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2010年12月

2010.12.31

【音楽】「JIROの独断的日記・ジルベスター・コンサート」。モーリスアンドレ、モーツァルト:オーボエ協奏曲、他。

◆一時期絶盤になっていた録音が復刻していました。

「ジルベスター・コンサート」と銘打つには、本当は、ややマニアックなのですが、

私の好きな、トランペットで1年を締めくくらせて頂きます。


モーリス・アンドレというフランスの天才トランペット奏者のことは、

これまで何度も紹介しました。「天才トランペット奏者」ではありません。

議論の余地は無い。紛れもない「天才トランペット奏者」そのものです。

ずっと昔、NHK毎週木曜日の「NHKシンフォニー・ホール」という、

今の「N響アワー」の源流とでも言うべき番組では、当時非常に冷静かつ公平な

評価をする、音楽評論家・大木正興(まさおき)氏が一人でニコリともしないで、

曲目を解説し、演奏後、再び面白くも可笑しくもない、つまり、全く大衆に迎合する気はない、

と(勿論、そういう言葉は使わないですが、見ていて明らかなのです)いう態度で、

演奏評を加える、という構成の番組でした。

そのクソ真面目な、滅多なことでは冗談めいたことを口にしない大木正興氏が、

全くこの人、ラッパをくわえて生まれてきたのではないか、と思うほどであります。

と、殆ど無条件の大絶賛を下したのが、モーリス・アンドレでした。

今から40年近く前で「トランペット協奏曲」などというのは、全くクラシックでは

傍流だった(今もそうかも知れませんが)だった時代に、大木さんは非常に正しい評価を

した、と、思います。それは、トランペットのことは分からなくても、音楽の演奏そのものを

公平に評価した結果です。



モーリス・アンドレのレコードは一時期、大量にありましたが、

彼が全盛期を過ぎたら、みるみるうちに減り、CD化された録音も多くは絶盤となりました。

しかし、先日たまたま発見しましたが、最近復刻版が(輸入盤ですが)出ました。

Maurice Andre Edition - Concertos Box Vol.1です。6枚で3,600円は

録音の内容に鑑み、安い、と思います。

相当マニアックな分野で、本来、自分がトランペットを吹く人か、

トランペットを非常に好む人しか、買わないでしょう。

だからこそ、ご紹介したいのです。そうしないと、世間に知られないまま、

終わってしまいそうですから。


◆トランペットでモーツァルトの「オーボエ協奏曲」を原調のまま吹いています。

モーツァルトのオーボエ協奏曲は、オーケストラのオーディションや、様々なコンクールで

オーボエ奏者が必ず吹かされるほどで、凡そオーボエを勉強して、この曲を知らないということは

あり得ない。オーボエで吹いても難しいと思いますが、モーリス・アンドレは、この曲を

原調のまま、ピッコロ・トランペットで演奏しています。

気が遠くなるほど難しいと思います。とにかく、お聴き下さい。


モーツァルト:オーボエ協奏曲ハ長調 K.314 第1楽章(トランペット版)






モーツァルト:オーボエ協奏曲ハ長調 K.314 第3楽章







他に、これを吹いた人を私は知りません。

テクニック以前に「音」、です。しかもこれはトランペットにとっては、

非常な高音域。高音になっても音がキンキンしない。ピッコロトランペットと言って、

通常のトランペットの半分の管長の楽器です。管が短いほど、音程は狂いやすくなります。

そのような、ありとあらゆる難しさを全く感じさせない所が天才の天才たる所以です。


◆ゴットフリート・ハインリヒ・シュテルツェル:4本のトランペットの為の合奏協奏曲。

ゴットフリート・ハインリヒ・シュテルツェル(Gottfried Heinrich Stolzel)は、

バッハと同時代のドイツの作曲家で、ドイツ中部のゴータ宮廷の楽長をつとめました。

バッハは、1685年生まれ、1750年没。

シュテルツェルは、1690年生まれ、1749年没。

殆ど、生涯が重なっています。


バッハはシュテルツェルのことを尊敬していたらしいですが、

尊敬する余り(?)従来、バッハ先生、シュテルツェルの曲を借用してます。

従来、バッハの作品とされていた曲のいくつかは、実はシュテルツェルの作品だった

ということが、学者先生の研究で判明したそうです。「アンナ・マグダレーナ・バッハの為の音楽帳」

という曲集で、BWV 508「あなたがそばにいたら」("Bist du bei mir")という歌があります。

これは、シュテルツェルの作品だそうです。


それはさておき、Maurice Andre Edition - Concertos Box Vol.1には、

シュテルツェルの「6本のトランペット、フルート、オーボエ、ファゴット、通奏低音の為の合奏協奏曲」という

華やかな曲が収録されています。アンドレ以外のトランペット・パートは彼の弟子たちが、

吹いていますが、ライナーノーツをよく読んだら、トランペット群に唯一の日本人杉木峯夫さんのお名前がありました。

杉木さんはパリのコンセルヴァトアールに留学しておられましたが、アンドレのお弟子さんなのです。

帰国後10年以上も札幌交響楽団・首席トランペット奏者を務めておられました。

どれが杉木さんの音か、「トランペット群」の1人なので分かりませんが、

モーリス・アンドレに認められたからこそ、録音に参加しているのでしょう。

大したものです。

それでは、曲を。


シュテルツェル:「6本のトランペット、フルート、オーボエ、ファゴット、通奏低音の為の合奏協奏曲」第1楽章







同:第3楽章







絢爛豪華で見事な音楽ですが、これ、バッハの曲だと言われても違和感ないですね。

お互いに作風を真似していたのかもしれません。


◆バッハ:管弦楽組曲第2番 BWV 1067(トランペット版)

バッハの「管弦楽組曲」は4曲あり、それぞれ構成は似ていますが、

作風は違うのです。2番は本来独奏フルートと管弦楽の「協奏曲」のような形になっていますが、

その独奏フルートパートを、モーリス・アンドレはトランペットで吹いてしまいました。


以前から何度もご紹介しているのですが、

2006年11月25日(土) 雅子妃殿下とトランペットココログ

で一部を載せたのが最初です。


最後の「バディネリ」は動きが速く、演奏がとってもたいへんなので、

旋律が「とってもとってもたいへんだ」に聞こえる、と書いたのが、

予想以上にウケたのを、覚えています。


長く絶盤でしたが、漸く(CD BOXを買えば、ですが)引用元を買って頂けるようになりました。

では、曲を。


バッハ:管弦楽組曲第2番 BWV 1067 1 序曲







バッハ:管弦楽組曲第2番 BWV 1067 2 ロンド







バッハ:管弦楽組曲第2番 BWV 1067 3 サラバンド







私は、この後のブーレ以降がとくに好きなのです。正確にはブーレⅠ、Ⅱと書くのですが、

ブーレⅡが実に切ない。


バッハ:管弦楽組曲第2番 BWV 1067 4 ブーレ Ⅰ・Ⅱ







次のポロネーズ、中間部は「ドゥーブル」というのですが、

主旋律を、チェロが弾き、独奏トランペット(原曲ではフルート)はオブリガートを

演奏します。ものすごく高い音でしかも、ブレス(息継ぎ)がなかなか取れない。

聴いて想像する以上に、演奏は難しいと思います。


バッハ:管弦楽組曲第2番 BWV 1067 5 ポロネーズ







次のメヌエットは比較的簡単ですが、とても美しい。

書き忘れましたが、「管弦楽組曲2番」はアルト・リコーダーでも吹けます。

楽譜が出版されています。

アルトリコーダーと通奏低音のための バッハ管弦楽組曲第2番。

最初は「メヌエット」から練習すると良いかも知れません。


バッハ:管弦楽組曲第2番 BWV 1067 6 メヌエット







最後です。「とってもとっても大変だ」の、「バディネリ」。


バッハ:管弦楽組曲第2番 BWV 1067 7 バディネリ







如何でしたでしょうか?

と言っても、今年も残りわずか。お正月にゆっくりとお好きな曲から

ご自由にお聴き下さい。

40年音楽を聴いています。素人の知ったかぶりですが、

モーリス・アンドレは間違いなく、不世出の名手。天才です。


最後になりましたが、

皆様、本年も「JIROの独断的日記」にお付き合い頂き、ありがとうございました。

どうぞ、良いお年をお迎え下さい。


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2010.12.30

【御愛読御礼】ウェブ日記エンピツアクセス数が、累計100万を突破しました。ありがとうございます。

◆書き始めてから、8年8ヶ月と15日になります。

読者の皆様におかれましては、平素より弊日記をお読み頂き、

誠にありがとうございます。


アクセス解析を見ますと、毎日、初めて私の日記・ブログにアクセスして下さる方

(尤も、JavaScriptをoffに設定すると何度目でも「1回目のアクセス」と認識されるようですが・・・)

がおられる一方、1692回目という方もいらっしゃいます。

有難いことでございます。


私が最初にネットで「JIROの独断的日記」としてヘタクソな文章を公開し始めたのは、

2002年4月15日でした。同じ文章をブログサービスココログに、

JIROの独断的日記ココログ版として載せ始めたのは、

約2年半後、2004年11月です。


「JIROの独断的日記ココログ版」は、先日既に100万アクセスを達成したのですが、

私がボンヤリしておりまして、気が付いた時には既に101万くらいになってしまい、

御礼を書き損ねてしまいました。


そこで、元祖、エンピツの「JIROの独断的日記」のカウンターは、最近、ウオッチしておりました。

昨夜は確かに「99万9千」台でしたが、本日、帰宅後に見ましたら、100万を超えております。

目次でも、最新のページでも、

どのページでも結構ですが、ページの一番下、右側をご覧頂くと、カウンターが表示されます。

現在(2010年12月30日(木)20時34分)、"1,000,324"です。過去24時間のいずれかの時点で

累計100万アクセスを突破したことは明らかであります。


書き始めてからの日数は3181日。

記事数はこの一文がちょうど2,900番目となります。

最初の半年は何を書いて良いか分からず、ご覧頂くのが誠に恥ずかしい

(それは、現在でも大して変わっておりませんが)文章である上に、毎日更新しなかったのと、

途中、度々サボったことが歴然としております。


累計アクセス数は、書き続けていれば増えるのは当たり前ですし、

タカが一素人の日記ですので、大袈裟に騒ぐのはおこがましいのですが、

やはり、書いている身としては、延べ100万人の方に、アクセスして頂いたことは

感無量であります。

勿論、おカネを頂戴しているわけではありませんが、それよりも、もっと大切な

読者の皆様方の人生に於ける、取り返しの付かない(不可逆的である、という意味です)

「時間」を、拙文を読む為に割いて頂いていることを、誠に忝なく思う次第でございます。

今後共、お気が向いたときに、弊日記・ブログにお付き合い頂ければ、

幸いでございます。

御礼の文章まで、駄文で申し訳ありませんが、

皆様に、取り急ぎ、御礼まで。

なお、昨夜は更新途中で寝てしまいましたが、内容はほぼ

出来上がっておりますので、明日は必ず更新させて頂きます。

年末のご挨拶は、その時に。本日は、最後にもう一度。

弊日記を御愛読頂き、ありがとうございます。

失礼致しました。

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2010.12.29

みんな、自分で思っているほど「正気」なのだろうか。

◆ふと、思ったのですけどね。

きっかけはこんにゃくゼリー騒動である。

先週、消費者庁が「こんにゃくゼリーの安全指標」を策定し、製造業者に対して

直径を1㎝以下にするよう、早期に要請するという話が出て、ネット上では

こういう分かりやすい3面記事は大いに話題になるようだ。


何故、こんな事を国家が介入しないといけないのか、というと、2008年に1歳11ヶ月男児が

こんにゃくゼリーで窒息死し、両親がマンナンライフに対して、製造物責任法に基づく、

損害賠償請求を起こしたからだろう。

今年の11月に神戸地裁姫路支部は、原告の請求を棄却したが、両親はそれを不服として控訴した。

私には

「正気の沙汰とは思われない」

のである。

1歳児にこんにゃくゼリーを食わせたら喉に詰まるかも知れない危険があることぐらい、当然予想して

然るべきだ。

どうしてもこんにゃくゼリーを食わせたいならば小さく切れば良いだけの話で、

或いは、危険だと思うなら(思わなかったのだろうが)はじめから子供にはこんにゃくゼリーを

与えなければよい。それだけのことが。製造者に責任は無い。


同じように大騒ぎになった「割り箸訴訟」と似ている。

そもそも子供に綿飴を買い与えるのは良いが、それを食べながら歩かせる方が悪い。

行儀が悪い。私の子どもの頃は「歩きながら物を食べるのは、乞食のすることだ」と

躾けられたものである。大学病院に損害賠償請求する前に、親である自分の不注意を反省すべきである。

何でも他人の所為にする。訳の分からない人間が増えるから、「こんにゃくゼリーの安全基準」を

国が策定する、というアホなことが起きる。


◆虚構と現実の倒錯。

もう一つ。全然違う種類のことだが、テレビドラマの終わりに

このドラマはフィクションです。

という「断り書き」が表示される。大分簡潔になった方だ。

以前は、
このドラマのストーリーはフィクションであり、登場する人物、団体などは全て架空のものです。

だった。

しかし、私が子供の頃、あんな表示はなかったのである。

言うまでも無いほど当たり前の事だからだ。

「ドラマ」は「芝居」であり、芝居は全て「ウソ」だ、ということぐらい、

子供にさえ分かる事だ。

だから「このドラマのストーリーはフィクション~」の表示が初めて出たとき、

私の親父など、怒っていたのを思い出す。
そんなこと、当たり前じゃないか。言われなくても分かってる。人をバカにするのか。

ということだ。誠にその通りで、当時子供だった私にでさえ、滑稽に思えた。

だが、世の中「存在するものには理由がある」のだ。


私は目撃したことがないから、半信半疑なのだが、ドラマにおいて悪役・敵役を演ずる

役者さんが、道を歩いていると見知らぬ一般人からすれ違いザマに罵倒されたり

甚だしい場合には石を投げられるという。悪役の子供さんは学校でイジメられることが多い、という。


昔、NHKの朝ドラ「おしん」(1983年4月4日~1984年3月31日)は、驚異的なほど高い視聴率を得た。

「おしん」の子供時代を演じた女優の小林綾子さん(当時は子役)は、ドラマの舞台となった山形のみならず、

全国で、うっかりオバサンたちにつかまると
お腹空いてるんでしょ?可哀想にねぇ。ご飯食べていきなさい。

と、迫られ、困惑したという。オバサンたちが善意であることは否定しないが、

やはり、「正気の沙汰とは思えない」。


かつて、インスタントコーヒー、「ネスカフェ・ゴールドブレンド」のCMで

「違いの分かる男のゴールドブレンド」シリーズが長く放送された。

小説家、音楽家、画家、建築家など、もっぱら「文化人」が登場するのである。

岩城宏之さんが、「違いの分かる男」だった頃、あるゴルフ場でキャディーのオバサンから、
あんた、大変やねえ。毎日あんなにコーヒー飲んで、お腹こわさん?

と、本気で心配され、一瞬絶句したという。

この手の話は枚挙に暇がない。現実と虚構の区別が付かないというのは、

相当、「危ない」レベルだが、「このドラマのストーリーはフィクションであり~」が

表示されるようになったのは、多分、ドラマを現実と錯覚した視聴者から、

苦情の電話が多かったからであろう。

大抵の人は、自分の精神や人格はずっしりと落ちついており、「狂気の要素」など

微塵もない、と考えているだろうが、人間の精神はそれほど、堅固なものでは、無いのかもしれない。

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2010.12.28

万年筆雑感。モンブランの万年筆は好きだが、会社はどういうつもりなのか。

◆ペンで紙に文字を書く機会が激減しましたね。

皆さん同じだと思うけれども、PCとネットの普及により、日本語(だけではないが)の文字は

「書く」ものではなく、キーボードなどから「入力する」ものになった。

効率性や利便性から言えば「入力」が便利なのは明らかだ。

キーボード入力ほど早く手書きするのは無理だし、書き間違えてもパソコンなら削除して

入力し直すだけだが、万年筆で文字を書き間違えたら、それが手紙だったら、

書き直すしかない。というわけで、ついつい「キーボードで文字を書く」のが当たり前に

なっているが、意識的に、「手書きの時間」を毎日少しでも確保した方が良い。


私は11年前からパソコンを使いだしたら、余りの便利さにハマってしまい、

キーボードばかり用いていた(タッチタイピングの練習を改めてする必要は無かった。

高校生の頃、「タイプライター」で既に身につけていたからである)ら、とんでもないことが起きた。

3年ほど前、書類に住所を手書きする必要が生じた。

当時私は東京都武蔵野市に住んでいたが、書き始めてギョッとした「武蔵野市」の「蔵」が

書けなくなっていたのである。失語症の一種で失字症というのがあるが、それかと思った。

幸い病気ではなく、余りにも長い間手書きをしていないと、こういうことが起きる。

以来私は、必ずしも毎日ではないが、意識的に手で文字を書く時間を設けるようにしている。

使うのは、万年筆である。


◆筆記用具の王といえば「万年筆」。万年筆なら「モンブラン」。

最近の若い人はきっと持っていないだろうが、本来、目上に手紙を書くときには、

万年筆で書くものなのである。理由はない。そういう慣習である。


私は、ロンドン駐在時、日本よりは安い(それでも高いが)ので、

思い切ってモンブランのマイスターシュテュック 149を買った。

太字・中字・細字と三種類。今、日本で買おうとしても買えない。楽天を見た。まともに買ったら8万円近い。

人によっては、こんな物を買う人間の気が知れない、というだろう。

何しろ、日本エイサーのノートブックパソコンが5万円しない。

価格の単純比較がそもそも、無理である。万年筆は紙に文字を書く事しかできないが、

モンブランの万年筆の約半額のノートブックパソコンの機能は説明するまでもない。

合理性、効率性、機能性だけで割り切ってしまったら、8万円近い万年筆を買うことは

正気の沙汰とは思えないだろう。


経験すればわかるのだが、モンブランではなくても、ペリカンでもシェーファーでもパーカーでも良いが、

上等の万年筆が紙の上をさらさらと滑り、インクの臭いがする文字が残る快感は何とも言えないものなのである。

しかし、万年筆は最初はやや書き辛く、暫く書いている間に、ペン先が書き手の癖に馴染み、

それから漸く本当に書きやすくなるのが、以前の常識だった。ところが、ベテランの万年筆職人さんに

ペン先を調整して貰うと(勿論、料金はかかるが)、最初から、信じがたいほど書きやすい万年筆になる。

私はフルハルターという東京・大井町駅近くにあるお店のことを、

文房具の研究―万年筆と鉛筆(中公文庫ビジュアル版)を読んでロンドンで知り、

一時帰国時にわざわざ出かけたのである。


◆フルハルターのご主人の職人芸。

こちらがフルハルターさんのウェブサイトである。

この店のご主人は、長年、モンブランの日本総代理店に1977年に入社し、品質管理アフターサービス部門に17年間勤務なさった方である。

その間の修業で身につけた技術を以て、1993年「フルハルター」を開業した。「フルハルター」ドイツ語で「万年筆」という意味だそうだ。

私が訪問したのは開業後2年目ぐらいのことだ。


店主の森山さんは、正真正銘の超一流万年筆職人である。

店を訪れ、自分の万年筆を用いて、森山さんの目の前で、メモ帳に何でも良いから文字を書く。

森山さんはそれを観察し、一人一人異なる、万年筆の持ち方、紙に当てる角度、筆圧など、

万年筆所有者の「クセ」を見抜く。そして、これは好みだが、私は紙の上を滑るようにペン先が流れるのが

好きなので、そのようにして欲しいと頼むと、一旦あずかり、何日後かに取りに行くと、あら不思議。

まだ、さほど使っていない新品のモンブランが、あたかも何年も使い込んだような書きやすさになっているではないか。

私は狂喜して、ロンドンに戻った。

1997年に私が日本に帰国した後、モンブランは相変わらずすこぶる調子が良かったから、フルハルターさんのお世話に

ならずに済んだ。ところが先日、実に久しぶりにフルハルターさんの様子を知りたくなり、ウェブサイトを見つけた。

そしてそこに有る言葉を見つけて愕然とした。

モンブラン製品の販売及び修理、調整が出来なくなりました。簡単な説明をさせていただきますので、お読みください。(2006-12-22)

