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2010年10月

2010.10.31

【演奏会評】金子三勇士氏、ピアノ・リサイタル(10月30日、於:トッパンホール)

◆結論:完璧な演奏はない、というが、あえて「完璧だった」と言いたい。

10月30日(土)トッパンホールで、金子三勇士氏のCDリリース記念リサイタルを聴いた。

CDリリース記念、と書いたが、そのCDレビューは、既に書いた。

2010年10月01日(金) 【音楽】絶対お薦め。ピアニスト金子三勇士氏のデビューCD。ココログ

「CDリリース記念」であるから、プログラムはほぼ、CDに収録されているのと同じだが、

これが今日のプログラムである。

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CDと今日のリサイタルの相違点は、曲目が一曲「オーベルマンの谷」がコダーイ:セーケイ属の民謡だったことと、

演奏順である。いずれも何ら問題はない。


CDで聴いた時点で既に、演奏の完成度の高さに驚嘆したが、生の演奏は、

更に素晴らしい。ピアノ・リサイタルでこれほどの感銘をうけ、強烈な印象を受けたのは、

40年間、音楽を聴いているが、初めての経験である。


結論を最初に書くと、金子三勇士氏は21歳になったばかりだが、既に完成された音楽家である。

真摯な演奏家ほど、

自分の演奏家に本当に満足したことはない。

という。金子三勇士氏もまた、同じ事を言うかも知れない。

しかし私の耳で聴いた限り、リサイタルの演奏は、「完璧だった」といっていい。


◆物凄いテクニックと繊細な感受性、音楽性を兼ね備えている。

音楽を聴く側にとって、生の演奏とCDとの最大の違いは、前者は音楽を耳だけではなく、

謂わば、「全身で聴く」ということだろう。

これは、ピアノ・リサイタルでもオーケストラ・コンサートでも同じである。

ステージで演奏家が音をだすと、楽器の音がもたらす「振動」がステージの床から

客席の床につたわり、床に固定されている観客席にとどく。

本当に良く楽器が鳴っている場合、客は足もとからその振動が身体に伝わるのが

はっきりと分かる。人体は70パーセントが水分であるから、自分の身体が音に共鳴するのである。

それが、生演奏の「迫力」の正体の一要素である。


金子氏の演奏は、ピアノ(スタインウェイ)をこれ以上は無い、というほど完全に鳴らす。

フォルティッシモは単に力任せに鍵盤をぶっ叩いても、汚い音がするだけであるが、

演奏者が正しい奏法を身につけている場合、物理的な「力」は必要最小限でありながら、

楽器は極限まで鳴る。

そしてまた、正しい楽器の鳴らし方を奏者が会得している場合、極限的な最弱音ですら、

遠くの客にまで、その音ははっきりと聞こえる。


金子氏の演奏が正にそれである。

「ハンガリー狂詩曲第2番」でも、「ラ・カンパネラ」でも、「ロ短調ソナタ」でも

金子氏の最弱音から最強音の幅(ダイナミック・レンジ)はすさまじく、オーケストラに匹敵する

表現力を可能にしている(無論、強弱だけが表現力を決定するのではないが)。


更に金子氏の演奏が非常に優れているのは、音の強弱に関わらず、音色の美しさ、音の粒の揃い方が

崩れないことである。最強音の迫力は物凄いが、決して割れたり濁ったりしない。

また、逆に最弱音での速いパッセージでも、一音一音が全て明瞭に聞こえる。これはフォルティッシモよりも

更に高度な「技術」である。

金子氏のピアノ演奏を更に仔細に観察すると、ペダリングに非常な神経を使っていることが

すぐに分かる。実に細かくペダルを踏み分けているが、失敗すると、音が濁ったり、或いはフォルテが

十分にフォルテにならなかったり、アクセントが不十分になる。

この辺りは、私より、一応ピアノを専攻した家内(偶然だが、単に年次で言えば東京音大で金子氏の先輩である)の方が、

餅は餅屋で正確に理解出来る筈だから、確かめたが、

一つ一つの音をものすごく大切に弾いていることが明らか

だという。作曲家は命を削るようにして曲を書いているのだから、一音とておろそかにするまい、という

金子三勇士氏の真摯な音楽への姿勢が、彼の演奏を磨き上げる原動力になっているのだろう。


リストを若い人が弾くと、弾けることは弾けるが、自らのテクニックを誇示する「手段」として曲を利用している場合を

しばしば、見かけるが、金子氏の念頭にあるのはまず最初に「音楽」でありテクニックは表現のための手段である、

という、非常に基本なのだが、なかなかあの若さでそれを貫徹することは困難なことを立派に実行している。


アンコールでは、リストと縁が深く、周知の通り今年生誕200年のショパンの作品群から、今日の天気も念頭に置いて

(との、ご本人の言葉だった)前奏曲集から「雨だれ」が演奏されたが、如何にもショパンの音色で美しかった。

最後に来年はイタリア統一150年にあたる記念すべき年だそうで、スカルラッティのソナタを弾いた。

金子氏のバロックを聴いたのは初めてだが、バロックには音の強弱とかテンポの指示が無いので、

演奏者の裁量に委ねられるが、曲の節目でのアクセントがメリハリをつけ、細かい音も綺麗に音の粒が揃った

柔らかい音色で、見事だった。

金子氏はソロ・ピアニストが普通に要求されるレパートリーを、たとえまだ弾いたことが無くても、

多分すぐ弾けるだけの実力を身につけている。その意味で、学生さんだが、既に歴としたプロである。

彼のピアノで、数あるピアノの名曲(ソロも協奏曲も室内楽も)を聴いてみたい、と、今日の多くの聴衆が

思ったことであろう。立派なリサイタルであった。

今週は天候が不順で身体が疲れた日もあったし、毎度のことながら、会社員の私は毎日面倒臭い俗事が

煩わしい。しかし、金子三勇士さんのピアノで、そんなことは忘れてしまった。

音楽の力の素晴らしさを、今更ながら思い出させてくれた金子さんに感謝する。

ピアニストとして、大輪の花を咲かせて下さることと信じて疑わない。

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2010.10.30

【音楽】千住真理子さん、デビュー35周年ですか。1986年のデビューアルバム「メンコン」、私は好きです。

◆12歳でプロデビューしたヴァイオリニスト。

今頃気が付いたけど、ヴァイオリニストの千住真理子さんの、今年はデビュー35周年だそうだ。

女性の年齢に言及するのは、原則的に失礼だが、正確を期するために敢えて記すと、

千住真理子さんは1962年4月生まれ(私より、2歳若い)で、子供時分から才能を見出され、

故・江藤俊哉氏に師事した。わずか12歳で「若い芽のコンサート」(ってのが昔、確か正月にあったのです)で

N響のソリストに呼ばれ、プロ・デビューしたのである。


しかし、才能に恵まれ、努力を積み重ねたにもかかわらず、千住さんは非常にひどい目に遭っていたことを

私は今年になって知った。


◆物凄い「イジメ」に遭っていたのですね。

千住さんの母君、千住文子さんの著書「千住家にストラディヴァリウスが来た日」 (新潮文庫)を読んで唖然とした。引用させて頂く。31ページから。

11歳で全日本学生音楽コンクール小学生の部に優勝し、12歳でNHK交響楽団と共演、15歳で日本音楽コンクールに最年少で優勝・・・・

少女時にプロ・デビューしてしまった彼女(千住真理子)を待ち受けていたものは楽しくて綺麗な花道ではなかった。

それは、人間が持っているであろう、あらゆる憎しみ、ジェラシー、そして、無法、抹殺・・・殆ど精神的な殺人とも言えるようなものだった。

これは、私は記録を読んでいないので、未確認だが(Twitterでの又聞きです)、
初出場のコンクールでは本選の本番前にケースを開けたら楽器が割れてて(割られていて)皆の前で笑い者にされた

こともあるのだそうだ。

今年の週刊朝日4月30日号では、兄上の画家千住博氏が林真理子との対談で、
とてもここでは言えないほど、ひどいこと

を妹さんが受けたことを証言している。

クラシック音楽の世界を「楽壇」というが、他の世界と同じで、醜い人間の嫉妬が渦巻く世界なのですな。

千住真理子さんが音大へ行かないで慶応に行って、しばらくヴァイオリンから遠ざかっていた時期が有るらしいが、

大人の音楽家の世界のあまりの醜さに、嫌気が差したのかも知れない。


誤解の無いようにお断りしておく。

  • 美しい音楽を奏でる音楽家が、皆「いい人」とは限らない。それは全然関係無い。

  • しかし、クラシックの音楽家が、皆、千住真理子さんに嫌がらせしたようなひどい人、と言うわけでもない。むしろそうでない人の方が多いだろう。

  • 千住真理子さんが苦労したのは気の毒だが、私は千住さんに限らず、プライベートな事柄と演奏の評価は完全に峻別している。

千住さんが、イジメを受けて、耐えた「から」その演奏が素晴らしいということは、

演奏の評価ではない。それでは、フジ子・ヘミングファンと同じ穴のムジナになる。

そうではなく、彼女の演奏だけを評価の対象として書くが、私は彼女が弾くメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が好きである。


◆千住さんのデビューアルバム。メンコンがとても良い。

千住真理子さんがプロデビューしたのは12歳、1975年だが、CDデビューは遅くて、

デビューアルバムは、1986年録音の、メンデルスゾーン:VN協奏曲である。

これは彼女が慶応を卒業して、暫くブランクがあったヴァイオリンをきちんとさらい直して弾いたものである。

この楽曲は3楽章から構成されるが、楽章間に休みを入れずに連続して演奏する。

だから、第一楽章だけだと、中途半端になるが、全曲を載せる訳にもいかないので、

ご辛抱頂きたい。それでは、演奏を。


メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64 より第一楽章







私は、この演奏、特にメンデルスゾーンが素晴らしいと思う。

長目のフレージング、美しい音色とヴィヴラート。演奏に溢れる歌心。

はっきり言って、メンコンに関しては、「私は」ヴァイオリンの神様、ハイフェッツよりも、千住真理子さんの演奏を好む。

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、これぐらい「浪花節」と言うか、

耽美的な弾き方でちょうど良い(くどいが、私の趣味では、ということだ)。

冒頭の、あまりにも有名な、背筋が寒くなるほど美しい旋律を「あっさり」弾かれると、興ざめだ。

今までにも、何人かのメンデルスゾーンを紹介した。それぞれに素晴らしく、

千住さんも私のお気に入りの演奏の一つである。

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2010.10.29

【音楽】ベートーヴェンの3大ピアノソナタ「月光」「悲愴」「熱情」

◆今週は本当に疲れましたね。

私は、天候の変化が身体に来ることはあまりないのですが、今週は堪えました。

気温が低くなったこともさることながら、気圧がどんどん下がっていくと、首筋から肩にかけて、

あたかも鉛の板でも埋め込まれたかのように、ガチガチに凝り、すると頭が重くなります。

会社にいるときには、神経を張り詰めているので、さほどでもありませんが、帰宅するなり

疲れが、一挙に噴出し、スーツを脱いで着替える前に、椅子に座って眠ってしまったり、

ブログ更新しようにも、あまりの眠さにどうにもならず、サボったり散々でした。

あるドクターに訊いたら、今週は体調を崩す人が非常に多いとのこと。

皆様、ご自愛下さい。若い人も疲れるでしょうが、50歳の私ぐらいの年代の方、

ご無理をなさいませんように。


◆【音楽】ベートーヴェンの3大ピアノ・ソナタ。すっかり抜け落ちていました。

今まで色々と、クラシックの有名な曲。最も基本的な「名曲」を中心にご紹介しましたが、

オーケストラ曲に偏っています。ピアノ曲ではまだまだ、名曲が沢山あるのですが、

ベートーヴェンのピアノ・ソナタは、ちょっと堅苦しいかな?と思い、無意識に避けていたようです。


ベートーヴェンせんせいのピアノソナタは32曲あります。とりわけ有名なのが、

「月光」「悲愴」「熱情」です(他にも良いのが、沢山あるのですけどね)。

「悲愴」の第二楽章は載せたことがありますけれど「月光」と「熱情」(アパッショナータ)は

どうやら、まだのようです。

これらは、まあ、聴き易いです。昔「ベートーヴェン弾き」として高名だった

演奏は、ウィルヘルム・バックハウス(Wilhelm Backhaus)という人が基本(?)中の基本。

週末は、台風も来るようですし、如何でしょうか?


◆演奏をお聴き下さい。

最初は「月光」です。


ベートーヴェン ピアノソナタ第14番嬰ハ短調作品27の2「月光」 第一楽章







易しそうですけど、こういうアダージョとかテンポが遅くて、技術的に特に難しくない、というのは、

「サマになる」ように弾くのが大変です。バックハウスですから、悠揚迫らない堂々とした演奏ですが、

なかなか、こうはいきません。第三楽章は激しい音楽で、そのコントラストがベートーヴェン先生、上手いです。


次は、第8番の「悲愴」です。第一楽章の冒頭、いきなり思い和音で始まりますが、躍動感のあるアレグロになります。

不気味な短調で始まりますが中間は長調になります。盛り上がり方が好きです。



ピアノソナタ第8番ハ短調作品13 「悲愴」第一楽章







第二楽章は、歌詞を付けて歌っているポップス系の歌手がいたと思いますが、非常に美しい。

ベートーヴェンの全てのピアノソナタの中でも最も美しい楽章ではないか、と思います。


ピアノソナタ第8番ハ短調作品13 「悲愴」 第二楽章







綺麗でしょ?ちょっと聴くと易しそうなのですが、旋律を弾くのは右手の5の指(小指)でして、左手と右手の

他の指は、謂わば「伴奏」しているので、全然易しくないです。


最後は「熱情」です。これはですね。「アパッショナータ」と言った方がしっくり来ます。

いや、何故ってことは無いのですけどね、昔から、そうなの。


ピアノソナタ第23番 ヘ短調作品57 「熱情」 第三楽章







確かに如何にも「熱情」ですよね。悲壮感と激しさの同居。とても美しい。


と言うわけで、ベートーヴェンのピアノも悪く無いでしょう?お薦めいたします。

それでは。

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2010.10.28

「<文化勲章>安藤忠雄氏ら7人 文化功労者には17人」←いい加減、安永徹さん、土屋邦雄さんに授与しなさい。日本政府のボケ!

◆<文化勲章>安藤忠雄氏ら7人 文化功労者には17人(毎日新聞 10月26日(火)11時41分配信)

政府は26日、10年度の文化勲章受章者7人と文化功労者17人を決定した。

文化勲章は

▽原子核物理学・学術振興の有馬朗人氏(80)

▽建築の安藤忠雄氏(69)

▽有機合成化学の鈴木章氏(80)

▽演劇の蜷川幸雄氏(75)

▽有機合成化学の根岸英一氏(75)

▽服飾デザインの三宅一生氏(72)

▽日本中世史の脇田晴子氏(76)--に贈られる。

文化功労者はスポーツの王貞治氏(70)ら17人に決まった。

ノーベル化学賞に決まった鈴木氏と根岸氏は文化功労者にも選ばれた。


◆コメント:今回の文化勲章受賞者、文化功労者を否定するのではないが。

今回、栄誉に輝いた方々に因縁を付けるつもりは毛頭ないが、

文化勲章・文化功労者を決めている「日本政府」の担当者に言いたい。


最近では大分見劣りしてきたが、カラヤンが音楽監督だった頃の、全盛期のベルリンフィルに

最初の日本人メンバーとして入団し、定年まで40年間弾き続けたヴィオラの土屋邦雄さんや、

この、世界一のオーケストラで四半世紀、第一コンサートマスターを務めた安永徹さんは、

勲章が欲しくて音楽を続けた訳ではないだろうが、国の誉れの人なのだ。

安永さんは、ドイツ政府から勲章を授与されている。日本政府はその事実すらしらないのではないか。麻生総理の頃だ。
2009年02月27日(金) 「ベルリン・フィルの安永徹さん、独政府が勲章授与」←安永さんは勲章が欲しくて音楽家になったのではない。しかし、私は嬉しい。ココログ

安永さんが、コンサートマスターの試用期間を終えて、正式に就任したのは1985年だから、

今の若い人には、あの興奮は分からないだろうが、私らは、日本人がベルリン・フィルのコンサートマスターになった、

という快挙に、文字通り跳び上がるほど喜んだものである。当の安永さんはあくまで謙虚な方で、
「自分がコンサートマスターになったことよりも、日本人をコンサートマスターに選んだ、ベルリン・フィルがすごいと思う」

と仰有る。しかし、何と言っても日本人じゃなくてもいいのに、日本人でコンサートマスターになった安永さんがすごいのである。

かつて、一度載せたが、安永さんの対談集、「音楽って何だろう」で、作曲家の故・石井真木氏に、

コンサートマスター就任までにいきさつを詳しく話しているので、

もう一度その部分を抜萃引用する(32ページから40ページ2行目まで)。

私が本を見てキーボードから一文字ずつ入力したものである。

「ベルリン・フィルの試験」

石井 ところで安永さん、どうしてベルリン・フィルに入ろうと思ったんですか?

安永 土屋邦雄さんが、いろいろよくしてくださいましてね。ファースト・ヴァイオリンかセカンド・ヴァイオリンの席が空くけれども、もしよかったら入って勉強してみないかとおっしゃて下さったんです。ベルリンフィルは、日本で考えられているようなオーケストラとちょっと違って、中にいて勉強になることがたくさんあるから、骨を埋めるとか大仰なことを考えずに、修業するつもりで何年間か入ってみてもいいんじゃないかと。そこでシュバルベ先生(引用者注:安永さんがベルリンの音大で習ったヴァイオリンの先生。カラヤン全盛時代に長くベルリン・フィルのコンサートマスターを務めた人)に相談したら、ああ、それはいいことだとおっしゃったので、試験を受ける気持になったんです。 77年2月でしたかね。募集があったので応募したんです。11人来ていました。その時の課題曲はモーツァルト。ドイツのオーケストラは、ヴァイオリンの場合、モーツァルトのコンチェルトの三番か四番か五番、この3つのうちのどれかを弾くことが多いんです。コンチェルトといってもピアノ伴奏で弾くんですが。それで11人弾き終わって控え室で待っていたら、二人を除いて全員帰ってよろしいといわれたんです。ぼくはその二人の中に残ったんですね。11人弾いたときにはカラヤンはいませんでしたが、残り二人になったときにやってきました。

石井 その二人というのは誰が選んだんですか。

安永 オーケストラのメンバーです。

石井 団員が全員、客席に座って聞くわけですか。

安永 そうです。ぼくのときには、いまのベルリン放送交響楽団のホール、SFB(自由ベルリン放送)ですか、あそこのホールでした。

石井 投票?

安永 挙手でいいんです。みんなでお互いに意見を言い合って、最後に、じゃあどうする、あいつをいれようか、ということになるわけ。いれるということは試用期間を始める、ということですね。

石井 プローベ・ツァイトってやつ。

安永 ええ。ぼくの場合は、77年の3月1日からすぐプローベ・ツァイトが始まって、終わったのが翌年の春ですから、1年ちょっとですね。試用とはいっても正式団員ですから当然給料は貰えます。ふつう1年契約で、その試用期間が終わると同時に、65歳までの定年までの契約になるわけです。ぼくの場合は、そのあとコンサート・マスターの試験を受けましたが。

石井 コンサート・マスターの試験を受けても65歳までの契約というのは生きてるわけですか。

安永 ええ。コンサート・マスターの試験が不首尾でも、ぼくさえOKなら団員に戻って65歳までの契約が継続されるわけです。ドイツ人は、コンサート・マスターの試験に落ちてもそのまま団員で残れるんだから、受けなきゃ損だという考え方なんですね。落ちても、あ、うまくいかなかったか、まあ、いいじゃないかと。あまり面子などにはこだわらない。

石井 ベルリン・フィルにヴァイオリン奏者として入るときはモーツァルトを弾いたということですが、コンサート・マスターになるときには特別な試験があるんですか?

