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2012年6月

2012.06.30

「ほめてやらねば、人は動かじ」50を過ぎても褒められれば嬉しいのです。

◆やってみせ、いって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ。

これは、連合艦隊司令長官、山本五十六海軍大将の言葉として有名ですが、

山本さんに関する最も優れた伝記と思われる、阿川弘之氏の、「山本五十六」(新潮文庫)(上)(下)には出て来ません。

本当に山本さんの言葉であっても、そうでなくても、「褒め下手」の日本人は、もっとこれを意識するべきです。

やってみせ、いって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ

とはいうものの、実際は大人ならば、「やってみせ、いって聞かせて、させてみて」まで実行する必要は必ずしも

無いでしょうし、また、
褒めてやらねば人は動かじ

が理想ですが、現実には、世の中の勤め人は、かなり頑張っても良い結果をだしても

褒めてなんかもらえませんが、それでも淡々とはたらいています。

それは、偉いと思います。

但しそれは、「望ましい」状態ではない。日本社会の悪い癖です。「褒め下手」。

本当は褒められて嬉しくない人は、いないと思うのです。


私は、音楽が好きですから音楽家と比べてみます。

プロの音楽家になる、というのはちょっとやそっとでは、無理です。

はっきり言って、かなり才能が有る人達が、何十年もの間毎日何時間も練習して、

それでも、職業音楽家になれるとは限らないし、なったらなったで、

「上手く弾けて、当たり前」とみなされますから、実に大変です。


それでも、音楽家や舞台俳優や、バレエダンサーを羨ましく思うのは、
いい仕事をすれば、客席からの拍手で讃えられる。

ということです。


◆大抵の仕事は、うまくやっても「当たり前」で、誰からも何もいわれません。

私は、ごく平凡なサラリーマンを28年続けています。

とくに今は、本店なので、お客さんと接することもない。

仕事の最前線「現場」で働いていると、接客業というのは、常に真剣勝負で、

下手なことをしたら、トラブルになり、大変なことになりますが、

誠心誠意尽くすと、お客さんから、「ありがとう」の一言をかけて頂けることがあります。



ただ、その一言だけでも、ひじょうに励みになるものです。

くどいようですが、今は本店の「○○○○部」にいますので、

職場では、朝から晩まで、皆黙々とパソコンに向かって仕事をしてます。


長年、勤め人をしていると分かりますが、こういう「地味な」仕事にも、

実は「名人芸」的な要素は随所にあります。

ある人の「ファインプレー」のおかげで何かがスムーズに運んだり、逆にトラブルを未然に防いだ、

というような場合、おかしな言い方ですが、それは「ブラボー」に匹敵するほどですが、

日本人というのは、人を褒めると何か「損をする」とでも思っているかのように、

実に無反応です。いくら「良い仕事」をしても、職場を去るときには、くたびれた人達の

無愛想な「お疲れ」とか、これ、本当にひどいとおもうのですが、

たまたまこちらが「お先に」となっても、ブスッと黙っていて返礼しない奴が結構います。

ちょっと一言、お疲れ様でした、でも人はその日1日の仕事が報われた気がするものです。


手前味噌になりますが、私は会社で社内、社外(世の中全体)の情報で「これは」というのを

まとめて、300数十人に、1日3回、メールで配信する、という仕事をしています。

手前味噌の連続になりますが、かなり「いい仕事」をしていると思います。

当初は、同じグループの数人にだけ、社内メールで配信していたのですが、段々と

うわさになり、やがて、他のグループの長も「読みたい」と言いだし」

その話を聞いた部長席からも「配信依頼」がきて、

ついには、全部員と、担当役員にまで配信するに至りました。

かなり、役に立っているのですが、だれも何も言ってくれません。

こちらも大人ですから、だからと言って「人は動かじ」にはなりませんが、


皆、下手だなあ、と思うです。何が下手かというと、

「情報源としてのJIROの使い方」が、です。

以前は、「いやー、いつも良い情報をありがとう」とたまに言ってくれる人が

いましたが、最近は、全然無反応なのです。しかし、私の情報を待っていることは、

送信するときに「開封確認を送る」の設定にしているので、送った途端、

一斉に開封確認メールが返ってくることから、大体わかります。

「JIROの情報など、役に立たない」と思っていたら、直ぐにメールを見ない

筈です。それで「まあ、いいか」と思っていましたが、今日たまたま、普段は

あまり直接顔を会わせることがない、部長から「いつもいい情報をありがとう」と

言われました。これで嬉しく無い訳がありません。

そういうことです。

いい年をした中年オヤジだろうが、人間は褒められれば嬉しいのです。


◆「褒める」といっても、色々なやり方があります。

他人から褒められるということは、自己の重要感(自尊心)を意識するので、

嬉しい訳ですが、褒められたければ、まずこちらから、他人を褒めることです。

しかし、無理に、歯の浮くような言葉、たとえば、

いやー、君は出来るねえ。

というような台詞はわざとらしい。何を理由に何が「出来るのか」わかりません。

他人を「褒める」のはなかなか難しいので、まずは「謝意を表する」ことです。



簡単なことです。例えば、女の子が単に書類を持って来てくれたときに、

日本の多くの「オッサン」は黙って、ひどいのになると、持って来てくれた人を見もしないで、

書類を片手で受け取り、黙ったままです。私も自分が若い頃「エラい」先輩のこういう態度が実に不愉快でした。

「ひとこと、何か、いうことないのかよ?」と思いました。そうなのです。
ありがとう、ご苦労様。

の一言を添えるだけで、相手は気持ちがいいと思います。


また、私はビルの清掃会社の人とか、自動販売機に清涼飲料水を補充にくる「業者」の人と

通路ですれ違う時には、
お疲れ様です。

と言うようにしています。これなどは、謝意を表する最も初歩的なものですが、

世の中を見ていると、きれいなビルの中でトイレがきれいなのは、トイレを掃除してくれる人がいるからですが、

清掃会社の人とトイレで出くわしても、何か言う人を見たことがありません。

清掃会社の方々の殆どは、多分、声すら掛けられたことがないのでしょう。

「お疲れ様です」(この「です」が重要です。「お疲れ様」だと見下しているようです)だけでも

嬉しそうな顔をしてくれます。人が喜ぶ顔を見れば自分も嬉しい。

それが人情です。

人間は誰しも独りでは生きられないのであって、実に色々な人のおかげで生きています。

このようにちょっとしたことで、随分と、世の中は雰囲気が変わるのではないか、と思います。

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2012.06.28

体調は悪くないのですが、何だか、何も書く気がしません。

◆問題山積にも関わらず、書く意欲が湧きません。

何だか、最近、余りにも全てが混沌としていて、

何を書いても無駄、という気持ちになってしまいます。


消費税率引き上げですが、いずれ社会福祉の財源が不足するから、

消費税率を上げなければいけない、という論理が仮に正しいとしても


昨日も書いたように、福島第一原発がもう一度ぶっ壊れたら日本そのものが終わり

という状況で、そのことには全く触れずに、何故、「今」、消費税が最優先課題なのか、

が理解できません。


そして、与党も野党も、被災地のことを気に掛けているフリをしますが、

実際は、私欲のかたまりで、次の選挙で何とかもう一度衆議院議員に当選して、

今の美味しい特権を享受したいというのが、あからさまです。


また、今日は電力会社の株主総会がありました。

東電も関電もとりあえず「陳謝」するけど、本当にそう思っていないことは

明らか。そして、普段は正義感などないのに、今回ばかりはいくらでも経営陣を

吊し上げることができる、というのが「楽しみ」で、株主総会に出席した人も多かったことでしょう。

そういうことを考えてたら、何かを論ずる気力がなくなりました。

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2012.06.27

「福島第一原発4号機 壁に傾き」←「消費税」より余程重大事です。

◆記事:福島第一原発4号機 壁に傾き(NHK 6月26日 5時27分)

水素爆発で大きく壊れ耐震性が懸念されている福島第一原子力発電所4号機で、

東京電力が建屋の外壁の膨らみによる傾きをさらに調べた結果、

先月の調査より大きな傾きが新たに見つかりました。

解析の結果、東京電力は、4号機の建屋全体やプールの耐震性に問題はないとしています。

福島第一原発4号機では、先月、原子炉建屋の西側で水素爆発の爆風でできたとみられる膨らみによる傾きが確認され、

傾きは、壁の高さ13メートルに対し3.3センチで、建築基準法の制限値の半分ほどでした。

東京電力が今月さらに調べた結果、外壁の傾きは建屋の西側や南側の広い範囲で確認され、

西側の3階部分に高さ13メートルに対し4.6センチと、先月の調査より大きなものが新たに見つかりました。

傾きは、すべての場所で建築基準法で定められた制限値を下回っているということです。

4号機の建屋の上部にある使用済み燃料プールには、福島第一原発で最も多い燃料1535体が保管されていますが、

東京電力は、建屋全体やプールは傾きが見つかった外壁以外の柱などで支えられていることから、

解析した結果、耐震性に問題はないとしています。(注:色文字は引用者による)


◆コメント:消費税どころじゃ無いでしょ?

消費税率引き上げが衆院本会議で可決されたが、54名の民主党員が反対票を投じた。

消費税に限らず税制の問題が「どうでもいい」とはいわないが、

先日、
 

情報の軽重を考えることは大切です。「欧州」「橋下」「高橋容疑者」「子供の脳死臓器移植」

という文章を書いた。この時には、原発を最優先と見なしていないが、

その時々で、ことの軽重(けいちょう。重要度。優先すべき程度)は変わる。


今日は、政治家、メディア、世論全てが「消費増税法案」を日本のトップニュースであると見なしているが

(あるいは、そう思うように誘導されているかもしれないが)、

それは間違っている。


冒頭に転載したNHKの記事が伝える状況は「国家の存亡」に関わることだ。

本来「消費税」など完全に無視して、福島原発4号機、使用済み燃料プールの現状把握に、

日本国内の全てのエネルギーを注ぐべきだ。


◆4号機燃料プールが崩壊すれば日本は"おしまい"です(小出助教 3月8日 テレビ朝日系列「モーニング・バード」)

小出裕章京都大学原子炉実験所助教が4号機使用済み核燃料プールに言及したのは

ずっと前からだが、大手メディアがそれを報じ始めたのは、これが最初かもしれない。

MBSと違って、テレ朝がの削除依頼を出したらしく、YouTubeにアップされていた音声と映像を

見ることは出来ないが、内容の文字起こしを読むことができる。

2012.03.23 福島原発4号機の使用済み核燃料プールが壊れたら、(東京も含めて)「おしまいです」(小出助教)

福島第一原発4号機の危険は、世界が固唾を呑んで監視していると言っても過言では無い。

アメリカの上院議員まで書いている。
福島第一原発4号機・使用済み核燃料プールの危機的状況を米上院議員が指摘、「国際的支援を仰げ」と駐米大使に書簡を送付 (東洋経済 オンライン 12/04/18)

これを取り上げた、弊ブログの記事は、
2012.04.22 福島第一原発4号機の危険を指摘しているのは、小出助教だけではない。

である。因みにこの上院議員は、ロン・ワイデン上院議員(Sen.Ron Wyden)で、彼のサイトの原文は、
After Tour of Fukushima Nuclear Power Station, Wyden Says Situation Worse than Reported

だ。さらに、
「福島原発4号機は危機的状況、国際的な責務果たせ」――元駐スイス大使が枝野・細野両大臣と米倉・日本経団連会長に要請(オルタナ 4月13日(金)13時50分配信)

と、この時期、様々な方面から、4号機使用済み核燃料プールに速く対処しろ、との警告が発せられているのに、

野田首相はじめ、国会議員は誰1人4号機の「よ」の字も口似せず、消費税率引き上げを利用した党利党略に奔走している。

使用済み核燃料プールがもしも崩壊したら手のつけようがなく、横浜付近まで、要避難区域になるだろうと小出助教は繰り返し書いたり、

テレビで話している。知らないでは、すまされない。

日本そのものが、人が住めないぐらい放射能で汚染されたら、消費税も橋下大阪市長批判も出来ないのである。

物事の軽重を、見誤っては、いけない。

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2012.06.26

「ポジティブ思考」を止めるすすめ。

◆ポジティブ・シンキング(positive thinking)をしない。

サラリーマン向けの「自己啓発書」って読んだ事がないのですが、

表紙と目次をチラリとみれば大体想像が付きます。


「ポジティブ・シンキング(プラス思考)の薦め」の類、多いですね。

常に前向き。失敗しても、そこから何かを得ようとする。

上司の叱責は愛情だと思え。

自分の仕事が好きだ、と思い込め。


全て止めた方がいい。本当に仕事がすきだったり、プラス思考の人は

放っておいても、プラス思考なので、こういう本は読まない。

この類の本を読んだり、講習会に出ようとするひとは、元来ネガティブ・シンキングです。

実際以上に自分を過小評価してしまうようなのは、「認知の歪み」が起きている可能性があり、

これには、うつ病治療に用いる「認知療法」が有効な場合がありますが、

今日はながくなるので、またいずれ。


私が言いたいのは、もっと単純です。

会社の仕事がつまらないなら、つまらなくて構いません。

私なんか28年間殆どつまらないですが、若い頃には、無理に

自分は、仕事が(労働が)好きなんだ。

と、思い込もうとした時期があります。

逆効果でした。理由は簡単で、それは「自己欺瞞」だからです。

サラリーマンは、昨今、大分事情が変わってきたとは言え、

比較的、安定した立場です。面白さを犠牲にして安定を選んでいるのだ

と正直に認める。
自分は、本当は仕事なんか大嫌いで、1日、家でゴロゴロしていたいが、食う為に働くのだ。

と、はっきり認めるのです。私はそれで、苦しさから解放されました。


一見「好きなことをしている人たち」、つまり音楽家、絵描き、役者、等々も

全て自分の好きなことだけをして生きている人は、殆どいないと思います。

音楽家だって、「本当はこんな曲、つまらない」と思っても、しかもそれが

難しくても、上手く弾けなければならない。大変です。

それでも、サラリーマンよりは、好きな曲に当たったときの音楽家のほうが面白いだろう、

と思います。しかし、サラリーマンほど将来の安定は保証されていませんし、

間違えてばかりいたら、仕事が来なくなる。素人ならいくら間違えても笑って済ませられます。

職業となったらそうはいかない。


結局どんな人間も、1人が全てを手に入れることは出来ないのですね。

「安定」を手に入れた者を「仕事の面白さ」犠牲にするのです。

始終違ったことがきて、面白いこともある職業に就いた者は、

勤め人ほどの「安定」は得られない。

そのように割り切ったほうがいいのです。

私は前述したように28年間仕事がつまらないけれども、

仕事自体はまじめにやってます。周囲が見ているのはそれだけです。

頭の中で「つまらねえなあ」と思うのは完全に自由です。

これが出来るようになると大分楽ですよ。

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2012.06.25

ETV特集「飯舘村 一年~人間と放射能の記録~」視聴後雑感。

◆NHK ETV 6月24日(日)放送分。番組HPより。

2011年5月、原発事故のもたらした放射能汚染によって全村避難を余儀なくされた福島県飯舘村。

放射能は人々から、ふるさと、なりわい、共同体を奪った。暮らしを奪われた住民は、全村避難から1年を経過した今、

何を思い、これからどう生きていこうとしているのか。

避難直後、村は「2年での帰村」を掲げ、国に速やかな除染を求めた。

しかし、除染の効果的な手法は確立されておらず、本格的な除染の開始は2012年の夏以降にずれ込む見通しとなった。

一向に前進しない故郷の回復、長引く避難生活。住民はいらだちを募らせ、心身への負担も日に日に増している。

国による除染は本当に可能なのか、そして、いつ村は元に戻るのか。

放射能への科学的評価は定まらず、誰も明確な見通しを描けていない。

判断に資する確かな見通しがない中、人々は、それぞれの「生き方」をかけて、人生の選択にのぞんでいる。

先祖伝来の土地を守りたいと独自に除染を開始する者、別天地での農業に希望を見いだす者、将来を見通せず立ちすくむ者・・・。

放射能は、事故前に確かにあった未来を人々から奪っていった。

そして今、人々はその重荷を背負いながら、新たな未来を描こうともがき始めている。

番組は、原発事故直後から取材を続けてきた家族たちに密着。史上類を見ない大規模放射能汚染が人々に何をもたらし、

そこからどう立ち上がろうとしているのか。1年3か月に及ぶ長期定点取材で伝える。


◆コメント:本当は物凄く広く、汚染されている。

最初紛らわしいので、復習をするが、「ベクレル」と「シーベルト」は何が違うか。

ベクレル(Bq)というのは、一秒間あたりの放射性物質の崩壊数を表す。「放射能」そのもの。

シーベルト(Sv)は、放射性物質が崩壊した時に出てくるベータ線やガンマ線(放射線)が、人体に与えるダメージ(被曝量)の単位。


日本の法律では、1㎡あたり4万ベクレルを超える所は「放射線管理区域」と言って、

本来その中では水を飲んでも、物を食べてもいけないし、その区域に立ち入ることができるのは、

放射線・原子力の専門家である。放射線管理区域で来ていた実験着は、放射能管理区域の中に

捨ててこなければならないし、手を水や石鹸で洗っても汚染が取れないようなら、手の皮が少しぐらい溶けて剥けても、

強い薬で洗い落としてこなければ、放射能管理区域の外に出てはならない。

1平方メートル4万ベクレルを超える所は本来そういう管理をすべきであり、


それを厳密に適用するならば、福島県の東半分、宮城県南部と茨城県北部、

栃木県、群馬県の北部、新潟県、千葉県、埼玉県、東京都の一部は、

放射能管理区域にしていする、つまり本来そこに人が住むなど、とんでもない。

それほど汚染が広まっているそうだ(小出裕章著「図解 原発のウソ」)。


◆飯舘村の土壌汚染は、300万ベクレル。

小出裕章著「図解 原発のウソ」63ページの汚染地図を見ると、

福島第一原発から北西方向の汚染地帯の中でも特に飯舘村の土壌汚染はすさまじく、

300万ベクレル(4万ベクレルの75倍)「超」のセシウム(セシウム134と137の合計)が検出されている。

被曝量にすると、一般人の従来の年間被曝限度が1「ミリ」シーベルトで、原子力関係者、核物理学者など

「特殊な人々」でも年間20「ミリ」シーベルトを超えてはいけないと法律と規則で定められていて、

年間1ミリシーベルトを1時間にすると0.114マイクロシーベルト(マイクロシーベルトはミリシーベルトの1000分の1)だが、

飯舘村では、毎時なんと、19マイクロシーベルト(本来の限度の166.7倍)の線量となるのだから、

そんなところに、もしも「戻って良い」と国が言うなら、正気の沙汰と思えないどころか、

殆ど「殺人の未必の故意」がある、と言われても仕方が無い。


◆「除染」は「移染」である。

これも何度も書いたが、放射性物質を無毒化する技術を人間は持っていないのであるから、

高濃度汚染地域の表土をはぎ取ったとしても、その表面の土壌に含まれる放射性物質は

消える事がなく別の場所に移されるだけで、また別の場所で放射能を発し続けるだけだし、

そもそも畑の表面を全てはぎ取ってしまったら、畑でなくなってしまう。


国はそういうことをはっきり言わないので、放射能で汚染され、別の土地に避難している人達は、

当初「2年で帰村」と計画し、流石に今は2年は無理と分かっているが、「そのうちに」

故郷に帰村できると信じている。


はっきり、「もう当分、飯舘村は元に戻らない」「人は住めない」と

国が説明しないで、「なんとなく」誤魔化しているから、却って気の毒である。

高濃度汚染地域の人達には、国や東電が補償し、別に暮らせる土地を確保し、

故郷が恋しいのは当然だが、残念だがどうしようもない。

断っておくが、これは私が東京人だから無責任に書くのではない。

私の先祖は郡山である。父方の祖母は(放射線の問題から逸れるが)仙台出身である。

母方は山梨だが、私の血の半分は東北である。

何度も郡山の先祖代々の墓参をしたこともある。他人事ではないのである。

しかし、客観的事実を誰も書かないのは良くない。

本来ならばもっと頻繁に取り上げるべきだったかも知れないが、

何度も繰り返すように、人間は、いまだに放射能を無毒化することが出来ないので、

最終的には「取り返しが付かない事が起きてしまった」という結論になる。

それで、どうしても、書くのを躊躇ってしまう。

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2012.06.24

「アイスコーヒー」に関する不満。ドトール「ほど良い甘さ」の消滅。

◆記事:缶コーヒー市場、ユニークな視点の夏向け新商品がラインナップ(サーチナ 6月23日(土)17時0分配信)