「簡単な説明」を読むと分かるが、
ブランドイメージを高め、共有できる正規小売店としての資格と必要条件が提示された。

そして、「フルハルター」がその条件を満たさないので、販売も修理も、調整もまかりならんということになったそうだ。

モンブランという会社はバカではないか。これほどまでに生涯をモンブラン万年筆に捧げたと言っても過言ではない、森山さんを

切り捨てたのだ。モンブランのオフィシャル・サポートセンターはあるだろうし、そこでペン先調整もするのだろうが、

私は断言するが、森山さんのような、万年筆所有者一人一人の書き癖を見抜いての微調整など、やるわけがない。

そして、そのクセに料金は「フルハルター」の倍も3倍も取るのだろう(←これは私の勝手な推測である)。

冗談じゃない。モンブラン万年筆所有者で、少し詳しい人間は、皆フルハルターを頼っていたのである。

このようなことが2006年に起きていたのを知らなかったのは迂闊だった。

誠に残念だが、段々腹が立ってきたので、もう年末だから今年は無理としても来年早々モンブランに抗議してやる。

モンブラン万年筆を所有し、かつフルハルターさんを知っている人は、是非、同じ事をして下さい。

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2010.12.27

様々な感受性に配慮する、ということ。

◆私が嫉妬深いだけかも知れぬ。

ネット上に文章を書く一般人は今やどれ程多いか分からない。

今年は、ミニ・ブログとかなんとか、色々表現はあるようだが、

兎にも角にも"Twitter"が大流行である。一回の「つぶやき」が140文字に制限されているのは、

一見不自由だが、ブログのように長文だと、文章の構成を考えなければならないが、

140文字では、その必要が無いので、各自思い付いたことをそのまま文字にすればいい。

その気軽さから、利用者数は、多分爆発的に増加している。


ちょっと読んでいると分かるが、自分に起きた「良い事」を無邪気にさらけ出す人が多い。

読まなければ良い、と分かっていてもついつい目に入ってしまう。


私が、ジトジト、ネチネチと陰気臭い性格だから悪いのだろうが、

あそこで、他人様の楽しそうな言葉を見ていると、嫉妬心を抱いている自分を発見して、

更に自己嫌悪に陥ることが、しばしばある。


◆あらゆる感受性に配慮出来れば、と思うが、それは不可能である。

あらゆる感受性を考慮したら、世の中、何もできなくなり、社会の機能がマヒしてしまう。

例えば、クルマやバイクの事故で肉親を失った人は、暫くクルマやバイクのエンジン音を聴くことすら

苦痛である、というが、だからと言って、世の中から自動車やバイクを完全になくす訳にはいかない。

航空機事故で多くの人が亡くなっているが、飛行機を今更なくす訳にはいかない。

かつて、冒険家・登山家の植村直己氏が行方不明となり、遺体は現在に至るまで発見されていないが

生存の可能性は0パーセントと判断された。1984年2月のことである。


公子夫人は記者会見で、悲しさを抑え気丈に耐え、

「植村は、だらしがないと思います」

という意味の言葉を発した。世間はその言葉に粛然としたが、記者会見の中で有ったか後日であったか、

「当分、山は見たくもありません」という意味の事を言った。

だが、言うまでもなく、地球上から山をなくすことは出来ない。


◆しかしながら、様々な感受性を配慮することは可能である。

前段の通り、世の中のあらゆる感受性を考慮出来たら、それに越したことは無いが、

現実には不可能である。しかし、世の中には様々な感受性があることを念頭に置くことは、

例え素人であっても公に文章を晒す以上、大切な事である。

この「さじ加減」は難しい。あまり色々気にしていては確かに、何も書けなくなるが、

不況で、収入が減り困っている人が多い時に、あまりにも派手な金遣いをしたことを書くのは

避けることが出来る。

又、現実世界においても、腎臓病を患い、人工透析を受けている人が大勢いて、病状にもよるが、

多くは、かなり厳密に食べ物を制限されている。1週間に何度も早帰りし、透析を受けなければ

ならない人の前で、「あの店の何とかは美味かった」というような話を延々と続けるのは、

かなり、残酷な仕打ちである。


偉そうな事を書いている私だが、今までにも自分が気が付かないだけで、多くの人の感受性に配慮が

足らなかったであろう。子供の事を書いたら、子供が欲しくても出来ない人々や、子供を事故や病気で

亡くした方は不愉快だったであろう。

その類を考え出すと無限の制約が出て、窮屈になる。

書きながら、どのように文章をまとめるか、今、苦慮している。

余りにも神経質になっては、何も文章は書けない。

しかし、様々な感受性が世の中に存在することを常に想像することを、

完全に止めてはいけないのである。

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2010.12.25

「リタリン報道のその後について」毎日新聞社会部「精神医療取材班」への五度目のメール全文/【追加】過去、毎日新聞へ送ったメール。

◆毎日新聞社サイト「お問い合わせ」フォーム経由で送った五度目のメッセージ全文

東京に住む会社員、JIRO(注:実際は実名を記載)と申します。

この件について五回目のメールになります(四回目は、2008年5月5日(又は4日)の筈です)。

申し上げたいことは前回までと変わりません、四回メールを差し上げて、

2年7ヶ月経っても返事が頂けないので、今一度、筆を執りました。


御社・社会部・精神医療取材班(←まだ、存在するのですか?)は

2000年代に入ってから、数年に亘り、盛んに「反・リタリン(注;中枢神経賦活薬)キャンペーン」をおこなっていました。


その甲斐があって(?)2007年、10月26日を以て、リタリンの適応はナルコレプシーだけになりました。



御社は大得意でしょうが、それまで、リタリンを正しく服用していた遷延性・難治性うつ病患者は大変に困りました。

3年経った今でも、率直に述べるならば、リタリンが処方されていた頃よりも、不便な生活です。

どんな薬でも三年以上も服用しなければ、完全に身体から抜け、例え依存だった人

(私は1日1錠でしたから、依存ではありませんが)ですら、完全に依存から脱しているでしょう。



しかしながら、「だから、もう良い。」という問題ではない。 

ある薬物を処方される者の一部がこれを濫用したからといって、

正しく服用している者に対してまで、処方を禁じるのは、間違っています。

たとえ、或る向精神薬の処方を止める、と決まった場合でも、

それまで長期間に亘って服用した薬は「漸減する」のが原則ですが、

この薬は2007年10月26日を以て、ナルコレプシーの患者にしか処方されなくなり、

うつ病や、大人のADD、ADHD患者には処方されなくなりました。無茶です。



この決定を下したのは、最終的には当然厚労省です。

しかし、そうなるきっかけは、販売元のノバルティス・ファーマが、

「リタリン乱用」による「社のイメージダウン」を怖れ、自ら、「リタリンの効能から、難治性・遷延性うつ病を外したい」

と申し出て、薬事審議会がこれを了承したからです。



そして、彼らをそのように行動させたかなりの部分は、毎日新聞の報道に原因がある、と、私は考えます。

何故なら、リタリンを正しく使っている場合の効果は全く取りあげず、

一部極端な濫用者のケースを誇大に取りあげたのは、毎日新聞社会部、精神医療取材班だけだったからです。



はっきり申し上げますが、御社の報道は偏向しています。

うつ病専門医の中には、「難治性・遷延性うつ病に対して、リタリンは有効だった」と主張する人もいますが、

毎日新聞は、リタリン反対論者の意見しか載せなかった、と言うだけでも公平性に欠けていました。



2007年10月29日の毎日新聞紙面に掲載された「開かれた新聞:委員会から 10月度」には、

「開かれた新聞委員会」各委員の批判的コメントが載っています。

◇効果と副作用のバランスを--柳田委員

一部の精神科医が十分な診断をしないで向精神薬を処方している実態を、報道によって告発することは重要だ。しかしその場合も、精神科の診療、特に薬物療法の全体的な状況や、効果の出ている患者の実態などについて、十分に目配りの利いた記事を構成すべきであろう。そうしないと、効果の出ている患者を混乱させることになりかねない。薬は効果と副作用のバランスをどうとるかが重要。特に精神疾患やがんなど、薬の使い方が難しい分野ではそのバランスの問題をおさえて議論していることがわかるような記事にしてほしい。


◇ずさんな診療実態、浮き彫り--田島委員

リタリンをめぐる一連の毎日新聞の報道は、この問題の現状と背景を多面的に伝えていて有益である。特に、依存症の遺族や凶悪事件への発展のケースなども含む乱用実態や、ずさんな処方を繰り返す医師や医院の診療実態が丁寧な取材によって浮き彫りになったと思う。遺族取材などにより、うつ病への適用を容認してきた国の対応の遅さも指摘しているが、今回の流通制限などの改善にとどめず、製薬会社や薬事行政の構造的な問題など掘り下げた解明も望みたい。他方でリタリンの効用、服用患者への配慮にも続報が欲しい。


◇「救われた人」への配慮必要--玉木委員

毎日新聞の一連の記事は、覚せい剤の代用品として使われることを知りながら、安易にリタリンを処方する病院に警告を発し、併せて依存症の怖さを知らしめるものだ。重要だが、それだけだと、リタリンが覚せい剤同様の恐ろしい薬品という印象になる。実際にリタリンを服用している患者には、ショックも大きいだろう。もちろん、リタリンの適正な処方で救われた人も多いはずだ。そういう観点からのフォロー記事がないのは、やはり配慮に欠けているように思える。「偏っている」という読者の批判を重く受け止めるべきだ。


◇重要な報道、全体像の整理を--吉永委員

向精神薬リタリンの一連の記事は、さまざまな問題点を明らかにしたが、提起される事柄が多岐にわたっていて多少混乱したことは否めない。薬そのものの依存性の問題、処方の安易さの問題、安易に処方する医師の問題、乱用する者の問題、医師法や医師の処方権の問題、うつ病に使用される日本の問題などが次々に提示され、部分的に読んだ場合、全体像がつかみにくい。そのため正しく処方された場合の効能に誤解を生んだ。重要な報道内容でもあり、きちんと整理してまとめた形の特集でも組んでほしい。

いずれの委員も、リタリンを正しく服用していた患者に対する配慮が欠けているという趣旨の意見を述べています。

これに対して、毎日新聞は
◇有効な防止対策を追求

リタリンの乱用による副作用被害は極めて深刻です。その背景には、患者を多く集めるために安易に処方する一部の医療機関の存在があります。リタリンをはじめ、向精神薬の乱用に歯止めをかけるにはどうしたらいいのか、医療機関や製薬会社、行政に有効な対策を求めていくことが報道の狙いです。80年代以降、リタリンが、うつ病に効くという臨床試験の結果はなく、うつ病への適応削除を決めた厚生労働省の審議会でも異論は出ていません。とはいえ、「リタリンによって何とか日常生活を送っている」という患者が少なくないのも現実です。乱用防止はもちろんですが、こうした人たちの苦しみに応えるためにも精神医療、薬物治療はどうあるべきかをさらに掘り下げていこうと考えています。【東京本社社会部長・斉藤善也】

と、社会部長がコメントを書いています。

しかし、私が知る限り、これ以降、毎日新聞が「リタリンを正しく服用していたのに、突如処方を打ち切られて困っている患者」

の特集を組んだことはない、と思います(間違っていたら申し訳有りません。特集を組んだならば、日付とページを教えて下さい)。


この件について何千通、何万通もの投書があったとは到底推察出来ず、

私に対しても2年7ヶ月経っても忙しくて返事が出来ない合理的な理由は、想像できません。


無視し続ける理由をお教え下さい。

なお、本件とは全く関係ありませんが、私の祖父は遙か昔、御社の主筆でした。

社史があれば、○○○○(注:←毎日新聞宛投書には、祖父の実名を記しました)という名前を調べて下さい。

祖父が現在の御社の偏向した報道を読んだら、さぞや嘆くだろうと思い、誠に残念です。


それでは、失礼を致します。


◆【追加】過去、毎日新聞社会部へ送ったメール。

五回目と書きましたが、過去のメールは以下の通りです。

メールは過去四回送りましたが、一回目だけは、日記の記事にしていません。特に理由はありません。

二回目。2007年12月06日(木) 毎日新聞宛質問状「リタリン報道について。患者が仮処分申し立てを行ったことを何故報道しないのか?」ココログ

三回目。2008年02月11日(月) 2月11日(月)21時02分付 毎日新聞精神医療取材班へのメール--リタリン報道に関して(注:3回目)ココログ

四回目。2008年05月05日(月) 毎日新聞社会部「精神医療取材班」への四度目のメール全文 ココログ

本文で書いた通り、前回から2年7ヶ月後に五回目を送ったのですが、

毎日新聞はいまだにこの問題を覚えている読者がいるとは想像だにしていなかったでしょう。

そもそも、自分達の「リタリン報道」すら、忘れていたかも知れません。

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【音楽・映像】J.S.バッハ:「クリスマス・オラトリオ」超ダイジェスト版。

◆バッハの三大宗教曲の一つなんです。


「クリスマス・オラトリオ」は、「マタイ受難曲」と「ロ短調ミサ」と並んで、バッハの三大宗教曲の一つなのです。

6つのオラトリオから構成されていて、単純に曲数で云うと64曲から成り立っています。

といっても、エヴァンゲリスト(福音史家)という、「司会進行役」みたいな役割の人が10秒だけ歌うところも「1曲」として

勘定した場合の64曲ですけど。


それで、「クリスマス・オラトリオ」ですが、三大宗教曲の他の二曲(も、名曲なんですが)、に比べると、純粋に

キリストの降臨を祝うための音楽ですから、景気が良いのです。

全部(オラトリオ6曲)を演奏すると3時間ぐらいかかります。私は昨年(2009年)の1月に東京J.S.バッハ合唱団が

杉並公会堂でこれを演奏したときに、ブログ(ココログ)からリンクを貼らせて頂いているヴィオラ奏者のふっこ様が

オーケストラで演奏なさるということもありまして、生で最初から最後まで聴きましたが、飽きなかったです。


勿論、ホントは聖書をよーく知っている方が聴くと別の感興を催すのでしょうが、それはあまり考えなくても良い。

音楽を聴いて、「聖書ってものを読んでみるか?」と思ったらそれは、勿論読んで頂いて結構ですが、

昨日もネット上で見かけたのですが、「バッハやヘンデルを聴くからには、まず、聖書を読まなければ」などというバカが

いますが、そんなのは関係無い。そういうこというから、みんな「何だか面倒臭そう」と敬遠するのです。

音楽それ自体の美しさ、楽しさだけでも聴く価値があります。


「意味が分からなければ」なんて言ったら、あんた。じゃあ、ベートーヴェンの「第九」のソリスト達とコーラスが歌う、

シラーの詩のドイツ語原語と日本語訳、全部知ってますか?ましてや覚えてますか?自分で歌った人は覚えているだろうけどさ。

第九を聴きに行く人。ドイツ語分かんなくても、毎年聴きたくなるでしょう? 音楽自体の表現力が圧倒的だからです。

バッハの宗教曲も同じです。


◆クリスマス・オラトリオ:まずは冒頭のコーラス。

忘れないうちに始めに書いておきます。

映像自体はYouTubeから拾ったのですが、元は、

クリスマス・オラトリオBWV 248(独語歌詞、独仏英日字幕付) ガーディナー/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ/モンテヴェルディ合唱団

