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2012年9月

2012.09.30

音声認識ソフトのすすめ。

◆音声認識・入力ソフト「ドラゴンスピーチ」のすすめ。

かなり前にいちど書いたことがありますが、音声認識ソフトと言うものがあって

これは本来、実用的な目的、すなわち手を使わないで文字を入力しまたパソコンを操作する

という目的で開発されたソフトですが、このソフトを国語教育または日本語の音声言語表現力の向上に

使っている方が大勢いらっしゃいます。

詳しく書くとながくなるので、 「音声認識ソフト 表現よみ」で検索なさってみてください。

多くの方が、音声認識ソフトをその目的で使用していることに驚かれることでしょう。



私も以前、「ドラゴンスピーチ」を使っておりましたが、しばらくわすれていました。

たまたま今回このソフトを販売している会社からメールを頂戴してバージョンアップを知りました。

以前は、パソコンのスペックが低かったのですが、それでもかなり便利でした。

今のパソコンは、当然ながら格段にスペックが向上しており、かつソフトもバージョンアップを繰り返し

音声認識精度が向上してることは間違いがないので、購入予約しておいたところ昨日届きました。

今日のこのブログ記事は、キーボードを用いずに音声認識ソフトによって文字を入力しております。


◆音声入力ソフトを使うメリット

先日、パソコンによる文字入力ばかりを行っていると漢字が書けなくなる、という記事を書きました。

音声入力ソフトを用いると、キーボードに触ることすらなくなるわけですから、

キーボードによるタッチタイピングすらできなくなのではないか、と危惧する方もあろうかと思いますが、

それは手書きの場合と同様 、音声認識ソフトで全てを行う必要は無いわけでして、例えば周囲に人が多いときに

業務の内容に関わることを、音声入力したら、周りに内容が分かってしまうわけですから

こういう場合は、引き続きキーボード入力を使用することになるでしょう。



本当に実務的に大量の入力をする方が音声認識ソフトを使用する場合もあるでしょうけれども

プロの文章家でもない私たちが、音声認識ソフトを使うメリットというのはやはり

音声言語による伝達能力の向上を訓練することにあるのではないかと思います。

1つには音声認識ソフトで文字を入力するためには、不自然なほどに明瞭な発音をする必要はないのですけれども

それでもやはり、ある程度ははっきりとした発音を要求されます。

試しに普段家庭で自分が話している様子を、 ICレコーダーなどに録音して聞いてみるとわかりますが

非常に不明瞭で、何を言っているのか分からないものです。家族や友人や職場の人々と話すときには

至近距離で話すわけですから、それで十分ですけれども、人前で話す機会があった場合、

ある程度普段から訓練していないと、何を言っているか分からない。

実際に会社の会議等ではそういうことがよく起こります。

これは話している本人は気がつきませんが、聞いているほうは、かなりイライラします。

全く同じ内容を話していても、話し方が明瞭であると全く異なる印象を受けることがあるのは不思議なものです。

「発音」などというものは、語学の学習の時にのみ、留意すればいいものと考えがちですが、

実はそうではないのであって、できれば日本語も意識的に発音を確かめ、できれば訓練した方がいいと思います。

そういう目的に、音声認識ソフト「ドラゴンスピーチ」は、大変適していると思います

念のためお断りいたしますが、私はこのソフトのメーカーさんや販売会社と、何の利害関係もありません。

他にも日本語音声認識ソフトは存在するでしょうが、私は「ドラゴンスピーチ」しか知らないので、

これをお勧めしているわけです。

なお、前述の通り音声認識ソフトを、例えば文学作品の朗読などの表現力の向上に採用

使っておられる方も音声いらっしゃいますから、ぜひ「表現よみ 音声認識ソフト」でGoogleを検索してみてください。

漢字が書けなくなったことについての記事に国語力は語学力の一種である、と書きましたが、


意識的な発音の訓練が必要であるという点においても、やはり国語力は語学と同様に考えた方がいいと思います。

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2012.09.28

【差替】【スポーツ】なでしこジャパン、宮間あや選手の優しさ。/動画を追加しました。

◆週刊新潮最新号で藤原正彦氏が美しいエピソードを取り上げておられます。

数学者・エッセイストの藤原正彦氏が毎週「週刊新潮」に巻頭に「管見妄語」というコラムを

書いておられます。毎回とても楽しかったり、おかしかったり、感動したり、非常に楽しみに読ませて頂いています。


昨日発売の「週刊新潮」最新号(10月4日号)の「管見妄語」のタイトルは、

「やさしき文化の伝道者」です。

なでしこサッカーの宮間あや選手のファンである。

という書き出しです。続いて、
彼女のキックの正確さは、三十メートル以内の距離なら男女を含めて日本一かもしれない。

など、アスリートとしての能力の高さを挙げておられますが、

藤原氏の今回のコラムの本質はそこにはありません。

日本でテレビを見ている間には気がつきませんでしたが、
2011年のワールドカップ決勝戦後、、宮間選手は躍り上がって歓喜する仲間に加わらず、

悔しさと無念さでうなだれているアメリカの選手団の所へ直ちに行き、

各選手を抱きしめることで敗戦チームに敬意を表したのである。

このシーンがテレビで繰り返し放送され絶賛されていたと、当地にいた息子が教えてくれた。

という逸話。さらに、今回のロンドン五輪でも。準決勝でフランスに勝った後、
日本との準決勝で二対一で敗れたフランスチームのアビリー選手は、全てが終わったことに虚脱したのか

芝生にへたりこみ泣いていた。そこに仲間から離れた宮間選手が行き、頭をそっと抱いたうえ

そのすぐ前に腰を下ろしたのである。しばらくやさしい言葉で慰めたのだろう、アビリー選手は自ら

手を伸ばし宮間選手の手を握り腕をさすった。膝をついた宮間選手はアビリー選手と再び抱き合った。

この出来事も海外で話題となり感動を呼んだ。敗者に対するやさしさは日本の文化というコメントさえなされた。

ことを紹介し、宮間あや選手は、
卓越した技術、なでしこサッカー主将としての理論的および精神的支柱ばかりでなく、

日本の良き文化の伝道者でもあるのだ。

と絶賛しておられます。

先に書いたとおり、テレビでは宮間選手の行動に気がつかなかったので、

先ほどネット上を検索したら、このことを五輪の後にブログに取り上げている方がいらっしゃいました。


roosterさんの「ひと休みちょいっといっぷくしましょう -y(^o^)..oO○」というブログです。

8月21日付、宮間あや選手!ダイヤモンドメダル!というエントリーで

米国NBCニュースのマルチメディア担当ナタリア・ジメニーズ氏が、宮間選手のやさしい振る舞いをブログで

とりあげ、これが「米国のネット掲示板などで話題となっている。」と。


写真を転載するわけにはいかないのでリンクを貼らせて頂きますが、宮間選手とともに、

彼女の優しい「敗者をいたわる心」に注目した、藤原正彦氏、roosterさん、ナタリア・ジメニーズ氏の

「優しさ」もまた、同様に讃えられるべきです。


藤原正彦氏は「国家の品格」で「惻隠の情」を強調されていました。

そのとおりです。


宮間選手の試合後の様子をYouTubeで見つけたので追加します。


宮間あや ロンドン五輪サッカー女子準決勝3 日本VSフランス 試合終了




今の世の中は、本来そうでは無かった日本まで、なんでもかんでも強者、勝者の論理に立ち、

あたかも「弱者は勝手に野垂れ死んで下さい」と言わんばかりの冷酷さが充満しています。

宮間選手、藤原正彦氏、roosterさん、ナタリア・ジメニーズ氏が示す優しさを思い出すべきです。

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2012.09.26

【音楽】9月25日は、ショスタコーヴィッチ、グレン・グールド、スタニスラフ・ブーニン、サー・コリン・デイヴィスの誕生日。

◆たまに、こういう偶然があります。

日付が変わってしまいましたが、9月25日は、旧ソ連の作曲家ショスタコーヴィッチ(1906~1975)、

カナダの伝説的天才ピアニスト(音楽史上最も変わり者の一人)グレン・グールド(1932~1982)

ロシアのピアニストで、1985年ショパンコンクール1位、スタニフラフ・ブーニン(1966~)

