カテゴリー「被災地支援」の記事

2013.11.16

誰も注意を払わなかった、重大なニュース「多国籍部隊参加の護衛艦 広島を出港」

◆記事:多国籍部隊参加の護衛艦 広島を出港(NHK 11月13日 13時9分)

アフリカ・ソマリア沖で海賊対策に当たる海上自衛隊の護衛艦2隻が13日、広島県の呉基地を出港しました。

このうち1隻は、アメリカ軍などによる多国籍部隊の活動に初めて参加することになっています。

派遣されたのは、広島県の海上自衛隊呉基地所属の「さざなみ」と「さみだれ」の2隻の護衛艦です。

ソマリア沖では、これまで2隻の護衛艦が民間の船の前後を挟み、海賊への警戒に当たってきました。

しかし、海賊の被害が減っているため、13日出港した2隻のうち1隻は、

アメリカ軍などによる多国籍部隊の活動に初めて参加することになっています。

部隊を指揮する田尻裕昭1等海佐は「自衛隊として与えられた任務を完遂したい」と述べました。

2隻には、およそ400人の隊員と、海賊を逮捕したり取り調べたりする場合に備え犯罪捜査の経験がある

海上保安官8人が乗り組んでいて、来月上旬にも現地に到着し、およそ半年間任務に当たることになっています。


◆コメント:集団的自衛権の行使、武力行使が「既成事実化」されるおそれがあります。

日本の自衛隊は日本の国防の為に存在するのが原則です。

海外に派遣するといっても、台風30号で被災したフィリピンの援助なら、まだいいでしょう。


しかし(このNHKの記事にはいてありませんが)、防衛省は

「これまでの活動同様、海賊行為を取り締まる警察活動で、武力行使ではない」と説明している。(毎日新聞 11月13日(水)10時36分配信)