です。TOWER RECORDSにもカタログ上にはありますが、HMVと同じく取り寄せになります。

さて、クリスマス・オラトリオこれは本当は1日で一度に演奏するんじゃなくて、
本来は教会暦に沿ってクリスマスから顕現節(1月6日)にかけての日曜祝日に1部ずつ分けて演奏されるものである。(ウィキペディア

そうですわ。

とにかく64曲の冒頭です。第1部 降誕節第1祝日用 第1曲 合唱「歓呼の声を放て、喜び踊れ」



J.S. Bach - Christmas Oratorio BWV 248 - Part I 'For the First Day of Christmas' - Mvt. I







ここで使われているトランペット。最近知ったのですが「バロック・トランペット」というのだそうで。

バッハの時代には、今のトランペットみたいな3本のバルブは付いていない、ただの真鍮の管を、自然倍音

というものを利用して吹いたのですが、それだと余りにも難しい。そこで比較的「最近」、1960年に

(これ、完全にアンチョコ丸写しですが)Otto Steinkopfという人によって開発されたもので、

4つの穴が開いていて、それを指で塞いだり放したりすることによって、ナチュラル・トランペットよりも

遙かに演奏しやすくなった、ということです。4つの穴がどういう役割を果たすか、ということは、

かなり専門的な話になるので割愛します。


◆オラトリオ第三部から。

前述の通り、「クリスマス・オラトリオ」は6曲のオラトリオから構成され、

それぞれが10数曲から成り立っているのですが、ここでは、第3部 「天を統べたもう君よ」全13曲の

はじめの6曲です。それは、全64曲の通し番号(?)で書くと、


  • 第24曲 合唱「天を統べたもう者よ、舌足らずの祈りを聞き入れ」

  • 第25曲 レチタティーヴォ「御使たち去りて天に行きしとき」

  • 第26曲 合唱「いざ、ベツレヘムに行きて」

  • 第27曲 レチタティーヴォ「主はその民を慰めたまえり」

  • 第28曲 コラール「主この全てをわれらになし給いしは」

  • 第29曲 アリア(二重唱)「主よ、汝の思いやり、汝の憐れみは」

ということになりますが、冒頭に書いた通り聖書は意識しなくて良いです。

音楽だけ聴いて下さい。


J.S. Bach - Christmas Oratorio BWV 248 - Part III 'For the Third Day of Christmas' - Mvts. I - VI






はい。第三部の1曲目から、6曲目でした。


◆オラトリオ第六部から。

だいぶ、飛ばしましたけど、何しろ全部載せたら3時間ですから。

最後のオラトリオ、第6部 「主よ、勝ち誇れる敵どもの息まくとき」の終わりの5曲。

それは、


  • 第60曲 レチタティーヴォ「ここに神、夢にて」

  • 第61曲 レチタティーヴォ「さらば行けよ!足れり、わが宝ここより去らずば」

  • 第62曲 アリア「さらば汝ら、勝ち誇れる敵ども、脅せかし」

  • 第63曲 レチタティーヴォ「陰府の恐れ、今は何するものぞ?」

  • 第64曲 コラール「今や汝らの神の報復はいみじくも遂げられたり」

です。特に最後のコラール。トランペットが高らかに鳴り、

実に「景気が良い」です。どうぞ。


J.S. Bach - Christmas Oratorio BWV 248 - Part VI 'For the Feats of Epiphany' - Mvts. VII - XI







お疲れ様でした。

クリスマスには、ヘンデルの「メサイア」も勿論良いのですが、クリスマス・オラトリオなんて、

普通、聴かないでしょ?私も去年まで知らなかったんですが、何だか大変気に入りまして、

ご紹介しよう、と思ったのです。

それでは、皆様、

Have a Merry Christmas!


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2010.12.24

【音楽】金管楽器のクリスマス。

◆暫く絶盤だったCDが復活したのです。

実は、3年前に一度ご紹介したCDなので、以前から弊ブログを読んで下さっている方には

申し訳ないのですが、少しずつ新しい御常連さんや、毎日、一見さんがいらっしゃるので、

もう一度取りあげます。

引用元は、ジャーマン・ブラスの原題、"At the End of the Year"(邦題は「北から南から」)

というものです。今、AmazonHMV, TOWER RECORDSを確認しました。

リンク先を比べて頂くと分かりますが、すぐに手に入るのは、TOWER RECORDSです。

HMVは取り寄せ。Amazonは一番安いですが、予約です。来年2月8日に発売予定、とのことです。

何故かTOWER RECORDSは11月10日に既に再発売されているのですが。


◆昨日YouTubeの映像を貼り付けた、あのジャーマン・ブラスです。

昨日、クリスマス・オラトリオの終曲と、「主よ、人の望みの喜びよ」(BWV 147)の映像を載せた

あの「ジャーマン・ブラス」は、一般のクラシック・ファンは知らないと思いますが、

実は既に多くのCDを録音してます。

しかし「クラシック」+「金管」ですから、かなりマニアックな世界で、すぐに売れなくなり、

品切れの場合が多いです。前回紹介したのは3年前ですが、それから暫く、何処にもありませんでした。

この度、めでたく再発売で、気に入ったら買えますから、再びご紹介することにしたのです

(絶版のCDを紹介しても手に入らなくては悔しいですから)。


◆音楽です。

前置きというか、背景説明が長くなってしまいましたが、音楽です。編曲ものばかりですが、

まあ、ラッパだけでも、色々出来るんだな(メンバーが非常に上手いから、ですが)、という

ことを、知って頂きたいな、と、こういうことですね。


一曲目。

ヘンデル「水上の音楽」から「ア・ラ・ホーンパイプ」






二曲目。

ヘンデル「王宮の花火の音楽」から「歓喜」






三曲目。

ヴィヴァルディ「四季」より「冬」第一楽章

さすがに、ラッパではちょっと無理がありますが、これ吹くのは驚異的な上手さです。






ヴィヴァルディ「四季」より「冬」第二楽章

私は「四季」はちょっと、「耳にタコが出来」た感じなのですが、

この「冬」の第二楽章が一番綺麗だと思います。






四曲目。

チャイコフスキー 「くるみ割り人形」から「スペインの踊り」(チョコレートの踊り)

これは、オリジナルでも、トランペットソロなんです。短いけど難しいソロです。

三連符で上がっていくところ。トリプル・タンギングという吹き方をします。油断すると

タンギングと指がズレます。






五曲目。

ペレス・プラド:マンボ・No.5

クリスマスと関係あるのか、よく分かりませんけど、とにかくどんちゃん騒ぎで楽しいです。

ペレス・プラド(1916-1989)という人は、キューバのバンドリーダー・作曲家だそうです。

ラテン・パーカッション(打楽器)は勿論、エキストラを招いているわけです。

それにしても、いくらプロといえど、すごい高音。きつそう・・・・。






最後。

オリジナル編曲:「ユーロ・クリスマス」(ヨーロッパのクリスマスってことでしょう)

ジャーマン・ブラスのトロンボーン奏者で南米出身のエンリケ・クレスポという人が、

ヨーロッパでクリスマスによく歌われる曲を集めた、オリジナル編曲です。長いですよ。

13分ぐらい。






お気に召したでしょうか。好みはそれぞれで構わないのは、勿論です。

ただ、前述したとおり、金管も上手い人が集まると、かなり表現力がある、ということですね。

それでは。暫く音楽が続くかも知れません(分かりませんが)。

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2010.12.23

【音楽】クリスマス(その1)。

◆明日以降、もう少し工夫します。

私は、全然信仰心などないのですが、恒例で、この時期には、何だかそれらしい曲を載せています。


今日は、昨年まで載せたことのない曲を色々考えていたのですが、

段々、訳が分からなくなってしまいました。ヘンデルの「メサイア」とか、バッハの宗教曲から

選ぼうとしたら、選曲に迷いに迷って結局考えがまとまりません。今日は「応急処置」みたいな物ですが、

勘弁して、つかあさい。

まず、バッハの「クリスマス・オラトリオ」という全曲演奏したら、3時間ぐらいかかる曲がありまして、

その一番最後、第64曲です。オラトリオですから、本来、コーラスとオーケストラですが、

私が好む、金管アンサンブル「ジャーマン・ブラス」が演奏しています。


German Brass Christmas Oratorio BWV248_No 64







クリスマス・オラトリオは6つのオラトリオから構成されています。

今のは一番最後6番目のオラトリオの最後に演奏される曲ですが、

2番目のオラトリオに、コーラスは全く歌わず、オーケストラだけで演奏する「シンフォニア」

という曲があります。暖かい音楽です。


クリスマス・オラトリオ第2部から「シンフォニア」







音楽に慰められる嬉しさを、しみじみと感じます。


次は、ヨーロッパの至る所にある教会の聖歌隊による、クリスマス・キャロルの合唱です。

引用元はNAXOSのVery Best of Christmasで、オムニバスですが、かなり良心的なCDです。

その中から余りにも有名な、日本語で「もろびとこぞりて」と呼ばれている。"Joy to the World"です。


演奏は、Worcester Cathedral Choir。イギリスのどっかの聖歌隊ですな。

典型的な編成。男声合唱とボーイソプラノ。


Joy to the World







歌詞が3番までありますけど、1回歌うと、一瞬「間」を置きます。何だかそれが習慣のようです。

次は、"Hark! The Herald Angels Sing"。

メンデルスゾーン作曲なんですね。日本ではそれほど歌われないような気がしますが、

イギリスでは、私が見た限りは、最も代表的なクリスマスの歌はこれらしいです。


Hark! The Herald Angels Sing







クリスマスの前になると、ロンドンの街角、至る所で、素人の金管四重奏が、これを吹いています。

それはもう、驚くほどの数です。ラッパ好きにとっては、何とも幸せな夢のような光景でした。


さて、最後はもう一度、ジャーマン・ブラスにご登場頂きます。引用元はBach for Brassです。

演奏している場所は、ライプツィッヒの聖トーマス教会といって、正にバッハが長年音楽監督を務め、

バッハのお墓がある教会です。曲はお馴染み、「主よ、人の望みの喜びよ」BWV 147です。


BWV 147







最初に旋律を奏でている楽器は、トランペットではなくて、フリューゲル・ホーンという楽器です。

吹き方はトランペットと同じですが、オーケストラでは使われません。


もう少し、クリスマスまでには、ヘンデルのメサイアか、バッハの宗教曲か、気の利いた企画にしたい、

と考えています。

それでは。

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2010.12.22

「小沢氏『感情的、あんな菅さん見たの初めて。肩こった』」←あのさ。とっとと辞めてくれない?

◆記事:小沢氏「感情的、あんな菅さん見たの初めて。肩こった」(朝日新聞)(2010年12月21日22時50分)

民主党の小沢一郎元代表は21日夜、9月の代表選で政策集をまとめた側近議員らと

東京都内の日本料理店で会食した。衆院政治倫理審査会(政倫審)への出席を巡る菅直人首相との会談について

「仲間だから冷静に話をしようと言ったが、ずいぶん感情的になっていた。ああいう菅さんを見たのは初めて」と語った。

小沢氏は首相から繰り返し国会での説明を求められたと振り返り、

「堂々巡りで情けない。何度も同じことを言われて肩がこった」。

政倫審の出席要請を拒否したことについては「国会や国民の皆さんの理解をしっかり得て、

選挙で民主党を応援していただける態勢を取れるなら、執行部の言う通りどこへでも出て行く」

と重ねて強調した。


◆コメント:もう、税金を納めたくない(源泉徴収だから嫌でも納めるが)。

「肩こった。」じゃないでしょ?

毎朝、新聞は民主党内のゴタゴタをあたかも「国家の一大事」の如く書き立てる。

政権を担当する与党の内部の意思が統一されないどころか、肝心の「政治」をほったらかして、

「政局」に血道を上げている。その不安定な状態は、確かに日本国にとって、問題である。

しかし、一義的には、一政党内のゴタゴタである。

菅直人内閣総理大臣は、民主党代表なのだから、党内で最大の権限を有するはずなのに、

元代表だが、今は1党員である小沢一郎に、国会で、自らの政治資金について説明しろ、

と命ずることが出来ない。拒否する小沢も小沢である。

「あんたは一体なにをしたいのか?日本をどうしたいのか?それとも本音はテメエの金が一番大事なだけか」

と尋ねたい。


日本の全てのサラリーマンの平均年収は約220万円である。

国会議員は、歳費(月給)が129万7000円、文書通信交通滞在費が月100万円、

政党に属していれば立法事務費が65万円、期末手当(ボーナス)が年635万円、支払われる。

これだけでも単純に加算すると、3,536万円となる。


国会は国権の最高機関であり、国の唯一の立法府である。

国会議員の仕事は法律を作ることである(それだけではないが)。

殆どの民主党、自民党議員は法案など、どうでも良く、少しでも政治家の汚い世界で

力のある、つまり、次の選挙で勝てそうな派閥を探して血眼になっている。

就職が決まらない学生や、パートで働いていたら突然解雇を言い渡され、

このままでは、生きていけないという女性のことなど、まるで念頭にない。

北朝鮮に拉致された横田めぐみさんのことも忘れているに違いない。


こんな連中が、何も仕事をせず、ただ私欲の追及の為に生きているような人間の為に、

私たちが、一生懸命に働いて納めた税金が使われる。

これは、どう考えても間違っている。

小沢が政治家を辞めるか、菅直人が民主党から追い出し、

国会は立法府として、内閣は行政府として、真剣に本来の仕事をしろ、

というのは、納税者として正当な要求である。

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2010.12.21

「<日銀>決定会合始まる 金利据え置きへ」←当然です。

◆記事:<日銀>決定会合始まる 金利据え置きへ(毎日新聞 12月20日(月)21時41分配信)

日銀は20日、金融政策決定会合を2日間の日程で始めた。

15日の企業短期経済観測調査(短観)などの結果を踏まえ、景気動向や包括緩和の効果を検証する。

政策金利(無担保コール翌日物)は現行の年0~0.1%に据え置く見通しで、

金融政策の現状維持を決めるとみられる。

短観では、エコカー補助金終了や円高の影響で、

大企業の業況判断DIは製造業、非製造業ともに7期(1年9カ月)ぶりに悪化に転じたが、

日銀内では今のところ「景気の足踏みは想定内」(幹部)との見方が多い。

決定会合では、日銀が見込む「来春以降の景気持ち直し」のシナリオに対し、

リスクが強まっていないか意見交換。


◆コメント:日銀に物価を押し上げる(デフレに対処する)能力は、あまり期待出来ない。

2008年9月15日のリーマン・ショック以来、やたらと政治家が、自らの無能さは棚に上げて、

「いつまでも景気が回復しないのは、日銀のせいだ」と言わんばかりです。


しかしですね。需要が無いときに、つまり世の人々がおカネを使おうとしないときに、

金利を引き下げたり、銀行や企業から手形や債券などを買い取って、市場に資金を供給しても、

物価を押し上げることは出来ないのですよ。景気が良いときには、モノやサービスがどんどん売れているので、

生産を増やしたい企業が設備投資資金を必要とします。資金需要があるのです。

こういときに、市中銀行(三菱UFJとか三井住友など)が企業に貸すおカネを十分確保出来るように、

中央銀行である日銀が資金を供給するのは、意味のある行動です。


しかし、昨日も書きましたが、今の日本では「需要」が無いのです。

先週末、17日(金)、日銀が資金循環統計という数字を発表しました。

面倒臭い説明は抜きにして、この統計から分かったのは、↓こういうことなのです。

◆記事:企業の現預金、過去最高200兆円突破 使い途なく(産経新聞 12月17日(金)12時10分配信)

日銀が17日発表した2010年7~9月期の資金循環統計(速報)で、

民間企業の手元資金である「現金・預金」が9月末時点で、前年同期比5・0%増の205兆9722億円となり、過去最高に達したことが分かった。

円高や先行き不安を背景に、企業が設備投資や雇用の拡大に慎重となり、お金の使い途がなく、手元に置いておき、積み上がった。

日銀は、「包括緩和」で市場に大量の資金を供給しているが、お金の流れは停滞しており、効果を発揮できていない実態を浮き彫りにした格好だ。

現預金に保有株式なども含めた民間企業の金融資産残高も1・7%増の776兆9683億円に増えた。

これに対し、金融負債残高は3・3%減の995兆5788億円となり、企業が資金を投資に回さず、借り入れの返済に充てていることを示した。

業績回復を受けて積み上がった企業の手元資金をめぐっては、「有効活用されていない」(アナリスト)との指摘が出ている。

来年度税制改正の中でも、法人実効税率の5%引き下げの財源として、課税対象に浮上した経緯がある。

企業はおカネが余っているのですから、銀行から借りる必要はない。

そういうときに、日銀が、銀行が資金を調達しやすいように金利を下げたり、量的緩和策といって、世の中に出回っている

おカネの量を増やす「量的緩和策」を採用しても意味が無いでしょ?企業は預金してる位なんだから、銀行から借りない。

だから、銀行も日銀から資金を緊急的に供給して貰う必要はない。

日銀の金融政策は、金利や通貨供給量を調整するだけです。

その、おカネの回転を速めること。つまり、家計や企業がおカネを使いたくなるような

環境を作る、即ち「総需要」を喚起するのは、それは政府の責任です。

ところが政府は、デフレが克服出来ないのは、日銀がもっと思い切った金融緩和策を取らないからだ、

と何でも日銀に責任を押しつけようとするのです。


いつまでも景気が好転する気配がなくて、文字通り「景気の悪い」年末を迎えようとしていますが、

与党、民主党は、内輪の揉め事(小沢一郎を証人喚問するとかしないとか)ばかりに気を取られています。

それは「政治」じゃないです。行って見れば、サラリーマンが「家庭内で息子が言うことをきかずに、

ゴタゴタ落ち着かないので、仕事どころじゃありません」といって、会社を休んでいる、という状態です。

仕事してないのに、国会議員は129万円の給料、100万円の文書交通通信費、65万円の政務調査費を貰っている。

それ、私たちの収めた税金ですよ。これじゃあ、真面目に税金を納めている国民がバカを見ているだけじゃないですか。


遊んでないで、どうすれば総需要を喚起できるか、本来の「政治」に専念するべきです。

公共事業を発注するとか、なんとかが常套手段ですが、そうすると、特定の業種のみに需要が発生し、

他に対しては影響がない。不公平です。だから、全体として、需要を喚起するには減税が一番公平だ、

と私は、繰り返すのです。

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2010.12.20

「日本の消費復活は可処分所得の増加が鍵、賃金や財産所得増で-IMF」←だから前からそう言ってるでしょ?

