« 【大飯原発】「安全は確保”報告書案を提示」活断層の真上の建造物が安全なのか。 | トップページ | 「<丹羽駐中国大使>尖閣発言で超党派議連が更迭求め決議へ」←フィナンシャルタイムズを読んだ。 »

2012.06.12

「特異な方法による自殺」や「無差別殺人」は報道するべきでは無い。

◆この10年間、私は何度も、繰り返し書いている。まず、自殺。

私が最初に「自殺」や「通り魔」(若しくは特異な犯罪)は、

マスメディアが、それを大きく取り上げることによって、連鎖的に発生するのではないか、と

最初に考えて書いたのは、9年前である。この当時は、HTMLのタグも知らず、

改行の位置も行間も出鱈目で読み難いこと、この上ないが、ご容赦。

2003年05月24日(土)「集団自殺」と「通り魔」は報道しない方がよいのではないか。

この後、ネットで知り合った、赤の他人が何人か集まり、クルマの中で練炭を焚き、

一酸化炭素中毒自殺する、という自体が続いた。

それまでの日本では、このような自殺方法は見られなかったのに、

同じ方法による、特異な集団自殺が増えた。
2003年06月06日(金) <集団自殺>車の中で男性4人死亡 車内に練炭コンロ 静岡・・・・いい加減にしろよ・・・

この見出しは今読むと曖昧だが、「いい加減に・・・」は自殺者に向けた言葉である。

これは、配慮が足りなかったと、反省している。


その後、2006年、いじめを苦に自殺する中学生が連続的に現れた。

これは、自殺をすることにより、本人がメディアにに大きく取り上げられることにより、

死んだ後とはいえ、自分が世間から注目される。自分が苦しんでいたことを世間に訴えられる。

さらに、自分を虐めた人間への復讐になる、という思考が関係したと思われた。

そこで、
2006.11.16「小中学生の自殺連鎖止まらず」←お前ら(マスコミ)がいちいち報道するのも一因だぞ

を書いたところ、約1ヶ月後、自殺予防の専門家が同様の指摘をした。
2006.12.26 「いじめ自殺報道」が「自殺連鎖」を誘発した可能性あり。専門家の指摘←私は、先月同じ事を書きました。

メディアが自殺方法を具体的に書いたり、自殺した人を特別な存在として扱ってはいけない、ということは、
WHO による自殺予防の手引き

の中で、とくに【マスメディアのための手引き】という項があり、極めて詳しく

自殺報道において、してはならないことを書いてある。その中には特異な自殺方法を詳しく書かないことが含まれている。


確かに硫化水素自殺など、化学など、きれいさっぱり忘れてしまった一般人が、突然思いつく訳がない。

あれが続いたのは明らかにマスコミにも責任がある。


◆通り魔、無差別殺人も同様である。

6月8日は11年前に池田小事件が起き、4年前には秋葉原の無差別殺傷事件があった。

この日付が同じなのは、偶然か。そしてその2日後の昨日大阪で通り魔が会ったのも偶然か。

この種の犯人は、極めて単純化して括るならば「構ってちゃん」であり、同時に破滅を望んでいる。

同じような人間がまだ日本の何処かには、いるに違いない。

そういう人間は、「あのように『誰でも良いから殺したかった』といえば、とにかく世間に知られる」という

こと自体が犯行動機になり得る。


多くの人はわすれているだろうが、2008年3月23日から25日に通り魔若しくはそれに準ずる犯罪が

連続的に起きたことがある。

2008.03.27 衝動的、単独的な「通り魔」若しくはそれに類する犯罪は、報道されることにより、次の犯行を惹起しているのではないか

に当時の記事を転載してあるが、

  1. 2008年3月23日(日)午前11時ごろ、茨城県土浦市荒川沖東2のJR常磐線荒川沖駅付近で、若い男が男女8人の頭や首などを次々に刺し、1人死亡。

  2. 翌24日(月)午前6時20分ごろ千葉市若葉区桜木のアパートの敷地内で、このアパートに住む会社員男性(22)が、後ろから来た男に「おい」と声を掛けられ、振り向いたところ、いきなり刃物のようなもので腹部を刺された。

  3. 同じ24日午前3時ごろ、名古屋市中区新栄1の路上で、緑区有松町桶狭間の36歳の女性店員が、突然、男に果物ナイフのような刃物で背中を刺された。

  4. 25日午後11時ごろ、東京都新宿区歌舞伎町の路上で、女性が男に刃物で切りつけられた。

  5. 25日午後11時7分ごろ、岡山市駅元町のJR岡山駅で、列車を待っていた38歳の男性が、見知らぬ男に突き飛ばされ線路に転落し、列車に轢かれた死亡した。
僅か2日間で5回の無差別的殺人や傷害事件が発生している。

2~5は、1.の犯行がトリガー(引き金)になっている可能性が高い、と私は思った。


◆事件を報道することによるメリットよりもデメリットの方が多い場合は、敢えて報道しないほうがいい。

全ての事故・事件を報道するな、とは言わない。

過失事故が連続した場合は報道するメリットがあるだろう。

あくまでも仮定上の話だが、カーブの多い、狭い道でスピードを出し過ぎた自動車が、

学校に向かう(学校から帰る)子供の列に突っ込んだ、という事故が連続した場合、

これは「過失」であり、「過失」を模倣しようとする人間はいない。

従って、改めて、広く、運転免許保持者の注意を喚起するために事故を報じることには、

メリットがある。


だが、日曜日に大阪で起きた通り魔は、明らかに「故意」に「無差別」に他人を殺したのであり、

行為としては確かに腹が立つが、これを日本国民全体に知らしめる事による「メリット」があるだろうか?

これを知ったところで、潜在的な通り魔は突如刃物を振りかざして襲ってくるのだから、

刺されないように注意しろ、と言われても、それは無理である。

また、日本全体を考えた場合、毎日、誰かが交通事故で亡くなっている。

人の死の重みは、その原因が事故だろうが、通り魔による犯行だろうが、

同じ筈である、事故死した人の命は、通り魔の犠牲者の命よりも軽いだろうか?

答は明らかだ。しかし、日本中の事故死が毎日報道されることはなく、

それをいちいち気に留める人はいない。


断っておくが、大阪の通り魔の犠牲者は勿論お気の毒である。

しかし、このような「明らかな故意犯」の存在を日本中に知らしめることは、

前段で私が推測したとおり、自暴自棄になっている人間を同種犯行に駆り立てる

引き金になるかもしれない。

だから、徒に事件をメディアが大きく取りあげるべきでは無い、

と思料する。

【読者の皆様にお願い】

是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面右下にボタンがあります。

|

« 【大飯原発】「安全は確保”報告書案を提示」活断層の真上の建造物が安全なのか。 | トップページ | 「<丹羽駐中国大使>尖閣発言で超党派議連が更迭求め決議へ」←フィナンシャルタイムズを読んだ。 »

ニュース」カテゴリの記事

マスコミ批評」カテゴリの記事

犯罪」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

自殺問題」カテゴリの記事