「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」「ポストホルン・セレナーデ」(ポストホルン=ティルシャル)お薦めCD
◆アイネ・クライネ、載せたこと、無かったですね(笑)
クラシック音楽専門のブログを書いている方は大勢いらっしゃいます。
色々な「パターン」があります。私は有名曲が多いですが、中には、作曲家の名前を、
私が見ても一人も知らないような、珍しい、「埋もれた名曲」ばかりを取りあげる方もいます。
人それぞれでよいと思いますが、私は、これをきっかけにこれまでクラシックを聴いたことがなく、
食わず嫌いだった方にも親しんでいただけるような曲、或いはその一部(楽章)を載せるようにしています。
有名どころは、大分紹介したつもりでいましたが、モーツァルトの「アイネ・クライネ」は、
あまりにも有名なので、灯台もと暗しで、今まで掲載したことがありません。
これこそ、ゴマンとCDがありますが、私は、チャールズ・マッケラス(Charles Mackerras) 指揮、
プラハ室内管弦楽団のMozart: Eine Kleine Nachtmusik; Posthorn Serenade を推薦します。
理由と言われてもですね。これは趣味の問題なんでね。説明しにくい。
こういう有名曲を色んな指揮者で聴いてみるのも面白いですよ。
それでは、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」第一楽章です。どうぞ。
全ての楽章を載せたい所ですが、中を飛ばして終楽章(第4楽章)に行きます。
モーツァルトはこの曲(全部で4つの楽章で構成されていますが)を何とある日の午後、半日で書き上げたそうです。
私事ながら、「アイネ・クライネ」にはちょっと思い出がありまして、死んだ親父が大好きだったのです。
よく、ブルーノ・ワルターという大指揮者のレコードを聴いていました。
◆ポストホルン・セレナーデ
このCDには、もう一曲、通称「ポストホルン・セレナーデ」が録れてあります。
曲名のポストホルンというのは楽器の名前です。これがポストホルン↓
ダウンロード posthorn.jpg (38.0K)
昔、郵便配達のオジサンが、郵便が届きましたよ、という合図の為にこれを吹いたので(勿論、バルブなんか付いていない、
もっと原始的な楽器だったでしょうが)、このような名前が付いたのです。
モーツァルトのセレナーデ「ポストホルン」は7つの楽章から構成されていますが、第6楽章のメヌエットの第二トリオで、
このポストホルンが使われるのです。トランペット奏者が演奏することが多いのですが、
このCDでは、残念ながら2年前に亡くなった、チェコ・フィルハーモニーの首席ホルン奏者、
ズデニェク・ティルシャルという名人が吹いてます。
さて、ポストホルンが出てくる前に、第4楽章・ロンドを聴いていただきます。
ここでは木管楽器、特にフルートとオーボエが主役です。
あたかも、フルートとオーボエが「会話」をしているように聞こえる音楽です。とても楽しく、透明で、美しい。
次が第6楽章・メヌエットです。トリオと呼ばれる中間部が2つあります。一つ目は、演奏開始後1分15秒頃から。
ピッコロと弦楽器が奏でるメロディーは、子供でも吹けそうですが、実に「可愛い」。
それ以外の表現を思いつきません。
かつてN響が演奏したとき、小出さんという首席フルート奏者は、ここをリコーダーで吹きました。
それも小学校で使うようなプラスチックというか、とにかく合成樹脂製の楽器で。それが実によく合っていたのです。
名人が吹くとリコーダーでもあんなに音楽的になるのだな、と改めて感心しました。
さて、このCDでは、2分50秒からポストホルンの登場です。ティルシャルさん、上手い。ここ、音が上に行ったり下に行ったり、結構難しいです。
これを、やはりN響が、ギュンター・ヴァントという怖ーい顔をしたおじいさんの指揮者で演奏したことがあります。
ヴァントさんは、ポストホルンのパートを吹く、トランペット奏者の津堅さんという方に、普通のトランペットで吹け。
ヨーロッパでも皆、ポストホルンで吹いて、本番でトチッて後悔する、と助言したのだそうです。
しかし、津堅さんはたまたま、良い楽器(ポストホルン)が手に入ったので、これで演らして下さいといい、
本当に本番も、ポスト・ホルンで吹きました。見事に成功しました。
演奏終了後、指揮者のヴァントさんは、何度も拍手に応えてステージに出てきましたが、
やおら、トランペットセクションに向かいました。
そして、津堅さんの手を自ら取って、立ち上がらせ、さらに、何と、手を引っ張ってステージの最前列まで連れてきて、
お客さんに、「彼の名演奏を讃えてあげて下さい」という演出をしました。ヴァントさん、余程感心したのでしょう。
津堅さんも、他のN響のメンバーも嬉しそうでした。見ている私まで嬉しくなりました。
音楽の関わる至福の時ですね。あの光景は忘れません。
さて、最終楽章をどうぞ。セレナードと言ってもシンフォニックな音楽で、気分がいいですよ。
楽しいでしょ? アイネ・クライネ・ナハトムジークも良いですけど、モーツァルトのセレナーデ、ディヴェルティメントは
どの曲も、とても幸せな気分になります。
それでは、失礼を致します。