◆日本の消費復活は可処分所得の増加が鍵、賃金や財産所得増で-IMF(ブルームバーグ)(2010/12/18 10:37)

国際通貨基金(IMF)は、日本の個人消費の「復活」には

家計の可処分所得の引き上げが鍵になるとの見方を示した。

IMFはウェブサイトに17日掲載した調査報告書で、「個人消費は国内総生産(GDP)の最大項目だが、

その伸びは1990年代終盤から停滞している」と指摘。

「消費の活性化には、特にサービス業での賃金上昇や財産所得の増加を通じた家計可処分所得の引き上げが鍵であり、

消費における財産所得増加の影響は潜在的に大きいだろう」と解説した。


◆コメント:私は今年、家計可処分所得を増やせ、と少なくとも7回主張してます。

IMFに言われなくても余りにも明らかな事です。IMFの原文は、

Rebalancing in Japan: The Role of Private Consumption(日本の再調整:個人消費の役割)

です。

日本の景気回復には、GDPの最大の構成要素である個人消費が増えることが

不可欠であり、その為には家計の可処分所得を増やす工夫をしなければならない。

という内容ですが、では可処分所得を増やす為にはどうしたらよいのかという肝心な点については、

故意に、かどうか分かりませんが、触れていません。その意味では中途半端な「調査報告書」です。

個人消費を増やすには可処分所得を増やさなければならない。それはあまりにも当たり前で、

そのためには、個人所得税や消費税率を暫定的にでも減税するべきだ、と以前から書いています。

調べたところ、今年だけで少なくとも7回書いています。
2010年01月24日(日) 今週は日本銀行金融政策決定会合の他、重要指標が多いです。ココログ

2010年02月11日(木) 社説:日本の債務懸念は行き過ぎ(2010年2月9日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)←ご尤もなのですが。ココログ

2010年04月26日(月) 「理研、配偶者を秘書に雇用=組織管理改善を-仕分け2日目」←真面目に税金払うのがバカバカしくなりますね。ココログ

2010年06月05日(土) 菅政権に関する考察、その2。経済政策「増税で財政健全化と景気回復は両立可能」か。ココログ

2010年08月04日(水) 「衆院予算委:首相、平身低頭 谷垣氏「消費税、言葉軽い」初の予算委、身内冷ややか」←お前らの仕事は何だ?ココログ

2010年10月08日(金) 「円急伸、一時81円72銭に 米雇用者数が予想超え減少」←世界中が金融緩和政策を取ろうとしているのです。ココログ

2010年10月19日(火) 「基調判断を20カ月ぶり下方修正=10月月例経済報告」「問題は資金需要が出てこないこと=全銀協会長」ココログ

ですから、私の正直な感想は「IMFは、何をいまさら分かりきったことを・・・・」となります。

しかも、IMFは「家計の可処分所得を増やす事が需要だ」と書いているだけです。どうすれば増えるのか?

には敢えて触れていません。


私は、法人税を減税しても、経営者がそのメリットをただちに従業員の給与に反映させるとは思えません。

人件費は最大のコストです。なるべく、ギリギリまで、低く抑えておきたいのです。

ならば、税制改革で法人税よりも、まず、暫定的にでも、個人所得税を下げることにより、家計の可処分所得を増やし、

更にこれも暫定的で良いから、消費税率を引き下げることにより、家計の消費意欲を刺激する事が大事だといっている。


それなのに、先週発表された来年度の税制改革大綱は、法人税を引き下げ、個人の、特に富裕層に対しては実質増税になっている。

全く逆です。

減税により一時的に税収が減っても個人消費が増えれば、最終需要が増大しモノやサービスが売れれば企業の収益は改善します。

それがデフレ脱却の唯一の手段だと思うのですが、菅政権の税制改革は、景気の回復をより長引かせるおそれがあります。

東京工業大学応用物理学科卒の菅首相が、どうしてそんな簡単な事が分からないのか、と思います。

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2010.12.19

【音楽】イヴリー・ギトリスというヴァイオリニストの小品集です。

◆88歳でまだ現役の巨匠なのですが。

イヴリー・ギトリスというイスラエルのヴァイオリニストがいます。1922(大正11)年生まれですから

今年88歳ですが、まだまだ元気です。ちょうど来日中です。来週22日には上野の東京文化会館で

チャイコフスキーの協奏曲を弾くらしい。すごいパワーです。


このヴァイオリニストは度々来日してくれるのでご存知の方が多いかもしれません。

そして、ギトリス氏の演奏は一度聴いたら忘れられない、強烈な個性を持っています。

若くて上手いヴァイオリニストは次々に現れますが、これほど特徴のある弾き方をする人はいない。

若いうちはできないかもしれませんね。これで例えば「コンクール」を受けたら、一時予選で落ちるでしょう。

ゴタクはこれぐらいにして、早速聴いて頂きます。ギトリス氏は本来巨匠、大先生なのです。

協奏曲や大曲を勿論弾きますが、小品集を聴くと「強烈な個性」がすぐにわかります。


◆「プレミアム・ツイン・ベスト チゴイネルワイゼン~ギトリス~ヴァイオリン名曲の至芸」から。

引用元は、プレミアム・ツイン・ベスト チゴイネルワイゼン~ギトリス~ヴァイオリン名曲の至芸です。

ギトリス氏の演奏はものすごく「癖がある」演奏です。

元・N響の鶴我裕子さんが、やはりギトリスが大好きで、ご自身の「バイオリニストは肩が凝る」でお薦めCDとして

紹介しておられます。そこだけ引用させて頂きます。(「バイオリニストは肩が凝る」196ページ)

ギトリス大好きです。リサイタルには必ずいく。彼がステージに現れると「ああ、また会えたなあ」と、うれしさが込み上げる。自分と同じ時代に、これほどの巨匠が生きていてくれて、ほんとうにありがたいと思う。(中略)

さて、演奏はというと、これが万人向きではない。ぞっこん惚れこむか、嫌悪を催すかの、どちらかだろう。「別にィ」という反応は、あり得ないのだ。それぐらい、ダイレクトにハートを握られる。「くせ」なんてものじゃない。バイオリンの先生に「ダメ」と言われそうなことばかりやる。どの音符にもつく激しいアタック、テンポのくずしは、やり放題。弾く前に音を確かめる音が、実際に弾く音よりも大きい。それに、あのエンビのゾローっとしたスタイルはなんだ等々、眉をひそめる材料なら、いくらでもある。だが、それがどうした、とファンは鼻息を荒くするのだ。(後略)

ご自身がN響のファースト・ヴァイオリンで30年も弾いていらして、多くのソリストの伴奏をした人です。

普通のソリストには、大して感動することもないだろうに、

そのベテランのプロである鶴我さんをしてここまで熱っぽく語らせるヴァイオリニストが、ギトリスです。


どのように個性的か。分かりやすいように易しい、しかし、大変綺麗な「金婚式」という曲から。

作曲者のガブリエル・マリーは19世紀半ばの指揮者です。


金婚式(マリー)







お分かり頂けたでしょうか。テンポの変化。もう、ルバートなんてもんじゃないですね。

一拍ごとにテンポが伸縮し、それが最初から最後まで続くのですから。伴奏者は大変です。

大変、何てものじゃないでしょう。こういうのは気心に知れた人か、余程熟練した伴奏者でなければ務まらない。

ピアノ伴奏の練木繁夫氏も、ソリストと同じぐらい賞賛されるべきです。

でも、良い演奏だと「私は」思います。

次はアイルランド民謡、「ロンドンデリーの歌」です。



ロンドンデリーの歌







段々、分かってきたでしょう?目一杯歌うのですね。はじめに「歌」ありき。

テンポなど、二の次。しかし、デタラメではないのです。奇を衒ってこういう弾き方をしていたら、

今の名声は無い。歌心が、聴き手の心を打つのですね。まだまだいきます。

ドヴォルザークの「ユーモレスク」。

ユーモレスク(ドヴォルザーク)






確かにクセはありますけど、綺麗でしょ?今時、こういう曲をこれほど念入りに歌い上げるヴァイオリニストは

余りいません。作曲家の故・武満徹氏が言っていました。
ドヴォルザークは、旋律が素晴らしいですよ。専門家が照れちゃって、こういうのを演らないのが良くない。不健康だ。

さて、あまり沢山載せても何ですからあと少し。迷うのですが、クライスラー:ベートーヴェンの主題によるロンディーノ。

これは、昔、NHK教育テレビで月曜から木曜まで夕方、楽器のレッスン番組を放送していた頃、「ヴァイオリンのおけいこ」

で江藤俊哉先生が講師の頃、毎回オープニングで弾いておられたのを懐かしく思い出します。


ベートーヴェンの主題によるロンディーノ(クライスラー)







ここまでは、技術的にはそんなに難しく無い(プロのヴァイオリニストなら特に)曲でしたが、

最後にギトリス氏の技巧が見事に発揮されている曲で締めくくります。

バッジーニ(1818-1897)というイタリアの作曲家・ヴァイオリニストが書いた「妖精の踊り」

ヴァイオリンの超絶技巧のカタマリみたいな曲ですわ。


妖精の踊り 作品25(アントニオ・バッジーニ)







これは、パールマンなんかもしばしばリサイタルの最後、アンコールの最後で弾いたりしますね。

余りにも難しそうなので、強烈な印象として残ります。

さて、ギトリス氏のこのアルバムには、この他にも「タイスの瞑想曲」とか「愛の挨拶」とか

ヴァイオリン・リサイタルのアンコール・ピースのような泰西名曲がズラリと並んでいますが、

その全てをこのヴァイオリンの大家の演奏で聴けるのは、鶴我さんじゃないけど、ありがたいことです。

好き嫌いがわかれますが、気に入ったらもっていた方がいいですなー。


しかし、ヴァイオリンってのはすごいね。何か人間の心を惑わす、妖艶な、不思議な力を持っているね。

ものすごい表現力を持つ楽器だ、ということを思い知らされます。


それでは、皆様良い日曜日をお過ごし下さい。

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2010.12.17

ネット上では、現実世界よりも無礼に振る舞って良い、という理由はない。

記事:“さかなクンさん”と呼ぶべき?NHK広報局がTwitterで呼び捨てを謝罪(はてなブックマークニュース)

絶滅したはずの魚「クニマス」を再発見したことで注目を浴びている

東京海洋大学客員准教授でタレントの「さかなクン」。

そんな彼の“名前の呼び方”をめぐって、NHK広報局と他のユーザーとのTwitterでのやりとりが話題になっています。


きっかけは、NHK広報局公式アカウントによる「さかなクン!ヽ(*´∀`)ノ」というツイートでした。

さかなクンを“呼び捨て”しているとして、他のユーザーから「さんをつけろよデコ助野郎」「さかなクンさん!」

といったリプライ(返信)が広報局のアカウント宛に集中、ついには広報局が

「先ほどのツイートで、さかなクンさんを、さかなクンとお呼びしてしまいました。たいへんな失礼をいたしました。

申しわけありません。お詫びして訂正いたします。何卒ご容赦ください」

「失礼いたしました <(_ _)>」と謝罪のツイートをする結果になっています。


しかし、実は「さんをつけろよデコ助野郎」というのはネット上でしばしば用いられるおなじみのフレーズの1つ

本来“さん”付けで呼ばれるべき人物が呼び捨てされた時にネタとして発せられるもので、

広報局宛に寄せられたリプライもそのほとんどが冗談だったようです。

ネタばらしされるまで真剣に謝る広報局の姿に、ネット上では「ドジっこ可愛いなおい」「好感がもてる謝罪だな」「謝りすぎワラタ」

といった声が集まっています。

“さかなクンの呼び方”をめぐる一連のやりとりは、Togetterの下記のページでまとめて見ることができます。

http://togetter.com/li/79440


◆コメント:ネット上では無礼な言動が許容されるのか。

記事で説明している「事件」は、Twitterを使っている方でないと分かり難いかも知れないが、Twitterうんぬんは、

本質ではない。要するに私は、以前から思っていたこと、即ち、

ネット上では、現実世界よりも無礼に振る舞って構わない、という理由はない。

ことを強調したいのである。Twitterの昨日の「さかなくん『さん』事件」固有の問題を論ずるのではない。


ウェブ日記を書き始めてから8年半。ココログにブログのアカウントを持ってから6年になる。

それほど、多い方ではないけれどもココログに頂戴したコメントの総数は3,000件以上に及ぶ。


コメントの内容はそれぞれで、記事に対して賛否両論あるのは、無論、当然である。

ただ、たとえ、私が記事に書いた内容(主張、思想、言葉遣い等々)に反対であったり、

文句を付けたい場合でも、マナーは守るべきである。


ブログ「JIROの独断的日記ココログ版」は私がネット上に占有する「空間」。

私の現実世界の自宅、同然である。

初めて、他人の自宅を訪問するのに、名乗りもせず挨拶もせず、

いきなりタメ口を利く人はいない。ましてや許可もしていないのに上がり込んだら犯罪だ。


ネットでも同じだと思うのである。

ココログのコメントは私が承認しないと表示されないので、いきなり家に土足で踏みこまれることはないが、

私が許可しないので表示されなかったコメントには、その感覚に近いほど無礼なコメントが多いのである。


そこまでひどくなくても、明らかに、私の子どもであってもおかしくないような年代の人(男女共)が、

何の挨拶も無く、名前(勿論ハンドルネームで構わないが)を名乗りもせず、喧嘩腰で文章を書き込む。

しかも丁寧語を使っていない例がある。無礼である。


そういう人は、仮に現実世界で私と顔を合わせた時、同じように出来るのだろうか?

出来たらバカである。無礼にもほどがある。現実世界で出来ないことは、ネット上で

例え、お互いが、何処の誰かは分からなくても、すべきではない。


こういう所で「人品」(じんぴん)、その人の生まれ育ち、広い意味での教養の程度が分かる。

私のブログのお馴染みさんは、Ladies and gentlemen ばかりだが、一見さんには無礼ものが多い。

文章を読んで、他の方へのJIROのレスを読み、
「あ、こいつ、怒らないようだ。怒っても怖く無さそうだ」

と思い、増長するのであろう。そういうのは下品な人間、育ちの悪い人間がすることだ。


記事で紹介した、「さかなくん『さん』事件」で、

NHK広報局のTwitter担当者をからかった連中も、失礼だ。
実は「さんをつけろよデコ助野郎」というのはネット上でしばしば用いられるおなじみのフレーズ

というが、勝手にお馴染みにするな、と言いたい。私は今日まで知らなかった。

何でも、さんをつけろよデコ助野郎とは (サンヲツケロヨデコスケヤロウとは) - ニコニコ大百科によると、
「さんをつけろよデコ助野郎」とは、大友克洋「AKIRA」における台詞である。

そうだが、そんなマンガ、読んだ事はない。NHK広報局担当者に向かって、最初に
「さんをつけろよデコ助野郎」

とツイートして、担当者が慌てるのを見た奴は、

当然、NHK広報局担当者氏が、この「ネット上の決まり文句」を知らないことに気付いた筈で、

それを回りから見ていた連中も、便乗して少々からかってやろうということになり、何も知らないNHK担当者は

必死になって謝っているが、彼は仕事であるから、誠心誠意謝っている。多分冷や汗をかき、動悸がしたことだろう。

このまま大騒ぎになったら大変だ、と。

この事件を「面白い。」と書く人間を私は軽蔑する。恐らく学生だろう。

社会人だったとしたら、余程幼稚か、お客相手の商売の恐ろしさを知らない人間だろう。

学生だとしたら、まだシャバに出て働いたこともない癖に、仕事をしている大人をからかうとは生意気だ。

社会人だとしたら、勤め人の苦労が分からないバカに相違ない。


いいですか?