富士経済研究所のデータによると、2011年の嗜好飲料は1兆8577億円、前年比99.3%と微減であった。

しかし、缶コーヒー市場は前年比101.0%の7364億円と微増しており、市場の底堅さが窺える結果となっている。

こうした中、飲料メーカー各社も缶コーヒーに注力しており、本格的な夏を前に夏向けの新商品を相次いで発表している。

 コカ・コーラシステムは、新しい缶コーヒーのカタチを提案する「ジョージアクロス」シリーズの第2弾として、

「ジョージアクロス UK-STYLE(ユーケースタイル)」を5月21日から発売。

第1弾の「和」を融合した「ジョージアクロス 和-STYLE」に続き、第2弾はオリンピックイヤーで誰もが注目するイギリスに着眼。

「紅茶のシャンパン」と呼ばれるダージリンティーをコーヒーに掛け合わせることで、

缶を開けた瞬間に香るダージリンがこれまでにない「ちょっと違う」価値を提供する缶コーヒーとなっている。

またキリンビバレッジは、キレのある夏向け缶コーヒー「キリン ファイア キリマン100」を5月29日から発売している

コーヒー市場で約4割を占める最大カテゴリーのスタンダードカテゴリーにおいて、メインユーザーである30~40代男性は、

夏に缶コーヒーに求める味覚のポイントとして、

「すっきりした味」「後ギレの良い味」「甘さ控えめ」「ミルク控えめ」をあげていることが、同社の調査により判明。

こうした結果を受け、「ファイア」ブランドから、甘さとミルク控えめのすっきりしたキレのある缶コーヒーとなっている。


◆糖尿になるから余り米を食うなといった栄養士がいた。

以前、全く知らない人だが、プロの「栄養士」がTwitterかブログで、

糖尿病の原因となるので、あまり、「お米」を食べない方が良いというのでびっくりした。


今更言うまでもなく「米飯」を日本語で「ご飯」といい、「ごはん」は「食事」全体をも

意味する。つまり、古来、日本人に取って、お米のご飯=食料といっても過言ではなく、

その「米」は、確かに炭水化物(糖質)ではあるが、それで糖尿病になるのならば、

大昔から、全ての日本人は糖尿病になったはずではないだろうか?


似たような趣旨の文章を「健康雑誌」で読んだが、要するにそれは、

ご飯を何膳もお代わりするような人は、同時に「おかず」も大量に食べていて、全体として

カロリー過多、糖質過多だから糖尿になりやすいのであり、米自体が特別に糖尿病を惹起する要因に

なりやすい訳ではない。それは全ての糖質に関して同様である。


◆何でも「甘さ控え目」が主流だが、大量に摂ったら結局同じ事だ。

どれぐらい前からであろうか。ここ20年の何処かの時点からであることは確か。

何故なら、私が結婚したのが1990年で、マンションの部屋を借りた。

練馬区上石神井(かみしゃくじい)という場所だが、今ほどコンビニがなく、マンションの前に

割と遅くまで開店している個人の酒屋さんがあり、私は下戸だけれども、酒屋では、

清涼飲料も扱っているのが普通だった。当時UCCの1リットルのペットボトルのアイスコーヒー(加糖)と

いうのが好みだった(今、「加糖」という商品が少ない)。

また、西友ストアで売っていた、「無印」のアイスコーヒーもまた、たまに買ったが、

UCCと同じ程度、「十分に」甘かった。あれが売れていたということは、

私だけではなく、世の中の多くのアイスコーヒー好きにとって、今から思うとかなり甘いが、とにかく

その「甘さ加減」を好む人が大勢いたからだろう。


コーヒーには、本来、甘さを求めるべきでは、無いかも知れないが、

本来的に「甘くあるべき」食べ物である、ケーキとか、トーストに塗るジャムまで

「甘さ控え目」になった。


これは、許せん。ケーキを食べたい、ということは、本来

甘い物を食べたいとイコールであると言っても過言では無い。甘くないケーキなど

ケーキではない(ケーキの味を構成する要素が、「甘み」だけではないことは分かっているが、

正確に書き始めたら、面倒臭いので、特に中心的要素である「甘み」に焦点とする)。


糖尿病になる危険に怯えながら、「甘さ控え目」のケーキを食べるぐらいならば、

最初からケーキなど食べないことだ(「独断的な」見解ですから、ムキにならないで下さい)。

ジャムも和菓子も同様である。

そもそも、アイスコーヒー、ケーキ・ジャム、その他全て同様だが、単位体積当たりの砂糖使用量を

減らしても、もしも、消費者が「甘さ控え目」がもたらす不満足感が故に、大量にその飲料・食品を、

飲食したならば、結果的に糖質摂取量は増えてしまうのである。


◆ゴタクを並べたのは「ドトール、リキッド・コーヒー、ほど良い甘さ」が6月から無くなってしまったからである。

ヘリクツをこね回さずに最初からそう書けば良かったが、要するにそういうことなのである。

ドトールコーヒーの店舗には、カウンター脇に売店商品のひとつに「リキッドコーヒー」(アイスコーヒー)が

あり、青い紙パックで、「無糖」(黒いキャップ)「甘さ控え目」(白キャップ)、「ほど良い甘さ」(赤キャップ)

があった。スーパーやコンビニで売っているアイスコーヒーに比べると、1本490円もするので、かなり割高だが、

それでも、高いだけあってコーヒーそのものの、コクというか香りが違ったし、その中で「ほど良い甘さ」は、

安物の「甘さ控え目」よりも糖度が高く、ひじょうに私の好みだったが、6月1日から、

リキッドアイスコーヒーもグレードアップして新登場!

で得意気に説明している。
新しいリキッドアイスコーヒーについて

[甘さ]

全体的に甘さを抑えた設計にしました。甘さを落とすと薄く感じるため、コーヒー感を上げています。

勿論、別にガムシロップを買えば「甘くすること」は可能だが、今までタダでさえ高いのに買っていたのは、

甘さを自分で調整しなくても、正に「ほど良い甘さ」だったからで、ガムシロで調節するならば安物を買っても構わないわけである。

この世は、私の為に存在するわけではないから、致し方ないが、この数年、

便利に使っていた薬はいきなり処方禁止になるし、好物のタバコは値段が倍になるし、

ついには、ドトール・コーヒーまで好みが無くなってしまった。

誠にこの世は不条理に出来て居る。他にかつてのドトール「ほど良い甘さ」に相当する商品を

御存知の方、いらっしゃったら、教えて下さい。

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2012.06.23

【音楽】お薦めDVD「ベスト・オブ・カラヤンの遺産」

◆カラヤンは嫉まれますが・・・。

お薦めするのはベスト・オブ・カラヤンの遺産というDVDで、

1,707円って、これはお得ではないかと思います。

私は、所謂「オーディオ・マニア」ではないので、再生音質とかあんまり気にしないから、

そういうのに五月蠅い・・・というと失礼ですか・・・拘る方はご不満かもしれませんが、

こういうのを見ると、つくづく、オーケストラは見るものだ、と思いますね。


先日山本直純さんの偉大さについて書きましたが、カラヤンも同様で、

多くの人に最高の演奏を聴く楽しみを教えてくれました。

彼のおかげで、音楽やオーケストラを聴いたり見たりする楽しみを覚えて人は大変多い。

人間は嫉妬深いですから、大金持ちになったカラヤンを知っている人達は、このような多数の録音や録画をみると、

カラヤンは音楽を金儲けに使った、とか悪く言いますが、揚げ足をとるわけではありませんが、

プロの音楽家は、音楽を聴かせて生活の糧を得ているのですから、その意味では全員、同じです。

但し、クラシックの音楽家でカラヤンほど、印税で儲けた人って、多分初めてなんで、嫉まれますが

以前ご紹介した、ドキュメントカラヤン・イン・ザルツブルクを見ると、

カラヤンは本当に音楽に忠実な人だったことが分かると思います。


少なくとも私はそう、思います。

今回ご紹介するDVDから話がそれますが、ドキュメントカラヤン・イン・ザルツブルクの中から。

これは、以前ご紹介しましたけど、韓国のソプラノ、スミ・ジョーがバッハのロ短調ミサの歌だけの(ピアノ伴奏での)

リハーサルに来て、すっかりカラヤンに気に入られる所ですね。


BachMassHmoll.BWV 232







あの目を瞑って指揮するカラヤンしか知らないと、何だか気障なオッサンですが、

実に人情細やかですね。夜の女王とはモーツァルトの魔笛の中で、これは1幕ですけど、

後に出る、「復讐の心は炎のように胸に燃え」というアリアは、あらゆるソプラノのレパートリーで最高音の

高いファの音まで要求されるのです。「機関銃のように歌わなければならない」とカラヤンが言ってるのは

そのアリアです。そういうのを歌うのはものすごく喉に負担がかかるから、指揮者が誰かも知りませんとか、

軽々しく引き受けちゃいかんよ。喉を大事にしなさいよ、といってるわけです。


◆「ウィリアム・テル」でも、全身全霊のカラヤン。

最近はブルックナーだショスタコーヴィッチだ、やれウェーベルンだ、なんだかんだ、と

大曲や、それから、今まで知られていなかったような曲を見つけるのが流行り(というか昔からいましたけど)のようで

そういうのがお好きな方は、口が裂けても「ウィリアム・テル」序曲が好きだ、などといわないでしょうが、

私は好きです。ご覧頂くのは、「ベスト・オブ・カラヤンの遺産」の最初に収録されている、1983年のジルベスター(大晦日)コンサートです。

こういう曲でも、全然手を抜かずに、全身全霊で振るカラヤンを見ると感動します。

ちょっと話がそれますが、家内(一応、音大でピアノを勉強してます)にそう言ったら、

「そんなの、音楽家だったら当たり前よ。ウィリアム・テルだろうが、軽騎兵序曲だろうが、本当に音楽が好きなら『手を抜く』なんて、発想そのものが出ない筈ですよ。」

と完璧な確信を以て断言するので、今更ですが、見直しました。いや、これは蛇足でした。


では、そのカラヤンの1983年12月31日「ジルベスター・コンサート」での演奏。

ロッシーニ、歌劇「ウィリアム・テル」序曲です。


GuillaumeTellOverture







カラヤンも本気ですが、ベルリン・フィルの大先生方も、物凄く本気ですね。

そして、ドイツの聴衆は正直ですね。クラシック好きを標榜するなら、ウィリアム・テル如きに喜ぶなんて

沽券に関わる、と考えている自称「クラシック・ファン」が日本には大勢いますけど、彼ら、聞きました?

「ブラボー!」ですよ。

曲が何だろうと名演は名演。楽しいものは楽しい。それが音楽ですね。



もう一曲だけ。「魔弾の射手」序曲。

何故かというと、安永さんがサブ・コンサートマスターだから。

これは、1985年のジルベスター・コンサートです。

この時は、安永さんは、サブ・コンサートマスターの席ですが、この年の5月に正式な

コンサート・マスターに就任し、初めてのジルベスターです。

この頃のメンバーを見ると、すごい大先生ばかりです。

安永徹さんは83年からプローベ・ツァイトの1年半、大先生たちと、

カラヤンに観察され、毎回の本番がテストのようなもので、最後にメンバー全員の議論と投票で、

正式にコンマスに就任したのです。ものすごいことだと思います。


能書きはこの辺でおわります。音楽。

カルロ・マリア・フォン・ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲。


Der Freischutz Overture







分厚い響きがたまりません。


このDVD、いいですよー。他には、カラヤンが亡くなる前年のジルベスターで、

キーシンと最初で最後の共演(チャイコフスキー、ピアノ協奏曲第1番)やウィーン・フィルとの「新世界より」

ベルリン・フィルとのボレロ。ウィーン・フィルのニューイヤーを振ったとき、キャスリーン・バトルを招いての

「春の声」(覚えてる方、多いでしょ?)など盛りだくさんです。

楽しいと思います。

皆様、どうぞ良い週末をお過ごし下さい。

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2012.06.22

「放射能無害化は、極めて困難」(小出助教)←「不可能」ではないのなら人類の全ての叡智を集めるべきだ。

◆記事:小出裕章さんインタビュー 原発事故の総括(人民新聞社 2012/6/19更新)

(全文は:http://www.jimmin.com/htmldoc/145001.htm)

「放射能の無害化技術」と、その現状について

小出…原子力発電はウランを核分裂させますが、核分裂させると、核分裂生成物ができてしまいます。

   元々ウランは、放射線を発する危険な物です。その危険なウランを核分裂させると、その途端に放射能の量が10億倍に増えます。

   それだけの凄まじい力を人間は持ってしまったのです。

   人間が核分裂の連鎖反応を使うようになったのは、1942年です。米国がマンハッタン計画という原爆製造計画を立ち上げ、

   物理学者が長崎原爆の材料であるプルトニウムの製造法を考えました。

   そして、プルトニウム製造には原子炉を動かすのが最も効率的、と結論しました。

   皆さんは原発を「発電」のための装置だと思われているかも知れませんが、元々開発者は、発電などに興味はなく、

   プルトニウムを作るための手段だったのです。

   しかし、当初から「これをやると大変なことになる」ことはちゃんとわかっていましたので、

   1942年時点から無害 化の研究は始まっているのです。研究は続けられ、今年で70年になりますが、未だにできないのです。


   できない理由は、主に2つあります。

   ①作ってしまった核分裂生成物を消そうとすると、そのために莫大なエネルギーがかかる。

   もともと原子力発電は、エネルギーが欲しいから作った訳ですが、そのエネルギーを全部投入しても

   まだ足りないとなれば、意味がありません。いくらやってもダメなのです。


   ②先ほど「消す」と言いましたが、本当に消すことは できません。正確には、「消す」のではなく、

   寿命の長い放射性物質を寿命の短いものに変化させて、管理期間を短くしたい、という考え方です。

   ところが、ある寿命の長い放射性物質を寿命の短い放射性物質に変える作業をすると、

   放射性物質でなかったものが放射能になってしまったり、新たに寿命の長い放射能が生まれてしまったりする

   物理現象が同時に進行してしまうのです。日本でも「原子力研究開発機構」が研究を続けていますが、

   いくら実験を繰り返しても、この壁を突破できず、70年間 実現できずにきているのが現状です。(後略)


