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2008.06.23

「元NHK交響楽団首席ホルン奏者・千葉馨さん逝去」←故・岩城宏之さんが千葉さんのことを書いた文章より抜粋しました。

◆記事:日本のホルン演奏の草分け、千葉馨氏が死去(6月23日15時2分配信 読売新聞)

千葉馨氏(ちば・かおる=ホルン奏者)21日、遷延(せんえん)性無呼吸で死去。80歳。

告別式は22日に近親者で済ませた。後日、お別れの会を開く予定。

自宅は東京都新宿区中落合1の11の3。喪主は妻、玲子さん。

日本のホルン演奏の草分け的存在で、長年NHK交響楽団で首席ホルン奏者を務めた。

1983年に退団後は、国立音楽大教授として後進の指導に当たった。


◆コメント:昔懐かしい音楽家が次々に他界されて、寂しいです。

順番だから仕方ないけど、子供の頃から慣れ親しみ、尊敬し、敬愛していた、数々の音楽家が、

次々にこの世を去って行く。仕方ない。仕方ないのは分かっているけど寂しいです。

今はもう、岩城宏之さんも、山本直純さんも、山田一雄さんも、渡邉暁雄先生も、江藤俊哉先生も、

カラヤンも、バーンスタインも、芥川也寸志さんも、黛敏郎さんも、団伊玖磨さんも、逝ってしまった。



今日、又一人、私が子供のころから何度となくN響の演奏会でその雄姿と名演奏を見て聴いた、名ホルン奏者、

千葉馨さんが、お亡くなりになっていたことが分かった。

千葉さんについては、弊サイトでも書いたことがある。「美しい音」ココログはこちら)。

しかしながら、千葉馨さんが音楽家として、ホルン吹きとして、また、オーケストラのホルン吹きとして、どれぐらいの存在なのかは、

音楽家で一緒に仕事をした方でないと、本当には、分からないだろう。

故・岩城宏之さんが、色々な音楽家に出会ったエピソードを綴った、

「棒振りのカフェテラス」(文春文庫)という本がある。

苗字のアルファベット順に書かれているから、Chibaさんは3人目に早くも登場する。その一部を、大著作権侵害だが、あえて書き写した。

少々長いが、お読み頂きたい。

◆千葉馨(NHK交響楽団首席ホルン奏者)Kaoru Chiba

「カラヤンからのメッセージなんだけどね、カラヤンがバーチにベルリン・フィルのトップになってほしいってさ。

その気があったら、一ヶ月以内にザルツブルクのカラヤンの別荘に来てくれって、言ってきたよ」とぼく(引用者注:岩城さん)。

千葉馨という大男、通称「バーチ」は、急にキヲツケをしたように見えた。そうではなかった。

瞬間、息を大きく吸い込んで、そのまま彼の時間は停止した。

こういうことを大男がやると、下の方からはまるでキヲツケに見えるのだ。

バーチの顔は真っ赤になった。そのまま数十秒過ぎた。それから目がクルクル回りだした。

「ウ、ウウウン、ウ、ウ、ヤ、ヤッパリネ、でもネ、ウン、やっぱりベルリンには新鮮なうめえ魚が

無いだろうからね、ウン、まあ、遠慮するよ。ウン、そういうわけだ。」

ことの起こりはこうだった。

1964年だったか、65年だったか、今はっきり覚えていないのだが、この年の春にカラヤン率いる

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が何回目かの日本演奏旅行にやってきた。歓迎レセプションとか、

