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2006.11.25

「事故調委、同型車両使いブレーキ試験 尼崎JR脱線」←何の話かわかりますか?

◆記事:事故調委、同型車両使いブレーキ試験 尼崎JR脱線

尼崎JR脱線事故で、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(事故調委)は十七日、

JR山陽線大久保-英賀保間で、事故車両と同じ207系を使ったブレーキ性能試験を実施し、報道関係者に公開した。

試験車両には事故調委の調査官ら十三人が乗車。

事故車両と同じ七両編成に、測定機器や定員が乗車した重量として一両あたり八-九トンの「水タンク」を搭載し、両駅間を三往復した。

その間、片道六回ずつ常用ブレーキや非常ブレーキで停車。速度は時速百二十キロと百キロで試した。

試験は十三-十八日のうちの四日間で実施。事故調委はこれまでの調査で得たデータとともに分析を進め、近く「事実関係報告書」をまとめる。

その後、学識者らに見解を求める意見聴取会を開き、本年度中に最終報告書を作成する予定。

事故調委は昨年六月にも宝塚-尼崎間で同系車両を走らせる実車試験を行い、

事故現場のカーブや伊丹駅などで事故車両の走行を再現している。(神戸新聞 2006/11/18 )


◆コメント:事故原因はいまだに不明である。事故直後の報道の劣悪さ、一般人のJR西日本社員への暴行はひどいものだった。

昨日の日記には「わずか2週間前に竜巻があったのを忘れてしまうが・・・」と書いた。

それを考えると矛盾しているのだが、JR福知山線の脱線事故は一年半以上も前のことだが、かなりはっきりと記憶している。



事故そのものの悲惨さはもちろんだが、あの時に私が猛烈に腹が立ち、また、ブログの世界で問題となったのは、

JRの対応よりも、JRを殆ど結託して「吊し上げ」ていたマスコミ各社の態度の悪さ、つまり報道姿勢であった。

JR西日本社長の記者会見で、ものすごく傲慢・乱暴・無礼な記者の声がテレビに流れ、

あいつは一体誰だというはなしになり、読売新聞の記者であることが判明し、同社に読者から抗議が殺到し、

ついに、5月12日読売大阪本社は「不適切発言でおわび」をしたほどである。

世論にマスコミが動かされた、という意味では(事故自体は無論悲惨だが)、注目すべき出来事だった。

私も、及ばずながら、事故当時何度も記事を書いた。


私が何を訴えたかったかというと、一言でいえば
「事故の原因が解明されるまでは、責任の所在は分からないのに、JRに全て責任があるかの如き記事を書くべきではない」

ということである。

もっと簡単にすると

「原因が分からないうちは、誰の責任か分からない」という、当たり前のことを書いている。


◆事故原因が分からなければ、誰の責任かわからない、という当たり前のことが分からなかったマスコミ。

事故直後、私が最初に書いたのは、

「尼崎事故、特異な「転覆脱線」か」今、冷静に考え、客観的に言えることは、「原因はまだ不明」ということだ。

という記事だが、これも上で書いたとおり、内容は「原因が分からないのだから、誰の責任か分からないじゃないか」という当たり前の論理である。

当時、明らかだった「事実」は「福知山線の電車が脱線転覆して100名を超える死者と多数の負傷者が出た。」

ということだけだったのである。


電車が脱線した、ということは、それを引き起こした物理的な要因がある筈だ。

しかし、それが何なのか、ただちに解明するのは無理であることは素人でも想像がつく。

理数系に極めて弱い頭脳の持ち主である私ですら、


  • 単純にカーブに対して速すぎるスピードで事故箇所を通過しようとして遠心力で脱線したのか。

  • 車体に何らかの不備があったためか。

  • あったとしたら、整備不良なのか、

  • 車両そのものの構造上(設計上)の問題なのか、

  • 又は、事故車両固有の製造過程におけるミスがあったのか。

  • 設計上問題がなかったのに、使用年数が長く、車体部品が破損したのか。

  • 軌道(レール)に問題は無かったか。誰かが「置き石」などのイタズラをしていなかったか。

  • 軌道の保全に問題は無かったか。


ぐらいのことはすぐに思いつく。

専門家なら、さらに詳細な、「事故原因の可能性」が頭に浮かぶだろう。

そして、その「物理的要因」が解明されてから、初めて、「それは防ぐことができたのか?」という、

「人的要因」への考察が為されるべきである。

「人的要因」とは、焦点を運転士に限ってみても、

  • 運転士個人の問題か。

  • そうだとすれば如何なる種類の問題か。

  • 技量の問題か。

  • 運転技術について、定期的な試験(航空機のパイロットが受けるような)を課していたか。

  • 身体的問題が事故当時、運転士に起きていなかったか(居眠り、心臓発作、脳血管障害、精神的障害)。

  • 仮に起きていたとしたら、それは、事前に運航管理担当部署が把握できた種類のものか。たとえば、