と言っていますがそれは屁理屈です。

防衛省は、仮に海賊が発砲してきた場合、海上自衛隊の自衛官が発砲しないとは、

到底考えられませんが、その場合でも、政府や防衛省は、
日本国憲法第9条が禁止しているのは、国際紛争を解決する手段としての武力の行使だ。

ということでしょう。つまり、国家間のケンカのケリを戦争や武力行使でつけてはいけない、と

日本国憲法は定めているが、悪い海賊を懲らしめることすら、武力を使ってはいけないとは言っていない、と。

それが、「警察活動で、武力行使ではない」の意味ですが、

戦後、自衛隊はただの一発も発砲したことがないのですから、一回、発砲してしまうと、

相手が海賊であっても、それが既成事実化され、

憲法が定める「武力行使の禁止」をなし崩し的に崩壊させる、という意図があると思います。

こういう、非常に重要なことを何時国会で決めたのか、よくわかりませんが、

13日というと、食材の虚偽表示問題、医療法人「徳洲会」グループの公選法違反容疑事件、

山本太郎議員に刃物入り封筒が届く、など、他のニュースばかりが取り上げられ、

自衛隊の多国籍軍参加はドサクサ紛れでした。

書きわすれたので、もう一つ、付け加えますが、国連平和維持軍と多国籍軍が混同されがちです。

国連平和維持軍は文字通り、国連の組織で、指揮官は国連が加盟国の軍人の中から選びます。

ただし、これを編成するにあ、各国が割り当てられる兵隊・武器の数量とか、スケジュールとか

調整に大変時間がかかります。1990年にイラクがクウェートに進行したときには、国連が散々止めろと

言ったにも関われず、イラクが言うことを聴かない。こういうときに、

国連加盟国の軍隊で行ける所から急いで行ってくれ、と国連安全保障理事会で決めるのです。

この場合、国連決議に基づいてはいますが、各国の軍隊を全体として統括する組織、指揮官はおらず、

各国の軍隊はそれぞれの判断で(互いに相談ぐらいするでしょうが)動く。武力行使もそれぞれの国の軍隊の

決定です。日本は憲法第9条第1項で、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する

のだから、そうなる可能性がある場所に自衛隊を派遣するのは、慎重を期すれば、もってのほかで、

派遣するにしても国会による議論を経た決議が必要な筈なのに、何だか、やたらと簡単に自衛隊の海外派遣を

実行するようになってしまいました。小泉時代にイラク復興支援特別措置法で、実際にイラクに自衛隊を派遣したとき、

確かに武力は行使しなかったけれども、「派遣」のハードルが以前よりもずっと低くなってしまったのは事実です。

このようにして、段々と国家権力は増長します。


◆特定秘密保護法が決まればこれを「秘密」に出来ます。

このような、極めて違憲の疑いが濃い、国家の行動も、「特定秘密保護法」が制定・施行されたら、

「防衛」「外交」「安全脅威活動の防止」「テロ活動防止」の4分類に関する事項のうち「特段の秘匿の必要性」がある機密を「特定秘密」に指定する。

ことが出来るのですから、国民が知らない間に自衛隊が海外で武力を行使していた、ということもあり得ます。

それを「秘密」としてしまって、漏洩した人間は、懲役刑に処するというのですから、

どれほど乱暴な議論が進められているか、わかります。安倍政権の目論見は大変危険です。

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2012.11.23

【音楽】11月22日は「ボレロ記念日」です。

◆1928(昭和3)年の11月22日にモーリス・ラヴェルの「ボレロ」が初演されました。

今年も、「ボレロ」です。

「またか」と思われる方がいらっしゃるでしょうが、そうなのです。

「ボレロ」が初演されてから84年を経て、一体、世界中んで何千回、何万回、演奏され、また

レコードやCDに録音されたか、数えるのは恐らく不可能でしょうが、それだけ繰り返し演奏されても、

しかも、まったく西洋音楽のDNAを持たない、私たち東洋人が聴いても、やはり、聴くと飽きない。

それは、この作品に限らず、西洋音楽、特に「泰西名曲」とひとによっては若干皮肉なニュアンスを込めて呼ばれる、

非常にポピュラーなクラシックの名曲全体に言えることです。

「同じ音楽が」「数十年、数百年後に」「違う文化圏で」「繰り返し」演奏されても、まだ聴きたい人がいる。

そういう音楽を書いた全ての作曲家はものすごい才能を持ち、気絶するほど偉大な仕事をした、と思います。


◆クラシック以外は下らん、とは言いません。

先週の土曜日の深夜、11月17日土曜の未明に、たまたま付けっぱなしにしていたNHKBSプレミアムで、

「DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る」という番組を放送していました。

余談ですが、NHKというのは何故か知りませんが、AKBが「お気に入り」のようで、この手の長い番組を度々放送します。

この番組など、既にDVD化されて商品として流通しているのに、NHKに放送を許可するということは、

AKBを管理・運営する大人たちがNHKで放送されることのメリットを考えてのことでしょうが、

それは、まあ、よろしい。AKBの歌も、まあ、歌謡曲ですから特にコメントいたしません。

西武ドームやら、東京ドームでの「コンサート」はさておき、ちょっと心を動かされたのは、

メンバー数人が繰り返し、被災地に設置された簡易ステージ(ステージに使えるように改造したトラックの荷台です)に、

311後、最初は5月22日、岩手県・大槌町を訪れたときの映像が記録されています。AKB側が作成した映像ですから

それから全てを知ることは出来ませんけれども、子供たちは、確実に大喜びしているのですね。

震災から2ヶ月と10日ぐらいですから、当然辺り一面、まだ、瓦礫で、自衛隊員は復旧活動、捜索活動を継続している時期です。

多くは、避難所生活で辛いに決まっていますが、兎にも角にも、子供達も青年達も、AKB48数人による歌と踊りを聴いて、観て、

笑顔になっています。子供が笑顔を見せた、ことをお母さんたちが見て、また、嬉しくて泣いています。

こういうことは、理屈ではなくて、クラシックであろうがなかろうが、「良いこと」です。

音楽家も芸能人も役者も、凡そエンタテイナーの「使命」は、漱石の「草枕」における表現を借りるならば、

棲みにくい人の世を、束の間でも棲み易くするが故に尊い

のであり、カール・ベームは、
人間の存在を明るく照らし出すことが芸術家に与えられた使命だと信じています。

といいました。おわかり頂けると思いますが、被災地の支援にはクラシックよりもAKBの方が良いとかそういう

低次元の話ではなく、人間には、色々な嗜好(このみ)があるのですから、出来るだけ、色々な人が訪れると良いと思います。

「ボレロ」とは関係ありません。ちょっと思ったので、書きました。


◆モーリス・ラヴェル作曲:「ボレロ」です。

最初に書いたとおり、同じ音楽を何回聴いても飽きないのが名曲・名演ですから、同じものを載せます。

ボレロに限らず、クラシックで気に入った曲があったら、色々な指揮者、オーケストラで聴き比べることをお薦めします。

最も指揮者の解釈の違いで分かり易いのは、テンポの設定です。


コンサート会場でも使えるものがあるのですが、うっかり変な操作をして音が出たら大変なので、紹介しません。

テンポ・カウンターというものです。どうしても欲しい方は検索して下さい。


ネット上では、Tempo Counterをお薦めします。極めて軽いけれど、音楽に合わせてEnterキーを押すか、マウスで

ボタンをクリックすることにより、メトロノーム・テンポを測ることが出来ます。


これを叩いてみると、「一定のテンポを正確に、ずっと維持する」ことが如何に難しいかがわかります。

ボレロで171回、2小節から成るリズムを繰り返す、スネア・ドラム(小太鼓)奏者は、非常な集中力と

もちろん前提となる、厳密な基礎技術の訓練を経たプロフェッショナルでないと、つとまりません。

カラヤンから。音源は、ラヴェル:ボレロです。


ラヴェル:ボレロ カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団






ボレロに限らず、音楽は本当は生で聴ければ一番ですけど、チケットも高いですし、

地方の方などは、そう滅多にオーケストラが来ないということもあるでしょう。

生で聴く場合は演奏開始後7分半から8分半(テンポによって違う)から始まる

トロンボーン・ソロ。これも何度書いたかわかりませんが、テナー・トロンボーンの最高音域の変ロ(シの♭)から始まるので、

生演奏のときには、自分は聴くだけなのに、私は極度の緊張状態に陥ります。

テンポですが、カラヤンは、後の2人に較べると遅く、テンポ=65強ぐらいです。


次は、マルティノン・シカゴ交響楽団。

音源が一時的にTOWERRECORDさんから復活していたのですが、今はもう入手できません。

しかし、突然、再版ということもありますので要ウォッチです。

ラヴェル名演集:ボレロ/亡き王女のためのパヴァーヌ/スペイン狂詩曲/他<タワーレコード限定>です。


ラヴェル:ボレロ ジャン・マルティノン指揮、シカゴ交響楽団






マルティノンってのはフランスの指揮者で、パリ管弦楽団などとの録音はありますが、マルティノン=シカゴという

組み合わせが珍しい。「幻の名盤」などと言われています。

テンポ・カウンターで測ると分かりますが、というか、カラヤンと較べればすぐわかりますが、

マルティノンのほうが明らかに早い。テンポ=75位です。


最後は、これは、何度目でしょうなあ。アバド=ロンドン交響楽団。

空前絶後でして、スタジオ録音で、取り直しが出来るのに、オーケストラ・プレイヤーが興奮のあまりに

最後、叫び声をあげる。アバドが「これは、自然に発せられた声だから、これで良いのだ」と、そのまま商品化されました。


ラヴェル:ボレロ クラウディオ・アバド指揮、ロンドン交響楽団





これぞ、

芸術は、爆発だ!(ある年代以上の方は御存知ですね。)

という演奏ですね。

アバドのテンポは、微妙でして、69から70ではないか、と思います。


ボレロは聴きながら、誤解を恐れずに書くならば色々、「遊ぶ」ことができます。

例えば、最初から最後まで、同じリズムを刻み続けるスネア・ドラム担当の打楽器奏者に合わせて

手でひざを叩いてみる。本気で集中しないと、絶対にどこかでずれますよ?

