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2013年1月

2013.01.30

「安倍内閣総理大臣所信表明演説」所感。

◆全文は首相官邸ホームページ。

全文を転載すると余りにもスペースをとってしまいますので、首相官邸ホームページにリンクします。

平成25年1月28日 第百八十三回国会における安倍内閣総理大臣所信表明演説

リンクは自由である、と書いてあります。


◆コメント:優先順位が間違っていると思います。

演説の骨子となるセンテンスは、

内閣発足に当たって、私は全ての閣僚に「経済再生」「震災復興」「危機管理」に全力を挙げるよう一斉に指示をいたしました。危機の突破は、全閣僚が一丸となって取り組むべき仕事です。

だと思います。


経済が低迷したままでは、もちろんいけませんが、全ての大前提は「人間が暮らせる日本の国土を保全する」ことです。

福島第一原発では、メルトダウンした核燃料が、原子炉圧力容器、格納容器を溶かし、さらに原子炉建屋の床のコンクリートをも溶かし

地下に沈降しつつある、と予想されています。それは個別に掲げるとキリがありませんが、小出裕章京都大学原子炉実験所助教の

著作や「たね蒔きジャーナル」における説明で明らかです。


既に手遅れかもしれませんが、核燃料を放置すると、地下水脈が放射能で汚染され、日本中の国土が放射性物質を含み、

あらゆる農産物、畜産物、魚介類が、完全に元にはもどらなくなります。

経済を再生するのも結構ですが、日本国が日本列島全体が放射能で汚染されることをなんとか防ぐ。

防げ無いなら、汚染を最小限に食い止めることにまず、人智の限りをつくすべきなのです。


内閣総理大臣の所信表明演説で、福島第一原発にかんして今後の具体的な対応が一切言及されていないのは、

それ自体、問題です。これなくして経済再生も、震災復興もへったくれもありません。


◆「日本を取り戻す」を連発してますが、そもそも、日本を破壊したのは自民党です。

安倍首相の演説の中に、

私が何故、数ある課題のうち経済の再生に最もこだわるのか。それは、長引くデフレや円高が、「頑張る人は報われる」という社会の信頼の基盤を根底から揺るがしていると考えるからです。

揚げ足をとるつもりはありませんが、安倍首相は「頑張る人は報われる」社会が望ましいと考えているようですが、

それでは、有効求人倍率が長い間1を下回っている状態では仕事に就いて頑張りたい、と思っているけれど仕事がない人や

病気で臥せっていて「頑張りたくても、頑張りようが無い」人に関して、安倍首相はどう考えているのでしょうか?


こういう点は非常に、かつての小泉路線、すなわち
弱者、敗者は、勝手に野垂れ死んで下さい。

という「強者の論理」の名残りを感じます。

安倍首相は、小泉政権時代の後藤田正晴氏の言葉を噛みしめるべきです。
小泉さんは日本を変える、政治を変えると言うが、強者の論理が強すぎる。

やはりどんな時代になっても、立場の弱い人、気の毒な人は出ている。

ならば、そういう人に対して政治の光をどう当てるかということは、政治を担当する者の大きな責任だと思う(後藤田正晴 日本への遺言)

私はこれが、国家の中枢の人々の正しい考え方だとおもいます。


安倍首相は12月の総選挙の前から、何万回も「日本をとりもどす」といいますが、

今のような「弱者に冷たい」日本にしてしまったのは、安倍氏もその一因だった自民党小泉政権です。

それまで「一億総中流階級」で、そこそこ満足していたのにも関わらず、

アメリカ式の競争主義、市場原理を日本に持ち込んで、それまでの日本をぶっこわしたのです。

その当事者の1人が、当時のことを忘れたかのように「日本をとりもどす」というのは、

盗人猛々しい。「安倍さん。貴方も日本を壊した1人でしょ?」と言いたいのです。


◆前回首相の時、「宙に浮いた年金」を放ったまま首相の座を辞しましたね?

28日の所信表明演説に関して全国紙と地方紙の社説を読みましたが、驚くほど同じ指摘です。

「安全運転」であると。本当は安倍氏の真骨頂は「自主憲法制定」(私は徹頭徹尾反対ですが)にあるはずなのに

それは、参院選の後まで口にしないつもりだろう、とかTPPには言及しないのか。等々。

ですからそれはここでは書きませんが、私が気になるのは安倍氏が最初に政権を取った時期、

2007年5月に、当時の「野党・民主党」の小沢一郎代表との「党首討論」の席上、

誰のものか分からなくなってしまった年季が問題になっていました、当時の安倍首相は、

宙に浮いた年金5,000万件を1年で全件突合する。

と約束し、9月に政権を放り出しました。まもなく6年が経ちます。

もちろん全件突合するのでしょうね?どうして何もいわないのか。

恐らく、「黙っていれば皆、忘れたままだろう」と、タカを括っているのでしょう。

社会保険庁が日本年金機構になりましたが、一向に状況の中間報告がありません。

私の想像では、このまま何年も真面目に突合などしないで、
やっぱり突合は不可能でした。

というのが、年金関係役人や政治家の目論見でしょう。こういうときの日本人は、

「そんなことだろうと思っていた」といってしまうのですが、それをいったら彼らの思うツボ。

日本人は何でもすぐ忘れますから、忘れるのを年金のいい加減な仕事をした連中は待ち望んでいることでしょう。

「やっぱりね」などといってはいけません。「何年かかっても絶対突合しろ」といわなければいけません。

第二次安倍政権における安倍首相は前述のとおり、
頑張る人は報われる社会

が「いい社会」だと思っているそうです。働いて稼いだお金から年金掛け金をきちんと積み立てたと思ったら、

どこに行ったか、わかりません。では全然頑張っても報われないのではないでしょうか。

矛盾しています。説明して頂きたいとおもいます。

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2013.01.29

「米産牛肉、輸入緩和を決定=来月実施―厚労省」←国産牛月齢21ヶ月のBSE感染例があります。

◆記事:米産牛肉、輸入緩和を決定=来月実施―厚労省(時事通信 1月28日(月)16時24分配信)

厚生労働省の薬事・食品衛生審議会は28日、BSE(牛海綿状脳症)対策について議論し、

米国産の牛肉輸入規制を2月1日に緩和する厚労省案を了承した。輸入できる月齢を

現行の「20カ月以下」から「30カ月以下」に引き上げる案で、厚労省は同審議会の了承を踏まえ正式決定した。

厚労省によると、現行の20カ月以下では、米国で食肉処理される牛肉で輸入対象となるのは半分以下だが、

30カ月以下に緩和すると9割以上が輸入可能になる。


◆コメント:2003年11月4日に日本の国産牛、月齢21ヶ月のBSE(牛海綿状脳症)感染が確認されています。

時事問題に関して日記・ブログを書き続けていると、普通ならすぐに忘れてしまうことでも

記憶に残りやすいのです。

この、米国産牛肉の輸入緩和規制は、5年以上前から要求されていることです。

長く書くより当時、私が書いた文章を読んで下さい。米国産牛肉から

初めてBSE感染牛が発見されてからの経緯もわかります。

2007年12月07日(金) 「米産牛肉、輸入制限緩和へ=「30カ月未満」を米に提起」←月齢21ヶ月のBSE感染牛が確認されたことがあるのですが。

日本が月齢20ヶ月以下に拘っていたのは、BSE感染牛は月齢が高いほど危険だということです。

日本では、2003年11月4日に、BSE感染国産牛が見つかりました。

アメリカよりも遙かに丁寧に飼育された、日本の牛ですら、そうなのです。

アメリカは、一旦安心かな?と思って輸入禁止を解除したら、

1ヶ月も経たないうちに、異常タンパク質プリオンが蓄積されやすい特定危険部位を含んだ肉を、

日本に輸出した、歴史的事実があります。


BSE感染牛の肉を食べた人間は、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病に感染するかもしれないのです。

