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2007年12月

2007.12.31

ベートーベン交響曲全曲演奏シリーズ、完結。交響曲第9番 第三楽章、第四楽章 長らくお付き合い頂きありがとうございました。

ベートーベンの交響曲を、原則として一回に1楽章ずつアップしていけば、クラシックに馴染みの無い方にも、西洋音楽のど真ん中に位置するこの

名曲群に、親しみを持っていただけるかも知れない、と急に思いついたのは、11月でした。

交響曲第1番の第一楽章をアップしたのは、11月14日でした。今日で47日目です。


本当はもう少し余裕をもって、第九までたどり着くはずでしたが、途中、ニュースが深刻すぎて、音楽をアップする気にならなかったり、

ベートーベンの連続では、皆様も食傷気味だろう、と、寄り道をしたり、

また、ある時は単純に私が疲れて眠ってしまい、ブログ・日記そのものを更新できなかったりして、ギリギリの終わり方となりました。

しかし、兎にも角にも大晦日に第九の終わりまでアップ出来て良かったです。

読者の皆様、お付き合い頂き、誠にありがとうございます。


◆ベートーベン交響曲全曲演奏シリーズ:交響曲第9番 第三楽章、第四楽章

第三楽章は、人間の精神の最も美しい部分だけを抽出して「音楽」にすると、こうなるよ、という見本のような作品です。

ベートーベンの全ての交響曲で最も美しい楽章ではないかと、私は思います。

所々であたかも(川端康成じゃないですけど)トンネルを抜け、急に風景が変わったように感じられる箇所がいくつもあります。

調性や拍子が幾度も切り替わるからです。調性だけ拾っても、

変ロ長調→ニ長調→変ロ長調→ト長調→変ホ長調→変ロ長調と5回も転調するのです。

拍子は、

四分の四→四分の三→四分の四→四分の三→四分の四→八分の十二

と、やはり、五回変えています。

音楽自体は、ごく自然に流れますが、あくまでベートーベンは綿密に構想を練り上げて作曲している。

当たり前なのですが、作曲とはそういうことです。

それでは、第三楽章をどうぞ。



殆ど間を置かずに第四楽章を演奏するのが普通です。




第四楽章は見事な設計ですね。ファンファーレの後、チェロとコントラバスがレチタティーヴォを弾き、

再生開始後3分30秒後に、同じくチェロ、コントラバスが「歓喜の歌」を弾きます。ここは、淡々と無表情に弾くのが良いのです。

それをヴィオラが引き継ぎ、ファゴットがオブリガート(対旋律)をつけます。

これ以上説明するとキリがないので、約30分の終楽章をお聴き下さい。


これも、一番終わりは全てのパートにフェルマータ付きの休止符です。ゲネラル・パウゼ(総休止)といいます。

だから、本当は、最後の音が鳴り終わるか鳴り終わらないかで、「ブラボー」とやるのは、ベートーベンはあまり嬉しくないと思いますが、

今年の第九演奏会はとっくに終わってますね(笑)。


ベートーベン自身は一度もこの曲を自分の耳で聴くことがなかった訳です。頭の中で鳴っていただけです。

この曲で大金持ちになったわけでもない。自らは死に、この交響曲は、永遠の生命を授かりました。

それを考えると、泣けます。


年末帰省なさる方も多いでしょうが、第九を年始に聴いていけない理由は全くありませんので、いつでも聴いて下さい。

皆様、本年も格別のご厚情を賜り、誠にありがとうございました。

来年も駄文にお付き合いいただければ有難く存じます。

どうぞ、よいお年をお迎えください。

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2007.12.30

年末年始のクラシック音楽番組より。森麻季さん、N響の第九、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートなど。

◆年末年始無関係に働いている方々に感謝。

 普段の年なら今日はまだ働いているが、今年はカレンダー運が良く、休みが少々長い。

 しかし、そんなこととは関係なく働いている方々がいらっしゃるおかげで、こちらが年末年始をすごせることに感謝したい。

 過去、何度も引用した、アルバート・アインシュタインの言葉を、今日も、載せる。
 

私は、自分の肉体的・精神的生存のほぼ100パーセントが他人の労働のおかげで支えられていることを1日に100編は自らに言い聞かせている。

◆年末年始のクラシック音楽番組のお薦め。

 これから書くことは、「私のお薦め」である。

年末年始のクラシック番組を網羅(というほど、数は無いけどね)しているわけではないこと、また、放送日、時間が前後すること予めお断りしておく。

◆森麻季さん。1月3日 NHK教育 19:00~21:00「ニューイヤー・オペラコンサート」

この番組は、大晦日の紅白歌合戦になぞらえて、「クラシックの紅白」などと呼ぶ人もいるが、あまり例えて欲しくない。

しかし、実を言うと、私は今までこの番組を真面目に見ようと思ったことがない。はっきり言って今まで感心するほど上手い日本人オペラ歌手(声楽家)が

いなかったからである。海外のオペラハウスで「本当に」活躍している日本人は今までは、テノールの市原多郎(いちはらたろう)氏ぐらいだったが、

森麻季さんが、新しい歴史を加えた。

前回、森麻季さんがテレビに映ったのは「歌謡チャリティーコンサート」で「からたちの花」を歌っただけだったが、

今回は本格的なコンサート(オペラ)プログラムを聴けるだろう。

少し、話が逸れる。森さんの「からたちの花」で感心したことがある。

西洋音楽の発声は「西洋」のものだから、イタリア語、ドイツ語、フランス語(クラシックの英語の歌はあまり、無い)を歌うのには適しているが、

クラシックの発声で日本語の歌曲を歌うと、聞き取りにくい、というのが相場だった。

ところが森さんは違った。実に明瞭に歌詞が聞き取れた。特に難しいのは「や」行の処理である。ya,yu,yoである。

普通に日本語を話している時と同じ調子で、

「からたちのはなが、さいたよ」

を歌うと、最後の「よ」が、「お」に聞こえてしまうのである。このため、クラシックの声楽家は、意識的に「y」を強調する傾向にある。

すると、今度は「y」が強調されすぎて、
「からたちのはなが、さいた ぃよー」

に、聞こえ、いささか気になるのが常だった。ところが森麻季さんは「y」をちょうど良い加減に調整して歌っていた。

こういう演奏は初めて聴いた。そういうことにも日本人の声楽家は神経を配らないといけない。西洋人には無い苦労があるのだ。


◆NHK交響楽団 「第九」31日 NHK教育 20:00~ オーケストラとコーラスを「見て」下さい。

私の日記・ブログでも今日明日で「第九」を終えるが、やはりオーケストラは見た方が楽しい。

昔は、「赤白歌合戦」(わざと誤字にしてます)が始まる前、7時半頃から教育テレビでN響の「第九」を放送し、

「赤白歌合戦」は9時からの約三時間番組だったのである(最近やたらと長くやるから、見ている方もダレて、視聴率が下がるのだと思うが、それはどうでもいい)。

最近は、放送時間が重なるから、両方見たい、という方は、どちらかを録画してご覧になればよろしかろう。


今年の指揮者は1959年生まれのアメリカ人アンドリュー・リットンである。指揮者としてはまだ若い。

終楽章のソリスト(ソプラノ、アルト、テノール、バリトン)も、格別に有名な訳ではないが、N響メンバーの方の日記を拝読する限り、悪くないようだ。

こういってしまっては、実も蓋もないが、ベートーベンの交響曲第九番は、作品自体が非常に優れているので、少々指揮者が未熟でも、何でもいいのである。

N響をはじめとする日本のオーケストラは、今までに何百回も第九を演奏しているから、若い指揮者よりも曲を知っている。

こういう場合、指揮者に求められることは、オーケストラの邪魔をしないことだ。

それよりも、演奏するオーケストラを見る、ことを楽しんでいただきたい。


◆ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート 1月1日(火)NHK教育 19:00~22:00 指揮者がプレートルとは驚いた。

今年の指揮者、ジョルジュ・プレートルはヨーロッパでは良く知られているし、日本でもクラシック好きは良く知っているだろうが、一般にはなじみが薄いと思われる。

ウィーン・フィルもベルリン・フィルも、何度も振った一流の人だが、フランス人で、フランス音楽に造詣が深い。

しかし、大丈夫かね。プレートルは1924年8月生まれだから、83才である。こんな高齢の指揮者があの長丁場(休憩時間はあるものの)を振れるのか、心配だ。

ただ、大変に個性的な人である。私が鮮明に記憶しているのは、1992年、ベルリン・フィルのヴァルトビューネをプレートルが指揮したときのことである。

今更、時間が無いが、DVD「ヴァルトビューネ1992 フレンチ・ナイト」で見ることができる。ほら、「フレンチ」ナイトでしょ?フランスものの専門家だから。

楽しいプログラムであるが、「ボレロ」が見ものだ。これを説明してしまったら興ざめだ。最後、一番盛り上がるところ。

プレートルの指揮(?)、後にも先にも、こういう表現の仕方を見たことが無い。



果たして、プレートルが、ウィンナー・ワルツをどのように振るか、これこそ「見る」べきだ。


◆ベートーベン交響曲全曲演奏シリーズ:交響曲第九番 第二楽章

勿体ぶるわけではないのだが、第三楽章は非常に穏やかな楽章で、唯一最後に休止符のフェルマータがない。ただちに第四楽章を演奏し始める。

その対比が興味深いのである。だから、明日、早めに第三楽章と第四楽章をアップします。


さて、「第九」の第二楽章。ベートーベンは、スケルツォを第2楽章に持ってきた。

この楽章を聴いて、ティンパニに注意が向かない人はいないだろう。

ベートーベンは、今まで紹介した各交響曲のかなりの部分で、それまで存在した楽器を、

かつて使われたことのないような使い方をしたという意味でも革新的である。


運命のときに、書き損ねたが、第三楽章のスケルツォでは、トリオ(中間部)でコントラバスとチェロだけに旋律を弾かせた。極めてユニークである。

私たちは既に良く知っているから驚かないが、初演を聴いた人は驚いたのではないかと思う。

同じ楽章、第三楽章から第四楽章への移行部で、ベートーベンはティンパニにソロを叩かせている。



この楽章は説明するまでもない。5小節目で完全な、ティンパニ・ソロが現れる。この楽章からティンパニを取ったら話にならぬ。

それほど重要な役割を果たしている。

日本で最も高名な(うるさ方はいろいろ言いたいだろうが、まあ、黙ってね?)音楽評論家で吉田秀和という大先生がいる。

相当芸術的というか、感性豊かというか、「音楽を聴く才能」というものが確かに存在することを、私はこの方の著作で知った。

その、いかにも「芸術、芸術」した吉田秀和氏が、ある文章で面白いことを書いていた。

もしも、神様が自分に「1日だけ何の楽器でも良いから自由に弾けるようにしてやる」と言ってくれたら、私は第九の二楽章のティンパニを叩きたい。

という趣旨のものであった。意外だった。

あの先生でも、第九の二楽章のティンパニを「カッコイイ」と思うのだろう。吉田先生、結構ミーハーである。

それ以来、私は吉田秀和氏に勝手に親近感を覚えるようになった。さて、どうぞ。



書き忘れたが、ベートーベンは「運命」でトロンボーンを初めて使った。「田園」でも使った。この楽章でも使っている。

トロンボーンのハーモニーは柔らかい。さて、どの音かわかりますか?分かりにくいと思う。だから、「オーケストラは見るもの」なのだ。

明日もお楽しみに。

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2007.12.29

「卑劣な行為を強く非難=ブット元首相暗殺で米大統領」←てめえ、他人のこと言えた義理か?

◆記事1:卑劣な行為を強く非難=ブット元首相暗殺で米大統領 (12月28日9時57分配信 ロイター)

[クロフォード(米テキサス州) 27日 ロイター] ブッシュ米大統領は27日、パキスタンのブット元首相が暗殺されたことについて

「卑劣な行為を強く非難する」との声明を発表した。ブッシュ大統領は

「パキスタンの民主主義を踏みにじろうとする過激派によって行われた今回の卑劣な行為を、米国は強く非難する。犯罪にかかわった者は裁きを受けねばならない」

と強調した。ブット元首相については、帰国すれば身の危険にさらされると知っていたが、反対勢力が国を導こうとするのを拒否した、と述べた。


◆記事2:「イラク開戦の動機は石油」=グリ-ンスパン前FRB議長、回顧録で暴露 (時事通信 :9月17日15時0分)

【ワシントン17日時事】 18年間にわたって世界経済のかじ取りを担ったグリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長(81)が

17日刊行の回顧録で、2003年春の米軍によるイラク開戦の動機は石油利権だったと暴露し、ブッシュ政権を慌てさせている。

米メディアによると、前議長は

「イラク戦争はおおむね、石油をめぐるものだった。だが悲しいかな、この誰もが知っている事実を認めることは政治的に不都合なのだ」

と断言している。ブッシュ政権は、当時のフセイン政権による大量破壊兵器計画阻止を大義名分に開戦に踏み切ったが、

同兵器は存在しなかったことが後に判明。「石油資源確保が真の目的だった」とする見方は根強く語られてきた。


◆コメント:記事2を読んで、記事1を読んだら、コメント要らないぐらいでしょ?

国際政治上、世界一の大国アメリカの大統領が、ブット暗殺を黙殺するわけにはいかないのは当然であり、何らかのコメントを出すのは当たり前。

それぐらいのことは、私とて百も承知であるけれども、記事1を読み、

おめえなあ。そういうことをいう前に、アメリカの軍隊を派遣して他国人を殺すの、早く止めろや。

と思わざるを得なかった。

記事2のグリーンスパン証言は、誰もが勘づいていたことを、元FRB議長があまりにもはっきりと証言してくれたことで有名である。

アメリカは、大量破壊兵器など存在しないことを知っていて、イラクに言いがかりをつけ、何万人もの、無辜の一般市民(非戦闘員)を殺した。

その前、911テロの直後からアフガニスタン戦争を始め、戦闘を逃れた市民が殺されたのも事実である。

中には、戦闘を逃れるために、山岳部へ逃げたが、国連の救援物資の運搬経路を米国軍が破壊したために、餓死、凍死した市民もいる。

今回のパキスタンでの事件で、アルカイダが犯行声明を発したが、その首謀者ウサマ・ビン・ラディンを、テロリストとして「養成し」たのは、

他ならぬ米国である(この辺りは「国際ニュース解説」の田中宇氏などが詳しい)ことが知られている。

旧ソ連のアフガニスタン侵攻の際に彼を利用し、その後、ポイ捨てされたので、ラディンは怒っているのである。

無論、だからといって、アルカイダのブット元首相暗殺が正当化される訳では無いけれども、

世界で今行われている殺戮と、ゴタゴタの大元は、ブッシュ君、あんたの国の所為なんだよ。

いい加減、それを認め、軍隊を引き上げろよ。馬鹿野郎。



◆ベートーベン交響曲全曲演奏シリーズ 交響曲第9番 ニ短調 作品 125 「合唱付き」第一楽章

何とか、「第九」にたどり着きました。年末までに全曲アップ出来そうです。

どんな作品でも最初に速度指定(メトロノーム・テンポ)の他にアレグロ、とか、アダージョとか、書いてあります。

第九のスコアを見ると、冒頭に、

「アレグロ・マ・ノン・トロッポ、ウン・ポコ・マエストーソ(快活に、しかし速すぎず。そして、やや荘重に)」と書いてあります。

ベートーベンの交響曲で最も長いと思います。これがそのまま、ベートーベンのこの作品への思い入れの強さを表す、

と解釈するのは、あまりにも短絡的かも知れませんが、私は、何か関係が有るように思います。

とにかくですね。

「第九」といったら、最終楽章のバリトン・ソロに始まる「歓喜の歌」だけが、やたらと注目されますが、第一楽章から第三楽章も、

大変な名曲(楽章)なのです。

一つだけ。第一、第二、終楽章の一番最後を見ると(例えばこれは第一楽章の最後のページですが)、

全ての楽器の全てのパートが休止符となっており、しかも、休止符にフェルマータ(長く伸ばす)がついています。

音が鳴っているときだけが「音楽」じゃないのですねえ・・・・。第一楽章をどうぞ。



第二楽章では、ティンパニが大活躍します。お楽しみに。それでは。

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2007.12.28

<パキスタン>ブット元首相が死亡 党集会場で自爆テロ←何故殺されたのか。

◆記事:<パキスタン>ブット元首相が死亡 党集会場で自爆テロ(12月27日22時43分配信 毎日新聞)

