カテゴリー「声楽」の記事

2014.01.11

【音楽】NHK復興支援ソング「花は咲く」って、本来素人がまともに歌える歌じゃないですね。森麻季さんの名演奏色々。

◆音域が広く、ブレスが難しい。

もう、今年に入ってから10日以上経ちました。はやいですね。

先週の火曜日が大晦日だったのですね。随分前のような気がしますが、

「先週」の話なので、まあ、良いかと思いまして。


紅白歌合戦で、女優の綾瀨はるかさんが、NHKの復興支援ソング「花は咲く」を歌いました。

彼女は別に音楽家でも歌謡曲の歌手でもありませんから、歌が上手くなくても一向に構わないのですが、

あれは、日頃、NHKで毎日ながしていて、30人以上の芸能人有名人が数拍ずつリレーで歌う。

調性はさすがに、原調のヘ長調のままですが、男性も女性も歌のプロの方が少ないのです。

もともと、男声と女性では、1オクターブの差がありまして、更に、こまぎれで歌い、

あれは、「復興支援」ですから、音楽演奏の稚拙は本質ではないからまあ、いいんですけど、

歌いやすい、オクターブで歌っていいですよ。といわれてるんでしょうね。女性と男性が入り乱れて、

それぞれが、自分が歌いやすいようにオクターブ上げたり下げたりが、ごっちゃになっているため、

気がつきにくいですが、楽譜を見るとあの歌、難しいです。


音大の声楽科を出た、どころじゃなくて、後でお聴かせしますけど、

私が、日本音楽史上最高の声楽家と今でも信じた疑わない、ソプラノの森麻季さんですら、

つまり、プロ中のプロですら、本当は少し難しい。増して、素人の手に負える歌ではないです。

Hanawasakumusicsheet

この楽譜で(楽譜分からない方はごめんなさい)明らかなように、かなり音域が広い。ヘ長調ですけど、

真ん中のドではじまり、下のラまで下がりまして、クライマックスの「花は咲く」の「WA」の音は

真ん中のドの1オクターブと4度上(高い)のファまであります。

良い歌ですが、「皆で気軽に歌える」歌ではない、

だから?どうした?といわれそうです。なんでもないのですが、誰も書かないから、

一度文章にしておきたかっただけです。


◆森麻季さんのアルバムの紹介を兼ねます。

森麻季さんは、イタリアオペラのコロラトゥーラの技巧を駆使する曲、

宗教曲、テンポの遅い、音楽性が丸出しになるようなヘンデルのアリア、

歌曲、何でも実に上手いですが、日本の歌のアルバムがアルバムとしては一番新しいと思います。

日本の歌 花は咲くです。

この中でこの大名人、森さんがアルバムタイトルのとおり「花は咲く」を歌っておられますが、

森さんですら、非常に難しい、とまではいかないでしょうが「非常に簡単」ではないことが分かります。


◆花は咲く






この際、このところ、最後に森さんの演奏について書いてから大分経つので、

もう一度書きますが、この方は日本が西洋音楽を輸入して、西洋の発声でうたうようになってから、

今日までの間で、バリトンからソプラノまであらゆる歌手のなかで一番上手い方だろうと思います。

アルバム発売を溯って新しい順番ご紹介しますと、


アヴェ・マリアが次に新しい。


これは、何度聴いて頂いても綺麗だと思います。

カッチーニのアヴェ・マリア


◆カッチーニ:アヴェ・マリア






説明要りませんね。ただひたすら、美しい。


アヴェマリアの前は、ヘンデルのアリア集。麗しき瞳よ ヘンデル・アリア集です。


全部、良いのですが、私も皆さんもお好きな方が多い、「涙の流れるままに」。


◆ヘンデル:「リナルド」涙の流れるままに





ヘンデルとかバロックの常で、旋律の装飾が演奏者の裁量に委ねられてます。

例えとして適当ではないかもしれませんが、ジャズではインプロヴィゼーション(アドリブ)がありますが、

あれほどではないにしても、バロックでは、場合により、即興性が認められるということです。

レコーディングの場合は予め、伴奏の方と打ち合わせるでしょうが、装飾の仕方は森さんの解釈です。


宗教曲を集めた、ピエ・イエスというアルバムは、宗教曲と言っても、いろいろです。モーツァルトのかの有名なアレルヤも