安永 やはりモーツァルトを弾くんですよ。それと自分の好きなコンチェルトをひとつ。さらに、R.シュトラウスの「英雄の生涯」とか「ツァラトゥストラはかく語りき」とかいう、コンサート・マスターが実際にオーケストラの中でソロを弾かなければならない曲目があるでしょう、そういう課題が出るんです。その中のどれを弾くかというのはカラヤンが自分で指定するんです。これを弾けって。そりゃもういやなもんです。

石井 しかし、コンサート・マスターというのはヴァイオリンがうまく弾けりゃそれでいいというもんじゃないでしょう。性格とか気心とかも・・・。

安永 ええ。でもそれまでに7、8年団員としてやってきていますから、人間的なことは--。

石井 試されて、もう分かってる。

安永 あとは結局、コンサート・マスターとしての具体的な能力だけですね。コンサート・マスターにも試用期間というのがあって、ぼくの場合、83年11月から85年5月末までだったんですが、その間は、それこそまな板の上の鯉です。

石井 今度、まな板の上の鯉を川に戻してもらった、つまり第一コンサートマスターになったんですが、その時の試験というのもあるんでしょう。

安永 それまでの毎日が試験です。

石井 でも、何か特別にあるんでしょう。

安永 いいえ、特別な試験というのは何も。オーケストラ会議ってえらいものがありますが。これはね。実はオーディションに通ったときから、この会議のためにヴァイオリン・セクションだけでなく全員が見てるわけですよ。あれやこれやと。たとえば、コンサート・マスターとしての統率力はどうか。自分の言いたいことをきちんと表現できる語学力があるかどうか。指揮者の言うことをただヘイヘイ鵜呑みにするのではなく、指揮者が不適当なことを言ったときにはちゃんと対応できるかどうか。

  84年8月のザルツブルク音楽祭にカラヤンが出演することになったとき、「英雄の生涯のソロ・ヴァイオリンをぼくがやることになったんです。だれにソロをやらせるかというのは音楽監督としてのカラヤンの権限なんです。ところがそれから数ヶ月したら、御存知のように、オーケストラとカラヤンがまずくなりまして(引用者注:この頃、ザビーネ・マイヤーというクラリネット奏者をベルリンフィルに入団させるか否かで、カラヤンは入れるといったが、オーケストラは反対で、両者の間に確執が生じた。「ザビーネ・マイヤー事件」として有名)、音楽祭がお流れになったんです。結局その時は、そういうわけでソロを弾くのは実現しなかったんですが、そのあと、オーケストラとカラヤンのよりが戻ったときに、またオーケストラが安永のソロを聴かせろということになったんです。それじゃ85年2月のベルリンでの「英雄の生涯」のビデオ撮りの演奏会で安永をコンサート・マスターとして使おうと。ところが今度はぼくが病気になってしまった。医者の診断では「ワレンベルク症候群」(軽い脳血栓の一種)ではないかということだったんですが、首が痛み、肩が凝る。体が左へばかり傾く、唾が飲み込めない。あわてて入院したんですが、そのために演奏会が不可能になってしまった。で、治ってからカラヤンのところへ行きましたが、まあ焦るな、焦ったってまたぶり返すだけだからゆっくり養生した方がいいと。そういうわけでまたまた実現しなかったんだけど、カラヤンとしては自分が棒を振って一度ソロの入った大曲をやらせないと自分で納得できなかったんですね。

石井 カラヤンは完璧主義者だから・・・。

安永 ところがオーケストラにしてみれば、どっちか白黒を決めたかったんですね。もう1年もたつし、十分聴いたから、と。そこで、プフィングステン、つまり聖霊降臨祭の時にカラヤンが一回だけ棒を振ることになったんですが、その時試してみようということになったんです。そのときは小澤征爾、ジェームズ・レヴァイン、カラヤンの三人が一回ずつ演奏会をやったんですが、カラヤンのプログラムのときに安永を使ってみようということになったわけです。

石井 まな板の上にもう一度載せられた。

安永 その演奏会の1日前に練習がはじまったんですが、練習の前にカラヤンからザルツブルクのホールの自分の部屋に来るように連絡がありました。自分の部屋に来いというのは、自分の前で一人で弾いてみろということだろうと思ったんで、楽器をもってカラヤンの部屋に行きました。「やあ。こんちは。ところで君はこの曲を知ってるかい」って言うから、「それは『ツァラトゥストラはかく語りき』ですね」「よく知ってるか」「はい、よく知ってます」。そういうときに「いえ」なんて言っちゃいけないんです。カラヤンは、「ああ、知ってる?OK,OK」。そして、「この曲はシュトラウスの中でも最もむずかしい曲だ。よっぽどよく理解してないとうまくいかない」「そうでしょうね」「ところで楽譜持ってきたかい」「はい」「ちょっと弾いてごらん」。カラヤンは僕が持ってきたパート譜を取りあげて「ああ、ここ、ここを弾いて見なさい」と歌いながら棒を振るんです。ぼくは楽譜を半分むこうにとられてうんだけど、「よく知ってます」と言った手前、見せて下さいとは言えないんですからね。(笑)カラヤンは暗譜をモットーにしてますから、こっちも暗譜してる分は少しでも示さないと損する。10分ちょっとでテストは終わって「ああ、よろしい、よろしい、じゃあとでね」。6時からの練習が始まったときは、カラヤン、とてもご機嫌で。翌日の演奏会もまあまあ。カラヤンが信頼してくれた初めての演奏会という気がしました。1年半かかってようやく信頼してもらえたかという感じ。

石井 大変でしたね。

安永 でも、それだけじゃない。それはたったの一票。こんどは楽団員が・・・。

石井 120票もあるわけだから。

安永 ええ、大変でした・・・・。つまりね。ぼくのヴァイオリン演奏の技術については反対しない。ただこのポストは並の人間じゃできる仕事じゃないとみんな考えているわけです。超人的な要素が必要とされる。極端なことを言えば、ヨーロッパ人であればヨーロッパの伝統を血の中に持っているわけだけど、外国人の場合は血の中にドイツ音楽のリズムというものがない。ドイツを代表するオーケストラのリーダーになるわけだから、そのへんが問題になるんです。ましてや世界中から指揮者がたくさんやって来るなかで、いままでこのオーケストラが刻んできた歴史を継続していけるだけの勇気と決断力があるかどうか、この点がメンバーの大議論になるわけです。

石井 それは勿論欠席裁判・・・・。

安永 欠席裁判! まさにその通りですね。その会議の数日前に親しいオーケストラのメンバーがぼくのところにやってきて言うんです。「これは、お前さんのヴァイオリンがどうのとかお前さんの人間がどうのとか、そういうことじゃない。日本とベルリン・フィルとの友好関係にもかかわる問題だ。もしお前さんが不合格になった場合、その関係もまずくなるかもしれないし、第一、お前さんが一番ダメージを受けるだろう。病気になったことにして辞退すればお前さんもダメージを受けないし、オーケストラも苛酷な裁判をせずにすむ、どうだ」。

石井 厳しいね。

安永 それはほんとに良心的な意味なんですがね。しかし、ぼくは考えた。「自分はこれまで1年半ベストを尽くしてきた。指揮者はカラヤンで、オーケストラはベルリン・フィル、お客様はザルツブルクの耳の肥えた人たちだ。曲目はカラヤンが世に出たときに演奏した『ツァラトゥストラ』。相手にとって不足はない。

そして演奏をしたのが5月27日。会議は29日だったんですが、どうも1時間半ぐらい会議が行われたんですね。もういろんな意見が出たそうです。しかし、これは欠席裁判なんだからぼくが知っちゃいけないことなんですね。だからみんな説明してくれませんでした。

石井 もちろん合格。

安永 はい。実はその日、僕に賛成の人が4、5人欠席していたんです。だからファースト・ヴァイオリンのぼくの味方の人はちょっと日を遅らせようと言ったんです。欠席者はいちおう意見だけは手紙で言うことは出来るけれど、投票は出来ないんです。出席者の3分の2以上の票がないと合格出来ませんから、4、5人でも大きいんですね。投票は無記名ですから、面と向かってはいいことを言っても、書くときは何でも書けるわけです。だからそういう状況の中で3分の2をはるかに超える人が信任してくれたということは、これはもう非常な責任を感じました。

石井 嬉しかったでしょう。

安永 ううん、通ったという電話をもらった時に、「そうか」だけでおしまいだったらしい。あとであの時はどうしたんだって言われましたから。素直に喜べなかったんですね。事の重大さにわなわなとしてしまって。

お読みになって分かると思うが、コンサート・マスターのオーディションを合格してもそれからの(安永さんの場合)1年半は毎回のコンサートが、

謂わば「試験」だったわけである。その後、投票があって、侃々諤々の議論の後に、正式に「合格」となる。その1年半のプレッシャーは察するにあまりあるが、

この対談が行われたのは、本の記録によると、1985年8月9日である。丁度、正式にコンサートマスターに就任した直後の対談だから、

細部まで安永さんもはっきり記憶していて、カラヤンにいきなり呼ばれて弾かされたり、会議の前に、「もし大変だから、辞退したらどうだ」と

本気で心配してくれた、ベルリン・フィルの同僚の話など、日本語で書かれた本で、安永さんのベルリン・フィルコンサート・マスター就任までの内幕が

ここまで生々しく記録されている本は他に無い、と思う。安永さん自身、正式にコンマスと決まったときは、あまりの事の大きさにわなわなとしてしまった、

というぐらいの重責を、四半世紀も務めたのが、安永さんであり、敬意を表するなと言われても無理で、

他の誰が何と云おうと(誰かが何かを言っている訳ではないが)私は安永徹さんを尊敬している。

吉田都さんは、既に紫綬褒章を受勲しているし、今年の文化功労者には指揮者の大野和士の名前があり、

それはそれで、大変結構なことで、否定する気など毛頭ないけれども、不公平だ、と言っているのである。


オーケストラのメンバーは大したことない、とでも思っているのかね?

駆け出しの指揮者などより、ベテランコンサートマスターの方が、大抵のオーケストラのレパートリーは、良く知っているのですよ?

それぐらいじゃないと務まらない。物凄いことですよ。先日、毎コンの話で、

コンクールというのは、「その日、その時、その場で」誰が一番上手いか、という、謂わば最大瞬間風速だ

と書いたが、コンサートマスターを四半世紀続けるということは、最大瞬間風速を25年間続けたようなものだ。

ホントに日本政府、教養ねーなー。いい加減分かれよ。

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2010.10.26

NHK「世界のプリマ 最後の闘いの日々~吉田都~」再放送予定、他。

◆昨日、ロイヤル・バレエの吉田都さんのドキュメンタリーを見られなかった方へ。

日本人でありながら、世界に冠たる、天下の英国ロイヤル・バレエのプリンシパル、という頂点を極めて吉田都さんは、

今年の6月、ロイヤル・バレエ東京公演で、遂に、退団した。


最後のステージまでの3ヶ月を取材したNHK、「世界のプリマ 最後の闘いの日々~吉田都~」が昨日(2010年10月25日)、

NHK総合テレビで、放送された、テレビの影響は毎度書くけれど、非常に大きく、今日、私の日記・ブログのアクセス解析で

最多件数を占める検索ワードは「吉田都」であった。


既に自分で調べて知っている方、録画予約済の方もおられるだろうが、

「見たいけど、再放送予定が分からない」とい方のために、再放送のみならず、吉田都さん関連番組放送予定を

大文字で列記する。

【再放送】世界のプリマ 最後の闘いの日々~吉田都~ 10月27日(水)午前0時15分~(火曜深夜) 総合(近畿・北海道はなし)

【再放送】世界のプリマ 最後の闘いの日々~吉田都~ 11月1日(月)午前11時~ BS2

これは、25日(月)の再放送。ドキュメンタリー番組である。

次に見逃せないのは、その「最後の舞台」となった、2010年6月、東京での「ロミオとジュリエット」公演の全幕ノーカット放送。
2010年11月19日(金)NHK教育テレビ「芸術劇場」 23時00分~(番組終了時刻未定)

情報コーナー 「吉田都の芸術」(スタジオに吉田氏を招いてのインタビュー)

公演コーナー「英国ロイヤル・バレエ日本公演 『ロメオとジュリエット』全3幕」

これは将来DVD化される可能性が高いがいつになるか分からないし、とにかく映像の権利関係がややこしく、

商品化されるまでにかなり時間がかかる可能性が高いので、録画しておいた方がいいです。

たとえ、今、「バレエなどに興味は無い」という方も、大きなお世話ですが、悪いことは言わないから、

すぐに見なくても良いから、とにかく録画しておいた方がいいです。


◆吉田都のスーパー・バレエ・レッスン

これは2009年にNHK教育で放送されたもので、現在、再放送中です。

既に何回か終わってしまいましたが、自分がバレエをやる、やらないに関わらず、

大変に興味深い。世界の超一流ダンサーは、ここまで、細かい事に、いちいち神経を配っているのか、

と、特に私のようなバレエの門外漢は驚嘆します。ネットでも見ることが出来ますが、

まず、これからまだ5回です。11月末まで第10回まであります。

一覧したい場合は、スーパーレッスン
を見て下さい。

10月末までは、金曜の夜が本放送で、翌週の金曜の早朝にその再放送、というパターンの繰り返しですが、

11月からは金曜夜の本放送だけになりますから、注意してください。
10月29日(金)午前5時35分~6時00分 スーパーバレエレッスン ロイヤル・バレエの精華 吉田都(5)眠りの森の美女

10月29日(金)午後10時25分~10時50分 スーパーバレエレッスン ロイヤル・バレエの精華 吉田都(6)ドン・キホーテ

11月5日(金)午後10時25分~10時50分 スーパーバレエレッスン ロイヤル・バレエの精華 吉田都(7)コッペリア

11月12日(金)午後10時25分~10時50分 スーパーバレエレッスン ロイヤル・バレエの精華 吉田都(8)くるみ割り人形”第2幕からアダージョ

11月19日(金)午後10時25分~10時50分 スーパーバレエレッスン ロイヤル・バレエの精華 吉田都(9)くるみ割り人形”第2幕パ・ド・ドゥからアダージョ

11月26日(金)午後10時25分~10時50分 スーパーバレエレッスン ロイヤル・バレエの精華 吉田都(10)ロメオとジュリエット”第1幕ジュリエットの部屋

これも何故か知りませんが、DVD化されないのです。今年の再放送がレッスンを見られる最後かもしれません。

テキストはあります。スーパーバレエレッスン ロイヤル・バレエの精華 吉田都 (NHKシリーズ) [ムック]



◆YouTubeで見られる。スーパー・レッスン

これはCraving Explorerでも使って保存しておくと良いですね。

と、以前書いたら、動画が何処に保存されたか分からない、という方がおられましたが、それは・・・・。

私だって使えるのです。オプションの「保存」で任意のフォルダを指定すれば良いはずです。


一回目から4回目で取りあげたのは、

第一回「“ジゼル”第1幕からバリエーション」

第二回 「“ラ・フィーユ・マル・ガルデ”第1幕からバリエーション」

第三回 「“ラ・フィーユ・マル・ガルデ”第2幕からマイム」

第四回 「“シンデレラ”第1幕からバリエーション」

第五回 「“眠りの森の美女”第3幕からバリエーション」

ですが、YouTube上では10分ずつしかアップできないので、それぞれいくつかのファイルに分かれていますが、

ありがたいことに全部アップして下さった方がおられます。
「ジゼル」は、Giselle ACT1 1/3 - Miyako YoshidaGiselle ACT1 2/3

そして、素晴らしいのが、吉田都さんの模範演技、Giselle ACT1 3/3 - Miyako Yoshidaです。

生徒さんには悪いけれど、同じ踊りとは思えません。

YouTube上で「Miyako Yoshida」を検索すれば「ラ・フィーユ・マル・ガルデ」(La Fille Mal Garde'e)も、

「シンデレラ」(Cinderella)も、「眠りの森の美女」(Sleeping Beauty)も全て見つかります。


ドキュメンタリーの前にジゼルのレッスンだけでも見ておくと、興味深いと思います。

世界の頂点に立った人は、どの分野でも自分にも他人にも妥協を許さない、ストイックで、はっきり言って

怖い人が多いですけれども、吉田都さん、物凄く丁寧で親切です。


私自身、バレエ「音楽」は昔から馴染みがありますが、バレエ公演を見たのは、ロンドン駐在当時が始めてでした。

17年前の事です。そのころは吉田都さん、熊川哲也さん共にまだ20代の全盛期だったのです。

初めて見たバレエが、ロイヤル・バレエで、しかも吉田さん、熊川さんを見ることが出来たので、

大変、運が良かったと思います。それまでさほどバレエには興味が無かったんですが、

ロイヤル・バレエを見て、純粋に「人間の身体の動きの美しさ」に感動しました。

だから、皆様にも、例え興味がなくとも、とりあえず、レッスンや、ドキュメンタリー、そして

11月の「ロミオとジュリエット」の放送を、録画しておくことをお薦めします。

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「首相 審判真摯に受け止める」←主権者は誰か。

◆記事:首相 審判真摯に受け止める(NHK 10月25日 20時2分)

菅総理大臣は、参議院予算委員会の集中審議で、衆議院北海道5区の補欠選挙で民主党の候補者が敗れたことについて、

「有権者の審判であり、しんしに厳粛に受け止めたい」と述べたうえで、民主党の小沢元代表の国会招致について

「小沢氏本人の意向も踏まえ、どういう形で説明するのが適切か、国会の場でしっかり議論させていただきたい」と述べました。

この中で菅総理大臣は、24日に投票が行われた衆議院北海道5区の補欠選挙で、民主党の候補者が敗れたことについて、

「有権者の審判であり、しんしに厳粛に受け止めたい。敗因として、候補者の知名度不足や厳しい経済への対応の不十分さもあるが

『政治とカネ』の問題も影響があったと見ることができる。そういうことをすべてしんしに受け止めて、今後の対応に当たりたい」と述べました。

そのうえで菅総理大臣は、小沢元代表の国会招致について「小沢氏自身が『国会の決定にはいつでも従う』と言っており、

小沢氏本人の意向も踏まえ、どういう場でどういう形で説明するのが適切かは国会の場でしっかり議論させていただきたい」と述べました。

また菅総理大臣は小沢氏に証人喚問に応じるよう指示すべきだと指摘されたことに対し、

「わたしがあらゆることを1人でやっているのではなく、それぞれの党のメンバーがどういう仕事をやっているか、中身で判断をいただきたい」

と答弁し、声を荒らげる場面もありました。(注:以下省略)


◆コメント:議会制民主主義なんですから、権力の正当性の根拠は国民の意思を反映しているということです。

ここ数年、毎年総理大臣が交替しているが、小泉の悪党は当然として、その後の安倍、福田、麻生、鳩山、菅、

を見ていると、やはり政治家になるような人間は神経の在処が違う、と思う。

別に褒めているわけではないが、普通の人間なら、これだけ毎日、マスコミを通じて国民に顔を見られて、

「バカだ、マヌケだ、無能だ、腰抜けだ」と書かれたり言われたりしたら、とっくに神経が参るはずである。

しかし、彼等を見ていると分かるとおり、誰もげっそり痩せ細ったり、眠れずに目の下にクマが出来ている事もない。

つまり、あれほど叩かれても、普通にメシが食えるし、眠れているのである。あまりの図々しさに感動する。


それはさておき、民主党政権がこれほど、ダメだとは、私も予想外であるけれど、

議会制民主主義である。権力の正当性の根拠は「国民の意思を反映している」ということによる。

つまり、今の政府は、どう見ても有能とは思えないが、この政党に権力を取らせたのは我々国民である。

今のような状況が予想できたら、投票しなかっただろうが、小泉以降、あまりにも日本がぶっ壊れてしまったので、

自民党はもうダメだ。民主党にやらせてみようと決断したのは(無論、民主党以外に投票した人、投票しなかった人もいるが)、

多数決の原理により、「国民の意思を反映している」ことになるのである。

確かに、尖閣諸島など実にみっともなかったし、菅政権をアホだ、無能だ、というのも

北朝鮮や中国じゃないから許されるが、全く他人事のように考えるのは正しくない。

主権者である我々国民に、先見の明がなかったのである(他に選択肢もなかったが)、ということは

自覚すべきである。

そして、何故民主党に政権を取らせたかというと、小泉が「自民党をぶっ壊す」と言いつつ、実は、

従来、平穏だった日本をぶっ壊し、一億総中流だったはずが、とんでもない格差社会となり、

弱者はとっとと野垂れ死んで下さい、というひどい世の中になったからである。

つまり溯れば、あのヘラヘラ小泉に絶対安定多数を取らせた2005年9月11日の「郵政民営化選挙」に於ける

投票において、有権者が致命的な判断ミスを犯したのである。

結果論ではない。

あの時私は、選挙前の1ヶ月、如何に小泉のいっていることが、いい加減か、ずっと書き続けた。

2005年8月9月の日記を読まれたい。

選挙の翌日、

2005年09月12日(月) 自民党歴史的勝利←国民の歴史的かつ致命的判断ミスですな。ココログ

と書いたら、物凄い嫌がらせが来た。

あの時、投票行動において選択を誤ったのが、そもそもの始まりである。

だから、現状を全て認めろとは言わないが、今のような日本になった責任の一端は、代議制民主主義の原理から言って、

我々有権者にもある、という認識を持つべきである。バカだ、無能だ、を繰り返しても、何も起きない。

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2010.10.24

「日本音楽コンクール バイオリンで中学生1位 26年ぶり」←毎コンで優勝する、というのは物凄いことなのです。

◆記事:日本音楽コンクール バイオリンで中学生1位 26年ぶり(毎日新聞 10月23日(土)21時7分配)

