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2014年11月

2014.11.26

【訃報】「国弘正雄氏が死去 元参院議員、同時通訳者」←「只管朗読」を推奨した方です。

◆記事:国弘正雄氏が死去 元参院議員、同時通訳者(日経電子版)(2014/11/26 1:31)

国弘 正雄氏(くにひろ・まさお=元参院議員、同時通訳者)25日、老衰のため死去、84歳。

自宅は東京都世田谷区南烏山3の4の10。偲ぶ会を行うが日取りなどは未定。喪主は弟、正彦氏。

英語同時通訳の草分けで、1969年のアポロ11号による月面着陸のテレビ中継を通訳した。

三木武夫外相秘書官、ニュースキャスターなどを経て、89年、旧社会党から出馬し初当選、1期務めた。


◆コメント:「同時通訳の神様」の基礎は中学の英語の教科書を1,000回音読したこと、でした。

記事はまちがっていないのですが、本当は「國弘正雄」先生です。1970年にサイマル出版会から出版した、
英語の話しかた―同時通訳者の提言 (1970年)

で、曹洞宗の道元が「悟りを開くためにはただ、ひたすら座禅をせよ」とい意味で作った只管打坐(しかんたざ)

から「只管朗読」という方法を、國弘先生が提案しました。

ご自身が、中学の教科書を1,000回も音読したのが、後の英語力の基礎になったという経験に基づいたものでした。

もちろん、通訳者になるためには、それ相応の専門的な訓練を必要としますが、大前提として高度な語学力を既に持っていなければなりません。

國弘先生は
「自分は、音読が全てだった。意味の一通り分かった英文(易しいものでいい)を繰り返し音読し、書き写すのが。英語習得に、最も効果的だ」

という趣旨のことを、繰り返し主張なさいました。今でも英語の指導者とか英語が得意な人で「反復音読」を主張する人は多いですが、

要するに直接的に、或いは間接的に國弘先生の主張を受け継いでいるのです。後年
國弘流英語の話しかた

で再び、同じ主張をなさいました。

英会話・ぜったい・音読

は、編者の千田氏が國弘先生の影響を強く受けた方でテキストを編集して下さったものです。


◆ライシャワー教授がライフワークの邦訳にあたり、國弘先生を指名したほどです。

日本史、及び日本学の大家で駐日アメリカ大使を経験し、ハーバード大学教授を務めた、

エドウィン・O・ライシャワー博士のライフワーク、

The Japanese

の邦訳にあたり、ライシャワー先生が翻訳者として指名したのが國弘先生でした。

ザ・ジャパニーズ―日本人 (1979年)

です。昔毎日放送していた、文化放送の「100万人の英語」の水曜日は原書講読で、

贅沢なことに、The Japaneseの一節をライシャワー教授自身が音読した録音を聴いてから、翻訳者の國弘先生の解説を聞く

という企画でした。懐かしいです。


◆「英語の話しかた―同時通訳者の提言 」には、國弘先生の住所が印刷されていました。

今では信じがたいというか、危なすぎますが、1970年出版の「英語の話し方」の巻末には、

質問があったら、必ず答えるから手紙をくれ、という意味のことが書かれていて、先生の烏山(からすやま)のご住所が載っていました。

私は、大学生になってからこの本を読み、いくつか音読の方法で質問があり、恐る恐る、封書で質問したら、

なんと、たったの3日で、当時國弘先生が夕方のニュース番組のキャスターをなさっていた、日本テレビの便箋に

丁寧にお返事が書かれていて、恐縮かつ感激して、お礼のハガキを送ったところ、

再び、驚いたことに、先生はそれに対してもまた、直ぐにお返事を下さいました。

私は「只管朗読」を実行し、ヘタクソですが少しは英語が話せるようになり、ロンドン駐在員に慣れました。

國弘先生の「英語のはなしかた」を拝読しなかったら、どうなっていたか、わかりません。

直接お会いしたことのない、色々な方からの学恩を痛感します。

國弘先生のご冥福をお祈り申しあげます。

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2014.11.24

【2014衆議院選挙】野党党首、安倍につられて「経済」を第一義として捉えるな。

◆本当は各党首第一声の一覧表が欲しいのですが。

多分、明日の朝刊に間に合わせるべく、各新聞、通信社とも、今頃必死に作業しているでしょう。

NHKニュースのWEBなどから凡そを知ることが出来ますが、各党とも、安倍晋三が「アベノミクス解散だ」と言ったからと言って、

同じ土俵に立ってはいけません。


昨日の繰り返しになりますが、経済政策などというのは、ある程度やってみないとわからんし、後から変更しても良いのですが、

安倍晋三を再び総理にしてはいけない第一の理由は立憲政治なのに憲法を軽んずるからです。

憲法は、国民が国家権力に対してはめた「枷」(かせ)ですから、その枷を掛けられた側、首輪をはめられた側が首輪をはずそうとしてる。

これが、言語道断、問答無用の大問題です。


最も歴史的に「新しい」公的発言は、1983年に、角田礼次郎内閣法制局長官が衆議院予算委員会で、

「集団的自衛権の行使は憲法改正でなければできない」

と答弁し、安倍晋三氏の父、安倍晋太郎氏(当時、外相)が、
「長官が述べた通りだ」

と言いました。その後、どんなに滅茶苦茶そうな内閣もこの答弁の解釈を変更しようとしなかった。

あの稀代のペテン師、小泉純一郎ですらしなかったのに、安倍晋三は、
集団的自衛権の行使を容認するためには、国民投票が必要な憲法の改正を待つまでも無く「解釈改憲」で可能。

