カテゴリー「裁判員制度」の記事

2010.11.17

「裁判員裁判初の死刑判決、裁判長が控訴勧める」←裁判員制度は、廃止すべきだ。

◆記事:裁判員裁判初の死刑判決、裁判長が控訴勧める(読売新聞 11月16日(火)12時4分配信)

裁判員裁判初の死刑判決となった法廷で、横浜地裁の朝山裁判長は

「あなたは法廷ではいかなる刑にも服すると述べているが、重大な結論ですから、裁判所としては控訴することを勧めます」と最後につけ加えた。

公判は事件を分割する「区分審理」が適用され、覚せい剤密輸事件などについては別の裁判員らが審理し、

10月14日に有罪の部分判決が出ている。今回は、部分判決も踏まえて量刑を決めた。

判決によると、池田被告は昨年6月、マージャン店の経営を巡って男性経営者(当時28歳)と男性会社員(同36歳)と

トラブルになっていた近藤容疑者の依頼で、2人を千葉県内のホテルに監禁。

男性経営者から現金約1340万円を奪った後、2人を殺害し、遺体を横浜市金沢区の海や山梨県鳴沢村の富士山麓に捨てた。


◆コメント:やはり、裁判は専門家に委ねるべきだ。

先日の「耳かき店員」殺人も、店員とその祖母を2人をナイフでメッタ刺しにして殺した男が、

裁判員裁判で無期懲役の反希有を受けた。当然検察は控訴すると思っていたらなんと、控訴断念で、

無期が確定してしまった。

◆記事:<耳かき店員殺害>控訴断念を遺族に説明 東京地検(毎日新聞 11月12日(金)21時21分配信)

 耳かきエステ店員の江尻美保さん(当時21歳)ら2人が殺害された事件で、殺人罪などに問われた

無職、林貢二(こうじ)被告(42)を無期懲役とした東京地裁判決(1日)について、

裁判員裁判で初めて死刑を求刑した東京地検は12日、控訴しないと発表した。

弁護側も控訴しない方針を決めており、控訴期限(15日)経過後に無期懲役が確定する。

信じられない。林貢二被告人は、耳かきエステ店員のみならず、その祖母の首をナイフで16回もメッタ刺しにした

男である。無期懲役は終身刑ではない。いずれ社会に戻る。こんな男を生かすのか、と私は義憤を押さえられなかった。


今日の横浜地裁では、裁判員裁判で初めての死刑判決が言い渡された。判決文で、朝山芳史裁判長は
あまりにも行為の残虐性が非人間的で、最大限酌むべき事情を考慮しても極刑は免れない

