カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2012.05.15

「スコットランドの学校給食が酷過ぎる!?」←実際はもっとひどいです

◆記事:スコットランドの学校給食が酷過ぎる!?(海外反応! I LOVE JAPAN)

学校で勉強する子どもたちにとって、給食は楽しみの1つ。

最近の日本では給食費の滞納が大きな問題となっている一方、

栄養士によって工夫された豊富なメニューが提供され、日々子どもたちのお腹を満たす努力がなされている。

しかし所変わって英国では今、学校で出される給食を紹介する少女のブログが注目を集めているそうだ。

少女は、いつもお腹が満たされぬまま帰宅する現状を知ってもらいたいと、給食の写真を掲載したブログを開始。

すると、あまりに寂しい量の給食に多くの人が驚き、Twitterなどを通じて話題を呼んでいる。

英紙デイリー・メールやサンなどによると、この少女はスコットランド地方西部にある学校に通う9歳の

マーサ・ペインちゃん。彼女の学校では、毎日2ポンド(約250円)の費用で給食が提供されているそうだが、

以前からその中身に不満を抱えていたという。そこで彼女は大人たちにお腹が満たされない現状を知ってもらおうと、

父親の助けを借りて給食の写真を掲載し、自分の評価を紹介するブログを4月30日から始めた。(以下略)

Ukschoollunch01Ukschoollunch02Ukschoollunch03



◆コメント:こんなに上等じゃないです。実際はもっとすごい(ひどい)ですよ。

これはデイリーメールという、日本の「日刊ゲンダイ」みたいなタブロイド紙ですが、

実際はこんな「上等」じゃないです。日本人に比べて、食べ物への感受性が10分の1ぐらいな

イギリス人ですけど、さすがに本当の「真実」を写真に撮ったら、

あまりにも世界中が呆れてものが言えなくなるから、これでも「演出」してます。

実際はですね。いいですか?

子供のお弁当を近ごろ作らないお母さんも多いらしいですけど、

昔からの日本のお母さん達が作るお弁当は、世界中確認してみるまでもなく間違いなく

世界一の「大御馳走」です。


スコットランドだけではありません。イングランドだろうがウェーズだろうが、同じです。

子供のお昼ね。いいですか?心の準備はいいですか?


大抵、ポテトチップ(イギリスではポテト・クリスプス、ですが)一袋。それが「昼ご飯」とかね。

スニッカーズってあるでしょ?チョコレート・バーですね。あれと、何だかイギリスでよく見かける

細いニンジンがあるんですよ。長さも短いの。それ1本。

繰り返します。スニッカーズとニンジン。それがお昼ご飯。

これは、虐待家庭ではありません。普通なのです。

大人だって、とにかく「食べ物」に関心が無いのですから、

別に特に気にならないのですね。イギリスでは大家さんの都合で一回引っ越して2軒の家に住みましたが、

最初に住んだ家のお隣さんは、彼のロイヤル・バレエのバレエ・ピアニスト(話が逸れますが、バレエの稽古のたびに、

オーケストラを雇えませんから、ピアニストが音楽を担当します。これはこれで専門職で、パリ・オペラ座では、

「国際バレエ・ピアニスト・コンクール」が開催されます)だったのですが、50過ぎて独身で、

何だか、バレエ・ピアニストの割り当ても決める、要するに管理職も兼ねていたらしくてやたらと忙しい。

それにしても・・・なんですが、なんと1年中、三食「シリアル」(「コーンフレーク」は商品名、固有名詞。

一般名詞は「シリアル」です)だというのです。そんなんで、どうしてあれほどでっかい身体になるのか

不思議です。一時が万事です。だからスコットランドの子供が特に「虐待」されているわけではないです。

勿論、スニッカーズとニンジンが子供の昼ご飯で良い、とは思いませんけど、今更、イギリス人に言っても無駄です。


◆世界中の美味しいものが集まっているのが日本です。

昔の「兼高かおる世界の旅」(海外旅行がまだ庶民にとって高嶺の花だったころの番組です)

の兼高かおるさんほど、世界中に行った訳ではありませんが、ほぼ確信があります。

世界中の美味しい料理は日本で食べられます。そしてそれらは、本国で食べるよりも美味しく改良されています。

勿論ね。各国の家庭料理なんかは、レストランで出さないから分かりません。

他の国の料理は全て、不味いとか下らないとか云うつもりは無いけど、平均したら、全てが最も美味しいのが日本。


コーヒー一つとっても、前にも書きましたが、Newsweekの日本特派員が,

日本の喫茶店のコーヒーを飲んで驚嘆し、わざわざ、

日本のコーヒーは芸術的に美味しい。

という記事を1本書いたほどなのです。


そうでしょうね。

私は、ロンドン駐在中、一度TESCO(テスコ)というでっかいスーパーの片隅の

「喫茶コーナー」で、「アイスコーヒー」を注文したことがありますが、あのときの凄さ。

日本のような、アイスコーヒーを紙パックで、なんて有りません。

どうするか?

イギリス人の兄ちゃん。コップに蛇口から水道水を注ぎます。

棚から「ネスカフェ」(インスタントコーヒー)の瓶を取り出します。

コップの中の生ぬるい水道水に、スプーンで適当に2、3杯、インスタントコーヒーの粉を入れます。

そのまま、スプーンで二回ぐらいかき混ぜます。

サイコロのように小さいアイスキューブを、ぬるい水道水にまだ、インスタントコーヒーの粉が

溶けきっていない代物に、放り込みます。

「出来ました」といって、客に出しておカネをとります。

ガムシロップとかコーヒークリームなんて、気の利いたものは有りません。

砂糖と牛乳を勝手にいれろ、と言うわけです。


本当に、一事が万事、この調子なのです。日本人のようにコーヒーの淹れ方で、道を極める、

なんて、100年生きていても彼らは考えないことでしょう。

一番上等なコーヒー豆は、殆ど日本が輸入しているらしいですが、

その方がコーヒーにとっても、幸せだと思います。

我々は、多分、世界一、ありとあらゆる美味しいものを食べられる国にいます。

(放射能の話は今日は、忘れます)。

その意味で、日本に生まれた我々は、ものすごく、幸せなのです。

ずっと日本にいると分かりませんが、外国に住むと、つくづく、そう思います。

【読者の皆様にお願い】

是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面右下にボタンがあります。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012.05.06