英国の指揮者、サー・コリン・デイヴィス(1927~)の誕生日です。


これだけ重なるのは、珍しい。


ショスタコーヴィッチだけ作曲家、あとは演奏家。ショスタコの自作自演映像見つからないので、


スヴェトラーノフ指揮:(旧)ソヴィエト国立交響楽団で、交響曲第5番フィナーレ。


Shostakovich: Symphony No.5 Mov.IV (Svetlanov)






ショスターコーヴィッチやチャイコフスキーは、ロシア以外の指揮者、オーケストラによる

名演も、沢山ありますが、やはり「餅は餅屋」というところです。


◆グレングールドが弾く、バッハ「ピアノ協奏曲」(ヴァイオリン協奏曲を編曲したもの)

グレングールドほど、個性的かつ変わった人はいないのです。どう変わっているかは、

色々聴いてみてください。モーツァルトのピアノソナタなんか、一番すごいです。

この人はバッハがいいです。「ゴルトベルク変奏曲」の名演が有名ですが、いくらなんでも

長すぎるので、バッハのピアノ協奏曲、といっても元来ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調 BWV1041を編曲した

チェンバロ協奏曲第7番 ト短調 BWV1058の映像。

ここからはアンチョコ(Wikipedia)丸写しですが、チェンバロ協奏曲がオリジナルで、

ヴァイオリン協奏曲の方が編曲なのだ、という説があるそうです。


Glenn Gould plays J.S.Bach Piano Concerto No.7 in G minor BWV1058





ご覧のように弾きながら歌ってます。アナログレコードの頃はあまりにも大きな歌声が

そのまま録音に混ざっていて面白かったのですが、最近は処理して、「グールドの歌」を消しているのが

多い(殆ど?)のようです。とにかく変わっていますが、

彼は夏目漱石の「草枕」英訳版が愛読書で、ちょうど50歳の誕生日のすぐ後に

なくなりましたが、枕元には「聖書」と「草枕」があったそうです。


◆ブーニン。1985年、ショパンコンクールに於ける「英雄ポロネーズ」の演奏。

ブーニンのショパンコンクールは衝撃的で、普通コンクールというともう少し、「お行儀良く」弾くのですが、

ブーニンは勿論出鱈目ではないですがかなり自由奔放です。この時審査員として、彼の演奏を直に聞いた、故・園田高弘先生が

絶賛していました。しかし、繰り返しますがかなり「ブーニン流」なので、審査員の中には

ブーニンの演奏を聴きながら、

なんてことを・・・なんてことを・・・

と繰り返しつぶやいていた人がいた、と園田先生がたしか「文藝春秋」にかいてました。

それでも優勝してしまう。彼の演奏の個性の好みはさておき、才能は認めざるを得なかったのでしょう。

この、1985年のショパン・コンクールで見事4位に入賞なさったのが、小山実稚恵さんです。

さて、ブーニンのショパンコンクールに於ける、英雄ポロネーズの演奏。今から27年前。


(Bunin)Chopin Polonaise Op.53







この時、彼は19歳です。ショパンコンクールでこれだけ、自分流で「どうだ!」というのは大変珍しい。

それだけに、好き嫌いは別として面白いです。


◆サー・コリン・デイヴィス指揮のヘンデル、オラトリオ「メサイア」から「ハレルヤコーラス」

コリン・デイヴィス氏は、今年85歳ですから、もうあまり振っていないとおもいますが、

英国のみならず、ヨーロッパの超一流、一流オケは大体振っている、押しも押されもしない大家です。

英国に帰化したヘンデルの超有名曲。ロンドン交響楽団で、オラトリオ「メサイア」から「ハレルヤ・コーラス」


Handel: Messiah, Hallelujah (Sir Colin Davis, Tenebrae, LSO)






因みに、この「メサイア」はトランペット奏者が最も嫌がる曲でして、吹くところは少ない

(休みの時間が長い)ため、口慣らしがあまりできてないのに、このハレルヤとかで、いきなり

高音域を吹かされる。そういうのは嫌なわけですが、メサイアで一番有名な曲ですから、

間違えてはいけない、というひじょうに辛い所です。


さて、急いで更新したので、説明不十分ですが、お楽しみください。

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2012.09.23

国語力に続いて、英語学習に関する体験的雑感。

◆英語学習者の不幸(?)は「教材の選択肢が多すぎる」こと。

前回の日記・ブログで国語力に関して書いたので、

今日は、英語の勉強について書きます。


といっても、私は英語教育の専門家ではないので、自分の経験の範囲で書かせて頂きます。


誤解を恐れずにかくならば、英語学習者の不幸は、

あまりにも、多種多様な教材が存在し、恵まれすぎていること

ではないか、と思います。

どの商品を作っている会社も、当然売りたいですから、あの手この手で宣伝します。

これから教材を選択しようという人は、とくに「体験談」に惑わされやすいと思います。

私は、各教材の「体験談」は多分、ウソ(創作)ではない、と思います。

ただ、当然ながら「その教材で語学力向上に成功した人の体験談」のみを掲載していて、

そのウラには、途中で挫折した人が何十倍もいるであろうことは、想像に難くありません。


◆ポイントは「必ず、声を出す(発音する)こと」「教材を一旦決めたら変えないこと」

まず、「必ず声を出す」ことについて。


それぞれの言語には特有の舌や口周辺の筋肉の動かし方があります。

これらは、「動作記憶」の一種だとおもいます。


つまり、スポーツや楽器の演奏と同じです。

スポーツにおいて、ロンドン五輪水泳決勝の録画を何百回繰り返しみても、

泳げない人が泳げるようになることはありません。

ウィンブルドンを見て、テニスが上手くなるなら苦労しません。


また、名演奏家のDVDをみても、ピアノやヴァイオリンが弾けるようにはなりません。


それと同じで、外国後を聴いているだけでは、発音できるようになりません。

語学は絶対に自分で声をださないと、上達しない、と思います。

聴いて、発音して、比べて、ネイティブに近づく。

自分がネイティブに近い発音ができるようになった言葉は聞き取ることができます。

聴きとれた単語やフレーズがそのまま発音出来るとは限りません。

口や呼吸器の使い方を訓練していないからです。


私のホンネを言うと、前回の日記で同時通訳の神様とご紹介した、

國弘正雄先生(アポロ11号の月面着陸の際、西山千先生と一緒におられた方です)の

提唱する「只管朗読」(しかんろうどく)法、つまり意味の分かる文章、

(決して難しいものである必要はなく、中学と高校の教科書で十分)をネイティブの発音を聞きながら、

繰り返し音読する。覚えようとしなくて構わないのですが、結果的に寝言でも言える位繰り返す。

500回ぐらい繰り返す。と言う方法が単純にして絶対効果あり。

これに只管筆写といって、英文を書き写すことを繰り返すとスペルまで完全です。

これに尽きる、とおもうのです。

只管朗読法のような「愚直の一念」でなくてもシャドーイングでもなんでもいいですが、

とにかく、みずから声にだすことは、絶対必要です。


◆何でもいいから、教材(音読の材料)を決めたら、変えないこと。

最初に

「誤解を恐れずにかくならば、英語学習者の不幸は、あまりにも多種多様な教材が存在し、恵まれすぎていること」

と、書きました。恵まれすぎているから不幸、というのは皮肉なことですが、事実でして、

私の学生時代から色々ありましたが、最近では、パソコンやネットやら、スマホでも使える教材とか

面白そうな英語教材があまりにも多い。色々なものを試したくなるのは人情ですが、

あれこれ少しずつかじって、すぐ替えて・・・を繰り返していると、多分、いつまで経ってもだめです。

過去、何度も弊日記・ブログで書きましたが、NHKラジオ第2放送「英語会話」(と昔は言いましたが、今は「英会話」)でも、

もっと基礎からやったほうが良いとおもったら、基礎英語でも、毎日15分の放送を聴いて、1~2回

番組の進行どおりに声にだしても、あまり意味がなく、番組のCDを売ってますからあれの一年分を保存しておいて、

翌年度、新しいテキストにそれに移行したいのが人情ですが、それを我慢する。

そして1年分のスキットを自然に覚えるまで、何年かかってもよいので、

500回音読(正しい発音を聞きながら)した方が効果がある、

と体験的に思います。

この一つに決めたら、絶対他に目移りしない、ということが出来れば、必ず語学は上達すると思います。

詳しくは、「國弘流英語の話し方」をお読みになることをお薦めします。

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2012.09.22

漢字「書けなくなった」6割 文化庁調査 慣用句の誤答も←これには、冷や汗をかきました。

◆記事:漢字「書けなくなった」6割 携帯・パソコン普及で急増 昨年度、10年で25ポイント増 文化庁調査(日本経済新聞 2012/9/20 21:56)