と断じておきながら、最後に、
重大な判断になったので控訴を勧めたい

と述べた。多分、裁判員などいなくて、法律のプロだけで判決を決めたら、このようなことは言わなかったであろう。

これは推測だが、裁判長が控訴を勧める、と言ったのは、裁判員の意見が割れ、

犯行内容を考慮しても、死刑は反対、と執拗に主張した裁判員がいて、その意見を配慮したのではないか。

だとしたら余計に困る。裁判員の1人が閉廷後の記者会見で次のように語っている。
50代裁判員「法廷で何回も涙」

裁判員6人のうち、50代男性1人が判決後記者会見に応じ「すごく悩みました。法廷で何回も涙を流してしまった。

今でも思い出すと涙が出る。それで察してください」と述べ、生死を分かつ判断の重みに苦悩した日々を振り返った。

池田被告の態度について「初公判では『おれは悪いことしたんだ、殺せ』と言っているように見えた。

だが、遺族の意見陳述を聞いているのを見た時、目が赤くなっているのが見えた。それを見て自分たちも泣いてしまった」

と言葉を絞り出すように話した。

プロの裁判官は、どんなに悲惨な事件でも、決して感情を顔に表さない、表さないだけでなく、理性で感情を制御する

訓練を受けている。裁判官が法廷で泣いたら、感情に流されて、冷静な判断力を失っているのではないか

という疑念が生じる。判決を下す人間は、公平であることが求められている。裁判官が法廷で泣くことは許されない。

裁判員は裁判官ではないが、判決を下すプロセスに参加するのであるから、その立場に置かれたら、

法廷でボロボロ泣いているようでは困るのである。


池田被告人は何をしたか。
◇池田被告人の起訴内容

池田被告は、東京・歌舞伎町のマージャン店の元経営者である近藤剛郎容疑者(26)=強盗殺人容疑などで国際手配=と

覚せい剤密輸を通じて知り合い、店の経営権などを巡り近藤容疑者ともめていた

経営者(当時28歳)と会社員(同36歳)の監禁などを依頼され

▽09年6月、経営者ら2人を千葉県のホテルに監禁=逮捕監禁罪

▽経営者の婚約者らに計約1340万円を持参させ奪った上、

首を果物ナイフや電動のこぎりで切断し2人を殺害=強盗殺人、殺人罪

▽遺体を切断し横浜市の海などに捨てた=死体損壊、死体遺棄罪。

しかも、池田被告人はなんと、命乞いをする2人を生きたまま電動のこぎりで切断し、殺害したのだ。

11月10日に行われた検察の論告によれば、
監禁した千葉県のホテル浴室で、会社員(当時36歳)が「最後に母と妻に電話させてほしい」と訴えるのを無視し果物ナイフで首を切り、

「せめて先に殺してから切ってください」と懇願する経営者(当時28歳)の首を電動のこぎりで切断したと述べた。

という。これで死刑にならないならば、死刑が存在する意味が無い。

所詮、初めて法廷という所に呼ばれ、初めて人を殺した人間を目の当たりにし、犯行現場の写真を見せられた

法律の素人がわずか数日で、冷静に判決を下すのは、無理なのである。

裁判員制度を始める理由として、法律専門家だけの裁判では、普通の市民感覚から乖離した手続きになってしまう、

ということが言われていた。

しかし、耳かきエステ店員殺害も今日の池田被告人も、市民感覚では当然死刑なのに、

無期懲役になったり、裁判官が控訴を勧めるなど、却ってプロだけによる裁判より、

市民感覚から乖離している。

これでは、意味がない。裁判員制度は廃止するべきである。

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2010.11.02

「耳かき店員ら殺害で無期懲役判決 裁判員、死刑を回避」←これを死刑にしなくてどうする。

◆記事:耳かき店員ら殺害 無期懲役の判決(NHK 11月1日 18時19分)