その一種です。


◆モーツァルト:モテット「喜べ躍れ、幸いなる魂よ」 アレルヤ





実に正確な音程と見事に明瞭なブレス・コントロールだと思います。


更に溯ると、愛しい友よ イタリア・オペラ・アリア集では、非常に高度に技巧的なコロラトゥーラという器楽的な、

驚異的に細かい音の動きを驚くほど正確無比、かつ音楽的に歌っておられます。


◆ベッリーニ:「夢遊病の女」から、「ようこそ皆さん・・・今日という日は 」






声楽の「超絶技巧」ですね。


森さんのアルバムは、全て最高水準の演奏だと思っていいです。

どのような音楽でも、器楽でも声楽でも、このような最高の音楽性と技術を併せ持った名演奏を

初めに聴くと、これが基準になります。それは「本当に価値のあるものが分かる」ということで、

大変に重要な事だと思います。

最初ではなくても、どんな楽器や歌でも本当に優れているものは、それまで、

それに興味が無かったひとまで、惹きつけるものすごい力。表現力があります。

森麻季さんがその典型です。

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2013.05.30

「ブラームスって、割とこの頃の人よね」←26年前に91歳で他界した祖母の言葉です。

◆今まで、書いたことがないので、一回ぐらい書いておきます。

書くのを避けていたのはですね。祖母のプロフィールを書くと、自慢めいてしまう、ということが

あったのですが、まあ、もうとっくの昔の死んだ人間だから良いでしょう。ご勘弁下さい。


私の祖母は、19世紀生まれなのです。1895(明治28)年8月23日-1987(昭和62)年5月29日。

今日が命日なので、少々記憶に残っていることを書きます。


祖母は孫を溺愛するタイプの人ではなかったので、私もさほどなついていたわけではないのですが、

なにしろ、同じ家に住んでいましたから、記憶は鮮明です。


明治28年(1895年)に仙台の、元来は武家だったらしいです。そういう家に生まれた所為もあり、

また、後述する経歴もあり、気位(きぐらい)の高い人でした。


明治に仙台とはいえ、東北に生まれた祖母がどうやって勉強したのか、今から思うともっとよくきいておけば

よかったのですが、とにかく西洋音楽に魅せられ、芸大音楽学科の前身、東京音楽学校声楽科にはいりました。

入試で、ピアノも楽典もソルフェージュもあったんです。どうやって東北で勉強出来たのか不思議でなりません。


もちろん、技術的水準を単純に現代と比較したら、話になりませんが、それでも驚いた事に祖母は確かに声楽的発声の訓練を

受けていました。子供の頃から、祖母は近所の子供にピアノなど教えていましたが、ピアノの上には、ドイツ人の声楽の師匠の

写真がずっと飾ってありました。


◆女子学習院教授という大層な肩書きの人でした。

その当時は「東京音楽学校声楽科」の人数がとても少なかったでしょうから、割と簡単だったのでしょう。

首席で卒業した祖母は、どういういきさつか、昔の、本当の学習院、皇族や華族の娘しか、入れない、

「女子学習院」という今なら高校から大学だとおもいますが、肩書きが「教授」だったのです。

それが、多分、生涯誇りだったのだろうと思います。昭和天皇のお后、昭和の皇后陛下も、そのお嬢さん

(つまり、昭和天皇のお嬢様方)の「音楽の先生」なんですね。

昭和の皇后陛下は、ご自分も、お嬢様方も一応、祖母に音楽を習ったので、お目にかかると、祖母に

娘がお世話になります。

とおっしゃっていたそうです。こちらが冷や汗をかきます。

祖母が亡くなったときには、昭和の皇后陛下のお使い。天皇陛下のお使いは「勅使」ですが皇后陛下のお言葉を伝える人はなんというのでしょうか?

とにかく、非常に緊張するはめになったのですが、祖母が他界した際、皇居からお使いがくるというのです。宮内庁から電話があるんです。

待っていると、やがて、両手に大きな桐の箱を持った人が来宅し、玄関で直立不動のまま、
皇后陛下におかれましては、故・〇〇〇〇(←祖母の姓名。「家来」だから、呼び捨て)の死去に際し、お菓子を賜りました。ここにお届け致します。