漢字を正確に書けなくなったと感じる人が6割強に上ることが20日、文化庁の2011年度「国語に関する世論調査」で分かった。

01年度に行った前回の調査より25ポイント増えた。漢字変換機能のあるパソコンや携帯電話などが普及し、

文字を手書きする機会が減ったことが影響しており、同庁は今後もこの傾向は拡大すると予想している。

今年2~3月、全国の16歳以上約3500人に尋ね、約2000人から回答を得た。

情報機器の利用による日常生活への影響を複数選択で聞いたところ、

「漢字を正確に書く力が衰えた」が66%でトップ。

年代別に見ると、20代から50代は7割強に達し、前回より20~30ポイント程度増えた。

学齢期の16~19歳は48%で平均より低かったが、文化庁の担当者は

「現代の子供たちは手書き能力の形成過程で情報機器を利用し始め、書けない子は今後さらに増える。

国語指導のあり方も検討する必要が出てくるだろう」としている。


◆慣用表現にも誤答多く にやける→薄笑いを浮かべてる? 割愛する→不要なもの切り捨て?

国語に関する世論調査では、慣用表現の使われ方についても調べた。

誤用が多いとみられる慣用句5つの意味を選択式で尋ねたところ、

「うがった見方をする」

「にやける」

「失笑する」

「割愛する」

の4つで、本来の意味ではない回答が上回った。

「にやける」は本来の意味の「なよなよとしている」(14%)を「薄笑いを浮かべている」(76%)が圧倒。

「煮え湯を飲まされる」は正答の方が多かった。

正しいとされる表現はどちらかという問題では、

「本心でないうわべだけの巧みな言葉」として「口先三寸」(56%)が本来の「舌先三寸」(23%)を大きく上回った。

「快く承諾すること」でも「一つ返事」(46%)が本来の「二つ返事」(42%)より多かった。

文化庁の担当者はこうした結果に「言葉は変化し続けるものなので間違いとは言い切れないが、

認識のずれが世代間のコミュニケーションを阻害することも考えられる」としている。


◆コメント:今朝、この記事を読んでギョッとしました。

ギョッとしたのは「漢字が書けなくなった」「慣用句の意味を誤解していた」の両方に該当したからであります。

尤も、「漢字を書けなくなった」ことにはだいぶ前に気がつき、数年前から毎日数分でも手書きで文字を書くようにしているので、

かなり回復しましたが、何しろ、最近では、このようにキーボード入力により、パソコンディスプレイに正しい日本語表記が

現れれば、仕事になりますから、何ヶ月も手で文字を書かない時期がありまして、あるとき、「武蔵野市」と書こうとして、

「蔵」の字が書けなくなっている自分に気付き、大袈裟にいいますと、真っ青になりました。

それから、毎日、何でも良いのです。「漢字練習ドリル」のような「教材」を書かなくても、

例えば新聞の見出しをそのまま、メモ用紙に書き写すとかですね。

「今、この瞬間、なにもみないで『せんかくしょとう』と手書きできるか?」などと自問してみると、

如何に書けない(書けなそうな)漢字が多いか、わかります。


この際、今まで書けなかった、「薔薇」とか「醤油」とかを意識的に覚えてみる、等々。

とにかく、目の前にパソコンがない、と思い、5分間は手で漢字を書くと。

文章でなくて構わないので、とにかく、書くということです。


◆慣用句には焦りました。

「にやける」の正解は「なよなよとしている」とは!調べると、「にやけ」は「にゃけ(若気)」が語源で、

「若気」とは鎌倉・室町時代の男娼のこと。だからなよなよしてるわけです。知らなかったですね。


「失笑する」も「苦笑する」と混同するのでしょうね。「笑う気ににもならないほど、呆れる」という意味だと思っていたら、

「こらえきれず、吹きだしてしまう」という意味で使っている例を見たことがないような気がしますが「広辞苑」をひくと、

確かに、そのように書かれています。


「割愛する」は、単に「省略する。はぶく」の意で使いがちですが、正しくは、

「惜しく思うものを思いきって手放したり省略したりすること」。


言われて気付きましたが、「愛」を「割る」のですから、大事にしていたものを思い切って手放す。なるほど。


ひとつだけ、「うがった見方をする」。広辞苑で「うがつ(穿つ)」をひくと、1番目には文字通り「穴を開ける」とありますが、

次に、

せんさくする。普通には知られていない所をあばく。微妙な点を言い表す。「―・ったことを言う」「―・った見方」

とありますが、メディア報道とは逆に「物事の本質を捉える」という意味は「穿つ」にないのです。

天下の広辞苑ですから、果たしてどちらが正しいのか。

正確を期するために、プロの著述業の方は、複数の同種辞典をもっていてクロスチェックするといいます。

国語辞典だけではなく、慣用語辞典を「読む」といいのかな、と思います。

「辞書を読む」のは、少なくとも紙の辞書の時代には、さほど珍しい行為ではなく、

北杜夫さんでしたかどなたでしたか、高名な小説家が意識的に「広辞苑」を読むことにしている、

と書いておられましたし、同時通訳の神様、國弘正雄先生は「辞書は読むもので、文法書は引くものだ」と

おっしゃっています。

日本語のボキャブラリーを増やすことを目的は異なりますが、故・司馬遼太郎氏は毎日、百科事典を一項目ずつ

読んで、覚えておられたと言う話も読んだことがあります。

ひとそれぞれで、「慣用句ドリル」もいいでしょうし、ネット上にも様々なソースがあります。


国語力は母国語の運用能力ですが、外国語と同様に「語学力」と認識し

意識的に維持、向上させないと運用能力が落ちる、と思っていた方が良さそうです。

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2012.09.20

【お詫び】インターネット上の表現に関して謝罪します。

◆お詫び。

過日、インターネット上で、私の「フリーランスの音楽家」に対する表現が

誤解を生ずるものであったならば、誤解を生ずる表現をしたことに関して、

この場をお借りして、

謝罪します。

申しわけありません。

                              JIRO。

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2012.09.19

【音楽】9月16日はマリア・カラス(ソプラノ)の命日でした。

◆いくら、器楽好きとは言え、マリア・カラスを一度も取り上げていなかったのは不覚でした。

最近、音楽年表のチェックを怠りがちで、遅れ気味の記事になってしまいますが、

9月16日はマリア・カラス(1923~1977)の命日でした。


好みの如何に関わらず、マリアカラスは、20世紀最高のソプラノ歌手として知られています。

あまりにも有名で、数え切れないほどの本が書かれていますので、今更私がゴタクを並べるまでもありません。

Wikipediaへのリンクを貼っておきます(正直言うと、私もあまり知らないのです)。


知らないというのは、全盛期を聴いた訳ではないからです。

ただ、Wikipediaにも書いてありますが、晩年(といってもそんなに見た目は衰えて無くて、その後急に亡くなった、という印象です)