また、スネア・ドラムのリズムは、旋律を吹いていない、色々な管楽器が交替で

同じことをやっています。管楽器を吹く人なら、タンギングの練習になります。

能書きはこれぐらいにします。連休にお楽しみ下さい。


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2012.02.02

「雪の国道で100台以上が立往生」←放射能がダメでも雪ぐらい、県の要請を待たずに国がなんとかしろ。

◆雪の国道で100台以上が立往生(NHK 2月1日22時52分)

青森県の下北半島にあるむつ市と野辺地町の間の国道279号線で、少なくとも100台以上の車が、

吹雪の影響で、およそ30キロにわたって動けなくなり、立ち往生しています。

青森県は、除雪車など50台余りを出して、道幅を広くするなどの作業を進めて、救助を急いでいます。

1日午後5時ごろ、横浜町の国道279号線で数十台の車が吹雪の影響で立往生しました。

青森県によりますと、立往生しているのは、国道279号線のむつ市近川から野辺地町有戸の間の

およそ30キロで、少なくとも100台以上の車が、動けなくなっているということです。

また、国道279号線沿いのむつ市では、大型トラックが横転するなど複数の箇所で

事故が起きているということです。現場は、青森県の陸奥湾沿いを南北に走る幹線道路で、

青森県は、この区間を午後9時から通行止めにするとともに、除雪車など50台余りを出して、

道幅を広くするなどの作業を進め救助を急いでいます。警察によりますと、

「車が立往生して動けない」などの救助を求める電話が50件以上寄せられているということですが、

けが人などの情報は今のところ入っていないということです。


◆コメント:世の中に問題が多すぎて、何から取り上げて良いのかわかりません。

分からないので、最新のニュースを取り上げます。

仕事でも何でもそうですが、問題山積みで何から手をつけたら良いのか分からない、

と言う場合の対処法。何十年も前に職場で先輩が教えてくれたことですが、

別に特別なことではない。

一度に色々やろうとするから混乱する。一件ずつ片付けろ。

本当は、仕事に慣れてきて要領が分かると、複数の仕事を同時並行的に行うことができますが、

このとき職場の先輩は、パニックに陥っている私を見て、その時の私に最適なアドヴァイスをくれたのでしょう。
今も似たような状況ですので、大雪の話を取り上げます。


◆異常な豪雪も原発処理も被災地支援も論じないで政権抗争に明け暮れる国会議員は給料を返上しろ。

下北半島で極寒の豪雪の中で100台もの車が立ち往生している、と今夜のNHKニュースが

伝えていました。今日に限らず、今年に入ってからの積雪量は、

日本有数の豪雪地帯の人々ですら驚くほどの多さで、新潟県や長野県では、

平年の2倍を超えている所が多いです。

自衛隊の出動要請は都道府県知事の権限で可能ですが、現場が困っていることは

詳しい報告を求めなくても明らかですから、こういうのは国がさっさと、出動命令を

発すればよいのではないか、と思います。豪雪地域の除雪作業も同じ事で、

毎年これで、屋根から転落したり、作業中に落下した雪に埋まったりして人が亡くなっている

のは、全然雪国で暮らしたことがない一般人の私ですら、知っていることです。


今年は豪雪地帯の積雪が平均の2倍という所もあるというのですから、放っておいたら、

犠牲者がさらに増えることはあまりにも明白です。


このようなことを書くのは、大雪以前に、福島第一原発の核燃料が一体どうなっているのか

という大問題をほったらかして、国会が、震災関連会議で議事録が作成されていなかったとか、

沖縄防衛局長が宜野湾市長選に絡み、職員家族のリスト作成を命じて、投票を呼びかけた、とか

見ていて腹が立つのは、それらを政権抗争に利用しようとする政治家です。


それらが問題ではない、とはいわないけれども、今はそれどころではなくて、今この瞬間も何処かで

放射性物質を撒き散らしているかも知れない福島第一原発は、放っておけばますます環境が

悪化するのに、地震直後のような水素爆発とか目に見えた何かが起きていないから、本気で取り組もうとしない。


放射性物質は無効化できない、という究極の問題がありますが、

せめて雪ぐらい、日本で今年初めて目にするものではないのであって、要するに「量」が異常なのですから

対処は可能であり、地方自治体が対策を練っているのをまっているより、国がさっさと命令を出せばいいと

思うのです。


雪が降る前から、被災地は、状況に進展がなくて困っているのですから、せめて雪ぐらい何とかしろ、と言いたいのです。

今の日本で、政争どころではないとおもうのですが、石原新党を立ち上げると親父の慎太郎が喚くと思えば、

息子で自民党幹事長、石原伸晃は、自民党から移籍する奴がいたら許さん、

などといってますが、要するに「てめえらの勢力争いしか、考えていないのか?と

怒鳴りたい気分です。

まともに仕事をしないで、国会議員は歳費129万円、文書通信交通滞在費100万円を相変わらず平然と受け取っていて、

納税者である国民は、タダでさえ不況で困っている上、福島第一から放出されている放射能により被曝しているし、

記録的豪雪で困っているけれども、真面目に納税していて、しかし、野田政権はなお、消費税率を引き上げる

という構図はどう見ても間違っている、と思います。

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2012.01.09

被災地は、まだまだ支援を必要としているのです。

◆東日本大震災から、約10ヶ月です。

そんなことは、言われなくても分かっている、と言われそうだが、

日本の多くの人々、特に自分や身内や、故郷が東日本大震災の被災(地)と直接関係ない人は、

あのことを意識的、又は無意識的に忘れようとしているように思われる。

がそれは、言うまでもなく、正しくない。

今なお、地震・津波の被災地、福島第一原発事故により、放射能汚染を被った福島県の人々は、

支援を必要としている。多くのボランティア団体がこれら被災地で活動し、必要とする物資などを

公開している。したくない人にしろ、とは言わないが、そういうサイトの存在すら知らない、という方が

多いのではないか、と想像し、ここに記す。


◆毎日新聞の「希望新聞」。

毎日新聞紙面にも、ネットにも載っている。

ネットならば、

希望新聞 - 毎日jp(毎日新聞)