東京・港区で、耳かき店の従業員だった女性と祖母を殺害した罪に問われた男の裁判員裁判で、

東京地方裁判所は「何の落ち度もない2人を殺害した刑事責任はきわめて重大だが、

極刑にするほど悪質とは言えず、自分のどこに問題があったのか、人生の最後の瞬間まで苦しみながら考え抜くべきだ」と指摘し、

無期懲役を言い渡しました。この裁判で、検察は裁判員裁判では初めて死刑を求刑していました。



裁判員たちが審理したのは、去年8月、耳かき店の従業員だった江尻美保さん(当時21歳)と祖母の鈴木芳江さん

(当時78歳)が、東京・港区の自宅で刃物で刺されて殺害された事件で、店の客だった千葉市の元会社員、林貢二被告(42)が

殺人などの罪に問われました。林被告は起訴された内容を全面的に認め、検察は裁判員裁判では初めて死刑を求刑していました。

1日の判決で、東京地方裁判所の若園敦雄裁判長は

「何の落ち度もない2人を身勝手な動機から連続して惨殺した被告の刑事責任はきわめて重大だ。

自分の母親と娘を同時に亡くした美保さんの母親が精神的なショックで今も家の外に出ることができず、

遺族たちが極刑を望んでいるのは当然で、その思いには深く動かされた。

事件の最大の原因は、相手の立場に立って物事を見ようとしない被告の人格や考え方にあるのに

裁判の最後までそのことに気づかない被告の言動には許しがたいものがある」と指摘しました。

その一方で「この事件で、死刑を選択する余地がないのか徹底的に議論したが、

結局、極刑がやむをえないという結論には至らなかった」と述べました。



理由として、裁判長は「被告は美保さんに恋愛に近い感情を持ち、拒絶されると絶望感を抱いて抑うつ状態になり、

怒りや憎しみから殺害を決意したもので、犯行の動機が極刑に値するほど悪質なものとまではいえない。

祖母の芳江さんの殺害は偶発的なもので、計画性は認められない。被告なりに反省の態度を示しており、

自分のどこに問題があったのか、人生の最後の瞬間まで苦しみながら考え抜くべきだ」などと述べ、林被告に無期懲役を言い渡しました。

判決のあと林被告の弁護士は「被告はこの判決をしんしに受け止め、これからも自分の犯した罪に向き合い、

被害者とご遺族のことを考え続けていくものと思います」というコメントを出しました。

東京地方検察庁の大鶴基成次席検事は

「死刑が選択されなかったことについては判決内容を十分検討し、適切に対応したい」というコメントを出しました。

一方、亡くなった江尻美保さんの父親は「判決を聞いて、悔しくて涙も出ませんでした。

『自分なりに』反省を示せばよいのか、人間を2人殺してこんな判決でいいのかと思います。

この事件で無期懲役になるのであれば、いったい何人殺せば死刑になるというのでしょうか。

検察官には、ぜひ控訴していただきたいと思います」というコメントを代理人を通じて出しました。


◆コメント:訳の分からない判決理由。

私は、裁判員制度が話題になり始めた頃から、この制度には反対でした。2004年のことです。

2004年03月02日(火)国民が刑事裁判に参加へ、裁判員法案を閣議決定」←止めた方がいいと思います。

今日の判決で無期懲役になったのは、要するに裁判員がビビッたのでしょうね。

「自分達の判断で、殺人犯とは言え、人が1人、国家によって殺されるかも知れない。」と、素人がその場にいたら、

やはり、怖くなるのですよ。だから裁判員制度なんてダメなのです。裁判によって事実認定がなされ、

適切な量刑が下されるためには、多くの犯罪者を見てきて、判例も十分に知っている法律の専門家が判断を下す、

ということが、近代的裁判の基本ですよ。職業裁判官とて、死刑判決を下した後は、顔色が悪いそうです。

それだけのプレッシャーとストレスがかかるけど、死刑にすべき時は「エイッ」と死刑に出来るのはプロだけです。


無期懲役になったのは、素人が混ざっているからです。自分が人を死刑にすることに関与することをおそれたのです。

そうは言えないから、裁判長は、判決理由で訳の分からん事を言っています。

  • 何の落ち度もない2人を身勝手な動機から連続して惨殺した被告の刑事責任はきわめて重大

  • 自分の母親と娘を同時に亡くした美保さんの母親が精神的なショックで今も家の外に出ることができず、遺族たちが極刑を望んでいるのは当然

  • 事件の最大の原因は、相手の立場に立って物事を見ようとしない被告の人格や考え方にあるのに裁判の最後までそのことに気づかない被告の言動には許しがたいものがある

これほど、被告人の落ち度、を指摘しておいて、
結局、極刑がやむをえないという結論には至らなかった

って、誰が読んでも納得出来ません。犯人は、江尻美保さん(当時21歳)のクビを刺したばかりではなく、

祖母の鈴木芳江さん(当時78歳)のクビを、刃物で16回も刺しているのですよ?


