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2010年11月

2010.11.30

「1日の党首討論は見送り=仙谷氏ら出席で対立―与野党」←今日、幾つ重要な経済指標が発表されたか。

◆記事:1日の党首討論は見送り=仙谷氏ら出席で対立―与野党(時事通信 11月30日(火)16時3分配信)

与野党が調整していた1日の菅直人首相と野党党首による党首討論は30日、

参院で問責決議を可決された仙谷由人官房長官らの出席をめぐる与野党の対立が解けず、見送られることが決まった。

今国会では会期末が3日に迫っており、党首討論は行われない情勢だ。

党首討論をめぐっては、自民、公明両党が1日の開催を要求し、首相も応じる意向を表明した。

しかし、与党側が問責を受けた仙谷氏と馬淵澄夫国土交通相も出席させる意向を示したのに対し、

野党側は「問責決議は重く、認められない」と拒否していた。

30日午後に国家基本政策委員会の樽床伸二衆院委員長と、鴻池祥肇参院委員長が会談したが、最終的に折り合わなかった。

6月の菅内閣発足以降、党首討論は一度も行われていない。

これに関して首相は同日夜、首相官邸で記者団に「残念だ。私としてはやりたかった」と述べた。


◆コメント:仕事をしないのなら、歳費・ボーナスを返上しろ。

今日は、朝から、かなり重要な経済指標が相次いで発表されているのです。主な数字を拾います。

単純に前月比、又は前年同月比プラスの指標には、○、マイナスの指標には×を付けます。


  • ×完全失業率(10月分 総務省):5.1%。前月比マイナス0.1%。4ヶ月ぶりの悪化。

  • ○有効求人倍率(求職者1人に企業から平均何件の求人があるかを表す数字)(10月分 厚労省):0.56。前月比0.1%上昇。

  • ×鉱工業生産指数(10月分 経済産業省):91.1。前月比1.8%低下。

  • ○毎月勤労統計調査(10月分 厚労省):現金給与総額(事業所規模5人以上)、前年同月比、プラス0.6%の26万8951円。

  • ×自動車生産出台数(10月、日本自動車工業会):国内生産は前年同月比8.4%減。10月として過去最大の下げ幅。

  • ○新設住宅着工戸数(10月、国交省):前年同月比プラス6.4%。但し。戸数は10月としては、比較可能な1965年以降では、昨年(6万7120戸)に次いで過去2番目の低水準。

  • ×建設大手50社の工事受注総額(10月、国交省):前年同月比マイナス5.6%の5876億円。比較可能は1985年以降、10月としては過去最低。

新聞やテレビは本当に「大本営発表」で、例えば有効求人倍率は「6ヶ月連続改善」と書くのですが、

有効求人倍率は1を超えないと、求人より求職の方が多いということ。つまり仕事を探しても見つからない人がいることを

表している。前月比たったの0.1%上昇したところで焼け石に水です。


また、「毎月勤労統計調査」では、一人平均の現金給与総額が、8ヶ月連続プラスとかいてあるのですが、

連続といっても、前年同月比のプラス幅がたったの0.6%です。

26万8951円÷1.006=26万5752円。1年で月給が平均3,199円増えただけ。何が8ヶ月連続ですか。

鉱工業生産と自動車生産のマイナスは、エコカー補助金終了による自動車販売の落ち込みによるもの、

という説明ですが、要するに補助金がなければ、誰も買わないって事ですよ。

住宅着工件数は前年比はプラスですが、昨年はリーマン・ショックの翌年で、極端な不景気だったので、

それに比べれば相対的に増えてはいるものの、書いてあるとおり、住宅着工の戸数としては過去45年の統計で2番目の少なさ。

要するに、全然、日本経済は日銀が金融緩和しても回復しないではないですか。

補正予算が通るとか通らないとか、一応やっていましたけど、


今日、これほど、多くの経済指標が発表されているというのに、これを見た政治家がいるでしょうか?

相変わらず、仙石官房長官の問責とかなんとか。政治家の内輪もめの記事ばかり。

「政局」は「政治」ではない。


政治家たちは、両議院の予算委員会など、テレビ中継があるときには、

如何にも、国民の生活の厳しさを憂える、国の将来を憂えるようなことを言いますが、

本当に景気に関心があったら、首相や閣僚が、今日発表された経済指標に何もコメントがない、

ということはあり得ない。


「景気対策」は次の選挙用に、一応心配しているフリをしているだけであることがはっきりしました。


◆昨日、議会開設120年の記念行事があったのです。陛下ご臨席にも関わらず議員の半数が欠席しました。

これは、あまり大きく報じられなかったのではないかと思うので、記事を載せます。
◆記事:議会開設120年、天皇陛下がお言葉(読売新聞 11月29日(月)14時2分配信)

国会は29日午前、参院本会議場に天皇、皇后両陛下と秋篠宮ご夫妻をお迎えして、議会開設120年記念式典を開催した。

1890年(明治23年)11月29日に帝国議会の開院式が行われたことにちなんだもので、横路衆院議長、西岡参院議長、菅首相や閣僚らが出席。

天皇陛下は「国会が、国権の最高機関として、国の繁栄と世界の平和のため果たすべき責務は、いよいよ重きを加えていると思います。

先人の努力をしのぶとともに、決意を新たにして、国民の信頼と期待にこたえることを切に希望します」とお言葉を述べられた。


両院議長の式辞で横路氏は「議会制民主主義の一層の発展のために最善を尽くし、国民の信頼と期待にこたえようと決意を新たにする」と述べた。

共産党は、「戦前の帝国議会と戦後の国会は厳格に区別すべきだ」とする立場から、式典を欠席した。(注:色文字は引用者による)

天皇陛下が国会にいらっしゃってお言葉を述べられたのです。共産党は、まあ、いつものことですが、

呆れたのはですね。この記事↓。
◆記事:半数近くの議員欠席…国会開設120年記念式典(読売新聞 11月29日(月)21時46分配信)

国会が29日午前に参院本会議場で開いた議会開設120年記念式典を、国会議員の半数近くが欠席した。

天皇、皇后両陛下らをお迎えして、国会の節目となる行事だっただけに、議員らの意識が問われそうだ。

参院事務局によると、衆参両院の国会議員721人(衆院は欠員1)のうち、出席したのは約370人で、

党として欠席した共産党(15人)以外にも、330人以上が欠席した。

欠席した民主党の若手議員らからは「統一地方選に向けた地元会合を優先した」「陳情を受けていた」などの声が上がった。


週末に地元に帰った議員がそのまま地元活動を優先したケースが多かったとみられ、「歴史への意識が薄いことの表れだ」という批判が出た。

同党の岡田幹事長は29日の記者会見で、「それぞれ色々事情があると思うが、少し残念に思った」と述べた。(注:色文字は引用者による)


私は、右翼でも何でもありませんけどね。失礼でしょう。天皇陛下をお招きしての国会としての行事だというのに、「陳情を受けていた」とは

何事ですか。

天皇陛下のお言葉どおり、私も国会議員が
国民の信頼と期待にこたえることを切に希望します

けどね。今日発表された経済指標に対する政治家の無関心見て、今更ながら、彼らにとって

国民なんかどうでもいいのだ、ということが、よーく分かりました。


この人達は毎月129万円の給料と100万円の文書通信交通費(非課税)、65万の政務調査費

その上に1年で718万円のボーナスと破格の収入を得ている。財源は我々、給料が減って困っている国民が

納めた税金です。しかし、こいつら、自分のことが頭の99%を占めているのです。


陛下のお言葉さえ、無視している。この人達に年間718万のボーナス支払う価値があるでしょうか?


◆政治家どもは、元・伊藤忠商事社長(現・駐中国日本大使)・丹羽宇一郎氏を見習え。

過去、弊日記・ブログで何度も書きましたが、現在駐中国日本国大使は、元・伊藤忠商事社長の丹羽宇一郎(にわ・ういちろう)氏です。

丹羽氏は伊藤忠商事が経営難に陥った1998年に社長に就任しました。

そして、伊藤忠商事の経常収益の10倍に相当する4,000億円の焦げ付き(不動産投資などによる)がある、それを一度に償却する

と、社内放送で、社員全員に発表し、実行しました。

それは、極めて単純化して書くならば、4,000億円をドブに捨てるというのと同じ事です。

それだけの決断をしたのもすごい勇気です。こういうときに社長や役員が給料の何割かを返上するというのはよくあるのですが、

丹羽さんは、

自らの給与を「全額返上」つまり、全くタダではたらくと宣言し、本当に実行に移した

のです。何故全額かというと、「何割カット」では元々社長は給料が多いから大して痛くないだろう、と思われてしまうから、という

理由でした。また、他の役員には「自分と同じ事をしなくても良い。」と言い渡しました。複数でやると責任の所在が曖昧になるからです。

そして、丹羽社長は黒塗りの社長車は使わず、通勤定期券を買って、平社員と同じように電車通勤をしました。

昼食は、味見がてら、傘下のコンビニ、「ファミリーマート」のコンビニ弁当や、同じく傘下の「吉野家の牛丼」を買って

済ませました。「無給社長」は1年半は続いたはず。

こういう風に率先垂範されたら、社員も懸命に働かざるを得ない。民間企業と国家運営とは別だというのは、

言い回しで、総理大臣は国政の最高責任者だし、国会議員は国権の最高機関の構成員であるのに、

その特権に安住すること自体が目的化し、信託を受けている国民が不況にあえいでいてもどうでもよいわけです。

国会議員も思い切って無給で1年半働くという決議をしたら、有権者も少しは見直すでしょう。

少なくとも、冬のボーナスぐらい返上なさっては如何でしょう。国会議員のセンセー方。

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【御愛読御礼】エンピツ得票数、過去最多、ココログ版アクセス数100万突破。

◆いつも御愛読頂きまして、ありがとうございます。

約2ヶ月前にも書かせて頂きました。

2010年10月02日(土)【御愛読御礼】9月のエンピツ得票数、過去最高でした。ありがとうございます。ココログ

同じようなことを何度も書くわけですが、エンピツにも、ココログにも、

「是非、投票をお願いします」と書いております。お願いしておいて、過去最高になった時に何も申し上げないのは、

如何にも失礼ですので、ご挨拶申し上げます。

9月のエンピツ投票数が、2777票でした。

今月の得票総数は毎日朝5時頃更新されるのですが、28日までの得票数が2,687票です。

そして、29日の得票数は私だけリアルタイムでわかるのですが、2010年11月30日(火)03時53分現在、145票。

従って、今月の得票数は、
2,687+145=2,832

ですので、現時点で9月の記録を更新したことが確実なのです。


また、ココログ版の方は、ボンヤリおりまして、

今頃申し上げるのも、失礼なのですが、気が付いたらカウンターが、100万を超えておりました。

こういうことは、アクセス数が100万を突破したその日に書くべき所なのですが、

遅ればせながら、御礼申し上げます。

エンピツよりも2年後にアカウントを開きましたので、こちらのアクセス数が先行するとは思っていなかったのです。

御常連も、一見さんもいらっしゃいますが、延べ数にしても、100万には驚きました。

ウェブ日記エンピツを書き始めた頃には、まさかこういうことが起きる、というか、ここまで書き続けられるとは

思っていなかったのです。

本来、もっと丁寧な文章で御礼を申し上げるべき所ですが、

実は、途中で眠ってしまいまして、時間がありません。

いずれ改めてお礼を書かせて頂きます。


◆直接関係ないのですが、最も好む音楽の一つで御礼します。

御常連の方は、「何度目だ?」と思われるかもしれませんが、

引用元は、DVD、Bach for Brassです。

ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲、RV230をバッハがチェンバロ独奏曲に編曲した

BWV 972を、この金管アンサンブルの一番右でトランペットを吹いている、マティアス・ヘフス氏が

ジャーマンブラスの為に、更に編曲したものです。何度聴いても素晴らしいと思います。

演奏している場所は、バッハが音楽監督を長く務め、バッハのお墓がある、ライプツィッヒの

聖トーマス教会です。



Bach BWV 972 after Vivaldi Violin Concerto RV 230







今後とも、弊日記・ブログにお付き合い頂ければ、幸いです。

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2010.11.29

仙谷長官「辞任を」「必要ない」拮抗 本社世論調査 (日経電子版)(2010/11/28 22:03)←下らん。

◆記事:仙谷長官「辞任を」「必要ない」拮抗 本社世論調査(日経 2010/11/28 22:03)

日本経済新聞社とテレビ東京が27、28両日に実施した世論調査で、

参院が問責決議を可決した仙谷由人官房長官と馬淵澄夫国土交通相が「辞任する必要はない」という回答は41%で

「辞任すべきだ」の40%と拮抗(きっこう)した。

菅内閣の支持率は30%で10月の前回調査から10ポイント低下、不支持率は 12ポイント上昇し60%。

民主、自民両党の支持率はともに30%で、政権交代後、初めて並んだ。


◆コメント:閣僚の揚げ足をとって、吊し上げをするのが野党の仕事ですか。

ちょうど10日前に同じようなことを書いたばかりである。

2010年11月18日(木) 「首相「私からもおわび」=暴力装置発言、仙谷長官を注意」←国会議員は自分の事しか考えていない。ココログ

国会は国権の最高機関であると憲法に規定されている。

今の民主党も野党時代には同じようなことをしていたが、野党に零落した自民党はその時の復讐とばかりに、

民主党の閣僚の「失言」に拘泥し、問責決議案の採決が最大関心事だったが、日経の世論調査で

回答者に約半分は、失言で辞めることはない、と言っている。事の本質ではないからである。


10日前の記事で国会議員の収入を書いたが、歳費(月給)が129万、文書通信交通滞在費(非課税)が毎月100万。

立法調査費(月額)65万、その他に一年にボーナスを718万。その他色々。

1人の国会議員に、一月最低、294万円の税金が支払われている。

要するに、1ヶ月300万。1日10万円を受け取りながら、政治家の仕事は足の引っ張り合いか。


柳田法務大臣は、支援者の前で、
答弁には、「個別の事案については答えを差し控える」と「法と証拠に基づいて適切にやっている」の二つを覚えておけば十分。

と発言したのを理由に辞任に追い込まれたが、余りにもヒステリックではないかと思う。

10日前の日記に書いたが、その日私は通院日で、クルマの中で国会中継を聴いていた。

柳田法相の答弁も聴いたが、実際はもっと多く、具体的に詳細なことに言及しており、

支援者の前での「二つで十分」は、単なる冗談、で済む事だと思う。


仙石官房長官は、
「暴力装置である自衛隊には文民統制が必要」

と発言したから、辞めろとやはり自民党はこめかみに青筋を立てているが、前後の文脈を聞かずに、

発言の一部を抽出し、誇大に強調して糾弾するのは、意味がない。

これは、あくまでも仮説だが、「防衛装置」と「(自衛の為の最低限)の実力」の「防」と「力」が

一緒くたになって、「防」「力」装置となり、「暴力装置」になってしまったのかも知れない。


官房長官は、内閣のスポークスマンで、コロコロ替えるものではない。

これぐらいで、いちいちカリカリして、肝心の北朝鮮の状況分析や、低迷を続ける景気対策を議論していない

国会議員達一人一人に一月最低、294万円、1日約10万円の税金、我々が一生懸命に働いて納めた税金を

使って欲しく無い。


◆マスコミの恣意的な報道に注意。

マス・メディアはしばしば、全くウソではないが、用心の発言のなかから、単語を抽出し、

別のセンテンスを組み立てて、あたかもそれがオリジナルの発言のように報じることがある。

これに注意をするべきである。


これは、政治記事に限ったことではない。日本全体でみれば、クラシック音楽ファンは少ないから、

全く騒ぎにならなかったが、かつて、20世紀最高のピアニストの一人、ホロヴィッツが初来日したとき、

後日、風邪薬か何かの副作用による、眠気と集中力の低下が原因だった、ということになったが、

とにかく、ひどい演奏だったので、皆が唖然とした。


この時、音楽評論家の吉田秀和氏が、

ホロヴィッツは「ヒビの入った骨董品」だ。

と言ったように各メディアは伝えたが、私はこの時の吉田氏の発言を聴いていたので、

知っているが、原発言は(資料がないので、完全に一字一句同じではないだろうが)次のようなものだった。
僕(吉田氏)は、本当は人間を物に例えるのは好きではないけれども、敢えて言うなら、

このような、伝説的名人の演奏というのは、骨董品のようなもので、興味がある人には大変な価値があるが、

それ以外の人にとっては単なる壺でしかない。ただ、ホロヴィッツは骨董品だとしても・・・。

ちょっと・・・、ヒビが入ったね。もう10年早く聴きたかった。

もう、お分かりの通り、吉田秀和さんの原発言には、

「ヒビが入った」と「骨董品」という言葉は含まれているが、
ホロヴィッツはヒビの入った骨董品。

というセンテンスは無く、メディアが吉田さんの発言を読者受けするように「再構成」したのである。


この種の「不正確な報道」が政治家の発言で行われると、大騒ぎになるのだ。

2007年1月、当時の柳沢伯夫厚生労働相が、
女は(子供を)産む機械だ。

と発言し、辞任させられたが、これも原発言を読むと、だいぶ印象が違う。

それについては、書いた。
2007年01月30日(火) 柳沢発言は確かに不注意だが、直後、「機械といってごめんなさいね」とある。文脈を読むことだ (ココログ

これも、メディアが、元の発言を恣意的に変形の上、報道したのを皆がそのまま信じてしまった典型である。

他人の発言の「一部」がマスコミによって伝えられ、国会で騒ぎになったときは、複数のソースを読んで・聴いて、

クロスマッチさせることにより、可能な限り「本当はどのような文脈で何を言ったのか」を調べ、

それを踏まえて、問題の有無を判断するのが、本来の「手続き」である。

一つの新聞・テレビの記事やニュースを読んだり聴いたりして、鵜呑みにするのは、

事実を誤って認識する危険があることを、知るべきだ。

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2010.11.28

「菅首相『支持率1%でも辞めない』=鳩山氏と会談」←別に構わんだろう。

◆記事:菅首相「支持率1%でも辞めない」=鳩山氏と会談(時事通信 11月27日(土)16時10分配信)

菅直人首相は27日、都内の中国料理店で民主党の鳩山由紀夫前首相と昼食を共にしながら約1時間半会談した。

首相は内閣支持率の急落に関し「(支持率が)1%になっても辞めない」と述べ、

引き続き政権運営に全力を挙げる決意を示した。鳩山氏は挙党態勢構築の必要性を強調した。

会談は、首相の呼び掛けで実現した。仙谷由人官房長官と馬淵澄夫国土交通相の問責決議が可決されるなど、

菅政権を取り巻く環境は厳しさを増している。

このため首相は、自身と距離を置く小沢一郎元代表にもパイプを持つ鳩山氏に対し、政権運営への協力を求めたとみられる。


◆コメント:支持率など、何の目安にもならない。

今の民主党政権を積極的に評価はできないが、元はと言えば、

自民党じゃもうダメだ。とにかく民主党に政権を取らせてみよう。

という選択を、衆院選を通じて行ったのは、主権者たる国民であり、

民主党に政権担当能力がここまで無い、と予見するのは確かに難しかったが、

社会人なら知っているように、大人は結果責任を問われるのであり、

民主党政権の無能さを見抜けなかった有権者に、究極的な責任があるのだ。


支持率が1%になっても辞めないというのは、見方によっては評価できる。

これだけ、毎日、マスコミや、ネット上では一般人にまでアホ・無能呼ばわりされているのである。

仕事を放り出した方が、遙かに楽である。続ける方が苦しい。

そもそも、内閣支持率調査は、必ず大手メディアがほぼ同時に行う。偶然がこれだけ重なる訳がない。

マスコミが一斉に「菅政権支持率低下」と大見出しで書くのを、皆、おかしいと思わないのであろうか。


ネットに於ける意見は様々で、
「支持率1%になっても辞めないとは信じられない。」

と書いていた人がいるが、どんなに下がっても1パーセントになるわけが無く、

菅首相が「1%」というのは、誇張表現の一種であろう。


支持率が如何に無意味か、小泉内閣のことをもう忘れたのだろうか。

小泉内閣が誕生したとき「改革を止めるな」というバカでもわかるワン・フレーズ政治に騙され

支持率は史上最高の85%だった。

しかし、今のガタガタの日本の元凶は、全て小泉だと言っても過言ではない。


一億総中流という平準化した社会に、アメリカの言われるがままにアメリカ式市場資本主義を持ち込み、

競争に敗れた人。病気で臥せって働けない人、障害がある人、会社が潰れた人は勝手に野垂れ死にして下さい

という強者の論理に立った、冷酷な日本を創り上げたのは、全て小泉である。


その上、格差社会が問題となり、元凶は誰だ?と自民党内吊し上げを食う前に政治家を引退した、

あくまでも腹黒い奴だ。

郵政民営化もアメリカの超内政干渉文書ある「年次改革要望書」に従っただけである。

その売国奴の息子が、いけしゃあしゃあと代議士になり、女性有権者の中には、
小泉進次郎はイケてるから、OK。

と、また同じ選択をしようとしているバカがいる。


結論。

大手マスメディアが必ずほぼ同時期に世論調査を行うことは不自然であり恣意的な世論誘導の意図を感じる。

それぐらい、気が付かなければダメだ。

また、現政権が無能であるから支持率が低いとすれば、

その、「無能な政治家・政党」に政権を取らせた我々有権者の見極めが甘かったのである。

政治家の能力を見抜くことができずに、間違った選択をした我々も無能だったことを自覚するべきである。

それが代議制民主主義の原理であろう。

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2010.11.27

【演奏会評】東京音楽大学シンフォニーオーケストラ定期演奏会 (11月25日 東京芸術劇場大ホール)

