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2012年1月

2012.01.30

「N響アワー、3月末に終了」←NHKに送った「抗議」メール。

◆記事:3月で終了の長寿番組「N響アワー」の次は、石田衣良が登場!(webザテレビジョン 2012年1月23日)

1980年よりNHK交響楽団の演奏するオーケストラ音楽を親しみやすい解説とともに紹介してきた

「N響アワー」が3月で終了し、4月からは「ららら♪クラシック」が始まることが分かった。

同番組は、作家の石田衣良と作曲家の加羽沢美濃が司会を務め、

軽妙なトークを交えながらクラシックの魅力を伝える。

毎回、演奏家や作曲家、音楽の生まれた“町”などにスポットをあて、

クラシックの意外なおもしろさを紹介。

鑑賞するのはオペラ、バレエ、オーケストラ、ピアノ、吹奏楽、合唱などのクラシックのさまざまなジャンル。

「クラシックを聞いてみたいけど、何から始めたらいいの?」という人も、気軽に楽しめる内容となっている。

また、いま旬の注目アーティストがゲストとしてスタジオに登場し、トークとともにとっておきの一曲を披露する。

「ららら♪クラシック」のスペシャル版として、スタジオをとび出しオーケストラ・コンサートも行い、

一般のコンサートではめったに聞けない名曲を紹介したり、リクエストにも応える。


◆私(JIRO)がNHKに送った「抗議文」

これはNHKのウェブ内、NHKおよび放送番組についてのご意見・お問い合わせから送るものである。

N響アワーのサイトにも、同じメール・フォームがあるからそこに書き込んでも良い。

勿論、実名、自宅電話番号、メールアドレスを入力しなければ、送信出来ない。

但し字数は400文字までだそうだ。


肚のなかでは、百万語が煮えくりかえっているけれども、

なんとか400字に収めて、さきほど、NHKに送信した。

その内容をここに記す。

毎週楽しみにしていた「N響アワー」が「今年3月に最終回を迎えます。」と知って大変驚いています。

1月29日の放送で黒崎めぐみアナウンサーが仰有っていたとおり、30年も続いた、多くのファンがいる番組を

どうして突然、終えなければならないのか、ご説明いただきたい。

専門家が素人にも分かり易く名曲を解説して下さることは、聴衆の裾野を拡げる意味でも重要ですし、

既にオーケストラを聞き慣れている者にとっても大変興味深いのです。

かつては、他局に「オーケストラがやってきた」「題名のない音楽会」がありましたが、

今やこのような番組は地上波ではN響アワーだけです。

また、様々な事情により生で聴けないN響ファンにとって、

地上波で毎週必ずN響を聴ける場が失われるのは大きな損失です。

存続させて下さい。小説家の音楽談義は、見たくも聞きたくもありません。

何でも「軽く」すれば良いのではない。大衆に迎合すべきではありません。

特に付け加えることはないが、何でも昨今の世の中の風潮として「易きに流れる」のである。


◆かつてのNHKの楽器レッスン番組。

かつて、今で言う所にEテレ、つまりNHK教育テレビでは、月曜日から木曜日まで、

「易きに流れ」ていなかった頃のNHKの音楽番組はどのような様子だったか。


ピアノ、ヴァイオリン、フルート、ギターのレッスン番組を放送していた。

たとえ、自分の楽器でなくても、超一流の先生のレッスンは、見ているだけで大変興味深い。

とりわけ、鮮明に覚えているのは、多くの超一流のお弟子さんを数多く輩出した

ヴァイオリンの江藤俊哉先生のレッスンであった。


非常に容赦の無い、矢継ぎ早に生徒への指示が飛び、いちいちメモなど取るヒマはない。

そして、一度指摘されたことをもう一度間違えたら、とんでもない、という世界なのだ。

あれでも、電波を通して全国のテレビに映ってしまうから、江藤先生は多少は「手加減」

していたに、違いない。自宅でのレッスンの厳しさを想像したら、ゾッとするほどである。


しかし、生徒さんが怒られているのが「面白い」のではない。

専門家からは、どうも私は嫌われる中途半端な知ったかぶりらしい。

だからこんなことを書くと、また「小生意気な素人め」と思われるかも知れないが

敢えて書かせていただくならば、「芸術の厳しさ」の片鱗を垣間見たことである。


また、江藤先生は、まだ高校生ぐらいの生徒に対しても、

「プロになるつもりの自覚」を要求していた。

双子の女の子の生徒がいて、あるときサラサーテの、2本のヴァイオリンの為の「ナヴァーラ」という曲のレッスンを受けた。

どういう作品か知って頂く為に、YouTubeで拾ってきた。



Sarasate - Navarra for Two Violins






ご覧の通り、自分のパートを弾くだけでも大変だが、更に二人のヴァイオリニストが

細かい音の動きを合わせなければならない。どうしても二人のヴァイオリニストは、

相手の弓の動きを注視するあまり、向き合ってしまう。すると江藤先生が言った。

君たち、どっち向いて弾いてんの? 客席はこっちでしょ? 横向いて弾いていたら、お客様に失礼だよ!

なるほど、「プロ」の頂点に立った江藤先生であるからこそ、「プロのプロたる所以」つまり「お客様に聞いていただく」

という気持を忘れてはいかんのだ、とこの生徒さんに教えていたのだろう。

N響アワーから話が逸れたが、要するに、以前、NHKの音楽番組は質が高かった。

テレビを見ている人の殆どは、プロのヴァイオリニストになどなる訳はないのに、

視聴者に迎合しなかったから面白いのである。


◆N響アワーのほどよい知的なレベル。

N響アワーよりも溯ると、私が小学生から中学生の頃、木曜日の夜に

「NHKシンフォニー・ホール」という番組が総合テレビで放送され、そこでもN響定期の録画が主な内容だったが、

「楽しいトーク」などは一切無くて、大木正興(おおきまさおき)という音楽評論家が、ニコリともせずに

プログラムとその楽曲について簡単な解説をし、演奏終了後、ひとことその演奏についてコメントする

というだけの番組だった(それでもそれなりに面白かった)。

N響アワーはそれよりももう少し、クラシックに馴染みが無い人にも親しんで貰おうというサービス精神があったが

徒に芸能人などを司会に起用せず、曲目紹介はアナウンサーが行うが、

作品の解説は本当に分かっている人が説明すると言う点において

これ以上、良心的な番組は無い。池辺先生のときなどそれにダジャレが加わるのだから

こたえられない・・・、と、誰しも思った。西村先生の解説もいつも音楽への情熱に満ちていた。

それを音楽好きかなんかしらないが、小説家の「軽妙なトーク」に変える必要がどこにあるのか。

NHKの回答を待ちたい。

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【音楽】父の命日に、ディキシーランド・ジャズを載せる理由。

◆私事で恐縮です。

私の父は16年前、1996年1月29日に他界しました。

今日が命日です。命日といっても特別にしんみり、と言うわけではありません。

こちらも50歳を過ぎてますから、同年代を見ると少なくともどちらかの親は既に、

あの世に逝ったという人が全然珍しく無い。既に両親とも鬼籍に入っているという人も多い。


但し、私の場合、親の死に目に遭えなかったのがちょっと悔しいのです。

父は急死したわけではないのです。

1993年8月20日にロンドン赴任の内示が出て、父は喜んでいたのですが、その10日後、

父は脳出血で、かなり危険な状態に陥りましたが、一命を取り留めた。意識はあるけど、

口は利けない、という寝たきりになりました。これは元気な頃の父が1番「こうなりたくない」と

思っていた状態でしたので、それが気の毒でした。

口が利けませんから、ひらがな五十音の板を動く方の指で差して、言語を発するのですが、

(一息に)死ぬチャンスを逃したのが無念だ。

と言っておりました。動けなくなりましたが、意識、思考は働いていたので、寝たまま

オムツを当てられる自分が屈辱的だったのです。


私はロンドン転勤の内示を辞退しようか、と考えましたが、父は

そんなことでは、ダメだ。構わないから、行けと申します。

後ろ髪を引かれる思いで、同年10月に私はロンドン行きの全日空機にのりましたが、

その数日前、もう会えないかも知れないと思い、妻子を連れて、父を見舞いに行きました。

父は当時2歳だった孫、つまり私の息子を大層可愛がっておりました。

最後に部屋を出るとき、息子はまだ何もわかりませんが、父は、もう二度と私や息子に

会うことはないだろう、と覚悟したのでしょう。何も言いませんでしたが、うっすらと涙をにじませていた

あの表情が忘れられません。

約2年後、東京から連絡があり、寝たままで安静にしているのに、また脳出血を起こしたというので、

私は急遽帰国しました。2年ぶりの日本でしたが、ICUに簡易ベッドを置き、

一週間、病院に泊まりました。このときも父の思い通りにはならず、一気に死ぬことができず、

もはや、意思の疎通もできず、こちらを認識しているのか分からない状態で、痰が詰まるといけないので、

気道確保のため、気管切開されて、管を固定されて、ただ横たわる父でした。

小康状態に戻ったため、仕方なく、私は再びロンドンに戻りました。

しかしそれから約3ヶ月後、1996年1月29日、父は他界しました。


◆私ほど、ではありませんが、父は音楽が好きでした。

私ほど、熱中した時代があったわけではなさそうですが、父は少しばかりクラシック・レコードを

持っていました。所謂泰西名曲ですけれども、今思いだしても、誰か詳しい人に訊いた訳でも無いのに

妙にツボを押さえておりました。



トスカニーニ指揮、NBC交響楽団の「運命」、フルトヴェングラー、ベルリン・フィルの「英雄」、

ジノ・フランチェスカッティ、ソロのメンデルスゾーン:「ヴィオリン協奏曲」、

エミール・ギレリス(ピアノ):フリッツ・ライナー指揮:シカゴ交響楽団による、

「チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第一番」、デニス・ブレイン、カラヤン、フィルハーモニアによる

モーツァルト「ホルン協奏曲全集」、ジャック・ランスロ、ソロのモーツァルト「クラリネット協奏曲」

ジェラール・スゼー(バリトン)の「シューベルト歌曲集」等々、まるっきり泰西名曲ではありますが、

どこでどうやって上手い具合に見つけて来るのか不思議でした。


◆そんな父がアメリカ・ニューオルリンズで、ディキシーランドジャズで盛り上がったらしいのです。

父は(私もその遺伝子を確実に受け継いでいますが)、とにかく基本的に面倒臭がりの出不精で、

若い頃は「日本野鳥の会」会員で山に登っては野鳥の分布など調べて「論文」まで書いていましたが、

銀行員として忙しい毎日を何十年も過ごし、すっかり出不精になりました。

本来、海外旅行など絶対に面倒臭くて行かない人間なのですが、勤続何年とかで、

海外旅行に行くことになりました。何処に寄ったのか、手許に資料がないので正確なことは

わからないのですが、1つ、私は母が大変驚いたことがあります。

ニューオルリンズといえば、ジャズ発祥の地です。今でも黒人のオジサンたちのバンドが

ディキシーランド・ジャズを演奏する、クラブというのでしょうかイギリス風に言えばパブですが、

要するにそういう所にふらりと入った父と父に同行して下さった方が、

ディキシーランドですっかり楽しく盛り上がったらしいのです。いや、「らしい」ではない。

確実にそうなのです。父は文章を書かせるとなかなか上手かったのですが、これも「不精」が祟って

普段、規則的に日記をしたためる、というようなことはしない人でしたが、この夜のことは

余程嬉しかったらしく、手帳にその感激を丁寧に文章として書き残しています。

バンドの面々と意気投合する。一期一会の音だな、と思う。

(一言一句このままでは無いのですが、ほぼそういうセンテンスです)などと書いてある。

自分の父ながら、こういう一面があるとはそれまで思っておりませんでした。

後に母と私とで大変、驚き、かつたった一度の海外だったけど、それほど楽しかったのなら、

良いことだ、と思ったものです。


◆ベニー・グッドマン。"That's a Plenty."、"The World is waiting for the Sunrise"

父が聴いたのは、こんなにゴージャスな演奏では無かったと思いますが、

まあ、ジャズの中でもディキシーランド(風)なナンバーですね。

1980年から何度か、オーレックス・ジャズ・フェスティバルが東京や横浜で行われ、

スウィング・ジャズの神様、ベニー・グッドマンが来日しました。この武道館でのコンサートの模様は

NHKでも放送されたほどです。

オーレックスというのは当時存在した、東芝のオーディオ製品のブランド名です。

それでは早速。文字通りだと「もうたくさんだ」という意味になりますが、That's A Plenty。


That's A Plenty - Benny Goodman 1980







ベニー・グッドマンは勿論いいんですが、トランペットのトニー・テランとトロンボーンのディック・ナッシュ。

この二人のラッパの吹き方が大変すきです。

なんと正しい、トランペットの吹き方。真摯な態度、見事なアドリブ。流石はベニー・グッドマンが選んだ

演奏家です。もう一曲、"The World is waiting for the Sunrise"(世界は日の出を待っている)。

今の世界にぴったりですなあ。


The World is waiting for the Sunrise - Benny Goodman 1980







とりとめの無い、私事にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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2012.01.29

【音楽】1月27日はモーツァルトの誕生日。ディヴェルティメント K.334

◆お詫び:最近、サボってばかりですみません。

特別に何か身内で不幸があったとか、私が寝込んだ、というようなことは

ないのですが、何だか最近、やや、エネルギー・レベルが下がっていまして、

更新する気力がないのです。

先週の水曜、木曜と、家内が風邪(インフルエンザではありませんでした)をひいて

寝込んだのですが、私はどうということはありません。

ただ、あそこから何となく日常のリズムが狂いまして、完全に戻っていないのです。

それから、世の中に問題が多すぎて、しかもいくら書いてもどうしようも無い。

それは、今までと同じなのですが、何だかちょっと疲れてきたのです。

そういう「疲れた」気分の時に記事を書くと、後から読み返すと恥ずかしいぐらい

事実の認知が歪んでいて、過度に悲観的だったり、そうかと思うと、その翌日は

やや躁状態だったりすることが多いのです。

どうしても書きたい何か、が無い時には無理して更新しないことにしました。


◆長く読んで下さっている方にはもうしわけありませんが、既出です。

アクセス解析を見ると、毎日々々、弊日記・ブログにアクセスして下さる方の約7割は

初めてのアクセスなのです。(もっとも、他は知りませんが、今使っている今年の5月12日で廃止になる、

「インフォシーク・アクセス解析有料版」は、Java Script Offだと何回目でも初回アクセスとして

認識するので、本当の所は分かりませんが)。

それに、何百回目のアクセスという有難い読者の方々も以前の私の記事を

全部覚えておられる訳がありませんから、ときどきリマインドするのも悪く無いと思います。

という訳で、全然新しいCDではありませんが、敢えてご紹介します。


◆モーツァルト:ディヴェルティメント第17番・第1番(ウィーン室内合奏団 )

モーツァルトのディヴェルティメントと呼ばれる比較的自由な形式の音楽の分野ですが、

この第17番、K.334、第三楽章のメヌエットは、俗に「モーツァルトのメヌエット」として

ヴァイオリンとピアノ用に編曲されたりして有名ですが、

他の楽章(全部で6つの楽章で構成されています)は、一般(クラシック・ファン以外)には

余り知られていないと思います。

色々な団体が演奏していますが、ウィーン・フィルのメンバーばかりの

ウィーン室内合奏団がによる、

モーツァルト:ディヴェルティメント第17番・第1番

が最も優れた演奏だと思います。


この曲は第1ヴァイオリンがやたらと活躍するというか、第1ヴァイオリンだけが

ずっと旋律を弾き続けて、他は全員ずっと伴奏といっても過言ではありません。

カラヤンなど、オーケストラの弦楽器セクション全員で演奏させてますが、

やはりどちらかというとここでご紹介する演奏のように室内楽、

つまり原則として、1つのパートを一人の奏者が弾く形式のほうが

合っていると思います。

但し、そうなると、第一ヴァイオリンにとっては「独演会」みたいなもので

かなり上手い人でなければ、聴き手にたちまちばれます。

この録音では、ウィーン・フィルのコンサートマスター、故・ゲアハルト・ヘッツェル氏が

弾いています。この方は世界中のオーケストラにコンサートマスターの神様のような方でしたが

誠に残念ながら1992年、登山中に滑落死してしまい、世界がその死を惜しみました。

それでは、音楽を。


ディヴェルティメント(第17番) ニ長調 K.334 第一楽章 アレグロ。






同・第三楽章 メヌエット







何も変わったことはしていないのに、全く文句の付けようがない流麗な、ヘッツェル先生のヴァイオリン。

聴くたびに驚嘆します。

それでは。

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2012.01.27

「命懸けの放送 教材に 埼玉県が「天使の声」独自作成」←故・遠藤未希さんです。

◆記事:命懸けの放送 教材に 埼玉県が「天使の声」独自作成(東京新聞 2012年1月26日 夕刊)

宮城県南三陸町の防災対策庁舎から防災無線で町民に避難を呼び掛け続け、

津波の犠牲になった町職員遠藤未希さん=当時(24)=が埼玉県の公立学校で

4月から使われる道徳の教材に載ることが26日、分かった。

埼玉県教育局によると、教材は東日本大震災を受けて同県が独自に作成。公立の小中高約千二百五十校で使われる。

遠藤さんを紹介する文章は「天使の声」というタイトル。

遠藤さんが上司の男性と一緒に「早く、早く、早く高台に逃げてください」などと必死で叫び続ける様子が描かれ、

「あの時の女性の声で無我夢中で高台に逃げた」と語る町民の声を紹介している。

教材ではほかにも、埼玉県深谷市出身で津波に流される車から市民を救出した

岩手県釜石市の男性職員の話などが掲載される予定。

同教育局生徒指導課の浅見哲也指導主事は「遠藤さんの使命感や責任感には素晴らしいものがある。

人への思いやりや社会へ貢献する心を伝えたい」としている。

遠藤さんの父清喜さん(57)は「娘が生きた証しになる」と話し、母美恵子さん(53)は

「娘は自分より人のことを考える子だった。子どもたちにも思いやりの心や命の大切さが伝わればいい」と涙を流した。

遠藤さんが防災無線で避難を呼び掛け続けた南三陸町の防災対策庁舎では、遠藤さんを含む町職員ら三十九人が犠牲となった。

佐藤仁町長が津波被害の象徴として保存の意向を示したが、遺族の強い反発を受けて解体が決まっている。


◆コメント:殆ど世界中のメディアが、遠藤さんの事を伝えています。

遠藤未希さんについて、今更私如きがコメントするのは不遜というものです。

ただ、頭が下がります。しかし、放っておくと何でも直ぐに忘れるのが日本人だから、

記録として、載せます。繰り返し載せるつもりです。


遠藤未希さんを始め、想像を絶する悲劇敵体験にも関わらず、秩序と冷静さを失わなかった日本人を見て、

世界が驚嘆したことは、皆さん御存知のとおりです。

◆記事:日本の復興:指導者なんて要るのか?(英エコノミスト誌 2011年6月11日号)