と、公然といい、しかも解釈改憲の「閣議決定」で十分だというのです。

国民投票も、国権の最高権力、国会の決議すら不要で、

僅か数人の行政府、「内閣」のミーティング「閣議決定」で十分というのです。

閣議で他の大臣が反対したら、閣僚は内閣総理大臣が任命するのですから、自分に賛成する奴にクビをすげ替えれば、

簡単に閣議決定が出来る、ということは、この国の最高法規が、安倍晋三の胸先三寸で変えられる、ということになります。

国家権力の濫用を防ぐ為にフランス革命から歴史的経緯を経て、憲法が成立しているのに、

そんなもの、関係ない。自分が憲法だ、といわんばかり。

そういう人間を内閣総理大臣にしておいていいのですか?と、

各党とも経済政策は、まるっきりどうでも良いとはいいませんが、

最も重要な問題は何か提示しないと話になりません。分かっているクセにそれを強調しないマスコミも

また、不作為の罪がある、と私は思います。

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2014.11.23

【衆議院選挙】積極的に支持出来る政党がなければ、仕方が無い。

◆自民党を勝たせたくないのは皆同じです。

同じなのですが、これは半ば有権者の責任だと思うのですが、民主党政権がだめだったから、といって、

見放し過ぎました。そのため、民主党にいたら、次の選挙で当選出来ないと考えた国会議員たちがデタラメな

動きをして、余計に政権担当能力を失いました。


◆一昨日(21日)金曜日に三鷹駅前で菅直人元首相が演説をしていたそうです。

私は、イギリスから帰国してしばらく武蔵野市の社宅にいて、それは菅直人さんの地元でして、かつては菅さんが

選挙運動などするまでもなく、当確でしたが、311の後、民主党の政権運営があまりにひどかったとか、

311、つまり東日本大震災の後、東電を巡る動きで処理を誤ったとか、菅さんを「A級戦犯だ」などという

タクシー運転士に会ったことすらありますが、意味がわかりません。


三鷹駅付近の人の証言によると、菅直人さんの演説「など」だれも聞かず、

菅さんは、あまりの零落ぶりに気力を失ったのか、あたかも老人のように足許すらおぼつかなかったそうです。

そう証言した人は残酷な笑みを浮かべていましたが、私には菅さんがそこまで、蔑まれる理由がわかりません。


◆東日本大震災後、東電の事故は東電の責任です。

そもそも国内に「絶対安全だ」とウソをついて54基もの原子炉を作ったのは自民党長期政権時代です。

たまたま、1,000年に一度の地震が起きたときに運悪く、民主党政権だったわけです。


菅さんの指示は、福島第一原子力発電所が停電して原子炉が冷却出来なくなったというので、

福島へ急派できる、あらゆる電源車に、福島第一に向かえ、と言う内容で、それ自体は正しい判断でした。


冷却出来なかったのは、全ての電源車のプラグが原子炉冷却装置のそれと合わなかったからです。これは民主党政権の責任ではない。


それ以前、東日本大震災の震源は福島第一原発から180キロ以上も離れていたのに、津波が来る前に電源確保が出来なかった。

マヌケなことに最後の非常用電源、蓄電池も全部地下に格納してあったので、水に浸かり使用不可能になりました。


これも菅政権の責任ですか?違いますね?東電がマヌケだったんですよね?