◆音大の学生さん達のオーケストラです。

東京音大オケを最初に聴いたのは、ちょうど1年前、マリス・ヤンソンスがバイエルン放送響と来日公演中に

時間を割いて、ベルリオーズ「幻想交響曲」第五楽章の公開リハーサルを行うというので、同音大卒業生の

私の家内の所に招待状が来たのが、始まりだった。有名指揮者がどのように、指導するか非常に興味深いので、

会社から1日休暇を取って、聴きに行ったのだった。

「巨匠・ヤンソンス」氏は、ベルリン・フィルの指揮台に何度も呼ばれ、

ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートまで振ったほどの人である。要求する水準が非常に高い。

「巨匠」は、この学生のオーケストラに色々と注文があったようだが、

私は、若者達の音楽への情熱と、迸る若い生命力の輝きを目の当たりにし、

非常な感銘を受けた。

それから1年後。今度は東京芸術劇場で、彼らの本番を聴いた。

これがプログラムである。(表紙)(曲目)

ご覧の通り、ちょっと変わった構成で、前半がヴェルディのオペラ「椿姫」抜萃のコンサート形式。

後半は純器楽で、ショスタコーヴィッチ:交響曲第10番である。


◆結論:「文句の付けようが無い。」

「椿姫」では、テノールが、出演を予定していた佐野成宏氏がキャンセルとなり、東京音大客員准教授・二期会会員の

井ノ上了吏(いのうえりょうじ)氏が代役を務めた。

余りにも有名な「乾杯の歌」からテノールの井ノ上氏とソプラノの小川里美氏の歌唱は、

東京芸術劇場大ホールの空気全体を隅々まで貫き、ベテランの余裕であった。

お二人は歴としたプロで、しかも日本最高水準と思われる歌唱技術と、演技力は

何も言うことが無い。「お見事」の一語に尽きる。


オペラにおいては、オーケストラは完全に黒子(くろこ)である。


本来、薄暗いオーケストラピットに入るのだが、今回はステージ上で演奏する。

井上道義氏の指導もあったのだろうが、あくまで伴奏に徹し、間違っても歌手の声を

消しては(聞こえなくなるほどの音量をだしては)ならない。

しかしながら、前奏曲や、歌手のパートが休止の場合は、伴奏と同じ弾き方ではおかしい。

一時的にオーケストラが「主役」になる。その辺りは、場数を踏まないと難しいと思ったが

優秀な(真面目に書いている)学生諸君は実に勘がよく、メインプロのショスタコーヴィッチとは

全く対照的で、抑制気味の音量で、上品な心地良い響きを醸し出した。

演奏会形式オペラは、色々工夫が可能だろうが、かなり大規模なバンダ(舞台裏で演奏する楽器群)

が、舞台上の歌手の伴奏をする場面があった。距離があるので、時差が生じかねないが、

全く問題ない。このようなオペラもまた、楽しいものである。


◆ショスタコーヴィッチにおける、圧倒的名演。

これは、指揮者の井上道義氏のリハを見たかったが、東京音大シンフォニーオーケストラの

演奏能力を見抜き、実力を100パーセント、あるいはそれ以上、演奏している学生諸君が自分達の演奏に驚くほどの

音楽を実現したと思われる。

私は、オーケストラを聴いて40年になるが、昨夜ほど「オーケストラを聴く喜び」を身体全体で感じる演奏は

あまり記憶にない。

生のコンサートに行きたくても行けない方が世の中には大勢おられるから、普段は書かないようにしているが、

昨夜ばかりは、「フル・オーケストラを生で聴く喜び」に優るものはない、と思った。


白状するならば、元来、私はショスタコーヴィッチには殆ど興味が無かった。5番は聴きやすいけれども、

他のシンフォニーを録音で聴いても、心の琴線に触れることがなかったのである。

それは、ショスタコーヴィッチといえば、まず誰もが推す、ムラヴィンスキー=旧レニングラード・フィルを聴いても

同様であった。私は自分とショスタコーヴィッチの作品とは相性が悪いと思い込んでいた。


そうではない。この作品の醍醐味は、生で聴かないと分からないのだ、という初歩的なことが

漸く分かった。オーケストラを40年聴いている、などと偉そうなことを書いたが、今頃、そのようなことを

悟るぐらいだから、私の「音楽を聴く才能」も大した事はない。


それはさておき。


この作品のスコアを眺めると、半端ではない。難しいソロが頻出する各管楽器、打楽器のみならず、

弦楽器パートも、一度引っかかったら、お仕舞い。非常な集中力を要することは想像に難くない。

冒頭のコントラバスにはじまり、順不同で書くと、

全ての弦楽器、ホルン、クラリネット、オーボエ、フルート。ピッコロ、ファゴット、コントラファゴット、

トランペット、トロンボーン、テューバ、ティンパニ、シンバル、スネア・ドラム、バス・ドラム、銅鑼、トライアングル、

シロフォン、タンバリンまで、少しでも出を間違えたら(間違えやすいのである)、全体に壊滅的打撃を与えそうな

曲である。

そして、この音楽は最弱音と最強音の音量差、ダイナミックレンジが極限的に広く、特に最強音は強ければ強いほどいい。

ショスタコーヴィチの10番は第二楽章が他の楽章に比べて極端に短いが、「疾風怒濤」と表現するしかない。

作曲者はこの楽章の終わりに「ffff」と書いているが、感覚としては、チャイコフスキーが「悲愴」の第一楽章で、

「pppppp」と書いたのと対極にあり、「ffffff」の印象である。

終楽章のクライマックスではもっと大きな音量になる。これほどの音量は、逆説的だが、力ずくでは、出ない。

無論、ピアニッシモよりは、フォルティッシモの方が、大きな筋力を必要とするが、全てのメンバーが、楽器を

完全に鳴らすことができなければならず、その為には、無駄な力が抜けていなければならない。

そうしないと、音量だけ大きい「五月蠅い」音になる。

東京音大オケの諸君は、日頃、各楽器の研鑽を積んでいる。それはいちいち見学するまでもなく明らかで、

すさまじい、地鳴りのような終楽章において、全ての楽器が最強音を発していても、全体として、音が濁ることはなく、

見事なバランスが保たれていた。これによって最強音の印象が一層強くなる。あまりの興奮に聴いていて快感に身がよじれた。

東京音楽大学シンフォニー・オーケストラの諸君は、全員がソリストとして通用するほどの技術を音楽性を身につけており、

しかし、ソロとオーケストラの一員としての弾き方の違いも十分に承知している。

どんな強奏も冷静にコントロールされている。が、やはり、「若さ」は素晴らしい。

何十年も前、私が学生諸君の年頃だったとき、NHKで毎週土曜日に放送されたクラシック番組があった。

故・芥川也寸志氏と黒柳徹子氏の司会による、一般向けの音楽入門からやや通までを狙った番組だった。

普段はプロが演奏するが、あるとき某一般大学の「管弦楽部」で上手いので有名な団体が出演したことがあった。

彼らの演奏を聴き、普段は冷静な芥川也寸志氏が、興奮気味に、

「若さ」っていうのは素晴らしいね。もう、人生でこれ以上のものは無いね。

と言った。その言葉が強烈な印象として、私の記憶に残った。

数十年後、芥川さんの気持がとても、よく分かる。

素晴らしい演奏でした。1ヶ月前に同じ東京音大のピアニスト金子三勇士氏のリサイタルを聴いた時と

同じように、今度も若い優秀な音楽家の演奏によって、私は日頃の世俗の煩わしさや嫌なことがどうでも良くなった。

聴き終えてから28時間後の今も、まだ、何処か興奮している。


なお、井上道義氏は面白い人なのは、昔からしっているが、昨日もやってくれた。

ショスタコーヴィチの10番の後、「こんなショスタコービッチもある。ショスタコービッチじゃないけど」と、

意味不明の演説を行い、何が始まるかと思ったら、ルロイ・アンダーソンがボストン・ポップスの為に書いた

弦楽器がピチカートだけで演奏する「Plink Plank Plunk」だった。大笑いである。

その間、役者である井上氏は色々と演出してくれたのだが、私の言語表現能力を超えるので、止めておく(笑)。

一番最後は、ショスタコービッチの「祝典序曲」でこれには、「椿姫」でバンダだった学生だろうか、金管がズラリと

オルガン前の高い位置に並び、演奏に加わり、絢爛豪華な、心地良い音がホール全体の空気を揺るがし、

我々聴衆は、殆ど陶酔して、コンサートを聞き終えた。

素晴らしい演奏をありがとう。

演奏後、井上氏が全ての楽器に立礼させた。全てに対して「ブラヴォー」を飛ばしていたのは私である。

断っておくが、私は「ブラヴォー屋」ではない。ブーイングは、皆を不愉快にするから、実行したことがないが、

気に入らない演奏には、全く拍手しなかったことが何度もある。あれほど、ノドが涸れるほど、「ブラヴォー」を

連発したのは、40年で、初めてだ。


◆【音楽】ご参考までに。ショスタコーヴィッチ:交響曲第10番より第二楽章。他。

ショスタコーヴィッチのCDは以前お薦めしたとおり、まずこの人である。

ムラヴィンスキー=レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団



ショスタコーヴィッチ:交響曲第10番より第二楽章





昨日は、こんなもんじゃなかったね。圧倒的な音の波が押し寄せてくる、とでも言いますかね。


で次に、突然、ルロイ・アンダーソン"Plink Plank Plunk"(プリンク・プレンク・プランク)ときたね。自作自演があります。



Plink Plank Plunk







最後にショスタコーヴィッチに戻って「祝典序曲」でしたね。

これはちょっと趣向を変えます。

ブラスの人達は知っているだろうけどさ。弦の人とか聴いたこと無いと思うのですよ。

ジャーマン・ブラスというドイツのオケの首席クラスばかりで編成した金管アンサンブルが演奏した

(編曲は、パラパラとやたらにトランペットを吹きまくる、マティアス・ヘフスという人です)ものです。


ショスタコーヴィッチ 「祝典序曲」金管アンサンブル版







最後にもう一度。

素晴らしい演奏をありがとうございました。

東京音楽大学の学生諸君の今までの努力を私は、尊敬しています。

これから諸君の前途が幸多かれ、と、あの「ブラヴォーオヤジ」は常に祈っています。


弊ブログを御愛読頂いているみなさん。彼らの演奏をお聴きになることを是非お薦めします。

私が今までお薦めした音楽や演奏家で、つまらなかったこと、ないでしょ?


地方公演もやるのですね。月曜は高松、火曜は京都だそうです。

詳細はこちらで。平成22年度 東京音楽大学 演奏会

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2010.11.26

「みんなの党、仙谷氏問責決議案を提出 採決は補正成立後」←だからさあ、そういう話をしている時じゃないだろ?

◆みんなの党、仙谷氏問責決議案を提出 採決は補正成立後(朝日新聞)(2010年11月26日1時40分)

みんなの党は25日、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の対応などに問題があったとして、

仙谷由人官房長官に対する問責決議案を参院に提出した。

自民党も26日に仙谷氏の問責決議案を出す予定だが、先手を打った。

採決は自民党の問責決議案と同じ26日の補正予算案の採決後に持ち越され、補正予算の成立には影響しない見通し。


◆コメント:真面目にやれ。

あまりのバカバカしさ、というか国会議員たちの愚かしさに、何も書きたく無くなるが、

その当たり前のことですら、国民が黙っていると増長するのが国会議員である。

尖閣諸島対応が悪かったから官房長官の責を問う決議をしても、例えそれが可決しても、

問責決議自体によって、官房長官が辞めなければいけない、とする法律上の規定はないので

野党のパフォーマンス、ポーズとしか、思われない。

北朝鮮の砲撃で、日本の安全保障上の脅威に結びつく可能性がある。

日本国民の平和的生存権に関わる問題が生じようとしているときに、

それに対する方策を国権の最高機関たる国会が議論しないで、

この機に乗じて、国民に対し、自分の政党の存在感をアピールして、

次の解散、総選挙で少しは有利になる、とでも考えているのであろうが、

今はそれどころではなく、問責したいなら、北朝鮮の動向を見極めてからでいいだろう。

何年か前の朝日新聞の世論調査で(朝日新聞自体、信頼性が無いメディアだが)

国会議員を信用できると答えたのはわずかに2パーセントで、「ある程度信用している」と併せても、

15パーセントだった。因みに占い師は20パーセントだった。

この国の国権の最高機関の構成員は、占い師よりも信用出来ない、ということだ。

この記事を読むと、国民の直感が正しいように思えて来る。

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2010.11.25

【音楽】9人のトランペット奏者による、フンメル:トランペット協奏曲 第三楽章。

◆私事で恐縮ですが、ちょっとバタバタしておりまして。

と言っても、特別な事とか不慮の事故とか、身内に不幸があった

ということではありません。息子の受験の関係です。

それで、少々神経が苛立っております。こういうときは時事評論を書いても、

世相に関するエッセイを書いても、自然と不機嫌な嫌な文章になりがちです。

気を鎮めようと思ったら、ゆったりした音楽、とは限りません。

自分が一番好きな音楽を聴くのが良いと思います。

良いと思います、といっても、ピリピリ、カリカリしているのは私だけで、

読者の皆様にお付き合い頂くのは甚だ心苦しいのですが、

フンメルのトランペット協奏曲。ハイドンと並んでトランペットを勉強する人は

絶対に避けて通れない曲です。特に第三楽章のロンドは大変演奏が難しく、

なかなか、本当に満足する演奏には出会いません。

9人のプロの演奏を並べてみます。


◆ベートーヴェンと同時代のピアノの名手だったそうです。

フンメルは1778年~1837年。ベートーヴェンが1770年~1827年ですから、同時代の人ですね。

フンメルとベートーヴェンは当時のヨーロッパの「二大ピアニスト」だったらしい。

そのフンメルがどうして「トランペット協奏曲」を書こうと思ったのか分かりませんが、

そういうのは珍しいことではなく、チェリストが書いたフルート協奏曲や、

ヴァイオリニストが書いたトロンボーン協奏曲など、色々あります。


◆演奏です。(順不同)

それでは、フンメル作曲:トランペット協奏曲 変ホ長調(本当はホ長調)より、

第三楽章を、色々な演奏者で聴き比べます。まず、不世出の名手、モーリス・アンドレ。


モーリス・アンドレ






次は、最近の若い人が「最も上手いトランペット」に挙げることが多い、

元ウィーン・フィル首席トランペットのハンス・ガンシュです。



ハンス・ガンシュ







悪いけど、大分違います。


次は、元ニューヨーク・フィルハーモニックの副首席トランペット奏者でしたが、

指揮者に転向したジェラード・シュウォーツ。この人は上手いと思います。


ジェラード・シュウォーツ






もう一人、アメリカ人。エンパイア・ブラスという金管アンサンブルのリーダー、

ロルフ・スメドヴィック(ROLF SMEDVIG)という人です。かなり上手いと思います。


ロルフ・スメドヴィック(ROLF SMEDVIG)







