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2011年7月

2011.07.30

【音楽】7月28日はバッハとヴィヴァルディの命日。BWV 972=RV 230。

◆毎年同じ話、同じ曲で能が無いですが。

毎年同じで恐縮です。

これしか、思いつかないのです。

バロックの巨匠、バッハ(1685~1750)とヴィヴァルディ(1678~1741)2人の

生涯はほとんど重なっています。命日が同じ7月28日です。


バッハもヴィヴァルディも膨大な作品を残していますから、

それぞれの「代表作」を選ぶのは容易ではありません。


◆バッハは、同時代の他人の作品をかなり編曲してます。

バッハの作品番号、“BWV”(ベー・ヴェー・ファウ。Bach Werke Verzeichnis。バッハ作品主題目録番号。)

が付いていても、実は、編曲というのが、結構あります。

ヴェネツィアの作曲家、ヴィヴァルディやマルチェルロ、

同じドイツ人ですが、当時はバッハよりも人気があったテレマンらが、

他の楽器の為に書いた協奏曲を、チェンバロ独奏曲にした例が多いです。

その一つがBWV972で、原曲はヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲 RV 230です。


本音を書くと、毎回これを取りあげるのは、このBWV 972を更に金管アンサンブル用に

編曲して、演奏している。最後のジャーマン・ブラスを聴いて頂きたいのです。

それだけだと間が保たないので、原曲→バッハチェンバロ独奏曲版を載せます。


◆ヴィヴァルディ「調和の幻想」からソロ・ヴァイオリンの為の協奏曲 第9番 ニ長調 RV 230

何度も書きましたが、CDが発明される以前、何十年にも亘って、

日本でのクラシック(厳密にはバロックですが)レコード売上げ1位は、

イ・ムジチ室内合奏団による、ヴィヴァルディの「四季」でした。

あまりにも「四季」が有名ですが、私の趣味としては「四季」(因みに「四季」は別の協奏曲集、「和声と創意への試み」

1番から12番で、「和声と創意への試み」には、その他にも多くの協奏曲が含まれています。)よりも、

この「調和の幻想」の方が良いと思います。

最近では、ヴィヴァルディなど、古楽器による、昔風の演奏が多いですが、

私は、別にわざわざそうする必要は無く、現代の楽器による「普通の」演奏の方が好きです。

引用元は、調和の幻想 サー・ネヴィル・マリナー=アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズです。


ヴィヴァルディ:ソロ・ヴァイオリンの為の協奏曲 第9番 ニ長調 RV 230 第一楽章






ヴィヴァルディ:ソロ・ヴァイオリンの為の協奏曲 第9番 ニ長調 RV 230 第二楽章






ヴィヴァルディ:ソロ・ヴァイオリンの為の協奏曲 第9番 ニ長調 RV 230 第三楽章






◆【番外】ソロ・ヴァイオリン・パートをチェロで弾いた録音。シュタルケル。

ヤーノシュ・シュタルケルという、上手いチェリストがいるのですが、

RV 230をチェロで弾いてます。他にも色々。このCDは面白いです。

Concerto Collection



ヴィヴァルディ:ソロ・ヴァイオリンの為の協奏曲 第9番 ニ長調 RV 230 第一楽章(チェロ版)






ヴィヴァルディ:ソロ・ヴァイオリンの為の協奏曲 第9番 ニ長調 RV 230 第二楽章(チェロ版)






ヴィヴァルディ:ソロ・ヴァイオリンの為の協奏曲 第9番 ニ長調 RV 230 第三楽章(チェロ版)






上手いですね。


◆バッハがチェンバロ独奏曲に編曲した、BWV 972。

はじめに書いたとおり、バッハは、他の作曲家の作品をチェンバロ独奏用に編曲していますが、

そういう作品ばかりを録音したCDがあります。

J.S. バッハ:チェンバロ協奏曲集(ヴィヴァルディ/テレマン/マルチェロによる)(セベスティエン)です。


Concerto in D major BWV 972 (after Vivaldi): I. Without tempo indication







Concerto in D major BWV 972 (after Vivaldi): II. Larghetto







Concerto in D major BWV 972 (after Vivaldi): III. Allegro







このBWV 972をチェンバロで弾いた録音は沢山ありますが、何だかやたらとテンポを落とした、

もったりとした演奏が多いのです。好みですが、私はそれらは何だか間延びしてきこえます。

この演奏はちょうど良いと思います。


◆ジャーマン・ブラス(金管アンサンブル)版、BWV 972

これは、CDもあるのですが、DVDで観て、聴いた方が面白いと思います。

Bach for Brass というDVDですが、AmazonTOWER RECORDSHMV

全てにありました。

その中からBWV 972全曲です。

演奏しているのは、ライプツィッヒの聖トーマス教会。バッハが長くここで音楽監督を務め、

バッハの墓がある所です。



Bach BWV 972 after Vivaldi Violin Conceto RV 230







一番右端で、ピッコロ・トランペットを吹いている、マティアス・ヘフス氏が、編曲もしています。

金管楽器だけによる演奏ですから当然と言えば当然ですが、原曲やバッハのチェンバロ用編曲と

比較にならないほど、音に華やかさと厚みが加わります。原曲より、こちらの方が良いぐらいの、

名編曲・名演奏です。

この他、勿論、バッハ自身の作品も沢山含まれています。

イタリア協奏曲第一楽章、「主よ、人の望みの喜びよ」「トッカータとフーガ」等々。

今まで、「所詮ラッパなんて」と思っている方にこそお薦めします。

金管楽器の表現力の大きさを知って頂きたい、と思います。

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2011.07.28

「乗降10万人以上の駅にホームドア…国交省方針」←そういうのを官僚的形式主義というのです。

◆乗降10万人以上の駅にホームドア…国交省方針(読売新聞 - 07月27日 21:20)

国土交通省は、駅のホームから転落する事故が相次いでいることを受け、

1日の乗降客数が「10万人以上」の駅について、

ホームドアや転落防止柵の設置を鉄道各社に求める方針を決めた。

8月中にも、具体的な基準などをまとめる。

「10万人以上」の駅は、都市部を中心に全国で239駅。

首都圏では、JRの主なターミナル駅のほか、

私鉄各社の急行停車駅などが中心。

全国約9500の鉄道駅のうち、ホームドアが設置されているのは約500駅にとどまっている。

ホームの強度や費用の問題で、ホームドアの設置が難しい駅については、

固定柵の設置などを求めていくという。

一方、視覚障害者への対策として、全国で約2000駅ある1日の乗降客数が

「1万人以上」の駅については、通常の点字ブロックより、

はっきりとホーム端がわかる特殊なブロックを設置するよう求める。


◆コメント:1日平均乗降客数ではなく、過去の人身事故発生頻度で決めた方がいい。

国交省は、全国を対象にホームドア設置を決めたので、

駅の数は膨大で、個別にホームドア設置の可否を検討する時間もやる気もないので

1日の乗降客数が10万人以上の駅

に決めたのであろうが、妥当性が認められない。

1日(平均)乗降客数が多い駅から、というのは、

記事をよく読めばわかるとおり、ホームドア設置の理由が、
駅のホームから転落する事故が相次いでいることを受け

になっているからだが、実際には、日本一乗降客数が多い東京の新宿駅(2010年度一日平均、736,715人)

ですら、ホームから線路に転落する事故は、さほど多く無い。


皆、分かっていることだが、要するに飛び込み自殺対策だろう。

乗降客数と飛び込み自殺発生件数は必ずしも一致しないことは

MyNewsJapan鉄道自殺・事故死者数ランキング、1位は中央線 年21人死亡

を読むと一目瞭然である。

少々古いが、2008年度、自殺者が最も多かったのは中央線だが、

利用者が多いので、件数が多いことはわかるけれども、駅別の自殺者数について、

My News Japanによれば、
08年度は東京と高尾を結ぶ32駅のうち15駅で死亡者が出ており、

とくに高円寺から豊田の間に集中している。

この区間には15駅あるが、三鷹、武蔵小金井、日野の3駅を除く

12駅で計16人が死んでいる。

複数の死亡があったのは御茶ノ水(3人)、荻窪(3人)、西荻窪(2人)、武蔵境(2人)の4駅。

死因別では、自殺20人、転落1人だった。(My News Japan 2010年3月18日付)

とのことである。

2008年度のJR東日本管内、1日平均乗降客数を見ると、

前述の「複数の死亡事故があった駅」、即ち、御茶ノ水、荻窪、西荻窪、武蔵境の中で、

1日平均乗降客数が10万人を超えているのはお茶の水駅だけである。

他は、荻窪が86,838人、西荻窪が41,335人、武蔵境が61,297人、となっている。

2009年度2010年度も同様である。

リンク先の記事(My News Japan)には、絶対数ではなく「自殺率」を見るべきだ、との主張が

書かれているが、それはここでは省略する。


◆結論

転落事故、飛び込み自殺を防ぐ為に、国交省は全国の駅にホームドアを設置するという。

その方針自体には、何ら文句が無いが、設置する駅の決定は、単純に、

1日平均乗降客数に基づくべきではなく、実際に自殺が多発する駅は

ド素人の一般人である私にですら、すぐ調べがつくことなのだし、

税金を用いてホームドアを設置するのだから、優先順位を良く考えることだ。

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2011.07.27

【翻訳】「日本で、核に関するベストセラーが新しい議論を反映している。(ワシントンポスト 7月19日)

◆(原題)In Japan, nuclear bestsellers reflect new debate(The Washington Post 19 July)

http://www.washingtonpost.com/world/asia-pacific/in-japan-nuclear-bestsellers-reflect-new-debate/2011/07/16/gIQATh5QNI_story.html



数週間前、40年もの長きにわたり、人知れず、しかし極めて活動的な姿勢を保ち続けた、1人の日本人の原子力研究を専攻する学者が

関西国際空港構内を歩きつつ、書店のベストセラーのコーナーをちらりと見おろした。

そこに平積みになっていたのは、彼が書いた最新の本、「原発のウソ」であった。

本のカバーには彼の顔写真が映っている。


この学者、小出裕章氏にとってそれは、(原子力に対する)微かな関心が

今や世の中の関心の中心に、変化しつつあることを、確認した瞬間だった。

この四ヶ月は、過去四半世紀において、最も深刻な原子力事故に発展し、

その間、原子力政策を監督する官僚と電力会社の経営陣との、激しい確執があった。


その結果、少なくとも一つの産業は、大規模な変化を競い合った。

つまり、出版業界である。

出版業界のウェブサイトによると、各出版社が競い、少なくとも1日に1冊、

原子力に関する新刊が発売されたという。そして、かつては、

「どうして、自分の本がこれほど売れないのだろう」と訝しがっていた専門家を

拝み倒して、書き下ろしを依頼しているほどなのだ。


とにかく、原子力に関して書かれた本は、日本全体の議論を呼び起こしている。

それは、世論調査を見ても明らかで、4対1で原子力推進反対派が優勢である。

原子力に関して書かれた本のうち、あるものは、統計を示し、冷静に感情的にならずに

脱原発を説いているが、あるものは、怒りに、またあるものは後悔の念に満ちている。

いずれにせよ、これは日本の社会が国家が提供する情報を、ますます信頼出来ない、と

考えている状況を端的に示している。


著者のリストは実に広範に及ぶ。様々な分野の学者、ジャーナリスト、産業界の専門家、

もと、株のインサイダー取引により起訴された人、反逆的官僚などである。

元・福島県知事、佐藤栄佐久は、福島原発の真実を、

福島原発建設に携わった元GE技術者・菊地洋一は、「原発をつくった私が、原発に反対する理由」を著した。

また、経産省の現役幹部が実名で「日本中枢の崩壊」と題する

内部告発本を発表した。

この本は1ヶ月でベストセラーになり、著者である古賀茂明は経済産業大臣から、辞職届を提出するように勧告を受けたが、これを拒否した。

3月11日以降に出版された、核(原子力)関連全書籍のはっきりとしたリストは無いが、

Amazon Japanによると、直近の30日だけでも約100冊の新刊が出ているという。

東京の法政大学教授、川村湊は何とか遅れを取らないように、

最近刊行された150冊(100冊の過去の書籍の復刻版を含む)を購入した。

そのコストは2,500ドル(引用者注:1ドル=80円とすると、日本円で20万円)に達している。


川村の核問題に関する専門的知識は、福島原発の事故が起きた直後の15日間について、

彼自身が日記スタイルの著作を執筆してから、著しい進歩を見せたが、

原発事故が起きた当時、かれは、戦時中における日本の満州支配に関する原稿を書いていたのである。

川村は、「編集者に電話をして、執筆中の本のテーマを変更してもいいか?」と訊ねたそうだ。


核の専門家によると、それまで日本の出版会は、中央官庁が喧伝する、原子力推進の意向に、

寄り添うような本ばかりを出していたのだ。



日本原子力研究所の元研究員、館野淳は

「『核に関連する本は売れない。』と言われていたのです。」と述懐する。

実際、館野は2003年に各関連の本を書いて出版したものの、ほとんど売れなかったという。


この分野(原子力)の学者、特に、反原子力の立場を取る人々は、世間に知られないことを

甘受するしか、選択肢はほとんど無かった、と小出裕章京都大学原子炉実験所助教は語る。


彼は、自分のキャリアを、原発関連訴訟をサポートしたり、少人数の市民団体の集まりで、

講演をすることに費やしてきた。

この間、彼は自分の講演を本にして出版した。その最初の本、1992年発行の「放射能汚染の現実を超えて」は、

3,000部しか売れなかった、と、小出助教はいう。



3月11日の震災により、世間は急速に小出助教の専門的な知識を必要とするようになった。

今では、彼の講演には1,000人もの人が集まり、メディアからの電話インタビューを求める

電話が、毎日平均2本は架かってくる。テレビにも出る。しかし、それは彼にとって満足ではなく、

後悔を感じさせる結果になっていることを認識している。


「私はこの本(「放射能汚染の現実を超えて 」)が多く売れていると聞きましたが、複雑な心境です。」

小出助教が新しく書き下ろした本は20万部も売れているが、それについて、彼は「事故が起きたから、

本が売れているのです。私は40年間、この分野で事故が起きないようにと願って活動してきたのです。

ところが今や、現実に事故が起きてしまった。だから本が売れているのです」と述べた。


インタビューの中で、また、彼の著書の中で、小出助教はしきりに責任について言及している。

原発事故そのものに関して、小出氏は政府と東京電力双方に責任があるという。しかし、彼は傍観者にも

責任があるという。それは、即ち、原発は安全だと信じて疑わなかった、多くの国民である。

騙されていた人々には、騙され続けていたことに対する責任がある。

と彼は、自著に記している。


過去に比べると、小出助教の声に耳を傾ける人はますます増えている。

彼は「人々は原子力の危険性に気づき始めた。今こそ社会の方向を大きく変える決断を下す時だと思う」と

著書の始めに書いた。

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2011.07.26

「<国際成人力調査>8月から実施…文科省など発表」←まず、文科省役人の学力を公表してくれよ。

◆記事:<国際成人力調査>8月から実施…文科省など発表(毎日新聞 7月25日(月)19時40分配信)

文部科学省などは25日、大人に日常生活や職場で必要とされる技能

「成人力」を調べる「国際成人力調査」(PIAAC)を8月から実施すると発表した。

経済協力開発機構(OECD)が提唱する国際比較調査として初めて実施され、

26カ国が参加。

調査は来年1月まで続き、結果は13年度に公表される。OECDはこれとは別に、

15歳の男女(日本の高校1年相当)を対象にした学習到達度調査(PISA)を

00年から3年おきに実施しており、大人版のPISAといえそうだ。

対象は住民基本台帳から無作為に抽出された16~65歳の男女で、

調査員が訪問し5000人分の回答を集める。

調査項目は、

読解力

▽数的思考力

▽IT(情報技術)を活用した問題解決能力--

となっている。


◆コメント:まず、文科省のお役人サマの学力を発表して頂けませんか?