日本の音楽界への登竜門、第79回日本音楽コンクール(毎日新聞社、NHK共催、特別協賛=三井物産)の本選会シリーズが23日、

東京オペラシティで始まった。初日はバイオリン部門が行われ、ショスタコービチの協奏曲に見事なリズム感、音色などで圧倒した

山根一仁さん(15)=横浜市立豊田中3年=が第1位に選ばれた。

中学生の優勝は全部門を通じて26年ぶりで、満員の会場は新しいスターの誕生に沸いた。



86人の応募から3度の予選を通過した4人を海野義雄、篠崎功子ら11氏が審査した。

他の入賞・入選者は次の通り。(敬称略)

▽第2位 城戸かれん(16)=東京芸大付高1年

▽第3位 毛利文香(16)=神奈川県・洗足学園高1年

▽入選 新井貴盛(19)=東京芸大2年

▽岩谷賞(聴衆賞) 山根一仁



◇テクニック全開、華麗に弾き切る

初日から、中学生の山根一仁さん(15)が優勝する快挙に、本選会場の東京オペラシティは興奮に包まれた。

くじで引いた演奏順で最後に登場した山根さんは、難曲のショスタコービチのバイオリン協奏曲を

第1楽章は深々とした音で、終楽章はテクニック全開で華麗に弾き切った。

30分後、会場ロビーで1位が発表されると、見守っていた聴衆から叫び声のような大歓声がこだまし、山根さんはもみくちゃに。

「今まででいちばん楽しく弾けた。こんな素晴らしいホールで、自分が一生懸命やることをいっぱいのお客さんが聴いてくれて、感動しました」

と声をはずませた。

山根さんは昨年の全日本学生音楽コンクール中学の部の全国1位で一躍注目を集め、

予選のときから審査委員の間でも「華がある」「魅せられる」と高い評価を集めていた。

次々に現れる日本の若い男性バイオリニストが今、世界から注目されているが、そこに新たな才能が加わった。【梅津時比古】


◆毎コン(日本音楽コンクールの通称)で優勝する、ということは、想像を絶するほど大変なことです。

日本音楽コンクールは、元々毎日新聞社が創設した音楽コンクールです。

ですから、以前はずっと「毎日音楽コンクール」と呼ばれ、クラシックの世界の人は今でも「毎コン」といいます。

ずるい、というと言い過ぎですが、NHKが「協賛」したので、名前が「日本音楽コンクール」になりました。

ちょっと気を付けて頂くと分かりますが、今回が「第79回」です。つまり、始まったのはなんと戦前で、戦争中も

中断することなく続きました。毎日新聞が全てにおいて立派な新聞だとは思いませんが、この件に関しては、いい仕事をした、

と思います。


このようなことは実は今までも毎年のように書いております。これが、私の日記を「毎コン」で検索した結果です。

どの部門も9月までに予選を終了し、1ヶ月の間を置いて本選が始まります。

今はオペラシティですが、昔は、古いけれども何とも言えない歴史を感じる日比谷公会堂で本選が行われていました。

私は、一度日比谷公会堂当時に、ピアノ部門の本選を最初から最後まで聴いたことがあります。

同じ曲を選択する人もいますが、とにかく1日で5回連続してピアノ協奏曲の全曲演奏を聴くというのは、

聴く方もエネルギーが必要です。疲れます。しかし、音楽に人生を捧げようとする若者の熱い情熱が迸り、

聴いているだけで、胸がいっぱいになります。順位をつけるのが残酷なほどですが、付けなければ、コンクールの意味がありません。


過去に全く同じ事を何度も書きましたが、毎コンに限らず、コンクールの結果が全てでは、勿論ありません。


適切な表現ではないかもしれませんが、コンクールとは「瞬間最大風速」のようなものです。

「その日、その時、その場所で」誰が一番上手かったか、ということだけで決まります

(厳密にいうと、最近の毎コンは予選の点数が考慮されるので、本選の演奏の出来だけでは順位は決まりませんが、

本選の演奏が最も印象に残ることは言うまでもありません)。

「いつもはもっと上手く弾けるのです」「昨日の練習ではミスはしませんでした。」「もう一回弾かせて下さい」

などという甘えは通用しない、問答無用の世界。逆に言えば、明日に本選の日程がずれたら、体調その他の変化で

別の人が優勝したかもしれません。しかし、コンクールとはそういうものです。


今年のバイオリン部門は参加者が86名。86人が第1予選を受けて、第2次予選に進めたのは22人。

22人中、第3予選に進むことが出来たのは、10人。そして、本選に残ったのは、4人。優勝できるのはただ1人。


これは、想像を絶することです。私は素人の門外漢ですから、分かったようなことを書いてはいけませんが、

毎コンの存在を知らない「ド」素人よりは、多少はわかるつもりです。


一生懸命練習したのは、皆同じです。1次予選で落ちた人と2次予選に進んだ人。また、2次予選から3次予選に進んだ人。

その違いは、私が聴いても、恐らく分からない。紙一重の差だと思います。

専門家に訊くと「毎コンは、国内のコンクールの中でも別格だ」といいます。その緊張が並ではないそうです。


そもそも「毎コンを受ける」ことを決めるだけで大変な勇気が要ります。下手な人は師匠の許しが出ません。

素人が聴いたら「もう、十分、プロとして通用するじゃないですか?」というようなレベルの人がさらにしのぎを削る、

物凄い高次元の話です。今年はショパンコンクールもありますから、関心がそちらへ向き勝ちですが、

毎コンを過小評価してはいけません。


15歳で優勝した山根一仁さんの偉業は素直に讃えます。

しかし、本人が一番分かっていると思いますが、大変なのは、これからです。

「毎コンバイオリン部門で優勝した」という既成事実は勲章ですが、プレッシャーにもなります。

やや、言い過ぎかもしれませんが、今後、下手な演奏をすることは、学生と言えども許されない。

一層の向上を世間は要求します。

しかし、とにかくお祝いを申し上げます。


◆【音楽】山根一仁さんが本選で演奏したショスタコーヴィッチ、ヴァイオリン協奏曲第1番より終楽章

課題曲は、勿論とっくに発表されています。

公式サイトのバイオリン部門課題曲をご覧になるとお分かりの通り、本選は、


  • ブルッフ

  • パガニーニ

  • メンデルスゾーン

  • ドヴォルザーク

  • シベリウス

  • バルトーク

  • プロコフィエフ

  • ショスタコーヴィッチ

  • ヴィエニアフスキー

のヴァイオリン協奏曲の中から自分で選択します。技術的に難易度が高い曲を選んだ方が高得点を狙えますが、

一方で、テクニック誇示に偏り音楽性を疑問視される可能性もある。選曲も難しいところです。

中学生で、ショスタコーヴィッチを選んだ山根さん。何故この曲を選んだのか興味深いところですが、

近いうちに、毎日新聞の音楽担当記者(編集委員)梅津時比古(うめづ・ときひこ)氏のインタビューが新聞に載るでしょうし、

NHKのドキュメンタリーで明らかになるでしょう。

ここでは、終楽章だけ聴いて頂きます。

引用元は、ソロがヒラリー・ハーン、伴奏がオスロ・フィルハーモニー管弦楽団

お馴染み、メンデルスゾーンが1曲目。カップリングされているのが、ショスタコーヴィッチ:ヴァイオリン協奏曲第1番です。


ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 作品77より、第4楽章「ブルレスケ」






ショスタコーヴィッチの音というのは独特で、分析的なことは書けませんが、

私は、単に聴いていると「あんた、真面目に書いてる?」というような、何となく滑稽に聞こえることがあります。

余計なことですが、美しい、ということで言ったら、それは技術的にはショスタコーヴィッチよりも遙かに簡単でしょうが、

バッハのヴァイオリン協奏曲第1番、イ短調、BWV1041と同じようには感じられません。

お断りしておきますが、毎コンの山根さんの話とは全く無関係。私の嗜好、情緒的選択について書いているだけです。

ご参考までに。


バッハ:ヴァイオリン協奏曲 イ短調 BWV1041 第一楽章。







余計なことでした。私の好み云々はどうでもよいのであって、兎にも角にも、

山根一仁さんが、ヴァイオリニストとして大輪の花を咲かせることを、心から祈ります。

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1日中寝ていて、世の中を追えていないのでサボります。/バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタBWV 1001 フーガ。

◆色々ありまして。

生来、徹底的に怠惰な私は、仕事も会社も大嫌いなのです。

サラリーマンを26年半もやっているのに、仕事が面白いとか楽しいとか感じたことはないし、

会社は、毎日々々、何千日行っても苦痛です。

それが、バレないように、半ば無意識に非常に熱心に仕事をします

フロイトがいうところの、自我防衛機構の「反動形成」ではないか、と思われます。

本当は大嫌いなことを、あたかも大好きなようなフリをしているのですから、そこには

自己欺瞞があり、それが原因でしょう。週末の多くの時間は疲れ切って寝ています。

ニュースを読む気にもなれません。

加えて、浪人中の愚息がもう少しでまた受験です。文字通りの「愚息」でして、

出来が悪く、考えないようにしてますが、考え出すと、無限にマイナス思考のループに陥ってしまい、

少々抑うつ気味です。


だらしがないこと、この上ないのですが、本日は時事問題の記事は、サボらせて頂きます。


◆バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータより。ソナタ第1番 フーガ。

過去記事を読み返したら、月曜に同じようなことをかいてサボったばかりですね。

あのとき、バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータより。ソナタ第1番 アダージョを聴いて頂きました。

今日は、続きです。バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ、ソナタ第1番、二曲目の「フーガ」

1本のバイオリンで複数の旋律を弾く、という、考えてみると信じられないような曲です。


バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータより。ソナタ第1番 フーガ。







このような「永遠に美しいもの」を聴くと、束の間ですが、現実の世界の煩わしさから、逃げられるように思います。

それでは、失礼致します。

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2010.10.23

「仙谷氏が自身の答弁を『不適切、真摯に努める』と陳謝」「小沢氏、政倫審出席に否定的」奄美大島はどうでもいいの?

◆記事1:仙谷氏が自身の答弁を「不適切、真摯に努める」と陳謝(産経新聞 10月22日(金)10時51分配信)

仙谷由人官房長官は22日午前の参院議院運営委員会理事会で、問題視された参院予算委員会での自身の答弁について

「不適切な答弁、本院(参院)決定事項に異を唱えるような答弁があったことについて陳謝する。今後、真摯な答弁に務める」と述べた。

参院の撮影規定に反して国会内でファッション誌の写真撮影をした蓮舫行政刷新担当相については

「院内の議員活動の範囲を超え、その後の答弁も不適切であったことを私からも厳重に注意し、

本人も反省している。官房長官として陳謝する」と理解を求めた。


◆記事2:小沢塾が初の塾生募集会見(産経新聞 10月22日(金)20時48分配信)

民主党の小沢一郎元代表が主宰する「小沢一郎政治塾」が22日、第11期生の募集を始めた。

塾出身の国会議員でつくる運営委員会が都内で記者会見し、募集要項を発表した。

小沢塾が、塾生募集で記者会見を行うのは初めて。小沢氏が強制起訴されることを受け、

応募に影響が出かねないと判断したようだ。


◆記事3:<奄美豪雨>想定超える水位 断水、停電、電話も使えず(毎日新聞 10月22日(金)22時7分配信)

記録的集中豪雨に襲われた鹿児島県奄美地方は22日、災害発生から丸2日を経て、

地元の役場職員やNTTなどによる懸命な被害状況の把握や復旧作業がようやく本格化した。

電話交換所や携帯電話の基地局が浸水したり、土砂崩れで電話ケーブルが切断されたため、

一般電話や携帯電話が使えなくなったり、断水、停電など、ライフラインの脆弱(ぜいじゃく)性が浮き彫りになった。

害が大きかった奄美市住用町では冠水水位が1メートルを超え、NTT西日本の電話交換所が浸水した。

水害に備えて平地より1メートル高い場所に設置していたが、「想定以上の事態」(同社)だった。


◆コメント:国家の最も重要な使命は国民の生命・財産を守ることではないでしょうか。

どうにもあきれて、ものが言えない。

奄美大島では、記録的な物凄い豪雨に見舞われている。名瀬の降水量(18日21時~22日10時)は

763ミリで、これは平年の3ヶ月分の降水量だ。つまり、平年年間降水量の4分の1が3日半に集中したのである。

降水量と人間の感覚との関係では、1時間の降水量が60ミリを超えると、人は恐怖感を覚えるという。

特別養護老人ホームのお年寄りはさぞや怖かったであろうし、亡くなった方は、さぞや苦しかったであろう。


国民の生命を守る、ということは国家の最も基本的な使命である。

しかし、新聞の政治面を読むと、奄美大島のことを本気で心配している国会議員は果たして何人いるのか、

と憤りを覚える。彼等の頭の中は、十年一日のごとく、勢力争いであったり、自らの国会内での地位を

如何に保つか、あるいは有利にするか。次の選挙で、また当選するためにはどのように行動するべきか

で一杯であり、あたかも「奄美大島どころではない」と言いたげにさえ見える。


自然災害で自衛隊の出動を要請するのは、都道府県知事の権限であるが、だからといって、中央政府が

「雨だろ?そっちで適当にやってくれ」という態度。ポーズだけは取らなければならないので、

◆記事:<奄美豪雨>副内閣相を派遣へ(毎日新聞 10月22日(金)10時54分配信)

鹿児島県奄美地方の豪雨災害について、松本龍防災担当相(環境相)は22日の閣議後会見で、

東祥三副内閣相を現地に派遣すると発表した。

可能な限り被害状況を早期に把握するためで、具体的な日程を鹿児島県と調整している。

のだそうだ。今頃になって、思い出したように「可能な限り被害状況を早期に把握するため」だと?

ふざけんのもいい加減にしろ、馬鹿野郎!

国会は国権の最高機関だ。政治家は、私欲に血眼になる前に、国民のために真面目に仕事をしろ。

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2010.10.22

【音楽】ブラームス:ピアノ協奏曲第2番と、ショスタコーヴィッチ交響曲第10番より。

◆妙な組み合わせですが・・・・。

興味のある方も全然無い方もいらっしゃると思いますが、

10月30日公開の映画「SP」(Security Police)は、私、全然知らなかったのですが、

元々、3年前に放送された深夜ドラマだったそうで。

今回、映画の宣伝のため、それを土曜日に再放送してます。先週、その一回目が放送されました。


ドラマは私は結構こういうの、好きですが、これは人それぞれ好みが分かれるでしょう。

ただ、ドラマを見ていて「オッ」と思ったのは、バックで使っているクラシック音楽の選曲で、

これは、専門家か相当よく分かっている人が選んだな、ということが明らかです。

ウィキペディアの「使用楽曲」をご覧下さい。

珍しい曲ではないのですが、場面と音楽が妙に上手くマッチしているのです。

ドラマ固有の音楽担当は菅野祐悟という人で、東京音楽大学作曲科で勉強している人ですから、

或いは、彼の選曲かもしれません。

とにかく、私には日本のテレビドラマに使用するクラシック音楽の選曲としてはかなり秀逸だと思えるのです。

今日、ご紹介するのは、「使用楽曲」の中から、2つを選びました。


◆ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 第一楽章

これは、ベートーヴェンの「皇帝」とか、チャイコフスキーの協奏曲第1番ほど、頻繁には演奏されませんが、

大変な名曲です。

演奏は、エミール・ギレリス独奏、オイゲン・ヨッフム指揮、ベルリン・フィルです。


ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品83より第一楽章







お聴きのとおり、非常に壮大です。如何にもブラームス、という分厚い響きがします。「ピアノを伴った交響曲」と言われるそうですが、

なるほど、と思います。


◆ショスタコーヴィッチ:交響曲第10番 第二楽章

ショスタコーヴィッチに関しては、私はまるっきり疎いので、知ったかぶりすら出来ません。

但し、以前から気が付いていましたが、交響曲全体の構成を見ると他の楽章に比べて、第二楽章だけは、

演奏時間が約4分と非常に短い。それがアンバランスだという批判もあるそうですが、この楽章だけを聴く限りにおいては、

関係ない。演奏はかなり難しいだろうな、と思います。

引用元ですが、ショスタコーヴィッチと言えばやはり、ムラヴィンスキー=レニングラード・フィル



ショスタコーヴィチ 交響曲第10番 ホ短調 作品93 第2楽章







お聴きのとおり、疾風怒濤のように激しい音楽で、演奏時間とは無関係に、一度聴いただけで印象に残ります。

これは、本当でして、私はショスタコーヴィッチを殆ど知りませんが、この楽章は覚えていました。

中途半端な「音楽記事」になってしまいましたが、ご参考になれば、幸いです。

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2010.10.21

気軽に他人に訊いてはいけないこと。言ってはいけないこと。

◆どうも、「常識」を躾けられていない人が多い。

と、最近思います。こちらが若い頃、こういうことを言われると

うるせえなあ。

と感じましたが、人間は勝手なもので、自分が50を過ぎると、言いたくなります。

人には、それぞれ事情があります。「上司と親は選べない」といいますが、

上司は本気になれば(今は不景気なので困難ですが)転職すれば変えられます。

しかし、親は選べない。ということは、どういう環境に生まれるかは我々は選べないのです。

生まれ育った環境によって、「それぞれの事情」が変わるわけです。

それはどうしようもない。当たり前なのですが、その大前提を覚えて頂きたいのです。


◆簡単に訊いてはいけないこと。「どこの学校を出ましたか?」「どこの会社に勤めていますか?」

私は社会に出て何十年も経つので、色々な人を見てきました。

本当に、知能が高くて、優秀なのに、家庭の経済的な事情で中学・高校までしか進学出来なかった人は

世の中に大勢います。また、進学できた人でも本当は最高学府(東大)に入ってもおかしくないのに、たまたま試験で失敗して、

不本意ながら、別の学校に入り卒業した人がいる。

日本中誰でも知っている大企業に勤めている人がいる一方で、本来、大企業に採用されていても不思議はないけど、

あいにく採用されず、誰も名前を知らない会社に勤めている、という人もいます。ここで、

自分に本当に自信があれば、学歴とか勤務先など関係無い。堂々としていればいいではないか。

と思って、ムキになっている貴方。貴方のような人を「単細胞」というのです。

それは、理屈だ。理屈では感情は制御出来ない。

悪いことをしたわけではない。大企業だろうが、小企業だろうが、自由業だろうが、

真面目に働いている堅気(かたぎ)であることに変わりはない。確かにそうです。

しかし、こういうことを他人から気軽に訊いて欲しく無い、という人は多いんです。

議論しても仕方がない。そういう人は、存外、多いものなのです。


◆口に出してはいけないこと。他人の身体に関すること。

これは、本当に基本的なマナーなのですが、心得ていない人が若い人にもいい年をしたオッサン、オバサン

にもかなりいます。他人の身体に関わることは(医師が患者を診察するような特殊なケースは勿論例外ですが)、

原則として、口にしてはなりません。

「背が低い(高い)ですね」

「太っていますね(又は太りましたね)」

「痩せていますね(又は痩せましたね)」

「(肌が)白い(黒い)ですね」

「髪が薄くなりましたね」

こういうことを、みだりに口にしては、いけません。

私はうつ病になり始めの頃、抗うつ薬の副作用で、ブクブクに太り、その後17㎏減量しました。

すると、いるんです。バカが。

どうして、そんなに太っちゃったの?