次は、天才少年と言われたロシアのトランペット奏者、セルゲイ・ナカリャコフ。

かつて、NHKの朝ドラ「天うらら」のオープニング曲(小六禮次郎作曲)を吹いた人。


セルゲイ・ナカリャコフ







上手いですけど、ちょっと粗いです。この人だけB管で吹いています(他は多分、全員E♭管です)。


次は、英国人。元・フィルハーモニア管弦楽団、首席トランペット奏者、ジョン・ウォレス。

シノーポリ=フィルハーモニア管弦楽団の、マーラー「交響曲第五番」の冒頭のトランペットはこの人です。


ジョン・ウォレス






オーケストラだと、あれほど上手いに・・・・というのが正直な感想です。

次は女性です。英国人のアリソン・バルサムという人。こういう人がラッパ吹きだとは

普通、想像できませんよね。


アリソン・バルサム






もう一人、女性。かつて、

【音楽】新しい才能の発見。女性トランペット奏者、Tine Thing Helseth(ティーネ・シング・ヘルセス)。

で取りあげました。今回ご紹介する奏者の中では一番若いです。この人は才能ありますね。かなり上手い。


ティーネ・シング・ヘルセス







最後、この人はCDを持っていないので、YouTubeから持ってきます。非常に音質が悪いのですが

悪しからず。本来、ジャズ・トランペット奏者のウィントン・マルサリス。


Wynton Marsalis



上手いことは抜群に上手いのですけど、何かあまり吹いていてもたのしそうじゃないですね。


以下は私の主観です。

何人か聴いて頂きましたが、モーリス・アンドレに匹敵する人、いないのです。

このフンメルの第3楽章は、他の曲はパラパラ吹ける人でも相当難渋します。

これを聴くと、腕のほどが分かります。確かにかなり上手い人はいますが、

モーリス・アンドレほど易々と、軽快に、あたかも簡単な曲であるかの如く聴かせられる人は、

他にいません。やはり、好き嫌いはあっても、モーリス・アンドレこそ不世出の名手なのでしょう。

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2010.11.24

【北朝鮮】延坪島(よんぴょんど)砲撃事件

◆2010年11月24日(水)00時51分現在の事実認定

2010年11月23日14時34分ごろ(日本時間同)、朝鮮人民軍が黄海上の南北軍事境界線にあたる北方限界線(NLL)を越え

大延坪島に向けて砲弾約200発を発射、50発以上が同島の陸上・海上に着弾した。

これに対し、韓国軍は自走砲で80発を使用し対抗射撃を行い、KF-15・F-16K戦闘機を島に向け非常出撃させた。

この事件で韓国の海兵隊員2名が死亡、16名が重軽傷、民間人3人が軽傷を負い山火事や家屋の火災が発生した。

住人1,300人には避難命令が出された。韓国軍合同参謀本部は直ちに珍島犬1号(非常事態警報)を発令し、

金滉植国務総理も全公務員に対し非常待機命令を発令した。


◆北方限界線(NLL=North Limit Line)と、海上軍事境界線。

陸上で南北朝鮮の境界は、38度線で、これに関しては南北は合意しているが、

陸上を決めた時に、海上の境界を決めていなかった。

北方限界線(NLL=North Limit Line)は、朝鮮戦争休戦(1953年7月27日)の後、国連と連合国が

北朝鮮に意向を確かめずに決めたもので、

北朝鮮は1999年に北方限界線より若干南寄りに別の「海上軍事境界線」を宣言している。

北方限界線(NLL=North Limit Line)と北朝鮮が主張する海上軍事境界線の図

宣言しているが、勝手に宣言したので、当然揉め事の元になる。

今年の3月26日、韓国の哨戒艦が北朝鮮が仕掛けたと見られる魚雷で沈没し、46名が死亡した。

これは、北方限界線(NLL=North Limit Line)ギリギリであるが、NLLに従えば韓国の領海で、

北朝鮮の言い分では、北朝鮮の領海となる。

11月23日、砲撃を受けた、延坪島も、付近の位置関係を見ると分かる通り、

北方限界線よりは南だが、北朝鮮の認識では海上軍事境界線より北側で北の領海で、

そこで米韓が軍事演習を行ったから、威嚇ないし抗議として砲撃したという。


◆国際法上の問題。

「今更言うまでも無く」と書きたくなる。私は2003年3月20日のアメリカが始めた

イラク戦争の当時に、何度書いたか分からないからである。

国連憲章は、日本国憲法と似ている。原則的に武力の行使は「違法」なのである。

第2条〔原則〕第4項

すべての加盟国は、その国際関係において、武力よる威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。

但し、例外があり、それは他国の侵略・攻撃を受けたとき、国連軍が助けに行くまで、自衛権を行使する場合。

もう一つは、国連安全保障理事会が問題を起こしている国に「止めろ」という決議をしてもそれに従わない場合である。

典型的なのが湾岸戦争で、1990年8月2日にイラクがクウェートに侵攻したのに対して、

国連安全保障理事会は、即時無条件撤退を求める安保理決議660を採択し、更に、非軍事的制裁として、

イラクへの全面禁輸の経済制裁を行う決議661も採択したのに、どうしてもイラクが言うことを聞かないので、

1991年1月17日に国連多国籍軍が(勿論、安保理決議に基づいて)イラクを空爆した、というような場合。

国際法で、武力行使が合法とされるのはこの2つの例外的状況だけである。

北朝鮮は国連加盟国(1991年に加盟)であるから、当然国連憲章遵守義務がある。

事実上、あの国の傍若無人な行動や主張を見たり聞いたりすると、空しいが、

延坪島砲撃は、どう見ても国際法上の違法行為である。

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2010.11.23

【音楽】1928(昭和3)年11月22日に、モーリス・ラヴェルの「ボレロ」が初演されました。

◆今年はいい加減止めようかとも思ったのですけどね。

毎年、11月22日のボレロを載せるようになって、かなり経ちます。

それ以前にも、「ボレロのトロンボーン」とか、何度書いたか分かりません。

読者の皆様も食傷気味カモ知れませんが、まあ、明日は休みですから(お仕事がある方、ごめんなさい)、

少しは見て、聴いて頂こうと思いました。


◆西本智実さんです。

引用元(あくまで引用です)は、ボレロ 火の鳥 & 展覧会の絵です。

CDもありますけど、この指揮者カッコイイですからね。

舞台人としては、カッコイイのも実力のうち、と考えれば、よろしいのではないでしょうか。


と書いておきながら矛盾しますが、この西本さんという方は、その端麗な容姿故に、正当な評価を受けにくい、という

逆のハンディを負ってしまっています。つまり、音楽以前に女性であり、容姿が美しい、というだけで、音楽を冷静に聴かずに

「ミーハー人気だろ?」と決めつけてしまう人が多いのですけど、私の子どもの頃にも女性指揮者いたんですよ。

しかし、これほど海外で活躍するに至った人は初めてです。

サンクト・ペテルブルグで、ロシア人のオーケストラと歌手を相手に「エフゲニー・オネーギン」(チャイコフスキーのオペラ)を

ロシア人の客の前で日本人が振らせて貰えるというのは、やはりそれ相応の音楽的才能・素養・実力・経験、がある、という状況証拠だと

言っていいでしょう。

「状況証拠」というのは、私は、この人の生演奏聴いたことが無いのです。

本人はそういうつもりで指揮をしてるわけではないけど、どう見ても「男装の麗人」風でタカラヅカチックな魅力があるので、

ほぼ、タカラヅカの追っかけと同じような、「音楽などどうでも良いけど、西本さんは見たい」熱狂的ファンが、チケットをすぐに

買ってしまって、演奏など聴かずに、演奏が終わるとキャーキャーいって、ステージに駆け寄って花束を渡す、というのは、

正直言って、芸能人ではない、西本さんは余り嬉しくないだろうと思います。「お客様は神様」だから、嫌だとは言えないでしょうけど。

本当だったら、指揮者は、なによりも「演奏」を評価して欲しいに決まっているのです。だから私も生を聴いて、なるべく正当な評価を

下したいのですが、とにかく何でも、すぐに完売になってしまう。

だから録音・録画から類推するしかないのですが、物凄い天才ではないけれど、かなりいい線だと思います。


◆「ボレロ」です。

一見、簡単そうなリズムですが、このスネアドラム奏者の集中力は大変だと思います。

二小節で出来ているリズムを171回繰り返すのですが、ちょっと油断すると、テンポが狂うと思います。

指揮者も大変です。指揮者の仕事のうち、最も最低限というか、基本はオーケストラにテンポを提示することですが、

演奏時間、約17分のボレロの三拍子でほぼ同じテンポを保つのは、指揮者ならば当然出来なくてはいけませんが、

傍目で見るほど楽ではありません。フリーソフトでテンポ・カウンターをダウンロードし、

解凍して下さい。ごく小さいファイルですが、Enterキーを押すとテンポを測ることができます。メトロノームの逆。

今演奏されている音楽のテンポがどれぐらいか測るためのものです。

これで、ボレロの3拍子に合わせて、Enterキーを叩いてご覧なさい。絶対、一定にならない筈です。

必ず揺れます。しかし、もし、同じ事をプロの打楽器奏者や指揮者にやらせたら、絶対とは言いませんが、

驚くほど、一定のテンポを維持出来るはずです。それが出来なければ音楽家になれません。


さて、ボレロの演奏時間、約17分なので、二つのファイルに分けました。

前半は9分51秒ですが、トロンボーンソロが終わり、小太鼓が2回(四小節)叩いたところで、

二番目のファイルに切り替えて頂いた方が、音楽的には区切りがいいです。


Bolero(1/2)






ウィキペディア「ボレロ」のメロディの構成で12番目からが次の映像です。


Bolero(2/2)







テンポが上手くて65.2で始まり中間はやや速くなり67程度になりますが、コーダに入る少し前から、

再び、65台に落としています。指揮者がオーケストラより、先に興奮してしまうとボレロは失敗しますが、

あくまで冷静に、計算して構成を考えて、盛り上げ始める地点を正確に設定していると思います。

あまりはやくから、目一杯のフォルティッシモにすると、それ以上、音量を上げられず、印象として

「盛り上がらないボレロ」になってしまいます。


◆おまけ:ブラームス:「ハンガリー舞曲第1番」

YouTubeで、西本さんのハンガリー舞曲第1番をみつけたので、載せます。

ハンガリー舞曲(ブラームス)、スラブ舞曲(ドボルザーク)はテンポの変化が激しいけれども、

このハンガリー舞曲第一番のルバートの仕方は、大変私の好みと合致するので、気に入りました。


Tomomi Nishimoto - Brahms : Hungarian Dance No. 1







西本智実さんは、指揮者としてのキャリアをロシアで始めましたが、

クラシックの大元はどの辺にあるかといったら、ドイツやオーストリアにあります。

ドイツ音楽だけがクラシックではありませんが、指揮者なら、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、

マーラー、ブルックナーを避けるわけにはいかない。昨年、英国のロイヤル・フィルと来日して、

ベートヴェンの7番とマーラーの5番を振ったときの録音がCD化されていますが、実はまだ聴いていないので、

いずれ、聴いてみたいと思っています。

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2010.11.22

【バレエ】吉田都さんの「ロミオとジュリエット」を見て。

◆金曜のNHK教育「芸術劇場」視聴後、所感。

天下の英国ロイヤル・バレエのプリンシパルを15年務めた吉田都さんは、

今年の6月29日、東京文化会館でのロイヤル・バレエ日本公演、プロコフィエフ「ロミオとジュリエット」の

ジュリエットを踊ったのが、ゲスト・プリンシパルとしての最後の舞台となりました。


私はオーケストラは小学生の頃から聴いています。その中で「バレエ音楽」は以前から知っていましたが、

初めて本格的なバレエ公演を見たのは、1993年から1997年までロンドンに駐在している最中でした。


音楽記事はしばしば書いていて、それすら素人の知ったかぶりですが、

バレエは、知ったかぶりすら出来ません。本当は、もっと長い鑑賞歴のある人でなければ、

吉田さんの真価は分からない。その分からないという点を自覚しながら、僭越ながら書かせて頂きます。


◆ロイヤル・バレエの歴史に於ける3大人物。

今更書くまでもありませんが、「ロミオとジュリエット」はシェークスピアの余りにも有名な戯曲で、

戯曲をまともに読んだ事がなくても、「あらすじ」は誰でも知っているほど有名な作品。

それに、プロコフィエフが音楽を書き、ロイヤル・バレエでは、、ケネス・マクミランが振付たものです。


因みに、ロイヤル・バレエは、ニネット・ド・ヴァロア女史(1898-2001)が創立者であり、

フレデリック・アシュトン(1904-1988)、ケネス・マクミラン(1929-1992)二人の振り付け師が

現在のスタイルを創り上げた、と大雑把にまとめるならば、そういうことです。


我々素人には分かり難いのですがが、バレエ公演では、音楽は決まっているが(一定であるが)

踊りの振付を決めるのは振り付け師の裁量に委ねられているので、この才能、センスが

バレエ団の特色を大きく左右するわけです。

英国のバレエは、ロシアともアメリカとも違うやや控え目な、上品な振付が特色とされています。


◆下手な台詞より、雄弁な振付と演技。

何しろ、バレエでは、言葉は使えず、ダンサーの身体の動きと演技で、

全てを表現しなければならないから、振付師の責任は極めて重大です。

バレエと言っても色々あって、これからの季節は「くるみ割り人形」で、

あれにも、勿論ストーリーはあるのですが、

どちらかと言えば、踊りそのものが全て。古典的なステップを鑑賞するものですが、

「ロミオとジュリエット」になると、踊りだけでは表現しきれないストーリー性の強い

作品なので、ダンサーは、踊りにおいて性格かつ優美な踊りを披露しなければいけないのは

他のバレエ作品と同じですが、特に一番最後、ジュリエットが仮死状態に陥るクスリを飲んで

ロミオを待っていたところ、それを見つけたロミオがジュリエットは本当に死んだと思い込み

自殺し、意識を取り戻したジュリエットがそのロミオを見て悲嘆に暮れ、後を追うというシーンは

踊りと言うよりも演技で(それも広義の「踊り」なのかもしれませんが)、しかも演技と言えども

バレエ・ダンサーは台詞を口にすることは出来ないのですから肉体的表現が全て、となります。

最後のジュリエットの吉田都さんは、鬼気迫るものがありました。

吉田都さんの「スーパー・バレエ・レッスン」を毎週金曜日22時25分から放送していますが、

吉田さんは生徒にしばしば「役柄を忘れないように」、と注意しますが、

そう仰有るだけあって、吉田さんはジュリエットそのものになりきっていた、と言っても過言ではない。

これだけ、「身体の動き・表情」のみであの物語の悲劇性を表現出来るなら、逆に普通の芝居における

「台詞」が却って陳腐に見えます。

ロミオ、あなたは、どうしてロミオなの?

どうですか?戯曲だから本来台詞で演ずるのですが、如何にも余計に思えてきます。


◆物凄い努力を重ねていたのですね。

「ロミオとジュリエット」に向けての吉田さんの3ヶ月を10月にNHKが「プロの流儀」で、

ドキュメンタリーとして放送しました。それによると、ロイヤルバレエに所属するダンサーは

全部で97名。大半は20代。相当頑張っても30代で殆どが辞める。しかし、吉田さんは44歳でプリンシパルです。

ダンサーのランクを高い方から書くと、


  • プリンシパル

  • ファースト・ソリスト

  • ソリスト

  • ファースト・アーティスト

  • アーティスト

となります。1度プリンシパルになったら、ずっと自動的にプリンシパルなのではなく、

下手クソになったと思われたら降格するのですから、油断は出来ません。


バレエというのは、素人が見ても明らかにダンサーの身体に、尋常ではない負担が

かかると思います。女性のダンサーがよくやる、つま先立ちのまま歩くのがありますが、

よく、足首が「グキッ」とならないな、と思います。

実際、気を付けないと、常に怪我の危険がある、と吉田さんはおっしゃっていました。

下手をすると踊れなくなる。


それを防ぐ為に普段から、筋力トレーニングその他の訓練が欠かせません。

常に気が安まるときが無い、プリンシパルとしての15年だったろうと思います。


◆吉田さんをプリンシパルにしたロイヤルバレエもすごい。

ベルリン・フィルの第一コンサートマスターを25年務めた安永徹さんが、コンサートマスターになった自分よりも、

日本人をコンサートマスターにすることを決めたベルリン・フィルの決断がすごい、と思った。

という趣旨の言葉を述べられたことがあります。

英国ロイヤル・バレエについても同じ事が言えると思います。

何しろ、バレエ(踊り)自体は視覚が中心の芸術で、西洋人が書いた西洋人の物語を、

西洋人が、西洋風の踊りで演ずるのですから、そこに東洋人が混ざっただけで、視覚的違和感が生じます。

実際、「ロミオとジュリエット」では、ジュリエットが登場するまで、欧米人を中心に物語は進みますが、

その容姿の美しさは、唖然とするほどなのです。普通に考えれば、白人がプリンシパルの方が自然です。

しかし、いざ、吉田さんが登場すると、その存在感は人種、肌の色を超越しています。

なるほど、プリンシパルを15年も務めた人だけのことはあります。演じている間、吉田さんの意識は

西洋人のそれにシンクロ(同調)しているのでしょう。


◆吉田さんが師と仰ぐ、ピーター・ライト氏の言葉「都のグラン・フェッテは私の心にずっと残っています」

NHKのレッスン番組に合わせて、スーパーバレエレッスン ロイヤル・バレエの精華 吉田都

というテキストがあり、吉田さんが最初に所属した、サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ(現:バーミンガム・ロイヤル・バレエ)の

名誉監督、ピーターライト氏の手記があります。82ページの

(吉田)都のグラン・フェッテは私の心にずっと残っています

というピーター・ライト氏へのインタビューですが、そこにこういう一節があります。
(質問):ニネット・ド・ヴァロアさんが吉田さんの(白鳥の湖)の32回転のグラン・フェッテについて語ったそうですね。

(答):はい。都がカンパニー(注:バレエ団)に入団する前のことです。最上級のクラスでは生徒全員が学期末にテスト・レッスンを受けるのですが、最後の課題が32回転のグラン・フェッテだったのです。ド・ヴァロアは当時80歳代後半か90歳代前半だったと思いますが、その様子を見ていました。全員がフェッテをやったものの、みんな、かなり苦労していて、出来ない人もいました。しかし都は、美しく、やすやすとやってのけたのです。すると、デイム・ニネット・ド・ヴァロアが立ち上がり、クラスを見学していた人々にこう言ったんです。「私は、こんな詩的な優雅さのあるグラン・フェッテを見たのは初めてです」と。実に美しい出来事でした。このときのことはずっと私の心のなかに残っています。

因みに32回転のグラン・フェッテ(白鳥の湖)とは、これは吉田さんではありませんが、こういうものです。

ご参考までに。再生開始後、30秒付近から始まります。



白鳥の湖 32回 グランフェッテ







完全に身体の中心線が垂直に保たれていることが前提条件で、しかも「単なる回転」ではなく「詩的である」と。

ロイヤル・バレエの創始者にここまで言わせる吉田さんには、紛れもなく天賦の才があるのでしょうが、

それに甘んじることなく、今なお研鑽を積む姿には頭がさがります。


最後になりますが、6月29日の東京公演、オーケストラは昔からバレエ伴奏に慣れている東京フィルハーモニー交響楽団でした。

プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」は音楽だけでも素晴らしいので、コンサート・プログラムにもしばしば登場しますが、

とにかく弦も管も打も難しい曲ですが見事な演奏だったと思います。

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2010.11.20

【音楽・映像】11ヶ月前、ゼロからピアノを始めた方の演奏。/家内のピアノ教室、生徒さん、募集してます。

◆2ヶ月前に書きましたが、映像掲載許可を得たので、再び。

家内がピアノを教えています。その生徒さんの1人(20代女性)が今まで全く

楽譜が読めず、ピアノに触った事が無いのに、習い始めてからわずか11ヶ月で、エディット・ピアフの

「愛の賛歌」を弾けるまでに上達したので、手前味噌ですが、私はピアノ教師として

家内をちょっと見直したのです。

詳しいことは、

2010年09月16日(木)11ヶ月前には、全くピアノに触った事が無く、楽譜が読めなかった人の演奏。ココログ

に書きましたので、是非ご覧下さい。

2が月前は音だけをお聴かせしましたが、この「ピアノ発表会」、家内と、家内の友人との合同の催しで、

今年の7月10日に行われたのですが、その模様を収録したDVDがあります。

今回、ご本人の承諾を得たので演奏会当日の演奏を(お名前は伏せますが)掲載します

(楽譜も再掲載します。Windowsでしたら、右クリック→新しいウインドウで開くでご覧になると、

演奏と同時に見ることが出来ます。予め4つのファイルに分かれている楽譜を開いてからお聴きになると、

分かり易いでしょう。)。


楽譜1楽譜2楽譜3楽譜4


それでは、ピアノを習い始めてから、わずか11ヶ月の生徒さんによる。

Hymne a l'amour(愛の讃歌)の演奏をどうぞ。


Hymne a l'amour(愛の讃歌)







誰でも必ず、11ヶ月でこの程度のレベルに達するかどうか、はご本人の努力によりますが、

自分のツレアイなので申し上げにくいが、教え方がデタラメだったら、ここまで上達しません。


◆結論:生徒募集中です(大人専門)。

あくまで個人のピアノ教室なので、何とかコースとか、きっちりした「カリキュラム」は無いのですが、

「概要」は次の通りです。


  • 場所:JR中央線の荻窪駅から歩いて10分程度の場所。マンションの中の一室ですが、防音室にヤマハのグランドピアノ。

  • 月謝:一回のレッスン45分~1時間程度、月四回で一万円。(但し支払いは1レッスンずつなので、都合で3回しか来られなかった月は、

    その回数分しか頂きません。来ても来なくても1万円、ではありませんので、誤解無きよう。)

  • 対象:大人専門。全くの初心者、昔習ったけど、長いブランクがある方、勿論結構です。

  • 保育士・小学校教員採用試験用「弾き歌い」対策何とかしなければ、という方。証明する手段がありませんが、

    過去家内の指導で合格した方が複数おります。ただ、出来れば教職なら、1年前から始めた方が良い。

  • 恐縮ですが、教職の場合、これは専門的訓練になるので、通常の月謝プラス・αがあります。詳細は面談で。

  • それから、マンションの一室のしかも防音でのレッスンで、成人専門ですから、セキュリティの理由から、男性は私のいる、週末にお願いすることになるでしょう。

家内は、子供の頃、やたらと教則本ばかりやらされて(その上に、先生がヒステリックだったりして)

ピアノや音楽が嫌いになったが、出来れば弾きたい方は大勢おられるのではないか、と考えています。

基礎から固めたいという方はバイエルぐらいやりますが、その後、ツェルニー30番とか言いません。

但し、勿論、お望みならばソルフェージュ、聴音、楽典もお教えします。

リズム・ソルフェージュとか。(例1)(例2)

(余談ですが、この「リズム・ソルフェージュ」って子供にやらせると、殆ど必ず熱中するそうです。

全く何の科学的根拠もありませんが、私は、脳の老化防止に非常に役立ちそうに思います。)


臨機応変です。

私が(またまた手前味噌ですが)家内の教え方で上手いな、とおもうのは、教則本ばかりでは退屈なので、

レベルに応じて、連弾を取り入れていることです。

クラシックなら、ドヴォルザークのスラブ舞曲やブラームスのハンガリー舞曲を初心者でも弾けるようにしたもの

(これらは、元々ピアノ連弾用をオーケストラに編曲したのですが、ピアノ連弾の「原曲」は難しいのです)。

この頃そう言う楽譜が沢山あります。。


フィギュアスケートで有名になった、ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」より「ワルツ」もあります。

ブラームスの交響曲第3番第三楽章なんていうのもあります。


ジャズのスタンダード・ナンバーもあるのですね(連弾用に)。例えば
ピアノ連弾 初中級 憧れのJAZZ

"A" Train(A列車で行こう)とか"Sing,Sing,Sing"とか、"Fly Me To The Moon"とか。

勿論、前田憲男さんみたいにカッコイイのはむりですけど、みなさん、大人の方は楽しそうです。


また、ご家庭の事情でピアノを手放さなければならなくなった中年のご婦人がおられました。

「残念ですが、レッスンも終わりにします。」と寂しそうでしたが、

そう言う方は、週に一回来て頂いて、レッスンじゃないけどピアノを弾く(既にある程度弾ける方なんです)

だけでも、いいではないですか、と申し上げたらいらっしゃってます。そして
「ピアノに触っているだけで気分転換になる」

と仰有ってます。こういう方は例外的ですが、それはそれで結構なことですので、

別にかまいません。何しろ、家内が1人でやっていることなので、そういうのは極めてフレキシブルです。


街の大企業主催の「音楽教室」よりは、客観的にみて良心的だと思います。

何も御存知無い方は、大企業に「権威」を感じ、何となく安心なのでしょうが、そもそも、

ピアノの「グループ・レッスン」という制度自体、いい加減です。合唱じゃないのですから。

ピアノは個人レッスンが基本です。

現実にいらっしゃれる方は、当然、地理的に限界があると思います。杉並・中野・練馬・武蔵野・世田谷が

隣接区ですが、どこにお住まいでも結構であることは言うまでもありません。

ご興味のある方は、メールをお送り下さい。エンピツにはメールフォームがあります。ココログでは、

ページの左側「プロフィール」の下に「メール送信」というリンクがありますから。そこから

お問い合わせ下さい。ご質問があれば、お答えします。


今までにも、チラシをプロにつくって貰って(勿論、おカネを払ってですよ)、何千枚と配ったり、

ピアノの先生専門の「生徒募集」掲示版に載せたりしましたけど、何しろ同じような「ピアノ教師」の数が多いですから、

効果がないのです。それで、敢えて今日は、ここで宣伝させて頂きました。

念のため確認のため。教えるのは私ではなく、音大でピアノを専攻した家内です。

家内はPC、ネットをやらないので、私がブログに代理で書いているのです。


生徒を集める上で、何か良い知恵を拝借できればありがたいです。

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2010.11.19

【号外・緊急連絡】【バレエ】吉田都さんの「ロミオとジュリエット」本日23時20分から。

◆あと1時間なので恐縮ですが。

今、2010年11月19日(金)22時23分です。

本当は吉田都のスーパーバレエレッスンからお薦めしたいけれど、これは間に合わないし、

最終金曜日、11月26日午前5時35分から、再放送があります(スーパー・バレエレッスンは12月末まで

昨年の再放送が続きます)。


それよりも、今日のお薦めは、NHK教育テレビ、23時20分から午前1時40分まで、

芸術劇場「公演コーナー「英国ロイヤル・バレエ日本公演 『ロメオとジュリエット』全3幕」」

です。今年の6月29日、英国ロイヤルバレエ・プリンシパルという目の眩むような地位に登り詰めた吉田さんの最後の

ロイヤルバレエのメンバーとしての舞台です。

DVDになるかどうか分からないし、今のところ再放送の予定も分かりません。

今、バレエに関心が無い、という方も、悪いことは言いませんから、是非、録画できるものならなさること。

できないなら、友人・知人に頼んででも録画して貰うこと(但し、DVDへのコピーは1回限り)をお薦めします。

緊急連絡でした。

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「首相「私からもおわび」=暴力装置発言、仙谷長官を注意」←国会議員は自分の事しか考えていない。

◆記事:首相「私からもおわび」=暴力装置発言、仙谷長官を注意(時事通信 11月18日(木)19時51分配信)

菅直人首相は18日午後の参院予算委員会で、仙谷由人官房長官が自衛隊を「暴力装置」と表現したことについて、

「内閣全体の責任者として、自衛隊の皆さんのプライドを傷つけることになったことは私からもおわびしたい」と陳謝した。

北沢俊美防衛相も「誠に残念なことだ」と述べた。

首相は同委員会終了後、首相官邸の執務室に仙谷長官を呼び、今後発言に気を付けるよう強く注意した。

自民党の丸川珠代氏は同委で、首相と防衛相の答弁に対して「謝罪では済まない」として、

「仙谷長官の問責決議案を求めていく」と表明した。

仙谷長官は同日午前の質疑で、「暴力装置でもある自衛隊」と発言。自民党の抗議を受け、直ちに撤回、謝罪した。


◆コメント:本気で議論している議員がいるか?