相手が「おとなしそうだ」「怒ってもこわくなさそうだ」「立場上、怒ることはできないだろう」と思っても

人を見くびるものではない。

知らない人には、丁寧語で話す。

更に、その知らない相手が、礼儀正しい人、腰が低い人だと思ったら、

こちらは、一層礼儀正しく、辞を低くするのが、教養有る日本人の常識である。

それは、現実世界でもネット世界でも同じであり、ネット世界では無礼に振る舞って良い理由が無い。

ゲーテ格言集に、「我が意を得たり」と言いたくなる一言がある。新潮文庫なら、136ページ。
卑怯者は、安全な時だけ、威丈高になる。

正にその通り(なお、「広辞苑」第五版によると「居丈高」も「威丈高」も正しい)。

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2010.12.16

更新せずに、失礼致しました。特に何かあった訳ではありません。

◆心身ともに異常はないのですが、寝てしまいました。

私は日頃、夜更かしを趣味としているような人間でして、通常は3時間か4時間睡眠で平気

なのですが、それが続くと、やはり身体が休息を求めるらしく、どうにも睡魔に勝てなくなる日が

数日続くことがあります。一昨日は、まだ何とか音楽を載せましたが、昨日(15日)は、

どうしようもなく、寝てしまいました。

ということで、風邪やインフレエンザ、又は感染性大腸炎やウイルス性食中毒に

罹ったのでも、持病のうつ病が急激に悪化したのでもありません。

失礼しました。


◆子供の受験に際して、会社から借金をした話を書こうとしたのです。

実は、上の段落に書いた事が全てではなく、書こうかなというテーマはあったのです。

ただ、書き方が難しい。


一浪中の愚息の大学受験に備えて、会社の「共済会」(会社によって名称が異なると

思います)から、借金をしたのです。

受験料は大したことがありませんが、万が一、何処かに合格した場合、数日内に

入学金などを振り込まないと、合格が取消になってしまいますが、手許のおカネ

ではやや、心許ない。仕方がないから○百万を借りました。

ということなのです。大した話ではないのです。教育ローンを組んでいる人は珍しく

ありません。というか、それが普通なのも分かっています。

分かっているのですが、要するに「借金」です。あまり気持ちの良いことではない。


私と同年配以上の方は覚えておられるでしょうが、故・田中角栄元首相の秘書で、

やはり、既に故人となりましたが、早坂茂三という人がいる。

早坂氏が角栄の事を書いた、「オヤジとわたし 田中角栄との23年」という本があります。

田中角栄も早坂茂三も、真っ先に思い浮かぶのは「金権政治」。

生理的に拒絶反応をお持ちの方がいらっしゃると思います。

私も、積極的に尊敬しませんが、この早坂というオッサンや彼が引用する角栄の言葉には、

ふと、考えさせられるものが、けっこうあるのです。

その一つに、これは早坂氏自身の言葉ですが、

生来の悪党を除いたら、人に金を貸してくれと頼むときほど、辛い、切ないことはない。

というのがあります。

尤も、ここで早坂氏が描いているのは、金融機関でローンを組む、というような状況ではなく、

親類縁者や、友人・知人の家を訪ねて、おカネを無心する、というシチュエーションだと思いますが、

ローンだろうが、会社の共済会貸付だろうが、「借金」には変わりはない。

誠に、早坂氏の言うことは正しい・・・・。


そういうことを書こうかな、と思っていたのですが、今は時代が変わっています。


長年の不況で収入が減っている。どうしても借金せざるを得ない人が増えている。

しかし銀行はなかなか、貸してくれない。今までならば最後のよりどころとした消費者金融があったのですが、

改正貸金業法が今年の6月18日に施行され、年収の3分の1を超える借入が出来なくなりました。

本来、これは多重債務者を増やさないように、という目的に基づく法改正なのですが、

本当にとりあえずおカネが必要な場合でも専業主婦など収入のない方は

借りることが難しくなっているという影響が出ています。

こういう人の中には、仕方なく闇金融を利用せざるを得ない人も、大勢いる。


そのような状況を考えたらですね。

借金するのは情無いのですが、借りられない人が増えている状況で、そういうことを書いては不味いかな?

などと考えていたら、真夜中どころか3時ぐらいになってしまって、書けないまま睡魔に襲われ、

更新を断念した、と言う次第です。

書き方が難しいのです。

借金は情けないけど、幸い勤務先の福利・厚生制度の一環ですから、金利は低いし、

他に借金(住宅ローンですね。普通。私の年代が抱えているとしたら)はないし、

有りがたいと思わねばならぬ、ともう書いてしまいましたけど、そのように書いたら

読む方によっては不愉快だろうな、と夜中に考えはじめたのです。

そうしたら、同じ所を思考がグルグルと回転する、謂わば「思考のループ状態」に陥りました。


正直に書くと、そういうことです。

次は、もっと、まともなことを書くつもりです。悪しからず。

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2010.12.15

【音楽】BWV 1001 バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタの続き。

◆久しぶりに寝てしまいました。

前回、10月18日10月23日にやってしまいました。

要するに更新するつもりで、机の前で寝てしまい、気が付いたら早朝でした。

随分と間が空いてしまいましたが、続きを載せます。

バッハ、無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番ト短調 BWV 1001です。


◆バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番ト短調 BWV 1001後半の二曲。

前々回、前回で、第一曲 アダージョ、第二曲 フーガを載せました。

今日は後半二曲を載せます。

いつもの通り、引用元はカナダのヴァイオリニスト、ジェームズ・エーネス(James Ehnes)氏のSonatas & Partitasです。



バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータより、ソナタ第1番ト短調 BWV1001 第三曲 シチリアーノ。







この、メロディーを弾きながら重音が入るってのは、如何にも難しそうです。

次は、ソナタ1番の最後、「プレスト」ですが、早い三連符の連続です。


バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータより、ソナタ第1番ト短調 BWV1001 第四曲 プレスト






この、何とも言えない悲壮感が美しいと思うのです。

バッハのヴァイオリン曲は、無伴奏ソナタ・パルティータだけではなく、チェンバロ伴奏付きソナタ、

というのも沢山あり、これにも非常に美しい曲が多いので、近いうちにご紹介したいと思います。

今日はこれで、失礼いたします。

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2010.12.14

「法人実効税率5%下げ=菅首相、財務相らに指示」←法人税率を引き下げても、デフレは止まらない。

◆記事:法人実効税率5%下げ=菅首相、財務相らに指示(時事通信 12月14日(火)0時6分配信)

菅直人首相は13日夜、首相公邸で野田佳彦財務相、玄葉光一郎国家戦略担当相と会談し、

2011年度税制改正で焦点となっている法人税減税について、

国・地方税を合わせた「法人実効税率」を5%引き下げるよう指示した。

新成長戦略を軸とする需要と雇用拡大に向け、企業の税負担を実質的に軽減する「実質減税」を実現する。

政府税制調査会は減税による減収額1兆数千億円を補う財源として、租税特別措置廃止に加え、

所得控除や証券優遇税制の見直しなどを想定しているが、まだ決着していない。

今後、詳細を詰めるが、現段階で5000億円規模の実質減税となる見通しだ。

菅首相は13日夜、記者団に「企業が海外に出て雇用が失われると経済にとってもプラスにならない。

経済界には国内投資、雇用拡大、デフレ脱却の方向に積極的に使ってほしい」と強調した。

(注:色文字は引用者による)


◆コメント:法人税率の引き下げはデフレ脱却に結びつかない。

何だか、経団連にすごまれて引き下げただけのように思われる。

次のニュースが午前中、報じられた。

◆記事:経団連会長「大臣は本気で考えているのか」(読売新聞 12月13日(月)11時47分配信)

日本経団連の米倉弘昌会長は13日午前、記者団に対し、2011年度税制改正で焦点となっている法人税減税について

「大臣方は日本経済の成長を本気になって考えているのか」と述べ、減税の財源を企業負担に求める政府の姿勢を批判した。

その上で、「政府がまとめた新成長戦略にも法人税減税が書かれている。(減税が実現しなければ)政府が自己否定することになる」と指摘した。

一方、政府内では、企業が法人税減税で得た恩恵を設備投資や雇用に充てることを確約する政労使合意の構想が浮上している。

米倉会長はこれについても「資本主義でないような考え方を導入してもらっては困る」とし、

政府や労働団体との合意で企業活動を縛ることはできず、このような合意は努力目標にとどめるべきだと主張した。

そうしたら、その日のうちに、菅首相が法人実効税率の引き下げを命じた。

内閣総理大臣の論理は、
首相が5%引き下げを選んだのは、減税分の代替財源の確保にこだわらずに先行的に減税することで、

企業が「(減税分で)国内投資し、雇用を拡大し、給料を増やす」(菅首相)効果を当て込み、数年後の税収増を期待するためだ。(毎日新聞)

ということだが、「大臣は本気で(法人税減税を)考えているのか」と凄んだ米倉経団連会長は、

減税で得た利益を設備投資や雇用に充てることは確約出来ない、と言っているのである。

つまり、そうする気はないと言っているようなものだ。


法人税減税を実行してメリットがあるのは、黒字である大企業だけで、経営不振の赤字企業には意味がなく、

減税しても、従業員の給料を引き上げると約束している経営者はいないのだから、企業が利益を

内部留保に回すだけではないか、という声も多い。

即ち、GDPの3分の2を占める個人消費が拡大することには結びつかない可能性が高い。ということは、

法人税減税によってモノやサービスの消費が増えることは期待出来ず、

期待できないから、企業は設備投資などするはずはない。


2011年度には、個人向け課税で、高所得者を中心に5,000億円を超える増税方針を決めている。

優先順位が逆である。最終需要を拡大させ、モノがどんどん売れるようになれば、企業は放っておいても

設備投資を行ったり、雇用を拡大するであろうが、所得増税や消費税率引き上げで最終需要を抑制する方針で

法人税だけを引き下げても、景気の好転は期待出来ない。

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2010.12.13

「小沢、鳩山、輿石氏が会談=国会招致問題で岡田氏けん制」←民主党内部の話は「政治」じゃないだろう。

◆記事:小沢、鳩山、輿石氏が会談=国会招致問題で岡田氏けん制(時事通信 12月12日(日)20時9分配信)

民主党の小沢一郎元代表は12日夜、鳩山由紀夫前首相、輿石東参院議員会長と都内のホテルで会談し、

小沢氏の国会招致問題で対立が深まる党内情勢について意見交換した。出席者によると、

「誰も党を分裂させるようなことをしてはならない」との認識で一致。

衆院政治倫理審査会で議決して招致実現を目指す岡田克也幹事長をけん制した形だ。

岡田氏は13日の党役員会で、政倫審での議決を党の方針として意見集約する構え。

しかし、輿石氏ら参院側には反対論が強く、紛糾する可能性がある。


◆コメント:民主党内部抗争が、この「国」の重大ニュースなのか。

何度も書いたが、いい加減にしろ、と言いたい。

民主党の内部がどうなろうが知ったことではない。

新聞の「政治欄」に載っている記事は、所謂「政局」に関すること。

菅直人や岡田は、小沢一郎を排除したいが、小沢と鳩山、小沢派の民主党員がこれに抵抗している・・・。

そんな話は、主権者たる国民にとってはどうでもいいことだ。

これは「政治家ニュース」であり、「政治」ニュースではない。


「政治」とは、この国をどうしたいのか、という話であるべきだが、

そんな話はさっぱり出ない。


民主党の国会議員たちがやっていることは、高崎山のサルのAグループのリーダーと

Bグループのリーダーが誰になるか。グループ間の力関係はどのように変化しているか、

という話と、本質的に同じである。国会議員はサル並みである。

派閥争い、勢力争いそのものが「政治だ」と勘違いしているのではないか、とすら思える。

そして、政局にうつつを抜かして、政治そのものが少しも動いておらず、

日本社会は、経済が一向に回復せず、就職できない学生が増えているのに

国民の信託を受けた国家議員は何も仕事をしない。

何もしていない癖に、なんと、いけしゃあしゃあと、10日(金)にはボーナスを受け取っている。

内閣総理大臣は500万円を超える。

◆記事:国家公務員に冬のボーナス=平均額は59万2900円(時事通信 12月10日(金)11時4分配信)

国家公務員に冬の期末・勤勉手当(ボーナス)が10日、支給された。

年間支給月数が47年ぶりに4カ月を割り込んだ人事院勧告を受け、

管理職を除く一般行政職(平均35.6歳)の平均支給額は約59万2900円で、昨冬に比べ約5万4300円減少した。

特別職の最高額は、首相と最高裁長官の約508万円


衆・参両院議長は約466万円国会議員は約278万円、各府省事務次官は約287万円となる。

ただ、菅直人首相への実際の支給額は約510万円。

給与のマイナス改定に伴う減額調整分が、副総理兼財務相在任時の4月を基準に算出された影響で、

首相としての給与で計算するより少なくなったためだ。

管理職を除く一般行政職地方公務員(平均36.4歳)の平均支給額は、昨冬比約5万7500円減の約54万9500円だった。


つい先日金星探査機「あかつき」に関して書いた。
「<あかつき>日本の惑星探査に暗雲 軌道投入に失敗」←あかつきプロジェクト予算は250億円。国会運営費は1,300億円。ココログ

悪評高い、「事業仕分け」はJAXA(=Japan Aerospace Exploration Agency:宇宙航空研究開発機構)の予算を削減しようという。

「あかつき」を金星周回軌道に乗せる事に失敗した。「成果が上がらないから予算を削減する」、とバカな政治家がいう。


それならば、今、日本の一番の問題。景気低迷を建て直す事に失敗した行政府たる「内閣」の構成員たち、つまり「大臣全員」や

予算委員会でも本会議でも野次の飛ばし会い、足の引っ張り合いに終始し、何も有効な景気刺激策を思い付かず実行しなかった

国会議員は全員、年間ボーナス平均718万円を返上するべきではないだろうか。

納税者たる国民が、所得が増えず生活は楽ではないが、真面目に税金を納めているというのに、その税金から

歳費(給料)やボーナスを支給される国会議員の方が、国民よりも所得が比べものにならない位多いのは、筋違いである。

リンク先の記事で書いた、元・伊藤忠商事社長・丹羽宇一郎氏を

見習え。

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2010.12.12

【祝・ノーベル賞・ベルリンフィル・第一コンサートマスター】お祝いの音楽を集めました。

◆ノーベル賞授賞式の最中に、樫本大進氏のニュースが流れたのです。

昨夜、私はノーベル財団の公式サイトから、根岸英一・米パデュー大特別教授、鈴木章・北海道大名誉教授が

スウェーデン国王から、ノーベル賞を授与され、その瞬間にトランペット・ファンファーレが鳴り響く、

あの、目も眩むほどの栄誉の瞬間を見ていましたが、その最中に共同通信が、

「樫本大進氏、正式にベルリン・フィル、第一コンサートマスターに就任決定」

を報じたのです。これほど、最大級におめでたいことが連続的に起きるのは、誠に理屈抜きで喜ばしい。

ベルリン・フィルのコンサートマスターになる、ということがどういう事なのかは、
2009年02月21日(土) 安永さんがコンマスになった頃の対談。ココログ

をお読み下さい。

私の生涯で、日本人がベルリン・フィルのコンサートマスターに正式に就任するというニュースを

2回聞けるとは思いませんでした。安永さんが就任されてからの半世紀もずっと知っています。

カラヤンが指揮をし、安永さんがコンサート・マスターの席に座る、ベルリン・フィルを見られて、聞けて

それだけでも幸せでした。

2度目があるとは・・・・

今日は能書きは止めて、とにかく、
「おめでたい。」

ということで、お祝いの(必ずしも、典型的な「お祝い用」だけではありませんが)音楽を集めました。


◆お祝いの音楽。

選曲に特に深い意味はありません。思い付くままに選びました。


モーリス・アンドレ トランペット・ヴォランタリー(トランペットとオルガンのための音楽)から、

シャルパンティエ:テ・デウム オープニング・ファンファーレ






この曲、聴いたことあるでしょ?毎年ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの中継で、オーストリアの放送局が

冒頭で必ず使う曲です。次へ行きます。

同じモーリス・アンドレのアルバムから、英国のオルガン奏者・作曲家の(←こういう人、無数にいるのですが)

スタンリーという人が書いた「トランペット・テューン」。



スタンリー:トランペット・テューン







いいでしょ?

次は金管アンサンブルです。何度も載せましたが、フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル。


ヘンデル:王宮の花火の音楽より「歓喜」







ヘンデル:王宮の花火の音楽より「ファイナル・メヌエット」







歌です。余りにも有名なヴェルディ「椿姫」第1幕、「乾杯の歌」、パバロッティです。誰も寝てはならぬ~オペラ・アリア集



ヴェルディ:歌劇「椿姫」 第1幕「乾杯の歌」







同じ「歌」ですが、宗教曲。お馴染みヘンデル、オラトリオ「メサイア」のハレルヤ・コーラス。

但し、これは、ヘルムート・コッホという人の指揮でドイツ人が演奏したドイツ語版。

ヘルムート・コッホ, ベルリン放送合唱団 & ベルリン放送交響楽団



ヘンデル オラトリオ「メサイア」より「ハレルヤ」







次、管弦楽曲です。昨日、ノーベル賞授与の直後、会場で演奏された曲なのです。

シューベルトの「軍隊行進曲」これの伝説的名盤、廃盤になってましたが今なら買えますよ。

クナッパーツブッシュ・ポピュラー・コンサート 軍隊行進曲



シューベルト:軍隊行進曲







続いて、メンデルスゾーン。余りにも有名な「結婚行進曲」。引用元は、

メンデルスゾーン:劇音楽「真夏の夜の夢」アンドレ・プレヴィン=ウィーン・フィルです。


メンデルスゾーン:劇付随音楽「真夏の夜の夢」より「結婚行進曲」







最後です。特別に「お祝いの音楽」ではありませんが、四半世紀、ベルリン・フィルの第一コンサートマスターを務めた

安永徹さんが、オーケストラ・アンサンブル・金沢を指揮した、モーツァルト:交響曲第41番



モーツァルト:交響曲 第41番「ジュピター」 第4楽章







根岸英一・米パデュー大特別教授、鈴木章・北海道大名誉教授、

樫本大進 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団第一コンサートマスターに、

心よりお祝いを申し上げます。

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2010.12.11

「鈴木、根岸さんメダル授与へ=ノーベル化学賞で授賞式」。/ベルリン・フィル、コンマスに樫本氏。

◆記事:鈴木、根岸さんメダル授与へ=ノーベル化学賞で授賞式(時事通信 12月10日(金)14時40分配信)

