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2014年5月

2014.05.29

【音楽】サヴァリッシュ=バイエルン国立管弦楽団管楽器奏者「王宮の花火の音楽」他。ものすごくレアです。

◆子供の頃から尊敬し続けたサヴァリッシュ先生が亡くなったのが去年の2月です。

小学校5年の頃からずーっと尊敬し続けた、指揮者のウォルフガング・サヴァリッシュ先生が亡くなったのは、

昨年(2013年2月22日)で、本来ならずっと特集を組みたいところでしたが、

ちょうどその少し前、2013年1月3日に母が死んだ直後で、雑事でバタバタしまして、

あまり音楽どころではありませんでしたが、サヴァリッシュ先生の追悼CDというか、

はっきりいって、大指揮者が亡くなると、レコード屋さんの稼ぎ時なんで、廃盤になっていた録音が

CDとして復活したり、というのは、よくあることです。


◆ものすごく珍しい。サヴァリッシュ先生のヘンデルしかも管楽アンサンブルなんて聴いたことがない。

追悼盤の中でもひときわ異彩を放っているのが、

ヘンデル:王宮の花火の音楽、ディヴェルティメント第46番「聖アントニー・コラール」、モーツァルト:セレナード第10番「13管楽器」より第1楽章&第7楽章

これには驚きました。バイエルン国立管弦楽団というのはサヴァリッシュ先生の手兵ですが、

このディスクだけでは無いでしょうか。弦楽器なし。


王宮の花火の音楽は、イギリスに帰化したドイツ人、ヘンデルが、

ジョージ2世から依頼を受け、たっての希望により屋外演奏用に管楽器だけということで

書いたのです。ヘンデル自身があとで、弦楽器を加えたバージョンも書いてまして、

今では(あんまり最近のプログラムで「王宮の花火の音楽」なんて見ませんが)、弦楽器も加えた

通常の管弦楽で演奏されますが、この録音、1973年、サヴァリッシュ先生は、初演当時に近付けてみようと

思ったのでしょうか。私の知る限る、サヴァリッシュ先生が管楽器と打楽器だけを振るのなんてしりません。

CDのライナーノーツによると「当時としては珍しい、オリジナル楽器を使っての演奏」とのことですが、

厳密にピリオド楽器(当時の楽器)にしてはトランペットパラパラ吹きすぎ。オーボエなどの音は古楽器に

やや近いけど、多分の古楽器おコピーのような楽器ではないか、と想像します。

「王宮の花火」の録音といったら、はっきり言ってもっと良い演奏はありますが、とにかく

今までずっと知らなかった録音が突如CD化されたのには、驚きました。

能書きはこの辺で、早速演奏を。


◆ヘンデル、ハイドン、モーツァルト。

まずはヘンデルから。王宮の花火の音楽から抜萃。


◆ヘンデル「王宮の花火の音楽」から序曲







◆ヘンデル:王宮の花火の音楽 「歓喜」






お聴きのとおりトランペットやホルンが多いので、普通のオーケストラならば

ヴァイオリン(特に、ファースト・ヴァイオリン)が担当する主旋律を20数本のオーボエが

受け持ってます。


◆ヘンデル:王宮の花火の音楽 「ファイナル・メヌエット」





これ、いいでしょ?

今の普通のオーケストラでも弦楽器を含む管楽器版をもっと演ればいいのに、

と思います。このファイナルメヌエットというのは、盛り上げやすい。

一番持ち上がったところで、シンバルなどを加えると一層、血湧き肉躍る音楽になります。


次はハイドンです。

ヨーゼフ・ハイドン先生が管楽器アンサンブルの為に書いた作品って初めてしりました。

雇い主のエステルハージ侯の軍楽隊の為に書いた音楽6曲の中の一曲と言われてますが、

その第一楽章だけ。楽しい音楽です。お気軽に。


◆ハイドン:ディヴェルティメント第46番変ロ長調《聖アントニー・コラール》第1楽章






次のモーツァルトの「グラン・パルティータ」(セレナード10番)のさきがけっぽいです。


最後はモーツァルト。

セレナード 第10番 変ロ長調 K.361 ≪グラン・パルティータ≫ というのですが、

私が、最初にこの曲のアナログレコードを買った1970年代には、「13管楽器の為のセレナーデ」と

呼ぶのが普通だった、と思います。

クラリネットとバセット・ホルン(クラリネット族の木管楽器)、オーボエ、ファゴット、ホルン、コントラファゴット

(オリジナルの指定は、弦楽器のコントラバスですが、コントラファゴットで演奏することが多いです)による合奏。

あたかも、一瞬、「オルガン?」と一番始めに聴いたときには、錯覚に陥ったほど音が融合します。

第一楽章だけ。


◆モーツァルト セレナード 第10番 変ロ長調 K.361 ≪グラン・パルティータ≫ より 第1楽章






それぞれの曲に関しては、もっと良い演奏,録音があるでそうが、サヴァリッシュ先生が管楽器だけの

演奏でディスク(レコード)を残していたというのが、全く初耳で驚きなのです。

お薦めします。

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2014.05.28

12年日記を書いて分かったこと。「努力は報われない」ということですね。

◆日記など書かなくても、社会人なら皆、知っていることですが。

一生懸命やれば、上手く行く。努力すれば、報われる。

と信じたいのは、皆同じですが、現実生活に於ける、サラリーマンとしての30年を

考えても、この日記(ブログ)での経験においても、

世の中そう単純には、出来ておりません。

集団的自衛権の行使を容認することは違憲である。

と200回繰り返しても人々が関心を持ち始めたのはつい最近。

しかも、集団的自衛権は国際法上当然の権利だとか。

もう一度書かないとだめですか?