あのねえ。

文科省のお役人さん、一般国民の学力(成人力というのだそうだが)

を調査する前に、自分達が試験を受けて、全員の成績を官報か何かで発表したらどうですか?


昔からよく言われることだが、今の国家公務員第一種試験、(昔の国家公務員上級試験)という

各省庁の所謂「キャリア組」、幹部候補生になるための試験があります。


各省の役人で一番偉いのを事務次官といいますね。昔なら大蔵省、今の財務省の事務次官が

東大法学部を出ていて一番頭が良いことになっている。

そしてそれは、学歴(東大法学部を優秀な成績で卒業していること)と、

国家公務員上級試験で、トップクラスだった人が大蔵事務次官になることに決まってます。


逆にこの試験で一番成績の悪い連中が皆、旧文部省(現・文科省)に配属される。

これも有名な話。単なる噂かと思っていましたが、

あの天下の大失敗、「ゆとり教育」を始め、公立学校を週休2日にして、

かつ、普通の授業を削って、「総合」という何をやったら良いか現場の教師も混乱する、

まあ、要するに昔の「自習時間」みたいなものですよ。これを週に4時間もいれたので、

子供がどんどんバカになっている。6年生になっても九九を覚えていないとか、

キリが無いけど、今、少なくとも東京の小学校ではローマ字教えないのですよ。

私の息子が小学生だったのは10年ほど前ですが、その頃は少なくともそうでした。

そう言う子供たちはパソコンでもローマ字変換が出来ないはずです。


更に、日本語の読み書きの能力が著しく減衰し、計算も出来ない

(二桁かけ算の筆算ができない、など。)現状で、小学校から英語を教えるという。


無茶ですよね?

小学校の先生は、英語を教える技能(専門的技能です)の訓練を受けていない。

付け焼き刃で英語を教えて、何の意味があるのでしょう?


それは、例えばですよ。

私(JIRO)はフランス語を全く知りませんが、アテネ・フランセか何処か、

フランス語を教える語学教室に今から通い始め、自宅に

JIRO仏語教室--基礎から応用まで

と看板をだし、生徒を集めて、昨日私がアテネ・フランセで習ったことだけを

翌日自宅で、生徒に教えるのと、大差ありません。詐欺といっていい。


要するにですね。ことほど左様に、ありとあらゆるアホな教育政策を考え出す

文科省のお役人様が、まず、学力(成人力)テストを受けた方が良いだろうと

思うのです。その結果は、納税者たる国民は知る権利がある。

是非とも、公表して頂きたいですね。

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2011.07.25

【音楽】ティンパニ協奏曲、私も初めてなんですが、ドルシェツキー(作曲家)というオッサン、面白いですわ。

◆ティンパニにメロディーを委ねた作曲家

たまたま、ナクソス・ミュージック・ライブラリーで見つけたのです。

私1人が面白いだけかも知れませんけど、「ティンパニ協奏曲」というのを見つけました。

作曲者は、ゲオルグ・ドルシェツキー(Georg Druschetzky)は、チェコで1745年に生まれ、

1819に亡くなっています。

私は、全く初めて聞く名前なのですが、この生年と没年をみて

ベートーヴェン(1770-1827)より早く生まれた人出あることに気付きました。

ベートーヴェンよりも、25歳も年上です。

この時代、ティンパニはオーケストラでは普通に2個しか使われず、

高い音は各調性の主音(長調なら「ド」。短調なら「ラ」)、

低い音は属音(長調なら「ソ」、短調なら「ミ」)にチューニングされ、

もっぱらリズムを強調するために使われました。

ティンパニは基本的にそういう使い方で構わないのですが、

何と、この時代に、「6つのティンパニの為の協奏曲」を作曲したのが

ドルシェツキーです。


ドルシェツキー:6つのティンパニと管弦楽の為の協奏曲 第一楽章






あまり、音楽的に高度な作品ではないです。ティンパニ協奏曲と言っても、

ティンパニは、常にオーケストラのいずれかの楽器とユニゾンで旋律を

演奏しているのですが、諄いようですが、この時代にドルシェツキーは

ティンパニを旋律楽器として使ったのですね。他にそんな人いません。


しかも、当時のティンパニは現代のティンパニのように、ペダルで音程を素早く切り替える

ことなど出来ないのですから、6個では本当は無理だと思います。

ティンパニの最初の「旋律」は

ソ・/ド・ソ・ミ・ド・/シ・レシド・ミド/レ・レ・レ・ミド/シ・レシソ

ですが、ずっと聴くとしたの、「シ」や上の「ラ」が出て来ます。

つまり、低い方から、「ソ・ラ・シ・ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ」と少なくとも9つの音を使っていますから

6個のティンパニで叩こうとしたら、何処かでチューニングを変えなければなりませんが、

手でねじを締めたり緩めたりする、あの原始的なティンパニで果たしてそれが可能だったのか

非常に不思議です。この人は、当時としては珍しいことではありませんが、

オーボエ奏者兼ティンパニ奏者だったそうです。ティンパニが余程すきなのか、他にも作品を

残してます。Druschetzky: Timpani & Orch又はiTunes Storeで

“Works for Timpani and Orchestra”で検索すると容易に見つかります。

かなりマニアックで、興味の無い方は全然面白くないでしょうが、

敢えてご紹介しました。

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2011.07.23

「自転車の一方通行導入へ=整備拡大を後押し―違反者に罰則も・警察庁」←一時停止不履行を取り締まって欲しい。

◆自転車の一方通行導入へ=整備拡大を後押し―違反者に罰則も・警察庁(時事通信 7月21日(木)11時8分配信)

警察庁は21日、自転車道や歩道上の自転車通行部分で一方通行規制の導入を決めた。

自転車が擦れ違う際の接触事故の危険性をなくし、

多くの道路に自転車の通行可能なスペースを設けるのが狙い。

国民の意見を募った上で、年内の標識標示令改正を検討している。

警察庁と国土交通省は2008年、全国でモデル地区を選定し、

縁石や柵で車道と分離する自転車道などの整備事業を始めた。

しかし、住民の合意形成の難しさや道幅の狭さから事業は難航。

目標期間とした今年3月末を過ぎても、計画の約8割しか整備は進んでいない。

同庁は、道幅の狭い道路に自転車道などを設置しやすいように一方通行規制の導入を決定。

これまでは自転車同士が擦れ違う際の接触事故を防ぐため、幅を2~3.5メートルとする必要があったが、

狭くすることが可能になれば、より多くの道路に設置できるとしている。

規制は、新たに設置する自転車道などで導入する方針で、規制標識も新設。

規制区間は、道路を管理する地方自治体などと協議して決める。

通行規制に従わない場合は道交法違反となり、3カ月以下の懲役または5万円以下の罰金の対象となる。


◆コメント:一方通行も良いが、まずは一時停止不履行を取り締まって頂きたい。

東京では、東日本大震災の日、特にJRが早々と終日運休を決定し、

私鉄の多くも、運休または、運転再開した路線もその時間が遅かったので、

多くの人が歩いて自宅に帰った。それに懲りて、自転車通勤をする人が増えている。

それ自体に文句を言うことは出来ないが、通勤自転車組のかなりの人が、

クルマやバイクと同じ気になって走るので、事故が増えている。

私は、以前から、自転車も免許制にするべきだ、と言っている。

その「理想」には遠いが一歩前進である。


しかしながら、

「自転車道や歩道上の自転車通行部分でに一方通行規制導入」

を最初に決定したのは、悪いとは言わないが、プライオリティ(優先順位)が違うと思う。

東京などでクルマを運転する人なら誰でも経験があると思うが、

運転をしていて自転車の何が怖いかといって、一番怖いのは

「路地からの飛び出し」即ち、自転車の一時停止義務不履行である。

住宅地など細い道が縦横に通っている所のみならず、

自動車の交通量が非常に多い、明らかにクルマに優先権があるような道路に、

いきなり横から自転車が飛び出して来ることがある。

実際、数週間前、私の自宅近くをとおる環状8号線という極めて混雑し、

かつ、トラックなど大型車両の数が多い危険な道路に、

自転車に乗った人(大人である)が、なんとノーブレーキで飛び出し真横からきた

大型トラックに轢かれて即死する、という悲惨な事故があった。

この事故の原因は不明ながら、歩行者用信号が青と勘違いしたと思われる。

どんなにクルマが注意していても、目の前にいきなり自転車が飛び出してきたら、

回避不可能である。この事故などは気の毒だが、自転車に乗っていた人に責任があると思うが

現行の法運用においては、自動車を運転していた人が業務上過失致死の刑事責任を問われる。

理不尽である。

まず、自転車の「一時停止義務不履行」の取り締まりと罰則を強化して欲しい。

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2011.07.22

「原発、当面維持=集団的自衛権行使を明記-自民報告書」←どさくさ紛れに憲法改正の話なんかするな。

◆記事:原発、当面維持=集団的自衛権行使を明記-自民報告書(時事通信 7月20日(水)11時9分配信)

自民党の国家戦略本部(本部長・谷垣禎一総裁)は20日午前、

今後の中長期的な政策立案の柱となる報告書を発表した。

既存の原発を当面稼働させつつ、太陽光など再生可能エネルギーの普及を進める方針を明記。

安全保障では、政府が憲法解釈で禁じている集団的自衛権の行使を「認める」ことを打ち出した。

報告書は、今後のエネルギー政策について「再生可能エネルギーが新たな柱になる。

しかし、直ちに原子力による発電量分をカバーすることは極めて難しい」と指摘。

当面の危機対応として

(1)節電などの推進

(2)安全対策を強化した上で既存原発の稼働維持

(3)火力発電などの増強

(4)再生可能エネルギーの普及促進―を掲げた。

集団的自衛権に関し、「公海における米艦防護、弾道ミサイル防衛を可能とする」と明記し、

行使の範囲を法律で規定するとした。

また非核三原則については「陸上への核配備は認めないが、核兵器を積んだ艦船の寄港などについては容認する

『非核二・五原則』への転換を図る」と強調した。

社会保障に充てるため、消費税率の当面10%への引き上げも盛り込んだ。


◆コメント:どうして原発維持と「集団的自衛権」が同時に出てくるのだ?

危ないと思ったのです。

先月、原発や菅総理辞めろ、辞めない。節電をどうするとかでゴタゴタしているときに、

国民の大多数は知らないと思うのですけど、日米の外務、国防担当大臣らは、

非常に重大な確認文書を取り交わしてます。


西日本新聞の7月4日付社説。

ミサイル防衛(MD)で日米が共同開発した海上配備型迎撃ミサイルを米国が第三国に移転(輸出)する場合、日本はそれを容認する。

先月、ワシントンで開かれた日米の外務、防衛担当相による安全保障協議委員会(2プラス2)で、両国政府はそんな確認文書も取り交わした。

沖縄の米軍普天間飛行場移設問題や、対中国を意識した日米の「共通戦略目標」確認の陰に隠れたかたちで、大きく報道はされなかった。

しかし、米国との共同開発であっても日本が開発・製造に携わった迎撃ミサイルの輸出の容認である。「武器輸出はしない」ことを原則としてきた日本の安全保障政策の大きな転換を意味する。

同盟国・米国による第三国への供与とはいえ、日本が平和国家の証しとして、長く掲げてきた「武器輸出三原則」を空洞化させるものだ。

武器輸出三原則は、非核三原則とともに日本の平和外交を支えてきた理念であり、外交・安全保障の根幹をなしてきた政策でもある。憲法の平和主義に基づく「国是」と言っていい。

無論、安全保障政策を国際情勢の変化を考慮して修正することは必要であり、適切に見直すのは政治の役割である。しかし、国の根幹をなす政策を転換する決定には、国民への丁寧な説明と国会での十分な議論が不可欠だ。

それを後回しにして、米国が求めるミサイルの第三国への輸出を容認した民主党政権の外交には、危うさを感じる。

輸出の容認は「日本の安全保障や国際平和と世界の安定に資する」場合で、なおかつ「第三国が輸入したミサイルの他国移転を防ぐ手だてを有している」場合に限る、という条件は付けている。

5年前には、共同開発ミサイルを「日本の事前同意なしに第三国には供与しない」とする交換公文(確認文書)も日米間で取り交わしている。

しかし、これらの約束が厳格に守られる保証はない。約束や条件は日本の要請に米政府が応じたものではあるが、国際情勢が動けば、米側がなし崩し的に輸出を拡大する恐れがつきまとう。

当面は欧州の同盟国ミサイル防衛網への配備が想定されている。だが、米側から新たな供与要請があった場合、日本政府はそれを拒否できるのか。歴代政権の対米姿勢を見る限り、怪しい。

イスラエルや台湾など、日本のアラブ政策や対中政策に影響を及ぼす国や地域に輸出されることはないのか。

「三原則」の例外としてきた対米武器技術供与を、さらに進めて共同開発兵器の第三国輸出まで解禁するというのなら、輸出先の基準や日本側の拒否権を明文化するなど、政府は厳格な「歯止め」を求めるべきである。

米国の要請に応じるだけなら、菅直人政権は武器輸出に道を開いた政権として、戦後史に名を刻むことになる。

冒頭に転載した7月20日付の時事通信の記事によれば、

今は野党だが自民党は、憲法を改正し、集団的自衛権の行使を可能にしようとしていて、

また、非核三原則も一部改変(改悪)するつもりなのです。


現与党の民主党も、西日本新聞がよくぞ取りあげてくれたと思うけど、

非核三原則を実質改変するような確認文書なんて冗談じゃ無いですよ。

被災地では、がれきが場所によってはまだ3割しか片付いていなかったり、

津波で打ち上げられた魚の死骸の腐敗臭がものすごかったり、

それらにたかった巨大なハエが大量に飛んでいて、不潔なことこの上ないし、

避難所から仮設住宅に移ったお年寄りが孤独死していたという類の話には枚挙に暇がない。


そして、福島原発。工程表第一ステップほぼ予定通り達成。「核燃料冷却安定しつつある」

なんて、ウソですよ。

福島原発1号機は、圧力容器にも、その外側の格納容器にも底に穴があいて、核燃料は

原子炉建屋の床のコンクリートも溶かして、地面にめり込んでるんですよ?