3カ月前に日本を襲った地震と津波と原子力事故は、この国に関する重要なことを明らかにした。

当の日本人さえもが驚いた、社会の根底に脈々と流れる強さと冷静さである。

東京で国政に携わる政治家が自分のことばかり考えて何も決められずにいるのをよそに、

こうしたたくましい回復力は、家族や住居、そして生計の術を失った何十万人の人が

苦しみに耐えるのを助けただけではない。

英雄的な共同体精神

特に中央政府の浅はかさと比べると際立つ地域社会の隠れた奥深さを日本に思い出させることで、

この国が今回の危機から強くなって立ち上がり、長年の経済漂流を終わらせられるという予感を与えてくれた。

共同体精神を示す最も英雄的な見本の1人が、24歳の遠藤未希さんだ。

彼女はマグニチュード9.0を記録した地震の震源に程近い漁港、

南三陸町の防災放送で、押し寄せる津波から逃げるよう住民に呼びかけた。

遠藤さんは職場で津波に飲まれ死亡した。

テレビの映像を見ると、盛り上がった海面が押し寄せてくる中で、

彼女の声が波の上を響き渡っている。

南三陸町では、1万8000人の町民のうち1000人以上が死亡した。

町を救った南三陸町の防災無線遠藤未希さん





遠藤未希さんのご遺体は、5月2日に南三陸町の沖合で見つかりました。

ご冥福をお祈りいたします。

こういうことは、思い出さなければいけませんよね。

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2012.01.26

「大阪市音楽団の存続、橋下市長「一から考える」」←音楽に親しんで育った人々が妬ましいのでしょう。

◆記事:大阪市音楽団の存続、橋下市長「一から考える」(日本経済新聞 2012/1/20 1:52)

日本で最も古い交響吹奏楽団とされる「大阪市音楽団」(大阪市中央区)について、

同市の橋下徹市長は19日、「一から(あり方を)考える。存続という結論ありきでは考えない」と話し、

運営の見直しを示唆した。

1923年結成の大阪市音楽団の楽団員約40人は大阪市の職員

市は人件費など年間約4億円を支出しており、

橋下市長は活動意義を認めながらも、文化行政見直しの一環として

「お金の使い方を抜本的に見直さないといけない」と話した。

同楽団は定期公演のほか、中学や高校の生徒を対象とした講習会を実施。

甲子園球場(兵庫県西宮市)で開催される選抜高校野球大会の入場行進曲を演奏し、

録音していることでも知られる。

橋下市長は「色々な意見が出ると思う。最終決定は行政の反論とか意見を聞いてから」と述べた。


◆コメント:また、大阪ですか。

大阪市音楽団とは、日本最古のプロの吹奏楽団である。

Wikipediaの説明(冒頭のみ抜萃)

大阪市音楽団(おおさかしおんがくだん、Osaka Municipal Symphonic Band)は、日本の吹奏楽団。略称は市音。

大阪市の直営であり、日本で唯一の地方自治体が持つ専門吹奏楽団として活動しており、

1923年(大正12年)に誕生した日本で最も長い歴史と伝統を誇るプロフェッショナルな交響吹奏楽団。

前身は大日本帝国陸軍第4師団軍楽隊。定期演奏会などのコンサートのほか、

CD「ニュー・ウィンド・レパートリー」シリーズで吹奏楽のレパートリー拡大にも努める。

国内では東京佼成ウインドオーケストラと並び称される最高峰の吹奏楽団であり、「東の佼成、西の市音」という言葉もある。

どうして、これを廃止して平気なのか。どこから説明しても分かろうとしない人には分からない。

橋下大阪市長は先月、市長就任直後から文化事業への補助金支出を全面的に見直す

といい、まず、大阪フィルハーモニー交響楽団への補助金カットの意思を表明した。

私は3日続けて、反対意見を書いた。
2011.12.11 <大阪フィルハーモニー>橋下氏「補助金見直し」に危機感←大フィルは大阪だけのものではない。/ドヴォルザーク「コントラバス協奏曲」

2011.12.12 大阪フィルハーモニー交響楽団は、毎年9月に無料のコンサート「大阪クラシック」を続けている。

2011.12.13 3日続けて「大阪フィルハーモニー交響楽団」←大阪の人、どうでもいいの?

吹奏楽も管弦楽も、「儲ける為の組織ではないが、必要だ」という点において、共通している。

オーケストラも吹奏楽も、自由経済・市場経済という経済構造が出来る前から存在している。

したがって、本質的に、資本主義自由競争に於ける民間事業会社と同様の目的、

即ち「収益の極大化」を目指す為に存在するのではない。


記事には、
市は人件費など年間約4億円を支出しており

と書いてあるのに、「40人で4億円って、一人年収1千万かよ?」と書いている馬鹿がいる。

確かに人件費はかなりの部分を占めるが、大阪市音楽団は一流の吹奏楽団なので

秋山和慶(特別指揮者・芸術顧問)、小松一彦(2007年 -  首席客演指揮者)など

オーケストラの世界でも有名な指揮者が指揮台に立つ。指揮者のギャラは音楽家よりもべらぼうに高い。

では、安い指揮者にしろというのは、音楽を何も知らない馬鹿である。


さらに、費用は「人件費など」である。プロの演奏団体は、

ティンパニ、各種打楽器などは、楽団が購入する。この楽器のメンテナンスにも費用が要る。

また、移動が多いから、運送費も馬鹿にならぬ。小さい楽器は奏者が手で持てるが、

ティンパニや、他の打楽器、テューバなどは傷付けないよう。楽器専門の運送業者に

搬送を依頼する。

勿論、プレイヤーの移動費も、演奏が仕事なのであるから、

屋内でコンサートを開くなら、一回百万単位の料金を取られる。

そして。大阪市音楽団のCD群をみると分かるが、吹奏楽では、

現存する作曲家の作品を演奏する場合が多い。演奏するごとにJASRACに著作権料を支払う。


オーケストラやプロ吹奏楽団事務局経験が皆無の私ですら、これぐらいのことは、

少し考えれば分かる。大阪市長を支持する連中はこの程度の計算が出来ないほど馬鹿なのか。


◆人はパンのみにて生くる者に非ず(新約聖書 マタイによる福音書)

この言葉を持ち出すのはあまりにも、ありふれているので、今まで

書かなかったが、橋下市長や、彼と同意見の輩は、あまりにも教養、品性のかけらも感じられない。

もしかすると、新約聖書、マタイ伝(マタイによる福音書)の

人はパンのみにて生くる者に非ず(人は物質的満足を求めて生きるのではなく精神の充実をはかることが大切である。)

すら、知らないのではないかと思った。


「音楽は無くても誰も死なない」から「音楽団」は要らない、は

如何にも野蛮かつ、無教養である。本能のみで生きている。動物と変わらない。

人間は、自己保存本能(食欲)、種族保存本能(性欲)のみに従って

生きる存在ではない。

空気と水と食べ物があれば、人間は肉体的には存在できる。


しかし。それで満足ならば、次の事実を如何に説明するのか。

東日本大震災後、5月にピアニストで、日本人としてはただ一人、ショパン・コンクールと

チャイコフスキーコンクールの両方に、しかも留学経験なしで、入賞した小山実稚恵さんが、被災地の

避難所になっている体育館で、主として子供に音楽を聴かせた。

子供達は静かに聴いていた。


元・ケルン放送交響楽団首席オーボエ奏者で、まだまだ吹けるのに、2007年3月31日を以て、

引退し、後進の指導と、指揮者としての活動に専念していた宮本文昭氏は、

被災地の管弦楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団に教え子がいて、

地震の後しばらく、公演継続不可能に陥っていたので、何かできることはないか?

と尋ねたら、弟子は、「先生、いらっしゃって(オーボエを)吹いて下さい」

と言った。宮本さんは、それで人々が幾ばくかでも、慰められるならば、と

「禁」を一度だけ解くことにして、仙台フィルと演奏した。

家族、住居、財産、仕事等々をなくして、途方に暮れている被災者が大勢音楽を聴き

涙ぐんでいた。


食べ物と水は足りていた。それ以外の「音」は生きるのに必要不可欠なものではないなら、

被災者は音楽家に「とっとと帰れ」と言うはずだ。

人間には、肉体的生存に必要な最低条件以上に、精神的な充足が必要であること、

つまり聖書の言葉が正しいことを、震災後の歴史的事実が物語っている。


大阪フィルも、大阪市音楽団も何故、何十年も存続しているか。

聴く人がいるからである。YouTubeで「大阪市音楽団」を検索するといい。

屋外の市民の為の無料コンサートに、人が集まっている。

たべものではない。聴かなくても死なないものを、無料である、というだけの理由で

聴きにくるはずがない。殆ど本能的に人々は「美しいもの」を希求する。

人生において、人間が代々受け継いできた美しいもの、優れたものに対する

「畏れ」を抱かない人間は傲慢である。



橋下知事は、私心がないようなことを言っているが、

根底には嫉妬やコンプレックスが垣間見える。

自分が音楽や文楽を理解できないから、それらが分かる人間や、

まして子供の頃から楽器に慣れ親しむなどという恵まれた境遇にある人々を

彼らが職人であること。職人となるためにどれほどの努力を続けたことか、

など、考えようともしない。自分が分からないものは存在価値がない、

という偏狭さは如何にも幼稚で大阪都もへったくれもない。

これほど傲慢な指導者に投票した大阪市民も馬鹿だ。

馬鹿が五月蠅いので、この記事ではコメントもメールも受け付けない。

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2012.01.22

【音楽・映像】DVD「ベスト・オブ・カラヤンの遺産」これはお買い得だと思うけどなあ・・・。

◆大きなお世話ですが、本当に好きな分野で欲しい物は買っておいた方が良いです。

勿論、それぞれ、人、世帯によって事情が違います。

飛騨市日本大震災で、家族も家も仕事も財産も全て失った方が、

この文章を読んだら、腹が立つかもしれませんが、


あらゆる感受性を考慮すると、何も書けなくなります。

航空機事故で家族を失った方の気持を考えて飛行機のことを書いてはならない、

山岳事故犠牲者遺族を考慮し、山のことはかかない。水の事故の犠牲者遺族をを考えたら、

海の事を書けず、食中毒でお子さんが亡くなった方を考えて、食べ物の話は避ける。

キリがありません。ので書かせて頂きます。


私は、独身の頃、狂ったようにクラシック音楽のCDを買い漁った時期がありまして

あの頃、それに使ったお金を全部貯蓄に回し、バブルが崩壊するまでに上手く運用していたら、

今は、もっとおカネが貯まっているかもしれませんが、

おカネだけ貯まっていくのを見ていても仕方が無い。

家族が食うのに困るような浪費は勿論、論外ですけれど、

原則として、欲しい本や、CDやDVDは「後で」と思っていると、

特に、クラシックの関係のCD,DVDは、ちょっと目を離して油断すると

直ぐに廃盤になります。復刻されることもありますが、二度と入手できない物も

ある。


カラヤンなど、生前から録音とか録画に着目して大量に録音を残して

くれたので、いまだに色々ありますけど、亡くなったのが1989年で、今年で23年ですから。

今の若い音楽家や音大生は、カラヤンと同じ時代に生きていた、私の世代ほど、

興味がないだろうと思います。

Amazonなどを見ると分かりますが、一時期あれほど人気があった、

「アダージョカラヤン」シリーズですら、

全てが新品で揃うわけではない。



カラヤンなんて、とバカにしていると、欲しい頃には何も無くなっているかも知れません。

CDがなくなってもiTunes Storeがありますけど、これだって、未来永劫存続するかどうか

誰にもわかりません。

結論。

本当に欲しい物は、この世にある間に買った方がいい。

ということです。

最終的にそれを買った結果、可処分所得がどうなるか、は勿論最終的には個人の責任です。
お前が「欲しいものは、買っておくべきだ」などと書くから、わが家が無茶苦茶になったのだ。

などと言われると困るので(この頃、このように何でも他人の所為にする人、多いですからね)、

念のため。
何かを買うかどうかは、個人の自由意思で決定してください。このブログ筆者(JIRO)は責任を取りません。
鼻白みますが、書いて起きます。


◆[DVD] ドキュメント カラヤン・イン・ザルツブルク [DVD]

カラヤンの指揮姿、本番の映像だけを見ていると、誤解します。

なんだか、やたらと、ナルシスティックに見えてしまう。

本当は、専門家や、私などよりずっと音楽が分かる人々に言わせると、

あれほど、真面目にスコア(オーケストラ曲やオペラの総譜)を勉強した人はいない、

ということです。それはしかし、素人には分かり難い。

ドキュメント カラヤン・イン・ザルツブルクを見ると随分印象が変わります。

今や、貫禄が付いちゃってすっかり大歌手ですが、韓国のソプラノで、スミ・ジョーという人がいる。

彼女が成功したのは、カラヤンに認められたところが大きい(勿論、上手いから認められたのですが、

上手い人なら他にもいる。売れるには「運」が必要だ、ということです。)

ロ短調ミサのリハーサルをしていて、すっかり彼女が気に入ったカラヤン、

いきなり全然関係のないアリアを歌わせます。


Bach Mass Hmoll.BWV 232







カラヤンがスミ・ジョーを「気に入った!」という瞬間の表情、おわかりになりますよね。

これだけではないかもしれませんが、スミ・ジョーの歌手としてのキャリアはこの瞬間、

かなり大きく変わっただろうと思います。

それにしても「帝王」は誠に気まぐれであります。

後からやってきた、テノール氏のことなど、もう眼中にないですね。

しかし、テノール氏も相手がカラヤン大先生ですから、

「あのー、ちょっと、お茶飲んできてもいいですかあ?」

と、いい出す訳にもいかない。忍の一字で気の毒です。


それはさておき、カラヤンは自分はお聴きのとおりちょっとびっくりするぐらいの悪声ですが、

歌手のことは本当に理解して、細やかな心配りをします。このDVDには、ジェシー・ノーマンも登場します。

最初のリハーサルに現れた、ノーマンを見たカラヤンは、一瞬で彼女が直前の本番で喉を酷使し、

完全に回復していないと看破して、「今日は歌わないでいい。聴いているだけでいい」というのです。


カラヤンの真価を一番理解していたのは、歌手たちだった、という話もあるほどです。


次は、カラヤンがザルツブルク音楽祭前にウィーン・フィルと「タンホイザー序曲」のリハーサル。



TannhauserOvertureRehearsal(1/2)







ウィーン・フィルというかウィーン国立歌劇場管弦楽団。タンホイザー序曲など、何度演奏したかわからない

ほどでしょうに。難しいものです


TannhauserOvertureRehearsal(2/2)





その他にも興味深い映像が多い。(皮肉な意味で)「帝王カラヤン」のイメージをお持ちの方にこそ、

特にお薦めです。


◆[DVD] ベスト・オブ・カラヤンの遺産

これは、何と1,675円です。

ベスト・オブ・カラヤンの遺産 [DVD]



収録されているのが、取っつき易い、泰西名曲ばかり。

ベルリン・フィル恒例、大晦日(ジルベスター)コンサートの映像が多い。

唯一、「新世界より」は、ウィーン・フィルですが、他は、ベルリン・フィル

その中から、「チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番 ロ短調 」がYouTubeにありました。

1988年大晦日。カラヤンはこの翌年に亡くなります。

一方、1971年生まれのキーシンは、このとき、17歳。円熟した巨匠と、

今、正に才能が開花している、若いピアニストの一期一会。最初で最後の共演。

これを見たときにはそんなことをかんがえませんでしたが、割とすぐにNHKで放送したのです。

非常に感動しました。

コンサートマスターは、第一コンサートマスター就任3年後の安永徹さんです。


Evgeny Kissin - Tchaikovsky piano concerto - I Allegro non troppo e molto maestoso



埋め込み不可の映像なので、こちらのリンク先をどうぞ。



再生開始後、16分50秒前後でカラヤンが、安永さんを向いて、胸に手を当てる仕草をします。

非常に詳しい方から教わったことの受け売りですが、この部分、木管楽器はキーシンのピアノに音色を

合わせていますが、弦楽器群のピチカートの音色がやや、鋭角的なのだそうです。

そこでカラヤンは、コンサートマスターの安永さんを見て、「木管を聴いてご覧?キーシンに合わせてるよ?」と

注意を促す。安永さんは一瞬にしてその意を汲み、自らの音色を修正する。コンサートマスターがそうすることにより

弦楽器群全体が、コンサートマスターに合わせる。という、私のような耳がボンクラな人間には分からない

微調整を信じがたいほど、一瞬にして行っているのだそうです。

カラヤンが健在な頃、ベルリン・フィルのコンサートマスターは大変だったようですね。

安永さんを見ていると、譜面はあまり見ていない。殆ど暗譜しているようで、

カラヤンを見ている時間が非常に長い。他のオーケストラが今度テレビに映ったら、

気を付けて見るといいです。こんなに意識的に指揮者を凝視するコンマスっていないです。

カラヤンは、自分がプレイヤーの方を向いたときに、相手が見て無いと不満だったらしいですね。

他の楽器も同じですけど、とりわけ安永さんたち、コンサートマスターは大変だったと察せられます。


第二楽章。


Tchaikovsky piano concerto no.1 Evgeny Kissin 2nd Movement



同様にリンク先をご覧下さい。



終楽章、クライマックスに向けてのクレッシェンドがたまりません。


TchaikovskyPianoConcertoFinale






このYouTubeの画質・音質だとよく分かりませんけど、テレビで放送されたとき、

よく「テレビじゃ分からん」という人いますけど、本当に心のこもった名演奏ってわかりますよ。

勿論、このホールの聴衆はもっと胸がいっぱいになったでしょうけど。

まあまあ、音楽が好きではありましたが、私ほど、のめり込んでいたわけではない、

既に死んだ私の父がですら、この演奏を見て、聴いて、うっすらと涙ぐんでいたのをよく覚えています。

演奏終了後の映像が短くカットされてしまっているのが残念ですが、これ、キーシンがカラヤンに

殆ど飛びつく感じになるんです。カラヤンの優しい微笑みがとても美しかった。一期一会でしたね・・・。

というわけで、このDVDはお薦めですなあ・・・・。

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2012.01.20

福島原発事故の「真実」と小出裕章助教の解説を連日放送して下さる、MBS「たね蒔きジャーナル」と文字起こしして下さる方に感謝。

◆最も重要な情報を報じ続ける毎日放送ラジオ報道部。「たね蒔きジャーナル」

御存知の方は、「何を今更?」と思われるでしょうが、

日本全体では、知らない人のほうがまだまだ、多いのはほぼ確実ですので

ご了承下さい。


全国紙は大本営発表をそのまま載せるばかりです。

野田首相が、12月に福島原発の「冷温停止状態」を宣言したときは、流石に

批判的な論説を載せたり、NHKは夜のニュース解説番組持論公論で、

かの、水野解説委員が「圧力容器が壊れている状態で、冷温停止とはいわない」と、

小出裕章京都大学原子炉実験所助教と同じことを言っていましたが、

このような大マスコミが、福島原発事故や、国の原子力政策に関して

真っ正面から批判することは、残念ながら、稀です。


私の知る限り、日本に拠点を置く、日本語で情報を提供する、日本のメディアで

福島原発事故を驚ろくほど、ほぼ毎日、しかも、他のマスコミが絶対に報じない

国や東電にとっては、国民にあまり詳細を理解して欲しくない情報をとりあげ、

311以降、皆が最も信頼し、尊敬する小出裕章京都大学原子炉実験所助教に

インタビューをし、事態の深刻さを良心的に報道しているのは、毎日放送の

情報番組、たね蒔きジャーナルです。

この番組が311以降に伝えた情報の重要性は、誠に貴重です。

皮肉なことに福島原発から近く、何よりも日本の首都、東京で、これだけの仕事をしている

メディアは皆無で(インターネット放送局、ビデオニュース・ドットコムぐらいでしょう)なのに

遠く離れて、一般人は福島原発事故など「ひとごと」と感じてもおかしくない

--本当はそれではいけないのですが--大阪に拠点を置く毎日放送が最も熱心に、

福島原発事故を追い続けているのです。


◆それを毎日録音してYouTubeにアップし、文字起こしをして下さるブログ。

WikipediaのMBSラジオの項を読むと、

出力が50kWと高く、夕方から翌朝にかけては電波が電離層に反射されるため、首都圏、中京圏、北陸地方にも電波が届くため遠距離のリスナーも少なくない。

とのことですが、番組の存在自体を知らなければ聴く訳がないのです。

この番組が全国的に知られるようになったのは、
小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ

というブログ管理人さんのおかげです。

「たね蒔きジャーナル」は原発だけを取り上げる番組ではありませんが、

このブログでは、たね蒔きジャーナルが小出裕章京都大学原子炉実験所助教に

最新の原発関連ニュースに関して、電話インタビューをして解説を求めている部分を録音して

その音声をYouTubeにアップし、さらに、そのインタビュー部分を、毎回文字起こしして下さっています。

特にこの文字起こしは、自分でやると分かりますが、非常に大変です。

このおかげで、音声を発することができない環境でも、小出助教の発言を文字で読むことができる。

「たね蒔きジャーナル」と「小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ」がなければ、近畿地方以外の日本人は