あれは、国連憲章の原案には含まれておりません。

国連憲章51条に集団的自衛権の記述がありますが、

国連憲章の原案・ダンバートン・オークス提案では、集団的自衛権に関する今のような規定は無かったのです。

この原案では、同盟国が攻撃・侵略されたときに、自国への攻撃と見なして武力行使をするためには、

全て国連安全保障理事会の許可が必要とされていたのです。反対したのは、米国とラテンアメリカ諸国です。

これらの国々は、1943年、チャプルテペック規約という条約を締結し、米州諸国間での集団的自衛権行使を可能にしていたのです。

しかし、ダンバートン・オークス提案のままで国連憲章が成立すると、米州諸国間での行動に支障があります。

いちいち、安保理の許可を得なければならないことになるからです。 それでは面倒でたまらんというので、

最終的に国連憲章を採択した、1945年のサンフランシスコ会議において、

普遍的に集団的自衛権の行使を認める51条を挿入させたのです。



ですから、「集団的自衛権」は国家が歴史的・本来的に有する自然権ではありません。

よく勉強して欺されないで下さい。


それにしても今更反対デモなんかするぐらいなら、どうして選挙の時によく考えなかったのですか。

原発然り。

昨年の参院選における各党の公約を見ると、自民党「だけ」が、「原発存続、再稼働」を掲げていた。

その自民党を大勝させておいて、いくら反原発デモをやっても、自民党に言わせれば、選挙において民意が

原発存続・再稼働に賛成だったのだから、と、デモなんか見向きもしないでしょう。


集団的自衛権反対デモも行われているそうですが、

政治家になった瞬間から憲法第9条を変えて日本を戦争が出来る国にしたかったのが安倍晋三ですよ?

その安倍晋三が率いる、自民党を勝たせておいて、何が「憲法守れ」ですか。

デモなんかで訴える前に選挙の際によく考えろ。

その一語につきます。結局毎回、それしか、かけませんので、滅多に更新しません。

大衆というものが、これほど愚かだとは・・・・。

絶望のあまり、毎日気分が晴れません。

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2014.05.19

「集団的自衛権」というのはこちらの主観で、武力行使された側からみたら戦争ですよ。

◆集団的自衛権を説明できますか?

何年か前にNHKのアンケート調査で憲法9条改正に賛成か?との問いに過半数が「賛成」と答えましたが、

改憲の議論の1つに「集団的自衛権の行使を認めるか否か」があるが、「集団的自衛権とはなにか説明できるか?」との

問いには、「できる」が、たったの8%でした。


分からないことに賛成してはいけません。


◆集団的「自衛権」というのは、こちらの「主観」です。

集団的自衛権とは「日本が攻撃されていない場合でも日本と密接な関係にある同盟国など(要するにアメリカしか念頭にないですよ)が、

攻撃を受けたら、これを自国への攻撃とみなして、反撃する権利です。


個別的自衛権は、実際に日本がどっかから攻撃されたら、これに限っては、国家を個人になぞらえると分かり易いですが、

正当防衛ですよ。どんな平和憲法だって、何もしていないのにいきなり殴られたら、そのまま殺されなさい、というわけないでしょ?


ところが集団的自衛権ってのは、言葉で違うのは「個別的」と「集団的」の部分だけですが、

実際には自衛権、といえるのか。


日本が攻撃されてないのに、他所の国に対して武力を行使するのですから、された側からみれば、

日本を攻撃侵略していないのに、日本が攻撃してくるのですから、反対側から見たら日本が戦争をしかけてきたのと

同じですよ。「戦争放棄」を、日本は捨てたと、見なされますよ。

アメリカに恩を売っても、日米安保条約で、アメリカに日本を守義務は生じないし、

世界の紛争地帯に出て行っても、イラクとかイランとかアフガニスタンとかアメリカの攻撃を受けている国から見たら、

「どうして日本は、人殺しの手助けをするようになったんだ」というだけのことですよ。


最後に。

あまりにも初歩的なのですが、多分勘違いしている人がいる。

集団的自衛権って、日本が北朝鮮に攻撃されたと。例えば。その時にアメリカが手伝ってくれたら、

アメリカと「集団」で日本を「自衛」するから「集団的自衛権」と思っている人、いるでしょ?

ネットの色んなとんちんかんな発言見ていると、いるに違いないと思いました。

これぐらいのことは、少し調べれば(勉強するというほどではないです)、分かるのですから、

きちんと理解してから賛成だとか、反対だとか、論じてください。

分からないことに賛成とか、反対とか言ってはいけません。

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2014.05.17

「集団的自衛権行使「改憲経るべきだ」 創価学会が見解」←新しい解釈ではない。1983年の内閣法制局の見解です。

◆記事:集団的自衛権行使「改憲経るべきだ」 創価学会が見解(朝日新聞)(2014年5月17日05時02分)