を見る。

20120109kiboushinbun

とくに、ニーズ情報をよく見る。

見れば分かるが、1月9日現在
希望新聞:東日本大震災 ニーズ情報 冬用肌着の提供を

被災者が求める物資や人的支援情報をお知らせします。必ず事前連絡をお願いします。

■ふくふくプロジェクト

(福島市)電話024・521・9311

 fpic@fukufuku-project.net

 http://fukufuku-project.net/

 ◇手元の品が不足しています

 多数の靴下、手袋のご支援をいただき、ありがとうございました。当面の不足は解消されました。

最近、上半身に着る長袖シャツやアンダーウエアなどの冬用肌着を求める避難者の方が多くいらっしゃいます。

手元の品が不足していますので、ご提供いただけたらありがたいです。男女、サイズは問いません。

肌に着けるものなので、未使用品のご提供をお願い致します。

問い合わせはNPO「花見山を守る会」電話024・539・8908。


■遠野まごころネット

(岩手県遠野市)電話0198・62・1001

tonomagokoro@gmail.com

http://tonomagokoro.net/

◇グラウンドゴルフの道具を求めています

岩手県陸前高田市気仙町に「グラウンドゴルフを楽しむ会」が発足し、

プレーに使う木製のクラブとクラブ用ケース、ボールのセットを募集中です。

20セットを目標に集めていますが、現在4セットほどしか集まっていません。

集まり次第活動を始めたいと思います。

住民の方々に運動や交流を楽しんでもらいたいので、ご協力お願いします。

送ってくださる方は事前に電話かメールでお問い合わせください。

送り先は〒028-0527 岩手県遠野市大工町10の10「遠野浄化センター内 遠野まごころネット」支援物資担当。

との内容である。

希望新聞 - 毎日jp(毎日新聞)をはてなアンテナそのRSSに登録しておけば、更新があれば分かる。

さらに、福島県ならば、ふくふくプロジェクトと、そのリンク先から更に詳細な情報を入手できる。

こういうことは、広義の「ボランティア」である。ボランティアは英語の"volunteer"である。辞書をひけば分かるが、

元来の意味は「自発的な(に)」という意味である。

従って、福島県の原発被害に遭った人々や被災地の人々など、知ったことではない、と考える人は何もしなければいい。

また、私のこの記事にも何も文句を付けないで頂きたい。自分達だけが、日々の暮らしをつましく送ることができるならば、

他人の事など知ったことではない、というのも一つの人生観であり、それにのっとって生きることは、

各人の自由である(本心は別だが、角が立つから、書かない)。



私は福島県産の米を会津の米屋さんに直接電話して買っている、と、以前、この日記・ブログに書いたら、コメント欄に
「心情的には理解できるが、論理的解決にはならないと思います。」

と書いた人がいたが、大きなお世話である。そもそも福島原発事故の論理的・根本的解決があるのか。

放射能を無効化する技術を人類は有しないのである。

だから、何もしたくない人はしなければ良い。

お米に限らず、福島県から商品を取り寄せると、必ず、それが福島県から発送されたものであることを

なるべく分からないようにしてある。受け取る私は一向に構わないのだが、宅配業者で、「福島県からの品物だ」というだけで

忌み嫌う人間がいるらしい。


それに対して、「怖がるな」と命ずることは私にはできない(本心は別だが、角が立つから、書かない)。

だから、こちらから物資や、資金を提供する、と言う方法がある、という当たり前のことをお知らせしているのである。


ただ、ひとつ、論理的に言えることは、日本に54基の原子炉があり、それらは何も秘密裡に民意に反して建設されたのではなく、

自民党の原子力を重んずるエネルギー政策に、この何十年物もの間の有権者が疑問を持たなかった結果なのであるから、

原発建設を容認し、結果、たまたま福島第一原発が事故を起こしたが、これは、議会制民主主義の原理に鑑み、

主権者たる国民に究極の責任がある、ということである。

作家の村上春樹氏が、2011年6月9日にスペインのカタルーニャ賞を受賞した際のスピーチで述べたことは完全に正しい。

その部分だけ抜萃しても良いが、改竄したと思われると癪だから、全文を載せる。全文は2012年01月09日(月)23時02分現在、

NHKかぶんブログ完全版:村上春樹さんカタルーニャ賞受賞スピーチ | NHK「かぶん」ブログ:NHKに掲載されている。

私が、全く同感で強調したい部分は色太文字にしてある。
この前僕がバルセロナを訪れたのは、2年前の春のことでした。サイン会を開いたとき、たくさんの人が集まってくれて、1時間半かけてもサインしきれないほどでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性読者が僕にキスを求めたからです。僕は世界中のいろんなところでサイン会を開いてきましたが、女性読者にキスを求められたのは、このバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがよくわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい都市に、戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 ただ残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分、日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転がわずかに速くなり、1日が100万分の1.8秒短くなるという規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後に襲ってきた津波の残した爪痕はすさまじいものでした。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ遅れ、2万4千人近くがその犠牲となり、そのうちの9千人近くはまだ行方不明のままです。多くの人々はおそらく冷たい海の底に今も沈んでいるのでしょう。それを思うと、もし自分がそういう立場になっていたらと思うと、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せてしまった町や村もいくつかあります。生きる希望をむしり取られてしまった人々も数多くいらっしゃいます。

 日本人であるということは、多くの自然災害と一緒に生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になります。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。それから各地で活発な火山活動があります。日本には現在108の活動中の火山があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、4つの巨大なプレートに乗っかるようなかっこうで、危なっかしく位置しています。つまりいわば地震の巣の上で生活を送っているようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震は予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これがおしまいではなく、近い将来、必ず大きい地震が襲ってくるだろうと言うことです。この20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの巨大地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは1年後かもしれないし、明日の午後かもしれません。にもかかわらず東京都内だけで1300万の人々が、普通の日々の生活を今も送っています。

人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで仕事をしています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 どうしてか?とあなたは尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?

 日本語には「無常」という言葉があります。この世に生まれたあらゆるものは、やがては消滅し、すべてはとどまることなく形を変え続ける。永遠の安定とか、不変不滅のものなどどこにもない、ということです。これは仏教から来た世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し別の脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても無駄だ、ということにもなります。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になると桜を、夏には蛍を、秋には紅葉を愛でます。それも習慣的に、集団的に、いうなればそうすることが自明のことであるかのように、それらを熱心に観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば人々で混み合い、ホテルの予約をとるのもむずかしくなります。

 どうしてでしょう?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。私たちはそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そして、それらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さなひかりを失い、鮮やかな色を奪われていくのを確認し、そのことでむしろほっとするのです。

 そのような精神性に、自然災害が影響を及ぼしたかどうか、僕にはわかりません。しかし私たちが次々に押し寄せる自然災害を、ある意味では仕方ないものとして受けとめ、その被害を集団的に克服していくことで生きのびてきたことは確かなところです。あるいはその体験は、私たちの美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けました。普段から地震に馴れているはずの我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ抱いています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて僕はあまり心配してはいません。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は補修できます。

 考えてみれば人類はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。ここに住んで下さいと地球に頼まれたわけではありません。少し揺れたからといって、誰に文句を言うこともできない。。

 ここできょう僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった6基の原子炉のうち3基は、修復されないまま、いまも周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、海に流されています。風がそれを広範囲にばらまきます。