昨日、私は所用の為、会社を休んでクルマを運転して出かけましたが、

ラジオで国会中継を聴きました。

今に始まったことではないが、非常に腹が立ちました。質疑応答を聞いていると血圧が上がります。

何が腹が立つかというと、国家議員は「国民の信託を受けて、国益の為」に議論している「フリ」をしているだけなのが、

聞いていて明らかだからです。

菅直人政権も、ここまで無能というか、ドジというか、手の施しようがない、というのはがっかりですが、

野党になった自民党議員が、首相に質問するときも、本当に「国を憂え」ているのではありません。

尖閣諸島の外交上の失敗、ビデオ流出問題、大阪地検特捜部元検事による証拠捏造などは、

「与党いじめのための手段」であり、その事実自体は本心では「どうでも良い」と考えていることが、

口調から分かってしまうのです。

彼等は不況だろうが何だろうが、自分達は、苦しくも何ともないのです。


◆国会議員の年収は6,000万円を超えるのです。

国会議員の給料(歳費)その他に関しては、国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律で定められています。

法律を決めるのは当の国会議員ですから(国会は立法府です)、自分たちにとって「美味しい」条件ばかり、

定めてあります。国会議員の収入はざっと以下のとおりです。


  • 歳費(毎月の給料):1,297,000円。年収にすると×12で(以下同様)15,564,000円

  • 文書通信交通滞在費:1,000,000円。1年で12,000,000円。

  • 立法調査費(月額): 650,000円。 1年で7,800,000円。

  • ボーナス(年間): 7,180,000円。

  • 秘書給与(年間): 23,000,000円。

  • ここまで、合計、: 65,544,000円(6,544万4千円)

  • さらに、勤続25年以上の議員には、特別交通費(月額)300,000円。

  • また、海外視察費、衆議院 170万円。参議院 165万円。

国会議員には、勤務評定(人事査定)がありませんから、居眠りをしていようが、

欠席しようが、立法府なのに議員立法をしたことがない議員も大勢いる。

しかし、それは全く問題にならないのです。

日本のサラリーマンの平均年収は、少々古いですが2005年、男性が222万7千円。女性が200万5千円でした。

日本人はおとなしいですが、血の気の多い国なら暴動が起きているのではないかと思います。

暴力はいけませんが、日本人も自分達の納めた税金がこんな連中の給料に使われていることを知るべきです。

書き忘れましたが、この他、国会議員はJR全線無料、飛行機も月4回まで無料など、様々な議員特権があります。


ですから、日本経済がいくら低迷しようが、本当は彼ら、彼女らはどうでも良い。

国会で首相を問い詰める、さも義憤に駆られたような質問は演技以外のなにものでもなく

如何に国会内で、良いタイトルを得てハクをつけるか。テレビが国会中継するときは、

地元の有権者に自分の姿を如何にアピールするか。どうしたら、次の選挙で再び当選し、この美味しい立場を

維持できるか。まだまだ、私らの知らないことが沢山あるのでしょう。

選挙になると、なりふり構わず土下座でも何でもするのは、それだけ国会議員は美味しいことがあるからでしょう。


選挙演説で「国会議員の数を減らす」と叫んでいた政党、政治家が沢山いたように記憶します。

実際に減らすとなったら、どの選挙区から減らすのか。下手をするとまた一票の格差が拡大します。

時間がかかるに決まっている。国民と痛みを分かち合う気持があるなら、法律を変えて、国会議員の年収を

半分にすれば、議員定数を変えずに済むのに、絶対にそれは言いません。やはり既得権は守りたい証拠です。

納税者は、経済的に破綻した人も含めて毎年3万人以上が自殺しています。私は、議員の歳費等は民間の所得水準と

スライドさせるべきだと思います。景気が悪いままであると、自分達も苦しい。そう言う状態にしないと、

国会議員の尻に火が点きません。今の議員は、
「自分がいつまでも国会議員でありつづけ、様々な恩恵を享受すること」

が頭の99パーセントを占めているのでしょう。誰も、ビデオや検察の証拠捏造を本気で考えてなどいない。

景気など知った凝っちゃ無い。但し、景気が悪いままだと、有権者の不興を買い、選挙で落ちるかも知れない。

そっちの方が心配なだけなのです。

代議制民主主義の限界でしょうか。

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2010.11.18

「<自殺>千葉の中2男子が首つり アンケにいじめ受けている」←自殺報道するなと言っているだろう。

◆記事:<自殺>千葉の中2男子が首つり アンケにいじめ受けている(毎日新聞 11月17日(水)20時59分配信)

千葉県市川市の市立中学2年の男子生徒(14)が自宅で14日に自殺をしていたことが分かった。

1日に学校が実施したアンケートでいじめを受けていると回答、担任教諭には「いじめる生徒」の名前を伝え、

学校側は対応を検討中だった。遺書は見つかっていないが、市教育委員会はいじめを苦に自殺した可能性もあるとみて調査している。

(以下省略。なお、引用した記事に自殺方法が書かれていたので引用者が削除した)


◆コメント:自殺報道が自殺の連鎖を生むかもしれない、と言っているだろう。

先週、

2010年11月09日(火)メディアは、WHO「自殺予防の手引き」の「メディアへの手引き」を読んでいるか。ココログ

で書いた通りである。WHOによる「自殺予防の手引き」のなかに、

「マスメディアのための手引き」という一節があり、それには、テレビが自殺を報じた場合、10日後までは自殺が増えることを

示す統計がある、ということが書かれている。

また、4年前に中学生のイジメを苦にした自殺が続いたことがあり、私はそれはメディアの報道が

影響しているのではないかと書いた。その1ヶ月後、専門家が同じ事を書いた。
2006年11月15日(水) 「小中学生の自殺連鎖止まらず」←お前ら(マスコミ)がいちいち報道するのも一因だぞ。ココログ

2006年12月25日(月) 「いじめ自殺報道」が「自殺連鎖」を誘発した可能性あり。専門家の指摘←私は、先月同じ事を書きました。ココログ

実際、記事にかかれているような、個別の自殺に関して、それを日本中の人々が知るメリットと、

報じられない場合のデメリットを比べて考えてみると、報じられないことによるデメリットが大きいとは思えず、

それどころか、下手に自殺を報道することにより、同様の環境にある子供が自殺を実行に移す危険を考えると、

報道することによるデメリット、潜在的な危険の方が大きい。

何度も書くが、メディアはもしかすると、WHOによる「自殺予防の手引き」の存在すら

知らないのではないか、と思えてならない。

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2010.11.17

「裁判員裁判初の死刑判決、裁判長が控訴勧める」←裁判員制度は、廃止すべきだ。

◆記事:裁判員裁判初の死刑判決、裁判長が控訴勧める(読売新聞 11月16日(火)12時4分配信)

裁判員裁判初の死刑判決となった法廷で、横浜地裁の朝山裁判長は

「あなたは法廷ではいかなる刑にも服すると述べているが、重大な結論ですから、裁判所としては控訴することを勧めます」と最後につけ加えた。

公判は事件を分割する「区分審理」が適用され、覚せい剤密輸事件などについては別の裁判員らが審理し、

10月14日に有罪の部分判決が出ている。今回は、部分判決も踏まえて量刑を決めた。

判決によると、池田被告は昨年6月、マージャン店の経営を巡って男性経営者(当時28歳)と男性会社員(同36歳)と

トラブルになっていた近藤容疑者の依頼で、2人を千葉県内のホテルに監禁。

男性経営者から現金約1340万円を奪った後、2人を殺害し、遺体を横浜市金沢区の海や山梨県鳴沢村の富士山麓に捨てた。


◆コメント:やはり、裁判は専門家に委ねるべきだ。

先日の「耳かき店員」殺人も、店員とその祖母を2人をナイフでメッタ刺しにして殺した男が、

裁判員裁判で無期懲役の反希有を受けた。当然検察は控訴すると思っていたらなんと、控訴断念で、

無期が確定してしまった。

◆記事:<耳かき店員殺害>控訴断念を遺族に説明 東京地検(毎日新聞 11月12日(金)21時21分配信)

 耳かきエステ店員の江尻美保さん(当時21歳)ら2人が殺害された事件で、殺人罪などに問われた

無職、林貢二(こうじ)被告(42)を無期懲役とした東京地裁判決(1日)について、

裁判員裁判で初めて死刑を求刑した東京地検は12日、控訴しないと発表した。

弁護側も控訴しない方針を決めており、控訴期限(15日)経過後に無期懲役が確定する。

信じられない。林貢二被告人は、耳かきエステ店員のみならず、その祖母の首をナイフで16回もメッタ刺しにした

男である。無期懲役は終身刑ではない。いずれ社会に戻る。こんな男を生かすのか、と私は義憤を押さえられなかった。


今日の横浜地裁では、裁判員裁判で初めての死刑判決が言い渡された。判決文で、朝山芳史裁判長は
あまりにも行為の残虐性が非人間的で、最大限酌むべき事情を考慮しても極刑は免れない

と断じておきながら、最後に、
重大な判断になったので控訴を勧めたい

と述べた。多分、裁判員などいなくて、法律のプロだけで判決を決めたら、このようなことは言わなかったであろう。

これは推測だが、裁判長が控訴を勧める、と言ったのは、裁判員の意見が割れ、

犯行内容を考慮しても、死刑は反対、と執拗に主張した裁判員がいて、その意見を配慮したのではないか。

だとしたら余計に困る。裁判員の1人が閉廷後の記者会見で次のように語っている。
50代裁判員「法廷で何回も涙」

裁判員6人のうち、50代男性1人が判決後記者会見に応じ「すごく悩みました。法廷で何回も涙を流してしまった。

今でも思い出すと涙が出る。それで察してください」と述べ、生死を分かつ判断の重みに苦悩した日々を振り返った。

池田被告の態度について「初公判では『おれは悪いことしたんだ、殺せ』と言っているように見えた。

だが、遺族の意見陳述を聞いているのを見た時、目が赤くなっているのが見えた。それを見て自分たちも泣いてしまった」

と言葉を絞り出すように話した。

プロの裁判官は、どんなに悲惨な事件でも、決して感情を顔に表さない、表さないだけでなく、理性で感情を制御する

訓練を受けている。裁判官が法廷で泣いたら、感情に流されて、冷静な判断力を失っているのではないか

という疑念が生じる。判決を下す人間は、公平であることが求められている。裁判官が法廷で泣くことは許されない。

裁判員は裁判官ではないが、判決を下すプロセスに参加するのであるから、その立場に置かれたら、

法廷でボロボロ泣いているようでは困るのである。


池田被告人は何をしたか。
◇池田被告人の起訴内容

池田被告は、東京・歌舞伎町のマージャン店の元経営者である近藤剛郎容疑者(26)=強盗殺人容疑などで国際手配=と

覚せい剤密輸を通じて知り合い、店の経営権などを巡り近藤容疑者ともめていた

経営者(当時28歳)と会社員(同36歳)の監禁などを依頼され

▽09年6月、経営者ら2人を千葉県のホテルに監禁=逮捕監禁罪

▽経営者の婚約者らに計約1340万円を持参させ奪った上、

首を果物ナイフや電動のこぎりで切断し2人を殺害=強盗殺人、殺人罪

▽遺体を切断し横浜市の海などに捨てた=死体損壊、死体遺棄罪。

しかも、池田被告人はなんと、命乞いをする2人を生きたまま電動のこぎりで切断し、殺害したのだ。

11月10日に行われた検察の論告によれば、
監禁した千葉県のホテル浴室で、会社員(当時36歳)が「最後に母と妻に電話させてほしい」と訴えるのを無視し果物ナイフで首を切り、

「せめて先に殺してから切ってください」と懇願する経営者(当時28歳)の首を電動のこぎりで切断したと述べた。

という。これで死刑にならないならば、死刑が存在する意味が無い。

所詮、初めて法廷という所に呼ばれ、初めて人を殺した人間を目の当たりにし、犯行現場の写真を見せられた

法律の素人がわずか数日で、冷静に判決を下すのは、無理なのである。

裁判員制度を始める理由として、法律専門家だけの裁判では、普通の市民感覚から乖離した手続きになってしまう、

ということが言われていた。

しかし、耳かきエステ店員殺害も今日の池田被告人も、市民感覚では当然死刑なのに、

無期懲役になったり、裁判官が控訴を勧めるなど、却ってプロだけによる裁判より、

市民感覚から乖離している。

これでは、意味がない。裁判員制度は廃止するべきである。

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2010.11.16

「GDP、年3.9%増=4期連続プラス―駆け込み需要で消費拡大・7~9月期速報値」←デフレ期は「実質」より「名目」を見る。

◆記事:GDP、年3.9%増=4期連続プラス―駆け込み需要で消費拡大・7~9月期速報値(時事通信 11月15日(月)8時55分配信)

内閣府が15日発表した7~9月期の国内総生産(GDP、季節調整済み)速報値は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.9%増、