「連休明け、五月病をどう防ぐ?--専門医に訊く」専門医じゃなくても分かります。

◆記事:連休明け、五月病をどう防ぐ(全部載せても悪いので、冒頭のみ)。

日経に載っていた記事の一部で有名な精神科の先生が答えてるのですけどね。

最初だけ載せます。

新年度がスタートして1カ月あまり。新入生や新社会人、転居や異動などで環境が変わった人の中には、理想と現実の食い違いに直面し、

「こんなはずじゃなかった」「やる気が起きない」と思い悩むケースもある。いわゆる「五月病」だ。

五月病を防ぐにはどうすればいいのか。国立精神・神経医療研究センターの大野裕・認知行動療法センター長に聞いた。

という具合で後は、「十分な睡眠」とか「適度な運動」とか

「気分転換の方法を見つける」とか「相談できる相手を確保する」とか

教科書どおりの答えしかかいてない。これは大野先生が悪いのではなく

だれに訊いても同じようなものでしょう。


◆環境が変わったりストレスが加われば憂鬱になるのが当たり前です。あなたは「悪く」ない。

私が思うに、この手の悩みで一番良くないのは、自分を責めることです。

特に、日本人は自分に厳しすぎ、俗な表現を用いるなら、

「クソ真面目」なのです。

進学する。クラス替えがある。学校を出て社会人になる。社会人が人事異動で

引っ越しを伴う転勤をする。引っ越しがなくても、今まで経験の無い仕事をやらされる。

昇進して責任が重くなる・・・等々、およそ、「それまでと違った環境」に身を置いたら、

落ち着かないのは当たり前です。

慣れるまで不安だったりドキドキしたり、前の環境に戻りたいと思います。

それは人間として自然なことです。


私が半世紀生きてきて、その半分以上は社会人生活になってしまいましたが、

色々な人や、色々なケースを見たり、自分で体験して思うのですが、

一番良くないのは、このような「外因性のストレス」が加わったときに

精神状態が不安定になるのが「自分の『弱さ』だ」と思い込むことです。

自分の性格が弱い、根性がない。大雑把に言って、自分が「悪い」と思うことが

間違ってます。人間です。生きものですから環境が変わったり身の回りで非日常的な

ことが起きたら、精神的に不安定になったり抑うつ的になるのが当然です。

それでこそ、人間です。


◆五月病ではない人だって、同じです。

私は生来怠惰な人間で、これは子供のころから変わっておりません。

小学生の頃から、毎年8月の最終日曜日、夜7時のNHKニュースの原稿は、他に大事件がないかぎり、

夏休み最後の日曜日の今日は・・・・

で始まります。日曜には親父が家にいて夜はNHKの7時のニュースなんです。

毎年、毎年、この言葉が最初に来るのが分かっていても嫌で仕方がありませんでした。

別に学校でいじめられていたわけではありませんが、休みのほうが良いに決まってます。

学校なんて面倒臭い。夏休みが間もなく終わることぐらい分かっているのであって、

それを、いちいち毎年、ご丁寧にNHKのニュースで強調して欲しくない。

ずっとそう思っています。


それで、ここで書くと、そのNHKと同じことになってしまうのですが、

ごく普通にカレンダー通りのゴールデンウイークを過ごしておられる方は、

6日(日)で終わりで、7日の月曜から仕事ですよね?私なんか今から憂鬱ですよ。

憂鬱じゃない方は、無理にゆううつになる必要(?)はありませんが、

憂鬱な方は、そう感じる自分をそのまま認めるのが一番良いと思います。

憂鬱なのに「よーしやるぞ」とか無理に思え、と書いてある「ポジティブ・シンキング」(Positive thinking)

の本などありますが、よくありません。何故か?


◆嫌なものを「嫌でない」というのは自己欺瞞だからです。

私は28年サラリーマンをしてますが、今でも月曜や、連休明け、夏休み明けは会社に行くのが嫌でたまりません。

働くのも嫌いだし、あの話題の乏しいオッサン達の巣窟である「会社」という「場」も嫌いです。

嫌なものは嫌なのです。

嫌なものを嫌でないかのように思い込もうとする。それは自己欺瞞です。「ポジティブ・シンキング」は、

自分を偽るから、苦しくなるのです。何も自分の頭の中のことで外から見えるわけではありません。

私は「自分は、働くことも会社も大嫌いだが、食うために仕方がないから、行くのだ」と思うことにしています。

仕事は大嫌いですが、実際に会社に行けば仕事はきちんとしています。対価に相応しい労働力を会社に提供しているかぎり

頭の中で仕事を「好きだ」と思うのも自由ですし「こんなもの、宝くじがあたったら明日にでも辞めてやる」と思うのも

完全に自由です。たったそれだけのことです「発想の転換」というほど大袈裟なことではありません。

ただ、余りにクソ真面目に考えて、「仕事を嫌いな自分は怠惰なのではないか?」と思って苦しんでいる方が

おられるのではないか、と思って書きました。


日本の会社は「仕事を通して自己実現」するためには「いつまで立っても勉強と努力と向上心」を

忘れてはいけない、等と言って洗脳しようとしますが、それは収益の極大化を目的とする、

資本主義経済における民間会社にとって、個々の労働力の質が上がれば生産性があがるからです。

会社は、従業員1人1人の人生などどうでもいいのです。「自己啓発」とか「自己実現」とか、

大きなお世話です。いちいち真に受けてはいけません。


◆頑張れない人に「頑張れ」というのが禁物なのは、他人も自分も同じです。

東日本大震災の後、ノーテンキに、被災者にむけて「頑張れ」というメッセージを送る人が多く、

また、あれは政府だろうか「頑張ろうニッポン」という言葉があるが、どうかと思いました。

ですから、私は何度かブログでそのことを訴えました。

2011.04.03 NHK「ニュースウオッチ9」で報じていた「災害関連死」。←特に高齢の被災者は「頑張っ」てはいけない。

2011.04.13 被災者に「頑張れ」という残酷さが、まだわかりませんかね。

頑張れる人が頑張るのは、勿論良いのですが、だからと言って全ての人に無理に頑張れといっても、

例えば福島第一原発事故により、ひどく放射能で汚染された地域で農業や畜産業を営んでいた方々は、

頑張れといわれても頑張りようがないのであるから、こういう人に頑張れというのは、

相手をよけいに辛い気持ちにさせる、無神経な行為ではないか、と思います。


これは勿論、福島に限った話ではありません。

家も財産も家族も仕事も一瞬にして全て失ったけれど、それでも頑張っている人もいるからといって、

同じ状況の全ての人が「同じように頑張るべきだ」というのは、乱暴です。

ショッキングな出来事、不幸な出来事、要するに非常に大きなストレスに対する感受性は、

一人一人異なると思います。


ちょっと話が飛躍的かもしれませんが、震災とは関係なく、

これは私たちが「自分」に対しても、同じ事が言える、と思います。

「頑張れない」「頑張りたくない」自分の気持ちは、自分が一番分かっているのですから、

その自分に向かって無理に「頑張れ」という必要はないと思います。

それが「自然な」考え方だと思います。それを無理に奮起しよう、などとするのは

「不自然な」行為です。ですから苦しくなるのだと思います。

休み明けは、憂鬱で鬱陶しい。もっと休んでいたい。

そう思うことに、なんらかの「罪悪感」を抱く必要は、まったくありません。

【読者の皆様にお願い】

是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012.04.21

皆様、ありがとうございました。お騒がせ致しましたことをお詫びします。/御礼にモーツァルト。

◆昨日の文章に多くの方からコメント、メールを頂戴いたしました。

昨日の日記(ブログ)記事、

唐突ですみません。私、最近、おかしいですか?