1974年に、ディ・ステファノ(テノール)と日本4箇所でリサイタルを行ったときには、NHKが大々的に放送しました。

またまた、正直に書きますと、その頃の私は、歌(声楽)をさほど聴いたことが無かったので、比較することも出来ず、マリア・カラスの歌そのものは

あまり印象に残っていないのです。マリア・カラスに夢中になったのは、私よりも1世代、2世代前の音楽ファンだと思います。


しかしながら、ただ一度、NHKの画面を通してみただけですが、大スターの貫禄は、明らかに「別格」でした。


普通演奏家は、本番前の楽屋にテレビカメラが入ることなど、集中の妨げになるので嫌がる人が多いと思いますが、

マリア・カラスは上機嫌で、全くお構いなし、相方のテノール、ディ・ステファノと冗談というか雑談というか、

世間話のようなことをずーっと話しているのです。


そして、普通、演奏家はステージに出る前には、一応、呼吸を整えて、一旦気を静めて・・・・というような

儀式的な動作をしますけれども、マリア・カラスは、世間話をしていて、私は気がつきませんでしたが、ステージ・マネージャーが

「本番です」というような合図をしたらしい、それをチラリと見たのでしょうけれども、それすら気がつかない。


世間話のまま、いきなり、すーっとステージに現れたのです。


とにかく、マリア・カラスのものすごい余裕と、貫録。子供心にただ者では無い、と思いましたが

後に知ったら、当たり前です。文字通り「世紀のプリマドンナ」。

その時のリサイタル全部ではないでしょうが、何と46分の映像をYouTubeで発見しました。


Maria Callas & Giuseppe di Stefano Tokyo 1974





この時51歳ですからね。全盛期はそれこそ、オペラハウスの客席全体に、ビンビンと声が響いたことでしょう。

この映像終わりまで見て無いのです。済みませんが。ですので重複するかもしれませんが、

マリア・カラスがアンコールで歌った、あまりにも有名な、

プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より「私のお父さん」


Maria Callas (High Quality sound)sings O mio babbino caro







うーむ。もう、なんというか技術とか声量とかよりも歌心とマリア・カラスがステージにいる、というだけで

日本の聴衆が大感激ですね。繰り返しますがこういう人を「スター」というのでしょう。なりたくてなれるものではないですね。


私は、この記事の始めの方で、「声楽をそれまであまり聴いたことが無かったから、よく分からなかった」と書きましたが、

この「私のお父さん」を聴いて、何も感じなかったとしたら、余程、鈍い中学生だったのでしょう。恥ずかしくなりました。

この時、クラシック音楽雑誌「音楽の友」は「マリア・カラス大特集」を組み、このリサイタルのお客さんに

片っ端からインタビューしていました。大多数は大喜びでした。私よりも二世代ぐらい前の音楽ファンの方でしょう。

レコードでずっとマリア・カラスを聴いてきたけど、まさか生で聴けるとは思いませんでした。若い頃から好きでね。今日は本望です。

というような方が大勢いらっしゃいました。

勿論マリア・カラス本人へのインタビューも載っておりました。

その中で、当時の雑誌「音楽の友」の編集部の女性でしょうか。
「私、でも、正直いって、皆、マリア・カラスさんのベルカント唱法のすごさとか本当にわかっているのかな?と思うことがあります。」

と言ってました。つまり、本当に日頃から好きというよりも、ミーハーじゃないの?と言いたかったのでしょう。

それに対するマリア/カラス女史の答が極めて明快でした。
あら、そんなこと知らなくてもいいじゃない? 私の歌を聴いて楽しんで下されば、嬉しいわ(笑)

どこまでも肝要で、お客さんの喜んで貰えることが何よりのよろこび、という本当の音楽家、大歌手、大スターでした。

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2012.09.16

「<日本音コン>トランペット部門 6人が本選出場へ」←3年ぶりのトランペット部門です。

◆記事:<日本音コン>トランペット部門 6人が本選出場へ(毎日新聞 9月15日(土)19時11分配信)

第81回日本音楽コンクール(毎日新聞社、NHK共催、特別協賛=三井物産、協賛=岩谷産業株式会社)の

トランペット部門第2予選が15日、東京都文京区のトッパンホールで行われ、6人が本選出場者に選ばれた。

第1予選を通過した18人と入賞者再応募で第1予選を免除された2人の計20人の演奏を津堅直弘、佛坂咲千生ら11氏が審査した。

本選は10月25日に東京オペラシティで行われる。


第2予選通過者は次の通り。(演奏順、敬称略)

松岡恒介(相愛大音楽専攻科修了)、籠谷春香(東京音大3年)、川田修一(東京芸大管弦楽研究部非常勤講師)、

守岡未央(武蔵野音大卒)、篠崎孝(大阪フィル団員)、宮本弦(名古屋フィル団員)

(色文字は引用者による)。


◆コメント:毎コン(日本音楽コンクール)の管楽器は3年に一度なのですね。

毎コンの季節です。

戦前に毎日新聞が創設した、西洋音楽のコンクールなので、今は正式名称は「日本音楽コンクール」ですが

愛称は今でも「毎コン」です。

毎コンでは、作曲、声楽、ピアノ、ヴァイオリン各部門は毎年必ず開催されますが、

それ以外のチェロと管楽器に関しては、随分何度も制度が変わって、傍目にも混乱していましたが、

要するに今は、管楽器の部門は木管では、フルート部門、オーボエ部門、クラリネット部門。

金管では、トランペット部門とホルン部門がそれぞれ3年に一度、設置されます。

今年は、木管はクラリネット部門、金管がトランペット部門です。


私の好きな「トランペット」部門ですが、記事で色文字で示した通り、前回、第78回(2009年)における

トランペット部門に入賞した二人の参加者は第1予選免除となりますが、だからと言って第2予選を必ず通過するわけではありません。

上手だから、本選に進出したのです。


◆前回入賞のお二人は既にプロ・オーケストラに所属しているのに、再度コンクールを受けるのですから立派です。

何故かと言うと、下世話な言い方をすると、もう就職出来たから、いいじゃん?という考え方も可能です。

また、敢えて、私のような凡人の姑息な発想で書くならば、

「プロになってからコンクールを受けて、学生の方が上位になったら・・・」と考えるとむしろコンクールを

受けない方が得策な気すらします。

なによりも、プロのオーケストラのトランペット奏者になったからには、まず仕事が優先されますから、

オーケストラの仕事をしながら、コンクールに備えて、ソロ曲や協奏曲を練習しなければならないのですから

学生さんに比べて、経験はあるけれども、時間的・物理的には不利です。

それでもあえて、コンクール、しかも、日本で最も権威がある毎コンに再挑戦するという篠崎さん、宮本さんは

大変立派だと思います。


◆全ての部門の全ての出場者の健闘を祈ります。

トランペットの宮本さんの演奏は、たまたま、3年前に聴いた音源があります。本選におけるハイドンです。

ハイドン:トランペット協奏曲 変ホ長調 第一楽章(2009年 第78回 毎コントランペット部門本選に於ける宮本弦さんの演奏)。

独自のカデンツァでしょうか。素晴らしい音色とテクニックです。





続いて第三楽章です。


ハイドン:トランペット協奏曲 変ホ長調 第三楽章(以下、同)。






40年間、音楽を聴いてきましたが、日本人でこれほど高度な音楽性と技術を兼ね備えたトランペットの演奏を聴くことが出来るようになる、とは

大変失礼ながら、昔は想像できませんでした。宮本さんの演奏はすばらしく、トランペット奏者としての天賦の才を感じます。

他の方の演奏は、今回は残念ながらまだ聴いていないのですが、NHKBSプレミアムで本選の演奏は全て聴くことができるはずです。

「毎コン本選に残る」というだけでも、気が遠くなるような研鑽が必要なのですから、

本選は10月末で、結果がどうなるかわかりませんけれども、皆さんが音楽家として、

大輪の花を咲かせることを信じて疑いません。


若い優れた才能が次々に現れるのは、誠にうれしいことです。

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【文学】ヴェルレーヌ詩集。

◆文学について書いたことは殆どないのです。

約10年半、日記を書き続けていまして、御存知のとおり、音楽に関しては何度書いたか分かりませんが、

文学や美術に関して書いたことが、殆どありません。


その理由は、簡単で、音楽に対してほど、他に傾倒したことがないので、

あまり、自信を持って自分の言葉で書くことが出来ないからです。


特に私は、非常に散文的な人間で、自ら「詩」を書け、と、言われたらひじょうに困ります。


文学は、どの言語でも、その表現力の極みにあり、さらに詩となると、繊細な感受性、持って生まれた「才能」が

ないと、どうしようもない気がします。

ですが、考えると、それは音楽とて、同じ事でありまして、私が大作曲家と同じような名曲を書くことは絶対に

不可能です。それでも聴いて、私なりに「美しい」「楽しい」「切ない」「悲しい」と感じることはできます。


最近、若いころに読んだ詩集をたまたま見つけて読むことがあります。

ゲーテ、ハイネ、ヘルマン・ヘッセ、ボードレールやコクトー、シェークスピア、ワーズワース、どれもいいのですが、

最近、ふと目にした、ヴェルレーヌ詩集(堀口大学訳)に、

惹かれております。

巷に雨の降るごとく、わが心にも涙ふる。かくも心ににじみ入る、このかなしみは何やらん?