という調子ですから、こちらも直立不動なんです。何だかんだいっても、皇后陛下からじきじきに・・・といわれたらアガります。


◆とても不思議なのですが、私が初めてのオペラを観て、帰宅してしばらくしてから亡くなりました。

実は、私はその何ヶ月も前に、NHKホールでのメトロポリタン歌劇場来日公演のチケットを買っていました。

5月29日の公演です。それが生まれて初めてのオペラ鑑賞でしたが、祖母がもう時間の問題なので、諦めようと言ったら、

今はこちらも死んでから随分経ちますが、父が構わんから行け、と申します。

これも何かの偶然だろうと。声楽に情熱を注いだ祖母の(まだ生きていますが)供養になるかもしれんから、

行ってこいと、いうので、行って、全部見終わって、帰宅したその夜遅くに、祖母は私のオペラ鑑賞を待っていてくれたかのように

息をひきとりました。不思議が気がしました。


◆ブラームスと祖母の生涯は2年だけですが重なっているのです。

前置きが大変長くなりました。要するに、私の祖母が西洋音楽に関してド素人ではなかった、ということを

申しあげれば良かったのですが、余計なことまで書きました。

当時といえど、やはり訓練を受けた人はそれだけの「耳」がありまして、私がN響の第九など

テレビで聴いていたら、祖母が「この人は、音程がとてもいいわね」とか「このティンパニの方、正確ね」とか。

そういうことが多かったです。

「ダメよ、こんなところで間違えちゃ」とか、コンチェルトでソリストが合わないと、

「ダメだ。そんな勝手なことをしたら」とかいうんです。的を射ているのです。

自分が若い頃、ショパンの「幻想即興曲」を聴いたときに「この世にこれほど綺麗な音楽があるのかと思った」とも

言ってましたが、とりわけ衝撃的だったのは、ブラームスの交響曲を聴いていたら、何気無く祖母が発した、

ブラームスって、割とこの頃の人よね。

という言葉でした。一瞬、呆けたのかとおもい、唖然としましたが、調べたら、ブラームスの生涯は

1833年5月7日 - 1897年4月3日なのです。祖母が生まれたのが1895年ですから、2年弱ですが同時代を生きています。

ということは、祖母が、音楽学生だった頃、ブラームスはまだ、没後20年足らずの作曲家。私の年齢でなぞらえると

ヒンデミットとか、イベールとかと同じなんです。

なるほど。「この頃の人」というのも無理は無い。

時代は繋がっている、という当たり前のことですが、それを非常に強く感じました。

完全に私事で失礼をいたしました。

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2013.05.18

【音楽】とにかく綺麗な音楽。

◆最近、あまりにも「人間の醜さ」が目にあまるので。

だいぶ慣れたつもりだったのですけど、アインシュタインが言ったことは本当ですね。

この世には、はかりしれないものが二つある。宇宙の大きさと、人間の愚かしさだ。

最近、毎日更新できてないのですが、あまりにもひどい(色々な意味で)人間の行為を知り、

「あきれてものがいえない」のであります。書けない事はないのでしょうが、今まで散々書いたので、

いい加減疲れます。11年書いてるんですからね。数年前から、Twitterの140文字で思い付いたことを

書くのは、簡単ですが、如何に愚かしいか、をブログで長々と取り上げるのは、気が滅入ります。


◆「人間の存在を少しでも明るく照らし出すことが、芸術家に与えられた使命だと信じています」(カール・ベーム)

中学生の頃に、クラシック音楽雑誌「音楽の友」にカール・ベームという指揮者のインタビューで、この言葉が

載っておりまして、中学生でもそれなりに、意味は分かりましたが、年を取ったら、一層、ベーム先生の正しさが分かります。

欲の塊になって、醜さの極みになってしまう人間が大勢いますが、一方では、数百年経っても、

人間の魂を慰める、美しい音楽を書いたのは、同じ人間。それを音にしているのも、人間であります。

既出の曲ばかりなのですが。ちょっと一息つきましょう。


森麻季さんのソプラノ。麗しき瞳よ ヘンデル・アリア集から。


ヘンデル:リナルド 涙の流れるままに






信仰心がなくても敬虔な気持ちになる、ということはありますね。実に美しい。

森麻季さんの演奏は、何度も書くのですが、これ以上あり得ないほどの素晴らしさで、人間の声の美しい部分を

全部、集めたのではないか、と思えるほどです。


続いて、リヒテルの「平均律」一番最初の。バッハ:平均律クラヴィーア曲集全巻 から。


バッハ:平均律クラヴィーア曲集 前奏曲とフーガ 第1番 ハ長調





同じくバッハの「無伴奏チェロ組曲」1番の第一曲「プレリュード」もそうですが、この「前奏曲」。

ありていに言えば、「分散和音の羅列」なんですけれども、これが「天上の調べ」と呼びたいほどの美しさ。

続くフーガ。静寂からぞっとするほど綺麗な音が聞こえる瞬間。何度聴いても、どこからどう聴いても美しい。


次は、ケルン放送響首席コントラバス奏者、河原泰則さんのコントラバス。「コントラバスの奇跡」から。


ラフマニノフ:「ヴォカリーズ」






ラフマニノフといえば、99パーセントの方はピアノの超絶技巧曲を連想なさることでしょう。


それはそれで、音楽史上の宝ですが、私はその超絶技巧のラフマニノフが書いた、この切ない旋律が一番好きです。

河原泰則さんの演奏はこのアルバムはまさに「奇跡」で、コントラバスの表現力の広さを、存分に知ることができます。


最後は、映像と一緒に。金管楽器で「G線上のアリア」は、聴いたことがないでしょう?

あるんですねえ。これが。『バッハ・フォー・ブラス』 ジャーマン・ブラスから。


バッハ:管弦楽組曲第3番から「エア」(G線上のアリア)






何度も書きますが、これを演奏しているのはバッハがここで働き、バッハのお墓がある、ライプツィッヒの聖トーマス教会です。


簡単そうに聞こえますけれども、全ての管楽器に必要な基礎中の基礎。「ロングトーン」といって、ひとつの音を長く揺れないで伸ばす。

なかなか難しいのですよ。


みなさま、良い週末をお過ごしください。

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2013.02.02

【音楽】クライスラーとハイフェッツの誕生日。シューベルト。ローザンヌ山本さん3位。

◆クライスラー(1875-1962)は昨年とりあげるべきでした。

昨年がフリッツ・クライスラーの没後50周年でしたので、あるヴァイオリニストが、

「今年はリサイタルなどで、クライスラーをプログラムに含めて頂きたいという依頼が多い」

といっていましたが、1年前はちょうどN響アワーが終わるというので、NHKに抗議文を出して

そちらに気を取られておりました。


クライスラーは自作自演の録音が残っていますが、いくら何でもノイズばかりで

興ざめです。

私が好きな、カナダのヴァイオリニスト、ジェームス・エーネス(James Ehnes)氏の
James Ehnes Plays Kreislerですが、

iTunes Store ですとJames Ehnes Plays Kreisler1,500円でダウンロード購入できます。

最近はなんでもダウンロードですね。それはさておき、一曲だけ。


クライスラーが、タルティーニ作曲:「コレルリの主題による変奏曲」という第50変奏まであるのをコンパクトにまとめた曲。


コレルリの主題による変奏曲







ピアノやヴァイオリンなど、優れた才能が掃いて捨てるほどいる世界で秀でるということは、非常に大変で

殆ど不可能と考えた方が良い、というのが凡人に対しては、最も親切なアドヴァイスだと思いますが、

James Ehnes氏には確かに他と違った表現力がある、と思います。


◆ハイフェッツ(1901-1987)