に、大変、多くの方々から、ご丁寧かつご親切なコメントとメールを

頂戴いたしました。お一人お一人のお言葉を何度も読み返しました。

「時間」は取り返しが付かないものです。

皆さま、それぞれの人生における、二度と戻らない貴重なお時間を私めごときの為に

割いて下さったわけで、それ自体、大変にありがたいことでございます。

心より御礼申しあげます。ありがとうございました。

同時に、皆さまはその時間を、ご自分の為のもっと楽しい事、有意義なことに、

お使いになることができたのですから、

私が昨日の記事を載せてしまったが為に、

取り返しが付かない、よけいなお手間を掛けてしまいました。

そんなことは、「ご意見をお聞かせ下さい」とお願いする時点で当然の結果として

私は推測できたことで、にも関わらず、「構ってちゃん」記事を載せた、自らの不明に

今更、ですが、大袈裟ではなく、顔を赧らめております。



しかしながら、皆さまのお言葉のおかげで「正気に返る」ことが出来たのもまた事実です。


本来、お一人お一人に、返信を差し上げ、その後にこのような文章をここに載せるのが

「筋」でございます。


勿論、コメント、メールには、できる限りはやく、お返事もうしあげますが、

予想(という言い方自体が失礼ですが)よりも多くの方から

大変にお心のこもったメッセージを頂いておりますから、通り一遍の

返信では失礼ですので、全部御礼を書いたのち、この場で御礼を書くとなると遅くなってしまいます。


この記事自体を、皆様への返信の代替物にするつもりは、毛頭ございませんが

取り急ぎ、なるべく早く、最初の御礼をもうしあげたく、

ここに駄文を載せた次第でございます。

皆様ありがとうございました。


◆お礼に音楽を。モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595 第3楽章(ピアノ独奏:ワルター・クリーン)

ワルター・クリーン氏に関しては、少なくとも過去2回、書いています。

直近では、昨年の暮れに一度ご紹介したのですが、サーバーを替えまして、

音が聞けない、という状況なので、最初に取り上げた、

2010.02.06 【音楽】お薦め。ワルター・クリーン氏(ピアニスト)のモーツァルトピアノ協奏曲第27番を含むアルバム。

にリンクしておきます。

その記事で、ワルター・クリーン氏が1989年に故・若杉弘氏指揮、NHK交響楽団と協演した、

「伝説的名演」について書きました。

このときには、まだ録音が商品になっていませんでしたが、今調べて驚きました。

なんと、ちょうど一週間後、CD化されて発売されます。
モーツァルト: ピアノ協奏曲第20番, 第24番, 第23番, 第27番 Walter Klien 、 Horst Stein 、 若杉弘 、 NHK交響楽団

「伝説的名演」の27番以外に、ワルター・クリーン氏はN響名誉指揮者、ホルスト・シュタイン氏と親友でしたが、

そのシュタイン氏の伴奏(指揮)で弾いた他の、更に伝説的名演が含まれております。

2枚組ですが、今予約すると(私はTOWER RECORDSと何ら利害関係はないのですが)、¥1,884だそうです。

ワルター・クリーン氏を、まだお持ちでないかたにはもとより、既に、これからご紹介するCDをお持ちの方にも

まだ発売されていませんから本当は無責任なのですが、是非、お薦めします。

今日お聴き頂くのは、
モーツァルト:ピアノ協奏曲集(第12、14、16、17、18、21、23、24、26、27番)

で、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキー(この人も何度も来日してますが)指揮、ミネソタ交響楽団です。

これはこれで名演ですが、4,370円です。Amazonの邪魔をする気はないですが、伝説的名演の予約をお奨めします。

今日はとにかく今はこれしか、音源がございません。しかし、大変美しい。

モーツァルトは、このピアノ協奏曲27番、第3楽章の主題をもとに、数日後、「春への憧れ」という歌曲を書いてます。

ワルター・クリーン氏はその「春への憧れ」を、コンチェルトのカデンツァに使っています。


ワルター・クリーン(ピアノ)、スタニスワフ・スクロヴァチェフスキ(指揮)、ミネソタ管弦楽団。


モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595 第三楽章 







非常にモーツァルトですね。

くどくなりますが、お薦めは「伝説的名演」を含む、4月28日発売、
モーツァルト: ピアノ協奏曲第20番, 第24番, 第23番, 第27番 Walter Klien 、 Horst Stein 、 若杉弘 、 NHK交響楽団

です。



乱文、何卒、ご容赦のほど。

皆様、良い週末をお過ごし下さい。

【読者の皆様にお願い】

是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面右下にボタンがあります。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012.04.19

唐突ですみません。私、最近、おかしいですか?

◆何のことは無い。私が今日は「煙突男」です。

こういうことを書いていいものかどうか。

迷ったのですが、ウジウジしていても仕方がないので、思い切って書きます。

先日、北朝鮮も橋下市長も煙突男と同じだなどと書いておきながら、

今日は私が、その「煙突男」です。


最近ブログに何を書いても、mixiボイスや、Twitterで、何をつぶやいても、反応が余りにも少なくて、

不安なのです。「少ない」のであって、全くないことはないのですが。

ブログでは最近、10周年の際、長く弊ブログを御愛読頂いている方から、

お言葉を頂戴しました。それは、大変ありがたい。勿論です。

また、最近読者になられた方からコメントを頂くそれだけでも、ありがたいのです。


一方、以前からの読者の方からのお言葉が最近、非常にへっているのです。

いつ頃からか分からないのですが、去年辺りからでしょうか。


実は、これは我が儘であることも自覚しています。

つまり私が他人様のブログにコメントを書くことはまず、ないのに、

ひと様に

ブログ・コメントやエンピツ・フォームメールをくれえ

というのは、虫が良すぎるのですが、以前はそれで成り立っていたので焦ってます。


自分のことは自分では、よく分からないものです。

しかし、敢えて自己分析・自己観察をし、或いは(殆ど妄想的なのもありますが)想像を

書き連ねると、

  1. 日記・ブログの文章。TwitterでのTweetの内容に過激(というか、トゲがあるというか)なので、何となく「触らぬ神に祟り無し」の気がする。(だとすれば、多分リアルにおいて、息子は進路が定まらず、母は認知症の気配が濃厚だし、親戚は末期ガンだし、義父は脳動脈瘤があり、経過観察中。自分のウツも完治しない、等、良いことがないので、その鬱々賭した気分が、「疫病神的雰囲気」としてブログの文章や、Tweetに滲み出ているかも知れません) 。

  2. 私はなにしろ姓名判断でも「口は災いの元」の画数なのですが、知らず識らず、人の恨みを買い、私を蛇蝎の如く嫌っている人が、私の知らないところで、「JIROには関わらない方がいいぞ」と、こっそり書いている(←これは、流石にかなり「妄想的」であることを自覚し、敢えて書いてます)。

  3. ブログでも、Twitterでも、福島第一原発の現実をあまりにもはっきり書き、絶望的な結論(日本は滅びるだろう、の類)を書くので、読者の方から敬遠されている。