【ニューデリー栗田慎一】パキスタンのイスラマバード近郊のラワルピンディで27日、

来年1月8日の総選挙に向けた有力野党「パキスタン人民党」の集会の会場近くで自爆テロがあり、

内務省筋によると同党総裁のベナジル・ブット元首相(54)が死亡した。

総選挙を前に有力政治家のブット氏がテロの犠牲になったことで、パキスタン情勢は混迷を深めそうだ。


◆コメント:パキスタンとは何か

パキスタンとインドはかつて英国の植民地でしたが、1947年、同時に独立しました。

これが悲劇の始まりです。

インドとパキスタン北部にカシミール地方という一帯があります。中国とも国境を接しています。

インドとパキスタンが「同時に」独立しました。インドはヒンズー教徒が多い。パキスタンはイスラム教です。

このため、カシミール地方では、インド-パキスタン国境付近での宗教的対立からの殺し合いが続いています。これが解決しないのです

つまり、パキスタンとインドは仲が非常に悪い。何度も戦争をしています。このため、民主的政治体制が整うヒマが無く、

軍部の力が非常に強いのです。

パキスタン国内政治の歴史を全部書くと、クーデターの繰り返しで、矢鱈とややこしいので、直近だけ書きますと、

今の大統領は、ムシャラフ氏です。1999年にクーデターを起こし(無血クーデターだそうです)、首相になり、2001年6月、

正式に大統領に就任しました。

パキスタンはインドとの紛争が絶えないばかりではなく、911テロの首謀者と見られている、オサマ・ビンラディンと彼の率いる例の「アル・カイーダ」に

が潜伏していると言われてます。それを黙認してるので、アメリカその他の国々からも睨まれていて、国際的にヤバい立場にあります。

だから(それだけが理由ではありませんが)、核を持っているのでしょう。核保有国です。


◆ブット元大統領は10月に8年ぶりにアメリカから帰国したばかりだったのです。

一方、今日、殺されてしまったブット元大統領は、パキスタンの民主化を目指す、「文民」の代表格です。

パキスタン人民党という政党(政党の力は非常に弱いのですが)の党首で、パキスタンが始めて議院内閣制に移行した時の初代首相、

ズルフィカル・アリ・ブット氏の長女です。この親父さんがもともと、パキスタン人民党の党首だったのです。

パキスタンを軍人じゃなくて文民が統治するようにしようとするのがパキスタン人民党で、親父さんは1977年、ちゃんと選挙で人民党が勝利したから首相になったのです。

ところが、今日、殺されたブット女史のオヤジさん、もう一度、フルネームを書きますが、ズルフィカル・アリ・ブット氏も悲劇的な最期でして、

軍部によるクーデターの後処刑されているのです。その志を継いだ長女が、今日殺されたベナジル・ブットさんです。

パキスタン人民党は軍政に批判的だから、命を狙われていたのです。その上、何だか具体的な内容が分からないのですが、夫が汚職疑惑で逮捕されたりして、

ますます、危ないので、アラブ首長国連邦で8年間も亡命していたのです。

間もなく総選挙があるので、10月18日に帰国したのですが、そのときから、イスラム過激派から「帰国したら殺す」と脅迫されていました。

もともと物騒な歴史を積み重ねてきた国で、オヤジさんの悲劇も目の当たりにしているわけですから、ブット女史は殺されるのは覚悟していた、と思います。

しかしねえ。だからといって、殺されて良い訳はないのです。

この国はこのように国内は物騒だし、核を持っているわ、テロリストはかくまうわ、厄介な国なのです。

ブット女史のご冥福を祈ります。


◆ベートーベン交響曲全曲演奏シリーズ 交響曲第8番 第4楽章 プロでも難しい怒濤の三連符

この楽章は、細かい三連符がずっと続くんです。同じ音で三連符ならまだしも、もの凄い速さで弾きながら、音が変わるのです。

当たり前じゃないか、というなかれ。音楽で「3」てのはややこしいです。弦楽器は上げ弓(アップ)下げ弓(ダウン)の2種類しか、弓の動きはありません。

これが、偶数なら、拍の頭はかならず、下げ弓になりますが、3連符だと ↓↑↓/↑↓↑/↓↑↓/となります。言葉で説明しにくいけど、とにかく弾きにくい。

ゆっくりならまだ良いのですが、とにかく速い。私は子どもの頃から、ずっと「この楽章を弾くのは大変なんじゃないかな」と思っておりました。

先日プロのヴィオラ奏者のふっこさんに伺ったらやっぱり、ベテランのプロでも難しいそうです。

いうまでもなく、オーケストラですから、弦楽器は同じパートを十数人で弾く。一人でもずれたら、細かい三連符に聞こえないです。

訓練を積んだ人間の能力はすごいものだ、と改めて感心します。

それから、この楽章ではティンパニがF(ファ)のオクターブにチューニングするように指定されています。第九の第2楽章と同じなのです。

それまで、ティンパニのチューニングは、高い音が主音(長調なら、ド。短調なら、ラ。)低い音が属音(長調なら、ソ。短調なら、ミ。)と、

相場が決まっていました。こう言うところでも、ベートーベンは革新的な試みを行っています。それではどうぞ。





私はやっぱり、8番好きですね。如何でしたか?それではまた。

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2007.12.27

貫地谷しほりという役者は天才である、という確信を抱きつつあります。

◆最初は「スウィングガールズ」でした。

 以前、「スウィングガールズ」をテレビでやってましたね。実は結構好きなんです。あれ。という記事を書いた。

そのちょっと前に、まだ彼女の名前も知らない頃、なんとは無しに眺めていたドラマ(何だったか忘れた)で、やたらと演技力のある子がいて、驚いた。

女房に、あの子はなんて子だい?と訊ねたら、「貫地谷しほりって子よ。『スウィングガールズ』って映画でトランペットを吹いていた子よ」

という。そのときは、演技よりも「トランペット」で俄然興味を持った。へえ、この子、トランペット吹けるのかい、と。

「スウィングガールズ」にすっかりはまってしまった、という話は上のリンク先を読んでいただきたい。

この映画は五月蠅いことを言えばキリがないが、とにかく私は一度ハマるとすごいことになるので、3枚組のDVDを買って、台本も入手したぐらいである。

しかし、今にして思えば、「スウィングガールズ」で貫地谷しほりさんが一番苦労したのは、トランペットを吹けるようになることであって、

「演技」そのものは、彼女にとって、全然難しくなかったと思われる。多分、児戯に等しかった。


◆演技の多様性。

スウィングガールズにおける芝居は、貫地谷さんには、難しくなかっただろうが、

私はそれでもなお、他の役者に無い、並外れた演技力に何となく気が付いた。もう少し確かめたくなった。

そこで、家内に訊いて、他に彼女が出演したドラマ(又はその一部)を見た。「風林火山」の村娘、「大奥」の柳沢吉保の側室、

そして、現在NHKの朝ドラ「ちりとてちん」でのヒロイン和田喜代美役である。

私は勤め人なので、朝ドラを朝見ることは出来ないが録画して見ている。

こんな事をするのは、数十年の人生で、初めてのことである。

理由は、(当たり前だが)面白い、つまり、脚本が大変良く出来ていることと、ヒロイン役の貫地谷しほりさんの演技に毎回感心するからである。


貫地谷さんの演技の何に感心するかというと、その柔軟性、適応性、多様性、である。

「スウィングガールズ」、「大奥」、「風林火山」「ちりとてちん」ではそれぞれ、シチュエーションが全く異なるのだから、台詞の言い回しから何から、

全く違った演技になるのは、これまた当然なのだが、巷で「名優」とか「大物」とか言われる役者の中には、いつでもワンパターンの演技になってしまう人が

けっこう、いるものである。

「また、その表情かい」

「また、その声色(こわいろ)かい」

「また、そのしゃべり方かい」

と言うことだ。

しかしながら、貫地谷しほりさんの演技力で素晴らしいのは、どんな芝居でも出来てしまうことである。

「また、その表情かい」ということが、無い。泣き方、笑い方、あらゆる表情、セリフの言い回し、毎回全部違う。千変万化である。

彼女は1985年12月12日生まれだそうだ。22才になったばかりである。

演技力がある、ということは、演技力そのものの訓練もあるだろうが、それは「技術」であり、それだけでは芝居にならない。

もっと年をとってから役者になった人なら、非常に色々な人生経験を積んでいて、どんな場面にもその経験が応用できる、という例もあるだろうが、

彼女の年齢でそれはあり得ない。すると、貫地谷さんの場合は、ものすごく豊かな想像力を以て、役に入り込めるということだろう。


私は、その才能は並では無いと睨んでいたが、ここに書くのは、今まで少々照れくさいので、mixi日記に「彼女は天才だ」などと書いて、悦に入っていた。

すると、私の考えをますます確信に近づける発言を読んだのである。

それは、「ちりとてちん」で、喜代美の師匠役を演じている渡瀬恒彦氏のものである。


◆63才の渡瀬恒彦氏に「貫地谷はライバルだと思っている」と言わしめる22才。

「ちりとてちん」をご覧の方は、よく御存知だろうが、これは貫地谷さん演ずるところのヒロインが落語家を目指す、というストーリーであり、

渡瀬恒彦氏は、貫地谷さんが弟子入りした落語の師匠、という設定で、当然、サシの芝居も多い。その渡瀬氏が貫地谷さんを

「この子は一種の天才なんじゃないかな」
と、言っている。これは、NHKの雑誌ステラに掲載された渡瀬氏へのインタビューの中ではっきりと述べている。

あまり、きれいに撮れなかったが、その雑誌をスキャンしたので、ご覧頂きたい。全部で3ページ。

「天才」云々は、2ページ目の左下に載っている。その先もお読みいただきたい。

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ダウンロード Stella002.jpg (284.8K)

ダウンロード Stella003.jpg (259.8K)


渡瀬氏は1944年生まれ。今年63才。押しも押されもしないベテラン俳優が、自分の3分の1しか生きていない若い俳優を、

「ライバル」と表現している。このような例を、私は他に知らない。

やはり、私の勘は当たっていたと、気をよくしている。

貫地谷しほりさんがどういう役者になってゆくか、楽しみである。


◆ベートーベン交響曲全曲演奏シリーズ:交響曲第8番 第3楽章 きれいですよ。

この楽章は久しぶりにスケルツォ(速い三拍子)ではなく、通常の3拍子のメヌエット。

冒頭、何拍子か分かりにくいかも知れませんが、アウフタクト、3拍子の3拍目から始まるのです。3/1・2・3/ということです。

中間の「トリオ」という部分、美しいホルンの二重奏があります。何も難しいことはしてません。

1番ホルンは、

ドーレミ/ミーレド/ドミーソ/ソファレ/

です。しかし、2番ホルンとのハーモニーの美しさ。

その後、クラリネットの独擅場ですが、最後、非常に高い音をピアニッシモで吹かなければいけない。

プロなら当然吹けるのですが、まかり間違うと、クラリネットのこういう箇所は「キャッ」というとんでもない音が出るのです。

神経を使うと思います。また、伴奏をしているチェロですが、音が強くなったり弱くなったり、

スフォルツァンド(特定の音にアクセントをつける)が非常に多い。けどそれが独特の効果を生んでいます。

全くベートーベンって人はよくこういうことを考えつくと感心します。では、どうぞ。



書き忘れましたが、トランペットとそれに続くティンパニも曲を引き締めていますね。大変効果的です。

それでは、明日はフィナーレ(終楽章)です。

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2007.12.26

昨夜はアップ出来ないまま寝てしまいました。/ベートーベン交響曲第8番 第2楽章

◆昨夜は疲れて寝てしまいまして・・・。

連休明けなのに・・・、というか、だから・・・というか、妙に疲れまして、前日のブログに頂いたコメントに、

レスをつけて、気が付いたら朝になっていました。

その前のエントリー(親戚の子の留学・・云々)のエントリーにお祝いのメールを下さった方でまだ返信していない方、

誠に申し訳ありません。後ほど必ず。

時間が無いけれど、ベートーベンだけはアップします。


◆ベートーベン交響曲全曲演奏シリーズ:交響曲第8番 第二楽章 珍しいベートーベンのユーモア

この楽章は大変「可愛らしい」のですが、良く考えられていて、ベートーベンが珍しくユーモアを発揮しています。

規則正しくリズムを刻む、木管とホルンは、「メトロノームからヒントを得た」という俗説がありますが、ウソだと思います。

これだけ、多種多様なアイディアが生まれるベートーベンですから、自然に思いついたとしか、思えません。

ヴァイオリンとコントラバスがあたかも会話をしているようですし、ずっとピアニッシモで来ていて、いきなり、チェロとコントラバスがffで

ドレミファソファミレドッ!!

とやります(その後、全弦楽器でやります)。

朝比奈先生も
「こんな(交響曲の)楽章は、後にも先にも無いでしょう」

と言っておられます。それではどうぞ。





面白さ、なんとなくお分かり頂けたでしょうか?それでは。

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2007.12.24

Have A Merry Christmas!! 音楽のクリスマス・プレゼント。

◆まず、お馴染みの曲をイギリスの教会の聖歌隊の美しいコーラスでお聴き下さい。

 私はクリスマスに人を集めて、どんちゃん騒ぎしたりするのは、嫌いなんです。

しかしですね。キリスト教徒にとってやはりクリスマスというのは厳かな日なのですね。

ですから、この日の為に書かれた曲には、言い方が適切じゃないかも知れませんが、「気合いが入っ」ているように思います。

難しい宗教曲はいくらでもありますが、それは、まあ、クリスマスにご紹介しなくても良いでしょう。

今日は、読者の皆様のご多幸を祈って、曲を集めました。

堅苦しいのはありません。お馴染みの曲です。ただ、本当にヨーロッパ人の教会の聖歌隊のコーラスを、

オルガン伴奏でお聴きになったことは、皆さん、あまり、無いのではないかと思いまして、イギリスのある教会に属する聖歌隊の録音から拾いました。



初めはこれです。敢えて曲名を書きません。



これは、ヘンデル作曲となっていることがありますが、本当は、19世紀のアメリカ人、ローウェル・メイソンという人が作曲したそうです。

原語の歌詞は、検索すると少しずつ違うのですが、大体次の通りです。原曲名は"Joy to the World"です(日本では、「もろびと こぞりて」ですね)。

Joy to the world, the Lord is come!

Let earth receive her King;

Let every heart prepare Him room,

And heaven and nature sing,

And heaven and nature sing,

And heaven, and heaven, and nature sing.



Joy to the earth, the Savior reigns!

Let men their songs employ;

While fields and floods, rocks, hills and plains

Repeat the sounding joy,

Repeat the sounding joy,

Repeat, repeat, the sounding joy.



He rules the world with truth and grace,

And makes the nations prove

The glories of His righteousness,

And wonders of His love,

And wonders of His love,

And wonders, wonders, of His love.

次は、「神の御子は」(讃美歌111番)です。原曲名は

"O Come, All Ye Faithful"です。作曲者分からないみたいですね。Traditional(伝承曲)となっています。





歌詞は、全部歌うとかなり長いようですので、最初だけ載せておきます。

O come, all ye faithful, joyful and triumphant,

O come ye, O come ye, to Bethlehem.

Come and behold Him, born the King of angels;



O come, let us adore Him,

O come, let us adore Him,

O come, let us adore Him,

Christ the Lord.



True God of true God, Light from Light Eternal,

Lo, He shuns not the Virgin’s womb;

Son of the Father, begotten, not created;



Refrain(O come,以下繰り返し、の意味)



次は説明不要だと思います。どうぞ。



これも「伝承曲」かと思ったら、作曲者はっきりしてました。オーストリア人で、

FRANZ XAVER GRUBER(フランツ・クサーヴァー・グルーバー)(1787-1863)という人物です。

歌詞は、これ懐かしいな。中学の英語の時間に習いました。
Silent night, holy night!

All is calm, all is bright.

Round yon Virgin, Mother and Child.

Holy infant so tender and mild,

Sleep in heavenly peace,

Sleep in heavenly peace.



Silent night, holy night!

Shepherds quake at the sight.

Glories stream from heaven afar

Heavenly hosts sing Alleluia,

Christ the Savior is born!

Christ the Savior is born.



Silent night, holy night!

Son of God love's pure light.

Radiant beams from Thy holy face

With dawn of redeeming grace,

Jesus Lord, at Thy birth.

Jesus Lord, at Thy birth.

さて、クリスマス・キャロルの最後は、「讃美歌88番」だそうですが、

英語曲名は"Hark! The Herald Angels Sing"ですが、何と、作曲者はメンデルスゾーンです。





英語の歌詞は、大体次の通りです。

Hark! the herald angels sing, "Glory to the newborn King;

Peace on earth, and mercy mild, God and sinners reconciled!"

Joyful, all ye nations, rise, Join the triumph of the skies;

With th' angelic host proclaim, "Christ is born in Bethlehem!"

Hark! the herald angels sing, "Glory to the newborn King."



Christ, by highest heav'n adored; Christ, the everlasting Lord!

Late in time behold him come, Offspring of the Virgin's womb:

Veiled in flesh the Godhead see; Hail, th'incarnate Deity,

Pleased, as man with men to dwell, Jesus, our Emmanuel.

Hark! the herald angels sing, "Glory to the newborn King."



Hail the heav'n-born Prince of peace! Hail the Son of Righteousness!

Light and life to all He brings, Ris'n with healing in His wings.

Mild He lays His glory by, Born that man no more may die,

Born to raise the sons of earth, Born to give them second birth.

Hark! the herald angels sing, "Glory to the newborn King."

◆ヘンデル作曲オラトリオ「メサイア」からかの有名な「ハレルヤ・コーラス」

オラトリオが何か、とか書き始めると長くなるので、とにかくお聴き下さい。絶対に聴いたことあるはずです。



因みにこれを演奏しているのは日本人です。バッハ・コレギウム・ジャパン、メサイア、で検索してみてください。


◆最後は、わたしの愛するジャーマンブラスによる、オリジナル・クリスマス曲です。

最後は器楽、金管楽器。はい、私の愛するジャーマンブラスのCD北から南からの4曲目です。

原題は"Euro Christmas"となっています。



長かったですねー。しかし、ヨーロッパ人のクリスマスに対する思い入れの強さが表れているような気がします。


お楽しみ頂けたでしょうか。今日はクリスマス「イブ」ですからね。明日がクリスマスですからね。明日が本番ですからね。

聴いて下さいな。それでは。

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年に一度の自慢話(何卒ご容赦)/ベートーベン交響曲第8番 第一楽章

◆原則として「JIROの独断的日記」では、私的なことは書かないのですが。

 毎日、時事問題(最近、音楽の話の比率が高くなっているが)を一日の最後に書く、ということは、

相当体調が良く、気力も充実しているときは何ともないが、遅く疲れて帰ってきたときに、

「これから、世の中の『嫌なこと』について書くのか・・・」

と考えると、正直言ってうんざりすることも多いのである。

が、これを避けたら戻れなくなると思い(私が勝手に書いているだけであるから止めてもいいのだが)、
踏ん張って書いている。御存知の通り、息抜きは音楽である。


だが、自分に関することは、誰でも最大の関心事だが、他人にとってはどうでも良いことなので、

極力書かないことにしている。今年は既に一度、6月に転居したときに、書いたぐらいである。

今日のは、更に「自慢話」めいていて、読者諸氏は不愉快に思われるかも知れないが、

年に一度か二度の事なのでご勘弁頂きたい。


◆2年前、親戚の子が毎コンバイオリン部門で上位入賞した。その後・・・。

このことは、繰り返すといやらしいので、いささか興奮気味の文章で恥ずかしいが、

私事で恐縮ながら、「たまには良いことがあるものだ。」という話。

をお読み頂けると、大変有難い。(ココログ版では、こちら)。
身内の子が、天下の毎コンで上位入賞というだけで、夢のような話だったのだが、

その後、なんと小澤征爾さんが、「聴きたいから、自宅に来てくれ」といったというので、私は卒倒しそうになった。

その後、色々あったのだが、どうしても自慢話になるので2年間書かなかった。

その子は、多分小澤さんが取り持って下さったのだろう、五嶋みどりさんの弟子になり勉強していたが、

このたび、英国王立音楽院に留学するということになった。それだけである。

私にとっては、夢・・・・、そう、まさに夢のようなことだ。身内の子がもしかすると、もしかすると、

ソロ・ヴァイオリニストになれるかも知れない・・・・。

私は、そう考えると、今までの人生の苦しみが報われた気がするのである。

勿論、留学したぐらいでソリストになれる、というほど、芸術の世界は甘くない。が、可能性は残っている。

それは良かったな、と嫌味を言われたくないので、序でに書き記すと、悪いことが年末に発覚した。

兄弟が10年前癌になり、5年生存率40パーセントといわれたのが、奇跡的に助かった。と、思っていたら、

先日の検診で、怪しい陰が写真(レントゲン写真)に映っていたそうだ。

今度はダメだろう。医者は精密検査の結果を見てみましょう、といっているのだが、

多くの人の死を見てきた私の勘は当たるのである。


そういうことです。だから、せめてヴァイオリンの子の自慢をさせて下さいな。


◆ベートーベン交響曲全曲演奏シリーズ:交響曲第八番

 ベートーベンの交響曲の中で演奏時間が一番短い作品です。

テンポが比較的遅めの朝比奈先生の演奏でも30分かかりません。28分37秒(休憩を除く、正味の演奏時間)。

2番目に短いのが交響曲第1番で、36分です。

勿論、指揮者によってテンポ設定が異なるし、リピート(繰り返し)をやるかやらないかでも随分演奏時間はことなりますが、

ベートーベン自身の交響曲8番を「私のおチビさん」と呼んでいたそうです。


でも、短いからといって、駄作というわけでは、勿論、ありません。私は、8番大変好きです。どうしてか分かりませんけど。

第一楽章の冒頭は七番のような長い序奏部がなく、いきなり、ズバリ、と始まります。固定ドで書くと、

ドーラシドラファー/ドファファミミファソラシ/

と、決して奇抜なことをしているわけではないのですが、とても好きです。私は。

この最初の「ラシドラファ」の部分が(それだけではありませんが)、この後繰り返し出てくるのですが、

聴いていて飽きないのは、ダイナミックス(音の強弱)が変化に富んでいるのと、
スフォルツァンドといいまして、特定の音や和音に強いアクセントを与えろ、という指示が楽譜に沢山あります。

聴いているこちらもそこで思わず、力が入っていることがあります(笑)。まあ、どうぞ。


二楽章は面白いですよ。ベートーベン、結構ユーモアがあります。それでは。

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2007.12.23

毎コン本選会の特集番組を見て。音楽を専攻する若い諸君に言っておきたいことがある。/ベートーベン 交響曲第7番 3,4楽章

◆君たちが血の滲むような努力をしていることは知っている。

 私はプロの音楽家を尊敬している。それは、少しだが自分も楽器のレッスンを受けたことがあり、

同じ先生に習う、プロ志望の兄弟子達が如何に苦労をしているか目の当たりにしたからである。その気持ちは今も変わらぬ。

私は、これまで何度も「プロの演奏家になるのは並大抵のことではない」という趣旨の文章を書いた。
その事実からも、本稿の趣旨をお察し頂きたい



私がこれから書くようなことは、私の駄文を読んで下さっているプロの音楽家の皆さんは十分にご承知である。大人なのだ。

だが、先週(今週というべきか要するに6日前)、NHK(地上波)で毎コン本選会のドキュメンタリ番組を見ていて、

プロのクラシック音楽家を目指す諸君(が、これを読んでいるかどうか分からないが)にひとこと言っておきたくなった。

それは、

世の中には、楽器を習いたいな、と思っていたが、習えなかった人も大勢いる、

ということである。


◆いくら才能があっても、習える環境に生まれる人とそうでない人がいる。

NHKの番組は全ての部門(作曲、ピアノ、ヴァイオリン、声楽、フルート、オーボエ)の本選出場者が、自宅で練習している様子や、

取り組んでいる課題曲をどのように解釈しているか、などが映像として映し出され、

かなり、私のようなマニアにとっては興味深い内容だった。



彼らが必死で音楽に取り込むのは素晴らしいことである。優れた才能が、それを伸ばすことが出来る環境にいる、

ということ自体、文化全体にとって幸福なことである。



本選まで残るような子たちは、皆、精神的に成熟しているから、或いは分かっているかも知れないが、人生経験は少ない。

以前、年甲斐もなく、某巨大掲示板のクラシック板をのぞいてみた。そこで無性に腹が立ったことがある。

毎コン出場者はあんなものに関わっているヒマはないであろうから、おそらくあまり出来の良くない音大生だと想像するが、

「楽器が弾けない者に、所詮音楽は本当には分からない」

という意味の言葉を見つけたのである。

将来、プロを目指すなら、これは口が裂けても言ってはいけない。

人には宿命というものがあり、どういう家庭に生まれるかを選ぶことは出来ない。

楽器を買って貰え、楽器のレッスンを受けさせて貰える家庭に生まれたと言うことは、大変に運の良い、

幸せなことである。

世の中には、実はピアノを習っていたら、大天才だったが、一生ピアノに触れることが無く生涯を終えた人もきっといると思う。

そこまで行かなくても、子どもの頃、或いは大人になってからでも「ピアノを弾いてみたいな」と思ったが、様々な事情で、

その希望が叶わなかったひとが大勢いる。それでもそういう人たちは、音楽を聴くのを楽しみにしている。

プロとは相対的な者である。皆が皆、ピアノをアルゲリッチのように弾けたら、アルゲリッチの存在価値は無い。

皆が皆、ハイフェッツのようにヴァイオリンを弾けたら、ハイフェッツは「100年に1人の天才」とは決して呼ばれなかったろう。

音楽を専攻している学生諸君。

君たちが、プロの演奏家を目指すことが出来るのは、世の中の大多数が楽器を君たちほど上手く弾けない、または、全く弾けないからである。



本当のことを言えば、確かに音楽が分かる近道は楽器を演奏する(ことを習う)ことである。

しかしながら、繰り返すが、「そうしたくても出来なかった」人たちに対してそれをいうのは、失礼だし、残酷だ。

レッスンがあまりに辛くて、泣いたことがあるかもしれぬ。もう楽器など止めてしまおうとおもったことがあるかも知れぬ。

しかし、君たちは楽器を習える宿命の下に生まれた。その有り難さを忘れてはならぬ。


◆ベートーベン交響曲全曲演奏シリーズ:交響曲第七番 第三楽章、第四楽章。

 昨日、「明日は興奮しまっせー」と書きました。そのとおりなのです。


第三楽章はこれまでも、たびたび出てきた、速い三拍子、スケルツォ。1小節を一拍と考えて、ベートーベンは、

メトロノーム速度を132と書いていますが、これは、例によって早すぎ。

しかし、この演奏は、朝比奈隆先生にしては、かなり意識的に早い。大体テンポ122ぐらい。最高126に達している。

速い動きの中で、たびたびトリルを弾かされる弦楽器は大変でしょうが、躍動感がある。



スケルツォには必ず中間にトリオというテンポが変わるところがあります。

この楽章では、再生開始後、2分35秒あたりから、トリオです。最初は木管楽器で静かにはじまります。

3分30秒すぎから、爆発します。突き抜けるトランペットの高音。雷鳴の様なティンパニ。それらをどっしりと支える

弦楽器群の豊かな響き。たまりません。どうぞ。



トランペットは一つの音を伸ばしているだけですが、それこそ難しい。微塵も揺れてはいけない。

切れ目の直前、楽譜には書いていないけど、自然にクレッシェンドしています。すごい迫力でした。



次は第四楽章ですが、クラシック音楽には珍しく後打ちなんですよね。

それから、よくお聞きになると分かりますが、同じ音型を繰り返している。ボレロと同じです。

同じ音型、リズムを繰り返すというのは人間を非常に興奮させます。終わりに向けてどんどん盛り上がります。

この曲を聴き終わった後って、本当に気持ちが良い。オーケストラの方々は相当疲れるでしょうが。

どうぞ。





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2007.12.22

「改正政治資金規正法が成立、1円以上の領収書公開へ」←領収書があれば無駄遣いしても良い、という訳じゃないからね。/ベートーベン交響曲第7番

◆記事:改正政治資金規正法が成立、1円以上の領収書公開へ (12月21日11時8分配信 読売新聞)