JIROさん、すごく痩せましたね?何処か身体の具合が悪いんじゃないですか?

訊いてどうするのですか。具合が悪そうなら医者を紹介する、というのではない。

頭の中で思っていればいいことを、簡単に口にしてしまう。物凄く不愉快です。


◆番外編:音楽に関すること。

Twitterというのを使っていますが、無頓着なだけで、悪気はないのでしょうが、

しばしば、こういう「つぶやき」を見かけます。

音楽は、楽器を演奏しなければ、本当には分からない。

これは、まず傲慢です。「音楽が本当に分かる」とはどういう状態でしょうか?

また、楽器を演奏する人は皆、「音楽が本当に分かっ」ているのでしょうか?

検証しようがありません。


そして、かつて楽器を演奏していても、忙しい会社に就職したら続けるのは不可能です。

私は若い頃、朝7時半に出社し、深夜毎日12時過ぎに退社する、という生活が長く続きました。

私は、元々トランペットを吹いていましたが、夜中に帰宅したときにはクタクタ。

その上、夜中にトランペットを練習するなら、余程遮音性に優れた防音室が要る。

残念ながらそれが現実。楽器の練習を続けられるのは、17時きっかりに仕事を止めることができる。

公務員ぐらいではないでしょうか。

そういう「事情」があるのです。


もう一つ。心ない(そのつもりはなくとも)発言。
音楽は生が一番。録音や放送は「参考」「記録」でしかない。

何が無神経か、書かなくても分かりますよね?

生が一番。そんなことは、分かっているけど、コンサートに行けない人が大勢いる。

先ほどの楽器の練習と同じ。午後7時開演の平日のコンサートなど、忙しい会社員は、行けない。

病気で長く床に臥せっている人は、生演奏を聴けないからこそ、中継を楽しみにしている。

ある、過疎地のお医者さんは、生演奏を聴くためには、何時間もかけて、街に出なければならない。

村を留守にしている間に急病人が出たり、産気付く妊婦が出るかもしれない。

だから、生を聴きたいのは山々だが、行く訳にはいかない。しかし、毎週の「N響アワー」や、

コンサートの録画番組、CDで音楽を聴くことが、その先生の何よりの楽しみなのです。


世の中には、色々な事情を抱えた人がいる。

たまたま、自分が幸運に恵まれ、楽器を長く続けられたり、生演奏を聴くことが出来るからといって、

みだりに、「音楽は生が一番」を口にするべきではない、と思います。

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2010.10.20

「基調判断を20カ月ぶり下方修正=10月月例経済報告」「問題は資金需要が出てこないこと=全銀協会長」

記事1:基調判断を20カ月ぶり下方修正=10月月例経済報告(ロイター 10月19日(火)14時8分配信)

政府は19日に発表した10月の月例経済報告で

景気は、このところ足踏み状態となっている。また、失業率が高水準にあるなど厳しい状況にある」とし、

基調判断を2009年2月以来、20カ月ぶりに下方修正した。

各論では生産と輸出を下方修正する一方で、住宅建設は上方修正となるなど、

景気は横ばい圏内での推移となっている。エコカー補助金の終了などに伴い、

先行きについては「当面は弱めの動きも見込まれる」としているが、持ち直しへの期待感も示している。

輸出については「このところ弱含んでいる」とし、前月の「このところ増勢が鈍化している」から下方修正した。

中国向け輸出は一進一退、その他のアジア向けは弱含みとなっている。

生産について同報告では「弱含んでいる」とし、前月の「緩やかに持ち直している」から下方修正した。

自動車の生産調整やアジア向け輸出の弱含みなどに伴い、10月の製造工業生産予測もマイナス見通しとなっている。

住宅建設は、「持ち直している」とし、前月の「持ち直してきたが、このところ横ばいとなっている」から上方修正した。

貸家の着工がプラスに転じたことなどが影響した。

海外経済については、判断に変更はなかった。(以下、略。色文字は引用者による。)


記事2:日銀の包括緩和、問題は資金需要が出てこないこと=全銀協会長(ロイター 10月19日(火)17時21分配信)

全国銀行協会の奥正之会長(三井住友銀行頭取)は19日の定例会見で、

日銀の包括的な金融緩和策について、すでに市場には潤沢に資金があり、

資金需要が出てこないのが問題だとの認識を明らかにした。

そのうえで、デフレを克服させるために実体経済を成長させることが重要だと語った。

奥会長は緩和効果について「量的な側面ではすでに資金が出ており、どれだけ効果があるのかという感じがする」と述べた上で、

「思い切ったメッセージを市場に与えたことが大事」と評価した。

包括緩和策が銀行経営に与える影響については、利ザヤが縮小する一方で長期金利低下による債券価格の上昇をもたらすとし

「プラスマイナスがあり、収益的な影響は限定的」と説明した。


◆コメント:月例経済報告とは。

月例経済報告とは、内閣府が毎月発表するレポートで、「政府が」日本経済をどのように認識しているか、

公式見解を示します。これが内閣府サイトのトップページです。

この中の、統計情報・調査結果 - 内閣府を下までスクロールすると、

「その他」の月例経済報告関係資料等からリンク先を見て、

更に、一番上、平成22年の10月をクリックすると

PDFファイルが開かれ、「月例経済報告」(平成22年10月)とありますね。

全部読むのは面倒ですが、結論に相当する「基調判断」が最初のページに書いてある。

記事1のとおり、

景気は、このところ足踏み状態となっている。また、失業率が高水準にあるなど厳しい状況にある。

とあります。こういう資料は単月では何も意味を為さないのです。記事1には、「下方修正」と書かれています。

過去の「基調判断」の推移は、金融情報専門のブルームバーグを見ます。

ここに、月例経済報告:過去の基調判断(表) が載っています。

2009年2月以来の下方修正といいますが、それはあまり重要ではない。

因みに前回の下方修正とは、
2009年1月「景気は、急速に悪化している。」

2009年2月「景気は、急速な悪化が続いており、厳しい状況にある。」になった。

これは、この前年、2008年9月15日のリーマン・ショック以降、世界中の景気が、誰も経験したことのないような

勢いで後退していく最中ですから、不思議はないのです。


◆今回は、少し回復しかけた景気がまた、落ちこむかも知れない、という恐怖感があるのです。

前回の基調判断の下方修正は、日本だけではなく、世界中の景気が後退していたので、

別に不思議はなかったのですが、今回は、漸く少しだけ、景気の見通しが明るくなったかな?

と思い始めたところなのに、また、逆戻りするかも知れない、という不気味さを伴います。


日銀は、10月4日、5日の金融政策決定会合で、ゼロ金利政策を取ることと、市場への資金供給を

一層潤沢にする、という決定を下しました。

日本銀行 2010年10月 5日「包括的な金融緩和政策」の実施について(13時38分公表) (PDF, 177KB)

仮に金融緩和が効果をもたらすような状況だとしても、その効果が現れるのには数ヶ月を要します。

今日の月例経済報告とは直接結び付けられません。問題は日本銀行がゼロ金利政策と量的緩和に踏み切っても

今のままでは、景気浮揚効果、具体的にはデフレの克服に貢献しないであろうということです。


◆だーかーら。金融緩和しても総需要が増えないと、景気浮揚効果はない、と以前から書いています。

今月の日本銀行が一段の金融緩和を決定した後、私は、

2010年10月08日(金) 「円急伸、一時81円72銭に 米雇用者数が予想超え減少」←世界中が金融緩和政策を取ろうとしているのです。ココログ

で、
いくら、日銀が金融緩和しても、市場に資金が不足し、銀行が貸し渋るから不況なのではなくて、長らく不況で家計の支出が滞っている。

GDPの約60パーセントを占めるのは、個人消費なのです。

と書きました。記事2で全銀協会長が「問題は資金需要が出てこないこと」と言っているでしょう?

しかし、ではどうすれば企業の資金需要が増えるかというと、モノやサービスが売れて、

それに見合うように企業が設備投資をしなければならない、という状態にならなければいけません。

全銀協会長は、その為に何をすべきか、とはっきり言いませんが、法人税だけを下げて、

企業に資金の余裕が出来たところで、設備投資をしてまでモノを作っても売れなければどうしようもない。

最終需要、即ち家計の消費を増やすためには、

1.企業が従業員の給与を大幅に引き上げる。

2.減税によって、家計の可処分所得を増やす。

しか、方法はない。1.は期待出来ません。企業は収益が減っているのに従業員の給与を引き上げる理由が無い。

2.減税(所得税、地方税、消費税)により、総需要を増やすことが最も効果的だと思います。

政府は8日に5兆500億円の緊急経済対策を閣議決定しましたが、その内容は当然限りがあり、

(1)雇用・人材、(2)新成長戦略の推進・加速、(3)子育て、医療・介護・福祉等、

(4)地域活性化、社会資本整備、中小企業対策、(5)規制・制度改革となっていますが、

具体性に乏しく、総需要を創出する効果があるかどうか分かりません。減税は国家全体の家計の

可処分所得を増やすのですから、効果が大きいと思います。

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2010.10.19

恐縮ながら、体調不良のため、更新をサボります。バッハをお聴き下さい。

◆かなり疲れていまして、こういう時に文章書いても悲観的になるだけです。

風邪ではないのですが、妙に疲れております。

こういう時、本当に書きたいことがないのに、無理矢理ニュースを引っ張ってきて、

何かコメントを付しても、妙に悲観的だったり、イライラと感情的になったり、

誤字、脱字、誤変換などばかりになることが多いので、申し訳ありませんが、

今日は早めに寝ます。昨日アップしたトランペットは10人います。まだ、お聴きでない方は

もしも、お気が向いたら、お聴き下さい。


◆バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータより。ソナタ第1番 アダージョ。

一番最初のソナタ第1番ト短調 BWV1001の第1曲、アダージョをどうぞ。

お聴きになるとすぐに分かりますが、いきなり複数の音を一度に出す重音で始まります。

ヴァイオリニストに、何か弾いてくれ、といったり、楽器を試したりするときは、これを弾くことが

多いような気がします。バッハというのは、すごい人で、たった1本のヴァイオリンから流れる音が

形而上学的というと堅苦しいですけど、宇宙的・神秘的な感覚を聴き手に与えます。

だからといって、音楽ですから、思想を述べている訳ではありませんから、

ただ、聴けば良いのです。


無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータより、ソナタ第1番ト短調 BWV1001 アダージョ。







信仰がなくても、聴いていると、自然に敬虔な気持ちになりますね。

ご紹介が遅れましたが、引用元は私がいつも好んで聴く、カナダのヴァイオリニスト、

ジャームズ・エーネス(James Ehnes)氏のSonatas & Partitasです。

非常に音楽的な人だなあ、といつも感心します。

無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータを毎日少しずつご紹介する、

というのもいいですね(まだ、決めた訳ではありません)。


申し訳ありませんが、今日はこれにて失礼を致します。

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2010.10.18

【音楽】「ハイドン:トランペット協奏曲 第1楽章 聴き比べ」←多すぎたかもしれません。

◆特に理由は無いのですが、やってみたくなりました。

日本にも、クラシック音楽好きは大勢いますが、吹奏楽少年少女や、

自分でラッパを演奏する人以外は、ラッパなんかどうでも良いと、思っているフシがあります。

昨年、某掲示板で、「日本音楽コンクール」通称毎コン(毎日新聞が始めたコンクールなので、

長い間「毎コン」と呼ばれ、いまでも、「毎コン」という音楽関係者が多いです)に関する書き込みを

見ていたら、ピアノ・ヴァイオリンは関心が高いけれども「トランペット部門の1位なんてどうでもいいよ」と

書いている人がいて、トランペットを愛する私としては悲しくなりました。

今だにその程度の認識か、と。私はトランペットも好きですが、ヴァイオリンやピアノ、声楽のリサイタル、

オーケストラや室内楽、あらゆる楽器のリサイタル(フルート、リコーダーから、テューバまで)聴きに行ったものですよ。

若い頃は(扶養家族が出来て小遣いが少なくなり、それ以前に社会人となって四半世紀、学生時代のように好き放題は

出来ませんが)。色々な楽器や演奏形態による、色々な音楽を聴いた方が良いと思います。

これまで、当ブログでも色々紹介してきました。

今日は、非常に例外的ですが、トランペットという楽器が「どうでも良くない」ことを

色々な演奏を比較して頂くことにより、ご理解頂きたい、と思いました。

夢中になって、自分のライブラリーから拾っていたら、何と10名のトランペット奏者が見つかりました。

クラシック・トランペットをある程度本格的に勉強するなら、絶対に無視出来ない、ヨーゼフ・ハイドンの

トランペット協奏曲を聴き比べて頂きたいのです。

しかし、あまりにも多いので、全部をお聴きになる「必要」が無い事は勿論です。

気が向いたのからお聴き下さい。たかがトランペットというなかれ。どんな楽器でも協奏曲を人前で

演奏するのは大変なことです。当たり前ですが、同じ楽器なの全員、音色も違うし、音楽の解釈も違う。

ピアノやヴァイオリンと、何ら違いはありません。


◆ハイドン:トランペット協奏曲 変ホ長調より、第1楽章。10人の演奏家。

それでは、早速。人数が多いので、私のゴタクは最小限にします。


モーリス・アンドレ







やはり、別格。特別な上手さだと思います。これだけ高音域でも音の柔らかさを保てる人、

どのような、音域でも完璧に音をコントロール出来る人、なかなかいません。トランペットのハイフェッツです。


ロルフ・スメドヴィック(Rolf Smedvig)







ボストン交響楽団で吹いた後、エンパイア・ブラスという金管アンサンブルで吹いています。

この人はモーリス・アンドレに師事したことがあるので、師匠譲りの柔らかい音色と、どのような音型、テンポ

でも、常に美しいタンギングが、目立ちます。もっと評価されて然るべき人だと思います。


ジェラード・シュワルツ(Gerard Schwarz)







今は指揮者ですが、元々ニューヨーク・フィルハーモニックの副首席です。

この人も無茶苦茶上手いです。カデンツァで特によく分かりますが、最低音から最高音域まで、

完全に音にムラガない。卓越した技術と音楽性を兼ね備えている、いそうで、なかなかいないトランペット奏者です。


ジョン・ウォレス(John Wallace)







フィルハーモニア管弦楽団の首席を長く務めた人です。古い話ですが、チャールズ皇太子と故・ダイアナ妃が

セント・ポール寺院で式を挙げた時に、招かれて、御前演奏したのを覚えています。

フィルハーモニア管=シノーポリの「マーラー:交響曲第5番」での冒頭のソロもこのウォレス氏です。

このハイドンは、録音があまり良くない。本来もっと音に厚み・深みがあります。テクニックはジェラード・シュワルツ氏と

どうように最低音域から最高音域まで音が跳躍したり、ラッパにとって一番難しいことをさらりとやってのける余裕があります。


アドルフ・ハーセス(Adolph Herseth)






オーケストラ・トランペットプレイヤーの神様みたいに言われています。

何と、シカゴ交響楽団の首席を半世紀も務めた人で、「絶対に間違えない」という定評がある。

絶対にミスをしないということは、人間ですから、あり得ないと思いますが、

要するにお客さんに明らかに分かるようなミスはしないのでしょう。それから、

「ここ一番」というところでは絶対間違えない。ということだろうとおもいます。いずれにせよ、

この録音を行ったときは既に60代ですから、音のふくよかさ、完璧な音程、安定したテクニックは流石です。


ハンス・ガンシュ(Hans Gansch)






ウィーン・フィルの首席トランペット奏者で今はソリスト。

最近の若い人には、何だかやたらと、ハンス・ガンシュを持ち上げますね。

上手いですよ。上手いですけど、今までの演奏と比べると分かるけど、神様みたいに上手くはないですね。

オーケストラでは多分素晴らしいトランペットでしたでしょうが、ソリストはちょっと違うんですね。

オーケストラでは、バランスを考えなければなりません。ラッパが常に目立ってはいけないのですが、

ソリストには「華」が必要です。ちょっとその点では地味。更に高音域で音に若干緊張感が出てしまいます。

あまりに評判がいいので、そのつもりで聴いた所為でしょうか。世界一上手いというほどではない、と思います。


セルゲイ・ナカリャコフ(Sergei Nakariakov)






昔、NHKの朝ドラ「天うらら」のオープニング、小六 禮次郎(ころくれいじろう)氏作曲ですが、

それを吹いていたロシアの美少年もすっかりオッサンですが、テクニックは物凄いですね。但し、若干音色が粗くなる。

録音が原因か、原音がそうなのか、わかりません。そこがちょっと残念ですが上手いことは非常に上手いですね。


アリソン・バルサム(Alison Balsom)






イギリスの女性奏者です。これも録音が原因か分かりませんが、今一つ音の「抜け」が悪いのです。伸びがないというかですね。

相対的には非常に上手な部類かもしれませんが、男だったら、どのように評価されるかな?とはっきり言えばそういうことです。


ビビ・ブラック(Bibi Black)






この人も女性ですが、フィラデルフィア管弦楽団というアメリカ屈指のオーケストラの

オーディションに受かって副首席にまでなりながら、1年半ぐらいで辞めてしまって、ソリストに転向した人です。

この人、それこそ音の「抜け」がひじょうによくて、輝かしい音色、切れの良いテクニック、音楽性、それぞれ

素晴らしいと思いますが、最近、何をしているのか、全然新譜も出ないし、残念です。もったいない。上手いですよ。


ティーネ・シング・ヘルセス(Tine Thing Helseth)







ノルウェー人。1987年生まれというから若干23歳で、これを録音したときは20歳ぐらいだと思いますが、

天才的な才能だと思います。楽器が非常に良く鳴っていて、発音が明瞭なので気持がいいですね。最低音から、

最高音域まで、音が堅くならないのは、無駄な力を抜くことを本能的に知っているかのようです。ソリスト向きです。

私は 

2009.01.16【音楽】新しい才能の発見。女性トランペット奏者、Tine Thing Helseth(ティーネ・シング・ヘルセス)。

と、一つの記事にしたぐらいで、相当期待しています。

というわけで、やたらと詰め込んでしまいました。

余程ラッパがお好きな方以外は、全部お聴きになる気がしないでしょうし、

1日では難しいかもしれませんが、同じトランペットでも、吹く人によって随分違う、ということを

知って頂きたいのです。気が向いたら、ボチボチお聴き下さい。

良い一週間になりますように。それでは。

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2010.10.17

「中国3都市で大規模反日デモ 1万人超、日系店襲撃」←現象だけを見ても本質は分からないのです。

◆記事1:中国3都市で大規模反日デモ 1万人超、日系店襲撃(東京新聞 2010年10月16日 20時56分)

【北京共同】中国四川省成都など3都市で16日午後、計1万人を超えるとみられる大規模な反日デモが行われ、

成都では日系スーパーのショーケースなどが破壊された。沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)付近で起きた中国漁船衝突事件をめぐり、

東京の中国大使館前で同日、尖閣諸島の領有権を主張する中国への抗議デモが行われており、

中国のデモ隊はこれに対抗、「日本は釣魚島から出て行け」などと叫んだ。

中国での大規模な反日デモは、日本の国連安全保障理事会常任理事国入り問題などがきっかけとなった2005年4月以来。

菅直人首相と中国の温家宝首相が今月上旬にブリュッセルで会談し、改善に向かい始めた日中関係は、再び緊張した。

新華社電によると、成都市での反日デモには2千人以上が参加。陝西省西安市でも7千人以上がデモ行進、

日系スポーツ用品メーカー、ミズノの店舗に押し掛けた。河南省鄭州市でもデモが行われたが、人数は不明。

北京の日本大使館によると、成都などの反日デモで、日本人が負傷したとの情報は入っていない。

成都の反日デモの群衆は、発生から約3時間後の16日午後5時(日本時間同6時)ごろに引き揚げた。


◆記事2:東京で中国政府への抗議デモ(NHK 東京で中国政府への抗議デモ)