公明党の支持母体である創価学会は16日、安倍晋三首相がめざす憲法解釈変更による集団的自衛権の行使容認について

「本来の手続きは、一内閣の閣僚だけによる決定ではなく、憲法改正手続きを経るべきだ」として反対する見解を示した。

20日から自民、公明両党の協議が始まるが、学会の姿勢が鮮明になったことで難航する可能性がある。

学会は朝日新聞の取材に文書で回答した。回答では、集団的自衛権について

「基本的な考え方は、『保持するが行使できない』という、これまで積み上げられてきた憲法第九条についての政府見解を支持する」

と明言し、行使容認へ転換をめざす首相の姿勢を強く牽制(けんせい)した。

また、首相が与党協議を経て、秋に予定される臨時国会までに閣議決定で行使容認へ憲法解釈を変える意向を固めていることについても、

学会は「国民を交えた、慎重の上にも慎重を期した議論によって、歴史の評価に耐えうる賢明な結論を出されることを望む」と強調した。


◆コメント:確かに集団的自衛権の行使を可能とするためには改憲が必要です。

創価学会も朝日新聞も、好みませんが、この際私の嗜好はどうでもいいことです。

ただ、書かれているとおりです。

現憲法を遵守するならば、集団的自衛権の行使は国際紛争解決手段としての武力行使を

直接的ではなくても容認することになります。

「直接的ではなくても」とは、例えば、戦闘中の同盟国の後方支援であっても、

武力行使の一端を担っている。憲法は最高法規であって、最も厳格に遵守されるべきです。


ですから現憲法をまず、「武力の行使を可能である」と変更しなければ(するべきでは、ありませんが)、

集団的自衛権を行使することは不可能です。解釈改憲など、インチキです。


◆これは新しい見解ではなく、1983年に改めて確認され、歴代内閣が踏襲しているものです。

ながらく、政府の公式見解は

集団的自衛権の行使は違憲である

であり、最も最近では、1983年、角田礼次郎内閣法制局長官が衆議院予算委員会で、

「集団的自衛権の行使は憲法改正でなければできない」と答弁し、

安倍晋三氏の父、安倍晋太郎氏(当時、外相)が、「長官が述べた通りだ」と言ってます。

歴代内閣は、他の主義主張はさまざまですが、角田答弁を踏襲してきました。


ところで「我が国と密接な関係にある国」=アメリカが、実際に攻撃される可能性は、

旧ソ連が存続していた、所謂「冷戦」時代のほうが、今よりも高かったのです。

米ソは互いにお互いの本土をICBM(大陸間弾道ミサイル)

に核弾頭を搭載して、極端に言えばいつ第三次世界大戦がはじまっても不思議はない、とさえ、いわれていました。


集団的自衛権は、自国が攻撃されなくても同盟国が攻撃された場合、これを自国への攻撃と同一とみなすのですが、

ソ連崩壊前には、本当に同盟国が攻撃される可能性が高かったにもかかわらず、

集団的自衛権の行使を容認しようという議論は起きませんでした。


ましてや、今はアメリカ本土をまともに攻撃する国は、存在しません。

北朝鮮のことをしきりに脅威として強調しようとしますが、北朝鮮なんて、アメリカ本土はおろか、

故意ではなく、過失であっても、韓国か、日本の領土にミサイルを着弾させたら最後、

先に相手に攻撃の口火をきらせておいて、猛反撃するのがアメリカの常套手段ですから、

北朝鮮は、瞬間的にボコボコに攻撃されて、消滅するでしょう。

ですから、ますます、集団的自衛権行使を容認する必然性がありません。

安倍晋三氏が、過去、誰もやらなかった「憲法を兎にも角にも少しでも、変えた人」として

歴史に名前を残したい、功名心からやっていることとしか、説明が付きません。


◆結論

創価学会の見解は、特に新しい見解では無いけれども

30年来の内閣法制局の角田答弁そのものであり、これを変えるべきでは無いという結論は

正しいのです。

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2014.05.16

一億総「オストリッチ・コンプレックス」ですか。考えなければ問題は存在しないのですか。

◆勿論、「集団的自衛権」の問題の続きです。

私の務め先の会社は、口幅ったいようですが、世間的には「大企業」であり、

そこに採用されたのは、私は違いますけど「一流大学」を卒業した「秀才」が多い。

本来、世の中の問題を考える能力のある、この世代の人間が何も思想を発しない。

見てて、イライラして発狂しそうです。

かつてTwitterでみて、何ら悪意はないのですが、今でも腹が立ってしかたがないのは、

どこの誰かしりませんが、

あまり、難しいことを考えず、バカになって暮らせば、毎日幸せ。

そのとおりなのですよ。人間考えるほど、特に世の中、どうあるべきか、

人間(自分は)どう生きるべきかというようなことを考えるほど面倒くさいことはない。

しかし、だからと言って今の大多数の大人、面倒臭い事を考える義務を放棄し過ぎです。

そういうことだから、子供はもっとバカになる。どんどんレベルが下がる。

衆愚政治になるわけですね。


言うまでも無いことですが。
自分ひとりが天下国家を論じても何も変わらない。

という根性だから、政治家がやりたい放題やるのではないですか。

国会議員に当選した途端、国会に出ないで、我々の税金で支払われる歳費(給料)で、

愛人と世界旅行してるやつもいるんですよ?

なんだか世の中の大人、小市民過ぎる。自分さえよければ良いのですか。

間違っていることは、大人が間違っていると言って見せなきゃだめですよ。

自分の仕事さえ、真面目に毎日こなしていれば、世の中どうなっても大丈夫。

という全然根拠の無い思考。考えなければ問題が存在しない、と言わんばかり。

ダチョウは危険が迫ると、とりあえず、頭だけ岩陰にツッコンで周囲の状況が見えないようにする。

そんなことをしても数秒後には敵に襲われて激痛の中で死ぬことになるのに。

このようなダチョウの習性から、「考えなければ問題は存在しない」と考えたがる人間の心理を

オストリッチ・コンプレックスというのは知られてます。

日本人の大多数がこれです。集団的自衛権を合憲としようとしているのに、

よくも、ヘラヘラ笑って毎日を暮らせますね?