年率換算で3.9%増と4四半期連続のプラス成長となった。

エコカー購入補助終了前の自動車の駆け込み需要や、エアコン販売など猛暑の影響で個人消費が大きく伸びたのが主因。

一方、生活実感に近い名目GDPは前期比0.7%増、年率2.9%増とプラスに転じたが、名目が実質を下回り、デフレ状況を示す「名実逆転」が続いている。

海江田万里経済財政担当相は「一時的に民間消費が伸びたが、景気は足踏み状態にある」とのコメントを発表した。

実質GDPの前期比伸び率に与えた影響を示す「寄与度」は内需が0.9%、輸出から輸入を差し引いた外需がプラス0.0%。

好調を維持してきた輸出がアジア向けを中心に鈍化し、外需の寄与度は2009年1~3月期のマイナス0.9%以来の低さだった。


◆コメント:デフレが続いているときは、「名目GDP」に注目するべきなのです。

GDP(国内総生産)とは、一定期間に国内で生産されたモノやサービスの価値の合計です。

実質GDPと名目GDPがありますが、「実質」は量、「名目」は金額だ、と非常に大雑把に言うことが出来ます。

記事では、実質GDPが4期(4四半期という意味です)前期比プラスになったことを強調していますが、

実質GDPを重要視するのは、モノやサービスの価格が全体として上がり続けるインフレのときです。

前の期と同じだけの量しか生産していなくても、物価が上がり続けているならば、「売上げ」は増えます。

しかし、実際には経済活動がまえよりも盛んになっているかどうか比較するためには、インフレ率を取り除いて

前の期と比べなければならないのです。


実質は量。名目は売上げ金額。

記事の中にも書いてあるように、量は前期比より0.9パーセント増えているにも関わらず、

売上げ(名目)は前期比+0.7パーセント。

新しく作ったモノやサービスの増加分と同じだけ売上げが増えていないのは、

今の日本では、インフレの反対で、モノやサービスの値段が下がり続ける状態、

「デフレ」の進行が止まっていないからです。

物価が下がり続ければ、何でも安くなるから、何だか良さそうですが、

それは、モノを作ったりサービスを提供している会社の儲けが減る、ということです。

すると、企業は費用を減らそうとします。最も大きな費用(コスト)は人件費なので、

会社は費用を減らして、儲けを確保しようとします。

つまり、従業員やパートなどの給料を減らすか、人を減らします。


そうすると、家計の消費が減少し、モノやサービスが更に売れなくなり、需要・供給の法則で、

一層、物価が下落する。デフレ・スパイラルです。

このような状況では、実質よりも、名目GDPに注意するべきなのです。

名目GDP÷実質GDPをGDPデフレーターと言いますが、これが前期比マイナスならば、

デフレだということです。今回は前期比マイナス2パーセントで、6期連続の前期比マイナスでした。

殆どの目に付くメディアが、実質GDPが年率換算でプラス3.9パーセントである、ということを

最初に書きますが、本当は名目が実質を上回る、つまり、インフレ(気味)に転じることが

重要なのですから、その点を強調するべきだと思います。

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2010.11.15

切迫感の無い浪人中の愚息。因果は巡る、か。

◆私事で恐縮です。

浪人中の愚息は、あと2ヶ月で大学入試センター試験である、というのに、切迫感・悲壮感がないのが先日から気になっていたところ、

本日、予備校の保護者会に家内が行ったら、やはりその点を指摘されたそうだ。

客観的に冷静に観察すると、倅は本気になれば、相当の理解力と、時に驚異的な記憶力を発揮するが、

精神的に未熟で、自分の置かれている立場が認識出来ていない。

私は

「やれやれ、因果は巡る」か。

と思った。自らの恥を晒すことになるが、以下、その理由を記す。

息子に少し、恫喝的言辞を用いて、刺激を与えようか、と思うこともあるが、萎縮する逆効果もあり得るし、

何よりも、自分が大学に合格するまでの、あまりにもみっともない過程を思い出すと、

偉そうなことが言えなくなってしまう のである。


◆私の最終学歴は「成蹊大学法学部法律学科卒業」である。

初めて書くが、私の最終学歴は成蹊大学法学部法律学科卒、である。

はっきり言って、四半世紀前には三流、若しくは四流大学である。

私はこの学歴自体は恥ずかしくないが、受験の事を思い出すと。非常に恥ずかしい。


私は成蹊高校に通っていたので、成蹊大学ならば、普通の成績を取り、

殆ど形式的な推薦試験を受ければ、浪人などしなくても成蹊大学法学部法律学科に入学できたのである。

当時の自分の事を考えると、あまりに恥ずかしさに顔が赤らむ。


私は全然、勉強家でも秀才でもないのに、オヤジが東大(経)、兄貴が一橋(法)だったので、

自分もそれぐらいのレベルへ行けるのだろう、と、とてつもなくノーテンキに構え、

何と高校在学中には何の受験勉強もしなかったのである。

成蹊高校という学校は素晴らしい先生が揃っていたが、成蹊大学へ進学することを前提としていたので、

外部の大学を受験する生徒は、自分で入試の為の勉強をしなさいということだったのだが、

そんなことにすら気が付いていなかったほど、私はバカなのである。


私の同級生には小学校や中学校から成蹊で、「もうこの学校には飽きた」と外部の大学を目指す者や、

私と同じように高校から成蹊に入り、しかし、大学はより高いレベルを狙っていた者がいた。

彼等は、高校1年、2年から代ゼミなどに通って着々と準備を進めていたのである(そのことも後で知った)。

「何も受験勉強しないで、親・兄弟と同じような、旧・国立一期校に入学出来るだろう」と根拠もなく考えていた私は、

信じがたいほど世間知らずのバカ、以外の何物でもない。

しかし、親も暢気で、

「一回全滅(全て不合格を経験)したら、世の中そんなものではない、ということがわかるだろう」

と考えていたそうだ。何も五月蠅いことを言わなかった。

何の準備もしていない、ノーテンキでは国立は愚か、私立とて、勿論何処にもカスりもしない。

実は「滑り止め」のつもりで、外部から成蹊大学法学部を受験したが、見事に落ちた。

余りにも当たり前の結果なのに、何とその時、私は全て不合格であったことに「落ちこんだ」のである。


救いようがないほどの馬鹿さ加減で、今でも思い出すと情けない。


◆予備校時代

浪人が決定して、代々木ゼミナールに通うことにしたが、

国立コース(これは予備校といえども試験に合格しないと入れないコースである)を選択した。

1年で一橋ぐらい受かると思っていたのである。この時点でまだ分かっていなかったのだ。


予備校の授業が始まって間もなく、世の受験生が如何に必死に勉強しているか、を知った。

志望校の過去問題を入念に調べ対策を立てること。

受験とて、基礎学力が基本だが、一種のテクニックがあることなど、

普通の受験生なら高校1年から心得ている事を、私はなんと、浪人して初めて知ったのである。

自分を息子と比べても仕方がないが、少なくとも私は、それからは、相当「青くなって」勉強した。

通学の電車の中でも参考書を読んだり、予備校の英語の先生に教わった「ただひたすら朗読する」方法も実行した。



話が少し逸れる。



私は全く怠惰な高校生だったが、何故か英語には興味を持ち、これはかなり一生懸命に勉強した。

「つまらない」という人が多い英文法すら、「面白い。」と思った。

だから、英文を読んで、構文を把握し、内容を理解すると言う点に関しては、基礎学力ができていたようである。

但し、高校時代の私は、声に出して英語(外国語)を読むことの大切さを認識していなかった。

予備校の英語の先生を通して國弘正雄先生の「只管朗読法」を知ったのは、浪人したおかげであった。

それから、英語力は更に伸びた。だが、英語だけ出来ても受験生としては、話にならぬ。


そもそも、浪人生になってから「受験勉強のやり方が分かった」などと言っているようでは論外である。

それは、ようやく「スタート地点に立った」というだけである。

余程死にものぐるいで勉強しないと、国立はおろか、早慶も到底無理だったのである。

私は分かっていなかった。

それでも、遅まきながら、あの1年間は、私としては、かなり「必死に勉強し」た部類に入るのだ。


夏休みも暮れも正月も無かった。

1月2日には、自宅にいたらテレビなどを見てしまいそうなので、代ゼミの自習室に行ったら、

既に大勢の仲間が同じことを考えたのか、脇目もふらずに勉強していて、これは大変だ、と思った。


予備校の1年間は相当一生懸命に勉強し、着実に学力が伸びて行くのが嬉しかったが、

受験相談のとき、進路指導の人に予備校生活の「楽しさ」という言葉を口にしたら、

「甘い。」という意味のことを言われた。

本気で東大なり国立一期校を狙うなら、かなりの秀才でも、やはり相当「しんどいなー」と感じるぐらい

必死に勉強しなければならない。

「楽しい」などと余裕があるようでは、到底国立など無理だ。と言われた。

ちょっとショックだったが、尤もだとも思った。

本当に勉強している仲間の姿には鬼気迫るものがあり、自分は、あれほど一生懸命ではない、

ということはうすうす感じていたのである。


◆結局、「出戻り」。

恥ずかしいので、一挙に結果を書いてしまいたい。

一年間浪人したが、その所為で、私は偶然だが、「共通1次試験元年」の受験生となった。

過去問が無い。だが、それは関係ない。要するに私の努力が足りなかった。

国立は愚か、早慶上智、それぞれいくつかの学部を受けたが、全滅であった。



そして、なんということであろう。

唯一受かったのが、本来ならば黙っていても行けた、成蹊大学法学部法律学科なのである。

ここに行かないなら2浪するしかないが、そこまでする意義は認められなかった。

所詮、努力が足りなった。

世の中、甘くない、ということもよく分かった(社会人になってからは、もっとよく分かる事になる)。


客観的に、これほどみっともない受験歴、学歴は、あまり無いだろう。

黙っていても進学出来た学校の学部への推薦を蹴って、他の大学に行くのだと志した(つもりだった)が、

結局「出戻り」である。

推薦入学で進学した高校の同級生が、「先輩」になるのだ。

しかし、それでも私は、正直に書くならば、成蹊大学法学部法律学科の合格発表当日、

自分の受験番号を見つけたとき、素直に

嬉しい。

と感じた。

その気持ちは、はっきり覚えている。

形式的には前述のとおり、何とも世間知らずのバカが、オメオメと元の学校に戻ってきたのであるが、

「恥ずかしい。」とは思わなかった。受験生としては、失敗だったかもしれないが、

私のそれまでの人生では、最も一生懸命に勉強した結果がこれなのであるから、その結果を甘受するしかない。

推薦試験でエスカレーター式に進学した同級生と、進む大学と学部が同じでも、

浪人した1年の経験は、決して無駄では無かった。

書き忘れたが、代ゼミは意外と教養を重んじて、受験には直接何の関係も無い先生方の特別講義を実施する。

平山郁夫先生、桑原武夫先生の講義に接することができたのは、浪人したおかげである。平山先生に関しては、別に書いた。
平山郁夫画伯、ご逝去。30年前に予備校で「特別講座」を拝聴しました。

親も何も言わずに喜んでくれた。

親父は東大を戦前と戦後、2回出ているし、お袋は東京女子大国史科(現・現代教養学部(2009年度新設) 、人文学科、史学専攻)で

兄貴は秀才だが、私に関しては、「鷹がトンビを産ん」でしまったのであるが、

不思議な事にこの両親は私に、「東大に行け」とか「せめて慶応に行け」とかそういうことは一切要求したことがないのである。

それは、ありがたかった。とんでもない親不孝を、黙認してくれたのである。

これで、親から、自分の出来の悪さを責められていたら、そうとう歪んだ人格になっていただろう(そうでなくても歪んでいるが)。


◆大学入学後。

かつての同級生が2年生だったが、私が見栄でもなんでもなく、普通にしていたので、別にイヤミも言われなかった。

もともとお坊ちゃん学校で育ちが良い奴が多い。育ちの良い奴は、そういうことは、言わないのである。


それはありがたかったが、私の大学受験を総括すると、本来望んでいた結果とは、かなり違う。

親に無駄なカネを使わせてもいる。

だから大学に入ってからはかなり一生懸命に勉強した。

他の学生、特に地方から出て来て下宿している連中の中には、

親の目が届かないのをいいことに、講義をさぼり、試験の直前だけ

講義に出ている私にノートを見せてくれというので、見せてやったが、

自分にしか分からない記号などを多用していたので、参考にならなかったと思うのだが、

それでも、しつこく四年まで「ノートをコピーさせてくれ」があまりに多い。

これは、理不尽である。

私は吝嗇(りんしょく。ケチのこと)ではないが、こちらが講義を聴き一生懸命ノートを取り、

更にそれをまとめた「情報」を、学校に来ないで遊んでいた奴に無料で見せるのが悔しくなり、

最後は一冊500円を徴収したのを覚えている。

成蹊大学法学部には、優秀な先生が多かった。

私は法曹界に進むのは無理だと思ったが、あの時習ったことや、ものの考え方が、今でも役に立っている。


死にものぐるい、とまでは行かないが、真面目に勉強したから、

法学部法律学科単体では、卒業時に首席だった

(成蹊大学法学部には政治学科と法律学科がある。事実はどうか分からないし、比較は本来不可能だが、

法律学科の方が良い成績をとるのが困難だと言われていたが、

学部内での順位は政治学科と法律学科両方を併せて決まるので、卒業式では法学部総代になれなかった。

総代は政治学科の学生だった)。



世間の私の年代の方には、すっかりバカにされたかも知れない。

「何だJIROは成蹊だったのか。バカ大学じゃねえか」と思われたことであろう。

何しろ、世間ではお坊ちゃん学校と呼ばれ、名前が似ている世田谷の成城学園大とよく間違われるし、

図らずも私は、安倍晋三、元・内閣総理大臣の後輩(彼は政治学科だ)ということになる。忸怩たるものがある。

安倍政権当時、同窓であるとか何とか関係なく彼の改憲論や好戦的な思想を批判した。

あの頃、読者の方から、

所詮、成蹊大学のお坊ちゃんの根性無しのバカには何もできないってことですよね。

というコメントを頂戴したが、答えに窮した為、ボツにさせて頂いた。

先日、
気軽に他人に訊いてはいけないこと。言ってはいけないこと。

という記事を書いたのは、自分の経験によるものである。

愚息が受験が迫っているにもかかわらず、切迫感がないのは、

私の怠惰な遺伝子を持っているためではないか、という気がして、長々と自分のことを書いてしまった。

とんだお目汚しで、失礼しました。

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2010.11.13

21年前(1989年)の11月13日、日本で初めての生体肝移植が行われました。

◆また、11月13日がやってきました。

21年前、1989(平成元)年11月13日(月)、旧・島根医科大学第二外科が

日本で初めて、生体部分肝移植手術を行いました。

私は毎年、このことを書き続けています。

内容は同じですが、毎年弊ブログの新しい読者がおられるし、この一年の間に、

「生体肝移植」を知った方、或いは、自らがドナー(臓器提供者)、レシピエント(移植を受ける側)に

なった方もおられるでしょう。


初めての生体部分肝移植の後、21年の間に日本では2,000例以上の同手術が行われたそうです。

Googleで「生体肝移植」を検索すると、約 87,500 件の検索結果、と表示されます。

専門家のサイト、自分が当事者となった方の体験談、様々です。

生体肝移植には、ドナー、レシピエント共に合併症の危険がある、とか、健康な人の肝臓の一部を

切除する、ということに関する倫理的な問題点を論じたもの、様々です。

専門家の議論や、患者の体験談など、勿論多いに書かれてよいのです。


しかし、それらは全て「初めて、生体肝移植手術を行った島根医大があったからこそ」分かった事です。

そして、少し気になったことがあります。

それは、全国の大学の医学部がWebサイト上で肝移植について、素人向けに説明している場合、

大抵、「肝移植の歴史」という項目があり、その中で、

1989年11月、日本初の生体部分肝移植が行われた。

としか書いていないことです。「肝移植の歴史概観」だから、「誰が」「どのように」は不要だ、ということなのでしょう。

患者への概略説明だから、いちいち、情緒的記載が必要ない、というのはわからないでもないですが、
島根医科大学(当時)第二外科により、

ぐらいは書いても良いでしょう。

初めての生体部分肝移植を行う決断がどれほど重かったか。術後どれほど壮烈な医師の努力と奮闘があったか。

それらに対する「畏敬の念」が感じられず、私は、不満です。


だから、私は毎年、その点を詳細に書きます(再録ですが)。


◆そもそもの始まり。

移植手術の患者は、生後間もない杉本裕弥ちゃんでした。生後1ヶ月検診で黄疸がある、と言われました。

山口県玖珂郡和木町、岩国市のすぐ北、広島との県境で開業していた木村直躬医師に、

裕弥ちゃんのおばあさんが、そのことを告げました。1988(昭和63)年12月のことです。

木村先生はエコー(超音波)で、ただちに、杉本裕弥ちゃんが、先天性胆道閉鎖症という病気である、と診断しました。

先天性胆道閉鎖症とは、生まれつき胆汁が流れ出る道がふさがっていて、胆汁が肝臓へ流れていかないので、

黄疸が段々強くなり、しまいには、肝硬変で死に至る病です。


◆杉本裕弥ちゃんは、移植以前に、胆道閉鎖症の専門家による手術をうけましたが、上手く行きませんでした。

この世に生を受けて間もない赤ん坊が、可哀想なことに、何度も手術を受ける運命にあったのです。

木村先生の紹介で、地元山口県の国立岩國病院の小児外科により、胆管を何とか開く手術が行われました。

1度では上手く行かず、2度目の手術も失敗でした。

岩國病院の担当医から、木村先生(最初に裕弥ちゃんを診察した開業医の先生)の元に、手紙が来て、

「この子の予後はホープレス(望みがない)」とのことでした。残酷な宣告です。

それでも、裕弥ちゃんの家族は諦めませんでした。

木村先生に、何とか手段は無いか、と聞きました。先生は肝移植以外に道はない。といいました。

日本では、移植手術はタブーとされていました。

1968年札幌医大で行われた日本初の心臓移植手術の失敗が、その背景にありますが、その説明は省きます。

日本木村先生はオーストラリアの病院に問い合わせましたが、オーストラリアの病院は

「生体肝移植は難しくて無理だ。」という、つれない返事をよこしてきました。

しかし、木村先生も諦めませんでした。


◆木村先生は、「移植手術を頼むなら、島根医大の永末先生しかない」と考えました。

木村先生の頭に浮かんだのは、九州大学医学部の後輩で、広島赤十字病院で同僚だった永末直文医師でした。

木村先生は内科、永末先生は外科ですが、肝臓を専門とすることで共通していました。

木村先生がエコーで肝臓ガンを診断し、永末先生が切除可能な肝ガンの手術を6年間で200例も手がけていました。

木村先生は「生体肝移植を頼むなら、(島根医大に移った)永末君しかいない」と思いました。

永末先生は、最初あまり乗り気ではなく、オーストラリアの病院で手術を受けることを進めました。

これは、前述の通り当時の日本の医学界で「移植」という言葉はタブーだったのです。

このタブーを破った医師は、医師生命を絶たれる危険がありました。ですから、最初に永末先生が積極的ではなかったことも、

無理からぬことだったと言って良いでしょう。

ところが、木村先生は諦めませんでした。講演のため、広島に来た永末先生に会い、

とにかく裕弥ちゃんの診察だけでもしてくれ、と、頼みました。永末先生は引き受けました。

永末医師が初めて診る裕弥ちゃんは、黄疸が強く出ていて、溜まった腹水でおなかがパンパンに膨れて、静脈が浮き出ていました。

既に食道静脈瘤が出来ている可能性があり、これでは、いつ吐血してもおかしくない。

吐血しなくてもあと1ヶ月ほどの命、と永末先生は思いました。まだ、生後一年経っていない赤ん坊が肝硬変です。残酷な現実でした。

裕弥ちゃんの体力が移植手術に耐えられるか、五分五分だと考えました。


◆永末先生は裕弥ちゃんの家族にありのままを話しました。

永末医師は家族に客観的事実を説明しました。それは、


  • 正確なことは精密検査をしないと分からないが、移植手術は出来そうなこと。

  • 但し、島根医大の永末医師のグループでは生体肝移植の経験がないので、上手くいくかどうか保証できないこと。

  • 手術まで持ち込めても、裕弥ちゃんの全身状態があまりにも悪いので、手術に持ちこたえられずに亡くなる可能性も高いこと、


という内容でした。決して楽観出来る話ではありません。しかし、家族は必死でした。

永末医師は特に裕弥ちゃんの祖父政雄さんの言葉を強く覚えています。
このまま裕弥を死なせたら悔いが残ります。明弘(引用者注:裕弥ちゃんの父)の命に別状がないのなら、結果は問いません。是非手術をして下さい。

そして、政雄さんは、裕弥ちゃんの両親に言いました。
「明弘、寿美子さん。お前たちが両親なんだから、お前たちからはっきりお願いしなさい」

15秒ほどの沈黙の後、それまで寡黙だった明弘さん(裕弥ちゃんの父)が永末医師を正面から見つめ、言いました。
「お願いします」

その言葉に永末先生の気持ちが動きました。

「この人達は裕弥ちゃんを助けようと必死になっている。移植手術未経験だというのに、頼むという。

ここで失敗を恐れて背を向けたら、医師として最も大事なものを失ってしまう」と思ったのです。


◆永末先生は、島根医大第二外科全員に「この手術を断るぐらいなら、明日から肝移植の研究など止めてしまおう」と言いました。

永末先生の気持ちは固まりました。

当時永末先生は助教授でしたから、第二外科の部長中村教授の了解も取り付けました。

自分の研究室に戻った永末先生は、肝臓グループの医師たちに、裕弥ちゃんの生体肝移植を引き受けることにした、と言いました。

医師達は全員無言になりました。

「日本で初めての生体肝移植」であることに加え、裕弥ちゃんの症状が悪すぎる、と専門医たちは誰もが思ったのです。

スタッフが躊躇っているのを見て、永末先生は、言いました。

「赤ちゃんは死にかけている。家族は結果は問わないからやってくれという。責任は全て私が取る。目の前の赤ちゃんを救えないような研究なら意味は無い。もしこの移植を拒むなら、明日から移植の研究など止めてしまおう

第二外科の河野講師(当時)はこの言葉を聞いて、身体が震えたといいます。皆同じ心境だったことでしょう。


◆中村教授は「永末君、君は全てを失うかも知れない、本当にそれでいいのか?」と心配しました。

手術を行うことが決まってから、永末先生は、中村教授の部屋で何度も話し合いました。

中村先生は、心配していました。

「永末君。僕はもう13年もここの教授をしていて思い残すことはない。福岡へ帰れば済む。

しかし、君はこの手術で全てを失うかも知れない。僕はそれがいちばん心配だ。本当に君はそうなってもかまわないのか」

その都度、永末先生は答えました。
「先生。大丈夫です。誰かがやらなければならないことを、私たちがやるだけです。これで弾劾されたら、福岡へ帰って開業します」

この言葉は、決断―生体肝移植の軌跡という本(是非、読んでいただきたい)で永末先生自身が書いている言葉です。

しかし、本当はもっと悲痛な覚悟でした。

後年、NHKの「プロジェクトX」に出たとき、永末先生は、医師を辞めることさえ覚悟していた、と話しました。

「私は英語が得意なので、学習塾の英語の先生をすれば、食べていけると思ったのです」

淡々と語る永末先生を見て、私は心の底から、永末先生を尊敬しました。

これほど立派な医師を見たことがありません。

裕弥ちゃんの移植手術そのものは成功しましたが、その後、ありとあらゆる合併症が起きました。

そして、手術から285日後、1990(平成2)年8月24日、午前2時32分、亡くなりました。1歳9ヶ月の生涯でした。

家族は、手術とその後の肝臓チームのすさまじい努力、裕弥ちゃんを救おうとする苦労を目の当たりにしていたので、

チーム全員に丁重にお礼をいいました。後年、裕弥ちゃんの弟が生まれました。

母親の寿美子さんは、永末直文医師の「直」と裕弥ちゃんの「弥」をとり、「直弥」と名付けました。

島根医大第二外科が初めての生体肝移植をしたのを見届けるように、その後、京大、信州大が、数多くの生体肝移植を成功させました。

それはそれで、良いことです。

しかし、何と云っても、「最初にやる」ことを決断する勇気と覚悟は、2番目以降とは比べものになりません。

島根医大第二外科の英断と死にものぐるいの努力がなければ、こうした道は今も開けていなかったでしょう。

島根医大は、今は島根大学医学部になってしまいましたが、それはこの歴史的事実の価値に比べればどうでも良い。

永末先生とそのチームの偉業は、日本の医療の歴史に永遠に刻まれるでしょう。

永末先生が中心となり、当時の移植チームのメンバーが、思いを綴った本、決断―生体肝移植の軌跡を是非、読んで下さい。


◆【参考】関連記事・サイト・書籍などへのリンク

読売新聞地方版が2002年に掲載した記事がまだ残っています。

読売新聞が見つめた 島根50年 (4)1980年代 生体肝移植

永末先生はまだまだ現役です。現在は福岡の私立病院の院長でいらっしゃいます。
ふくみつ病院

NHK、「プロジェクトX」で杉本裕弥ちゃんの生体肝移植がとりあげられましたが、電子書籍になっています。
プロジェクトX 挑戦者たち 復活への舞台裏 裕弥ちゃん1歳 輝け命

他にも永末先生の論文などヒットしますが、これは専門家で無ければ読んでも分からないでしょう。

少なくとも、決断―生体肝移植の軌跡は読んで頂きたいと思います。

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「海上保安官、週内は在宅捜査=逮捕の可否、15日以降に判断―書類送検も視野」←一般論として、「任意」には応じなくて良い。

◆記事:海上保安官、週内は在宅捜査=逮捕の可否、15日以降に判断―書類送検も視野(時事通信 11月13日(土)0時50分配信)