彼らがわがNHK交響楽団の練習所を使ってリハーサルをするのを手伝うとか、両方の旧知の楽員たちの飲み会やら

何やらで、てんてこ舞いはいいが、ベルリン・フィルの最初の東京での演奏会を聴けないまま、N響は北米、南米旅行に

飛び立ったのだ。

一ヶ月以上して、我々が日本に帰ってきたとき、ベルリン・フィルは勿論日本を去っていた。

我々が南北アメリカ旅行に出発した後、日本中をぐるぐる動いていたカラヤンとベルリン・フィルが、

大阪で音楽会をやった時のことだそうだ。曲はブルックナーの何番目かのシンフォニーで、その時に、

ブルックナーでは最も重要なホルンが、たて続けに音をミスしたらしい。音楽会の後、不機嫌なカラヤンが、

突如、事務局長に言ったそうだ。

「そうだ。この国には、チバという上手なホルン吹きがいる。彼の電話番号をあんた、知らないか?」

「・・・・・・・。」

「ベルリンフィルの事務局長の立場として、世界中の一流奏者の住所を全部知っているべきじゃないか。」

カラヤンは1955年だかに、N響をかなり長期間指揮していて、ホルンのトップの演奏ぶりをちゃんと覚えていたのだ。

この人は相手の顔も名前も、主としてどの国の言葉を話すなんてことまで、絶対に忘れないのだ。

「明日から、チバを演奏に参加させよう。その旨、NHKに頼んでくれたまえ。」

「あのー。N響は先週から南米に演奏旅行に行っていて、日本にはいませんよ。そのミスター・チバも、

だから旅行中のはずです」

「かまわん。南米から呼び返せ。」

帝王というのは、こういう時にまことにわがままである。ひとのオーケストラの楽員を、しかも、

しかも遠い南米に演奏旅行中のトップ奏者を連れてこい、と言い出すのだから、メチャクチャだ。

とにかく、呼び返すのは不可能となって、さっきの伝言となったのだ。その頃東京にいた、

カラヤンと親しいウィーン・フィルの音楽家がぼくに伝えたわけである。

戦後、カラヤンがロンドンでフィルハーモニアというオーケストラを組織して活動していた頃、

ホルンのトップがデニス・ブレインだった。ブレインは1955年頃、自動車事故で亡くなったが、

今でも世界音楽史上最大のホルン奏者として、伝説的人物だ。千葉馨は、このブレインの弟子でもある。



カラヤンはブレイン的というか、イギリスタイプのホルン吹きが好きなようで、ベルリン・フィルの

常任指揮者になってからも、しばしば、イギリスの若い奏者をオーケストラに入れている。しかし、

どれも上手くいかない。ベルリン・フィルは強烈な個性と音色を持っている。ホルン・セクションは特に

ドイツ的である。そこにいきなりカラヤンがイギリス的なのを連れてくると、臓器移植の時のように、

拒絶反応が起きるのである。みんなでよってたかって演奏上の意地悪をして、結局はイビリ出す。

カラヤンが指揮をしているときはまだしも、しかし、ベルリン・フィルの年間スケジュールの三分の一か

四分の一しか、カラヤンは指揮しないのである。今まで何人かが、いたたまれず去ったのだった。



バーチは「ウーン」と唸っている間に、コンピューター的な速さでこのことを考えたのだろう。

それにしても、

「ベルリンには、美味い刺身や焼き魚がねえからなあ・・・」

とはよくも言ったりである。ヌケヌケとこんなことを理由に、カラヤンの切なる希望を断ったヤツが、

世界にいるだろうか。

(中略)