1円以上の支出の領収書公開を柱とする改正政治資金規正法が21日午前の参院本会議で、共産党を除く与野党の賛成多数で可決、成立した。

来年1月に施行され、2010年5月末までに提出される09年分の政治資金収支報告書から適用する。

改正法は、全国に約7万ある政治団体のうち、国会議員や国政選立候補予定者に関連する約5000団体に対し、

全支出の領収書の取得・保管を義務づけ、人件費を除いて公開対象とすることを定めた。

すべての領収書の原本は団体が保管し、1万円超の領収書は写しを政治資金収支報告書に添付し、

総務省・都道府県選挙管理委員会に提出する。1万円以下の少額領収書は、国民が公開請求した場合、

領収書の写しを提出する仕組みとした。


◆コメント:領収書など当たり前。税金を無駄遣いしていないか常時チェックするシステムが必要なのである。

 上に転載した読売新聞の記事は事実を書いただけで、何ら論評を加えていないが、これに対して明日の社説で

どこかの新聞が何か書くかどうか、見てみたいものである。

 国会議員の歳費、その他の諸経費は、我々の納めた税金から出ているので、これをどのように使ったか、1円単位で

全て明らかにするのは当たり前で、改正政治資金規正法は偉大でも何でもない。むしろまだ問題がある。

全ての支出の領収書を公開すりゃいいんだろ?といっても、わざわざ公開請求するマメ(又はヒマ)な国民など

いるわけがない。議員どもが無駄金を使っていないか、常時監査する機関が必要なのだ。それが、今は存在しない。

 また、領収書で誤魔化されてはいけない。国会議員には、歳費(給料)の他に、「文書通信交通滞在費」が月100万円も

支給されている。あの、バカの見本のような杉村太蔵議員ですら、支給されている(奴が、2005年9月の衆院選後、

そのことではしゃいで、同じバカの武部に叱られていたのを皆さんお忘れだろうか?)。

どう考えても過大である。いくら領収書を添付されても、それだけでは、意味を為さない。

国会議員達の支出、つまり奴らにかかるコストそのものを減らすのが、究極的な目的なのだ。

 社会保障費のうち、生活保護費を減らすとかヌカしている議員どもだが、まず、自らの懐を痛めないと、

有権者は、(といいたいところだが、多くの人は関心を持たないから、奴らの思うツボ)---少なくとも私は、

納得しない。筋が通らない。


◆ベートーベン交響曲全曲演奏シリーズ 交響曲第7番 第一楽章、第二楽章

 しばらくサボっていたので、一楽章ずつアップしたのでは、年末までに間に合わなくなってしまいました。

これからは、二楽章(二つの楽章)ずつ、アップします。

正直いいますと、「田園」は私はあまり好きではないのです。「私は」です。

しかし、これも個人的な趣味であることは言うまでもありませんが、七番、八番、そして九番(「第九」です)は名曲だと思います。

説明すると長くなるから、早速交響曲第七番の第一楽章を聴いて下さい。最初は楽譜で「ポコ・ソステヌート」と書いてあるのです。

「ポコ=poco」は英語で言うなら"a little"という意味で、至る所で出てきます。ソステヌートってのは、「十分に音を保って」です。

演奏開始後、4分過ぎあたりから、ポコ・ソステヌートから、ヴィヴァーチェ(活発に)に変わります。4分30秒で全オーケストラが

一挙に突き進み始める。ここが何ともたまりません。




第二楽章は葬送行進曲になりますが、弦楽器が弾き始めるところ、最初の12個の音は同じ音。音程が変わらない。

こんな楽章、他に知りません。ベートーベンという人は一曲ごとに新しいアイディアが湧くのです。悲愴感がたまりません




如何でしたか?明日の第三楽章と第四楽章は興奮しまっせー。

それでは、また。

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2007.12.21

クリスマスって何?と訊かれて恥をかかない為に。

◆クリスマスとはどういう日でしょう?

 世の中、クリスマス、クリスマスと喧しい(かまびすしい)が、「クリスマスって何?」と訊かれてパッと答えられる日本人は、

意外に少ないと思われる(クリスチャンはまさか、とおもわれるだろうが、私を含めた一般人はその程度である)。

クリスマスとは、イエス・キリストの降臨記念日(誕生日。聖人が生まれることを降臨という)である。

「クリスマス」は英語で「キリスト=Christ」の「ミサ=mass」の意味である。X'masと表記するのはギリシャでキリストを、

「クリストス」というが(原語表示不可能)最初の文字、「X」を用いた習慣である。

フランス語では、クリスマスのことを「ノエル」といい、イタリア後では「ナターレ」(Natale)、

ドイツ語では「ワイナハテン」(Weihnachten)という。


◆新約聖書には、キリストがいつ生まれたとは書いてない。

新約聖書の「マタイによる福音書」(マタイ伝)、ルカによる福音書(ルカ伝)などに、聖母マリアの処女受胎にはじまるキリストの誕生について

書かれているが、いずれも「何月何日」とは記されていない。

このため、初期のキリスト教では、1月1日、1月6日、3月27日などにキリスト教徒が、キリストの降臨を祝したが、

教会として「クリスマス」を祝うことは無かった。



クリスマスが12月25日に固定されたのは4世紀、教皇ユリウス1世(在位337年-352年)の時である。4世紀末には、ようやくまとまって、

12月25日に、キリスト教国全体でクリスマスを祝うようになった。相当もめたのである。


◆キリスト教の三大祝日は、何でしょう?

結論を先に書くと、クリスマス、復活祭(イースター)と、聖霊降臨祭(ペンタコスト)である。

復活祭とは、キリストが十字架で磔になって三日後に復活したことを記念する日である。

これは移動祝祭日といって、クリスマスのように日付が固定されておらず、春分のあとの満月にもっとも近い日曜日となる。

この日を挟んでヨーロッパでは4日ぐらい休みとなる。アメリカはどうだか知らぬ。

聖霊降臨祭とは、キリストさんは、復活して40日ほどたびたび弟子たちの前に現れたが、その後また、昇天されたのである。

正確に書くと、復活してから6回目の日曜日の次の木曜日がそれであるが、その木曜日から10日後の日曜日に、弟子達の上に聖霊が下った日。

この日を聖霊降臨祭という。

「聖霊」ってのは、三位一体のうちの一位格であって、「目に見えないけれども、神様自身と同じ性格を持つ人格的な存在」だそうだ。

何だか良く分からないが、とにかくそうなのだ。分かるためには神学を勉強しないと分からないのだろう。勉強しても分かるとは限らないが。


◆イギリスで見たクリスマス

今頃になると、町中至る所で、一般人の金管アンサンブル(4人だけの小規模なのから大編成なのまで色々)が、賛美歌を演奏している。

それは、もう、驚くほど、あっちでも演っていれば、こっちの角でも吹いている。ウォータールーという、英国の上野駅みたいな大きな駅があるが、

その構内では、20人ぐらいのバンドが、賛美歌やクリスマスに因んだ曲を演奏している。

音楽だけではないが、何しろラッパ好きの私であるから、そのあまりの多さに驚嘆し、感動し、信仰心もないのに、何となく敬虔な気持となったのを

ありありと思い出す。



クリスマス・イブの午後とクリスマス当日は、社会全体が静まりかえり、世の中のあらゆる営みが一時停止したようになる。

電車も止まるし、タクシーもいない。24日はスーパーマーケットが早めに閉店し、25日に開いている店など、全くと言っていいほど、無い。

日本人がヨーロッパに駐在したら、先輩はクリスマス前にそのことを教えてやらないと、下手をすると食い物がなくなる。コンビニなど無いのである。

英国人は、普段、ロンドン各所、あるいは英国各所にバラバラに住んでいても、この日ばかりは親の家にあつまり手作りの料理で談笑する。

必ずしも教会のミサには行かない。行かない人の方が多いだろう。

勿論教会に行けば、ミサをやっている。私は英国国教会の総本山、カンタベリー大聖堂に行ってみようかと思ったが、非常に寒いのと、遠いので、やめた。

ただ、感じたのは、社会全体が、静止したようになる、ああいう日が日本でもあって良いな、ということであった。

世の中が実に、実に、静かなのである。それだけで厳かな気分になる。

日本は最近では正月元旦からデパートで大売り出しなどを行ったり、明治神宮に初詣したり、完全に休む時がない。

日本人の勤勉さといえなくもないが、落ち着きがなさ過ぎるように思うのである。


◆ベートーベン演りますけど、こういう話をしたあとなので・・・・。

ジャーマン・ブラスで、カンタータ、「主よ、人の望みの喜びよ」をお聴き下さい。



良いですね。この曲は。何度聴いても。それでは。

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2007.12.20

「小児の注意欠陥障害、国内初の治療薬発売…流通は管理導入」←大人の注意欠陥障害の薬は10月26日突然無くなったのです。

◆記事:小児の注意欠陥障害、国内初の治療薬発売…流通は管理導入(12月19日19時43分配信 読売新聞)

ヤンセンファーマ社(東京・千代田区)は19日、小児の注意欠陥・多動性障害の治療薬「コンサータ」(一般名・塩酸メチルフェニデート)を発売した。

同疾患の治療薬が販売されるのは国内初めて。依存性の高い向精神薬「リタリン」と同じ成分のため、

同社は販売開始に合わせて、処方できる医師や薬局を限定する登録制にし、流通を管理する仕組みを導入した。

同社によると、コンサータは同疾患の治療薬として、2000年8月に米国で初承認された後、

世界70か国以上で使われている。国内では原則18歳未満の患者に対して、有効成分の量が異なる2種類の錠剤が販売される。

◆解説・コメント:大人の注意欠陥障害(ADD)、多動症(ADHD)の薬がある日突然、無くなってしまったのです。

 簡潔に事実を書きます。今年の10月25日まで、ノバルティス・ファーマが販売していた、

「リタリン」という薬の適応症は、突然眠ってしまう病気、ナルコレプシー、遷延性・難治性うつ病でした。

リタリンはアメリカで最も多く使われていますが、アメリカでは子供も大人も注意欠陥障害(ADD)、多動症(ADHD)の薬として使われています。

日本では、リタリンの正式な効能にADD・ADHDは含まれていませんが、「うつ病」ということにして、ADD・ADHDの患者に処方されていました。

こういうのを「適応外処方」といいます。厚労省も知っていたけれど、長いこと別にいいだろうと黙認していました。

(ADD,ADHDが如何なる病気か、は、メルクマニュアルか何かで調べて下さい。そこから説明すると長くなりすぎます)。

◆東京・新宿の開業医がリタリンの処方箋を無闇に出して、業務停止になりました。

 今年の9月なかば、一部では有名だったらしいのですが、東京都新宿区の東京クリニックという精神科の開業医が、

ろくに患者を診察もせず、依存性のあるリタリンの処方箋を乱発していたかどで、東京都の立ち入り検査を受けました。

また、ずっと前(私の記憶に残っているだけでも5年)から、毎日新聞が、リタリンをどういう訳か、その「依存性」という

副作用だけを誇大に強調して、この薬が正しく使われた場合の効果に誤解を生む報道を繰り返していました。

東京クリニックに立ち入り検査が入ってから、毎日新聞は、ここぞとばかり、リタリンをあたかも悪魔の薬のように報じました。



◆10月17日厚労省薬事審議会でリタリンの効能から「遷延性・難治性うつ病」を削除することが決まりました。

 正確に書くならば、審議会は行政府そのものではなく、行政府が作った「有識者」の諮問機関です。

審議会の決定自体は「答申」にちかく、それ自体は国家権力ではありません。

そして、リタリンの効能から「遷延性・難治性うつ病」を削除したい、といいだしたのは、この薬を製造販売している、

ノバルティス・ファーマでした。

リタリンの濫用が社会問題化していて、それを販売している自社のイメージダウンを損ねる、というのが理由でした。

しかしながら、私が9月21日に書いた記事で引用した、

同日付の毎日新聞の記事には、こう書かれています。

国立精神・神経センター(東京都小平市)の調査で、リタリンを乱用して依存症などの副作用で入・通院したケースが06年度、精神科病床を持つ全国の医療施設で15例に上り、

2年前の約2倍になったことが明らかになっていた。

9月21日にも書きましたけれども、

15例が深刻な社会問題なら、全国で80万人の依存症患者がいて、1万7千人もが外来・入院で治療を受けている、アルコール

(医療には用いませんが、アルコールは精神に作用する、という意味において歴とした向精神薬です)を何故、問題にしないのでしょう。

アルコールは嗜好品、つまり遊びですが、本当にリタリンを必要とする人は、日常生活を正常に保ち、働いたり、学校に行くために

服用していたのです。

そんなことは百も承知なのに、10月17日に開かれた薬事審議会は、リタリンの使用をナルコレプシーに限定したのです。

リタリンの適応から「遷延性・難治性うつ病」を除外したことにより、うつ病患者のみならず、適応外処方でリタリンを処方して貰い、

正常な社会生活を送っていた患者からも、リタリンを取りあげたのです。

◆10月26日、厚労省から通達が出て、リタリンの適応はナルコレプシーだけになりました。

 厚労省は薬事審議会からわずか9日後、10月26日、通達を出し、リタリンはナルコレプシー(突然、眠ってしまう病気)以外に

処方してはいけない、といいました。精神科医は皆、この日を境にリタリンをうつ病患者、ADD,ADHD患者に処方しない、と言いました。

長期に亘って服用している薬は、たとえ止めるとしても段々と量を減らさなければならないのが常識です。依存症でなくても、

突然の断薬は、患者に取って良くないことは医療従事者なら誰でも知っている。

なのに、「お上のお触れ」に恐れを成して、全く処方しなくなりました。

◆コンサータの適応は、記事にあるとおり、小児の注意欠陥障害・多動症です。薬価はリタリンの15倍です(同量換算)。

 それまで、リタリンを濫用などせず、真面目に服用してきた患者は、突如、その必要な薬を国によって強引に断たれたのです。

遷延性・難治性うつ病患者のみならず、適応外処方でリタリンを処方されていたADD,ADHDの患者は、途方に暮れました。代替薬が

無いからです。コンサータは小児のADD,ADHD患者にしか、処方されないのです。

つまり、大人のADD、ADHD患者は、使える薬が全くなくなってしまったのです。

こんな事があってよいのでしょうか。

まだ、不審なことがあります。

マスコミはどうしてそういうことを解説しないのか、何か得体の知れないウラの世界の利権が絡んでいるとしか思えないのです。

コンサータは商品名が違うだけで、一般名はリタリンと同じメチルフェニデートです。リタリンの薬価は1錠10mg=11.8円でした。

一方、コンサータの方が薬価は、なんと、1錠18mg=336.6円です。リタリンを同じ10mgに換算しても、186円です。リタリンの15倍です。

◆天下り先確保にせよ、遷延性・難治性うつ病患者、大人のADD、ADHD患者の薬をある日突然無くしていいのでしょうか。

 コンサータを販売するのは、ヤンセン・ファーマという薬屋ですが、ここが厚労省役人の天下り先になっているであろうことは、

想像に難くありません。それにしても、ある病の患者から薬を完全に取りあげるとはどういうことでしょうか。

繰り返しますが、リタリンが無くても、同様の効果を持つ、他の薬を選択できるのなら問題はない。

しかし、そういう薬はないのです。厚労省は、遷延性・難治性うつ病やADD,ADHDの大人の患者に、「勝手に具合が悪くなって、

のたれ死にしなさい」と言っているようなものです。

12月3日の記事(ココログはこちら)に書きましたが、遷延性・難治性うつ病は、同日(12月3日)、リタリンを限られた医師しか処方できなく

しようとしているノバルティス・ファーマを相手に、それを止めるように仮処分を東京地裁に申し立てました。

リタリン報道にもっとも熱心な毎日新聞はこれを完全に無視しました。

どうして、無視するのか。

私は毎日新聞宛に質問状(ココログはこちら)を、12月7日に送りました。

それから、12日が経過しました。

2007年12月19日(水)23時33分現在、毎日新聞から返事は来ていないことを、読者の皆様に報告します。

マスコミもさることながら、厚労省はありとあらゆる手で弱者を痛めつける役所であることが、この経緯からも分かります。

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2007.12.18

「日本メガ3行に基金の協力要請 サブプラ問題で米銀など」←どこまで図々しいのだ。

◆記事1:日本メガ3行に基金の協力要請 サブプラ問題で米銀など (12月13日8時32分配信 フジサンケイ ビジネスアイ

 米国のサブプライム(高金利型)住宅ローン問題に端を発した信用収縮対策として

シティグループなど米銀が設立準備を進めている共同基金(M-LEC)について三菱UFJフィナンシャル・グループなど

日本の3メガバンクグループが協力要請を受けていることが12日、わかった。

基金への融資枠(コミットメントライン)設定や信用補完などで協力する案が有力になっている。

協力要請を受けているのは三菱UFJのほか、みずほフィナンシャルグループ(FG)と三井住友FGの3社で、

融資枠の規模など詳細は未定。基金に対する出資は見送られる見通しだ。

共同基金はサブプライム関連証券への投資で経営難に陥っている傘下の「投資ビークル(SIV)」救済のため、シティなど米銀大手3行が設立を目指している。

米国は国際金融市場の安定化につながるとして、欧州や日本の金融機関にも協力を要請してきたとみられるが、

SIVの抜本処理が進む欧州では基金への関心が薄れている。

日本の金融機関もサブプライム関連の損失は今のところ限定的のため、どこまで協力要請に応えるかは不透明だ。


◆記事2:サブプライム基金協力 全銀協会長が慎重姿勢 (12月18日20時56分配信 産経新聞)

全国銀行協会の奥正之会長(三井住友銀行頭取)は18日の記者会見で、

米国の低所得者向け高金利型住宅ローン(サブプライムローン)問題対策で米大手銀が設立を進める共同基金への協力について、

三井住友としての対応と断りながらも「慎重かつ十分検討しなければならない」と消極姿勢を示した。

多額の融資枠設定に安易に応じると株主の反発を招く恐れなどがあるため。

欧米では5中央銀行が協調して短期資金の大量供給に踏み切るなど危機感を強めており、日米欧の対応に温度差が出てきた。

共同基金はサブプライム関連証券への投資で経営難に陥っている傘下の「投資ビークル(SIV)」救済のため、

シティなど米銀大手3行が設立を目指している。基金規模は500億ドルで、3行は100億ドルずつ融資枠を設定。日欧の金融機関にも協力を要請した。

邦銀では、三菱UFJフィナンシャル・グループ(FG)、みずほFG、三井住友FGの3メガバンクが、

それぞれ50億ドルの融資枠(コミットメントライン)設定を求められ、回答期限は19日に迫っている。

奥会長は「市場の反応も考慮しなければならない」と強調。さらに、「ドルは(邦銀にとって)母国通貨ではなく、

ドル資金の調達にはリスクがある」とも述べ、50億ドル全額の協力に応じる「満額回答」は難しいことを示唆した。


◆コメント:アメリカの不良債権なんだから、アメリカが公的資金を注入すれば良いのですよ。

アメリカという国は、無限に図々しい。

サブプライムローン問題とは、アメリカの銀行の不良債権処理の問題である。

日本でも、銀行が多額の不良債権を抱え、本当にやばくなりそうになる前に、(世論の批判はあったが)、

政府が、大手銀行に公的資金を注入して、潰れないようにした。大手銀行は、不良債権を必死で減らした。

そのおかげで潰れた会社も沢山あった。問題がなかったとは言えない。

しかし、アメリカに日本の銀行の自己資本を充実させるためにカネを出せ、とは一言も言わなかった。

これは日本国内の銀行経営と金融監督行政の責任だったから、そもそも他国にカネを出させるという発想すらなかった。

アメリカの金融関係者はどうかしている。

見境もなく、低所得者にカネを貸して、住宅を買わせていたが、土地の価格が急落して、住宅ローンを回収出来なくなったのが、

サブプライムローン問題だ。アメリカ人の責任なのだから、アメリカ政府は、日本政府が行ったように、外国の(日本の)銀行に

カネを出せ、という前に自分で公的資金を、危ない銀行に注入するべきだ。まず、それが筋である。

アメリカの銀行屋と政府は自分たちの公的資金を使いたくないから、日本の銀行にカネを出せと言っているのである。

日本の銀行がアメリカのサブプライム基金にカネを出して、回収出来る保証はどこにもない。

既に、各行ともサブプライムが組み込まれた金融商品の所為で、多額の損失を出している。

アメリカの所為である。

メガバンク三行に50億ドル(6000億円)ずつコミットメントライン(融資枠)を作れというが、下手をすれば、

また日本の銀行が多額の不良債権を抱えることになる。

記事2で全銀協会長が慎重姿勢(はっきり言えば断るつもりだ、と私は解釈した)を示したが当然である。

冗談じゃない。

本当ならば、米国大統領か、財務長官か、FRB議長が日本(だけではない。世界中だ)に迷惑をかけて、

申し訳ありませんと謝りに来るべきである。

図々しいにもほどがある。あきれてものが言えない。

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Kenさんの奥様の一周忌法要を終えられたとのことなので、音楽を捧げます。