あなたの脳味噌はダチョウ並ですか。

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2014.05.15

「集団自衛権の行使容認を提言」 集団的自衛権について。209回目の説明。

◆記事:集団自衛権の行使容認を提言 安保法制懇が首相に報告書提出(日経電子版)(2014/5/15 15:12)

安倍晋三首相が設置した有識者による「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長・柳井俊二元駐米大使)は

15日午後、憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認するよう求める報告書を首相に提出した。

報告書は現行憲法で認められる必要最小限度の自衛の措置に、集団的自衛権の行使も含まれるとの認識を示した。

報告書は日本の安全保障環境に関して「従来の憲法解釈では十分対応できない」と指摘。

行使の前提を「我が国と密接な関係のある外国に対して武力攻撃があり、かつ、その事態が我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき」

とした。併せて、外国からの「明示の要請または同意」が必要との見解を示した。

手続き面では「国家安全保障会議(NSC)を経て閣議決定で意思決定する必要がある」とした


((中略))
首相は「安全保障の原点はいかなる状況にあっても我が国の安全を確保し、国民の生命、自由、幸福を断固として守り抜くことだ」と応じた。

そのうえで「必要な法的基盤を盤石にするという確固たる信念を持って、真剣に検討を進めていく」と強調した。


◆コメント:茶番であり、かつ、意味不明。

時事問題日記・ブログを書き始めてから12年と1ヶ月になります。

この間、集団的自衛権については、208回言及してきました。

これだけ説明しても、当たり前ですが、世の中の大部分があまりにも無関心なので、

悔しくて仕方がありません。


安倍晋三が憲法改正したいのは、以前から公然と主張していたことであり、

その首相自身が設置した、有権者の懇談会なんて、集団的自衛権行使容認に反対する訳がない。

「出来レース」・「茶番」でしか、ありません。それにしても報告書の内容、首相の言葉、

いずれも、あまりにも非論理的です。


◆我が国の安全保障は、あくまでも個別的自衛権の問題です。

日経の記事によれば、有識者懇談会報告書は、

日本の安全保障環境に関して「従来の憲法解釈では十分対応できない」と指摘。

したそうです。集団的自衛権もみとめるべきであると。

集団的自衛権は他国への攻撃を自国への攻撃とみなすのであり、そのとき日本は攻撃されていないのです。

日本が攻撃されたときに、アメリカが日本を助けるとは思えませんが、仮にそうだとしても、

この場合、集団的自衛権を発動しているのはアメリカであり、

他国が加わろうが加わるまいが、日本への攻撃に対抗するのは、日本の個別的自衛権の発動です。

従来の憲法解釈を変更する意味がありません。

安倍首相の言葉。
安全保障の原点はいかなる状況にあっても我が国の安全を確保し、国民の生命、自由、幸福を断固として守り抜くことだ

だから、それは我が国自身の個別的自衛権の問題であって、他国への攻撃を自国への攻撃とみなすことが

日本の安全保障を強化することにはなりません。

全く、勉強していない人には、何となくもっともらしく聞こえるでしょうが、

意味を為さない。


しかし、究極的には、国民の判断ミスです。

数日前に国会周辺で、集団的自衛権反対デモが行われたそうですが、

安倍首相ははじめから、憲法を改正するといっていたのに、その安倍首相の自民党を

衆院選と参院選で自民党を大勝させたのです。自民党は公約に憲法改正を掲げていて、

新憲法草案には、「自衛軍」を創設し「集団的自衛権の行使を可能にすること」が

明記されているのですから、選挙で自民党に票を投じておいて、今更、国会周辺でデモを行い

憲法を守れという行為自体が矛盾しています。

議会制民主主義かつ、代議制民主主義では、擬制として、多数党の政策は民意の反映です。

衆参両院で自民党に安定多数を獲得させた有権者は、今更反対もへったくれもない。

主権者・国民にとって、国政選挙における投票行動が唯一かつ最大の政治的決断なのですから、

その時点でよく考えない、あるいは、「集団的自衛権とはなにか」を理解しないまま、

「適当に」投票するから、こういう事態に陥るのです。

残念です。

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2014.05.11

「国会承認」など6条件=集団自衛権の行使容認―安保法制懇報告書←憲法99条「憲法擁護義務」に反します。

◆記事:「国会承認」など6条件=集団自衛権の行使容認―安保法制懇報告書(時事通信 5月11日(日)16時40分配信)