この病気は潜伏期間が長いことが多いのですが、発症したら、治療法がありません。

素人の私ですら、これぐらいのことは覚えていて、書けるのです。

しかし、日米両政府、日本のマス・メディアは、一言も書きません。

悪意と怠慢がある、と言われても仕方がありません。

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2013.01.28

【御愛読御礼】これが3,500本目の記事です。

◆偶然、発見しました。

たまに、ふと気が向いたときに、2002年4月15日にWEB日記エンピツ「JIROの独断的日記」のアカウントを開き、

途中サボる日も多いので、今までに何本の記事を書いたか、確かめることがあります。

全く偶然ですが、先ほど数えたら、昨日の記事までで、3,499本でした。


ですから、この記事で3,500本目となります。

長く書き続ければ、あるいは記事の数が多ければ良いというものではありませんが、

毎年4月15日に「〇周年、御愛読御礼」で書いておりますとおり、これは何故続いているかというと、

ひとえに「読んで下さる方が、いらっしゃるから」であります。これは絶対に間違いがありません。

これも、今までに書いたことがありますが、私は子供の頃、正月に新しい「当用日記」を開き、

なんども「今度こそ書き続けるぞ」と決意したつもりでしたが、見事に文字通りの三日坊主で終わっていました。

それを思うと、間でずいぶん更新をサボっておりますがまがりなりにも10年と9ヶ月。

文章の出来はさておき、3,500本の文章を書くことができたのは、これは読んで下さる方

のおかげなのです。

これは、確信があります。


◆最近、やや情緒不安定でお見苦しく、恐縮です。

今月前半、私事を立て続けに書きましたが、弊日記・ブログを初めてご覧になる方もいらっしゃるので、

簡単に事情をご説明します。

私の父は17年前に他界いたしましたが、その後も、1928(昭和3)年生まれの母は元気で、昨年11月までは旅行に行って平気でした。

12月5日、たまたま月に一度通院している病院で、肝転移した胃の幽門部ガンが見つかり、12月7日入院。

12月12日、本人、及び私たち親族にムンテラ(医師から患者と親族への病状・治療方針説明)。

自覚症状はなく、見た目には全く分からず、化学療法(抗ガン剤)で余命半年ぐらいか。

という予想でしたが、年末から急に容態が悪化し、1月3日に他界。8日に告別式を済ませたのです。


私は50過ぎですし、母は84歳で、入院直前までは好きな事をしておりましたし、

ガン治療で延命し、長く臥せることもなく、痛みに苦しむことも殆どなく、生前の母の希望どおり、

「逝くときにはさっさと逝け」たので、結果的には運が良い方に属すると思います。


ですから、私は別に嘆き悲しみ抑うつ状態になることもなく、割と平然とすごしているつもりでしたが、

ここ1ヶ月の日記や、私はTwitterにも毎日何か書いていますのでそのログを読むと、

やはり、少しは精神的に影響があるようで、文章が乱れたり、ある日は抑うつ的であったり、

次の日は逆にやや躁状態であったり、気分が不安定であったことに気がつきます。

そうして意味では、最近はお見苦しい文章が多くて、お恥ずかしい次第です。


本来はアルジェリアで亡くなられた方々のことを書きたいのですが、

全く状況はちがうものの、あのニュースを追っているうちに、少しばかり母の死に思いが至り、

少々辛くなりました。政府専用機で帰国された方々の棺をテレビで見ているときに、

直接的には関係ないのですが、母を荼毘に付す際、さいごに斎場の職員の方が、

お別れでございます。

と仰有います。あの瞬間は身内であろうが、他人であろうが辛いものですが

母の葬儀で私は絶対に涙一つ見せなかったのですけれども、「お別れ」の瞬間だけ

もう少しで涙腺が緩みそうになったことを思い出してしまいました。


◆次第に落ちつきを取り戻すと思います。今後とも御愛読頂ければ幸いです。

仮に私が今12歳だったら、流石に急な母親の死は、堪えただろうと思いますが、

実際は52歳で、母は84歳でしたから、別に世の中では普通のことです。

しかし、あまりにも、ガンの発見から最期までの時間が短かったので、

悲しいとか落ちこむとか、気分の変動が追いつかなかったのであろうとおもいます。

むしろ葬儀の後になって、それがやや気分に影響したので、文章の乱れになっているのではないか、

と自己分析いたします。時間の経過と共に、普通になると思います。

四十九日の法要や納骨が終わるまでは、たまに気分の変動があるかもしれませんが、

日常生活は普通にこなしております。

日記を休むつもりも無く、ただ書きたいことが無い場合には、無理をしない方が良いように思います。


いつも以上にまとまりのない駄文となってしまいました。

今後とも、「JIROの独断的日記」「JIROの独断的日記ココログ版」を御愛読頂ければ幸いです。

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2013.01.27

【音楽】1月27日はモーツァルトの誕生日です。初めてご紹介する「レクイエム」

◆恒例なんですけど、初めて遺作「レクイエム」。

毎日、つかれますねえ。

土曜日は朝一旦目が覚めたのですが、再び寝てしまいまして、二度目に目がさめたら16時でした。

私の場合、週末には、よくあることなので、それほど珍しくはありませんが、何故書くかというと、

「くたびれていて、あまり日記・ブログにエネルギーを投入できない」とアピールし、言い訳にするためです。

1月27日はモーツァルト(1756年1月27日 - 1791年12月5日)の誕生日。因みに1月31日がシューベルトの誕生日ですが、

それは覚えていて、ほぼ毎年やっていると思いますが、モーツァルトの誕生日には、

彼の曲を載せることにしてます。

今回は、初めて、遺作である「レクイエム ニ短調 K. 626」を取り上げます。

少しですけど。

今まで取り上げなかったのは、なんというかモーツァルトという人は悲しい時でも長調なんてすね。

亡くなる直前に書いた、クラリネット五重奏曲やクラリネット協奏曲などは、明るさの中に悲しさが垣間見えます。


それに対して、レクイエムはこれは、完成する前にモーツァルトが亡くなってしまったぐらい、ギリギリの最期の力で

書いていて、それでも見事にモーツァルトらしい音楽なのですが、あまりにも直接的に明らかに悲しく・切なく・寂しくて

聴いていると、なんだか、怖くなるのです。


私はクラシックを聴き始めて40年以上になりますが、モーツァルトのレクイエムを通して聴いたのは、1回だけです。


今回ももちろん全曲はのせられません。


音源は、カール・ベーム=ウィーン・フィルのモーツァルト:レクイエムです。

この中から2曲だけ。

まず、第4曲のトゥーバ・ミルム。


モーツァルト・レクイエム トゥーバ・ミルム(Tuba mirum)






トロンボーンのソロが大変美しいです。

モーツァルトはホルン協奏曲を4曲も書いており、これは仲が良いホルンの名手がいたためですが、

管楽器で4曲もモーツァルトが協奏曲を書いたのはホルンだけで、誠に羨ましい。

木管楽器はオーボエ、フルート、クラリネット、ファゴット全てに協奏曲を書いています。

トロンボーンは協奏曲はありませんが、このレクイエムの美しいソロがあるので、いいです。

唯一、モーツァルトが旋律を書いてくれていないのがトランペットです。モーツァルト研究家の海老沢敏先生が

ずっと前にN響アワーの司会をなさっていた頃に、実はモーツァルトが12歳の時にトランペット協奏曲を書いたことは

分かっているが、楽譜が見つからないというお話でした。私が生きている間になんとか見つかってくれないか、と思ってます。


話がそれましたが、「レクイエム」絶筆といわれてる。ラクリモーサ【涙の日】というのですが、

恐ろしいほど悲しいです。聴き手の心に真っ直ぐつきささるようです。


だから、滅多に聴く気持ちにはならないんですが、一度はご紹介せねば、と思いました。


モーツァルト・レクイエム:第8曲 ラクリモーサ






あまりにも恐ろしいほど悲しいけれども、美しいのはやはり最期まで天才ですね。

こういう音楽もある、ということです。

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2013.01.25

H市長、実名報道メディア。不作為(無視)が最も堪えるのですが。できませんか?

◆O市のH市長もテレビA(A新聞)にも「反応し」たら思うツボ。

あえて「H市長」「テレビA」と書いたのは、そうしないと以下の論旨と矛盾するからです。

近畿地方のO市のH市長の名前が何ヶ月もの間、見当が付きませんが多分、何百万回とTwitterに現れます。

遺族が名前は伏せてくれというのに、勝手にアルジェリアで亡くなった方の実名を報道するメディアのことも皆、ツイートします。


思うに、これこそ彼らの「思うツボ」です。

O市のH市長には、如何に論理的に何を言っても無駄です。

彼のTwitterアカウントを見たら、フォロアーが95万人を超えています。

彼の滅茶苦茶な政策決定や、独裁者的な言動が次第にエスカレートするのは、人々が反応するからです。

私如きが、ここに何を書いても無駄であることは、2005年9月の郵政民営化選挙、昨年12月の総選挙で

よく分かっていますが、読んで下さる方が毎日1,000人もいて下さるので、また書く訳です。

アクセス数ゼロの日が何日、何週間、何ヶ月も続いたら、多分私は完全に何もかかなくなることでしょう。


それはH市長とて、同様です。

彼に関するツイートが増えるほど、彼は嬉しい。彼への非難こそ彼の行動の原動力です。

アルジェリアでイスラム武装組織(といわれています)の凶弾に斃れた方々のご遺族の意に反して、

メディアが実名を出すのはテレビA、A新聞に限りません。故人の名誉の為、などは後付けの理由です。

要するに騒がれれば、当のニュース番組の視聴率は上がり、新聞の販売部数が増える。


◆市長もマスコミも、出来れば完全に無視することです。

O市のH市長は、前述のとおり「反応がある」ことが嬉しくて仕方が無いのです。

皆、彼に協力しているのです。テレビ局も同じです。「怒った視聴者が番組を見る」ことで

民放テレビが一番欲しがる「視聴率」が上がってしまいます。


O市のH市長に関してはまず、フォローを外す。

Twitterでもどこでもネット上で彼の名を書かない。完全無視。

テレビ・新聞なら、そのチャンネルを決して見ない。新聞は読まない

特に、市長は日本中からこれでもかとありとあらゆる論理、表現で

批判が集中してもビクともしないのですから、そろそろ「作為」は効果が無いこと。

完全に彼を無視して、言及し「ない」、「不作為」を徹底できたら、

多分、市長の態度・言動は急に変わると思います。

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2013.01.24

【音楽】祝!実質、「N響アワー」復活。

◆記事:NHKが「おとうさんといっしょ」 BSで4月から(朝日新聞 2013年1月23日20時3分)

NHKは23日、4月の番組改編の概要を発表した。

BSプレミアムでは、幼児向けの新番組「おとうさんといっしょ」(日曜朝8時)をスタートさせる。

Eテレでは、昨年3月に終了した「N響アワー」を事実上復活させる形で、「クラシック音楽館」(日曜夜9時)を新たに始める。

「おとうさんと――」は近年、育児に積極的な父親「イクメン」の増加を背景に制作される。

新キャラクター「シュッシュ」「ポッポ」が活躍するコーナーのほか、50年以上続く老舗の幼児向け番組

「おかあさんといっしょ」と同様、うたのお兄さんやお姉さんも登場する。NHKは「子どもと父親が週末一緒に楽しめる番組」と説明する。

「クラシック音楽館」は、視聴者からのN響アワーの終了を惜しむ声を踏まえて制作。

司会者を置かず、NHK交響楽団の定期公演の模様などをノーカットで放送する。

N響アワーの後継番組として始まった「ららら♪クラシック」は、日曜から土曜の夜に移り、放送を続ける。


(注:色文字は引用者による。)


◆コメント:記事をそのまま引用しましたが、もちろん注目すべきは「N響アワー復活」です。

「おとうさんといっしょ」ご担当の方には申し訳ありませんが、上に転載した記事に於ける関心事は、

いうまでもなく、

「N響アワー」を事実上復活させる形で、「クラシック音楽館」(日曜夜9時)を新たに始める。

にあります。マニアックな内容で恐縮ですが、今夜この記事を見つけてくれたのは家内で、

私も思わず、Twitter上で、
祝!実質、N響アワー復活 【号外】 Eテレでは、昨年3月に終了した「N響アワー」を事実上復活させる形で、「クラシック音楽館」(日曜夜9時)を新たに始める。

とツイートしたら、今現在60人近いかたがRT(リツイート)してくださいました。

クラシックが好きなかた、オーケストラが好きな方、N響が好きな方・・・などにとっては、感無量でありましょう。

もちろん、私が感無量なのです。というのも、N響アワー打ち切りが発表されたのがちょうど昨年の今頃でして、

私や他の大勢の方々がNHKに「抗議メール」を送ったのです。それは弊日記・ブログ記事にしました。
2012.01.30 「N響アワー、3月末に終了」←NHKに送った「抗議」メール。

2012.02.04 「N響アワー」終了について、NHKから返事が来ました。

2012.02.08 「N響アワー、3月末に終了」←NHKに再び(2回に分けて)送った抗議メール。

2012.02.17 「N響アワー」終了反対メール(三回目)

かなりしつこく何度も抗議しましたが、NHKからは、一回目のメールに対しては用意してあったテンプレート(ひな形)を

そのまま、コピー&ペーストしたような同じ文言のレスが来ただけでした(他の方にも同じ文章の返信が届いたそうです)。

しかし、昨年の新番組編成発表時には、既に「ららら♪クラシック」の司会、石田衣良氏、加羽沢美濃氏と契約済みで取り消す訳にはいかなかったのでしょう。

当初発表どおり、昨年三月末で「N響アワー」は打ち切り。「ららら♪クラシック」が始まりましたが、

その後、これは私の想像ですが、N響アワーの復活を希望する視聴者が多かったのでしょう。

「ららら♪クラシック」の中で「N響アワー特集」という放送内容が何度もありました。


朝日新聞の記事のとおりだとすると新番組「クラシック音楽館」には司会者はおらず、演奏をノーカットで放送するそうで、

それで良いのですが、池辺先生や西村先生の一言の解説が、非常に興味深いところもありましたので、

本当は、以前のN響アワーと全く同じようにすれば良いだろうと思いますが、まあ、とにかく。

ららら♪クラシックは、失礼ながら、1時間の番組であれもこれも取り上げようとするのでどれも中途半端で、

N響アワーファンは、かなりクラシックに馴染んでいる「通」が多いので、なんだか面白くなかったと思います。

とにかく、復活するのはなによりです。


世の中では、今日も色々なニュースがありましたが、あまりにも殺伐とした日が続きましたので、

今日は、この話題をとりあげました。


◆【音楽・映像】1月21日は、ヴォルフ・フェラーリ(1876~1948)の命日。「マドンナの宝石」間奏曲

1月21日は、イタリアの作曲家フェラーリの命日でしたが、彼の作品で、現在演奏されるのは、

もっぱら、歌劇「マドンナの宝石」間奏曲です。非常に綺麗な曲です。

N響アワー復活記念に、私が小学生の頃から40年以上、尊敬する指揮者、ヴォルフガング・サヴァリッシュ先生指揮、

N響の演奏でご覧下さい。


Sawallisch Conducts Intermezzo from I Gioielli della Madonna






これまでに何度も書きましたが、繰り返します。

指揮者の「棒さばき」、つまり「指揮の動作」そのものは、指揮の「本質」ではなく、それ以前の解釈と、

自分が表現したいことを、他人に音を出させてどうやって実現するか、どの程度できるか?ということですが、

難しい理屈は、ここは、抜きにします。

サヴァリッシュ先生の「棒」はあまりにも美しく、これぐらいになると、

指揮の動作それ自体が「芸術」になっている、といって過言ではないとおもうのです。


4月からの新番組が楽しみです。最近「良いこと」が無かったので、嬉しいです。

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2013.01.23

「<自衛隊法>改正を検討 陸路警護に「武器使用」足かせ」←どさくさ紛れで憲法改正まで持っていく気ですよ?