  4. フジコ・ヘミングの件でコメントに対して口汚いレスを書きすぎてヒンシュクを買った。

  5. 早寝すればいいのに夜更かしをして、Twitterや日記・ブログを書くときにかなり「キチガイ」っぽいことを書いていて、コメントを付けにくい。

  6. ブログでもTwitterでも同じ事を何度も書くから、うんざりする。
  7. ↑に書いたこと全ての複合。

  8. 単なる気のせい。皆さん、忙しい。いちいちお前(JIRO)にコメントを書いて貰える訳がないだろう。甘えるな。

などとなります。

何でそんなことを気にするのかというと、特にお馴染みさんが次々に離脱していくんですね。

Twitterというのは、それがかなりよく分かります。

こちらはずっとフォローしていて、相手の方も以前はフォローして下さっていたのですが

ふと、気がつくとフォローを解除されている、という例が多いのです。

ブログでも、殆ど1年に一回か二回ですが、それでもたまにコメントやメールを下さっていた方からのそれが、

次々にプッツリと途切れております。


ヘッドラインに書いた通り、今日の私は「煙突男」の典型です

(ただし、構っていただけないなら、飛び降りる、というつもりでは有りません)。


本当にいい年をしてみっともないのですが、恥を忍んで、

読者の皆様のご助言をお待ちしております

(しかし、明らかな嫌がらせは無視します)。

よろしくお願い申し上げます。

人間というのは、例えば私が田中二郎という人間だとしますと、他人に「お前は田中二郎だ」と認知されて、

初めて「田中二郎」の自我が、存在するのですね。人から完全に無視され(ている、とは勿論もうしませんが)

ると、人間、多分発狂するだろう、と、「ものぐさ精神分析」の岸田秀氏が書いていたのを思い出しました。

【読者の皆様にお願い】

是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面右下にボタンがあります。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2012.04.15

【差替】【御愛読御礼】ネットで日記を書き始めて10年経ちました。(音楽追加しました)。

◆毎年、書いておりますので、ごく簡単に。

ここ数年の、4月14日か15日の記事を読み返しますと、

毎年。【御愛読御礼】満7年、8年、9年です、と書いております。

止めなければ、自然に満10年になります。当たり前です。


正直に書きますと昨年までは、「10周年は少し盛大にやろうか」と思っていました。

盛大にといっても、記念パーティを開くとか、そんな事ではなく、

「この10年、色々有りました」という話を書こうかとも思ったのです。


しかし、それをやると、私は多分、苦労話や愚痴ばかりを、書くと思います。


とにかく10年続いた(といっても途中かなりサボった日がありますが)ということは

自分でも意外です。紙の日記しか、この世に存在しなかった頃は、

何度試みても文字どおりの三日坊主でした。

読んで下さる方がおられる、ということがこれほど「書き続ける気持ち」を

もたらしてくださることが分かったのは、大変大きな収穫でした。

10年前の日記を読み返して、今の日記を読むと、

精神的な未成熟さが、露わで、全然成長の跡が認められず、

誠にお恥ずかしい限りです。

いつまで続けられるか何とも言えませんが、

今後とも、よろしければ駄文にお付き合い頂きたく、お願い申し上げます。

この後、音楽を用意してありますが、エンピツというのは、毎時46分までに登録しないと、

次は、30分後となり、日付が変わってしまいます。

一旦登録すれば、15日の日付になります。

後ほど差替えるつもりでございます。

簡単ですが、取り急ぎ御礼まで。


◆若干補筆。

全段落で書いた通り、この数年毎年4月14日か15日に「御愛読御礼」に弊日記・ブログについて

書いていますが、もう一度書きます。

私は同じ文章を二箇所にアップしています。

1つは、ウェブ日記サービスエンピツのJIROの独断的日記

(これは最新ページですので更新すると内容が変わります。目次ページはこちらになります)です。

このエンピツに今は、新規を受け付けていないそうですが、

当時は無料が普通でしたが、今では、有料版すら、新規の登録は断っているのでは無いかと思います。

これに登録した、つまりアカウントを開いたのが2002年4月15日なので、日曜日でちょうど満10年となります。


その、約2年半後、2004年にブログサービス「ココログ」にアカウントを開き、当時から今まで、原則としてエンピツと同じ文章を

載せています。

ブログ・アカウントを開いたのは、当時物凄い勢いで、あたかもTwitterが流行りだしたときのように、

ブログを始める人が加速度的に増え、ウェブ日記は失礼ながら、あまり人々が感心を持たなくなったのです。

私は、プライベートな事柄を書き記す文字通りの日記ではなく「時事問題」にコメントする文章を書いているので、

より大勢の人に自分の意見を読んで頂く為には、掲載する場所を2つにした方が良いと思ったからです。

あまり、説明がくどいのも行けないのでこの辺にします。


◆【音楽】モーリス・アンドレ。続きます。「夜の女王のアリア」をトランペットで。

これも、このところ毎回書きますが、アナログレコード時代は、これだけで一枚だったんですが、今は、

モーリス・アンドレ・エディション第4集~組曲、舞曲、編曲集(6CD)しかないようです。

6枚組のCD-BOXですが、Disc3に収録されています。

モーツァルトの歌劇「魔笛」の夜の女王のアリア。

普通のオペラのレパートリーでは、ソプラノの最高音、三点ヘ(F6)がでます。

最高音域での声のコントロールが要求される、コロラトゥーラの独擅場です。

それをピッコロトランペットで演奏したもの。


モーツァルト:歌劇「魔笛」第2幕「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」(トランペット=モーリス・アンドレ))







これは、楽器でも歌でもギリギリの高音で非常に難しいでしょうね。想像ぐらいは、できます。

もう一曲だけ。オペラ・アリアをトランペット。

ロッシーニ、序曲は皆しっている歌劇「セビリアの理髪師」ですがその第2幕の最初に

演奏されるアリア。「今の歌声は!」です。


最初に本物(声楽)で聴いてみましょう。

私が日本の声楽家で一番上手いとブログに書き、今もそう思っているソプラノの森麻季さん。

引用元は、愛しい友よ~イタリア・オペラ・アリア集 (森麻季)です。


ロッシーニ:歌劇「セビリアの理髪師」第二幕「今の歌声は!」(ソプラノ:森麻季さん







すごいでしょ?あらゆる点に置いて。私はですね。こういう超一流の演奏を聴くと「クラシックって次元が違う」と

どうしても思います。クラシック以外の歌を歌を十羽一絡げで「歌謡曲」と呼ばせて頂きますが、歌謡曲の人達、

よく、みずからを「アーティスト」とか言っているけど、今の森麻季さんの超絶的な技巧と完璧な音程。オーケストラを

バックにしてもホールの隅々まで、マイクなど使わずに響き渡るであろう声。こういうのを聴いたら、普通の神経だったら、

歌謡曲の人、自分達程度の歌でクラシックのコロラトゥーラ・ソプラノより遙かに大きい経済的見返りを得ていることが、

恥ずかしくなるのでは無いかと思います。


さて、イヤミはこれぐらいにして、同じアリアをモーリス・アンドレがトランペットで吹いたらどうなるか。


ロッシーニ:歌劇「セビリアの理髪師」第二幕「今の歌声は!」 (トランペット:モーリス・アンドレ)