あまりの言葉と表現の美しさに、読むと心が慰められます。

音楽にもある、優れた芸術の力だと思います。

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2012.09.13

「アコーディオン奏者の横森良造さん死去」←9年前に拙日記で横森さんのことを書かせて頂きました。

◆記事:アコーディオン奏者の横森良造さん死去 (朝日新聞 2012年9月13日0時40分)

アコーディオン奏者の横森良造(よこもり・りょうぞう)さんが死去した。

関係者によると、8月27日に東京都の自宅で心不全で亡くなり、葬儀は既に営まれたという。79歳だった。

「スター誕生!」などのテレビ番組に出演し、人気を博していた。

歌う人に合わせて転調したりテンポを変えたりして自由自在に即興できる、

日本のアコーディオン奏者の第一人者だった。


◆コメント:9年前に「世間は必ずしも人を正しく評価できない。アコーディオンの横森良造さんに思う。」と書きました。

私の世代以上の方は覚えておられると思いますが、

横森良造さんは、いつもニコニコしてテレビでタレントさんの歌の伴奏をやっておられました。

一般には、何だか人のよさそうな、アコーディオンのおじさん、と思われていたかもしれません。

しかし、横森良造さんは、アコーディオンの第一人者ということもありますけれど、

本当に音楽を勉強なさった「伴奏者」でした。それは世間の99%は分かっていないと思いました。

9年前に、

2003年07月04日(金) 世間は必ずしも人を正しく評価できない。アコーディオンの横森良造さんに思う。

という記事を書きましたが、ここに改めて載せます。
2003年07月04日(金) 世間は必ずしも人を正しく評価できない。アコーディオンの横森良造さんに思う。

世間には、地道に研鑚を積み、優れた技術と経験をもちながら、正当な評価を得られない人が沢山いる。

小学校の前を通ったら、ひさしぶりにアコーディオンの音が聞こえた。アコーディオンは子供が弾いていると

幼稚な楽器に聞こえてしまうが、cobaこと小林靖宏氏が20年前に登場して以来、この楽器に対する認識は随分変わった。

coba氏が登場する前はアコーディオンといえば横森良造さんだった。

ところが、横森さんは主に素人ののど自慢の伴奏とか、歌手のオーディションの伴奏とか、

お笑い番組での芸人の下手な歌の伴奏とか、そういう扱いしか受けなかった。

一般の人は横森さんといえば、「バラエティ番組でニコニコ笑いながら、歌謡曲の伴奏をしている地味なおじさん」、

という印象を抱いている事だろう。


しかし、多少なりとも音楽の素養がある人ならば、横森さんがただものではないことに、気がつく。

レパートリーが5000曲というのも無論すごいのだが、本質はそういうことではない。

横森さんは、どんな歌の伴奏をするときでも、歌っている人間にとって、

その曲の調性が合っていなければ(キーが高すぎるとか、低すぎるとかいうでしょう)、

即座にその人が一番歌いやすい調性に替える、つまり、移調をすることが出来る。

例えば、ニ長調の歌がちょっと高い、というときに、半音下げて嬰ハ長調にしたりするのである。

ニ長調ならば♯2個だが、嬰ハ長になれば、♯7個となり、一挙に指使いが難しくなる。

それでも、横森さんは決して間違えない。

そして、アコーディオンの左手はハーモニーを奏する為のボタンが100数十個もついているわけで、

ある調性の曲のある部分に適したコードに応じて、瞬間的にそれを選択しなければならない。

横森さんは移調をしたときに、このようなハーモニーの移調も完璧にこなしている。

ようするに、横森さんは西洋音楽を構成する24種類すべての音階と

それに付帯する和音群が完璧に身体に沁み込んでいるのである。

楽器をやった人なら分かるだろうが、これは、本当に真面目に音楽を勉強した人でなければ出来ない技術だ。

そして、常に練習をしていなければ、ダメになってしまうのが楽器の演奏技術というものである。

横森良造さんは、愚かなテレビ局の連中や一般大衆が考えているよりもはるかにすごい技術を有している、

それだけの研鑚を積んだ本当の音楽家なのである。

私は、横森さんがバラエティーでにこやかに笑いながら演奏をしているのをみると、いつも、口惜しくなる。

世の中は、なかなか、優れた人に、正当な評価を下せないのである。


冒頭の朝日新聞の記事にしても、あまりよく分かっていない記者が書いたことは明らかですね。
歌う人に合わせて転調したりテンポを変えたりして自由自在に即興できる

「転調」とは
曲の途中で,ある調(先行調)から別の調(後続調)に調が変わること。

であって演奏者の裁量ではなく、作曲又は編曲の作業において楽譜上で指定されていることですが、

横森さんのように、例えば、伴奏をしていて、歌う人の声域に合わせるのは、「移調」というのですね。
移調とは、
ある曲を,各音の相対的な音程関係は変えることなく,そっくり別の調に移すこと。

であって、完全に演奏者の技術です。

また、テンポを変えるのは、伴奏なら当然です。そして移調したりテンポを変化させることを「即興」とはいいません。


記事の重箱の隅をつつく(結果的にそうなってますが)ことが目的ではなく、

お悔やみ記事まで、横森さんの実力を正確に表現していないのが残念なのです。

横森良造さんは、あまりにも自然に移調をしておられたので、多少なりとも楽器を習った人じゃないと、

その凄さは分からない。

高度な技術を会得した、極めて優れた伴奏者でありながら、自分でその凄さを誇示することなく、

常に「伴奏者」に徹しておられました。本当のプロだったと思います。

謹んで、お悔やみ申しあげます。

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2012.09.09

Twitterで天下国家を論じる限界。

◆Twitterを使って分かったこと。

東日本大震災のときには、「非常通信手段」としてTwitterが活用されたことなどが、

メディアでも報じられました。確かに極めて限定的な内容、特に「連絡」には、一回140文字にまとめなければならないから、

それが、「要するに何を求めているのか?」を分かり易くする目的に寄与します。


しかし、震災時ではないいわば「平時」である現在、毎晩毎晩これでもか、とばかりにタイムライン(以下、TL)に

橋下大阪市長の公的な場での発言に憤りを覚え、色々な人がバラバラにTweetします。

これですと、全体として世論の一方に橋下市長を支持する人がいるけれども、

彼の政治的思想に大反対するひとが大勢いる、という世論の傾向はわかるのですが、

各自はとにかく、そのとき、そのときで140文字で、思いをぶちまけるばかりで、

反対する論理・思想がわかりません。

自分の言葉でつぶやく人ばかりならまだしもRT(リツイート)という、他の人の発言を

もう一度、表示する人も多くあまりにもまとまりがない。

雑談や連絡用には、便利ですが、自分の主張・思想を展開するためには、

やはり、文章を書かなければ、分かりません。


◆7年前の9月11日、「郵政民営化選挙」が行われました。

2005年8月8日に参議院で、「郵政民営化法案」が否決された直後、当時の小泉純一郎首相は

衆議院を解散しました。本来その前に両院協議会を開催しなければならないのですが、

小泉首相は、その手続きを省略しました。解散権の濫用です。


私は、その「解散権の濫用」の問題自体を含め、

当時、大衆に大ウケした「小泉改革」の問題を、911の当開票日まで、殆ど毎日、

書き続けました。それは、一覧性においてブログより優れているウェブ日記エンピツを

ご覧頂くとわかります。

2005年8月の日記見出し一覧

2005年9月の日記見出し一覧

そして、何度も同じ事を書いて済みませんが、あまりにも当時悔しかったのは、

この1ヶ月の間、一通の反論メールも反論ブログコメントも来なかったのに、
2005年09月12日(月) 自民党歴史的勝利←国民の歴史的かつ致命的判断ミスですな。

を書いた途端、嫌がらせコメント・メールが殺到したことです。

つまり、私が1ヶ月間、反小泉の主張を展開していたのに、

それに対して全く反論しなかった(というよりもできなかったのでしょう)選挙の結果だけを見て

小泉が正しいに違いない、と判断して、私に嫌がらせを送って来た訳です。

自分の頭では考えられず、結果から判断する。


その後時間の経過とともに、小泉政治が「格差社会」「弱者切り捨て社会」をもたらしたことが

問題になりましたが、私に嫌がらせをした誰からも、何のメールもコメントも来ませんでした。


すみません。話が逸れました。愚痴です。


要するに、体系的に、論理的に自分の思想・思考、論理を主張しようとするならば、

Twitterの140文字では、無理です。

毎日、反橋下市長知事のTweetを流している人が大勢いますが、

自分だけは、わかりますが、他の人には自分の思想全体は伝わりません。

あれは、四方山話や、冒頭に書いたとおり、連絡手段として使うのが

ちょうど良い。

140文字ですと大して考えなくても書けますが、

あれだけやっていたら、まとまった文章が書けなくなってしまいそうです。

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【音楽・ホルン】デニス・ブレインはやはり「奇跡のホルン」だと思います。