ほっとくとどんどん地面を下がっていって地下水脈に達したら、地下水が汚染されて、

繋がっているところ、どんな遠くでも汚染されるかも知れないのですよ。


だから、小出裕章京都大学原子炉実験所助教は、地下に巨大な板を入れて、囲いを作り

放射性物質が、一定の範囲から地下水を通って外に拡がらないようにしろ、と、5月から

言ってるのですが、政府は、その計画はあるけれど、「早ければ秋にも工事に着工」だと

言っているのです。日本中の土壌が放射性物質で汚染されるかどうかというときに、

民主党も自民党も他のこと、しかも、地震や原発事故が起きていないとしても、

非核三原則の変更とか集団的自衛権の行使を認めるとか憲法改正の話じゃないですか。

どうしてそんな話をする必要があるのですか。


国民の関心が被災地や福島第一原発や、節電計画に向いている間にどさくさ紛れに

いろいろ既成事実化してしまおうと。

このように、いろいろ国が落ちついていないときなら、国民もどうでも良くて、

案外簡単に憲法改正が出来てしまうのではないか、と考えているように見えて

仕方がありません。日本国民の様子をみた、アメリカの方から話を持ちかけて

きたのかも知れませんが、


現在のように、日本国が極めて異例な状況にあり、混乱しているときに、

日本国の最高法規に関する重大な話をアメリカとこっそり行うなど、姑息です。

とんでもないことです。絶対に認められません。

大メディアは、何故大きく報道しないのでしょうか。

この他、同じどさくさ紛れで、一旦断念した「共謀罪」の法案を持ち出すかも知れませんし、

ほら。旧社会保険庁の宙に浮いた年金の話なんかまったくわからないじゃないですか。

これもどさくさ紛れに、「すいません、やはり全件突合は無理です」とか言いそうです。


私も含めて、こういうのは政治面のベタ記事で載ることが多いですが、

注意していないといけません。狡い連中ですからね。政治家は。

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2011.07.21

「生産者に中傷追い打ち 福島・浅川産汚染牛出荷の男性」←信じられないほど、ひどいことをする奴がいる。

◆記事:生産者に中傷追い打ち 福島・浅川産汚染牛出荷の男性(河北新報 2011/07/20 09:36)

肉牛に放射性セシウムが含まれた稲わらが与えられていた問題は、福島県内で拡大を続け、

畜産農家を苦境に陥れた。仙台市や東京都の市場に42頭を出荷していた浅川町の農家の男性(54)は、

自ら稲わらなどの検査を申し出たにもかかわらず、心ない中傷に苦しんでいる。

男性が出荷した肉牛に不安を抱いたきっかけは、

今月9日に南相馬市の農家が出荷した肉牛から放射性セシウムが検出されたことだった。

翌10日、原因はセシウムに汚染された稲わらだったと判明した。

黙って推移を見守ることも可能だったが、男性は「そんなことは絶対にできないと思った」と言う。

自主的に県に検査を申し出て、餌用の稲わらと飼っている牛の検査を受け、生産者としての責任を果たした。

県が、男性の牛舎の稲わらからセシウムが検出されたと発表した翌日の15日から、

インターネット上に男性や県内の畜産農家を中傷するような書き込みが現れ始めた。

男性の自宅には無言電話もかかってくるようになったという。

眠れない日が続き、酒量も増えた。外出時には顔を隠したい気持ちに駆られるという。

「みんなに迷惑掛けちまったんだろうな。正直に牛をつくりたかっただけなのに」

と話す。男性は今、牛を出荷できず、堆肥の引き取り手もいなくなった。

売れる見込みのない牛を飼育するために、毎月約260万円の餌代が重くのしかかる。


◆コメント:嫌がらせをする(した)野郎、貴様はそれでも人間か!

このニュースは共同通信に載っていたが、

次々に新しいニュースが入るので、今は、共同通信のトップページから、発見できないだろう。


昼間、様々な情報を収集しているときに、たまたま目に付いた。

この記事で報じられている内容の何処が問題なのか、説明するまでも無かろう。

分からない奴はバカだ。


それにしても、世の中には、合理的な思考が出来ず(しようとせず)、陰湿で、姑息で

卑怯な奴がいるものだ。最初に記事を読んだときには、余りにも腹が立って、眩暈がした。

男性は、自分が買っている牛の餌である稲わらがセシウムに汚染されていたかも知れない。

その稲わらを食った牛の肉は、放射性物質で汚染されているかも知れない、と思った。

結果が自分の生活を圧迫することは当然予想出来ただろうが、食品を生産する人間として、

汚染した肉を人々に食べさせるわけにはいかない、と考え、使命を立派に果たしたのである。


稲わらが、放射性物質に汚染されてしまったのは、東電や国が、福島第一原発から環境に放出される

放射性物質が、家畜の餌を汚染することがあり得る、ということが当然予想出来た筈なのに、

「この程度の放射線は安心です」と言い続けた、つまりウソを付いたのが原因である。

この男性は悪く無い。


悪いのは、原発からの放射性物質の拡散の範囲、程度、それによってこの畜産業者のように

被害を受けるかも知れないのは、誰か、をキチンと公表せず、

健康に問題はありません。

と、事態の深刻さを隠し続けてきた東京電力と日本政府である。

繰り返す。

浅川町の農家の男性(54)は、「被害者」であり「加害者」では無い。

私がこの人だったら、憤死してしまうのでは無いかと思うが、

男性は控え目な人柄の方のようだ。嫌がらせや中傷を受けながら、まだ、
「みんなに迷惑掛けちまったんだろうな。正直に牛をつくりたかっただけなのに」

という。涙がこぼれた。

あらゆることを誤魔化して、責任から逃れ、何とか後数年経てば定年だ、

とタカを括っている東電社員や、日本国政府は、この男性の爪の垢を煎じて飲むが良い。

何度も繰り返す。

この男性は、悪く無い。

それが分からない奴は、自分で自分をどう思っているか知らないが教えてやる。

この男性を中傷したり、ネットで実名を公開したり、無言電話をかけている奴ら。
お前らは死んでも治らないバカだ。

バカだけならまだ救いがある。ただでさえ困っている人をさらに打ちのめす。

人間の心を持った生物の仕業ではない。
お前らはケダモノである。生きている意味がない。死ね。

この言葉は絶対に撤回しない。

私は肉はまだだが、福島県産の農産物。特に去年収穫されたお米、

「ミルキークイーン」は前から好んでいたので、今も以前と変わらず、農家などに直接電話をして

注文して取り寄せて、食べている。

美味い。

今週末辺り、焼き肉(勿論和牛の店)を食いに行こうか、と、思っている。

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2011.07.18

【音楽】カラヤンの「伴奏」。

◆伴奏が出来ない(極度に下手な)指揮者がいるのです。

交響曲とか管弦楽曲は普通、オーケストラだけで演奏し、

その類の指揮はできるけれども、協奏曲などで、独奏者の伴奏をする

ということは、ピアノで伴奏者が、専門職(欧州の音大にはピアノ伴奏科があります)

であるのに似ていて、また、別の「技術」のようです。


伴奏が下手な指揮者と演奏すると、協奏曲の独奏者は非常に演りにくいそうです。


私の敬愛する、ヴォルフガング・サヴァリッシュ先生は、ピアノの名手で、

フィッシャー・ディースカウなど名歌手の伴奏を見事にこなしておられましたが、

その資質は、指揮者としても生きていたようです。


斜めから見たマエストロたちという本がありまして、著者の長谷恭男(はせ・たかお)氏は

長年、N響の事務局長を務めた方ですが、単なる事務局ではなく音楽に造詣が深いのです。

この本には、今や大先生ですがヴァイオリニストの前橋汀子さんが、サヴァリッシュ先生の伴奏(指揮)で、

メンデルスゾーンを弾いたときに、

こんなに弾きやすかったのは初めて。

と言っていたそうです。プロのヴァイオリニストの音は、想像以上に良く響きます。

皆さんのご自宅でプロが音を出したら、余りにも大きな音に驚く事でしょう。

しかし、それでもオーケストラの伴奏で弾くとなると、オーケストラの音量は

さらに大きいわけで(金管もティンパニもいるから、当たり前です)、

考慮せずに音を出されたら、独奏バイオリンなんか、吹っ飛んで(音が聞こえなくなって)

しまいます。

その辺のさじ加減(音量の問題だけではないですが、長くなるので省略します)を

良く心得ていない、伴奏が出来ない指揮者というのが、結構いるのですが、

カラヤンは、伴奏のときは、見事にソリストに合わせます。


再び余談になります。

ピアノの伴奏とオーケストラを指揮する伴奏と話が入り組んで恐縮ですが、

クライバーンで優勝して、一躍有名になった辻井伸行氏がまだ、さほど有名ではない頃に

ヴァイオリニストの川畠成道氏の伴奏をする企画があり、その練習の様子を

テレビドキュメンタリーで放送したことがあります。

余談の余談になりますが川畠成道氏については、以前、ブログに書きました。
2010.07.11 【追加】私が音楽記事を書く理由。/【音楽】ヴァイオリニスト、川畠成道氏のアルバムを薦めます。

さて。何を書こうとしているかというと。

その練習風景で既に、辻井君はプロのソリストに近いレベルに達していましたが、

それは、あくまでも「自分がソロを弾く」場合です。このとき、多分初めて「伴奏」を

経験したようで、音楽的にはずっと先輩である川畠氏に何度も止められて、
「あのね。ソリストがどういう風に弾きたいのか、を考えないとダメだよ」

と伴奏者の初歩的な「心構え」に関して再三注文をだされていました。

それを見て、私は改めて「ああ、やはり伴奏というのは、本当は専門職(専門的技能)なのだな」と

思ったのを良く覚えています。自分でピアノを弾いて伴奏するのが既に難しいのですから、

自分が弾かないで他人に音を出させて伴奏する指揮者はより一層難しいはずです。


◆アンネ・ゾフィー・ムター:モーツァルトヴァイオリン協奏曲

アンネ・ゾフィー・ムターは今や、ベテランです。

調べたら、1963年生まれだから、私より3歳年下ですが、まあ、この年になると

同い年も同然。

その彼女の才能を見出したのがカラヤンです。

カラヤンなくしては、ムターは現在ほどの「大家」になっていなかったでしょう。

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3、5番がムター15歳のときのデビューです。

ジャケットの写真。カラヤンから何か指示を受けているのに、「プイ」という

表情の少女時代のアンネ・ゾフィー・ムターが可愛いですね。この中から、

まず、ヴァイオリン協奏曲第3番の第一楽章です。


モーツァルト ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216 第一楽章







ウーム。こうして聴いてみるとやはり天才ですね。モーツァルトのヴァイオリンコンチェルトは

技術的には、後世のパガニーニとかヴィエニアフスキーとか、プロコフィエフなどに比べれば

易しいでしょうが、そういう問題ではなくて、モーツァルトって子供には普通わからないんですね。

ムターはカデンツァまで含めて聴くと、既に大人のモーツァルト作品への理解と同じレベルであることが

分かります。指が回るところを聴かせたいのなら、もっと難しいのを選べば良いのですが、

カラヤンも、多分、ムターの既に成熟した感性、音楽性に着目して、敢えてモーツァルトを

録音したのでしょう。


次は、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲は3,4,5番が普通、コンサート・プログラムに載ります。

オーケストラのヴァイオリンのオーディションにも必ず、これが含まれますが、

5番の第三楽章。「トルコ風」と言われています。


モーツァルト ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ長調 K.219 「トルコ風」 第三楽章







トルコ風ってのは、当時ヨーロッパで「トルコ風」のエキゾチシズムが流行したそうで、

音楽でも取り入れられています。リズムに現れます。文字で書くと、何だか幼稚なんですが。

ドン。ドン。ドン・ドン・ドン。

となります。今のヴァイオリン協奏曲5番だと、この部分ですね。


モーツァルト ヴァイオリン協奏曲 第5番「トルコ風」の部分。






このリズムは、皆さん御存知の、モーツァルトのピアノソナタ11番「トルコ行進曲」にも出て来ます。


ピアノソナタ11番「トルコ行進曲」より







ベートーヴェンの「トルコ行進曲」。この演奏テンポが遅いのですが、最初から

このリズムで書かれています。


ベートーヴェン「トルコ行進曲」より






というわけで、話が逸れましたが「トルコ風」の説明でした。


◆「奇跡のホルン」デニス・ブレイン、モーツァルトホルン協奏曲の伴奏。

デニス・ブレインは若くして交通事故で亡くなった、イギリスのホルン奏者で

今なお、世界音楽史上、最高のホルン奏者と言われています。「神様」です。

カラヤンはEMIでフィルハーモニア管弦楽団(デニスはこのオーケストラの首席ホルン奏者でした)

を指揮して、モーツァルトのホルン協奏曲全四曲を録音しています。

CDはモーツァルト:ホルン協奏曲全集です。

これ、本当に残念なのですが、この録音は1950年代で、確かに音源は古いのですが、

どういう訳か、アナログレコードの方が音質が良かったのです。

私の世代というのは、かなり損をしてまして、アナログレコードを結構買い集めたときに

世の中にCD(コンパクト・ディスク)が登場し、全てCDで同じ録音を買い直しているわけです。

それは良いとしても、1950年代の録音でも音質が保たれている物もあるのですが、

この、「カラヤン=デニス・ブレイン」はCD化されたら、ひどく音質が悪くなった典型です。

こんな、モノラルに聞こえなかったのですけどね。アナログの頃は。

残念でなりません。

それは、さておき、カラヤンは、ここでもホルンが際立つ、名伴奏をしています。


モーツァルト ホルン協奏曲 第4番  変ホ長調 K.495 第一楽章







音質云々を通り越して、やはりデニス・ブレインの音の「コントロール力」とでもいいましょうか。

絶対間違えそうにない、完璧な演奏ですね。どの音も完全になっているし、音が跳躍してもブレることが

ありません。夭逝したのが残念です。


◆モーリス・アンドレ(トランペット)の伴奏をしたこともあります。

トランペット協奏曲集は、、1974年の録音。珍しくベルリン・フィルなのにEMIから出てます。

モーリス・アンドレ、カラヤン、ベルリン・フィルいずれも全盛期と言っていい。


この「レコード」が出たときは嬉しかったですねえ。

モーリス・アンドレは、やはり、天才です。ラッパを吹くために生まれてきた人としか

考えられません。

そのモーリス・アンドレが、カラヤン=ベルリン・フィルの伴奏で

クラシックトランペットを勉強する者で、知らないということは絶対にあり得ない、

フンメルのトランペット協奏曲その他を録音しているのですから、たまりません。

アナログレコード時代に既に何百回もききましたが、

CD化されてからも何百回聴いたか分かりません。


これまで、何度か華やかな第三楽章ばかりを載せましたが、

今日はフンメル全曲をお聴き頂きます。


フンメル トランペット協奏曲 変ホ長調 第一楽章







フンメル トランペット協奏曲 変ホ長調 第二楽章







フンメル トランペット 協奏曲 変ホ長調 第三楽章







最後は、全く私の好みを反映させてしまいましたが、

ピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲は、放っておいても皆聴くのです。

そして、吹奏楽少年少女は、トランペット協奏曲、ホルン協奏曲を知っていたとしても

(知らない子が多いらしいですが)、ヴァイオリン協奏曲なんて、聴こうとしないでしょう。

だから、こういう組み合わせにしました。

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「物理五輪、日本の高校生3人が金 銀も2人」「生物学五輪、日本の高校生3人が金メダル」←女子サッカーもいいけどさ。