 10万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。ペットや家畜もうち捨てられています。そこに住んでいた人々はひょっとしたらもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりでなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなるかもしれません。

 どうしてこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因は明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことがあり、安全基準の見直しが求められていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。どうしてかというと何百年に一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するはずの政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節があります。

 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族のようです。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させることにはあまり得意じゃあない。そういうところはバルセロナ市民のみなさんとは少し違っているかもしれません。しかし今回ばかりは、さすがの日本国民も真剣に腹を立てると思います。

 しかしそれと同時に私たちは、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないはずです。今回の事態は、我々の倫理や規範そのものに深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、私たち日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という2つの都市が、アメリカ軍の爆撃機によって原爆を投下され、20万を超す人命が失われました。そして生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていきました。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものか、私たちはそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。私たちは被害者であると同時に、加害者でもあるということをそれは意味しています。

核という圧倒的な力の脅威の前では、私たち全員が被害者ですし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、私たちはすべて加害者でもあります。

今回の福島の原子力発電所の事故は、我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害です。しかし今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。私たち日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、自らの国土を汚し自らの生活を破壊しているのです。

どうしてそんなことになったのでしょう?戦後長いあいだ日本人が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?私たちが一貫して求めてきた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 答えは簡単です。「効率」です。efficiencyです。

 原子炉は効率の良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を抱き、原子力発電を国の政策として推し進めてきました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、この地震の多い狭く混み合った日本が、世界で3番目に原子炉の多い国になっていたのです。

 まず既成事実がつくられました。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくなってもいいんですね。夏場にエアコンが使えなくてもいいんですね」という脅しが向けられます。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして私たちはここにいます。安全で効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けたような惨状を呈しています。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかったのです。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、私たち日本人の倫理と規範の敗北でもありました。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 私たちはもう一度その言葉を心に刻みこまなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもないことですが、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 私たち日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の個人的な意見です。

 私たちは技術力を総動員し、叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求するべきだったのです。それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、私たちの集合的責任の取り方となったはずです。それはまた我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を私たちは見失ってしまいました。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは私たち全員の仕事になります。それは素朴で黙々とした、忍耐力を必要とする作業になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなが力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げていかなくてはなりません。それは私たち全員が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人を励ます律動を持つ物語であるはずです。

最初にも述べましたように、私たちは「無常」という移ろいゆく儚い世界に生きています。大きな自然の力の前では、人は時として無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、そのような危機に満ちたもろい世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も私たちには具わっているはずです。

僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけることは、僕にとって大きな誇りです。私たちは住んでいる場所も離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつ私たちは同じような問題を背負い、同じような喜びや悲しみを抱く、同じ世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られるということも起こります。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることをとても嬉しく思います。

 夢を見ることは小説家の仕事です。しかし小説家にとってより大事な仕事は、その夢を人々と分かち合うことです。そのような分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの長い歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、独自の言語と文化をまもってきたことを僕は知っています。私たちのあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、私たちが等しく「非現実的な夢想家」となることができたら、そしてこの世界に共通した新しい価値観を打ち立てていくことができたら、どんなにすばらしいだろうと思います。それこそが近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、ヒューマニティの再生への出発点になるのではないかと僕は考えます。

 私たちは夢を見ることを恐れてはなりません。理想を抱くことを恐れてもなりません。そして私たちの足取りを、「便宜」や「効率」といった名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。私たちは力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」になるのです。

 最後になりますが、今回の賞金は、全額、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そしてまた先日のロルカの地震で犠牲になった人々に一人の日本人として深い哀悼の意を表したいと思います。

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2011.12.28

「<南スーダンPKO>防衛相、陸自に派遣命令」「震災支援、自衛隊が全面撤収=発生から9カ月余―防衛省」逆でしょう。

記事1:<南スーダンPKO>防衛相、陸自に派遣命令(毎日新聞 12月20日(火)22時52分配信)

一川保夫防衛相は20日の防衛会議で、

南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)への陸上自衛隊施設部隊の派遣を命令した。

最大330人の隊員を派遣する実施計画が同日、閣議決定されたのを受けたもので、来年1月から隊員が順次現地入りし、

首都ジュバ周辺で道路整備などを行う。アフリカの資源外交への影響もにらんだ自衛隊による国際貢献で、

野田政権の「肝煎り案件」だが、補給や法律面など実務を担う自衛隊にとっては厳しい条件での派遣となる。【坂口裕彦、鈴木泰広】

「南スーダンの国造りに自衛隊が参加することは大変意義あることだ」。

一川氏は同日の記者会見で、7月に独立した同国への支援の重要性を強調した。

派遣期間は来年1月11日から10月末までで、4月中に活動を始める。

派遣延長により5年程度の長期的な活動を想定している。

野田佳彦首相は、就任間もない9月の国連総会で、派遣に前向きな姿勢を表明した。

政府高官は「野田政権への交代でこれまでの内向き志向からの脱却をアピールする狙いがあった」と明かす。

とはいえ、330人に加えて、国連などとの調整担当部隊40人も同国や隣国のウガンダ、ケニアに送る大がかりな派遣に自衛隊の負担感は重い。

とりわけ悩ましいのが重機や車両の輸送だ。ジュバから最も近い港湾拠点は約1900キロ離れたケニアのモンバサ港。

ジュバまで陸路で1カ月以上かかる道路状況の悪さに、定期コンテナ船や海自輸送艦による輸送は見送らざるを得なかった。

結局、日本からチャーターした超大型輸送機「アントノフ」でウガンダ・エンテベ空港にまず空輸し、

さらにジュバへ別の民間機などで運ぶことになった。

輸送費は派遣規模がほぼ同じハイチでの震災復興活動の2倍以上に膨らむ見通しだ。

民主党内にはPKO協力法が定める「参加5原則」をめぐり、武器使用基準の緩和を求める声もあったが、

首相は現行法の枠内での派遣を表明。隊員らは必要最小限の武器を携行することになった。


◆記事2:震災支援、自衛隊が全面撤収=発生から9カ月余―防衛省(時事通信 12月26日(月)18時50分配信)

防衛省は26日、同省内で災害対策本部を開き、東日本大震災の被災地に派遣している自衛隊の全面撤収を決めた。

最後まで活動していた福島第1原発事故に対処する部隊について、一川保夫防衛相が同日、福島県の要請を受けて撤収を命じた。

震災発生から9カ月余を経て、自衛隊は派遣された7道県での任務を全て終えた。

一川防衛相は対策本部の会合で「隊員、家族の労をねぎらい、感謝を申し上げたい」と述べた。

防衛省によると、被災地に派遣された隊員は、岩手、宮城、福島各県を中心に延べ約1066万人。

約1万9300人を救助したほか、各種の生活支援を実施し、給食支援は延べ約500万食、入浴支援は同約109万人に上った。


◆コメント:被災地よりスーダン?

