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2007.01.17

ご協力御礼/阪神・淡路大震災から12年。黙祷。

◆ココログメンテナンス中、ご協力御礼。

下に書きましたが、ココログメンテナンス中、更新ができなかったので、普段、JIROの独断的日記ココログ版をご覧の方に、

エンピツへアクセスしていただきました。

ご協力、誠に有難うございました。

ココログのメンテナンスが終了したとのことですので、エンピツと同じ文章ですが、こちらでも更新いたします。


◆所感:BBCが大事件として、真剣に誠実に報道していました。

阪神・淡路大震災が発生した当時、私はロンドンに駐在していました。

冬時間だと、英国は日本より9時間遅れていますから、大地震が起きたのは、英国時間では16日の20時46分でした。

直ぐに、臨時ニュースに切り替えられ、英国の各メディアの特派員が、とりあえず、日本のメディアの映像を借りて、

できる限りの情報を、正確に伝えていました。センセーショナリズムに走らなかったことに、感心しました。



時間の経過と共に、様々な映像が届きました。瞬時に倒壊した、古い家に住んでいた、お年寄りが圧死したり、

挟まれて、自分は逃げられないが、火事が迫ってくると言って、奥さんや旦那さんは逃げてといって亡くなった方がいらっしゃたこと。



ご両親は助かったけれど、お子さんは、家の下敷きになり既に亡くなっている。

火事が迫ってくる。何とか、ご遺体をを瓦礫から、引き出したいが無理だ。

泣く泣く、お子さんの髪を切って、形見にした親御さんのことを知って、胸が潰れそうでした。


◆それでも、秩序を維持し、驚くべき速さで復興を実現した日本人

私は、海外にいたので、欧米人がこの日本の悲劇をどのように捉えるか。

特にマスコミがどのように取り上げるかを見ていました。

イギリス人は「地震」という天災を知らないので、最初はあまりの被害のものすごさに、絶句していました。

やがて、多くの人が被災して、避難所暮らしを余儀なくされたのに、皆我慢して、暴徒化しなかったことを取り上げ、

「さすがは、あの戦後の焼け野原から、世界第2位の経済大国になった国民だけのことはある」

という、社説が出ました。驚嘆していたのです。

さらに、全国からボランティアが駆けつけたことも、大きく取り上げられました。

今、調べたら、現地で被災者支援のボランティアに参加した人は、一日平均2万人。3か月で延べ117万人に達しました。

壊滅した、電気・ガス・水道などのインフラの復興には、他府県の電力会社やガス会社などの社員が駆けつけました。

この様子も、詳細に書かれていました。


◆よりによって、時の首相が、村山総理(社会党)だった不運。

当時の首相は、決断の遅い村山首相でした。

自衛隊員は、さぞ、一刻も早く現地入りしたかったでしょう。

災害派遣は、首相でなくても、防衛庁長官や、自衛隊の方面総監や師団長、駐屯地指令(二佐=中佐)ですら命ずることができるのですが、

阪神・淡路大震災は1万数千人、中国・四国・中部地方をガラ空きにするほどの多数の自衛官を出動させるためには、やはり内閣総理大臣の

出動命令が必要でしたが、グズグズして発令が遅れました。

一方、道路は、阪神高速神戸線(高架)が倒壊していたので、下の道が大渋滞が発生し、自衛隊が到着するまでに3日もかかりました。

現地に到着してからの自衛隊の活動はめざましいものがありました。

出動が遅れたのは自衛隊の所為ではありません。これは勘違いしないようにしなければいけません。

後に国会で村山首相は、「何故、命令が遅れたのか」と問われて、

「なにぶん、はじめてのことでございますので」

と答弁して、大顰蹙をかったのです。

この年の日本は本当にツイていなかった。

震災から、2か月後、3月20日。地下鉄サリン事件が起きたのです。まだ首相は村山さんでした。

サリン事件の報告を受けた村山首相の言葉は、
「この前は、西(関西)で、こんどは東か・・・」

でした。

私は遠い異国にいましたが、怒りに気が遠くなりかけたのを覚えています。

それはさておき、阪神・淡路大震災ではボランティアの活躍がめざましかったのは先に述べたとおりですが、海外で高く評価されていました。

現地に行かなくても、義援金や物資を提供したり、負傷者の治療用の血液を確保するために献血に協力した人を含めれば、

ものすごい数の人々が、被災者に手をさしのべたのです。

だから、1月17日は「ボランティアの日」なのです。

云うまでもなく、震災は無かった方が良いに決まっています。6,436人もの方が犠牲になったのですから。


◆マスコミは「日本人の優秀さ」を想い出させろ。