そういうのもひっくるめて全て菅さんが悪いというのは、納得出来ません。

どこの政党の誰が内閣総理大臣であっても適切な対処は出来なかった、と考えるべきです。


そして繰り返しますが、それ以前に最大の責任は、「絶対安全」といいながら全然安全じゃなかった原発を創っておきながら

たまたま、自身のときは野党だった自民党が謝罪しないことが問題だし、そのことを棚にあげ、

今度こそ安全だから再稼働しよう

と言い続けているのが自民党であり、安倍政権です。これほどの欺瞞があるでしょうか。


◆人が行った「良いこと」は全てわすれ、揚げ足取りにだけ情熱を燃やす日本人の愚かさ。

私のブログには「何でも直ぐに忘れる日本人」と「日本人の褒め下手」という独自カテゴリーがあります。

菅さんの例など典型です。

菅直人氏は、1996年1月、村山内閣総辞職後成立した第1次橋本内閣で厚生大臣に就任し、1月23日には、

早くも専従スタッフによる、薬害拡大の原因解明調査班を設置し、それまで厚労省が見つからないとシラを切っていた、

1983年当時のエイズ研究班による書類を探し出させ、以前から厚労省は非加熱血液製剤によるHIV感染リスクを認識していたことを

日本中に知らしめました。私は良く覚えてます。この一時だけでも偉業だとおもうのですが、例によって他人を褒めるのが「嫌いな」」日本人は、

良いことはすぐに全てわすれてしまう。或いは忘れたふりをします。


菅直人さんだけではなく、日本年金機構の前身、社会保険庁が、我々の年金掛け金をなんと5兆円以上も流用し、

職員のスポーツクラブ会員費用とか自動車購入費用などに充てていたことを暴いたのは、みんながダメ扱いする「民主党の」

長妻昭議員でした。

また、ゼロ金利が10年続いたことにより、日本の家計は銀行から利息を受け取れていない。この間失った

「得べかりし利益はいくらか?」と当時の福井日銀総裁に質問して154兆円だと、答えさせ、

日本の消費税は(当時の)5%ではなく、既に実質10%を超えていると説明したのは、

元、世界最大の証券会社メリルリンチのニューヨーク本社・上級副社長で、

故郷に乞われて、出雲市長になり、就任からたったの1年で、立候補時の公約、110項目全てを実行したのちに、

国会議員となった岩國哲人さんでした。


こういう逸材を重用しなかったことが、私に言わせれば、民主党の最大の失策です。

民主党政権はだめでしたが、「だから」、自民党が良いということにはならないのです。


◆アベノミクス解散なんてものは存在しません。

マスコミに訊ねられて、安倍晋三は今回の衆議院解散を敢えて名付けるならば、「アベノミクス解散」だ、

といいました。前回述べたとおり、何か1つの項目を判断する国政選挙というのはありません。

安倍をまた、勝たせるということは、集団手自衛権の行使を可能とするためには、憲法改正が必要だ、

という従来の内閣法制局の見解を無視して、閣議決定で可能だ、と考えている男を首相にすることです。

閣議決定で実質改憲できてしまうのならば、内閣の閣僚は内閣総理大臣が任命するのですから、

安倍が自分に反対する奴をクビにして、イエスマンだけを取りまきにすれば、簡単に解釈改憲が可能となる。


言い方を変えるなら、安倍の一存、個人の思惑で実質的に憲法の「改悪」が可能になります。

そんなことを許してはいけないのです。

じゃあどうすれば、と誰も具体的な提案をしない。更に名案があるなら教えて頂きたいのですが、

自民党には投票したくないが、他に投票したい政党が存在しないという人が多いとおもいます。

そういうひとが全部棄権したり、バラバラに野党に投票したら、いたずらに死票が増えて、結局組織票を持つ

自民党と公明党が勝ってしまう。今度勝ったら、安倍は
全てに関して国民の信認を得た。

しつこく繰り返しますが、私は共産主義者ではありませんが、国民が本気で怒っていることを

政治家たちに知らしめる、最も簡単な方法は、共産党議席を急増させることだ、といいます。

どうせ共産主義になんか、今更日本経済を変えることなんかできないのですから、迷ったり、棄権しようと言うぐらいなら、

皆で、日本共産党に入れるのが、ひとつの方法(というか今のところ他に思い付きませんが)だと思います。

最後にもう一度書きます。

票がばらけて小選挙区で死票が増え、結局再び、自公連立で過半数、では元の木阿弥です。

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2014.11.20

<衆院選>アベノミクス問う 進む株高、伸びぬ消費←何を「問う」のかは有権者が決めることです。

◆記事:<衆院選>アベノミクス問う 進む株高、伸びぬ消費(毎日新聞 11月20日(木)21時28分配信)

安倍晋三首相は衆院選で、アベノミクスへの評価を問う考えだ。

集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更など、本来は重要な争点であるはずのテーマは

「重大な政策変更ではない」(菅義偉官房長官)とし、

企業業績や雇用の改善などの成果をアピールできる経済政策を前面に出す。

(全文は、ウェブ魚拓に保存。)


◆コメント:何が争点か?は「選ばれる」側が、決めることではありません。

のっけから話が本題からそれますが、所謂「アベノミクス」などというものは存在しない(何ら、新しいことはない)し、

総需要、つまり個人消費が増えるような方策(早いのは減税)を実行せずに金融政策で、「デフレからの脱却」と銘打って

無理矢理物価を持ち上げ、消費税を増税したら、余計に景気は後退する、と私は何度もかきましたので、

だから、いわんこっちゃない。

と言いたいのですが、それは別の機会に書きます。


今日、問題にしたいのは、明日、衆院解散総選挙したら、国民に問うのは、

「アベノミクスの是非だ」というのが官房長官の趣旨のようですが、
集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更など本来は重要な争点であるはずのテーマは「重大な政策変更ではない」(菅義偉官房長官)

何が特に重要なことなのか?は有権者がきめることであり、

選ばれる側、つまり政治家が決めることではありません。


こういう、「欺し方」、2005年9月11日投開票の、所謂「郵政民営化選挙」に似ています。

あのときも、小泉純一郎は、
この選挙は、郵政民営化の是非だけを問う選挙です。

に、みなさん、すっかり欺されたのを、もうお忘れでしょうか?