沖縄・尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突のビデオ映像流出事件で、捜査当局は12日、

任意の事情聴取を続けてきた第5管区海上保安本部神戸海上保安部の海上保安官(43)について、週内は在宅のまま捜査を進め、

週明けの15日以降に逮捕の可否を最終協議する方針を決めた。書類送検も視野に捜査を継続する。

海上保安官については帰宅させる方針だったが、本人の希望で15日まで同本部に宿泊することが決まった。

捜査関係者によると、海上保安官は警視庁捜査1課などの聴取に

「9月下旬から10月上旬ごろ、巡視艇内のパソコンから映像を入手した。誰でも入手できる状況だった」と供述していた。

同課が裏付けを進めたが、船内や自宅から押収したパソコンの解析には時間がかかっており、供述が事実かどうか確認作業が進んでいないという。


◆コメント:一般論として、警察官に任意同行を求められた場合、断った方が良い。

本件の海上保安官は、逮捕されていない。任意で事情聴取されている。

記事中に「在宅のまま」捜査を進め、と書いてある。保安官は、海保の施設内で取り調べを受け、宿泊しているが

本当は帰宅していいのである。

別の報道では、本人が自分の意思で、施設内に留まっているのだとのコメントを発表したとのことだが、

真実は分からない。保安官が出頭したのは10日である。任意の事情聴取と称して、本当は警察が

帰宅させないということになると(任意の事情聴取は何日まで、という法律の決まりは無いが常識的、慣例的に)問題なので、

本人の意思であることにして、本当は警察が帰宅させないのかも知れない。


元裁判官で、後に弁護士になった専門家によると、一般論として、突然警察官に「話を聞かせてください」と言われたら、

断った方が無難だそうだ。

警察官職務執行法 第二条

第1項 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、

若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。

第2項 その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。

第3項 前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。

第4項 警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。

という訳で、警察官が怪しい奴に「ちょっと一緒に来てくれますか?」と行って立ち止まらせる所までは違法ではない。

しかし、水色太字で書いた部分。

「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り」とは、裁判官が発行した逮捕状を提示されたとき、

又は違法行為の現行犯で逮捕されたのではない限り、ということだ。そうでなかったら、警察や交番にノコノコついて行かない方が良い。

言うまでも無いが、貴方が違法行為を実行していないことが前提である。


一旦警察に入ってしまうと、任意で来たんだという形式だが、帰して貰えない。

警察はあくまで「任意だ」と言い張るが、実際は何時間もトイレに行くことを許さず、逮捕と同じ扱いを受け、

やっと許可が出たら、任意なのに、尿検査をしてその結果覚醒剤反応が出て起訴された事案があり、

或る裁判官は極めて法律的に中立な人で、「任意だといって逮捕と同じ扱いをして収集した証拠は、

違法収集証拠である」、との理由で、尿検査結果の鑑定書の証拠申請を却下したそうだ。


しかし、恐らく、そのような「厳正中立公正無私」な裁判官は稀で、殆どは証拠申請を認めてしまう。

無論覚醒剤使用は違法行為だが、その証拠を収集する手続きが違法であれば、証拠として認めない、というのが

本来の刑訴手続きである。法律は、本当はそれぐらい厳密に適用されなければならない。


ところが郵便不正使用事件における大阪地検特捜部の証拠捏造という恐ろしい歴史的事実を見ればわかるように、

現実世界では、無茶がまかり通るようだ。


痴漢の冤罪なども、本来の手続きを踏んでいない。

任意だったのに、いつの間にか逮捕されてしまっていた、ということがあるそうだ。

それは、痴漢の犯人と間違われ、ホームで女性(被害者)に声をかけられ、警察官がやってきて、

「話を聞かせてください」で、任意の筈だったのに、警察署に着くとそのまま勾留されてしまう、

というケースである。勾留するためには、身体の自由(憲法で保障されている)を奪うのであるから

裁判官の発行した逮捕状を提示した上での「逮捕」が必要であるが、例外的に現行犯逮捕は逮捕状が不要で、

かつ一般人でも可能である。
刑事訴訟法 第二百十三条  現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。

これを利用して、警察は勾留を可能にするために、書類上「女性が現行犯逮捕し、警察官に身柄を引き渡した」ことにする。

これでは、逮捕を告げられないまま、いつの間にか逮捕されていたことになる。

こういうことがあるので、任意同行にうっかり応じない方がいいのである。

そういえば、以前、テレビで弁護士が話していたが、痴漢の冤罪を避けるための最も正しい方法は、
「警察官が来る前に、その場から逃げること」

だという。その場からいなくなれば、最早現行犯逮捕は不可能で、実際に痴漢行為をしていなければ、証拠がないから、

逮捕状による逮捕もできない。

これは「やましい事があるから逃げる」のではなくて、「『冤罪』という我が身に降りかかりそうな災難から逃げる」のであり

何も後ろめたいことではない、という(くどいが、本当に悪いことをしていないことが前提である)。

なるほど、餅は餅屋だ。専門家の話は参考になる、と、感心したのを思い出した。

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2010.11.12

【音楽・映像】世界で最も美しい棒--サヴァリッシュ先生

◆何も分からない癖に子供の頃から尊敬し続けて40年。

何度も何度も、同じ事を書いてしまいます。


私が10代から20代にかけて、クラシック音楽、それもオーケストラの音楽に興味を持ち始めてから、

尊敬する指揮者は何人もいますが、何しろ小学校4年生、10歳から50歳の今まで、自分の中ではかならず

「先生」と思っているのはただ1人、NHK交響楽団桂冠名誉指揮者(N響の歴代の指揮者の中でも、「桂冠」「名誉」指揮者は

この方だけです)、ウォルフガング・サヴァリッシュ(Wolfgang Sawallisch)先生 (1994~)ただ1人。


私は音楽的な特別な才能などありません。演奏する才能も、聴く才能(というものが存在します)もまるで無い

凡人ですが、子供の頃、直感的に「この指揮者こそ、『本当の』音楽家だ」と何故か確信したのです。


世の評価を読んだり聞いたりすると、この直感は(偶然ですが)間違っていなかったと思います。


これも、過去に何度も書いたことで恐縮ですが、この「尊敬ぶり」は傍目にも明らかだったらしく、

今でも母(80を超えています)が、

あんた、本当に子供の頃から「サヴァリッシュ先生」といって尊敬してたわよね。

生の演奏もサヴァリッシュ先生の時だけは、親にねだってチケットを買って貰ってコンサートに行ったものです。

あの渋谷のNHKホールのこけら落としは、1973年の6月末で、サヴァリッシュ先生が指揮による、ベートーヴェンの「第九」でした。

それを聞いたのは良く覚えています。「6月の『第九』」は、日本では普通、演りませんから、それも記憶に残っている理由でしょう。


放送では、当時も今もクラシックの番組がいちばん多いのはNHKですが、今のようにBSやBShiなどで色々な団体の演奏が放送され、

それを録画して聴く、なんてことは無い時代で、コンサート録画放送はNHK総合で週一回放送される、

「NHKシンフォニーホール」という番組だけでした。今の日曜夜の「N響アワー」に相当しますが、

あんなにサービス精神旺盛ではなく、大木正興(まさおき)さんという、とっくに故人ですが、

真面目な音楽評論家が一人で、ニコリともしないで曲目を解説し、演奏が放送され、後で大木氏が寸評を加える、

というものです。当然N響の演奏が殆どで、サヴァリシュ先生は毎年来日なさっていたので、

先生の指揮姿をこの番組でしょっちゅう見ていたのです。子供の頃の感動は忘れないものです。


◆余りにも美しい棒(指揮の動作)。

指揮者の指揮の動作は、本来、指揮者の仕事の本質ではありません。

一見無器用な棒でも、オーケストラから素晴らしい演奏、響きを引き出すことができれば、

棒の振り方は枝葉末節といっても過言ではないかも知れません。


しかしながら、サヴァリシュ先生の指揮動作(俗に、単に「棒」といいますが)の美しさは

この境地になると、それ自体が芸術に思えるほどです。

どう考えても先にも後にもこれほど美しい「棒」を振る指揮者はいません。


◆今、見ることが出来る映像から。

YouTubeで探したのですが、過去に載せたものが多く恐縮です。

1988年、ベートーヴェン交響曲第7番 第4楽章です。

ティンパニは、この時期N響のティンパニ奏者が留学したので、1年間来て貰っていた

元・シュターツカペレ・ドレスデンティンパニ奏者、ペーター・ゾンダーマン(Peter Sondermann)氏です。


Sawallisch Conducts Beethoven Symphony No. 7 4th movement







この後の映像をご覧頂くと一層良く分かりますが、あたかも棒の動きから、「音楽が見える」ような

気がするのです。音楽的な教養が棒の美しさに表れている、と思えてなりません。


フェラーリ:「マドンナの宝石」間奏曲です。

Sawallisch Conducts Intermezzo from I Gioielli della Madonna







お分かり頂けると思います。

エロルド:「ザンパ」序曲。珍しいことに演奏開始直後、指揮棒を落としてしまい、

その後、棒を使わずに振り続けます。


Sawallisch Conducts Zampa Overture (Herold)







次は初めて見ましたが、サヴァリッシュ先生がイスラエル・フィルで、スラブ舞曲第8番を振っている。


A. Dvorak: Slavonic dances No.8, Furiant, g moll, Sawallisch







フィラデルフィア管弦楽団の常任指揮者をしていた頃。来日公演でストコフスキー編曲の

バッハ:「トッカータとフーガ」管弦楽版です。


【Wolfgang Sawallisch】Bach:Toccata and Fugue







まだ、ご存命ですが、心臓を患っておられます。2004年、N響でベートヴェンの7番を指揮したときには、

椅子に座っての指揮で、先生の全盛期を知る私は泣けて仕方がありませんでした。


Beethoven Symphony No7 4thMovement - Wolfgang Sawallisch







2004年11月13日。ちょうど6年前です。

棒の勢いは無いけれど、N響が先生の思う音楽を察して懸命に演奏している様子に

胸を打たれます。

演奏終了後「これで、最後だね」というように静かにうなずかれるので、

余計に泣けてしまいます。

しかし、私は音楽を好きになってゆくその最中にサヴァリッシュ先生の演奏を直に聴いて、

見ることができました。非常にありがたいことです。

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2010.11.11

「尖閣諸島漁船衝突ビデオ流出」に関する考察。

◆記事1:「全く想像せず」=海保、重苦しく―神戸に「激励」殺到(時事通信 11月10日(水)20時24分配信)

漁船衝突ビデオ流出事件で、神戸海上保安部(神戸市)の海上保安官(43)が警視庁の事情聴取を受けた10日、

海保関係者の間には重苦しい空気が流れた。

神戸海保を管轄する第5管区海上保安本部。幹部は「まさか神戸の職員とは…。こんなことをするタイプではない。全く想像していなかった」と驚く。

保安官から告白を受けた巡視艇の船長も、あまりの驚きに本人が何と言ったか、自分がどう答えたか、はっきりと覚えていないという。

神戸海保には夜までに、電話とメールが400件以上寄せられた。「頑張れ」「捕まえないで」など、ほとんどが保安官を激励する内容という。

 東京・霞が関の海上保安庁。首脳級幹部の一人は記者と目を合わせようとせず、問い掛けにも口を真一文字に結んだまま。

別の幹部は「一般の人が応援してくれるのはうれしいが、それと証拠の流出は別だ。

ああいう映像が出たら、領海警備などに支障が出る。海上保安官として考えられない」と肩を落とした。


◆記事2:海保にメールや電話 非難なし(NHK 11月10日 15時40分)

第5管区海上保安本部によりますと、神戸海上保安部の海上保安官が衝突映像を流出させたと報道された正午ごろからおよそ2時間の間に、

メールや電話、あわせておよそ300件が寄せられたということです。その内容は「頑張れ」とか、

「海上保安官をかばってほしい」というもので、海上保安官や海上保安部を非難する内容のものはないということです。


◆コメント:或る行為が犯罪として罰せられるならば、それはその行為が社会に与えた害悪の程度による筈だ。

18世紀のイタリアの啓蒙思想家、チェザーレ・ベッカリーアという人は、著書「犯罪と刑罰」で、

犯罪の重さの尺度は、本来、社会に与えた損害の程度による。

と書いている。確かに、国家公務員法第100条第1項には、
職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。

という文言がある。これを規定した目的は、国家公務員が職務によって知り得た情報を公開することにより、特定・不特定の個人、団体、

ひいては国家が損失を被るおそれがある、という蓋然性を考慮した、一般論である。

その恐れ(個人や団体や国家が損失を被る可能性)を考えると、結果論だけで、当該海保職員を良くやったという訳にはいかない、

とする論理も説得性がないではない。しかし、今までにより一層深刻な情報漏洩が起きた時、日本政府は、

これほど事態を深刻に考えなかったことに鑑み、今回だけ、どうしてこれほど大騒ぎになるのか

理解に苦しむ。


◆国税庁、日銀、自衛隊の情報流出の時、内閣総理大臣は全く知らぬ存ぜぬだった。

私が拙文を公開し始めてから8年7ヶ月になるが、覚えているだけでも、中央官庁による、

今回よりも遙かに重大な情報紛失・漏洩が何度もあった。

例えば、東京国税局が、47万人分の納税者個人情報が保存されているパソコンを盗まれたことがある。

2005年09月24日(土) <納税者情報盗難>47万人分保存のPC2台 東京国税局 責任者は財務相ですよね?ココログ

納税者個人情報には、当然申告された所得が記載されている。つまり金持ちがどこに住んでいるか、を知ることができる。

この情報を悪用されたら、どういうことが起こりうるか、容易に想像が付く。


大不祥事だが、どういう訳か、日本人はこの手の話に殆ど異常に寛容である。国税庁長官は更迭されていない筈だ。

また、国税庁は財務省の外局だが、財務大臣、ひいては行政府を統括する内閣総理大臣から、何の謝罪もなく、

その後、この情報がどうなったのか。ある程度は調査の結果が出たのか、うやむやに終わった。


更にひどい例。日本銀行松江支店職員の自宅パソコンから経営状態が悪化した企業の財務状況などの内部資料が

ウィニー経由で流出し、そのため、「破綻懸念先企業リスト」に載っていた企業が本当に破綻してしまったことがある。

2008年03月23日(日)「日銀松江支店 内部資料が流出」←役所の情報管理ココログ

これは、日本の中央銀行の情報漏洩で、実際に企業が破綻したのであるから、「社会に与えた実害」が発生したのであるが、

日銀総裁も、内閣総理大臣も辞めなかった。

更に、自衛隊員の私物パソコンから、国防の要であるイージス艦に関する機密情報が、エロ写真と共に、やはりウィニー経由で

世界にバラ播かれ。日本国が世界の笑いものになったのは、記憶に新しい。

日本国を防衛するシステムに関する情報を、ご丁寧にもわざわざ世界に知らせてしまったのであるから、ただ事ではないが、

この時にも内閣総理大臣が謝罪した覚えはない。


◆中国漁船が不法に日本の領海で操業し、海上保安庁の巡視艇に故意に衝突した事実を何故隠すのか。

今回、法形式論的には、海上保安官がビデオをYouTubeに掲載したことは、違法行為になるかもしれないが、

財務省や自衛隊の情報漏洩は、納税者や日本国の安全を危険に晒したのである。何も起きないのは、偶然である。

日本銀行の内部資料流出は、一企業を破綻させてしまった。


それに対して日本の領海で密漁を行い、かつ海保の巡視艇に衝突してきた中国船の様子を、記録したビデオは、

中国漁船の行為の違法性、日本の主張の正当性の証拠となるもので、それよりもデメリットの方が大きいとしたら、

何故なのか。法令遵守(コンプライアンス)上の問題が全くないとは言えないが、

そもそも、政府がビデオ映像をもっと早い時期に世界に公表するべきではなかったのか。


一旦逮捕した中国漁船の船長を取り調べ半ばで釈放し、中国には、「対日外交はゴリ押しに限る」ことを教えてしまい、

アメリカには呆れられ、ロシアまで大統領が図に乗って北方領土にやってくる。

日本の外交上の失敗が国際社会で露呈してしまい、これこそが社会(日本国)に対する不利益をもたらしているのに、

ビデオを漏洩した海保職員を国家公務員法で処分する、というのは、問題の本質の隠蔽である。

と世論は察しているのであろう。教科書風に書くならば、

海保職員の行為は、国家公務員の法令遵守義務という法的安定性を脅かしているが、

その行為には「具体的妥当性」が備わっている、と認められる。

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2010.11.10

メディアは、WHO「自殺予防の手引き」の「メディアへの手引き」を読んでいるか。

◆小学生の自殺に関して、メディアは過剰に取りあげてはいけません。

桐生市の小学6年生の女の子が自殺したことについて、新里東小の校長は最初、

「イジメはなかった」といいながら、後に発言を翻し「イジメ」はあったが、

自殺との因果関係は分からないとホザき、教育委員会の野郎も、ただひたすら責任を逃れること

ばかりを考えているのが、映像を見れば明らかで、はらわたが煮えくり返る思いだが、

事実に関して報道されていることを、敢えて詳しく載せない。

それをやったら、以下に書くことと矛盾するからである。


◆WHOによる「自殺予防の手引き」にかいてある「マスメディアのための手引き」を読んでないだろう。

これを書くのは何度目かになる。

内閣府のサイトの中に、WHOによる「自殺予防の手引き」が載っている。

その中で、メディア(=マスコミ)が、全てではないが、自殺を報道すると、その後暫く自殺が増える傾向があることが

統計的に明らかになっている。

WHOの手引きには、

【マスメディアのための手引き】

という一章をわざわざ設けている。

自殺する人は実行に移すか否か、迷っている時間があるが、その時に、自分と似た境遇の人が自殺した

という報道を見ることによって、実行の決意を固めてしまうことがある。


また、自殺の方法を具体的に報道することは、同じ手段の自殺を増やす。

今回は違うが、練炭自殺、イジメを苦にした中学生の自殺、硫化水素自殺、が続いた時も、

実際はその前から、私は同じ事を主張している。
2003年05月24日(土) 「集団自殺」と「通り魔」は報道しない方がよいのではないか。

2003年06月06日(金) <集団自殺>車の中で男性4人死亡 車内に練炭コンロ 静岡・・・・いい加減にしろよ・・・

2006年11月15日(水) 「小中学生の自殺連鎖止まらず」←お前ら(マスコミ)がいちいち報道するのも一因だぞ。ココログ

2006年12月25日(月) 「いじめ自殺報道」が「自殺連鎖」を誘発した可能性あり。専門家の指摘←私は、先月同じ事を書きました。ココログ

2008年05月11日(日) 「<硫化水素自殺>ホテル客が浴室で 従業員も病院搬送 東京」←手段だけが騒がれ、自殺の動機を誰も問題視しない。ココログ

今回の件については、朝から民放各社が「ワイドショー」で取りあげているようだ。

何だかんだ偽善的なことを言っても、要するに視聴者にとって、「他人の不幸は密の味」なのだろう。

しかし、それを利用してはいけないのである。

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2010.11.09

電車通勤・通学する人々のマナーで、気になること色々。

◆今更なんですけど、こういうことを書いている人が、いないのですよ。

電車通勤・通学と書いておいて、最初からなんだが、私は東京の生まれ育ちなので、

通勤は電車(あるいはバスと電車)に乗るもの、と思い込んでいたが、

これがインターネットの面白い所で、他の道府県の方と話すと、クルマ通勤の方が普通だ、

という場合が多いことに気が付く。誠に羨ましい。通勤時、クルマの中で独りになれるのだから。

尤も、そう言う方々には、また別のご苦労がおありになるだろうし、本稿は直ちには役に立たないが、

将来、もしかすると都会に転勤になり、電車通勤を余儀なくされるかも知れない。


今更言うまでもなく、通勤電車の混雑は並大抵ではなく、特に首都圏がすさまじい。

嫌でも他人同士が身体の一部を触れずに乗ることは不可能である。

こういう状況でなるべく自分も他人も不愉快な思いをせずに済むためには、

皆が、想像力を逞しくして、気を使わなければならぬ。

だが、こうしたことは「常識」乃至「伝承文化」として存在しており、

わざわざ文字にする人がいない。

そのためかどうか知らないが、いつの時代にも非常識な人、無礼な人、不愉快な人、

ひどいのになると張り倒してやろうか、というような奴がいるものである。

以前から思っていたことも、今日、急に思い付いたこともあるので全てを網羅することはできないが、

思い付くままに書く。


◆非常に混雑している電車から降りるときは声に出してその旨を告げる。

最近経験したのだが、あれは多分大学生の女の子だろう。降りる駅でギリギリまで席に座っていて、

ドアが開いた途端。昔から、臭いオッサンがやるように、無言で人をぐいぐい押しのけて、降りた。

あれは、押しのけられる方は本当に不愉快である。

そう言う人には信じがたいかも知れないが、私は降りるときに正反対のドア付近にいても降り損ねたことは無い。

簡単なことで、「すみません、降ります。」「失礼します。」「恐れ入ります」と降りる意思を丁寧な言葉で

告げると、皆、空間を作ってくれるものだ。

先日の女子大生や、同じようなことをするオヤジたちは、人前で声を出すのが恥ずかしいのだろうか?