【ストックホルム時事】今年のノーベル賞授賞式が10日午後4時半(日本時間11日午前0時半)から、

ストックホルム中心部のコンサートホールで行われる。

北海道大の鈴木章名誉教授(80)と米パデュー大の根岸英一特別教授(75)が、

スウェーデンのカール16世グスタフ国王から化学賞の金メダルと賞状を授与される。

鈴木さんらは、結び付きにくい有機化合物の炭素同士を、

パラジウム触媒により結合させるクロスカップリング反応の画期的な手法を開発した。

米デラウェア大のリチャード・ヘック名誉教授(79)と3人で受賞する。


◆コメント:何だかシラーっとしてるけどさ。国の誉れの先生達の晴れ姿なんだから。

デール・カーネギーのお馴染みの「自己啓発書」、「人を動かす」に確か、

「人間は1日の99パーセントは、『自分のことだけ』を考えている」

という言葉が有ったと思う。「人を動かす」はどうでもいいが、この言葉はどうやら正しい。

世の中の人々、電車の中の表情を見ればわかる。ノーベル賞など知ったことではない、

と考えている人が確かに99パーセントなのだろう。

国の誉れの人が、目の眩むような栄誉に輝いているのに、国民が無関心というのは、

寂し過ぎる。


日本人は数年に一度はノーベル化学賞か物理学賞を貰って当たり前、のように考えがちだが、

ノーベル賞の対象となる研究そのものは20年も30年も前に為されたものであることが殆どである。

つまり、受賞するときには、既に「功成り名遂げた大先生」だが、一番仕事をしたのは若い研究者だった頃である。


今、民主党政権のバカが、事業仕分けで、学問や芸術、教育の予算を削減して子供手当てに充当しようとしている。

そんなもの貰っても仕方がない。


すぐにカネにならないことは無駄だ、というのは実に無教養で下品な発想だ。

「すぐに役に立たないこと」「一見、無駄なこと」を重んずることができるかどうかで、

その人、社会、国家の教養の程度が分かる。民主党はマニフェストで教育重視とかいているのに、

全然重視していないのは、先日金星探査機「あかつき」に関して書いたときにも触れた。

大学の自然科学分野の予算を削り、30年後果たして、日本人のノーベル賞受賞者は出るのだろうか。


◆【号外】コンマスに樫本大進さん決定 ベルリン・フィル(共同通信 2010/12/11 01:05)

【ベルリン共同】世界最高峰のオーケストラの一つ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は10日、

第1コンサートマスターに、ドイツ在住の樫本大進さん(31)が正式決定したことを明らかにした。

ベルリン・フィルの日本人コンサートマスターとしては、昨年3月末に退団した安永徹さんに続き、2人目。

樫本さんは昨秋からの試用期間を経て、10日に楽団員による投票で了承され、正式に就任が決まった。

同楽団は投票内容については公表しないとしている。

樫本さんは、ロンドン生まれ。7歳でニューヨークのジュリアード音楽院プレカレッジに入り、

その後ドイツに留学。1996年、ロン・ティボー国際音楽コンクールで優勝し脚光を浴びた。


◆コメント:ベルリン・フィルの第一コンサートマスターになる、ということがどういうことか、何度も説明しました。

日本人で昨年、3月末まで(ラスト・ステージは2009年2月13日)四半世紀の長きにわたり、第一コンサートマスターを

務めた安永徹さんのことは何度も書きました。コンサートマスターに正式に就任するまではプローベ・ツァイト(試用期間)で、

毎回のコンサートで全メンバーがコンサート・マスターとして相応しいかを観察しているのです。最終的には、メンバー全員の議論と

投票で3分の2以上の賛成を得られて、初めて正式の第一コンサートマスターになる。樫本氏の試用期間の開始は昨年五月で、

正式就任の発表がなかなか無いので気を揉んでいたのですが、これで安心しました。

安永さんが、自分の体験を作曲家の故・石井真木氏に話しているのを本から私が転記した記事があります。

ご参考までに。

2009年02月21日(土) 安永さんがコンマスになった頃の対談。ココログ

私の一生で、日本人がベルリン・フィルの第一コンサートマスターに就任した、というニュースを二度も経験するとは、

夢のようです。樫本大進さんの活躍を祈ります。

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2010.12.10

今更ですが、「ウィキリークス騒動」。不正を暴くことと、秘密を公にするのは別です。

記事:CIAが「スパイ」活動要請=国連幹部らの情報収集―英紙(時事通信 12月3日(金)10時14分配信)

【ワシントン時事】米政府が潘基文国連事務総長や外国要人の個人情報収集を

外交官に指示した外交公電が流出した問題で、英紙ガーディアン(電子版)は2日、

中央情報局(CIA)が作成したリストに基づく要請だったと報じた。

内部告発サイト「ウィキリークス」が公表した外交公電の中には、

国連高官や各国外交官のクレジットカード番号や航空会社のマイレージ番号、

電子メールのアドレスの収集を指示したものや、特定の国の政府高官らの指紋や

DNA情報の収集を求めたものが含まれていた。

同紙によると、必要な情報のリストは、ブッシュ政権が2005年に情報活動の調整を目的として設置した

「ヒューミント(人的情報)部長」が作成し、国務省に送った。

同省がこれを各在外公館向けに編集したという。


◆コメント:日本人は「情報」に関して鈍感です。

日本の公安警察の機密情報が洩れたというのも前代未聞の大失態なんですが、

日本人はあまり気に留めませんね。どうも「情報管理」というのが日本人にはピンと来ないようです。

昨日、12月8日は、69年前に日本が真珠湾攻撃を決行して、それから悲惨な太平洋戦争が始まった、という日です。

(御存知の方も多いでしょうが、中国とはそれ以前から既に戦争してました)。


真珠湾攻撃では、日本は「ワレ、奇襲に成功セリ」などと言って大はしゃぎでしたが、

実は、全て情報はアメリカに筒抜けになっていて、当時のルーズベルト大統領は全て承知の上で、

ハワイの太平洋艦隊には知らせず、故意に日本に先制攻撃をしかけさせたのです。

それは、アメリカの退役軍人、ロバート・B・スティネット という人が膨大な史料を調べて、

真珠湾の真実 ― ルーズベルト欺瞞の日々という詳細を極めた本を書き、最早議論の余地がないほど

明らかになっています。そこまで知らされても、日本人って「ふーん」という感じでしょ?

今でも同じですよね。公安警察の協力者の名前がバレるなんてとんでもないことなのですけど。


◆ウィキリークスによる、アメリカの外交公電流出事件は大問題だと思います。

ウィキペディアによるウィキリークスに関する説明を読むと、創設者ジュリアン・アサンジ氏が、

ウィキリークスを創った目的は、

我々の主目的は、アジア、旧ソビエト連邦、アフリカのサハラ砂漠以南、そして中東の圧制を強いている政権を

白日のもとに晒すことであり、また世界の全ての地域で政府や企業によって行われている非倫理的な行為を

暴露したいと考えている人たちを支援していきたい

ということだそうですが、アメリカの外交公電流出事件を見ると、何でもかんでもバラせば良い、

というほど、世の中単純じゃ無いことがわかりますね。

特に、記事が伝えている内容はアメリカの信用を根底から覆しましたね。

もう、アメリカが偉そうなことを言っても、
要するにお前ら、クレジットカード番号泥棒じゃねえか。

ということになります。多分国際的な問題となって長いこと揉めるでしょう。

アメリカのとって更にヤバいのは、アメリカの国防・安全保障に関する施設一覧のリストが流出した

ことですね。これをテロリストが入手するでしょうから、また911テロのようなことがいつ起きてもおかしくない。

多分起きるでしょう。


国家権力の濫用によって人権が侵害されているとか、そういうことを暴くのならまだしも、

個人のクレジットカード番号をアメリカがこっそり集めていたことがバレてしまい、そのカード番号そのものも

世界中に流出してしまった。


不正を暴くのと秘密を全部暴露するのは別のことですね。我々だって秘密を持っています。

ネット上に住所、氏名、電話番号を書く人は、いません。

クレジットカード番号や、キャッシュカードの暗証番号、口座番号などは、秘密にするのが常識です。

自分のブログにそんなことを書くバカはいませんよね?

このことからも分かる通り、秘密を持つこと自体が悪いことではないのです。

むしろ、秘密にしておかなければいけないことも沢山あるのに、何でもかんでも、全部バラしてしまえ、

とやったのは、アサンジ氏の短慮でした。


まだまだ、ものすごい重要な情報が世界に拡散すると思います。それにより、不正を暴く以上に

世界情勢が不安定になる危険の方が大きいと思います。

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2010.12.08

「<あかつき>日本の惑星探査に暗雲 軌道投入に失敗」←あかつきプロジェクト予算は250億円。国会運営費は1,300億円。

◆記事:<あかつき>日本の惑星探査に暗雲 軌道投入に失敗(毎日新聞 12月8日(水)11時48分配信)

探査機「あかつき」の金星周回軌道への投入は失敗に終わった。

98年打ち上げの火星探査機「のぞみ」の失敗に続く再挑戦も実らなかったことで、

今後、日本の惑星探査計画に暗雲が垂れこめる事態は避けられない。

日本初の惑星探査を目指して98年に打ち上げられた火星探査機「のぞみ」は、通信機の電源系統が故障し、軌道投入を断念した。

後継機には、通信機器の電源を2台積んだり、姿勢が乱れても機能するアンテナに改良するなど、過去の失敗の原因を分析し反映させた。

「数々の失敗を乗り越えた小惑星探査機『はやぶさ』の生還がその好例」と、関係者はあかつきの成功にも自信をのぞかせていた。

あかつきは6種類の観測装置を搭載。厚さ約90キロもの硫酸の雲を透過して地上の火山の活動状態を調べるなど詳しい観測を行う予定だった。

自転より速い秒速100メートルの東風が吹く「スーパーローテーション(超回転)」と呼ばれる謎の現象の解明が期待されていた。

政府の事業仕分けなどで宇宙事業はやり玉に挙がっている。

あかつきは開発と打ち上げで約250億円を投入しており、「成果がない」との批判が出ることは必至だ。

JAXAの管理体制など独立行政法人の見直し論に発展する可能性もある。中国など新興国の追い上げは著しく、

「宇宙先進国」の座からの転落を招くおそれもありそうだ。


◆コメント:「あかつき」とは如何なるプロジェクトか。

私は、しばしば書いている通り、骨の髄から「文科系」人間なので、「あかつき」の失敗がやむを得ないものか、

或いは何らかの準備不足によるものなのかは、判断出来ない。しかし、「金星探査機」と聞くだけでワクワクする。


太陽系で地球のすぐ内側(太陽寄り)を回り、大きさ・重さが最も地球に近いのが金星である。

世界的には、金星探査は1960年代から既に始まっており、1967年にはソ連がのベネラ4号

投下したカプセルにより、金星の大気は殆どが二酸化炭素であること、高度100kmより下には濃硫酸と思われる

厚い雲の層があり、温度が500℃近くに達することも分かっている。金星は灼熱地獄(?)である。

地球とほぼ同じ大きさ・重さで太陽からの距離が地球に近いにも関わらず、金星の環境が何故そうなったかを

解明することにより、地球温暖化など、地球環境の変化の原因究明にも役立つと考えられている。

金星の大気をより詳細に解明するためのプロジェクトが「あかつき」である。


たまたま、今回失敗したが、マスコミはつい先日、「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」の粒子採取に成功した快挙を打ち消すように

「あかつき、失敗。」を繰り返す。普段、宇宙の「う」の字も、金星の「き」の字も考えたことも無いクセに。

文科省はJAXAに「あかつきの失敗原因を徹底的に究明するように厳命を下した」らしいが、五月蠅いよ。

JAXA(=Japan Aerospace Exploration Agency:宇宙航空研究開発機構)の技術者たちはそんなことは分かっている。

政治家もバカだ。

一度失敗した→成果が上がらない。→予算を削減する、という。失敗したなら、今度はもっと資金をつぎ込むべきではないか。

菅直人は、東京工業大学理学部応用物理学科卒。我が国で初めての「理科系」総理である。理解を示したらどうだ。

(【訂正】アップした直後に読者からご指摘を受けた。前総理、鳩山由紀夫も理科系であった。)


◆成果が上がらないのを理由に経費を削減するなら、まず国会運営費1,300億円を減らしたらどうかね?

「政府の事業仕分けで、宇宙事業が槍玉に挙がっている」という。おこがましい。

すぐカネになることだけに予算をつぎ込むのは野蛮で無教養だ。

民主党マニフェスト2010には、「教育政策を充実させる」と明記してあるが、

今年になってから、大学教育への助成措置が相次いでカットされている。大学教員の海外研究に対する補助金が一部廃止され、留学生への補助金が

突然ゼロになった。何を考えているのか分からない。


そしてなにより。JAXAが「あかつき」で成果を挙げられなかったから、予算を削減する、というのなら、

政治家自身はどうなのだ。

「あかつき」プロジェクトの予算は、開発と打ち上げで250億円だという。

国会運営費にはどれほど税金が使われているか?

平成22年度衆議院予算案を見ると、789億4,600万円。

平成22年度参議院概算要求、506億7,800万円。

合計で約1,300億円もの税金を国会議員の給料その他国会運営につぎ込んでいる。しかも毎年。

今年、国会は何か「成果を挙げ」たのだろうか?景気対策ほったらかしで、やれ、誰それの問責決議だ何だかんだと、

政治ではなく、議員どもの党利党略のニュースばかりではないか。


成果が上がらない所から予算を削減するなら、「あかつき」よりも遙かに税金を無駄にしている国会運営費を圧倒的に削減するのが先だろう。

学問をおろそかにしてはいけない。

250億ぐらいどうにでもなる。3メガバンク一行の経常収益の10分の1ではないか。長らく税金を納めていなかったのであるから、

3メガバンクが100億ずつ「あかつき」プロジェクトに寄付したらどうか?毎年ではないのだから。今まで累計で250億なのだから。

銀行に一度に100億円出せとは言わない。年間30億円ずつ拠出したって、経常利益の1%だ。

銀行「だけ」に負担させるのは、あまりにも不公平だから、一部上場企業が数億円ずつ資金を拠出すれば良い。

最近流行の「企業の社会貢献」をアピールする、絶好のチャンスだ。

このように考えれば、「あかつき」プロジェクトに必要なカネなど、大したことではない。

失敗をおそれていたら、また、失敗する。国も国民も「はやぶさ」の快挙を思い出しJAXAを応援するべきだ。

私は、自分が納めた税金が、仕事をしない国会議員に毎月129万円の歳費、100万円の文書交通機密費。年間718万円のボーナスとして

使われる事には我慢ならんが、JAXAの研究や芸術に役立つならどんどん使って欲しいと思う。

太陽系の他の惑星、金星に接近し、その大気の謎を解く。気宇壮大でいい。

サイエンスはロマンティックだ。

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昨日、書き損ないました。自殺者のかなりはうつ病が関係してます。うつ病かもしれない、と思ったらどうするか。

◆昨日、書き損ねたことがあります。自殺とうつ病との関係。

昨日、

「13年連続3万人超の公算=自殺者、2万9000人に―前年比では減少・警察庁」←書き手、読み手ともどういう気持なのですか?ココログ

を書きましたが、「自殺者3万人超の公算」という見出しで腹が立ち、冷静さに欠けていました。

自殺者の全てがうつ病患者ではありませんが、かなりの割合の人が、うつ病に罹患していた、と思われます。

うつ病に関しては以前よりも理解が広まったように思いましたが、どうもいい加減な情報が多いようです。

自分が遷延性うつ病患者なので、気になります。


◆うつ病かも知れないと思ったら、カウンセリングより精神科。

うつ病というのは、厳密に言うと、「精神病」(Mental disease)ではなくて、

「気分障害」(Mood disorder)という範疇に属します。

そうは言っても、病院で治そうと思ったらやはり、精神科の治療対象です。この「精神科」という言葉が

何とも人聞きが悪い。それで初期治療のチャンスを逃して悪化させてしまうように思います。


ネット上をざっと見回すと、ほぼ明らかにうつ病または、うつ「病」までいかなくても慢性的「抑うつ状態」なのに、

なんとか精神科に行かないで、「カウンセリング」で治したい、と思っている人が多い。

経験的に申し上げると、「精神科」(開業医なら最近は「メンタル・クリニック」でしょう)へ行くのが確実です。

カウンセラーにも勿論優秀な人はいますが、皆、精神科を可能な限り避けようとするので、

東京だと、多分、どこに電話しても最初のカウンセリングまで、1ヶ月待ち、2ヶ月待ち、がザラです。

カウンセリングは医療行為ではありませんから、保険が利きません。1ヶ月待たされて30分面談して5,000円も1万円も取られて、

次の面談がまた1ヶ月先、など、普通です。もしも本当にうつ病に罹患していたら、その間に症状が悪化します。

うつ病の症状とは、「持続する憂鬱感」「不眠」など様々ですが、「希死念慮」(自殺願望)も、

うつ病の「症状」の一つなのです。

しばしば言われるのは、うつ病の急性期といって、いきなり重いうつ病になったら、起き上がれませんから、

自殺することすらできませんが、自殺する気力・体力が残っているうつ病初期と回復期の患者がむしろ、

自殺に関しては要注意なのです。

従って、早い段階で治療を始めることが肝要です。


マスコミ、特に毎日新聞は、何故か昔から「向精神薬の濫用」に異常なほど関心を示し、ネガティブなイメージを

流布するので困りものです。濫用で暴れたり廃人になったりすることは滅多にありません。

副作用とか濫用を問題にするばかりではなく自殺者数を本気で減らしたいならば、

専門医の監督の下で正しく向精神薬(注:狭義の向精神薬とは精神科医が処方する薬の総称。

統合失調症の治療薬である「抗精神病薬」と混同しないこと)を服用した場合の「主作用のメリット」について

正しい情報を伝えるのが、マスメディアの使命だと私は思いますが、そういう新聞を見たことがありません。

とにかく、本当にうつ病だったら、カウンセリングで治ることもあるけど、時間も費用もかかりすぎるし、

カウンセラーと相性が悪いと、余計頭の中が混乱します。医者に診て貰った方が早く、確実です。

その理由を次に書きます。


◆心の病気は身体の病気なのです。

うつ病は、脳内神経伝達物質のうち主に「セロトニン」のバランスに異常が起きるのが原因と言われます。

膵臓のランゲルハンス島から分泌されるべき「インスリン」が十分に分泌されないと糖尿病になる。

同じようなことが、お腹の辺りで起きるか、頭の中で起きるか、の違いであり、うつ病は心の病気と思われていて、

実際、そう言えないことはないけれど、心とは脳内の化学変化によってもたらされるのですから、

心の病気は身体の病気なのです。

なにも恥ずかしい事ではない。薬でセロトニンのバランスを戻すことが可能です。


自殺なんて、自分は縁がない、と大部分の人は思っていることでしょうが、そんなことは分からない。

何故なら、自殺者のかなりの割合はうつ病に罹っていたと思われ、そのうつ病になる可能性は、誰でもあるからです。

「自分は、精神力があるから。」「明るい性格だから」「プラス思考だから」等々。全く関係ありません。


うつ病には、肉親の突然の死など、明らかに外的・環境的要因による「外因性うつ病」とともに、

まったく、特別な出来事がないのに、突如、抑うつ状態になる「内因性うつ病」があります。

それがどうして起きるか、は、まだ解明されていないそうです。遺伝は関係ない。

親兄弟、先祖まで溯っても1人もうつ病患者はいない、という方も、それは絶対的な安心材料には

なりません。


これが、唯一でも絶対でもありませんが、簡易的に自分の抑うつ状態がどの程度であるか知りたかったら、

ベックのうつ病調査票を試すといいです。多くの方がネットで使えるようにしてくださっているので、

リンクを貼らせて頂きます。ひとつのサイトに集中するとご迷惑かも知れないので、いくつか載せます。

どれも内容は同じです。

抑うつ度チェック - ベックのうつ病調査表 (BDI テスト)