あの時は、自民党のサイトには国民に向けての120の公約が掲げられていて、

憲法改正やら、後期高齢者医療制度やら、障害者支援を減らすとか、

2007年の増税など、全て書かれていたのです。



官房長官が何と言おうと、選挙で現政権に対する「評価」をするというなら、

それは、安倍政権の政策や、政治手法全般に対する判断になります。

要するに、また安倍が大勝したら、

解釈改憲による、「集団的自衛権行使容認」も、秘密保護法も、

原発存続再稼働も、消費税率引き上げ(延期したとはいえ)も、

全て国民が信認したということになるのです。

2012年の衆院選、2013年の参院選ではこの点がはっきり出ていたのに、

有権者は安倍に絶対安定多数を獲得させておいて、あとから国会前で「反原発デモ」や、

「憲法を守れ」デモなどを行っていましたが、選挙で安倍を勝たせてしまったら、あとから

何を言っても無駄です。

ああやってデモで騒いでいた方々。

私は、本来流行り言葉や、それを平気で使うのが大嫌いですが、今回ばかりは、
いつ、安倍の政治に反対の意思表示をするの?今でしょ。

といいます。選挙前にTwitterなんかでチマチマ書いても色んな人の文章が交互に現れるわけですから、

自分の頭の中では長文として出来上がっても、他人の記憶には残らない。

大事なことを主張する。天下国家を論じるならブログアカウントを開き、論理的に自分の思想を書きましょう。

とにかく、今度、安倍を勝たせたら、おしまいです。

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2014.11.13

日本で初めての生体肝移植から、今日で25年です。私が書くのは、12回目です。

◆毎年、同じことを書き写していますが、忘れてはいけない事だと思います。


1989(平成元)年の今日、日本で初めて、生体部分肝移植手術が行われました。

今では、脳死肝移植が行われても、さほどの大ニュースとして扱われなくなり、

勿論、脳死したドナーの方はお気の毒なのですが、むしろ移植は「普通の事」になりました。

しかし、それは、比較的最近のことです。

日本では長い間、臓器移植は「タブ-」でした。その禁を破ったのが、

当時の島根医科大学(現在の島根大学医学部)第二外科、当時助教授だった、

永末直文先生です。永末先生が映画「孤高のメス」の当麻医師のモデルです。

今、日本で臓器提供意思表示欄が、運転免許証や健康保険証にまで、

(臓器を提供するかしないかは勿論任意ですが)印刷されるようになりました。

全て、永末先生の職を賭しての「決断」のお陰です。


◆そもそもの始まり。

移植手術の患者は、生後間もない杉本裕弥ちゃんでした。生後1ヶ月検診で黄疸がある、と言われました。

山口県玖珂郡和木町、岩国市のすぐ北、広島との県境で開業していた木村直躬医師に、

裕弥ちゃんのおばあさんが、そのことを告げました。1988(昭和63)年12月のことです。

木村先生はエコー(超音波)で、ただちに、杉本裕弥ちゃんが、先天性胆道閉鎖症という病気である、と診断しました。

先天性胆道閉鎖症とは、生まれつき胆汁が流れ出る道がふさがっていて、胆汁が肝臓へ流れていかないので、

黄疸が段々強くなり、しまいには、肝硬変で死に至る病です。


◆杉本裕弥ちゃんは、移植以前に、胆道閉鎖症の専門家による手術をうけましたが、上手く行きませんでした。

この世に生を受けて間もない赤ん坊が、