どう考えても、プライオリティ(優先順位)が逆ではないでしょうか。

被災地の様子、最近テレビが映さないので、現地以外の日本人は、様子が詳細に分かりませんが

がれきの山が全然片付いていない所があるでしょう。あれは、ほったらかしですか。

また、

福島第1原発事故に対処する部隊について、一川保夫防衛相が同日、福島県の要請を受けて撤収を命じた。

とあるけれども、福島県がどうして撤収を要請したかしりませんが、

福島原発ってこれからまだ何があるか分からないわけでしょ?

1号機から3号機まで、メルトダウン、あるいはメルトスルーした核燃料がどこでどうなっているか、

確認出来ない。

これからまた、急に大量の放射性物質が拡散する可能性は、事故直後よりは大分低くなったけど、

小出助教が、以前から行っているとおり、核物質が大気に触れている状態がずっと続いている、

という「人類未体験ゾーン」の大変な状況なのに、

そちらは撤収して、何だか、世界にアピールするつもりなのか、南スーダンへ自衛隊を派遣する。

自衛隊が初めて海外に出たのは、1991年、イラクがクウェートに侵攻し、多国籍軍が出た湾岸戦争のあと、

機雷を除去する、掃海艇を出したときですが、これですら、当時の後藤田官房長官なんか大反対だった。

自衛隊は憲法上「軍隊」じゃないですけど、まあ、実質似たようなもので、鉄砲持った連中をうっかり

外に出して戦闘状態になったら、憲法違反ですよ。

イラクに派遣するときには、小泉自民党がイラク復興支援特別措置法を強行採決しようとするので、

当時野党だった、民主党は「違憲だ!」といって、殆ど殴り合いのケンカになっていたと記憶してますが、

自分が与党になったら、イラクのサマワなんかよりももっと物騒な場所に自衛隊をあっさり派遣ですか。

スーダン、相当危険ですよ。
◆記事:スーダン軍が反政府組織の指導者殺害と発表、大きな打撃との見方(ロイター 12月26日(月)17時27分配信)

スーダン軍は、西部ダルフール地方の主要な反政府組織「正義と平等運動(JEM)」の指導者、ハリル・イブラヒム氏を殺害したと発表した。

スーダン軍の報道官は国営テレビに対し、イブラヒム氏が南スーダンに入ろうとした際、

政府軍と交戦になったとし、同氏がJEMの他の司令官らと共に殺害されたと明らかにした。

一方JEMは声明で、イブラヒム氏が23日午前に空爆で死亡したと発表。

同氏を殺害した組織は数倍の報いを受けることになるだろうと強調した。

スーダン情勢の専門家は、イブラヒム氏が政治や軍事に関わる決定を下していた指導者だったとし、

同氏の死亡はJEMにとって大きな打撃となると指摘した。

記事1によると、330人もの自衛隊は、首都ジュバ周辺で道路整備などを行う

ということですが、費用がハイチの倍もかかると。財政再建といっているときに、

日本の被災地からは全面撤収して、特に緊急を要しない、スーダン首都の道路整備に、

非常にコストがかかる自衛隊派遣をして、それで消費税増税するぞと。

何だか全然納得できません。

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2011.11.17

「福島市のコメ 初の規制値超え」←私は、毎日福島県産のお米を食べています。

◆記事:福島市のコメ、規制値超のセシウム=全国初、市場に流通せず―政府、出荷停止を検討(時事通信 11月17日(木)0時28分配信)

福島県は16日、福島市大波地区で生産されたコメ(玄米)から

国の暫定規制値(1キロ当たり500ベクレル)を超える630ベクレルの

放射性セシウムを検出したと発表した。

コメのセシウム濃度が規制値を上回ったのは全国で初めて。

コメは出荷されておらず、市場には流通していないという。

政府は、大波地区を含む旧小国村で生産されたコメについて出荷停止の検討を始めた。

県によると、このコメは「コシヒカリ」で、大波地区の農家が26アールの水田で840キロを生産。

全量が自宅とJA新ふくしまの倉庫に保管されている。 10月上旬に刈り取りを終え、

天日で乾燥した後、今月14日に同農協で簡易分析を行った。

ここで規制値を超えるセシウムが検出されたため、15日から県が検査を行っていた。

規制値を上回ったことを受け、県は安全性が確認されるまで生産農家とJAに出荷自粛を要請した。


◆コメント:私は、ずっと福島県産の米を食べている。

私は、震災前から、美味しい福島県産の米を食べている。

震災前は、近所のスーパーとか米屋で買ったのだが、

福島原発事故の実態が明らかになるにつれて、日本のそこここで

「福島県産の農産物は、見るのも嫌だ」などとひどいことを言う人が増えている、

と言う話を何度も読んだり聞いたりした。

さぞや、福島の人々は辛い思いをしているだろうと思ったので、

福島県のお米屋さんに直接電話して、買っている。

その米に基準値を超えるセシウムが含まれていても

別に気にしない。


福島県だけが騒がれているが、小出裕章京都大学原子炉実験所助教がとっくの昔から

本に書き、マスコミのインタビューで何度も繰り返しているとおり、福島第一原発事故後

数日間で、環境に拡散した放射性物質の量はすさまじく、既に地球全体が程度の差こそあれ

汚染されていて、完全に放射能汚染から逃げることが出来る場所はないのだそうだ。

全世界に比べると随分控え目な報道だが15日付のNHKニュース。

◆記事:北海道や中国・四国にも拡散か(NHK 11月15日 5時11分)