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コメント
Kenさん、大変、詳細なご説明ありがとうございました。
ハイドンとモーツァルトに関する比較的考察、という論文を読んでいるかのようです。
ここまでお書きになるKenさんの学識に唖然として敬服するばかりです(言うまでもないですが、真面目です)。
こんなことを書ける、素人が日本に何人いるでしょう。Kenさんほどの意識をもってハイドンとモーツァルトを弾いている素人がどれほどいるでしょう。
>モーツァルトのスコアの工夫は繊細で、その効果が本当に聞き取れるにはよほどの通人であるか、でなければ神であることを要求されます。・・・
そ、そこまで繊細なのですか。
>そんな繊細な工夫をしても聴衆受けしない、ということは、モーツァルトは考えもしなかったでしょう。
あ、それは何となく分かるような気がします。
>モーツァルトにとっては、ハイドン的な工夫より、「響きをデリケートに変える」工夫の面白さの方が自身にとって魅力だったし、その呪縛から逃れられなかった。
なるほど。そういう人だったのだろうというのは、私でもおぼろげに想像出来ます。
>モーツァルトは本質的には宗教作品の作り手だったと感じます・・・あとは何と言ったらいいのか。。。
斬新なご指摘です。考えたこと、ありませんでした。
>モーツァルトだけ持ち上げちゃうと、ハイドンの方がちょっと可哀想になるのかな、と
>いうと、そうではなくて、もうこれは、ウェイトとしては同じ偉大さをもちながら、質
>が違うのだ、ということは、了解しておかなければならないのでしょうね。
優劣ではなく、「質」が違うのだと。
>サリエリが、いちばん可哀想かな。サリエリにはいいオペラがあるんですよー。
サリエリ、最近、少しみなおされてるんじゃないですかね。ナクソスとか、いろいろ録音していますが、
凡庸な作曲家じゃないですよね。ただ、生きた時代と場所がモーツァルトと同じだった悲劇・・・・。
投稿: JIRO | 2008.08.09 20:46
モーツァルトとハイドンは・・・他の件があってご迷惑をかけたので用語を敢て変えますが(^^;・・・素人がいちばん一緒くたにしやすい組み合わせで、身内にもすぐ
「なんでハイドンならやらせてくれるのにモーツァルトはダメなんだ!」
と、クレームを受けます。
でも、生きていた時代が重なるのに、これだけ異質な作品を作り続けた音楽家って、いないんですよね。こないだやっとはじめて、身内のフルート吹きが、2人の違いを明示したある指揮者さんのインタヴュー記事をコピーして来て
「いままで、こんな違いを考えたことがなかった」
と言ってくれました。
「モーツァルトは、演奏するより、聴く音楽だと思います」
は、至言だと思います。
彼は、自分では意識したことがなかったのでしょうけれど、ハイドン(やその他多くの作曲家)とは違って、「人を楽しませる」音楽は書きませんでした。・・・語弊のある表現ですが。ハイドン作品と楽譜を比べてみても、ハイドンなら「次をこうひねれば聴衆は面白いだろう」という発想が明確なのに対して、モーツァルトのスコアの工夫は繊細で、その効果が本当に聞き取れるにはよほどの通人であるか、でなければ神であることを要求されます。・・・そんな繊細な工夫をしても聴衆受けしない、ということは、モーツァルトは考えもしなかったでしょう。モーツァルトにとっては、ハイドン的な工夫より、「響きをデリケートに変える」工夫の面白さの方が自身にとって魅力だったし、その呪縛から逃れられなかった。で、実際、そこそこ受けはした。でも、行きているあいだはハイドンほどまでには聴衆を引きつけられなかった。ようやく<世俗的な>コツを完全につかんだ作品は「魔笛」だけでしょうね。これは、スコアを読みながら(そこまで言葉にすることはあまりないのですけれど)常々思い知らされることです。モーツァルトは本質的には宗教作品の作り手だったと感じます・・・あとは何と言ったらいいのか。。。
モーツァルトだけ持ち上げちゃうと、ハイドンの方がちょっと可哀想になるのかな、というと、そうではなくて、もうこれは、ウェイトとしては同じ偉大さをもちながら、質が違うのだ、ということは、了解しておかなければならないのでしょうね。
ハイドンは、現代ではちょっと損をしていますね。それはやっぱり、ハイドンはハイドンの時代・社会に密着して作品を生み出し続けたが故の「不幸」に過ぎないのではないかと思います。
サリエリが、いちばん可哀想かな。サリエリにはいいオペラがあるんですよー。
投稿: ken | 2008.08.09 13:41
Kenさん、おはようございます。毎度ありがとうございます(笑)。
>吹きぶりが意外に淡々としていて、それでいて鮮やかなので、「いぶし銀」的な大人の魅力
そうですね。かつて、どういう演奏会だったかな、ピアノとかヴァイオリンの若い人がそれぞれのコンチェルトを弾いて、
そのあと、津堅さんが、ハイドンを吹いたんです。そのコンサートに関して故・大木正興さんが(あの方は公平な方ですね)、新聞の演奏会評で、
「津堅氏のハイドンのトランペット協奏曲が一番、『大人』の演奏だった」と書いておられました。
書かれた津堅さんも、書いた大木さんも立派だな、と思ったのを覚えています。
津堅さん、最初東フィルでしたが、N響に引き抜かれたのでした。随分前ですけど。
>いま、どうしてらっしゃるのでしょう?