可哀想なことに、何度も手術を受ける運命にあったのです。

木村先生の紹介で、地元山口県の国立岩國病院の小児外科により、胆管を何とか開く手術が行われました。

1度では上手く行かず、2度目の手術も失敗でした。

岩國病院の担当医から、木村先生(最初に裕弥ちゃんを診察した開業医の先生)の元に、手紙が来て、

「この子の予後はホープレス(望みがない)」とのことでした。残酷な宣告です。

それでも、裕弥ちゃんの家族は諦めませんでした。

木村先生に、何とか手段は無いか、と聞きました。先生は肝移植以外に道はない。といいました。

日本では、移植手術はタブーとされていました。

1968年札幌医大で行われた日本初の心臓移植手術の失敗が、その背景にありますが、その説明は省きます。

日本木村先生はオーストラリアの病院に問い合わせましたが、オーストラリアの病院は

「生体肝移植は難しくて無理だ。」という、つれない返事をよこしてきました。

しかし、木村先生も諦めませんでした。


◆木村先生は、「移植手術を頼むなら、島根医大の永末先生しかない」と考えました。

木村先生の頭に浮かんだのは、九州大学医学部の後輩で、広島赤十字病院で同僚だった永末直文医師でした。

木村先生は内科、永末先生は外科ですが、肝臓を専門とすることで共通していました。

木村先生がエコーで肝臓ガンを診断し、永末先生が切除可能な肝ガンの手術を6年間で200例も手がけていました。

木村先生は「生体肝移植を頼むなら、(島根医大に移った)永末君しかいない」と思いました。

永末先生は、最初あまり乗り気ではなく、オーストラリアの病院で手術を受けることを進めました。

これは、前述の通り当時の日本の医学界で「移植」という言葉はタブーだったのです。

このタブーを破った医師は、医師生命を絶たれる危険がありました。ですから、最初に永末先生が積極的ではなかったことも、

無理からぬことだったと言って良いでしょう。

ところが、木村先生は諦めませんでした。講演のため、広島に来た永末先生に会い、

とにかく裕弥ちゃんの診察だけでもしてくれ、と、頼みました。永末先生は引き受けました。

永末医師が初めて診る裕弥ちゃんは、黄疸が強く出ていて、溜まった腹水でおなかがパンパンに膨れて、静脈が浮き出ていました。

既に食道静脈瘤が出来ている可能性があり、これでは、いつ吐血してもおかしくない。

吐血しなくてもあと1ヶ月ほどの命、と永末先生は思いました。まだ、生後一年経っていない赤ん坊が肝硬変です。残酷な現実でした。

裕弥ちゃんの体力が移植手術に耐えられるか、五分五分だと考えました。


◆永末先生は裕弥ちゃんの家族にありのままを話しました。

永末医師は家族に客観的事実を説明しました。それは、


  • 正確なことは精密検査をしないと分からないが、移植手術は出来そうなこと。

  • 但し、島根医大の永末医師のグループでは生体肝移植の経験がないので、上手くいくかどうか保証できないこと。

  • 手術まで持ち込めても、裕弥ちゃんの全身状態があまりにも悪いので、手術に持ちこたえられずに亡くなる可能性も高いこと、


という内容でした。決して楽観出来る話ではありません。しかし、家族は必死でした。

永末医師は特に裕弥ちゃんの祖父政雄さんの言葉を強く覚えています。
このまま裕弥を死なせたら悔いが残ります。明弘(引用者注:裕弥ちゃんの父)の命に別状がないのなら、結果は問いません。是非手術をして下さい。