福島第一原発事故の深刻さを認識できなかった。

本当は厳密に言うと、放送音声をブログに貼ったり、文字起こししたのを掲載するのは、

知的財産権関連法に抵触するのでしょうが、黙認している毎日放送の寛大さにも感謝、です。

小出裕章 (京大助教) 非公式まとめは、コメントを受け付けていないので

直接、御礼のコメントを書き込むことができません。この場で御礼を申しあげます。


◆最新のニュースと小出助教コメント。

私が転載するまでもなく、小出裕章 (京大助教) 非公式まとめにアクセスすれば

済む事ですが、私がウェブ日記・ブログを約10年間書いて経験的に分かったのは、

言い方が悪くて、ゴメンナサイですが、世の人々は意外に不精でして(笑)、

リンク先を都度見るのが面倒臭いと言う方が多いのです。

JIROの独断的日記ココログ版では、毎回、

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とお願いしております。最初はココログからエンピツの該当記事のページトップに跳ぶようなリンクでした。

そうしたら、ご親切な(真面目です)読者の方が、ココログのリンクをクリックした時に、

エンピツのページの先頭が表示されるので、スクロールするのが面倒臭い。投票ボタンの近くが

表示されるようにした方が良いと言って下さり、もうお一人は、

ページが変わるのは面倒臭い。クリックしたら、新しいウインドウかタブを開くようにした方が良い

とアドヴァイスしてくださいました。確かにその後得票数が増えました(笑)。

ですから、小出裕章 (京大助教) 非公式まとめとするより、

音声ファイルをここに貼っちゃった方が良いと思いましたのでそうします。

残念なのは文字起こしでして、これはココログは問題ないのですが、昔ながらのウェブ日記エンピツは、

一回分の文字数が原稿用紙20枚分、つまり8,000文字を超えるとエラーになるのです。

残念ながら文字起こしのページにはリンクを貼るしか手段がありません。

ご了承下さい。それでは、早速。


1月18日 【廃炉まで最長60年】(原発推進側の)巻き返し工作がちゃくちゃくと進んでいる 小出裕章(MBS)



20120118 たね蒔きジャーナル 京都大学原子炉実験所助教 小出裕章







内容・文字おこし

http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65786158.html

大抵、1ページでは文字が収まりきらず、
=====(文字おこし、続く)

という文字と、その下に続きへのリンクが貼ってあります。


なお、小出裕章 (京大助教) 非公式まとめは、小出助教のコメントを収集するのが目的ですから、

「たね蒔きジャーナル」のみならず、他のメディア(雑誌、新聞、テレビ)に於ける小出発言もまとめてあります。

福島原発事故の今の状況などを知りたい方は毎日チェックすることをお薦めします。

最後にもう一度リンク。小出裕章 (京大助教) 非公式まとめです。

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2012.01.19

ツレが風邪をひきまして・・・。

◆ちょっとバタバタいたしました。

と、言っても、症状が重いわけではないのですが、

色々とバタバタいたしました。

朝から風邪気味だと言っていたので別に驚きませんが、

熱が38度2分ほどありました。

他の症状がないので、風邪かインフルエンザか、判定しかねます。

こういう場合、インフルエンザですと、患者の家族である私も既に

ウイルスのキャリアかも知れません。まだ、ドクターに診て貰ってないのです。


東京は34日間乾燥注意報が連続しており、特に今年になってから、インフルエンザ患者が

増えているそうです。

とにかく患者に食事やら水分を用意したり、体温計測したり、

万が一に備えて夜間救急診療の場所を確かめたり、

ちょっとバタバタしまして、まともに更新できません。

悪しからず。

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2012.01.17

「<原発>40年廃炉、一転「60年」容認へ 政府が方針」←まだ、分かっていないのですなあ。

◆記事:<原発>40年廃炉、一転「60年」容認へ 政府が方針(毎日新聞 1月17日(火)21時27分配信)

政府は17日、原則40年で廃炉にすると公表していた原発の運転期間について「20年を超えない期間、

1回に限り延長を可能とする」との方針を新たに明らかにした。今月6日に細野豪志環境相が

「40年で廃炉」方針を公表した際には例外もあり得るとの見解を示していたが年数は明らかにしていなかった。

この「例外規定」が適用されれば、国内で今後認められる原発の運転期間は最長60年となる。

政府は、24日に召集される通常国会に関連法案を提出し、4月1日施行を目指す。

内閣官房原子力安全規制組織等改革準備室によると、関連法案では、原子炉等規制法に

「40年」の運転期間制限を明記する一方、「環境相の認可を受けて20年を超えない期間、

1回に限り延長を可能とする」との規定を追加する。具体的な期間は、20年を上限に政令で定める。

延長の考え方は米国のやり方を踏襲したもの。米国では法律で認められた40年の運転期間の後、

原子力規制委員会の許可が得られれば、最長20年の延長が何度でも認められる。

同準備室は「国際的な動向を参考にした」と説明する。

細野氏は6日に「原則40年で廃炉」の方針を公表した際、事業者から運転延長の申請があった場合には

(1)施設自体の老朽化の評価(2)施設を保全できる技術的能力--を審査し、

問題がない限り延長を承認する、との例外規定を示していた。

また政府は17日、環境省の外局として4月1日の発足を目指す原子力安全庁(仮称)内に、

5人の委員からなる「原子力安全調査委員会」(仮称)を設け、原発事故の原因や被害の究明に欠かせない

事情聴取や立ち入り検査などの法的権限を与える方針も明らかにした。

これまで原発事故の原因などを調査する法的権限を持った組織がなかったため、

同委員会がその役割を担う。委員は国会の同意を得て環境相が任命する。

一方、放射性物質を、新たに環境基本法などの規制対象に含めることも関連法案に盛り込む。

◇「60年」経産省の従来見解に合致

 原発の運転期間を40年と定めながら、最長で20年の延長を認める今回の原子炉等規制法の改正案は、

「60年運転でも十分な余裕がある」としてきた経済産業省の従来見解に合致している。

政府は「延長には高いハードルを設ける」と強調するが、

具体的な延長基準は示されず、専門家から疑問の声が出ている。

内閣官房の担当者は、20年という延長期間の根拠として米国の例を挙げ、「世界的に認められている。

(延長できる)可能性として短すぎるのも妥当ではない」と説明。

具体的な延長期間や基準は、設置を検討している原子力安全庁で、

専門家の意見を聞いて政令などで決めるという。

原発の老朽化問題に詳しい市民団体「原子力資料情報室」の上澤千尋氏は

「米国でも延長基準は緩く、実際に(運転延長が)例外になるかどうか疑問だ。

原子炉の劣化を診断する方法が技術的に確立していないことを真摯(しんし)に受け止めるべきだ」

と批判しており、40年運転制限制が形骸化する恐れは依然ぬぐいきれない。


◆コメント:チェルノブイリは稼働して2年、スリーマイルは3ヶ月でした。

チェルノブイリは、短期的には福島よりもすさまじい、原子炉爆発を起こしたんですが、あれはなんと

小出助教によると、稼働してから2年しか経っておらず、スリー・マイル・アイランド原発事故は稼働3ヶ月後でした。

つまり、原発事故は稼働開始からの年数に関係なく起きうる。チェルノブイリもスリーマイルも、地震とは無関係に

起きています。ヒューマン・エラーです。

ましてや、いつ、どこで大地震があるか分からない日本に、54基の原子炉があり、そのうちの4つで

人類未体験の事態(核燃料が大気と接触している状態)が今も続いているわけです。

もう一箇所で、同じようなことがいつ起きてもおかしくないわけですね。


運転を停止した浜岡原発は、東海地震の想定震源域のど真ん中に建っているので、

配電盤が津波でショートして電源喪失しなくても(それが起きたのが福島です)、

直下から、ドスンとものすごい地震が起きて、その地震の揺れ、加速度によって、もしも原子炉圧力容器、格納容器は

勿論、それらが壊れなくても、原子炉への配管の接合部分などが破損して冷却水が流れ出し、核燃料が冷やせなくなったら、

福島と同じか、それ以上の放射能物質が、環境に拡散するのです。浜岡がそうなったら、東京に人が住めなくなるだろう、と

小出助教は仰有っています。


つまり、40年で廃炉の筈だったのが、60年になるかも知れないことが問題なのではなくて、

今すぐに全ての原子炉を廃炉にする計画を立て始める(実際に廃炉にするには、東海原発のように無事故の原発でも

20年もかかります)ことと、それまで暫定的に、核燃料が冷やせなくなる、という事態を避けるために、原子炉を補強するか、

電源喪失を防ぐ為に二重三重の、補助システムを用意する、ということを同時に行うべきです。

内閣官房の担当者は、20年という延長期間の根拠として米国の例を挙げ、

「世界的に認められている。(延長できる)可能性として短すぎるのも妥当ではない」と説明。

これには、呆れてものが言えないです。世界的に認められているって、その「世界」のどこでも福島ほど酷い事故は起きたことが無い。

日本では既に起きて、その結果、放射性物質でこれほど、悲惨なことになりつつあるのです。

その日本が、「世界」を基準にすることには、全く意味がありません。なんでも「世界的基準」と言えば通用すると思っている

官僚的形式主義です。


話が逸れますが、小出裕章京都大学原子炉実験所助教は、本当に立派だと思います。

小出先生が、「反原発」を主張始めたのは、1970年ですよ?

私も偉そうな事を言えませんけれど、40年以上、誰も耳を貸さなかったけれども訴え続けた。

私は3月11日以降、ビデオニュース・ドットコムを見るまで、恥ずかしながら、全く小出先生のことも

その主張も気にも留めなかった。今でこそ、皆、小出先生が真実を説明してくださることに感謝していますが、

それまでの40年、先生は真摯に訴え続けていたのに、

全く世間はかえりみることがなかった。それでも訴え続けた。


それなのに、福島原発事故の後に行われた、講演会で小出先生は、
原子力に携わってきたのに、この事故を防ぐことができなかった。申し訳ありません。

と謝罪なさるのです。真面目に反原発を訴えていた先生に謝られて、私は自分の方が

顔から火が出るぐらい恥ずかしいです。

内閣官房だか、経済産業省だか知りませんけど、役人共と政治家、東電にも

恥を知れ、と言いたいです。

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【音楽】怒濤の(トランペットによる)「ホラ・スタッカート」。

◆ものすごく上手い人を発見しました。

NHKの衛星放送、BSプレミアムでは毎週月曜日から金曜日まで、

朝6時から55分間「クラシック倶楽部」という、コンサートやリサイタルの番組を放送してます。

これは、かなり興味深いのが多いのです。ちょっとマニアックかもしれませんが、こんなの商品化されることは絶対ないだろうけど、

極めて貴重な、名人の名演が聴けます。

ご覧になれる方は一応録画しておいて、仕事が終わった後や、週末にご覧になると良いでしょう。


この番組で、今年になって間もなく、5日に、

オーレ・エドワルド・アントンセン トランペット・リサイタル-

が放送されました。ノルウェーのトランペット奏者です。

とっくに御存知の方がおられるかもしれませんが、私は初めて聴いて、

1,2分聴いた所で、天才的に上手い人だ、と感じました。

調べたら、随分前から何枚もCDを出していたのですが、いかんせん、北欧。

北欧はどういうわけか金管の名人が多いですが、

やはり西洋音楽の中心はドイツとかオーストリアで、あの辺まで降りてこないと

なかなか売れません。


◆アントンセンのCD(又はiTunes Store)でたまげました。

この人のCDは、前述の通り何枚か出てはいるのですが、

20世紀のトランペット協奏曲とか北欧の現代作曲家の作品とかつまんないのが多く、

クラシックのトランペット吹きなら、まず、ハイドンとフンメルを聴かせて欲しいです。

(本当のところは分かりません。とっくに録音したが、絶盤になっているのかもしれません。

いろいろと探している間に、

Antonsen Golden Age of the Cornet(コルネットの黄金時代)(クリックするとiTunesStoreの該当ページ)

を見つけました。ここで、元来、ヴァイオリンの神様、ヤシャ・ハイフェッツの十八番、

「ホラ・スタッカート」が収録されていることに気がつきました。


まずは、原曲、ハイフェッツの映像。ヴァイオリンの弓を持つ右手に注目して下さい。

一弓で(1音ごとに弓を上下させずに)、ミリ単位で弓のバウンドをコントロールしてます。




Jascha Heifetz plays Hora Staccato

埋め込み不可なので、こちらのリンク先でご覧下さい。



これは、これで、驚嘆すべきテクニックなのですが、書くと長くなるので保留しておきます。


さて。

私が知る限り、「ホラ・スタッカート」をトランペットで吹いて、録音を残しているのは、

全部で5人です。

最初の吹いたのは、旧ソ連のチモフェイ・ドクシツェル(故人)、という人です。

1970年代後半にこの人のレコードがいきなり現れて、

日本のラッパ吹きはプロもアマも腰が抜けるほど驚いたのです。


チモフェイ・ドクシツェル:ホラ・スタッカート







ドクシツェルが初来日し、芥川也寸志さんと黒柳徹子さんが司会するクラシック番組に

やってきて、これを吹きました。演奏後、あの黒柳さんが、あまりの上手さに、

一瞬絶句するほど驚いていたのを覚えています。


その後長らくドクシツェルと同じように吹く(吹ける)人がいなかったのです。

モーリス・アンドレとナカリャコフは、吹いてはいるけど、

これが、「ホラ・スタッカート」の冒頭部分ですが、赤い枠で囲ったところ。

20120111horastaccato

レラファラ・レラファラ・レラファラ・レラファラ

をその通りに吹きません。

モーリスアンドレは、
レレララ・ファファララ・レレララ・ファファララ

と。彼なら譜面通りに吹けそうですが、誤魔化してます。


モーリス・アンドレ:ホラ・スタッカート







これだけ上手いのですから、楽譜通りに吹けるとおもうのですが。どうも意図がわかりません。


さて、それから大分たって、ロシアの今はオッサンですが、かつては美少年だった天才的なトランペット奏者、

セルゲイ・ナカリャコフという人(NHKの朝ドラ、須藤理彩がヒロインだった「天うらら」のオープニングで、

小六禮次郎さんのオリジナル曲を吹いた人です)。この人も紛れもなく天才ですが、ホラスタッカートは感心しない。

音源は、ヴェニスの謝肉祭 ミラクル・トランペットです。

もう一度書きますが、本当は、
レラファラ・レラファラ・レラファラ・レラファラ

です。レからラまで五度上がって、ファまで三度下がって、またラまで三度上がって、レまで五度さがる。

このジグザグな音型が難しいのです。ナカリャコフは
レファラファ・レファラファ・レファラファ・レファラファ

と音の順番を置き換えました。インチキです。

本来の音型より演奏が易しくなります

(とは言っても彼は上手いので、折角なら譜面通りに吹いて欲しかったのです)。


ナカリャコフ:ホラ・スタッカート







それから、かなりの間、トランペットで「ホラ・スタッカート」を吹く人がいなかったのですが

(少なくとも、CDで聴ける範囲内では)、ジャーマンブラスの、マティアス・ヘフスが、

Trumpet Acrobaticsで吹きました。

ドクシツェルに次いで二人目の楽譜通りです。


マティアス・ヘフス:ホラ・スタッカート






上手いです。余裕があります。これでしばらく出ないかな?と思ったらいました。

ノルウェーのトランペット奏者、オーレ・エドヴァルド・アントンセンがコルネットで吹いていました。

「コルネットの黄金時代」というアルバム(iTunes Storeにも)。


オーレ・エドヴァルド・アントンセン:ホラ・スタッカート






この人、限りなく天才に近いです。

アントンセンは、知っていた、という方がいらっしゃるでしょうが、

私は、今まで知らなかったので、久々に新しい才能を見つけた気分で、

大変喜んでおります。

非常にマニアックな特集に最後までお付き合いいただきまして、有難うございました。

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2012.01.16

本日、休載。

◆【お詫び】

本日、休載させて頂きます。

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2012.01.15

【私事】身辺雑記。

今日はセンター試験だったのですね。昔から東京ではセンター試験の日は雪、と相場が決まっていたのですが、

この数年、全然降りませんね。因みに私は「第1回 『共通1次試験』」の受験生でした(落ちましたが)。

共通一次というのは国公立大学だけが対象でした。

センター試験というのは、愚息が受けるまでよく仕組みが分かりませんでした。

愚息は一昨年の3月に高校を卒業し、現役受験に失敗し、

予備校に一年間通わせて、昨年、二度目の受験でしたが、再び失敗しました。

昨年は一浪後、私と同じ程度の大学(私はバカで、成蹊なんです。私の世代で成蹊ってバカの証拠です。コンプレクスです)