ヤシャ・ハイフェッツは、ヴァイオリニストの神様で、100年に1人の天才といわれます。

何ても弾けと言われれば、すくに弾けてしまうのですが、協奏曲より小品集の方が

ハイフェッツの真骨頂です。

ツィゴイネルワイゼン ヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリン

から。


ツィゴイネルワイゼン






中間部の美しい旋律はハンガリー民謡をそのままサラサーテが使ったそうです。

若干、音色が普通と違うのは、ここは弱音器を付けているからです。

まさに、ハイフェッツ=ツィゴイネルワイゼンと言っても過言では無いほどの名演。

最初と終わりのテクニックでは腕がなりますが、この中間部の歌い方。


ヴァイオリンが「泣い」てます。したたるポルタメント、よよとすすり泣くヴィヴラート。


これぐらいの浪花節がぴったりです。


◆既に過ぎてしまいましたが、1月31日はフランツ・シューベルトの誕生日でした。

シューベルトは「歌曲の王」であるのは余りにも有名で、過去にはシューベルト歌曲を載せましたが、

彼にはあまりにも有名な代表作、三大歌曲集「冬の旅」「白鳥の歌」「美しき水車小屋の娘」があります。

これはいままで殆ど取り上げたことがありません。

クラシックの声楽家というとまずオペラ歌手を連想する方が多いでしょう。

あちらの方が派手です。一方、ドイツ・リートなんていうのは、イタリア・オペラのように

テノールが高音をフォルティッシモで張り上げるというような所はありませんが、それだけに

純粋に「音楽性」「歌心」がモロに出ます。

第一人者。故・フィッシャー=ディースカウと名伴奏者として有名なジェラルド・ムーアのピアノ。

シューベルト:歌曲集「冬の旅」から第一曲。


シューベルト:歌曲集:「冬の旅」 第一曲 Gute Nacht(おやすみ)






泣けますね。シューベルトは「悲しくない音楽なんてあるのだろうか?」と言ったそうですが、

あまりにも直接的に切ないです。

同じ「冬の旅」には有名な「菩提樹」もあります。


◆【為参考】2月2日は今年のローザンヌ国際バレエコンクールのファイナルです。

クライスラー、ハイフェッツ、シューベルトと全く関係ありませんが、毎年、

1月の終わりから2月のはじめにかけて、ローザンヌが開かれます。昨年は菅井円加(すがいまどか)さんが1位でした。

2013年のファイナルは今日2月2日。日本人は5人がファイナルに残っています。ご参考までに。


◆【追加】ローザンヌ国際バレエ、山本さん3位 石川の高2(朝日新聞 2月3日(日)2時50分配信)

熊川哲也さんや吉田都さんらを輩出した第41回ローザンヌ国際バレエコンクールの決勝が2日、スイス西部の当地で開かれ、

石川県能美市在住で小松市立高校2年の山本雅也さん(18)=横倉明子バレエスクール=が3位に入った。

山本さんは「信じられない気持ち。緊張もせず、自分の納得できる踊りができた。家族にありがとうと言いたい」と話した。

同コンクールは15~18歳だけが参加でき、「将来性」を審査するため、若手ダンサーの登竜門とされる。

本選には23カ国から75人が参加し、決勝には20人が進んだ。

上位8人には世界の有名バレエ団やバレエ学校へ1年間、無料で入団が認められ、

生活支援金として1万6千スイスフラン(約160万円)が支給される。

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2012.12.05

【音楽】毎年恒例。12月5日はモーツァルトの命日です。

◆没後221年になります。

モーツァルトの生涯は、1756年~1791年ですから、今年で没後221年です。

モーツァルトに限りませんけれども、特に、バッハとかモーツァルトという人達は、

亡くなった後、220年も経って、全然、関係の無い文化圏の我々が聴いてもゾッとするほど美しい音楽を書きました。

新しく生まれてきた子どもがアッというまに音楽家になって、モーツァルトを弾いています。


商業的音楽(要するに広義の「歌謡曲」です)が20年もすると思い出のメロディーになってしまって、

あれはあれで良いものがあります。私も好きな歌がありますけれども、失礼ながら200年後、世界中で聴かれているか?

と想像すると、その可能性は殆どゼロでしょう。


そう考えると、モーツァルトを始めとする歴史に名前が残っている作曲家の、恐ろしいほどの天才に畏敬の念を覚えます。


◆「モーツァルト頌」という本があります。

Amazonを見たら、今は古本しかないですけど、ときどき新品がでます。モーツァルト頌という本です。

「頌」とは讃える、という意味です。この分厚い本には、自らが天才の名をほしいままにした、大芸術家がモーツァルトを

讃える言葉ばかりを集めたものです。天才たちが「自分など足元にも及ばない天才だ」と尊敬したのがモーツァルトです。

子供の頃のモーツァルトを、既に完全に完成した作曲家だ、と認めたのは、ハイドンでした。

私は神に誓って申し上げますが、ご令息は、私の知る限り最も偉大な作曲家です。(ハイドンが、レオポルド・モーツァルトに向かって云った言葉)

モーツァルトが19歳のときに書いた、「ファゴット協奏曲」です。モーツァルトの管楽器の為の協奏曲で

最初に書かれたのがこの作品です。


ファゴットはクラウス・トゥーネマン。

音源は、クラリネット協奏曲、ファゴット協奏曲、オーボエ協奏曲 ライスター、トゥーネマン、ホリガー、マリナー&アカデミー室内管



モーツァルト:ファゴット協奏曲変ロ長調 K.191 第一楽章。






これが19歳の少年の作曲なんですからねえ。


「モーツァルト頌」では、ロッシーニの言葉も見つけました。
モーツァルトの肖像を贈呈します。この大家中の大家を前に、私もそうしているように、あなたも帽子を脱いで敬礼したまえ(ロッシーニ)

ロッシーニ自身、十分に天才ですが、その人がモーツァルトを「大家中の大家」と。


モテット「踊れ喜べ、幸いなる魂よ」より、有名な「アレルヤ」。

こういう歌の歌い方はクラシックの声楽以外では、ありません。本当に毎日何年も練習して、

それでも、出来ないということもあるだろうとおもいます。

私が日本音楽史上、最も上手い声楽家と思っている、ソプラノの森麻季さん。映像と共に。


Alleluia(Exsultate, jubilate) by Maki Mori







完璧な声のコントロールですね。素晴らしい。ここまで上手い人、滅多にいません。


最後、「モーツァルト頌」から。
モーツァルトのピアノ協奏曲のような「本当の音楽」の良さは必ずしも誰にでも分かるものではない。私如きの作曲がもてはやされるのは、そのおかげです(ブラームス)

ブラームス先生も十分、天才なんですけどねえ・・・。


モーツァルトの最後のピアノ協奏曲、第27番 変ロ長調。

音源は、ワルタークリーン・N響の伝説の名演がCD化されたものです。

N響85周年記念シリーズ:モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番、23番、24番、27番/ワルター・クリーン、ホルスト・シュタイン、若杉弘

この第3楽章の主題を、数日後、モーツァルトは「春への憧れ」という歌曲に使っています。

ワルタークリーンさんは、カデンツァで「春への憧れ」全曲を取り入れ、それから変奏してまして、

「N響アワー」で聴いたのを覚えています。大変誠実な名演でした。


モーツァルト:ピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595 より第三楽章







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2012.12.03

【音楽】静かで穏やかな音楽です。

◆良い事かどうか。せめて、と思いまして。

中央高速笹子トンネルの事故ですが、あそこは私も何十回通ったことがあるか分からないほどで、

誠に痛ましい限りで、言葉がありません。亡くなられた方を悼んで。


◆静かな音楽ばかりです。

ソプラノ、森麻季さんの、ヘンデル アリア集から


涙の流れるままに。







アダージョ・カラヤン・プレミアムから、


バッハ 「G線上のアリア」(管弦楽組曲第3番、BWV1068 第2曲「エア」)







ブーニン:バッハ・ピアノ・リサイタルから、



カンタータ147番「主よ、人の望みの喜びよ」





バッハ:平均律クラヴィーア曲集全巻 リヒテルから


前奏曲とフーガ 第1番 ハ長調







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2012.09.19

【音楽】9月16日はマリア・カラス(ソプラノ)の命日でした。

◆いくら、器楽好きとは言え、マリア・カラスを一度も取り上げていなかったのは不覚でした。

最近、音楽年表のチェックを怠りがちで、遅れ気味の記事になってしまいますが、

9月16日はマリア・カラス(1923~1977)の命日でした。


好みの如何に関わらず、マリアカラスは、20世紀最高のソプラノ歌手として知られています。

あまりにも有名で、数え切れないほどの本が書かれていますので、今更私がゴタクを並べるまでもありません。

Wikipediaへのリンクを貼っておきます(正直言うと、私もあまり知らないのです)。


知らないというのは、全盛期を聴いた訳ではないからです。

ただ、Wikipediaにも書いてありますが、晩年(といってもそんなに見た目は衰えて無くて、その後急に亡くなった、という印象です)