尖閣諸島沖で起きた中国漁船による衝突事件をめぐって、中国政府の対応に抗議するグループが、

16日に東京都内でデモ行進などを行い、警視庁が警戒に当たりました。

警視庁によりますと、デモ行進は16日午後、東京・港区内で行われ、およそ2800人が参加したということです。

デモ行進のあと、参加した人の一部は港区元麻布にある中国大使館を訪れ、中国政府への抗議文などを読み上げました。

中国大使館周辺には一時、大勢の警察官が配置され警戒に当たりましたが、大きな混乱はありませんでした。


◆コメント:5年前にそっくりですなあ。あまりまともに論ずる気になりません。

「あまりまともに論ずる気にならない」のは、中国人も日本人も、デモに参加している人達が、

歴史的事実や国際法を知った上で行動しているとは、思えないからです。

ところで、「5年前にそっくり」とは、どういうことかというと、2005年4月、

日本が国連の常任理事国になろうと、名乗りをあげていたことと、歴史教科書の問題が重なって、

中国の日本大使館や、中国各地の日本領事館の窓ガラスが割られる、というような事件があったのです。

国際法上、日本大使館や領事館の敷地内は、日本ですし、そもそも石を投げて問題が解決する訳じゃないでしょう。


そういう民度の低い国民に「正論」をぶつけても仕方がない。


それに、5年前も今日も共通しているのは、デモそのものはかなり騒然とした興奮状態なのに、

群衆は、2,3時間後に潮が引くように、一斉に引き揚げている。

日本政府は公式には云えないけど、皆さんお気づきのとおり、「やらせ」ですね。多分。

正確にいうと、対日強硬論を胡錦涛政権が抑圧しようとすると、失脚するかもしれないという、

中国共産党の内部事情があります。


◆胡錦涛政権は、共産党内部では、以前から対日関係「弱腰」と、強く批判されています。

今回の騒ぎを感情的に、或いは国際法的正論だけで理解しようとしても、分からないんです。

私もはじめは、国際法上、領海を侵犯したのは中国漁船で、日本の領海内で中国漁船が意図的に

海上保安庁の巡視艇にぶつかってきたのだから、当然、日本の法律に従って処分すべきだ、

と思っていましたが、これはあまりにも一面的な思考でした。

相手国の国家中枢の状況まで、分かった上で、どう対処するか決めるべきだったのです。


中国は、共産党による一党独裁支配ですが、共産党内部では昔からすさまじい権力闘争が繰り返されています。

派閥がいくつもあって、胡錦涛主席は「共産主義青年団グループ」という派閥の領袖です。

当然、これに対抗する派閥があり、胡錦涛指導部は盤石ではない。むしろどちらかと言えば脆弱な政権です。

独裁国家といっても、共産党が潰れることはないけど、胡錦涛氏は下手な政治的選択をすると失脚するのです。


特に対日関係で、問題が起きると、非常にヤバい。

胡錦涛政権は、2006年10月、当時の安倍晋三首相が靖国に訪問するかしないか、

態度をはっきりさせていなかったのに、胡錦涛氏自らの判断で、

これは、事実上、(安倍は靖国に)行かない、という判断だろう。

と断定し、5年間中断していた日本の内閣総理大臣による公式訪中を受け入れ、

2008年5月、公式来日の際、公式発言で、
歴史を語るのは未来のためだ。日本の明治維新とその後の近代化、戦後の平和的発展を高く評価する。

我々は進歩している日本の省エネ・環境技術に学びたい。

と、非常に日本に対して肯定的なメッセージを送りました。

四川大地震の後、日本は国際緊急援助隊を派遣しました。中国の歴史で外国の援助隊を受け入れたのは

これが初めてでした。そして胡錦涛氏は、洞爺湖サミットで来日したときに、援助隊のメンバーを北海道に呼んで、

自ら謝意を表明しました。また2008年6月長い間両国で揉めていた東シナ海のガス田問題で、「共同開発」を

提案しました。これらは、従来の中国指導部が、特に主権・領土問題で強硬的な姿勢を維持していたのと

対照的で、かなり勇気のある、というか中国の指導者としては、大胆なことなのです。


ところが、これら胡錦涛氏の「親日」外交は、中国共産党や、学者や、中国外務省から、

ものすごく批判され、外務省高官が「胡錦涛は許せん」と言ったほどだそうです。

だから、その後、胡錦涛は本来共産党の最高権力者、独裁者なのに、これら中国国内の反発勢力に

気を使わなければならなくなったのです。


最近、共産党内部、ネット上で見られる一般人や、制服軍人の論調は大変ラディカル(過激)です。

軍事闘争の準備をして、中国の海洋利権を確保すべきだ、という滅茶苦茶なんですけど、

上述したような事情があるので、胡錦涛は「そういうことを言ってはいかん」と迂闊に言えないのです。


そういう雰囲気なのです。そう言う状況下で、今度のように、船長を逮捕したらどういうことになるか。

外務省の中国専門家から見れば明らかだったようですが、岡田外務大臣は、とにかく原理原則に拘り、

外務省の東アジア局が意見を具申しても、聞こうとしないそうです。民主党は「政治主導」を掲げていますが、

外交も国政も専門的なテクニカルな部分があるので、それに通暁しているのは中央官庁の役人なのです。

政治主導でもいいけど、餅は餅屋です。対中国交渉のノウハウを蓄積している外務省役人の知識を利用しなかったから、

謂わば中国の扱いを知らないド素人がケンカを売ったら、予想外に中国が強行にでたので、たちまちビビって

弱腰になってしまったわけです。


しかたがないから、漸く役人の助けを借りざるを得なくなったのでしょう。

らちが開かないので、今月末、ハノイで日中首脳会談をやることにしました。
◆記事:日中首脳会談、月末にハノイで=関係修復へ本格対話(時事通信 10月14日(木)0時29分配信)

日中両政府は13日、ハノイで28日から開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議の際に、

菅直人首相と温家宝中国首相による首脳会談を行うことで大筋合意した。複数の日中関係筋が明らかにした。

沖縄県・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件で悪化した両国関係は改善に向けた動きが出ており、

ハノイでの首脳会談で修復が図られる見通しだ。

外務省の斎木昭隆アジア大洋州局長は13日、北京を訪れ、中国外務省幹部と会談。

4日にブリュッセルで行われた日中首脳会談で、戦略的互恵関係の進展で一致したことを受け、ハノイでの再会談に向けて調整した。

これに関し、中国の武大偉朝鮮半島問題特別代表(前外務次官)は13日、月末に首脳会談が実現するとの見通しを記者団に明らかにした。

こういう事務レベルのとりまとめは、いずれにせよ。外務省の役人(斎木局長)がやるわけです。

政治家だけでは、外交はできない。特に民主党は初めて政権をとったから、政治家にノウハウの蓄積は全くない。

最初、逮捕拘留したら、どういうことになるか、全然、岡田外相も菅首相も分かって無かったのです。

このハノイ会談で、どちらの国も「シャンシャン」と手打ちにするつもりではないかと思います。

それまで、あーだこーだいっても、大衆は感情で動いているだけなので、

「中国人のデモはけしからん」とか「日本でも反中国デモが行われた」

ということは、気持は分かりますし、或いは事実ですれども、死者でも出ない限り、あまり重要な事ではありません。

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2010.10.15

【音楽】シューベルト「4つの即興曲」(ピアノ:ラドゥ・ルプー)。お薦めです。

◆シューベルトのおっそろしく美しいピアノ曲。

混同なさるといけませんから。最初に結論を書いておきます。

今日、お薦めするCDはルーマニア出身のピアニストでちょうど今、来日中の、

ラドゥ・ルプーが28年前、1982年に録音した、

シューベルト:4つの即興曲です。



シューベルトは歌曲王として有名ですが、声楽のみならず、器楽でも名曲を遺しているのは、

「未完成交響曲」や、ピアノの「おさらい会」の連弾にしばしば登場する「軍隊行進曲」を考えても明らかです。

シューベルトはその他、室内楽(ピアノ五重奏曲「ます」とかね)やピアノ曲の傑作を書いています。

ピアノ曲の大作はソナタですけど、これは少々取っつき難い。

一番、親しまれているシューベルトのピアノ曲はこれでしょうね。


楽興の時 D780(作品94) 第3番 ヘ短調






短いけれども、実に切なく美しいですね。

ピアノと言えばショパンが「ピアノの詩人」と言われています。

勿論ショパンの天才は論を待たないのですが、シューベルトには、ショパンにも、シューマンにも無い

切ない響きがあります。やはり、甲乙付けがたい天才だと思います。

この音源は、シューベルト:楽興の時、ピアノ・ソナタ第19番です。


◆ここからが本論です。シューベルト「4つの即興曲」

ピアノ曲には、別にアドリブじゃないのですが「即興曲」と名が付くものがあります。

比較的、形式が自由だと言うことです。ショパンにも「幻想即興曲」があります。


ちょっと話が脱線します。「知ったかぶり講座」。

ショパンの練習曲集は「エチュード」、前奏曲集は「プレリュード」と言いましょう。

ノクターンは日本語では「夜想曲」ですが、わざわざ「夜想曲」と云う人はいませんね。

交響曲はシンフォニー、協奏曲はコンチェルト。


それでは「即興曲」は? "Impromptu"「アンプロンプチュ」と言います。

さりげなく

「シューベルトのアンプロンプチュ?良いね」

などというと、「通」に見えます。但し、相手が詳しく無いことをよく見極めないと。

もしも、相手が詳しい人で、その先突っ込まれて、身動きが取れなくなって恥をかいても、

例によって当局は一切関知しないので、そのつもりで。

「知ったかぶり講座」はここまでです。


シューベルトの「4つの即興曲」には作品90と作品142があります。

要するに全部でシューベルトの「アンプロンプチュ」は8曲です。

作品90では 2番、3番、4番が、よく演奏されます。

演奏時間が4分台で一番短い2番を、まずお聴き下さい。


シューベルト:即興曲 D.899(作品90) 第2番変ホ長調







右手の三連符が延々と続きますが、ここは右手は頑張って貰わないと。三連符が乱れたら

台無しです。


次は、作品142の4曲の中から第2番、変イ長調アレグレットです。

ゆったりとしたメヌエットなのです。メヌエットですから舞曲ですけれども、穏やかな旋律が

強く印象に残ります。この辺はやはり「歌曲」のシューベルトの「歌心」が出てます。


シューベルト:即興曲 D.935(作品142) 第2番変イ長調






如何にもシューベルト、な曲だと思います。


最後は、これはプロでもなかなか演奏会では弾かない作品90の第1番です。

技術的には、そんなに難しくはないのですが、特に曲の冒頭を聴いて頂きたいのです。

あまりにも、単純な単旋律から始まります。こういうところで、聴衆の心を捉えるのは至難の業です。

易しいけれども、あまりにも美しい。演奏者の音楽性が一発で分かってしまうような怖さがあります。


シューベルト:即興曲 D.899(作品90) 第1番ハ短調






これは、美しいですねー。「悲しくない音楽なんて、知らない」と言ったシューベルトの感受性が、

ひじょうに端的に表れています。転調の使い方の上手さがまた、シューベルトだと思います。

あたかも、芝居の場面が変わるというか、風景が変わるような感じがします。

いずれにしても、ピアニストにとっては、速くて技巧的な曲を弾くのとは次元の違う難しさです。


シューベルトの即興曲は他の名演としては、内田光子さんとか、リリー・クラウス女史などがあります。

いずれも、ルプーとは異なる弾き方をしています。もしも、「シューベルトのアンプロンプチュ」がお気に召したら、

聴き比べてみると大変に興味深いと思います。

週末に如何でしょうか。

それでは。

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2010.10.14

【加筆】日本のメディアが一日中、「チリ鉱山落盤事故、○人目救出」を伝える必要はない。

◆「10人目救出、11人目救出」と報じる必要はない。

今日は全てのテレビが朝から地球の裏側のチリで、鉱山の落盤事故のため地下700メートルに閉じこめられた33人を

69日目に、地上に連れ戻したという話で持ちきりだったが、何故、日本のテレビがそのことを逐一報ずる必要があるのか

理解に苦しむ。

確かに、こんな状況は、非常に珍しく、私も半世紀生きてきた初めての出来事だが、

要するに、地下に閉じこめられた33人が元気にしていることは分かっていたし、

救出の準備が出来たことも、それがまず間違いなく、成功することも予め分かっていたはずである。


無事だったのは何よりだが、1人目が地上に現れた、と報じられたのは13日(水)の正午過ぎである。

それから、2人目が、3人目と逐一放送し、14日(木)に日付が変わっても、

◆記事:<チリ落盤>16人目の作業員を救出 ペース上がる(毎日新聞 10月14日(木)0時54分配信)

【コピアポ國枝すみれ】チリ鉱山落盤事故で地下700メートルに閉じ込められた33人の救出作戦は

13日昼過ぎ(日本時間14日未明)も継続され、16人目の作業員が救出された。

まだやっている。いい加減にしたらどうか。

無事なんだから。報道するなら、はじめの1人が救出されたときと、最後の1人が救出されたときに

それを短く報じれば良いではないか。チリの救出劇の最中にも、日本では色々なことが起きているのだ。


◆今日の主なニュースからいくつか。

まず、朝一番で発表された経済指標。

内閣府が8月の機械受注を発表。前月比10.1%増と予想を上回った。

しかし、機械受注を大型案件が数件あると、大きくぶれる。また、リーマンショック後、

物凄く落ちこんだので、相対的に改善するのは、当然である。前月比で機械受注が約10パーセント増は

事実だが、この先、生産が増えなければ機械受注は再び、減少する。手放しで喜べない。


また、日本銀行が、9月の貸出・資金吸収動向(速報)を発表した。

前年同月比、マイナス1.8パーセント。10ヶ月連続の減少である。

これほど金利が低いのに、貸し出しが増えないのは、日銀が書いている通り、

企業の運転資金と設備投資の需要が低迷しているからである。

先日、

「円急伸、一時81円72銭に 米雇用者数が予想超え減少」←世界中が金融緩和政策を取ろうとしているのです。

で書いた通り、いくら日銀が金融緩和策を実行し、ゼロ金利政策と資金供給をしても、

企業に需要がない(資金を必要としていない)のであるから、金融政策でデフレを止めること、

その前提として総需要を増やすのは無理なのである。


経済が続いて恐縮だが、一瞬、我が目を疑ったニュース。
◆記事:自国通貨安はG20協調から外れる、中・韓も責任ある行動を=首相(ロイター 10月13日(水)11時29分配信)

 菅直人首相は13日午前の衆院予算委員会で、為替介入などによる自国通貨安誘導について

「G20で為替の過度の変動は好ましくないとの合意を得ている。

自分の国だけ低いところに(為替水準を)人為的に誘導するのはG20全体の協調からは外れている」と指摘。

中国や韓国など為替介入を繰り返してる国に対して「韓国、中国にも共通ルールの中で責任ある行動をとってほしい。

日本も為替介入をしており、言い方は難しいが、(日本の)姿勢を示していく必要がある」と語った。

西村康稔委員(自民)の質問に答えた。

首相自身「日本も為替介入をしており」と述べているが、日銀による市場介入は、

自国通貨(=日本円)安に市場を誘導しようとする行為に他ならず、

記事にようなことを述べるなら、「あの介入は何だったのか?」と突っ込まれたら、

答えようがないのである。


それから、これも感心しませんねえ。
◆臨界前核実験を先月実施=オバマ政権初―米ネバダ州(時事通信 10月13日(水)7時49分配信)

米政府が核爆発を伴わない臨界前核実験を9月15日にネバダ州で実施していたことが12日分かった。

オバマ政権下では初めてで、2006年8月以来、約4年ぶり。核戦力を維持するのが目的。

オバマ大統領は核廃絶を提唱しているだけに、批判を浴びそうだ。

エネルギー省傘下の国家核安全保障局(NNSA)によると、ニューメキシコ州のロスアラモス国立研究所の科学者が

地下約300メートルの核実験場で行った。高性能火薬を爆発させ、その衝撃波によるプルトニウムの反応を確認した。

地上への放射能漏れはなかったとしている。米国の臨界前核実験は通算24回目。

NNSAは「保有する核兵器の信頼性と安全性を維持するために必要な情報を得るのが目的」と説明している。

オバマ大統領が「核廃絶」を訴えて、昨年のノーベル平和賞を受賞したことは世界中が知っている。

そうはいっても、瞬間的に世界中が「せーの」で核兵器を無効に出来るのならまだしも、現実的には無理である。

オバマ自身、「自分が生きている間に(核廃絶を)実現するのは難しいかも」という趣旨の発言は平和賞受賞前から

言っていることで、この実験も専門家に訊けば色々と「言い訳」が可能なのだろうが、批判が既に噴出している。

そうなるでしょうなあ。


この他にもまだまだ、ニュースはある。

チリの鉱山から何人救出された、ということを伝える前に、日本のメディアが報道すべきことは、

いくらでもあった。

事の軽重を判断出来ないようなメディアばかりでは、困るのだ。

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2010.10.13

アメリカ式資本主義的合理主義の味気なさ。 昔ながらの小さな店が次々に無くなって行きますね。

◆アメリカは、世界中をアメリカにすれば、万事上手く行くと思っていて、唯々諾々と従ったのが小泉です。

アメリカ人の中で、特に前大統領ブッシュの頃に、急速に勢力を拡大したのが、「ネオコン」

ネオ・コンサーバティブ。新保守主義者と呼ばれる連中です。

圧倒的な軍事力を背景にアメリカの民主主義を世界に広げるべきだと考える、超タカ派の集団で、

「アメリカ式」民主主義を世界に広め、世界の覇権を握ることがアメリカの使命であり、そのためには他国の政権を倒す事も許される。

アメリカは超法規的存在なのだ。
と本気で考えているバカ共です。

バカ共と言っても学歴はあるし、知能が低い訳ではないのですが、信じられないほど独善的なのです。
彼等の本音は、
アメリカのために、世界はあるの。

ということです。だから、我が国にも超内政干渉文書ですが、年次改革要望書を送ってきます。

これは在日アメリカ大使館の公式サイト、日本語ページに、堂々と載せています。
日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書=PDF (2008年10月15日)

尤も、書面での「改革要望」はこの2008年分が最後で、去年は政権交替した直後で様子を見ようというのか

来ていないそうです。

しかし、小泉政権が何故、あれほど郵政民営化に固執したかというと、小泉純一郎自信の政治的信念でも

何でもなくて、「年次改革要望書」で毎年催促されていたからです。それは平沼赳夫元総務相が証言しています。
2005年08月28日(日) 小泉首相が、郵政民営化にあれほどムキになる理由。ココログ