には合格すると思いましたが、成蹊どころか、滑り止めの一番バカ大学にまで不合格となり、

あまりの情けなさに(私が)死にたくなりましたが、持って生まれた知能だからどうしようもない。

知能だけではないですね。試験というのは「合格するぞ!」という切迫感というか「気合い」が必要です。

息子の目に、最後までそのような「気」を感じることができなかったんで、嫌な予感がしたのです。


もう、大学は無理だと諦めました(ものすごく辛かったです。「自分の子供が大学に合格する知能と気力がない」

という事実を認めることは)。


ただし、愚息は、カネが入るなら、朝4時に起きて働くのです。

これは、とにかく「何か」ベクトルが定まれば、その何かをするエネルギーはある、

ということですから、何もしないで閉じこもっているよりはいいと思います。


だから、今は仕方が無いから色々とバイトやらパートやらで働かせてます。も

う成人ですから後は自分で仕事を決めるべきでしょう。

今の不景気で仕事はないでしょうが、震災でいきなり天涯孤独になった、同世代の若者が大勢います。

彼らの苦労に比べるべきではな意かも知れないけれど、両親がまだ生きているだけで、愚息は十分幸せです。

もうしばらくしたら、ここ(実家)から放り出すつもりです。



家内は、いまだにアメリカに留学なんて、夢みたいな事をいっていますが、

日本語で勉強して日本語で試験を受けて、日本の、最アホ大学すら合格できなかった人間が、

「外国へ行って」、「外国語を学んで」、「外国語で学問を受けられるようになる」はずがない。

もしも、愚息が他の勉強はダメだが、英語だけは好き、又は得意だ、というのならば考えても良いですが

別に英語が特別に特別に好きな様子も欧米文化に興味がある様子でもないのです。

私が息子の頃は、浪人時代に出会った一冊の本、アポロの同時通訳のお一人、

國弘正雄先生の「英語の話し方」という本で「只管朗読」(しかんろうどく)

といって、意味の分かった英文を正しい発音をテープで聴きながらただひたすら

音読する。半端な回数ではなく、500回音読する、という勉強に夢中だったものです。

本当に英語がすきならそう言うことがいくらでもできる。ネット上には英文が溢れています。

勉強の材料のカタマリです。英会話学校など全く不要です。


すみません。話がそれましたが、要するにそれぐらい、英語でも他の言語でも

構いませんが、興味を示しているなら、息子を「留学」させることを考えても

いいですが、全然そうではないのです。残念です。


意味がありません。家内が倅を「留学」させたいというのは、

視界(身の回り)からストレス源を消したいのだと思います。

本人は強く否定するでしょうが、無意識にそう考えているのだと思われます。

しかし、「日本で日雇い労働者」では、外聞が悪いので、見栄で、「アメリカに留学させているの。」と

言いたいからだとおもいます。要するに自分の虚栄心のためです。無駄です。

こんな事書かれてもレスのしようがないでしょうが、どこかで吐き出さないと気が狂いそうなのです。

私はなにも悪いことをしないで28年間真面目に働いてきた。50年まっとうに生きて来た。

どうしてこのような「天罰」を受けなければいけないのか?と神を呪いたい気持です。

あー、やだやだ。だから去年、マヤ暦の預言通り、10月末で世界が終わりにならないか、

と願っていたんですけどね(笑)。そういう人間に限って死なせて貰えないのですね。


と、こういうことをブログに書くと、追い討ちをかけるような、コメントが来るのです。

親切をよそおっていますが、優越感に満ちあふれたコメントが。

子は親の背中を見て育ちます。息子さんがそうなった原因は、あなたの生き方にあるのです。

まず、あなたが生き方を変えることです。お気に障ったらすみません。当方、子供達はそれなりに独立し

隠居の身で、ヒマなのです。

原文が見つからないのですが、そのような趣旨のコメントを下さった読者が

おられます。私がどういう人間か知らないで、「生き方を変えるべきだ」とか

「ヒマだから」って、他人の子供の一生に関することを暇つぶしでコメントする

って、無礼、失礼、無神経、無責任、だと思います。


人間はいやな生きもので、自分より弱っている人間を見て、余計に叩きのめしたくなる

人が結構存在するんですね。だからこの日記・ブログはコメント、メール受け付けません。

悪しからず。

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2012.01.14

「鳴り止まぬ携帯電話にNYフィル指揮者が手を止めた」←ウォール・ストリート・ジャーナルがトップで取りあげるほどの出来事です。

◆記事:鳴り止まぬ携帯電話にNYフィル指揮者が手を止めた(ウォール・ストリート・ジャーナル 2012年 1月 13日 20:13 JST)

マーラー交響曲第9番の最終章は死すべき運命のスローな反芻であり、

弦楽器のみで演奏される静かなセクションからなる。

10日夜のニューヨーク・フィルハーモニックの演奏はアイフォーンに中断された。

エイブリー・フィッシャー・ホールの最前列から聞こえてきた耳障りな携帯電話の音――

木槌製楽器を模倣した携帯電話の「マリンバ」の音――が楽章の途中で邪魔をした。

電話の音は直ちに消されず、観客は迷惑そうに頭を振った。

音はなり続け、指揮者のアラン・ギルバート氏は左側を振り向き、不快感を露わにした。

木槌製楽器を模倣した携帯電話の「マリンバ」の音――が楽章の途中で邪魔をした。

電話の音は直ちに消されず、観客は迷惑そうに頭を振った。

音はなり続け、指揮者のアラン・ギルバート氏は左側を振り向き、不快感を露わにした。

数分が経過。静かなセクションに達するたびに、物静かで敬けんな楽器の音を上回り、携帯電話が鳴り響いた。

ついにギルバート氏は業を煮やし、オーケストラを制止した。

フィルハーモニックの広報担当者は11日、ギルバート氏はそれまで、

携帯電話音や他のどのような種類の障害でも演奏を停止したことはなかったと述べた。

不愉快な騒音が繰り返し続くなか、ギルバート氏はその音のする方向を向いて、

携帯電話をオフにするようきっぱりと求めた。

携帯電話の音――アラームだったとみられる――は、それでも鳴り続いた。

観客も不快に感じていた。たまたま19列目に座っていたウォール・ストリート・ジャーナルの記者には、

バルコニー席からのヤジが耳に入った。ある男性は「いい加減にしろ」と怒鳴り、

もう一人は「つまみだせ」と叫んだ。

観客も同意のしるしに拍手したり大声を上げた。こうした騒ぎのなかでも、携帯電話の音は鳴り続けた。

ギルバート氏はその翌日、ウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで、

交響曲の「最も情熱的で最も雄大で最も感極まる箇所」で、

電話の音により、恍惚状態から引き戻された感じだったと話した。

「感情的にも精神的にも夢の彼方に到達している部分だ。ある意味でショックだった」と語った。

もっと意外なことに、オーケストラのメンバーが定期会員と認識できた電話の持ち主である張本人は

直ちに非を認めたり、音を消したりしなかった、と同氏は述べた。

ギルバート氏は、「何度も何度もお願いしなければならかった」と言い、

「奇妙だった。持ち主は恥ずかしすぎて、まひしてしまったのかもしれない」と続けた。

ギルバート氏はこの男性の名前を知らないが、オーケストラの顧客関連部署が

男性に電話をしてもっと早く行動を取らなかった理由について尋ねる計画だという。

フィルハーモニックの関係者は、この定期会員の名前を明かすことは避けた。

指揮者のギルバート氏自身が呼びかけた後、男性はポケットに手を突っ込み、携帯電話の音を消した。

ギルバート氏はこの男性に、「オフになったか、また鳴り出したりしないか」と念を押した。

男性はうなずいた。

ギルバート氏は満足して観客のほうを見た。同氏は、通常は邪魔は無視するのが最善の策だと語った。

というのも反応すればその方がかえって邪魔になるからだと話した。ギルバート氏は観客に謝罪を込め、

「あまりにも甚だしくて無視できなかった」と語った。観客からは拍手が鳴り響いた。

ギルバート氏はさらに快活に、「もう一度やりましょう」と述べた。

ギルバート氏はオーケストラの方を向き、相図をして、力強いフォルティッシモのセクションから再開した。

マーラー交響曲第9番は最後の物静かな音符に到達し、ギルバート氏は腕を止め、

演奏者たちは動きを止めて長い絶妙な沈黙が広がった。

観客は息を止めて聞き入った。


◆コメント:ダメですよ。

これはですね。言語道断なんです。

クラシック音楽が嫌いなら嫌い、で全く構わないし、一生に一度もコンサートに行かない人も大勢いるでしょう。

それは、完全に個人の自由ですが、好きだろうが嫌いだろうが、クラシックのコンサートを聴きに行ったら、

その間は

「郷に入りては、郷に従え」(When in Rome, do as the Romans do.)

です。

いきなり、話がそれますが、CD(コンパクト・ディスク)が発明されて、最も恩恵を受けたのはクラシック音楽の

録音再生です。


この事件が起きた、マーラーの交響曲など最たるものですが、一度生で聴くと分かりますけれども、

クラシックが他と全然違う事の一つは、ダイナミック・レンジといって、最弱音と最強音の幅が

ものすごく広いのです。

従来のアナログでも良い音していたのですが、何しろ、針がレコード面に接していますから、

ノイズを完全にゼロにすることができない。

それ以前に、実は私はオーディオ・マニアでは無いので、大雑把なことしか書けませんが、録音する際に、

昔のアナログ方式ですと、ダイナミックレンジが広いマーラーの交響曲のような音楽を録音するときに、

最弱音を綺麗に拾うと、最強音で音が割れる、というか音質が悪くなり、

反対に、最強音を割れない音質で録音すると、五月蠅いことを言うとですね、

最弱音が何だかかすれ気味になる、というジレンマがあったのですが、それがCDでかなり解決されたのです。


つまり、新しい録音方式、音楽の記録技術・媒体の発明を余儀なくするぐらい、

ダイナミックレンジが広い、ということです。それを言いたいのです。


マーラーの交響曲第9番。私も宮本文昭さんがいた頃のケルン放送響が来日したときに、

聴きに行きました。サントリーホールでした。

それ以前にも、私は元来クラシックが好きですから、何度もオーケストラを聴いたことがあったのですが、

このマーラーの9番の終わり近くのピアニッシモは、ちょっと例えようがないほどの超ピアニッシモなのです。

随分慣れていた私ですら、あまりのピアニッシモに、それまでにないほど緊張しました。

咳などしたら、音楽が台無しになってしまう。自分の呼吸音すら雑音になるのではないか。

緊張のあまり、心臓がドキドキしたんですが、その「ドキドキ」がもしや、聞こえて音楽を妨害しないだろうか?

と、思ったのを覚えています(実際には心臓の鼓動が音として他に聞こえる訳はないのに、です)。

そして、絶対に身体を動かさないようにしました。

下手に身体を動かして、パンフレットを床に落としたら大顰蹙。

極度の緊張に「冷や汗」をかきました。それぐらい「前代未聞の最弱音」になります。

当然、演奏者はもっと緊張しています。並ではありません。

他にはそう滅多にないほど、マーラーの交響曲第九番の終わりはデリケートなのです。


だから、この記事、ちょっと信じられません。日本でも最近、携帯の着信音が演奏中に鳴って、

そのコンサートが台無し、ということが頻発してます。

少なくとも、クラシックのコンサートやリサイタルでは、会場に入る前に携帯の電源を切らなくてはいけない。

中には、それでも電源を切ったつもりでも誤操作で切れてない、という事態を防ぐため、電池パックを外す

という人までいるのです。こういう人はものすごく良心的ですが、残念ながら、無神経も多い。

これは、「お高くとまる」とか何とかではないんです。

私がマーラーの9番を聴いた頃は、携帯が今ほど普及していなかったけど、

残念なことに、曲の一番最後。音がなっているかいないかのギリギリまで

弱音になります。でしばらく静寂があり、パラパラと拍手が盛り上がる、となるべきところ、

まだ、弦楽器奏者達が音を出している最中に、いきなり拍手をした若いのがいました。

コンサートマスターが嫌な顔してましたねー。本当に残念そうでした。

大袈裟ではなくて、私、危うくその男を殴るところでした。

そういうデリカシーを理解しようと思わない、なら、しなくていいですけど、コンサートには

来ないで下さい。来るなら私がいないことを祈った方がいい。

真面目な話、今度は、本当に殴ってしまうかもしれません。

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2012.01.13

【地震】緊急地震速報が鳴っても、全く何もしない人々。

◆記事:<地震>福島、茨城で震度4(毎日新聞 1月12日(木)21時42分配信)

12日午後0時20分ごろ、福島県や茨城県で震度4を観測する地震があった。

気象庁によると、震源地は福島県沖で、震源の深さは約20キロ、

地震の規模を示すマグニチュード(M)は5.8と推定される。

その後も午後2時37分ごろに宮城県で震度3、午後8時11分ごろに

福島県で震度3を観測するなど、

東北や関東で震度2以上の地震が午後8時半までに5回起きた。

午後0時20分ごろの地震では、

福島県いわき市、猪苗代町、茨城県日立市、高萩市などで震度4を記録した。


◆コメント:地震のことを忘れようとしている東京の人々。

記事のとおり、12日午後12時20分頃に地震がありまして、

私の勤め先がある東京都千代田区は、震度2、または震度1だったのです。

結果的には殆ど何も無かったに等しいのですが、

この時、緊急地震速報(エリアメール)がなりました。


緊急地震速報が出るということは、数秒後に大きな揺れが来る可能性がある、

ということです。可能性ですから、危機管理としては「悪い方」を想定すべきです。

今日は、私は職場の人間に呆れました。

皆、昨年3月11日14時46分を経験しているのに驚くほど何もしない。

私は、まず、ワンセグを見たのです。NHKのアナウンサーが番組途中でしたが、

懸命に「揺れに備えて下さい」を繰り返しているのです。


私がその内容を同じ部署の人間に叫んで伝えたのですが、

人々は全く動こうとしません。大画面のテレビがあるので、

私はテレビをつけろと叫んだのですが、どういうわけか職場のオッサン達は、

ニヤニヤするばかりです。

私は大変驚きました。


東日本大震災のときにも、最初は「大したことはないだろう」とタカを括っていたら、

大きな横揺れ(東京はそういう揺れ方でした)となり、揺れが5分も続いたのです。

あれを経験しているくせに、殆どの人間は次の地震のシミュレーションを

やっていないことが明らかです。そしてそれはあまりにもノーテンキです。


◆頭の中で段取りを考えているだけで随分違います。

昨年3月11日、地震の後、携帯がつながらなくなり、自宅の家族の安否が分からず、

皆心配していました。

実は私は、以前から、地震が起きたら直ぐに携帯各社は通話規制を実行するとか

なんとか言っていたので、揺れが収まりつつある、その間に避難した机の下から自宅に

携帯で電話しました。揺れている最中とはいうものの、東京は震度5です。

一発で自宅に連絡が取れました。何も倒れても壊れてもいない。妻子は無事である

ということが確認できると、とりあえず安心します。

その先は、きっと繋がらなくなるだろうと思い、携帯各社の災害伝言ダイアルの

サイトをネットで調べ、大量にプリントアウトして職場の人に配りました。

電車は止まっていたので、千代田区から杉並区まで14.5キロを両手に荷物を持って、

3時間45分、歩いて帰る結果となりましたが、先に行くほど、食べ物などは手に入らない

と思い、東京はガスも電気も水道も止まっていなかったので、飲食店は営業していたのです。

歩き始める前に、手前で立ち食い蕎麦屋に入り、急いで食事をとりました。

昔から私はパニック映画などを見ると、自分がその場にいたら、と想像するクセがあり、

それが役に立ったようです。

今日は、幸い「結果的には」大きな地震には(東京は)なりませんでしたが、

何だか最近、大規模余震の可能性が報道されたり、国から各企業に、従業員が3日寝泊まりできる

準備をするように「お達し」が出たりするのが目立ちます。


何でも秘密にしてしまうのがこの国の政府の災害対応のようですが、

これはあくまでも私の想像ですが、近いうちに首都直下型の地震か、

東日本大震災の大規模余震が起きる可能性を専門家が予想しているのでは?

と、穿った見方をしています。

直下型だと、その時の運次第で、死んでしまうかも知れませんが、

それは考えても仕方が無い。但し、国の方針として、今度大地震が起きたら、

東京の勤め人は、慌てて帰宅せず、会社に泊まれと言われてます。

すると、私は降圧剤(血圧を下げる薬)を1日1錠、飲まなくてはいけないので、

少なくとも3日分は持ち歩いてます。そういうことを各人が覚悟しているのと

していない場合とでは、全体としての被害の程度がかなり違ってくると思います。


◆地震とは無関係ですが、日本人の「困惑のニヤニヤ」は誤解を生むので止めるべきです。

これは、ロンドン駐在中に、仲が良かったイギリス人の同僚が、親切心から

忠告してくれたことです。

日本人だけかどうか不明ですが、少なくとも日本人は、どうしたら良いか分からない時

困惑したときに、ニヤニヤしてしまう性癖があります。

イギリス人の同僚の忠告とは、彼がアウシュビッツ収容所跡を見たとき、

ユダヤ人のホロコーストの写真があって、それを見る日本人がニヤニヤしていた

というのです。

「君、あれは、本当に日本人が誤解されるぞ。あんな悲惨な写真を見て、笑っている日本人は

我々欧米人の目にはものすごく不気味に映るんだ。

気を付けるべきですね。Twitter風に書くならば、この話は、

「拡散希望」です。

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2012.01.12

【音楽】1月12日は、イタリアの作曲家、ヴォルフ=フェラーリ(1876-1948)の誕生日。「マドンナの宝石」他。

◆ヴォルフ=フェラーリは誕生日と命日が近いのです。

この作曲家は、今では専ら、「マドンナの宝石」間奏曲ぐらいしか、

演奏されませんけれども、亡くなって64年経っても色褪せない名曲を1曲書くだけでも、

殆どの人間にはできないことですから、すごい才能ですね。


ましてや、多くの交響曲、協奏曲、ピアノソナタやら、何やら、毎日のように演奏される、

ベートーヴェンとかモーツァルトとか、ショスタコーヴィッチでもラフマニノフでもリストでも

ショパンでもいいですけど、ああいう人たちは、ちょっと人間離れした、すさまじい才能を持っていた

ということなのでしょう。


そういう大作曲家は、度々取りあげましたし、またいつでも何でも取りあげることができますが、

フェラーリのような、失礼ながら、代表作一曲だけがやたらと有名という人を忘れては気の毒です。


前に取りあげた事があったので、自分の日記の見出しを検索しておどろいたのですが、フェラーリは、

1876年 1月12日に生まれ、 1948年 1月21日に亡くなっています。誕生日と命日が9日しか離れていない。

前回は命日に取りあげたのでした。


◆静かな曲をいくつか。

まずは、タイトルに載せたぐらいですから、

フェラーリの「マドンナの宝石」間奏曲第一番。

音源。今の所廃盤ですが、ヴォルフガング・サヴァリッシュ:管弦楽名曲集Ⅱです。

但し、Yahoo!オークションに先ほど一枚ありました。たまに見かけます。

また、復刻される可能性も十分にあります。


ヴォルフ=フェラーリ: 《マドンナの宝石》 間奏曲第1番







そして、サヴァリッシュ先生は、このバイエルン国立歌劇場管弦楽団とのCDの発売後、

非常に珍しいのですが、N響で、このCDに取りあげられているのとほぼ同じプログラム。

いわば、「ポピュラー名曲」ばかりを振ったことがあります。そのときの映像。

世界一美しい「棒(指揮の動作)」です。


Sawallisch Conducts Intermezzo from I Gioielli della Madonna







次は、弊日記・ブログで何度もお薦めしたので、既にお持ちの方が多いかも知れません。

しかし、しばらく聴いていない、ということがありますよね?