トランペットにはバルブ(ピストン)がありますから、音階的な動きなどは、声楽よりも簡単かもしれませんが、

このアリア、とてつもなく難しいということが、楽器の演奏で聴くとより一層明らかになりますね。アンドレの

高音のコントロールは勿論すごいですが、森さんの演奏技術が如何に超絶的か、ということも同時によく分かりました。


さて、4月14日はヘンデル(1685年2月23日 - 1759年4月14日)の命日でしたから、最後は綺麗で有名な二曲で。

オンブラ・マイ・フですが、余りにも有名ですが、これを元チェコフィル首席トランペット奏者、

ミロスラフ・ケイマルで演奏しています。この人もアンドレとはまた違うんですが、ものすごく綺麗な音を

出す人で、このオンブラマイフは多分、トランペットではなくて、フリューゲル・ホーンだろうと、

CDには書いてないのですが、専門家に言われました。なるほど、と思いました。

楽器の音色自体がトラペットよりも柔らかいとはいえ・・・まあ、お聴き下さい。

音源は、-GLORIA-トランペット名曲集です。


ヘンデル:オンブラ・マイ・フ(トランペット:ミロスラフ・ケイマル)






信じられますか?こえが「ラッパ」の音ですよ?楽器と言ったら、ピアノとヴァイオリンぐらいしか聴くに値しない、と思っていた方。

色々聴いてみるものですね。


最後は、とにかくテクニックも素晴らしいけど、声楽家の命、美しい声をお持ちの森麻季さんのアルバム、

ヘンデル・アリア集



は、済から済みまで完璧に美しく文句のつけようがない名盤ですが、

私が昔から大好きなヘンデルのオペラ「リナルド」から、以前は「私を泣かせて」でしたが、最近は、

「涙のながれるままに」が一般的なようです。まあ、そういうのは、どちらでもよろしい。

ヘンデル:リナルド「涙の流れるままに」(私を泣かせて)







リピートの装飾は演奏者の裁量に委ねられていますが、大変趣味の良い上品な演奏だと思います。

信仰心のない私のような人間でも、敬虔な気持ちになります。

【読者の皆様にお願い】

是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面右下にボタンがあります。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2012.04.02

新入社員に告ぐ。「石の上にも3年」。

◆明日から会社勤めをする若い人達へ。仕事なんてつまらないから期待しないこと。

今は、超就職難で、何処かに入社出来ただけでも幸せである。

色んな先人が既に書いている、言い古されたことだが、

学生というのは、親か本人が授業料を学校に納めて、ものを教わるところだったが、

サラリーマンに限らず、凡そ「仕事」は自分の労働力と時間の対価として給料なり、なんなり

とにかく金銭を貰うのである。シャバに出る、とはそういうことで、

会社の先輩があんまり意地悪だったら、抗議しても良いが、基本的には、会社は学校ではないから、

諸君らに「仕事を教える義務」はない。諸君が「仕事を覚える義務」を負うのである。

はっきり言って、辛い。

サラリーマンの仕事を心から楽しんでいる人もいるけれど、私はただの一度も楽しいと思った事は無い。

社会人になって今日で満28年。明日が1461回目の月曜日がだが、何十年経ってもイヤだ。

宝くじで5億円だか、3億円だかあたったら、入金確認の後、すぐにでも止めたい。

4月2日には各企業の入社式で社長が「キレイゴト」を並べるだろうが、本気でそんなことを思っていない。

「自己実現」とかなんとか、偽善的な言葉を並べるであろうが、

要するに会社が諸君に要求するのは、組織をじゃまするな。会社にとって都合の良い人間になれ、

ということである。諸君の人生がどうなろうが、企業にとっては、どうでもよいことだ。


◆無理にプラス思考になるな、といいたいのである。

前段の文章だけだと、なにやら、明日から人生の墓場に突入するように読めてしまうが、

少なくとも、全然楽しくも面白くもないところだ、と思っておけば良い。

もしかして、面白かったら、良い方に期待が外れる。

本当につまらなかったあら、「ああ、本当だ」と思うだけだ。

しかし、はじめのうちは、こき使われるから自尊心が傷つくこともあるだろう、という意味だ。

そして、それは、大抵のサラリーマンが同じ経験をしているのである。

会社は、繰り返すけれども懸命に洗脳しようとする。

ケネディの就任演説のように、

「会社が諸君に何かをしてくれるとおもうな。諸君が会社の為に何を出来るか、考えろ」

とか、ベートーヴェンの「第九」のテーマの如く、
苦悩を克服した後の歓喜!

とか、ゴタクを並べるが、要するに資本主義経済に於ける企業の目的はただ一つ。

収益を極大化することである。

無理に、前向きに考える必要はない。ただ、あまりにもつまらなそうな顔をしていると

多分、配属された職場でイジメられるから、挨拶や返事だけでもはきはきとして、1年ぐらいは

やる気があるフリをしなさい。

とにかく、世界中の勤め人は、食うために仕方がないから働いているのだ。

つまらないのはアナタだけではない。


◆石の上にも3年。

若い人を見ていると、特に優秀な人が1年目でやめる。

あれは、バカだなあ、と思う。どんな会社でも新入社員が楽しくて仕方がないということは

まず、あり得ない。最近は「パワハラ」とか、色々世間が五月蠅い(なまっちょろい)ので、

私らの頃のように、

おめえ、大学まで出て、コピーもまともに取れねえのかよ!

とか、
バカ。お前どうしてそんなにバカなんだよ。もう止めろよ。死ねよ。(これは極端)

などと言われることも無かろう、言われてもただひたすら済みませんと言って、但し、

「失敗記録」というのはつけておくと、いい。同じ失敗は2度が限度だ。

話を戻すと1年目で辞めてしまう優秀な人をみると勿体ない、と思う。

見ていると、「ああ、この子は、一旦現場を見せておいて次は本店だな」と

いうのが明らかで、そうなってからが、少しは面白くなるのに、

その手前でやめてしまう。他の会社に入ってもまた、新人になるわけだから、

芸術家になるほどの才能や、全く別の仕事でやりたいことがあるのでなければ、

諺にあるように「石の上にも3年」である。

日本人論の代表的著作の一つに中根千枝氏著、

「タテ社会の人間関係」がある。

この本の書名は、講談社が考えたのかも知れないが、ミス・リーディング(誤解を招き易い)だ。

中根先生が強調したかったのは、日本人の社会は「場」を共有する人の結び付きがつよく、

同じ「場」を共有した時間は、その人物の「社会的資本」になる、ということである。

転職や、非正規労働者の立場を選択する日本人が以前よりは増えているとしても、

根源的には、昔も今も同じである。同じ場所に長くいるほど、「エラい」のである。

(それが制度的に形になったのが年功序列である)。

これには、異論もあるだろうが、サラリーマンになるぐらいしか、選択肢がなかった人。

自嘲的になる必要は無い。大抵の人間には、際だった才能などないのである。

だからこそ、そういう人々がもてはやされる。99.・・・・パーセントは凡人だ。

成り行きということが人生にはつきもので、今の会社も何となく決まってしまったというのは、

普通のことだ。ただ、3年は我慢してご覧なさい。

私のように気が弱く、頭が悪く、本質的に怠惰で、なんの取り柄が無い人間でも、

3年我慢したら、少し楽になった。そして、「あと1年、我慢しよう」の反復で28年たった。

あなたにも、きっと、出来る。人生、その程度のものである。

【読者の皆様にお願い】

是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面右下にボタンがあります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012.03.19