◆記事1:物理五輪、日本の高校生3人が金 銀も2人 (日経 2011/7/18 1:47)

文部科学省は17日、各国の高校生らが参加してタイ・バンコクで開かれていた

「国際物理オリンピック」で、日本代表5人のうち

秀光中等教育学校(宮城県)6年の佐藤遼太郎さん(17)ら3人が

金メダル、残る2人も銀メダルを獲得する好成績を収めたと発表した。

ほかの金メダル2人は灘高校(兵庫県)3年の山村篤志さん(17)、同校1年の榎優一さん(16)

。銀メダルは同校2年の川畑幸平さん(17)と開成高校(東京都)2年の笠浦一海さん(17)。

1967年に始まった同オリンピックは、大学などの高等教育を受けていない20歳未満の学生による

国際的コンテスト。

日本は2006年から参加している。

今年は85の国と地域から393人が参加、理論問題と実験問題で競った。


◆記事2:生物学五輪、日本の高校生3人が金メダル 銀も1人(日経 2011/7/16 22:50)

文部科学省は16日、世界の高校生らが生物学の実力を競う

「第22回国際生物学オリンピック」で、日本代表4人のうち、

千葉県立船橋高3年の大塚祐太さん(18)ら3人

が金メダル、1人が銀メダルを獲得したと発表した。

ほかに金メダルは、筑波大付属駒場高(東京)3年の久米秀明さん(18)と松田洋樹さん(18)。

銀メダルは、ラ・サール高(鹿児島)3年の三上智之さん(18)で、三上さんは2年連続の銀。

大会は台北で開かれ、58の国と地域から229人が参加。

実験と筆記試験で競い、上位約1割の成績に金メダルが与えられた。

日本代表全員がメダルを獲得するのは5年連続という。


◆コメント:何故、学問の「金メダル」は社会面のベタ記事なのか。

毎年私は、この高校生による科学各部門オリンピックに於ける快挙を取りあげている。

今は、2011年07月18日(月)02時09分であり、あと1時間20分ほどでサッカー女子ワールドカップの決勝戦が

始まり、明日の朝には、結果が出る。18日付の朝刊には間に合わないだろうが、夕刊のトップは

なでしこジャパンの勝敗にかかわらず、各紙は1面トップで、テレビもトップニュースとして

扱うだろう。


しかし、高校生たちが毎年、学問のオリンピックで金メダルを獲っているのに、皆、知らない。

だから私は毎年、大メディアの影響力には遠く及ばないが、このブログで

必ず取りあげるのである。だれも気がつかないのなら、お粗末過ぎる。


文科省のバカが、「ゆとり教育」を提唱する前から、日本の子供達の学力低下が懸念されていた。


しかし、真面目に勉強している子はしているのであり、世界の檜舞台でその実力を遺憾なく発揮し、

世界の頂点に立っている。


メディアは、学生の学力低下が嘆かわしい、などと日頃は尤もらしいことを書いているクセに、

どうして物理五輪、生物学五輪の金メダルを大きく伝えないのか。

サッカーの方が面白いから。

という理由なら、大人は子供に「勉強しろ、と要求する資格はない。

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2011.07.17

【音楽】7月16日はカラヤン(1908-1989)の命日です。

◆亡くなってから22年も経つのですねえ。

カラヤンは言うまでもなく、30年もベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督だった人ですが、

私たちの年代は私などは生まれてから29年間同じ時代に、同じ地球上に生きていたわけですが、

考えて見ると、カラヤンが亡くなった年に生まれた赤ん坊が今年22歳で、日本で音楽家を目指しているならば、

音大の4年生ですか。もうプロとして通用するぐらい上手くなっている子たちって、「生カラヤン」を

聴いたことがないのですね(私も遂に聴けなかったですが、コンサートの中継は必ずFMで聴けました)。

時間が経つということはそういうことで、当たり前なのですが、

私としては、何だか不思議です。


クラシックファンに限らず、どんな道楽の世界でも、一番、人気の或る人とか有名な人には、

一応ケチをつけるのが「通」である、と勘違いしているバカがおりまして(笑)、

「カラヤンなんて・・・・」という奴がいますが、専門家ほど、カラヤンを評価するのです。


◆カラヤン・イン・ザルツブルクというDVDをまたお薦めします。

カラヤンがベルリン・フィルやウィーン・フィルを指揮する映像はDVD化されて

色々出ていますが、あれだけ観ると、なんだかやたら格好ばかり気にしているナルシスト

と勘違いされます。多くのアンチ・カラヤンもああいうのを観て、一層その気持が強まる。

しかし、ドキュメント カラヤン・イン・ザルツブルクを観ると、

カラヤンは、何よりも「まず、音楽ありき」だったことが大変よく分かります。

ほんの少しだけですけど、観て下さい。

これはバッハのロ短調ミサのソリストに稽古を付けているのですが、当時はまだ新人に近い

韓国のスミ・ジョーの才能が非常に気に入るのですね。カラヤンは。



BachMassHmoll.BWV 232



「気に入った!」と、いうカラヤンの目の輝かせ方。優れた才能を見出したという嬉しさ。

ちょっと話が逸れますが、ピアノで伴奏している人、すごいでしょ?

「バッハのロ短調ミサ」の伴奏をしていたのですよ?

それが、話の成り行きから、スミ・ジョーがモーツァルトの「魔笛」の「夜の女王」を演ると言ったら、

カラヤンが「今、聴かせてくれ」と。そしたら、すぐに伴奏弾けちゃうんですね。

多分暗譜です。暗譜じゃなくても要するに、大抵のオペラのスコアは覚えている。

こういう人、ヨーロッパのオペラハウスに必ずいる「コレペティトゥーア」という専門職です。

昔のヨーロッパの指揮者は、まず、このコレペティで歌手に稽古を付ける、「師範代」みたいな

下積みを演ってから、漸く指揮者になれるわけ。ここでは、もう、カラヤンは偉いから

自分では伴奏せずに、多分信頼しているコレペティを呼んだのでしょう。地味ですが、

本当のプロです。


さて、話をもどします。

カラヤンほど、大成功した(はっきり言って、大金持ちになった)クラシックの音楽家はいませんので

嫉みそねみはつきものですが、このDVDをみるとカラヤンにとっては、

まず、音楽ありき、だったことがよく分かります。

Amazonでこの商品について、1件しかレビューがなくて、

内容が的外れなので、私が新たに書いておきました。

画質云々は、この場合、問題ではありません。


◆カラヤンのベートーヴェン。

ベートーヴェンの交響曲を全集で買うのが良いかどうかわかりませんけど、

全集で買う前にどれか気に入った一曲(「運命」でも「第九」でも「英雄」でも何でも良いです)を、

何人かの指揮者で聴き比べてみるといいですね。所謂、クラシックマニアには

あまり、アドヴァイスを受けない方が良いかも知れません。ひどく冷たく扱われるか

(そんなのは、自分で聴いて決めることだよとか、まあ、そうなんだけどさ・・・)

やたらウンチクを披露されて辟易する危険が高いのです。

結局好みです。大昔なら、フルトヴェングラーかトスカニーニか、で済んだんですが、

最近は、色々ありすぎます。私はカラヤンのベートーヴェンは良いと思います。

今日は「運命」の第3楽章と第4楽章、7番の第二楽章、第四楽章です。

引用元は、ベートーヴェン:交響曲第5番&第7番 カラヤン(ヘルベルト・フォン)です。



ベートーヴェン 交響曲 第5番 ハ短調 作品67 「運命」 第三楽章と第四楽章







CDから取り込むと第3楽章と第4楽章、2つのトラックに分かれてしまうので、これを繋げました。繋ぎ目でちょっとノイズが

入ってます。すみません。


続いて7番です。私の嫌いな「のだめカンタービレ」で、クラシックを知らない人にも良く知られるようになった

ということは、承知してますが、そーゆう人は、第二楽章なんて知らないでしょう。荘重な葬送行進曲になってますが、

最初の長い音のあと、メロディーがはじまりますが、なんと最初の12個は音程が変わりません。


ベートーヴェン 交響曲 第7番 イ長調 作品92 第二楽章







最後は怒濤の第四楽章。クラシックでは珍しくアクセントが後に来る。

ポップスやジャズのそれと同じではないけど、謂わば「後打ち」なのですね。

それから、聴けばおわかりの通り、同じ音型を、

これでもか、これでもか、これでもか、これでもか、これでもか!

と繰り返しながら爆発的なクライマックスに持って行く。ベートヴェンの真骨頂です。


ベートーヴェン 交響曲 第7番 イ長調 作品92 第四楽章







私は、名演だと思います。生で聴きたかったですね。

それでは。

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2011.07.14

「東電、余力あれば西日本融通」←ほら、騙された。

◆記事:東電、余力あれば西日本融通」(時事通信 7月12日(火)21時1分配信)

東京電力の松本純一原子力・立地本部長代理は12日の会見で、

夏の電力需給に関連し「その日の電力の需給状況で余力がある場合、

西日本の電力会社から融通の要請があれば、余力の範囲で要望に応えたい」と述べた。

定期検査中の原発再稼働の道筋が不透明となる中、

全国的に懸念される電力不足の回避に向け、東電としても可能な限り対応したいとの考えを示した形。

ただ、松本本部長代理は「当社の需給バランスが非常に厳しい状況に変わりはない」と強調。

また、細野豪志原発事故担当相は「東電管内での安定供給維持が大前提だ」と指摘した。


◆コメント:東電はまず、電力の安定供給義務を履行する義務があります。

先週書いた記事、

【日本版コラム】電力使用制限令発動―「電力不足」の不可解←「電力不足のウソ」に関する最も優れたコラムです。

で引用した、尾崎弘之 東京工科大学大学院ビジネススクール教授の文章に次のような件がある。
電力は特殊な業界だ。民間企業でありながら、エネルギー供給という公益を実現することが事業目的なので、競争が制限されている。実質的な地域独占が認められており、独占禁止法の適用除外である。

電力会社は競争制限と引き換えに、電力の安定供給義務が課せられている。電気事業法18条により、電力会社は正当な理由がなければ、電力の供給を拒んではならない。日本の電力料金はイタリアを除けば先進国で最も割高だが、日本は供給信頼度が高く、したがって、料金も高いという説明がされてきた。東電によると、同社管内の1軒あたり年間停電時間は平均4分だが、米国は20倍以上の90~100分である。日本は「電力の質」が良いから電気料金が高くてもやむを得ないと納得していたが、震災後、電力の安定供給は困難になった。いつ停電が起きるか分からず、かつお金を払っても自由に使うことができない「質が低い電気」に変われば、本来、値段が下がるのが当然である。

しかし、現状は逆で、電気料金は値上がりする方向だ。発電コストが低い原発が止まって、コストが高い火力発電の比率が増えているため、料金は上がる、という説明がされている。確かに、電力会社は、設備や燃料などのコストに一定の利潤を上乗せして電気料金を決める「総括原価方式」が電気事業法で認められている。しかし、法の趣旨は電力会社の経営安定化であり、コスト増による安易な値上げが認められているわけではない。そうであれば、電力会社は、コスト削減や安定供給継続のために最大限の努力が必要である。そのような努力は十分に行われているのだろうか。それが不透明なままでは、ユーザーは値上げと電力使用制限をいつまでも受け入れることはできない。

誠にご尤も。


冒頭に転載した時事通信の記事は12日(火)の夜に配信され、気がつく人が少なかったのであろうか。

あまりにも世間が平穏なので、却って不気味なほどである。

要するに東京電力は、
客(利用者)に電気が足りないから節電に協力してくれ、と頼んだら、予想以上の効果があり、電気が余りそうだから、西日本で欲しい電力会社に売ってあげましょうか?