◆記事:<自衛隊法>改正を検討 陸路警護に「武器使用」足かせ(毎日新聞 1月22日(火)22時40分配信)

政府・与党はアルジェリアの人質事件を受け、海外で災害・テロに遭った日本人を保護するための自衛隊法改正の検討に入った。

自衛隊の航空機や艦船による邦人輸送は安全が確保された空港・港に限定され、今回のような内陸の現場から陸路での輸送・救出ができないためだ。

だが、危険が多い陸路で邦人を警護するには現行の武器使用基準を拡大する必要があり、

憲法が禁じる海外での武力行使との関係や隊員の安全確保など課題は多い。


◆コメント:アルジェリアの事件に便乗するべきではありません。

これに関して、Yahoo! ニュース記事の下に賛成か反対か、アンケートがあり、「賛成」が断然多かったのですが、

もう少し考えて頂きたいと思います。


アルジェリアでお亡くなりになった方はもちろんお気の毒ですが、

今回初めて、こういう事態で、本来、惨劇の現場から空港までも自衛隊がご遺体を運びたい。

それは今の自衛隊法では、武器が使用出来ないから無理で、今後に備えて自衛隊法を改正すべきだ、

という論理ですが、それ以前にそもそも日本国憲法は武力の行使を禁止している訳です。


安倍晋三氏は、自らのサイトで「政治家になったときから、憲法改正を考えていた」といいますが、

現在、憲法改正といったら、要するに「第二章 戦争の放棄」の改正を想定してます。


安倍晋三内閣総理大臣が、アルジェリアの事件に便乗し、自衛隊法を改正し、武器の使用が必要だから、

日本国憲法第九条を改正(私に言わせれば「改悪」ですが)まで画策する可能性は十分にあります。

海外で一回でも武器を使用する「実績」「前例」が出来たら、なし崩し的に平和憲法が壊れるでしょう。

悲劇に便乗した憲法改正には、反対です。

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2013.01.21

「延命治療「死にません、なかなか」=麻生副総理が発言、すぐに撤回」←全く麻生氏に同感です。撤回の必要無し。

◆記事:延命治療「死にません、なかなか」=麻生副総理が発言、すぐに撤回(時事通信 1月21日(月)13時51分配信)

麻生太郎副総理兼財務相は21日、首相官邸で開かれた社会保障制度改革国民会議で、終末期医療に関連し

「チューブの人間だって、私は遺書を書いて『そういう必要はない。さっさと死ぬから』と手渡しているが、

そういうことができないと死にませんもんね、なかなか」と述べた。

延命治療の否定とも受け取られかねない発言で、麻生氏はこの後コメントを発表し、「適当でない面もあった」と撤回した。

麻生氏は、同会議のメンバーである有識者が年金や医療に関する考えを述べた後、発言したもので

「いいかげんに死にたいと思っても生きられる。しかも、政府のお金で(終末期医療を)やってもらうのは、ますます寝覚めが悪い。

さっさと死ねるようにしないと」とも語った。

発言を受け、菅義偉官房長官は麻生氏から電話で真意を確認。記者会見で

「個人の人生観を述べたということだ」と述べ、問題ないとの認識を示した。

これに対し、与野党からは問題視する声が上がった。自民党幹部は「まずい。TPO(時、場所、場合)というものがある」と苦言を呈し、

公明党幹部は「不用意な発言だ。慎まなければならない」と指摘した。

生活の党の森裕子代表は記者会見で「到底許されない」と批判した。(2013/01/21-19:16)


◆コメント:麻生氏の発言は正しい。

これは、いかにも麻生太郎氏らしい発言で、しかし、マスコミや野党は「チャンス」と思って叩くだろうな、

と昼間、記事を読んだ時に思いました。


この発言が「不謹慎」だとか、時事通信のように「延命治療の否定とも取られない発言」で最初、

時事通信は「波紋を呼びそうだ」とかいていましたが、「延命」=「苦痛」の場合が多いことを知らない人達でしょうね。

私は、17年前に父を亡くしましたが、父は中途半端な脳梗塞と脳出血の為に4年も、口は利けないけど意識はある、というか、

状況が分かっている状態で、寝たきりでした。麻生さんのいうとおりで、死にたくても生かされてしまった。

口が利けなくなってから父が文字盤を指さして発したことばは、

死ぬタイミングを逃して残念だ。

でした。そうでしょう。意識があるのに身体は動かせない。人生最後におしめをして寝たきりですよ?

こういう屈辱を味わいたくない、とよく言っていたのですが、本人が一番望まない形になってしまいました。


先日(1月3日に死に、8日に荼毘に付しました)死んだ母は、認知症になって閉まった祖母(父の母親)と、

脳出血で寝たきりになった父の面倒を良く見ましたが、それだけに、
自分は(死ぬときには)長く臥せらずにさっさと死にたい。

といっていました。

先月(2012年12月)5日に検査でガンが見つかり、12月7日に入院した母は、私達も同席して、

12月11日にムンテラ(医師から患者や家族に対する病状、治療方針などの説明)を受けました。


医師の娘である母は、無闇に病気を怖がりませんが、この「ガン告知」には大変ショックを受けておりました。

今までにも、自分の兄弟や、友人、知人が、結局治らないと分かっていながら、オペ→化学療法、その他

で、どんどん憔悴してゆき、最期は疼痛に苦しんで逝くのを見てきた母です。

「自分もそうなる」ことが怖かったのでしょう。

とはいえ、入院しているのですし、まだ全身状態は悪く無いのですから、ドクターとしては、

全然何もしないことを提案するわけにも行かない。標準的な治療を試みます。

母の場合は既に肝臓に転移した胃癌で、治療しても余命半年であろうといわれていました。


日頃から身体が丈夫な母は、要するに生命力があるので、それぐらいは保ちそうに思えました。

しかし、自分の病気がガンだとしってから、母の気力はみるみる衰えていきました。

胃ガンの場合の典型的なやり方なのですが、経口抗ガン剤、TS-1を約1週間飲んでから、

点滴で液体の抗ガン剤「シスプラチン」を投与するはずでした。

ところが経口抗ガン剤を飲み、始めは何とも無かったのに、シスプラチン点滴を始める筈だった日から、

強烈な腹部痛と口内炎に苦しみました。みるみる弱り、元旦から腎機能が低下しました。3日に亡くなり、8日に荼毘に付しました。


◆「延命治療=善」では、ありません。

他の例を知らないので脳溢血で倒れ、綺麗に散りたかったのに何年も寝込んでしまった父と、

予想よりもあまりに早かったけれども、その替わり、若干クスリの副作用と、腸炎による激烈な腹部痛に数日耐えて、比較的簡単に死ねた母。

両方の経験から私がおもうのは。「どうせ治らない病気なら、無闇に延命しない方が良い場合がある」ということです。


特にガンの場合は、抗ガン剤の副作用に苦しみながら延命などされるよりも、今となっては仮定上の話になりますが、

いっそ病気が見つからなければ、もう少し長く生きられ、ギリギリまで好きな事をして過ごせたのではないか、と思います。

11月までは旅行に行っていたし、胃ガンとて自覚症状はなく、たまたま採血して肝機能に異常があることが

わかり、エコーやCTで肝転移していることが発見されてしまい、入院することになりました。

そして、それ故に経口抗ガン剤の副作用で、非常に苦しみました。

普通は、そう言う状態から少し持ち直し、また、悪くなりを繰り返します。

その間の患者本人と家族の精神的、肉体的負担は大変です。

それにくらべたら、「予想外に治療の初期段階で死んで」しまった母は「好運」でした。

治療すれば必ず治る、という場合ならまだしも、延命治療をすれば数ヶ月死期が遅れるだけ、という場合は、

さらに母のように高齢(享年84歳)の場合は、延命しても臥せって苦しむ時間が徒に長引きます。

延命拒否のはずでも何だかんだで、生き続けさせられた人の苦悩を麻生氏は御存知なのでしょう。

「さっさと死ねる権利」は、健康な人が想像出来ないほど、重要なことです。基本的人権の一つにしても

良いのではないか、と思うほどです。


繰り返しますが、不本意ながら、死ぬときはさっさと死にたかった父は死ぬチャンスを逃し、見ていて気の毒でした。

母は、数日は、腹部の痛みや、口内炎の激烈な痛みに苦しみましたが、思いがけず早く逝ったことにより、

何ヶ月もそのような苦しみに耐えずに済みました。

おかげで、私や兄も母が元気だった頃のイメージが記憶にのこりました。

時事通信や他のマスコミ、政治家、世間で、麻生叩きをしている人は、修羅場を見たことが無い人ではないかと思います。

さっさと死ねるようにしておくことは、大変重要です。

母が死んで3週間も経過しておりません。この件で議論する気はありません。

この記事では、コメントを受け付けません。悪しからず。

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2013.01.19

「首相「訪米前に検討求める」 集団的自衛権の行使容認に向け」←絶対に容認してはいけません。

◆記事:首相「訪米前に検討求める」 集団的自衛権の行使容認に向け(共同通信 2013/01/17 21:42)

安倍晋三首相は17日、訪問先のタイで同行記者団と懇談し、集団的自衛権行使を容認する憲法解釈見直しに向け、

2月で調整している訪米前に、あらためて有識者に具体的な検討に着手するよう求める考えを表明した。

2%の物価上昇目標について、経済財政諮問会議で進捗状況を点検するなどして着実に実現を図る方針を明らかにした。

夏の参院選について「基本的に自民、公明両党で過半数を目指す方針に変わりない」と説明。

2月中の訪米、年内のロシア訪問を実現し、それぞれ首脳会談を実施することに意欲を示した。


◆コメント:橋下大阪市長の事ばかりに気を取られていると、こういうことがいつの間にか、決められてしまいますよ?

安倍晋三内閣総理大臣や、石破幹事長(軍事オタクで有名です)は以前から、改憲論者で、日本を戦争が出来る国、

露骨に言えば「専守防衛ではなくて、こちらから他国を侵略・攻撃出来る国」に従っています。


今回、集団的自衛権容認に向けて「有識者会議の検討」を求めるとのことですが、

こんなのは形式的手続きで、有識者って「集団的自衛権行使容認賛成」の「有識者」ばかりを

集め、「検討」させるのですから、最初から有識者会議の結論は分かっている。


12月に行われた総選挙の際、自民党政権公約でもはっきり

集団的自衛権容認を明確化する。と書いてあります。


「JIROの独断的日記」を書き始めて今年の4月で11年ですが、

私はずっとこの件には反対し続けています。

今まで「集団的自衛権」に何度言及したか、目次ページで検索したら、

これだけ繰り返し書いておりました。

約160回です。


◆集団的自衛権とは何か。

これに関しては、共同通信が分かり易く書いているので、引用します。

集団的自衛権

同盟国などへ武力攻撃があった場合、自国が直接攻撃を受けていなくても、その攻撃を実力で阻止する権利。国連憲章51条は、自国への侵害を排除する個別的自衛権とともに集団的自衛権を主権国の「固有の権利」と規定。日本政府は国際法上、集団的自衛権を有することは当然としながらも、憲法9条が戦争放棄、戦力不保持を明記しているため、集団的自衛権行使は「わが国を防衛するための必要最小限度の範囲を超える」と解釈、行使は許されないとの立場にある。