アダージョ・カラヤン・ベストに収録されています。




レスピーギ:リュートのための古風な舞曲とアリア 第3組曲から「シチリアーナ」







いいですね。ゴタクを並べる必要が全くない。「美しい」。それで十分。

最後にそういうのをもう一曲。同じディスクから。


マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲







しばらく聴かないと、こういうのを聴くことを忘れていたり、面倒になったりしますけれども、

最近、私はかなり意識的に聴いております

今更、ですが、私はこのようにブログの記事にするので多少は文字で埋めないといけないものですから、

分かったようなゴタクを並べてますが、カラヤンが、

音楽とは、音の流れの美しさ以外の何ものでもない。

と言っていたとおり、楽譜が読めるとか読めないとか、楽器のことがわからんとか、

作曲家のことを何も知らないとか、そんなのどうでもいいのですね。

音楽によって慰められたい、という魂の底からの願い、というか祈りというか、

ただ、聴けば良いのであります。作曲家たちも、きっとそれを願っていることでしょう。

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2012.01.11

「自殺者14年連続3万人超=昨年は3万513人―被災3県は減少・警察庁」←うつ病の基礎知識。

◆記事1:自殺者14年連続3万人超=昨年は3万513人―被災3県は減少・警察庁(時事通信 1月10日(火)19時31分配信)

昨年1年間の自殺者数(速報値)は、前年比3.7%減の3万513人と、

14年連続で3万人を超えたことが10日、警察庁のまとめで分かった。

東日本大震災で大きな被害を受けた岩手、宮城、福島の3県ではいずれも減少した。

同庁によると、男女別では男性が2万867人、女性が9646人。

月別では、5月が3367人と最多で、次いで6月が3029人。それ以外の月は2000人台だった。

都道府県別では、東京と滋賀を除く、東北、関東・甲信越、関西、中国各地方の全府県で減少したが、

愛知、愛媛、福岡、宮崎、沖縄など12都県で増加した。
減少幅が大きかったのは大阪(171人減の1899人)や北海道(95人減の1438人)など。

増加した中では、愛知(59人増の1630人)、福岡(51人増の1310人)、愛媛(28人増の369人)が目立った。


◆記事2:昨年の自殺者、14年間で最少…震災関連49人(読売新聞 1月10日(火)19時42分配信)

昨年1年間の全国の自殺者数(速報値)が3万513人だったことが10日、警察庁のまとめでわかった。

前年より1177人(3・7%)少なく、1998年から14年連続で3万人を超えたが、

同期間では最も少ない。

男女別では、男性が前年より1416人少ない2万867人だった一方、女性は239人多い9646人で、男性が68%を占めた。


◆10年以上も自殺者が10万人を超えるのは先進国で日本だけです。

減ったとはいうものの、14年間連続で毎年3万人以上が自殺する先進国は日本だけです。

自殺予防の一般論に関しては後述します。


時事通信の報道(記事1)によれば、被災地での自殺者数は減少したというし、

読売新聞(記事2)では、14年連続3万人超だが、最も少なかったとのこと。


それは、東京にいても、統計学的データがなくても、察しが付きました。

私が通勤に用いる東京を東西に走るJR東日本中央線は、新宿-立川間(厳密には東中野付近から立川まで)

長い直線が続く。それと関係があるのかどうか分かりませんが、東日本大震災までは、一週間に必ず何度か

人身事故、つまり飛び込み自殺があり、通勤時や帰宅時の電車のダイヤが乱れたのです。

しかし、私は311の後、すぐに気付いたのですが、人身事故がピタリとなくなりました。

首都圏の他のJR在来線や私鉄各線の運航情報を見ても、明らかに人身事故が減っていたのです。


私は戦争を知りませんが、私の親の世代は皆、戦時中のことを鮮明に記憶しています。

母から「戦時中、自殺者の話を聞いた覚えがない」という話を聞いたことがあります。

無論、厳密に調べれば、戦時中にも自殺者はいたでしょうが、非常に少なかったはずです。


東日本大震災の後に自殺が減ったのも戦争中と同じ原理だろう、と思います。

つまり、人間は、放っておいても死ぬかも知れないというときには、自ら命を絶たないのです。

ですから、誠に残念ですが、皮肉なことに、東日本大震災から2ヶ月を過ぎ、

世の中が平穏を取り戻しつつあるときに、再び、中央線での人身事故が増えました。


しかし、そうは言っても、自殺者を減らすために戦争を始める訳にはいきませんし、

大地震など無い方が良いに決まっています。

それでは、自殺者を減らすにはどうすればいいのでしょうか?

私は、かなりの自殺者と密接な関係がある、うつ病の知識を広く啓蒙するべきである

と考えます。


◆大抵の人は自分は関係無い、と思っていますが、貴方も自殺衝動の駆られる可能性があります。

朝の通勤時、夕方の帰宅時、ただでさえ電車が混んでいる時間帯に人身事故(=飛び込み自殺)があると、

確かに困ります。しばしば、そういうときに、Twitterなどに、

死ぬなら、人に迷惑をかけないで死ね、バカヤロー

とか、
飛び込み自殺は犯罪である。

などと、その日の夜、腹立ち紛れにブログを書く人が結構います。

気持は分からないでもありません。確かに朝会議があるのに、試験があるのに、電車が動かない。

これは迷惑ですけれども、とりあえず、貴方は生きていて、まだ色々なことができますが、

飛び込んで電車に轢かれて肉片になった人は何もできないし、遺族の方々のショックは、ものすごい筈です。

ちょっと我慢しましょうよ。思うのはいいですけど、文字にして「バカヤロー」は止めましょう。


というのも、貴方自身、絶対に自殺しない、とは限らないからです。

自殺者は、かなりの割合で抑うつ状態、或いは、完全なうつ病にあったと言われます。

そしてうつ病には、大きく分けて二種類あります。

仕事、勉強、試験が上手く行かない、大きな失敗をした。或いは、職場、学校での人間関係で

悩んでいる。家族のことで悩みを抱えているなど、とにかく「ウツ」になる原因と思われる事象が比較的明確な、

「外因性うつ病」と、特に何にも原因となるような出来事がないのに、急にある時から気分が滅入る

「内因性うつ病」です。内因性は、生来の性格が明るいとか楽天的な人ですら、罹ることがあります。

遺伝も関係が認められないのです。従って、貴方もある日突然、どうしようも無く憂鬱な日が続き、

メンタルクリニックの門をくぐったら、「うつ病です」と診断されるかもしれないのです。


一旦うつ病になったら、程度が軽くても、ほぼ絶対「希死念慮」(自殺願望)が芽生えます。

これは非常に危険な心的作用でして、突如、殆ど自分がアンコントローラブルになることすらあります。

抑うつ状態をもたらすのは、うつ病だけではありません。ひどいPTSDの人なども、ショッキングなシーンを

急に思い出す「フラッシュバック」が起きると、自分を制御するのが、大変だそうです。


あるPTSD体験者が書いておられましたが、電車のホームに出たら、勝手に身体が線路に向かわないように

できる限りベンチに座って、動かないように、両足を揃え、その上に手を置いて、飛び込みたい衝動に耐えるのだそうです。

PTSDは、ご承知の通り、ショッキングな事故や犯罪、災害を見た方が否応なしに陥る、精神科の治療対象となる疾患です。

どんな人でも、そうなる可能性はあるのです。


このように、自殺者は「バカ野郎」ではなく、病気の症状の一つとして、アッという間に実行に移して

しまうことがある。

繰り返しますが、貴方が生涯、絶対にそうならない、と断定する根拠は何処にもないのです。


PTSDは私は経験がありませんが、抑うつ状態を測るのは、何度も紹介していますが、
ベックのうつ病調査票という、簡単なものです。ウェブ上に沢山あります。

代表的なサイトをご紹介します。(内容は全て同じです)

抑うつ度チェック - ベックのうつ病調査表 (BDI テスト) - 元のうつ病闘病記

Beck Depression Inventory (ベックうつ病調査表)山王クリニック

☆アルファ☆の「うつ病」克服記

ベックのうつ病調査表

該当箇所をチェックすると、点数が計算され、「診断結果」が出ます。

注意すべきは、「昨日は憂鬱だったが、今日はスッキリしている」という方はうつ病や抑うつ神経症(本当は今は、「気分変調症」といいます)

では、ありません。それは、日常的な気分の「変動」で、気分が変動するのは、人間ですから当たり前です。

しかし、10日から2週間、ずーっと、憂鬱な場合が、ちょっと危ないです。それで、これはあくまでも私の経験的目安ですが、

ベックで20点以上だったら、メンタルクリニックに診て貰った方が良いです。


深刻に考えない。行ってみれば分かりますが、精神科という名前が如何にもよくないのですけれど、

「怖い」ところではないです。嬌声を発して暴れる人など、まず、滅多にお目にかかれない。

あれは、良くないですね。統合失調症の陽性症状が極端化した場合ですが、あんなの殆どいないです。

それどころか、統合失調症(以前は「精神分裂病」と言われていました)の患者さんでも陰性症状が主で、

一見すると、うつ病と区別が付かない患者さんも多い。

私は本当に悪くなったときに大学病院の精神科に入院しました。

あそこは「閉鎖病棟」になっています。

ここにも誤解があります。閉鎖病棟なのは、「キチガイが暴れて外に飛び出すから」だと

殆どの方は考えていることでしょうが、そうではないのです。

閉鎖病棟である理由は、患者を外界のストレスから遮断するということが目的なのです。

入院した患者に、精神科医やスタッフは滅多なことで、他人(それが会社の同僚でも)面会させません。

職場や学校に、発症の原因がある「外因性」の場合は特に、絶対患者に会わせません。

患者は「閉鎖」病棟によって、院外にいたら、避けられない、一般社会のストレスから

完全に「守られる」のです。それが、精神科が「閉鎖病棟」である、本来の趣旨です。

まあ、入院は極端です。普通はそこまでの必要は無い。うつ病であれば、初期に診断が付けば

通院で治るでしょう。

なお、「精神科」や「メンタルクリニック」に入る所を人に見られるのが嫌なので、

「心療内科」を受診する人がいます。

勿論、心療内科のドクターで、よく勉強している方もおられるでしょうが、

あれは、あくまで「内科」です。つまり、心的な原因で胃潰瘍になっちゃった

と言う人は、胃潰瘍の薬だけでは、意味がないから、その原因となる精神的な部分をも、診る

というのが心療内科です。 書きにくいのですが、中には、「心療内科」の看板を出せば、

「精神科」に行きたくない患者がくるだろう、と言う算段の「なんちゃって心療内科」がいます。

ですから、やはりできれば、精神科=メンタルクリニックを受診する方が良いです。


◆カウンセリングで治したい、という人がものすごく多いですが・・・。

できれば薬を使わず、カウンセリングで治したいと言う方が多いです。

カウンセリング自体が「悪いこと」ではありませんが、あれは医療行為ではありませんので、

保険適用対象外です。一回30分から1時間で5,000円も支払うことになります。

第一、例えば東京では、今、どこのカウンセラーも予約で一杯ですから、

1ヶ月またされることもザラです。本当にうつ病の初期だったら、その間に

症状が悪化します。

そして、臨床心理士は国家資格ではありません。

だから、と言うわけではありませんが、相性が良い人、そしてよく訓練された

カウンセラーならいいですけど、そもそも診て貰うときには鬱々とした気分なのですから、

変な質問されると、頭の中が余計に混乱しかねません。そういうときでも、

臨床心理士は、医者じゃないから、薬の処方はできない。それで5,000円、

で、次回はまた、1ヶ月後。そんなことやっていたら、本当の「ウツ」なら治りません。


うつ病は「心の風邪」といいますが、なかなか言い得て妙です。

心は英語でもハートといいまして、あたかも心臓に宿っているような錯覚を抱きますが、

実際は脳内の化学反応です。インスリンというホルモンが膵臓から分泌されなくなると、

糖尿病になる。

うつ病は脳内神経伝達物質のうち、特にセロトニンやノルアドレナリン(ノルエピネフリン)の

バランスが崩れて発症すると言われます。同じようなことがお腹で起きるか、頭野中で起きるか

の違いです。心の病は身体の病なのです。


世の中には、何も知らずに実に無責任なことを書く人がいます。

以前、確か「2ちゃんねる」だったと思いますが、

抗うつ薬など精神科の薬は要するに全て覚醒剤で、長期間服用すると廃人になる。

ここまで下らないと、説明するのが嫌になりますが、覚醒剤はアンフェタミンといって、

ドーパミンを異常に分泌させるものですが、

抗うつ薬は、前述のとおり、うつ病に関係が深い、脳内精神物質セロトニンのバランスを整えるのです。

長期間飲んだら廃人になるというのなら、この日記を2002年に書き始めた私はとっくに廃人です。

お読みになっている文章が、「廃人」の文章ならば、世の中のかなり大勢の人々が「廃人」に

なるのではないか、と思います。


あまりにも長くなるのでこの辺にします。

日本の自殺者数があまりにも減らない原因は本当は様々な要素に起因している

のかもしれませんが、一つには、世間が精神医療に無知だから、患者が適切な治療機会を

逃していることが、ある、と思い、世の偏見を取り除くべく、今までにも何度も書きましたが、

今一度、繰り返しました。

治療をすれば日常生活を普通に送ることができます。私は遷延性うつといって、例外的に

10年も病院に通っていますが、これは、そういう人間が書いた文章です。

うつ病は重くても軽くても辛いものですし、必ず程度の差こそあれ、希死念慮を伴う。

自殺者を減らす一助となれば、と思いつつ、筆を擱(お)きます。

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2012.01.09

被災地は、まだまだ支援を必要としているのです。

◆東日本大震災から、約10ヶ月です。

そんなことは、言われなくても分かっている、と言われそうだが、

日本の多くの人々、特に自分や身内や、故郷が東日本大震災の被災(地)と直接関係ない人は、

あのことを意識的、又は無意識的に忘れようとしているように思われる。

がそれは、言うまでもなく、正しくない。

今なお、地震・津波の被災地、福島第一原発事故により、放射能汚染を被った福島県の人々は、

支援を必要としている。多くのボランティア団体がこれら被災地で活動し、必要とする物資などを

公開している。したくない人にしろ、とは言わないが、そういうサイトの存在すら知らない、という方が

多いのではないか、と想像し、ここに記す。


◆毎日新聞の「希望新聞」。

毎日新聞紙面にも、ネットにも載っている。

ネットならば、

希望新聞 - 毎日jp(毎日新聞)

を見る。

20120109kiboushinbun

とくに、ニーズ情報をよく見る。

見れば分かるが、1月9日現在
希望新聞:東日本大震災 ニーズ情報 冬用肌着の提供を

被災者が求める物資や人的支援情報をお知らせします。必ず事前連絡をお願いします。

■ふくふくプロジェクト

(福島市)電話024・521・9311

 fpic@fukufuku-project.net

 http://fukufuku-project.net/

 ◇手元の品が不足しています

 多数の靴下、手袋のご支援をいただき、ありがとうございました。当面の不足は解消されました。

最近、上半身に着る長袖シャツやアンダーウエアなどの冬用肌着を求める避難者の方が多くいらっしゃいます。

手元の品が不足していますので、ご提供いただけたらありがたいです。男女、サイズは問いません。

肌に着けるものなので、未使用品のご提供をお願い致します。

問い合わせはNPO「花見山を守る会」電話024・539・8908。


■遠野まごころネット

(岩手県遠野市)電話0198・62・1001

tonomagokoro@gmail.com

http://tonomagokoro.net/

◇グラウンドゴルフの道具を求めています

岩手県陸前高田市気仙町に「グラウンドゴルフを楽しむ会」が発足し、

プレーに使う木製のクラブとクラブ用ケース、ボールのセットを募集中です。

20セットを目標に集めていますが、現在4セットほどしか集まっていません。

集まり次第活動を始めたいと思います。

住民の方々に運動や交流を楽しんでもらいたいので、ご協力お願いします。

送ってくださる方は事前に電話かメールでお問い合わせください。

送り先は〒028-0527 岩手県遠野市大工町10の10「遠野浄化センター内 遠野まごころネット」支援物資担当。

との内容である。

希望新聞 - 毎日jp(毎日新聞)をはてなアンテナそのRSSに登録しておけば、更新があれば分かる。

さらに、福島県ならば、ふくふくプロジェクトと、そのリンク先から更に詳細な情報を入手できる。

こういうことは、広義の「ボランティア」である。ボランティアは英語の"volunteer"である。辞書をひけば分かるが、

元来の意味は「自発的な(に)」という意味である。

従って、福島県の原発被害に遭った人々や被災地の人々など、知ったことではない、と考える人は何もしなければいい。

また、私のこの記事にも何も文句を付けないで頂きたい。自分達だけが、日々の暮らしをつましく送ることができるならば、

他人の事など知ったことではない、というのも一つの人生観であり、それにのっとって生きることは、

各人の自由である(本心は別だが、角が立つから、書かない)。



私は福島県産の米を会津の米屋さんに直接電話して買っている、と、以前、この日記・ブログに書いたら、コメント欄に
「心情的には理解できるが、論理的解決にはならないと思います。」

と書いた人がいたが、大きなお世話である。そもそも福島原発事故の論理的・根本的解決があるのか。

放射能を無効化する技術を人類は有しないのである。

だから、何もしたくない人はしなければ良い。

お米に限らず、福島県から商品を取り寄せると、必ず、それが福島県から発送されたものであることを

なるべく分からないようにしてある。受け取る私は一向に構わないのだが、宅配業者で、「福島県からの品物だ」というだけで

忌み嫌う人間がいるらしい。


それに対して、「怖がるな」と命ずることは私にはできない(本心は別だが、角が立つから、書かない)。

だから、こちらから物資や、資金を提供する、と言う方法がある、という当たり前のことをお知らせしているのである。


ただ、ひとつ、論理的に言えることは、日本に54基の原子炉があり、それらは何も秘密裡に民意に反して建設されたのではなく、

自民党の原子力を重んずるエネルギー政策に、この何十年物もの間の有権者が疑問を持たなかった結果なのであるから、

原発建設を容認し、結果、たまたま福島第一原発が事故を起こしたが、これは、議会制民主主義の原理に鑑み、

主権者たる国民に究極の責任がある、ということである。

作家の村上春樹氏が、2011年6月9日にスペインのカタルーニャ賞を受賞した際のスピーチで述べたことは完全に正しい。

その部分だけ抜萃しても良いが、改竄したと思われると癪だから、全文を載せる。全文は2012年01月09日(月)23時02分現在、

NHKかぶんブログ完全版:村上春樹さんカタルーニャ賞受賞スピーチ | NHK「かぶん」ブログ:NHKに掲載されている。

私が、全く同感で強調したい部分は色太文字にしてある。
この前僕がバルセロナを訪れたのは、2年前の春のことでした。サイン会を開いたとき、たくさんの人が集まってくれて、1時間半かけてもサインしきれないほどでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性読者が僕にキスを求めたからです。僕は世界中のいろんなところでサイン会を開いてきましたが、女性読者にキスを求められたのは、このバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがよくわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい都市に、戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 ただ残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分、日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転がわずかに速くなり、1日が100万分の1.8秒短くなるという規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後に襲ってきた津波の残した爪痕はすさまじいものでした。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ遅れ、2万4千人近くがその犠牲となり、そのうちの9千人近くはまだ行方不明のままです。多くの人々はおそらく冷たい海の底に今も沈んでいるのでしょう。それを思うと、もし自分がそういう立場になっていたらと思うと、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せてしまった町や村もいくつかあります。生きる希望をむしり取られてしまった人々も数多くいらっしゃいます。

 日本人であるということは、多くの自然災害と一緒に生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になります。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。それから各地で活発な火山活動があります。日本には現在108の活動中の火山があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、4つの巨大なプレートに乗っかるようなかっこうで、危なっかしく位置しています。つまりいわば地震の巣の上で生活を送っているようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震は予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これがおしまいではなく、近い将来、必ず大きい地震が襲ってくるだろうと言うことです。この20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの巨大地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは1年後かもしれないし、明日の午後かもしれません。にもかかわらず東京都内だけで1300万の人々が、普通の日々の生活を今も送っています。

人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで仕事をしています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 どうしてか?とあなたは尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?