というのである。

それほど、余裕があるならば、関西に融通する前に、まず、

尾関氏が強調する「電力の安定供給義務」を東京電力管内の電気利用者に対して、履行すべきである。

われわれは、「もう、節電はしなくて良い」という通知は東京電力から受けていない。

節電を強要されて、不便なのだから、料金は下がるはずなのに、5ヶ月連続で値上げしている。
◆記事:電気・ガス8月料金 5カ月連続で全社が値上げ(フジサンケイ ビジネスアイ 6月30日(木)8時15分配信)

全国の電力10社と都市ガス大手4社は29日、石油や天然ガスの価格高騰を受け、それぞれ8月の電気料金を7月に比べて値上げすると発表した。全社が一斉に料金を引き上げるのは5カ月連続となる。

電力10社の引き上げ幅は、標準家庭1世帯当たりで48~117円。東京電力は前月比で99円値上げし6683円、関西電力は51円値上げし6622円となる。

北海道電力と沖縄電力の値上げ幅はそれぞれ70円と117円で、上げ幅は燃料価格の変動を自動的に料金に反映する燃料費調整制度が現行方式となった2009年5月以降では最大。

8月の料金の算定基準となる3~5月の燃料の輸入平均価格が7月分(2~4月)と比べて、石油で6.9%、液化天然ガス(LNG)で3.6%、石炭で3.4%値上がりした。

一方、大手都市ガス4社の引き上げ幅は44~54円。東京ガスは前月比54円値上げし5209円、大阪ガスは53円値上げし5766円となる。

これでも、なお、真面目に節電を続ける日本人は、真面目なのかアホなのか。

私は5月に、東電の「電力が不足する」というのは、ウソだ、と書いた。
2011.05.16 夏の「電力不足」はウソです。

私には、「だから、書いたでしょう」という権利が、あると思う。

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2011.07.13

<警視庁音楽隊>「水コン」1000回、ギネス申請へ←ギネスはさておき、続いているのが素晴らしい。

◆記事:<警視庁音楽隊>「水コン」1000回、ギネス申請へ(毎日新聞 7月12日(火)15時1分配信)

昼休みのひととき、東京・日比谷公園で生演奏を聴かせてくれる

警視庁音楽隊の「水曜コンサート」(水コン、毎日新聞社など主催)が13日、1000回を迎える。

戦争の傷痕が残る1949年、市民の心を音楽で癒やそうとスタートし、

春と秋の水曜日、都心の空にさわやかな音色を響かせてきた。

同一の曜日・時間・場所で長期間続くコンサートは世界にも例がないとされ、

関係者は近くギネス世界記録に申請する方針だ。



第1回の水コンは、音楽隊創設翌年の49年6月1日。

きっかけは約2カ月前、隊員の研究発表の場として、

昼休みに日比谷公園小音楽堂で始めた「公開練習」だった。

山口常光・初代隊長は「練習だから気軽に聴いて」

と破れたモンペ姿の聴衆らに呼びかけ、メガホンで曲目を紹介したという。

ところが回数を重ねるうち、生演奏が無料で聴けると評判になり、練習は演奏会に「昇格」。

以来62年、警察官約40人のメンバーが正午からの1時間、

年間約20回開催というスタイルで、999回の演奏を重ねてきた。

86年から歴代最長の14年間隊長を務めた第5代隊長の牟田久寿さん(73)は

「年間のプログラムで同じ曲は演奏しないのを信条にしていた。就任時に比べたらレベルが高くなった」と話す。

かいわいの会社員中心だった聴衆は今、

水コン目当てに電車を乗り継いで駆けつける常連の中高年層が大半を占める。

最大のピンチは95年。春のシーズンを控えた3月20日、

地下鉄サリン事件が発生した。現場は目と鼻の先だ。

世論を考慮して中断も検討された。

「こういう時だからこそやるんだ」と押し切ったのは、当時の井上幸彦総監だった。

意気に感じた隊員らは、徹夜の張り込みの翌日に演奏に臨んだという。

東日本大震災後の自粛ムードが強かった4月。開催の決断を後押ししたのも、

音楽の力を信じる水コンの原点の精神だった。


◆コメント:ギネスブック云々はどうでもよくて、ただ、素晴らしい。

「どうでもよくて」、は失礼かもしれません。

私が言いたいのはギネスブックに載るか否かではなく、

こういう演奏会をずっと続けてきた警察の音楽隊があり、その演奏を心から

聴きたいと思う、聴衆がいる、という事実そのものが美しいと思うのです。

演奏そのもの(後でYouTubeで発見したのをご覧に入れます)は勿論すばらしいけど、

屋外で演奏する音楽隊と、それを嬉しそうに聴く聴衆全体を見ると、

その光景自体が実に、美しいのです。文化、平和、幸福、の象徴のように見えるのです。


◆実際の演奏

これは素人が家庭用ビデオカメラで撮影したものではないでしょうか。

音質も画質も悪いのですが、そんなことは、今回はどうでもよろしい。

「水曜コンサート」の「美しさ」を観て、聴いて下さい。

最初はオーソドックスにスーザのマーチ「雷神」です。





次は、「埋め込み不可」なので、リンクを貼らせてもらいますが、

グレンミラーのスタンダードナンバーですね。


YouTube -吹奏楽「イン・ザ・ムード」 (警視庁音楽隊・水曜コンサート110525)



各都道府県警の音楽隊は、カラーガード隊という、フラッグ(旗)を用いた演技を行う女性ばかりの隊員で

構成された組織を持っています(まだ全都道府県ではないようですが)。

水曜コンサートではありませんが、警視庁カラーガード隊の演技をどうぞ。


ウエルカムけいしちょう2011 警視庁カラーガード隊演技







華やかでいいですね。


◆警察の音楽隊は勿論、警視庁のみならず、全国各地にあります。

全都道府県に存在するのかどうかはわかりませんが、

かなりの自治体の警察本部が音楽隊(とカラーガード隊)をもっています。

キリが無いので一つだけ。千葉県警察音楽隊による、Take The ''A'' Train (A列車で行こう )。


Take The ''A'' Train A列車で行こう 千葉県警察音楽隊







上手いものです。


◆無駄なものを大切にできるかどうか。

警視庁音楽隊や、各都道府県の警察音楽隊、消防音楽隊、陸海空・各自衛隊の音楽隊

など、数え切れないほどありますが、音楽は直接的には、犯罪防止したり、火事を防いだり、

国家の安全保障を強固にする機能はありませんが、日本国民はこれらを無駄だから無くせとは言わない。

これが日本人の民度の高さだと敢えて信じます。

芸術や学問などカネの無駄だから圧倒的に減らそうとした元クラリオンガールの大臣がいました。

ああいうのを「無教養な輩」というのです。

警察や消防や自衛隊の音楽隊が全国にあり、催し物で演奏をする。

人々はプロの音楽家の演奏を、無料で生で聴くことができるのです。

これは、人々が考えている以上にものすごく大切なことです。


とくに子供たち。

初めて、クラリネットやフルート、トランペットやトロンボーン、ティンパニと他の打楽器などの

音に接すると子供は強烈な印象を受けます。それぞれの楽器を訓練した人が演奏したときにしか聴けない、

本当の音楽。こういうものに子供の頃に接したことがあるかないか、でその後の人生は大分変わります。

たまたまお母さんに手を引かれて通りかかった所で聴いた、警察音楽隊のトランペットに感動して、

本気でトランペットを志す子が、確率としては低いでしょうが、必ずいます。

水曜コンサート1,000回の警視庁音楽隊には、心からお祝いを申しあげます。

同時に、皆あまり意識していないかもしれないけど、全国音楽隊に所属する、

あるいは、オーケストラの音楽家の皆さんに御礼を言いたい。

同時に、「あなたの今日の演奏を聴いて人生が変わる子供がいるかも知れない」ことを

どうか、お忘れなきように、お願い致します。

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2011.07.12

「<原発>2段階で安全評価…「1次」で再開判断 政府見解」←第三者が評価しなければ意味が無いでしょ?

◆記事:<原発>2段階で安全評価…「1次」で再開判断 政府見解(毎日新聞 7月11日(月)11時35分配信)

政府は11日午前、原発の安全性確認に関する統一見解を発表した。

定期検査で運転停止中の原発については設計上の想定を超える地震や津波などに

どの程度耐えられるかを比較的短期間で確認する「1次評価」で再稼働の可否を判断。

そのうえで、運転中も含むすべての原発を対象に、新たな基準に基づき、

「2次評価」によって運転を継続するかを判断する2段階方式とした。

再稼働の検査はこれまで経済産業省原子力安全・保安院が行ってきたが、

首相は内閣府の原子力安全委員会も関与するよう指示。新たな安全性の確認作業は

(1)安全委員会も関与して保安院が評価項目・評価実施計画を作成

(2)電力事業者が安全評価を実施(3)その結果を保安院と安全委員会がダブルチェック--

という手順で行う。


◆コメント:Howでなくて、まずWhoが問題なんですよ。

このニュースを読んだ時、久しぶりに「呆れてものが言えない」状態に陥った。


原発の安全性をチェックして、再稼働するかどうかを、再稼働したくて仕方が無い政府自身が

実行したら、結果発表を待つまでも無く、

「テストの結果、安全でした。原発の稼働を再開します」

ということになるに、決まってるでしょ?国民をバカにするのもいい加減にしなさいよ。


「どのように」安全評価するのか、手順を発表したが政府統一見解って、

政府は早く、原発の運転を再開したくて仕方が無いことは、日本人なら誰でも知っている。

行政府=内閣直轄の内閣府の「御用委員会」である「原子力安全委員会」と、

経産相の下部組織である、原子力安全・保安院がが安全性チェックリストを作り、

電力事業者(電力会社)が安全性確認を実施し、

その結果を、原子力安全委員会と原子力安全・保安院がチェック。


ダブルチェックもへったくれも無い。

どう間違っても、「現存する日本の原子力発電所は危険です」という結論を出す筈が無い。


安全性の確認をするならば、ポイントは「どのように」ではなくて、「誰が」行うか?である。

原発の利権構造とは無縁の第三者が評価を下さない限り、何の意味もない。

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2011.07.11

「原発ストレステスト」の無意味。

◆記事1:原発のストレステストについて、東京工業大・澤田哲生助教に聞きました。(フジテレビ系(FNN) 7月10日(日)19時25分配信)

突然、菅首相から飛び出した原発のストレステストについて、東京工業大学原子炉工学研究所、澤田哲生助教に聞きました。

(原発のストレステストとは、どういったことをやる?)

EU(ヨーロッパ連合)が発表したストレステストの内容は、

「何らかのトラブルにより電源を喪失したとき」、

「冷却機能を喪失したとき」、そして、

「電源と冷却機能の両方を喪失したとき」の3つの場合について、

最悪の事態になるまで、どのくらいの時間的余裕があるのか、

また、追加の対応策は考えられているのかを検証する内容となっている。


(政府は、このストレステストを原発再稼働の条件とする動きのようだが?)

EUでは、ストレステストは、原発の稼働に必要な、安全性を確認するテストではありません。

安全性を確保したうえで、どこまで余裕があるか、上積み部分ですね、これを確認するものなわけです。


◆記事2:7月6日 ストレステストと菜の花プロジェクトが結局ダメな理由 小出裕章(MBS) ? 小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ

小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ

20110706 たね蒔きジャーナル 京都大学原子炉実験所助教 小出裕章





◆記事3:原発再稼働へ安全評価2段階案 見えぬ首相の出方 (日経 7月11日)

原子力発電所のストレステスト(耐性調査)を巡る政府内調整が11日、最終局面を迎える。

枝野幸男官房長官ら3閣僚は九州電力玄海原発など定期点検を終えた原発から

テストを2段階ではじめ、一部を再稼働の前提条件にする方向で一致済み。

だが「脱原発」に退陣包囲網からの活路を見い出そうする菅直人首相が

安全確保を盾に難色を示す可能性が残っており、

11日の政府統一見解公表はまだ確定していない。

枝野長官、海江田万里経済産業相、細野豪志原発事故担当相の3閣僚は

(1)第1段階で津波や地震にどこまで耐えられるかを測るテストを定期検査で停止中の原発からはじめる

(2)第2段階では半年かけて検査する欧州連合(EU)を参考にした総合的な安全評価も実施する――

ことで一致済み。


◆コメント:原発の強度試験など、コンピューターのシミューレーションに過ぎない。

過去にも、同じ事を書いたが、繰り返す。

本来、「原発のストレステスト」とは「強度試験」であるべきだが、

EUが発表したストレステスト(それを日本でも採用しようとしている)の内容は

強度試験でも安全性の確認でもなく、「トラブルが発生してから最悪の事態になるまでに

どれぐらいの時間がかかるか」を確認するためのものである。

記事3によれば、政府は

第1段階で津波や地震にどこまで耐えられるかを測るテストを定期検査で停止中の原発からはじめる

とのことだが、記事2に音声で小出助教が述べているとおり、
小出:ストレステストというのをやると言ってるのですね。でもそれは多分、私は初めてそのストレステストという言葉を聞いたのですが、多分出来ることはコンピューターのシミュレーションです。ただコンピューターのシミュレーションなんてことは要するに想定してインプットしないことはもちろんなにもしないわけですし、要するにもともと想定外のことは想定外になってしまうのですから、まあ私から見ればやる価値もないようなものだと思います。で結局まあ安全委員会、安全保安院のですね、まあやりたいようにやって結局は安全でしたという結論を出すんだろうなと、今までの流れを見てると私にはそう思います。

ということで、政府が原発存続を前提としている以上、ストレステストは単なる国民向け「ポーズ」であり、

各原発の各原子炉の強度は、実際に地震が起きたとき、しかも最悪の状況を想定するならば、

東日本大震災よりもさらに過酷な、例えば各原発の真下に震源があり、地震の強さがM9レベルだ

というような極端な状況を想定し、実際にそのような物理的な力を加えても壊れない、ということが

確認出来れば良いが、人工的にそのような地震を発生させたり、あるいは他の方法によって、同じ程度の

物理的なエネルギーを発生させることは出来ないし、

仮にそれが出来たとしても、もしもそのストレステスト自体によって原子炉が損壊したら、

放射性物質を無効化することはできないのだから、次々に福島原発と同じように、放射性物質を環境に

撒き散らすもの、を作ってしまうことになり、そうなったら、日本はおしまいである。


要するに原理的にも、論理的にも原発の本当の意味でのストレステスト(強度試験)など出来ないのだから、

ポーズで行った試験結果で「はい、原発のテストをしました。全部安全でした」と、国が言っても(言うに決まっている)

それを信じることは到底出来ない。

全く思いつきの言葉ばかり口にする内閣だが、ストレステストをしようがしまいが、

停止中の原発ですら、今、直下型地震が発生して原子炉圧力容器が発生したら、その瞬間から、

現在の福島原発と同じ事になるのだから、ただちに全ての原子炉を廃炉にする(20年かかる)べきである。

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2011.07.10

【音楽】「ヨー・ヨー・マ プレイズ・ジャズ」←2度目の紹介です

◆ちょうど1年前にご紹介したのですが。意外に読まれていなかったので。

自分では、「一度取りあげたから」という意識がありますし、

大変有難いことにこのような日記・ブログでも、御常連の読者がいらっしゃって、

前回お薦めしたときに、既にCDを買った、という方もおられるのですが、

毎日、一見さんがいらっしゃいますし、ここ一年はTwitter経由で読んで下さる方が

かなりいらっしゃるので、再び紹介します。

ヨーヨーマが、ジャズを弾いているCDです。

Amazonならば、Amazon.co.jp: Suite for Cello Jazz Trio: Claude Bolling, Yo-Yo Ma

HMVならば、Suite For Cello & Jazz Trio

TOWER RECORDSならば、ボリング:チェロとジャズトリオの組曲

これは、ほぼ確実に誰でも楽しいのではないか、と思います。


◆要するに、チェロとジャズのピアノ・トリオです。

ピアノトリオというのは、ジャズの室内楽というか、ジャズの最も基本的な編成、

ピアノとベースとドラムス(で演奏されるジャズ)のことですが、そこに、

チェロが加わった演奏です。


これは、非常に愉快な気分になるCDです。

あの温和なヨー・ヨー・マが、さぞやニコニコと楽しそうにチェロを弾いているのだろうな、

と、その表情が目に浮かぶようです。

ほとんどオリジナルなのかなあ。ジャズに疎いからわからないけど、

まず、そうでしょうね。1984年のCDですから、若い方は却って御存知無いでしょうね。

まあ、一曲どうぞ。


バロック・イン・リズム(Baroque In Rhythm)







ヨー・ヨー・マは何も特別に「ジャズ風」に弾き方はしていないのですね。

それが上手くいっている理由で、チェロで普段スウィングしていない人が

無理にスウィング・ジャズっぽく弾いたら、上手く行かなかったと思います。

チェロはクラシックと同じように旋律を弾きますが、回りの本職がちゃんと

スウィングしてくれています。


もう一曲だけ。これはもっと楽しいですよ。


チェロ・ファン(Cello Fan)







楽しいでしょ?