しかし、この説明は、不十分です。

国連憲章51条の部分です。

国連憲章と日本国憲法はじつは、よく似ていて、武力行使は原則禁止なのです。

第7章「 第7章 平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動 」第51条で 

他国の攻撃、侵略を受けたときに国連が多国籍軍か平和維持軍を送るまで、個別的自衛権か集団的自衛権を行使して良い、

と定められていますが、国連憲章の原案・ダンバートン・オークス提案では、集団的自衛権に関する今のような規定は無かったのです。

この原案では、同盟国が攻撃・侵略されたときに、自国への攻撃と見なして武力行使をするためには、

全て国連安全保障理事会の許可が必要とされていたのです。反対したのは、米国とラテンアメリカ諸国です。

これらの国々は、1943年、チャプルテペック規約という条約を締結し、米州諸国間での集団的自衛権行使を可能にしていたのです。

しかし、ダンバートン・オークス提案のままで国連憲章が成立すると、米州諸国間での行動に支障があります。

いちいち、安保理の許可を得なければならないことになるからです。 それでは面倒でたまらんというので、

最終的に国連憲章を採択した、1945年のサンフランシスコ会議において、普遍的に集団的自衛権の行使を認める51条を挿入させたのです。



日本の戦争したくて仕方が無い人達は、「集団的自衛権は、国家が必然的に有する自然権だ」などと言いますが、デタラメです。

政府の公式見解が変わっていなかったイラク戦争のときですら、アーミテージ国務副長官が

来日して、「旗幟を鮮明にしろ」と一言恫喝したら、小泉政権は、大慌てで、イラク復興支援特別措置法を

強行採決し、サマワに陸上自衛隊、クウェートに航空自衛隊を派遣しました。

自衛隊自身が武器を用いては、いませんが、戦闘中の同盟国に対する後方支援は、

武力行使の一部を担っているのですから、違憲です。

公式に集団的自衛権の行使を容認してしまったら、世界一長く、多くの人間を殺しているアメリカの

「パシリ」にされ、世界中の恨みを買うでしょう。

以前、NHKの世論調査で、憲法9条の変更に賛成、集団的自衛権の行使容認に賛成が約半数でしたが、

「集団的自衛権とはなにか、説明出来るか?」との問に「出来る」と答えたのは全体の8パーセントでした。

分からない事に賛成してはいけません。「分からないから、答えられない」というべきところです。


160回書いても、なかなか、この問題の深刻さが分かって頂けないようで、甚だ、残念です。

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2013.01.18

【世論】最善の大阪市長への反応は「完全無視」です。

◆批判しても、褒めても、橋下市長は嬉しいのです。

体罰が原因と思われる自殺者が出た高校のバスケ部を廃止にするとか、新入生を入れないとか、

大阪市長は大阪市の行政の最高責任者ですが、大阪市長=行政府ではありません。

民主主義では、基本的に国会でも地方自治体でも構造は同じで、国会は憲法第四十一条に、

国会は、国権の最高機関であり、国の唯一の立法機関である。

と書かれてます。

各地方自治体でも代議制民主主義ですから、原理は同じで有権者が選んだ議会が行政府たる

役所や市長の行動を監視する。従って重要な判断は議会に相談するべきで、弁護士資格を持つ

橋下大阪市長はそんなことは分かっているが、回りの一般市民はそう言う論理で攻撃してこられないだろう

と馬鹿にしています。


◆対象は何でもいいから、権力という刃物の切れ味を楽しんでいます。

橋下市長の発言内容の矛盾点を真面目に指摘しても、論理的な議論に応じる気はないようです。

大阪市音楽団を潰そうとしているところ、文楽の台本が古いとアホなことを言って助成金を廃止しようと

しているのを見て、私は最初は、

この人は自分よりも(経済的に)恵まれた環境で育った人に、強烈な嫉妬心を抱いているのだろう。

そういう人が職を失って、不幸になるところをみて「ざまあみろ」と感じる人品賤しい男なのだろう。

と、思ったのですが、言うことを聴いていると、自分が育った環境に近いような社会的弱者にも冷酷なんですね。

橋下徹大阪市長には、大阪市や日本の将来に関する、深い洞察や構想などは、無いと思います。

もちろん、「そんなことはどうでも良い」と口に出したら、市長に当選できなかったから、

一応、言語は羅列していますが、本心は「どうでもいい」だろうと思います。


不謹慎な言い方ですが、彼にとって、体罰とかなんとかどうでも良くて、

市長に選ばれたこと=白紙委任状を手にした=何でも自分の好きにして良い権力を入手した、

と勘違いしていて、その権力を振り回し、出来るだけ騒ぎが起きそうなことをいい、

回りが右往左往するのを楽しんでいるように見えます。


例えて言うなら、良く切れる刃物を買ったばかりの人が、刃の切れ味を試したくて色々なものを

切って見たがるのに似てます。切るものはなんでもいいのです。「刃物の切れ味」自体が快感なのです。


◆最も効果的な対処法は、「橋下市長の言動を完全に無視すること」です。

心理学で交流分析という分野があります。人間は、周囲の人間の反応(ストローク)を

求めていて、一番いいのはプラスのストローク(賞賛、尊敬)です。

しかし、マイナスのストローク(批判、反論)であっても、何も起きないよりはずっと良い。

彼の発言、大袈裟に言うと一挙手一投足に、いちいち世間が大騒ぎすること自体が

彼の自己存在感、自尊心を心地良く刺激してしまうのです。


従って、一番適切な対抗策は「完全に無視すること」です。

マスコミが、どれほど橋下大阪市長を取り上げても、絶対に反応しないことです。

彼はTwitterに自ら参加しています。

自分がTweetしたいのではないと思われます。

橋下市長は今までの経験から、「何を言ったら、メディアや大衆が騒ぐか」を

計算し、敢えて暴論・極論を主張していると推察されます。


残念ながら、こういうことは、私が出られるものなら出て訴えることが

出来ないので、Twitter、そしてこのブログで述べますが、

可能な限り「橋本発言」に大して「正論」で反駁することは控えるといいでしょう。

彼の発言はもちろん、ネット上で橋下という固有名詞が全く現れなくなったら

彼は、より一層「問題発言」をして、世の関心を惹こうとするでしょうが、

そこで、また皆さんが目を吊り上げ、口角泡を飛ばすのは逆効果です。

徹底的に存在を無視することこそ、最適な「橋下対策」であろうと思料します。

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2013.01.17

世界では色々なことが起きたり、問題が存在していることを意識するべきです。

◆Twitterを眺めていると、「橋下批判だけ」なんです。

Twitterでは色々な人がてんでんばらばらなことをTweetして、もちろん構わないのですが、

こと時事問題関係となると、もう何ヶ月も「橋下大阪市長批判」と他人の発言にRetweetばかりで、

「天下国家には、橋下市長以外に、何も語ることはないのですか?」

といいたくなります。

きっと勘違いする人がいるので、念のために申しあげますが、私自身橋下市長は殆ど絶対独裁政治に近い非常に危険な人物だと思っています。

しかし、それを、批判するなら、彼の言動の矛盾を記録して、ブログで文章として、まとめた方が良いと思います。

毎日毎日、「橋下には、他人の気持ちを想像することができないのだろう」などとかいても、当人は痛くも痒くもありません。


◆今日(2013年01月16日(水))だけで、国内外で実に色々と、論じる材料があります。

原則としてニュースの「ジャンルを問わず」時系列に書きます。

いつものように記事全文を引用すると長くなるので、適宜、要約するなど、いたします。

◆企業物価指数、12年は2年ぶりマイナス 世界経済減速で需要不足 (日経 8時50分)

日銀が16日発表した2012年の国内企業物価指数(2010年平均=100、速報値)は100.7と前年比0.8%下落した。

世界経済減速による需要不足や海外市況安が響き、2年ぶりにマイナスとなった。

企業物価指数とは、以前は「卸売物価指数」という名称でした。企業間の取引が活発になれば、需要が増すので企業物価指数は上がる筈です。


これに関連して、もう一つ今日発表された経済指標。これは内閣府が午後2時に発表した、消費動向調査。こちらは個人の経済活動を示します。
◆消費者心理、4カ月連続で悪化 判断「弱い動き」を維持(日経 2013/1/16 15:10)

内閣府が16日発表した12月の消費動向調査によると、消費者心理を示す一般世帯の消費者態度指数(季節調整値)は39.2と

前月から0.2ポイント低下した。悪化は4カ月連続。

雇用環境への不安がやや後退したものの、消費者の景気先行きへの不透明感が根強かった。

12月16日の選挙後、安倍政権が発足し、無制限に金融緩和を行うという期待感から、「株が買われている」と言う話で、

昨年末の終値は、10,800円台でした。しかし、実際には家計には景気への不安感があります。


企業物価指数や毎月される消費者物価指数から、デフレが続いていることは確かで、

安倍晋三政権は「デフレ脱却」政権だそうですが、GDPの6割を占める個人消費意欲が落ちこんで、消費税を上げるといいながら、

景気が浮揚できるのでしょうか。非常に疑問です。


企業物価指数が午前8時50分に発表されてまもなく、NHKがニュース速報で、
◆全日空B787型機から煙 乗客避難・高松空港(NHK 1月16日 9時40分)

高松空港事務所などによりますと、16日午前8時に山口県の山口宇部空港から羽田空港に向かって出発した

全日空692便のボーイング787型機から煙が出たと連絡があり、午前8時45分ごろ、高松空港に緊急着陸したということです。

高松空港は現在、滑走路を閉鎖しているということです。

ボーイング787は日航でも全日空でも他所の国でもあまりにもトラブルが多い。

コクピットの床下から煙だ出てきたそうで、その煙が客室にまで流れ、とにかく緊急着陸で

乗客は、あの「滑り台」みたいな非常用脱出出口から飛び出たそうですが、煙が出ている飛行機が緊急着陸の為に急降下するから、

「墜落しているのか」と勘違いした乗客もいた、とのことで、誠にお気の毒です。JALもANAも787は明日も飛ばさないといってますが、

監督官庁である、国交省が早く「業務停止命令」かそれでは空の便に支障を来すので、B787の飛行を禁止するべきです。


海外では、アメリカで昨年末、幼児が銃の乱射の犠牲になり、銃規制法案を通す、と言う話が出ていたら、決まる前にまた。
◆大学構内で発砲、3人死傷=米南部(時事通信 1月16日(水)13時3分配信)

米南部ケンタッキー州ハザードにある単科大学構内の駐車場で15日午後(日本時間16日午前)、発砲事件があり、少なくとも男女2人が死亡し、1人がけがをした。

という悲惨な事件が起きています。

また、シリアの内戦は収まるどころかますます激しくなっていて、無辜の民が犠牲になっています。
◆<シリア>大学で爆発 83人死亡 内戦が深刻化(毎日新聞 1月16日(水)11時18分配信)

内戦が続くシリアの北部アレッポにある大学で15日、2度の爆発があり、

在英の反体制派組織「シリア人権観測所」によると、学生ら少なくとも83人が死亡、150人がけがをした。

内戦に他国が関与しているのはマリです。
外務省海外安全ホームページ マリ:北部における戦闘及びフランス軍のマリ派遣に伴う注意喚起 2013年01月16日

内戦ではありませんが、ロンドンの都心からさほど遠くない場所にヘリコプターが墜落して大惨事が起きました。
◆ロンドン中心部でヘリ墜落 2人死亡(NHK 1月16日 18時8分)

イギリスの首都、ロンドンの中心部で、ヘリコプターが墜落、炎上して2人が死亡し、警察では、高層ビルに設置されたクレーンに衝突したものとみて調べています。

これは、 Vauxhall(ヴォクソール)という所でヘリが墜ちた道、Wandsworth Road(ワンズウォース・ロード)は私がロンドン駐在時に

週末に自宅からクルマでロイヤル・フェスティバル・ホールという、フィルハーモニアなどロンドンのオケを始め、

ベルリン・フィル、ウィーン・フィルが来英したときも(N響も来ました)演奏するホールですが、その途中、何度となく通った道です。

BBCの映像を見たら、大惨事でしたが、BBCニュース全体のトップは何と、高松空港に緊急着陸したANA機のこと。2番目がマリに於ける戦闘でした。

それだけでも慌てていたら、今度は北アフリカのアルジェリアで事件が起きました。
◆アルジェリア 邦人3人などが拘束(NHK 1月16日 22時16分)

北アフリカのアルジェリアで、天然ガスの関連施設がイスラム武装勢力に襲撃され、

横浜市に本社があるプラント建設大手「日揮」の日本人社員少なくとも3人をはじめ、アイルランド人など外国人が複数拘束されました。

国民の生命を確保するのは、政府の最優先事項ですが、安倍首相はアジア歴訪中で今はベトナムのハワイにいます。

首相官邸には対策室が設置されましたが、自民党は「野党」時代に、地震の後の民主党の危機管理「無」能力を散々批判していました。

日揮の社員のみならず、アイルランド人も何とか救出すべく交渉して欲しいものです。


前後しますが、中国では大気汚染がものすごく、世界最大の日本人学校がある(つまりそれだけ長期滞在者が多い)上海では、
◆日本人学校、大気汚染で屋外中止 上海、最大級の生徒数(共同通信 2013/01/16 13:17)

中国上海市にある二つの日本人学校は16日、大気汚染がひどいため、屋外活動を中止した。

両校の在籍者数は昨年春時点で計3千人を超え、日本人学校では世界最大級。

中国では各地で深刻な大気汚染が問題化しており、日本人の生活にも影響が及んだ形だ。

14日には、北京の在中国日本国大使館が、北京市等の大気汚染についてという通達を出していたのですが、

この様子では、中国の大都市は至る所でものすごい大気汚染が拡がっているのだろう、と想像します。


◆結論:日本は、あまりにも世界を見ない、と思うのです。

それは、メディアも我々も同じです。シリアやマリで一般市民が爆撃やテロや銃撃で死んでも知ったことではなく、

目の前の最も分かり易い、橋下大阪市長にしか目が向かないというのは、彼に関しては、最初に述べたとおり

私も問題がある、いや、問題だらけだと思うのですが、日本人はあまりにも視野狭窄的です。

私は外国語は英語だけ辛うじてなんとか読めるから、英語メディアを見ると、英米のかなりのマス・メディアはそれぞれの国内のみならず、

それと同じ程度の関心と労力を世界の情報収集に費やしています。本来、世界有数の大国である日本も、そうあるべきでしょう。

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2013.01.15

【英語】“I have a dream”「私には夢がある」キング牧師(1929~1968)の誕生日です。

◆全身全霊を込めた演説は、人の心を動かします。

キング牧師(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア Martin Luther King, Jr.)に関しては、Wikipedia

