページで読める。

2006年08月13日(日)  「『健康保険法等の一部を改正する法律案』の内容は、あまりにも酷だ」で書き忘れましたが、背後には米国がいます。

少なくとも、この三本の記事である。



安倍氏の「主張する外交」が念頭に置いている対象は中国・韓国・北朝鮮その他アジア諸国だろう。

北朝鮮なんか、勿論主張して良いんですけどね。

北朝鮮拉致問題に関しては官房副長官だった頃よりも、何だかやる気がなくなっているように見える。

「いつまでに」「どのような解決」を目指す、のかを具体的に提示しない(出来ないのだろうが)ので、そのような印象を受ける訳だ。



それはさておき相手が同じ黄色人種だと強気に出るのに、日本人にとっての「ガイジン」即ち白人、黒人に対しては、今までと変らないのでは、いささかみっともない。



むしろ、安倍氏の思想自体がかなりラディカルであるから、米国と共に自衛隊を動かしたくて仕方がないのではないか。

JIROの独断的日記ココログ版にいただいたトラックバックで、安倍氏は小泉純一郎よりも危険だ、というご意見があったが、同感だ。



小泉首相の行動規範は何であったかというと、民主党の岩國哲人氏の言葉をお借りするなら、「常時・ブッシュ」であり、

ブッシュの言うことを聞き入れていれば、首相の座は安泰だというだけのことだった。

これに対して、安倍晋三氏は、北朝鮮のミサイル発射騒ぎのときにも「先制攻撃論」をぶちまけていたし、日本は小型核兵器を保有しても良いのではないか、と主張する人だ。

元来過激なのである。



即ち、小泉首相が「受動的対米協調」だとすれば、「安倍新総裁」は「能動的対米協調主義者」であると見ていい。

あの人殺し国家と気が合うというのは、かなりヤバい。

前述したが、政権構想の中に、「平和を守る」という趣旨の言葉が全然無いのが、安倍氏の潜在意識を物語っているように思われる。


◆教育の抜本的改革←何も分かっていない。

数日前2006年08月27日(日)  政治家が、自分が書いた本の通りに政治を行うと思っている人はかなり、おめでたい。にも書いたが、

子供がいない人は内閣総理大臣になるべきではない。繰り返すが、私は、「子供が欲しいけれども出来ない一般の人々」に他意はない。



一国の宰相になるひとは子育ての苦労を経験しているべきだ。

文春新書の「美しい国へ」の中で、

安倍氏は、「ダメ教師には辞めていただく」と書いている。

この一文を読んで、私は「あ、この人、公立小中学校へ足を運んだことがないな」と思った。

私の息子は日本でも環境が一番良いと言われている都下某市の公立小学校へ通った(今は私立中学に通っている)。

小学校へは、授業参観など何度も見に行ったが、今の公立学校のひどさは、想像を絶する。

「ダメ教師に辞めていただく」と簡単に書くのは、それを補完する優秀な教師がどこかにいる、と安倍氏が考えている証左である。

それが、何も分かっていないというのだ。「ダメ教師」ばかりなのである。

安倍晋三氏は、小学校から大学まで成蹊である。

受験を経験したことが無い。

クラスに貧しい家庭の子供もいなかったし(成蹊という学校はカネがかかるのだ)、

両親が働かなければ家計を維持できない家庭のことも知識としては知っていても見たことはない。

成蹊(に限らず有名私立校)は給料が良いから、教師も良い教師が集まる。

だから、簡単にダメ教師には辞めていただき、良い教師と替えればいいじゃないか、という発想が出てくるのだろう。

全然、現実を把握していない。


◆最後にもう一度言うが、「美しい国」にするために憲法を変えなければならない論理的必然性が分からない。

分からないのは当たり前である。論理的必然性は無いからだ。



安倍氏の過去の発言に鑑み、日本国憲法第9条を改正して、日本の交戦権、集団的自衛権の行使を可能にすることが、憲法改正の唯一最大の目的なのだ。



それを、いくら今は人気があるとはいえ、テレビで「日本を戦争が出来る国にする」といったら、一般大衆の反感を買うことは明らかなので、

「21世紀の日本の国家像にふさわしい新たな憲法制定に取り組む」

というひびきの良い、しかし、具体的には何も意味していない言葉にすげ替えている。

各マスコミもそんなこと百も承知なのだから、「どうして、それほど憲法9条を変えたいのですか?」とストレートな質問をぶつければいいのに誰もやらない。

だから、こうして私は繰り返し、書いている。

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2006.09.01

ベルリン・フィル 第一コンサートマスターを23年間務めている日本人バイオリニストがいます。お薦めCDも。

◆ベルリン・フィル 第一コンサートマスターを23年間務めている日本人バイオリニストがいます。

安永徹さんというバイオリニストがいます。

1951年生まれ。福岡出身。(因みに、日本人の苗字で~永というのは、皆九州です。松永、徳永、吉永、朝永etc.)