医療法人社団 松伯会 山王クリニック

抑うつ度チェック

抑うつ度チェック(BDIテスト)

澄んだ眸

繰り返しますが、これで「21以上=うつ病」ではありません。あくまでも目安の一つ。但し、

中程度のうつ病なら、まず、精神科に行った方がいいです。

心療内科という診療科がありまして、これは「精神科」より響きがマシなので、

良いだろうという方がいます。しかし、心療内科でよく分かっているドクターも大勢いますけど、

精神科に行きにくい患者を集めようと、本当は内科で、精神科のことはよく分かっていない、謂わば、

「なんちゃって心療内科」もいますから、この際、あまりにも気分が滅入るなら、精神科に行きましょう。

あまりにも、ゆううつで辛かったら入院するといい。怖いところじゃないです。夜の歌舞伎町の方が余程怖い。

入院のメリットは外界のストレスから遮断されることです。

また、通院では使えない薬があります。一般名クロミプラミン、商品名アナフラニールという抗うつ薬は、

唯一、点滴で使える抗うつ薬です。静脈に直接抗うつ薬を点滴で入れるので、経口投与よりも早く血中濃度があがり

この薬と相性が良い人なら(薬と患者というのは「相性」があり、ある人には効果があっても別の人には全然効かない

ということが、しばしばあります)、数日で、ウソのように気分が楽になると思います。

経験者(私)が書いているのですから、かなり信頼性が高い情報だと思います。


頭の悪い人は、いくら説明しても「そうは言っても要するにうつ病患者はキチガイだろ?」となりますが、

ここまで説明しても分からない人は、お気の毒ですがどうしようもありません。

「JIROの独断的日記」は私がうつ病になって、入院し退院した後に書き始めたものです。

今だに2ヶ月に一度、通院しています。

私が「キチガイ」かどうかは、私の日記の全てをお読みになって、ご判断下さい。

風邪だろうが、うつ病だろうが、何だろうが、病気は早く治療を始めれば、早く治ります。


自殺者を本気で減らしたいならば、こういうことを啓蒙するのが自殺対策で、

国の仕事ではないかと思いますが、見当たらないので、書きました。

ご参考になれば幸いです。

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2010.12.06

「13年連続3万人超の公算=自殺者、2万9000人に―前年比では減少・警察庁」←書き手、読み手ともどういう気持なのですか?

◆記事:13年連続3万人超の公算=自殺者、2万9000人に―前年比では減少・警察庁(時事通信 12月6日(月)16時59分配信)

警察庁は6日、今年1~11月の全国の自殺者(速報値)は、前年同期比4.1%減の2万9105人だったと発表した。

月別平均2645人で推移しており、通年ベースでは1998年以降、13年連続で3万人を突破する公算が大きくなった。

ただ、昨年1年間の自殺者数(3万2845人)を下回るペースは続いており、

月別では昨年9月~今年6月に10カ月連続で前年同期より減少するなどしている。

1~11月の自殺者の内訳は、男性が2万499人、女性が8606人だった。

都道府県別では、東京(2693人)が最多で、続いて大阪(1898人)、神奈川(1682人)など。

一方、徳島(159人)、鳥取(167人)、福井(191人)などは少なかった。


◆コメント:警察庁も世間も忘れたのか、忘れたフリをしているのか。

警察庁が毎月の自殺者数を公表することを決めたのは昨年、2009年2月である。

そのとき、私は「そんなことをしても自殺抑止効果は無いから止めた方が良い」と書いた。

2009年02月17日(火) 「景気悪化で月別の自殺者数公表」←毎月公表することに自殺抑止効果があるだろうか。ココログ

ここで引用した記事には、警察発表をそのまま載せたのだろうが、
これまでは1年間分の統計を翌年6月ごろにまとめて公表してきたが、昨年末から景気が急速に悪化。

自殺者が急激に増える恐れもあることから、月ごとの数字を公表することにした。

と書かれている。毎月の自殺者数を発表することに自殺抑止効果がある(かもしれない)と、警察が考えていたことは、

明らかである。私は、毎月多くの人が自殺することが分かったら、自殺が「普通のこと」となり、

自殺願望を持つ人間が、それを実行に移す、トリガー(引き金)になりかねないから止めた方が良いと書いた。


警察庁は、月ごとの自殺者数を発表することに決めた理由を忘れたか、忘れたふりをしているのであろうか。

二年近く続ければ分かるだろう。毎月の自殺者数を公表しても、全く自殺抑止効果がないことは明らかだ。


何か警察庁はいうことはないのであろうか。

また、今年も自殺者が3万人突破は間違いなさそうだぞ!と伝えるマスコミも、「記録更新」を喜んでいるようにすら見える。

死者を悼む気持があるのだろうか。

更にそれは、国民も同じである。自殺者数が3万人を超えた事を嘆かわしいと本気で思っている人は少ない。

この記事に関してインターネット上に書かれた文章をいくつか読んだが、やや恣意的(しいてき)に解釈すれば、

「自殺するような奴は所詮、現実の辛さに耐えられない弱者である」という侮蔑の念と、同時に、

「自分だって、人生において辛いことがいくらでもあったが、頑張って生きてきた」という、「自殺者に対する優越感」を

感ずるのである。


それは、私自身の経験に照らしても同様である。

私は、この日記を2002年4月に書き始める前に自殺未遂をして、精神科に3ヶ月入院し、その後は通院でうつ病治療を継続しながら

現在に至る、ということを過去何度か、書き記したことがあるが、そういうことを書いた後には、嫌がらせが来ることが多い。

ひどいのになると、
お前は何かというと、自殺未遂自慢にうつ病自慢。死に損ないとして生きているほど恥ずかしいことはないのに、異常なほど強い自己愛。一体お前は何なのだ。

という趣旨のメールが来たこともある。このように自殺者に強い憎悪を抱くのは、もしかすると父親が自殺して、その後、

残された家族が非常に苦労をした、という経験の持ち主かも知れないが、それを書くのは、私の想像でしかなく、本論の主旨ではない。


◆自殺者を本気で減らそうとするならば・・・。

非常に皮肉な見方をしてきた。

要するに自殺者数が13年連続3万人を超えそうだ、という記事は書き手も読み手も、

内心「面白がっ」たり、「優越感を感じ」たりしているだけで、本当は自殺者が減らないことなど何とも思っていないのではないか、

という、私の「僻み根性」から出た感想である。


しかし、本当に自殺者を減らそうとするならば、最近何度もリンクを貼るが、内閣府の「自殺対策ホームページ」に載っている

WHOによる「自殺予防の手引き」を一般人が読むべきであるし、

とりわけ、「マスメディアへの手引き」の部分は、報道関係者は熟読しなければならない。

とくに、「してはいけないこと」に書かれたことを、少なくとも日本のマスコミは平気でしている。


また、自殺が心の問題であることは否定しないが、うつ病・精神科への偏見をなくすべく啓蒙する、などということばかり

いつまでも言っていないで、まずは、物理的に防げることは防ぐべきだ。鉄道への飛び込み自殺は、全国各地の地下鉄で

採用されつつあるホームドア(プラットフォームのドア)を自殺者が多い場所、首都圏ならばJR中央線などの全駅に装備すべきである。

予算が、というのなら、テレビの地デジ化などよりも前に、自殺予防を優先するべきであったのではないか。

内閣府という内閣直轄の部署が自殺防止ホームページを設置しているのは、たんなるポーズで、

結局、この国は自殺者が何故、自殺に至ったかを考えようともしないし、本気で自殺者を減らす気もない、薄情な人間ばかりだ、と

考えざるを得ない。

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今週あたり、忘年会が多いでしょうが。下戸からひとこと。

◆忘年会は他言語に翻訳不可能である。

ということは広く知られている。ガイジンからは、しばしば、

何故、日本人は「年」を「忘れ」ようとする酒宴を開くのか?

と訊かれる。返答不可能である。私が知る限りそれに仮説を立てているのは「ものぐさ精神分析」の著者、

心理学者の岸田秀氏だけである。


比較文化的考察は興味深いが時間がないので今は省略する。

一言。

今週あたり、職場の忘年会が多いだろう。私は向精神薬を服用していて、アルコールとの併用は禁忌である、

という「大義名分」があるので、もう10年以上、一切の酒宴に出ていない。もともと大嫌いなので、

これは大変有難い。

しかし、普通は、いくら酒が飲めないとか、宴会が嫌いだといっても認めて貰えないのが、

日本社会の慣例であることは、今更言うまでも無い。

大人だから、皆我慢して出ているが、問題がある。

まず、純粋に生理的な問題。下戸、つまりアセドアルデヒド脱水素酵素がAG型、又はAA型

(詳しくは、「『オールフリー』出荷停止=発売1週間、生産追いつかず―サントリー」←ノン・アルコール・ビールが売れる理由に関する一考察。をご参照)

の人間は、アルコールを無理矢理飲まされると頭が痛くなったり気分が悪くなるのだ。

ここに、書きましたからね? それを知っていて、飲めない人間に無理に飲ませるのは暴行又は傷害の構成要件に該当する。

受動喫煙にはあれほど、五月蠅いのに、アルコールの強要に寛容であることは、論理的に矛盾している。

そして、2番目に精神的に酒宴が嫌いな人間にとって、酒飲みの酔態、ましてや、絡み酒の人間の行動はストレス以外の何物でもない。

しかし、「仕方がないから」出席しているのだ。ということを大人なら理解しましょうね?

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2010.12.05

【音楽】恒例。12月5日はモーツァルト(1756-1791)の命日。

◆命日であろうがなかろうが、関係ないのですが・・・・。

関係ないというのは、モーツァルトの作品群は名曲ばかりで誕生日とか命日とか

気にせず、いつ聴いてもいいのだ、という意味です。

そうなのですが、そうすると、私は余りにもしょっちゅう、モーツァルトばかりを取りあげそうで、

流石に皆さん飽きますから、普段はなるべく「我慢し」ておいて、命日は遠慮なく取りあげるという

格好にしているのです。当日記・ブログは、元来、時事問題を取りあげるブログですので。

それは音楽のことを書いていれば楽ですが、そうすると、全然自分が新聞を読まなくなりそうなので、

(本当は、時事問題など、面倒くさくて書くのは嫌いなのです)、敢えて時事問題を取りあげるようにしているのです。


まあ、そんなのは、私の事情でどうでも良い。

12月5日はモーツァルトの命日で毎年取りあげますが、好きなのは大体載せてしまったので、

困っていたら、ちょうど良いのが見つかりました。


◆ヴァイオリンとヴィオラの二重奏曲

私より詳しい方は珍しくもなんとも無いでしょうが、

私は、最近初めて知りました。

モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲です。

パールマンとズッカーマンですから、上手いに決まってます。

ナクソス・ミュージック・ライブラリーでは、

モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲集 - K. 423, 424/ディヴェルティメント K. 563 (マナーラ/ブラコーニ/ポリドーリ)

を聴けます。こちらは古楽器で演奏しているらしい。どちらも良いです。


モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲  第1番 ト長調 KV 423 第1楽章







ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲  第2番 変ロ長調 KV 424 第3楽章







如何でしょうか。


◆ピアノソナタ13番 K.333 変ロ長調 第1楽章 聴き比べ(番外あり)。

いつも書いていますが、全部をお聴きになる必要はありませんし、

載せた順番に聴かなくても結構です。ただ、今回は「グレン・グールド」という人だけは、最後に聴いた方が

面白いです。

書き忘れましたが、モーツァルトのこのピアノソナタを取りあげたのは、単に私が好きだからです。


まず、クラウディオ・アラウです。クラウディオ・アラウのことは、ちょうど2ヶ月前、

【音楽・映像】本当の音楽家の演奏。クラウディオ・アラウが85歳で弾いた「皇帝」。

でご紹介しました。


クラウディオ アラウ:モーツァルト ピアノソナタ 変ロ長調 K.333 第1楽章 アレグロ







実に心に沁み入る名演だと思いますが、リピートを全部実行しているので、1楽章だけで演奏時間が11分になってしまいます。

これは、この後にもそういう人がいますが、全部リピートしなくても良いように思います。


次は、内田光子さんです。

引用元は、モーツァルト:ピアノソナタ第12,13,16,17番です。


内田光子:モーツァルト ピアノソナタ 変ロ長調 K.333 第1楽章 アレグロ







音色の美しさ。一つ一つの音の粒が綺麗に揃っていること、レガートの美しさ。

次は、「モーツァルト弾き」(モーツァルト「だけ」を弾いていたわけでは、勿論ありませんが)とした高名な、

イングリット・ヘブラー女史です。バラでも買えますが、全集が割安です。

イングリット・ヘブラー モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集



イングリット・ヘブラー:モーツァルト ピアノソナタ 変ロ長調 K.333 第1楽章 アレグロ







内田さん同様、音色も音の粒も美しいのですが、音の長さですね。音符一杯に弾くテヌートにするか、短く弾くスタッカートにするか、

或いはレガートにするか。その組み合わせ(アーティキュレーションといいますが)の解釈が内田さんと違うのですね。

聴き比べると、そういうのが面白いと思います。


さて、最後は「番外編」です、古今東西、これほどの変った人はいない。しかし、その天才は認めざるを得ない

空前絶後の存在、カナダのグレン・グールドです。どちらかというと、バッハの演奏が好まれます。

グールドのモーツァルトのソナタを聴くと、テンポの設定だけで、どれぐらい変人か一瞬で分かります。

引用元は、グレン・グールド モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集
です。


グレン・グールド:ピアノソナタ 変ロ長調 K.333 第1楽章 アレグロ







びっくりするでしょ? しかし、これ。本人大真面目なんですよ。冗談演奏をしているのではありません。

グールドのモーツァルトは一事が万事です。

かの有名な、「トルコ行進曲」をグールドが弾いたのをお聴き下さい。


グレン・グールド:モーツァルト ピアノソナタ イ長調 K.331 第3楽章 「トルコ行進曲」







これも、本人はあくまでも「真面目に」演奏しているのです。


ゲージュツカは変人が多いですが、ここまでの人は珍しい。

しかし、彼の愛読書は英訳版、漱石の「草枕」だったそうです。「草枕」とは、言うまでも無く、
山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は棲みにくい。

で始まる作品です。グールドはとことん、面白い人です。

音楽は何を聴こうが自由ですが、もしも、モーツァルトのピアノソナタは誰の演奏から聴き始めたら良いか?