「ユニクロ最大店舗、銀座にオープン=6カ国語対応、サービス強化」←ユニクロの本質は「接客業の鑑(かがみ)」ということですよ。

◆記事:ユニクロ「銀座店」がオープン=面積最大、イメージ向上狙う(時事通信 3月16日(金)20時0分配信)

カジュアル衣料の「ユニクロ」を展開するファーストリテイリング<9983>が、

売り場面積で同社世界最大となる「銀座店」(東京都中央区)を16日、オープンした。

老舗百貨店などが立ち並ぶ銀座中央通りに面した12階建てビルの全てがユニクロの売り場で、

総面積は約4950平方メートル。最新の商品を取りそろえるだけでなく、

接客サービスにも注力し、世界展開するユニクロのブランドイメージ向上につなげたい考えだ。


◆コメント:色々、「企業研究」の題材にされてますけどね。

急激に成長した企業でも人間でも、とにかくそれまで誰もやらなかったことを始め、

成功すると、これはもう100%の確立で良いことも悪いことも言われたり書かれたりします。

ウィキペディアの説明を読みました。



アパレル産業としてのポリシーというか、あの商品群の評価というのは正直に書くと

私は、分かりませんが、あの会社で一番すごいのは、「従業員に対する接客教育の徹底ぶり」だと思います。

私は、着るものに殆ど関心がありませんで、今まで凡そ「服」を買いに行くのは、

仕事に必要なスーツとかワイシャツとかですね。そういうのが殆どでしたが、

数年前にユニクロのある店にはいり、びっくりしましたね。、

ただの一人も感じが悪い店員がいない。


これは自分もかつて、店頭でお客さんの相手をする仕事をし、

また、現場の責任者を少しですけど、任された時期があるので、

如何に大変な偉業か、よく分かります。

あれだけの店舗数がありながら、どこの店にいつ入っても、どんなに忙しくても、

どんなに客が、イライラするような客でも、店員は「絶対に」嫌な顔をしない。

アルバイトの一人一人にまで、これでもか、これでもか、と徹底しているでしょ?

そして、よく観察すると、変な接客をしていないか監視している人がいるでしょ?


学者先生は経営方針に付いて散歩両論だそうです。

ウィキペディア、ユニクロへの批判

ビジネスモデルとしてのユニクロの低価格・大量販売戦略については賛否両論がある。

エコノミストの浜矩子は、「文藝春秋」 2009年10月号に「ユニクロ栄えて国滅ぶ」という論文を発表、

ユニクロのように企業が低価格で商品を販売することが企業の利益を縮小させ、

ひいては人件費の切り下げにつながっているとしてユニクロのような経営を

「自分さえ良ければ病」であると批判、

「せめて安いモノを買うことが自分と他人の値打ちを互いに下げていることに思い至ってほしい」と主張している。

これに対し、経済学者の池田信夫は自身のブログ上で、ユニクロの低価格モデルが相対価格の変化であり、

「ユニクロは日本を滅ぼすどころか、日本企業がグローバル化するロールモデル」と浜の意見に反論している。

浜エコノミストは、頭はいいのでしょうが、やっぱり他人に頭を下げなければならない「商売」ってのを

やったことが無い人の言葉ですな。

そういうことは本質ではない。

ユニクロのあの徹底した全社員への接客態度教育は、

アパレルに限らず、また、流通業に限らず、凡そ「お客さんと接する商売」が

手本とするべきです。繰り返しますが、これだけ店舗数が増え、海外にも銀座にも店を出し、

どこの店舗でも同じように
全ての従業員が、いつでも、どのような客にも、絶対に気持良く相対する

企業を創ることは、可能なのだ、と実際に実現して証明したこと。

これこそユニクロの偉大さです。

私は、例えば仕事で嫌なことがあったり、人間という生きものの醜さにうんざりしたときには、

どこでも良いからユニクロへ行くことにしています。見て回るだけじゃ悪いから、

まあ、シルキードライやら、ヒートテックのTシャツぐらい買います。せいぜい1,500円とか2,000円でしょ?

土日が安いことは知っていますが、安くTシャツを買うのが目的じゃ無いです。

普通、中年のオッサンはこういう時には、しばしば綺麗なオネエチャンのいるキャバクラに行ったりしますが、

まあ、それはそれで自由ですが、私はそこまで、今は必要がない。ユニクロで働く若者たちの活気と

笑顔と綺麗な言葉遣いで、十分に癒やされる。

大袈裟な言い方をすると「人間ってそれほど捨てた物では無い」と思えるようになる。

柳井さんは、それを商売の目的と考えてはいないでしょうね。あくまでも商品を売るためのサービスの一要素。

しかし、結果的に、現実に、ユニクロは私には、慰められる場所になっている。これは偉大です。

ユニクロの企業としての本質はここにある、とすら思うのです。

【読者の皆様にお願い】

是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面右下にボタンがあります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012.03.18