安倍晋三首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)が

週内に提出する報告書の内容が11日、明らかになった。集団的自衛権の行使に関し、安保環境の変化を理由に

「従来の憲法解釈では十分に対応することができない」として解釈変更を要請。

その行使については、「国会の承認」など6条件を設け、歯止めとするよう提言する。

首相は報告書を受け、その日のうちにも記者会見して政府の基本的考え方を表明。

集団的自衛権の行使容認に慎重な公明党の山口那津男代表も見解を示す。

報告書では、憲法9条は個別的、集団的の区別なく、自衛のための武力行使を禁止していないと指摘。

その上で、集団的自衛権を行使できるようにすることで、抑止力が向上して紛争を未然に防いだり、

軍備を少なめにしたりすることができると唱えている。

 国会の承認は事前が原則だが、緊急の場合は事後も認める。それ以外は、

(1)密接な関係にある国が攻撃される

(2)放置すれば日本の安全に大きな影響を与える

(3)攻撃された国からの明示的な支援要請がある

(4)首相が総合的に判断する

(5)第三国の領海などを自衛隊が通過する場合は許可を得る―ことを条件とし、

集団的自衛権の行使は全ての条件が満たされたケースに限定する。


◆コメント:世論があまりにのほほんとしているから、208回目の説得。

集団的自衛権に関しては、

2014年05月03日(土) 集団的自衛権について。これが207回目です。JIROの独断的日記ココログ版

に書いた通りでなんら、変化はないのですが、世間があまりにも無関心であるため、

また、メディアも本来、猛反対するべきなのに、安倍政権は実質解釈を変更し、

日本国憲法で最も重要な条文の1つである第9条を実質的に変更しているのです。

もう一度書きます。


◆集団的自衛権行使の「条件」など茶番です。

時事通信の記事によると、安倍政権の私的諮問機関が報告書を提出するそうですが、

そんなもの、安倍首相のいうことをそのまままとめるだけでしょう。すなわち、

これは安倍晋三氏の意思です。


集団的自衛権の行使の条件として、「国会の承認」を加えていますが、

事後承認でも構わない上、衆議院も参議院も安倍自民党は多数党なのですから反対するわけがない。

また、その他の条件も、全て茶番です。

第一、

(1)密接な関係にある国が攻撃される

って、アメリカが北朝鮮か、911の首謀者が結局誰かわかりませんが、

それらにICMB(大陸間弾道弾)や、自爆テロで攻撃されてから、日本が出て行く意味がない。

そして、アメリカは911の後「世界最大の悲劇の主人公」を演じていましたが、それは、

本来なんの権限もないのに、ベトナムやら、イラクやら、アフガニスタンに勝手に軍隊を送っている。

あれだけ人を殺せば、そりゃ恨まれるでしょう。アメリカが攻撃されると聴いただけで笑ってしまいます。

あの国自体が、因縁を付けて他国を攻撃している。世界で最も獰猛な国です。

安倍政権は「アメリカが攻撃されたら、助けない訳にはいかない」というポーズをとっていますが、

日本の集団的自衛権行使を容認することは、とりもなおさず、アメリカの人殺しの手伝いをして、

世界中から恨まれるということです。

そういうことを日本人は考えなさすぎるのです。あなたの息子が兵隊になって、

関係ない世界の国々で、アメリカが無辜の民を、非戦闘員を爆撃して殺す、人殺しの仲間にしたいですか。

もう一度いいます。アメリカは世界最大のテロリスト。自分自身が大量破壊兵器です。


◆憲法で最も重要な9条を解釈により変更しようとすることは国会議員の憲法擁護義務違反です。

日本国憲法第96条第1項は、

この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

となっていますので、国会議員が憲法改正の発議をすること自体は憲法が認めてますが、

そこで想定しているのは、僅かな文言(もんごん)の修正・変更などのいわば「マイナー・チェンジ」であると

解釈するべきです。

何故なら、そのあと。日本国憲法99条には、公務員、国会議員などの「憲法擁護義務」が定められているからです。
第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

日本国憲法第九条は、それだけで「第二章 戦争の放棄」全てです。

それだけ、日本国憲法において中核をなす、最も重要な部分であることが容易に理解できます。

安倍政権、与党自民党はこの最も大事な部分を条文を変更することをなしに、「解釈を変更して」

集団的「自衛権」と称しつつ、前述の通りアメリカの人殺しの手伝いが可能になるような、計画をしているのです。

これは、99条の「国務大臣、国会議員の憲法遵守義務」に違反していることは明らかです。


だから、これは猛反対しなければいけません。

それとも、若いあなた。人殺しになりたいですか?

年頃のお子さんをもつ方々。人殺しの親になりたいですか。

子供さんを戦争に行かせたいですか?いまや、男女平等です。女の子とて無関係とは言えませんよ?

いいのですか?