◆コメント:極めて困難であっても「不可能」と言い切らないと言うところに希望を託したい。

世界全体がオストリッチ・コンプレックス(危険は、見なければ存在しないと考える自己欺瞞。

ダチョウは敵に襲われるなど、危険が迫ってもうどうしようもないと思うとクビを岩陰に突っ込んで、

その危険を見ないようにして現実逃避するが、当然現実の危険は消えない)に陥ってしまったかのようだ。


週末にG20が開かれて、欧州経済危機に、世界の政府・中央銀行が団結して対処する、

という、まあ、例によって当たり前のことをステートメントとして発表した。


確かに、放っておいて良い問題ではないが、世界の首脳が集まって、カネの話だけをして

ノコノコ帰ってくるというのは、今の福島の状況を考えると、明らかに現実逃避だ。


しかもそれが一般庶民ではなく、世界の主だった国の政治の最高責任者のあつまりだ。

自分自身が科学者ではなくても、福島第一原発の現状ぐらい知っている。


そして、今後、このような事故は他国でも日本でも起こりうるのであって、最大の問題は、

放射能を無毒化することができない、という事実である。


私は、科学的、理論的思考が極めて苦手な人間だが、原発問題において、仮に

放射能を無毒化出来るようになれば、今のまやかしの「除染」(本当は「移染」である)ではなく

本当の「放射能汚染の除去」が可能になり、根本的な解決は、放射能無毒化が可能にならない限り

不可能だ、と言うことぐらいは分かる。


世界の主だった国の首脳と核物理学者があつまり、今後「放射能無毒化」のために各国政府は、

世界中の学者が、一致団結して研究に邁進する為に、必要な全てを最優先することを決められないものであろうか。


以下は、理数系が苦手な私だから、全然見当違いの発想になるかもしれないが、敢えて恥を晒す覚悟で書く。

私自身は、数学は苦手の最たるものだが、数学者の間では、長年の挑戦の対象であった

17世紀のフランスの数学者、ピエール・ド・フェルマーが書き残した「フェルマーの最終定理」、すなわち、

20120622fermatlasttheorem

は、なんと360年後、1993年6月23日(偶然だが、明日が証明されてから19年になる)に、

ケンブリッジ大学のアンドリュー・ワイルズによって、完全に証明されたと聴く。

このことの意味は数学の専門家か少なくとも数学が好きな人にしかわからないのだろう。


しかし、私はフェルマーの最終定理はどうでもよいのであって、言いたいのは。

天下の大秀才達が代々引き継ぎながら、360年後に証明されることがあるならば、

放射能の無効化も、もしかするとあるとき、

何処の誰か分からないが、画期的な方法を発見するかも知れない、

と言えるのではないか、ということだ。

とにかく今は、放射能について、皆、ことの重大性が分かっているのに、余りにも逃げ過ぎだ。

これこそ、人類が最優先すべき課題だろう。

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2012.06.21

6年前にひどい事件がありました。列車内で女性が乱暴されてるのに、乗客が全員見て見ぬフリ。

◆以前の日記を読んでいて思い出しました。繰り返す価値がある、と思います。

2007年4月に書いた記事なのですが、事件そのものは2006年に起きました。

ひどい話で、JR北陸線特急電車内で、21歳の女性が、凶暴な男に身体を触られ、

挙げ句にトイレで乱暴されたのを、なんと列車は満員だったのに、全ての乗客が

「見て見ぬフリ」をした、という情けない事件です。

この件については、

2007年04月23日(月) 「特急車内で女性暴行=誰も通報せず、36歳男逮捕-大阪」←対処法がある。JIROの独断的日記ココログ版

に、一度書きましたが、随分前だし、今もなお正しい主張だと思うので、再び書きます。


◆記事:特急車内で女性暴行=誰も通報せず、36歳男逮捕-大阪(2007年 4月22日2時0分配信 時事通信)

特急電車内で女性に暴行したとして、大阪府警淀川署は21日、強姦(ごうかん)容疑で、

滋賀県湖南市石部南、解体作業員、植園貴光容疑者(36)=別の強姦事件で公判中=を再逮捕した。

容疑を認めている。犯行の一部は乗客の目の前で行われていたが、誰も制止したり通報したりしなかった。

調べでは、植園容疑者は昨年8月3日午後9時20分ごろから1時間以上にわたり、

JR北陸線の富山発大阪行き特急電車「サンダーバード」車内で21歳の女性会社員の隣に座り、

「大声出すな、殺すぞ。警察に言ったら、どこまでもストーカーするぞ」と脅迫。

胸などをさわった後、車内の洗面所とトイレで乱暴した疑い。


◆コメント:この報道の後、ブログは卑怯な意見で満ちあふれました。

この事件に遭遇したJR北陸線特急車内の乗客は、被害者の女性と同じように、

このケダモノのような男から、「警察に通報したら復讐する」ようなことを言われてすっかり怖じ気づいたそうですが、

更に、一層情けないことに、一連の出来事が報道された後、当時ちょうど「ブログ」の全盛期だったのですが、

半分以上の意見は、

「この場合、見て見ぬフリをするのが正しい。」

「その通り。脊髄反射的に正義漢ぶろうとする奴が多いが、こんな奴に恨まれたり、刺されたりしたらどうする」

という趣旨だったので、私は呆れました。

21歳の女性が暴行されている。犯人はいくら凶暴とはいえ、たった1人の男。

これに対処しないというのは、老若男女を問わず非倫理的であり、

とにかくまず、「卑怯」です。


◆ドラマや映画の二枚目風を想像するから、何もできないのです。

この場合に、何もしないのが正しい、と自分の卑怯さを必死に正当化していた人たちは、多分、

ベタな(月並みな、の意)テレビドラマのシーンを想像したのでしょう。つまり、

自分が犯人に近寄り、後から男の肩をポンポンと叩く。男が振り返り、

犯人:「何だ、テメエは!」(すごい形相)

自分:(余裕の口調で)「おい、痛い目に遭いたくなかったら、今すぐ止めて、この子に謝れ。おう!」

犯人:「何だと!この野郎!」(自分に殴りかかってくる、あるいは刃物を振りかざす)

自分:(その犯人の攻撃を軽くかわし、みぞおちに強烈な一発を食らわし)「だから、止めろ言ったんだよ」

犯人:(うずくまったまま)「うう・・・」

被害者の女性:「有難うございました」

自分:「いいってことよ」

被害者の女性:「せめてお名前でも」

自分:「名乗るほどのもんじゃねえよ。姉ちゃん大丈夫かい?」

(以下、省略)

ふざけているのではなく、何もしなかった大勢の客、特に男性は上のようなシーンを一瞬想像し、

現実に立ち返りあまりにも怖くて出来ない、という理由を一生懸命に考えたのでしょう。

私は、この時の記事に書いたのですが、こういう記事を読んだら自分なら、どうするか、

を日頃から、頭の中でシミュレーションしておくと、動けると思います。


◆本件の対処法のシミュレーション。

独りで、この凶暴な男に対処するのは誰でも怖い。

力で取り押さえるのは、確かに、刃物を持っているかも知れません。女性は余計怖いでしょう。

だから、皆で「知恵」で乗り切るのです。

誰かが言い出さないと誰も動かない。その為にシミューレーションしておいて、

まず自分が呼びかける。周囲の人に。この場合、

「みなさん」

と言ってはいけません。皆、目を逸らします。具体的に、
そこの青いTシャツの男の方。

メガネをかけて、黒いスマートフォンをいじっている貴女

という具合に、「指名」すると逃げられないのです。そしてできるだけ大勢をこうして巻き込んで、

「青いシャツの学生さんと、グレーのスーツの男性、犯行の写真を携帯(スマホ)で撮ってください。」

「赤いバッグのOL風の女性、そうあなた。犯人の声をスマホか携帯の録音機能で録音。出来ればビデオ」

(指をさして)「貴方と貴方と、貴女と貴女。私と110番に電話して同じことを言って下さい」

(小さい声で)「出来ないならフリだけもいいから」


その上で、自分はなるべくなら本当に警察に電話しますが、時間が無かったら演技でも良いですから、

犯人に聞こえるように「警察に通報し」ます。こんな感じが適当です。
もしもし、新宿警察ですか? 私○○といいます。今中央線快速下り四ッ谷、新宿間ですが、

男が女性の胸を触ったり、猥褻な行為を公然とおこなっています。女性が怪我をしたようです。

周囲の客も殴られて怪我しました(注:うそでも構いません)。

これ、強制わいせつ罪は10年以下の懲役ですよね? 傷害罪は15年以下の懲役ですよね。

合計で25年の懲役ですよね?

はあ、そのとおり?そうですか、分かりました。じゃ、新宿駅で捕まえときますから早く逮捕して下さいねー。

勿論、実際には110番した所で受け付けセンターは事実認定が出来ないのだから、犯人が何の罪でどれぐらいの刑を科せられるか

そもそも、起訴出来るかどうかも判断できない。

それを決めるのは検察や裁判所の仕事ですが、そんな「本当のこと」はこの場合どうでも良いのです。

電車内で女性に暴行するようなバカな男に、そんなことは分かりはしない。犯人に聞こえるように演技を続けます。
あなた、録画しましたね? あなた、犯人の言葉、録音しましたね?

あなた、犯行の写真撮りましたね? あなた、容疑者の顔写真、撮りましたね?

あ、そう。皆取れた?これで証拠万全と。貴方も110番した?貴方は新宿署に直接電話、あ、そう。はい。

これによって、ドラマの二枚目風に犯人を一発でノックアウトできなくても、

すくなくとも2006年、JR北陸線特急のような悲劇は避けられるはずです。

頭を使う、シミュレーションする。後は実行する少しの勇気。皆でやれば出来るはずです。

頭の悪い私ですら、これぐらいのことは思いつくのですから、もっと名案があったら、

是非、教えて下さい。北陸線で被害に遭った女性は余りにも気の毒です。

下手をすると一生結婚できなくなってしまったかもしれません。

私や、あなたがちょっと知恵を絞れば悲劇を避けられるかも知れない。

その為に、事件、事故のたび、「自分がその場にいたら、どのように動くか」を

シミューレーションしておくことは無駄では無い。災害も同様でしょう。

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2012.06.20

体調不良の為、更新を休ませて頂きます。

◆体調不良の為、更新を休ませて頂きます。

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2012.06.18

体調が良くないので、更新休みます。

◆インチキ更新です。

極度に体調(精神状態)不安定の為、更新を休ませて頂きます。

こういう時には、何を書いても、事実の認知がマイナス方向に歪んでしまうため、

文章を書かない方が良い、と判断しました。悪しからず。

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大飯原発再稼働と聞いて思いだした二人の賢人の言葉。

◆大飯原発安全対策って・・・。

言うまでも無いのですが、福島も含めて国内の原発は絶対安全で、

原子炉格納容器が地震で壊れることはあり得ないといわれていました。

政府の御用学者で東大教授のこの人。

大橋弘忠東大教授。平成17年のこの討論会で、

原発否定の小出裕章京都大学原子炉実験所助教を鼻先でせせら笑い

プルトニウムを飲んでも平気とか絶対に原子炉は壊れないと言って板人ですが、

東日本大震災の後一度も姿も聞かなければコメントも聞きません。


「格納容器は壊れないしプルトニウムは飲んでも大丈夫」







これほど言い切ったことが全部外れたのですから、何か言うべきですが、

それはともかく、大橋氏は、経産省、総合資源エネルギー調査会で様々な委員会に属していた人です。

日本国が保証する、原子炉の安全がどの程度のものか容易に推察できます。

◆東日本大震災並の地震と津波に耐えられることは意味を為さない。

首相は、大飯原発は仮に、福島原発が受けたような、地震による揺れや、津波を

受けても大丈夫だ、と何が根拠か知りませんが(まあ、ストレステストでしょう)

「保証し」ていましたけど、この時点で既に想定が甘いですよね?

どうして、東日本大震災を上回る大地震が起きるかも知れない、という可能性を

排除してしまうのでしょう。マグニチュード9の地震は、地震学の専門家ですら、

予想をしていなかった。東北大の地震研究所の地震計は、針が振り切れて測定不能になりました。

ならば、今度はさらに想定外の強い地震に襲われるかも知れない、と考えるべきです。


それに、福島第一原発は東日本大震災の震源から178キロも離れていたけれど、

活断層の専門家、東洋大学の渡辺満久教授(変形地質学)によると、

大飯原発のよりによって原子炉直下に断層があるらしい、とのこと。

これが動いたら、どんなに建物を丈夫にしておいても、土台の地面がずれてしまうので、

建物の耐震構造など、意味を持たない。といいます。つまり、一旦、大飯原発原子炉直下の

活断層がずれて、大飯原発の原子炉圧力容器や格納容器が破壊されたら、福島と同じように、

大気注に大量の放射性物質を放出することになる。


ド素人の私、しかも理数系の思考が極めて苦手な私ですら、それぐらいは分かります。

しかし、政府や関西電力は大飯は、「安全」だと。


これほど、精根尽き果てた感じがするのは小泉が大勝した2005年9月11日以来です。


◆二人の賢人の言葉を思い出しました。

それは、日本の倫理学者、和辻哲郎先生が、戦後お書きになった、

鎖国--日本の悲劇の序文です。

次の部分です。

太平洋戦争の敗北によって日本民族は実に情ない姿をさらけ出した。この情勢に応じて日本民族の劣等性を力説するというようなことはわたくしの欲するところではない。

有限な人間存在にあっては、どれほど優れたものにも欠点や弱所はある。その欠点の指摘は、人々が日本民族の優秀性を空虚な言葉で誇示していた時にこそ最も必要であった。

今はむしろ日本民族の優秀な面に対する落ちついた認識を誘い出し、悲境にあるこの民族を少しでも力づけるべき時ではないかと思われる。

しかし人々が否応なしにおのれの欠点や弱所を自覚せしめられている時に、ただその上に罵倒の言葉を投げかけるだけでなく、その欠点や弱所の深刻な反省を試み、

何がわれわれに足りないのであるかを精確に把握して置くことは、この欠点を克服するためにも必須の仕事である。

その欠点は一口にいえば、科学的精神の欠如であろう。

合理的な思索を蔑視して偏狭な狂信に動いた人々が、日本民族を現在の悲境に導き入れた。

がそういうことの起り得た背後には、直観的な事実にのみ信頼を置き、推理力による把捉を重んじない、という民族の性向が控えている。

推理力によって確実に認識せられ得ることに対してさえも、やって見なくては解らないと感ずるのがこの民族の癖である。

それが浅ましい狂信のはびこる温床であった。またそこから千種万様の欠点が導き出されて来たのである。(注:色太文字は引用者による)

「この民族の癖」は全然変化していないように思います。


もう1つは、物理学者の言葉です。
この世には、計り知れないものが二つある。宇宙の大きさと、人間の愚かしさだ。(アルバート・アインシュタイン)

誠に残念です。

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2012.06.17

【音楽】6月18日、山本直純さん没後10年です。「青少年の為の管弦楽入門」。直純さんの「天才の本質」。

◆「没後10年」の記事は見かけますが、直純さんの「天才の本質」を理解していません。

これも、何度書いたか分からない、というほど繰り返していますが、

再び書きます。明日は、山本直純さん(1932年12月16日 - 2002年6月18日)の没後10年だ、ということを

取り上げている記事を、新聞や雑誌でポツリポツリと見かけますが、

書いている記者が若くて、生前の直純さんを知らないのではないか?と

思われるような、如何にも「資料で調べて書きました」というのが多いです。


直純さんの棒で弾いたオーケストラ・プレイヤーのコラムなどもありますが、

要するに「懐かしい」というレベルです。


ウィキペディアで山本直純を読むと分かりますが、

直純さんの父上も音楽家で、正確には分かりませんが、殆ど物心付くか付かないか、の幼少期から、

ピアノをはじめ、音楽の訓練を受けて、大変な才能が明らかになっていました。


それは、先日13日が命日だった、芸大学生時代から直純さんの親友だった、岩城宏之さん(1932年9月6日 - 2006年6月13日)の本、

森のうた―山本直純との芸大青春記を読むと明らかです。


全然、音楽の早期教育を受けていなかった岩城さんが、

直純さんが、小学二年で書いた日記を読んで愕然とします。その内容は、

ぼくはきょうはおとうさまにつれられて、やまだかずおせんせいのおうちにいきました。

せんせいはベートーベンのだい一こうきょうきょくが、どうしてこのようなハーモニーではじまるかを

おしえてくださいました。らいしゅうはどうにゅうぶ(引用者注:「導入部」)ぜんぶのことをおしえてくださるとおっしゃいました。

そして、だい一がくしょうのおわりまで、ピアノでひけるようにしておいで、とおっしゃいました。

いっしょうけんめいべんきょうしよう・・・・

この中で、
「どうしてこのようなハーモニーではじまるか」

というのは、多分実際と少し違っていて、「どうして」このハーモニーで始まるか?は、

ベートーヴェン本人に聞かないと分かりません。

但し、交響曲1番冒頭の和声進行は、教科書どおりではなく、

ハ長調の交響曲ですから、ハ長調の主和音(ドミソ)で始まるのが普通ですが、いきなりヘ長調の属7の和音から、

ヘ長調、ハ長調の属七の和音からイ短調。ト長調属七の和音からト長調主和音・・・でハ長調の主和音が出るのは

曲が始まってから八小節目、という非常に「凝った」手法なので、その和声進行の特殊さを、

ヤマカズさんは説明をしたのだと思います。


いずれにせよ、小学校2年で、オーケストラスコアをピアノで弾くということ、

更に山田一雄先生に、ベートーヴェンの交響曲第一番、第一楽章冒頭の和声進行の説明を受けて理解できる

というのは、いくら早期教育を受けていても、誰もが出来ることではなくて、

直純さんに天賦の才があった証拠です。これほどの才能は、滅多に世の中に存在しない。


しかし、直純さんが天才だというのは、その音楽的な基本的能力の高さそのものに加えて、
自らは天才なのに、才能がない(とは勿論、直純さんはただの一度も言ったことはありませんが)一般人は、音楽の基本的なことが、如何に全く分かっていないか?を正確に理解していた。

と言うことです。

天才的な音楽家は、結構いますけれども、大抵素人を小馬鹿にするか、しなくても、

「何がわからないのか?どうしてわからないのか、が、分からない」人が殆どです。

山本直純さんの類い希なる天才の本質とは、そういうことです。


◆青少年の為の管弦楽入門(N響)を指揮、解説する、直純さん。

この映像は貴重です。アップして下さった方、ありがとうございます。


青少年の管弦楽入門1/4







青少年の管弦楽入門2/4







弦楽器の中でヴィオラに関して最も時間を割いて説明していて、

「ヴィオラの使い方を見れば、大体、その作曲家(の才能。レベル。力量)が分かる」と

言っているのが、大変プロの視点だと思います。


青少年の管弦楽入門3/4







青少年の管弦楽入門4/4






これよりも、更に手がかかる、毎週30分の「オーケストラがやってきた」を、

1972年から1983年まで続けた、山本直純さんの功績は尋常ではないのです。

私がこのブログでオーケストラや音楽に関して知ったかぶりで書いていることの殆どは


「オーケストラがやってきた」で覚えたことです。当時はビデオなんかありませんから、見逃したらおしまいだし、

一度しか見ることができない。そういう状況で、一番音楽に興味を持ち始めた時期に「オーケストラがやってきた」を

直純さんが続けて下さったのは、好運でした。必死で見ました。一生忘れません。

DVD化するという案も浮上しているようなことを朝日新聞が書いていましたが、30分番組ですが、

11年分を従来のDVD(ブルーレイではない)にすると130枚を超える筈で果たして実現するや否や・・・。

優れた才能は必ずしも正しく評価されず、同じ斉藤秀夫門下の小澤さんや、

基礎的・音楽的素養が全然無かった岩城宏之さんの方が、世界で活躍したのに、


などと書く人がいますが、そう言うことでは無い。

今、山本直純さんのように、音楽のことを完全に分かっていて、

音楽自体を大衆のレベルに引きずり降ろすのではなくて、

大衆に、なんとか芸術を理解させようという音楽家はいないし、

出来る人もいません。

山本直純さんが、如何に傑出した才能と努力の人だったかが分かります。


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2012.06.16

情報の軽重を考えることは大切です。「欧州」「橋下」「高橋容疑者」「子供の脳死臓器移植」

◆一人で世界の全てを見渡すことは、勿論出来ませんが・・・・。

最近は、「ネットで読めるから」という理由で、紙の新聞を購読しない(買わない)

人が増えているようです。私は情報商売なので、正直、カネがかかって辛いのですが、

例えば、日経は電子版を購読し、紙は駅の売店で買っています。

しかし、これだけだと、経済問題が最優先になりがちなので、毎日新聞も購読してます。

どうしてか、というと。


新聞の報道のあり方、色々不満がありますが、紙の新聞、

全ての紙面が全く余白なく、記事や広告で埋められていますね?