 日本語には「無常」という言葉があります。この世に生まれたあらゆるものは、やがては消滅し、すべてはとどまることなく形を変え続ける。永遠の安定とか、不変不滅のものなどどこにもない、ということです。これは仏教から来た世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し別の脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても無駄だ、ということにもなります。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になると桜を、夏には蛍を、秋には紅葉を愛でます。それも習慣的に、集団的に、いうなればそうすることが自明のことであるかのように、それらを熱心に観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば人々で混み合い、ホテルの予約をとるのもむずかしくなります。

 どうしてでしょう?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。私たちはそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そして、それらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さなひかりを失い、鮮やかな色を奪われていくのを確認し、そのことでむしろほっとするのです。

 そのような精神性に、自然災害が影響を及ぼしたかどうか、僕にはわかりません。しかし私たちが次々に押し寄せる自然災害を、ある意味では仕方ないものとして受けとめ、その被害を集団的に克服していくことで生きのびてきたことは確かなところです。あるいはその体験は、私たちの美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けました。普段から地震に馴れているはずの我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ抱いています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて僕はあまり心配してはいません。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は補修できます。

 考えてみれば人類はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。ここに住んで下さいと地球に頼まれたわけではありません。少し揺れたからといって、誰に文句を言うこともできない。。

 ここできょう僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった6基の原子炉のうち3基は、修復されないまま、いまも周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、海に流されています。風がそれを広範囲にばらまきます。

 10万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。ペットや家畜もうち捨てられています。そこに住んでいた人々はひょっとしたらもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりでなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなるかもしれません。

 どうしてこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因は明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことがあり、安全基準の見直しが求められていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。どうしてかというと何百年に一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するはずの政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節があります。

 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族のようです。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させることにはあまり得意じゃあない。そういうところはバルセロナ市民のみなさんとは少し違っているかもしれません。しかし今回ばかりは、さすがの日本国民も真剣に腹を立てると思います。

 しかしそれと同時に私たちは、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないはずです。今回の事態は、我々の倫理や規範そのものに深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、私たち日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という2つの都市が、アメリカ軍の爆撃機によって原爆を投下され、20万を超す人命が失われました。そして生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていきました。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものか、私たちはそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。私たちは被害者であると同時に、加害者でもあるということをそれは意味しています。

核という圧倒的な力の脅威の前では、私たち全員が被害者ですし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、私たちはすべて加害者でもあります。

今回の福島の原子力発電所の事故は、我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害です。しかし今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。私たち日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、自らの国土を汚し自らの生活を破壊しているのです。

どうしてそんなことになったのでしょう?戦後長いあいだ日本人が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?私たちが一貫して求めてきた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 答えは簡単です。「効率」です。efficiencyです。

 原子炉は効率の良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を抱き、原子力発電を国の政策として推し進めてきました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、この地震の多い狭く混み合った日本が、世界で3番目に原子炉の多い国になっていたのです。

 まず既成事実がつくられました。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくなってもいいんですね。夏場にエアコンが使えなくてもいいんですね」という脅しが向けられます。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして私たちはここにいます。安全で効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けたような惨状を呈しています。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかったのです。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、私たち日本人の倫理と規範の敗北でもありました。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 私たちはもう一度その言葉を心に刻みこまなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもないことですが、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 私たち日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の個人的な意見です。

 私たちは技術力を総動員し、叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求するべきだったのです。それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、私たちの集合的責任の取り方となったはずです。それはまた我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を私たちは見失ってしまいました。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは私たち全員の仕事になります。それは素朴で黙々とした、忍耐力を必要とする作業になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなが力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げていかなくてはなりません。それは私たち全員が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人を励ます律動を持つ物語であるはずです。

最初にも述べましたように、私たちは「無常」という移ろいゆく儚い世界に生きています。大きな自然の力の前では、人は時として無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、そのような危機に満ちたもろい世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も私たちには具わっているはずです。

僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけることは、僕にとって大きな誇りです。私たちは住んでいる場所も離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつ私たちは同じような問題を背負い、同じような喜びや悲しみを抱く、同じ世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られるということも起こります。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることをとても嬉しく思います。

 夢を見ることは小説家の仕事です。しかし小説家にとってより大事な仕事は、その夢を人々と分かち合うことです。そのような分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの長い歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、独自の言語と文化をまもってきたことを僕は知っています。私たちのあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、私たちが等しく「非現実的な夢想家」となることができたら、そしてこの世界に共通した新しい価値観を打ち立てていくことができたら、どんなにすばらしいだろうと思います。それこそが近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、ヒューマニティの再生への出発点になるのではないかと僕は考えます。

 私たちは夢を見ることを恐れてはなりません。理想を抱くことを恐れてもなりません。そして私たちの足取りを、「便宜」や「効率」といった名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。私たちは力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」になるのです。

 最後になりますが、今回の賞金は、全額、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そしてまた先日のロルカの地震で犠牲になった人々に一人の日本人として深い哀悼の意を表したいと思います。

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「捕鯨監視船に乗り込み=反捕鯨支持者、豪州沖で―水産庁」←かつて、米国はどれほど鯨を乱獲したか。

◆記事:捕鯨監視船に乗り込み=反捕鯨支持者、豪州沖で―水産庁(時事通信 1月8日(日)14時48分配信)

水産庁は8日、南極海での調査捕鯨活動の一環として派遣された同庁の監視船「第2昭南丸」に

外国人3人が乗り込んできたと発表した。乗り込んできたのはオーストラリア人3人で、

反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」によると、

環境保護団体「フォレスト・レスキュー」のメンバー。けが人や船に損傷はなく、

監視船に乗船している海上保安官が3人から事情聴取している。

同庁によると、日本時間同日午前5時39分、豪州南西部のバンベリー港から約40キロの沖合で、

監視船に急接近してきたゴムボートから3人の男性が乗り込んできた。乗船の理由は不明だが、

捕鯨への抗議活動とみられる。監視船は、同庁が船を所有する共同船舶(東京都中央区)から借りたもので、

この海域で SSの動向を探っていたとみられる。


◆コメント:シーシェパードの本部がアメリカですが、かつてアメリカは世界中で鯨を捕っていたんです

シーシェパードとは、Wikipediaによると、

シーシェパード環境保護団体(Sea Shepherd Conservation Society、通称シーシェパードまたはSS)は、海洋生物保護のために直接行動を戦術として用いる国際非営利組織の海洋環境保護団体[1]。

本部はアメリカ合衆国ワシントン州フライデーハーバー(Friday Harbor)。「シーシェパード」は「海の番犬」[2]、「海の保護者」[3]の意。

国際環境保護団体グリーンピースを脱退したカナダ人、ポール・ワトソンが1977年に設立した。

アイスランドやノルウェーの捕鯨船を体当たりで沈没させるなど過激な行動で知られ、2005年からは南極海での日本の調査捕鯨を妨害するようになった。

反捕鯨に共鳴する欧米の資産家や著名人らに支援される一方で、暴力的な手段をいとわない過激な活動を展開することから、

日本の捕鯨関係者からエコテロリストと呼ばれることもある[3][4][5][6]。また、日本[5][7]、アメリカ[8][9]、カナダ[10][11]の各政府から

テロリストと名指しされたことがある。

ということで、自分達は「正しいことをしている」といささかも信じて疑わない

こういう連中はまさしくテロリストと同じ、いや、テロリストそのものですね。

これは、証拠となる資料がないのですが、アメリカでは動物保護団体で、FBIにテロリストとして

監視されている団体があるそうです。

動物実験を行う、大学や、研究施設を爆破する、などの過激な行動をするからです。


◆アメリカはかつて、世界中の海で捕鯨していたのですよ。

ここからは、平凡社の世界大百科という日本で唯一最大の百科事典を

株式会社日立ソリューションズがネットで利用出来るようにした、ネットで百科の「捕鯨」の

項目から転載させて頂きます。ネットで百科は月額315円の有料記事です。

シーシェパードの本部はアメリカにありますが、

そのアメリカが、かつて何をしていたか。

「捕鯨」の項目から[アメリカ式捕鯨]の部分を抜萃します。

アメリカではニューイングランド地方において, 1712 年マッコウクジラをおもな対象としたアメリカ式捕鯨が興った。マッコウクジラから生産される鯨駐(げいろう) は, 1750 年ころアメリカのろうそく工業を飛躍的に発展させ,やがてアメリカの重要な輸出品目となった。その後,ニューイングランド沿岸へのマッコウクジラの来遊量は減少してきた。そこで,マッコウクジラ漁場は西インド諸島から遠洋へと移っていった。 1775 年にはアメリカの独立戦争が起こったため,捕鯨業は大部分が一時中断したが,戦争終結後再び復興した。その後,マッコウクジラの漁場は,大西洋から太平洋へと拡大し,アメリカ式捕鯨が確立された。そのアメリカ式捕鯨の操業形態は,約 400 トンの帆船に 4 隻の捕鯨艇を積載しており,約 1 ヵ年の航海準備をして出港した。クジラを発見すると,まず捕鯨艇を下ろしてクジラに接近する。捕鯨艇には艇長の士官が最後部で操舵 (そうだ) を担当し,銛手オールと呼ばれる銛手が先頭に,次いで舳手,船央漕手,三番漕手および艇尾漕手の 6 名が乗り組んでいる。漁具は,手槍 (てやり),錨爪銛,トグル銛,ボートのみ (鑿),グリーンナー銃およびボンブランス銃から構成されていた。

クジラから 4 ~ 5mの距離に接近すると,手槍や銛を投げ,続いて銃で射撃する方法を用いた。捕獲後は,クジラを捕鯨船の船側に係留した状態で解剖した。捕鯨船の乗組員は平均すると船長 1 名,士官 4 名,操舵手 4 名,大工 1 名,桶工 (鯨油は伍詰にして貯蔵された) 1 名,司厨 (しちゆう) 員 1 名,給仕 1 名および水夫 23 名,合計 36 名程度であった。

アメリカ式捕鯨は,太平洋へ進出するようになって盛況を続け, 1846 年の最盛期には,アメリカ船 736 隻,その他の国 230 隻の捕鯨船が操業し,1 年間に 1 万頭以上のマッコウクジラを捕獲した。とくにアメリカでは 46 年当時,捕鯨産業に関連した人口は, 7 万人以上といわれ,漁場はインド洋を含む全世界に拡大した。しかし,世界の海で重ねてきた乱獲は漁場の荒廃をきたした。そのマッコウクジラ資源の減少が,アメリカ式捕鯨を壊滅へと導いた要因とも考えられているが,それにも増して石油の発見はアメリカ式捕鯨史上見のがすことはできない。すなわち,59 年にペンシルベニア州で発見された石油は,灯油としてそれまでの鯨油に代わって登場した。そのため,鯨油の需要は急速に激減することになるが, 61 年勃発した南北戦争も捕鯨業の衰退を加速した。南北戦争終結後アメリカ式捕鯨は再び復興したが,その基地はそれまでのアメリカ大陸の大西洋岸から太平洋岸へと移った。当時の主たる生産品は,鯨油が石油に淘汰されたため,クジラひげであったが,それも鋼の開発によりやがて需要が減少した。さらに,1848 年カリフォルニアのサクラメントで発見された大砂金層はゴールドラッシュを招き,大量の労働者を吸収したため,捕鯨業は決定的な打撃を受けた。そして,アメリカ式捕鯨も 98 年にはほとんど消滅した。 (注:色太文字は引用者による)

このように、アメリカは19世紀に世界中でクジラを獲り放題だったわけです。

しかし、彼らはクジラの肉を食する習慣はなく、専らマッコウクジラから捕れる脂でローソクを作ったと。

日本人は、クジラを獲って肉を食べるのが野蛮だと、捕鯨禁止賛成の国々は主張しますが、

そんなのは、食習慣、食の体系が異なるだけであり、その代わりという書き方は適当ではない

かもしれませんが、日本人は殆ど羊肉を食べません。


アメリカに限らず欧米人というのは「言った者勝ち」の文化です。

彼らとて、自分達の捕鯨の歴史を一人も全く知らないほどアホなわけではない。

分かってて、「捕鯨はけしからん」と自分の過去を棚に上げて喚く。


捕鯨から話がそれますが、アメリカの国務省は、
2011年6月27日に世界各国の人身売買の実態をまとめた年次報告書を発表したが、この中で日本について

「人身売買撲滅のための最低基準を十分に満たしていないが、満たすべく著しく努力している」国に分類した。

とのことで、まことに有難き幸せですが、私の記憶が間違っていなければ、アメリカというかヨーロッパの白人は、

アフリカの黒人を人間とは見なさず、約400年に亘って「モノ」として売買していました。

アメリカは、ジェファーソンの人権宣言の後、リンカーンが登場するまで百年もの間、

全然平気な顔で黒人を奴隷として売買して酷使していたはずで、そういう国から人身売買について評価されたくありません。

それぐらいのことを言ったら、ご機嫌を損ねるのではないか、とオドオドしないで、外人にはこれぐらいの主張をして

ちょうどいいのです。

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2012.01.08

【再掲】絶対面白い。【音楽・映像】「ダニー・ケイとニューヨークフィルハーモニックのゆうべ。」(日本語字幕付)

◆【お断り】昨年8月26日付(ココログでは27付)と全く同じです。

今までに、この映像は6回載せています。

しかし、最初の5回は、日本語字幕が無かったのですが、

昨年8月、遂に日本語字幕付がYouTubeにアップされました。

CDで名曲を何百回も聴くのと同じ事で、こういう面白い映像は

繰り返し観るのが私のやり方です。


また、毎日、アクセス解析を観ると、一見さんがいらっしゃるので、

前回(去年の8月26日付)はご覧になっていないかも知れない。

連休ですし。また、のせます。

以上が、今回書き足した部分で、ここから後は、昨年8月と

全く同じです。


◆半年に一回ぐらいの頻度で載せていますが、今までと違う映像です。

ダニー・ケイ(Danny Kaye 1913-1987)は24年も前に他界しましたが、

アメリカの、本来コメディ俳優です。しかし、そのエンターテイナーとしての才能は

天才的です。クラシックが大好きで、但し楽譜は読めないのです。


でも、ニューヨーク・フィルハーモニックを振っていると、ものすごく表現してます。

この「ダニー・ケイとニューヨーク・フィルハーモニックの夕べ」はかつてVHSビデオ

の時代はそこら中で売っていまして、レーザーディスクというものが出来てまだ

残っていましたが、いつまで待ってもDVD化されません。

こんなに楽しい、オーケストラコンサートは滅多に見られるものではない。

速くDVD化して欲しいのです。


今までに4回、映像を貼り付けましたが、今回は日本語字幕付。

しかも過去4回では、見られなかった映像もあります。


これは、絶対に面白いです。


なお、ダニー・ケイはこれと同じようなコンサートを全米各地のオケとやっているのです。

全部チャリティーだそうです。

エライものです。

岩城宏之さんが感心してました。

彼(ダニーケイ)は「俺は、楽譜が読めないから、適当なんだ」というが、

身体で音楽を表現する才能は、そこらの本物の指揮者よりも優れている。

ホント。ニューヨーク・フィルハーモニックの面々、ちゃんと棒を見てますもんね。

ゴタクはこの辺で止めます。早速ご覧下さい。


◆ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ

10のファイルに分かれています。

一部のファイルでは、

特定のサイトでの再生が制限されています

という表示が出るかも知れませんが、その場合はその画面をクリックしてください。

別のウィンドウが開いて見ることができます。


さて、始めます。最初だけ、この当時の音楽監督だった、ズービン・メータが「こうもり序曲」を振ります。


ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ 01






次の映像からダニー・ケイが登場します。


ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ 02






ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ 03





ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ 04






ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ05







ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ06







ここで休憩が入り、第二部になります。ダニー・ケイが燕尾服から普通のジャケットに着替えました。

運命のフィナーレを振り、「ハエ叩き」で「熊ん蜂の飛行」を振ります。


ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ07






ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ08





コンサートが終盤となり、次の映像で、ダニー・ケイが聴衆に語りかけます。

そのスピーチが大変、心温まる素晴らしいものなのです。自分の言葉で語りかけています。


ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ09





最後は「星条旗よ永遠なれ」です。


ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ10






楽しいですね。こういう人を「エンターテイナー」というのでしょう。

かなり長時間のコンサートだと思いますが、最後まで聴衆を飽きさせず、

オーケストラのプレイヤーまで楽しませたり、笑わせたり。しかし、根底には

音楽と音楽家への深い愛情が流れていることがよく分かります。

こういう素晴らしい映像は、映像の権利関係とかさっさと処理し、

早くDVD化して欲しいですね。

ごゆっくりお楽しみください。

それでは。

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2012.01.06

「松平康隆氏死去=男子バレー金メダル監督―81歳」「ミュンヘンへの道」に皆、感激したのです。

◆記事:松平康隆氏死去=男子バレー金メダル監督―81歳(時事通信 1月5日(木)12時42分配信)