お読み下さい。

アメリカは1779年の独立宣言に、

全ての人間は平等に造られている

という文言があるにも関わらずその後も黒人の奴隷制度を、約100年も続けました。


そこでまず、「これはおかしい」と主張したのが、第16代アメリカ合衆国大統領、エイブラハム・リンカーンです。

この人は立派な人だと思います。自分は白人だし、アメリカの南部では、依然として黒人を奴隷としか考えない風土があったにも関わらず、

1862年9月、奴隷解放宣言を制定しました。

こういうことをしたら自らの生命が危険に晒されることを承知で(事実、3年後、1865年、観劇中に暗殺されます)、「黒人も白人も同じ人間である」と

頑として譲らなかった人です。我々の想像以上に、ものすごく正義漢と勇気に満ちあふれた行動です。


しかし、リンカーンの尽力にも関わらず、その後も黒人差別は続いた。

奴隷解放宣言から、さらに約100年後、1963年8月23日、職と自由を求めた「ワシントン大行進」の一環として25万人近い人々がワシントンDCに集結しました。

デモ参加者たちは、ワシントン記念塔からリンカーン記念堂まで行進した。そこですべての社会階層の人々が、

公民権と、皮膚の色や出身などに関係なくあらゆる市民を対象とした平等な保護を求めました。

この集会での最後の演説が、キング牧師の、“I have a dream”「私には夢がある」という演説です。

日本の政治家が、秘書に書かせた原稿を読むのとは違い、キング牧師自身の心の底からの悲しみと訴えが

国籍や人種に関係無く、人の心を打ちます。本当の歴史的な名演説だと思います。


◆キング牧師のみならず、アメリカに於ける歴史的な名演説集(音声とスクリプト)を読めるサイトがあります。

アメリカの演説のみならず、世界中の名演説を集めたサイトもありますが、

まずは英語に絞り混みます。一番有名なのは、多分、

American Rhetoric: Top 100 Speeches of the 20th Century by Rank

でしょう。

ご覧になるとわかりますが、TOP100の1番目が、Martin Luther King, Jr. "I Have A Dream"です。

リンクを開くと音声とスクリプト(原稿全文)が載っています。

これ以外にも、Googleで"I Have A Dream"を検索するといくらでも見つかると思います。

こういう演説を、音声を聞きながら、500回音読すると(信じられないでしょうが、それだけで)

非常に貴方の英語の語学力は向上している筈です。


辞書を引いても意味が分からないときには、「私には夢がある 全訳」で検索すればみつかりますが、

在日米国大使館の、「私には夢がある」(1963年)を見るといいでしょう。

とにかく、自分で音読することです。一番何も身に付かないのは、英語のスクリプトと邦訳を読みながら、

音声を聞き流すことです。聴くだけでは、絶対に話せるようには、なりません。


一番有名なところ("I have a dream"が繰り返される部分)の音声、スクリプト、邦訳を載せます。


音声です。"I Have A Dream"より。






今の部分の、スクリプトです。
I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed: "We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal."

I have a dream that one day on the red hills of Georgia, the sons of former slaves and the sons of former slave owners will be able to sit down together at the table of brotherhood.

I have a dream that one day even the state of Mississippi, a state sweltering with the heat of injustice, sweltering with the heat of oppression, will be transformed into an oasis of freedom and justice.

I have a dream that my four little children will one day live in a nation where they will not be judged by the color of their skin but by the content of their character.

I have a dream today!

I have a dream that one day, down in Alabama, with its vicious racists, with its governor having his lips dripping with the words of "interposition" and "nullification" -- one day right there in Alabama little black boys and black girls will be able to join hands with little white boys and white girls as sisters and brothers.

I have a dream today!

I have a dream that one day every valley shall be exalted, and every hill and mountain shall be made low, the rough places will be made plain, and the crooked places will be made straight; "and the glory of the Lord shall be revealed and all flesh shall see it together."

最後に在日アメリカ大使館のサイトに載っている邦訳から抜萃引用します。

私には夢がある、つまりいつの日か、この国が立ち上がり、「我々はすべての人々は平等に作られている事を、自明の真理と信じる」というこの国の信条を真の意味で実現させることだ。

私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である。

私には夢がある。それは、いつの日か、不正と抑圧の炎熱で焼けつかんばかりのミシシッピ州でさえ、自由と正義のオアシスに変身するという夢である。

私には夢がある。それは、いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢である。

今日、私には夢がある。

私には夢がある。それは、邪悪な人種差別主義者たちのいる、州権優位や連邦法実施拒否を主張する州知事のいるアラバマ州でさえも、いつの日か、そのアラバマでさえ、黒人の少年少女が白人の少年少女と兄弟姉妹として手をつなげるようになるという夢である。

今日、私には夢がある。

私には夢がある。それは、いつの日か、あらゆる谷が高められ、あらゆる丘と山は低められ、でこぼこした所は平らにならされ、曲がった道がまっすぐにされ、そして神の栄光が啓示され、生きとし生けるものがその栄光を共に見ることになるという夢である。

大きなお世話かつ僭越ですが、英語の上達には、こういうのを幾つも、何百回も反復音頭するのが最も効果的であると信じます。

我々は、日常生活において、このような「演説」を行うことはありませんが、それは関係ないのです。

実行してみると、わかります。

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2013.01.14

【書評】「人生案内: ピンチをのりきる変化球 野村総一郎 (著) 」←続編です。絶対的名著です。

◆読売新聞「人生案内」の回答者の1人、精神科医、野村先生の回答を本にしたものです。

読売新聞に「人生案内」という、人生相談のコーナーがあり、以前は、YOMIURI ON-LINEの1コーナーとして無料で読めたのですが、

今は有料購読しないと読めなくなってしまったのが残念です。

今回お薦めするのは、

人生案内: ピンチをのりきる変化球 野村総一郎 (著)

です。


本記事のタイトルに「続編です」と書きましたが、正編は、
人生案内もつれた心ほぐします(野村 総一郎 著)

です。前回も書評を弊日記・ブログに書きました。
2011.03.10 【書評】人生案内「もつれた心ほぐします」(野村総一郎)

今回の書評も前回と同じことになりそうですが、野村先生の回答が素晴らしいのは絶対に相談者を「突き放さない」ということです。


◆「親身になって人の悩みを聞く」とはこういうことです。全ての人の為になります。

野村先生は、人生相談で、他の回答者にしばしば見かける、半ば投げやりな回答を絶対にしません。

つまり、「まあ、あんたが悪いのだから仕方が無い」とか「我慢しなさい」とか、本来人生相談で、

「それを言ったら、おしまいだろう」というような事を書く人が結構多い。いや、そういう「回答者」の方が多いでしょう。


野村先生の回答を読んでいて、つくづく頭が下がるのは、世の中の大抵の人ならば「そんなこと・・・」と言ってしまいそうな相談にも

本当に誠心誠意、相談者の「気持ちになって」考えておられることです。


例えば、詳しくは本書を読んで頂きたいのですが、

「親身になる」ことの真剣さが分かり易い例として、

好きなマンガキャラの死 悲しい 感情移入する自分は変か(10代女性)(JIRO注:96ページ)

こういうの、普通「相談」として扱われないのではないかと思いますが、野村先生は相談にのるのです。

この10代女性が愛読していたマンガは、NARUTO―ナルト― 63 (ジャンプコミックス)で、12年12月末現在で全63巻。

この相談が寄せられた時点で全何巻だったか、忘れましたが、忍者もののマンガです。


野村先生の回答はなんと、
このご相談を受けて、私も「NARUTO」を全巻読み通してみましたが、やはりかなりハマりましたね。

で始まるのです。当時はWEBで無料で読めたので、これを読んだ次の外来の時に先生に(前著の書評にも書きましたが野村先生は私の主治医です)、

「先生。あのマンガを本当に全部お読みになったのですか?」と伺ったら、「ええ、読みましたよ。ネットカフェってあるでしょ?」と

おっしゃるので、驚嘆しました。別に普段はマンガをお読みになることはないそうですが、この10代女性の「悩み」に回答するために、

読んだのです。忙しいのですよ?外来は多いし、学会も有るし、大学病院の雑務もあるし。

そして回答を読むと、「こう解釈してはどうでしょう?」と、確かにマンガのストーリーを知らないと書けない内容になってます。

もうひとつ。やはり若い女性ですが、この相談も驚きますが、
「過去に戻りたい15歳--時間を戻す方法があったら知りたい」(152ページ)

相談内容を要約すると、「何をやっても無気力で面白くない。過去にもどってやり直したい」という趣旨で、

世の中の大人が15歳の女の子から「やりたいことが見つからないから過去に戻りたい」と相談されたら、

99.9・・・・パーセントは、「子供が何を言ってるの。これから見つければいいでしょ?」となるだろうと想像します。

ところが野村先生は「絶対に突き放さない」方です。回答の一部です。
私の頭に浮かんだのは、「『現在』は一瞬にして『過去』になる。過去と現在の区別はそれほど大きくない」という考えです。

こう考えると、過去に戻ってやり直したいというあなたの姿勢はある意味前向きであって、現在を積極的に生きたいということと

大して違わないとも思えます。

あなたはやりたいことがなく無気力と言いますが、それは何かをやらねばという真摯な姿勢の裏返し。

過去に戻ることを考えるよりも、自分の中にある前向きの意欲に気づくことが大事だと思いました。

真摯なのは先生の回答であります。他に誰がこのような回答を書けるだろうと感動します。

これはほんの一例で、本当に真剣な誰にも起きそうな悩み。東日本大震災被災者からの相談、等々

枚挙にいとまがありません。世の中の人々の悩みの範囲の広さとその全て対する

野村先生の回答は全ての人の「為になる」と思います。ご一読を薦めます。

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2013.01.12

【音楽・映像】懐かしいN響の映像。ホルスト・シュタイン、スウィトナー、サヴァリッシュ、マタチッチ、他

◆今日が何か特別の日ではないのですが。

私は音楽記事を載せるときは、以前は作曲家や演奏家の誕生日だとか、命日だとか、

何か音楽史上の出来事と結びつけることが多かったのですが、それはそうしないと、

元来、政治や経済を論じるよりも、音楽とかオーケストラにかんしてマニアックなことを書いたり話したり

する方が100倍ぐらい好きなので、時事問題そっちのけになってしまう恐れがあるからです。

近年、天下国家を論じてもあまりにも空しい。といって止める気はありませんが、


今日は、YouTubeを検索していたら、私と同じ世代か、目上の方で「N響アワー」の前身時代から、

「テレビのN響」で数々の音楽に接してきた方々には、非常になつかしく、また、若い世代の方には、

何しろ、生まれる前の映像でしょうから、却って珍しいだろう、と、そういうのを選びました。


◆名誉指揮者を中心に(全員じゃないですけど)。終わりはなんとブルックナー8番全曲です。

順不同です。

名誉指揮者の1人、ホルストシュタインさん。「バイオリニストは肩が凝る―鶴我裕子のN響日記」は、ホルスト・シュタインさんを絶賛してます。

見た目の棒の振り方がキレイとかそういうことではなくて、プロのプレーヤーから見て、

実に「いい棒」(この場合、「棒」とは指揮棒そのものではなく「指揮」自体を意味します)だそうです。

日本人はこの当時、あまり分かっていなかったけど、ホルスト・シュタイン先生はバイロイトで「指輪」全曲など

既にとっくに振った、大指揮者なのです。お馴染み、シベリウス、フィンランディア。


シベリウス:交響詩「フィンランディア」ホルストシュタイン指揮、NHK交響楽団






「泰西名曲」ですけど、指揮者の熱い思いが、オーケストラに伝わり名演になっていることがはっきりとわかります。

それにしても、N響の面々の懐かしい顔ぶれ・・・。


次は同じ、名誉指揮者でオトマール・スウィトナー先生です。この方はまだ、ドイツが東西に分裂していた頃、

ベルリンの壁を通過するためには、一般人なら、何時間もクルマの中を検査されたり、書類を書かされたりして

大変な時代だったのですが、旧東ドイツ、ドレスデン国立歌劇場の音楽監督であったスウィトナー氏は東独政府から

フリーパスを与えられていて、昼食のとき「東ベルリンのコーヒーは不味いから」といって、その「パス」見せてコーヒーを飲むためだけに

壁を通り抜けて、西でコーヒーを飲み、午後のリハーサル時間になると戻ってこられたそうで、

東独がスウィトナー氏を「国賓待遇」というか、如何に特別に優遇していたか、分かります。

スウィトナー氏で、ブラームス。


ブラームス:交響曲第3番 第三楽章 オトマール・スウィトナー指揮、NHK交響楽団






スウィトナー氏が「本当の」音楽家だったことは、亡くなった時に日記・ブログに書きました。

2010.01.15 【追悼】オトマール・スウィトナー氏(指揮者)(その1)