◆毎年、命日(9月1日)に書くのですが。

今年は1週間、遅れましたが、毎年やっている「行事」なので、省略すると気持ち悪いのです。


英国のホルン奏者、デニス・ブレイン(1921年5月17日 - 1957年9月1日)をWikipediaで引くと、

死後の今に至るも世界中で最も卓越したホルン奏者のひとりとして知られる。

と、書いてあります。全くその通りだと思います。


今は、私が子供の頃に比べると、世界中の全ての楽器に関して演奏者の技術的水準が

おどろくほど、高くなっているのです。日本にも世界にも「上手いホルン奏者」が大勢います。

しかしながら、それでもやはり、私にとってはデニス・ブレインは「上手い」を通り越して「神様」だと思うのです。


ホルンは、管が長く、それをトランペットと大体同じぐらいの口径のマウスピースで吹くのです。

管が長く、マウスピースが小さいということは、それだけ、音の最初(発音)で失敗する確率が高い。

高音は高音で、同じ指使いで出る音が幾つも隣接してますから、ちょっとした加減で隣の音がでる。

低音は低音で、小さなマウスピースですから、良く鳴らすのが難しい。

どこからどう見ても難しく、ホルンはミスの危険がとても高い。


繰り返しになりますけど、最近の若いホルン奏者は皆大変上手で、

ベルリン・フィルの首席奏者をやめて、先日も来日していたラデク・バボラークはたぶん、

今、世界一上手いでしょうね。技術的にもたぶんデニス・ブレインと同じぐらい上手い。


だから私の個人的な「思い入れ」の問題かもしれませんが、

私が聴く限り、ブレインの「自由自在感」。完璧な音のコントロール。

しばしば完璧な演奏などない、といいますが、どこからどう聞いてもデニス・ブレインの

ホルンの演奏は「完璧」という以外にありません。

「奇跡のホルン」という本があります。

「奇跡の」と形容される器楽奏者を他に知りません。まったくもって、人類史上の「奇跡」だと思います。


◆N響の千葉馨先生はデニス・ブレインが亡くなる前にレッスンを受けています。

元N響・首席ホルン奏者で、カラヤンが1954年に来日して1ヶ月N響を振ったときに、

その上手さを覚えていて、後に「ベルリン・フィルの首席にならないか?」と声をかけた、

故・千葉馨先生(1928年3月6日 - 2008年6月21日)はデニス・ブレインが

亡くなる前に、約1年、レッスンを受けています。


兵庫県立明石南高等学校の放送部の千葉馨インタヴュー(2004年10月4日)というサイトがあります。

そこで、千葉先生がデニス・ブレインのことなどを大変興味深く話しておられます。


◆デニス・ブレインで最初に聴くのは、モーツァルトでしょう。

デニス・ブレインは36歳で亡くなってしまいましたが、録音が残っているのがありがたい。

アナログレコードからCD化されたときに、どういう訳か音質が著しく低下しているのが残念ですが、

デニス・ブレインで最初に何を聞くか?といったら、カラヤン=フィルハーモニア管弦楽団との、
モーツァルト:ホルン協奏曲全集でしょう。

本来、音楽は何をどのように聴くか、完全に個人の好みでいいのですけれども、

このCDにかんしては、私は敢えて「人間に生まれてきた以上、一度は聴いてみるべきだ」と

言いたくなります。それほど、感動的に美しくて、上手くて、とにかく「完璧」です。

第4番の第一楽章を聴いていただきます。


モーツァルト:ホルン協奏曲第4番 変ホ長調 K.495 第1楽章:アレグロ・モデラート







デニス・ブレインは千葉先生に、

モーツァルトの演奏をするときは、両壁がペンキ塗りたての細い廊下を、真っすぐすうーっと抜けるように演奏しろ、止まっちゃだめだ。右にもよらず、左にもよらず…

と、アドヴァイスしたそうです。私の感受性では「完全に分かる」ことは不可能ですが、今の演奏を聴くと「何となく分かる」気がします。

余計な事をするな。という意味かな、と。モーツァルトの作品自体が完璧な音楽なので、小手先の細工をするな

という意味なのではないか、と、勝手に想像しております。


◆サヴァリッシュ先生伴奏による、リヒャルト・シュトラウス「ホルン協奏曲第1番」

背景を説明すると長くなるので、省略しますが、私は自分がオーケストラを聴き始めた時期に

殆ど毎年、N響を振りに来日していた桂冠名誉指揮者(桂冠名誉のタイトルが付くのはN響の歴代指揮者で

サヴァリシュ先生だけです)、ヴォルフガング・サヴァリッシュ氏を

小学校5年のときから、もう40年になりますが勝手に「先生」と呼んで尊敬しています。

そのサヴァリッシュ先生とフィルハーモニア管弦楽団がデニス・ブレインの伴奏をしている、

これも、ホルン協奏曲としては大変有名な、リヒャルト・シュトラウス「ホルン協奏曲」のCDがあります。

リヒャルト・シュトラウスは2曲のホルン協奏曲を書いていますが、ここでは若い頃に書いた

ホルン協奏曲第1番をお聴き頂きます。3つの楽章が途切れ目なく演奏されます。


R.シュトラウス: ホルン協奏曲 第1番 変ホ長調 作品11 (アレグロ-アンダンテ-ロンド)






お聴きのとおり、モーツァルトよりも高度なテクニックを要求されますが、

デニス・ブレインの演奏は安定していて、全ての音が「出来上がった」状態で鳴り始めるのです。

ホルンに限らず、速くて細かい音型には、ミスをしやすいのですが、デニス・ブレインは、危なっかしい「気配」すらありません。

ケロッとした顔で吹いていると思います。


◆【映像】デニスブレインの動画。大変貴重です。

これはBBCの番組です。ベートーヴェンのホルンソナタを演奏するのですが、

その前に、ベートーヴェンの頃に使われていた、今のようなバルブ・システムがまだ開発されておらず、

単なる真鍮の管、ナチュラルホルンを用い、ただし、管の開口部(ベル)に右手を差し込み、その角度で音階が吹ける所を

実際にやって見せています。






その後、ヴァルブ装置が備わった現代のホルンでベートヴェンのホルン・ソナタを演奏します。


Beethoven Sonata Op1 7 Part1







Beethoven Sonata Op1 7 Part2







ホルンに限らず、また、デニス・ブレインに限ったことではありませんが、常に楽器の(マウスピースを口に当てる)角度が変わらないこと。

そして、音域で口の形(アンブシュアといいますが)が一定であること。実に見事なまでに変わりません。

全ての音が明瞭です。


色々聴いてみるとわかりませんが、やはり不世出の名手です。引用元は、

Dennis Brain - Beethoven: Horn Sonata Op.17です。

毎年同じですみません。

皆様どうぞ、よい日曜日をお過ごし下さい。

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2012.09.08

【パラリンピック】田中(競泳男子100メートル平泳ぎ)金メダル、ゴールボール女子、金メダル。

◆記事:男子100平、田中が世界新で金 パラリンピック 木村は2つ目のメダル(日経電子版)(2012/9/7 6:18更新)

ロンドン・パラリンピック第9日は6日、水泳センターで行われた男子100メートル平泳ぎ(知的障害)で、

田中康大(22)=千葉県=が、予選で自らがマークした世界記録を更新し、1分6秒69で金メダルを獲得した。

同男子100メートルバタフライ(視覚障害S11)では、開会式で旗手を務めた木村敬一(21)=東京都=が、1分4秒70で「銅」に輝いた。

木村は100メートル平泳ぎ(同SB11)の「銀」に続き、二つ目のメダル。

ゴールボール女子の日本は準決勝でスウェーデンを下して決勝進出を決め、

2004年アテネ大会の「銅」以来となるメダルが確定した。。


◆記事:ゴールボール日本女子が初の金 パラリンピック(日経電子版)(2012/9/8 0:02)