考えるまでもないでしょう。

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2014.05.10

「原発再稼働」「改憲」「TPP」いずれも、「国家が勝手にやりたい放題」ではありません。有権者の選択です。

◆Twitterである発言を読んで、呆れました。

Twitterを眺めていると、よく分かっていないのに、発言している人がものすごく多いことに驚きます。

最近で最も呆れたTweetは、

STAP細胞の結果、TPPの交渉、原発再稼働。なんでも権力が有れば勝手に決めても良いというような風潮があるように思える。

です。このTweet主。全く存知あげないし、この特定の発言者には、私はなんら悪意はないのですが、

この手の「勘違いが横行している風潮」が、それこそ、あるように思えます。

そのことのほうが、問題です。


◆STAP細胞はさておき、TPP交渉、原発再稼働、消費増税、いずれも選挙で国民が認めた結果です。

前段で引用したTweetで、「STAP細胞の結果」は、別問題だと思います。

私の想像ですが、このTweetをした方は、理化学研究所が小保方氏の「STAP細胞論文」を再調査せず、

不正な論文である、と断定したのは、何らかの国家権力の圧力によるもの、と考えているのでしょう。


しかし、この問題はそもそも真実が、どこにあるか良く分からないし、ましてや、理研の決定が国家権力の指示に

よるものかどうか、推測の域を出ないので、何とも言えません。


しかし、このTweetの残りの部分。

TPPの交渉、原発再稼働。なんでも権力が有れば勝手に決めても良いというような風潮があるように思える。

という部分には、大変、驚き、呆れました。

勘違いされては困るので、確認しますが、私自身、「TPP、原発再稼働」いずれも反対です。

私が引用したTweetが「間違っている」、と申し上げているのは、
「なんでも権力が有れば勝手に決めても良いというような風潮」

という部分です。これは全然「勝手に」きめたことではなくて、昨年7月の参議院選挙で自民党が

公約として掲げていたことです。

その自民党を有権者が与党にしたのですから、自民党の行動は

議会制民主主義、代議制民主主義(間接民主制)の原理に鑑み、主権者国民の選択です。


国政選挙に於ける有権者の投票行動こそ、主権者の意思を公式に表明する唯一かつ最大の機会であります。

ここでの選択を間違えておいて、あとから「TPP反対」「消費増税反対」「原発存続、再稼働反対」といくらいっても

選挙で、認めてしまったのですから、あとからいくらなにをしても説得力がありません。


◆選挙の前に騒がないと、意味がありません。

私は、毎回、国政選挙の度に各党の公約を比較し、分からないことは調べて、説明しております。

昨年の参院選では、結論としては「自民党を勝たせてはいけない。」という趣旨をのべました。

特に、参院選当時既に自民党は衆議院で安定多数議席を有していましたから、

衆参両院で与党自民党が過半数を獲得したら、どのような法案でも、可決できてしまいます。

危惧した通り、今の日本は、実質的に、安倍首相の独裁国家になりました。

もし、結果を見た後からこういうことを、私が書いたとしたら、それは「卑怯」のそしりを免れませんが、

私は参院選前、各党の政策を比較する一連の記事を書き、

前述のとおり、自民党を勝たせてはいかん、と主張しております。ですから、

だから、いわんこっちゃない。

という権利があるとおもいます。「一連の記事」とは、JIROの独断的日記ココログ版ですと、
2013.07.10 【2013参院選】各党政策比較「憲法」

2013.07.11 【2013参院選】各党政策比較「原発」

2013.07.12【2013参院選】各党政策比較 「TPP(環太平洋経済協定)」

2013.07.14【2013参院選】各党政策比較 「消費増税」

お読み頂くと、一目瞭然ですが、自民党は、憲法改正も、原発再稼働も、TPPも増税も全て公約で

「実行する」と明言しています。

特に原発に関しては、自民党だけが廃炉どころか、「存続。安全が確認できた原子炉から再稼働」と言っているのに、

よりによって、日本の有権者はその自民党を圧勝させました。

この時点で、勿論、私もですが、「自分は反対だった」という人も大勢いらっしゃるでしょうが、

今の日本の選挙制度、統治体制からすると「全体としては」、国民が全てを国家権力に許したのです。


仮に選挙の時に自民党が「TPP反対。原発は廃炉」といっていたのに、選挙の後に突如公約違反したのであれば、

勿論、これは責められても、仕方が無い。

くどいようですが、しかし、今、自民党がしているのは、国民が選挙において認めたことです。

公約をそのまま実行している。だから、
権力があれば、勝手に決めても良いという風潮

というのは、選挙における主権者の投票行動の重みを理解していない発言だとおもいます。

物事をよくわからないのに、選挙前に勉強しないで、民主党政権がダメだったから、やはり自民党だろう、

というぐらいの安易な気持ちで、多くの国民が投票するから、国家が悲劇的な方向に向かうのです。

有権者は「自分たちのミスだった」という認識をもつことが必要です。


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2014.05.07

公的自殺制度創設の提案。

◆もう人生、十分生きたという人、沢山います。

私の個人的な感覚では、人生など50年で十分です。もう3年過ぎましたが。

何も楽しい事など無い。世の中不公平ですから楽しい運命の人は楽しいでしょうが、

私など、「禍福はあざなえる縄のごとし」がまったくのでたらめであることを身を以て体験しました。

禍福の「禍」(わざわい)ばかりが続くのが現実です。

禍・禍・禍・禍、と禍の波状攻撃で、そろそろ「福」が来るかと思うとあまくて、

とどめを刺すような、「禍」がきて、こんどこそ終わりだろうと思っていたら、まだ甘く、

最後に超弩級の「禍」に襲われ疲労困憊。もう、人生なんか沢山。


生まれ変わったら、という仮定上の話がよく世間で為されておりますが、信じられない。

私はもう2度と生まれてきたくありません。

早くガンでもなんでもいいから死にたいのですが、痛いのはイヤだからガンだと分かったら、

疼痛に襲われる前に自殺します。一旦は自殺未遂してますから、やり方は分かっています。

但し、皆さんが自殺者を非難するのは、例えば電車への飛び込みだと、何万人に影響が出る。

部屋で首つりといっても、それが集合住宅だと、途端にケチがついて、借り手が居なくなる。

死体の処理をする人が気持ち悪い。自然死では無い場合、素っ裸にされて監察医の解剖を受ける。

死んだ後だからどうでもいいけど、女の人なんか恥ずかしいでしょ?局部まで見られるのですから。

要するに、もういいと。いう人が大勢います。しかし、それぞれが勝手に死ぬと迷惑だ。