2010.01.17 【追悼】オトマール・スウィトナー氏(指揮者)(その2)(注:ハンガリー舞曲集から、いくつか聞くことが出来ます)

次は私が小学校4年か5年のころから、40年以上「サヴァリッシュ先生」と勝手に「師」を仰いで尊敬している、

ヴォルフガング・サヴァリッシュ先生です。


ベートーヴェン:交響曲 第7番 第四楽章 ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮、NHK交響楽団






この時、1年だけN響のティンパニ奏者が留学したんで、元・シュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)の元ティンパニ奏者で

今のN響の人達も「ティンパニ奏者の神様みたいな人」と尊敬している。ペーター・ゾンダーマン先生がティンパニを担当しています。

ティンパニがオーケストラの響きの厚さを変えています。


次は、いつもにこやかでした。ハインツ・ワルベルク氏。この方も何度も振ってくださいました。


ベートーヴェン:「エグモント」序曲 ハインツ・ワルベルク指揮、NHK交響楽団





私は、「エグモント」序曲が大好きでして、何百回聴いても、血湧き肉躍ります。


次は指揮者はあんまりしらないのですが、曲が珍しい。コントラバス奏者は学生時代の試験とか、

オーケストラのオーディションで弾かされるから、もちろんよく御存知でしょうが、一般の方は殆ど御存知ない。

この曲が生で演奏されること自体殆どありませんが、これを弾いているソリストが、元、ウィーン・フィルの首席コントバス奏者、

ルートヴィッヒ・シュトライヒャーである、というところがすごいです。世界でこれしか映像がないのではないか、と思います。


ディッタースドルフ:コントラバス協奏曲 第三楽章






この先生は、ご覧のとおり大柄で、背丈がコントラバスと同じぐらいありますね。「オーケストラがやってきた」という番組では、

平気な顔で「熊ん蜂の飛行」を弾いていたのを思い出します。


最後です、ロヴロ・フォン・マタチッチ先生で、当時のN響のメンバーはものすごく尊敬していたそうです。

これは、まだ、元気ですが、最後の来日の時は、ブラームス交響曲第一番を指揮しました。マタチッチ先生は

殆ど手首から先ぐらいでしか、「指揮」できないのですが、動作の如何に関わらず、N響が「マタチッチ先生の表現したいこと」を

汲み取ってすごい熱演だったのを覚えています。


私がブルックナーの交響曲を載せるのは初めてだと思いますが、大作交響曲台8番全曲の映像がありました。


ブルックナー:交響曲 薹8番 ハ短調 マタチッチ指揮、NHK交響楽団


(注:「特定のサイトでの再生が制限されています」というメッセージが表示されたら、そこをクリックして下さい。別ウィンドウで開きます。)




ブルックナーの8番は1時間20分を超えますから、無理しないで下さい。


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葬式の後に疲れが来るって、本当ですね。

◆自分は大丈夫かと思っていたのですが。

何度も書いてもうしわけないのですが、やはり、精神的なストレスなんでしょうね。

母が死んで一週間は、割と平気だと思っていたのですが(精神的には、今も平気なんですが)、

疲れがでますね。やはり。ガンが発見されてから葬式まで1ヶ月未満だったんですから、

何ヶ月も寝込む患者を見舞ったり看病したりした方に比べたら、負担は軽いはずなのですが、

火曜日に告別式を終えて、それからあまり、動けなくなりました。


いや、雑用の為に出かけたりするのですが、なんというか疲れやすいです。

元来、遷延性うつ病なので、そちらも本当は気を付けないといけないですね。

今は大丈夫ですが、下手をすると本格的なうつ病(「大うつ病」="Major depression")をぶり返すおそれが

あります。なるべく寝るようにしています。

すいません。また、ちょっと天下国家を論じる気分になりません。悪しからず。

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2013.01.11

【私事】母の葬儀が1月8日(火)、終わりました。(続)

◆もう少しだけ書かせて下さい。

これを書いているのは1月11日(金)の午前1時です。

母が死んだのは3日(木)の午前7時ちょうどですので、なんともう一週間です。

昨日の日記に書きましたが、ドクターから最初にムンテラがあったのが、

12月12日でして、1ヶ月後には骨になっちゃった、という急展開なので、意識が追いついて行かないのですね。


しばしば、「死の直後は気が張り詰めているからなんとかなるが、時間が経つと気が抜けてガックリくるから気を付けろ」といいますが、

特に気を張り詰めるも何もないまま、事態が進行したので「???」状態です。

覚えている間に記録しておきたいので、もう少しだけ、お付き合い下さい。


◆最期まで診てくださった、ドクターやナースの皆さんには感謝しています。

結局、最後のドクターの所見は「極度の脱水と栄養失調の状態だった」ということなのですが、

急激にその状態に至ったメカニズムは、よく分からないとのことで、病理解剖しませんでしたけど、

したところで解明出来たかどうか、わかりません。


素人のにわか勉強ですから、断片的なことしか書けませんが、

腎機能が低下すると、体内の水分を血液として取り込めないと。

しかし、急激に腎機能が低下したのか?よく分からないらしいのですね。

とにかく、腎機能が低下してたのは、血中のアルブミンという、タンパク質の一種(血液の浸透圧調整や体外物質の保持・運搬機能を担う)の値が、

死亡直前に、約3g/dl (正常値は 3.8~5.3)だったことからも明らかです。栄養失調ってのは、このアルブミン値が低いってことですね。

それがどうして起きたのかわかりませんが、要するに最期は血管の中に満ちているべき血液の量が極端に少なくなり、心停止の原因になった、

ということのようです。


専門家がお読みになったら、不正確あるいは誤りだらけの記述かもしれませんが、ご勘弁下さい。

もう永久に分からないでしょうが、仕方がありません。


ただし、患者や家族にとって肝腎なのは「納得できるか」ということです。

それは、死因のメカニズムが医学・生理学的観点から合理的に説明できるか?ではなくて、

医療スタッフが、きちんと診て下さったか、或いは看護してくださったか?ということです。

これが乱暴に扱われた、という印象だと、遺族が「納得出来ない」と感ずるわけですが、

今回、そういうことはありません。


抗ガン剤の投与をしたことで副作用は、少なくとも口内炎はありましたが胃腸の痛みは副作用か、

たまたま、そのタイミングで腸炎が発生した為か、どちらとも言えません。


しかし、TS-1という経口抗ガン剤を投与しても、殆ど副作用が出ないという患者さんのブログがありますので、

これは、いかなるドクターでも「投与してみないとどうなるかわからない」ということだと思うので、

母が苦しんだ時期が多少有りましたけど、それを主治医の責任とは言えないと私個人は、考えています。

ドクター、ナースはとても熱心に診てくださり、看護して下さいました。感謝しています。

その意味では、「納得の行く死」だったのです。


◆ひとこと言いたいのは、普段、母を診ていた近所の開業医(中年の女医)です。

母が最期を迎えた個人総合病院に、入院したのは、その病院と「提携」している開業医がいて、

そこは、母が住んでいた所から徒歩2分です。母は本態性高血圧ですから、

定期的に通院していましたが、そこの年配の女医さんは、ひどく機嫌屋でヒステリックだと、

元気な頃から良く「文句を言っ」ておりました。


入院後、母から直接聞いたので良く覚えていますが、昨年の秋以降、食べた後に胃に違和感があったり、

吐き気がすることがあったり、下痢をしたり、以前にはない異変があったことを何度か訴えたそうですが

「機嫌屋の年配の女医」先生は「食べ過ぎたんじゃないの?」などと言うばかりで、一度も触診すらしなかった

とのことでした。


これは、ちょっと問題では無いかと思います。面倒臭いし、その「不作為」が母の死期を早めたか否か、

因果関係を証明することはほぼ不可能ですから、医療訴訟なんか起こしませんが、

「納得がいかない」ことです。

これが、もし、普段から丁寧なドクターで、きちんと診たけど、見逃したというならば「納得出来」ます。

はっきり言って普段の診察に於ける問診の様子なんかを母からきいてもその「機嫌屋の年配の女医先生」は

仮に触診しても、胃の幽門部の異変に気付いたかどうかわかりません。それにしても、触診しなくても、臨時に提携病院に

連絡して内視鏡で診たら、あくまでも仮定上の話ですが、ごく初期で、根をはっていない状態のガンを発見出来たかもしれません。

それぐらいのガンが見つかるのは非常に運が良いのですけど、それなら、内視鏡で切り取れます。

そしたら、肝転移せずにもう少し、苦しまずに生きられたかもしれない。

「仮定」の連続ですが、遺族にそのように思わせてしまうこと自体が問題です。

俗にいう「ヤブ」とは医師としての技量の問題の場合もありますが、それよりも、「意識」の問題です。

それは、記録しておきたいです。


また、これは、議論が分かれるところですが、母は、抗ガン剤による化学療法を受けても、余命半年だろう

ということでした。それなら、抗ガン剤を含めた治療は全くしない、という選択肢があります。

ひじょうにはっきり書くと、母の場合「ガンが発見されてしまった事」が却って不運だったかもしれません。

厳密には、断定できませんが。

発見されなかったら、本格的に悪化して余命一週間ぐらいで漸く入院で、それまでは好きな事をしていられたかも知れない。

発見されて、治療を受けてから、それが、母の苦痛の原因の全てではなかったとしても、副作用と腹部痛にはかなり苦しみました。

(放っておいたらどうなったか、比較できないので、何とも言えないですが)、ガンは治療するなと主張するドクターが

以前からおられますが、今回、意味がわかりました。しかし、これは私の個人的主観的感情的、記述であります。

患者さんのなかには、母と同じような状態から抗ガン剤の主作用が著効を示し、治る方もいるでしょう。

ガン治療をどう考えるか、は難しい課題です。

少なくとも、どのような選択をするか、非常に悩む、ということがよく分かりました。

長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

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2013.01.09

【私事】母の葬儀が1月8日(火)、終わりました。

◆多くの方にお気遣い頂きました。御礼申しあげます。

こと1ヶ月弱、何度も母の病気のことを、この日記・ブログに綴りました。

お陰さまで、なんとか昨日、1月8日(火)告別式と初七日法要を済ませました。

このあとは、四十九日の法要まで、特に何もございません。

母が入院したことや、病気そのものに関して、また逝去に際し、

多くの方から、お見舞い、お励まし、お悔やみをお言葉を頂戴いたしました。


心より御礼を申しあげます。


◆経過。

手許の記録を見ますと、この1ヶ月の状況の変化があまりにも急激だったことに改めて驚きます。

同じ病気でも全く同じ経過を辿るということは、ないでしょうが、自分の記録とみなさまのご参考になれば幸いなので、

時系列的で、事態の推移を書きます。

◆背景

母は本態性高血圧で、また血栓が形成されるのを予防するために、血液をさらさらにする為のワーファリンという薬を

服用しておりました。普段は自宅マンションから徒歩2分に位置する開業医の診察を受け、

月に一回、心電図や採血(これは毎月であったかどうか、確認しておりません)の為、この開業医が提携している、

杉並区内の某総合個人病院に通院しておりました。

◆容態の推移。

自分の為の記録も兼ねておりますので、無理にお読みになりませんように。


  • 日付確認出来ず。採血で、肝機能に異常が認められる。

  • 12月5日(水)。超音波検査により、肝臓に何らかの異変があることがわかる。

  • 12月7日(金)。検査入院との名目で、その個人総合病院に入院。

  • 詳細な日時、不明ながら、胃カメラで胃の幽門部に腫瘍がみつかり、生検したところガンであることが分かる。

  • さらに腹部CTスキャンで、肝臓に複数の小さな転移病巣が発見される。オペは不能である、とドクターが判断する。


  • 12月11日(火)。病院から「検査結果が芳しくない。ご家族にあした説明したい」と告げられる(注:この時、私は「ガンだろう」と覚悟しました)。

  • 12月12日(水)。午後、内科部長及び担当医からムンテラ(病状及び、治療方針の説明)。「胃の幽門部(腸に近い側。出口の部分)にガンがあり、既に肝臓に転移している。手術は不可能。TS-1という経口抗ガン剤を8日間投与し、その後シスプラチンという液体の抗ガン剤を投与する」概ねそういうこと。理屈が通っていると思われたので、任せることにする。