ロンドン・パラリンピック第10日は7日、五輪公園のコッパーボックスで

ゴールボール女子の決勝が行われ、日本が中国に1―0で勝ち、同種目で初の金メダルを獲得した。

ゴールボール女子の日本がメダルを獲得するのは、2004年のアテネ大会の「銅」以来で2個目。

日本は前半に先制し、無失点で逃げ切った。


◆コメント:ここに引用したのは一部で、ロンドンパラリンピックで既に日本は金3、銀3、銅4を獲得。

3日前に、

2012.09.04 【パラリンピック】競泳秋山が大会新で金、鈴木は銅 パラリンピック第5日←金メダルでもニュース速報にしないメディアの見識を疑う。

を書いたばかりだが、世間は一向に関心が無いようなので、繰り返す。

ロンドン五輪の最中は、金メダル獲得の際は勿論、銀メダル、銅メダル獲得時、また、ある競技で、

日本の初めてのメダル獲得確定や、何十年ぶりのメダル獲得確定の度に

昼夜を問わず、ニュース速報を知らせる通知メールが何度も鳴った。

ロンドンパラリンピックでは、日本は既に金・銀・銅、10個のメダルを獲得しているが、

一度も、ニュース速報として報じられたことがない。

理由を教えていただきたい。

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2012.09.07

メディアの方、「WHOによる自殺予防の手引き」の「マス・メディアへの手引き」を読んだことがないのではありませんか?

◆何度目か分かりませんが同じ事を書きます。

自殺の詳細を報じた記事を掲載すると、以下の主張と矛盾するので省略します。

札幌の中学生がいじめを苦に自殺したのではないか、という事件をマスコミ各社が、

かなり大々的に取り上げていますが、これは模倣的な自殺を助長する可能性があります。

私は、何度も書いていますが、最初は、6年前です。

2006.11.16 「小中学生の自殺連鎖止まらず」←お前ら(マスコミ)がいちいち報道するのも一因だぞ。

この翌月。
2006.12.26 「いじめ自殺報道」が「自殺連鎖」を誘発した可能性あり。専門家の指摘←私は、先月同じ事を書きました。

その後、存在をしりましたが、内閣府のサイト内に、
WHO による自殺予防の手引き

という資料が載っています。その中に、特に、【マスメディアのための手引き】という項目が設けられていて、かなり詳細な説明がありますが、

日本のメディアは、WHOの「手引き」を読んでいないのではないか、と思います。

【マスメディアのための手引き】には、
一般的に、現実に起きた自殺について新聞やテレビが報道すると、自殺が統計学的に有意に増える場合があることを示唆する十分な証拠があり、とくに若者に影響が強いように思われる。

また、
メディアによって報道された自殺方法が、それに引き続く自殺でもしばしば模倣されることを明らかにしている研究がある。

さらに、「(メディアが)してはならないこと」として、
遺体や遺書の写真を掲載する。

自殺方法を詳しく報道する。

単純化した原因を報道する。

と、書いてあります。遺体の写真はさすがに載せていませんが、遺書があったとかその内容を

掲載するのは、遺書の写真を載せるのに準ずる影響があることが類推可能だと思います。

また、自殺方法を詳しく報道は、いじめを苦にした自殺から話がそれますが、一時期立て続けに起きた、

ネットで知り合った他人が、クルマで練炭により一酸化炭素中毒で自殺したり、

硫化水素自殺が多発したときには、それ以前はそのような自殺は知られていなかったのですから、

メディアの報道によって、「そういう自殺方法もあったのか」という「知識」を得てしまったことは、

ほぼ間違いないでしょう。


つまり、「WHOによる自殺予防の手引き」に書かれていることは、実際に起きた事件と

照らし合わせると、非常に的を射ている。

「WHO による自殺予防の手引き」の存在を知らなかったのだから仕方が無いと、いうのも言い訳に過ぎず、

Googleで、「自殺 報道 注意すべきこと」を検索すると、約 5,640,000 件をヒットし、

最初に、「WHOによる自殺予防の手引き」が表示されます。

私のような素人でも容易に見つかる資料をプロが知らないのは、明らかに不勉強だと思います。

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2012.09.04

【音楽・映像】絶対に面白い「ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ」(8回目)

◆1年に2回か3回、どうしても載せたくなります。

たぶん、今回で8回目です。ダニー・ケイ(1913-1987)はリンク先をご覧下さい。

もう亡くなってから25年経ちます。先ほど気がつきましたが、来年(2013年)が生誕百年。コメディ俳優ですが、デリケートな心理描写も出来る。

代表作、映画「5つの銅貨」11月にDVD化されるようですが、これをご覧になると分かります。


かれは、これからご覧頂く映像の最後のスピーチ(これがまた、感動的なのです)で、自分は楽譜を読めないと言ってます。


しかし、音楽の正規教育は受けていないけれども、その音楽的才能というか、センスは明らかです。

ダニー・ケイと仲が良かった、岩城宏之さんが、エッセイで、

楽譜は読めないかも知れないが、音楽をどう表現したいかをオーケストラに伝える能力は、そこらの本職よりも優れている。

と絶賛しています。細かい振り間違いはあるけど、選曲がなかなか通でして、本当にクラシックが好きだったことがわかります。


これも毎回、書くのですが、アナログ・レコードがCD化されるのは、スムーズでしたが、

映像は、VHS→DVDがなかなか進みません。

権利関係(映像だから肖像権などもあるし・・・)が複雑なのか、理由がわかりませんが、ダニー・ケイ=NYフィルは、

一刻も早くDVD化して欲しいものです。


VHS時代は簡単に入手できたんです。どなたかYouTubeにアップしてくださってますが、

これは、コンサートの全てではありませんが、日本語字幕付ですので(以前アップされていた映像には、

日本語字幕がありませんでした)、十分に楽しめます。

こういう楽しい「クラシック・コンサート」に理屈は要りません。


◆【YouTube】ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ

10本に分かれてYouTubeに載っていますが、

最初は、1978年から1991年まで、ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督だったズービン・メータが、

真面目にヨハン・シュトラウスⅡ世の喜歌劇「こうもり」序曲を演奏します。

その後(02から)、ダニー・ケイが登場します。



ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ01







ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ02







ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ03







ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ04







ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ05







ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ06



途中、アイーダの「超ヘタクソトランペット」を演奏しているのは、本当は絶対に間違えないことで有名な名手、

首席トランペット奏者、フィリップ・スミス氏です。






ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ07



この 07 だけ、私の環境ですと、再生されません。その場合もう一度、映像の上でクリックすると、別ウィンドウが開き、

YouTubeで観ることができます。





ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ08



ベートーヴェンの交響曲第8番 第一楽章なんて、やはりダニー・ケイ氏はかなり「通」だと思います。





ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ09



トランペット3人とダニーケイのスキャットによる、「ベニスの謝肉祭」スウィング・ヴァージョンです。

後半で、ダニーケイが、静かにお客さんに語りかけます。そのスピーチが感動的です。






ダニー・ケイとニューヨークフィルの夕べ10



最後に「星条旗よ永遠なれ」です。






こういうのは、観て、聴いて、楽しければよいのです。私が知ったかぶりを書く余地がありません。

これがはやくDVD化されることを切望します。

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【パラリンピック】競泳秋山が大会新で金、鈴木は銅 パラリンピック第5日←金メダルでもニュース速報にしないメディアの見識を疑う。

◆記事:競泳秋山が大会新で金、鈴木は銅 パラリンピック第5日(共同通信 2012/09/03 10:33)