あれって、結構芸術的な「技」です。


ぴったり決められた字数で記事を書くように、新聞記者は訓練されてます。

そして、新聞のトップ(1面)ならトップに、さらにどのようなニュースを

どういう情報量で配分してレイアウトして印刷するか、これは「整理部」という部署の仕事です。

この整理部は重要な仕事で、ここがいい加減だと、

「今日、この新聞が特に重要だと考えていることは、何なのか?」

が、はっきりしない、「だらしのない」紙面になってしまうのです。

つまり、新聞各社の「整理部」は、情報の軽重(けいちょう)、重要度を、

なるべく早く決める、というそのバランス感覚が大切ですが、

これは、マス・メディアのみならず、各個人においても意識すべきことです。


◆大騒ぎされていることが、世の中全体にとって重要なこととは限りません。

今日ならば、朝方、オウムの高橋容疑者が身柄を確保されたことが

最も派手に取り上げられました。逮捕がニュース速報になるのは当然ですが、

あれだけ、網を張り巡らしていたら、捕まるのは時間の問題。


そして、高橋容疑者が地下鉄サリン事件などで果たした役割と、逃げ続けていた

という事実を考えると、どうせ死刑確定だと思います(本当は、有罪判決を待たなければいけませんが)。


ですから、1日中騒ぐことではありません。


Twitterでは、もう何週間も、毎日、何百件、何千件という「橋下大阪市長批判」がTweetされてます。

これは、皆が気がついているということですから、まあ、正常です。小泉のときは稀代のペテン師である

ことに、有権者が殆ど気付いていない、ということ自体が問題でした。

橋下のことは考えなくても良いとはいいませんが、あれだけ世間にウォッチされているので

変なことを、言ったり行ったりすれば、直ぐにニュースになるでしょう。


◆「6歳未満で脳死と判定された男児からの臓器摘出」は逐次報道する必要を認めません。

これ、メディアが実に無神経ですね。

国内で、脳死判定された子供からの臓器提供は初めてであるのは事実ですが、

6歳未満のお子さんが亡くなった親御さんが、当然いるのです。

昨日、気丈に記者会見をして、コメントを発表してましたが、

幼子を亡くした親がいる、ということですね?


いくら、臓器提供を決心したからといっても、

我が子を亡くした両親は胸が張り裂けんばかりの悲しみの中にいます。


それは、100パーセント、聞くまでもなく明らかです。


そのご両親が、やれ、臓器摘出が始まった。

心臓が取り出された、肝臓が摘出が終わった。角膜も取り出した

と、逐一報道されて、どんな気持ちになるでしょうね?

そんなことは、いちいち「実況」しなくて良いのです。

どうしても報じたければ全ての臓器移植が終わった後で、

「全て無事に終了した」と、短く伝えればいいのです。

メディア報道を見ると好奇心が優先してます。

世の人々も逐次状況を知りたいと思っていない。

報道機関のデリカシーの無さに呆れます。


◆欧州金融危機

世界のメディア、政府・金融政策担当者などが、今一番緊張してます。

金融市場は、世界中が一つのネットワークになっています。

昨日、ムーディーズという格付け会社がスペインのソブリンを3段階格下げし、

17日にはギリシャで選挙がある。

ギリシャは、財政危機にあり、自分の国が発行した債券を返せなくなるかも知れない。

デフォルト、といいますが、これを避けるために、ユーロ圏の他国からの財政支援を必要とするのです。

但し、ただで支援してくれるわけではなくて、ユーロ圏の財政支援を受けたいならば、

ギリシャは債務の国内総生産(GDP)比率を2011年の165%から116.5%に低下させる必要がある。

その為には、ギリシャ政府は財政を引き締め、つまり、無駄使いをなるべく減らさなければなりません。

ところがギリシャは労働人口の4分の1が公務員ですし、社会保障が手厚い。手厚すぎるのです。

公務員年金は、現役時代の給料とさほど変わらない。

ギリシャ人は、今までそれが当たり前と思い込んでいますが、

緊縮財政政策を取るということは、公務員の給料や年金支給額を減らす必要がある。それはイヤだ、という人達が

世論調査ではまだ半分近いというのですが、財政立て直しをしないなら、ユーロ圏他国は財政支援してやらないよ?

といっているのです。そしてユーロ圏の支援を受け入れないのなら、共通通貨ユーロか出て行きなさい、と。


そこまで来て、初めてギリシャ人にも事の重大さが分かりました。

ギリシャは元々ドラクマという独自通貨をもっていましたが、経済力のない、つまりあまり信用が無い国、通貨だったので、

金利が高く、ギリシャ国民は借金をしづらかったのですが、統一通貨ユーロは、信用があるので、金利が低い。

ギリシャ国民は、ドラクマ時代よりも低い金利で借金ができるようになりました。

また、統一通貨ユーロ圏内は、たとえばドイツも同じユーロを使っているので、貿易をするにも

いちいち通貨を替える必要がないですね。為替リスクがなく、両替の面倒もない。だから、一時期、

ギリシャ人は調子に乗り、借金をしまくって、ドイツのポルシェを買いまくったので、

「ギリシャはポルシェを世界一多く保有している国」といわれていますが、これがユーロから追い出されて

ドラクマに戻ったら、弱小通貨ですから、ドラクマ安になる。つまり他国からの輸入品の値段がすごく高くなりインフレになる。

これが怖い。はっきり言って狡いのです。ユーロの信用力を享受したいのなら、日本人並は絶対に無理ですが、

いくら何でももう少し働け、と。民間で稼いで税金収めろと。いうことです。


17日の選挙では、2つの政党、緊縮策をとり、ユーロ圏の支援を受け入れようという、「新民主主義党(ND)」と

緊縮財政反対を掲げる(アホですな)ギリシャ急進左派連合(SYRIZA)のどちらが勝つか?が注目されています。


ギリシャ急進左派連合が勝利してしまうと、ギリシャは、ユーロ圏から放りだされます。

すると、ギリシャの銀行に投資していた、他のヨーロッパの銀行が資金繰りが危なくなり、

さらにそれら、ギリシャ以外のヨーロッパの銀行に投資していた、アメリカや中国の金融機関が大損して、

さらにそのアメリカの銀行に投資してた日本の投資家も潰れるんちゃうか?と、金融はそういう風に繋がってます。

日米欧の各国中銀が日曜日も出勤して、ギリシャ選挙の結果を注視するのは、万が一、ギリシャが、

ユーロ離脱ということになっても、ギリシャに投資してた銀行、その銀行に投資してた銀行・・・

がおカネを回収できなくなりそうだったら、直ぐに中央銀行(日本なら日本銀行です)が

金融市場に資金を注入する相談をしてるから、大丈夫だよ、としきりにパニックを予防しようとしてます。


とりあえずは、それで事態を沈静化できても、信用不安は残ります。つまり、

ヨーロッパのあの銀行、実は資本不足じゃないの?というような噂が流れただけで、

リーマン・ショックのときのような、信用収縮、つまり銀行ができるだけ貸出は安全運転に徹しようと。

信用収縮といいますけど、リーマンのときは、それで世の中全体のおカネの巡りが悪くなって、

世界中が同時に不況に突入してしまったのです。

リーマン・ショックは、2008年9月15日に発生しました。

昨年の初めの頃は、日本経済は、漸くその長い痛みから抜け出しかけていた。

それなのに、東日本大震災で、元の木阿弥になってしまったのです。

この上、欧州経済危機の影響を受けたら、また不況が長引きます。

全然、対岸の火事ではない。ものすごくきわどい状態です。


◆原発再稼働

欧州金融危機の説明が長くなってしまったし、大飯原発の再稼働については、

今までにも書きました。

時事通信が15日(金)に発表した世論調査では、大飯原発再稼働に関して、

「反対」が46%、「賛成」が39%で、辛うじて「反対」が「賛成」を上回りましたが、

私としては、福島第一原発の悲劇をみているのに、まだ約4割の回答者は原発再稼働に

賛成である、ということが驚きです。経験から何も学んでいないのがショックです。


◆まとめ:できるだけ色々なニュースを並行的にウォッチしている人が多いほど安心です。

あまり偉そうなことを書きたくありませんが、日本人のTwitterを読んでいると視野狭窄的で、

橋下大阪市長批判の人はそればかりだし、原発再稼働反対の人はやはり他のことを話さないし、

世の中の問題には、我、関せずでずっと音楽の話をしている人もいて、それぞれ自由なんですが、

社会と無縁でいられる人はいないので、色々な方面に意識的に注意を向けることが、

やはり大事なのではないか。

同時並行的に色々なことが視野に入っている人が多いほど、

世の中全体が安定的な状態に近づくのではないか、と思います。

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2012.06.15

「民主が新提案、比例定数の削減幅を40に圧縮」←議員の給与を半分にすれば瞬間的にコストが半減する。

◆現在、1年を通じて勤務した給与所得者のうち、年収200万円以下の人は1000万人を超えるのです。

いいですか?

まじめに毎日働いても年収が200万円以下の給与所得者つまり広義の「サラリーマン」が、

日本では1千万人を超える、と。


しかしですよ。その国民が苦しい生活を送りながらも税金を納めていて、

国会議員は国家公務員であり、その収入=税金です。


こいつらが一体、いくら、受け取っているか。

歳費(月給)約130万円(月給ですよ?)の他に、

文書通信交通滞在費、毎月100万円(非課税)。

政党に属していれば、1度も議員立法などしたことが無い奴でも、

毎月、「立法事務費」として65万円。

ボーナスは数年前ですが、年間718万円。

その他に秘書給与。JR(グリーン車でも)どこまでも無料で乗り放題。

航空機チケット、1ヶ月四回まで無料。

1,000万人を超えるサラリーマンの「年収」が200万円以下なのに、税金から給料が出てる

国家議員たちは、居眠りをしていても、委員会を無断で欠席しても、歳費と文書交通通信滞在費だけで、

1ヶ月に230万円が黙っていても貰える。不況でも関係ない、という世の中は間違っている。

と思います。


◆議員定数なんかへらさなくても、収入を半分にすれば良いだろう。

本当は半分でも多いですよね。4分の1で良いと思いますが、

こいつら(国会議員ども)、絶対それは、言わない。

先日、歳費を減らす事を決めた、という記事があったから、どれぐらいかと思ったら、

◆記事:国会議員歳費削減、2年間で540万円 法案成立(産経新聞 2012.4.27 11:12)

国会議員の歳費を5月からの2年間で1人当たり計約540万円(年額約270万円)削減する

臨時特例法案が27日午前の参院本会議で民主、自民、公明3党などの賛成多数で可決、成立した。

議員歳費の削減は、野田政権が目指す消費税増税前の「身を切る改革」の一環として実施。

年間の歳費約2100万円の約13%にあたり、

2年間の総額で約39億2700万円の経費節減となる。

年額約270万円って、毎月の、
歳費130万円+文書通信交通滞在費100万円+政務調査費65万円=295万円

より少ないじゃないですか。

定数削減なんて、小選挙区でも比例代表でも簡単に決まる訳がない

(どこから削るか、揉めるに決まっている)のですから、そんなことを

しないで、給料を半分にすれば、人件費を瞬間的に半減できる。それでも多い。

今の半分にしても、主な項目(勘定科目)だけで、国会議員の月給は約150万です。

今の4分の1でも良い位です。税金ですからね。


◆国の(地方の)出先機関職員は、国家公務員の3分の2。

さらに、今朝(14日)の日経が社説で取り上げていました。

出先機関改革を頓挫させるな

国の出先機関の事務や権限を自治体に移す法案の今国会への提出が危うくなっている。

民主党内の反対が根強いためだ。

野田佳彦首相は法案提出を繰り返し明言してきたのに、どうしたことなのか。

現在、約30万人いる国家公務員の3分の2は各府省が地方に置く出先機関の職員だ。

道路や河川の整備、中小企業対策など出先機関の業務は都道府県の仕事と重なる部分が多い。

これを自治体に移せば二重行政がなくなり、国と地方を通じた行政の効率化が進む。(中略)

そもそも出先機関の「原則廃止」を掲げたのは民主党だ。

法案は不十分な内容とはいえ、このままでは改革は頓挫する。

地方分権の流れを止めていいのだろうか。

「地方分権」うんぬんは、橋下大阪市長などを見ると簡単に結論を出せませんが、

各自治体と仕事が重複している、中央官庁の出先機関は廃止すべきだ。

まだまだ、削ることが出来る部分が予算には存在するのに、それには手を受けないで、

消費税率引き上げに政治生命を賭けるというのは、怠慢だと思います。

余計にデフレ不況を長引かせることになると思います。

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2012.06.14

「女性従業員刺され死亡=容疑者男は飛び降り自殺―和歌山」←マスコミに「だからいわんこっちゃない」と言います。

◆記事:女性従業員刺され死亡=容疑者男は飛び降り自殺―和歌山(時事通信 6月13日(水)18時13分配信)

3日午後0時10分ごろ、和歌山市神前のカーテン販売店で、「女性が血を流して倒れている」と、119番があった。

和歌山東署によると、店の入り口付近で、従業員の藤井茉登佳さん(22)が胸や首などを刺されて倒れており、

搬送先の病院で死亡した。

刺したのは、無職の野原大雅容疑者(25)で、現場から約700メートル北にある建物から飛び降り、

その後、死亡が確認された。自殺したとみられる。県警は容疑者死亡のまま野原容疑者を殺人容疑で書類送検する方針。


◆コメント:「特異な方法による自殺」や「無差別殺人」は報道するべきではない。と書きました。

大阪・ミナミで2人の方が通り魔に刺殺されたのが、6月10日、日曜日でした。

その翌日、私は、このような事件を報道すると模倣犯が現れる可能性が高まるので

(メディアは)報道を控えるべきだ、という趣旨の文章を書きました。

2012年06月11日(月) 「特異な方法による自殺」や「無差別殺人」は報道するべきでは無い。ココログ版

12日(火)には、幸い死亡者は出ませんでしたが、類似した事件が2件発生しました。
◆バスに刃物男、すぐ取り押さえ=けが人なし―東京・足立(時事通信 6月12日(火)19時25分配信)

12日午後6時ごろ、東京都足立区花畑のバス停で、「バス車内で包丁を持って騒いでいる男がいる」と110番があった。 

警視庁竹の塚署員らが駆け付けたところ、バスのそばに包丁を持った男がおり、

銃刀法違反容疑で現行犯逮捕した。バスには約20人の乗客がいたが、けが人はなかった。

男は30歳ぐらいで、意味不明な話をしているといい、同署は責任能力の有無を慎重に調べる。


◆包丁男、女性を人質=2時間後に確保、強要容疑―大阪(時事通信 6月13日(水)0時23分配信)

12日午後9時ごろ、大阪市阿倍野区北畠の路上で、「男が女性の首に包丁を突き付けている」と110番があった。

大阪府警阿倍野署員が駆け付けると、男が女性(42)を人質に取っていた。捜査1課員らが解放するよう説得。

約2時間後、男の身柄を確保し、傷害と人質強要等処罰法違反容疑で現行犯逮捕した。

女性は左手の指を切る軽傷を負った。

同署によると、男は近くの無職藤代憲郎容疑者(65)。容疑を認めており、女性とは面識がなかった。

同容疑者は、自転車を押して通りかかった女性に「何時ですか」と声を掛けて包丁を突き付け、

署員らに「マスコミを呼べ」などと要求。説得中に包丁を捨て、取り押さえられた。

現場はJR天王寺駅の南南西約2キロの住宅街。広い範囲で規制線が張られ、警察官約40人が男を包囲。

時折、「ええかげんにしろ」「何やこら」などと興奮する藤代容疑者の叫び声が聞こえ、

近隣住民が不安そうに見守っていた。 

そして、13日(水)の和歌山の犯行です。犯人は自殺してしまいました。

大阪府知事の発言が中途半端に影響してしまったものと、思われます。
◆大阪知事、通り魔に「死にたいなら自分で死ね」(読売新聞 6月11日(月)11時24分配信)