近代刑法の原則に「自力救済の禁止」という概念があります。

要するに、被害者の遺族らが、「敵討ち」をしては、いけない。それをやったら社会が混乱する。

専門家に任せなさい。貴方達(遺族)の無念は、代わりに司法が晴らしてあげます、ということです。

しかし、こんな判決では、被害者の関係者、そして社会全体の犯人に対する「応報感情」が充足されません。


物騒な事を言うようですが、仮に私が江尻美保さんの父親ならば、

今日、傍聴するときに何とかして鋭利な刃物を法廷に持ち込み、死刑ではないことが分かった瞬間、

法廷に飛び出して、その場で犯人を滅多刺しにして、殺さなければ気が済まない、と思います。

その場で殺せなくても、無期懲役の途中で弊の外に出て来た瞬間に何としてもこの手で娘の敵を討とう

とするでしょう。その結果、自分は当然殺人の罪に問われるても、そんなことは問題ではない。

後がどうなろうが知ったことではない。警察に捕まる前に自殺するかも知れない---

あくまでも仮定上の話ですが、つまり、応報感情が満たされなくては、刑事裁判として、

機能していないと思います。

判決後記者会見に応じた裁判員のひとりは、
「人(この場合、犯人のこと)の生命の重さを考えた」

と、述べたそうです。

私はその「重い生命」を二つも自分勝手な理由で永遠に奪った林被告人の生命の重さなど、ない。

ヘリウムガスよりも軽い、と思います。

無期懲役になれば、毎日刑務所で食事がでます。何十年も、この人殺しを

我々が額に汗して働いて納めた税金で、食わせてやり、雨風をしのげる刑務所という

立派な建物の中で生き続けさせるのでしょうか?

また、本件については検察側が控訴し、さらに死刑が出なければ最高裁に上告すると

思われます。そうなったら、専門家だけによる判断で死刑判決が下る可能性が高いです。

結局、「無期懲役」を選択した裁判員の判断は無駄となります。

裁判員制度を導入し、続ける事に、意味があるのでしょうか?

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2009.09.12

「お絵描き」コンプレックス。

◆私は絵が描ける人に、ものすごいコンプレックスがあります。

昨夜、あまりにも眠くて、日記・ブログを更新出来ず、寝てしまい、目が覚めたのが14時でした。

時間が中途半端なので、エッセイ風のことを書きます。


私は、絵を描ける方が羨ましいです。

私は小学校の時、美術の女のセンセイと相性が悪かったようです。

別に意地悪な先生ではないのですが、その先生は、如何にも「絵描き」で、職人的というか細部にこだわるのです。

ところが、私は生来、いい加減な性格なので、そういうこだわりが全くありませんでした。

例えば、絵を描くと、色が輪郭からはみ出したりしても平気で、要するに「雑」だったのです。

美術の先生の目には、そういうのが、如何にも投げやりに絵を描いているように映ったのでしょう。


私は、小学校6年間、通信簿の「図画・工作」の成績が、5段階評価で殆ど「3」でした。

たまに「2」だったことすらあり、「4」以上はただの一度も獲れませんでした。

他人の所為にしてはいけないかも知れませんが、いまだに自分は「絵を描くこと資質が全くないのだ」と自分で思いこんでおり、

いともたやすく絵(まともな写実的な絵だろうが、イラストだろうが、マンガであろうが)が描ける人々が羨ましく、

ものすごいコンプレックスがあります(尤も、以前、N響アワーに慶応医学部の神経内科の音楽好きの先生がゲストで呼ばれたとき、

最近の研究で「お絵描きの遺伝子」があることが判明した、と言っていました。つまり、確かに有る程度は先天的な才能らしいです)。


但し、「絵を見る」ことは好きです。

高校の修学旅行で倉敷に行き、大原美術館でエル・グレコの「受胎告知」などを見て、ひじょうに感激してから、

「絵画を鑑賞すること」は好きになりました。これは、救いでした。


◆初等義務教育で、美術や音楽に「成績」を付けないほうが良いと思います。

一方、私は音楽は、「相対的に」得意だったので、今でもご覧の通り好きですが、それは偶然です。

小学校の音楽の「実技試験」を思い出すと、やや大袈裟ですが、「残酷な」制度だったと思います。

一人一人、クラス全員が聴いている前で、音楽の先生のピアノ伴奏で教科書の歌を「独唱」するものでした。

歌が苦手な子にとっては、大変な苦痛・屈辱だったのではないかと、思います。



それがきっかけで、私の「図工コンプレックス」と同様、「音楽コンプレックス」になり、

クラシックなど、金輪際聴きたくも、演りたくもない、ということになっている人が大勢いることは、容易に想像できます。


美術・音楽などは、所詮、生徒の圧倒的大多数はプロになるわけではないのですから、まず、「楽しめるようにすること」を

授業の目的にするべきだと思います。

たとえヘタクソでも、絵を描いたり、音楽を聴いたり楽器を演奏することが「好きになる」だけで人生は豊かになります。

プロじゃないのですから、下手でも一向に構わないのです。


「美術」「音楽」などは、通信簿の評価対象外にするべきではないかと思います。

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2009.08.08

「<酒井法子容疑者>最高裁が使用自粛 主演の広報用映画」←最高裁は「無罪推定原則」を知らないのですか?

