札幌オリンピックから40年です。「虹と雪のバラード」「札幌オリンピックファンファーレ(三善晃 作曲)」など。
◆1972年2月3日から13日まで、札幌で冬季五輪が開催されました。
のっけから何ですが、失敗しました。
折角40周年なのですから、当時の開催期間に合わせれば良かったのですが、昨日までだったんですね。
しかし、今日気がついて、まだ良かった。
五輪公式サイトに、Sapporo 1972として記録されています。
今では、夏の五輪と冬季五輪は2年ごとに交互に開催されますが、
こうなったのは、かなり最近のことなのです。調べて驚いたのですが、
Wikipedia、近代オリンピック 開催国を見ると分かります。
1992年までは夏季、冬季五輪は同じ年に開催されていました。
◆開会式で演奏されたファンファーレ。
札幌オリンピックは日本で開催された2度目のオリンピック(1度目は1964年の東京五輪。夏季大会)です。
最近、オリンピック大会ごとに独自の新しいファンファーレって、作曲されているのでしょうか。
以前はあったのです。記憶に残っている最後は、ロサンゼルス五輪のジョン・ウィリアムズ(スターウォーズなどの
映画音楽の作曲者)ですが、それはさておき、
東京五輪は一般公募で、長野県の今井光也氏の作品です。
東京オリンピックファンファーレ
見事ですね。
札幌オリンピックファンファーレは、現代日本の代表的作曲家、三善晃(みよし あきら)氏の作品です。
札幌オリンピックファンファーレ
意識的に不協和音を使っておられますが、見事なファンファーレです。
これは、詳しい逸話を調べたいと思ったのですが、あいにく見つからないので、記憶で書きます。
札幌オリンピックの開会式の当日は晴れていましたが、1972年2月3日(開会式当日)の札幌は、
最高気温がマイナス1.9℃、最低気温がマイナス8.4℃。当然ながら寒いですね。
これで屋外で開会式を行ったのですから、ファンファーレを待っている間、
自衛隊音楽隊の方だと思いますが、ファンファーレまで屋外で待っているとなると、楽器が冷えます。
半端じゃないですね。管楽器に限りませんが特に管楽器は冷えるとピッチは下がるし、それ以前にこれぐらい
寒いと、放っておいたら、管が冷え切り音が出ないんですね。さらに、確かNHKのアナウンサーが開会式実況中に
それ以前に取材したのでしょうが、ファンファーレ隊の方々は、楽器を寒気に晒しておくと、トランペットのあの
ピストンの部分が凍ってしまいそうになるので、楽器を暖め続けるのに、普通は息を吹き込めばよいのですが、
この時の札幌ほど寒いと、それだけでは暖まらないので、色々苦労があったとのことでした。
◆「日の丸飛行隊」と「ジャネット・リン」
元来スポーツに関心がない私ですら、良く覚えております。
70メートル級ジャンプで、日本の笠谷選手、金野選手、青地選手が、
金・銀・胴メダルを独占したのです。
今だったらこんなニックネームをつけたら日教組とか、さぞや五月蠅いでしょうが、
当時は「日の丸飛行隊」と呼ばれました。
見ると分かりますが、この当時はまだ、空中で、スキー板をVの字の角度にせず(その方が飛距離が出ることが
分かったのは後年です)、両足の板を揃えて飛んでいます。銅メダルの青地選手はバランスを崩しかけますが、
それまで、足首をきたえていたので、板の角度を微妙に調性し、空中での姿勢を保ったそうです。
笠谷幸生 ・ 日の丸飛行隊 札幌オリンピック (1972年)
勿論、アナウンサーの実況が笠谷選手に聞こえているわけではありませんが、
さあ、笠谷。金メダルへのジャンプ!