二十年間、N響を振る度にバーチに勝負を挑んでジタバタやってきた。

説明するのは不可能だが、音楽の内面で勝ちたい、という意味である。

まだ、一度も勝てないのだ。

N響は僕には世界で一番大事な、好きなオーケストラだが、時々、一体どうしてなんだろう、と思う。

その度にN響とは千葉馨その人を指すことだ。バーチが僕のN響なのだ、と思うのだ。

他人には全く分からないだろうが、僕が心の中で繰り返し叫ぶ言葉がある。

「長嶋茂雄はジャイアンツの千葉馨なのです」

コメントを差し挟む余地はないのですが・・・・

上の文章、相当中略しています。そこは、千葉馨氏が岩城さんの言うところのガクタイ(この概念、

原著を読んで頂くしかない)の典型、いやガクタイそのものなのだ、という長い賛辞で埋まっています。

岩城さんにとって、N響=バーチこと千葉馨さんだったし、ガクタイ=千葉馨さんだった、というわけです。

一人の独立した、プロの音楽家、指揮者にそこまで思わせる千葉馨さんは、

やはり、不世出の音楽家であり、ホルン吹きだったのだろう、と素人は漠然と想像するしかありません。


◆あの世で千葉さんが師匠と再会出来ますように。

短い間だったが、千葉馨さんは、間違いなく、「奇跡のホルン奏者」デニス・ブレインの弟子だった。

半世紀ぶりにあの世で再会して、きっと千葉さんは、デニス・ブレインに、また、レッスンを乞うに違いない・・・。

デニス・ブレイン演奏、指揮:ウォルフガング・サヴァリッシュ、フィルハーモニア管弦楽団で、

R・シュトラウスホルン協奏曲第一番です。曲の冒頭、アルペンホルンを思わせるようなホルンソロで

始まります。音質は1950年代のもので、良くありませんが、「再生音」じゃなくて、「音楽」を聴いて下さい。

第一楽章です。





第二楽章です(本当は第一楽章から切れ目なく演奏されます)。





第三楽章、フィナーレです。




何だか、泣けてきちゃった。千葉さん、数々の名演、忘れません。

ホルンの素晴らしさを教えて下さって、ありがとうございました。

謹んでご冥福を祈ります


【追加】Kenさんのブログで千葉先生の演奏姿、音をご覧になりお聴きになれます。】

我が敬愛する音楽家。Kenさんがやはり、千葉先生追悼の文章をブログに書いておられますが、

何と、1964年にアンセルメ(スイス・ロマンド管弦楽団の指揮者として名を馳せた方)が来日して、N響を指揮したときの、ストラヴィンスキーの「火の鳥」の映像があります。

千葉先生のソロを聴いて、演奏姿を見ることが出来ます。

是非お読みになり、ご覧になることをお薦めします。

訃報拾い出し:千葉馨氏(元NHK交響楽団首席ホルン奏者、国立音楽大学名誉教授)


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コメント

Kenさん、こんばんは。
お許しどころか、こちらからお礼を申し上げたい。Kenさんのブログの動画を拝見して涙が出てきました。千葉先生の音楽は勿論素晴らしいですが、カッコよかったですよねー。

ソロを吹くときに、あたかも指揮者を睨み付けるような険しい顔、ベルアップなさるあの吹きかた。懐かしい。なつかし過ぎるほど懐かしい。千葉先生には本当に憧れました。重ね重ね、御礼申し上げます。

追伸:この時のN響の音、Kenさんが仰るように、すごいですね。44年も前に、既にこんな立派な響きを出していたんですね。アンセルメの棒もすごいんだろうけど。ああ、全て懐かしい。

投稿: JIRO | 2008.06.24 20:39

すみません、本日、私も訃報記事を掲載しましたが、その中で3つっも(JIROさんの記事及び明石高校インタヴュー)リンクを貼らせて頂きました。

ご了承下さいますようお願い申し上げます。

http://ken-hongou.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_1a54.html

投稿: ken | 2008.06.24 19:53

あきこさま、こんばんは。

お気遣い頂き、恐縮ですが、今日の千葉馨さんの話題などは、本当に書かずにはいられないで書いたものですので、

どうぞ、ご心配なく。皆様からアドヴァイスを頂戴しましたが、要するに書きたくないことを無理に書かないように、

絶対毎日更新しなければ、という意識を持たないように気をつけていきたいと思います。

今後ともよろしくお付き合い下さい。

投稿: JIRO | 2008.06.24 01:02

書いてくださるのは大変嬉しいのですが、よろしいのですか?身を削って書いていただいてるようで恐縮です。
とにかく無理だけはなさらないようにしてくださいませ。今日もありがとうございました。

投稿: あきこ | 2008.06.23 23:07

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