◆記事:<酒井法子容疑者>最高裁が使用自粛 主演の広報用映画(8月7日20時40分配信 毎日新聞)

最高裁は7日、覚せい剤取締法違反容疑で逮捕状が出た酒井法子容疑者が主演する裁判員制度の広報用映画「審理」について、

使用を自粛すると発表した。最高裁のウェブサイト上での無料動画配信を停止するほか、

DVDやパンフレットの貸し出し、配布を中止した。全国の地裁や家裁などに掲示した広報ポスターも撤去する。


◆コメント:刑事裁判の大原則「推定無罪」の有名無実化に最高裁が加担している。

あまりにもマスコミも世間も騒ぐので、馬鹿馬鹿しくなり、この件は取りあげないつもりだったが、

上の記事を読んで気になったので、やはり、書く。

現時点での客観的事実は、

1.タレント、酒井法子容疑者に対して、覚せい剤取締法違反容疑で逮捕状が出た。

2.同容疑者の所在が不明である。

ということだけである。にも関わらず、殆どのマスコミは、

「逮捕状が出た=酒井容疑者の有罪確定」であるかの如き報道をしている。

マスコミが大きく取りあげるのは、テレビは視聴率を稼げるし、新聞は売上げが伸びるからである。

それは毎度のことだが、忘れてはいけないことがある。


酒井容疑者が、今後もし逮捕されたら、その後、身柄を検察に送致され、検察官が取り調べを行い、

起訴するかどうか、つまり、刑事裁判を起こすのかどうかを決定する。

仮定上の話として、検察が酒井容疑者を取り調べることになったとしても、酒井法子さんはまだ「被疑者」である。

被疑者は「無罪が推定される」

そしてもし、検察が酒井被疑者を有罪に出来ると確信したら、初めて起訴を決める。

起訴されると、酒井「被告人」になる。しかし、それでもまだ、

刑事被告人は有罪判決が確定するまでは「無罪」と推定される。

これが近代刑事裁判の大原則「推定無罪」又は「無罪推定原則」である。


警察とマスコミはかつて、松本サリン事件において、

大失態を演じた。警察は、無実の第1発見者、河野義行氏を犯人と決めつけた。

マスコミは警察発表をそのまま記事にするだけで、警察の捜査、取り調べに問題がないのかどうかも確かめなかった。

ニュースを見た国民は皆、河野義行氏が犯人と思いこんでしまった。

結果的に河野氏は無実であり、真犯人はオウム真理教だった。


当時の国家公安委員会委員長、野中広務だけが河野氏の元に直接謝罪に訪れた。

新聞各社は謝罪記事を掲載したが、実際に責任者が謝罪にきた社は無かった。


あれほど、取り返しの付かない失態を演じておきながら、マスコミは懲りずに同じ事を繰り返す。

私は、本件(酒井法子氏)の詳細に個人的興味は無い。

言い方を変えれば、酒井被疑者が覚醒剤を使用しているかどうか、知ったことではない。

場合によっては、酒井被疑者は逮捕され、送検され、起訴され、有罪判決が下される可能性は、勿論、ある。

それは結果論であり、本稿で強調しているのは、刑事裁判の一般的な原則。考え方である。

繰り返すが、酒井被疑者は、法的には、無罪と推定される。

マスコミ各社がミスリーディングな報道をするのは前述のとおりだが、私がおどろいたのは、

最高裁が、酒井法子容疑者が主演する裁判員制度の広報用映画「審理」について「使用を自粛する」

と決定したことである。司法の頂点にある裁判所が、無罪推定原則の有名無実化に加担している、

と言って良い。それこそが大問題だ、と主張しているのだ。

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2009.08.06

「ほっとした」「いい経験」裁判員が会見←裁判員がテレビに顔を出すって、アホか?司法も、マスコミも、本人も。

◆記事:「ほっとした」「いい経験」裁判員が会見(8月6日17時29分配信 読売新聞)

全国初の裁判員裁判となった東京都足立区の路上殺人事件で、東京地裁での判決言い渡しを終えた裁判員経験者ら7人は、

6日午後3時40分ごろから約1時間、記者会見に臨み、「ほっとした」「いい経験になった」などと感想を語った。

記者会見したのは、38~61歳の会社員やピアノ教師、栄養士ら裁判員経験者6人(男性2人、女性4人)と補充裁判員経験者の男性会社員(38)。

3日間に及んだ審理については、「イラストなどを使っていて、分かりやすかった」などの声が相次いだ。


◆コメント:裁判員がテレビで記者会見って、何を考えているのだろうか。

驚いた。裁判員が記者会見って、せいぜいコメントが新聞に載るぐらいかと思ったら、

今回、裁判員を務めた人々の顔をテレビで全国に放映している。

法務省も、マスコミも、裁判員たちも一体何を考えているのだろうか。

最高裁のサイト内に、裁判員制度のサイトが設置してある。

さらに、詳しく読むと、裁判員制度Q&Aのページがあり、

【裁判員の保護】という項目がある。


そこには、裁判員が事件当事者やその関係者の報復に万が一でも遭わないように、

だれが裁判員か(だったか)を特定出来ないようにする、と明記してある。抜萃すると、

裁判員になったことで,事件関係者から危害を加えられることはありませんか。

これまで裁判官や裁判所職員が事件関係者から危害を加えられたというような事件はほとんどおきていません。

また,事件関係者から危害を加えられるおそれのある例外的な事件については,裁判官のみで審理することになっています。ですから,どうぞご安心ください。

もちろん,裁判所は,安心して審理に参加していただくためにも,裁判員の安全確保に万全の配慮をします。

例えば,裁判員の名前や住所は公にされないことになっていますが,万一にも事件関係者に知られることがないように,

裁判員の個人情報については厳重に管理します。また,裁判員が法廷や評議室へ移動する際に,

事件関係者等と接触することがないよう,部屋の配置等を工夫しています。

それでも万一不安や危険を感じるような事態が生じた場合には,直ちに裁判所に相談してください。

裁判所は関係機関と連携するなどして必要な措置をとります。

さらに、
報道機関により,裁判員も法廷内で撮影され,テレビや新聞に報道されることはあるのですか。

法律上,何人も,名前,住所その他裁判員であることを特定するに足りる情報を公にしてはならないとされていますので,

裁判員の顔などが法廷内で撮影され,テレビや新聞で報道されることはありません。

なお,現在,法廷内での撮影は,開廷前に認められることがありますが,裁判員は,この撮影を終えてから入廷していただくことになります。

(注:色文字は引用者による)。

ご覧のとおり、万が一の危険を防ぐ為に、
法律上,何人も,名前,住所その他裁判員であることを特定するに足りる情報を公にしてはならない

のである。今日の「記者会見」は、裁判員を務めた人々の個人情報(氏名、住所等)はさすがに報じていないが、

彼ら、彼女らの知人が見れば、当然「アッ」と思うだろう。その中にタチの悪い奴がいれば、

「あの記者会見で右から何番目に座っていた人の住所、氏名、電話番号は」とネットに書き込むかも知れない。

そうなれば、あっと言う間に全国に裁判員の個人情報が知れてしまうではないか。


それでは、どうして今日の記者会見が可能だったのか?