1974年に、ディ・ステファノ(テノール)と日本4箇所でリサイタルを行ったときには、NHKが大々的に放送しました。

またまた、正直に書きますと、その頃の私は、歌(声楽)をさほど聴いたことが無かったので、比較することも出来ず、マリア・カラスの歌そのものは

あまり印象に残っていないのです。マリア・カラスに夢中になったのは、私よりも1世代、2世代前の音楽ファンだと思います。


しかしながら、ただ一度、NHKの画面を通してみただけですが、大スターの貫禄は、明らかに「別格」でした。


普通演奏家は、本番前の楽屋にテレビカメラが入ることなど、集中の妨げになるので嫌がる人が多いと思いますが、

マリア・カラスは上機嫌で、全くお構いなし、相方のテノール、ディ・ステファノと冗談というか雑談というか、

世間話のようなことをずーっと話しているのです。


そして、普通、演奏家はステージに出る前には、一応、呼吸を整えて、一旦気を静めて・・・・というような

儀式的な動作をしますけれども、マリア・カラスは、世間話をしていて、私は気がつきませんでしたが、ステージ・マネージャーが

「本番です」というような合図をしたらしい、それをチラリと見たのでしょうけれども、それすら気がつかない。


世間話のまま、いきなり、すーっとステージに現れたのです。


とにかく、マリア・カラスのものすごい余裕と、貫録。子供心にただ者では無い、と思いましたが

後に知ったら、当たり前です。文字通り「世紀のプリマドンナ」。

その時のリサイタル全部ではないでしょうが、何と46分の映像をYouTubeで発見しました。


Maria Callas & Giuseppe di Stefano Tokyo 1974





この時51歳ですからね。全盛期はそれこそ、オペラハウスの客席全体に、ビンビンと声が響いたことでしょう。

この映像終わりまで見て無いのです。済みませんが。ですので重複するかもしれませんが、

マリア・カラスがアンコールで歌った、あまりにも有名な、

プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より「私のお父さん」


Maria Callas (High Quality sound)sings O mio babbino caro







うーむ。もう、なんというか技術とか声量とかよりも歌心とマリア・カラスがステージにいる、というだけで

日本の聴衆が大感激ですね。繰り返しますがこういう人を「スター」というのでしょう。なりたくてなれるものではないですね。


私は、この記事の始めの方で、「声楽をそれまであまり聴いたことが無かったから、よく分からなかった」と書きましたが、

この「私のお父さん」を聴いて、何も感じなかったとしたら、余程、鈍い中学生だったのでしょう。恥ずかしくなりました。

この時、クラシック音楽雑誌「音楽の友」は「マリア・カラス大特集」を組み、このリサイタルのお客さんに

片っ端からインタビューしていました。大多数は大喜びでした。私よりも二世代ぐらい前の音楽ファンの方でしょう。

レコードでずっとマリア・カラスを聴いてきたけど、まさか生で聴けるとは思いませんでした。若い頃から好きでね。今日は本望です。

というような方が大勢いらっしゃいました。

勿論マリア・カラス本人へのインタビューも載っておりました。

その中で、当時の雑誌「音楽の友」の編集部の女性でしょうか。
「私、でも、正直いって、皆、マリア・カラスさんのベルカント唱法のすごさとか本当にわかっているのかな?と思うことがあります。」

と言ってました。つまり、本当に日頃から好きというよりも、ミーハーじゃないの?と言いたかったのでしょう。

それに対するマリア/カラス女史の答が極めて明快でした。
あら、そんなこと知らなくてもいいじゃない? 私の歌を聴いて楽しんで下されば、嬉しいわ(笑)

どこまでも肝要で、お客さんの喜んで貰えることが何よりのよろこび、という本当の音楽家、大歌手、大スターでした。

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2012.07.26

「取り返しがつかない」こと。3年前、拙日記の読者のお一人が亡くなったのです。

◆あまりにも申しわけないのです。

拙日記・ブログという書き方を私は良くしますが、

「JIROの独断的日記」は、そもそも2002年4月15日、まだ、Twitter、Facebookやmixi、いや、

それどころか、まだ、ブログという言葉も日本では殆ど知られていない頃、ウェブ日記エンピツ

自分のアカウントを開いた日、から続いております。

2004年11月から、あまりにも世の中が「猫も杓子もブログ」の様相を呈し、

当時は、小泉政権で、私は「反小泉改革」で、

自分の主張が少しでも多くの人の目に触れるようにすべく、JIROの独断的日記ココログ版を設け、

以来、両方に同じ文章を載せているのです。


ありがたいことに、10年前から読み続けて下さっている読者の方もおられます。

そういう読者のお一人が3年前の今日、亡くなりました。

平成21年7月25日 午後5時27分、骨髄異形成症候群から移行した急性骨髄性白血病で亡くなった、

きゅっ。の日記のナカムラ・キュウヤさんです。


病状の経過などにかんしては、お亡くなりになった1年後、

2010.07.27 取り返しが付かないこと。ずっと私の日記を読んで下さった方が1年前に白血病で亡くなりました。

に、書かせて頂きました。


私は、ナカムラさんが闘病生活を送りながら、有難いことに拙日記を読んで下さっていることを

認識していたのです。


しかし、こちらからメールを、お送りしてよいものかどうか。

今、思うと、あれこれ送らない言い訳を考えていたように思います。

難しい病気ですから、「元気になって下さい」は無責任ですし。

病気のことに無理に触れず、
「はじめまして。いつも拙日記を御愛読、ありがとうございます」

ということでも、何もお話しないよりは良かったと思うのですが、

結局、ナカムラさんには、一言も御礼を言えませんでした。

だから、「取り返しが付かない」のです。


◆せめて、音楽を。

せめて、音楽を、と思いました。

亡くなったすぐ後ならば、レクイエムなども考えますが、

3年後に「葬送行進曲」や「レクイエム」は相応しくないと思いました。

とにかく、美しい音楽を、と考えました。


ラフマニノフのヴォカリーズ。ケルン放送響首席コントラバス奏者、河原泰則さんの

「コントラバスの奇跡」から。


ラフマニノフ:ヴォカリーズ







この曲は、あまりにも美しいので、ありとあらゆる楽器で演奏されます。

今日は、低音が落ちつきがあり、相応しいと思いました。


もう一曲。どうしようも無く美しい「カッチーニのアヴェ・マリア」。

森麻季さんのソプラノです。アルバム「アヴェ・マリア」から。


カッチーニ:アヴェ・マリア






ナカムラキュウヤさんに届きますように。

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2011.12.22

【音楽・映像】2005年のN響「第九」終楽章。アシュケナージ指揮、ソプラノが森麻季さんです。

◆今年も残すところ旬日余となりまして。

年末というと、別にクラシック音楽など関心がない方も御存知の通り、

ベートーヴェン作曲、交響曲第九番 ニ短調「合唱付き」作品125を

日本の全てのオーケストラが演奏します。

私も以前は、随分何度も聴きましたが、多少クラシックに詳しくなり、

生意気盛りの年頃になりますと、年末の「第九」だけを聴く人がいる、

とか何とか言って、自分はそういう「ド素人」とは違うんだい、

一緒に聴けるか、という気取りが出て参ります。


しかし、それから更に数十年の時を経ると、やはり、これは

特別な作品だと思います。これだけが、音楽史上最高傑作ということではないけれど、

何度も聴いて殆ど、覚えているのに、そして演奏者がどうあれ(少々ヘタクソでも)