東京電力福島第一原子力発電所の事故で放出された放射性物質は、北海道や中国・四国地方にまで拡散し、

土壌に沈着した可能性があるとするシミュレーションの結果を名古屋大学などの研究チームがまとめました。

研究チームでは「除染が必要なほどではないものの、全国で土壌調査を行うべきだ」としています。

名古屋大学などの国際研究チームは、原発事故のあとの3月20日から1か月間、

各地で実際に計測された放射性物質のデータを地球全体の大気輸送モデルと組み合わせ、

シミュレーションを行いました。その結果、事故で放出されたセシウム137の一部は、

北海道や中国・四国地方にまで拡散し、雨などの影響で土壌に沈着した可能性があることが

分かったということです。セシウム137は半減期が30年のため、

影響が長く残るとされていますが、土1キログラム当たりの濃度は、高いところで、

北海道東部の一部で250ベクレル、中国・四国地方の山岳部で25ベクレル程度とみられ、

研究チームでは、いずれも除染が必要なほどではないとしています。

シミュレーションを行った名古屋大学の安成哲三教授は

「放射性セシウムが全国的に広がっている可能性があることが分かった。

局地的に放射線量が高いホットスポットが出来ているおそれがあり、

全国で土壌調査を行うべきだ」と話しています。

小出助教の、知りたくないけれど、知っておかねばならない 原発の真実68ページを読むと、

5月初旬に、福島第一原発から290キロ離れた神奈川県南足柄市の「足柄茶」の茶葉から

暫定基準値を超える放射性セシウムが検出されたのは、意外でもなんでもなく、

チェルノブイリ事故の際は、チェルノブイリと日本は8,000キロも離れているのに、

日本中の茶葉が汚染されたというのである。


福島第一原発の核燃料が圧力容器、格納容器の破損により、剥き出しとなり、

環境に大量のセシウムを撒き散らした。事故から8ヶ月以上経つので大気中の放射性物質は

かなり落ちついているが、それは風に乗って飛んでいき、至る所の土壌に堆積している

と考えられる。

そこで栽培された作物には当然放射性物質が含まれる。

最悪の状況を想定するならば、やがて日本中の作物から

放射性物質が検出されるようになるだろう。


だから福島だけを、あたかも「呪われた土地」のように見なすべきではない。

そもそも、福島原発事故が起きたのは、福島県民の責任ではない。

議会制民主主義の原理を考えると、過去約半世紀に日本に54基の原子炉が出来る間、

自民党政権は、原子力発電所の建設を秘密にしていた訳ではない。

原子力政策に関しては、この半世紀の政府の政策に一貫して含まれていたのに、

圧倒的大多数の有権者は、「エネルギー政策」や「原子力政策」に

全く無関心であった。国民が大反対して、原発建設に反対していたら、

今回の事故も起きなかったのであり、その意味では、東電と国家だけではなく

主権者たる国民にも、福島原発事故が起きる責任があることは、論理的に明らかだ。

福島の人々に原発事故に関する直接的な責任はなく、彼らは被災者でタダでさえ困っているのに、

何か汚らわしい場所のように忌み嫌うのはたとえ放射能が強く検出される場所であっても

失礼だ。だから、私は以前と同じように福島県産の米を買うのである。

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2011.10.24

【音楽】アルゲリッチの東日本復興支援チャリティCD、「ライブ・イン・東京2000」

◆海外の音楽家がこれほど本気で日本を心配してくれているとは・・・。

10月22日、NHKBSプレミアムでは午後3時から6時まで、海外の音楽家、

それも超一流の音楽家から、日本へ向けて贈られた「音楽のメッセージ」が

放送されました。チェロのヨー・ヨー・マは、わざわざこのために、演奏を自ら収録して

NHKに贈ってくれました。その他数えきれません。


驚いたのは、ルツェルン音楽祭の運営団体を中心として、ヨーロッパの音楽家が

来年、被災地を演奏して回る、ARK NOVAという企画が進められていて、

その為に、なんと移動式音楽ホールというものを作るそうなのです。巨大な風船のようなものに、

700人も収容出来る。やはり被災地では、音楽ホールの修復はなかなか進まない所もあるだろうし、

しかし、原則的にはアンプなどで音を電気的に増幅しないクラシック音楽にとっては、

コンサートホールも楽器の一部であって、音響によってずいぶんと演奏の印象がかわります。


私は、一時期ヨーロッパに住んでいて、あっちの人と話をしたのでわかりますが

日本人から見たヨーロッパよりも、ヨーロッパ人から見た日本は、何せFar East(極東)

ですから、非常に通いのです。いわば「地の果て」です。


いくら地震があったからといって、このような特殊な建築物を作って、運んで、

音楽家も大勢やってきて、危険があるかも知れない被災地で音楽を演奏したい、

と言って下さっているのですから、これは有難いと思わなければならない。

私のブログを読んで下さる、御常連の皆様はこの意味がおわかりになると思いますが、

文化的なこと、とりわけクラシック音楽となると、まるで日本の国家中枢は政財界ともに

分かっていないのでダメなので、何か失礼なことをしないように祈ります。

何かありそうじゃないですか。このような巨大な移動式建築物を搬入するには、

何ヶ月前に役所の承認が要るとか何とか言って、折角来てくれた音楽家が演奏できないとか。

そういうことが無いように、という意味です。


◆アルゲリッチが過去の音源をCDにして、売上げを全額復興資金にしてくれます。

弊日記・ブログを御愛読いただいている方々にはお馴染みですが

世界で五指に入るピアニストの1人、マルタ・アルゲリッチさんは、

元々日本が大好きで、毎年別府でアルゲリッチ音楽祭を開くほどです。


アルゲリッチさんは、震災直後から大好きな日本の無残な姿を見て心を痛め、

日本の為にできることは何か、ということばかり考えていた。

と、何処かで見たか読んだかしました。嬉しい、有難いことです。

復興支援CDはこれが2枚目です。最初は、
ショパン:ピアノ協奏曲第1番、シューマン:ピアノ協奏曲 アルゲリッチ、アルミンク&新日フィル

です。経緯はリンク先のHMVに書いてあります。


今回は第二弾です。
アルゲリッチ・ライヴ・イン・東京 2000

経緯に関しては同様です。

私も買いました。金曜日に届きました。CDの説明に、
演奏者は録音の印税収入を放棄し、収益を被災者の復興支援のために寄付します。

とあります。プログラムもバッハからプロコフィエフまで。どれも素晴らしい。

これはCDを買って頂かないと意味がない。ちょっとだけ引用します。


J.S.バッハ:パルティータ第2番 ハ短調 BWV 826 より、第1曲 「シンフォニア」







これは、若い頃に録音した名盤パルティータ第2番、イギリス組曲第2番があります。


このグラモフォンに録れたのは1979年。つまり今回の21年前。同じ音楽家が同じ曲を複数回録音することは

珍しいことではないですが、アルゲリッチは、あまり無い。21年で解釈の違いが出ているかどうか。



ご参考までに。1979年の演奏です。


アルゲリッチ、パルティータ第2番 BWV 826「シンフォニア」(1979年録音)