江藤俊哉という日本一のバイオリンの先生に習って、毎コンで一位になり、

ドイツに留学して、その時のベルリン・フィルハーモニーのコンサートマスターだった、ミッシェル・シュバルベ(年配のクラシックファンのかた、懐かしいでしょう?)

に習い、先生の薦めもあってベルリン・フィルのオーディションを受け(コンサートマスターの弟子だから優先的に入れる、などという甘い世界ではありません。

100人のベルリン・フィルの楽員全員の前で、ソロを弾くのです)、合格して、試用期間を経て、1977年に第一バイオリン奏者になります。


◆コンサートマスターになるのは、「年功序列」ではありません。

コンサートマスターは、第一バイオリンの首席奏者ですが、同時に弦楽器セクション(第一、第二バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス)のリーダーであり、

更にオーケストラ全体のリーダー(実際、英語ではコンサートマスターの事をリーダーと言います)です。指揮者とオーケストラの仲介役とでもいうのかなあ・・・。

指揮者の棒だけで分からないときは、コンサートマスターが何らかの合図を、発信して合奏を整えます。



だから、バイオリンが上手いだけではなく、指揮者と同じぐらいスコアを勉強して、曲全体を把握出来ていなければなりません。

コンサートマスターになるためには第一バイオリンで長年弾いていれば良いというものではありません。

入団のときとは別に「コンサートマスターのオーディション」を受けます。

オーケストラ全員の投票で、「やらせてみよう」となっても、まだ試練が待っています。

そこから2年間は、「仮採用」なのです。本番の度に団員全員から、

「あいつはベルリン・フィルハーモニーのコンサートマスターとして適任か」観察されます。

2年経ったところで、楽員全員が討議を行います。



安永さんのバイオリンのテクニックは全く問題がない。ただ、オーケストラの(少なくともベルリンフィルの)楽員たちは、

ベルリンフィルのコンサートマスターは、並の人間では務まらない。と考えている訳です。

特に、審査対象者がドイツ人だったら、身体にドイツ音楽、西洋音楽の血が流れている。ところが、安永は違う。

世界中から超一流の指揮者ばかりやってきていろいろ注文を付けるときに、

ベルリンフィルがそれまで築き上げてきた歴史を継承する勇気と決断力があるか?というようなことで、一時間半も討論が続いたそうです。

最終的には投票で決まります。討議に出席している楽員の3分の2以上の賛成が無ければ、2年間の苦労も水泡に帰するのです。

結果は3分の2を遙かに超える団員が、安永さんはコンサートマスターとして適任である、と判断しました。

安永さんは、その知らせを聞いた時に、嬉しいというよりも、責任の大きさを改めて考え、暫く沈黙してしまったそうです。

1983年のことです。それからもう23年も安永さんは世界一のオーケストラ、ベルリンフィルのコンサートマスターを務めています。

ものすごいことです。

ピアニストがショパンコンクールやチャイコフスキーコンクールで優勝するのも、勿論大変な研鑽を積まなければなりませんから、立派です。

しかしながら、コンクールは「その日、その場所で誰が一番上手かったか?」を評価しているに過ぎず、「瞬間最大風速」のようなものです。

安永さんが23年間、ベルリンフィルのコンサートマスターを務めているということは、ずっと「最大風速」を保っているようなものです。

私はロンドンで、ベルリンフィルを何度も聴きました。安永さんがコンマスの時(コンマスは3人います。交替でやります)、

日本人として、どれほど、誇らしく思ったか、言葉で書き表せないほどです。

イチローや松井も立派ですが、日本人はもう少し他のことに目を向けるべきです。

安永さんの事を書くのは二回目ですが、まだまだ、書き尽くせていません。
安永さんの素晴らしい音、卓越したテクニック、教養を感じる音楽をデュオ・コンサート 安永徹

で聴いてください。

私は古今の色々なバイオリンの名手の演奏を聴きましたが、これが、一番好きなバイオリンのCDです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »