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2013.11.14

揉め事、クレームは、両方の言い分を聞くことが大事です。

◆揉め事や、悪口をそのまま信用してはいけません。

常識ですが、ちょっと違うかもしれませんが「喧嘩両成敗」です。

つまり、何か、人間同士で、揉め事があったとき、例え当事者一方のみと親しくても、

当事者のうち、片方だけの話を聞いて全面的に信じてはなりません。


また、身内でも親しい友人でも、それほど親しく無い人でもとにかく、

第三者の悪口を、しかもかなり程度が激しいのを言ってきたときも、同じです。


ごく一般的にいうと、揉め事とか感情的ないざこざが起きたときには、

当事者の一方が100パーセント悪くて、他方は責任ゼロ、ということはありません。

殆ど全ての場合、両方とも、どこか悪いのですが、その片方だけだと、自分に都合の悪いことは言わないので、

信用できません。


◆死んだ母が何か言っていたようで悩まされています。

両方の言うことを聞くべきだと言う話を第一段落で書きながら、矛盾もいいところですが、

今回、私が困っているのは、昨年の12月5日に、肝転移した胃ガンが見つかって、

当初の診断及び治療計画では「半年ぐらいは保つだろう」と言われていたのですが、

結局ドクターでも人間の身体がどうなるか、完全に予想することは不可能です。

なんと、ガンが発見されてから1ヶ月も経たない、今年の1月3日に死んだ、母親の関係です。


母が死んだこと自体は、こちらも母もいい歳で、普通のことですが、

1月上旬に死なれると、正確に一年目に近い時に一周忌の法要を行ったら、正月早々

縁起が悪い。12月8日にやることにしました。


1番近くにいる親戚に、出欠を確認したら、かなり露骨にスケジュールも確認せずに、

都合、悪いねー

と断られました。この親戚はとにかく地理的に最も近接していて、相手が子供の頃から、

私の母を知っていたのです。普通は、一周忌には、来ます。

なにか、理由があって出ないにしても、一旦電話を切って、スケジュールを確認する「フリ」を

してから、断りの返事をしてくるのが常識というか、礼儀ですが、その場で断った。

可能性は2つ。


恥ずかしいのですが、父が生きているころは、父は強烈な個性の持ち主。豪放磊落タイプでしたので、

母の欲求は抑圧されていましたが、実は、母もかなり口が悪い。それは知っておりました。

父が死んで16年ですが、父が他界した直後から、母の本性が噴出したようで、

言いたい放題です。かなり無神経に、相手に面と向かって失礼なことをいってしまうという、

他人からみたら、「かなり、嫌な」性格傾向を持っていたようです。


最も近い親戚も、何か気に障ることを言われて、実は腸が煮えくりかえっているのかもしれません。


もう一つの可能性。

今、私が住んでいる場所は、かつて、私が祖母、両親、兄と住んでいた家と土地、それを仲が良いお隣さんと一緒に

大手不動産会社に売って、その売却代金でマンションを建て、ほとんどは分譲で、他人のものになってしまいましたが、

マンション、全十五室のうち、3室だけは、母・兄・私のもので、それぞれの持ち分に応じて共同所有しています。

3室、他人に貸せば家賃は3部屋分になりますが、元はと言えば、私達家族が住んでいたところなので、

だれか、居て欲しいといい、母が、私に住むように言ったのです。


ところがなんということでしょう。

引っ越してきたら、近所の人が、何だか怖い顔をしてみてます。


どうやら、母は、自分から私と私の家族に、新築したマンションへの入居を勧めておきながら、

他人には、
JIROにマンションを分捕られて追い出された

といっていた。複数の人から証言を得ました。

全く実の親子なのに、何故そんなことを言うのか、本当に分かりません。

呆けたか、アルツハイマーか?と思い、脳のCT,MRIの検査を受けて貰ったのですが、「異常なし」と。

すると、ますます、どうして、私を「悪者」にするのか分かりません。家内とは姑と嫁の関係ですから、

それは、なにかしらありましたけど、あまりにも悪意的です。しかし、人間がそういうことをするものだ、

という認識のない「善人たち」の間では、私はどうやら「悪者」です。

母がまだ生きていたとしても、前言を撤回してまわれとも言えなかったでしょうし、

言っても母は、実行しなかったでしょうが、まだ、原理的には事情説明の余地がありました。

いきなり死なれたから、たまりません。いくら私ら夫婦が言い訳しても、誤解は解けないでしょう。

最寄りの親戚が一周忌への出席を拒んだのは、母が彼らに私が「分捕った」といい、

親戚がそれをまともに信じてしまい、私の顔も見たく無い、と考えている

そんなところでしょうが、当事者の一方に死なれたので、もう永遠に、本心を確認できません。


◆だから、紛争当事者一方の話を鵜呑みにするな、というのです。

最寄りの親戚の、露骨な一周忌への出席拒否が、故人たる母親本人への恨みに由来するのか、

或いは、母親が語った、根も葉もないストーリーを信じて、

「JIROは悪い奴だから」一周忌などでてやらん、と。

しかし、後者は考えにくいですよね。私が死んだ訳ではありません。

母を慕っていたならば、四十九日法要も納骨式も、今度の一周忌も出る筈。


話の締めくくりが、難しくなってしまいましたが、敢えて結論を述べるならば、


  • 誰かに対して、嫌いな感情、不平不満があるなら、その人が生きている間に、本人に文句を言うこと。死んでから、何があったのか想像することしか出来ない「相手の子供」に辛く当たっても、訳が分からなくなるだけ。

  • 一般的に誰かが誰かの悪口をいっている場合、その内容を丸ごと鵜呑みにしないこと。自分には都合の悪いことを人間は隠そうとするので、本当の所は分からない。

ということになります。

読み返して、今頃気づく私もアホですが、本稿は、なにやら、尤もらしく理屈を並べていますが、

結局のところ、「単なる、しかし、壮大な愚痴」とお考え頂いて結構です。

皆様に貴重な時間を私の愚痴を読む為に使わせてしまったことになります。

失礼申しあげました。

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