ロンドン・パラリンピック第5日の2日、競泳の女子100メートル背泳ぎ(視覚障害S11)で

秋山里奈(神奈川県)が1分19秒50の大会新で制し、金メダルを獲得した。

男子150メートル個人メドレー決勝(運動機能障害SM4)では鈴木孝幸(東京都)が銅メダルだった。

競泳男子100メートル背泳ぎ(視覚障害S11)決勝で河合純一(静岡県)が4位。

陸上男子100メートル(車いすT52)決勝では伊藤智也(三重県)が5位だった。

ロンドン五輪にも出場したオスカー・ピストリウス(南アフリカ)は同200メートル(切断などT44)で2位だった。


◆コメント:パラリンピックだと、金メダルはニュース速報にしないのか。

NHKのスマートフォン用アプリ、NHKニュース&スポーツを使用している。

設定に仕方にもよるが、自分が指定した分野のニュース速報や気象情報がいち早く送られてくる。

テレビでNHKを見ていてニュース速報が表示される場合、ほぼ同時に、スマートフォンでも

ニュース速報メールが届く。


ロンドン・オリンピックの最中は、各競技・種目でメダル獲得・確定の度に速報が入るし、

なでしこジャパンの試合など、準決勝あたりからは、「前半、日本が先制点を獲得」で

速報となる。終盤、何十年ぶりメダル。ある競技で日本としては初めてのメダル確定、獲得

と、殆どひっきりなしに、ニュース速報が届いたのである。


パラリンピックが始まる前、NHKのみならず、各メディアは、オリンピックと同じように

報道する、というようなことを(しかし、完全に確約しない、あいまいな表現で)のべていた。


しかし、実際には、柔道・正木選手が金メダルを獲得し、しかもそれは、今大会での日本人初めてのメダルだったのに、

ニュース速報にならなかった。

冒頭に引用した秋山選手が背泳ぎで大会新記録で金メダルを獲得したときもやはり、速報扱いにならなかった。

この記事を書いている最中、

◆記事:木村敬一も「銀」…男子100m平泳ぎ(読売新聞 9月4日(火)3時26分配信)

ロンドンパラリンピックは3日夜(日本時間4日未明)、競泳男子100メートル平泳ぎ(視覚障害1)で木村敬一選手(21)が銀メダルを獲得した。

との記事がネットに載っているが、依然としてNHKは無反応である。

NHKだけではなく、全ての日本のメディアが同様だ。

表向きには、綺麗事を並べておいて、実際には、明らかに五輪よりもパラリンピックを軽んじている。

そう解釈されても仕方が無い。

マスコミ各社の見識を疑う。

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2012.09.03

8月の日経「私の履歴書」は君原健二氏でした。

◆日本経済新聞の文化面に「私の履歴書」というコーナーがあります。

日本経済新聞の文化面というのは要するに最後のページですが、株の記事なんかよりも、

私は先に、文化面に目を通します。

文化面には「私の履歴書」という、多くの場合は、日本有数の大企業トップの半生記が

多いのですが、それよりも、芸術家とか、その他の分野の方の話の方が大抵面白いのです。


◆8月はメキシコ五輪マラソン銀メダリスト、君原健二選手でした。

思わず「選手」と書きましたが、1941年生まれの君原さんは、1968年のメキシコ五輪のマラソンで銀メダルを獲り、

ミュンヘン五輪の翌年、1973年、32歳で現役を引退しておられます。


君原さんは、現役時代にフル・マラソンを35回走りましたが、ただの一度も途中棄権したことがない、

という事実で有名です。何十年も前ですが、ある大企業の社長がインタビューで尊敬する人として、

君原選手を挙げていたのを良く覚えています。


今回、1ヶ月間連載された「私の履歴書」を読んで更に驚いたのは、君原さんは、71歳の今もまだ、

あちこちのマラソンに、ある時は自ら応募して、また、しばしば「ゲストランナー」として、フルマラソンを

走っているのです。今年マラソンが何と通算61回目のフルマラソンで、勿論タイムは、今は競技者ではないし、

失礼ながらお年がお年ですから、3時間30分台ですが、ざっと計算すると時速12キロという自転車並の速度です。

今でもそれだけの走力を維持し、引退後も一度も途中棄権がないそうです。

こまめに記録を書き留める方で、中学2年で走り始め、去年の終わりで通算走行距離は16万キロに達したそうです。

地球(赤道)を4周したことになります。いくら現役を退いたあとは、タイムを競う必要が無いといっても、

ものすごい事だと思います。私は普段スポーツにあまり関心がありませんが、

君原選手は、その「棄権したことがない」歴史的事実と、テレビでしか拝見したことがありませんが

とにかく真面目な方なのは、よく分かります。私も尊敬しています。


◆「君子」とは君原選手の為の言葉ではないかと思います。

夏目漱石の「坊っちゃん」で、主人公坊っちゃんは赴任先の中学の同僚、

「うらなり先生」をみて、

おれは君子という言葉を書物の上で知ってるが、これは字引にあるばかりで、

生きてるものではないと思ってたが、うらなり君に逢ってから始めて、やっぱり正体のある文字だと感心したくらいだ。

そうですが、私がテレビで小学生の質問に答えている君原選手を見ていて、全く同じ事を思いました。

子供達が「どうやったら、途中棄権しないで、マラソンを走ることができるのですか?」と尋ねると、

君原選手は半分当惑したような表情で、
(途中棄権したことがないことについて)よく聴かれるのですが、自分では棄権したことがない、いうのが本当に競技者として、

良い事だったのか?と疑問に思うことがあります。棄権したことがないというのは、ウラを返せば本当に苦しくなるまで

速度を出していない、「楽をしている」ということであって、陸上競技の競技者としては、勝つために、無理してでも

速くはしるべきだったのではないかとおもいます。

という趣旨を、小学生を相手に、本当にこれぐらい丁寧な言葉で真面目に話す方です。

こんな五輪メダリストを他に知りません。


◆とても気持ちの優しい方だと思います。

ご自分が、現役時代はもとより、引退後もトレーニングを続け、70歳を過ぎても、フルマラソンを完走する

というほどの方でしたら、他の人に対して、

自分も苦しくて耐えたのであるから、皆辛くても我慢しろ。

という「根性論」になりそうですが、君原選手は決してそういう言葉を発しないのです。

8月の下旬、つまり間もなく1ヶ月の「私の履歴書」が終わりに近づいたときに

次の言葉を書いておられます。
競技者時代、私はマラソンを楽しい、面白いと感じたことはなかった。競技としてのマラソンはつらいものでしかなかった。

走るのがつらくなると、私は目標を小さくする。ゴールまでは遠すぎる。だから、とりあえず、「あと5キロ頑張ろう」と自分に言い聞かせる。

それでもつらければ、「あと1キロ頑張ろう」「あの電柱まで頑張ろう」と目標を身近なところに置いて走った。肝心なのは、最後まであきらめないことだ。

その考え方は、1979年の公共広告機構の自殺防止キャンペーンで紹介された。テレビCMの中に、私のセリフが挿入されている。
「私は苦しくなると、よくやめたくなるんです。そんなとき、あの街角まで、あの電柱まで、あと100メートルだけ走ろう、そう自分に言い聞かせながら走るんです。」

新聞の広告にもなり、広く人の目に触れた。あの広告で自殺を思いとどまった若者がいたと後に聞いた。

これは、素晴らしいですね。最近、政府は自殺対策といい、内閣府のサイトには自殺防止ホームページがありますが、

何故、君原選手の言葉をまた使わないのかと思います。

よく、うつ病への対処で「頑張る」は言わないというのがあります。君原選手の言葉には「頑張る」という単語が出て来ます。

しかし、叱咤激励する感じがまったくないのですね。頑張るのですけれども、なるべく小さく頑張る。

もしも自殺したいという人なら、あと3日生きてみよう。それが辛かったら、あと1日だけ生きる。

それもいやだったら、あと6時間だけ生きてみる。だめなら3時間だけでも、いや1時間、30分だけ、

と言う風にうんと小さな「目標」をたてて、それを乗り切ったら自分を褒め、もう30分だけ・・・・

という具合に思うことで、楽になるように思うのです。

君原選手の私の履歴書は、自殺防止のことではなく、みずからのマラソン人生を回顧するものですが、

私は、引用した部分がとても優しい言葉だ、と感じました。

君原選手は、頭のてっぺんからつま先まで、紳士で真摯で、真面目な方で、メダリストだから偉いだろう

ということは、全然ないのです。真面目過ぎるぐらい、謙虚すぎるぐらいです。

世知辛い、今の世の中では、他人を出し抜いて「勝ち組」になるにはどうすれば良いか、

というような考え方や、それを文字にした本が人気ですが、君原選手のように、自らを誇示することもなく、

ただ、ただ、控えめな方が、見直されるべきだと思います。

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