1972年ミュンヘン五輪バレーボール男子で日本の監督として金メダルを獲得し、日本バレーボール協会会長、

国際バレーボール連盟副会長としても多大な功績を残した松平康隆(まつだいら・やすたか)氏が

昨年12月31日午後0時21分に肺気腫のため東京都の病院で死去した。81歳だった。

東京都出身。葬儀は近親者で済ませた。

慶応大、日本鋼管で9人制のバックセンターとして活躍。日本鋼管では選手兼任監督も務めた。

61年、ソ連へバレー留学。帰国して指導者の道を歩んだ。

64年東京五輪で日本男子のコーチとして銅メダルを獲得し、その後監督に就任。

「世界制覇8年計画」を公言し、ミュンヘン五輪金メダルを目指した。

68年メキシコ五輪で銀。目標のミュンヘンではエース大古誠司、セッター猫田勝敏をはじめ

森田淳悟、横田忠義、嶋岡健治らを擁して公約を果たした。

ユニークな練習方法や時間差攻撃、1人時間差など画期的な戦法を編み出し、

バレーの戦法に大革命をもたらした。

団体スポーツでは、日本男子の五輪金メダルはほかに84年の野球(公開競技)しかない。

「人気が実力を高める」を信念とし、男子バレーのブームを巻き起こすことにも腐心。

厳格なアマチュアリズムが存在した70年代にあっては批判を浴び、第一線から離れた時期もあったが、

復帰後は日本協会の専務理事、会長として手腕を発揮した。

国内ではテレビを巻き込んでブームを演出

。国際舞台では日本が世界各国へのバレー普及に貢献した実績とジャパンマネーを背景に

発言力を強め、ワールドカップ日本恒久開催などに尽力した。

FIVB副会長、アジア・バレー連盟会長、日本オリンピック委員会の要職も歴任した。

2001年から日本協会名誉会長。著書に「負けてたまるか」など。


◆コメント:「松平監督」ミュンヘンの感動をありがとうございました。

日本のバレーボールで最初に脚光を浴びたのは、女子である。

日本で初めて開催された、1964年の東京オリンピックで優勝した

前日本女子バレーボールチームは、畏敬の念を込め、

「東洋の魔女」と呼ばれた。


この騒ぎがあまりにも大きかったので、目立たなくなってしまったが、

同じ東京オリンピックで、日本の男子バレーボールは銅メダルを獲得している。

東京オリンピック当時、コーチだった、松平康隆氏がその後監督に就任し、

「8年後のミュンヘンで金メダルを獲る」と宣言し、正にその通りになった。


有言実行の見本である。


話が逸れるが当時の日本人の指導者には優れた人が多かったのだろうか。

池田内閣の池田首相は自ら「経済は池田にお任せ下さい」といい、

「所得倍増政策」というとてつもない、公約を掲げて実現している。


さて、男子バレーボールは東京の4年後のメキシコ五輪では銀。

4年後、遂に金メダルを狙う正念場が訪れた。


◆準決勝、ブルガリア戦での大逆転。

私の世代以上の日本人のかなりの多くは、決勝戦もさることながら、

セットカウント0-2から奇跡の逆転勝利を実現した、準決勝のブルガリア戦を、

鮮明に記憶している人が多いであろう。


ブルガリアが2つのセットを連取した段階で、

多くの日本人は「もう、ダメだ」と思ってしまった。私もである。

しかし、松平監督と選手は、冷静さを失わなかった。


第3セットも、ブルガリアがリードして始まったのである。

漸く、日本が同点に追いつくかというところで、ブルガリアのアタックが、

ラインオーバーでアウト、の筈だった。主審の判定も「アウト」であった。

ところが、その時にブロックに跳んだ、東京→メキシコ→ミュンヘン全てに出場した

ベテラン、南将之(みなみ まさゆき)選手は、

「自分が(ブロックの際に)ワンタッチした」

と、申告した。


スポーツ大会の宣誓は
「スポーツマンシップに則り(のっとり)正々堂々と・・・」

だが、嘘っぱちだ。野球で実は一回、地面に触れた打球を、野手が

巧みな「演技」でダイレクト・キャッチに見せかけるのは、日常的風景だ。

だから私は普通は、スポーツマンというのは信用しない。


だが、このミュンヘンオリンピック全日本男子バレーボールチームは立派だった。

文字通り「スポーツマンシップに則り、正々堂々と」闘い、準決勝を制して、

ついに金メダルを獲得した。


松平監督の8年計画は見事に大輪の花を咲かせた。

私は、松平監督と、あの時の全ての選手を尊敬している。


余談である。

この頃、オリンピックの冬季大会と夏の大会は同じ年に開催されていた。

男子バレーボールチームが金メダルを獲得する7ヶ月前、札幌オリンピックでは、

笠谷選手率いる「日の丸飛行隊」がジャンプ競技で金・銀・胴メダルを独占した。

1年に2回も、日本中があれほど狂喜乱舞したのは、あの年が最後だった。


それでも松平監督は淡々としておられた。後に紹介するミュンヘンへの道という

TBSの同時進行番組で、監督と各選手のプロフィールを紹介していた。

そこで明らかにされていたので、書いても構わないだろう。

松平康隆監督は、実はご令息(一人息子)を亡くしている。

ご令息は、小学校5年生だった1966年、遠足中に滑落死している。

無論、松平康隆氏は悲嘆に暮れたが、その悲しみを勝利へ執念に昇華させた。

今頃、天国でご令息にミュンヘンの自慢話をなさっているのではないだろうか?。


◆【為参考】「ミュンヘンへの道」主題歌。ミュンヘンの映像。

ミュンヘンオリンピックの前4月20日からミュンヘンオリンピックの最中、終わった後まで放送された、

TBSのアニメドキュメント ミュンヘンへの道

毎週、夢中で見た人が多いであろう。主題歌がYouTubeにアップされていた。

阿久悠作詞とは知らなかった。


ミュンヘンへの道 ~アニメドキュメント主題歌:ハニー・ナイツ







懐かしい。

あまりの懐かしさとあの準決勝、決勝の感動が渾然一体となって、ウルウルしてしまった。


次は、南選手とご令息。何と親子で全日本バレーの選手になっている。

ブルガリア戦や、決勝のドイツ戦の映像が含まれている。


すばらしき仲間Ⅱ 全日本男子バレーの星たちVol.2







当時、日本人に元気と決して諦めないことの大切さを教えて下さった、松平康隆監督。

それでいながら、全く押しつけがましいところがないお人柄が印象的な、松平監督。

あの誇らしい気持を我々日本人が感じることができたのは、

ひとえに、松平監督のご尽力の賜です。

ありがとうございました。

ご冥福を心よりお祈り申しあげます。

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2012.01.05

「『共謀罪』を国際公約…法相・民主に慎重論 5月創設に難航必至」←冗談じゃないよ。

◆記事:「共謀罪」を国際公約…法相・民主に慎重論 5月創設に難航必至(産経新聞 1月4日(水)7時55分配信)

国際テロなど組織犯罪を防止するため、政府が5月末までに「共謀罪」を創設する方針を国際機関などに伝達したことが3日、分かった。

中国によるサイバー攻撃やアルカーイダなどテロリスト集団の重大犯罪の実行前に、共謀段階で処罰するのが狙い。

だが、民主党内には共謀罪に対する慎重・反対論が根強く、国内での調整難航は必至だ。

共謀罪の創設は、平成12年11月に国連総会で採択された「国際組織犯罪防止条約」が求める法整備の一環。

15年9月に発効した条約は「長期4年以上の自由を剥奪する刑またはこれより重い刑を科すことができる犯罪」

を共謀罪の対象犯罪とするよう義務付けている。

日本は12年に条約に署名したが共謀罪を創設していないため主要国(G8)で唯一、条約を締結できていない。

政府が法整備を急ぐのは、米国や英国など34カ国・地域と欧州委員会など2国際機関でテロ対策を検討している政府間機関

「金融活動作業部会」(FATF)から昨年春、「早期改善」を要求されたためだ。

FATFは資金洗浄・テロ資金供与対策に協力しない国を「非協力国」として公表しており、

日本にはテロ組織などに対する拠点・物資の提供といった「現物供与」の罰則規定や共謀罪の創設を要求している。

このため、政府は具体的な法整備として、12年に施行された組織犯罪処罰法を改正し

「組織的な犯罪の共謀行為」の処罰規定を設ける方針。昨年秋には5月末までに必要な法整備を終え、

条約の早期締結を目指す考えを米国や国際機関に伝達している。

政府は、条約に基づき「死刑または無期、長期4年以上の懲役または禁錮の刑に当たる罪」を

共謀罪適用の対象にすることを想定している。法改正が実現すれば、国際テロ組織などが犯行を計画し、

実際には実行されなくても謀議に加担した段階で罪に問われる。

だが、民主党内には共謀罪への慎重論が根強い。

組織犯罪処罰法改正案は15年3月と16年2月、17年10月に国会に提出されたが、

当時野党だった民主党は「拡大適用の恐れがある」などと反対し、いずれも廃案となった経緯がある。

特に法務行政トップとなった平岡秀夫法相は、17年10月31日提出の質問主意書で、共謀罪に関し

「未遂や予備にいたらない共謀をより広範に犯罪の対象とすることは刑事法の体系として矛盾している」と指摘。

18年11月22日の質問主意書では「国民の自由、権利を著しく狭め、侵害する懸念がある」との持論を展開している。

現在も「共謀罪創設には法相が反対している」(政府高官)とされ、

政府が無理に法案作成を急げば、閣内不一致の事態に陥る可能性もある。

加えて、24日召集予定の通常国会は野田佳彦首相が強い意欲を示す消費税増税関連法案など

重要法案が山積しており、国会日程上も5月末までの「国際公約」実現は困難視されている。


◆コメント:条約締結できなくても構わん。共謀罪は無茶です。

共謀罪は、自公連立政権の時代に何度も継続審議になったけど、

記事にあるとおり、当時の野党、民主党の反対で何とか食い止めたようなものだが、

自分が与党になったら(民主党は、こればっかりですな)、国際公約など、冗談ではない。


共謀罪に関しては過去、何度も書いているのでそちらをお読み下さい。

2005.09.21 特別国会で共謀罪成立期す 反対論依然根強く ←犯罪を計画(冗談でも)しただけで、逮捕されるのです。

2005.10.17「共謀罪:新設法案が14日審議入り 日弁連など廃案求める」 ←共謀罪は違憲だと思います。

2006.04.23 「共謀罪 野党反発、大荒れ審議入り 衆院法務委」←DVDをコピーすることを相談しただけで、逮捕されるんですよ

2006.05.20 <共謀罪>与党と民主党の修正協議、主張にはなお隔たり←密告者は罪を免れることをしっていますか?

2006.05.23 「共謀罪、採決先送り 改正案の今国会成立は不透明に」←油断できないが、とりあえずホッとして、疲れた。

これらの繰り返しになるが、もう一回説明すると、

共謀罪とは、「犯罪の相談(冗談でも)をしただけで、犯罪と見なす」、と言うことである。

犯罪の実行はおろか、犯罪の準備をしてもいないのに、(冗談でも)犯罪の「相談」をしただけでもそれ自体が「犯罪」となる。

元来は、国連が2000年に採択した、「越境組織犯罪防止条約」の批准の為に必要とされる法律だから、成立させなくてはいけない、

と、当時の与党自民党が主張し、民主党はこれに対し恐慌に反対したのである。


以前の法務省案では「懲役4年以上の刑に相当する犯罪を、団体で遂行することを共謀した者」が適用範囲で、

それに該当する構成要件は500を超える。


例えば、著作権を侵すCDやDVDの違法コピーは、著作権法で罰則が定められており、「五年以下の懲役」となっているから、共謀罪に含まれる。

実際にコピーしなくても、貴方が誰かからコピーしてくれと頼まれて、「いいよ」と同意したら、共謀罪成立である。

そして、この法律の嫌らしい所は、相手が貴方を裏切って、「あいつは違法なことをしようとしてますよ」と警察に密告すると、

その者は罪を免れる。いくらでも他人を貶めることに応用できる。誰かを違法行為に誘っておき、相手がOKという。

その会話を録音し、自分が警察に行く。自分は罰せられず、うっかり騙された先方は「共謀罪該当」で三年以下の懲役となる

(以前の法務省案による)。


◆もう少し学問的(刑法学的)に。

イタリアの啓蒙思想家、チェザーレ・ベッカリーアという人物が今から約240年も前に書いた「犯罪と刑罰」という本がある。

この中で、ベッカリーアは「犯罪の尺度は社会に対して与えた損害である」と書いている。

「考えただけ、話し合っただけでは犯罪にならない」、という近代刑法の原則である。

犯罪に至る過程は、一般的に次のようなステップと踏む。

犯罪を行おうとする者は、まず、どのような犯罪をどのような方法で行うかについて考え、決意する。

この段階ではアイデアだけだから、社会に損害は与えておらず、処罰されることはない。当たり前である。



次に、犯罪を行う決意に基づいて、犯罪実行の準備を行う。「予備」とはこのことである。

この段階でも社会的損害は発生していない。したがって、処罰しないのが原則である。

刑法は全部で264条あり、第1条から第72条までを刑法総則といい、

犯罪とそれに対する刑罰に関する一般的なことが定められているが、現行刑法の総則では、「予備」に関する規定は存在しない。

現行刑法は、個別犯罪に対して各則(刑法第73条から第264条)で例外的に、

殺人罪、強盗罪などの重大な犯罪の予備についてだけ、処罰することとしている。



予備の次の段階として、犯罪の実行に着手したが、結果が発生しなかった場合を「未遂」という。

これは、犯罪の実行行為を行っているので、損害発生の危険が高くなる。

そこで、刑法総則でには、明文に規定がある場合には未遂も処罰の対象となる、と定めている。

73条以降を読むと、具体的な犯罪についての規定があり、未遂を罰する犯罪に関しては、

必ずその項目(条)の最後の項に「未遂は、罰する」と書かれている。

書かれていないものは、未遂を罰しないことを意味している。


犯罪行為を実行して結果が発生すれば、「既遂」となる。

犯罪と定められている行為の既遂は社会的損害を発生させたのだから、全ての既遂は処罰される。これは、当たり前である。


◆犯罪の3つの型。

以上を前提とすると、犯罪は3つのタイプに分類することが出来る。


  • 第一のタイプ。予備、未遂は処罰されず、既遂だけが成立する犯罪。

  • 第二のタイプ。未遂と既遂が処罰の対象となる犯罪。

  • 第三のタイプ。予備、未遂、既遂の全てが処罰の対象となる犯罪。


である。

共謀罪が成立すると法論理的に矛盾を生ずる。

第一のタイプは、既遂のみが処罰の対象であり、未遂、予備(準備)すら処罰の対象でないのに、

何故、共謀(相談して、合意し、まだ準備もしていない)を罰することが可能なのか?

例を挙げるなら、刑法260条の「建造物損壊罪」は5年以下の懲役だから、その共謀は共謀罪の処罰対象となる。

たとえば、労働組合や何らかの団体が、会社の建物にペンキで抗議文を書き付けようと相談したら、

文字を書くペンキの準備もしておらず、ましてやまだ何も書いていないのに、共謀罪による処罰対象となる。



第二のタイプも同じ事である。既遂と未遂だけが処罰の対象で、予備は処罰の対象でないのに、

相談して合意したら共謀罪の適用を免れず、罰せられることに正当性が無い。



第三のタイプはもともと予備でも罰せられるのだから、共謀罪の適用は比較的説明しやすい。

具体例として興味深いのは、公職選挙法222条「多人数買収罪」である。5年以下の懲役なので共謀罪の適用対象となる。

国会議員が選挙の際に、形勢が不利だというので、選挙事務所の事務長が選挙人を多数接待供応する相談をしたら、

共謀罪により逮捕されるべきである。センセー方は分かっているのだろうか?


◆結論:他国に言われたからといって、こんな治安維持法のような法律を成立させてはならぬ。

記事で書いているように、以前に比べれば、何しろ、民主党は共謀罪の制定に顔色を変えて反対していたのである。

今度「国際公約だから」といっても、数年前には全く逆の立場から「そんなのは理由にならぬ」といって反対した

民主党である。ゴリ押しはできないだろう。

しかし、野田内閣はどさくさ紛れにTPP参加を決めたり、武器輸出三原則の緩和を決めたり、

まるで節操がない。だから、注視することは必要である。

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2012.01.03

明日から仕事なのでせめて今日までは。【音楽】アルビノーニ&マルチェッロ:オーボエ協奏曲(Ob.池田昭子)

◆N響オーボエ奏者池田昭子さんのバロックです。

忘れないうちに引用元を明記しておきますが、

アルビノーニ&マルチェッロ:オーボエ協奏曲です。

Amazon取り寄せになってしまいましたね。

HMVは2012年01月03日(火)21時38分現在、「24時間以内に発送。」早い者勝ちですな。

TOWER RECORDSは、

在庫状況:お取り寄せ 発送までの目安:1週間~3週間です。

ダウンロードで良ければ、iTunes Store(iTunesをインストールしている方はクリックすると、起動します。)にもあります。


◆Amazonのレビューに書いた文章をそのまま載せます。

私はAmazonで買ったので、レビューを書きました。

駄文ですが、私の文章にしては、まあまあ、短くまとめているので、そのまま載せます。

「池昭さんトーン」によるオーボエの天下の名曲集。

池田昭子さん(通称池昭(いけしょう)さん)のオーボエの音には、他のオーボエ奏者にはない、丸みと柔らかさがあります。

それは発音(音を出す瞬間)にも、音色にも全く鋭角的なところがない、ということが関係しているように思います。

オーボエは、音量は小さいけれどもその独特な音色は全オーケストラが鳴っていても聞こえるほど、良く通ります。

しかし、それは一つ間違えると、オーボエの音色は、鋭角的に、つまり、耳に刺激的な音色になる危険を秘めている、ということです。


池昭さんのオーボエには、全く鋭角的な要素がない。私は「池昭さんトーン」と言いたいです。


アルビノーニ ニ短調作品9-2 やマルチェルロは、随分色々なオーボエ奏者の演奏を聴きましたが、

冷静に聴き直して、やはり今、池田昭子さんの演奏が最も美しいと思います。

アルビノーニ、第二楽章のソロ冒頭。

ロングトーンに僅かにヴィヴラートをかけて吹いておられますが、

あの一音だけで身体がふにゃりととろけそうな甘美な美しさ。文句の付けようがありません。


マルチェルロは、第一楽章の滑らかな装飾音型の心地良さ。

「ヴェニスの愛」で有名になった、第二楽章の殆ど陶酔するほどの美しさ。比類がありません。

その他、収録されている、全てがお薦めです。名曲の名人による、名演。それ以外に形容の仕方を知りません。

蛇足ながら、N響は、これほどのオーボエ奏者が2番をしっかり支えている。誠に贅沢なオーケストラだと言えましょう。

これ、できたら、Amazonレビューの「参考になった」に(本当は参考にならなくても)