それなら、公的な自殺制度を作ればいいのです。少子高齢化で若年世代の負担が増えるという懸念は、

高齢者が、いつまでも長生きしたいと思っている、という勝手な前提を元にしています。

上述のとおり、中年以上の人達に質問したら良いんです。私の知っている周囲でも、

もう、人生なんか十分、疲れた、死にたい

という人が多い。それならば、本人の意思確認が出来るのですから、楽に死ねるようにすればいい。

介護の懸念もなくなります。介護産業が儲からなくなるなんて、あんた、ボケ老人の世話、

したことないでしょ?「介護」とか「ケア」とか、甘いんだよ。「ボケ老人の世話」って言わなきゃ。

地獄だよ?あれ。自分が発狂するか、自殺するか、ウツになるか、対象の年寄りを殺したくなるか。

普通の人なら、必ずどれかになるとおもいます。ボケてまで生きてる価値なんかないのです。

しかし、「尊厳死」とかいって、まだ健康なウチに、
私がボケたら、死なせてくれ。

と言っておく、というのは危ないですね。如何にも後から本人の言葉を偽造し、保険金殺人など、

犯罪に悪用されそうです。


だから本人の意思がはっきりしている、正常な思考能力がある状態で「死にたい」という申し出があったら、

楽な方法で死なせればいい。そうすれば少子高齢化問題はなくなる。

年寄りが減って若者が増えていいのではないでしょうか。1つ心配なのは、それでも

健康で人生楽しくて長生きしたい人にまで「あんた、まだ、死なないの?」と余計なことを言う奴が

多分出てくるだろうことです。


それは、今は保留します。

とにかく、我々は生まれてくるときには、頼んでないんですから。

両親が性的快楽を追求した結果、出来ちゃったんですから。

この世を去る時期を自分で選べるようにすることの、どこが、わるいのでしょうか?

人口がどんどん減って、日本が滅びるかも知れないなんて、あんた、偽善は止めなさい。

自分が死んだ後の日本なんて、知ったこっちゃないでしょ?

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2014.05.04

集団的自衛権関連の続き。たぶん、多くの人が安保条約を勘違いしています。

◆日本の集団的自衛権行使を「合憲」と解釈変更しても意味が無い理由。

多くの人は、集団的自衛権を行使出来るようにして、もしもアメリカが攻撃を受けた際に

日本が知らんふりをしていたら、日本の有事の際(はっきりいえば北朝鮮が攻撃してきたときに)

アメリカは日本を守ってくれないのではないか?という思惑があるのだと思いますが、

そうだとすれば、ハナから間違っています。


日米安全保障条約、正式には、

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約

ですが、最初から最後までよく読むと、米国が有事の際に日本を「守る」という意味の具体的な文言はありません。


しいて関係があるとすれば、第五条。
第五条 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、

自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて
共通の危険に対処するように行動することを宣言する。

アメリカの本音。出来れば鳴るべく面倒に巻き込まれないように、このような文言にしてあるのです。

「各締約国」とは日本か米国ですが、無条件で、日本を助けるのではありません。
自国の憲法の規定及び手続きに従って

という、条件付きです。

アメリカ合衆国憲法を読みますと、アメリカの軍隊が戦争を始めるのは大統領の鶴の一声では

ダメで、連邦議会の決議がいるのですそれは合衆国憲法1条8節11項に連邦議会の「宣戦布告権」として定められています。

別に「戦争権限法」という法律があり、大統領がまず軍隊を動かす命令を発することは出来ますが、

60日以内に連邦議会がこれを承認しなかったら、軍隊は出動出来ないのです。


ややこしいので要点を繰り返すと要するに、アメリカが有事の際に日本を守るために軍隊を動かすとしても、

在日米軍の最高司令官に指揮権が委譲されているのではなく、「本国で」「議会が国益に合致すると認めて」

初めて、ゴーサインを出し、それからアメリカの陸海空軍は動くと。


そんなことで、その間に北朝鮮からボカスカミサイル打ち込まれたら、もう日本は消滅してしまうでしょ?

有事の際のアメリカの助けを期待するというのは、これほど無意味なことです。しかも助けるとは限らない。

アメリカの議会が「ほっとけばいいよ」と決議したら、何もしません。


◆まとめと結論。

説明が下手なので、もう一度まとめます。

日米安保条約をよく読むと、アメリカは日本が攻められたら、自動的に助けるのではない。議会の承認が必要。

アメリカ人が、軍隊を日本の為に動かす決定をするか否かは、義理人情ではなく、アメリカの国益に合致する、

と連邦議会と大統領が判断した場合だけです。


だから、いざというとき。日本が攻撃されたときに「アメリカに守って貰えるように」という意図で、

日本がアメリカの為に集団的自衛権の発動を合憲である、と解釈変更するのは、バカに等しい。

昨日も書いたとおり、国家間の関係を擬人化し、単純化した図式で考えてはいけません。

集団的自衛権が違憲である、という現在の公式見解を変更する必然性は全くありません。

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2014.05.03

集団的自衛権について。これが207回目です。

◆集団的自衛権を知らないで議論してはいけません。

知らない事は、まず、知らないと言わなければなりません。

それ以前に自分が説明できないのであれば、分かっていないのだ、という自覚を持つべきです。


過去12年で、私は、「JIROの独断的日記」において、集団的自衛権に関して206回言及しております。

自分の日記を「集団的自衛権」で検索した結果です。

これだけ説明したのですけれども、所詮は市井の一民間人のブログなど、世論に対する影響力は限りなくゼロに近いので、

やむを得ないのですが、最近、現実実を帯びてきて、今まで無関心だった人が、「にわか集団的自衛権評論家」になってますが、

すみませんけど、あまりにも分かっていないので、笑ってしまいます。

安倍晋三が総理になった瞬間から、憲法改正は自分が政治家になったときからの「夢」だったといっていたのですから、

当然警戒しなければいけない。今まで何をしていたのですか? どうして勉強しなかったのですか?

今まで知らなかったのなら、仕方がない。しかし、よく分からないまま賛成とか反対とか言ってはいけません。


◆日本が、自国の防衛で発動しなければならないのは、個別的自衛権です。

しばしば、勘違いしている人がいて、憲法九条は武力行使を禁止してるから、もし、日本が攻撃されても

何もしないで黙って殺されろという意味だ、とかなんとか。


アホですか?