そして、政雄さんは、裕弥ちゃんの両親に言いました。
「明弘、寿美子さん。お前たちが両親なんだから、お前たちからはっきりお願いしなさい」

15秒ほどの沈黙の後、それまで寡黙だった明弘さん(裕弥ちゃんの父)が永末医師を正面から見つめ、言いました。
「お願いします」

その言葉に永末先生の気持ちが動きました。

「この人達は裕弥ちゃんを助けようと必死になっている。移植手術未経験だというのに、頼むという。

ここで失敗を恐れて背を向けたら、医師として最も大事なものを失ってしまう」と思ったのです。


◆永末先生は、島根医大第二外科全員に「この手術を断るぐらいなら、明日から肝移植の研究など止めてしまおう」と言いました。

永末先生の気持ちは固まりました。

当時永末先生は助教授でしたから、第二外科の部長中村教授の了解も取り付けました。

自分の研究室に戻った永末先生は、肝臓グループの医師たちに、裕弥ちゃんの生体肝移植を引き受けることにした、と言いました。

医師達は全員無言になりました。

「日本で初めての生体肝移植」であることに加え、裕弥ちゃんの症状が悪すぎる、と専門医たちは誰もが思ったのです。

スタッフが躊躇っているのを見て、永末先生は、言いました。

「我々は『肝移植』を標榜している。

赤ちゃんは死にかけている。家族は結果は問わないからやってくれという。責任は全て私が取る。

目の前の赤ちゃんを救えないような研究なら意味は無い。もしこの移植を拒むなら、明日から移植の研究など止めてしまおう。」

第二外科の河野講師(当時)はこの言葉を聞いて、身体が震えたといいます。皆同じ心境だったことでしょう。


◆中村教授は「永末君、君は全てを失うかも知れない、本当にそれでいいのか?」と心配しました。

手術を行うことが決まってから、永末先生は、中村教授の部屋で何度も話し合いました。

中村先生は、心配していました。

「永末君。僕はもう13年もここの教授をしていて思い残すことはない。福岡へ帰れば済む。

しかし、君はこの手術で全てを失うかも知れない。僕はそれがいちばん心配だ。本当に君はそうなってもかまわないのか」

その都度、永末先生は答えました。
「先生。大丈夫です。誰かがやらなければならないことを、私たちがやるだけです。これで弾劾されたら、福岡へ帰って開業します」

この言葉は、決断―生体肝移植の軌跡という本(是非、読んでいただきたい)で永末先生自身が書いている言葉です。

しかし、本当はもっと悲痛な覚悟でした。

後年、NHKの「プロジェクトX」に出たとき、永末先生は、医師を辞めることさえ覚悟していた、と話しました。

「私は英語が得意なので、学習塾の英語の先生をすれば、食べていけると思ったのです」

淡々と語る永末先生を見て、私は心の底から、永末先生を尊敬しました。

これほど立派な医師を見たことがありません。

裕弥ちゃんの移植手術そのものは成功しましたが、その後、ありとあらゆる合併症が起きました。

そして、手術から285日後、1990(平成2)年8月24日、午前2時32分、亡くなりました。1歳9ヶ月の生涯でした。

家族は、手術とその後の肝臓チームのすさまじい努力、裕弥ちゃんを救おうとする苦労を目の当たりにしていたので、

チーム全員に丁重にお礼をいいました。後年、裕弥ちゃんの弟が生まれました。

母親の寿美子さんは、永末直文医師の「直」と裕弥ちゃんの「弥」をとり、「直弥」と名付けました。

島根医大第二外科が初めての生体肝移植をしたのを見届けるように、その後、京大、信州大が、数多くの生体肝移植を成功させました。

それはそれで、良いことです。

しかし、何と云っても、「最初にやる」ことを決断する勇気と覚悟は、2番目以降とは比べものになりません。

島根医大第二外科の英断と死にものぐるいの努力がなければ、こうした道は今も開けていなかったでしょう。

島根医大は、今は島根大学医学部になってしまいましたが、それはこの歴史的事実の価値に比べればどうでも良い。

永末先生とそのチームの偉業は、日本の医療の歴史に永遠に刻まれるでしょう。

永末先生が中心となり、当時の移植チームのメンバーが、思いを綴った本、決断―生体肝移植の軌跡を是非、読んで下さい。


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2014.11.12

【総選挙】「与党、12月14日総選挙有力視 首相、解散前に増税の是非判断」←安倍を勝たせてはいけません。

◆記事:与党、12月14日総選挙有力視 首相、解散前に増税の是非判断(共同通信 2014/11/12 22:24)

安倍首相が年内に実施する意向を固めた衆院解散・総選挙に関し、自民、公明両党は12日、

「12月2日公示―14日投開票」が有力と見て準備を加速させた。

首相は、消費税率を予定通り2015年10月に10%へ引き上げることの是非を解散前に判断する。

麻生副総理兼財務相は12日、引き上げを主張。政権内には、景気への悪影響を懸念して

再増税の先送りを求める声が出ており、首相の対応が焦点。

首相は総選挙に関し、今月19日に衆院を解散する方針と、12月14日投開票を軸とする日程案を与党幹部に提示。

与党内では「12月9日公示―21日投開票」とする案もある。


◆コメント:この2年間が示す通り、選挙で勝たせておいて後から「反対!」と叫んでも無駄なのです。

国民が政治的判断を、完全に合法的な、制度とした確立された行為として示せるのは、選挙に於ける投票行動だけです。

現在の安倍内閣は、2012年11月16日衆議院解散、12月4日衆院選公示、12月16日に投開票された、

第46回衆議院選挙で、自民党単独で絶対安定多数の259議席を獲得し、公明党の31議席と併せると

325議席となり、これは衆議院で可決された法律が参議院で否決されても、衆議院で3分の2を超える多数で

再可決すればどんな法律も作れてしまう数です。

日本国憲法第59条第2項 衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。

こういう状態を創っておいて、後から「秘密保護法」や「集団的自衛権行使可能とすること」や「原発再稼働」に

反対といっても意味がありません。

それは単なる「意見」であり、議会制民主主義(間接民主主義=代議制民主主義)なんですから、

多数党の公約が、国民の意思を反映している、と見なされます。

選挙で、或る政策、方針に反対しないで、自民党が大勝してから「原発反対」とか「憲法を守れ」とかいうから、私は何度も
どうしてそんなにバカなのですか?