初対面の他人に挨拶するのは、常識でしょ?ネットにおいても、同じです。

◆本来小学校に入学する以前に覚えておくべき、礼儀の基本中の基本です。

私は、ウェブ日記エンピツとニフティのブログサービス、ココログに、

同じ記事を載せています。記事に対して賛否両論が寄せられるのはやむを得ないとしても、

それ以前の問題があります。

現実世界で、初対面の人には、

はじめまして。○○と申します。よろしく御願い致します。

と、挨拶をするのは、常識です。

インターネットの世界に限っては、その常識を無視しても構わないのか、

と考えると、それを正当化する論理を私は思いつきません。


◆今後、挨拶・自己紹介の無いコメントにはは(お馴染みさんを除く)レスをつけません。

今では、エンピツ付属のフォームメールよりも、ココログのコメント欄への書き込みが殆どです。

まれに、ココログの画面にも良く見るとメールを送るリンクがあることに気づき、

そこから送って来る人もいらっしゃいますが、とにかく。


今までJIROの独断的日記ココログ版のコメント欄に

何十回書いたか分からないのですが、コメント欄を読まない人が多いようです。


多分、携帯(従来型、スマートフォン両方)から拙ブログを読む方が多くなったことも

関係するのでしょうが、アクセス解析に残ったIPアドレスから辿ると、

パソコンからのアクセスも沢山あります。


それはさておき。


コメント欄には、私は(その時の虫の居所にもよりますが)、

大体、次のように書きます。

○○さん、ここは2ちゃんねるのような掲示版ではなく、ブログのコメント欄です。

ネット上で私が占有している空間です。

他人のブログにコメントするときには、まずは挨拶と簡単な自己紹介、

つまり、性別、年代、学生か、社会人か。このブログを読むのは初めてか否か、

という類のことを記してから、記事本文に対する意見を書き込むのが礼儀ですよ。

繰り返しますが、コメント欄に何度かいても、「いきなり本文」コメントが

あまりに多いので、ここに大きい文字で書かせて頂きます。

今後、その条件に合わないコメントには原則として、レスをかきません。

または、コメントを承認しません(画面に表示させず、削除します)。


◆なお私は、立派な人間では無いので例外があります。

前段で、初めてのコメントには挨拶と自己紹介が常識、と書きましたが、

それは「原則」で、当然「例外」があります。

私は、聖人君子ではないし、立派な人間でもありません。


挨拶と自己紹介が書かれていなくても、本文を絶賛して下さっているコメントは

気分が良いので掲載します。私のブログですから自由にさせて頂きます。


汚いこともします。

挨拶、自己紹介が書かれているコメントであっても、コメント内容が

理路整然、私よりも頭が良い人が、尤もな、反論コメントを書いておられる場合。

承認・表示し、

あなたのおっしゃることが正しい、私は間違っていました。

とレスするのが、潔い振る舞いでしょうが、悔しいので、やりません。

そういうコメントも表示しなければ、読者の方々には分からないので、

闇に葬らせて頂きます(めったにありませんが)。

私は、「清く正しく美しい」人間では、ありません。

ただ、長年、ウェブ日記とブログを書いていて気がついたことがあります。

私の書いた文章に反論をしてくる人自身が、私と同じようなブログを

長年書き続けているということは、皆無に等しい、ということです。

私は、他人のブログ記事の批判から文章を書き始めることはしません。

時事問題に関する記事を掲載して、それに対して、

我ながら頭が悪いとおもうけれども、その悪い頭でゼロから考えたことを文章にしています。

しかし、他人が書いた文章の粗探しをして、コメント欄に故意にこちらを不愉快な気分にさせるような

言葉を選んで短いコメントを書くのはとても簡単です。


◆フジコ・ヘミング関連記事は、コメント欄を閉鎖しました。

もういいでしょう。自分で書くのもなんですが、ずいぶんとアホなコメントにも、

真面目に答えてきましたが、いつまで経ってもキリがありません。

私にとっては7年前の記事です。

今頃見つけて、プリプリ怒ってこられても、もう何十件もレスをしましたので、

今後、一切、受付をしません。他の記事のコメント欄に書き込んでも全て表示しないで削除し、

アクセス禁止にさせて頂きます。この件に関するコメントも、当然読まずに捨てます。


◆御愛読頂いている方、コメントのご常連の皆様へ。いつもレスが遅くなり申しわけありません。

御常連の皆様におかれましては、前段までに書いたことは全く関係がないとお考え下さい。

引き続きよろしく御願い申し上げます。

リアルでお会いしたことがなくても、ネット上では既によく存知挙げている方ばかりです。

今更、自己紹介や挨拶などお書きいただかなくて結構です。


私の稚拙な文章を長年、毎日のように、取り返しが付かない、

人生の貴重な時間を割いて読んで下さる愛読者の方々は本当に有難いと思っております。


そういう方々と、学生や若い人が、電車で携帯やスマホから、たまたま弊ブログを見つけて、

全体をよく読まずに揚げ足取りのコメントを書いた場合では扱いに差がでるのが当然です。

ただ、御常連の方に折角コメントを書いて頂いたときに、レスが非常に遅くなることが

多いです。遅い場合の方が多いです。あれは、本当に申し訳なく

この場をお借りしてお詫びします。

コメントを頂いたら、直ぐにレスを書けば済むことなのですが、

丁寧なコメントを頂戴しているのに、

紋切り型の形だけのレスでは失礼ですので、きちんと書かなければ、

と、思っていると、何日も、しばしば1週間や10日後のレスになってしまいます。


誤解しないでいただきたいのですが、それは、「面倒」ということではありません。

大変に有難いのです。非常な励みになっております。これは絶対に本当です。

勝手をいいますが、弊ブログを御愛読の皆様におかれましては、

私が、今後なるべく早いレスを心がけますので、

今までどおり、コメントをご自由にお書き頂けると嬉しく存じます。

ウェブ日記エンピツのフォームメールも、勿論同じことでございます。

【読者の皆様にお願い】

是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面右下にボタンがあります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012.02.26

どうやら、実の母がボケ始めました。

◆私事ですが、人に相談出来ずに困っている方が多いと思うので、書きます。

本来、「JIROの独断的日記」は私事を綴る日記ではないのですが、高齢化社会が進み、これから

一層、この問題は大きくなると思います。しかし、はじめてボケ老人に遭遇する人は

それが「ボケ」であることすら、分からないのです。


ですから、自分の気持の整理とストレスを緩和することも目的ですが、

他の方にも役に立つ情報を含むかも知れないので、敢えて書きます。


私の父方の祖母は25年前に92歳で老衰で他界しましたが、

最後の10年ぐらいは、呆けてました。


最初は、軽い物忘れとか、同じ話を何度も繰り返す、ぐらいですが、

やがて、妄想を抱くようになり、真夜中にリビングで地団駄を踏み、

鬼のような形相で立っていて、

皆(家族。当時は健在だった父、母、兄、私)が自分(祖母)に隠れて、この土地と家を売ろうとしている。

といいます。

今から考えると、明らかに精神科医の診察と治療に適応する状態です。

精神科が扱う領域は広く、その範囲ですが、この当時はまだ

今ほど、精神科(もう少し柔らかくいうと、「メンタル・ヘルス」でしょうか)の情報が啓蒙されておりません。

認知症や、アルツハイマー、等という言葉も世間に認知されていなかった。


そして、精神科への偏見は今でも一般の間にも医療関係者の間にも、残っていますが、

25年前は、もっと激しい偏見がありました。


父も祖母がもはや精神状態が普通ではないことは、分かっていたでしょうが、
母親を精神科(=キチガイ病院)に診せる

ことなど、考えたくも無かったのでしょう。何もしませんでした。

父や、既に就職して地方の支店に勤務していた兄は、ボケた祖母とずっと一緒にいるわけではないから

良いでしょうが、散々な目に遭うのは、専業主婦の母です。

徘徊したり、自分の排泄物を家具に塗ったりという激しい行為はありませんでしたが、

なんと言ったらいいのでしょう。とにかく、ボケた人と同じ家に朝から晩まで一緒にいると

発狂しそうになります。


母はよく耐えて、祖母の面倒を見たと思います。

私は、祖母のボケの初期の頃は学生だったので、父や兄よりは、母の苦労を知っています。

祖母のボケが進み症状がひどくなってからのことは、思い出したくありません。

しかし、皮肉なことに、今度は私の母が、ついに「ボケ」の症状を呈し始めたのです。


◆症状の出方。

私は5年前に昔の実家があった場所に建てたマンションの一室に住んでいます。

等価交換という方法で建てたので、私がマンションの「大家」ではありませんが、

15件の一室に妻子と住んでいます。それは、母の希望もありました。


ところが、最近、他所で、母は

「息子(注:私の事です)が、マンションを『ぶんどって』私(母)を追い出してしまった」

と吹聴していると聞き、仰天しました。人聞きが悪いにもほどがある。

この部屋は登記上、母と兄と私の共同所有となっている、つまり空間を見ても分からないけど、

民法上、所有権により三人の「持ち分」がある。母のそれを私が奪っているのではありません。


私の事ばかりではなく、友人や知り合い、実に色々な人の悪口が極度に多いのです。

その人達が母に何らかの害悪を加えた訳でも、加えそうな人達でもないのです。


どうも、おかしい。

私は、遺伝的に高血圧(本態性高血圧)なので1ヶ月に一回、近所のドクターに

診て頂いて降圧剤を処方して貰うのですが、そのドクターは、母のことを以前から御存知です。

今日、ちょうど月一回の診療日だったので、行ったついでに、母が事実無根の悪口をいうので閉口している

と相談したところ、間髪をいれず、
それは、ボケ始めでしょう。何かを「ぶんどられた」とか言っていませんか?