しかし、これほどの悲劇にもめげず、復興の過程において、また、今も尚色々と問題は残っているでしょうが、

あの、横倒しになった阪神高速神戸線や、陥没した地下鉄の駅を、世界の他の国の感覚では、

「あっという間に」元通りにしてしまう日本人の勤勉さと優秀さは、世界中見回しても群を抜いていると思います。

結局、この国を支えているのは、無名の一般国民なのです。マスコミは、そういうことをもっと伝えて欲しいとおもいます。

バラバラ殺人の兄妹の話は、もういいです。一回聞けば分かります。

事の軽重を考えていただきたい。

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コメント

蛇足ですが…。


日本が誇る世界のトランペッター、タイガー大越さんも、被災された一人です。たまたま神戸の実家に帰省されたときに被災され、復帰するまでに大変な思いをされたようです。

インタビュー記事を読んだのですが、胸が詰まって、仕方なかったです。(パイパース278、279号)

投稿: Nべ | 2007.01.21 08:39

てんけいさん、こんにちは。ブログ(震災のことを綴られた稿)を拝読しました。

大変な思いをなさったのですね。お母様がご無事で何よりでした。

新聞では決して分からないことも知ることができました。ありがとうございます。

亡くなった友達にせめて死に化粧をしたい、と口紅を物色していた女子校生のこと、

また、お子さんが亡くなったのに、救助を手伝ってくれた人々にお礼をいう、親御さんの話、

読んでいて泣けてきました。こうしたことは、もっと知られるべきですね。

「政務調査費」に充当する予算があるなら、全部被災者救済に使え!と

神戸市議会に怒鳴り込みに行きたい気分です。


日本政府の対応に関しても、全くおっしゃるとおりです。

銀行の救済に10兆円も使うのなら、何故被災者の二重住宅ローンの少なくとも片方を
棒引きにするために使わないのか?と怒りを抑えきれません。

貴重なお話を、ありがとうございました。

投稿: JIRO | 2007.01.21 02:14

Nべさん、こんにちは。レスが遅くて申し訳ありません。

>あれ以来、地面が揺れると平静でいられなくなりました。今では大分とマシになりまし
>たが、一時期はどうしようもないくらい心拍があがり、膝が笑って押さえが効かない状
>態でした。レッスン中に揺れて、その後楽器が吹けなくなって途中で帰ったこともあり
>ましたね…。

うーん。そういう方が大変多いと聞いていますが、Nべさんもやはりそうですか。
PTSDですよね。グラッと来ると、心拍数が上がったりするのは、「フラッシュバック」
(災害当時の記憶が蘇る)の一種でしょうから。


そういう方で、本格的なメンタルケアを今でも必要とする方は多いと思うのですが、
精神科でも、PTSDの診断・治療はそれ自体一つの専門領域で、数が足りないらしいです。

2か月後に東京で起きた、地下鉄サリン事件で、肉体的には回復したけれども、凄く疲れやすくなったとか、
「やる気」がどうしてもでない、という症状が残っているのに、地震に比べると被害者の絶対数が少なくて、
職場で理解が得られず、泣く泣く仕事を辞めざるを得なくなった方もいるそうです。

日本は自然災害が多い国で、被害者や救助に携わった方で、PTSDに悩む人が多いのは、分かり切ったことなのですが、
国がどれほど、専門家の養成に注力しているのか、甚だ、心許ない。

全く、政治家と役人は役に立たない奴らです。

投稿: JIRO | 2007.01.21 02:11

JIROさんへ こんばんは。
書きたくないような、忘れてしまいそうな、また、忘れたいような、震災の記憶なのですが、十三回忌でもありますし、昨日より、少し書き始めました。
3回くらい、続けようかナー、と思ってます。失礼しました。

投稿: てんけい | 2007.01.18 19:32

先日はコメントありがとうございました。
 
 
あの時、僕は高校生でした。グラッときた瞬間に飛び起き、家族を見捨てて(苦笑)家を飛び出したのですが、その後自分の寝床に戻ってみると、枕のところで本棚の上に置いてあった花瓶が粉々になってました…。
  
 

あれ以来、地面が揺れると平静でいられなくなりました。今では大分とマシになりましたが、一時期はどうしようもないくらい心拍があがり、膝が笑って押さえが効かない状態でした。レッスン中に揺れて、その後楽器が吹けなくなって途中で帰ったこともありましたね…。
 
 
 
あれから、もう12年なんですね…。

投稿: Nべ | 2007.01.18 00:18

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