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2012.02.25

読売新聞「人生案内」に見る「人の悩みを親身になって聞く」ということ。

◆記事(相談内容):過去に戻りたい15歳(2012年2月4日 読売新聞)

15歳、無職女性。以前からずっと「過去に戻りたい」と思い続けています。

「そんなこと、できるわけない。あり得ない」と言われるのはわかっています。

自分でもいろいろと方法を探しましたが、見つかっていません。

今は寝る前に「朝起きたら、過去に戻っていますように」と祈ることぐらいしかできません。

人生でやりたいこともなく、無気力な生活を送っています。新聞を読むぐらいで、

それ以外は普段、ほとんど何もしていません。時がただ流れるのを待つだけの日々で、息苦しく、

このまま年齢を重ねていくことに怖さを感じます。毎日楽しくなくて、

「やり直せたら」と考えてしまうのです。過去に戻れないなら死のうと思ったこともあります。

時間を戻す方法を知っていたら、教えていただけませんか。(群馬・N子)


◆回答

「過去に戻りたい」というご相談……。最初の部分を読むと、「タイムマシンをどう作るか」というSF的なご質問か、

あるいは相対性理論の話かなと思ったのですが、読み続けると、

「現在が楽しくないので、過去に戻ってやり直したい」という願望だと分かりました。

普通なら、なぜ楽しくないのか、具体的にどんな苦労があるのか、

人間関係の問題などの「生々しい」現実が書いてあるに違いない。

しかし、あなたはただ「過去に戻りたい」という形で全てをまとめてしまっている。

これはかえってあなたの苦悩の深さを物語るような気がします。

ここで私の頭の中に浮かんだのは、

「『現在』は一瞬にして『過去』になる。過去と現在の区別はそれほど大きくない」

という考えです。

こう考えると、過去に戻ってやり直したいというあなたの姿勢は、ある意味前向きであって、

現在を積極的に生きたいということと大して違わないとも思えます。

あなたはやりたいことがなく無気力と言いますが、それは何かやらねばという真摯(しんし)な姿勢の裏返し。

過去に帰ることを考えるよりも、自分の中にある前向きの意欲に気づくことが大事だと思いました。

(野村 総一郎・精神科医)


◆コメント:「親身になって考える」ということ。

回答者の野村先生は、私の主治医で、10年以上お世話になっているのでよく存知あげていますが、

それでも、毎回、「人生案内」の真摯な回答を読むと感動するのです。

「相手の立場になって考える」ことが大切だ、ということは観念的には、みな、知っていますが、

実際は、なかなか出来ないものです。自分の経験の範囲内で解釈し、

簡単に「甘い」などと切り捨ててしまいます。

しかし、野村先生は違うのです。感動的なほど、「相手の立場になって考える」ことを

野村先生ほど真摯に実行している人物を、ドクターであろうがなかろうが、私は他に知りません。


この「悩み」を一見すると、普通の人は「バカバカしい」と思ってしまうことでしょう。

相談者は15歳で「やることが見つからない。過去に戻りたい」、と訴えている。

普通の(精神科医を含む)大人であれば、まず、99%の人は、

あなた、まだ、15歳でしょう? やることを見つけるのはこれからでしょう?

過去に戻るって、あなた、15歳から「過去に戻っ」たら、生まれてないでしょう?

という、たぐいの回答をしてしまうと思います。

しかし、野村先生は、驚くべき事に、なんと相談者の年齢には一切言及していません。

大人が子供に教え諭す、という姿勢でもありません。

「悩みそのもの」だけに着目し、論理的に回答しています。

この「相談」に関しては、先生にまだ聞いていませんが、実際の相談はもっと長文であることが

多いけれども、紙面の都合で編集されていることが、しばしばあるそうです。

完全に私の想像ですが、実際の相談者の文章はもっと詳細な長文だったのかもしれません。

野村先生は、それを読み、相手の理解度、精神的成熟度を見極め、この15歳の相談者が理解できると判断し、
ここで私の頭の中に浮かんだのは、

「『現在』は一瞬にして『過去』になる。過去と現在の区別はそれほど大きくない」

という考えです。こう考えると、過去に戻ってやり直したいというあなたの姿勢は、ある意味前向きであって、

現在を積極的に生きたいということと大して違わないとも思えます。

と、大人でもよく読まないと瞬間的には理解しにくい、かなり哲学的な回答を示しているのです。

日本語の「親身になって考える」という表現は、あたかも、野村先生の回答の為に用意されたものではないか、

とすら、私は思います。

実は、野村先生の人生案内について書くのはこれが二度目です。前回は、
2011.03.10【書評】人生案内「もつれた心ほぐします」(野村総一郎)

です。読売新聞「人生案内」の全ての分野の全回答者で、

回答が本になっているのは、野村先生だけだと思います。

これです。人生案内もつれた心ほぐします

人生には、ありとあらゆる悩みがあることを思い知らされますが、

同時に、野村先生の回答は絶対に、相手を突き放すようなことをしないのです。

自分には当てはまらない「悩み」であっても、野村先生の回答を読むと非常に暖かい気持ちになります。

私は、自分がうつ病になったことを恥とは思いませんが、勿論自慢にもなりません。

しかし、この病のおかげで野村先生に診ていただけたのです。

人生には不運が好運に結び付くことがあるのですね。

今一度、人生案内もつれた心ほぐしますを、お薦めします。

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