大阪・ミナミの通り魔事件で、松井一郎大阪府知事は11日、現行犯逮捕された礒飛京三容疑者が「人を殺せば死刑になると思ってやった」

と供述していることに対し、報道陣に

「『死にたい』と言うんだったら自分で死ねよと(言いたい)。人を巻き込まずに自己完結してほしい」と発言した。

という内容ですが、公人が、死にたいなら勝手に死ね、というのは配慮がなさ過ぎ、情緒的で幼稚です。

和歌山の犯人は、22歳女性を殺害した後で、自殺してしまいました。

大阪府知事の発言が余計な犯行と結末に影響している可能性がありますが、

それは、証明できません。

マスコミが大阪・ミナミの犯行を報道したからといっても、大多数の人は普通に暮らすわけです。

しかし、前の記事で書いたように、通り魔事件を報道すると、同種犯罪が連鎖的に発生することが多いのです。

マス・メディアも経験から学んで欲しいと思います。

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2012.06.13

「<丹羽駐中国大使>尖閣発言で超党派議連が更迭求め決議へ」←フィナンシャルタイムズを読んだ。

◆記事:<丹羽駐中国大使>尖閣発言で超党派議連が更迭求め決議へ(毎日新聞 6月12日(火)19時1分配信)

超党派の「日本の領土を守るため行動する議員連盟」(山谷えり子会長)は12日、国会内で総会を開き、

英紙のインタビューで東京都による尖閣諸島購入計画を批判した丹羽宇一郎駐中国大使の

更迭を求める決議を採択することを決めた。文言など詳細は調整する。

総会には、自民党やたちあがれ日本など野党に加え、民主党の議員5人を含む約20人が出席した。

玄葉光一郎外相が外務省幹部を通じて丹羽氏に注意したことについて

「更迭する以外に日本政府のはっきりした意思表明はない」(衛藤晟一参院議員)など、不十分だとする意見が続出。

更迭を求めて決議を行うことを決めた。

また、英紙が1日にインタビューしてから記事が出る7日までの外務省の対応に批判が噴出。

北京の日本大使館職員がインタビューに同席していたといい、同省の担当者は

「(発言)内容は記事が出るまで北京の大使館から本省に連絡がなかった。不適切な発言で、それが報告されなかったことは問題だ」

と北京大使館の対応にも問題があったとの認識を示した。


◆【翻訳】Financial Times:“Tokyo warned over plans to buy islands.”(June 6, 2012 12:56 pm)

丹羽宇一郎駐中国日本大使は、東京都による尖閣諸島購入計画は

両国間の関係に極めて深刻な悪影響を与えるであろう、と忠告した。

丹羽大使は、石原慎太郎東京都知事がこの計画を実行したら、

日中関係は、1972年に正常化してから発展させてきた両国関係を脅かすだろう、

と述べた。


丹羽宇一郎大使は、フィナンシャル・タイムズのインタビューに応じ、
「石原知事の計画が現実化したら、日中関係に極めて深刻な危機をもたらすことになる。

過去数十年に亘る、両国間の関係改善の努力を水泡に帰すべきではない」と述べた。


丹羽氏の発言は、中国近海における、さまざまな領海争いの最中に為された。

中国の海洋調査船とフィリピン海軍艦船との揉め事にフィリピン政府は抗議し、

ベトナムも、海洋調査を中国に妨害された、と非難している。


この種の紛争は(中国の台頭を懸念する)米国の肩入れにより、一層面倒なことに

なりつつある。パネッタ米国防長官は、アメリカは、アジア太平洋地域で、保有艦船全体の5割だった配備比率を
2020年までに6割とするとの考えを表明した。


尖閣諸島は、長らく日本が自国領土であることを強調しているが、中国側は"Diaoyu Islands”(釣魚島)

と名付けて、中国領と見なし、東アジアに於ける一触即発の危険を孕む地域になっている。

2010年、中国漁船と日本の海上保安庁巡視船との衝突事件は、

外交問題、貿易問題にエスカレートし、一応落ちつくまでに数ヶ月を要した。


丹羽大使の見解は、石原慎太郎東京都知事の計画に対する日本政府側から今までで

最も強い、懸念表明である。



現在、尖閣諸島は私有地であり日本政府が賃借している状態である。

しかし、石原氏は長らく、この日本政府の曖昧な融和的な方法に異を唱えていたが、

今年の4月、東京都が、島の所有者から、尖閣諸島を購入する計画を表明した。

丹羽大使は、石原都知事の計画には法的その他問題があり、購入前調査だけでも、

外交問題になりかねない、と言っている。


丹羽宇一郎氏は大手商社、伊藤忠商事の会長であったが、2010年、

初めての民間出身の駐中国大使に任命された。


日中間の経済的な関係は、この数十年で急拡大している。

日本の財務相のデータによると、昨年1年間の日本と中国の貿易額は27兆円(3,450億ドル)を超えている。

中国側のデータによると、日本から中国への海外直接投資がくは2011年、前年比50%も増加している。



歴史的な問題に起因する両国間の憎悪感情と急速に発達した中国の国力のゆえに、

日中関係は、世界で最も微妙な、外交問題の一つである。


日本政府は、石原都知事の計画に、殆ど反応を示さずにきた。

玄葉外相は、「冷静かつ大局的な観点から対応するべきだ」と曖昧な言葉を発した。


(東京都ではなく)日本政府が尖閣諸島を買い取るという案は、野党・自民党が次の選挙の公約に

掲げようとしている。


しかし、日本政府が尖閣諸島を購入する、という姿勢を表明したら、近年ますます

自らの領有権を強硬に主張する中国は、やはり黙っているわけが無い。

石原都知事の計画に対しては、都議会からも反対意見が出ている。それよりも、

もっと有効な税金の使途があるだろう、というわけである。


それでも、石原知事は1日の定例記者会見で、

都が呼び掛けている尖閣諸島購入に向けた寄付が同日正午現在で約7万件、

総額約10億1048万円に達したと発表した。

共同通信によれば、石原氏は、

「寄付金全体で島の購入があがなえるならそれに越したことはない。税金を使わずに済むのだから」と述べた。


◆コメント:政府の方針に反対だから、って、総理も外相も石原プロジェクトに何も言っていないではないか。

日本の新聞は、駐中国大使の丹羽宇一郎氏の発言を「英紙のインタビューに答え」としか

書いていないが、こういうものはそのインタビュー全体を読み、文脈の中で発言者の意図を

知ろうとするべきであるが、Twitterを見ていると丹羽さんが「日本の権益を守ろうとしない売国奴」とか、

色々ひどい言葉が書いてあるが、彼らの中でFT(フィナンシャルタイムズ)の原文を読んだ人間は1%もいないだろう。

上の翻訳が全てである。


「丹羽更迭論」の理由として「政府の方針に反対したから」という人がいるが、

尖閣諸島は私有地であり、それを購入しようとしているのは東京都(=石原慎太郎)であり、

国の方針がどうなのか。野田首相、玄蕃外相ともに、石原慎太郎が余程怖いのか、まだ、何もいっていない。

日本政府が公式見解を示していないのであるから、

丹羽発言が日本政府の政策・方針に反対している、という批判は論理的に正しくない。

政府の方針が「無い」のだから、反対も賛成もない。


◆丹羽宇一郎、元・伊藤忠商事社長が、どのような人か知らないのではないか?

これもTwitterで見かけたが、丹羽氏が伊藤忠の社長室でふんぞり返っていただけで、

エリートコースまっしぐらで苦労もしらないのだろう、と、本件とは何も関係無いと思うが、

そういうことを書いている人がいた。少しは調べろ、と、言いたい。

私は、今までに何度丹羽宇一郎氏のことを書いたか分からないが、今一度書く。


1999年、経営危機にあった伊藤忠商事の社長に就任した丹羽さんは、調査を命じ、

伊藤忠が4,000億円もの不良資産を抱えていることを知り、一括償却を決めた。

社員にこれまで以上に働けと、要求した丹羽社長は、給与を全額返上し、

1年間無給で働き、社長車も廃止して、電車通勤し、

昼飯は傘下のファミリーマートの弁当とか同じく傘下の吉野家の牛丼で済ませた。

経営立て直しに成功して、史上最高の経常黒字にしたあとも、丹羽氏は電車通勤を続けた。


「日本の領土を守るため行動する議員連盟」が丹羽大使の更迭を要求したそうだが、

この不況下、家計の所得が減り、それでも国民はまじめに納税している。

その税金から国会の費用が賄われている。

国会議員は、

歳費129万円+文書通信交通滞在費100万円(月額。非課税)+立法事務費65万+ボーナス718万+JR無料 etc.

を受け取り、生活に困らない状態で消費税率引き上げを決めようとしている

国会議員は、尖閣諸島は別として、丹羽さんを見習って、次の選挙まで無給で働いては如何であろうか。


◆フィナンシャルタイムズのインタビューのみでは、真意が分からない。

丹羽大使は、何も尖閣諸島は中国の領土だ、と発言したわけではない。

日中間に領土問題が存在するかのような誤解を招いたことがけしからんというが、

実質的には、我が国固有の領土である、尖閣諸島を中国領だという彼の国と

領土問題は確かに存在する。


以下は、私の想像である。

丹羽氏はこの数年の両国関係を見て、2010年中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突し、

日本は一旦、中国人船長を公務執行妨害で逮捕し、菅直人首相と前原誠司外務大臣は

「国内法で粛々と判断する」と大見得を切ったが、


中国が「報復」と称し、中国本土にいたフジタの社員4人を

「許可なく軍事管理区域を撮影した」として身柄を拘束し、更に

レアアースの日本への輸出を止める、など、殆どヤクザのように凄んできたら、

那覇地方検察庁が勾留延長期限が5日残っている時点で、

わが国国民への影響や、今後の日中関係を考慮して、船長を処分保留で釈放する。

という情けない結果になった、国際世論から見たら、本当に悪いのは中国なのに、

日本はちょっと中国に脅迫されたら、「土下座をして謝った」ように映ったことであろう。


丹羽大使は当時既に中国大使で、船長逮捕に関して、2回も3回も未明に中国の外務大臣に

呼び出されて抗議をされる、など屈辱的な目に遭わされた。

私が思うに、丹羽さん個人としては尖閣諸島に関しても内心、こんちくしょう、と思っているが、

都知事が、あるいは、国が、尖閣諸島を所有者から購入し、それを発表したら、

中国が、ゴタゴタいうのは目に見えている。そのときに、今度は本当に肚を据えて

中国とケンカする覚悟はあるのですか? と、言いたいのではないか、と思う。

字面だけをなぞって、「丹羽大使は日本の国益を損なっている」

という意見は、あまりにも短絡的、表層的で、幼稚だ。

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2012.06.12

「特異な方法による自殺」や「無差別殺人」は報道するべきでは無い。

◆この10年間、私は何度も、繰り返し書いている。まず、自殺。

私が最初に「自殺」や「通り魔」(若しくは特異な犯罪)は、

マスメディアが、それを大きく取り上げることによって、連鎖的に発生するのではないか、と

最初に考えて書いたのは、9年前である。この当時は、HTMLのタグも知らず、

改行の位置も行間も出鱈目で読み難いこと、この上ないが、ご容赦。

2003年05月24日(土)「集団自殺」と「通り魔」は報道しない方がよいのではないか。

この後、ネットで知り合った、赤の他人が何人か集まり、クルマの中で練炭を焚き、

一酸化炭素中毒自殺する、という自体が続いた。

それまでの日本では、このような自殺方法は見られなかったのに、

同じ方法による、特異な集団自殺が増えた。
2003年06月06日(金) <集団自殺>車の中で男性4人死亡 車内に練炭コンロ 静岡・・・・いい加減にしろよ・・・

この見出しは今読むと曖昧だが、「いい加減に・・・」は自殺者に向けた言葉である。

これは、配慮が足りなかったと、反省している。


その後、2006年、いじめを苦に自殺する中学生が連続的に現れた。

これは、自殺をすることにより、本人がメディアにに大きく取り上げられることにより、

死んだ後とはいえ、自分が世間から注目される。自分が苦しんでいたことを世間に訴えられる。

さらに、自分を虐めた人間への復讐になる、という思考が関係したと思われた。

そこで、
2006.11.16「小中学生の自殺連鎖止まらず」←お前ら(マスコミ)がいちいち報道するのも一因だぞ

を書いたところ、約1ヶ月後、自殺予防の専門家が同様の指摘をした。
2006.12.26 「いじめ自殺報道」が「自殺連鎖」を誘発した可能性あり。専門家の指摘←私は、先月同じ事を書きました。

メディアが自殺方法を具体的に書いたり、自殺した人を特別な存在として扱ってはいけない、ということは、
WHO による自殺予防の手引き

の中で、とくに【マスメディアのための手引き】という項があり、極めて詳しく

自殺報道において、してはならないことを書いてある。その中には特異な自殺方法を詳しく書かないことが含まれている。


確かに硫化水素自殺など、化学など、きれいさっぱり忘れてしまった一般人が、突然思いつく訳がない。

あれが続いたのは明らかにマスコミにも責任がある。


◆通り魔、無差別殺人も同様である。

6月8日は11年前に池田小事件が起き、4年前には秋葉原の無差別殺傷事件があった。

この日付が同じなのは、偶然か。そしてその2日後の昨日大阪で通り魔が会ったのも偶然か。

この種の犯人は、極めて単純化して括るならば「構ってちゃん」であり、同時に破滅を望んでいる。

同じような人間がまだ日本の何処かには、いるに違いない。

そういう人間は、「あのように『誰でも良いから殺したかった』といえば、とにかく世間に知られる」という

こと自体が犯行動機になり得る。


多くの人はわすれているだろうが、2008年3月23日から25日に通り魔若しくはそれに準ずる犯罪が

連続的に起きたことがある。

2008.03.27 衝動的、単独的な「通り魔」若しくはそれに類する犯罪は、報道されることにより、次の犯行を惹起しているのではないか

に当時の記事を転載してあるが、

  1. 2008年3月23日(日)午前11時ごろ、茨城県土浦市荒川沖東2のJR常磐線荒川沖駅付近で、若い男が男女8人の頭や首などを次々に刺し、1人死亡。

  2. 翌24日(月)午前6時20分ごろ千葉市若葉区桜木のアパートの敷地内で、このアパートに住む会社員男性(22)が、後ろから来た男に「おい」と声を掛けられ、振り向いたところ、いきなり刃物のようなもので腹部を刺された。

  3. 同じ24日午前3時ごろ、名古屋市中区新栄1の路上で、緑区有松町桶狭間の36歳の女性店員が、突然、男に果物ナイフのような刃物で背中を刺された。

  4. 25日午後11時ごろ、東京都新宿区歌舞伎町の路上で、女性が男に刃物で切りつけられた。

  5. 25日午後11時7分ごろ、岡山市駅元町のJR岡山駅で、列車を待っていた38歳の男性が、見知らぬ男に突き飛ばされ線路に転落し、列車に轢かれた死亡した。
僅か2日間で5回の無差別的殺人や傷害事件が発生している。

2~5は、1.の犯行がトリガー(引き金)になっている可能性が高い、と私は思った。


◆事件を報道することによるメリットよりもデメリットの方が多い場合は、敢えて報道しないほうがいい。

全ての事故・事件を報道するな、とは言わない。

過失事故が連続した場合は報道するメリットがあるだろう。

あくまでも仮定上の話だが、カーブの多い、狭い道でスピードを出し過ぎた自動車が、

学校に向かう(学校から帰る)子供の列に突っ込んだ、という事故が連続した場合、

これは「過失」であり、「過失」を模倣しようとする人間はいない。

従って、改めて、広く、運転免許保持者の注意を喚起するために事故を報じることには、

メリットがある。


だが、日曜日に大阪で起きた通り魔は、明らかに「故意」に「無差別」に他人を殺したのであり、

行為としては確かに腹が立つが、これを日本国民全体に知らしめる事による「メリット」があるだろうか?

これを知ったところで、潜在的な通り魔は突如刃物を振りかざして襲ってくるのだから、

刺されないように注意しろ、と言われても、それは無理である。

また、日本全体を考えた場合、毎日、誰かが交通事故で亡くなっている。

人の死の重みは、その原因が事故だろうが、通り魔による犯行だろうが、

同じ筈である、事故死した人の命は、通り魔の犠牲者の命よりも軽いだろうか?