と書きました。反対ならば選挙の投票行動で示さなければダメです。

これで自民党が、現在の議席数かあるいは現在から微減する程度の開票結果になったら、

安倍政権は、秘密保護法も、原発存続再稼働も、憲法改正(それ以前に集団的自衛権の行使容認)も消費税再増税も、

「全ては、国民に支持された」と公言するでしょうし、実際、死票があってもそれが代議制民主主義の原理です。


参議院選挙は2016年までありませんから、ひとまず、自民党と公明党の議席数を

衆議院再可決不可能な数まで減らすべきです。

再可決は「衆議院で出席議員の三分の二以上」です。衆議院の定数は480ですから、

衆議院に欠員がなく全員が出席した(480人の議員が採決に参加した)とすると320票以上で「三分の二以上」になります。

12月に本当に選挙があるとしたら、自民党と公明党併せても320未満にするのが、有権者の「使命」だと思います。

あちらこちらの野党に票が散ると、特に小選挙区で死票が増えて、また自民党が勝ちますから、

私は全然共産主義者ではありませんが、国民が本当に怒っているぞ、ということを示すには、

共産党を躍進させるのが一番です。まだ気が早いのですが、共産主義なんかになるわけないですから。

何はともあれ、何処かに票が集中しないと、原理的にまた自民党が勝つのです。

消費税が増税され、弱者は野垂れ死んで下さい、という世の中が進み、憲法改正を認め、原発を認めたことになる。

いやでしょ? だったら、「何となく投票」は止めましょう。

まだ、時間があるので何度も書きますが、基本は今日書いたことです。


ところで、明日11月13日は、日本初の生体部分肝移植(1989年=平成元年)から四半世紀です。

それは、明日書きます。

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2014.11.07

【音楽】ヴァイオリン古澤巌「マドリガル」←紹介し忘れていました。

◆今は、クロスオーバーというのでしょうか。

クラシックみたいな、ジプシーの民族音楽みたいな。ジャンル分け出来ないような曲の演奏が多い。

葉加瀬太郎とも共演したりするので(事務所が同じなのです)、「半芸能人的クラシック音楽家」と思っている方、

又は全然知らない方もいらっしゃるでしょう。


古澤巌氏は1959年7月生まれ。桐朋で江藤俊哉先生にならって、1979年、毎コンヴァイオリン部門で1位。

その後、モーツァルテウム音楽院でイヴリー・ギトリス氏に師事。

1988年から4年間、都響のコンマスを務めました。

その頃、私は一度生で古澤氏がブラームスの協奏曲を弾くのを聴きましたが

至極まっとうに、きちんと上手くて音楽的でした。


その後フリーになってからは、メディアに登場するときは特に変わった風体で、

如何にも芸術家の典型的な変人に見えますが、とにかく基本的には、極めてまっとうな、

クラシックのヴァイオリン奏者です。

以前かなり気に入って聴いてたのに、今までご紹介しなかったのが不思議です。


◆アルバム「マドリガル」

これは1990年発売ですから、まだ都響のコンマスだったころです。

聴き易い(曲想も、演奏時間も。)曲の名演が並んでいる。多分、これがデビューアルバムか、とにかく

レコーディング初期だと思います。

マドリガル

美しい音でヴァイオリンが良く鳴っているのがわかります。聴いていて快感があります。

これが本当に綺麗なヴァイオリンの音の一典型だと思います。

少しだけご紹介します。


◆シモネッティ:マドリガル





伸びやかな音が気持ちいいです。これ生で聴くと、驚くほど「大きな」音に聞こえるだろうと思います。

それは、強く弾いているのではなく、良い楽器を、無駄な力を入れずに正しい奏法で演奏することで得られる音です。


次は、元来リスト作曲のピアノ曲をミルシテインって古澤氏も習ったヴァイオリニスト、大先生ですが、ミルシテインという人が、

ヴァイオリン用に編曲したものです。


◆F.リスト(ミルシテイン編曲)コンソレーション 第3番





「愛の夢」に似ていますが、別の曲です。リストのコンソレーションは6曲あり、この3番が一番人気があり、単独で

演奏されることが多いのです。


最後は、みなさん御存知、モンティの「チャールダッシュ」。


◆V.モンティ:チャールダッシュ






ヴァイオリンも見事ですが、結構テンポが揺れてるのに、伴奏のピアノがピタリと合わせています。

御存知の方は御存知。小林道夫先生です。非常に贅沢な伴奏ですね。

24年も前のアルバムですが、Amazonの中古に沢山あります。

他にも古澤氏のアルバムは沢山あります。本当に上手いので、

ジプシー風とかタンゴとかもいいですが、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスなど協奏曲を

何処かのオケに呼ばれて弾いてくれるか、録音して欲しいものです。

皆様、良い週末をお過ごし下さい。

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2014.11.03

「尊厳死宣言の米女性死亡 自宅で服薬、家族に見守られ」←私は「公的自殺制度の提案」を既に書きました。

◆記事:尊厳死宣言の米女性死亡 自宅で服薬、家族に見守られ(共同通信 2014/11/03 13:51)