  • 12月13日(木)。経口抗ガン剤、TS-1の服用開始。しばらくは何も副作用なく、病室も4人部屋。見舞うとまだ、元気で饒舌。

  • 12月14日(金)から20日(木)。ほぼ毎日、勤め帰りに病院に寄るが、特に変化なし、苦痛、不具合の類なし。

  • 12月21日(金)。当初計画では、この日から抗ガン剤「シスプラチン」の点滴を始める筈だったが、取りやめとなる。兄から、「母、27日に退院」と連絡がある。年末年始にかけ、一族郎党が母のマンションに交替で泊まる、というのが兄の構想。ところがこの日から、突如副作用か、腸炎か不明であるが、母が下痢を催し、胃から腸にかけての痛みを訴え始める。

  • 12月25日(火)。3日間、かなりの腹部痛を訴え続けたらしい。痛いという言葉が弱々しく痛みに身体を震えさせているが、自分にはどうしてやることも出来ない。同時に下痢により裂肛したか内痔核でも出来たか、直腸に炎症、潰瘍でもできたか肛門痛が母を襲う。

  • 12月26日(水)。二度目のムンテラ。痛みは強いものの、ガンが急速に進行しているわけではないから、現在の状態が安定して、今後どうするかという相談。全身状態等を考えると、まだ「ホスピスでターミナルケア」という状態では(母は『最期』はそれを希望していた)ない」がドクターの見解。我々家族も同じように考えていた。

  • 12月28日(金)。腹部痛は収まったがまだ、下痢は続き肛門痛があり、それよりも、口内炎がひどいという、ドクターは通常のステロイド軟膏では効かないので局部麻酔薬キシロカインを用いるというが、どうもよくない。この日がまともに母がしっかりとした意識で話した最後だった。「抗ガン剤の主作用が全く認められず、副作用が予想以上に強く、甚だ苦痛である」とか「口内炎の痛みを主治医に訴えたが、『望みを捨てずに』という類のことを言われたので、『先生、こんなひどい口内炎になったこと、内でしょ?』といってやった」などと、ゆっくりと話す。

  • 12月29日(土)。見舞いには行かず。あとで分かったが、この日から下血が多くなる。ワーファリンを飲んでいたから(既に服用を中止していたが、血中に薬は残っている)、凝血し難いらしい。ドクターはワーファリンの作用を打ち消す別の薬を用いたが、下血は元旦まで続く。

  • 12月30日(日)。意識レベルが一段と落ちる。弱々しく「水が飲みたい」という。飲ませたあと、吸い飲みをベッド脇の台におくが、見えないという。ナースにその状態を伝える。

  • 1月1日(火)。一昨日まで、辛うじて話せたのが最後。筆談となるが、文字が読めないほど意識レベルが低下。ナースが導尿管を挿入、固定。見舞って帰宅後、ドクターから私に連絡があり「下血が続き、それは止めたが脱水気味で、意識レベルが低い。正月休み中、心肺停止などの急変が起きた場合、蘇生措置をしてもよいか、家族の意思を固めてほしい」といわれ、至急兄と相談し「そうしてくれ」と伝える。嫌な予感。

  • 1月2日(水)意識はあるが、筆談も不可能、コミュニケーションが取れない。ナースによると点滴を入れ続けているが、24時間で尿量が20cc。明らかに腎機能低下。「ちょっと悪い状態ですね」と言われる。夜、病院に行った兄から、一層腎機能低下し、透析可能か検討中という。内心、覚悟を決める。

  • 1月3日(木)午前6時。「危篤」の連絡を受け、妻子と共に、自分のクルマで病院に急行。到着したときには、ドクターが心臓マッサージ中だった。私が着いたすぐあとに兄一家が病院に到着。間もなくドクター「心停止、瞳孔散大、呼吸停止」のため、蘇生措置を止めた7時ちょうどを死亡時刻と致しますと臨終を告げられる。

そして、今週月曜日、通夜。昨日告別式が終わった、という次第です。

つまり、エコーで肝臓に転移が発見され、入院していただきます、とドクターに言われてから、1ヶ月経たない間に、母は骨になってしまいました。

しかも最後の数日は、あれよあれよというまに容態が悪くなり、なんだか呆気にとられている間に死んでしまったという気がします。

まだ書きたいことがありますが、長くなるので、明日にします。

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「<大阪・高2自殺>「最悪の大失態」橋下市長」←大阪市立の高校で起きた事件ですから、究極の責任は市長にあります。

◆記事:<大阪・高2自殺>「最悪の大失態」橋下市長(毎日新聞 1月8日(火)21時4分配信)

大阪市立桜宮高校2年の男子生徒(17)が、主将を務めるバスケットボール部の顧問の男性教諭(47)から体罰を受けた翌日に自殺した問題で、

橋下徹大阪市長は8日、記者団に対し、「きちんとした対応が取られなかった。教育現場の最悪の大失態だ」と高校側の対応を批判した。

「教育委員会に任せておけない。僕が責任をもって引っ張っていく」と話し、事実関係の解明について積極的に関与する意向を表明した。

橋下市長は、自殺をまねいた背景として「子どものSOSをきっちり受け止めるチャンネルが整備されていない」と指摘。

一方で、「僕が(子どもに)手を上げることもある。親がそうだから学校現場でも(体罰は)ある。

そうなったときに事後フォローをどうしないといけないのかだ」と話し、体罰が存在するとの前提をもとに、

体罰が起きた後の生徒への対処方法が重要との認識を示した。

また、いじめや体罰などの問題が起きた際に、市長が教育委員会に

指揮命令を出せるような条例案を検討するよう指示したことも明らかにした。


◆橋下市長が体罰を容認したか否か、は、問題の本質ではありません。

Twitterを読んでいると、多くのかたが、

橋下(市長)は体罰を容認(JIRO注:「奨励」と書く人もいます)しておいて、今更なんだ!

という趣旨のことをおっしゃっていますが、「橋下市長が体罰を容認(奨励?)していたか、否か」は、問題の本質ではありません。


この事件において、男性教諭の「体罰」と高校二年生の男子生徒の自殺に、因果関係があるかどうか、厳密には完全には

まだ、断定できないと思いますが(注:客観性を維持するために、敢えてこのような書き方をしています)、

仮定上の問題として、どう考えても体罰が自殺の原因(引き金)になっていたとしても、

橋下市長がそれを「現場の責任」にしようとしていることが問題です。


大阪市長は、大阪市行政(教育行政も、もちろん含まれます)の最高責任者ですから、

橋下市長が、(再び、「仮に」)体罰反対論者だったとしても、大阪市立の高校で起きた事件です。

大阪市の管轄下にある施設で起きた事件なのですから、市長の思想がどうであれ、

究極の責任は、市長にある。

極めて単純な理屈です。


◆人が死んだのですから、まずは弔意を表するのが常識です。

冒頭の毎日新聞の記事を読む限りでは、橋下市長は、事件が起きた責任は自分ではなくて

現場や教育委員会にある、と「憤りを隠せない」ような態度ですが、誤解を恐れずに書くならば、とても「嬉しそう」です。

本来は、常識として、「誰の責任か」と騒ぐ前に、まず、

自殺した生徒や遺族に対してお悔やみ申しあげる、

という意味の発言をするべきです。

毎日新聞の記事には、そのような橋下市長の発言は書かれていません。

橋下という人は、理由、きっかけは何でも良いから、他人を糾弾する理由が

出来ると、俄然張り切るようです。しかしこれは他人を糾弾する前に自らが最高責任者として謝罪するべきです。

まとめます。
1.弔事が全てに優先する。まず、なによりも先に、亡くなられた生徒さんとご遺族にお悔やみを申しあげるべきである。

2.橋下市長は事件の責任を、教育の現場にいる教師や大阪市教育委員会に押しつけようとしていますが、彼らは市長の「部下」だから最終責任は市長にある。

ということになります。責任者というのはどのような組織でもそう言うことでしょう。結果に対して全て責任を負う。

そのような基本的原則を無視して、徒に言辞を弄し、あたかも自分は、関係無い、とでも言いたげな、

橋下徹大阪市長の見識を疑います。

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2013.01.08

「PC遠隔操作「犯人」3度目メール メモリーカード回収」←マスコミが犯人を「応援し」ているも同然。

◆記事:PC遠隔操作「犯人」3度目メール メモリーカード回収(朝日新聞)(2013年1月5日18時35分)

パソコン遠隔操作事件の犯人を名乗る人物から5日未明、朝日新聞記者を含む20以上の報道機関や個人に

「新春パズル~延長戦~」と題するメールが届いた。

パズルを解くと、事件に関するデータ入りのメモリーカードを江の島(神奈川)にいる猫の首輪に取り付けた、

という記述が読み取れた。警視庁などの合同捜査本部が5日、猫を見つけてメモリーカードを回収しデータを解析している。

事件後、犯人を名乗る人物から朝日新聞記者などにメールが届いたのは3度目。


◆コメント:マス・メディアは、報道すればするほど「真犯人」が喜ぶことぐらい分かっているはずですよね。

この遠隔操作ウイルスをバラ撒いた「真犯人」は大雑把に言うと、昔からいる。「構ってちゃん」です。

昔は、全国に「銭湯」があり、銭湯には煙突が必ずあり、ときどきこの煙突によじ登って、

俺は、飛び降りて死んでやる!

などと叫ぶのです。すると野次馬が集まり、お巡りさんがやってきて、
早まるんじゃない!親が悲しむぞ!