感動します。作品そのものの力があまりにも偉大なのでしょう。


第九は、歌のソリストたちとコーラスが加わる第四楽章だけではなく、

本当はやはり第一楽章から第三楽章を聴いた後に第四楽章を聴くものだと

思いますが、あまり五月蠅いことは言わずに、第四楽章を聴きましょう。


◆2005年のN響。アシュケナージ指揮、ソプラノ・ソロ、森麻季さん。コーラス、二期会です。

今まで何十年にもわたって、色々な指揮者がN響の「第九」を振ってます。

これは6年前。まだアシュケナージが音楽監督の時ですが、

ちょっと珍しい部類です。


ご承知のとおり第四楽章では、歌のソリスト(ソプラノ、アルト、テナー、バリトン)と

コーラスが演奏に加わります。

この年は、アルト、テナー、バリトンは、外人さんで、ソプラノだけ天下の森麻季さんです

(4人とも日本人、ということの方が多いです)。



また、N響の「第九」のコーラスは、たいてい、国立(くにたち)音大なのですが、

この年は二期会。つまりプロです。音大とて、声楽専攻の学生ですから、

上手いのですが、やはりプロは違います。バランスが絶妙なのです。


Beethoven - Vladimir Ashkenazy - Symphony No.9 Mvt.4 (1/3)







Beethoven - Vladimir Ashkenazy - Symphony No.9 Mvt.4 (2/3)







Beethoven - Vladimir Ashkenazy - Symphony No.9 Mvt.4 (3/3)







この楽章でいつも聴いていて気になるのは、コーラスもソリストも音域が高すぎるのですね。ちょっと。

御存知のとおり、ベートーヴェン先生は聴覚に障害があり、それは、交響曲第1番を作曲したころから、

症状が出始めていて、第九の頃は殆どきこえなかった、と。しかし、ベートーヴェンに限らず、作曲家というのは、

いちいちピアノで音を確かめながら書くのではなくて、生来抜群に良い音感を持っているひとたちなので、

頭の中で本当の演奏と同じように音を鳴らせるのですが、それにしても、全然きこえない状態がかなり続くと、

影響があるのでしょう。


スコアをよく見ると、ハッとするのですが、この「交響曲第九番」、第一楽章、第二楽章、そしてこの第四楽章の終わりは、

総休止(すべてのパートが休符)になっていまして、しかもその休符にフェルマータついてます。


慣習的に出来上がっちゃってますからいいのですが、第九って大抵、最後の音が鳴った瞬間に「ブラボー」が飛びますが

ベートーヴェン先生は、最後の音の後に静寂があり、それを含めて「音楽」だったのでしょうね。

今度はもう少し自分でまともな音源を探してきます。

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2011.12.07

【音楽】12月5日はモーツァルトの命日です。

◆今年はどうしようかと思ったのですけどね。

というのは、毎年「12月5日は~」をかいているのですが、

毎年、アクセスが減るのです。


去年はショパンの生誕200年、今年はフランツ・リストの生誕200年。

だいぶ、格がさがるけど、映画音楽で有名だけど、前衛的な作品を書いた

ニーノ・ロータの生誕百年。


世の中、難曲、大曲、珍曲(今まで無名だった作品を掘り起こす)ブームですね。


例えばピアノならば、

モーツァルトなんか、子供でも弾けるわ。それより、ラフマニノフ、リストが面白いぜ。

ということになるし、オーケストラでは、

近年、オーケストラを聴くよりもアマチュア・オケで自分で演奏する素人が、

増えているわけです。そうすると、モーツァルトの交響曲をプログラムのメインにすると、

金管楽器(特にトロンボーン、テューバ)や打楽器(ティンパニ以外)の出番が無い。

必然的に大編成で、本当は素人には分不相応なマーラーやブルックナー、

ショスタコーヴィッチの「大曲」を選ぶ。


すると、聴く時にもそれが中心になるでしょうね。


◆モーツァルトは人間的にある程度成熟(円熟)しないと分からないようですね。

それを強く感じたのは、あの天才ヴァイオリニスト五嶋みどりさんが、若い頃に、

モーツァルトって、つまんない。みんな同じなんだもの。

と、全くこの通りかどうか確認できませんが、そういう趣旨の言葉を発したそうです。

ふーむ。あの大天才ですら、やはりモーツァルトが分かるには「年月」が必要なのか、

と思い、同時に昔のヴァイオリン教師、カール・フレッシュという大先生が、

ヴァイオリン演奏の技法 上巻 ヴァイオリン演奏の技法 下巻

の「下巻」だったと思いますが、
ある音楽家の教養の程度は彼のモーツァルトに対する関係で分かる。

相当の年にならねばモーツァルトを理解することができない、というのは、よく知られた事実である。
若い人たちは、モーツァルトを単純、単調、冗漫だと思う。

人生という嵐によって純化された人だけが、単純さの中の崇高さと、霊感の直接性を理解するのである。

と書いていたことを、思いだし、「なるほど」とおもいました。


私は、ヴァイオリン弾きではありませんが、学生時代音楽に夢中になって、

とにかく何の楽器の先生だろうが、指揮者だろうが、作曲家だろうが、色んな人の書いた

文章を夢中になって読み漁っていた時期があります。

カールフレッシュのこの言葉も、そのような過程で、偶然見つけたのですが、

中学生か高校入りたてでした。カールフレッシュさんの言う言葉の意味が、

何となく分かるけれど、実感としては勿論、全く分からない。

しかし、五嶋みどりさんの言葉を知ってなるほど、と思いました。

確かに苦労を重ねるほど、殆ど、長調で書かれているモーツァルトの音楽に

一見明るい音楽に、悲しさ、を感じるようになりました。


◆モーツァルトのピアノ協奏曲のような「本当の」音楽の素晴らしさは誰にでも分かる訳ではない。私たちごときの作曲がもてはやされるのは、そのおかげです(ブラームス)