と言われて、本当に金メダルを獲得してしまったのですから、そりゃあ、日本中が大喜びでした。
もう一人、私と同年代の男性は懐かしいでしょう。「氷上の妖精」、アメリカのフィギュアスケート、
ジャネット・リン選手。この人には、皆、ウットリしちゃったのですね。
今見ると、それは、40年前ですからね。ジャンプなんていったって、1回転か2回転ぐらいしかしていないのです。
それでも解説の方は「終わり近くなっても、ジャンプの高さが全然低くならない」と感心していますが、
そういうことは、どうでもよろしい。正に「妖精のような」という形容がぴったりする、可憐な美しさと
笑顔を絶やさないジャネット・リン選手に、日本中の男性が魅了されたと言っても過言ではありません。
この映像ではないのですが、スッテンコロリンと転んだことがありまして、その転んで立ち上がるときまで、
ずっと笑顔なんです。これには、参りました。
私は小学校6年でしたが、勝手に憧れてテレビの前で真っ赤になっていたそうです(お袋の証言ですが)。
Janet Lynn 1972 Sapporo
今、気がついてびっくりしたのですが、ジャネット・リン選手、フィギュアスケートに、
ベートヴェンの、序曲「レオノーレ第三番」の最後のプレストを使っています。
今、フィギュアスケートでベートーヴェンって、あまり見かけないように思います。
少なくとも「レオノーレ三番」は使わないでしょう。面白いですね。
◆「虹と雪のバラード」
これは、札幌オリンピックの「テーマ曲」ですね。
美しい旋律と、美しくロマンティックな歌詞。
この作詞者は、河邨文一郎(かわむら ぶんいちろう)氏ですが
なんと札幌医大の整形外科のドクター兼詩人なんです。
オリンピックの前の年ぐらいから随分歌われていました。色々な歌手がカバーしましたが、
何と言っても、トワ・エ・モアです。
【1972】【虹と雪のバラード】【トワ・エ・モワ】
なんと美しい日本語でしょう!
この歌を聴いた頃、子供心に行ったことも見たこともない「札幌」で
どんなに素晴らしいことが起きるのだろう?とワクワクした気持が蘇ります。
白状すると、今、ちょっと涙腺が緩んでおります。
トワ・エ・モアは4年で解散したのですが、数年前から又、歌っておられます。
たまらなく懐かしいです。
お若い方にはつまらなかったかも知れませんが、私と同世代以上の方は、札幌オリンピックを
懐かしく思い出されたのではないでしょうか。
それでは。
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コメント
あつし様、こんばんは、いつもコメントをありがとうございます。
>スウェーデンのボークレフと言う選手が開発したV字ジャンプの秘話も面白いですね。
V字ジャンプ秘話は知りませんでした。あれはスウェーデンの選手ですか。
>90m級ジャンプの舞台となった大倉山シャンツェに行ったことがあるのですが、よくもあの高さから滑り降りるものだと、本当に驚くやら感心するやらでした。
私は行ったことがないのですが、いらっしゃった方、皆さん、おっしゃいますね。
「普通なら、足がすくんで、とてもこの傾斜を滑って空中を飛ぶなど、信じがたい」と。
>ジャネット・リン選手の転倒もハッキリ覚えています。
あれは、ものすごく記憶に残っていますね(笑)。
>解説の方が、”リン選手の表情でこの転倒の悪いイメージを審査員の方が引きずることはないでしょう”と解説されていたように思います。
よく、覚えておられますね!私は覚えていないというか、解説の方のコメントを聞いていなかったのかも知れませんが、
転倒のイメージさえ、好印象に変えてしまう、などということは、今は技術水準が上がったフィギュアスケートのピリピリした世界
(それは、それで選手の方々は一生懸命に練習して、演技しているわけですが)では、考えられないですね。
スポーツに限らず、まだ世の中がどことなく長閑だったように思います。
> 私も勝手に惚れ込んでいましたよ(笑) というか、私の周りの連中みんなが惚れ込んでいたような気がします。
ものすごい人気でしたよね。ジャネット・リンさんほど、日本中の男性が一致して熱狂的にファンになったスケート選手は、
空前絶後なのではないでしょうか(笑)。
>懐かしく、そして楽しく札幌オリンピックを思い出させていただきました。ありがとうございます。
こちらこそ、です。どななにも、コメントして頂けなかったら、ちょっと寂しかったと思います。
やはり、懐かしいですよね。それは、何でも「昔は良かった」ということではなくて、
「思い出」があるものは懐かしい。これは 「人情」だと思います。
投稿: JIRO | 2012.02.15 21:26
同世代の私、今日の記事を読んで札幌オリンピックを懐かしく思い出しました。スキージャンプの金・銀・銅独占には歓喜したものです。スウェーデンのボークレフと言う選手が開発したV字ジャンプの秘話も面白いですね。90m級ジャンプの舞台となった大倉山シャンツェに行ったことがあるのですが、よくもあの高さから滑り降りるものだと、本当に驚くやら感心するやらでした。
あと紹介のあったジャネット・リン選手の転倒もハッキリ覚えています。解説の方が、”リン選手の表情でこの転倒の悪いイメージを審査員の方が引きずることはないでしょう”と解説されていたように思います。私も勝手に惚れ込んでいましたよ(笑) というか、私の周りの連中みんなが惚れ込んでいたような気がします。
懐かしく、そして楽しく札幌オリンピックを思い出させていただきました。ありがとうございます。
投稿: あつし | 2012.02.15 17:23