お薦めです。演奏者が演奏を楽しんでいる感覚が、音だけを聴いて、

これほど手に取るように分かるというのは、いいですね。珍しいと思います。

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【参議院会議録】平成23年05月23日 行政監視委員会 小出裕章参考人の発言。漸く会議録に載りました。

◆はじめに:実際の音声を観ることが出来ますが、国会の公式の記録に載ったことが大切です。

恥ずかしながら、私は、311の後、福島原発の事故が起きるまで、

小出裕章京都大学原子炉実験所助教が、原子力を専門に研究する学者でありながら、

1970年から、原子力は大変危険なものであり、原子力発電を推進するべきでは無い、と

何と、40年間、一貫して主張していたことを知りませんでした。

ビデオニュース・ドットコム インターネット放送局が311の後、

ほとんど毎週、小出助教に電話でインタビューをして、

福島原発では何が起きたのか(起きたと推定されるのか)。

そしてそれは、如何なる危険をもたらすのか、について小出助教が答えるのを拝聴し、

信じることができるのは、この先生だけだ、と直感しました

(私自身には原子力に関する知識はないのですから、今までの人生経験から、

「この先生は信頼出来る」と感ずる自分の勘を信じるしか、方法がありません)。


福島原発の事故の深刻さが明らかになってから、小出助教が予想したとおり、

事態は悪化する一方です。


経産相はストレステストとかアホなことを言い、

また、九電のやらせメールからも、国家は原発を存続させたがっていることは明らかですが

福島原発事故の悲惨さを目の当たりにして、まだ、利権のしがらみだか何だかしりませんが、

原発を残そうというのは、最早、知能に問題があるのではないか、とすら思います。

しかし、この国家にも良心のかけらは残っているようです。

5月23日、参議院 行政監視委員会は参考人として小出裕章京都大学原子炉実験所助教を招致しました。

小出助教は、容赦なく、この国の原子力行政を批判しています。

そして、それが漸く参議院会議録に正式に記録されたのです。


尤も、5月23日、NHKは衆議院予算委員会を生中継していましたが、

本当は、この小出助教の発言こそ、全国のテレビに映るべきでした。

小出助教の肉声は

2011年5月23日 参議院行政監視委員会に於ける、小出裕章参考人の発言(音声ファイル)。: JIROの独断的日記ココログ版

でお聴き頂けます。これが一番、改竄されている可能性が小さい

(都合の悪いところがカットされている恐れはあります。)のですが、

音声は、聴いたときにその内容は理解できても、すぐに忘れてしまう。

当たり前ですが、参議院会議録に記録されているのは文字ですから、

自分が理解可能な速度で発言内容を知ることが出来ます。

だから、今度は参議院会議録をそのまま転載します。


◆第177回国会 参議院 行政監視委員会 会議録 平成23年5月23日 より。

冒頭の委員長発言から。

○委員長(末松信介君) 行政監視、行政評価及び行政に対する苦情に関する調査を議題といたします。

 本日は、原発事故と行政監視システムの在り方に関する件について参考人の皆様方から意見を聴取した後に質疑を行います。

 御出席をいただいております参考人は、京都大学原子炉実験所助教小出裕章さん、芝浦工業大学非常勤講師後藤政志さん、神戸大学名誉教授石橋克彦さん及びソフトバンク株式会社代表取締役社長孫正義さんの四名でございます。
 この際、参考人の皆様方に一言御挨拶を申し上げます。

 本日は、大変御多忙のところ当委員会に御出席をいただきまして、本当にありがとうございます。

 参考人の先生方また孫社長様の御意見等につきましては、集約した資料を調査室が作成をいたしまして、それぞれ委員にお配りをいたしています。

 今日は、先生方から、今日まで取ってきた政府の原子力の発電所の事故に対して改善すべき点はないのかどうかという点、あるいは日本の原子力について、エネルギー行政についてどうかということについて、積極的かつ、批判的な御意見でも結構 であります、御忌憚のない御意見を述べていただければと思います。

 委員一同重く受け止めますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。

 議事の進め方でございますが、小出参考人、後藤参考人、石橋参考人及び孫参考人の順にお一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後、午後四時ごろまでをめどに質疑を行います。

 なお、御発言は着席のままで結構でございます。

 それでは、まず小出参考人にお願いをいたします。


○参考人(小出裕章君) では、始めさせていただきます。(資料映写)

 私の今日の資料はこちらに見ていただきながら話を進めたいと思いますし、皆さんお手元に資料が既に配られていると思いますので、それを御覧いただきながら聞いてください。

 今日は、原子力をこれまで進めてきた行政に対して一言私は申したいことがあるということでここに伺っています。

 まず、私自身は原子力に夢を抱いて原子核工学科というところに入った人間です。なぜそんなことになったかというと、原子力こそ未来のエネルギー源だと思ったからです。無尽蔵にあると、石油や石炭は枯渇してしまうから将来は原子力だということを信じてこの場に足を踏み入れた人間です。ただし、入ってみて調べてみたところ、原子力というのは大変貧弱な資源だということに気が付きました。

 今、これからこのスライドに再生不能エネルギー資源というものの量を順番にかいていこうと思います。

 まず、一番多い資源は石炭です。大変膨大に地球上にあるということが分かっています。ただし、今かいた四角は究極埋蔵量です。実際に経済的に掘れると分かっているのは確認埋蔵量と言われているものなわけですが、この青い部分だけだということになっています。

 では、この四角が一体どのくらいのことを意味しているかというと、右の上に今ちいちゃな四角をかきましたが、これは世界が一年ごとに使っているエネルギーの総量です。ということは、石油の現在の確認埋蔵量だけでいっても数十、数字で書きますとこんなことになりますが、六十年、七十年はあるし、究極埋蔵量が全て使えるとすれば八百年近くはあるというほど石炭はたくさんあるということが分かっています。その次に、天然ガスもあることが分かっている。石油もある。そして、オイルシェール、タールサンドと言っている現在は余り使っていない資源もあるということが既に分かっているわけです。

 そして、私自身は、こういう化石燃料と呼ばれているものがいずれ枯渇してしまうから原子力だと思ったわけですが、原子力の資源であるウランは実はこれしかないのです。石油に比べても数分の一、石炭に比べれば数十分の一しかないという大変貧弱な資源であったわけです。ただ、私がこれを言うと、原子力を進めてきた行政サイドの方々は、いや、それはちょっと違うんだと。そこに書いたのは核分裂性のウランの資源量だけを書いたろうと。実は、自分たちが原子力で使おうと思っているのは核分裂性のウランではなくてプルトニウムなんだと言うわけです。つまり、非核分裂性のウランをプルトニウムに変換して使うからエネルギーとして意味があることになるということを言っているわけです。

 どういうことかというと、こういうことです。まず、ウランを掘ってくるということはどんな意味でも必要です。それを濃縮とか加工という作業を行って原子力発電所で燃やすと、これが現在やっていることなわけです。しかし、これを幾らやったところで、今聞いていただいたように原子力はエネルギー資源にならないのです。そこで、原子力を推進している人たちは、実はこんなことではないと言っているわけですね。ウランはもちろん掘ってくるわけですけれども、あるところからプルトニウムというものにして、高速増殖炉という特殊な原子炉を造ってプルトニウムをどんどん増殖していくと。それを再処理とかしながら、ぐるぐる核燃料サイクルで回しながらエネルギー源にするんだと言ったわけですね。最後は高レベル放射性廃物という大変厄介なごみが出てきますので、それをいつか処分しなければいけないという仕事を描いたわけです。

 ただ、プルトニウムという物質は地球上には一滴もありませんので、仕方ないので現在の原子力発電所から出てくるプルトニウムというのを再処理して、高速増殖炉を中心とする核燃料サイクルに引き渡すという、こういう構想を練ったわけです。

 しかし、この構想の一番中心は高速増殖炉にあるわけですが、この高速増殖炉は実はできないのです。日本の高速増殖炉計画がどのように計画されて破綻していったかということを今からこの図に示そうと思います。

 横軸は一九六〇から二〇一〇まで書いてありますが、西暦です。何をこれからかくかというと、原子力開発利用長期計画というものができた年度を横軸にしようと思います。縦軸の方は一九八〇から二〇六〇まで数字が書いてありますが、これはそれぞれの原子力開発利用長期計画で高速増殖炉がいつ実用化できるかというふうに考えたかというその見通しの年度を書きます。

 原子力開発利用長期計画で一番初めに高速増殖炉に触れられたのは、第三回の長期計画、一九六八年でした。そのときの長期計画では、高速増殖炉は一九八〇年代の前半に実用化すると書いてあります。ところが、しばらくしましたら、それは難しいということになりまして、次の原子力開発利用長期計画では、一九九〇年前後にならないと実用化できないというふうに書き換えました。それもまたできなくて、五年たって改定されたときには、高速増殖炉は二〇〇〇年前後に実用化すると書き換えたわけです。ところが、これもできませんでした。次の改定では、二〇一〇年に実用化すると書きました。これもできませんでした。次は、二〇二〇年代に、もう実用化ではありません、技術体系を確立したいというような目標に変わりました。ところが、これもできませんでした。次には、二〇三〇年に技術体系を確立したいということになった。では、次の長期計画ではどうなったかというと、実は二〇〇〇年に長期計画の改定があったのですが、とうとうこのときには年度を示すこともできなくなりました。私は、仕方がないので、ここにバッテンを付けました。そしてまた五年後に長期計画が改定されまして、今度は原子力政策大綱というような大仰な名前に改定されましたが、その改定では二〇五〇年に一基目の高速増殖炉をとにかく造りたいという計画になってきたわけです。

 皆さん、この図をどのように御覧になるでしょうか。私は、ここに一本の線を引きました。どんどんどんどん目標が逃げていくということを分かっていただけると思います。これ、横軸も縦軸も一升が十年で、この線は何を示しているかというと、十年たつと目標が二十年先に逃げるということなのです。十年たって目標が十年先に逃げたら絶対にたどり着けません。それ以上にひどくて十年たつと二十年先に目標が逃げているわけですから、永遠にこんなものにはたどり着けないということを分からなければいけないと私は思います。

 ところが、こういう長期計画を作ってきた原子力委員会というところ、あるいはそれを支えてきた行政は一切責任を取らないということで今日まで来ているわけです。

 日本は「もんじゅ」という高速増殖炉の原型炉だけでも既に一兆円以上の金を捨ててしまいました。現在の裁判制度でいうと、一億円の詐欺をすると一年実刑になるんだそうです。では、一兆円の詐欺をしたら何年の実刑を食らわなければいけないんでしょうか。一万年です。原子力委員会、原子力安全委員会、あるいは経産省、通産省等々、行政にかかわった人の中で「もんじゅ」に責任のある人は一体何人いるのか私はよく知りません。でも、仮に百人だとすれば、一人一人、百年間実刑を処さなければいけないという、それほどのことをやってきて結局誰もいまだに何の責任も取らないままいるという、そういうことになっているわけです。原子力の場というのは大変異常な世界だと私には思えます。

 次は、今、現在進行中の福島の事故のことを一言申し上げます。

 皆さんは御存じだろうと思いますけれども、原子力発電というのは大変膨大な放射能を取り扱うという、そういう技術です。今ここに真っ白なスライドがありますが、左の下の方に今私は小さい四角をかこうと思います。──かきました。これは何かというと、広島の原爆が爆発したときに燃えたウランの量です。八百グラムです。皆さんどなたでも手で持てるという、そのぐらいのウランが燃えて広島の町が壊滅したわけです。

 では、原子力発電、この電気も原子力発電所から来ているわけですけれども、これをやるために一体どのくらいのウランを燃やすかというと、一つの原子力発電所が一年動くたびに一トンのウランを燃やす、それほどのことをやっているわけです。つまり、それだけの核分裂生成物という放射性物質をつくり出しながらやっているということになります。

 原発は機械です。機械が時々故障を起こしたり事故を起こしたりするというのは当たり前のことです。原発を動かしているのは人間です。人間は神ではありません。時に誤りを犯す、当たり前のことなわけです。私たちがどんなに事故が起きてほしくないと願ったところで、破局的事故の可能性は常に残ります。いつか起きるかもしれないということになっているわけです。そこで、では原子力を推進する人たちがどういう対策を取ったかというと、破局的事故はめったに起きない、そんなものを想定することはおかしいと、だから想定不適当という烙印を押して無視してしまうということにしたわけです。

 どうやって破局的事故が起きないかというと、これは中部電力のホームページから取ってきた説明の図ですけれども、たくさんの壁があると、放射能を外部に漏らさないための壁があると言っているのですが、このうちで特に重要なのは、第四の壁というところに書いてある原子炉格納容器というものです。巨大な鋼鉄製の容器ですけれども、これがいついかなるときでも放射能を閉じ込めるという、そういう考え方にしたわけです。

 原子炉立地審査指針というものがあって、その指針に基づいて重大事故、仮想事故という、まあかなり厳しい事故を考えていると彼らは言うわけですけれども、そういう事故では格納容器という放射能を閉じ込める最後の防壁は絶対に壊れないという、そういう仮定になってしまっているのです。絶対に壊れないなら放射能は出るはずがないということになってしまいますので、原子力発電所はいついかなる場合も安全だと。放射能が漏れてくるような事故を考えるのは想定不適当、そして想定不適当事故という烙印を押して無視するということにしたわけです。

 ところが、実際に破局的事故は起きて、今現在進行中です。大変な悲惨なことが今福島を中心に起きているということは、多分皆さんも御承知いただいていることだろうと思います。ただ、その現在進行中の事故にどうやって行政が向き合ってきているかということについても、大変不適切な対応が私はたくさんあったと思います。

 防災というものの原則は、危険を大きめに評価してあらかじめ対策を取って住民を守ると。もし危険を過大に評価していたのだとすれば、これは過大だった、でも住民に被害を与えないでよかったと胸をなで下ろすという、それが防災の原則だと思いますが、実は日本の政府がやってきたことは、一貫して事故を過小評価して楽観的な見通しで行動してきました。国際事故評価尺度で当初レベル4だとかというようなことを言って、ずっとその評価を変えない。レベル5と言ったことはありましたけれども、最後の最後になってレベル7だと。もう余りにも遅い対応の仕方をする。

 それから、避難区域に関しても、一番初めは三キロメートルの住民を避難指示出す。これは万一のことを考えての指示ですと言ったのです。しかし、しばらくしたら今度十キロメートルの人たちに避難指示を出しました。そのときも、これは万一のことを考えての処置ですと言ったのです。ところが、それからしばらくしたら二十キロメートルの人たちに避難の指示を出す。そのときも、これは万一のことを考えての指示ですというようなことを言いながら、どんどんどんどん後手後手に対策がなっていったという経過をたどりました。