ハハハ。今もN響首席トランペット奏者ですよ。
http://www.nhkso.or.jp/about/member/player.html
かつて、もう一人、津堅さんと同じ沖縄県出身の祖堅方正さんという方がN響のトランペットにおられて、
この方はいま、沖縄でオーケストラを作っているようです。
>ヴァント氏のこのエピソードは知りませんでした。
>でも、「そこはやっぱり津堅さんだからな」
>と、普通に納得してしまった。
ヴァント氏、コンサートの後、「本番でポストホルンで上手く吹けたのを初めて聴いた」と
大変感心されていたそうな。
マッケラス、プラハ室内管弦楽団の演奏、喜んで頂けて嬉しいです。
モーツァルトってのは、特に弦の方は難しそうですね。先日ご紹介した、プロのヴァイオリン奏者の方ですら、
もう、オケで何十年も弾いていて、何回モーツァルトを弾いたか分からないでしょうに、日記に、
「モーツァルトは、演奏するより、聴く音楽だと思います」
とまで書かれています。
音符を音にしただけじゃ無味乾燥になるけど、変な小細工をすると台無しになる、という、
「一体どうすりゃいいんだ?」みたいな音楽なのでしょうか?
>私も、初めて「納得のいくアイネ・クライネ・ナハトムジークとポストホルンセレナーデを聴かせて頂いた気がします。
Kenさんにそこまで言わせる演奏って、滅多にないですよね。
Kenさんのお墨付きを頂いて、安心しました。
>お父様も、
>「おまえ、ホント、いい演奏見つけるのうまいなあ!」
>って、感心なさってますよ。
細やかなお心遣い、恐縮です。こんな事まで書いていただいて、
親父も恐縮していると思います。
ありがとうございました。
投稿: JIRO | 2008.08.09 12:12
あつしさま、おはようございます。ご丁寧なコメントをありがとうございます。
N響アワー、良く覚えていらっしゃいますね!
私もあの時、津堅さんの「200回練習法」のエピソードを伺いました。
あれは、曲はマーラーの交響曲第3番のお話でした。この曲は、ポストホルンを客席で演奏する長いソロがあるのですね。
で、津堅さんには大変失礼ながら、ご本人もおっしゃていたように、あるときそれが、あまり満足のいくものではなかったんですね。
そこで、「今度こそ、上手く吹いてやる」、と「200回練習法」を実行したというお話でした。
司会で作曲家の池辺晋一郎先生が、皮肉でも何でもなく、「過去の失敗で萎縮するのではなく、プラスのエネルギーの原動力に
なさったのは、とても立派です」という意味のことを、感心しておっしゃっていました。私も非常に感動しました。
>人を楽しませることを仕事とされている方は、本当に大変な努力をされているのですね。敬服いたします。
全くその通りであるとおもいます。
練習でいくら上手く演奏できていても、本番のその日、その時、その場で、上手く演奏できなくてはプロとは言えない、
という厳しい世界ですね。人を楽しませる、喜ばせる、感動させる、のは偉大なことです。
その為に努力を惜しまない方々を私も、心から尊敬しております。
投稿: JIRO | 2008.08.09 12:11
津堅さん、大好きでした・・・って、過去形にしちゃいかん!
かっこいい人だから、という単純な理由だったけれど、吹きぶりが意外に淡々としていて、それでいて鮮やかなので、「いぶし銀」的な大人の魅力に惹かれたんでしょうね。
いま、どうしてらっしゃるのでしょう?
ヴァント氏のこのエピソードは知りませんでした。
でも、
「そこはやっぱり津堅さんだからな」
と、普通に納得してしまった。
話が後先になりましたが、マッケラスのこの演奏、実にこざっぱりしていて・・・妙な奏法へのこだわりもないし、余計なことは全くしていない(逆に、メンバーがきちんと基本に還ることをしっかりサポートしている)ことに、大変頭が下がります。
私も、初めて「納得のいくアイネ・クライネ・ナハトムジークとポストホルンセレナーデを聴かせて頂いた気がします。
お父様も、
「おまえ、ホント、いい演奏見つけるのうまいなあ!」
って、感心なさってますよ。
投稿: ken | 2008.08.09 09:41
おはようございます。以前N響アワーで、N響首席トランペット奏者津堅さんのポストホルンでの演奏を放送していましたよね。その時津堅さんが200回練習法のことを仰っていて、プロならではの厳しさを改めて思い知り、そして人を楽しませるのは並大抵の努力では出来ことを知りました。人を楽しませることを仕事とされている方は、本当に大変な努力をされているのですね。敬服いたします。
投稿: あつし | 2008.08.09 09:26