そうだとしても、その恥ずかしさは訓練によって克服すべきだ。とにかく人を押しのけて降りるのは、

止めて欲しい。


◆乗降客の多い駅ではドア付近の人は一旦ホームに出る。

いるんですよねえ。JR東日本中央線快速電車で新宿駅でドアが開いても、ボヤーッと立っているバカ。

自分が邪魔になっていることぐらい分かるだろう。そういうときは電車から一旦降りて、新たに乗車する人の

列の一番後ろに回る。そして再び乗車すれば、ドア付近に立つことが出来る。

ドア脇の空間はなるべく荷物を持っている人に譲る。何も持っていない若い人があのスペースで、

ケータイをいじったり、ゲームをしているが、あのスペースは大きな荷物を持っている人には一番

荷物を置きやすい所なのだ。


◆電車の中でものを飲み食いしない。

最も混み合う時間帯に盛大に飲み食いする人は、流石に見かけないが、ガムを噛む人がいる。

私は、耳元でクチャクチャと音を立てて、ガムを噛む音がすると、発狂しそうになる。

また、それよりもやや混雑が緩和し、空間に余裕があると、平然とものを飲み食いする人がいる。

ある時、何か「揚げ物」(フライドチキンではなかったが、とにかく肉を油で揚げたもの)を

ムシャムシャと食い始めた若い女性がいたが、脂の臭いが車内に充満し、気分が悪くなった。

或いは、先日、高校生か大学生の女の子が、コンビニで売っているプラスチック・カップに入った小さいロック・アイスを、

私の真後ろでいつまでも、コリコリと音を立ててかみ続けていたことがあったが、ああいう音が

異常に気になる人間もいる事は知っておいた方がいい。


◆男女ともに臭いを発しないよう気を付ける。

中年オヤジの臭いのが良くいる。「加齢臭」というのは要するに、汗などの臭いだそうで、

風呂で身体と髪を良く洗い、清潔な(キチンと洗った)衣服を身につけると、防ぐ事が出来る。

女性でもたまに、とんでもなく不潔で臭う人がいるが、さすがにそれは稀だが、

意外と意識されていないのは、香水である。かなりキツイのを大量に用いるひとがいる。

特に冬、暖房が入った車内では、あれは香りの種類と程度によっては、こちらが気持が悪くなる

ことすら、ある。以前、タクシーの運転手さんに聞いたが、一番辛いのは強い香水の臭いだそうだ。


また、尾籠(びろう)な話で恐縮だが、満員電車で放屁しない。

生理現象だから仕方のない場合もあるが、朝食後、用を足すという習慣があると、

朝から、満員電車であの不愉快な思いを他人に経験させる可能性は低い。

あの臭いのを朝からやられると本当に情けない。


◆その他、細かい事。

背の高い人、特に男性。目の前に自分よりも背の低い人がいるとき、自分の鼻息の方向に

気を付ける。背の高い奴がつり革広告など眺めると、こちらのうなじ辺りに鼻息が当たる。

不愉快である。

また、最近の若い人は、iPodで長時間、ロックなどを大音量で聞き続けて難聴なのではないか、

と思うことがある。やたらと大きな声で話す人が多いのだ。

聞きたく無くても聞こえてしまう。そう言う奴に限って、こちらが赤面しそうなほど、話が下らない。

後は、常識だが、混んだ電車では「担ぐ荷物」は手に持ち替える。そうしないと邪魔だ。


以上である。

一見下らないようだが、毎日の事である。些細な不愉快も続くとストレスとなる。

思い付くままに書いたが、まだ、他にも何か忘れている気がする。

他にも何かあれば、コメント欄にどうぞ。

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2010.11.07

【追加】【号外】7日14時現在、NHKで1969年のアポロ11号月面着陸を「アーカイブズ」で放送中。

◆NHKアーカイブズから1969年アポロ11号月面着陸を放送中。14時45分まで。急げ。

NHKアーカイブス「わたしが選ぶあの番組(1)~立花隆~」で、放送中。

日本時間1969年7月21日 の月面着陸を放送中。日本時間午前11時56分

「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である(That's one small step for [a] man, one giant leap for mankind.)」

と発言した。その瞬間、もう放送してしまったが、多分NHKオンデマンドでも放送するでしょう。

同時通訳は西山千氏と國弘正雄氏である。西山千氏の美しいエピソード
「アポロ通訳『こちらヒューストン』西山千さん死去95歳」←日本人に初めて「同時通訳(者)」を知らしめた方です。」

國弘正雄先生が同時通訳で西山千氏と並んでいる。何故同時通訳者がテレビ画面に映っているのか。

も上のリンクにかいてある。國弘正雄先生に付いては何度も書いた

感無量。


◆【追加】先日書いたばかりだが、こういう映像はいつでも見られるように出来ないだろうか。

日曜の昼間、気が付いた時には放送が始まっていたが、番組中、立花隆氏が指摘していたように、当時の映像を

何らかの方法で処理したのか(私はそういう技術的なことには、からっきし、弱い)。


アポロ11号の月面着陸は、あれはヤラセなのではないか?という噂を仰々しく取りあげる民放番組が一時期流行ったが、

1969年、あの瞬間にテレビをみていた人ならば、あれほど精巧の「ヤラセ」はあり得ないことが理屈抜きで分かる。

今考えると、誠に信じがたいが、今から40年前に、既に人類は月に人間を送り込んだのである。

このような、資料ではなく「史料」と呼ぶに相応しい映像は、いつでも誰でも、アーカイブにアクセスして

見ることが出来るようにして頂きたい。先日書いた通りである。


◆「宇宙からの帰還」

立花隆氏は、後年、アポロ計画に参加した宇宙飛行士達に直に会い、宇宙からの帰還に、インタビューを載せている。

これは、骨の髄から「文科系」人間である私が読んですら極めて興味深い本で、読んだことの無い方は、「読むべき」である。


この本を読んで、誰もが非常に驚くのは、月に行ったNASAの宇宙飛行士は、

元来、私とは真逆、バリバリの「理科系人間」、というか一人一人が「科学者」であるにも関わらず、

宇宙で「神の存在を確信し」て、後にNASAを辞めて「宣教師」になっている、という事実である。

本を読めば分かるけれども、決して精神に変調をきたしたのではなく、大真面目に、哲学的に彼等は

「神の存在を想定しなければ、地球というあまりにも美しい星の存在を説明できない」と述べているのである。

宇宙を体験すること、宇宙から地球を観察することが、人間の精神に劇的な影響を与えることが分かる。


◆2度目になるが、同時通訳者、西山千氏が経験した美しいエピソードを記す。

前述した、リンク先を読んで頂けばいいのだが、リンク先を読むのは、

面倒臭い、という方の為に再録する。アポロ11号月面着陸のテレビ放送で日本人の多くは

初めて、「同時通訳」という技術、「同時通訳者」という専門職の存在を知ったのである。

西山千氏、國弘正雄氏ら「同時通訳の神様」の「神業」に、心底驚嘆したのだ。

翌年、日本人のなりたい職業1位が「同時通訳者」になったほどである(それまでは「医師」や「弁護士」だった)。


私事ながら、当時西山千氏のご自宅は東京某所の私の自宅のすぐ近所だったので、余計に懐かしい。

西山千氏が自著「通訳術と私」に書いたエピソード。原本が手許にないが、殆ど暗記しているので、

再び載せる。「通訳術と私」に書いてあったことの趣旨を私が要約する形になる。

アポロ11号騒ぎも一段落した頃、西山氏が外出の折、バスに乗った。

すると反対側の座席に座っていた、見知らぬ老婦人が自分の事を妙に真剣な顔で見つめていた。

西山氏は服にシミでもついているのかと落ち着かない気分になった。

暫くして、やおらその婦人が立ち上がり、西山氏の前に来て深々と頭を下げて、云った。

「あの、アポロで通訳をした方でしょうか?」

「はい、NHKでやりましたが・・・」

「ありがとうございました。私が生きている間に人間が月に行くなどとは夢にも思っていませんでした。

でも、貴方が通訳してくださったおかげで、全ての様子が良く分かりました。

何とお礼をいって良いか分からないほどです。本当にありがとうございました」

西山氏は感激した。

暑いスタジオで汗まみれになって毎日何時間も通訳してへとへとになった苦労を一瞬にして忘れることができた。

この時の事を思い出すと、今(注:「通訳術と私」執筆当時)でも目頭が熱くなる、と書いておられる。

美しい話だ。西山千氏のその時の喜びは、如何ばかりだったことであろう。

そして、この時の老婦人の勇気と誠意が立派であり、美しい。こちらが顔を知っているだけの西山千氏に声をかけるのは

勇気が要る。しかし、どうしてもご婦人はお礼を言いたかったのであろう。昔のきちんとした日本人の礼節である。

このエピソードも含め、「アポロ11号」は私にも鮮明な記憶となって残っている。

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「尖閣ビデオ流出『刑事告発も検討』国交相」「【尖閣ビデオ流出】ネット上アンケートは8割超が流出支持」

◆記事1:尖閣ビデオ流出「刑事告発も検討」 国交相(日経 2010/11/6 19:19)

馬淵澄夫国土交通相は6日、尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件とみられる映像がインターネット上に流出した問題で、

流出経緯の解明のための刑事告発を検討していると明らかにした。

「(海上保安庁の)調査で十分解明できない場合は告発による捜査も考えられると閣僚から意見があった」と指摘。

「私もそういったプロセスもあり得ると思っている」と語った。視察先の群馬県長野原町で記者団に答えた。


◆記事2:「勇気ある」「政府が開示すべき」書き込み続く(読売新聞 11月6日(土)14時53分配信)

インターネットの掲示板などには、尖閣諸島沖の漁船衝突事件の映像流出に関連する書き込みが6日も相次ぎ、

反響を呼んでいる。

「隠すようなものではない」「海保の人はがんばっている」。簡易投稿サイト「ツイッター」には、多くの人たちが感想や意見を寄せた。

掲示板サイト「2ちゃんねる」では、「英雄だ」「勇気のある内部告発者」など、

流出を支持する声が目立ち、「政府が開示すべきだった」など国の対応を疑問視する声もあった。


◆コメント:民意が常に正しいとは限らないが、本件は世論の反応が自然である。

政府は、本来一般に公開していない、中国漁船衝突のビデオが勝手に海保の誰かによって公開された、

ということ、つまり、内部規律違反、コンプライアンスの問題として極めて深刻だというが、

石原都知事は「結構なことだ」と言い、記事2にあるとおり、国民も映像の「流出」をむしろ喜んでいる。


コンプライアンスがどうでもいいとは思わないが、本件に関しては私も、何故政府はもっと早くこれを

「流出」ではなく、公式に世界中に公開しなかったのか、と思う。

元来、領有権に関する中国の主張が無茶苦茶である。

その上に、今回、中国漁船の船長を逮捕したのは当然であることはこの映像が何よりも雄弁に物語っている。

隠すべき事ではない。


◆もっと深刻な「情報流出」は何故問題にしなかったのか。

政府はムキになって、「勝手にビデオを公開した奴はだれだ」と犯人捜しに血眼になっているが

情報流出を問題とするならば、もっと他に日本国益を損なう可能性が高い事案を問題にするべきである。

例えば、最近では、こちらの問題の方が深刻である。

◆記事:捜査協力者名もネットに=FBI要請資料など―国際テロ情報流出・警視庁(時事通信 11月1日(月)11時58分配信)

警察の内部文書とみられる国際テロの捜査情報がインターネット上に流出した問題で、

秘匿性の高い捜査協力者の名前や、米連邦捜査局(FBI)の要請で在日外国人を事情聴取する計画なども

流出していたことが1日、分かった。関係者によると、流出文書は警視庁公安部外事3課などが作成した警察内部の機密情報とみられ、

同庁が流出元や経緯などを調べている。同課は長期間にわたり、獲得した協力者を秘匿運用して国際テロ組織に関する情報を引き出し、

無差別テロなどの未然防止を図る専門部署。流出文書の中には「外事第3課」の文責で、

協力者から国際テロ組織の「兵士」について情報提供を受けたとの資料があり、協力者の実名も出ていた。

こちらの方がよほどヤバい。

前述の通り、尖閣諸島の映像は「何故、政府は外交交渉においてこれを使わないのか?」と思われるような情報であるが、

公安の捜査協力者って、ちょうど1年ぐらい前にNHKの土曜ドラマ「外事警察」で生々しく描かれていたインテリジェンスの世界の話。

日本国内にテロリストが潜伏しているのかいないのか、知らないが、それに関する情報をこっそりと公安に提供する、

テロリストにとっては「イヌ(密偵)」であるから、その名前がばれたら命が危ないし、これほどの機密情報を管理できないなら、

今後日本の公安外事警察に協力するものはいなくなるのではないか、という懸念すら、ある。


また、当時私も散々批判したが、日本国の国防を脅かす資料流出が自衛隊から何度も起きたことがある。

これは、過失と故意の両方だが、あまりにもお粗末なセキュリティ意識に唖然とした。

例えば、2006年2月、佐世保地方隊所属の護衛艦「あさゆき」の海曹長が私物のパソコンに入れていた機密文書、

「暗号書表一覧」、「H規約表B第55号」、「ツ乱数表(第51号)」、「非常用暗号書(G部分区用)(第51号)」

など五十八の暗号書名の一覧表がウィニーを通じて、世界にバラ播かれてしまったことがある。

どういうことかというと、これによって、自衛隊の暗号による通信が全て中国や北朝鮮によって解読されてしまう

のである。その時のことは、詳しく書いた。
2006.06.16 海上自衛隊の情報流出の深刻度

また、2007年には海上自衛隊員がイージス艦情報をCDにコピーし、その後上海に渡り、

あちらのキャバクラのオネーチャンにその情報を渡していた、という事件があった。

普通の中国人のキャバクラ嬢がそんなものを欲しがる訳が無く、日本の自衛艦は、まんまと中国の色仕掛けに

引っかかって、国家機密を渡してしまったのである。
2007.03.31 護衛艦「しらね」2等海曹、イージス艦情報持ち出す

海保のビデオ流出に関して刑事告発を検討している、と国交相は息巻いているが、

国家公安委員長は、警察の内部文書流出が、テロ対策に与えた影響を。

防衛省は、4年前と3年前に起きた情報流出が国家安全保障に与えた影響をそれぞれ、説明するべきであると思う。

ビデオを流出したのは誰か?を何やら異常に深刻視するのは、もっと重要な情報漏洩から国民の関心を逸らすための

カモフラージュではないかと思ってしまう。

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2010.11.06

【音楽】フィラデルフィア管弦楽団で29年間ピッコロ奏者を務めている時任和夫氏のソロ・アルバム。

◆ピッコロ(ピッコロ・フルート)は専門職なんですね。

フルートより、オクターブ音域が高く、音楽辞典を見るとオーケストラで最も高い音を出すのは、

ピッコロ(「ピッコロ」とはイタリア語で「小さい」の意味なので、正確にはピッコロ・フルートだが、

本稿では、以下「ピッコロ」と略す)なのです。

勿論、最初からピッコロを始めるのではなく、普通のフルートが吹けるようになってから、

持ち替えの楽器としてピッコロを吹くのです。しかし、これが本当は「片手間」で済むような楽器ではなく、

本当に上手なピッコロ奏者は少ないそうです。

何しろ、音域が高く、ちょっとでも音を出すと必ず聞こえてしまいます。音の大きさではなく、

音域と音色・音質の特性によるものだと思います。しかも楽器が短いほど音程は狂いやすいです。

とにかく目立つ上に、オーケストラ全体の音色に影響しますから、上手なピッコロ奏者は大変貴重な存在だそうです。


一流のオーケストラになると、はっきり「ピッコロ奏者」を募集します。

ベルリンフィル公式サイト、にVacant positions(空席=募集中)というページがあります。

ご覧の通り、

Piccolo Flute

with obligation for second flute

Required piece piccolo: Vivaldi C major Concerto

Required piece flute: Mozart D major or G major Concerto

(引用者訳:募集、ピッコロ奏者。2番フルート兼務。

オーディション課題曲、ヴィヴァルディ:ピッコロ協奏曲 ハ長調

フルートで、モーツァルト:フルート協奏曲(ニ長調・ト長調どちらでも可)

とあります。私が気が付いてからでも、既に2年半は経過しています。


◆オーケストラでの使われ方。

私が一番最初、ピッコロの響きの凄さに気が付いたのは、

ロッシーニの「どろぼうかささぎ」序曲でした。


「どろぼうかささぎ」序曲のピッコロ・ソロ







これは、本当は生で聴くと良く分かるのです。びっくりしますよ。あの小さな楽器の音が全オーケストラがなっていても必ず聞こえるのです。

ラベルの「ボレロ」ではホルンとチェレスタとピッコロで、実に不思議な音がするところがあります。

ウィキペディアの「ボレロ」の解説に「オルガンから借用した手法」という詳しい説明があります。


その部分をお聴き下さい。


ラヴェル:「ボレロ」からピッコロ、ホルン、チェレスタが醸し出す不思議な音






もうじき第九の季節ですが、第4楽章。コーラスがフォルティッシモで、"vor Gott!"とフェルマータで伸ばした後、

総休止(全てのパートが休み。音を出さない)になり、8分の6拍子のマーチになります。ファゴットとコントラファゴットが後打ちで、

ピッコロがメロディーを吹きます。これはベートーヴェン先生の指示はピアニッシモなので、ピッコロ奏者は緊張するそうです。

その部分。


ベートーヴェン:交響曲第九番 第四楽章のマーチの部分






このように、とにかく音を出したら絶対に聞こえるのがピッコロです。


◆フィラデルフィア管弦楽団で29年間ピッコロを吹き続けている時任和夫さんのアルバムが出ました。

アメリカにはプロのオーケストラが少なくとも350団体もあるそうですが

当然、トップクラスはごく少数で、フィラデルフィア管弦楽団もその一つです。

何回も来日してますから、私はずっと前からフィラデルフィアに日本人のピッコロ奏者がいることは

気が付いていましたが、大変失礼ながら、最近までその方が、時任和夫(ときとうかずお)さんというお名前であること。

今年で29年も首席ピッコロ奏者を務めておられることをしりませんでした。知ったきっかけは10月6日の日経文化面に、

ご本人の手記が載ったからです。そして時任さんのソロ・アルバムが発売されたことを知りました。

時任和夫 「ピッコロ・ヴィルトゥオーゾ」です。

届くまでに一ヶ月もかかりましたが、待った甲斐がありました。折角なので少しだけ引用させて頂きます。


テレマン「忠実な音楽の師」ソロ・ソナタ ヘ短調 TWV 41:f1 より アレグロ







ピッコロは、えてして尖った感じ、刺激的な音を出すという固定観念を抱きがちですが、

何と言うのかな。時任さんは音の伸びは勿論抑制しないし、楽器を鳴らしているのですが、

上手い具合に音の先端を丸めている感じです。少しも刺激的ではない。

私はピッコロのイメージが大きく変わりました。


本題から話が逸れますが、この曲はテレマンははじめ、ファゴット用に書いたけど、楽譜の終わりに、

ソプラノ・リコーダーで演奏しても構わない。

との言葉が書いてあるそうです(時任さんのライナーノーツによる)。

ファゴットで吹くとどうなるか?


テレマン「忠実な音楽の師」ソロ・ソナタ ヘ短調 TWV 41:f1 より アレグロ(ファゴット)







うーむ。どちらもいいですね(笑)。因みにこれ、テレマンが書いている通りリコーダーでも吹けます。

難しいですよ。それはさておき、時任さんの演奏、もう一曲。バッハです。


バッハ:フルート・ソナタ ト短調 BWV 1020 第一楽章







素晴らしい。ひじょうに音楽的ですね。

他にも、時任さんのために作曲されたオリジナル曲など、ピッコロ・ソロの名演が詰まっています。

こういうCDは、初めてですし、大変珍しいと思います。

ピッコロ奏者、フルート奏者の皆さんのみならず、音楽好きの方全てにお薦めします。

それでは、皆様、良い週末をお過ごし下さい。

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2010.11.05

「NHK、番組のネット配信本格化へ 会長が方針」←「アーカイブズ」をネットで利用出来るようにして頂きたい。

◆記事:NHK、番組のネット配信本格化へ 会長が方針(朝日新聞)(2010年11月4日)