◆Kenさんの奥様が急逝されて早いもので一年経ちました。

私は年中、ここで音楽について知ったかぶりを書いていますが、私などとは次元が違う、

音楽への情熱、感受性、系統だった知識をお持ちで、アマチュア・オーケストラのコンサート・マスターを務めておられる方が、

Kenさんです。



昨年12月26日に、なんということでしょう。奥様が急逝されました。

Kenさんの胸中とこの一年のご心労、ご苦労は私の想像などを遙かに超えたものだと思いますが、

今日、Kenさんのブログを拝読したら、一周忌の法要を終えられたとのことです。

いつも、私の知ったかぶりを寛大に見逃して下さり、さりげなく深い洞察を与えて下さるKenさん。

私も奥様の一周忌に何かできればと考えましたが、やはり音楽だ、と思いました。

弔事はなによりも優先されるべきことです。

時事問題もベートーベンも今日は中止です。


◆Kenさん、お子さん達、亡き奥様に聴いていただければ、と、無い知恵を絞りました。

どのような音楽にしようか、と一瞬考えましたが、これは、鎮魂の意味で捧げる音楽ですから、奇を衒うべきではない、と思いました。

Kenさんが直接御存知だったという、チェコの指揮者ズデニェク・コシュラーさん指揮、スロバキア・フィルの演奏で、

モーツァルトの遺作、「レクイエム」から第8曲、Lacrimosa(涙の日)。最後、「アーメン」で終わります。



胸が締め付けられるようです。



やはりモーツァルト最晩年の大傑作、「クラリネット協奏曲」より第二楽章。

昨年も載せましたが、Kenさんの心と奥様の魂が休まることを祈って。





最後は、一見、相応しくないように聞こえるかも知れませんが、

お嬢さんが一生懸命勉強なさっているトロンボーンの協奏曲を載せます。

フェルディナンド・ダヴィドのトロンボーン小協奏曲より第一楽章。

本来、演奏がとぎれることなく第二楽章へ移るので、第一楽章の終わりがやや不自然ですが、まあ、気にしないで下さい。

トロンボーン・ソロはKenさんのお嬢さんが大好きだ、というクリスチャン・リンドベルイです。



ダヴィッドという人は、メンデルスゾーンが指揮者を務めていた、ライプツィッヒ・ゲバントハウス管弦楽団の

コンサート・マスターで、かの有名な、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の初演でソロを弾いた人です。

ヴァイオリニストがトロンボーン協奏曲を書いた、というのはとても面白い。

トロンボーンの猛々しさと優しさ、堅さと柔らかさの両方を上手く使い分けた名曲です。

演奏開始後約3分後のメロディー(曲の冒頭と同じですが)実に実に美しい。

奧さん、お嬢さんがやがてこのコンチェルティーノ吹くのを楽しみにして、応援してあげて下さい。

Kenさん、どうも選曲、センス悪くてすいません。

奥様のご冥福を改めてお祈り申し上げます。



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2007.12.17

<海自情報流出>3等海佐を送検 神奈川県警/名寄せ難航の1975万件「紙台帳で訂正可能」

◆記事:<海自情報流出>3等海佐を送検 神奈川県警 (12月14日11時39分配信 毎日新聞)

海上自衛隊内で秘匿性の高い「特別防衛秘密」(特防秘)のイージス艦情報が流出した事件で、

神奈川県警と海自警務隊は14日、日米秘密保護法違反容疑で逮捕した横須賀基地業務隊3等海佐、松内純隆容疑者(34)を横浜地検に送検した。

調べでは、流出した情報は松内容疑者が01年9月~03年4月に在籍していたプログラム業務隊(現・艦艇開発隊)内の共用パソコンに保存されていた。

隊員はパソコンをLAN(企業内情報通信網)でつなけば、自由に閲覧できたという。

県警などは流出した情報は共用パソコンから持ち出された疑いがあるとみて捜査を進める。

松内容疑者は02年8月ごろ、海自第1術科学校(広島県)の元教官の3佐(43)に情報を渡した疑いが持たれているが、

3佐には口頭で「取り扱いに注意してほしい」と伝えただけだったという。


◆コメント:情報漏洩の事実は分かっているのだからそれによって想定される被害を防衛相は国民に説明するべきだ。

以前、書いたので簡単に記すが、イージス艦は高度・広範囲に亘る情報収集能と、多様な防衛ミサイルを発射する能力と、一度に10のミサイルが

飛んできても撃ち落とせる能力などを持った、ハイ・テクノロジーのカタマリのような船。

世界で、アメリカ、日本、スペイン、ノルウェー、韓国(来年)しか持っていない。

日本は四隻保有しているが、それは四隻で日本の領域をカバーできてしまうからである。

建造費は、一隻当たり約1,300億円である。建造費は税金で賄われている。

日本は憲法9条により、武力行使をこちらから行わないのだから、そのかわり、守りは厳重にしておくのが当然。

その守りの要、イージス艦の情報が世界中にばらまかれたというのだから、ただ事じゃないのだが、

日本人は、全然関心がない。

情報漏洩した当事者と漏洩ルートはもう分かったから、防衛省も、それを取材する新聞も、

この大失態が、日本の防衛に如何なる脅威をもたらす可能性があるのか、それを説明して貰いたい。


◆記事:名寄せ難航の1975万件「紙台帳で訂正可能」・検証委座長(日経 13日 23:31)

総務省の年金記録問題検証委員会の松尾邦弘座長(前検事総長)は13日、日本記者クラブで記者会見し、

社会保険庁による名寄せ作業が難航している1975万件の年金記録について「市町村などが保管する紙台帳の記録まで追えば、相当数を記録訂正できる」との認識を示した。

1975万件は基礎年金番号に統合されずに宙に浮いている5000万件の年金記録の約4割にあたる。

入力時の漢字変換ミスなど記録に不備があり、持ち主特定に時間がかかっている。

松尾座長はこの数値について「検証委がまとめた最終報告書のサンプル調査で特定困難とした38.5%に近い数値」と語った。

その上で「手間暇を注入すれば、相当量の(記録)統合が可能。国として最後の1人まで統合すると言明しており、そういう努力を払うと理解する」と述べた。

市町村に残る紙媒体のほか、磁気テープ、オンライン化された記録などを洗うことで「できるだけ多く統合されることを祈る」と統合作業の継続を促した。


◆コメント:やはり、「困難」なだけではないか。

私はこのニュースの2日前、「年金記録、1975万件は持ち主特定困難」←「困難」なだけだろ?死ぬ気でやれよ。(ココログはこちら
と題する一文を載せたが、そこで書いたとおりである。

前回私は、「持ち主特定困難」というのは、どうせ社保庁の職員が面倒くさくなって、「もう無理です」と言っているだけに違いない

と踏んで書いたのだ。役人のいうことをそのまま国民に発表する舛添厚労相のいい加減さにも呆れる。

記事のとおり、まだ、5,000万件というのは、とりあえず(デタラメに)コンピューターに入力された年金記録のうち、

だれのものか特定できていない、明細の件数だ。

それ以外に、そもそもコンピューターに入力していない紙台帳で捨てていないものが相当数存在するというのが、

検証委員会座長の見解であり、これは、年金問題を長年追いかけてきた、長妻昭議員が調べ、主張するところと一致している。

いくら手間がかかろうが、面倒くさかろうが、辛かろうが、それは、杜撰な年金口座の管理をしてきた自らが招いた結果なのだから、

社会保険庁職員は、全件照合するまで死ぬ気で作業をしなければならない。当たり前過ぎる話だ。

ところで、社会保険庁職員は、驚いたことに、冬のボーナスを受け取ったらしい。

これらのことについて、「どうせ、そうだろうと思った」とか、「初めから分かっていた」と賢しげなことを言っちゃダメですよ。

日本人が何でもすぐ忘れる性質をもっているのは、「為政者」から言えばひじょうに都合が良い。

一度頭を下げて、ほとぼりが冷めるのを待てば、どんな不正も騒がれなくなる、というのが彼らの経験則なのだから。

だから、私は、同じニュースを何度も何度も、書いているのだ。

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2007.12.16

「佐世保の銃乱射事件、首相『外国と同じようになったのか』」/ベートーベン交響曲第6番/30年探した曲、音にしてみました。

◆記事:佐世保の銃乱射事件、首相「外国と同じようになったのか」(12月15日23時7分配信 読売新聞)

 福田首相は15日、長崎県佐世保市での散弾銃乱射事件について、

「外国と同じようになったのか、と心配だ。(銃の規制強化で)何かいい方法がないのか、

真剣に考えなければいけない」と述べ、規制の強化策を検討する考えを示した。

東京・有明の東京ビッグサイトで記者団に語った。

政府の銃器対策推進本部の副本部長を務める岸田沖縄相は那覇市内で記者団に

「銃器対策に何か加えるべきものがあるのかどうか、しっかり検討しなければいけない」と述べた。


◆コメント:外国と同じようになりつつあるのですよ。

福田首相は、何だか、事の重大さが分かっていないように見える。

「外国」とは米国のことだろう。内閣総理大臣でなくとも、誰もがそう思う。

佐世保の事件の犯人と見られる男は自殺したが、アメリカでは同様の事件が

何度となく起きている。今回の犯人も海外のニュースから影響を受けていた可能性は高い。

ただ、アメリカでは国中の誰もが銃を持っている。いまさら銃器の所持を禁止することは

不可能に近い。何しろ、米国憲法では、「武器を所持し、携帯する権利」が認められている。

これを盾に、アルツハイマーになった、俳優のチャールトン・ヘストンが会長を務めていた全米ライフル協会が、

政治勢力になっているから、選挙で票を失いたくない政治家達は、公然と銃規制を打ち出せない。


◆日本では、元来銃の不所持が普通なのだから、どうしても必要な者以外から徹底的に取りあげればよい。

これに対して、日本でも銃による犯罪が増加しているものの、多くは暴力団関係者の抗争事件。ただ、一般人が

銃を使用している事件が目立つようになってきた。ネットを通じて不法に横流しされているらしい。そのルートは

いろいろあろうが、まず、暴力団をガサ入れして、全ての銃を取りあげる。

また、趣味のクレー射撃や、素人の猟銃所持を全て違法とする。

素人が銃など持っていてロクなことはない。つい最近も、オヤジの銃を子供がいたずらして自分を撃って死亡する、

という痛ましい事件が起きたばかりなのだ。


◆佐世保の事件では、現場にいた人々のカウンセリングを急げ。

佐世保の事件で撃たれた犠牲者は即死だったそうだ。アルバイトの倉本舞衣さん(26)は子供達に水泳を教えていた

そうで、子供は目の前で先生が撃ち殺される一部始終を見てしまった。放っておけば確実にPTSDになる。

早い段階からのカウンセラー、精神科医などによるケアをしないと、大変な心の傷が残る。

内閣総理大臣はそういうことをいち早く指示しなければダメだ。


◆30年間恋いこがれてきた 音楽をとりあえず機械に演奏させてみました。

前々回の記事、30年間探し求めた楽譜が見つかって・・・、虚脱状態なのです(譜面スキャン追加)

の楽譜を、楽譜作成ソフトFinale NotePadに入力してみました。

勿論、作業を始めたばかりで、リコーダーパートの最初の11小節だけです。30年前のNHKの番組の最初、花岡和生先生はこれをト短調(原曲ニ短調)を、

アルト・リコーダーで吹いていたので、実際の演奏はもっと、落ちついた、深みのある音楽です。

これは、Finale NotePadに入力したものを、このソフト付属のMIDIプレーヤーが「演奏」し、それをMP3で録音したものです。

装飾音も音の強弱も、フレージングもない、「棒読み」みたいな音ですが、私にはたまらなく懐かしい。

聴いていただけますか?



何しろCDが無い曲ですし、楽譜だけでは、読めない方はなんとも感想を抱きようが無いでしょうから、

とりあえず「応急処置」みたいなものですが、お聴きいただいた方、ありがとうございました。。


◆ベートーベン交響曲全曲演奏 交響曲第6番「田園」第二楽章から第五楽章まで。

「田園」まだ2回目です。6番は唯一、五つの楽章から構成されていることと、各楽章に、

第一楽章「田舎に到着した晴れ晴れとした気分」

第二楽章「小川のほとりの情景」

第三楽章「農民達の楽しい集まり」

第四楽章「嵐」

第五楽章「嵐の後の喜ばしい気分」

という名前がついているベートーベンの交響曲です。

こういう風に音楽で音楽以外の情景とか、物語などを想起・想像させようとするのを「標題音楽」とか、いいまして、

後のベルリオーズの「幻想交響曲」など、その最たるものですが、ベートーベン先生はこれしかやってません。

ちょっと、乱暴なんですが、日曜日でもありますので、残りの4つの楽章をまとめて載せます。

第二楽章で一旦、音楽的に区切れるのですが、三楽章から五楽章は続けて演奏されます。

時間が取れる方が多い、日曜日に向いているかと思いました。

そして、全体としてのんびりした(「嵐」なんて所も含めて)のんびりした曲なので、何日にも分けると間延びしてしまうのです。

(けっこう、悩みましたわー)。
但し申し訳ないのですが、私には音声編集技術がないので、第三楽章以降も独立したファイルのまま載せます。

音楽がとぎれてしまうのですが、すかさず、次の楽章を聴いていただけるとありがたい。

五番「運命」のときに書き忘れましたが、ベートーベンは五番「運命」終楽章で初めてトロンボーンを使いました。

六番では、トランペットは1,2楽章は一音も出さず、3,4,5楽章でちょこっと使われています。

トロンボーンは更に忍耐が必要で、4,5楽章にしか使われません。


なお、第四楽章「嵐」では、コントラバスの譜面が、このテンポでは、演奏不能です。

このページですが
(二段組になっていますのでご注意下さい。11のパートが2ページ分書かれているのです。)、

一番下の段がコントラバスです。で16分音符で早い上昇音型を繰り返すように書かれているのですが、

コントラバスの左手は、人差し指から小指までで一音(全音)ですから、こんな早いのは、無理です。

だからといって何もしないわけにも行かないので、実際の演奏をご覧になると分かりますが、

グリッサンドみたいにして、なんとか「それらしい」音を出そうと、コントラバス奏者が奮闘しています。

ここは弾けなくても仕方がないのです。

6番で一番よく書けているのは終楽章ではないかと思います。

「標題音楽」というのがベートーベンには向いていなかったようで、第二楽章で、小鳥(夜鶯(ナイチンゲール)やウズラ)カッコウの鳴き声を、

フルート、クラリネットで表現しようとしている所など、あまりベートーベンらしくありません。

しかし、終楽章にくると、ああ、やはりベートーベンだ、とホッとします。終楽章は大変美しい、と私は感じます。

それではどうぞ。



第二楽章です。





第三楽章、第四楽章、第五楽章です。



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2007.12.15

クリスマスが近づいておりますね。お薦めCDです。

◆ベートーベンばかりじゃ飽きちゃうでしょ?

毎日ベートーベンの交響曲から原則として一つの楽章をアップしていますが、

いくらベートーベンが天才だ、ベートーベンの交響曲が不滅の名曲だといっても、飽きますよね。


ですから、今日はクリスマスにお薦め・・・・とは限らない、いつ聴いてもいいのもあるのですが、

非常にまっとうなものと、変わったのをご紹介します。

クソ真面目に書くならば、クリスマスの宗教的意味を考えて、バッハのマタイ受難曲・ヨハネ受難曲・ロ短調ミサ、

それに、ヘンデルのメサイア、と相場が決まっております。

ただし、これらの曲、タイトルから想像するほど聞きにくくないですよ。ロ短調ミサやメサイアなどは(他の曲もそうですが)、

トランペットが高らかに鳴り響いたりして、なかなか景気いいです。そんなに抹香臭い音楽ではありません。ただ、長いからね。

ここで無理にお薦めするのはちょっと気が引けるです。


◆まず、一番まともなのを書きます(この前書いたばかりなんですが・・・)オルガン名曲集。

11月にバッハのオルガン曲を様々なアレンジでというエントリーでお薦めしましたが、

覚えておられる方は少ないでしょうから、リマインダーとしてもう一遍かきます。

バッハ→オルガンときたら、ヘルムート・ヴァルヒャのバッハ:オルガン名曲集です。この一枚で良いです。


◆予めお断りしておきますが、思いついたままに書きます。ブラス。

これも、前回書いたのですが、注文が間に合わないといかんので、私の愛するジャーマン・ブラスがクリスマス(だけじゃないのですが)に因んだ曲を録れた、

北から南から。クリスマスソングメドレー載せますが、もう少し待って下さい。

今日はどんちゃん騒ぎを載せます。

ペレツ・プラドと書いてありますが、日本では「マンボ、ナンバー・ファイブ」として知られているラテン・ミュージックです。


楽しいでしょ?



◆ファゴットの妙技

これは、ずっと前に一度お聴かせして、かなりウケました。カリビアン・カルテットというカナダのファゴット四重奏団です。
CDはこれ。Bassoonatics!(バスーナティクス!英語ではファゴットをバスーンと言います)。

これは驚きますよ。「ファゴット吹きの休日」



いや、上手いものですな。もう一曲。ガーシュインの「アイ・ゴット・リズム」(I Got the Rhythm)。

ミュージカル「クレイジー・フォーユー」をご覧になった方は、「あっ」と思われるでしょう。



このアルバムには、真面目なのもかなり入っています。ブラームスとかシベリウスとか。私は興味深いと思いました。


◆最後は楽しい小品ですが、きちんとしたヴァイオリンの演奏を。

ジェイムス・エイネスというカナダの若手ヴァイオリニストを私は大変気に入っています。無伴奏ヴァイオリンの為のパルティータなどをお聴かせするときは、

大抵彼の演奏です。そのエイネス氏が、ヴァイオリンの小品といえば、必ず登場するクライスラーの小品を弾いたCDがあります。

クライスラー作品集です。

そのなかから、あまりにも有名な(お聴きになったことがあると思います)小品を二曲。

まずは、「美しきロスマリン」。



もう一曲。「愛の喜び」



こういうのを弾くと、遊びすぎというのかな、やたら極端にルバート(テンポを変えることの一種です)したり、過剰なヴィブラートをかけたりする人が多い。

私はジェイムス・エイネス氏を好んで聴くのは、こういう曲を弾くときでもハメを外しすぎない、品の良さと、流さないで十分に楽器を鳴らしている所です。

さて、今日の最後は、コレルリの「タルティーニの主題による変奏曲」(クライスラー編曲)です。

ややこしいですね。最初タルティーニという作曲家が書いた曲の主題(テーマ)を元にコレルリという作曲家が変奏曲を書いたのです。

ところが、その原曲は変奏が50もあるので、全部弾いたら、大抵のお客さんは眠ってしまいます。

そこで、クライスラーというヴァイオリニスト・作曲家が、思い切り縮めた「短縮版」を書いてくれました。

これでも十分名曲です。凛々しくて、私は大好きです。



良いでしょう?曲も、演奏も。私、この人良いとおもうなあ。

今日は、本当に書きたい放題で、構成など滅茶苦茶で、申し訳ありません。次はもう少しまともなものを書きます。

それでは。

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2007.12.14

30年間探し求めた楽譜が見つかって・・・、虚脱状態なのです(譜面スキャン追加)/ベートーベン交響曲第6番 へ長調 作品68「田園」

◆恐縮ながら、今日は天下国家について書けません。わが音楽遍歴。

今日は、大変嬉しいことがあったのですが、今までの道のりがあまりにも長く、虚脱状態なので

時事問題について、どうしても書けません。


ときどき、

「お前は、音楽に関して偉そうなことを書いているが、何か楽器は出来るのか?」

というお問い合わせを、いただくか、というと、全然来ないのですが、勝手に書きます。

最初にピアノを習いました。祖母が明治28(1895)年生まれ(当然、とっくに他界しております)という、

時代の人間としては珍しく、東京音楽学校(今の芸大ですな)声楽科を出てました。当時といえどもピアノは必須ですから、

初歩を教えることは出来たのです。

しかし、どうもピアノは面白くなかったのです。

バイエル、ツェルニー、ブルグミュラーといって、ソナチネアルバムでクレメンティのソナチネをやった辺りで、

真面目に練習するのをやめてしまいました。



中学2年から、いきさつは省略しますがどうしてもトランペットを吹きたくて、安い楽器を買って貰って、但し独学は無理ですから、

なんとか先生を探しました。私の中学には(東京都杉並区ってそんなに田舎じゃないのですけど・・・)何とブラスバンドがありませんでした。

素人でトランペットを吹く人間で、個人レッスンから始めたというのは、あまりいないと思います。

この先生は、厳しかったけれど意味もなくキビシイのではなく、音楽的に当然のことを教えて下さいました。

変なことを吹くと、
「君ね。そういうのを、デタラメって言うんだよ」

「ブレスがそんなに無いくせに、ブレス取るのが遅いんだ、君は」

とか、当時のアナログチューナー(音程が揺れると針が左右に振れる)に向かってロングトーンを吹かされ、
「君ねえ、ロングトーン真面目に練習しているかい?」

とか、キビシイというか、全て当たり前のことです。注意されても少しも嫌になりませんでした。

好きなことは少々怒られても嫌にならないのでしょう(尤も、プロになるとなったら話は別。先生も容赦しません)。

音楽とは、芸術とは厳しいものなのだ。ということをこの先生に教わりました。

褒めるときは褒めて下さいました。音が良くなってきたら、

「うん。男らしい、いい音だぞ」

と、言われました。あのときの嬉しさは今でも良く覚えています。

◆リコーダーはレッスンは受けませんでしたが、独りでさらいました。

リコーダー(ドイツ語ならブロックフレーテ)は、日本の音楽の授業に採用されたのが悲劇でした。

バッハの時代には普通にフルートと言ったらリコーダーのことでした。

ヴェネツィアの貴族の間では、リコーダーを吹けるのが教養のひとつでした。

最近、日本の音楽大学にも古楽科ができましたが、ヨーロッパには音大のリコーダー科があり、プロの演奏家が、何人もいます。

断じてオモチャではなく、歴とした専門的訓練を要する楽器なのです。



さて、私ですが、小学校から中学に進むと、アルト・リコーダーを渡されます。

あれがリコーダーの中心的存在です。ヘンデル、テレマン、サンマルティーニ、バッハなどが、この楽器の為の曲を書いています。

私はこの楽器にかなりはまり、ヘンデルのソナタなどの楽譜を買ってきて練習しました。


◆昔、NHK教育テレビは、毎日夕方に楽器のレッスン番組を放送していました。

どうして、なくなってしまったのか、昔は日替わりでピアノ、バイオリン、フルート、ギターのレッスン番組を放送していました。

講師も今思うと恐ろしいほど一流の方ばかりで、ピアノは中村紘子さんだったこともあるし、弘中孝さん、松浦豊明さん、

井口先生も出てたんじゃなかったっけ(大御所中の大御所です)。

ヴァイオリンは、何と江藤俊哉さん、田中 千香士さん、徳永二男(さん、堀正文さん(この三人はN響のコンマスです)