 私は、パニックを避ける唯一の手段というのは正確な情報を常に公開するという態度だろうと思います。そうして初めて行政や国が住民から信頼を受ける、そしてパニックを回避するのだと私は思ってきたのですが、残念ながら日本の行政はそうではありませんでした。常に情報を隠して、危機的な状況でないということを常に言いたがるということでした。SPEEDIという百億円以上のお金を掛けて、二十五年も掛けて築き上げてきた事故時の計算コード、それすらも隠してしまって住民には知らせないというようなことをやったわけです。

 それから、現在まだ続いていますが、誰の責任かを明確にしないまま労働者や住民に犠牲を強制しています。福島の原発で働く労働者の被曝の限度量を引き上げてしまったり、あるいは、住民に対して強制避難をさせるときの基準を現在の立法府が決めた基準とは全く違ってまた引き上げてしまうというようなことをやろうとしている。本当にこんなことをやっていていいのだろうかと私は思います。

 現在進行中の福島の原発事故の本当の被害って一体どれだけになるんだろうかと、私は考えてしまうと途方に暮れます。失われる土地というのは、もし現在の日本の法律を厳密に適用するなら、福島県全域と言ってもいいくらいの広大な土地を放棄しなければならなくなると思います。それを避けようとすれば、住民の被曝限度を引き上げるしかなくなりますけれども、そうすれば、住民たちは被曝を強制させるということになります。

 一次産業は、多分これから物すごい苦難に陥るだろうと思います。農業、漁業を中心として商品が売れないということになるだろうと思います。そして、住民たちはふるさとを追われて生活が崩壊していくということになるはずだと私は思っています。

 東京電力に賠償をきちっとさせるというような話もありますけれども、東京電力が幾ら賠償したところで足りないのです。何度倒産しても多分足りないだろうと思います。日本国が倒産しても多分あがない切れないほどの被害が私は出るのだろうと思っています、本当に賠償するならということです。

 最後になりますが、ガンジーが七つの社会的罪ということを言っていて、彼のお墓にこれが碑文で残っているのだそうです。一番初めは、理念なき政治です。この場にお集まりの方々は政治に携わっている方ですので、十分にこの言葉をかみしめていただきたいと思います。そのほかたくさん、労働なき富、良心なき快楽、人格なき知識、道徳なき商業と、これは多分、東京電力を始めとする電力会社に私は当てはまると思います。そして、人間性なき科学と、これは私も含めたいわゆるアカデミズムの世界がこれまで原子力に丸ごと加担してきたということを私はこれで問いたいと思います。最後は献身なき崇拝と、宗教をお持ちの方はこの言葉もかみしめていただきたいと思います。

 終わりにします。ありがとうございました。

福島原発では、今、特に1号機の燃料が、原子炉圧力容器、格納容器を溶かし、原子炉建屋の床のコンクリートも溶かして、

地面に沈下し、地下水脈に達したのでは無いかとみられています。

これは、小出助教が5月からその可能性と危険性を指摘していたことです。

小出助教は、地下水の拡散を遮断する「壁」を地下に埋めることを提唱していたのです。

これほど明確に問題を指摘する学者を、折角参議院に参考人として呼んだのならば、

日本政府は、どうして、小出助教のアドヴァイスを乞わないのか、と歯がゆい限りです。

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2011.07.08

【日本版コラム】電力使用制限令発動―「電力不足」の不可解←「電力不足のウソ」に関する最も優れたコラムです。

◆はじめに:すみません。眠ってしまったので手を抜きます。

木曜の夜に、原稿を打とうとしていたら、毎度のことながら椅子の上で眠ってしまいました。

4時半頃に目が覚めて(多分3時間ぐらいは眠ったと思います)、その後は、金曜日の仕事の

準備をしていました。

これから、1時間ぐらいは布団の上に横たわりたいので、手を抜きます。

私は今まで、東電や政府は、国民に当然のように「節電」を要求するけれども、

そもそも、自分達がドジを踏んだのが原因なのだから、節電を頼む前に何とか、

休止させている火力発電所を稼働させるなどして、電力を賄え、ということと、

顧客である、電力使用者に不便を強いておきながら、電力会社は、当たり前のように

電気料金を引き上げるのは、おかしいだろう---という意味の文章を書いたことがあります。

それを、もっとずっと、法的、理論的、統計的に丁寧に書いてあるコラムがありましたので、

そのまま掲載します。Yahoo!ニュースに掲載されていた、日本語版ウォール・ストリート・ジャーナルの

日本人が書いたコラムです。


◆記事:【日本版コラム】電力使用制限令発動―「電力不足」の不可解(ウォール・ストリート・ジャーナル 7月7日(木)13時59分配信)

尾崎弘之 東京工科大学大学院ビジネススクール教授

7月1日、政府は電気事業法27条に基づいて電力使用制限令を発動した。東京電力と東北電力の管内にある、大規模工場など契約電力500キロワット以上の大口電力需要家は、昨年比15%の節電が義務付けられた。電力使用制限令は、第1次オイルショック時の1974年以来37年ぶりの発動で、違反した場合、100万円以下の罰金が科せられる。

1日の首都圏は蒸し暑い日だったが、午後1時のピーク時電力使用量が4170万kwで、今年のピークだった6月29日午後2時の4571万kwを約9%下回り、制限令の効果が出たようだ。電力会社が安定して電力を供給できる「青信号の目安」は、「最大供給量」が「ピーク時需要量」プラス8~10%の状態とされる。東電の現状最大電力供給量が5100万kwと報じられているので、ピーク時電力需要が4692万kw以下であれば、現状では「青信号」で、大停電のリスクはないことになる。


電力不足の悪影響

法律によって強制的に電力使用量を削減させられている大口需要者に限らず、家庭、オフィス、店舗などの小口需要者も自発的に節電に努めており、今夏が昨年並みの猛暑になっても、昨年のピーク時需要量6000万kwを下回ることはほぼ確実である。東北三県被災民の秩序だった行動と同様、日本人の危機対応能力が高いことの証明になりそうだが、喜んでばかりもいられない。猛暑での通勤や生活でクーラーを使わないことにより、熱中症が増え、労働効率が低下し、電力不足によりハイテク製品が作れなくなる。私が直接インタビューした中でも、工場を中国など海外に移転させることを本気で考えているハイテク企業が少なくない。これは日本経済の競争力に関わる大問題である。

大停電を避けるために、経済や生活を犠牲にしてひたすら節電を続けなければならないのだろうか。もちろん、明らかな無駄は削るべきだが、電力会社は電力供給のために最大限の努力を続けているのだろうか。いや、電力供給に関しては不可解な点がある。それは、安定供給義務への疑問と「電力ないない神話」である。



安定供給義務に関する不可解な状況

電力は特殊な業界だ。民間企業でありながら、エネルギー供給という公益を実現することが事業目的なので、競争が制限されている。実質的な地域独占が認められており、独占禁止法の適用除外である。

電力会社は競争制限と引き換えに、電力の安定供給義務が課せられている。電気事業法18条により、電力会社は正当な理由がなければ、電力の供給を拒んではならない。日本の電力料金はイタリアを除けば先進国で最も割高だが、日本は供給信頼度が高く、したがって、料金も高いという説明がされてきた。東電によると、同社管内の1軒あたり年間停電時間は平均4分だが、米国は20倍以上の90~100分である。日本は「電力の質」が良いから電気料金が高くてもやむを得ないと納得していたが、震災後、電力の安定供給は困難になった。いつ停電が起きるか分からず、かつお金を払っても自由に使うことができない「質が低い電気」に変われば、本来、値段が下がるのが当然である。

しかし、現状は逆で、電気料金は値上がりする方向だ。発電コストが低い原発が止まって、コストが高い火力発電の比率が増えているため、料金は上がる、という説明がされている。確かに、電力会社は、設備や燃料などのコストに一定の利潤を上乗せして電気料金を決める「総括原価方式」が電気事業法で認められている。しかし、法の趣旨は電力会社の経営安定化であり、コスト増による安易な値上げが認められているわけではない。そうであれば、電力会社は、コスト削減や安定供給継続のために最大限の努力が必要である。そのような努力は十分に行われているのだろうか。それが不透明なままでは、ユーザーは値上げと電力使用制限をいつまでも受け入れることはできない。

電力使用制限は、東電の電力供給量によって変わる。報道によると、3月の被災後、東電の供給能力は、3500~4000万kwまで下がった後、現状の 5100万kwまで回復し、8月には5620万kw(東北電力への融通電力を含む)に増える予定である。問題は供給量見通しが増えた経緯である。

資源エネルギー庁の資料によると、真夏の供給予定量は、3月時点では、4650万kwと見積もられていた。供給予定量が、4650万kwから5620万 kwまで、1000万kw以上も増えた主な要因は、当初、揚水発電をカウントしていなかったことである。揚水発電は夜間の余剰電力を使ってダムの水位を上げ、翌日の昼間にダムの水力発電を使う「蓄電設備」である。揚水発電は通常、出力調整が困難な原発の余剰電力を貯めるために使われる。ところが、被災後、東電管内の多くの原発が稼働を停止したので、揚水発電が不要になったということが、供給予定量に揚水発電がカウントされなかった理由のようだ。ただ、そのような判断は納得できない。原発の稼働が減っても、夜間、火力発電を稼働させて、揚水発電に蓄電すればよいはずだ。もし、火力発電のコストが高いことを理由に、あえて夜間の火力稼働を抑えているのであれば、安定供給義務を果たしていないことになる。



電力ないない神話」の不可解

供給予定量を増やす方法は他にもある。企業が持つ自家用発電設備を最大限活用することである。「自家用発電所運転半期報」によると、2010年9月時点で、東電管内に875カ所、合計出力1639万kwの自家用発電所がある。その内、卸電力市場に供給されている電力が615万kwあるので、自家用発電所がフル稼働すれば、1000万kw以上の電力を生産できる。ところが、現状、工場などが持つ自家用発電機はフル稼働していない。なぜなら、フル稼働させて必要以上に発電したら、余った分を捨てることになるからである。特定規模電力事業者(PPS)の免許を持って、余った分を卸電力市場に売却できる企業なら良いが、そうでなければ、フル稼働できない。ところが、各企業の余剰電力を電力会社が買い取ることを保証すれば、自家発電所をフル稼働させて、東電管内の供給不足を大きく解消できる。

電力供給量予測には、このように不透明で不可解な点が多い。民主党衆議院議員の川内博史氏は、自身のツイッターで、「電力ないない神話」と銘打って、次のように述べている。「電力ないない神話は原発を動かすため、財源ないない神話は消費税増税のため。どちらの神話も、ウソ。国民をごまかして、権力側が自らの利権を確保する時代は、終わっている。誠実で正直で精緻な議論をしなければ、原発災害を含む被災地の復旧復興も、日本全体の再生も有り得ない」

電力会社の供給能力は、本来は電力会社の企業秘密と言える。しかし、一企業の内部情報が日本経済を大混乱に陥れている。もし、供給量を少なめに公表して、「電力ないない神話」で停電の恐怖心を与え、原発維持の世論を作ろうという意図があれば、それは許されないことである。電力不足の解消方法は原発を継続するか否かといった単純な話では済まない。原発のリスク最小化、液化天然ガス(LNG)による火力発電の増加、自然エネルギーの推進、送電網の改良、省エネ技術の充実といった複数要素の最適解を見つけることが必要である。

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2011.07.07

【音楽】リスト「死の舞踏」←気絶しそうなほどの超弩級超絶技巧。

◆二日連続、音楽で恐縮ですが、まだ興奮が冷めないのです。

5日(火)に東京音楽大学 ピアノ演奏会を聴いたと書きました。

昨日書いた通り、皆さん素晴らしいえんそうでしたが、

中に、「生で聴くことはまず、無いだろう」と思っていた曲があります。


リストの「死の舞踏」という曲です。

元来これは、オーケストラ伴奏で弾くピアノ曲として作曲されたのを、

リスト自身がピアノ独奏用に編曲したものです。


◆死の舞踏

その、すさまじい難しさは言葉でいくら説明しようとしてもむりなので

聴いて頂くことにしました。


この曲は、グレゴリオ聖歌の「怒りの日」を主題とした変奏曲です。

まず、「怒りの日」の最初の部分を、お聴き下さい。


怒りの日







あっと思われた方がいらっしゃると思います。

この曲はリスト以外の作曲家も主題として使っています。

最も有名なのは多分ベルリオーズが「幻想交響曲」終楽章に使っている例でしょう。


ベルリオーズ:「幻想交響曲」第5楽章(抜萃)






これを主題として、想像を絶するほど難しいピアノ独奏曲にしてしまったのがリストです。


リスト:「死の舞踏」(S525 ピアノ独奏版)







これを目の前で完璧に演奏されるのを聴くと、唖然とします。

これ以上難しい、ピアノ曲というのは(私が弾くわけでは無いので推測ですが)

多分、存在竹刀のでは無いかと思います。

この録音は

リスト:ピアノ曲全集 1 「サンサーンス:死の舞踏Op. 40(リスト編曲)」/「ユグノー教徒の回想」/死の舞踏(ピアノ独奏用編曲版)」/他

に収録されています。

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2011.07.06

【演奏会評】東京音楽大学 ピアノ演奏会(2011年7月5日 トッパンホール)

◆演奏会「評」というのは、便宜上のタイトルです。全てが素晴らしかった。

考えて見たら、311の後、生の音楽を聴いたのは今日が初めてです。

今夜、トッパンホールで(日付が変わってしまいましたが)東京音楽大学ピアノ演奏会第2部を

(第1部で演奏した方、申し訳ない。仕事の都合で夕方の第2部しか聴けませんでした)聴きました。

リンクが切れた時の為に演奏会パンフレットのPDFファイルを保存しておきました。


お一人ずつ細かく演奏評を書きたくありません。書きたくないというか、おこがましくてかけません。

全体として「文句の付けようがない」ほど完成された演奏でした。

これは、東京音大ピアノ科でも特に本当にソリストを目指すピアノ演奏家コースの学生さん達で、

しかも、その全員が出られるわけではなくて、とくに選ばれた俊英です。

肩書きは「学生さん」ですけれども、音だけ聴いたら、学生もへったくれもない。

最早、いつでも「プロ」と名乗っていい。そういうレベルです。


◆「人間の存在を少しでも明るく照らすことが芸術家に与えられた使命だと信じています」(カール・ベーム)