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律「第六章裁判員等の保護のための措置」

第101条の文言(もんごん)は次の通り。
(裁判員等を特定するに足りる情報の取扱い)

第百一条 何人も、裁判員、補充裁判員、選任予定裁判員又は裁判員候補者若しくはその予定者の氏名、住所その他の個人を特定するに足りる情報を公にしてはならない。これらであった者の氏名、住所その他の個人を特定するに足りる情報についても、本人がこれを公にすることに同意している場合を除き、同様とする。(注:色太文字は引用者による)

本来、「裁判員は誰か」は、裁判員に選ばれた時、裁判に携わっている最中は勿論、裁判が終わった後でも、特定されるべきではない。

だが、101条で明らかなとおり、「本人がこれを公にすることに同意している場合」は裁判員を特定できるような事をしても構わない、というのである。


この条文自体問題だと思う。

今回は、「最初の裁判員による裁判」ということが考慮されたのであろう。死刑か無期懲役か、という判断を求められる刑事事件ではなかったが、

今後、回数を重ねるにつれ、いよいよ、本当に「被告人を死刑に処す」判決を裁判員が下すケースが出るだろう。

この場合、仮にそのまま死刑が確定したら、被告人の身内の人間からの嫌がらせ、ひどい場合には報復が予想されるし、

それのみならず、特に、匿名で相手に連絡出来るインターネットが普及しているこの時代である。世間一般からの嫌がらせが、必ずあるだろう。


本件の裁判員は日本史上最初の裁判員を務めた「歴史上の存在」であることと、死刑云々に関わらずに済んだため、

気分が高揚して、思わずテレビに出てしまったのだろうが、今回とて、個人が特定されることはほぼ確実であり、

予想もしない嫌がらせのきっかけになる可能性がある。


そういうことは、法律にも、マスメディアの影響に関しても素人である裁判員たちは、正しく認識出来ないのだから、

マスコミが自粛して、裁判員の顔を撮影するべきではなかったし、法務省も、許可するべきではなかった。

今回の例一件では分からないが、裁判員は最初の日はおっかなびっくりだが、

3日目になると随分、法廷の雰囲気に慣れるようだ(最後には、全ての裁判員が被告人に質問したというではないか)。

多分、今まで無関係だった「司法」「法廷」に関わったという非日常性や、

一時的にではあるが、「司法権」という「国家権力の一部」に従属したことにより、個人の感情に一種の快感をもたらすようだ。

だから、その後の「万が一の危険」にまでは頭が回らない。

それをカバーしてやるのが、プロ、即ち法律の専門家やマスコミの良心だろう。

101条は早速改正するべきだ。本人の同意が有ろうが無かろうが、裁判員個人を特定出来るような情報

(テレビに顔が映ることも、歴とした「個人の特定を可能にする情報」だ)は一切公にするべきではない。

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2009.08.03

「<裁判員裁判>立証、視覚に訴え 法廷の新しい形」←新しければ良い、というものではない。裁判員制度の意義が今だに分からない。

◆記事:<裁判員裁判>立証、視覚に訴え 法廷の新しい形(8月3日21時45分配信 毎日新聞)

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090804k0000m040082000c.html
戦後初めて国民が重大事件の審理に加わり、新しい「法廷のかたち」が展開された。

3日、東京地裁で始まった裁判員裁判。殺人事件を審理する法廷では、検察側、弁護側がそれぞれ法壇に座った6人の裁判員を意識し、

ビジュアル機材を駆使して視覚に訴え、法廷で「見て聞いて分かる立証」を試みた。

検察官は席の前に立ち、譜面台に原稿を置いて、裁判員に向かって冒頭陳述を始めた。

法廷両脇の65インチの大型ディスプレーに言葉が表れる。「ナイフを見せる」「ひるまない」「ひっこみが付かない」。

殺人罪に問われた藤井勝吉被告(72)と被害者のやり取りを流れに沿って示し、

殺害までの状況を再現した。これまでは裁判官が膨大で詳細な書面を読み込み判断していた。

検察側は証拠説明で、コンピューターグラフィックス(CG)を使い被害者の致命傷の位置を説明。

肋骨(ろっこつ)と背骨を緑、血管を赤で示し「動脈の一部を切断し、大動脈に刺さっています」と傷の深さを強調した。

遺体の写真は「見たくない方もいるでしょうが重要な証拠です」と裁判員席の小型モニターに映した。



弁護側もカラーのイラストをふんだんに大型ディスプレーに映し出した。

被害者の家族のバイクが被告宅の庭に侵入、猫よけのペットボトルを倒した流れを示し、「被害者側にも原因がある紛争」と強調した(中略)