ギターは荘村 清志さん、

フルートは小出信也さん(N響首席)森正さん(指揮者だけど元々フルート奏者)、峰岸壮一さん(新日フィル首席)、

あ、そうだ。吉田雅夫さん(大御所、全然威張らない)


◆そんな中で、一度だけ(これらの番組は半年で一区切りなんです)リコーダーの講座があったのです。

講師は花岡和生さんというオランダで勉強してきた方です。今もご活躍中です。

この先生が、番組冒頭でテレマンのト短調のソナタから第一楽章のアンダンテを演奏するのですが、

実に何とも美しい。美しく切ない音楽でした。当時のテキストにはその楽譜が載っていましたが、何十年も経つうちに、

結婚し、何度も引っ越しているうちに無くなってしまいました。


私は、楽譜を売っている主な東京の店をくまなく探しましたが見つかりません。

先生に伺うのは、今のようにネットでメールなんかありませんし、住所が分からない。

何よりも、恐れ多い。


万策尽きて、ネットが使えるようになり、先生もサイトをお持ちなのですが、やはり恐れ多い。

けれども、今日、思い切って、丁重に教えを乞いました。

なんとすぐに返事を下さいました。

ベーレンライターという有名なドイツの楽譜出版社から出ている、テレマン 12メトーディッシュゾナーテン

これはフラウト・トラベルソという横笛のために書かれた、「練習用ソナタ」です。

そして、ト短調ではなかった。ホ短調をリコーダー用に短三度上げてト短調にして吹いておられたとのこと。

ト短調でいくらムキになって探しても三〇年間見つからないわけです。

それが、見つかって嬉しいけど、茫然自失、の理由です。楽譜を探すのは、特にこういう地味な曲は難しい。

音大には膨大な楽譜図書館があるそうで、そういうところに行ったら見つかったのか・・・・いや、ダメでしょうね。

あまりにも安易に人に訊いて済まそうという態度は感心しませんが、私のようにムキになりすぎるのも良くないです。

それがやっとわかりました。

あー、疲れた。マニアックな話で申し訳ないのですが、今は頭の中にそれしかないので、文章にしました。


◆これが、私の探していた、楽譜。テレマンのMethodische Sonatenです。

メトーディシュ・ゾナーテン(複数形)というだけあって、装飾音の付け方の一例をテレマン自身が書いているのです。花岡先生のちょっとした勘違いで原曲はニ短調でした。これだと、アルトリコーダーの最低音より低い音が出るし、一番楽器のなる音域ではありません。それで、ト短調になさったのでしょう。

ダウンロード TelemanMethodischeSonaten01.jpg (208.0K)

ダウンロード TelemanMethodischeSonaten02.jpg (253.7K)

ダウンロード TelemanMethodischeSonaten03.jpg (199.1K)
当時のレッスン番組冒頭では11小節目までしか演奏なさいませんでしたが、それでも十分美しいのです。


◆ベートーベン交響曲全曲演奏シリーズ:交響曲第6番 ヘ長調 作品68 「田園」より第一楽章

もの凄い迫力の「運命」終楽章とちょうど正反対。のどかな始まりです。

この曲は、はじまってすぐ、4小節目に、音を長く伸ばす「フェルマータ」があります。フェルマータは指揮者が切らないとどこまでも伸びてしまいます。

作家の故・遠藤周作氏がNHKの音楽番組にゲストとして招かれ、「ちょっと、指揮をしてみませんか」という演出だったのですが、

曲がよりによって、この「田園」の冒頭でした。

遠藤さんは音楽に特に詳しいわけでも何でもありません。恐れていたことが起きました。

四小節目のフェルマータを切る、などということを遠藤さんはご存じない。移動ドで書くと、

ミファ・ラ/ソファミ・レ・ソ/ドレミ・ファミ/レーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

という悲惨な事になりました。誰が選曲したのか、あれは意地が悪い。遠藤さんが気の毒でした。

ま、それはともかく第一楽章をどうぞ。


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2007.12.12

「官房長官『公約違反ではない』」なるほどねえ。さすが政治家。汚さにかけては天下一品。

◆記事(資料)衆議院会議録 国家基本政策委員会合同審査会 平成19年05月30日 より抜粋。

(引用者注:首相答弁直前の小沢一郎君の質問の最後の部分)

○小沢一郎君

五千万件の消えた年金記録と、その中で千九百万件は実際に今も給付を受けている方々で、本来受けることのできる給付全額を受け取れないでいるという現実があるわけです。

 こういう状況を総理ももう御存じのことと思います。そうしますと、そういうケースで考えた場合、総理は果たして政府、行政の側に過失があるのか、あるいは国民の皆さんの方が領収書を提示できないということで過失だとおっしゃるのか、それはどちらに過失があると、そのように総理はお考えでしょうか。(注:色付太文字は引用者による。以下同様

○内閣総理大臣(安倍晋三君) この問題について、私は論点は四点あるのではないか、こう思います。

まず、五千万件、所属が明らかになっていない年金の記録の問題でございます。

この五千万件は消えた年金ではないんです。所属が明らかになっていない記録でございます。今から十年前に基礎年金の番号の統一を行いました。平成八年からその制度設計を行ってきたわけでありますが、この統一を行った段階においては約三億件あったわけであります。その中で所属が明らかになっていなかったものは二億件あった。そして、その二億件の中において突合を行いながら、今五千万件まで絞られてきたのも事実でございます。

そして、この五千万件について、私たちはまず、年金を受給されておられる年齢に達している二千八百八十万件については、年金受給者の方々は今三千万人いらっしゃいますから、この三千万人の方々とこの二千八百八十万件を一年間のうちに突合いたします。そして、その中で、突合した結果、加入している記録があるかもしれないという方々についてはすべて加入記録履歴についてお伝えをして、さらに、加入記録があるかもしれないということについてお知らせをいたします。それを、一年間で私たちはすべて突合を行うということをお約束をする次第でございます。

そして、そのあとの残りの方々の記録でございます。残りの記録につきましては、つまり被保険者の方々であります。まだ受給年齢に達していない方々につきましては、三十五歳、四十五歳、そして五十八歳の節目節目で履歴についての御通知をするわけでございます。そして、平成二十年から始まるねんきん定期便において注意を喚起をしていきたい、このように思う次第でございます。そして、この方々についても、一年以内にすべて記録と突合をするということもお知らせをして、お話をさしていただきたいと思います。

そして、さらには、もちろん、一年間突合するには時間が掛かるわけでありますが、もしかしたら、もしかしたら自分の記録について不備があるかもしれない、さらに、今までの年金記録があるかもしれないという方は、電話をしていただいて聞いていただければ、二十四時間、土曜、日曜日も統一の電話番号で相談する体制を整備をするということもお約束を申し上げたい、このように思う次第でございます。

そして、五千万件の問題については、このような形で国民の皆様に不安を与えないような、不安を解消することを徹底してまいることをお約束を申し上げる次第であります。

そして、二点目の問題でございます。

二点目の問題について言えば、これは言わば年金の保険料を払っていたけれども記録がなくて、その結果時効と言われて、受けることのできる給付がされていないという方々がいます。そういう方々に対しまして、時効によって消滅させることができないような法案を提出するわけでございます。これによって、時効によってもう給付がされないという理不尽なことはないようにする、そのための法案を提出をしたわけでございますので、どうか成立をさせていただきたい、このように思う次第でございます。

そして、もちろん、もちろん御本人が亡くなっておられても権利のある御遺族の方々、当然権利があるわけでありますから、その御遺族の方々が給付できるような、そういう措置もしてまいることをお約束を申し上げる次第でございます。

そして三点目でございます。

冒頭申し上げましたが、三点目は、自分は間違いなく年金を支払っていた、このように確信を持っておられるにもかかわらずシステムの方に記録が残っていないという方々がおられます。今までは正に社会保険庁は親方日の丸ですから、しゃくし定規に領収書を持ってこい、このようなことを言っていました。こういうやり方はもうさせません。そのこともお約束を申し上げたい、こう思う次第であります。

今までまじめに払ってこられた方々の立場に立って考えなければなりません。ですから、私たちは第三者機関をつくって、弁護士や税理士の方々に入っていただいて、整合性があれば、きっちりと払っていたという確証を得ればすべての方々が給付ができる、そういう仕組みをつくっていくということもお約束を申し上げたい、こう思う次第でございます。

そして、それとともに、いわゆるマイクロフィルム……

(引用者注:あまりにもベラベラまくしたてるので、国家基本政策委員会合同審査会長が、)

○会長(前田武志君) 簡潔にお願いをいたします。


【為参考】その前後の質疑応答の模様→ダウンロード AbeOzawa20070530Pension.txt (12.5K)(文字コード SHIFT-JIS)

安倍前首相がムキになってまくし立てている様子がめにうかぶようである。


◆記事:年金記録の一部照合困難、公約違反に当たらず=町村官房長官(12月12日13時1分配信 時事通信)

町村信孝官房長官は12日午前の記者会見で、基礎年金番号に未統合の年金記録約5000万件のうち約4割が照合困難となったことについて

「5000万件すべての行き先を確定することまで説明したつもりはない」と述べ、公約違反には当たらないとの考えを示した。

また、町村長官は「中には偽名の方もいて、(年金を)渡そうにも渡せない」と指摘。

来年3月までに年金記録の照合作業を完了させるとした7月の政府・与党方針に関しては「今やっていることに何ら違うことはない」と語った。

一方、公明党の北側一雄幹事長は記者会見で、年金記録の一部照合困難について

「極めて遺憾。率直に国民におわびしなくてはいけない」と陳謝。

その上で、公約違反との批判には「決めたことは照合を行って調査をすべてやることだ。政府・与党で決めた事柄に反していることではない」と反論した。

◆コメント:感動的な狡猾さ

町村官房長官は、こう言っているのである。

「安倍前首相は1年間で5千万件の『宙に浮いた年金』を『突合する』といったが、『一人残らず特定出来る』とは言っていない」

したがって、

「舛添発言は公約違反ではない」

なるほどねえ・・・。あまりの狡さに感動してしまった。これぐらいの神経じゃなければ政治家は務まらないのか。

長くなったけど、安倍前首相が5千万件突合を約束した動かぬ証拠が、冒頭の会議録に記録されている。

ただ、言葉尻だけをとると、5千万件を1年間で「突合する」、といっているものの、「5千万件全てが誰の者か特定してみせる」とは言っていない。

町村官房長官が「公約違反ではない」といっているのは、そういう意味だ。

しかしねえ・・・・・・・・・・・(←あきれてものが言えない)。

こういうのを「詭弁」(きべん)といいます。「詭弁」を広辞苑を引くと1番目に、

道理にあわぬ弁論。理を非に言いまげる弁論。こじつけの議論。「―を弄する」

とある(2番目は論理学上のテクニカルタームとしての「詭弁」の定義なので、省略する)。

でもね。ダメですよ。逃げようとしても。

安倍前首相は、上に掲載した答弁で、

そして、五千万件の問題については、このような形で国民の皆様に不安を与えないような、不安を解消することを徹底してまいることをお約束を申し上げる次第であります。

と言っている。誰の者か特定出来ない明細が残ったら、当然、国民の不安を解消することは出来ぬ。

従って、安倍晋三君がいうところの「突合する」は、「1件残らず、誰の年金記録なのか、特定する」ことを約束した、

と解釈するのが相当である。

民主党に政権を任せて良いのかどうかは別として、こんな事ばかり言っていると、参議院選挙に続いて、衆議院選挙でも、

自民党は前代未聞の歴史的大敗を喫することになると思います。そうならなかったら、国民は、また、ナメられます。

自民党が勝ったら、絶対に、こう思うだろう。

「ああ、有権者はもう年金はあきらめたのだな」

と。それでもよろしければ、次の衆議院選挙で、どうぞ自民党に清き一票を投じてください。


◆ベートーベン 交響曲第5番 「運命」第三楽章、第四楽章 あまり解説しない方が良いと思うのです。

「運命」最終日です。第三楽章と第四楽章(終楽章)を一度に載せるのは、3楽章から4楽章は、とぎれることなく、

続けて演奏するようになっているからです。どこからが第4楽章かは、お聴きになれば自ずとお分かりになります。

例の「ダダダ・ダーン」が三楽章でどのように現れるかもすぐわかります。そして、四楽章に移行して行く手前、

ピアニッシモで、ティンパニ・ソロにも出てきます。これは、天才的です。

知ったかぶりはこの辺にします。



1977年、カールベームという指揮者がウィーン・フィルを率いて来日し、「運命」を演奏しました。

チケットは高いし、あっと言う間に売り切れたので、私は、NHK・FMの中継を聴きました。

演奏が終わったら、何故か、涙が止まりませんでした。これが、本当に音楽に感動する、ということだと思いました。

そのコンサートの音と映像が、以前にも書きましたが、DVDで昨年発売されました。

値段が高いのですが、私は、それ相応の価値があると思うので、もう一度、お薦めします。

それでは。


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「年金記録、1975万件は持ち主特定困難」←「困難」なだけだろ?死ぬ気でやれよ。

◆記事1:年金記録、1975万件は持ち主特定困難(12月11日13時16分配信 読売新聞)

該当者不明の約5000万件の年金記録の約38・8%にあたる1975万件が、

社会保険庁のコンピューター上で記録の持ち主を照合する「名寄せ」作業では持ち主の特定が困難であることが、社保庁の推計で明らかになった。

中でも、社保庁による入力ミスなどが原因の945万件は、原本の紙台帳との突き合わせ作業などを行っても、持ち主が特定できない可能性があるとした。

すべての記録の持ち主を特定するという政府の公約達成は、極めて困難となった。

推計は社保庁が11日午前、自民党に示した。

それによると、社保庁が現在実施している名寄せ作業で、持ち主と結びつく可能性がある記録は、

現時点で全体の約21・6%の1100万件(約850万人分)にとどまっている。

◆記事2:年金記録「全員特定できない」と舛添厚労相、謝罪は拒否(12月11日22時0分配信 読売新聞)

舛添厚生労働相は11日、記者会見し、該当者不明の約5000万件の年金記録について、

1975万件(38・8%)が社会保険庁のコンピューター上で持ち主を探す「名寄せ」作業では、

持ち主の特定が困難であるとし、すべての記録の持ち主を特定するという政府の公約が実現不可能になったことを正式に認めた。

その中でも、同庁の入力ミスなどが原因の945万件(18.5%)は、最終的にも持ち主の確定が出来ない可能性が高く、

年金加入者・受給者が支払った保険料が年金に反映されないという事態が避けられない見通しとなった。

舛添氏は、政府が公約してきた約5000万件の年金記録の持ち主の特定について、

「作業はエンドレス(終わりがない)だ。(特定が)できないこともある」と述べた。

公約違反との指摘については、「(参院選の)選挙戦をやってきたときで、意気込みでなんとしても

(特定を)やるぞと私も安倍前首相も言った。やり方が悪かったわけではない」などと述べ、謝罪は拒否した。

◆コメント:安倍前首相が「1年で5000万件照合する」と約束したのは、5月30日

「宙に浮いた」年金記録5000万件(これが、名義不明の全てではないのだが)を「1年で照合する」と豪語したのは、

今年の5月30日、民主党・小沢代表との党首討論において、である。5月30日から本日(12月11日)まで195日しか経過していない。

安倍前首相の発言から1年後、2008年5月30日まで、まだ、171日も残っている。

要するに、まだ約束した期間の半分を少々過ぎたばかりだ。

その時点で、全件照合困難とは何事か。社会保険庁、ひいては厚労省は、もう嫌になって投げ出すのか、

この役立たずの木っ端役人ども!

記事1を読んでも、記事2の本文を読んでも、社保庁と舛添厚労相は全件照合が「困難だ」といっているだけである。

不可能だとは言っていない。つまり、出来るがやるのが面倒くさい、というだけのことだ。

それなら、やれよ。死ぬ気になってやれよ。全部お前らがいい加減な管理をしていた所為なのだから。

「困難」だから作業を止めるつもりじゃねえだろうな。ま、最初から、いつかこういうことを言うだろうと

見当は付いていたけどね。甘い。民間企業でこんなことを言ったら張り倒される。

「まだ、半年もあるのに、出来ない言い訳をする奴があるか。死んでもやれ!」

と、絶対に許されないだろう。(死んでも=死ぬ気になっての意味です。)

全く厚労省ってのは、国民の不利益になることばかり考えつく役立たずだ。

「宙に浮いた年金」は社保庁の責任だから社保庁がやるのが当たり前なのだが、私の勘では、これを例えば、

メガバンクや、野村証券とか、一番仕事がきついところで鍛えられた民間企業の人々に任せたら、

3ヶ月ぐらいで「全件照合終わりました。」ということになると思う。社保庁はまだわざと匿している資料などを

明らかにしないで、無いものは無い、で誤魔化そうとするから、こういうふざけたことを言うのだ。馬鹿野郎。

◆ベートーベン交響曲第5番「運命」より第二楽章

はい。「運命」二日目ですね。今日は第二楽章です。アンダンテ(ゆっくり)の三拍子で、最初に音を出しているのは、

ビオラとチェロ、そしてバスで伴奏しているコントラバスです。ここには、「ダダダ・ダーン」は出てきません。出てくるのは、

再生開始約1分後、23小節目、クラリネットとファゴットです。

これが盛り上がりまして、31小節目から33小節目

トランペットが一番目立ちますが「ミーソ/ドードーレー/ミーー」と吹いています。同じリズムをオーボエ、ホルン、コントラバスが奏します。

この「ドードーレー/ミーー」が「ダダダ・ダーン」を引き延ばしたものです。同じ形です。

最初のダダダ・ダーンは「ミミミ・ドー」と下がるのですが、これはファンファーレで上昇音型なんですね。

でも、最初の「ダダダ・ダーン」を使っていることは間違いありません。上手いことを考えますね。

それではどうぞ。



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2007.12.11

ベートーベン 交響曲第5番 ハ短調 作品67 「運命」

◆何万回演奏されても色あせない芸術。

 冒頭から引用で恐縮ですが、指揮者の故・岩城宏之さんは、岩城音楽教室という、比較的くだけた文体(但し内容は真面目)の本の中で、

ベートーベンとモーツァルトについて、襟を正して次のように書いています。

演奏旅行で毎日同じプログラムが続くと、オーケストラもぼくも正直いって飽き飽きしてしまいます。

そういうときいわばお遊びをやると、お互いのリフレッシュに役立つことがあります。

つまり、その日によって解釈をちょっと変えてやってみるとか、テンポを少し速くするとか、

ほんの少しのイタズラ心ともいうべき動作で、みんながフレッシュになって、演奏会を再び新鮮に、素敵にする。

作曲家には悪いのですが、チャイコフスキー、ドヴォルザークの作品には、こういうことがむしろ有効なようです。

しかし、どうしても、ベートーベンの曲だけは、それができません。ちょっとした冗談でも許されないようなきびしい曲ばかりです。

ベートーベンの演奏には、寸毫(すんごう)の邪念もさしはさめるような余地がないのです。(中略)。

モーツァルトに対しては、恐れは抱きませんが、別の意味で、地上でもっとも美しい曲を作り出した天才、

全人類史上、唯一の神様として敬愛していて、やはり意識的な別の解釈をする気はおこりません。

こういう感じ方をさせる作曲家は、ぼくにはこの二人しかいません。

これは、演奏者(オーケストラのプレイヤー)も同じ気持ちなのではないかと思います。

最近、私は、全然コンサートに行けないのですが、若い頃は随分貪欲に、色々なコンサートを聴きに行きました。

今ではテレビや、CD、DVDでしか聴けないのが残念ですがそれはさておき、「運命」です。

日本では、ベートーベンの交響曲の中で最も演奏回数が多いのは、言うまでもなく「第九」ですが、

その次に頻繁に演奏されるのが、交響曲第5番「運命」です。

ベテランの奏者なら、既に何十回、何百回演奏したか、分からないとおもいます。

一応、オーケストラの演奏会では、譜面を見ながら演奏しますが、見なくてもかなり弾けてしまうと思います。



それほど、聴衆にも演奏者にもお馴染みの曲ですが、プロのオーケストラがこの交響曲を弾くとき、たるんで、惰性で演奏しているのを、

見たことがありません。プレーヤーも岩城宏之さんのように、ベートーベンには、
寸毫(すんごう)の邪念もさしはさめるような余地がない

のでしょう。


◆作曲家を英語でコンポーザーと言います。

英語で「作曲する」という動詞は「compose」で、作曲家を「composer」と言います。

composeのもともとの意味は、「構成する」ということです。歌謡曲も作曲家といいますが、あの人達は、ちゃんと勉強していないので、

単旋律のメロディーだけを書いて、編曲は作曲を勉強した人がやります。あれは、作曲ではありません。

美しいメロディーを書けるのは、勿論れっきとした才能ですが、それは音楽の一部です。そのメロディーにどのような、ハーモニーや、対旋律をつけ、

それをどの楽器に割り当てるか。そこまでやって作曲というのです。


他の分野、建築に例えてみます。

もし貴方が、絵が上手い人なら、「こんな家を建てたい」というイメージを絵に描くことは出来るでしょう。

しかし、それでは家は建ちません。建築家が、隅から隅までミリ単位で精密な設計図を書かなければ、家という構築物は出来ません。

音楽も同様です。作曲家とは芸術家ですが、音の構築物を創りあげる、腕の良い職人で無ければなりません。

「運命」は、音楽として偉大ですが、同時にベートーベンの「音の職人」としての技術が見事に結実した作品です。


◆最初の4つの音が終楽章まで、これでもか、と手を変え品を変え現れるものすごさ。

この曲は、最初は八分休符で、そのあと4つの音ではじまります

(余談ですが、弦楽器だけが音を出しているように聞こえますが、クラリネットも同じ音を吹いています。どうしてこういう事をしたのか不思議です。聞こえませんから)。

これが第一楽章だけでも何度繰り返されるか分かりません。よくこれだけ繰り返して、聴衆を飽きさせない音楽を書けるものだと思います。

私が、今まで音楽について書いた文章の中で、今日は最大の知ったかぶりをしてしまいました。

音楽を聴いていただきましょう。ベートーベン 交響曲第5番 ハ短調 作品67より、第一楽章です。



「ダダダ・ダーン」がこの後、2,3,4楽章まで様々な形で現れます。お楽しみに。

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2007.12.09

「流行語大賞の『消えた年金問題』舛添大臣に批判噴出」←選ぶ方も舛添もバカだ。/ベートーベン4番 フィナーレ

◆記事:流行語大賞の「消えた年金問題」舛添大臣に批判噴出(12月8日10時0分配信 日刊ゲンダイ)