答は明らかだ。しかし、日本中の事故死が毎日報道されることはなく、

それをいちいち気に留める人はいない。


断っておくが、大阪の通り魔の犠牲者は勿論お気の毒である。

しかし、このような「明らかな故意犯」の存在を日本中に知らしめることは、

前段で私が推測したとおり、自暴自棄になっている人間を同種犯行に駆り立てる

引き金になるかもしれない。

だから、徒に事件をメディアが大きく取りあげるべきでは無い、

と思料する。

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2012.06.10

【大飯原発】「安全は確保”報告書案を提示」活断層の真上の建造物が安全なのか。

◆記事:安全は確保”報告書案を提示(NHK 6月10日 19時57分)

関西電力大飯原子力発電所の運転再開を巡り、福井県が設置した原子力の専門家などが参加した委員会が開かれ、

「安全は確保できている」とする報告書の案が示されました。

報告書は了承されれば11日にも西川知事に提出され、西川知事は原発を視察をしたうえで、

今週中にも運転再開を判断するものとみられます。

福井県おおい町にある大飯原発の3号機と4号機の運転再開を巡り、福井県は、

原子力や耐震工学の専門家などが参加した県原子力安全専門委員会で、政府が確認したとする安全性を独自に検証しています。

10日の委員会は、開始前から運転再開に反対する市民グループが警察官らともみ合いになり、すべての委員が別室に移動し、

傍聴人を入れない状態で予定よりおよそ1時間遅れで始まりました。

委員会で示された報告書の案では、政府が決めた新たな安全基準について、

「現時点で知りうるかぎりの知見を反映している」と評価したうえで、大飯原発の安全性について、

「福島第一原発の事故を教訓に、想定される地震や津波が襲っても原子炉の安全を確保するための対策はできている」

と結論づけています。

このほか、国や関西電力への要望として、国の新たな規制機関の早期発足や、

万が一の事故への備えを十分に確保することなどを挙げています。

報告書は了承されれば11日にも西川知事に提出され、西川知事は原発を視察をしたうえで、

今週中にも運転再開を判断するものとみられます。


◆コメント:大飯原発の原子炉直下に活断層があっても安全なのか。

昨日と全く同じ内容である。

毎日同じ事を書くのは無意味に思われるかも知れない。


しかし、口幅ったい(注:「身のほども考えないで大きなことや生意気なことを言う態度である」の意。「広辞苑」)物言いになるが、

過去10年、時事問題の日記・ブログを書いてきた経験から、

私は、

本当に大事なことは何十回でも何百回でも繰り返すべきだ。

と考えている。要するに「一念岩をも通す」(俗に「愚直の一念ともいう)と信じたい。


さて、そんなことはどうでも良い。


問題は、大飯原発は安全だ、との結論を出したのが
福井県が設置した原子力の専門家などが参加した委員会

だ、ということである。

有り体にいえば、大飯原発のおかげで仕事があった人が、原発停止が長引いて困っているから、

まあ、311のような地震は、当分、起きないであろうから、早いところ大飯原発を再稼働してしまおう

ということは、普通の知識と知能と良識をもった日本人の大人ならば、一目瞭然だ。


しかし、「とりあえず」で決めてしまうには、今まで人間が遭遇してきた様々な問題と次元が違う。


昨日の記事で、引用したとおり、東洋大学の、活断層の専門家(変形地質学。活断層を見つけるのは

地震学者ではなくて、地質学者)、渡辺満久教授は、

  1. 大飯原発から数キロの数キロ離れたところに、マグニチュード7級の地震を起こしうる活断層があることは確認出来ている。

  2. ただし、本当の問題は、大飯原発の敷地の中にも小さい活断層がありそうだということが分かってきている。

  3. 厳密に言えば、自分(渡辺教授)が直接(敷地の)中に入って見る事が出来ないので、「分からない」というべきだが、

  4. 公表されているデータを見る限り、「活断層ではないんですか?」と思わざるを得ないような物が出ている。

と、6月6日の毎日放送「たね蒔きジャーナル」で発言しているし、それは共同通信が活字にしている。
【大飯原発、地表ずれる可能性】 「早急に現地調査を」 専門家指摘 (共同通信)(2012/06/06 21:48)

再稼働問題で注目される関西電力大飯原発(福井県)で、敷地内を走る軟弱な断層(破砕帯)が近くの活断層と連動して動き、地表がずれる可能性があるとの分析結果を渡辺満久東洋大教授(変動地形学)と鈴木康弘名古屋大教授(同)が6日まとめた。渡辺教授は「原子炉直下を通る破砕帯もあり、早急に現地調査すべきだ」としている。

原子炉直下の破砕帯が動いて地表がずれると、安全上重要な設備を損傷させる恐れがあるため、原発の立地場所として不適格となる可能性もある。

経済産業省原子力安全・保安院は「既に専門家会議で破砕帯の活動性はないと評価済みだ」としているが、専門家会議委員で産業技術総合研究所の杉山雄一主幹研究員は「大飯原発など若狭湾の原発は、現地調査であらためて状態を確認するべきだ」としている。

渡辺教授らが指摘したのは「F―6断層」と呼ばれる破砕帯。

1985年に関電が国に提出した大飯3、4号機の増設申請書によると、F―6断層は1、2号機と3、4号機の間の地下をほぼ南北に走っている。

当時の掘削調査で、坑内の南側壁面では断層の上を覆う地層が変形していないことなどから、関電は「国が原発の建設時に考慮するよう定めている、13万~12万年前以降に活動した活断層ではない」と判断。保安院も2010年に妥当と評価した。

これに対し、渡辺教授らは、同じ坑内の北側壁面の調査データなどを分析し、F―6断層が地層を上下にずらした可能性があると指摘した。

また、断層は粘土が混じって固まっていない可能性がある上、上部を覆う地層の年代も特定できておらず、活動が比較的新しい可能性もあると判断した。

 さらに、F―6断層は海域などにある周辺の活断層と連動して動く可能性もあるという。

日本原子力発電敦賀原発(福井県)では、原子炉直下の破砕帯が動く可能性が4月、保安院の現地調査で判明。国の基準を満たさず、廃炉の可能性が浮上している。

◎全原発で破砕帯調査を 

【解説】

原発の安全審査でこれまで国は、地震の揺れによる影響を重視してきたが、地表にずれを生じさせる破砕帯には注目せず、十分な調査も求めてこなかった。最近になって日本原子力発電敦賀原発で原子炉直下の破砕帯が動く可能性が判明しており、最新の知見に照らして全原発で破砕帯の調査をするべきだ。

大飯原発では1970年代の1号機建設の際、敷地内で多くの破砕帯が見つかり、関西電力は「F―6断層」を避けて原子炉を設置した。破砕帯は、断層活動で砕かれた岩石などが帯状に連なり、福井県の若狭湾周辺にある原発では敷地内に多く存在する。

敦賀原発では「ずれ方の特徴から古い時代の断層」「断層を覆う新しい時代の地層が変形していないので活動性はない」などとする日本原電の評価が妥当とされてきた。原子力安全・保安院の現地調査で評価が覆る可能性が出ているが、関電が大飯原発で行った調査や評価手法もほぼ同じ方法だ。

保安院がF―6断層を安全とする根拠も、基本的には80年代の掘削調査データなどで、古さは否めない。

保安院の専門家会議委員を務める産業技術総合研究所の杉山雄一(すぎやま・ゆういち)主幹研究員は「国の安全審査では事業者の調査データのすべてを確認しきれてはいない。全データの再確認や現地調査が非常に重要だ」と訴えている。

◎考慮すべき断層はない 関西電力の話

大飯原発建設前の調査で破砕帯を確認しているが、破砕帯はいずれも非常に短いものだった。最も長いF―6断層については掘削調査などを行っている。その結果、地表をずらす破砕帯も含め、考慮すべき断層は敷地内にはないと考えている。国の耐震安全性確認の審議でも確認していただいている。

東日本大震災前なら、正直いって、私もこの類の記事はまともに読まなかったかもしれないが、

311のあと、福島原発の惨状。我々が生きている間に福島原発の処理が終わるとは思えない。

また、私の家は元来福島で、今も先祖代々の墓があるので、決して他人事ではないが、福島は多分もう、人が住める場所には戻らない。

原発が、一旦事故を起こしたら、これほど多くの人間が、一世代では終わりを見ることができないほど、長期間に亘って苦しむことになるのが分かった、というのに、

原子炉の直下に活断層があるかもしれない、原発を再稼働することは、どう考えても許されない。

世の中には相対的なことと絶対的なことがあり、これは数少ない「絶対的な」事柄に属すると思われる。

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大飯原発の敷地内、原子炉直下に活断層があるようだ」(たね蒔きジャーナル 東洋大渡辺教授)

◆読者の方から、非常に重要な情報を教えて頂きました。

はじめに。

今日の記事は、昨日書いた

「大飯原発再稼働」←「国民の生活を守るため」どころではなく更に危険が増大するのだ。

へのコメントで、拙ブログにいつもコメントを下さる
あつし様の情報が無ければ、書けなかったものです。

心より御礼申しあげます。

また、後ほど、もう一度御礼を申しあげますが、

あつし様に紹介して頂いたブログ、
みんな楽しくHappy?がいい♪ 2011年3月11日。その後私は変わりました。

の管理人さん、ちょっとプロフィールが分からないのですが、

MBS(毎日放送)「たね蒔きジャーナル」を大変分かり易く文字起こしなさっております。

大変、寛容なことに、
ブログ内の内容についての転記はご自由にどうぞ。

と許可して下さっているので、ご好意に甘えます。

ありがとうございます。


◆音声資料:YouTube:「たね蒔きジャーナル」6月6日「原発と活断層~その実態を聞く・東洋大学 渡辺満久」

活断層の専門家(変動地形学)は地震学者とはまた別の専攻だそうです。

変動地形学者は、活断層を見つけるプロなのです。

活断層の専門家、東洋大学の渡辺満久教授が6月6日(水)の種まきジャーナルに

電話インタビューで出演したときの音声です。

最も重要なことは、

大飯原発の原子炉の真下に活断層がある(としか考えられない)

ことです。


2012年06月06日【水】原発と活断層~その実態を聞く・東洋大学 渡辺満久







これを、みんな楽しくHappy?がいい♪ 2011年3月11日。その後私は変わりました。の管理人さんが

文字起こしして下さっています。
「原発と活断層~その実態を聞く」活断層の専門家・東洋大学教授渡辺満久氏6/6たねまきJ(内容書き出し)

転載させて頂きます。
水野:近藤さ~ん、これからお話しいただくのは活断層の研究の第一人者でいらっしゃいます。東洋大学教授の渡辺満久先生です。渡辺さんこんばんは~。

大飯原発近くの活断層

水野:渡辺さんが今日お話し下さるという事でラジオのリスナーの方々から質問を頂戴いたしました。

「今政府が再稼働に向けてひた走っているように見えます、大飯原発。

福井県にあります大飯原発の近くにはどのような活断層があるんでしょうか?

そしてそれが近い将来地震を起こす恐れってあるんでしょうか」

こんなふうに聞いて下さっているんですが、渡辺さん、いかがでしょうか?



渡辺:大飯原発の本当に近いところには活断層は見えないんですけれども、数キロ離れたところにかなり大きな地震を起こす活断層が存在しています。


水野:数キロ離れたところに大きな活断層があるんですか、


渡辺:そうですね、それはですねいつ動くかという事は全く分かりません。


水野:明日動くかもしれません?


渡辺:動くかもしれません。


水野:動くとしたらどれぐらいの地震を起こす規模の活断層なんでしょうか?


渡辺:マグニチュードで申し上げれば、7を超えるぐらいだろうと思います。


水野:マグニチュード7を超える揺れをもたらすような大きな活断層が、数キロ離れたところにあるんですか。


渡辺:はい。ただ問題はそこではなくてですね、どうも敷地の中にも小さい活断層がありそうだっていう事がだんだんわかってきて、


水野:え゛---っ!大飯原発の敷地の中にもですか?


渡辺:そうですね。民間の市民団体の方が提示されたデータを私は見せていただいて、

「活断層が存在する可能性を否定できない」と、そういう風にコメントして、もうすぐその記事も出ると思うんですけれど、
◆(JIRO注:当該記事。)大飯原発、地表ずれる可能性 専門家「早急に現地調査を」(共同通信2012/06/06 21:01)

再稼働問題で注目される関西電力大飯原発(福井県)で、敷地内を走る軟弱な断層(破砕帯)が近くの活断層と連動して動き、

地表がずれる可能性があるとの分析結果を渡辺満久東洋大教授(変動地形学)と鈴木康弘名古屋大教授(同)が6日まとめた。

渡辺教授は「原子炉直下を通る破砕帯もあり、早急に現地調査すべきだ」としている。

原子炉直下の破砕帯が動いて地表がずれると、安全上重要な設備を損傷させる恐れがあるため、

原発の立地場所として不適格となる可能性もある。

渡辺教授らが指摘したのは「F―6断層」と呼ばれる破砕帯。

水野:そうですか、大飯原発の敷地内にも活断層がある可能性を否定できない。ま、あるかもしれないという事ですよね。


渡辺:私が直接中に入って見る事が出来ないので、分からないとしか申し上げられないんですけれども、

公表されているデータを見る限りですね、「活断層ではないんですか?」

と思わざるを得ないような物が出ているんですね。そちらの方が心配ですね。


水野:そうした敷地内の、「小さな」とおっしゃいましたけれども、活断層が動く可能性もあるでしょうし、


活断層の真上に原子炉



渡辺:それも、いつ動くかっていうのは全く分かりませんけれども、その敷地内のやつが原子炉の下にもあるので、

そういうものがもしかして動いてしまうと、これはちょっと、大変なことが想定できる訳です。


水野:原子炉の下にも活断層があるやもしれない。で、それが動く時ってね、ど、どんな最悪な事があり得るんですか?


渡辺:建屋の真下のやつが動いてしまうと、建屋が壊れますので、そうすると原子炉本体が頑丈に造ってあったとしても、

配管その他が壊れてしまうとですね、かなり深刻な事態になるんじゃないかと思います。

ただ、わたしは工学的なところは専門ではないので、ハッキリは申し上げられませんけれども、


水野:あ、そうか。近藤さ~ん、今の渡辺さんのお話を聞かれて、どんな印象を持たれました?


近藤:あの・・・・先生ね、耐震性を、そうするといかに高めても、活断層が下にあるという事になると、

これは先生の専門じゃないかも分かりませんけれど、どんな建物でもダメなんですかね?


渡辺:直下にあるもので、土地がずれてしまった場合には、耐震性は関係ないです。


近藤:関係ないわけですか、


水野:あっ!そうなんですか


渡辺:ずれてしまった場合には、私達が今まで見ている世界の活断層が動いた現場を見ている限りでは、

その上にあった建造物が無傷だったという例はほとんどないわけです。



(JIRO:以下省略。全文の文字起こしは、「原発と活断層~その実態を聞く」活断層の専門家・東洋大学教授渡辺満久氏6/6たねまきJ(内容書き出し)をご参照。)


◆コメント:原子炉直下に活断層がある原発が「安全」ならば、この世に「危険な原発」は存在しない。

もはやコメントの必要は無かろう。

野田首相は、大飯原発は安全だと言ったが、原子炉の真下に活断層がある原発が安全ならば、

危険な原発は確かに存在しないだろう。音声を聞き、また、文字起こしを読めばわかるとおり

真下に活断層があり、それが動いたら、土台の地面がずれてしまうのだから、耐震構造もへったくれも無い。

もう一つ、放射能を撒き散らす場所が増える。

野田首相はさらに、「私の責任で」再稼働すると言ったが、原発が壊れたら

放射性物質が、環境に拡散し、放射性物質を無毒化することは出来ないのに、

どうやって責任を取るのか。内閣総辞職や、野田首相が死んだら放射能が消える

という仕組みなら、責任のとりようがあろうが、首相をやめる位で責任を取ったことにして、

国民の生命をさらに危険に晒す権利は、どう考えても、どんな人間にも、無い。

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2012.06.09

「大飯原発再稼働」←「国民の生活を守るため」どころではなく更に危険が増大するのだ。

◆首相「大飯再稼働が私の判断」 夏場限定は否定 (日経 2012/6/8 18:16)

野田佳彦首相は8日夕の記者会見で、関西電力大飯原子力発電所

3、4号機(福井県おおい町)の再稼働に関して

「再起動すべきというのが私の判断だ」と述べた。

そのうえで「石油資源の輸入に支障が生じる事態が起きれば

石油ショックのような痛みを覚悟しなければならず、

エネルギー安全保障の視点からも重要な電源だ」と述べた。

首相は大飯原発に関して

「福島を襲ったような地震・津波が起こっても事故を起こさない対策と体制は整っている」

としたうえで、「安価で安定した電力は欠かせない。原発を止めたままでは日本の社会は立ち行かない」

と述べた。また、「夏期限定の再起動では日本経済は守れない」とした。


◆コメント:国民の生活を守るどころか、国民の生命の危険を増大させている。

引用した日本経済新聞の記事には含まれていないが、各メディアの報道を

読むと、野田首相は、

「国民の生活を守るため、再起動すべきというのが私の判断だ」

と、言っているが、それならば、まず、停まっている原発を再稼働するよりも前に、

原子炉圧力容器そのものよりも遙かに大量の核燃料が冷却されている

福島第一原発4号機の使用済み核燃料プールが補強されておらず、もう一度福島原発付近を震源とする

強い地震が起きるなど、何らかの原因で、4号機の使用済み核燃料プールの冷却が不可能になったら、半径

300キロ近く、つまり横浜付近にまで、大量の核生成物が飛散し、3,000万人が避難を要するといわれるが、

現実問題として、それほどの大量の人口が一度に危険地帯を脱出しようとしても不可能である。


本来、国はこの福島原発4号機をこれ以上危険な状態にしないようにすることが最優先課題だと思うが、

野田総理の説明には4号機の「よ」の字も出てこない。

とにもかくにも、「まず、大飯原発再稼働」という発想である。

どう考えても優先順位が違う。


さらに、大飯原発の「安全性」に関して、
福島を襲ったような地震・津波が起こっても事故を起こさない対策と体制は整っている

と言ったそうだが、東日本大震災は震源域も規模も、想定を大きく超えていた上、

福島原発は、東日本大震災の震源から178キロも離れていたのである。


東日本大震災の経験から我々は、自然の脅威は人間の想像を超える、ということを知った。

野田首相の言葉は、つまり、東日本大震災よりも更に強い地震が起こることはあり得ないことを

前提にしているが、それが、ダメだというのである。

もしも、東日本大震災よりも強い地震が、大飯原発の直下で起きた場合、

津波が到来しなくても、地震そのもののショックにより、原子炉圧力容器や格納容器、

また、配管が損傷しないと、絶対にコンピューターのストレステストで分かるわけが無い。

原発が次々と建設される際、歌い文句は「原子力発電所はこの世で最も堅牢な建築物であり、

たとえ、大陸間弾道弾の直撃を受けてもビクともしない」というような内容だったが、

とんでもない話で、180キロ離れた所で起きた地震と津波であっさり福島は外部電源を喪失し、

その日のうちに核燃料はメルトダウンしていたのである。


大飯原発のみならず、もはや、如何なる原発も「絶対安全」はあり得ないと考えるのが

危機管理の本来の姿であり、電力が不足することにより、国民生活に支障を来すというなら、

死にものぐるいで、火力なり、他の地域からの電力融通で、関電管内の需要に見合う

電力を確保する方策を考えるべきであり、国民生活を守るために、壊れたままの福島原発に関して

今後どうするのか、何も説明しないで、大飯原発を再稼働するなど、

正気の沙汰とは思えない。福島で散々苦しんでいるように、放射能を無毒化することはできないのだ。

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2012.06.07

「三笠宮寛仁さま ご逝去」←皇族が亡くなったら「薨去」(こうきょ)です

◆記事:三笠宮寛仁さま ご逝去(NHK 6月6日 20時29分)

天皇陛下のいとこで「ひげの殿下」として知られる三笠宮寛仁さまは、のどのがんの手術を受けたあと入院を続けていましたが、

容体が悪化して6日午後3時35分亡くなられました。66歳でした。

三笠宮寛仁さまは、平成3年の食道がんの手術以来、のどなどにできたがんのため、

これまでに16回の手術や治療を受けられました。



ことし1月には、東京・千代田区の杏雲堂病院でのどのがんを切除する手術を受け、入院を続けられていました。

宮内庁によりますと、寛仁さまは容体が悪化して危篤になり、6日午後3時35分、母親の三笠宮妃の百合子さまや

長女の彬子さま、次女の瑶子さまなどに最期をみとられ、多臓器不全のため亡くなられたということです。

寛仁さまのご遺体は午後6時すぎ、赤坂御用地にあるお住まいの宮邸に戻され、

天皇皇后両陛下をはじめ皇族方が6日夜、弔問に訪れられました。

寛仁さまは、昭和21年1月5日、三笠宮家の長男として誕生されました。

天皇陛下のいとこにあたられます。



みずからを「福祉の現場監督」と呼び、福祉団体の会長を務めて障害者の自立を支援したり、

学生時代に磨いた技術を生かして障害者のスキーの指導に当たったりするなど、

障害者福祉に積極的に取り組まれてきました。

昭和55年11月に信子さまと結婚され、翌56年に長女の彬子さま、58年には次女の瑶子さまが誕生されました。

また、日英協会や日本ノルウェー協会の名誉総裁として国際親善に務める一方で、

がんの研究基金の総裁としてがんの撲滅運動にも取り組まれてきました。

ご自身もがんとの闘病が長く、平成20年の手術では声を出すことができなくなり、

人工喉頭と呼ばれる器具をのどに当てて会話をされるようになりました。

このほかアルコール依存症や不整脈の治療のためたびたび入院されました。

一方で、去年5月には、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県を訪れて被災した人たちを励ますなど、

去年まで精力的に公務を続けられていました。


◆コメント:謹んでお悔やみ申しあげます。

誠に快活なお人柄でした。

まだお元気で「新婚」の頃。当時、故・遠藤周作氏が何処かの民放テレビで対談番組を始め、

その第1回目のゲストが、三笠宮寬仁殿下と妃殿下でした。

遠藤周作氏の方がからかわれるような雰囲気になりまして、

遠藤さん、久しぶりだなあ。たまには遊びに来て下さいよ。遠藤さんの好きな姉貴(甯子内親王)が会いたがってましたよ?