NHKの福地茂雄会長は4日の定例記者会見で、インターネットへのテレビ番組配信にNHKが本格的に乗り出す方針を明らかにした。

すでに片山善博総務相らに放送法の改正を求めているという。番組をテレビ放送と同時にネットにも流すことを視野に検討している。

福地会長はネットへの番組配信は公共放送の役割という考えを示し、

「そのためには放送法改正が必要。準備を今から進めないと(2012年度にはじまる)次の経営計画はつくれない」と述べた。

放送法でNHKは、無線による放送が業務の核とされている。

放送済みの番組をネットに配信する有料サービス「NHKオンデマンド」は、

放送ではなく通信にあたるとしてNHK本体とは別会計で行っている。

福地会長は「放送とか通信とか、コップの中だけで競争している時代ではない。

視聴者に合わせた放送のあり方、番組のあり方があるのではないか」と強調した。


◆コメント:それはそれで、結構なことですが、昔の番組をネットで買えるようにして貰えないかな。

うーん。放送法では、無線が「放送」でネットは「通信」なのか。

記事の最後に載っているNHK会長の言葉のとおり、そんなことは利用者にとってはどうでも良い。


それより、気になるのは、福地NHK会長は「番組のネット配信本格化」へと言っているそうだが、

どうも念頭にあるのは、今現在、あるいは比較的近い過去に放送済の番組をネット配信することばかりを

考えているようだ、ということである。


今も過去の番組を視聴することは可能だが、そのためには、NHKアーカイブズという施設に

出かけなければならない。全国に少しずつあるようだが、最大のものは埼玉県のNHKアーカイブズ川口である。

東京から近いと言えば近いが、結構行きにくい場所だし、平日の営業時間(?)は9時~17時である。

当然週末に行くことになるが、混雑するのだろう。一人一回の使用時間は2時間まで、と決まっている。

私はとても行く気がしない。そこで、NHKの側から勝手に過去の番組を選び、放送したり、

現在のネット配信システム、NHKオンデマンドで公開しているが、

どの番組を載せるかは、NHKが決めている。


しかし、当然のことながら、人それぞれ興味が異なる。

私ならば、放送年月は忘れてしまったが、内容をはっきり覚えているのは、

私の尊敬する指揮者、ウォルフガング・サヴァリッシュ先生が毎年N響を振るために

来日していた現役バリバリの頃、NHK教育テレビで、ベートーヴェンの全ての交響曲を、一曲ずつ

スコアを見せながら、ピアノを弾きながら、極力素人にも分かるように解説して下さった番組である。

あんなのは、何十年経っても、サヴァリッシュ先生の生演奏を聴いたことが無い若い人でも、音楽家でも

興味深いに決まっている。


もうひとつ、音楽関係では、かつてNHK教育では夕方、毎週月曜から木曜まで、

何曜日がどの楽器かわすれたが、ピアノ、ヴァイオリン、フルート、ギターのレッスン番組があったのだ。

それは初級コースと上級コースに分かれ、今放送されているような、インチキ3ヶ月速成音楽番組ではなくて、

オーディションを合格した一般人の生徒(必ずしも音楽家志望でなくて構わない。むしろそうではない人が多かった)が

選ばれ、半年に亘って各楽器の大先生に習うのである。


ヴァイオリンなら、数多くの名演奏家(元・ベルリン・フィル、第一コンサートマスター、安永徹さんもお弟子さんの一人)を

育てた江藤俊哉先生が担当したことが何度かあった筈だ。あれは、ヴァイオリンを弾かない人間ですら興味深かった。

フルートなら、今のフルーティストの先生の先生ぐらいにあたる、昔のN響首席、吉田雅夫氏や、

私の年代にはお馴染みの小出信也氏、他。ギターは荘村清志氏、他

ピアノは、弘中孝氏、田村宏氏、井内澄子氏、安川加寿子氏、松浦豊明氏、宮沢明子氏、他

当時、目の眩むような大先生ばかりだったが、生徒も出来が良く、限りなく興味深かった。


現代史に関わるものでは、「バックミラーの証言 20人の宰相を運んだ男」

柄澤好三郎さん79歳(引用者注:番組放送=1981年8月当時)。彼は昭和2年から22年間、内閣総理大臣付のドライバーとして、

バックミラーにその時々の宰相の姿を見続けてきた。

テロと戦争をかいぐり現役を退いた彼が今初めて語る田中義一から片山哲までの知られざる宰相像。

この番組放送当時は当然すでに普通のおじいさんだったのだが、何しろ、自分の目で東条英機も鈴木貫太郎も米内光政も

見ているのだから。その証言は極めて興味深かった。

東条英機は朝食を摂らず、デミタスカップ一杯のトロトロの濃いコーヒー一杯だけだったとか、

まあ、そんなのは枝葉末節だけれども、NHKの映像には、殆ど資料というより、史料に近いものが沢山ある。

私は、先週、1年分の受信料、25,500円を支払いましたけどね。それ以外にこういう番組を

ネットで検索して、自宅で見られるようにして欲しいですね。それは別料金でも良いよ。情報はただじゃないから。

YouTubeなどにこうしたNHKの過去の番組を誰かがアップすると、どうやら見張っている担当者がいるらしくて、

アッというまに削除される。それは著作権法上正当な権利行使だが、NHKは著作「権」ばかりを主張する。

分かった。それは守るから、カネを払っても良いから、もっと自由に見られるようにしてくれ。

NHKオンデマンドの315円で24時間しか見られない(例外もあるが)料金設定も、どうかと思う。保存は勿論できないのだから、

視聴可能期間を延ばすか、料金を下げるか、どちらかにして欲しい。余程のことがないと利用する気にならない。

番組をネット配信するなら、我々のように真面目に(というか当然なのだが)受信料を納めている利用者のニーズを、

良く調べて欲しい。

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2010.11.03

ナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)の薦め。

◆過去にも書きましたが、新しい読者もおられますので。

百聞は一見にしかず。これが、ナクソス・ミュージック・ライブラリー(以下、「NML」と記す)

月額1,890円で、CD48,000枚分、曲数(数え方によるが)は、693,167曲が聴ける(サイトに書いてあるとおり。)

このサービスが始まった頃は、「最初の1ヶ月無料」サービスがあったような気がする(うろ覚えである)が、

今は、どうやらそれは無さそうなので、入会するなら月にはじめの方がいい。

ダウンロードは出来ない。ストリーミングだけ。逆に言うと、ファイルをダウンロードしないということは、

バックアップを取る必要もない。レコード、CDを買うときにような「所有感」は得られないが、

とにかく色々な音楽を聴くことが出来る。


◆今の人が羨ましいですよ。

昔は色々な演奏を聴きたくてもレコードを買うか、学生はカネがないから、

いつ、なにが放送されるか分からないFM番組を事前にチェックし、

聴きたい曲の放送をカセットテープに録音する(これを「エア・チェック」と言ったしかなかった)。

今はインターネットの普及、発達により、1,890円で聴きたい放題とは夢のようである。

今まで聴いた事がない作曲家とか、苦手な作曲家(私だったらブルックナー)、

のCDを買うのはなかなか決心が付かないし、レコード店での試聴も限度がある。

珍しい音楽ではなくても、ハイドンの全ての交響曲や、バッハの全てのカンタータ

を買って揃えようとしたら、今は随分安くなったが、昔の学生にはとてもじゃないが、無理な相談だった。


NMLならば、何しろ定額だから、片っ端から聴いて見たらいい。

ナクソスの会社設立趣旨が、無名だが、才能ある演奏家を見出して、廉価のCDを製造販売する

ということだから、グラモフォンとかEMIなどが売るような、所謂「一流」演奏家の録音はあまりない

(それでも、例外的に少しは、ある)。

しかし、私は逆に、はNMLによって、ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、コンセルトヘボウ、クリーブランド、ロンドン響

だけがオーケストラではないこと、

アルゲリッチやパールマンやヨー・ヨー・マだけが、「聴くに値する演奏家」

なのではないことが、よく分かった。


実際、全然見たことも聴いたこともないオーケストラや指揮者、ソリストの名演が驚くほど多い。

例えば、私が最も好むヴァイオリニストの1人は、カナダのジェームズ・エーネス(James Ehnes)という人だが、

恥ずかしながら、NMLに入会するまで、全く知らなかった。


私の「聴くレパートリー」は「泰西名曲」が中心だし、大レーベルに録音出来る音楽家の得能が中心となっている。

それは、悪いことでも恥ずかしいことでもないが、もしも、もう少し感受性が柔軟な若い頃に、

インターネットとNMLがあったら、

もっと色々な曲を片っ端から聴いていただろうし、「聴くレパートリー」が広がったかもしれない。

そう考えると残念だが、そんなことを嘆いてもどうしようもない。

兎にも角にも、生きている間にこういう便利なシステムとサービスが存在することは幸福である。


◆NMLで知った演奏。

上段に書いた、ジェームズ・エーネス氏の演奏から、まずバッハ。

無伴奏のなかから、パルティータ1番のTempo di Borea。

これは、J.S. バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ BWV 1001 - 1006 (エーネス)

聴くことが出来る。

無伴奏ヴァイオリン パルティータ第1番 ロ短調 BWV 1002 より Tempo di Borea



Partita No. 1 in B minor, BWV 1002 VII. Tempo di Borea



これは、ヴァイオリンの演奏の中でも非常に上手い方に属すると断定していいと思います。


同じエーネス氏。クライスラー:作品選集から、



コレルリの主題による変奏曲







上手いですね。実に素晴らしい音とテクニックを兼ね備えている。エーネスをもう一曲だけ。

自分もヴァイオリニストで非常に高度なテクニックをもっていたというヴィエニアフスキーの作品。

ヴィエニャフスキ/サラサーテ:ヴァイオリン・ショウピースから。


ヴィエニャフスキ:スケルツォ・タランテッラ ト短調 Op. 16







次は、ガラリとかわるのですが、滅多に聴けない。輸入盤を扱っているCD屋でも、Amazonを漠然と眺めていても、

決して発見できないであろうような演奏。チマローザ作曲(ではないことが最近分かったらしいが)ベンジャミン編曲による

オーボエ協奏曲を、ハープ伴奏のソプラノ・サックスで演奏したものです。これは綺麗。

このページ。

マスネ:タイスの瞑想曲/ラフマニノフ:ヴォカリーズ/ラヴェル:亡き女王のためのパヴァーヌ/グリーグ:ソルヴェイグの歌(ブローディ/E. グッドマン)



オーボエ協奏曲(ベンジャミン)第一楽章 ラルゲット







次はオーボエよりこちらの方が良いのではないか?と言うぐらいの切ないシチリアーノ。


オーボエ協奏曲(ベンジャミン)第三楽章 シチリアーノ。







古い録音もあります。パガニーニの「無窮動」という延々と16分音符が続く曲。

元々はソロ曲ですが、昔のトスカニーニという大指揮者が手兵、NBC交響楽団用に編曲したもの。

ワーグナー/シュトラウスII/パガニーニ/グルック:管弦楽作品集(トスカニーニ)

こんなの、普通目に止まって買うということは、CDではあり得ません。


ニコロ・パガニーニ 常動曲 ハ長調 Op. 11/MS 72 NBC交響楽団 アルトゥーロ・トスカニーニ







珍しい楽器の独奏もあります。テューバ。テューバそのものは吹奏楽にいた人、

今もやっている人は珍しくも何ともないでしょうが、一般には殆どの人が知りません。

ましてや、テューバのソロなんて殆どの人は一生聴かないで終わるでしょう。

オリジナルのテューバ・ソロ曲や、ヴォーン・ウィリアムズのテューバ協奏曲があり、NMLで聴けますが、

私の好みではないので、敢えて、編曲もので。「マルチェルロ」の「チェロ・ソナタ」を「テューバ」で演奏してます。

ヴィヴァルディ/ウェーバー/マルチェッロ:トロンボーンとテューバ



マルチェルロ チェロ・ソナタ ヘ長調(チューバ編)第一楽章







この包み込むような暖かさがすきなんですけどね。


マルチェルロ チェロ・ソナタ ヘ長調(チューバ編)第二楽章







と、変わったのばかりを紹介しましたが、勿論ナクソス・ミュージック・ライブラリーでは、

バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ショパン、マーラー、ブルックナーなど、

「普通の曲」が全部聴けることは、言うまでもありません。


私も若い頃は狂ったようにCDを買い漁った時期があり、それはそれで良かったのですが、

この年になると、子供の学費とか、色々、不自由なもので、昔のようには買えません。

NMLは、同じような状況の音楽好きの方々にお奨めです。尤も、再生の音質に関して、私はよほどひどくない限り

「どうでも良い」人間でして、その点に神経質な人には不向きかも知れません。いずれにせよ。

ご自分の自由意思でご決断下さい。私とナクソス・ミュージック・ライブラリーには何の利害関係もございません。

それでは。

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2010.11.02

「耳かき店員ら殺害で無期懲役判決 裁判員、死刑を回避」←これを死刑にしなくてどうする。

◆記事:耳かき店員ら殺害 無期懲役の判決(NHK 11月1日 18時19分)

東京・港区で、耳かき店の従業員だった女性と祖母を殺害した罪に問われた男の裁判員裁判で、

東京地方裁判所は「何の落ち度もない2人を殺害した刑事責任はきわめて重大だが、

極刑にするほど悪質とは言えず、自分のどこに問題があったのか、人生の最後の瞬間まで苦しみながら考え抜くべきだ」と指摘し、

無期懲役を言い渡しました。この裁判で、検察は裁判員裁判では初めて死刑を求刑していました。



裁判員たちが審理したのは、去年8月、耳かき店の従業員だった江尻美保さん(当時21歳)と祖母の鈴木芳江さん

(当時78歳)が、東京・港区の自宅で刃物で刺されて殺害された事件で、店の客だった千葉市の元会社員、林貢二被告(42)が

殺人などの罪に問われました。林被告は起訴された内容を全面的に認め、検察は裁判員裁判では初めて死刑を求刑していました。

1日の判決で、東京地方裁判所の若園敦雄裁判長は

「何の落ち度もない2人を身勝手な動機から連続して惨殺した被告の刑事責任はきわめて重大だ。

自分の母親と娘を同時に亡くした美保さんの母親が精神的なショックで今も家の外に出ることができず、

遺族たちが極刑を望んでいるのは当然で、その思いには深く動かされた。

事件の最大の原因は、相手の立場に立って物事を見ようとしない被告の人格や考え方にあるのに

裁判の最後までそのことに気づかない被告の言動には許しがたいものがある」と指摘しました。

その一方で「この事件で、死刑を選択する余地がないのか徹底的に議論したが、

結局、極刑がやむをえないという結論には至らなかった」と述べました。



理由として、裁判長は「被告は美保さんに恋愛に近い感情を持ち、拒絶されると絶望感を抱いて抑うつ状態になり、

怒りや憎しみから殺害を決意したもので、犯行の動機が極刑に値するほど悪質なものとまではいえない。

祖母の芳江さんの殺害は偶発的なもので、計画性は認められない。被告なりに反省の態度を示しており、

自分のどこに問題があったのか、人生の最後の瞬間まで苦しみながら考え抜くべきだ」などと述べ、林被告に無期懲役を言い渡しました。

判決のあと林被告の弁護士は「被告はこの判決をしんしに受け止め、これからも自分の犯した罪に向き合い、

被害者とご遺族のことを考え続けていくものと思います」というコメントを出しました。

東京地方検察庁の大鶴基成次席検事は

「死刑が選択されなかったことについては判決内容を十分検討し、適切に対応したい」というコメントを出しました。

一方、亡くなった江尻美保さんの父親は「判決を聞いて、悔しくて涙も出ませんでした。

『自分なりに』反省を示せばよいのか、人間を2人殺してこんな判決でいいのかと思います。

この事件で無期懲役になるのであれば、いったい何人殺せば死刑になるというのでしょうか。

検察官には、ぜひ控訴していただきたいと思います」というコメントを代理人を通じて出しました。


◆コメント:訳の分からない判決理由。

私は、裁判員制度が話題になり始めた頃から、この制度には反対でした。2004年のことです。

2004年03月02日(火)国民が刑事裁判に参加へ、裁判員法案を閣議決定」←止めた方がいいと思います。

今日の判決で無期懲役になったのは、要するに裁判員がビビッたのでしょうね。

「自分達の判断で、殺人犯とは言え、人が1人、国家によって殺されるかも知れない。」と、素人がその場にいたら、

やはり、怖くなるのですよ。だから裁判員制度なんてダメなのです。裁判によって事実認定がなされ、

適切な量刑が下されるためには、多くの犯罪者を見てきて、判例も十分に知っている法律の専門家が判断を下す、

ということが、近代的裁判の基本ですよ。職業裁判官とて、死刑判決を下した後は、顔色が悪いそうです。

それだけのプレッシャーとストレスがかかるけど、死刑にすべき時は「エイッ」と死刑に出来るのはプロだけです。


無期懲役になったのは、素人が混ざっているからです。自分が人を死刑にすることに関与することをおそれたのです。

そうは言えないから、裁判長は、判決理由で訳の分からん事を言っています。

  • 何の落ち度もない2人を身勝手な動機から連続して惨殺した被告の刑事責任はきわめて重大

  • 自分の母親と娘を同時に亡くした美保さんの母親が精神的なショックで今も家の外に出ることができず、遺族たちが極刑を望んでいるのは当然

  • 事件の最大の原因は、相手の立場に立って物事を見ようとしない被告の人格や考え方にあるのに裁判の最後までそのことに気づかない被告の言動には許しがたいものがある

これほど、被告人の落ち度、を指摘しておいて、
結局、極刑がやむをえないという結論には至らなかった

って、誰が読んでも納得出来ません。犯人は、江尻美保さん(当時21歳)のクビを刺したばかりではなく、

祖母の鈴木芳江さん(当時78歳)のクビを、刃物で16回も刺しているのですよ?


近代刑法の原則に「自力救済の禁止」という概念があります。

要するに、被害者の遺族らが、「敵討ち」をしては、いけない。それをやったら社会が混乱する。

専門家に任せなさい。貴方達(遺族)の無念は、代わりに司法が晴らしてあげます、ということです。

しかし、こんな判決では、被害者の関係者、そして社会全体の犯人に対する「応報感情」が充足されません。


物騒な事を言うようですが、仮に私が江尻美保さんの父親ならば、

今日、傍聴するときに何とかして鋭利な刃物を法廷に持ち込み、死刑ではないことが分かった瞬間、

法廷に飛び出して、その場で犯人を滅多刺しにして、殺さなければ気が済まない、と思います。

その場で殺せなくても、無期懲役の途中で弊の外に出て来た瞬間に何としてもこの手で娘の敵を討とう

とするでしょう。その結果、自分は当然殺人の罪に問われるても、そんなことは問題ではない。

後がどうなろうが知ったことではない。警察に捕まる前に自殺するかも知れない---

あくまでも仮定上の話ですが、つまり、応報感情が満たされなくては、刑事裁判として、

機能していないと思います。

判決後記者会見に応じた裁判員のひとりは、
「人(この場合、犯人のこと)の生命の重さを考えた」

と、述べたそうです。

私はその「重い生命」を二つも自分勝手な理由で永遠に奪った林被告人の生命の重さなど、ない。

ヘリウムガスよりも軽い、と思います。

無期懲役になれば、毎日刑務所で食事がでます。何十年も、この人殺しを

我々が額に汗して働いて納めた税金で、食わせてやり、雨風をしのげる刑務所という

立派な建物の中で生き続けさせるのでしょうか?

また、本件については検察側が控訴し、さらに死刑が出なければ最高裁に上告すると

思われます。そうなったら、専門家だけによる判断で死刑判決が下る可能性が高いです。

結局、「無期懲役」を選択した裁判員の判断は無駄となります。

裁判員制度を導入し、続ける事に、意味があるのでしょうか?

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2010.11.01

「サミット対策資料が流出=外国人動向、大使館口座記録も―ネット国際テロ情報」←いい加減にして下さいよ。

◆記事1:サミット対策資料が流出=外国人動向、大使館口座記録も―ネット国際テロ情報(時事通信 10月31日(日)13時34分配信)

国際テロの捜査情報がインターネットに流出した問題で、2008年7月の北海道・洞爺湖サミット(主要国首脳会議)

開催に伴う対策資料が含まれていることが31日、関係者の話で分かった。外国人の動向や在日大使館の口座記録などもあるという。

これらは機密性が高く、警視庁公安部外事3課などの内部資料の可能性があり、同庁は流出情報の実態調査や確認を急いでいる。

同サミットは01年の米同時テロ以降、国内で初めてとなる大規模国際会議だったため、

警察当局が日本を取り巻く国際テロ情勢の把握や警戒を強化していた。

関係者によると、流出資料には、こうしたサミット対策関連があったほか、外事3課などが通常業務で把握する来日外国人らの動向を記録した資料も存在。

04年に判明した国際テロ組織関係者の国内潜伏に関する情報も含まれている。


◆記事2;文書流出 テロ捜査協力者名も(NHK 11月1日 8時59分)

警視庁のものとみられる国際テロに関する内部文書がインターネット上に掲載され、警視庁が調査している問題で、

流出したとされる文書は100点以上に上り、中には国際テロの捜査の協力者の名前など

秘匿性が高い情報や個人情報が多く含まれていることがわかりました。

この問題は、警視庁のものとみられる国際テロの捜査などに関する内部文書が、ファイル交換ソフトを通じて流出し


インターネット上に掲載されているとして、警視庁が調査しているものです。

関係者によりますと、インターネットに流出したとされる文書は100点以上に上り、

多くが平成16年から去年にかけて作成されたものとみられ、中には国際テロの捜査の協力者の名前や住所、

捜査員が接触した際の詳しい状況などが記された文書もあります。また、外国の大使館の職員の銀行口座の情報や、

日本に住む複数のイスラム教徒の個人情報や動向、テロの対策や捜査に当たる警察官の名前や家族の状況、

おととし日本で開かれた北海道洞爺湖サミットでの国際テロ対策に関する資料など、

流出した文書には秘匿性が高い情報や個人情報が多く含まれていることがわかりました。

警視庁は「文書が警察で作成されたものかどうかや、どこから流出したのかについては調査中だ」としていますが、

今月、横浜市で開かれるAPEC=アジア太平洋経済協力会議への影響が懸念されています。


◆コメント:「情報」に対する危機感の欠如。

自衛隊がイージス艦情報をファイル交換ソフトを通じて、こともあろうにエロ写真と一緒に世界中にバラ播いて

我が国が大恥をかいたことがあったが、この時といい、今回といい、事態に対する世論の怒りとか切迫感が希薄であるように

思われる。


情報が漏洩したこと自体、大問題だが、テロ捜査協力者って、要するに外事課などが、テロ組織に

潜入させている「スパイ」でしょ?その身許が明らかになったら、協力者が、テロリストに殺されるわけですよ。

今度、横浜で開かれるAPECへの影響は無視出来ないが、こういうことがあると、今後だれも、情報提供者が

いなくなりますよ。どうも日本人は情報を入手する、とか、情報を管理するという観念が希薄である。

真珠湾攻撃の内容もスケジュールも全て傍受・解読されていて、ルーズベルト大統領はそれを知っていて、

故意に日本人に先制攻撃をしかけさせて、米国人に「汚いジャップ」のイメージを植え付けることに成功したが、

軍隊(自衛隊)も警察も60年前から情報に関する危機意識は全く進歩していないし、国民のそれも同様である。

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