やっぱり批判が噴出している。

3日に発表された「2007ユーキャン新語・流行語大賞」で、「消えた年金」が今年の流行語トップ10に入った一件だ。

入るのはいいのだが、表彰式に出席したのが、この言葉の“作者”で、ミスター年金こと民主党の長妻昭議員ではなく、

なんと舛添要一厚労相(59)だったから、誰もがア然ボー然なのだ。

これには、翌日(4日)の民主党代議士会でも、

「なぜ舛添氏がもらうのか?」「あの人は“消えた年金”でなく“消した年金”じゃないか」という声が続出、一時騒然となったほどだ。

長妻議員も、「だいたい大臣が流行語大賞に出ている暇があるのか」と怒り心頭だった。

「まったく信じられませんね。なぜなら厚労省は、年金は消えていないと言い張ってきたのに、

そのトップの大臣が『消えた年金』で表彰式に出たのですもの。これは、年金が消えたということを正式に認めたということです。

これからは、年金記録不備問題などとは言わず、堂々と『消えた年金』問題と言わなければウソですよ」(経済ジャーナリスト・荻原博子氏)

そもそも流行語大賞のHPに載った「消えた年金」の解説文にも、

「年金問題を徹底して追及していた“ミスター年金”長妻昭議員が国会で質問し、大きくクローズアップされた」とあり、

舛添大臣の名前すらない。なぜ、ユーキャンはこんなミスキャストをしたのか。

「実は長妻議員には、数週間前に主催者側から表彰式出席の要請があった。しかし大阪出張が重なり、

ビデオメッセージならOKと返答していたのです。でもその後、主催者側からはなしのつぶてで、

いつの間にか舛添大臣が受賞者になっていたということです。生出演にこだわったのでしょう」(関係者)

不思議なのは、舛添大臣が辞退しなかったことだ。

死に物狂いで「消えた年金」問題に取り組んだというならともかく、

先月21日には「最後の1人、最後の1円まで確実に年金を払う」という参院選の公約を、

「全力を挙げても不明の記録は出てくる」と撤回。揚げ句に「選挙のスローガンで意気込みを述べただけ」などと開き直っている。

とても賞を受ける資格などないのだ。テレビが舛添大臣のゴミ捨てパフォーマンスなどをPRしてヨイショするものだから、

この大臣の厚かましさと勘違いとウケ狙いはストップがきかない状態だ。いずれ、国を誤らせる問題を引き起こすのは間違いない。


◆コメント:「消えた年金」を「流行語」とは何だ。

こういう事をするから、マスコミはダメだというのだ。ふざけるにもほどがある。

これが、新語・流行語大賞のサイトである。

今まで私は、「今年の『流行語』」などという下らないことに興味は全くなかった。今もない。

昨日、夕方のニュース(日本テレビ系列)で、今年の流行語大賞の「授賞式」が行われ、

「消えた年金」がトップで、舛添が授賞式に来た、という原稿をアナウンサーが読むのを聴き、

耳を疑った。「流行語」?

国民が納めた年金掛け金の名寄せが出来なくなったり、納入記録を故意・過失で捨ててしまったのが、

年金問題で、これは、国家による犯罪なのだ。そうでしょう。

仮にこれを民間企業になぞらえると、次のような事態である。

あなたが、額に汗して働いて稼いだお金の一部を毎月、大銀行に預けていた。残高が300万円ある筈だ、とする。

子供さんが私立中学やら、高校入試に合格し、入学金を納めようと銀行に行ったら、残高がゼロになっている。

銀行員に詰問したら、

「私どもの資料にはお客様が、入金なさった記録がございません。従ってお支払いできません」

という。後で判明したところによると、貴方のお金を銀行員が使い込みしていた。

又は、口座管理不十分で誰の預金か、分からなくなっていたことが判明した。

貴方はこれが、「消えた銀行預金」としてことしの流行語大賞になったとしたら、怒らないですか?

流行語以前に、支店長を呼べ、といい、のらりくらりと逃げ回るようなら、その銀行の頭取に直訴しませんか?

私なら、する。


◆選ぶ奴もバカだ。

信じられないほどいい加減な管理をしていた役所の責任者、舛添厚労相が嬉しそうに「表彰式」に

出席していた。舛添もバカだが、そもそも「消えた年金」を流行語大賞に含める奴がバカだ。

流行語大賞とは何か?新語・流行語大賞のサイトの説明「流行語大賞とは何か」によると、

この賞は、1年の間に発生したさまざまな「ことば」のなかで、軽妙に世相を衝いた表現とニュアンスをもって、広く大衆の目・口・耳をにぎわせた新語・流行語を選ぶとともに、その「ことば」に深くかかわった人物・団体を毎年顕彰するもの。
1984年に創始。毎年12月上旬に発表。『現代用語の基礎知識』読者審査員のアンケートから、上位語がノミネート語として選出され、そこから審査委員会によってトップテン語、年間大賞語が選ばれる。
この審査委員会は、藤本義一(審査委員長)をはじめ、『現代用語の基礎知識』編集長らによって構成される。


そうだ。つまり、一般人の投票の単純集計ではなく、それを「有識者」(私は「無識者」と言いたい)がふるいにかけて、

最終的に決定するのだろう。そうであるなら、なおさらこの賞の主催者である現代用語の基礎知識とユーキャンと

「審査委員会」(くだらん)の見識が批判されるべきだ。

たとえ、読者のアンケートがいくら集まろうが、
「消えた年金」を「流行語大賞」に含めるのは不謹慎・不見識だ、として除外するべきである。

そもそもこんな「賞」、意味がない。あるという貴方、それでは伺いますが、

去年の流行語大賞とベスト10、覚えていますか?何も覚えていないでしょう。その程度のものだ。

書き忘れたので、ついでにバカ呼ばわりさせて貰うのは民主党だ。「消えた年金」に舛添が呼ばれ、

年金問題を明らかにした長妻昭議員が呼ばれなかった(実際は打診されたが出席できなかったそうだが、どっちでもいい)ことを

怒っているそうだが、そうじゃないだろう。消えた年金と言う言葉を面白おかしい言葉のごとく扱う「流行語大賞」主催者に、

「不謹慎ではないか」といって、怒るべきなのだ。
まったく、どいつもこいつもバカばかりだ。馬鹿者め。


◆ベートーベン交響曲全曲演奏(その14)第四番 第四楽章 炎のような音楽への情熱。

さて、バカは放っておいて、永遠の光を放つ優れた芸術にふれませう。

ベートーベンの交響曲第四番を、子どもの頃私は嫌いだった、と書きましたが、実は、このフィナーレ(終楽章)だけは、大好きでした。

これぞ、ベートーベン。

演奏者に微塵の気の緩みも許さない緊張感。爆発するオーケストラの音響。

1楽章と同じように朝比奈隆、カルロス・クライバー両方聴いていただきます。

まずは、朝比奈隆=新日本フィルハーモニー交響楽団。





これはねー。どうですかねー。スコアでこの楽章の始めをみると、

ベートーベン先生のテンポ指定は二分音符=80なんです。これは速すぎる。これは弾けないと思います。

しかし、朝比奈先生、先日ご紹介したTempo Counterで測ると、ずっと56ぐらいなのです。

数字がどうのこうのより、実際に聴いていて、ちょっと遅すぎませんかねえ。いくら何でも。

私の個人的な趣味であることをお断りした上で書くと、これぐらい遅いと、ちょっと、なんというか緊張感、爆発力が感じられない気がします。

日本人の演奏が西洋人の演奏に劣るとか、そういう下らないことではない。芸術の解釈の問題です。



そこで、これとは、極端に対照的な、カルロス・クライバー=バイエルン国立管弦楽団 をお聴き下さい。







クライバーのテンポは、演奏開始後、弦楽器全体がフォルティッシモのすごい迫力で、降りてくるところでは、

瞬間76近くに達し、その後も74近辺を維持します。ベートーベンの指定である80にかなり近い。

速ければ良いということではありません。音楽は。勿論それはそうなんですけど。

こちらの演奏の方が、ベートーベンが音楽に対して抱いた炎のような情熱が、胸に伝わるように思います。

技術的なことを書きます。これは、いくらバイエルン国立歌劇場管弦楽団が上手いといっても、必死でしょう。

特に弦楽器。細かい音型が続きますし、それをリレーのように各パートで受け渡すアンサンブルの難しさ。

と、一応、書きましたが、これはKenさん(アマチュア・オーケストラのコンサートマスターです。知識も私など、足元にも及ばない方です)、

弦楽器奏者にとって四番のフィナーレが悪夢のようである理由を、是非コメント欄で教えて下さいませんか?

(いや、真面目な話。教えていただきたいのです。私、わかんないから。ただ、まだ風邪でお加減が悪かったら無理しないで下さいね)。

金管はたいしたことないですけど(大抵、退屈なんですよ。トランペット、トロンボーンにとってベートーベンのシンフォニーは)、

木管ではファゴットとクラリネットに、短いけど難しいソロがあります。

ファゴットはスコアで見ると108ページから109ページにかけて、Fg.というパート。

上から4段目。p dolce(ドルチェ)と書いてあるところです。変ロ長調の移動ドで書くと、アウフタクト(弱拍からはじまる)で、

ドシドミ/ドシドミ・ソラシド/ミ(←前打音)レドレファ・ラソファミ/レドシラ・ソ/ド・ソ(/が小節区切り、・が拍の区切り)

とこれだけなのですが(こういう風に文字にすると、楽譜というものが如何に便利か分かります)、バイエルンのファゴット奏者、

あまりにテンポが速いので、ちょっと最初指がもつれます。しかし、次の瞬間立ち直って、吹き続ける。これがプロというものです。

因みに同じソロはクラリネットも吹かされます。119ページ上から三段目のCl.がクラリネットです。

4小節目、同じようにアウフタクトで、ファゴットと同じ音型です。



管楽器は音を出すときに、音の頭を明瞭にするため、「タンギング」といって、英語の音でいうと無声音の"t"を出すときと同じ事をします。

つまり、スラーがつかない音は一音ごとに「t・ t・ t・ t」とやっています。あまり速くなると、間に合わないのでダブルタンギングといって、

「tktktk」とやります。

声に出してなるべくゆっくり「タ・タ・タ・タ」と言ってみて下さい。

段々速くしてみて下さい。人によりますが、ある程度速くなると、言えなくなります。

それじゃ、「タカタカタカタカタカ」と言ってみて下さい。「タタタタ」の倍の速さがでますね。

管楽器のタンギングでは声は勿論出しませんが、そういうことです。

前置きが長くなりましたが、クラリネットは構造上、ダブルタンギングが出来ません。

このベートーベンのソロもスラーがついていませんから、この速い動きをシングルタンギング「タタタタ」で吹いているのです。



このブログを読んで下さるプロのクラリネット奏者Nべさんは、メトロノーム速度144を16分音符でつまり4つに区切ってタンギングできるそうです。

144とは、このテンポです。

最初の音が鳴って、2回目の音が鳴る間に4回「タタタタ」をやるのですよ。すごいでしょう?プロなら当たり前だそうです。

しかも、それをずーっと続けることが出来るんです。Nべさんによると、ただひたすら辛抱強く、練習するのだそうです。

遅いテンポから始めて、何年もかけて次第にテンポを上げ、出来るようになるのだそうです。



ベートーベンから話が逸れてしまいましたが、私はこういう話を書いているときが一番幸福なので、つい、長くなってしまいました。悪しからず。

明日から、交響曲第五番です。「運命」ですよ。それでは。

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<飲酒運転>594人を検挙 一斉取り締まり(毎日新聞)←<毎日新聞は「禁酒法制定キャンペーン」を行わないと、筋が通らない。

◆記事:<飲酒運転>594人を検挙 一斉取り締まり(毎日新聞 - 12月08日 12:12)

 警察庁は7日夜から8日未明にかけての主要幹線道路などでの全国一斉取り締まりにより、

飲酒運転で594人を検挙、うち15人を逮捕したと発表した。昨年より検挙は196人減ったが、

警察庁は「9月に飲酒運転を厳罰化した改正道交法が施行された後も、飲酒運転は依然多い。さらに対策を強化したい」としている。【遠山和彦】


◆コメント:「反リタリンキャンペーン」を張った毎日新聞は何故、「アルコール禁止キャンペーン」を行わないのか?

アルコールは精神に影響を与える、歴とした「向精神薬」である。

先頃の法改正により飲酒運転への刑罰は厳しくなった事は誰でも知っている。

知っているのに1日で約600人も飲酒運転で検挙された。



「止めなければいけないと分かっているのにやめられない」状態を「依存」という。

毎日新聞は「2006年、15人のリタリン使用者が依存・乱用で入院した。これは深刻な社会問題だ。」と書いた他、

リタリンの処方は真面目に飲んでいる者も含めて制限するべきだ、と何年も前から主張している。

リタリンの主作用により、まともに働くことが出来る患者が大勢いることを無視している。

1年で15人の入院者を出したリタリンを「悪魔の薬」のように扱うくせに、

1日で600人の検挙者を出したアルコールに関しては、これだけ毎年、飲酒運転による死者が出ており、

その他アルコールにより、社会が受ける迷惑は後を絶たず、全国に80万人のアルコール依存症患者がいるというのに、

「禁酒法を制定するべきだ」というキャンペーンは行わない。



筋が通らない。「酒は自分も飲みたいから」では身勝手すぎる。


◆ベートーベン交響曲全曲演奏シリーズ(その14)第四番第二楽章、第三楽章

 しばらくサボっていて、年末までに全曲終わらないといけませんので、

今日は交響曲第四番の第二楽章と第三楽章を聞いていただきます。

私は、子どもの頃、この第二楽章が退屈で、四番が嫌いになったのですが、

この年になって聞いたら、違って聞こえました。良くできた音楽だと思います。

第二楽章では、派手ではありませんが、長いクラリネット・ソロがあり、クラリネット奏者はかなり緊張するそうです。

第二楽章です。







第三楽章は、交響曲二番、三番と同様、スケルツォ(速い三拍子)です。

スケルツォには、中間に「トリオ」という、雰囲気の違う部分がありますが、ここは、同じ拍子であっても、

テンポを落として、スケルツォとの違いをはっきりさせないといけません。時々、トリオのテンポが速すぎる演奏があります。

この演奏は、ちゃんと演っています。







明日は、迫力に満ちたフィナーレ(終楽章)です。

それでは。また。



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2007.12.08

「米産牛肉、輸入制限緩和へ=「30カ月未満」を米に提起」←月齢21ヶ月のBSE感染牛が確認されたことがあるのですが。

◆記事:米産牛肉、輸入制限緩和へ=「30カ月未満」を米に提起(12月7日19時1分配信 時事通信)

日米両国政府の次官級が経済課題を話し合う「日米次官級経済対話」が7日まで都内で開催された。

閉幕後の記者会見でキーナム米農務次官は、日本政府がBSE(牛海綿状脳症)問題をきっかけに

米国産牛肉の輸入を「生後20カ月以下」に限定している問題について、

「日本側は月齢制限を『30カ月未満』に緩和することを内閣府食品安全委員会に諮問する考えを示した」と述べた。

日米の輸入条件緩和の協議に関し具体的な内容が明らかになったのは初めて。

これについて、町村信孝官房長官は「基本的に30カ月未満への緩和を提起しようとしていて、

米側と調整がついていなかった」と述べ、緩和に向け調整を進めている事実を認めた。 


◆コメント:米国産牛肉をめぐる、過去四年間の経緯

このニュースで、絶望的な気分になったのは、日本政府の態度である。

米国でBSEが初めて確認されたのは2003年12月である。日本はただちに禁輸措置を取り、

米国に対して、肉牛の全頭検査を要求したが、米国側は、

これを拒否した。それからほぼ4年が経つが、米国の食品管理体制に劇的な改善が認められたという話は聞かない。

それは後にまた書くが、その前に、過去4年間の米国産牛肉をめぐる動きをまとめた。(主に、私自身の日記を元にしているので、

欠落している項目があるかもしれないことを予めお断りしておく。悪しからず)。

  • 2003年12月下旬、米国初のBSE感染牛が確認され、日本は直ちに禁輸(米国産牛肉の輸入禁止)措置を取る。

  • 2004年1月23日 日本の農水省で輸入再開に向けた日米協議が開かれた。日本は米国に対して、牛の全頭検査を要求し、米国は拒否した。

  • 2004年10月23日 米国産牛肉の輸入再開問題を協議する日米局長級協議が行われた。日本が新たなBSE(牛海綿状脳症)対策案で全頭検査対象から除外する生後20か月以下の牛のうち、米政府が農場の記録簿を正確だと保証した牛については、輸入を再開する方向を確認し、終了した。

  • 2005年6月10日 米国農務省は2例目のBSE感染牛が一頭発見された、と発表した。輸入再開は当然、見送られた。

  • 2005年11月16日 来日したブッシュ大統領と小泉首相(当時)の首脳会談で、小泉はブッシュの圧力に屈し、年内輸入再開の方針を伝えた。

  • 2005年12月12日 厚生労働省は、米国産牛肉は安全だとして、輸入を再開すると公式に発表した。

  • 2005年12月17日 輸入再開発表から4日後、再開後の米国産牛肉第一便が成田に到着した。

  • 2006年1月20日  輸入再開からわずか一ヶ月後、輸入牛肉に特定危険部位である脊椎を除去していない牛肉が混ざっていた。日本は再度禁輸措置を取った。

  • 2006年2月2日  米農務省監査局の米国内のBSE対策に関する監査報告書で、歩行困難になった牛20頭が原因不明のまま食肉処理されていたことが明らかになった。

  • 2006年7月27日 日本政府が、米国産牛肉の輸入再開を決定(6月、農林水産省と厚生労働省が米国に派遣した調査団の査察の結果、35か所の食肉処理施設のうち、1,2施設で問題があったが、その処理施設で扱われた牛肉を外せば、問題なかろうとの理由)。

  • 2006年8月 輸入再開。

  • 2006年11月8日 日本への輸出が許可されていない「胸腺」の混入した牛肉が輸入されていた。日本政府は「胸腺は特定危険部位ではない」として、禁輸措置を取らなかった(因みに、フランスでは、胸腺も特定危険部位に含まれている)

  • 2007年2月16日 厚生労働、農水両省が、米国から出荷された牛肉の中に、日米で取り決めた輸入条件に違反するものが含まれていたと発表した。日本が米国からの輸入を許可しているのは月齢20ヶ月以下の牛の肉に限られているのに、これを超過していた。しかし、全面禁輸はせず、条件違反の肉を処理した施設からの肉だけを禁輸とした。


◆日本政府ってのは、結局、国民の健康・生命なんかどうでも良いのだね。

厚労省は2005年3月31日、1980年~1996年の期間において、英国、フランスに1日でも滞在したことがある者は、

献血してはならない、という通達を出している。

これは、英国とフランスが、肉骨粉の使用を規制していなかった時期だ。この時期に大量のBSE感染牛肉が英仏両国で消費された

可能性がある。1回でも感染牛の肉を食べた者は変異型クロイツフェルト・ヤコブ病に感染しているかも知れないから、

献血するな、と、そこまで神経質なことを決める一方で、

今度は30ヶ月未満の米国牛肉を輸入しようという。

足がふらつく、典型的なBSEの症状が出ている牛の肉を食う国から。

日本では、2003年11月4日に、生後21ヶ月の国産牛のBSE感染が確認されているのだ。

本当は生後20ヶ月以下の牛とて、BSEに感染しないと断定する根拠はない。

日本政府の意図はただ、米国の要求に従い、睨まれないようにすることで、BSE感染牛を食べた国民が、

変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(←潜伏期間が長く発症したら治療法はない)になっても構わないのであろう。

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2007.12.07

毎日新聞宛質問状「リタリン報道について。患者が仮処分申し立てを行ったことを何故報道しないのか?」

◆毎日新聞のサイト内「お問い合わせ・ご意見 jから、私が送ったメッセージ全文

JIRO(注:実際は、実名を記載)といいます。

9月18日、この「お問い合わせフォーム」で、御社「精神医療取材班」のリタリン報道の恣意性を指摘しました。

その後10月29日の紙面、「開かれた新聞:委員会から 10月度 ミャンマーの長井氏銃撃報道ほか」を読むと、リタリン報道が問題視されていますね。

◇効果と副作用のバランスを--柳田委員

◇「救われた人」への配慮必要--玉木委員

◇重要な報道、全体像の整理を--吉永委員


と4人中3人が、毎日新聞の報道姿勢を批判しています。

玉木委員は「『偏っている』という読者の批判を重く受け止めるべきだ。」と述べています。



12月3日、遂にリタリンを正しく服用していた、遷延性うつ病患者が裁判所に対して法的措置を求める行動に出ました。

4日付の朝日新聞と読売新聞は、報道していますよ。
asahi.com:リタリン処方厳格化 患者、差し止め申し立て

http://www.asahi.com/national/update/1204/TKY200712030357.html

リタリン登録制「やめて」、服用患者が仮処分申し立て : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071203i306.htm

リタリンに関して、一番熱心に報道していた毎日新聞は、何故報道しないのですか?

この事実を知らないのですか?

だとしたらお粗末な取材力ですね。

或いは知っているにも関わらず、自社の主張に反するため、故意に無視しているのですか?

だとしたら、「『偏っている』という読者の批判を重く受け止めるべきだ。」という玉木委員の意見も無視しているのですね。

それでも日本を代表する新聞ですか?