脳腫瘍で余命わずかと宣告され、「尊厳死」を選ぶと宣言していた米西部オレゴン州の女性

ブリタニー・メイナードさん(29)が予告通り1日、自宅で医師から処方された薬を服用し死亡した。

米メディアが2日報じた。

メイナードさんが活動を支持していた尊厳死を推進するグループのスポークスマンは、メイナードさんが自宅の寝室で、

家族ら愛する人たちの腕の中で穏やかに亡くなったと述べた。

メイナードさんは亡くなる当日、交流サイト、フェイスブックのページに

「愛する家族、友だちよさようなら。世界は美しいところ。旅はいつも私の最良の教師だった」などと書き込んだ。


◆コメント:放置、或いは治療しても最期は苦しむのが分かっているのに最期まで生きろという方が無責任です。

特にガンですが、いつまで経っても、頭が良いのが自慢の医学者たちが、

完全に治せるようにしてくれません。なまじ治療を受けると副作用に苦しみます。お袋でよく分かりました。

どんどん衰弱していって、そのくせかなり末期まで患者の意識が明瞭なのが、ガンの残酷なところです。


自分が死ぬ、と分かっていて、その過程を冷静に観察して静かになくなった方もいますが、ふつうは 無理です。

ガンにならなくても、人間というのは、好きで生まれてきた訳ではないし、

全ての人が、出来るだけ健康で長生きしたい、という大前提を無言のうちに強制するのは正しくない。

そこで私は、8月に

2014.08.18 公的自殺制度の提案。

を書きました。

反対の方の意見は宗教的理由(カトリックでは自殺は許されない)とかいいますが、日頃それほど経験なクリスチャンばかりでしょうか。

また、カトリックの信者をやめるのに何か決まりは無いはずです。信仰を止めたと思えば信者ではない。

また、医学者はこれは従来で法的に定義するところの「安楽死」や「尊厳死」ではない。自殺だといいます。

そうです。今までに無い制度だから創設に値いする。逃れがたい苦痛から解放されるまでは許されないとか、

そんなの、他人が決めることではない、と思います。痛みもない、冷静な状態で、あとのことはどうして、

それじゃ死にます、というのが悪い事でしょうか?

公的な自殺がないから、飛び込み(電車の人身自殺)が起きてみな「馬鹿野郎」とか「迷惑をかけないように死ね」とか

言うじゃ無いですか。だから制度化すればいい。少子高齢化の問題も解決します。

好きな事をして、好きなだけ食べて、飲んで、吸って、このままじゃ糖尿だ、肝硬変だ、あ、もう肺ガンだとなったら、

痛む前に、「じゃ、お先」、という方が健全です。

遺産分割の方法を被相続者が、生前にはっきりさせておけば子供達が揉めることもありません。


8月にも書きましたが、
「認知症になったら安楽死させて欲しい」

というやり方は、似てますが、いくらでも保険金殺人に悪用できるのでダメです。


もう一度繰り返します。好きで生まれてきたわけではないし、楽しいことなどもうなくてもいい。苦しまないうちに

既に十分生きたから死にたい、という「公的自殺制度」は、このニュースの様に余命が分かっていなくても

認めるべきだと思います。随分気が楽になります。自然に死ぬまでまたなくてはいけないから、

やれ、健康に気を付けようとか老後の資金は大丈夫か?などと下らない心配をしなければならないのではないでしょうか。

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2014.11.02

10月は4回しか記事を書きませんでした。サボるにもほどがあります。

◆言い訳すると、やはり年を取ると、キツい、ということはあるのですが…。

以前ほど、体力がないと気力がなくなり、自分が余命もどんどん短くなっているので、

2002年10月に本気で書き始めた頃の気力が無い、とはいうものの、振り返っておどろきましたが、

先月、2014年10月には、なんと4回しかWEB日記(=ブログ)を更新しておらず、過去最低です。


言い訳として今年に入ってから、いい加減疲れた、と。しかしサボりすぎました。


◆書く気力がなくなる世の中であることも確かなのです。

それは、私が世間に訴えたいのは、愚痴になりますが、

何を今更。

という、一語に尽きます。


つまり。

人々がTwitterで、原発反対、集団的自衛権行使容認反対、と、ブログではなくTwitterで、

騒いでいるのですが、そういうことは私がずっと前から書き続けていることです。

特に改憲反対、集団的自衛権反対は、過去12年で200回以上書いてます。


しかし、有権者は、2012年の衆議院選挙。2013年の参議院選挙でいずれも安倍晋三率いる自民党を大勝させています。

安倍氏は、政治家になった瞬間から改憲が目標だ、と言っているし、

2013年の参議院選挙では、公約で「原発存続、再稼働」を掲げていた、唯一の政党が自民党なのです。


その政党が衆参で過半数を取ったら、どんな法案でも可決されることは、火を見るより明らかなのに、

選挙の前から反自民、反安倍政権を叫ぶべきときには何も言わない。

主権者たる国民が政治的意思を公式に表明する唯一最大の場は、国政選挙です。

そこで本気にならず、衆参両院で与党が絶対安定多数を獲得してから、

国会議事堂前で「原発存続、再稼働反対」とか「憲法を守れ」とか叫んでいる人達をみると、

無性に腹が立つのです。
選挙のときに騒がないで、今更デモでいくら騒いでも意味が無いだろう!

ということです。

議会制民主主義かつ、間接民主主義(代議制民主主義)の原理に鑑み、

多数党の政策は、民意を反映していると見なされる。死票が多いことぐらいわかりますが、

とにもかくにも現行制度は、多数党の政策=主権者国民の声、なのですから肝心の選挙で騒がずに、

後にデモやTwitterなんて、あんな140文字のこまぎれで何を言っても仕方が無い。


私はそんなのとっくの昔からブログに書いているのに、今頃になってTwitterで、間違いではないけれど、

なにやら正論を吐いて、自己満足に陥っている人があまりにも多い。

あれを見ていると、繰り返し正論をブログに書いてきた(私は有名人ではないから何度も同じ事を繰り返さないと、

多くの人に自分の思想を知って頂けないのです)私としては、ざっくばらんにいうと
アホ臭くて、やってらんねえよ。

という気分になるのです。それがサボりの理由ですが、余りにもひどいので、また同じ事を繰り返し書くように頑張ろうかと思います。

文句の或る方はまず、12年間3800本の記事で天下国家を論じてから、私に文句を言って下さい。

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