国民の生命と財産を守るのは、国家の最も基本的な使命です。常識の範疇ですが、

それでも根拠を示せというのならば、それは日本国憲法前文に書かれています。

われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

「全世界の国民」の「平和的生存権」を確認してるんですから、自国民=`日本人のそれもまた、みとめていることは明らか。

集団的自衛権とは、
自国が直接武力攻撃・侵攻を受けていなくても、自国と密接な関係にある国(要するにアメリカ)が第3国による攻撃・侵略を受けたら、

それを自国への攻撃と同一と見なし、武力を用いて反撃する(アメリカを助けるために戦争に加わる)権利

です。日本の防衛には、関係ない。


◆国家を擬人化して、国家間の関係を人間関係になぞらえてはいけません。

昔から、集団的自衛権に賛成する人は、

友人が、困っているときに知らぬ顔をしておいて、自分が困ったときに助けて貰おうというのか。

という考え方をします。

私は学生時代、国際政治学の教授から、

国家間の関係を擬人化し、友人関係として考えてはいけない。国家の意思決定プロセスは遙かに複雑で打算的だ。

それを、混同してはいけない、と何度もいわれました。そのとおりで、

日本が集団的自衛家を行使しても、アメリカは、それで「借りが出来た」とは絶対に思いません。

日本がアメリカの人殺しの「パシリ」にされ、アメリカが本当は国際法上許されていないのに、勝手に世界中に出かけて、

攻撃してる国から、「何故日本は、アメリカの人殺しを助けるんだ」と思われます。

実際、今の状態ですら、イラクを攻撃する爆撃機は日本の三沢基地などから飛び立っていることを

イラク人は知っていますlそして、
「何故、日本はアメリカの手助けをするのだ?」

と、訊くそうです。

ジャーナリスト、青山繁晴さんが、世界政府アメリカの「嘘」と「正義」に書いています。

さすがの青山さんもこれには絶句したそうです。

日本が、「人殺し国家アメリカ」に基地を使わせているだけで、既に恨まれてるのですよ?

集団的自衛権で日本の自衛隊が海外へ出たら、どうなりますか? 石油を誰も売ってくれなくなりますよ?

それだけでも困る。

それは二義的であって、とにかく倫理感の問題です。

繰り返しますが、アメリカの人殺しを世界はなんだか当たり前みたいに認めてますが、

国連憲章を読めば分かる通り、国連憲章は日本国憲法そっくりで、原則的に武力行使は違法だ、といってるのです。

国連が認めているのは、他国から攻撃されたときに、国連が平和維持軍が、多国籍軍を派遣するまで、自衛権を行使する

という場合だけです。

アメリカのご機嫌をとるために、日本が集団的自衛権行使を容認する、ということは、アメリカと一緒に

国際法上の違法行為に加担する、ということに他ならない。

そういうことまで、考えて、賛成とか反対とか言っているひと、いないでしょう?

そして国連憲章51条には、集団的自衛権、という言葉が出て来ますが、これは、

アメリカが無理矢理、後から追加させたのです。


◆国連憲章原案には「集団的自衛権」はありませんでした。

国連憲章の原案・ダンバートン・オークス提案では、集団的自衛権に関する今のような規定は無かったのです。

この原案では、同盟国が攻撃・侵略されたときに、自国への攻撃と見なして武力行使をするためには、

全て国連安全保障理事会の許可が必要とされていたのです。反対したのは、米国とラテンアメリカ諸国です。

これらの国々は、1943年、チャプルテペック規約という条約を締結し、米州諸国間での集団的自衛権行使を可能にしていたのです。

しかし、ダンバートン・オークス提案のままで国連憲章が成立すると、米州諸国間での行動に支障があります。

いちいち、安保理の許可を得なければならないことになるからです。 それでは面倒でたまらんというので、

最終的に国連憲章を採択した、1945年のサンフランシスコ会議において、普遍的に集団的自衛権の行使を認める51条を挿入させたのです。


ですから、「集団的自衛権」は国家が歴史的・本来的に有する権利、そういうのを「自然権」とか言いますが、

そうではありません。ごく一部アメリカとラテン・アメリカ諸国のゴリ押しの結果です。


◆207回目の強調。「集団的自衛権」を「合憲」にしてはいけません。

集団的自衛権を認め、アメリカを手助けしたところで、そもそも有事の際、アメリカは日本人を守る気はありません。

イラク戦争のとき、アーミテージ国務副長官が来日し、イラクに自衛隊を送れ、といったら、日本政府は震え上がって

すぐいうことを聴きました。そういうことだから舐められる。それはさておき、このときアーミテージは言いました。

日本への第三国からの攻撃・侵略は、アメリカ本土への攻撃・侵略と見なす。

一見、心強そうですが、よーく読んで下さい。

「日本への攻撃をアメリカ本土への攻撃とみなす」といっていますが、「日本を守る」とは絶対にいいません。

彼らの関心は在日米軍基地を守ることだけです。日本人が殺されるのなんか、平気です。


アメリカ合衆国が日本人の生命を重んじるなら、何故、一瞬にして非戦闘員11万人を殺すような「原爆」を2回も投下したのですか?

あれは、人類史上最悪のテロですよ?永遠に許されませんよ?

それでも、「同盟国アメリカのために」集団的自衛権を容認するべきだ、と考えたとしたら、

あなたはバカです。

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