と質問を受けたら、ここで上げたヘブラー女史、内田さん、アラウ。又、今日はとりあげませんでしたが、

リリー・クラウス、クララ・ハスキルなどが適当だと思います。

つまり、少なくとも、グレン・グールドの演奏は、「初めてモーツァルトを聴く」人には

向いていないと思います。向いていないというか、「普通の演奏」を知ってから、聴くべき人です。

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2010.12.04

「ノロウイルスなど感染性胃腸炎、大幅に増加」「食中毒女性、脳梗塞で死亡 サルモネラ菌が引き金か」

◆記事:ノロウイルスなど感染性胃腸炎、大幅に増加(医療介護CBニュース 12月3日(金)16時35分配信)

下痢や嘔吐などの症状を呈する感染性胃腸炎の小児科定点医療機関(全国約3000か所)当たりの患者報告数が、

11月15-21日の週は10.64で、前週から2.94ポイント増えたことが、国立感染症研究所感染症情報センターの集計で分かった。

増加は5週連続。ほとんどがノロウイルスなどのウイルス感染が原因とみられる。


◆コメント:去年は新型インフルを恐れて、皆丁寧に手を洗うのでノロウイルス患者が減っているという記事を読みました。

昨年は新型インフルエンザ騒動で、マスクが売り切れになったり、消毒用のエタノール(アルコール)が

医療機関ですら入手困難になるほどでした。

インフルエンザウイルスは、アルコールで殺せるのですが、まずは、手を良く洗うことが肝心だ、

という啓蒙活動の成果があったらしく、その副次的作用で、昨年、ノロウイルス患者がいつもの年よりも

少ない、という記事を読んだのをはっきりと覚えています。

ノロウイルスは、残念ながらアルコールでは殺せないのです。塩素系の消毒剤(ピューラックス、ミルトンなど)や、

やはり塩素系である、家庭用漂白剤(ハイター、ブリーチ)を使うのですが、これは、ウイルスが付着している可能性がある

調理器具とか、あるいは吐瀉物が付着した所、便器などの滅菌に使うのですね。

塩素系を直接手に付けたら、大変です。強すぎます。

つまり、手に付着したノロウイルス自体を殺すというか、非活性化させることは出来ないけど、

十分に石鹸と流水で手洗いすることによって、物理的に、洗い流すことが可能な訳です。

それで、去年は「新型インフル」を恐れるあまり、皆、普段よりかなり丁寧に手を洗ったため、

(完全に因果関係は証明出来ませんけど、多分そのおかげで)ノロウイルスによる、感染性大腸炎や

食中毒患者が激減しているという話でした。

今年は、昨年あれほど大騒ぎした「新型インフルエンザ」は、何故か若い人の間では、

非常に感染力が強くて、うちのせがれの学校も、休校になったり、殆どの若い人が罹患したのではないか

と思いますが、「感染力」は強いけども、新型インフルエンザそのものの症状は、比較的軽かったので、

ちょっと今年は、皆、油断しているらしいですね。昨年に比べて、予防接種を受ける人も少ない、

というニュースを聴きました。

このため、恐らく、昨年に比べると、手洗いがいい加減になっていて、その結果、

ノロウイルスによる感染性胃腸炎が、昨年に比べると、ずっと多いのではないか、

と、あまり素人が書くべき事ではないけれど、この推測は当たらずといえども遠からず

出はないかと思います。


◆記事:食中毒女性、脳梗塞で死亡 サルモネラ菌が引き金か(共同通信)(2010/12/03 02:02)

大阪府枚方市の飲食店で10月に食事をした客の女性(71)=同市=がサルモネラ菌の敗血症(全身感染症)とみられる

食中毒症状を訴えて緊急入院し、18日後に死亡していたことが2日、遺族や捜査関係者への取材で分かった。

死因は脳梗塞だが、主治医は遺族に「食中毒が死亡の引き金になったとみられる」と説明。

府警は食中毒が女性の死期を早めた業務上過失致死の疑いもあるとみて、因果関係を慎重に捜査している。

厚生労働省によると、サルモネラ菌を原因とする死亡事例は2005~09年で2件。

しかし専門家は「患者の状態が悪ければ別の病気が悪化し死亡することはあり得る。

統計には表れないが、食中毒に起因した死亡事例は多いのでは」と指摘している。


◆コメント:もう少し丁寧に記事を書いて欲しいですね。

これは、ノロウイルスとは関係ないです。食中毒はウイルスでも起きますが、細菌でも勿論起きる。

サルモネラ菌による食中毒など、昔から良く聞く話で、珍しくも何ともない。

ウィキペディアによると、日本の食中毒発生件数の2~3割が、サルモネラ属菌が原因とされているとの

ことですが、よく読んだら「要出典」とありますから、疫学的統計が存在するのかどうか、私にはわかりません。

但し、卵(鶏卵)に由来するサルモネラ菌食中毒というのは、聞きますね。

私、ロンドンにいた頃、あちらでは日本の食べ物が大抵食べられますが、すき焼きの際、

イギリスのスーパーで売っている鶏卵を使うと危ないので止めとけ、と言われました。ホントかどうか分かりませんが、

イギリス人は、生卵を食べませんから、鶏卵の衛生にさほど気を使わない。危険だ、という話でした。


それはさておき、この記事、意味が素人には分かりません。

脳梗塞というのは、血栓(血のかたまりみたいなの)とか、血管の内側が剥がれて、それが脳の血管に詰まり、

脳への血流が遮断されたり、悪化して、脳の一部が壊死することですが、

「サルモネラ菌が引き金」とはどういう事かと思ったら、食中毒ですから、下痢や嘔吐で、

脱水症状になるわけです。すると血液が相対的に「サラサラ状態」から「ドロドロ状態」になるのです。

「ドロドロ状態の血液」は血栓(血の塊)になりやすい。それが脳に流れていくと、細い血管が詰まる。

即ち脳梗塞。お年寄りですし、そのまま亡くなることもあるでしょう。

しかし、それは、あくまで可能性の一つです。

食中毒を起こしても、脳梗塞にならない人の方が多いでしょう。

本件について、食中毒と、脳梗塞の因果関係を立証できるのか、疑問です。


いずれにせよ、共同通信は、「遺族や捜査関係者への取材」を行ったと書いていますが、

医療従事者にも取材しているだろうと思うのです。取材していなかったらお話になりませんが、

食中毒女性、脳梗塞で死亡、サルモネラ菌が引き金か


の見出しでは何のことか、大多数の非医療従事者は分かりません。

本文には、説明があるかと思いきや、全く書いてありません。


だから、本当は専門家が説明すべきなのでしょうが、私が調べて分かる範囲で書きました。

メディアはプロなんだから、最低限、これぐらいの説明を記事に含めるべきだと思います。

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2010.12.03

【音楽】スヴェトラーノフ=N響「チャイコフスキー・3大バレエ抜萃」(ライブ)

◆NHK(BS)の「名曲探偵 アマデウス「チャイコフスキー“白鳥の湖”」

NHK BSに「クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス」という、

クラシック入門番組があります。リンク先の番組サイトを見ると、ふざけてますが、

私がいつも省略している、「理屈っぽいこと」を、専門家が可能な限り分かり易くきちんと説明していて、

勿論、人それぞれ好みですが、良心的な番組だと思います。私もこれを見て、初めて知ったことが沢山あります。

私はこの前の日曜日に見たのですが、結構何度も再放送するのです。「白鳥の湖」は12月5日(日)18時からBS2で。

また、12月9日(木)16時から、BS2で再放送するようです。

かの有名な、チャイコフスキーの3大バレエの一つ、バレエの代名詞と言っても良い「白鳥の湖」全体における

調性の使い分けや、オーケストレーションの妙をバレエ音楽の指揮で有名な福田さんという指揮者が説明したり、

踊る側はどのように音楽を捉えているか、独自の演出・振付を自ら主宰する熊川哲也氏の舞台のサワリや、

インタビューも含まれています。


バレエ音楽は、実際にバレエを上演するために作曲されたものですが、

音楽単独でも優れた作品が多いので、コンサートでもしばしば演奏されます。

「名曲探偵 アマデウス」の最後に、既に故人ですが、ロシアの指揮者、スヴェトラーノフ氏が

(1993年以来、度々来日してN響を振っていますが)2000年10月公演で、チャイコフスキーの3大バレエ抜萃

を演奏したときの映像が流れました。


この演奏を聴いて、私はもう何度聴いたか分からない、彼の有名な「白鳥の湖」第2幕「情景」が

あまりにも美しいので驚きました。


◆「バイオリニストは肩が凝る」より「スヴェトラーノフが来た日」、「スヴェトラーノフの死んだ日」

ちょっと意外なんですが(その理由を説明すると長くなるので省略します)、

スヴェトラーノフとN響は相性が良かったようです。

元N響ヴァイオリン奏者、鶴我裕子さん著、「バイオリニストは肩が凝る―鶴我裕子のN響日記」は、

私のように「オーケストラ大好き人間」には、物凄く面白い本ですが、

この本には「スヴェトラーノフが来た日」と「スヴェトラーノフの死んだ日」の二つの文章があり、

スヴェトラーノフが、N響のメンバーに本気で慕われていたことが分かります。

少し引用させて頂きます。「バイオリニストは肩が凝る」120ページ。

「スヴェトラーノフが来た日」より。

チャイコフスキーの4番(引用者注:のリハーサル)が始まる。棒はきわめて簡潔、弾きやすい。(中略)

1楽章はさっさと済み、2楽章に入る。これは、オーボエがヨヨと泣く旋律で始まるのだが、

ここで、勤続19年で初めてのことがあった。マエストロは、オーボエには「何もしないで」、弦のピチカートの

伴奏には「ヴィヴラートをかけないで」と言ったのだ。ここをヴィヴラートなしでやったりしたら、

99%の指揮者は、まるで犯罪でも犯したかのように叱るのに。で、「スヴェトラ氏」の言うとおりにしてみると

アラ不思議、荒涼たるロシアの風景と、あきらめの歌が現れたのであった。

なんだ、19年もホントのことを知らなかったのか、と思った。こういうことがあるので、

この仕事はおもしろいのです。そして、続く3楽章と4楽章の速いこと、速いこと。

これも、入社以来のフル・スピードであった。マエストロは、それでももっと速くしたそうだったけど。

こうして1日目の練習はアッという間に終わり、私はだんぜん「スヴェトラ氏」のファンになった。

残念ながらN響との演奏は見つかりませんが、「スヴェトラ氏」が長く音楽監督を務めた、

ソヴィエト国立交響楽団との演奏がYouTubeで見つかりました。

件(くだん)のチャイコフスキーの4番の第2楽章です。

Tchaikovsky: Symphony No.4 Mov.II (Svetlanov)








第4楽章の映像です。



Tchaikovsky: Symphony No.4 Mov.IV (Svetlanov)







確かに速いですね(笑)。


さて、「バイオリニストは肩が凝る」にもどりまして。
「スヴェトラーノフの死んだ日」

今年(2002年)5月7日の、成田空港出発ロビーで。

「スヴェトラ、死んだねぇ」

「ああ、つなんなくなっちゃったなあ」

「どうしても死ぬんなら、9月に来てからにしてくれよ」

「楽しみにしてたのに」

「喪に服したいから、黒、着てきたんだ」

「ただのTシャツじゃねえか」

我々はその日、デュトワの指揮で、韓国の合唱団と「第九」をするために、ソウルへ出発

するところだった。

本来、指揮者はプレイヤーのカタキだ。人につらいことを全部押しつけておいて、手柄は

横取りする、嫌われて当然の存在なのだ。それなのに、オケの「みんな」が、その死を知って

ショックを受け、本気で悲しむなんて、めったにあることじゃない。


「ダイアナ=プリンセス・オブ・ウェールズに捧げます」--あの声を忘れない。名演だったチャイコフスキーの

第5番の2楽章に入る前だった。客席は水を打ったようになり、こちらも涙が込み上げそうになった。

超ロマンチストだったスヴェトラ。あらゆるメロディを、これでもかというほど遅くして、歌わせたスヴェトラ。

しかし、チャイコフスキーの第4番の2楽章では、ソロを吹くオーボエに「何もするな」と言ったスヴェトラ。

注文は1回きりしか言わないので少しこわかったスヴェトラ。口数の少ない、でも練習の途中で、ポツリポツリと、

ショスタコーヴィッチの棺桶をかついだ話などしてくれたスヴェトラ。大汗をかいて、本番でも楽章ごとに休んで

あおいでいたスヴェトラ。


(中略)

楽員一同、心からご冥福をお祈り致します。

ここまで書いて貰える指揮者は、鶴我さんのおっしゃる通り、少ないでしょうね。


◆スヴェトラ=N響による、チャイコフスキーの3大バレエ抜萃。

前述のとおり、NHKの「名曲探偵 アマデウス」で、スヴェトラが「白鳥の湖」の「情景」を演奏したのが、

あまりにも美しかったので、CDを探したら、ありました。

チャイコフスキー:「くるみ割り人形」「白鳥の湖」「眠りの森の美女」です。これはお薦めですね。

少し引用させて頂きます。鶴我さんが書いておられるとおりで、白鳥の湖の「情景」を、思い切りテンポを落として演奏してます。


チャイコフスキー:バレエ「白鳥の湖」より第二幕「情景」






綺麗でしょ?ものすごく美しいですよね。何度聴いたか分からないほどなのに、改めてハッとするほど

聴き手に「美しい」と感じさせる指揮者というのは、あまりいません。


白鳥の湖で「情景」は第二幕ですから前後するのですが、第一幕の「ワルツ」もまた、

大変に気品のある美しい音楽です。


「白鳥の湖」第一幕「ワルツ」






次は「眠れる森の美女」の「ワルツ」これも大変有名です。

チャイコフスキー:バレエ「眠れる森の美女」第一幕「ワルツ」






最後は、チャイコフスキーがよくやる、「音階をそのままメロディにしてしまう」手法(?)の最も典型的な例です。以前、

2007年03月03日(土)チャイコフスキーと「ドシラソファミレド」ココログ

という文章を書きましたが、これは、この「くるみ割り人形」の「パ・ド・ドゥ」を聴くたびに思っていたことでした。

しかし、逆の考え方をすると、音階とはこれほど美しい「メロディ」になりうるのだ、という証明でもあります。


チャイコフスキー:バレエ「くるみ割り人形」第二幕「パ・ド・ドゥ」






この曲が終わって「ブラボー」ってのはあんまり聴いたことがありません。

やはりスヴェトラーノフは、名マエストロでした。

このCDはお薦めします。

勿論、他にもチャイコフスキーや、ショスタコーヴィッチの交響曲でスヴェトラの名演は沢山あります。

むしろバレエ音楽は、珍しい。

だからこそ、お薦めなのです。

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2010.12.02

無理に「仕事が好きだ」とか「楽しく働かなければ」と考える必要はありません。

◆私は、26年8ヶ月、サラリーマンをしていますが、今だに会社も仕事も嫌いです。

別に何かあったわけではないのですが、兎角(とかく)企業は

若い社員を「洗脳しよう」とします。その方が都合が良いからです。

そういうことで悩んだことがあるので、もしかして同じような若い方の気分が楽になれば、

と思い、書いています。

四半世紀以上も会社に勤めていますが、私は今まで

心底仕事が好きだ

とか
仕事が楽しい

思ったことは一度もありません。

企業というところでは、特に、「若手」には色々「研修」と称する「洗脳」を試みます。

社会人たるもの、常に「向上心と持ち」、どのような部署に

異動になっても、どのような仕事を任されても、それが「好きになるように努力し」なければならぬ。

とか言われます。

真面目にそのように考えようと「努力」したこともありますが、

一生懸命努力するほど、精神的に追い詰められて、ノイローゼ気味になりました。


ある時、それは自己欺瞞だからだ、という簡単なことに気が付きました。


◆サラリーマンは仕事を選べません。

仕事を選べないというのは、職業選択の自由を侵害しているわけではありません。

会社では、構造的に自分が好きなことをする、という仕組みになっていないのです。


就職活動では、どこの会社でも人事部が出て来て、

何故、我が社を志望するのか?

或いは、
もし、入社出来たらどのような部署に行って何をしたいか?

と、バカの一つ覚えのように学生に訊きますが、そんなの分からんですよ。


「何故、我が社を」って、そこそこ有名で、潰れそうになさそうだし、受付のお姉さんも感じが良かったし

ぐらいものですよ。どの企業が何をしていて、その業界ではどのような評価を得ているか。

経済界全体ではどのようなステータスにあるか、などということは、実際に会社員になり、

暫く時間が経って、世の中の仕組みを知るまで、分かりません。


また、「どんな仕事をしたいか?」も愚問で、そもそも学生は企業で正社員として、

働いたことないのですから、仕事とはどのようなもので、どこの部署に行ったら何をやらされるか

分かるわけがないのですよ。


そんなことは人事部とて、分かっているのですが、敢えて質問するのは、

「どの程度、演技力があるか?」「ウソでも、尤もらしい理由を考える知能があるか?」

をテストしている(それ「だけ」ではないでしょうけどね)と思っていい。


どんな仕事をしたいか?と訊かれて、ある仕事を希望したところで、最初からその部署に配属する気など

最初から会社には、ありません。

サラリーマン、特に私たち「総合職」は辞令が下ったら、ハンコ一つで

どのような仕事でもしなければなりません。それが好きか嫌いか、全く関係ない。

一人一人の希望を忠実に叶えてやったら、会社など成り立ちません。

そういう環境で、「自分が好きな仕事」に遭遇する確率は極めて低いし、

たとえ、その低い確率が実現したとしても、数年に一回は人事異動があります。

一生、好きな仕事をしていられるサラリーマンなど、いないのです。


◆嫌いだけど、食うために勤務時間は真面目に働いているのだ、と思えばいいのです。

それでも会社は、尤もらしい事をいうのですよね。

適性は自分で創るものだ。

などといいます。これは翻訳すると、
「自分が不得意な仕事をやることになっても、勉強して、得意になれ」

そんなこと言ったってね。事務職の仕事なんて、面白いってもんじゃないですよ。

しかし、我々は、入社を決めた時に、会社と「雇用契約」を交わしているのですから、

自分の時間と、労働力を提供しなければ、対価としての給料は貰えません。

私は、段々悟ってきまして、要するにつまらないものはつまらない、と思えばいいのだ

と考えるようになりました。但し、仕事は我慢して一生懸命やる。

自分の怠惰さがばれないように、非常に集中しますので、何と職場の人々は

私の頃を「仕事熱心な人」と思っています。


私は、生来怠惰な人間です。働くこと自体、本当は非常に面倒臭い。

できることなら、一生、毎日、家でゴロゴロしていたいですよ。

そういう怠惰な自分を自覚していますので、会社ではそれを抑圧して、

とりあえず勤務時間は一生懸命にやります。嫌だなあ、面倒だなあ

といくら思っても、仕事そのものをきちんとしていれば、なんら問題はない。

「仕事も会社も嫌いだ」と頭の中で考えていようがいまいが、結果として

給与に相応しい労働力を提供すれば文句なかろう、と思っています。

この、本当の気持ち。
本当は、俺は仕事(労働)も会社も大嫌いだが、食うためにはたらいているのだ。

を認識すれば、良いのです。書店の「ビジネスマン自己啓発書」コーナーに置いてある本には、

そういうことは書いていない。仕事を好きになる方法とか「プラス思考の勧め」とか、枚挙に暇がない。


言うまでもなく、本当に仕事が好きな方は、勿論それで結構です。

しかし、本当は嫌いなことを無理に好きになろうとすると、大変苦しい。

自己欺瞞だからです。「嫌いなものは嫌いなのだ」と考えると、

随分楽になりますよ。

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