投票していただけると嬉しいです(笑)。


◆音楽:アルビノーニ、マルチェルロ、バッハから。

これは、どのトラックを選ぶか迷いました。

本当はね。気持ちとしては全てお聴かせしたい(いつでもそうです)のですが、

それはできないので、思い切り絞りました。


まずアルビノーニ。この作品9-2、ニ短調というは、有名でして、

オーボエ奏者で吹いたことがない人はいないでしょうし、他の楽器、トランペットでも

しばしばオルガン伴奏で演奏します。


前段のレビューに書いたように、第二楽章で、長い音を伸ばすところがとても綺麗なのですが

それは、ご自分でCDを買うなり、iTunes Storeでダウンロード購入してお聴き下さい。



アルビノーニ:オーボエ協奏曲 ニ短調 作品9-2 第一楽章







マルチェルロの第一楽章です。装飾には幾つか定番がありまして、

池田さんが使用したのは、オーボエの天才といわれる、ハインツ・ホリガーが大昔、イ・ムジチ室内合奏団の伴奏で録音した時の

楽譜と基本的に同一だと思います。


マルチェルロ:オーボエ協奏曲 ニ短調 第一楽章 アンダンテ







第二楽章が「ベニスの愛」で使われて有名になった楽章ですが、それはやはり

買った人だけが聴けるということでないと・・・・。

最後はバッハのBWV 1030というのは、普通はフルート・ソナタ ロ短調として知られていますが、

同じ音型でト短調が見つかったそうです。しかも、ト短調を先に書いて、あとからロ短調に移調したらしいと。

すると、これは、本良オーボエを想定していたかもしれない。バッハの作品は、楽器を選ばないから、

弾ける楽器なら何で弾いても吹いても良いと思いますが。確かにこの曲はフルートで吹くと少し、寒々とした

気分になります。ト短調でオーボエで聴くと、かなり印象が変わります。


バッハ:オーボエソナタ ト短調 BWV 1030 第一楽章







いいですね。

とにかく、これほど、私の好きな曲ばかりというのは珍しく、それを天下の名手、

池田昭子さんで聴けるのですから、お薦めせずにはいられません。

こういうのを聴く時には色々な環境があるでしょうが、元々あまり大きな音じゃないので、

ボリュームは絞り加減にした方が綺麗にきこえます。

それから、ここに載せた曲。その気になれば、全てリコーダーで吹けます。

勿論、かなり練習しないとだめですけど。練習し甲斐がある、というものです。

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【映画】お薦め。「ハッピーフライト」。

◆随分、前の映画なのですが。

これは、「ウォーターボーイズ」「スウィング・ガールズ」の矢口史靖(しのぶ)監督の作品で、

公開が2008年11月15日で、DVDが発売されたのが、2009年5月22日ですから、いずれにせよ、

映画の紹介にしては遅すぎるにもほどがあるのですが、

大抵私は、皆さんがすっかり忘れた(と、書くとこの映画の制作に携わった方々やファンには失礼ですが)頃に、

ご紹介することになります。


しかし、手前味噌ですが、それによって一度はこの映画を見たと言う方も、「そういえば・・・」と思われるでしょうし、

見たことの無い方は、今更お薦めする人間はすくないので、良い機会だろうと思います。


肝心の商品を特定しておきます。映画本編は、

ハッピーフライト ビジネスクラス・エディション(2枚組) [DVD] です。

一番安いのは、ハッピーフライト スタンダードクラス・エディション [DVD]、一番高いのは、ハッピーフライト ファーストクラス・エディション [Blu-ray] で、

ファーストクラス・エディションは、ブルーレイのみとなります。

私は、2009年にビジネスクラスエディションを買って、その後見ております。これがちょうど良いと思います。

そして大変良い映画だと思ったのですが、何故か、日記・ブログに書いておりません。


矢口監督の前作、「スウィングガールズ」は、何しろ役者が本当に楽器の特訓を受けて、「何とか」演奏できるようにして、

実際に本番でも演奏している、と言う点が画期的です。これは記事にしました。

2007.02.26「スウィングガールズ」をテレビでやってましたね。実は結構好きなんです。あれ。

この時も映画公開から2年以上も経ってから、急に気に入ったのです。どうも私はその辺がドンクサイのです。


それはさておき、矢口監督は「ウォーターボーイズ」「スウィングガールズ」と2作「青春もの」でヒット作を撮ってしまって、

次はどうするのだろう?と思っていたら、実は「ウォーターボーイズ」の頃から「飛行機もの」の構想はあったとのこと。

本作は、綾瀬はるか主演なのでしょうが、ドジな新人CAが失敗を重ねて成長する「スチュワーデス物語」(原作です)や、

新・旧「アテンションプリーズ」でもなく、気の弱い、機長昇格訓練中副操縦士「鈴木君」を不必要に滑稽に描いた映画

でもありません。


◆非常に綿密に取材し、航空業界(業務)の真実を忠実に再現しているとのことです。

矢口史靖監督が最初に考えたのは、ジャンボ・ジェット(ボーイング747-400)に子供が取り残され、

地上からの指示を受けて、飛行機を操縦しながら、羽田空港に着陸するつもりが、

東京湾アクアラインに着陸することなってしまった、というストーリーだったそうですが、

あらゆる航空関係者に取材を重ねるほど、「絶対にあり得ない」ことが明らかになり、

「荒唐無稽飛行機もの」というジャンルがあるとすれば、アメリカ映画で、コクピットに

ゾンビが現れたり、大蛇が侵入してきたりという映画があるそうで、もはや意味が無く、

どうせ撮るなら、玄人が見ても、「あそこでああいうことはしない」というようなことを言わせない

事実に近いシチュエーションを構築しよう、という結論に至ったそうです。


綾瀬はるかさん演じる国際線初めてのCAがドジを踏む、典型的なドタバタがありますが、

そこから先は、羽田→ホノルル、ANA(実在の会社の飛行機を15日間貸して貰ったというのが、

非常に興味深いです)1980便が離陸後、あることが原因で、エアターンバック(飛行中の飛行機が、

離陸した空港に戻ること)を余儀なくされる。操縦桿を握るのは、機長昇格訓練中の田辺誠一氏演ずる

鈴木副操縦士と、ニコリともしない、時任三郎氏演ずる原田機長、

そして、寺島しのぶ演ずるチーフパーサー以下、客室乗務員、田山涼成氏演ずる森田グランドマネージャー率いる

田畑智子ら地上係員、岸部一徳=高橋チーフ・オペレーション・ディレクターら、OCC(オペレーションコントロールセンター)、

その地下にいる、管制官 、整備士、はては、飛行機と鳥の衝突(バードストライク)を防止する、ベンガル氏演ずるバードパトロール。


矢口史靖監督によると、空港の特殊性はこれらの人々は同じ「航空機を安全に運航する」ことが任務であることは同一ですが、

お互いには顔見知りではないことが多い。コクピット・クルーやCAと管制官、ディスパッチャー(OCC)は会わない。

整備士とグランドスタッフ(地上係員、あのチケットの苦情など受けて大変な人達)とバードパトロールも、多分、

一生、顔を合わせることがない。

パイロットだって、キャプテンと副操縦士は毎回コンビが違う。CAも毎回初対面の人が必ずいる。

しかし、各自が自らの使命を忠実にこなし、様々な仕事が連携することで、空の安全は保たれている。

ということを、「映画」という娯楽において、自然に一般人にも知らしめている。

この構想と、演出、それから特撮技術を多用したリアリティは、大したものだと思います。


緊急着陸を含む、航空機操縦の機器操作に関して、矢口監督は、プロに取材を重ね、

俳優に実際のパイロットが使う、フライト・シミュレーターで訓練を受けさせ、

プロに見せても「そんなところは触らないよ」と言われないような映像にしています。

逆に言うと、航空関係者に言わせると、今までの「飛行機もの」は「絶対そんなことはしない」デタラメばかり

だったそうです。

前半一時間はやや、典型的なドジCAの失敗ドタバタですが、後半は生命の危機に関するやりとりが含まれ

目が離せません。

一度観た方も、音声を「日本語音声2」にすると矢口監督の解説を映画と同時に

聴くことができます。まだ知らない方が多いのでは無いでしょうか。字幕を「字幕2」にセットすると、

台詞ではなく、「航空用語の解説」が表示されるので、これも面白い。

お薦めです。


◆「USエアウェイズ1549便不時着水事故」はこの映画の後のことでした。

一つ書き忘れました。「ハッピーフライト」のストーリーでは、「エマージェンシー(緊急事態)」を宣言する

原因となったのは、鳥との衝突、バードストライクですが、エンジンに吸い込んだのではありません。この映画の公開は、

前述の通り2008年11月15日ですが、そのちょうど2ヶ月後、アメリカで、

ニューヨーク発シャーロット経由シアトル行きのUSエアウェイズ1549便がニューヨーク市マンハッタン区付近のハドソン川に不時着水する、

所謂「ハドソン川の奇跡」、USエアウェイズ1549便不時着水事故が起きたのでした。

これには、矢口監督も驚いたそうです。

蛇足ながら、「ハドソン川の奇跡」をもたらしたのはベテラン機長、チェズレイ・サレンバーガーの冷静な判断と操縦のおかげだ、

というので、彼はすっかり「ヒーロー」になりました。そうしたら、チェズレイ・サレンバーガー氏は自分で早くも

「自伝」を執筆しましたね。既に邦訳されてます。

機長、究極の決断 (静山社文庫)

如何にも欧米人の社会。常に折りあらば、パワー全開で自己主張しなければなりません。

ちょっと、最後に皮肉をかきました。

映画「ハッピーフライト」DVDはお薦めです。

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2012.01.02

明けましておめでとうございます。/【音楽】「一月一日」「管弦楽の為のラプソディ」モーツァルト「ジュピター」

◆御挨拶。

皆様、明けましておめでとうございます。

旧年中は、拙日記・ブログを御愛読いただき、
誠にありがとうございました。


本年も、引き続き駄文にお付き合い下さいますよう。
お願い申し上げます。

皆様とご家族のご健勝、ご多幸を祈念いたします。


◆【音楽・映像】「一月一日」(管弦楽)

元旦ぐらいは、ゴタゴタ面倒臭い話は抜きに致したいと思います。

「年の初めのためしとて」という唱歌、大変すきなのですが、

上手な声楽家がまともに歌った録音はありません。


本当は私が最もお聴かせしたいのは、何十年も前になりますが、

芥川也寸志さんと黒柳徹子さんが司会をしていた土曜日の夜のクラシック番組が

ありまして(スタジオ収録で、オケは必ず東フィルでした)、ある年、

元旦ではないのですが、その年の最初の放送の冒頭で、

芥川さんが、この「一月一日」をオーケストラ版に編曲したものが実に見事な

響きでした。あたかもヘンデルの「王宮の花火の音楽」のようで、

「祝ふ今日こそ たのしけれ」の前でクレッシェンドし、「祝う」の「い」

に合わせて、シンバルがジャーンと鳴る、非常にシンフォニックな編曲でした。

あの楽譜は何処かに残っているのでは無いかと思います。


そのものは見つかりませんが、下手な歌より、マシだと思いますので、YouTubeで見つけたものを

お聴き下さい。


一月一日







歌詞は、

1.年のはじめの ためしとて

  終わりのなき世の めでたさを

  松竹立てて 門ごとに

  祝ふ今日こそ たのしけれ


2.初日のひかり さしいでで

  四方に輝く 今朝の空

  君がみかげに たぐえつつ

  あおぎ見るこそ 尊とけれ

です。


◆管弦楽の為のラプソディー(外山雄三氏、N響での自作自演映像)

今までに何度も説明しましたが、もう一度。

この曲は1960年、NHK交響楽団が初めて海外演奏旅行を行いました。

殆ど世界一周です。

この歴史的意義を正確に理解している人がすくないのですが、

世界(特に欧米人)は、N響を聴いて、文字通り「驚嘆し」たのです。

1960年とは、明治維新(正確には明治元年)から100年経っていません。

西洋音楽2000年の歴史がDNAに組み込まれている西洋人と異なり、全くそれが無い

日本人が、西洋音楽を勉強し始めて、100年も経っていないのに、これほど立派な

オーケストラを持ち、自分達(西洋人)の音楽を理解して演奏しているということで

日本人を見る西洋の少なくとも知識人の、日本ないし、日本人に対する見方を

革命的に変えたという点においてN響の世界一周演奏旅行は実は大変な偉業なのですが

いまだに、一般には理解されていません。


さて、この世界一周演奏旅行の指揮者はなんと、まだ若手の岩城宏之さんと外山雄三さん。

ずっと一緒にピアノのソリストとして中村紘子さんが同行しました

(中村さんは、振り袖でショパンのコンチェルト1番などを弾きました。弾きにくかっただろうと思います)。

演奏旅行前に、外山雄三さんがアンコール用に作曲したのが、この

「管弦楽の為のラプソディー」で、当時も今も、海外のファンは、この曲を大変楽しみに

しています。


外山雄三さんの自作自演をYouTubeで見つけました。


管弦楽のためのラプソディ(外山雄三指揮、NHK交響楽団)






非常に巧みなオーケストレーションです。

フルートの小出信也さんの「信濃追分」の切なさ。

「八木節」になってからのパーカッションの皆さんのノリの良さ。

美しく、楽しい。文句の付けようがありません。


◆山田一雄指揮:1990年N響、モーツァルト交響曲第41番「ジュピター」第四楽章

正月とは関係無いのですが、あまりにも懐かしい。


モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」第四楽章






山田一雄先生は、音楽の世界の人々の間のみならず、お客からも「ヤマカズさん」の愛称で

親しまれていました。

日本に於けるクラシック音楽演奏の発展に大きく寄与した方です。

棒(指揮の動作)は、特別上手い訳ではありませんが、ヤマカズさんの頭の中には、

「音楽」、それしか無いのだ、ということがわかります。

この「ジュピター」、放送されたときのこと、私は大変よく覚えています。

演奏終了後、ヤマカズさんがステージ(サントリーホール)に現れただけで、オーケストラのプレイヤーが

拍手をしているでしょ?こういうことは滅多にありません。山田先生の音楽へのひたむきな情熱への

尊敬と称讃がそこには含まれている。決して「ご老体、ご苦労様」ではない。

あくまでも敬意の拍手です。演奏中もオーケストラはヤマカズさんの棒そのものというよりも、

「何を表現したいのか?」という気持を先に察して演奏しています。オーケストラをそういう気持ちに

させる、というのは大変なことです。

私の父は随分前に他界しました。音楽は好きでしたが、オーケストラの細かい事などはあまり知らないのです。

しかし、この演奏がテレビで放送されたときに、ぽつりと、

この人(ヤマカズさん)は、本当に音楽が好きなんだな・・・

と言ったのです。まさしくその通りだと思いました。その思い出もあります。


これは、紛れもなく、名マエストロの名演だと思います。

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2012.01.01

年末所感

◆「紅白歌合戦」を見ていて考えた。

紅白歌合戦の熱心な視聴者ではないが、今年は、どうなるかと思って見ていたら、

やはり、東日本大震災の被災者や、直接の被災者ではなくても、地震によって大きなショックを受けた

日本人を何とか、元気づけたいという、演出が非常に明らかだった。


勿論、それは「悪いこと」ではないが、「頑張っ」たり、「明日を信じ」たり、「夢を諦め」なければ、

何とかなる、という情緒面を過度に強調する、如何にも日本人の好きな「浪花節」的思考に傾くことには

気を付けた方がいい。


◆科学的・合理的思考の欠如

世の中、あまりにも「科学的合理性」や「論理」「客観性」を強調すると冷酷な印象となる。

それは分かるが、倫理学者、和辻哲郎先生が著書、「鎖国」(上)

始めに書いておられる文章を引用する。

和辻哲郎「鎖国 日本の悲劇」序文より

太平洋戦争の敗北によって日本民族は実に情ない姿をさらけ出した。この情勢に応じて日本民族の劣等性を力説するというようなことはわたくしの欲するところではない。

有限な人間存在にあっては、どれほど優れたものにも欠点や弱所はある。その欠点の指摘は、人々が日本民族の優秀性を空虚な言葉で誇示していた時にこそ最も必要であった。

今はむしろ日本民族の優秀な面に対する落ちついた認識を誘い出し、悲境にあるこの民族を少しでも力づけるべき時ではないかと思われる。

しかし人々が否応なしにおのれの欠点や弱所を自覚せしめられている時に、ただその上に罵倒の言葉を投げかけるだけでなく、

その欠点や弱所の深刻な反省を試み、何がわれわれに足りないのであるかを精確に把握して置くことは、この欠点を克服するためにも必須の仕事である。

その欠点は一口にいえば、科学的精神の欠如であろう。合理的な思索を蔑視して偏狭な狂信に動いた人々が、日本民族を現在の悲境に導き入れた。

がそういうことの起り得た背後には、直観的な事実にのみ信頼を置き、推理力による把捉を重んじない、という民族の性向が控えている。

推理力によって確実に認識せられ得ることに対してさえも、やって見なくては解らないと感ずるのがこの民族の癖である。

それが浅ましい狂信のはびこる温床であった。またそこから千種万様の欠点が導き出されて来たのである。

これは、当時、普通の日本人でも「アメリカと戦争などして、勝てる訳がない」と感じていた人が大勢いたのに、

一部の、恫喝的な狂信的な人々の所為で、「当たり前」のことを口にだすと「非国民」呼ばわりされたり、

しまいには、「大和魂」さえあれば、竹槍でB29を撃墜できる、と本気で信じていた人が実在した、という状況を指している。


今の日本人は、そこまでアホとは言わないが、「紅白歌合戦」を見ていて、喜んだ方には申し訳ないが、

いくら、「頑張っ」ても、「未来を信じ」ても、放射性物質を無効化することはできないのである。

2011年3月11日の地震による、地震そのもの、又、津波による被害、犠牲者だけでも、

史上最大規模の国難であることは間違いないが、もしこれだけだったら、日本人は

時間がかかっても、元通りかそれ以上に復興・開発してしまう、とてつもない能力と勤勉性を

有しているが、原発事故だけは、どうしようも無い。


人類は放射能を消す技術をもっていないのである。福島第一原発から溶融した核燃料は

圧力容器底部を溶かし、さらには、小出裕章京都大学原子炉実験所助教によれば、多分、格納容器も溶かし、

地面に落ちて、「どこかに」存在し、大気に直接触れている。

従って、これを拾い上げて、再び密閉した容器に入れるか。或いは、

溶け落ちた地中で、完全に周り中を固めてしまわないと汚染は続くのである。


消費税、武器輸出三原則、TPPも、既に弊日記・ブログで取りあげたとおり大問題だが、

福島原発の溶融した核燃料が今どうなっていて、どのように処理するのか、はっきりした

方針が立たず、したがって、具体的な行動予定も策定できていないのが、

日本国にとって、最大の問題である。


歌や音楽や、諸々を楽しむ事は人間にとって大切だが、だからといって

最大の問題を忘れたり、意識から排除しては(したほうが、樂だが)いけないのである。

それは、人間が勝手に決めた暦で2011年が2012年に変わっても、

全く変化しない。

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