などと、おっしゃるのですが、遠藤さんの方が、狼狽してしまって、まだ新婚の妃殿下がおかしそうに見ていて、

とても暖かいお人柄を感じたのを覚えています。


◆どのメディアも「ご逝去」とかいていますが、「薨去」(こうきょ)が正しいのです。

NHKのみならず、全てのメディアが「ご逝去」とかいていますが、

薨去(こうきょ) 皇族または三位以上の人の死去。薨逝こうせい。(広辞苑第六版)

です。宮内庁の発表は、
寬仁親王殿下薨去について 平成24年6月6日

寬仁親王殿下には,本日午後3時35分,公益財団法人佐々木研究所附属杏雲堂病院において,薨去(こうきょ)されました。

謹んで哀悼の意を表する次第であります。

とあります。


尤も、私は、偉そうな事を言えないのです。最初Twitterに、
心より、ご冥福をお祈り申しあげます。

とかいてしまったのですが、「冥福」は仏教の概念で、皇室もずっと歴史を溯れば仏教とむかんけいではなく、

今も、明確に神道が皇室の宗教だ、とはどこにも書いていないのですが、宮中特有の行事を見ると分かるとおり、

神式ですから、「ご冥福」は今は、使わないのですね。

確かに宮内庁談話は、
謹んで哀悼の意を表する次第であります。

ですし、内閣総理大臣謹話においても、
(前略)様々な機会に国民と飾ることなく親しく接せられる殿下に、国民は深い敬愛の念を抱き、

引き続き積極的な御活動を望んでいたところ、思いもむなしく薨去されましたことは、誠に痛惜の思いに堪えません。(後略)

です。「薨去」ですし、「哀悼の念を表する次第」だったり、「痛惜の思いに堪えません」となっています。

若い人々が、きちんと哀悼の意を表していたのに感心しました。

ごく僅かですが、「皇族だから、どうだっていうんだ」と書いている人がいましたが、

弔事は全てに優先するものです。

一般論でいえば、何もないときなら、皇室廃止論を訴えるのは、

思想・信条の自由ですから許されますが、弔事には控えるべきです。


◆J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番から「エア」(G線上のアリア)

これは、死者を弔うために作られた音楽ではありませんが、

この場には相応しいと思います。

カラヤンです。アダージョ・カラヤン・プレミアムから


◆J.S.バッハ:管弦楽組曲 第3番 ニ長調 BWV1068 第2曲「エア」







最後に今一度。

謹んで哀悼の意を表します。

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2012.06.05

「黒沼ユリ子さん、メキシコの音楽学校閉校へ」←32年間、ご苦労様でした。

◆記事:黒沼ユリ子さん、メキシコの音楽学校閉校へ(2012年6月3日10時44分 読売新聞)

メキシコ在住の国際的バイオリニスト、黒沼ユリ子さん(71)が、

メキシコ市で32年間続けてきた音楽学校「アカデミア・ユリコ・クロヌマ」

を6月末で閉じることを明らかにした。

 同校は黒沼さんが、音楽教育を受ける機会が少なかったメキシコの子供向けに1980年、開設した。

最盛期にはバイオリンやチェロを学ぶ生徒120人余りが在籍。

著名なバイオリニスト、アドリアン・ユストゥスさんなど、卒業生からは数多くの演奏家が出た。

しかし、近年は治安の悪化で通学が困難になるなどし、生徒が20人ほどに減少。

2001年に国立少年少女交響楽団が設立され、政府が音楽教育に力を入れ始めたこともあり、

一定の役目を果たしたと判断した。


◆コメント:立派な方なんですよ。

黒沼ユリ子先生のプロフィールを、ウィキペディアで調べたら、

1940年、東京に生まれる。8歳の頃よりヴァイオリンを始める。1956年、桐朋学園高校音楽科1年で日本音楽コンクール第1位及び特賞を受賞。

とあります。プロになるには、8歳では本当は遅いのですが、才能と努力の賜でしょう。

ヴァイオリンを習い始めてわずか8年で、毎コンヴァイオリン部門優勝及び特別賞を獲っておられます。

ずっと演奏活動だけを続けていたら、世界的ソリストになられたことでしょうが、

メキシコの貧しい子供達にヴァイオリンを教えることに、半生を捧げたのです。


これが、黒沼先生の音楽教室のサイトです(英語)。


音質は余り良くありませんが、いくつかの映像と音声を見ることができます。

小さい子供から、黒沼先生が手取り足取り、基礎を辛抱強く教えたから、皆、

キチンとした弾き方をしています。


かつてテレビで、黒沼先生のドキュメンタリーを見ましたが、現地の人々から

黒沼先生が、本当に尊敬されていることがよくわかりました。

しかし、黒沼先生は全然尊大でもないし、怖くも無い、優しい先生で、

メキシコの人達のお祭りとかパーティに、楽しそうに参加しておられました。


私は確信しますが、黒沼先生お一人のおかげで、

メキシコ人は日本人をとても尊敬しているように思います。


◆優秀なお弟子さんがいます。

アドリアン・ユストゥス(Adrian Justus)という人ですが、

完全にプロのソリストです。黒沼先生が一から育て上げたのです。


アドリアン・ユストゥス氏は、のちほど、黒沼先生のコメントもお見せしますが、

もともとラテンの血が流れている上に、先生が、「音楽は楽しいものなのだ」と

(口にしたかどうかわかりませんが)、そう思えるように教育なさったのだと思います。

ご覧下さい。


◆パガニーニ:ラ・カンパネラ(オリジナル版)







黒沼先生がこの後コメントされてますが、彼には弾むようなリズム感と美しく旋律を

弾く「歌心」を兼ね備えていると思います。

かなり、自由奔放に弾いていますが、無意味なテンポの揺らし方はしていません。

そういうところは、多分、黒沼先生の教えでしょうが、とにかく楽しそうですよね。

黒沼先生のコメント映像をご覧下さい。


◆クラシックニュース アドリアン・ユストゥス(Vn)に期待!黒沼ユリ子






「~そういう演奏家なんですね」とユストゥス氏をここまでにしたのが、

黒沼ユリ子先生ご本人なんですね。


この記事はユストゥス氏の特集ではありませんが、もう一曲。


サラサーテの「サパテアード」という曲。「ツィゴイネルワイゼン」ほど有名じゃないですけど、

「サパテアード」(ZAPATEADO)は、スペイン・アンダルシア地方の踊り。又はそのリズムを使った曲。

フラメンコのイメージですね。


◆Adrian Justus : Sarasate "ZAPATEADO"







黒沼先生の言うとおり、「音」「楽」なんですね。弾いている人の喜びが聴衆を幸福にする。


◆こういう方の業績を高く評価できないのが、日本の無教養なところです。

同じように海外で長く活躍した日本人の音楽家は他にもおられます。

ベルリン・フィルの第一コンサートマスターを四半世紀務めた、安永徹さんが、辞めるとき、

独政府から勲章を授与されましたが、日本政府はそれに対して正式な謝意を表していないばかりか、

本当は安永さんや、黒沼さんのように「長い間、海外で文化に貢献し、日本人の印象を向上させた」人は

高い評価を受けるべきです。


日本のメディアや世論が騒ぐにはコンクールで上位に入賞したとき位ですけど、

勿論それはそれで、立派なことですけど、いつも書いているとおり、コンクールは

「瞬間最大風速」であって、「その日、その時、その場所で、一番上手に弾いたのは誰か」

で決まるのです。翌日、本選だったら、全く違う結果になり得る。


安永さんはコンマス、黒沼さんは教育者としてですが、何十年にもわたって、現地で

高い評価を受け、尊敬されるということは並のことではない。私は文化勲章に値すると思うのですが、

日本の、私などよりも影響力のある、メディアや「文化人」は誰もそういうことを言わない。

大衆に至っては、そもそも、「知らない」。

この辺りが、どうにも、情けないところです。

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2012.06.04

「公正な世界の信念」という「錯覚」

◆「公正な世界の信念」という、タチの悪い錯覚。

これに関しては、5年前に一度書いたことがある。

2007.08.30 「涙こらえ、最後の別れ 女性拉致・殺害磯谷さん葬儀に130人」←葬儀の様子などテレビで映さなくても良かろう。

メディアは、犯罪の被害者について、本人は死んでしまって反論ができないのに、

例えば、レイプされた挙げ句殺された女性に関して「日頃から素行が悪かったらしい」

などとひどいことを書く。また、なんと被害者の遺族の自宅には、全然見ず知らずの人間から

「お前の娘は日頃から男関係がだらしなかったのだろう」と嫌がらせの電話がくるそうだ。


心理学者や社会学者によれば、人間には「公平な世界の信念」という(私に言わせれば)「錯覚」があるそうだ。

つまり、
世の中は正しく動いている。努力すれば報われる。貧困な人、社会的弱者は努力が足りないのだ。

また、正しく生きれば、犯罪の被害者になることはない。殺された人間はそれ相応の、だらしのない

生き方をした報いを受けたのだ。

と、「信じたい」のだ。そうでなければ、
自分がまじめに働き、生きていても、社会的弱者に転落する可能性があり、理由もなく殺されるかも知れない。

ことを認めなければならない。本当はそれが真実なのだが、認めるのが、怖くて仕方が無いのである。

「公平な世界の信念」が強い人ほど、社会的弱者に冷酷で、

犯罪被害者やその遺族に残酷なことをいうのである。


◆世界は不公平である。

公平な世界の信念をいくら信じようとしても311を見れば、如何に間違っているか、

よほど、バカでは無い限りわかるだろう。

地震と津波で亡くなったり、行方不明のままの方は2万人である。


震災犠牲者が「日頃、悪い事をしていたから、報い(天罰)を受けたのだ」と

本気で信じている人がいるならば、精神科の診察を受けた方が良いかも知れない。


◆殆どの努力は、報われない。

何だか、景気の悪い話だが、これをはっきり認識すると不必要に落ちこむことが

なくなるか、少なくなるので、敢えて書く。


世の中は理不尽に出来ている。いや、理不尽のかたまり、といっていい。

今年8月下旬から、ロンドン・オリンピックが開催される。

各競技で、世界中の何万、何十万という選手が皆、金メダルを夢見る。

そのために、あらゆる苦しい練習に耐えている。


しかし、実際に金メダルを手に入れることが出来るのは、1人だけだ。

残酷だが、圧倒的大多数の人間の努力は、報われない。


一生懸命やれば上手くいく。努力すれば報われる「公平性の原理」は存在しない。



私の好きな分野、音楽も同じだ。

音楽は、本来勝ち負けとか点数で評価されることではないが、

分かり易いので、コンクールを例に取る。


昨年、第80回日本音楽コンクール(通称、毎コン)のピアノ部門をみると、

第1予選を受けたのは、236人。そのうち第2予選に進むことができたのは、48人。

第3予選に進んだのは、その中の9人。本選に出場出来るのは4人。

本選で(1位無しという場合もあるが)1位になるのは、勿論、ただ1人だ。


音楽コンクールにおいても、このとおり。殆どの努力は報われないのである。


◆結論:「公平な世界な信念」の存在を意識すること。

前段までに説明した「公平な世界の信念」の存在を人々が知っていることが肝要である。

そうすれば、むしょうに人を攻撃したくなったときには、自分がその「錯覚」に陥っていないか、

少し冷静に考えることにより、徒に他人の心を傷付けなくて済む可能性が格段に高まる。


また、逆に、自分が訳も分からず周囲から攻撃をされている、「嫌われている」と感じたとき、

それは自分が「悪いから」ではなく、自分が「悪いからだ、と思い込もうとしている人間の心理」を

想定すると、不必要に自己を過小評価したり、挙げ句に抑うつ状態に陥らずに済む。


実は、それ以外にも、他人の行動が妙に腹立たしく感じられるとき、

あなたは、無意識下に抑圧して考えないようにしている自分の短所を

他人に見ている場合がある。これをフロイトは「投影」と呼んだ。

逆もありうる。他人はその人が誤魔化そうとしている本人の嫌なところを

あなたに見出し、あなたを攻撃して、なんとか自我のバランスを保とうとしている可能性がある。

これについても詳しく書くと長くなるので、「投影」という概念だけ調べると良い。

偉そうな文章になってしまったが、長い間、そういうことでクヨクヨしてきたのが

この私であり、その原因を探って得た知識の一つを受け売りしているだけ、である。

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2012.06.03

【音楽】パガニーニの予習というか、復習というか。

◆今週、3回目になりますけど

今週すでに、「パガニー二」が出てくる記事を2回書いています。

エリザベート王妃国際音楽コンクールのバイオリン部門で2位を受賞した、

成田達輝氏の記事の中で。

本選課題曲がパガニーニのヴァイオリン協奏曲第一番だったからです。

2012.05.28「バイオリン:成田さんが2位入賞…エリザベートコンクール」←良いニュースを大きく伝えましょうね。

2012.05.29 【音楽】エリザベート王妃国際音楽コンクールのサイトで成田達輝氏の本選全てを見て、聴けます。天才だと思います。

そして、今日で3回目、というわけです。

上の記事でも書きましたが、こう短期間に同じ作曲家に関わる音楽記事を3度も書くのは、

弊日記・ブログでは、かつて無かったことです。


◆パガニーニについては今までにも書きましたが、今一度。

今日の記事のタイトルは

パガニーニの予習というか、復習というか。

ですが、これはどういう意味かというと、エリザベート2位の成田氏の演奏は、

遅かれ早かれ、日本でも聴く機会がきっとあるでしょう。

今まで知らなかった方の為には「予習」です。


予習と云う言葉を使いましたが、音楽を聞くのは決して「お勉強」ではない。

しかし、パガニーニのヴァイオリン曲を全然知らないで、

いきなり、成田氏の演奏を聴いても、果たしてそれがどの程度のものか、

見当がつかない、と思うのです。


これからパガニーニが作曲した曲の演奏をいくつか載せますが、

その人達と比べて上手い下手とかいうことではなくて、まず、どんなものか知っておくと

いきなりパガニーニを聞くよりも面白いのではないか、と思います。


◆ウンチクを書くほど詳しい訳ではありませんが。

わたしは、パガニーニ研究家でもないし、自分でヴァイオリンを弾く訳でもないので、

以下は、知ったかぶりです。パガニーニに関する基本的なことはウィキペディアをどうぞ。


音楽というのは、技術的な難易度、つまり「難しさ」がその作品の、芸術的な価値と

相関関係にあるとは限りません。

演奏者にとっては「勉強になる」ものすごく高度なテクニックを必要とする曲でも、

聴く側には、全然、感動的でも面白くもない、むしろ退屈な音楽、が存在します。


しかし、ヴァイオリンで言えばパガニーニとか、ヴィエニャフスキ-などは、やはり作曲者の才能でしょうね。

高度な技術そのものが、芸術になっている、という気がします。あまり上手く言葉で表現できません。

本当は、このような作曲家の演奏は、音だけではなく、実際の演奏を「観る」と、一層感銘を受けます。

よくもまあ、ここまで難しい曲を書いた人間がいて、弾ける人間がいるものだ、と思います。

ピアノだったら、リスト(リストはパガニーニの演奏を聴いて音楽かになろう、と決心したのですね。

だから、リストのラ・カンパネラは、パガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番、第三楽章のテーマを使っています)や

ラフマニノフなどの、無茶苦茶難しい曲に、パガニーニのような「技術=芸術」を感じます。


私が上手く自分で表現できなかったことを、音楽ジャーナリストが書いてくれてます。

日本の新聞記者でまともにクラシックについて書ける唯一の人だと思いますが、

毎日新聞の音楽記者(今は文化部の音楽専門編集委員)の梅津時比古(うめづ ときひこ)氏が、

著書、「音をはこぶ風―クラシック談義」に書いています。

毎月一回、梅津氏が毎日新聞に書いているコラム「音のかなたへ」を本にしたものです。

随分前だとおもいますが、パガニーニについて。「音をはこぶ風」68ページから。

超絶技巧に込められたもの

パガニーニがヴァイオリン曲に刻み込んだ超絶技巧には、安易なものへの拒絶のにおいがする。

適当な技巧で美しく聞こえるような曲など望むな!弾けもしないのにツベコベ言う批評家もどきが多すぎる!と、たたきつけているよう。

実際、彼の曲を完璧なテクニックで弾かれると、黙らざるを得ない。ピチカート、フラジョレット、独自の運弓法などが輻湊(ふくそう)し、

ヴァイオリンの表現の幅を恐ろしいほどに広げている。(以下略)。

そういうことですね。

「音楽はテクニックではない。精神の問題だ」「心だ」「機械のような演奏が面白いのか」という人々に対して、

あたかも、
黙れ!そういうことは、上手く弾けるようになってから言え!