郵政だけではなく、アメリカ式の純粋な市場原理競争原理を日本に組み込んでしまったため、

とんでもない格差社会が生じたのは、散々言われていることです。小泉は日本をぶっ壊したのです。


◆アメリカ式を採用したことだけが理由ではないでしょうけど、昔ながらの店が姿を消していますね。

資本主義社会ですから、自由競争の結果、敗者は消えて下さい、ということになるのは当たり前、

といっても、資本主義に関しては日本は小泉なんぞが出てくる前からずっと資本主義ですが、

最近、効率的経営が幅を利かせるので、様々な商売で大規模チェーン店、量販店の類が増える一方、

昔ながらの個人経営のお店が姿を消しています。


20年ほど前、私が自宅最寄り駅で降りて、商店街を歩いて帰宅する途中に、小さいけれど、

何だか、とても「ツボ」を心得た、本屋さんが有りました。店は失礼ながら小さいのですが、

こちらが欲しい新刊書が、ちょうど上手い具合に並べてあったり、文庫本の人気シリーズ(鬼平とかね)は

いつでも全巻揃っていた。司馬遼太郎も全部ありまいした。

ブックオフが出来たら、暫くして、そのお店は止めてしまいました。


薄暗いけど、雰囲気のある喫茶店が吉祥寺南口の階段を降りたすぐ脇にありました。

こちらにリンクさせて頂きますがSTONEという喫茶店です。

コーヒーもケーキも美味しいこの店で、私は時々独りでボーッといているのが好きでしたが、

ことしの3月末で閉店してしまいました。ドトールがそこそこ美味しいし、安いですからね。

でも、喫茶店というのは、本当は、このSTONE見たいなお店をいうのです。大人の空間でした。

電気屋さん然り。薬・化粧品屋さん然り。

今日、私の生まれる前から、つまり親の代からお馴染みだった写真屋さんが、

9月末で閉店したことを知りました。デジカメの普及でお客さんが減ったようです。

世の中は合理的になり、便利になっているのは分かりますが、何でも効率とか収益性とか、

何だか知りませんけど、数字だけで割り切ってはいけないものを割り切ろうとした結果なのでしょう。

理屈だけで、世の中を仕切ると、味わいがなくなります。

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2010.10.12

「ハーバード白熱教室」所感、というか「議論」について。

◆何だかエラく話題になっていますね。

NHKの番組概要から。

創立1636年、アメリカ建国よりも古いハーバード大学の歴史上、履修学生の数が最高記録を更新した授業がある。

政治哲学のマイケル・サンデル教授の授業「Justice(正義)」である。

大学の劇場でもある大教室は、毎回1000人を超える学生がぎっしり埋まる。

あまりの人気ぶりにハーバード大学では、授業非公開という原則を覆し、この授業の公開に踏み切った。

ハーバード大学の授業が一般の目に触れるのは、史上初めてのことである。



サンデル教授は、私たちが日々の生活の中で直面する難問において、「君ならどうするか?何が正しい行いなのか?その理由は?」と、

学生に投げかけ、活発な議論を引き出し、その判断の倫理的正当性を問うていく。

マイケル・ジョーダンやビル・ゲイツはその仕事で、すでに社会に貢献しているのになぜ税金を納めなければならないのか。

また代理出産、同性愛結婚、人権など最近のアメリカ社会を揺るがす倫理問題も題材となる。

絶対的な答えがないこのような問題に、世界から選りすぐられた、さまざまな人種、社会的背景を持った学生が

大教室で意見を戦わせる授業は、ソクラテス方式(講義ではなく、教員と学生との闊達な対話で進められる授業形式)の

教育の最高の実例と言われている。

一つ細かいことですが、指摘しておきます。色文字の部分。
ハーバード大学の授業が一般の目に触れるのは、史上初めてのことである。

これは、明らかに間違っています。かつて駐日米国大使を務めた、ハーバード大学教授で、

東洋史、特に日本史の専門家、日本語・中国語ペラペラの、エドウィン・O・ライシャワー博士

博士がハーバードで最後の講義を行ったとき、NHK教育でもその全てが、
「ライシャワー教授の最終講義」

として放送されました。ですから、「ハーバード大学の授業が一般の目に触れるのは、史上初めて」

ではありません。今のNHKスタッフはあの頃まだ子供で覚えていないのでしょうが、

よく、記録を調べれば分かるはず。私は大変よく覚えています。

まあ、それは事の本質ではありません。


◆マイケル・サンデル教授の講義の進め方は大変上手いし、テーマも興味深いです。

マイケル・サンデル教授は、ハーバードの講義の様子を日本で放送したら、

大評判になったので、これは日本でもやったら儲かると思ったのでしょう(冗談、冗談)。

8月に東大でも同じような「講義」を行ったのですね。その模様が、

10月10日(日)「戦争責任を考える」で放送されました。こういう答えが出ない問題を哲学的に

考えることは大切なのです。特に若い頃に一度そう言うことをしないと、物事を真剣に考えない人が

出来てしまいます(そしてよく考えないで、選挙で投票するから、とんでもないことになります)。


なるほど、マイケル・サンデル教授は、議論の仲介役としては、とても有能です。相対立する意見を引き出し、

ここで、こういうことをいったら、また、こういう反応があるであろう、ということも、計算できている。

経歴見ましたけど、やはりこういう頭が良い人は、ほぼ100パーセントユダヤ人ですね。彼もそうです。


設問が実に上手い。

自分が生まれる前に自国民が行った行為に対して、道徳的責任はあるのか?

など、非常に難しい。答えが出ません。

彼はあくまでも冷静に、
日本人が1930年代に東南アジアの人々を抑圧したことに対して、現代の日本人は謝罪すべきなのか?

とか、
原爆を投下したことに関して、オバマ大統領は日本に謝罪すべきなのであろうか。

など、割と卑近な例を持ち出しました。日本の学生諸君は、日本がアジアに対して時代を超えて謝罪するべきだ、という意見が

多かったのですが、私は、サンデル教授は、そういう例をだすならば、もっと範囲を拡げないと狡いなあ、と感じました。


ネイティブアメリカンを殺してアメリカを白人の国にしたことに対して、

ピルグリム・ファーザーズの子孫達は、ネイティブ・アメリカンに永遠に謝り続けなければならないし、

西欧のキリスト教徒が、異教徒イスラム教国からの聖地エルサレムを奪還せよ、とのローマ教皇の命を受けて

エルサレムに向かう途中、滅茶苦茶なことをしていますね。略奪し、女性を犯し、子供や年寄りを殺し、街を破壊しました。

平和に暮らしていた人達の所にいきなり殴り込みをかけたのです。今時、日本のヤクザだってそんなことはしない。

しかし、十字軍は、とても人間のやることとは云えない蛮行を、ローマ教皇から「よくやった」と褒められました。

ヨーロッパ人は永遠に中東の人々に謝罪するべきではないでしょうか。


また、欧米人は400年以上もアフリカの黒人を人間と見なさず、物として売買していました。

アメリカは、第3代大統領、トーマス・ジェファーソンの「アメリカ独立宣言」(1776年)で、
全ての人間は平等に造られている

といいながら、そのあと100年も奴隷売買を止めなかったのですよ?リンカーンが出て来てやっと本当に

止めたのです。

これらを考えたら、全ての欧米諸国はアフリカの黒人を数百年にわたり奴隷とした扱ってきた事実に対して、

いくら謝っても謝り足りないのではないでしょうか?全ヨーロッパ人が一生、アフリカに向かって土下座し続けても

過去は、消えません。

また、いつも日本人に戦争中虐められたという韓国人ですが、ベトナム戦争に参戦し、ベトナム人を虐殺してます。

殺す度に、死体から耳を切り取りホルマリン漬けにしていた話などが残っています。


◆議論はどのようにも誘導出来てしまうのです。

マイケル・サンデル教授の講義は上手い、といいましたが、

自分が生まれる前に自国民が行った行為に対して、道徳的責任はあるのか?

を考える材料として、日本人が戦時中、東南アジアでしでかしたとされる蛮行と、アメリカの日本への原爆投下、

という二つの例しか出さないのと、このように世界中の民族が何か過去において「悪いことをしている」ことを

認識した場合では、答えが異なると思います。


◆議論は、口が達者な方が「勝者」になりやすいけど、それが正しいとは限りません。

「議論によって、自分とは違う意見を知ることが出来る」とか「相手の言葉で自分でも気が付かなかった事に気付く」とか、

一般に「議論する」ことは良いこととされています。そういう言い古された言葉は大抵知っています。

以下は、それを踏まえた上での私の所感です。


私自身は、議論が「ためになった」と感じたことはありません。

物事を考える事は大切です。だからこのように、稚拙ですが、毎日ブログで世の中の事に関して、

それに対する他の人の意見は元にせず、自分でゼロから考えを積み上げています。

しかし、議論というのは落ちついて考える事ができません。

時間がどんどん流れていきます。ああいう状況ではゆっくり物事を考えて、良い意見を出す人よりも、

とりあえず、手際よく、尤もらしい意見を、大きな声でワーッとアピール出来る人が有利なのです。

ですが、何でも速ければいいというものではありません。その場ですぐに音声言語として表現出来なくても、

じっくり考えて、思慮深い意見を述べる人もいます。


NHKは上手い具合にブームにあやかって、既にDVD化を決定してますね。

NHK DVD ハーバード白熱教室こういう番組にしては例外的なほど早い。

しかし、議論や哲学は、マイケル・サンデル教授のそれが全てではありません。

また、人間必ず議論しなければならない、という論理の正当性は証明できません。


ただ、一つだけご参考までに。

哲学という場合は少々難しいけれども、特に若い諸君は、時間が有るうちに、西洋哲学史を勉強しておくと、

良いでしょう。バートランド・ラッセルの西洋哲学史(1)(2)(3)を薦めます。

私は大学の一般教養課程で、この本を翻訳した市井三郎先生から哲学史の講義を受け、

大変、興味深かった事を覚えています。

いきなり、カントとかヘーゲルとか読んでも分からないです。

興味が有るならば、まず哲学史全体を俯瞰した方が良いと思います。

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2010.10.11

【音楽】最近、旧東独の金管奏者が気に入っています。トランペット・ルートヴィヒ・ギュトラー氏。

◆久しぶりに私の愛するトランペットの音楽です。

音楽は、オーケストラも、歌もピアノもヴァイオリンも、他の弦楽器も、木管も、打楽器も色々聴きに行き

それぞれ好きですが、トランペットという楽器は、子供の頃から、その文字を見ただけで、胸がキュッと締め付けられるような

気持ちになります。自分はレッスンまで受けながら大して上手くならず、今は吹けませんが、

トランペットのことを、ここで書くことが出来る、と思うと、それだけで嬉しくてなりません。


◆ルートヴィヒ・ギュトラーという旧東独のトランペット奏者がいます。

この人、その名も、ラッパが上手いことも昔から有名なんですけど、

改めて詳しいプロフィールを調べたら、あまり詳しいことが分からない(旧東独の所為でしょうか)。

1943年生まれで、ライプツィッヒの音楽学校を出た後、1969年-1980年までドレスデン・フィルの首席だった、

とか、その程度。英語のWIKIを調べても大体同じです。


音源は、Trumpet Concertos - R.Mudge, F.A.Lazzari, Telemann, etc / Ludwig Guttler, Virtuosi Saxoniaeです。

TOWER RECORDSに申し込んだら、在庫がなくてアメリカから取り寄せたのでしょうか。

商品が届くまでに3週間ほどかかりました。

それはさておき、とにかく上手い。早速聴いて頂きましょう。


◆ルートヴィヒ・ギュトラー氏の演奏。

では、早速。

一曲目。フェルディナンド・アントニオ・ラッツァーリ(1678-1754)という人の作品なのですが、

この人、知りません。初めて見る名前です。調べてもよく分かりません。二つの楽章、いずれも短いです。


フェルディナンド・アントニオ・ラッツァーリ 2本のトランペットの為のソナタ 第一楽章







続いて


フェルディナンド・ラッツァーリ  2本のトランペットの為のソナタ 第三楽章







良いでしょ?如何にもトランペットらしく、輝かしくて、キビキビとしていて。

演奏も上手い。「2本のトランペットのための」ですから、1番トランペットはギュトラー氏が吹くとして、

2番トランペットは“マティアス・シュミュッツラー”という人で、全然しりません。ギュトラー氏は

「ギュトラー金管アンサンブル」というのを組織しているので、多分そのメンバ-、又は弟子か誰かでしょう。


次へ行きます。


テレマン トランペット協奏曲 ニ長調 TWV 51:D7 第一楽章







きれいですね。相当凄い高音なのですが、キンキン堅い音になりません。

第四楽章も高音で終わります。


テレマン トランペット協奏曲 ニ長調 TWV 51:D7 第四楽章







この曲は、今までにモーリス・アンドレの演奏で何度か聴いて頂きました。

トランペットなんて皆同じ、という方は弊ブログの御常連にはいらっしゃらないと思いますが、

因みにどれぐらい、解釈と演奏が違うか比べてみましょう。


モーリス・アンドレによるテレマン第一楽章







フランスの管楽器奏者のかなりの人がやりますが、管楽器でもかなり細かいビブラートをかけています。

ドイツ系のトランペット(ギュトラー氏など)はまず、やりません。どちらが良い悪いではない。

演奏のスタイルが「違う」ということです。

続いて第四楽章。


モーリス・アンドレによるテレマン第四楽章







同じトランペットで同じ曲を吹いていますが、全然違います。

一つは、金管は発音体が人間の唇で、それは当然一人一人、違いますから、音が違うのは当たり前なのですが、

それだけではなく、2人のトランペット奏者が理想としている音、トーンのイメージが違う、ということが、

音色の違いに現れます。

音の強弱、テンポなどは、トランペットに限らず、どの楽器でも同じで、奏者の「音楽的解釈」の問題です。


次はヴィヴァルディです。


ヴィヴァルディ 2本のトランペットのための協奏曲 ハ長調 第一楽章







私は、高校生の頃から、この曲が大変好きです。輝かしく、華やかで、品がある。



最後にクラシックのトランペット吹きなら絶対に勉強するレパートリー。


ハイドン トランペット協奏曲 変ホ長調 Hob.VIIe:1 第一楽章







もう流石に、文句の付けようがないですね。見事なものです。


これも、モーリス・アンドレと比べて頂きましょうか。

くどいですけど、「どちらが優れているか?」ではなく、「どのように違うか」ということを

意識すると大変面白い。但し、これ「ニコニコ動画」から引っ張ってくるのです。

初めての試みです。皆さん、ご覧になれるかどうか。






音質はよくありませんが、これはアンドレ全盛期の演奏です。ニコニコ動画というのは、

コメントが邪魔な時がありますが、これは当然非表示に出来ます。

ただ、この演奏に関しては、言葉は俗っぽいけど、ただひたすら感心していますね。

微笑ましいけれど、彼等のコメントは正しい。


今日は、ルートヴィヒ・ギュトラー氏の紹介が主な目的ですが、

トランペットとて、他の楽器と同様、一人一人、皆音が違うのは勿論、

奏者の音楽的嗜好、解釈により、同じ曲を演奏しても大きな違いがでる、

という、当たり前の話ですが、その辺りもちょっとご紹介したかったのです。

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2010.10.09

「円急伸、一時81円72銭に 米雇用者数が予想超え減少」←世界中が金融緩和政策を取ろうとしているのです。

◆【お詫び】一昨日、昨日は寝てしまいました。

最近たるんでいまして、1ヶ月に何度か、木曜日にどっと疲れが出て、更新できないことがあります。

そういうときでも、何とか「今日は更新できません。悪しからず」というような、「お詫び」を書いたことにより、

「インチキ更新」(空白の日にはしなかっただけ、という意味です)はしていましたが、

一昨日の晩は、どうにもこうにも抗うことのできない睡魔に襲われ、何も書かずに寝てしまいました。

そして、昨夜こそ更新しようとしましたが、今週はたまたま余程疲れていたようで、また、パタリと寝てしまい、

更に今日(9日、土曜日)も朝食後、いつの間にか眠りに落ち、目が覚めたら夕方でした。


普段、夜更かしし過ぎて、3時間ぐらいしかねないのです。それで身体を壊すことはないのですが、

あまりに連続すると、脳が「とにかく、寝ろ」という問答無用のシグナルを送ってくるようです。

失礼しました。


◆記事:円急伸、一時81円72銭に 米雇用者数が予想超え減少--1995年4月以来の高値(日経 2010/10/8 23:07)

8日午前のニューヨーク外国為替市場で円相場が一段高となり、一時1ドル=81円72銭まで上昇した。

1995年5月29日に付けた81円80銭を突破し、95年4月下旬以来、約15年5カ月ぶりの円高・ドル安水準となる。

米労働省が朝方発表した9月の雇用統計で、非農業部門の雇用者数が市場予想を超えて大幅に減少。

米連邦準備理事会が追加金融緩和に踏み切る可能性がさらに高まったとの見方を背景とした円買い・ドル売りが続いている。


◆コメント:折角日銀が金融緩和したけど、世界中が金融緩和政策を取ったら、同じ事ですよね。

日本銀行が10月4日、5日と金融政策決定会合を開き、ゼロ金利政策を取ることと、追加的な資金供給の為の基金を

創設する、と発表しました。それは、日本銀行のサイト、 新着情報一覧で確認できます。

日本銀行:2010年10月 5日 「包括的な金融緩和政策」の実施について(13時38分公表) (PDF, 177KB)

遂に5年ぶりにゼロ金利政策を採用することと、実質的「量的緩和」を組み合わせました。

翌日、首相や財務相からは、「日銀の姿勢を評価する」旨の発言が相次ぎました。

ところが記事に書かれているとおり、円高は止まりません。日本が金融緩和を実施する、と発表したら、

普通は、外為市場でドル円相場は円安に動く筈です。


何故そうならないか、というと、金融緩和を行って円安に振れるためには、ドル金利は動かないけれども、

円金利は下がる、つまり、金利差の縮小によるものです。

ところが今は、アメリカも景気が回復せず、あの大変な支持を得て(無論一部には不満分子が存在していましたが)

大統領に就任したオバマ氏ですら、不支持が支持を上回っていて、それは経済が好転しないこと、が理由になっています。


詳しく書くと長くなるので簡単に括りますが、米国が発表する経済指標や、不動産価格の動向を見ていると、

リーマン・ショックの根本的な原因となった、サブプライムローン問題が後を引きずっているのです。

一番新しい指標は、日本時間8日(金)21時半に発表された、米国雇用統計です。

米国雇用統計で注目されるのは、失業率自体よりも、非農業部門就業者数(nonfarm payrolls)の増減です。

農業部門の雇用者数は、景気の影響をあまり受けないので、「非」農業部門の雇用状況に注目するのです。

昨夜、事前の予想は、「前月比マイナス5,000人前後」でしたが、実際の統計は「前月比マイナス95,000人」

でした。アメリカの雇用統計は毎月第1金曜、米国東部時間午前8時30分に発表される(今月のように、第1金曜が

月初の場合は、翌週になります)ことは、株、為替、債券、金利、商品、その他あらゆる世界の市場関係者の常識で、

世界で最も注目される経済指標の一つです。この影響は大変大きい。


FRBが次のFOMC(Federal Open Market Committee=連邦公開市場委員会)で利下げするであろうことは、

雇用統計を待つまでもなく予想されていたのが、昨日はほぼ「確信」に変わりました。だから、市場は先取りして、

NY株式市場は、「金融緩和期待」により上昇して終わりました(実際に発表されたら、利食いで売られるはずです)。


この他、EU諸国も景気が悪いし、アイルランドは、ギリシャのような財政危機に陥る恐れがある。

日本の輸出企業にとって、円高よりも円安の方が好ましいのと同様、アメリカ・ヨーロッパの輸出企業にとっては

自国通貨安の方が好ましい。だから、日本が単独で円安を目指して介入するな、という声が海外から出ていますが、

皆、勝手に自国のことばかり考えて発言しているだけなのです。こうなると、全世界的に金融緩和で金利を下げて、

さらに市場介入して、自国通貨安を目指します。「世界通貨戦争」とかマスコミが書いているのは、そういうことです。

しかし、論理的に考えて、全ての国にとっての自国通貨安というのはあり得ないので、言い争っても、終わりが無い。


外需に依存するから良くないので、日本を例にとれば、輸出に頼らず、国内の需要(内需)を喚起するべきだ、

といわれます。日経の「マーケット総合欄」に「大磯小磯」というコラムがあり、ここは社説よりも自由に経済記者か

編集委員が自説を展開するのですが、「政府は内需拡大に努めるべきだ」というところまでしか書かず、

では、そのためにどうすればいいのか?を書きません。


◆所得税・地方税・消費税を(暫定的にでも)減税するべきです。

政府は8日、追加経済対策で、5兆500億円の財政支出を閣議決定しました。

主な内容は

(1)雇用・人材育成(2)成長戦略の推進・加速(3)子育て・医療・介護などの強化(4)地域活性化、社会資本整備、中小企業金融支援

となっていますが、本当に効果があるか、やってみないとわかりません。

そもそも国家のおカネを特定の経済分野に焦点を絞って、支出するというのは、本来「計画経済」で、

日本は、社会主義国ではないのですから、どうもピントが外れているように思います。


政界・財界・学者のだれも口にしないのが不思議ですが、私は以前から書いているように、

いくら、日銀が金融緩和しても、市場に資金が不足し、銀行が貸し渋るから不況なのではなくて

長らく不況で家計の支出が滞っている。GDPの約60パーセントを占めるのは、個人消費なのです。

法人税を下げても、それが、従業員の給与の増加に繋がるとは思えません(会社はコストを削りたいのです)。


一時期、今よりも財政が悪化したとしても、暫定的に所得税・地方税・消費税を減税することにより、

家計の可処分所得を増やすことが、内需を喚起する為に最も直接的に効果がある対策だと思います。

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2010.10.07

<ノーベル化学賞>鈴木章氏と根岸英一氏ら3人が受賞←おめでとうございます!