カール・ベームとは、1981年、つまり30年も前に他界したオーストリアの指揮者です。

私がクラシック音楽に興味を持ち始めた頃、そしてカールベームにとっては人生の最晩年、

1975年、77年、80年、三回、カール・ベーム=ウィーン・フィルが来日公演を行いました。

ヘッドラインで引用した言葉は、

75年の来日前に、音楽ジャーナリスト・真鍋圭子さんがウィーンのベーム宅で

インタビューを行い、それがクラシック音楽雑誌「音楽の友」に掲載されたとき、

一番最後に書いてあった、カール・ベームの言葉です。私が目にしたのは14歳のときです。

恥ずかしながら、その時には、まだベームが何を言いたいのか、分からなかったのです。


中学生になったころからクラシックが好きになり始め加速度的に興味が増していたのですが、

77年のベーム=ウィーン・フィル来日公演で、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」

を聴いた(チケットは高くてとても買えませんからFM生中継を聴いたのです)ときでした。


演奏が終わると、心臓を鷲づかみにされたかのように、胸が苦しくなりました。

気がつくと、涙がこぼれているのです。生まれて初めてのことでした。

普通、ハラハラと涙がこぼれる、といいます。

涙は重力により、真下に滴るはずですが、そのときには感涙が激流となり、

感覚としては、涙が前方に噴出しているのではないか、と言う気がしたほどです。


この経験が私の人生を変えました。ベームの言葉の意味を理解しました。

優れた芸術(家)は人間の存在を明るく照らし出す。

子供の頃に本当に感動し、それが言葉に結びついたのです。

以来、ベームの言葉が私が芸術(家)を評価する基準の大元になりました。


数時間前に聴いた東京音楽大学 ピアノ演奏会第2部で演奏した

7人の若いピアニストたちは、紛れもなく「芸術家の使命」を果たしました。


◆「あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。」(夏目漱石「草枕」)

いきなり余談になりますが、彼の有名なカナダのピアニスト、故・グレン・グールド(1932年9月25日 - 1982年10月4日)の愛読書は

漱石の「草枕」(勿論英訳版)だったそうです。彼は50歳の誕生日の9日後に亡くなりましたが、

枕元には「草枕」と「聖書」があったそうです。


漱石が言わんとしたことも畢竟、カールベームと同じです。

少し長くなりますが、「草枕」の冒頭。

山路を登りながら、こう考えた。

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。

全く、漱石の言うとおりです。

私は、昨日は、非常に気分が重かったのです。

会社で色々と仕事が立て込んだ上、松本復興担当相の言動のあまりのひどさに、

完全に抑うつ状態になりました。


今日、「東京音楽大学 ピアノ演奏会」へ行くかどうか迷ったほどですが、こういう時にコンサートに行って

悪い方に気持が変化したことはないので、やはり、行くことに決めました。大正解でした。

7人の優れたピアニストは、皆さん、私の子どもであってもおかしくない年齢ですが、

どうして、この若さでこれほど「大人の音楽」として出来上がっているのか、驚嘆せずにはいられないのです。

プロコフィエフとかラフマニノフの難しいのが上手く弾ける、ということは、既に十分しっていますが、

今日、嬉しかったのは、モーツァルトを弾いた2人のお嬢さん。兒玉さん、坂本さん。

非常に大人の演奏なんですね。

リストの「死の舞踏」は、言語道断というほどの難しさで、思わずリストに、
あなた、ここまで難しく書く事はないだろう。

と言いたくなりますが、渡邉真司さんは、難所になるほど、張り切る、という印象で

とにかく見事な演奏でした。


◆ロマンティック・バッハ。

金子三勇士さんについては、過去に何度も書きました。

デビューCD発売記念リサイタル。

アンコールでスカルラッティを弾いた金子さんの演奏が、非常に良かったので、

今度は是非バッハを聴きたいと思っていたら、今日の演奏会ではフランス組曲6番を

弾くということでしたから、「これは、聴かねば」と、ツレアイと聴かせて頂きました。

金子さんのバッハは、初歩的なバッハ演奏の常識的制約、ベダルはなるべく使わないとか

ルバートせずにインテンポで弾く、という枠組みから完全に開放された

自由で、独自の解釈による演奏でした。アルマンド、クーラント、サラバンド、

ガヴォット、ポロネーズ、メヌエット、ブーレ、ジーグ(でしたっけ?)の曲ごとに微妙にテンポや

ディナーミク、アーティキュレーションを変化させ、各舞曲の間の取り方も計算に入っていて、

クライマックスを形成する、ロマン派に近いようなアプローチで、

しかし、それでも奇を衒った印象は、全くなく、実にバッハなのです。

最後の片田さんの演奏を聴き終えた頃には、私は日常の雑事から解放された

別の世界にいました。

7人の若いピアニストに感謝すると共に、皆さんが大輪の花を咲かせる(既に咲いているのですが)ことを

祈っています。ありがとうございました。

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2011.07.04

松本復興相←あまりにひどさに論理的なことが書けません。記録として映像だけ残します。

◆記事:「知恵出さないと助けない」=松本復興相、岩手、宮城で発言(時事通信 7月4日(月)0時55分配信)

松本龍復興担当相は3日、東日本大震災の被災地の岩手、宮城両県を就任後初めて訪問し、

両県知事と会談したが、配慮に欠けるとの指摘を受けかねない発言を相次いで行った。

達増拓也岩手県知事に同相は、

「(国は)知恵を出したところは助け、知恵を出さないところは助けない、そのくらいの気持ちを持って(ほしい)」と話し、

復興に向け、被災地側が具体的な提案を行うよう注文した。

このほか、

「九州の人間だから東北の何市がどこの県か分からん」

とも述べ、政府の事務方が「しょっちゅう(被災地に)入っているのに、何をおっしゃる」とフォローする場面も。

その後の村井嘉浩宮城県知事との会談で同相は、

宮城県が漁港の集約化を国に要望していることについて、

「3分の1とか5分の1に集約すると言っているけど、県の中でコンセンサス得ろよ。そうしないとわれわれ何もしないぞ

」と述べ、県内での合意形成を急ぐよう求めた。

会談の場に知事が同相より遅れて入ったことについても、

「お客さんが来る時は自分が入ってから呼べ」と話した。


◆【映像】その発言の様子。

松本復興相、宮城県の村井知事を叱責





◆コメント:すみません。コメントできません。

そもそも、これがどうして問題なのか、他人のコメントを読まなければ

分からない人はいないでしょう。

私は、この映像と音声を視聴してから、血圧が上がり、吐き気がしてきました。

ここまで直接的に身体的反応が現れたのは初めてです。

こういうときは、冷静さを完全に失っているので、論理的なコメントは書けませんし、

繰り返しになりますが、コメントなど必要がないでしょう。

申し訳ありませんが体調が悪いので(悪くなったので)失礼します。

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しつこく、東京電力の「ピーク時供給力」の胡散臭さについて。

◆6月24日(金)はピーク時供給力4,790Kwで使用率が91%を超えた、と騒いだのです。

東電と国は、毎日、

電気が足りません、皆さん節電をお願いします。エアコンの設定温度は高めに、

という。最初に、如何にも「準緊急事態」めいた報道は6月24日の電力需給関係に関してであった。
◆記事:電力需要:東電管内、使用率91.6%に(毎日新聞 2011.06.25 東京朝刊)

東京電力管内の電力需要は24日、ピークの午後2時台に東日本大震災後で最高となる4389万キロワットに達し、

3日連続で4000万キロワットを超えた。

供給電力に対する使用電力の割合を示す使用率は91・6%で、6月に入って初めて90%を超えた。

供給余力を示す供給予備率は8%台となり、10%を割り込んだ。

東電は、暑さが本格化する7月に向けて「引き続き節電をお願いしたい」と呼びかけている。

東電は供給余力が3%以上あれば当面の供給に支障はないとしているが、

暑さで冷房の需要などが増えれば使用量が跳ね上がり、供給余力の上限に近づく恐れもある。

24日のピーク時供給力は4790万キロワット

ところが、この後、東京電力が発表する「ピーク時供給力」はどんどん増える。

翌週は、こうなっている。
◆記事:東電管内の電力需要が震災後最大値、29日ピーク時は93%超(ロイター 6月29日(水)19時4分配信)

東京電力によると、東電管内の電力需要は29日の午後2時台に4570万キロワット(速報値)まで増加し、

東日本大震災後で最大値を記録した。

最大供給力に対する電力需要の割合(使用率)は93%超に達し、

東電が「電気の供給が厳しい」目安とする「90%超--95%以下」のゾーンに入った。気温の上昇などが要因。

これまでの最大値は24日午後2時台の4380万キロワット(確報値)だった。

このロイターの記事には書いてないが、私が同日付の日記で書き、東電のサイトの表示を

証拠として貼り付けておいたが、29日のピーク時供給力は、4,900万Kwだったのである。

さらに、7月1日(金)における東電のピーク時供給力は、5,100万Kwに増えた。

それについても書いた。

そして、2011年07月04日(月)00時33分現在、東電 TEPCO : でんき予報によれば、

7月4日(月)の予想はこうなっている。

20110703tepco

ピーク時供給力は5,170万Kw。金曜日よりも更に増えている。


毎日、節電して下さい、というから、勤め先のエアコン温度設定は日頃よりも設定されている。

いくら、「クールビズは可」といっても、涼しいと感じる為には体表の汗が気化し、

そのときに身体から気化熱を奪うことが必要である。

今の、オフィス・ビルは、私が子供の頃の木造平屋の住宅とはことなり、窓を開けることが出来ない。

風が通り抜ける事が無い。つまり、湿度の高い空気が入れ替わらないのだから、汗が気化して

涼しく感じることは無い。


東電は、「電力使用率93%です。電気が足りません節電して下さい」という。その通りにすると、

翌日「実は、供給能力はもっと多い」ことが分かる。それでも「節電」を呼びかける。

そして、熱中症の患者が増え、ついには死者が出ると、少しずつピーク時供給力を増やす、

という「手法」のようである。


真面目に節電するのがバカバカしい。あまりの暑さに午後2時頃になると頭がボーッとなる。

東京電力は、自社のドジから電力供給力の不足(それも本当かどうか怪しいが)を招き、

電力使用者、即ち「顧客」に「節電」という「不便」を当然の如く要求し、国家もそれを

咎めることがない。

そして、客に「不便」な思いをさせている、つまりサービスが低下しているにもかかわらず

これは東電だけでは無いが、電気料金は5ヶ月連続で値上げである。
◆記事:電気・ガス:8月も全社値上げ 5カ月連続(毎日新聞 2011年6月29日 20時19分)

全国の電力10社と都市ガス大手4社は29日、8月の料金を7月に比べて値上げすると発表した。

原油や液化天然ガス(LNG)、石炭の輸入価格上昇が影響した。全社が料金を引き上げるのは5カ月連続。

電気料金の値上げ額(標準家庭)が最も大きいのは、沖縄電力の117円で、東京電力が99円、中国電力が84円、北海道電力が70円と続く。

北海道電と沖縄電は、原燃料価格の変動を毎月の料金に反映させる調整制度が始まった2009年5月以来、最大の上げ幅。

都市ガスでは東京ガスの54円が最大となる。

NHKの受信料を払わなくても、今のところテレビは見られるし、見られなくても

健康に害は無いから、平然と払わない人がいるが、電気・水道・ガス料金は未納が続けば

供給を止められてしまう、と思うから皆、払う。それをインフラ関係会社は知っているから、

平気で値上げする。

いつも思うが、官房長官の記者会見や、国会内で政治家同士が話をしている映像、

また、これらのニュースを伝えるテレビ局の人々は、全然汗ばんでいない。ネクタイを締め、

汗をぬぐうこともなく、誠に快適そうに見える。

一般国民だけが暑さに苦しんでいる。

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2011.07.02

「<節電>制限初日、東電管内15%減クリア 東北電は21%」←大人しい国民ですねえ。

◆<節電>制限初日、東電管内15%減クリア 東北電は21%(毎日新聞 7月1日(金)22時3分配信)

37年ぶりの電力使用制限が始まった東京電力と東北電力管内では1日、

最大電力使用量が気温が似通った昨年の同時期に比べ15%以上減り、

政府の節電目標(昨年のピーク時需要から15%節電)をクリアした。

罰則付きで15%節電を迫られた大手自動車会社など大口需要家(契約電力500キロワット以上)が

平日休業など一斉に対応を取ったほか、家庭や地域もエアコンの温度設定を上げるなど協力。

両電力は「節電意識の浸透効果が表れた」と分析している。


◆コメント:そもそも節電しなければいけない(のが本当ならば)誰の所為ですか?

何だか節電が当たり前、という風潮になり、電力会社も政府も尊大だが、

よーく考えて、くださいよ。

小出裕章京都大学原子炉実験所助教の話によれば、

本当は、たとえ日本の原発を全部停止しても、運転を休止している火力発電所の7割

(使えるようになっている)を稼働すれば、原発分の電力を賄えるということだが、


ここは、仮に電力会社の言うとおりだとしましょう。

つまり、福島原発があのような状態であるから、発電能力が減っている。

だから国民の皆さん「節電しましょう」というのだが、

そうであるのならば、節電しなければならなくなったのは東電と監督官庁、

つまり行政府。内閣の責任であろう。


奴らがドジを踏んだから電力が足りないから利用者に「暑いのは多少我慢して

エアコンの設定温度をあげるなど、節電して下さい。ということでしょ?

それなのに、日本人は

「節電」=無駄な電力を使わないこと=いいこと

という意識になるのだろうか。誰も怒らないで、政府の推奨通り、

エアコンの替わりに扇風機を買っている。


その前に、東電と国家に対して
節電などしなければならなくなったのはお前らの所為だろう。

と文句を言うべきだと思うが、誰も全くそういう気配がない。


前回の日記で、「東電のピーク時供給力は変動する」とかいた。

一昨日のピーク時供給力は4,500万Kwだった。

それに対して、電力使用率が93%まで上がった。大変だ、とメディアが騒ぎ、

多くの国民はそれをそのまま信じた。

しかし、私は東電は、運転休止中の火力発電所があるのだから実際はまだ余裕があるはずだ、

と書いた。


本日(2011年07月01日(金))から東京電力は「でんき予報」で、

本日のピーク時供給力と、リアルタイムの電力使用率を表示している。


20110701tepco


7月1日のピーク時供給力は、5,100万Kwだったそうだ。

僅か二日で5,100万Kw -4,500万Kw=600万Kwも供給力が増えるのだそうだ。

もしも、水曜日のピーク時供給力が5,100万Kwだったとすると、

最大電力需要は4,550Kwだったのだから、電力使用率は、

4,550÷5,100=0.892(89.2%)

で、別になにも心配する必要はなかったのである。

こういうのを見て何も疑問に思わずに、国と東電が節電「しましょう」というから、

「はい、節電します」と言ってしまうのが日本人である。

この国民は、70年前、大本営発表をそのまま鵜呑みにし、また、

「大和魂」さえあれば、竹槍でB29を撃墜出来る、と本気で思ってしまったころと

あまり変わっていないようだ。あまりの従順さが心配である。

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