とおっしゃる。正にその通りなので、大変驚きました。

先生によると、ボケといっても認知症、アルツハイマー以外に多発性脳梗塞といって、

致命的ではないけれども、脳内の細い血管が詰まる小規模の脳梗塞が脳のあちこちで起きると

人格に変容をきたすことがある、とのお話でした。

いずれにせよ、一度頭部CTを撮る必要がありますが、何しろ当人(母)に病識

(自分が病気であるという意識)がないので、どうやって検査を受けさせるか。

ボケ始めの老人を抱えた人が皆遭遇する悩みです。

まあ、今日はこの辺で。また、何か大きな変化があったら書きます。

それにしても、自分の病が十数年かけて漸く少し良くなったと思ったら、

親戚に死にそうなのが二人いたり(昨年末時点では三人でしたが

先々週、1人、他界いたしました)、親がボケ始めたり、

よくも色々と起きるものです。

【読者の皆様にお願い】

是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012.02.21

【テレビ】「ドキュメンタリー」は決して真実そのものではない。

◆ドキュメンタリー番組は、「演出」してるんです。

昨日、今日の何か特定の番組について書こう、というわけではありません。

たまたま、思いだしたのです。

ドラマは勿論、芝居。虚構の世界ですが、ドキュメンタリー番組という言葉には

なにやら、「真実をそのまま映像に収めた」という印象を、我々放送業界とは無縁の

素人は想像します。


しかし、それは間違いです。

私自身は、勿論、取材の対象になったことなどありませんが、

以前、同じ職場に、学生時代はあるスポーツでそこそこ有名で、

しかし、社会人になるときには、そのスポーツとは全く無関係に

普通に面接を受けて入社し、自分の仕事でこれもまた、そこそこ、

「出来る人」という「ことになっている」人物がいて(仮にA氏とします)、

何度もテレビが来たのを直ぐ傍で見たのでよくわかりました。


しばしば、「有名人の素顔」などという触れ込みがありますが、

テレビに映って日常通りに行動出来る人などいない、と思います。

テレビに映る、ということは、カメラは勿論ですが、それ以外にも、

まず、強烈な照明があります。あの光だけで、素人は特に、幻惑されます。

それ以外に、音声を録音しなければなりませんから、あの猫じゃらしのオバケみたな

マイクを棒の先に装着して、上から、音を拾おうとしてます。

カメラ、照明、音声の3人がずっと至近距離で控えている。

これだけで、既に十分「非日常」です。


意識するなと言われたとしても、到底そんなことはできない。

さらに。ある人物のドキュメンタリー番組を作ることを企画した時点で、

テレビ局は、どうやら、その人物をどのような人物像にするかを「決めて」いるのです。


ですからA氏に対して、これは本当に驚いたのですが、

「演技」を要求するのです。


現実の世界では、A氏は、かなり「威張っ」ていて、朝挨拶してもロクに

返事をしない、嫌な感じの人なのですが、テレビ局員はA氏に対し、

向こうから歩いてきて、部下のこの人の肩をポンとたたいて、「調子はどうだ」とにこやかに言って下さい。

と要求するのです。つまり、A氏の本当の人柄なんかどうでもいいのであって、

予めテレビ局が「この線で行こう」と決めてある、その「線」に無理矢理合わせるのです。

私は、当然、何も知らずにこの番組を見た人々は、「本当は普段から感じの悪い」A氏を

「爽やかないい上司」として記憶に留めることになるだろう、と思いました。


このように、テレビに映っていることは、「自然な日常を撮っている」ように

見せかけていますが、非常にデフォルメされていることが多いのです。

映像に映っていることは「ドキュメンタリーだから」といって全てそのまま

信用しては、いけません。

【読者の皆様にお願い】

是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面右下にボタンがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2010年参議院選挙 | ANA | BSE | EU | IT | JAL | TPP | Twitter | おすすめサイト | お祝い | お詫び | アニメ・コミック | インターネット | インチキ更新 | インフルエンザ | ウィキリークス | エッセイ | オウム真理教問題 | オバマ政権批判 | オペラ | オリンピック | オーケストラ | クラシック | クラシック音楽 | クリスマス | コンクール | ジャズ | スポーツ | セキュリティ | テレビ | テロリズム | デフレ | トヨタリコール問題 | トランペット | ニュース | バレエ | パソコン | ビデオ・ニュース・ドットコム | ピアノ・ピアニスト | ブログ | マスコミ批評 | メンタルヘルス | ヨーロッパ経済 | ヴァイオリン | 世界同時不況 | 中国 | 中東情勢 | 事業仕分け | 交通・運輸 | 企業 | 共謀罪 | 冤罪 | 募金 | 北朝鮮 | 医療 | 協奏曲 | 原発 | 反論 | 受験・試験 | 口蹄疫 | 号外 | 司法 | 吹奏楽 | 国会・国会議員 | 国際法 | 在日米軍 | 地球温暖化 | 声楽 | 大阪 | 大阪府・大阪市 | 天体観測・天文学 | 学問・資格 | 宇宙 | 安倍政権批判 | 室内楽 | 小出助教 | 小泉政権批判 | 尖閣諸島 | 市場介入 | 弦楽器 | 御愛読御礼 | 御礼 | 心と体 | 情報管理 | 愚痴 | 憲法改正 | 戦争 | 打楽器 | 政治 | 救命救急 | 教育 | 文房具 | 日本人の褒め下手 | 日記・コラム・つぶやき | 映画 | 映画・テレビ | 暴風・突風・竜巻・風水害 | 書評 | 木管楽器 | | 東北地方太平洋沖地震 | 東日本大震災 | 松本龍復興担当相 | 森麻季さん | 構造改革 | 橋下大阪市長 | 橋下市長・大阪市批判 | 欧州危機 | | 歌謡曲 | 歴史 | 民主党 | 民主党批判 | 気象現象 | 水野倫之解説委員 | 消費税 | 為替 | 為替・株・債券市場 | 熱中症 | 牛肉放射能汚染 | 犯罪 | 猛暑 | 環境保護団体 | 環境問題 | 皇室 | 社会福祉 | 福島原発 | 福田政権批判 | 私事 | 科学 | 税制 | 節電 | 経済・政治・国際 | 翻訳 | 職業 | 臓器移植 | 自殺問題 | 自民党批判 | 自然災害 | 自衛隊海外派遣 | 航空機事故 | 芸術 | 菅直人政権 | 菅直人政権批判 | 被災地支援 | 裁判員制度 | 要人・国賓 | 訃報 | 認知症・アルツハイマー、痴呆 | 語学 | 選挙 | 郵政民営化 | 野田政権批判 | 金管楽器 | 金融危機 | 金融市場 | 金融政策 | 集団的自衛権 | 電力 | 電力不足 | 音楽 | 領土問題 | 鳩山政権批判 | 麻生政権批判