患者が仮処分を申し立てた事実を報道しない、合理的な理由を教えて下さい。


◆【為参考】10月29日付毎日新聞朝刊に掲載された、「開かれた新聞」委員会の記事

【引用者(JIRO)注】記事前半は、リタリンとは関係がない、ミャンマーの長井氏銃撃報道であるが、敢えて紙面全体を転載することにした。

引用者が、記事を改竄していない事を示す為である(完全に証明することは不可能。確かめたければ、図書館で縮刷版と突合されたい)

◆開かれた新聞:委員会から 10月度 ミャンマーの長井氏銃撃報道ほか(2007.10.29 東京朝刊 27頁 総合面 写図有 (全3,718字)


 ◇ミャンマーの長井氏銃撃報道/向精神薬「リタリン」乱用報道



 毎日新聞「開かれた新聞」委員会の月例報告(10月度)は(1)ミャンマーで銃撃された日本人ジャーナリスト、長井健司さんの写真掲載(2)向精神薬「リタリン」の乱用をめぐるキャンペーン報道について意見を聞きました。(意見は主に東京本社発行の最終版に基づきました)



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 ■ミャンマーの長井氏銃撃報道



 ◆倒れた写真を掲載



 ミャンマーの民主化を求める反軍政デモを取材していたAPF通信社の長井健司さんが銃撃され、死亡しました。毎日新聞は倒れている長井さんの写真を9月28日朝刊1面で報じました。13版までは長井さんが入っていませんでした。この場面の写真は各社で扱いが分かれました。「東京」は男性を長井さんと特定せずに掲載。「朝日、読売、産経」は長井さんの写っていない写真を掲載。「朝日」は同じ日の夕刊で長井さんをカットしていない写真を掲載しました。



 ◇紛争の最前線、極限で表した映像--柳田邦男委員(作家)



 死者の写真を掲載するにあたっては(1)人間としての尊厳を傷つけない(2)センセーショナルにして、子どもに悪影響を与えない(3)報道の狙いが明確――の3点が重要だ。それらを踏まえて事例ごとに判断したい。今回は(1)デモを鎮圧する軍隊の暴虐ぶりを象徴的に示し、極めて社会性が強い(2)紛争の最前線で事実を伝えるジャーナリスト精神を、自らの死という極限で表した映像と意味づけられる(3)いたずらにむごたらしくない――との理由で、最初から掲載すべきだった。表面的な穏当さに逃げることなく、戦争や紛争の現実を勇気を持って直視すべきだ。それこそが本当の人権を守る報道だと思う。



 ◇真実写し取った写真、掲載は当然--田島泰彦委員(上智大学教授)



 長井さんが銃撃、殺害された場面は、名前も特定して横たわる姿を報じた9月28日朝刊1面の最終版の判断はきわめて当然である。一般論としては、事件・事故の被害者の写真については、悲惨さや遺族の感情へ配慮が求められるのは確かだとしても、長井さんが銃撃され、横たわるこの場面こそ今回の事件の真実と現実の一面を見事に写し取っているものに他ならず、写真ジャーナリズムが果たすべき重大な役割だと思う。むしろ、毎日の13版以前や他紙の多くがなぜ長井さんの姿を人為的にカットして掲載したのか、問いたいところだ。



 ◇証拠能力ある写真、報道の生命線--玉木明委員(フリージャーナリスト)



 新聞には遺体の写真を掲載しないという原則がある。が、この場合は別だ。これは長井さん殺害の事実を示す重要な証拠写真だ。この写真を見れば、長井さんは間違いなく殺害されたことが分かる。証拠能力をもった事件の現場写真は、報道の生命線である。長井さんが写っていない写真では、その意義が半減してしまう。遺族も事実を知りたいはずだ。長井さんと確認された段階で、長井さんの写っている写真に切り替えた毎日新聞の判断は適切だった。マニュアルにこだわり過ぎると、報道が萎縮(いしゅく)してしまう。局面に応じた柔軟な判断が求められる。



 ◇人権への配慮、損なわれる危険も--吉永みち子委員(ノンフィクション作家)



 長井さんが悲惨な戦場や紛争の実態を伝えるという強い意志を持ったフォトジャーナリストであったことで、一般人より遺体の写真を載せることへのハードルが低くなり、読者もまた受け入れやすく、この判断が支持された。ただ、愛するものの痛ましい姿を全国的にさらされるご家族への配慮、これが前例となってなし崩しに人権への配慮が損なわれることがないような歯止めが必要なのではないか。掲載の決断には、その後のビルマ(ミャンマー)報道をどの視点で続けるのかが問われ、抗議の姿勢を維持する責任も伴うのではないかと思う。



 ◆編集局から



 ◇「狙い撃ちの可能性」示す写真



 日本の報道機関は遺体の写真の取り扱いに極めて慎重です。死者の尊厳や遺族感情に配慮し、原則的には掲載しない判断をしてきました。



 長井さんが銃撃された日、ロイター通信が配信してきた写真は、逃げまどう市民たちの右下に倒れた男性が写っていました。それが長井さんだということは初めは分からず、締め切りの早い版では、市民たちに焦点を当てて、倒れた男性の部分をトリミング(カット)して掲載しました。しかし、深夜になって男性が長井さんと確認され、編集局で掲載の是非を議論しました。



 倒れてもなおビデオを握りしめる長井さんの姿はジャーナリストの使命感を感じさせ、心に訴えるものがありました。長井さんは公人ではなく私人ですが、報道という仕事は極めて公的な性格のものです。また、流れ弾に当たったというミャンマー政府の説明にもかかわらず、写真は至近距離から狙い撃ちされた可能性を示していました。



 悲惨な写真ですが、これらの事情を総合判断した結果、倒れた長井さんの姿は報道すべきニュースだと考え、最終版で写真を切り替えました。被害者の写真の扱いについては、今後も個別の事例ごとに慎重に検討し判断していきたいと思います。【東京本社編集局次長・河野俊史】



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 ■向精神薬「リタリン」乱用報道



 毎日新聞は向精神薬「リタリン」の乱用による依存症など、副作用をめぐる実態をキャンペーン報道しました。しかし、乱用の弊害を強調しているとして、読者から「リタリンのおかげで日常生活が送れているケースは少なくない」「ひどい報道だ」などの意見が約40件寄せられました。



 ◇効果と副作用のバランスを--柳田委員



 一部の精神科医が十分な診断をしないで向精神薬を処方している実態を、報道によって告発することは重要だ。しかしその場合も、精神科の診療、特に薬物療法の全体的な状況や、効果の出ている患者の実態などについて、十分に目配りの利いた記事を構成すべきであろう。そうしないと、効果の出ている患者を混乱させることになりかねない。薬は効果と副作用のバランスをどうとるかが重要。特に精神疾患やがんなど、薬の使い方が難しい分野ではそのバランスの問題をおさえて議論していることがわかるような記事にしてほしい。



 ◇ずさんな診療実態、浮き彫り--田島委員



 リタリンをめぐる一連の毎日新聞の報道は、この問題の現状と背景を多面的に伝えていて有益である。特に、依存症の遺族や凶悪事件への発展のケースなども含む乱用実態や、ずさんな処方を繰り返す医師や医院の診療実態が丁寧な取材によって浮き彫りになったと思う。遺族取材などにより、うつ病への適用を容認してきた国の対応の遅さも指摘しているが、今回の流通制限などの改善にとどめず、製薬会社や薬事行政の構造的な問題など掘り下げた解明も望みたい。他方でリタリンの効用、服用患者への配慮にも続報が欲しい。



 ◇「救われた人」への配慮必要--玉木委員



 毎日新聞の一連の記事は、覚せい剤の代用品として使われることを知りながら、安易にリタリンを処方する病院に警告を発し、併せて依存症の怖さを知らしめるものだ。重要だが、それだけだと、リタリンが覚せい剤同様の恐ろしい薬品という印象になる。実際にリタリンを服用している患者には、ショックも大きいだろう。もちろん、リタリンの適正な処方で救われた人も多いはずだ。そういう観点からのフォロー記事がないのは、やはり配慮に欠けているように思える。「偏っている」という読者の批判を重く受け止めるべきだ。



 ◇重要な報道、全体像の整理を--吉永委員



 向精神薬リタリンの一連の記事は、さまざまな問題点を明らかにしたが、提起される事柄が多岐にわたっていて多少混乱したことは否めない。薬そのものの依存性の問題、処方の安易さの問題、安易に処方する医師の問題、乱用する者の問題、医師法や医師の処方権の問題、うつ病に使用される日本の問題などが次々に提示され、部分的に読んだ場合、全体像がつかみにくい。そのため正しく処方された場合の効能に誤解を生んだ。重要な報道内容でもあり、きちんと整理してまとめた形の特集でも組んでほしい。



 ◆編集局から



 ◇有効な防止対策を追求



 リタリンの乱用による副作用被害は極めて深刻です。その背景には、患者を多く集めるために安易に処方する一部の医療機関の存在があります。リタリンをはじめ、向精神薬の乱用に歯止めをかけるにはどうしたらいいのか、医療機関や製薬会社、行政に有効な対策を求めていくことが報道の狙いです。



 80年代以降、リタリンが、うつ病に効くという臨床試験の結果はなく、うつ病への適応削除を決めた厚生労働省の審議会でも異論は出ていません。とはいえ、「リタリンによって何とか日常生活を送っている」という患者が少なくないのも現実です。乱用防止はもちろんですが、こうした人たちの苦しみに応えるためにも精神医療、薬物治療はどうあるべきかをさらに掘り下げていこうと考えています。【東京本社社会部長・斉藤善也】


◆コメント:「開かれた新聞」委員会4人中3人が「リタリン報道」の問題点を明確に指摘している。

あまり褒めたくないが、辛うじて毎日新聞で評価できることは、外部有識者により、同社記事の妥当性をチェックする委員会を設け、

毎日に批判的な意見も、公開し、紙面に載せていることである。

しかし、委員会を設置し、有識者に意見を聞くだけ聞いて無視していては、「開かれた新聞」委員会は意味を持たない。

10月29日の毎日新聞朝刊に掲載された「開かれた新聞委員会」メンバー四人が、毎日新聞のリタリン報道に批判的であることに注目されたい。

これに対して、社会部長がコメントをつけているが、答になっていない。

さらに、先日書いたばかりだが、

遷延性うつ病患者が、リタリン製造・販売元、ノバルティス・ファーマのリタリン処方医、薬局登録制の差し止めを求める仮処分申請を行った際、

読売新聞と朝日新聞はこれを記事にしたが、リタリン報道に関して最も「熱心な」毎日新聞は、この事実を無視して記事にしなかった。

毎日が「反リタリン主義」であることは、既に十分すぎるほど分かっているが、だからといって、裁判所に法的措置を求めるほど困っている患者がいる、

という事実を無視していることは、アンフェアである。

お分かり頂けると思うが、今日、私が毎日に質問状(というべきか、抗議文というべきか)を送ったのは、そのためである。

ブログに全文を掲載することにより、私が毎日新聞にメッセージを発したことは多数の読者の知れるところとなった。

過去の私の抗議文は、毎日により完全に無視された。

今度はどうなるか。多分同じ事だろうが、それならそれで、マスコミが如何にいい加減なものか、広く読者の方々に知っていただける。
それが本稿の目的である。

毎日から回答があった場合は、勿論、ここに載せる。いつまで経っても返事がなかったら、それも報告させていただく。

【読者の皆様にお願い】

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2007.12.06

12月5日は、モーツァルトの命日です。【差替】ホルン協奏曲、やや音質良くしました。

◆あの世へいっても、モーツァルトに会うことなど、私は出来ない。

モーツァルトに関して書こうと思ったのですが、どうしても過去に書いた文章と同じになってしまいそうなのです。

特に、昨年書いた文章と今の心境は

殆ど変わっていません。無精をするつもりではないのですが、お読みいただければ幸いです。

いつかは、皆あの世にいくわけですけど、仮にあの世でモーツァルトに会えるとしても、私はとても恐ろしくて、

面と向かって会う勇気などありません。もしも、会ってしまったら、私はモーツァルトから、

「君は、何だか音楽について分かったようなことを書いていたけど、要するにみんな受け売りだろ?

君自身は、音楽のことなど、何もわかっていないな。」

と言われるのが、ほぼ確実。

それは、私にとって死刑判決に等しいのですが、「あの世」にいるということは、既に死んでいるのですから、

それ以上どうすりゃいいっていうんだ(「地獄へ堕ちるのさ」などという誰でも思いつくツッコミはしないで下さいね)!


◆「モーツァルト頌」から一言ずつ。そして楽しく美しい曲をご堪能下さい。

去年書いたのですが、ご存じない方が多いと思いますので、ちょっとだけ、能書きを垂れます。
モーツァルトに対する賛辞を集めた、モーツァルト頌という一冊の分厚い本があります。

よくぞ、これだけ集めたものですが、とにかく古今のあらゆる芸術家、思想家、科学者までもがモーツァルトへの思いを言葉に残しています。

人類史上、これほど多くの、しかも自らが天才と呼ばれている人から、最大級の評価を得た人間はモーツァルトぐらいではないかと思います。

あんな大天才が死んだなんて、本当に残念だ。しかし、こちらは大助かりだ。あんな天才に長生きされたら、我々の作曲にビタ一文払う者は、いなくなってしまうだろう(サリエリ)

ディベルティメント17番 K.334から、メヌエット。典雅の極み。何たる品の良さ。

ウィーン・フィルのコンサートマスター、登山中に滑落死した、故・ゲアハルト・ヘッツェル氏のソロが素晴らしい。

亡くなられたのは随分前ですが、いまだに残念です。





私は神に誓って申し上げますが、ご令息は、私の知る限り最も偉大な作曲家です。(ヨーゼフ・ハイドンが、モーツァルトの父に向かって云った言葉)

クラリネット五重奏曲 K.581より、第一楽章。自らの寿命が尽きつつあることを知っている人がこんな穏やかな曲を書いた奇跡。







モーツァルトの肖像を贈呈します。この大家中の大家を前に、私もそうしているように、あなたも帽子を脱いで敬礼したまえ(ロッシーニ)

ホルン協奏曲第4番、K.495。第一楽章。今のホルンですら、難しいのに、

当時のバルブのないホルンで吹いたロイトゲーブというモーツァルトと仲の良かったホルン吹きは、底知れぬ天才だったのでしょう







モーツァルトのピアノ協奏曲のような「本当の」音楽の素晴らしさは誰にでも分かる訳ではない。私たちごときの作曲がもてはやされるのは、そのおかげです(ブラームス)

ピアノ協奏曲第27番 K.595。終楽章。あまりの美しさに気が遠くなりそうです。







お薦めCDは、次の通りです。

ディベルティメント17番 ウィーン室内合奏団

クラリネット五重奏曲 カール・ライスター ウィーン弦楽四重奏団

ホルン協奏曲全集 デニス・ブレイン(ホルン)カラヤン=フィルハーモニア管弦楽団

ピアノ協奏曲 23番、27番 アシュケナージ(独奏・指揮)、フィルハーモニア管弦楽団



勿論、一度に買うことはありませんが、いずれも非常な名演です。

それでは、失礼します。

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続きを読む "12月5日は、モーツァルトの命日です。【差替】ホルン協奏曲、やや音質良くしました。"

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2007.12.05

<国際学力調査>「理科に関心」最下位←大人も同様では?「マウスの肌若返りに成功…米チーム」でブログ書いている人、少ないもんね

◆記事1:<国際学力調査>「理科に関心」最下位 数学的活用力も低下 (12月4日18時25分配信 毎日新聞)

経済協力開発機構(OECD)は4日、57カ国・地域で約40万人の15歳男女(日本では高1)が参加した

国際学力テスト「学習到達度調査」(PISA)の06年実施結果を発表した。

学力テストで、日本は数学的活用力が前回(03年)の6位から10位となり、2位から6位に下げた科学的活用力と併せ大幅に低下した。

また、理科学習に関するアンケートで関心・意欲を示す指標などが最下位になり、

理科学習に極めて消極的な高校生の実態が初めて明らかになった。


◆記事2:老化の“司令官”発見、マウスの肌若返りに成功…米チーム (12月1日14時44分配信 読売新聞)

【ワシントン=増満浩志】米スタンフォード大などの研究チームが、体の様々な組織を老化させる“司令官”としての役割を担っているたんぱく質を発見、

マウスの皮膚の一部でそのたんぱく質の働きを抑えたところ、肌の若返りに成功した。15日付の専門誌「ジーンズ・アンド・ディベロップメント」に発表する。

同大のホワード・チャン助教授らは、人間などの細胞内で遺伝子の働きを調節しているたんぱく質の中から、

高齢になると各組織で活発化するものを探し、免疫の調節などにかかわる「NFカッパB」に着目。

ある薬品に触れた時だけ、細胞内でNFカッパBが働かなくなるよう、遺伝子を操作したマウスを作製した。


◆コメント:理科に関心をもて、と言っただけでは無駄だ。

記事1をよく読むと、数学は学力テストの結果だからある程度客観性があるが、

理科学習に関しては、アンケートなのです。これだけじゃなんともいえないね。「興味がある」と回答した生徒が勉強しているとは限らないからだ。

つまり、興味がある、と答えた他の国と日本人の子供達にテストを受けさせたら、実際の学力は日本人の方が高いかも知れない。

ミス・リーディングな記事だ。



実は私も高校生の頃は数学も理科も嫌いだった。だから、偉そうなことは全然言えないのだけれど、

自分が数学や理科に関心がなかった心理を思い出すと、はっきりしている。それは、

だから、どうだっていうんだ?

ということである。数学の問題で「~の角度を求めよ」を見ると、
「それが解けたら、どうだっていうのだ」

化学で、PV=nRT を教わっても、
「だからどうしたっていうのだ」

と思ってしまう。どの教科でも、「それを言っちゃあ、お仕舞いよ」

という態度である。人それぞれ得手不得手があって良いと思うのだが、

勉強してみなければ、得手・不得手もない。

いずれにせよ、高校で習ったことを、大人になっても全部覚えていたら、大変な博学である。

「学生時代にもっと勉強しておけば良かった」、という大人は大勢いるが、

「勉強しなければ良かった」という人を少なくとも私は知らない。


◆世の様々な問題を考えるときに、科学的知識・思考力が必要だ、という事が分かればいいのだ。

例えば、記事2である。肌が若返るとは、特に女性には大変な朗報でしょう?

理科ばかりではなく、このように、今現在、世の中で話題になっていることを生徒に提示して、それを理解するには勉強が必要だ、

と諭すのが良いのではないか。

ただ、「学生なんだから勉強しなさい」の一点張りでは、能がない。この記事を「理解した」というためには、

タンパク質とは何か?

細胞とは何か?

遺伝子とは何か?

免疫とは何か?

を説明できなければ、分かったことにはならない。



もう一つだけ、例を挙げる。
私は、近ごろリタリンの話を何度も書いているが、新聞・雑誌はしばしばリタリンを「合法覚醒剤」などと無責任に書く。

そういう書き方をしたら、正しくリタリンを服用している人が誤解を受ける。

一般に日本で所持していて逮捕される覚醒剤は「アンフェタミン」という物質で、一方、処方薬リタリンは「メチルフェニデート」という物質である。

そこまでは私にも書けるが、化学的に両者はどう違うのか、そして薬理作用にどのような違いがあるのか、説明したいのだが、分からないから出来ない。

高校の化学では、勿論そんなことは教えないが、もう少し私が学生時代真面目に理科を勉強して基礎を固めていたら、それを元に勉強できたかも知れない、と後悔している。

まあ、そういうことです。

それでは、また。

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2007.12.03

「リタリン登録制、やめて。服用患者が仮処分申し立て」←「反リタリンキャンペーン」の毎日は無視。/【追加】朝日は書いた。

◆記事1:リタリン登録制「やめて」、服用患者が仮処分申し立て(12月3日15時19分配信 読売新聞)

乱用が問題になっている向精神薬「リタリン」(塩酸メチルフェニデート)について、

製造販売元のノバルティスファーマ(東京都港区)が、医師や薬局を登録制にして流通を管理する方針を打ち出したことに対し、

リタリンを服用してきたうつ病患者ら5人が3日、同社を相手取り、登録制の差し止めを求める仮処分を東京地裁に申し立てた。

申立書などによると、5人は、うつ病などのためにリタリンの処方を受けていたが、この薬の乱用が社会問題化したことから、

厚生労働省は10月、効能からうつ病を削除し、適応症を睡眠障害のナルコレプシーに限定。

同省の指示に基づき、同社は来年1月までに同障害を適切に診断できる医師らを登録し、リタリンの流通管理を徹底することになった。


◆記事2:黙殺されたリタリン患者の会見(11月28日13時41分配信 オーマイニュース)

(ウェブキャッシュ:http://s03.megalodon.jp/2007-1203-2157-59/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071128-00000002-omn-soci)