  • 運転士の健康診断はしていたのか。

  • していたならば、何らかの異常は無かったのか否か。


と、枚挙にいとまがない。そこで何らかの問題が発見されたならば、次にその管理責任は問われるべきものか、

または、突発的、又は、極めて例外的で管理不可能な種類のものだったのか。

という順番で、冷静に論理的に検証を進めるべきである。

それらを一切、飛ばして、マスコミは最初からJRの監督責任だ、と決めつけたのである。


◆過去には「不可抗力」による脱線事故もあるのだ。

一般論として述べるならば、「誰の責任でも無い」場合さえあり得る。

過去に例があるのだ。



東京と千葉を結ぶ東京地下鉄(東京メトロ。昔は「営団」と云った)東西線という地下鉄がある。

地下鉄であるが、一部の区間では地上を走る。

特に、荒川(という川)鉄橋(荒川中川橋梁)は長さが1,236メートルもあり、

今調べたら「常に『日本の鉄道の長い橋ランキング』では上位に位置している(ウィキペディア)」そうだ。



この通称「荒川鉄橋」で、1978(昭和53)年、列車が「竜巻」による強風を受けて、転覆し3両が脱線し、20数名が負傷する事故が起きた。

事故調査記録を読んだわけではなく、事故から随分時間が経ってから、テレビで解説を聞いただけだがはっきり覚えている。

たしか「NHK特集」でこの事故の原因に関して解説があった。番組名ははっきり覚えていないが、とにかくNHKである。



これによると、事故当時、付近で生じた「竜巻」は、先日、北海道佐呂間町で犠牲者を出したほど大きなものではなかった。

むしろ「竜巻」というよりも、「つむじ風」の強烈なもの、というぐらいのものだったという。

しかしながら、驚くべきことに、このつむじ風から、電車の側面に、一定時間にわたって、ほぼ周期的に強風が当たった。

この「周期」が全く偶然だが、電車の横揺れの「固有振動数」とほぼ一致していたらしい。

「固有振動数」とは、たとえば、振り子を揺らしたときに自然に生じる周期。

おもりをつるす紐が短ければ周期は短いし、長ければ逆になる。



この頃の人は知っているかどうか分からないが、「一休とんち話」で「固有振動数に関わる話がある。

「一休さん」がお寺の重い鐘(かね)を指一本で動かしてみろ、といわれる。

一休さんは人差し指一本で鐘を押してみて、鐘の「固有振動数」(もちろん、そんな言葉は出てこないが)を感覚で探り当て、

最初は数ミリしか動かなかった鐘を段々と大きく揺らせることに成功する、という話である。



これが、なんと電車と風の関係で発生した訳である。当時の現場付近の風向・風力を調べた結果、

それらは、当初想像していたよりも弱かったのだが、完全に偶発的に、今述べたようなことが起きた。



このようなことは、到底路線設定時には予想できず、また、風に関しても、突発的な風だったことから、

事前に運休するのも無理だった。

従って、この事故は「不可抗力」としかいいようが無く、誰の責任でもない。という結論だった。

歴史的事実として、こういうことがあるのだ。


◆いまだに、原因は特定できていないのに、事故が起きた日から「JR西日本の責任」を追及したマスコミは謝らないのか。

いまだに、原因が特定できないことが、工学的にやむを得ないことなのかどうかは分からないが、兎にも角にも、

「福知山線脱線転覆事故の原因は解明されていない」のである。



繰り返すが、私は事故の2日後の日記からずっと(読んで頂けば分かるが)、

「事故原因が分からないのに、あたかもJR西日本に責任があることが確定したかのような印象を与える報道は誤解を招き、正しくない」

と書き続けた。

あのとき、記者会見で、JRの幹部に罵声を浴びせたマスコミ各社。

全く事故とは関係がないJR西日本の社員に暴力を振るった、その地域の一般人

(全然関係無い路線の女性運転士が駅のホームで、男に蹴られて、線路に転落しそうになり、その後怖くて運転できなくなった、というひどい話を、私ははっきりと記憶している)。

自分のしたことをどう考えているのか。



もうすぐ忘年会の季節だが、「忘年会」に相当する単語は他言語には存在しない。

心理学者の岸田秀氏によると、例えば欧米人にとって、「時間」は「直線」であり、数直線のごとく真横に無限に延びるものであるのに対して、

日本人の頭の中では時間の概念はあたかもアナログ時計のような「円」になっていて、一回りしたら最初に戻り、「ご破算で願いましては」になるという。

なるほど、そうかも知れない。日本人は時間が経てば、大抵のことは何となくうやむやで終わらせる。



それがプラスの面を持つこともあるが(執念深くない、ということである)、

社会のあらゆる分野で、同じような問題が何度も起きるのは、ひとつには、この「忘れっぽさ」に原因があるのではないか。

うやむやにしてはいけないことがあるのだ。

マスコミや、JR社員に乱暴した人は、JR西日本に謝るべきではないでしょうか。

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