両者の主張では「殺意の強さ」が最大の争点。

裁判員は今後この点を中心に証人や被告、遺族の話に耳を傾け、自分なりの結論を出すことになる。

検察側は「『絶対殺してやる』から、『ひょっとしたら死ぬかもしれない』まで濃淡がある」と「殺意」について一般的な説明をし、

「被告はほぼ確実に死ぬ危険な行為と分かっていた」と主張。今後の証人尋問で、

被告が「ぶっ殺す」と言ったことやナイフを持ったまま追いかけたことを立証する方針だ。

弁護側は「死んでほしいとは思わなかった」と述べ、「未必の殺意」と表現していた用語を丁寧に言い換えて説明。

「被害者を追いかけていない。とどめも刺していない」と反論した。


◆コメント:「殺意の定義」も分からない一般人が「殺意の強さ」が最大の争点となる事件を判断出来るのか。

私は、一番最初、裁判員制度の話が持ち上がった5年前から、ずっと反対している。

既に制度は開始されたが、法律に基づいて実行に至った制度なのだから、

裁判員制度を廃止する法案が可決されれば、廃止することは可能である。


私が最初に裁判員制度反対を唱えたのは、

2004年03月02日(火) 「国民が刑事裁判に参加へ、裁判員法案を閣議決定」←止めた方がいいと思います。(当時はココログ版は無かった)

である。その他、裁判員制度に関して触れた記事はこれだけある。

裁判が、専門家によって行われるのは、専門的な知識が必要だからである。

それは、「刑法典」の条文を暗記しているか、というようなことではない。

2004年03月02日(火) 「国民が刑事裁判に参加へ、裁判員法案を閣議決定」←止めた方がいいと思います。では、「因果関係の問題」を例にしたが、

いよいよ始まった、本当の裁判員裁判では、あと3日で、被告人の「殺意の有無」(正確には「殺意の程度」)を素人(裁判員)が判断しなければならない。

殺意とはなにか。殺人の故意である。但し、故意には、確定的な故意と未必の故意がある。

確定的な故意とは、必ずこいつを殺しやろう、という明確な意思である。

未必の故意とは、例えば、全然本件とは例が違うが、渋谷の人通りの多い道沿いに建っているビルの屋上から、

コンクリートブロックを投げ落とすようなものである。「誰か」を殺そうとして言うわけではないが、落下したコンクリートブロックが

誰かの頭を直撃し、場合によっては即死するかも知れないことは、十分に推定出来る。そしてそうなっても構わないと考える。

これが「未必の故意」である。

本件においては、


  • 検察側は被告人が被害者を「ぶっ殺す」と入ったことなどの状況を強調して、被告人に「確定的な故意」つまり明確な殺意があったことを強調するつもりである。

  • これに対し、弁護人は、「被告人は被害者をナイフで刺すことにより、死ぬかも知れない」という「未必の故意」はあったが、とどめを刺していない。確定的な故意は無かった。つまり「強い殺意は無かった」ことを裁判員に印象づけ、少しでも量刑が軽減されることを狙っている。

こんな概念に初めて接する一般人にたったの3日で殺意の強さを認定しろ、と言っても無理だ。

知識に加えて経験の蓄積が必要だ。だから裁判は専門家が行うべきだ。裁判員に選ばれることは一生に一度あるかないか、なのだから、

裁判員が経験を蓄積することは、原理的に不可能である。


◆裁判員が参加するのは一審だけなのだ。

裁判員が裁判に参加するのは、一審だけである。仮に裁判員が一生懸命考え、

被告人には強い殺意は無かった

と判断し、比較的軽い刑罰を科そうとしても、それを不服として検察が控訴すれば、

二審、つまり高等裁判所以降に裁判員が参加することはない。

一審で裁判員が苦しんで出した結論が、控訴審における、法律のプロのみによる裁判で、

あっさり覆される可能性は、十分にある。

一審だけ、素人である裁判員が刑事裁判に参加する必然性が認められない。

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