難治性・遷延性うつ病や睡眠障害のナルコレプシー、ADHD(注意欠陥・多動性障害)の治療薬として用いられてきた向精神薬「リタリン」について、

ADHD(注意欠陥・多動性障害)の患者会と難治性うつ病の患者会の代表者が11月22日、厚生労働省を訪れ、

リタリン治療の継続や、同様の効能を持つ薬剤「コンサータ」の早期承認を要望した。

患者会は適応症から削除された難治性・遷延性うつ病の治療にリタリンが再び処方できるようにすることや

ADHD患者へのリタリン処方の承認などを求めた。要請後、厚労省の記者クラブで代表らは記者会見を行い、出席した記者からは多数、質問が発せられた。

しかし、今回の行動は時事通信が【「リタリンの使用継続を」=患者ら厚労省に要望】との見出しで、ベタ記事で報じたのみで、

他の全マスコミからは完全に無視された。署名活動に協力してきた患者の1人は憤る。

「リタリンの規制を求める家族会が厚労省に陳情した時は全マスコミが取り上げました。

中でも毎日新聞は大きく取り上げています。しかし、今回の要請後の記者会見には全マスコミが出席したのに、

まったく記事で取り上げない。リタリンを必要としている患者たちが初めて実名で顔を出して、声をあげたのですから、

ニュース性はあるはずでず。今回のメディアの黙殺はどれだけリタリンに関する報道が偏向しているかをよく物語っていますよ」

たしかに、メディアの大半はリタリンを扱う時、違法売買や依存症、乱用問題など負の要素ばかりに焦点をあて、

同薬を治療に必要とするADHD患者や難治性・遷延性うつ病患者の声を取り上げるところは一切なかった。

11月16日、リタリンの処方が問題視されていた東京クリニックに警視庁が家宅捜索した時にメディアで大々的に取り上げられたのと比べれば、雲泥の差だ。

大新聞の記者の1人が匿名を条件に実状を話す。

「リタリン=社会悪、一刻も早く抹殺されるべき忌むべき薬だと皆が一様に思い込んでいます。

リタリンを擁護するかのような記事を載せたら、世論の反発をかうと現場は恐れています。

厚労省と製薬会社による新たなリタリン規制策にどれだけ多くの問題点があろうとも、

それを批判することはできない。とにかく規制はイイコトだと思っています。

いわば、魔女狩りのような状況です。リタリンについて冷静に報道できるのは、オーマイニュースぐらいですよ(笑)」

リタリンに関して客観報道できるのは本誌だけとは何ともお寒い状況である。

そんな中、リタリンの製造販売元のノバルティスファーマは厳格なリタリンの流通管理策の実施を着々と進めている。

広報部に取材したところ、同社は12月にリタリンを処方できる医師・医院の基準を提示して、

全国の医師・医院に通知した後に、指定医に認定されることを希望する医院・医師からの申請を受け付け、

12月のわずか1カ月だけで同社が専門家を集めて設置した第三者委員会が申請のあった医師・医院の適格性を審査する。

12月中に基準の通知・申請の受け付け・申請医の審査という作業を一気に行い、1月1日には新たなリタリンの流通管理策を実施するというのだ。

「慎重」という言葉とは対極にある拙速かつ早急過ぎる対応といえるだろう。やっつけ仕事と批判されても仕方あるまい。

これまで製薬会社の暴走をとめられなかったうつ病患者だが、粗雑な規制策の実施を中止・撤回させるために、

ノバルティスファーマと厚生労働省を相手に首都圏に住む複数の患者が原告となって近日中に訴訟を起こす予定だ。

司法の場でリタリン規制の正当性が争われることになる。訴訟を受けても製薬会社は予定通り規制を実施するのか、

それとも、規制を延期・撤回するのか。


◆コメント:リタリン使用賛成・反対両方の(特に専門家の意見を報じた新聞が全くないというお粗末さ。

私が、リタリン問題を取りあげるのは、大新聞、大テレビ局、大通信社が「まともに」取りあげず、

精神科の患者は全てキチガイだと思っているようなバカな人たちには、真実が正しく伝わらないからである。

問題の本質は、

1.或る薬物を服用する患者の中に、それを乱用するものがいるからと言って、処方通りに服用している者に対してまで、

処方を禁ずることは、正しくない。それを徹底するならば、れっきとした向精神薬であるアルコールにも同じ論理を適用して、

禁酒法を制定するべきである。(リタリン乱用で入院した患者の数は、毎日新聞によれば、2006年に全国で15人。

一方アルコール依存の治療を受けている患者は、1万7千人。治療を受けていない者を含めると全国にアルコール依存症患者は、

少なくとも80万人もいる。(医療行政=厚労省の問題)。

2.毎日新聞を初めとする、大手メディアは、リタリン使用者の中で乱用して、錯乱状態に陥り(これとて、因果関係は証明できない)高いところから飛び降りた若者の話など、

極めて特殊なケースを過剰に、誇大に強調するばかりで、リタリンを使用してその主作用(中枢神経賦活作用)のメリットを

享受して、普通に生活出来ている患者や、「遷延性・難治性うつ病に、リタリンは有効だ」と考えている精神科医の声を最初から聞こうともせず、

報道の公平性を欠いている(報道の問題)。

に大別できる。

さらに、殆ど犯罪的とも言えるのは、先日「『リタリンの使用継続を』=患者ら厚労省に要望」←ひどい医療行政なのですよ。

(ココログではこちら)で書いたとおり、

大人の多動症(ADHD)、注意欠陥障害(ADD)の患者が、使用できる薬が無くなってしまったことだ。

どんな薬であっても、一部の不届き者のために、正常使用者がある日を境に、それまで長年服用していた薬が使えなくなるというのは、

あまりにも乱暴な医療行政である。

リタリン乱用によって入院に至った患者は1年でたったの15人である。例によって分母(総使用者数)を書かないマスコミの記事の書き方は、

明らかに恣意的だ(タミフルの異常行動に関する報道と同じだ)。


◆専門家のレファレンスブックをスキャンして載せる。

ずっと昔から、精神科医が使っている、こころの治療薬ハンドブック という本がある。2006年に最新の第4版が出たばかりだ。

リタリンのページをスキャンしたので、載せる。

ダウンロード t_img010.jpg (276.1K)

これを読むと、この稿の筆者、山梨大学精神神経医学講座(執筆当時)の竹内というドクターが、

リタリンを特別視していないことが分かる。特に右側のページ、「ワンポイント・アドバイス」に注目されたい。

精神科の臨床医が

「リタリンは特殊な病態の薬であると印象が強く、また依存性・耐性の問題が強調されるが、(中略)思ったより副作用や依存の少ない薬剤である」

と述べており、更に、服用中止に際しても、

「期待して効果が安定したところで、2~4週間をかけて、徐々に処方量を減らしていくのが望ましい」

と書いている。

先週も書いたが、厚労省は、このような「減薬期間」を全く設けず、

10月26日を以て、ナルコレプシーの患者以外に処方してはいけない、という通達を発した。

リタリンのうつ適応除外は、単なる感情論ではなく、私の如き素人が調べでも、医学的見地から、

大きな問題があるので、今日訴訟を提起したのはうつ病患者だけだが、ADD、ADHDの患者も、

厚労省の決定に関して、司法に法的措置を求めるべきであろう。


◆【追加】朝日新聞が書きましたね。

朝日新聞が患者が提訴したことを記事にしています。朝日も毎日ほどではないが、反リタリンの立場だったけど、

毎日の様に、患者が訴訟を起こしたことすら無視するよりは良いでしょう。

記事キャッシュURL=http://s03.megalodon.jp/2007-1204-1943-37/www.asahi.com/national/update/1204/TKY200712030357.html

◆記事:リタリン処方厳格化 患者、差し止め申し立て(2007年12月04日06時22分)

記事キャッシュURL=http://s03.megalodon.jp/2007-1204-1943-37/www.asahi.com/national/update/1204/TKY200712030357.html

薬物依存が問題となっている向精神薬「リタリン」をめぐり、難治性うつ病などの患者ら5人が3日、

製造販売元の「ノバルティスファーマ」(東京都港区)が厚生労働省の指示に従って流通を厳格化しないよう求める趣旨の仮処分を東京地裁に申し立てた。

同省が10月、リタリンの効能からうつ病を削除し、適応症を睡眠障害「ナルコレプシー」に限定したことから、患者らは「完全に服用できなくなる」と主張している。

同社は、厚労省の対応を受けて社内に第三者委員会を設置し、処方できる医療機関などを登録制にするための基準づくりを進めている。

患者側は「猶予期間をおかず、長く用いてきた薬剤を抜き打ち的に断薬させることは、健康で文化的な生活を送る権利を侵害している」と訴えている。

記事の最後のセンテンスが伝える患者側の主張は、お分かりの通り、私の意見と同じです。

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「ジャーマン・ブラスのクリスマス」これは、楽しいよ。

◆今年、ジャーマン・ブラスを知ったことが一番の幸せでした。

音楽の話ばかり書かずに天下国家を論ぜねばならないのですが、あまりにも「ひどい、暗い、重い」話が続いたので、許しておくんなさい。

長年、クラシックを聴いています。CDも随分聴きますが、本当に買って良かった、と思えるものには、滅多に出くわしません。

先日ご紹介した森麻季さんのCDは、そういう希有な例の一つです。

森麻季さんの音楽評論は先日書きましたが、もうひとつ、私にとって今年一番の幸福はジャーマン・ブラスという金管アンサンブルの演奏の素晴らしさを

知ったことです。久しぶりに胸がときめきました。少年の頃、初めてプロのトランペットの音を聴いて、全身が震えるほど感動した時の記憶が蘇りました。

今までの人生で死にたい、と何度も本気で思いましたが、生きていて良かったと思いました。


◆クリスマスに向けて、お薦めしたいアルバムがあります。

ちょっと気が早いのですけれども、ブラス・アンサンブルのCDなどというものは、レコード業界から見れば極めてマイナーな存在ですから、

在庫がなくて、お取り寄せ、になるかも知れない。クリスマスに間に合うように、あえて早めに書きます。このCDはプレゼントにも適しているのではないか、

と思うほど、誰が聴いても楽しいような気がします(私の思いが強いだけかも知れませんが)。



お薦めするのは、German Brass 北から南からです。

国内盤で、どうしてこういうタイトルにしたのか分かりませんが、原盤のタイトルは、

"At The End Of The Year"なのです。とはいうもののクリスマスの曲ばかりではないので、飽きません。

至極まっとうなクラシック(バロック)から、チャイコフスキーのバレエ音楽、

そして、日本では、「マンボ・No.5」と呼ばれているドンチャン騒ぎまで録れてありますが、

どれもが、各奏者の卓越した技巧、音楽性が土台にあるから、極めて優秀な演奏なのです。


◆何曲か聴いて頂きます。

まずは、バロックから2曲。

ヘンデル:水上の音楽から、有名な「ア・ラ・ホーンパイプ」です。







同じくヘンデル:王宮の花火の音楽から、「歓喜」です。







私は、この「歓喜」。短い曲ですが、昔から大好きなんです。なんと絢爛豪華な、輝かしい、品の良い音楽でしょう!

次はくるみ割り人形から、これは、なんだっけ・・・。たしか「チョコレートの踊り」です。トランペットのソロが華やかです。







先日、森麻季さんのCD評にも書きましたが、簡単そうに吹いていますが、最初のトランペット、難しいのですよ。この人、上手いねえ・・・。

さて、最後はクリスマスとは関係ないけど、ラテン・ミュージックの有名な「マンボ・ナンバー・ファイブ」(原題読めません。すいません)です。

ラテンパーカッションが入るわ、メンバー(ジャーマン・ブラスのね)の歌が入るわ、楽しい楽しい。







ホントにうめえな、この連中。ま、でもこういうのはただ楽しめばいいんで、野暮な解説はやめときます。

買うのはHMVの方が早そうですけど、

詳しい、収録曲目はAmazonに日本語で書いてあるので、ご参考までにリンクしておきます。

中に一曲、演奏時間13分に及ぶ長い曲がありますが、これはクリスマス・ソングや賛美歌を巧みにつないで編曲したものです。

それは、本当にクリスマスになったら載せようかと思っております。

それでは、今日はこの辺で。

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2007.12.02

ベートーベン交響曲全曲(その13)第四番 第一楽章 by 朝比奈隆、カルロスクライバー、カツァリス(ピアノ)

◆同じ曲を色々な人の演奏で聞き比べるのは、確かにクラシックの楽しみの一つです。

人それぞれ、好みは違いますので、「クラシックなんざ、大嫌えだ。」という方もいらっしゃって当然です。

人間に生まれたからにはクラシックを好きになるべきだ、などとは私は全く考えていませんが、食わず嫌いの方が好きになって下さったら嬉しいな、

と願いつつ、毎度知ったかぶりをしておりやす。へい。


つまり私は、今更言うのも何ですが、クラシックが好きなんですよ。何と云われようが。キザだと言われようが何と云われようが関係ないのですね。

何故かと訊かれても、答えようがない。「好き」に理由は無いんで、「好きだから好き」なんですが、クラシックに関して興味深いと思うのは、

これらの曲は何百年も、色々な人が入れ替わり立ち替わり数え切れないほど繰り返し演奏してきた訳です。

これは、客観的に見て、すごいことだと思うのです。

何百年経っても、しかも西洋音楽なのに、東洋人の私たちまでもが、

繰り返し聴きたくなる音楽を創った人たちというのは一体どういう天才なのでしょう。

尊敬せざるを得ません。

しかしですね。

同じ曲を同じ人が演奏しても、全く同じ演奏ということは2度とあり得ないです。

ましてや、別の人が同じ曲を演奏したら、一人一人全部違うわけです。これが、面白いです。

厳密な意味での「繰り返し」(コピーというべきでしょうか)ではないのです。

クラシックを聴き始めて、最初は違いなんて分かりませんが、色々聴いていると、やがて、

「うーん、ここはもっと速く(遅く)弾いてもいいんじゃないか?」「もっと強く(弱く)弾いた方がきれいなんじゃなかろうか」

「ティンパニもっとガンガン鳴らしてくれえ!」「ティンパニ、やかまし。静かに!トランペットを目立たせなはれ。」

などといっぱし、分かったようなことを云いたくなります。私などがその最たるものですが。皆さん必ずそうなります。

そして、演奏者は勿論、聴き手の感受性もそれぞれ違うから、言うことも皆違います。

こういう風になってくるとやみつきになります。


◆極端に違う演奏を出来れば聞き比べて頂きたいと思い、用意しました。

ベートーベンの交響曲第四番は、統計があるのか分からないし、調べていないのですが、

二番、一番と共に演奏回数が少ない部類に属するのです。最初取っつき悪いけど(私は子どもの頃は退屈で嫌いでした)、

何度も接していると不思議なことに好きになることがあるのです(尤も、くどいようですが好きずきですから、嫌いなままでもいいのです(笑))。

この曲を今日はいつも聴いて頂いている、朝比奈隆&新日本フィルハーモニー交響楽団と、

以前、「お薦めCD」でご紹介した、カルロス・クライバー バイエルン国立管弦楽団 で、聞き比べて頂きたいのです。

どうしてこれを選んだかというと、違いが非常に分かりやすい。これほど対照的なのも珍しい。

何がそんなに違うのかというと、色々ありますけど、最大の違いはテンポです。

そりゃもう、演奏時間が(リピートをするかしないかもあるのですが)五分も違うのです。

テンポが何故そんなに違うかというと、特にベートーベンが楽譜で指定しているテンポは殆ど無茶苦茶なのです。



この曲は最初遅く始まり(アダージョといいます)朝比奈=新日本フィルだと再生開始後3分30秒後辺りでアレグロになります。

アレグロは二分の二拍子で一小節を二拍と考えます。その二拍=全音符を一分間に何回にするか、という書き方をします。

インディアナ大学が有難いことにスコアを公開してくれています。

序奏のアダージョから、アレグロにはいる、このページに、

Allegro Vivaceで全音符=80と書いてありますが、速すぎます。いくらなんでも。

じゃあ、どれぐらいのテンポにするかが指揮者の「解釈」の大切な一要素となります。


◆朝比奈隆=新日フィルは、アレグロが59~61ぐらいなのです。

朝比奈さんは、全般に遅いのですが、この曲でも、テンポは59~61ぐらいです。どうぞ。







テンポを測るときには、メトロノームではなく、曲に合わせてボタンをおす、テンポ・カウンターというものを使います。

コンサートでは、使えませんが、ここでは、小さいオンラインソフトでTempo Counterというものが

便利で、使わせて頂いています。

曲に合わせて「1,2」で一小節ですから、一小節に一回、Enterキーを叩くか、Startボタンをクリックします。

叩き損なったら、リセットボタンをクリックしてまた、Enterキーを叩けばいいのです。

余談ですが、一定のテンポを保つのが如何に難しいか良く分かります。

朝比奈さんはだいたい61ぐらいで、楽章の終わりにかけて、59ぐらいにやや、テンポが落ちます。


◆カルロス・クライバーは、何と、76近辺です。

カルロス・クライバーは終楽章ではもっと驚きますが、第一楽章も、朝比奈先生と比べると滅茶苦茶速い。

ベートーベンの指定に近い76ぐらいです。アダージョからアレグロへの移行も、朝比奈さんより、一分も早いのです。どうぞ。







何でも速ければ良い、ということではありません。朝比奈さんとクライバーの考え方、解釈が違うのです。



若い方はきっとクライバーの方が好きでしょうが、落ちついた朝比奈さんの方が良いという方もおられるでしょう。

それにしてもプロはさすがです。朝比奈さんのテンポで、もしアマチュア・オーケストラにこの楽章を弾かせたら、多分、

テンポを保ちきれなくて、段々速くなると思います。

そんなことでプロを褒めるとは却って失礼かも知れませんが、遅いテンポを揺れないで保つ方が難しいのです。

なお、書き忘れましたが、勿論指揮者は、前もってスコアを読んで、どれぐらいのテンポが良いか決めてから、

リハーサルをします。その時のテンポで本番に臨む訳ですけれども、ときどきリハの時と全然違うじゃねえかよ!

ということがあるらしく、これは、オーケストラを混乱させますから(特に難しいソロがあるパートなどは、たまりません)、

原則的に、やってはあきまへん。


◆【番外】リスト編曲版をピアノで弾くカツァリスは、72近辺です。

カツァリスという人は矢鱈とうまいので、アレグロに入って盛り上がるところでは瞬間的に74ぐらいで弾いています。





いつも同じコメントですいませんが、このピアニストは滅茶苦茶上手いです。

テクニックが有り余っていて、「もっと難しい曲、ないの?」と言っているようです。

今日は理屈っぽくなっちゃった。すいません。それでは。

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2007.12.01

「<薬害肝炎>感染者非告知に責任なし 厚労省調査チーム」←厚労省の責任を厚労省調査チームが調べたのです。

◆<薬害肝炎>感染者非告知に責任なし 厚労省調査チーム(毎日新聞 - 11月30日 21:32)

血液製剤フィブリノゲンの投与でC型肝炎に感染した418人分のリストが放置されていた問題で、

厚生労働省の調査チーム(主査・西川京子副厚労相)は30日、調査報告書を公表した。

リストが作成された02年7月当時、感染者を特定して告知しなかったことについて

「反省すべきで、批判を重く受け止める」としたものの、関与した職員の責任は「あるとは言い切れない」と否定。

リストを含む資料のずさんな管理にかかわった職員だけを週明けに処分する。

調査チームは弁護士2人を含む14人で構成し、約1カ月、職員、医療関係者、患者ら約50人から聞き取りをした。

リスト記載の418人は、その後の製薬会社の調査で既に47人の死亡が確認されており、

「早く告知していれば救える命があった」との批判が出ている。

これについて、聴取を受けた当時の担当職員全員が「告知についての議論はなかった」と証言し、検討をうかがわせる書類もなかった。

調査チームは

▽医師から感染の事実や感染原因を聞いていない患者がいた

▽自覚症状がないまま重篤化する危険がある--

などの点を挙げ「告知は可能で、患者への思いが至らなかった」と対応の不備を認めた。

しかし

▽国に告知の義務はない

▽リスト収集は患者の特定が目的ではなかった--

の事情もあったとして、法律上・行政上の責任は否定した。

ただ、製薬会社が提出した資料に2人の実名を含む個人情報があり、

それが地下倉庫に放置された点は「文書管理の大切さの意識が関係職員に欠落していた」と責任を明確にした。


◆コメント:腹が立ちすぎて(私の)血圧が上がり、気分が悪いです。

元気の良い時ならば、一から解説するのですが、あまりの厚労省の無責任さに、気力が出ません。

薬害肝炎問題とは何か、に関しては、一ヶ月ほど前に「薬害肝炎情報、厚労省が20年前から手がかり放置」←悪魔の役所。旧厚生省と厚生労働省

(ココログではこちらです)で説明しました。

その記事のリンク先には、更に過去に書いた解説があります。

薬害肝炎の基礎的な知識はそちらをお読み頂ければ、有難いです。



「責任」という言葉を広辞苑で引くと、

1.人が引き受けてなすべき任務。

2.政治・道徳・法律などの観点から非難されるべき責(せめ)・科(とが)。法律上の責任は主として対社会的な刑事責任と主として対個人的な民事責任とに大別され、それぞれ一定の制裁を伴う。

と書いてあります。

私は、厚労省の役立たずの役人どもは、1を果たしていなかったし、2.でいうところの「非難されるべき責め、科」があると断定します。

これは私の主観ではなく、普通の知能・判断力を持ち、正常な精神状態にある人が事態を客観的に観察したならば、同様の結論に達すると思われます。

ところが、今日、厚労省の調査チームは、
「厚労省の担当者に責任があったとは言えない」

との調査報告書を発表しました。何故、こうなったのでしょう?

薬害肝炎問題は、厚労省と被害者との間の「揉め事」と見なすことが出来ます。

ところが、薬害肝炎問題調査チームは、揉め事の当事者の一方である、厚労省の役人で構成されているのです。

厚労省と被害者との揉め事に関する責任の所在を本気で調べようとするならば、両者と関係の無い、第三者に委託すべきなのです。

厚労省の役人が、厚労省の役人の責任を「調査」したら、責任逃れの結論となることは目に見えています。

こういうのを、日本語で「茶番」といいます。茶番ですが、笑って済ませる問題ではない。

非加熱製剤により肝炎ウィルスに感染し、自覚症状がないまま、肝硬変を発症し、人が死んでいます。


私は、感染者リストを入手しながら、本人に通知しなかった厚労省つまり、日本政府には、患者に対する殺人の未必の故意があった、

と考えています。

そうはいっても、日本政府を死刑に処することはできません。当事者能力がないのです。

ですから、この問題に関しては、厚労省の担当者。問題発覚以来全ての厚労相。

そして、行政府の首長である代々の内閣総理大臣の刑事責任を問うべきだと思います。

この問題をひとごとと思ってはいけません。フィブリノゲン製剤は止血剤として使われました。

貴方や私も交通事故に遭い、出血が激しければ、使われていたかも知れないのです。

そして肝炎を発症していたかも知れないのです。

今、貴方や私が薬害肝炎の被害者ではない、というのは、単なる偶然に過ぎないのです。

少なくとも、厚労省の役人は、責任を免れることができれば、国民の生命などどうでも良いと考えていることは、

認識しておくべきでしょう。

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