などと、「まっとうな」反応を示すのですが、これこそ、この「煙突男」の思うツボ。

誰にも構って貰えない奴が、こうやって世間の目を引きたいが為にやっているのです。

お巡りさんは、立場上何もしない訳にはいかなかったのはわかりますが、本当はこういう輩は完全に無視すれば

どうしようもなくなり、
すいません、降ろしてください。

というでしょう。これが「煙突男」です。


「遠隔操作ウイルス真犯人も」基本的に、動機は同じです。そんなことが分からないほど

全ての新聞やテレビが馬鹿だとしたら、もう絶望的ですが、分かった上で、報道するとテレビは視聴率が取れるし、

新聞、雑誌は売れるから、とりあげてしまうのでしょうが、騒がれれば、騒がれるほど「真犯人」の思うツボ。


本当に警察にこういうネット関連に対応出来る人材がどれぐらいいるのかしりませんが、まあ、必要なら同じような奴を

外からでも雇って対抗されるのが一番だと思いますが、それはともかく、外部に発表するべきではありません。


そして警察が捜査状況を記者クラブで発表したとしても、マス・メディアは、これを一切報道しない、方針に統一するべきです。

そうしなければ、この「真犯人」はどんどん増長することでしょう。


多分、それをメディアは分かってやっているので、共同正犯とはいいませんが、幇助犯と言いたいぐらいです。


また、司法警察は、「遠隔操作ウイルス事件」を「サイバー犯罪」の問題にすり替えようとしていますね。

昨年、警察庁長官が、全国の都道府県の警察本部長を集めて、全ての警察官がもっとPCやネットに詳しくなれとか

訓示を垂れていましたが、それは、事件の本質ではない。


以前にも書きましたが、前回4人もの無実の人間を誤認逮捕しました。

そのうち2人は、実際にはやっていないことを「やった」と自白し、保護観察処分にまで至った人がいます。

たまたま、きっかけが今までにはなかった、サイバー犯罪しかも「遠隔操作ウイルス事件」といういかにも、

世の中の好奇心を刺激するような形式なので、そちらに惑わされていますが、そうではなくて、


この分では、いままで、他の犯罪でもこのような「自白の強要」が当たり前のように行われていたことは、

容易に想像がつきます。こういうのを「国家権力の濫用」といい、サイバーうんぬんよりも、こちらが問題の本質です。


◆結論

以上をまとめると、


  1. 「遠隔操作ウイルス真犯人」は「煙突男」だから、騒いではいけない。メディアは一切捜査の状況などを報道するな。

  2. 「遠隔操作ウイルスを用いた」という「過去に例」のないことが問題ではない。警察が容疑者に自白を強要させたことが問題なのだ。

となります。

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2013.01.06

【音楽】穏やかな音楽ばかり、選びました(葬式用なんですが、そうじゃなくても結構いいです)。

◆実は、母の葬儀に流す音楽を選んでまして。

葬儀で音楽を流すって言っても仏式ですから、お経の最中に同時に音楽を流すことは

できませんから、どのタイミングで、とか色々あるのですけど、生前の母は私の「教育」の成果がありまして

元々、美しい音楽を聴いて、「美しい」と分かる感受性はあったとおもうのですが、あまり知らなかったのです。

そこで、父の死後簡単なコンポを買って色々私の手持ちのCDを聴かせたら、かなり音楽が好きになりましたね。


遺言で指定されているわけではないのですけど、生前、母は、「あたしのお葬式の時、あんた適当に選んでよ」とか

言っていたので適当に(適切に、という意味です)選んだのです。


葬式ですから、先日のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート大変良かったですが、

まさか「ローエングリン 第3幕への前奏曲」(ホルン、トロンボーン、テューバが活躍する曲)を流す訳にもいかず、

しずかな曲、又は、長調で明るいのですが、穏やかなのを選びました。

とても全部は流せないと思うのですけど、まあ、供養も兼ねてですね。

載せます。如何にも葬式、という音楽でもないのでお楽しみ頂けるのではないか、と思います。


6曲あります。そんなに長くないです。


まず、モーツァルト:ディヴェルティメント第17番・第1番 ウィーン室内合奏団から。


◆モーツァルト ディヴェルティメント 第17番 ニ長調 K.334 第一楽章







1992年に登山中滑落死した、コンサートマスター、ゲアハルト・ヘッツェル先生のヴァイオリンがあまりにも見事です。


私ですから全部「泰西名曲」です。次は、オルフェウス室内管弦楽団 パッヘルベルのカノン バロック名曲集から、


◆アルビノーニ 弦楽とオルガンのためのアダージョ ト短調






最初は、「アダージョ・カラヤン」に収録されているのをかんがえたのですが、あまりにもテンポが遅く、

時間がかかってしまうので、指揮者のいない事で知られる、アメリカのオルフェウス室内管弦楽団にしました。


少し、明るくします。イングリット・ヘブラー:「モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集」から、


◆モーツァルト ピアノ・ソナタ 10番 ハ長調 K.330 第一楽章 アレグロ







モーツァルトの音楽にはしばしば、明るいけど、もの悲しいというのがあります。これなんか、典型ではないかと。


次が一番、葬式っぽいです。

オムニバスですけど、知られざる名盤です。Pianissimo  Royal Philharmonic Orchestraから


◆バーバー:弦楽の為のアダージョ







これで終わったら、ちょっとキツイですよね。


次は、はかなく、悲しげですが、非常に美しい曲にします。

サヴァリッシュ=ロンドン・フィルハーモニー ブラームス:交響曲第3番&大学祝典序曲 から、


◆ブラームス交響曲第3番 第三楽章






これは、きれいでしょ?しかも美しい旋律が何度も出てくるので、好きなんです。


最後は、バッハです。ブーニン バッハ・ピアノ・リサイタルから。


◆カンタータ 147番 「主よ、人の望みの喜びよ」 BWV 147







以上、過去に一度はご紹介したCDばかりですが、どれも一流演奏家の名演だと思います。

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2013.01.03

【私事】母が他界致しました。お騒がせしました。

◆最近、ほぼ毎日お騒がせしておりましたが。

母が今朝、息をひきとりました。

今朝6時、病院→兄(長男)自宅→私(次男)自宅に、

危篤。至急来られたし

と電話がありまして、病院にクルマで(結局自分で運転しました)急行したところ、心停止で、心マ(心臓マッサージ)

の最中でした。もはや、瞳孔反射なし、心拍、呼吸停止していたのですが、

蘇生措置中止時間、2013年01月03日7時0分を以て死亡時刻としました。

直接的な死因は急性腎障害ですが、背景としては、極度の脱水と栄養失調があり、それがどういうメカニズムで

もたらされたかは、ドクター(当直)は、「正確には『不明』」とのこと。

年末から年始にかけて、見舞う度に状態が悪化しているのは素人目にも明らかで、

昨日見舞ったときには、一昨日よりも意識レベルが低下し、尿が殆ど出ておりませんでしたから、

腎機能が低下していることは、明らかでさらに、夜には一層腎機能が低下して、

「透析できるかどうか否か?」を検討する。また、急に血圧が低下したので昇圧剤を使い始めた

という状態でしたので、覚悟していましたが、

悪い予想が概ね当たってしまいました。


死んだ本人も入院から1ヶ月経たずして、死ぬとは思っていなかったのですが、

色々、あとのことは話して(あるいは記録して)おりました。

もう一度、覚醒しなかったのは残念ですが、

何ヶ月もガンの闘病生活を経て、最後に疼痛に苦しむ、という、本人が一番恐れていた

事態は避けられました。

病院のドクターとナースのご尽力、

大変失礼ながら、レスをさしあげておりませんが、ブログ・日記にお見舞いのコメント、

メールを頂戴したみなさま。Twitter、mixiで、ご親切なお言葉を賜った方々、

みなさまに、御礼を申しあげます。

私事で大変お騒がせ致しました。悪しからず。

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2013.01.02

【病気】正月早々、陰気な話でもうしわけありません(ので、無理にお読み頂きませんように)。

◆当初の治療計画。

母は、12月初旬に胃の幽門部ガンが肝臓に転移していることがわかりました。

転移病巣の散らばり方などに鑑み、オペは不可能なので、化学療法(クスリによる治療)をドクターが提案して下さいました。

12月14日から経口抗ガン剤、TS-1を服用し、21日(金)から点滴で、

抗ガン剤、シスプラチンを使うはずでしたが、

経口抗ガン剤、最初の数日は良かったのですが、5日目ごろから口内炎の副作用がでました。

それに加えて、これは抗ガン剤か、或いは何らかの原因による腸炎かどちらかわからないのですが、

シスプラチンを投与する予定の日から、下痢が始まりました。


◆要するに、ガンそのものの治療のホンの入口で、色々と問題が起きてしまったのです。

容態の変化を箇条書きにします。


  • 12月14日 (金)経口抗ガン剤 TS-1 服用開始。翌週、しばらくは順調(副作用無し)。

  • 12月21日 (金)当初、点滴抗ガン剤 「シスプラチン」を使う予定の日だったが、前日から、TS-1の副作用とみられる口内炎が悪化。更に、これは副作用か腸炎か不明ながら、下痢がひどく、「シスプラチン」中止。TS-1の服用も中止。

  • 12月22日 (土)下痢が止まらない。腸炎なら速く病原体を排泄した方がいいので、腸の消化器の痛みに効果はあるが、消化管運動抑制作用を「ブスコパン」は使えない。この腹部痛は数日にわたり続く。

  • 12月25日 (火)私が、病院に見舞いに行ったときには、腹部痛と口内炎の痛みと、肛門痛(元々軽い痔があり、下痢で裂肛したか、内痔核があるか、消化器に潰瘍があるのか内視鏡の専門家が年末で休みなので確認できない)の3重の痛みで、母、身体を震わせて苦しむ姿を見る。

  • 12月28日 (金)腹部痛は収まり、肛門痛もやや軽減する。口内炎の痛みが辛い、と本人がいう。しかし、意識ははっきりしており、多少、元気を回復したように見える。

  • 12月30日 (月)口内炎は残るが軽減。今度は、肛門痛繰り返し訴えるが、前述の通り、内視鏡診察不可能な為、座薬などによる対症療法にとどまる。非常に気弱になり、「水がほしいんだよう」などと、初めて見る気弱さ。

  • 1月1日  (火)僅か二日で、意識レベル低下。会話不可能。筆談しようとするが、文字を上手く書けない。下血が続いていたので貧血と脱水で、意識レベルが低下したのであろうとのドクターの説明。初めて「急変の可能性を覚悟せよ」とのムンテラ。

  • 1月2日   本日。消化器からの出血は止まったが、更に意識レベルが低下。筆談も不可能。見舞いに行った私を認識できていないようす。昨夕、導尿管を挿入したが、尿量少ない。心拍数高く、血圧さがる。ドクターはいないが、明らかに容態は悪化している。

これは、予想外でした。

普通ガン患者で、悲壮感が増すのは、本当に元の病気、つまりガンそのものがあちこちに転移するなど、

あくまでがん細胞がもたらす様々なトラブルによるものです。DNR(do not resuscitat=蘇生拒否。延命しないで欲しいという患者の意思表示(書類))

などは、本当のガンの末期で、出てくる話です。


◆しかし、これはドクターのせいではありません。何でも他人の所為にしてはいけないのです。

母の場合は、ガンそのものを放置しても、2~3ヶ月は生きられそうだったのですが、

まあ、とりあえず、経口抗ガン剤ぐらやってみましょうといって、口内炎は、TS-1では普通ですし、下痢は副作用かどうか分かりません。

とにかく、口内炎と下痢により腸管が激しく動くことにより、腹部の痛みと、まだ正体の分からない肛門痛、下痢による出血、等々

何が何の原因かわかりませんが、元来心臓があまり丈夫ではない母で頻脈(心拍数150台)が続き、点滴で水分を補給しているのにも関わらず、

尿量が少ない、ということは、腎臓の機能が低下しているということで、そうなると、血中の毒素が濾過されませんから

人体にとって、良い事はありません。恐らくなにが、全ての引き金だったのかということは分からない。

そして、ドクターのミスでもない。TS-1の投与が原因とも言いきれない。TS-1の副作用がきっかけであるとしても、

それは、使ってみないとわからないです。


現在、母が入院している病院のスタッフを責めるつもりなど毛頭ありませんが、

世の中、全然知識がない人、理屈が分からない(わかろうとしない)人だと、きっと、こういうときに、

どうして、こんなに急に具合が悪くなっちゃんだよ!

などと言ってカラむのでしょうが、私はそういうアホなことはしません。

ただ、もしもこのまま逝ってしまうとすると、多分母も、まだ、一旦は自宅に帰って整理することとか、言い遺しておくことが

あったはずで、それができなくなってしまいます。言い方を変えると(もし間もなく母が死んだとしたら)、

あとで、色々と「故人の意思」が分からず困ることが出てしまうと思います。


まだ、母は生きておりますから、「不謹慎」と思われるかもしれませんが、

何を申しあげたいか、というと、そもそも、一番最初のドクターのムンテラ(ドクターから患者や家族への病状、治療方針などの説明)では、

TS-1とシスプラチンが効けば、半年ぐらいは保つであろうと言う話だったのですが、

私の母のように、これが84歳という高齢のためか否か分かりませんが、突如このような経過を辿るケースもあるので、

家族の側から言えばきいておくこと。患者の側からすると(縁起でも無くて申しわけありませんが)言い遺しておきたいことは、

少々大袈裟でも早めに意思疎通をはかっておいた方が良いでしょう、ということです。

ここまで書いた時点で、兄から電話がありました。

やはり、腎機能が急速に悪化しているのでこのままでは危ないが、

救命措置を取ってよろしいか?と当直ドクターから電話で、親族意思確認されたこと。

腎臓透析をするべきか(或いはするべきとして可能か)はそっちの専門医と相談しないと何とも言えない

と説明があったとの連絡が入りました。この調子では、やはりどう考えても覚悟しておかないといけませんね。

というような、はなはだ気の滅入る話でして、みなさま、お正月をお楽しみのところ、

失礼致しました。

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2013.01.01

あけましておめでとうございます。

◆みなさま、明けましておめでとうございます。

旧年中は、弊日記・ブログを御愛読頂き、誠にありがとうございました。

昨年は日記を書き始めてから満10年を迎えることができました。

本年も、引き続き、相変わらずの駄文ではございますが、

御愛読いただければ、ありがたく存じます。

読者のみなさま、ご家族のみなさまの

ご健勝、ご多幸をお祈り申しあげます。

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