◆記事:<ノーベル化学賞>鈴木章氏と根岸英一氏ら3人が受賞(毎日新聞 10月6日(水)18時58分配信)

スウェーデンの王立科学アカデミーは6日、10年のノーベル化学賞を、

有機化合物の革新的な合成法を開発した鈴木章・北海道大名誉教授(80)、

根岸英一・米パデュー大特別教授(75)、

リチャード・ヘック米デラウェア大名誉教授(79)の3氏に授与すると発表した。

従来は不可能と考えられていた、2種類の有機化合物を、金属のパラジウムを触媒に使って結合させる

「クロスカップリング反応」と呼ばれる手法をそれぞれ独自に開発し、医薬品製造やエレクトロニクス分野で、

さまざまな新しい物質の合成を可能にした功績が評価された。

日本出身者の受賞は08年の南部陽一郎氏(米国籍)▽小林誠氏▽益川敏英氏=いずれも物理学賞▽下村脩氏=化学賞=に続く快挙で、

化学賞受賞は2年ぶり。日本の受賞者数は、南部氏を含め18人(医学生理学賞1、物理学賞7、化学賞7、文学賞2、平和賞1)となった。


◆YouTube「ノーベル賞公式サイト」から、2010年ノーベル化学賞受賞者発表の瞬間。

2010 Nobel Prize in Chemistry Announcement.mp4


◆コメント:授賞理由となった研究内容など、我々に簡単に理解出来るものではないが、素直に祝福したい。

過去に何度も書いたけれども、日本人は他人を褒めるのが下手過ぎると思う。

褒めることと、謝意を表することがヘタクソである。


2年前、物理学賞を小林誠氏と益川敏英氏が。化学賞を下村脩氏が受賞したときに、

受賞理由となった研究内容が理解出来ないのに、何となく雰囲気で「おめでとうございます」というのは、却って失礼な気がする。

と、言う方がおられた。それは、誠実で謙虚な考え方であるが、

何しろノーベル賞だ。科学者にとって最高の名誉である。

天下の大秀才が、長い年月をかけて取り組んだものをド素人の我々が容易に理解出来るわけがない。

あまり、堅苦しく考える必要は無いと思う。


The Nobel Prize in Chemistry 2010の画面右側に、"Greetings to the 2010 Nobel Laureates "

という「窓」がある。そこには、世界中ありとあらゆる所から、ごく普通の人々が寄せた「祝辞」が次々と現れる。

中には専門家らしきコメントもあるが、大多数は一般人であり、極めて普通の祝いの言葉だ。

"Congratulations to all of you from Spain!"(スペインから受賞された方々にお祝い申し上げます)

"Thank you for making the world a better place to stay!"--Malaysia(より、棲みやすい世界にするためのご尽力に感謝します--マレーシアから)

"Jolly good job mate!"(やったね!)

という具合である。もう何時間も途絶えることがない。研究の詳細については、皆、理解していないだろうが、

化学賞のみならず、物理学賞、生理学賞受賞者にも同じ調子の膨大な「庶民の賛辞」が殺到する。

これを読んだら、受賞者たちは、嬉しくない筈がない。世界中の「善意」が自分達を讃えてくれているのだ。

私も怪しげな英語で少し書いた。英語が書けない人はローマ字で書いても構わない。


◆お祝いに音楽を贈りたい。

とにかく、おめでたい。この鬱々とした最近の世の中で、久々に人間の存在が明るく照らし出された。

それに相応しい、お祝いの音楽を載せたい。


モテット「踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ」 KV165から、「アレルヤ」(ソプラノ:森麻季さん)





フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル:ヘンデル「王宮の花火の音楽」より、「歓喜」





シャルパンティエ:「テ・デウム」より「序曲」






最後に、


ジャーマン・ブラス:ショスタコーヴィッチ「祝典序曲」






化学賞のみならず、受賞者の栄誉を讃えたい。

おめでとうございます。

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2010.10.05

【音楽・映像】本当の音楽家の演奏。クラウディオ・アラウが85歳で弾いた「皇帝」。

◆最近、「巨匠」と呼べる音楽家がいなくなりました。

世の中に秀でた才能が現れるときは、何故か一度に現れるのです。

そして、同じ頃に生まれるから、いなくなるときは一度にいなくなる。


人間は、生まれる時代を選べませんから、このようなことを書いても意味がないのは

百も承知ですが、二、三十年、タイミングをずらしてこの世に現れて欲しいものです。


今日は、20世紀に於ける、紛れもないピアノの巨匠をご紹介します。


◆クラウディオ・アラウというピアニストです。

クラウディオ・アラウ(1903-1991)のプロフィールについては、ウィキペディアをご参照下さい。

南米チリ出身でアメリカを中心に活動したピアニスト。

と、書かれていますが、何処で生まれ、どのような経歴だったか、はアラウの演奏とは無関係です。

音楽家は、その日、その時の演奏によってのみ、評価されるべきなのです。


これから、ご覧頂くのは、クラウディオ・アラウが1988年、つまり85歳の時に、

ロンドンのバービカン・ホールで、コリン・デイヴィス指揮、ロンドン交響楽団と、

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」を演奏した映像があります。


ステージに登場するアラウを見ると、多少足腰が弱っているように見えます。

また、いくら若い頃に「技巧派」と言われたピアニストであっても、やはり加齢と共に、

指が回らなくなり、「衰え」が聴衆にはっきり分かってしまう場合も多いのです。


◆クラウディオ・アラウが音楽家に尊敬されたのは、最後まで高度な技術と音楽を維持したからです。

これからご覧頂く「皇帝」は五つのファイルに分割されてしまいますが、

とにかく、最初から最後まで、驚くほどはっきりしたタッチ、高度な技術が保たれています。

これは、クラウディオ・アラウが、高名なピアニストになってからも(なったからこそ)

地道な練習を続けていなければ、絶対に不可能です。


演奏開始前の映像を良く見て下さい。アラウがステージに登場しただけで、

客席のみならず、オーケストラの各プレイヤーも、この老巨匠を尊敬しているので、

楽器を置き、両手で大きな拍手を送っています。こんな光景は、他に見たことがありません。


◆ベートーヴェン作曲 ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73

もう一度書きますが、これは、この名演奏家の最晩年、1988年(当時85歳)に記録された、

音声と映像です。


Beethoven - Piano Concerto no.5 by Claudio Arrau 1






第一楽章の続きです。


Beethoven Piano Concerto no. 5 by Claudio Arrau 2






まだ第一楽章が続きます。再生開始後、4分03秒までが第一楽章です。

4分20秒付近から、アダージョの第二楽章になります。

テンポが遅ければ、演奏は易しいかというと、とんでもないのです。

遅いだけに、音の動きがはっきりと聴衆に分かります。一音でも間違えたら、

すぐにバレます。また、速い楽章は指がよく動くだけでお客を感心させることができますが、

緩徐楽章(テンポが遅い楽章)は、ただ弾いたら、台詞の「棒読み」に等しい。

演奏家の音楽性が、モロに表れます。


Beethoven Piano Concerto no. 5 by Claudio Arrau 3






ファイル4は、第二楽章の続きです。

協奏曲では、常にオーケストラがソリストの伴奏をするとは限りません。

このNo.4のファイルで言うと、再生開始後2分過ぎから、木管楽器の旋律をピアノが分散和音で

伴奏する、という形になっています。クラウディオ・アラウの演奏を注意して聴いて頂きたいのですが、

木管をよく聴いて、彼等に音の強弱の変化を合わせています。「協奏曲」たる所以です。


「皇帝」は第二楽章と第三楽章は切れ目なく演奏されます。


その時に、3分20秒辺りから、ピアニッシモですが、ホルン奏者2人がB♭をオクターブで、

ずーっと伸ばします。


第三楽章に入る所で、ピアニストとしては、少し勿体ぶりたい所ですが、あまりそれをやられると、

ホルン奏者は、息を吸うところがないので、たまりません。二人がオクターブでB♭を吹くので、

どちらかが誤魔化すとすぐにばれます。

ピアニストにあまり遅く弾かれると、40秒から50秒吹き続けるハメになります。



Beethoven Piano Concerto no. 5 by Claudio Arrau 4







最後、5番目のファイルはフィナーレ(終楽章)の途中から終わりまで。

クラウディオ・アラウが、どんどん調子が良くなります。

はじめが悪いということではなく、謂わば「ノッ」て来たという感じです。

最後の最後まで、全ての音がクリアに、正確に、強すぎず弱すぎず、全てを心得た演奏です。


Beethoven Piano Concerto no. 5 by Claudio Arrau 5







演奏終了後、ロンドン交響楽団のメンバーの様子を見て下さい。弦楽器奏者も皆、

楽器を膝において、両手で(つまり聴衆と同じように)拍手しているでしょう?

オーケストラ全員がこういう態度になるのは、本当に、ソリストを賞賛しているのです。

大したことないな、とオーケストラが思ったときはヴィオリンやヴィオラの人達を見れば分かります。

楽器を左手に持ったまま、弓も右手で持ったまま。右手の中指あたりで、楽器の裏側をパラパラと叩く。

表情も何となく、シラーっとしています。

こういうのは、謂わば「おざなり拍手」です。「まあ、下手でもないけど、頑張ってね?」ということです。

そして聴衆の反応。欧米では、日本みたいに最初から、やたら大きな声で「ブラボー!」ということはないのです。

最初はむしろ、控え目な拍手ですが、アラウが何度もステージに戻ってくると、段々拍手の音が大きくなり、ブラボーが

飛びます。これがヨーロッパの典型です。見ているこちらまで嬉しくなる、いい画です。


◆何故、クラウディオ・アラウ85歳でもこれほど上手いのでしょうか?

それは、練習を続けているからです。

この映像は88年。クラウディオ・アラウ氏が亡くなる3年前です。

それでも、お客さんに演奏を聴いて喜んで貰いたかったのでしょう。音楽で表現したいことがあったのでしょう。

そして、お客さんからおカネをとって演奏を聴かせる以上、80歳だろうが、85歳だろうが、下手な演奏で良い訳がない。

お客さんに演奏を楽しんで貰うために出来る限りの練習をする。それでも弾けなくなったら、引退する。

これが、本当の音楽家の姿です。

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「祝賀ムード一色に=統一20年で記念式典」←当時は信じられないような奇跡的な出来事でした。/音楽。

◆記事:祝賀ムード一色に=統一20年で記念式典 東西格差、改善の兆し・ドイツ(時事通信 10月3日(日)17時5分配信)

【ベルリン時事】1990年の東西ドイツ統一から20年となる3日、北西部のブレーメンで記念式典が開かれた。

式典ではパレードやコンサートを開催。統一時からの課題だった東西格差に改善の兆しが見え始める中、

ドイツは祝賀ムードに包まれている。

式典にはメルケル首相やウルフ大統領のほか、周辺諸国との交渉に当たり、統一実現に大きな役割を果たしたゲンシャー元外相ら約1400人が出席。

欧州連合(EU)欧州委員会のバローゾ委員長やファンロンパイEU大統領(首脳会議常任議長)をはじめとする外国要人も招かれた。

ウルフ大統領は式典で、「自由のために戦ったすべての人に敬意を表する」とあいさつ。

統一後に移民問題が新たな課題に浮上したことを踏まえ、宗教の枠組みを超えた連帯を国民に呼び掛けた。

記念式典は毎年、各州の持ち回りで開かれ、今年はブレーメン州が主催。統一20年に合わせた行事は、

このほかにもベルリンなど各地で1日から実施された。


◆コメント:歴史が動くときの不思議な力。

第二次大戦後、アメリカとソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)との冷戦構造が形成され、

世界は大きく東西に2分されました。ドイツも分断されました。ベルリンは地理的には東独の領域内に

有りましたが、その中がさらに西ベルリンと東ベルリンに別れ、東独側が「ベルリンの壁」を作りました。

冷戦は未来永劫続くように思われましたが、歴史が動くときのパワーはすさまじいものがあり、

1989年、市民により、ベルリンの壁は壊されました。その映像は、全世界に文字通り歴史的な出来事として

大きく報道されました。私の敬愛する、ベルリン・フィルの第一コンサートマスターを25年務めた

安永徹さんは、コンマス正式就任が1985年でしたから、「壁」の崩壊を正に目の当たりにしたわけですが、

後年、

自分が生きている間に、このような光景を見ることが出来るとは、想像だにしなかった。

と仰有っていました。多くの人が同じ感慨を抱いたと思います。

冷戦は、現在も続いているアラブ・イスラエル紛争のように、永遠に続くように思われたのです。

しかしながら、とにかく1989年、ベルリンの壁がなくなりまして、翌年、東西ドイツが統一されたのです。


◆「壁」を超えるのは、普通の人にとっては、大変な手間だったのです。

何しろ、ベルリンの壁を境界として、東ドイツと西ドイツは「別の国」でした。

しかも西は、自由主義、資本主義社会で、東は共産主義国家。下手をすれば一触即発。

西ベルリンから東ベルリンに移動すること。又はその逆に移動するのは、大仕事でした。

互いに「スパイ」に潜り込まれないように、特に東独チェックは厳しく、境界を通過する為に

何時間も待たされるのが、当たり前の事となっていて、皆諦めていました。


◆東西を自由に行き来していた、オトマール・スウィトナー氏(故人・指揮者)。

ところが、そんな時代にも東独は非常に例外的に、自由に東西を行き来出来る特別のパスを

例外的に、ごく限れた人に渡していました。

西ベルリンに住んでいながら、東独のオーケストラを指揮していた、

オトマール・スウィトナー氏もその一人です。


旧東独には良いオーケストラが多いのです。何度かご紹介しましたが、

シュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)、

シュターツカペレ・ベルリン(ベルリン国立歌劇場管弦楽団)。

ライプツィッヒ・ゲバントハウス管弦楽団など、枚挙に暇がありません。


オトマール・スウィトナー氏は、これらのオペラハウスの音楽監督だったので、

西ベルリンに住んでいたのに、「特別のパス」を東独が渡していました。

これを見せれば、あたかも駅の改札を通過するような簡単さで東西を自由に

動けるのでした。スウィトナー氏は、西ベルリンの自宅を出て、東ドイツの

シュターツカペレ・ドレスデンや、ベルリンを指揮していましたが、

東ドイツのコーヒーが大変不味いので、昼食の時には一旦西の自宅に戻って食事を済ませ、

午後からまた東ベルリンでオーケストラのリハーサルをしていたのです。


東西に分断され、互いに「敵国」と見なしていたのに、この「超特別パス」を

渡したということは、東独が如何にスウィトナー氏に敬意を払っていたかの証左です。


◆【音楽】シュターツカペレ・ドレスデン、ベルリンの演奏。スッペの序曲。

勿論、スウィトナー氏の指揮による演奏です。

シュターツカペレ・ドレスデンとスウィトナー氏の演奏がCDボックスになっています。

スイトナー&シュターツカペレ・ドレスデンBOX(10CD)です。輸入盤ですから日本語のライナーノーツは

有りませんが、モーツァルトの交響曲の多くが収録されているのは無論魅力的ですが、

日本では(私が記憶する限り)指揮したことがない、ビゼーの交響曲、チャイコフスキー:弦楽セレナーデ、

シュトラウス父子のウィンナー・ワルツ、ポルカ。スッペ序曲集、

何と、ヒンデミット、ストラヴィンスキーまで。10枚で3,000円台は破格の安さです。

私は決しておカネが余っている訳ではないのですが、これは、と思い買いました。


この中から、非常に意外な、スウィトナー=シュターツカペレ・ドレスデンによる、

スッペの序曲をまず聴いて頂きます。「軽騎兵」と「詩人と農夫」。


喜歌劇「軽騎兵」序曲






非常に厚い響きです。これぞドレスデンです。軽騎兵序曲ですら、シンフォニックな音がする。

もう1曲、スッペ。


「詩人と農夫」序曲







良いですね~。長いチェロのソロがありますが、なかなかこれほど流麗なソロはないです。

その後、3分23秒付近からは、血湧き肉躍る音楽です。



さて、今のはシュターツカペレ・ドレスデンでした。


スウィトナー氏と縁の深い、旧東独のオペラハウスのオーケストラ、シュターツカペレ・ベルリンの演奏。

これは、今年1月にスウィトナー氏が亡くなった時にもお薦めしました。再びお薦めします。

ブラームス「ハンガリー舞曲集」です。


これから3曲。


ハンガリー舞曲第1番







切なく、もの悲しいけれど、懐かしい。

続いて一番有名な5番です。


ハンガリー舞曲第5番







最後は、ウェーバー序曲集から、


「精霊の王者」序曲。






月曜日から、音楽で飛ばし過ぎました。本題から逸れてしまいましたが、ご容赦のほど。

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2010.10.04

「尖閣諸島問題めぐり東京などで反中デモ」←日本のメディアが全く報じないのは不自然ですね。

記事1:尖閣諸島問題めぐり東京などで反中デモ(CNN.co.jp 10月3日(日)11時33分配信)

尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件をめぐり、日本では東京など7都市で2日、中国に対する抗議デモが行われた。

参加者らは日の丸を掲げ、「中国の領海侵犯を許さない」などと主張した。

デモを主催した田母神俊雄・元航空幕僚長は、尖閣諸島は日本固有の領土だとの立場から、

日本が防衛しなければ中国はこれを取り上げる行動に出ると述べ、中国側を非難した。

デモに参加したある男子学生は中国への強い怒りを示し、

衝突で破損した日本の巡視船の修理費用は中国側が支払うべきだと語った。

一方、55歳の女性参加者は、中国よりも日本政府の「弱腰」外交を批判したいと話し、

「私たちは国としての誇りを取り戻すべきだ」と主張した。


記事2;日本で反中デモ、日本国旗を手に菅内閣の対中外交を批判(サーチナ 10月3日(日)15時58分配信)

尖閣諸島(中国名:釣魚島)を巡り、日本と中国の緊張が続くなか、日本で尖閣諸島の主権を主張する反中デモが行われた。

香港メディアの鳳凰網は2日、「反中デモが行われ、馬淵澄夫沖縄担当相兼国土交通相は尖閣諸島の警備を強化すると言及する一方で、

仙谷由人官房長官は世界経済の復興のため、日中は緊張関係を改善する必要があると述べた」と報じた。

記事では、「東京では日本国旗を手に持った800人が反中デモに参加し、菅内閣の対中外交の軟弱さを批判し、国土の保全を呼びかけた」と報じた。

一方で、仙谷由人官房長官は2日、ロイター社のインタビューを受けた際、

世界経済のために日中両国は関係を改善する必要性があるとの認識を示し、

日本は中国との戦略的互恵関係を強化し、アジア経済のいっそうの発展を目指すべきであると述べた。


◆コメント:日本人が反中デモを行ったこと自体を日本のメディアが全く報じないのは不自然ですね。

引用したのは日本語に訳された他国メディアの記事(CNN)と、

記事を書いたのは日本人だが、中国系のメディア(サーチナ)のものである。

この他、日本語になっていないが、

Tokyo Protests Blast China's Response to Collision(Wall Street Journal)(多分、有料。)

(http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704419504575527664218726440.html?mod=WSJASIA_hps_LEFTTopStoriesWhatsNews)