と、音楽でパガニーニが訴えているような迫力を感じます。


◆【音楽】カプリース第24番、無窮動。ヴァイオリン協奏曲第1番より。

パガニーニは無伴奏ヴァイオリンの為の「24のカプリース」という曲集をかいています。

どれもこれも、演奏を聴いて、観ているだけで、目が回りそうな難しさ。

それが24曲もあるのですが、最後の24番。変奏曲になっていますが冒頭の主題が

何故か色々な作曲家のインスピレーションを刺激するらしく、ラフマニノフを始め、色々な他の作曲家が

この主題を元に作曲していることでも有名です。

音源は、私の好きな、カナダのヴァイオリニスト、ジェームズ・エーネスです。

「カプリース」は1995年2009年、2回録音してます。

私は2009年を持ってます、


◆パガニーニ:24のカプリース Op. 1より第24曲







次は「無窮動」という曲で、カプリースとか、後でご紹介するコンチェルトのような、

左手ピチカートとか、オクターブの重音とか、フラジオレットとか難しい技術はないのですが、

とにかく16分音符で、一体、いつまで弾かせるんだ、というぐらい延々と続く曲です。

音質が悪くてすいませんが、今、ドミトリー・シトコヴェツキー(1954-)というヴァイオリニストがいるのですが、

その親父さんで、ロシアのヴァイオリニスト、ユリアン・シトコヴェツキー(1925-1958)の演奏です。

音源は、Art of Yulian4。上手いです。


◆パガニーニ:無窮動 ハ長調 Op.11/MS72






最後に、エリザベート・コンクールで成田達輝氏が本選で演奏し、大変な名演だった、

ヴァイオリン協奏曲を聴いて頂きます。

上手いし美人で有名なアメリカのヴァイオリニスト、ヒラリー・ハーンのCD。

パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ヒラリー・ハーンが引用元です。

全曲だと長すぎるから第三楽章だけ。


◆パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調 第三楽章






こういう曲の名演は、本当に興奮します。

パガニーニ先生で感心するのは、伴奏のオーケストラの書き方が上手いことです。

ヴァイオリン・ソロは、絶対に埋もれないようにしながら、オケは結構大編成で、オーケストラだけが

弾く所はかなり分厚い響きがするのです。それが曲全体の印象を壮大にしています。


同じ事を繰り返しますが、音楽=技術ではなく、バッハやモーツァルトのヴァイオリン協奏曲も

ベートーヴェンもメンデルスゾーンも、チャイコフスキーもブラームスもシベリウスも

どの作曲家のヴァイオリン協奏曲も優劣を付けがたいですが、

パガニーニはパガニーニで、彼がこの世に現れなかったら、ヴァイオリンってこれほど難しい

技術が開発されなかったかもしれない。その意味でやはり大変貴重な作曲家だし、作品だと思います。

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2012.06.02

「福」までいきませんが、多少安心したことが、ありました。

◆私事で恐縮です。実の母が脳MRI検査を受けるのが確定しました。

自分の日記を溯ってみたら、初めて書いたのが約3ヶ月前です。4月末にもう一度書きました。

2012年02月25日(土) どうやら、実の母がボケ始めました。 (JIROの独断的日記ココログ版の同記事)

2012年04月30日(月)色々有りますなあ・・・。認知症の老人の病態に関して全く御存知ない方々へ。 (ココログ)

「心配で眠れない」というほど、私もヤワではないのですが、悩みの要素を分析すると以下のとおりでした。

  1. 「本当に認知症かどうかは脳のCT(断層撮影。X線写真の一種)なりMRI(Magnatic Resonance Image 磁気共鳴画像)を撮らないと分からない。とにかく「病気」であるのかないのか、「診断」が下らないと何も始まらない。もしも本当に認知症やアルツハイマーならば、放っておけば、症状が加速度的に悪化する可能性がある。

  2. これらの設備は、大きな個人総合病院か大学病院その他、ある程度の規模の病院しか持っていない。いずれにせよ、医師の依頼書(検査の必要性を明示する文書)が必要である。CTなりMRIだけ撮影するとなると「脳ドック」即ち「健康診断の一種」となり、保険が適用されないので非常に高い。そもそもこれだけ撮っても、「見立て」(診断)をするドクターがいなければ意味がない。

  3. 手っ取り早いのは、現在の母のかかりつけの開業医に、施設のある病院宛に検査依頼書類を書いて貰うことだ。母は元々高血圧だし、高齢(84歳)だから、近所の開業医に診て貰っているが、この女性開業医が無能で感情的で「検査を受ける必要が無い」と言い張った。

ちょっと分かり難いのですが、現在母は私と同じ杉並区の別の場所(マンション)に住んでいて、そこから徒歩2分ぐらいで行ける開業医があるのです。

年寄りですから、何か体調が急変した場合に、すぐに診てくれる医師は確保しなければならない、

というのでその開業医(年配女性医師)とは、一応懇意にしておきたいのです。


◆感情をコントロール出来ない人間は男女を問わず医師になるべきでは無い。

前段で、私が困っていたことを分けて書きましたが、最大の問題は3でした。

母本人は、認知症の症状の片鱗が見られるものの、まだ完全に思考能力が無くなったわけでは無いので、

「自分も、もうトシだから、一度脳の写真なりMRIを撮って貰った方が良い、という息子(注:私です)の進言は尤もだ」

と考えています。これ自体は非常に好都合で、ある程度痴呆が進むと意固地になり「検査など受ける必要はない」

と言い放つ。本人を説得するまでが大変なのです。母の場合はその手間は省けているので本来、好都合なんです。


それなのに。


脳の検査を受けるのを「邪魔し」たのは、ドクターでした。

母が現在、見て貰っている、開業医の女医が困ったひとで、医師である以前に「ヒステリー女」の典型なのです。

母が、
「かくかくしかじかで、息子にも勧められているから、一度脳の検査を受けたい。紹介状を書いて欲しい」

と頼んだら、たちまち機嫌が悪くなり、「特段の異常がないのに、そのような検査をする必要はない」と言い放った。

この女医は、私が下手に顔を出すと余計に、話がこじれそうなので、私は会っていないのですが、どうやら区の医師会でも、

「特に名医でもないが、やたらとプライドが高く気が強く、ヒステリックな困ったオバハン」と思われているらしい。

それは、同じ区内の他の医師に話を聞いたり、私が情報収集して、ほぼ明らかなのです。


理解に苦しむのですが、敢えてその「オバハン」の思考を言語化するならば、
医師である自分が必要と思っていなかったことを患者の側から申し出られて、腹が立つ。

という反応です。母には
もし、そんなの(検査のことですね)受けて、病変が見つかった所でどうするのですか!こんな高齢で開頭手術したら、却って危険かも知れないですよ?

という趣旨の発言をしたらしいのですが、医師の言葉とは思えません。

Googleで「脳ドックのすすめ」を検索すると何と、約131万件もヒットします。大学病院ではなく、

少し大きな個人病院は、皆、「年齢性別に関わりなく、一度受けておくといい」といいます。

それは勿論、病院経営上の配慮もあるでしょうが、今や全然特別のことではない。ましてや80歳を超えた母には、

本来、医師の側から検査を勧めてくれるぐらいでなければ困ります。


それなのに。

病気が見つかってしまったら大変だから検査を受ける必要が無いとオバハン先生は言う訳です。

これで、私は頭を抱えてしまったのです。

患者は医師の自尊心を満足させるために存在する人間ではありません。

患者が医師に隷属するべきでは無いのです。

そんなことも分からない人が医師であっては困ります。


◆捨てる神あれば拾う神あり。

ところが、事態は好転しました。

わすれてましたが、母は、2ヶ月に一回、心電図をとるために、

別の個人総合病院の循環器内科に通っていたのです。これはオバハン医師も知っていて文句を言えない。

母から金曜日(1日)電話があり、今日外来だったのだそうです。

総合病院でお世話になっているのは循環器内科のドクター(男性)ですけれども、母が

「脳」の件を頼んだら、「ああ、それはいいですね」とあっさり検査を受けるべく手はずを整えて下さったとのこと。

その病院は、オペもするし、救急指定ですから、CTもMRIも当然持っています。

早速来週には、MRIをとり、7月には結果が分かる。それからどうなるか、まだ分かりませんが、

とにかく、「脳の中を撮る」第一関門は通過します。その画像は脳外科のドクターが診るでしょう。

それで何か認知症なり、アルツハイマーなり、多発性脳梗塞が見つかるかも知れないし、或いはもっと深刻な

(例えば脳腫瘍とか)ものが見つかるかもしれませんが、分からないでやきもきしているよりは遙かに良いです。

診断がなければ、治療も不可能です。病変があるかどうか。あったとして治療可能なものかどうか、

まだ、先には色々あるのですが、「検査を医者がじゃまして受けられない」という

理不尽な状態からは脱することが出来るのですから、一つハードルを越えたことになります。

それだけで、私は今日は随分、気が楽になりました。

完全なる私事で失礼しました。

皆様、良い週末をお過ごし下さい。

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2012.06.01

「9条改正めぐり賛否=各党が見解、集団的自衛権も論議―衆院憲法審」←絶対に、日本の集団的自衛権を認めてはいけません。

記事:9条改正めぐり賛否=各党が見解、集団的自衛権も論議―衆院憲法審(時事通信 5月31日(木)17時41分配信)

衆院憲法審査会は31日、国会内で「戦争の放棄」を定めた憲法9条の改正などについて議論した。

自民党の中谷元氏は「国家の自衛権は国連憲章で認められている」と述べ、

9条改正を通じて集団的自衛権の行使を認めるべきだと主張。

これに対し、公明、共産、社民各党は「平和憲法はアジア諸国の共通財産だ」(共産党の笠井亮氏)

などと改正への慎重論を展開した。

民主党は憲法改正に関する党内論議がまとまっておらず、逢坂誠二氏が

「(9条は)平和国家日本を示すものとして今後も引き継ぐべきだ」とした2005年の憲法提言を紹介するにとどめた。


◆コメント:日本の「集団的自衛権の行使」は「絶対に」認めてはいけません。

2002年4月15日に、「JIROの独断的日記」を書き始めて、今日の記事が3313本目です。

今まで、この「集団的自衛権」ついて何度書いたか、分からないほど繰り返しております。

目次ページから集団的自衛権検索した結果、157回でした。

日本の集団的自衛権を認めては、「絶対に」いけません。

その理由をのべます。158回目です。


◆そもそも、国会議員が改憲を論じること自体が違憲です。

衆議院憲法審査会などというものを平然と国会議員が組織すること自体けしからん。

憲法は、主権者である国民が国家権力の暴走を防ぐ為に、枷(かせ)をかける為に存在するのです。

ですから衆議院の憲法審査会という存在自体が、許されるべきでは無い。

日本国憲法第99条。

第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

国会議員(立法)行政、司法。国家権力の側から憲法を変えようかという議論が起きること自体、

憲法99条に違反している訳です。


こういうことは、私では無くて本来、マス・メディアが指摘すべきです。


◆個別的自衛権。

個別的自衛権とは、日本が他国の攻撃侵略を受けたとき、自衛力を発動してこれに対抗することです。

これは当然、認められます。

自衛隊の装備は「戦力だから」存在自体が違憲だ、というのは、余りにも単純馬鹿です。

日本が、日本国の側から他国を攻撃したり、侵略したりすることは明らかに9条に違反しています。

しかし、自分が攻撃しなくても、他国が日本を攻撃してきた場合、黙って殺されなければならない理由はない。

何故なら、平和に生存する権利は基本的人権の中でも、更に最も基本的な権利で、国家は国民の生存権を守る義務が

あります。日本国憲法においては、前文でそれを確認できます。

われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

「全世界の国民が」「平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」とあります。

全世界ですから、当然、日本国民も含まれます。

日本国民の「平和的生存権」は守らなければならない。これを脅かすものには、反撃する。

当たり前です。

人を殺してはいけませんが、刃物を持った強盗が、自分の家に押し入ってきたら、

「人を殺してはいけないから黙って殺されましょう」というアホな理屈はありません。

家族で一致団結して、強盗を袋だたきにしても構わない。同じ事です。

しかし、集団的自衛権はいけません。


◆集団的自衛権

以前、NHKの世論調査で半数近くが憲法九条改正に賛成と回答しましたが、

「集団的自衛権とは何か、理解しているか?」に「している」と回答したのは8%でした。

このような、いい加減な回答をしてはいけません。分からないならば、「九条の問題点を正確に理解していないから、

改正するべきかどうか、わからない」と言えばいいのです(本当は「分からない」ようではいけないのですが)。


集団的自衛権とは、
「自国が他国から侵略・攻撃を受けていなくても、自国と同盟関係を結んでいるなど、密接な関係にある国が第3国から、侵略・攻撃を受けた場合、それを自国への攻撃と同じ物と見なして、防衛する権利」

です。日本にとって「密接な関係にある国」は要するにアメリカです。

アメリカはずっと人殺しを続けている国です。オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞した後、

ウサマ・ビン・ラディンを911テロの首謀者だから、という理由で勝手に殺しましたが、

国際法上人を殺すことは正当化されません。

国際連合憲章は、基本的な理念が日本国憲法にそっくりです。

第2条(原則)には、次のように書かれています。
3 すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない。

4 すべての加盟国は、その国際関係において、武力よる威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。

国連憲章では例外的な場合を除き、武力の行使は「違法」なのです。

記事には、
自民党の中谷元氏は「国家の自衛権は国連憲章で認められている」と述べ、9条改正を通じて集団的自衛権の行使を認めるべきだと主張。

とありますが、それは国連憲章「第7章 平和に対する脅威」の第51条(自衛権)のことでしょう。
(国連憲章)第51条〔自衛権〕

この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

これを根拠に、集団的自衛権までもが、国家が、本来的に有する「自然権」であるかのように読めますが、

この、国連憲章第51条はアメリカが無理に押し込んだのです。


国連憲章の原案は、1944年に作られた「ダンバートン・オークス提案」(ダンバートン・オークスとは、ワシントン郊外の地名)です。

ダンバートン・オークス提案では、集団的自衛権に関する今のような規定は無かったのです。

この原案では、同盟国が攻撃・侵略されたときに、自国への攻撃と見なして武力行使をするためには、

全て国連安全保障理事会の許可が必要とされていたのです。



ダンバートン・オークス提案に反対したのは、米国とラテンアメリカ諸国です。

これらの国々は、1943年、チャプルテペック規約という条約を締結し、米州諸国間での集団的自衛権行使を可能にしていたのです。

しかし、ダンバートン・オークス提案のままで国連憲章が成立すると、米州諸国間での行動に支障があります。

いちいち、安保理の許可を得なければならないことになるからです。

それでは面倒でたまらんというので、最終的に国連憲章を採択した、1945年のサンフランシスコ会議において、

普遍的に集団的自衛権の行使を認める51条を挿入させたのです。



集団的自衛権という概念は、米国とラテンアメリカ諸国の都合で盛り込まれたものであり、

国家として当然有する慣習的権利、自然法的権利ではありません。


◆集団的自衛権を日本に認めたら、世界中でアメリカの人殺しの「お手伝い」をすることになります。

現在の日本政府の公式見解は、

「集団的自衛権の行使は違憲である」

ですが、それでもなお、イラク戦争の際、アーミテージもと国務次官補が来日し、
"Show the flag"(旗幟を鮮明にしろ。)

とか、
"Boots on the ground."(戦場(イラクに)足を踏み込め=自衛隊を送れ)

と、恫喝したら、小泉政権は真っ青になり、イラク復興支援特別措置法を強行採決して、

イラクへの自衛隊を決め、実行しました。

あれは、違憲です。

自ら、武器を用いて他国民を殺傷しなくても、戦闘状態の同盟国の「後方支援」を行ったのです。

後方支援というのは、武器・弾薬の確保、兵隊への物資輸送などですが、武力行使と一体となっている、

武力行使を禁じている9条は厳密に運用するべきです。航空自衛隊はクウェートから武器を持った米兵を

イラク領内に輸送していました。これもいうまでもなく武力行使の後方支援です。


集団的自衛権は違法だ、との政府の公式見解が生きていても、このザマです。

アメリカは日本を少し恫喝すれば、なんでも言うことを聞くと馬鹿にしてます。

これで、本格的に、日本の「集団的自衛権」の行使を認めたら、どこまで、

アメリカの「パシリ」にされるか分かったものではない。

アメリカを助けておかないと、有事の際にアメリカが日本を助けてくれない、

というのも、相当、オメデタイ人です。福島原発の後、福島沖まで来ていたアメリカの空母が

原発事故をしるや、佐世保まで逃げていきました。戦争ではありませんよ?

北朝鮮のミサイルが日本に落ちたら、米国本土への攻撃とみなす

と、イラク戦争のときにアーミテージ国務副長官が断言していましたが、

「他国の攻撃から日本を護って見せる」とはいっていません。

日本が攻撃されたとしてもアメリカの関心は在日米軍に向くのであり、

日本人がいくら死のうが知ったことでは無い。それが本音でしょう。


◆結論:日本の集団的自衛権の行使は違憲であり、この解釈を変えてはいけません。

以上のべたとおり、集団的自衛権を「合憲」などと行ったら最後、元にはもどれません。

好きなように人殺し国家アメリカの走狗(パシリ)として使われ、

世界中の人々から軽蔑されることになるでしょう。

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