この言葉は音楽評論家の吉田秀和氏の本で知ったのですが、古今東西、

自らも天才の名をほしいままにした、大作曲家、文学者、学者たちが、

モーツァルトに最大級に賛辞を惜しみ無く贈っています。それを一冊にした、

モーツァルト頌(しょう)という本があります。

大抵芸術家なんて、変人が多いですから世間がいくらすごいと言っても

「いや、おれはそうは思わん」と、ムキになる、或る意味幼稚な人も多いですけど、これほど

ありとあらゆる天才達の評価が一致するモーツァルトという人は、厳密に人類誕生から現在まで、

本当の「天才」、「天」「才」を選ぶとしたら、彼では無いかと思います。

アシュケナージ=フィルハーモニアの弾き振りで、ピアノ協奏曲23番の第一楽章をお聴き下さい。

これが音源です。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番&27番



ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488 第一楽章







同じ、アシュケナージのCDでも聞けるのですが、最後のピアノ協奏曲27番、K.595には、

本当はワルタークリーンという名ピアニストとN響との伝説的名演があるのですが、

「これこそ観たい」という映像に限ってDVD化もせず、テレビで再放送もしない。

NHKには、多いに文句を言いたいのですが、直ぐにどうなるものでもないので、

ワルター・クリーンのモーツァルト協奏曲集(全曲ではありません)があります。

モーツァルト:ピアノ協奏曲集(第12、14、16、17、18、21、23、24、26、27番)です。

アメリカのミネソタ管弦楽団、指揮はN響を何度も振っている、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキーです。

このピアノ協奏曲27番第3楽章の主題を使って、モーツァルトは3日後に「春への憧れ」という歌曲を書きます。

ワルター・クリーンは「春への憧れ」をカデンツァに丸ごと取り込んでいます。



モーツァルト:ピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595 第三楽章







柔らかく、非常に一つ一つが明瞭な音の粒がきれいにならんでいます。

今のETVで「ワルター・クリーンのスーパー・ピアノ・レッスン」を放送したこともあります。

余り知られていませんが、ソナタ全集(これは全曲です)も出していて、お薦めです。


◆正しく演奏しようと思ったら、これほど易しく、しかも難しい音楽は他にないのだ。(ギーゼキング)

ワルター・ギーゼキング(Walter Wilhelm Gieseking, 1895年11月5日 - 1956年10月26日)という名人がいまして、一種天才なのです。

ほぼ間違いなく。この人がかいた「ピアノ演奏の技法」という本には、

一度弾いた曲を練習するのは、無意味である。既に弾けるのだから、それ以上練習する必要は無い。

などと書いてありますが、普通のピアニストは何度も弾いた曲でも特に協奏曲などは、練習するのですけど、

ギーゼキングは、ジーッと楽譜を見ていきなり弾いて、弾けるらしいのです。

それで「ハイ、一丁上がり」の感覚なんでしょうね。一般には彼の助言は役に立たない。

但し彼の言葉。
逆説的に響くかも知れないが、モーツァルトのピアノ音楽に関する私の意見は、次のように言うしかない。

正しく演奏しようと思ったら、これほど易しく、しかも、難しい音楽はないのだ。

は、その天才ですら、モーツァルトには一目置いていたことを伺わせます。


イングリット・ヘブラーの演奏です。


ピアノソナタ 10番 K.330 ハ長調 第1楽章







素人が聴いても単純に技術的にはラフマニノフとかリストと比べたら易しいだろう、ということは

わかりますけど、超絶技巧を弾ける人が、そのままモーツァルトのピアノ・ソナタを弾いても必ずしも、

ピンと来ないのです。


◆あとは、思いつくまま。

どうも、作曲家や演奏家の言葉を引用してから曲を載せると、

キリがないというか、収集が付かなくなるので、ここからは好きなのを

全く脈絡ないのですが、載せさせて頂きます。


歌、です。森麻季さんの見事なソプラノ。

森麻季/ピエ・イエス~祈りを込めてから、

モテット「喜べ躍れ,幸いなる魂よ」 アレルヤ







ヘルマン・プライで、オペラ「フィガロの結婚」からあまりにも有名な「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」。

音源は、オペラ・アリア集 プライ、ヴァイル&モーツァルテウム管



「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」







最後はオーケストラです。


そのフィガロの結婚序曲。ちょっと意外ですが、ロシアのムラヴィンスキーです。

ムラヴィンスキー & レニングラード・フィル モスクワ公演(1965) から。

歌劇「フィガロの結婚」序曲







最後の交響曲。第41番「ジュピター」第四楽章。

天下の大天才、モーツァルトの作曲技術の粋を凝縮した楽章です。

ベルリン・フィルのコンサートマスターを四半世紀も務めた

安永徹さんの「指揮」による、オーケストラ・アンサンブル金沢。



モーツァルト:交響曲 第41番 K.551 ハ長調 「ジュピター」第四楽章。







作品も演奏も見事です。

うーむ。どうもモーツァルトは毎年、失敗しますね。

まとまりが、なさ過ぎる。

なんか「テーマ」を設定すればいいのでしょうけど。

まあ、勘弁して下さい。

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