が見つかった。


デモ自体に関しては、主催者が「田母神俊雄」であることが気に入らないが

その理由を詳しく書き出すと長くなる。以前書いた記事、
2008年11月11日(火) 「いささかも間違ってない 田母神前航空幕僚長」←「田母神論文」は「論文」になっていない。ココログ

をご参照のほど。


話を戻す。

一般的に、大人しい日本国民がデモを実行することは、かなり珍しい。

このデモの参加者が、日頃から、何らかの政治思想に基づく活動団体に所属しているのならば、

意外ではないが、ごく普通の一般市民が参加していたとしたら、それは、尖閣諸島問題に係る

中国側のあまりにも強引・傲慢な主張に対する不満が、非常に高まっていることを意味するのであるから、


デモでの演説や発言の内容とは無関係に、デモが実行されたという事実は、

大手メディアが当然取りあげるべきである。


しかし、全国紙のWEBサイトをみても、NHKやテレビ局のサイトでニュースを読んでも、報じられていない。

Googleでニュース検索をした結果、記事1記事2が見つかった。


欧米社会とは異なり、日本ではこの事実を報道したとしても、

全国民が急に興奮状態に陥り、日本中至る所で反中国デモが、連鎖的に実行され、

ひいては、社会の治安を混乱させるとは到底思われない。


妙に事実を隠すのは、誰か(多分政治家)が報道自粛をメディアに要請したためと想像するが、

何故、コソコソしなければならないのか、不可解であり、国民の国家への不信を徒に助長する結果を

もたらすことになるであろう。どうも現政権は素人っぽい。


◆全く別件だが、「フジコ・ヘミングはヘタクソ」ですに寄せられたメール。いくら何でも書きすぎ。

私は、5年以上も前に「大きなお世話ですが、フジコ・ヘミングはヘタクソです。」

を書いたが、10月1日(金)TBS系列「金スマ」でまた、フジ子・ヘミングを取りあげた為、

放送終了後からネットで検索した人のアクセスが殺到している。

本当にヘミング・ファンなら、何を今更である(繰り返すが私は5年前から「ヘタクソです」を載せているのだ)。

金曜日のテレビを見ただけで、全てを知り、演奏に感動した人が、逆上してコメントを寄せるものだから、こちらの土日は

それらへのレスで潰れてしまった。反論をするならするで、マナーを守るべきである。

私のブログのコメント欄は私のサイトの一部であり、掲示版ではない。最初に仮名で構わないが、挨拶と自己紹介ぐらいするのが

常識である。全て無視しても良かったが久しぶりに反論が殺到したのが面白かったのと、比較的体調が良かったので、真面目にレスして

特に土曜日はそれで一日が潰れてしまった。


ブログをオープンにしている以上、色々な人が色々なことを言ってくるのには慣れているが、

いくら何でも、これはないだろう、というのが、日曜の夜に来た。エンピツのフォーム・メール経由で来た。

返信してもこの手合いは100パーセントそうだが、捨てメアドなので、メールで返事が出来ない。

だから、ここに晒す。
名前:愚者に気付く凡人 ( a@ezweb.ne.jp )

件名:あんた弾けんの?

あれ以上のピアノをあんたが弾けるってんなら公開してみろよ。

聞いて批評するだけならこんな文を公にする意味ねーだろ。

良いか悪いかってんならともかく、ヘタクソと言ったからにはもちろん弾く側なんだろうな?

日本語わかって載せてるんだろうから、公開してみろよ。

聴いて判断してやるよ。本当にヘタクソだったかどうか。

他の名演奏者を並べて誤魔化すなよ。

ヘタクソといえるのはあんたが挙げた演奏者自身だろ?

お前は言う資格ねーだろ!まず日本語から学べ! ドアホ!!

______________________________

IPアドレス 122.133.4.32

ホスト名 FL1-122-133-4-32.aom.mesh.ad.jp

IPアドレス割当国 日本 ( jp )

市外局番 該当なし

接続回線 光

都道府県 青森県

何を言いたいのか、意味不明ながら、日本語として辛うじて分かるのは、
自分が弾けないならば、良いか悪いかってんならともかく、ヘタクソと言うべきではない

ということだが、何のことだか分からない。

自分が弾けなくても、カネを払ってチケットを買い、又はCDを買うのが客である。

演奏内容が良くなければ、ド素人からもヘタクソ呼ばわりされるのがプロの宿命である。

世の中に酒の肴にプロ野球談義をする御仁は大勢いるが、彼等は皆、プロ野球選手並に野球が上手くなければ、

何も語ってはいけないのであろうか?

自分でシナリオを書いた事が無い人間は、ドラマが面白いとかつまらないとか言ってはならないし、

自分が演技をした経験が無い者は役者の演技を上手いとか下手とか言ってはいけないのだろうか?

自らが政界にいたことがなく、ましてや入閣した事の無い者は、

尖閣諸島問題をめぐる政府の対応を批判する権利がないのだろうか?

「愚者に気付く凡人」氏の論理を普遍化すると、そういう結論が導き出される。


と、返信したかったのだが、前述のとおり、記されているメアドは存在しない。

だからここで返事をしている。


この坊や、まず自分がもう一度、日本語を勉強するべきである。

取りあげてやっただけでも、有りがたいと思え。

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2010.10.03

【御愛読御礼】9月のエンピツ得票数、過去最高でした。ありがとうございます。

◆読者の皆様のおかげで書き続けることが出来るのです。

私は、ウェブ日記エンピツと、ブログ・サービス「ココログ」に同じ文章を載せております。

WEB日記、という形式は、以前から書いている方以外、新規利用者は余りいないようですが、

私が書き始めた2002年4月当時、「ブログ」という言葉すら、殆ど日本では知られておらず、

翌、2003年頃から、爆発的に流行したと思います。私は「流行りもの」にすぐに飛びつくのは何となく癪なので、

暫く、流行を無視していましたが、やがて素人が文章を公開する方法としてブログが大勢を占めるようになりました。


私の駄文は、基本的には時事問題を論ずる(カッコつけて、私はしばしば「天下国家を論ずる」という表現を用いていますが・・・)

ものです。自分の世の中に対する主張を多くの人に対して訴えたければ、文章を載せる場所は、読者が多い所の方が良い。

そう考えて、2004年11月に、ココログにアカウントを開いたのです。


この他に実は、エキサイト・ブログにも、JIROの独断的日記エキサイト版というアカウントをもっているのですが、

こちらは現在、更新しておりません。ココログがメインテナンスなどで使えない場合、こちらを予備として使う場合があります。


話が本題からそれましたが、一番最初にエンピツに文章を書いてから、今までに約2,800本の文章を書きました。

自分で読み返しても、下手な文章で、誤字・変換ミスなどに気が付かずそのまま載せているみっともない文章が多数ありますし、

何よりも、頭が悪いので、本来もっと簡潔に、要点を主張出来るはずなのに、冗漫な文章が多い。駄文ばかりを連ねております。


しかし、私は子供の頃から幾度となく、「当用日記」を書こう、と決心しても、絶対に続きませんでした。

一週間続いたことすら、ないのです。


そんな私が、ネット上の日記を何故(サボる日も多いですが)、8年半も書き続けることが出来たか、

というと、それは絶対に確信を以て断言しますが、

読んで下さる方がいらっしゃるから、

です。こんな駄文でも、毎日のように、貴重なお時間を割いて、読んで下さる方がいらっしゃるというのは、

文章を公開して、初めて分かりましたが、本当に書く者にとって、励みになります。

以前にも同じ事を書きました。しかし、感謝の気持ちは何度でも書くべきだと思います。


◆先月(2010年9月)、エンピツの総合得票数は、単月として過去最高でした。

ブログにも人気投票というのがあるようですが、エンピツは全体として一つのサイトなので、

毎日、毎週、毎月の得票数がジャンル別でも、全ジャンル総合でも明らかになります。

ここに、先月の総合得票ランキング(10月01日05:08更新)があります。

ご覧のとおり、「JIROの独断的日記」が総合3位。得票数は2777票になっています。

(この画面は、来月になると更新されてしまうので、エビデンスとして画面コピーを貼っておきます。)

1009enpituranking

これは、紛れもなく過去最高なのです。ランキングの為、得票数の為に書いている訳ではありませんけれども、

多くの方が、わざわざお手数なのに、エンピツの「投票ボタン」をクリックして下さったおかげなのですから、

嬉しくない訳がありません。

読者の皆様に心より御礼を申し上げます。

ありがとうございました。

実は、単に得票数を増やそうと思ったら、有効な手があるのです。

それは、文章の中に「投票ボタン」を組み込み、そこをクリックしないと、キーワードや、文章の結論が

分からないようにするタグを埋め込めば、自動的に、得票数は飛躍的に伸びるのです。

WEB日記が主流でブログがなかった頃、WEB日記を提供するサービスはエンピツ以外に、いくつもありまして、

サイトによってはそれは、インチキ得票だから、として「禁止行為」とされていましたが、エンピツは禁じておりません。

他人様の自由ですからとやかく言いませんが、現存するエンピツ日記では、多くの書き手が、それをやっています。


これに対して、手前味噌で恐縮ですが、私はエンピツとココログの画面上で「投票のお願い」

をしているだけです。ココログからはエンピツの投票ボタンの見える位置に跳ぶようなリンクを貼っております

(実は、これは御常連の読者の方がアドヴァイスして下さったのです)が、投票ボタンをクリックするか否かは、

あくまでも読者の方々の自由意思によって決定されています。

2777票は謂わば「自力で獲得した」2777票です。だから嬉しいのです。


これも、全部皆様のおかげです。

今一度、心より御礼を申し上げます。

今後とも、時事問題に関しても、音楽に関しても書き続けていく所存です。

引き続き「JIROの独断的日記」にお付き合い頂ければ幸甚でございます。

【読者の皆様にお願い】

是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面右下にボタンがあります。

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2010.10.02

【音楽】絶対お薦め。ピアニスト金子三勇士氏のデビューCD。

◆若き、圧倒的な才能。

金子三勇士氏は、1989年9月22日生まれだそうですから、つい先日21歳になったばかりで、

まだ東京音楽大学ピアノ演奏家コースの学生さんです。

しかし、金子氏のピアノ演奏は、既に一流のプロ・コンサート・ピアニストの水準です。

彼のテクニックは完璧ですが、繊細かつ大胆な音楽性を併せ持っています。

天性のピアニスト、だと思います。

プロフィールはオフィシャルサイト<をご覧下さい。


◆私は昨年11月に、生で聴いたことがあります。

これば、日記・ブログに書きましたが、昨年11月ドイツの超一流オーケストラ、

バイエルン放送響が来日したのですが、以前から東京音大とバイエルン放送響は親交(?)があり、

バイエルンのメンバーが、来日公演の合間に、東京音大に来て、

メンバー(プレイヤー)による、室内楽の指導があり、また東京音大オケを

現在のバイエルン放送響の指揮者、マリス・ヤンソンス氏が指導する(ベルリーズの「幻想」の終楽章)

「公開リハーサル」があり、最後にはバイエルン放送響のメンバーと東京音大の学生による、

室内楽の演奏がありました。日記・ブログにも書きました。
2009年11月15日(日) マリス・ヤンソンスのリハーサルを見学する幸運に恵まれました。 ココログ

この時、東京音大の学生とバイエルン放送響のメンバーとの室内楽がありました。↓

T_jansons004

ご覧の通り、金子三勇士氏はドヴォルザークのピアノ五重奏曲でバイエルン超ベテランの音楽家と

合奏したのです。この弦楽四重奏は、第1ヴィオリンがバイエルン放送響のコンサートマスター。

第2ヴァイオリンの水嶋愛子さんは、1976年にこのオーケストラに入団したそうですから、

34年も弾いている超ベテラン。ヴィオラもオーケストラでは首席奏者。という面子です。


金子氏はこんな「大先生」たちと弾いた訳です。演奏を聴いてつくづく感心したのですが、

この時、金子三勇士氏のピアノは、大ベテランたちと、音楽的な表現力、存在感において、

完全に対等であったということです。されにピアノの学生は(少なくとも日本で習った人は)、

合奏をした経験が乏しい。ピアノってのは(それが便利なんですけど)、すごく大雑把に言うと、

一人で「合奏」出来てしまう。右手がメロディーを弾き、左手が伴奏をする。だから、

アンサンブルということに不慣れな人が多いですが、若干20歳の金子氏は、余裕で弦楽器奏者を

聴いて、見ながら(合奏は音だけではなく、目で例えば弦楽器奏者の弓の動きをみて)合わせていました。

自分が出過ぎては(音が弦楽器よりも聞こえては)まずいところは抑えるし、ピアノが主体で、

弦楽四重奏がその伴奏をするような所では、ちゃんと弾き方を変えて、ピアノが聴衆に良く聞こえるように

弾く。大したものだ、と思いました。


◆協奏曲の伴奏をした、オーケストラの弦楽器奏者が絶賛しています。

金子三勇士氏は、3週間前に、群馬交響楽団のソリストに招かれ、ショパンのピアノ協奏曲第1番を

弾きました。このとき全く偶然ですが、ヴィオラ奏者のお一人が私のブログの読者の方でした。

数多くのソリストを伴奏した、オーケストラ・プレイヤーこそ、ソリストにとっては最も「怖い」聴き手でも

有るわけですね。聴き手自身プロの音楽家なのですから。

相互リンクを貼らせて頂いているふっこ様ですが、この方がコンサートの翌日、

ご自身の日記で、金子さんを絶賛しておられました。新人でこれほど褒められる人は珍しいと思います。


◆少しだけ聴いて下さい。

金子三勇士氏のデビューCD、Miyuji plays Liszt は、今日(1日)発売でしたが、予約していた人が多かったようです。

Amazonでは既に「お取り寄せ」になっていますが、これはお薦めします。

今まで私はリストという作曲家にさほど関心が無かったのですが、このCDは、非常に夢中で全曲を一挙に

聴きました。それこそ、秀でた演奏家のなせる業です。今まで(私が鈍かったところが大きいのですが)気が付かなかった

或る作曲家や作品の魅力を、最大限に引き出しているのです。


少しだけサワリを。


ピアノ・ソナタ ロ短調より。







ソナタ全体の演奏時間は30分を超えますが、演奏が素晴らしいので長いと感じません。


次は、かの有名な、



ハンガリー狂詩曲第2番より。







かなり強い音が出ていますが、力に頼って大きな音を出すのではなくて、

楽器(ピアノ)が鳴りきっている。そういう弾き方です。どのようなフォルティッシモであっても、

決して音は濁らず美しく保たれ、タッチも絶対に荒れません。これは凄いことです。

それから、曲全体を見据えた上での「構成力」が素晴らしいのです。この曲は山がいくつもあり、

最大のクライマックスがあります。全体像を頭に描いた上で、音量(の変化)やテンポ(の変化)を

「設計」しないと、演奏効果が減衰してしまいます。極端に言えばずっと大きな音で同じようなテンポで

弾いたら(仮定上の話で実際にそんなピアニストはいませんが)、クライマックスがクライマックスでは

無くなってしまいます。金子氏は十二分に心得て弾いておられます。全曲を聴くと、「血湧き肉躍り」、

興奮で身がよじれるほどです。


最後。これだけ、ちょっとご容赦頂いて、一曲全体を。


ラ・カンパネラ







お聴きのとおりで、私が余計な言葉を書き足す必要はない、と思います。これこそ「ラ・カンパネラ」です。


最初に書き忘れましたけれど、金子三勇士氏は、母君がハンガリー人(父上は日本人)であることも

あって、若干6歳からハンガリーに留学し、祖母上のお宅に住み、ハンガリーの小学校に通い、

飛び級で11歳にして国立リスト音楽院大学ピアノ科に入学。2006年(16歳)ピアノ科全課程修了とともに日本に帰国。

東京音楽大学付属高等学校2年に編入したのです。帰国直後は日本語はたどたどしかったそうですが、現在21歳になったばかり

ですが、驚くほど美しい正確な日本語を話します(先日NHK FMに出演し、アナウンサーのインタビューに答えていたのです)。

勿論、ハンガリー語は小学生から10年間生活していたので、ネイティブ同様です。


言語のことはさておき、彼がデビューCDを、オール・リスト(Liszt)プログラムにしたのは、

そのようなバックグラウンドが大きく影響しているのですね。


とにかく類い希なる才能です。


是非、お聴きになることをおすすめします。10月30日にはトッパンホールで、

CDリリース記念リサイタルがあります。幸いまだチケットに余裕あり、

と、2010年10月02日(土)09時21分時点では表示されています。

私は既に入手済です。勿論、それぞれのご都合がおありでしょうが、僭越な物言いですけれど、

私が、自分のブログでコンサート(リサイタルですけど)をお薦めするのは8年半、日記を書いていて、

初めてではないかと思います。素晴らしい才能を目の当たりにするということは、非常な喜びです。

それでは、皆様良い週末をお過ごし下さい。

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2010.10.01

NHKの新しい朝ドラ「てっぱん」で、トランペットを海に投げ込む無神経。

◆番組公式ページから「第一週 あらすじ」

広島・尾道の高校に通う村上あかり(瀧本美織)は、吹奏楽部でトランペットに熱中する17歳。

ある日、あかりは女性がトランペットを海に投げ捨てるのを目撃し、海に飛び込んで拾い上げる。

夜、訪ねて来た女性は田中初音(富司純子)と名乗り、「娘がここにいるはず」と主張。

母・真知子(安田成美)は「亡くなった」と告白する。初音が手にした一枚の写真から、あかりは産みの母親が初音の娘で、

自分は村上家の養子だったことを知る。トランペットを残して大阪に戻る初音。

思わぬ形で出生の秘密を知ったあかりを気遣い、父・錠(遠藤憲一)たち家族は明るく振る舞うが、

あかりは自分がトランペット好きなのは実母のせいではと思い悩む。気持ちを整理するため、

トランペットを返しに大阪へ乗り込むあかり。だが、初音は頑として受け取らず、「母の形見を吹いてみろ」とあかりを挑発する。

そこに西尾冬美(ともさかりえ)が現れ、ピンチヒッターを務めてほしいと、あかりを強引にライブ会場へ連れて行く。

会場に現れた初音を目にして、あかりは実母の形見のトランペットに口をつける。


◆コメント:楽器を粗末に扱って良い人間はいないのである。

「あらすじ」が要領を得ないので、一度読んでも、どういう話かよく分からないが、

それは、さておき、この文章の中には六回も「トランペット」という単語が含まれており、

少なくとも、この朝ドラ第一週においては、トランペットがキーアイテムになっていることは

想像が付く。


しかし、当の番組公式サイトを見ると予告動画が載っていて、「あらすじ」に書いてあるとおりに

富司純子扮するヒロインの祖母が、いきなりトランペットを海に投げ捨てるシーンが映る。

どうやら、「ラッパなんかでは身を立てることは出来にい」というのが理由らしい。


ドラマで実際に海に投げ込んだのは、最早使い物にならない古い楽器を新しい楽器のように、

塗り替えただけかも知れない。それも関係ない。


如何なる理由があろうとも、ましてや孫がトランペット奏者になることに対して反対だ、

というだけのことで、事もあろうに「楽器を海に投げ捨てる」とは何事であるか。


どのような人間にも凡そ楽器をこのように粗末に扱う権利はない。

トランペットは実際には(本当はヴァルブ部分を外してからだが)、水に丸ごと浸かっても、ダメになることはない。

しかしそう言う問題ではない。楽器に対する態度ということである。

この場面は、テレビの番組予告でも何度も流れていて、私は初めて見た時点で、半年間

「てっぱん」は見まい、と決めた。


何をいい年したオヤジがつまらない作り話にムキになっているのだ、といわれるかも知れないが、

楽器を作る人は、楽器に生命を吹き込む思いで作る。

楽器の演奏に生涯を捧げる人がいる。

私のように、最早自分では演奏できないが、こよなくトランペットを愛する人間がいる。

このドラマの脚本家と演出家はそのようなことも想像できないほど、無神経な人々なのであろう。

世の中のあらゆる感受性を考慮したら、何もできないが、これは「無意味な無神経さ」である。

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