さて、アルゲリッチ・ライヴ・イン・東京 2000に戻ります。

次はスカルラッティのソナタ。非常に速い連打がありまして、如何にも難しそう。


スカルラッティ :ソナタ ニ短調 L.422







最後です。プロコフィエフのピアノソナタ7番三楽章。


プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ 第7番 変ロ長調 OP.83 第三楽章







これは、お蔵入りのままにならなくて良かったと思います。

やはり、アルゲリッチ、天才ですよ。


さて、とにかく折角「復興の為に」とアルゲリッチさんは売上げを全部復興資金として寄付なさるそうです。

非常な名演でもありますし、ここは、男も女も「侠気」を問われる所ではないでしょうか。

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2011.10.13

「<放射性物質>福島産米、全て出荷可能 本検査で規制値以下」←私はずっと福島県産の米を食べている。

◆記事:<放射性物質>福島産米、全て出荷可能 本検査で規制値以下(毎日新聞 10月12日(水)13時33分配信)

福島県が行っている新米の放射性物質本検査で、最後まで残っていた二本松市と三春町の検体の検査結果が12日判明し、

国の暫定規制値(1キロ当たり500ベクレル)を下回ったことが分かった。

これで全ての同県の本検査を終了し、規制値を超える放射性セシウムが検出された例はなく、

今年の作付けが認められた県内市町村からの福島産米の出荷が全て可能となった。

東京電力福島第1原発事故を受け、政府は4月、警戒区域や計画的避難区域、

緊急時避難準備区域の米の作付けを制限。その他の区域でも、土壌中の放射性セシウムが

1キロ当たり5000ベクレルを超えた場合に作付け制限する措置が取られたが、該当地点はなかった。

収穫時の検査は、予備検査と本検査の2段階。予備検査で二本松市小浜地区産の米から暫定規制値と同じ

500ベクレルを9月23日に検出した。

県は二本松市を重点調査区域に指定し、調査地点数を増やして本検査を行っていた。

本検査で規制値を超えた地点があれば、旧市町村単位で出荷停止となる仕組みだった。


◆コメント:福島県の農家に嫌がらせしてた奴ら、謝れよ。

福島県の畜産農家に対する嫌がらせのがネット掲示版に書き込まれたり、

農家に無言電話を書けた奴がいた。肉牛の餌の稲わらから放射性セシウムが検出された

というニュースが流れた頃のことだ。

私は、

2011年07月20日(水) 「生産者に中傷追い打ち 福島・浅川産汚染牛出荷の男性」←信じられないほど、ひどいことをする奴がいる。ココログ

と題する記事を書いた。その中で、
私は肉はまだだが、福島県産の農産物。特に去年収穫されたお米、「ミルキークイーン」は前から好んでいたので、今も以前と変わらず、農家などに直接電話をして注文して取り寄せて、食べている。

別に、ミルキークイーンで無くても良い。こういう困った時に、同じ日本人として福島県産の米を

食べるべきだ、と思っている。小出裕章京都大学原子炉実験所助教の著書を読んだ方は知っているだろうが

小出さんが、同意見である。今の日本の全ての大人には、原子力に関心を持たず、

原発が54基建つのを、ボケッと観ていた。その結果がこれである。福島県はもう二度と元に戻らない。

その責任は、東電だけではなく、そもそも原子力政策を容認した、大人(有権者)全員に責任がある。

福島ナンバーのクルマを蹴っ飛ばすとか、福島県産の農産物はご免だとか、勝手なことばかり言う。


12日(水)、東京都世田谷区弦巻(つるまき)で、高い放射線を検出し、

横浜でもなかなか遠くに飛びにくい筈のストロンチウムが検出されたという。
2011.10.06【福島原発事故】本当に皆、「真実」を知りたいのであろうか。

に10月3日放送分「たね蒔きジャーナル」へのリンクを張った。

この日は「福島第一原発から45キロメートルも離れた地点で検出された」

という報道があったのだが、小出助教の答えは要するに「そんなことは当たり前だ」

という趣旨だった。もはや、福島原発から放出された放射性物質の量はすさまじいので、

気体になりやすい、セシウムは勿論、通常は遠くに飛ばないプルトニウムやストロンチウムは

最早、地球全体を汚染している。それは、当たり前のことなのだ、と。その部分、抜萃。
今回のような大規模な放射能放出が起きてしまえば、出てきた放射性物質が、全地球を汚染するということはむしろあたり前のことなのです。

それで、今回、国がはじめて敷地外でプルトニウムを検出した、まあ45キロも離れたところで検出したと、認めたわけですけれども。

言ってみれば、そんなことではすまないで、もう全地球に福島原子力発電所で放出されたプルトニウムがばらまかれているということでもあるのです。

ここからは私の想像だが、それに加えて、福島第一原発で、メルトスルーして、地中に沈降した

核燃料はまだ、回収どころか、何処にあるかすら分からない。

つまり、この瞬間も環境には放射性物質が放出され続けている、ということになる。

こうなると、福島県とかの話ではなく、いずれは世界中で今日の世田谷や横浜のような

高い放射線が検出されるようになるだろう。となると、福島県産のみならず、

日本中の農産物が、汚染されるであろう。

暗澹たる気持になるけれども、何十回も書いた通り放射線を無効化することができない限り

必然である。

ネット上には、福島県産農産物を見るのも嫌だ、などと書いている人がいるが、

それは、意味を為さない。福島県産の米はネットショップでも買えるけれども、

直接電話をかけて注文すると、非常に喜ばれる。

「福島県 米」で検索すると簡単に見つかる。

例えばJA郡山市の米 あさか舞ネット直販公式サイト(コシヒカリ・ひとめぼれ)

こういうページである。私はミルキークイーンを好んで注文するが、それは、好みである。

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2011.08.31

「菅氏は日本政治の犠牲者、首相退陣は能力の問題ではない―SP華字紙」←全部ではないけど同感です。

◆記事:菅氏は日本政治の犠牲者、首相退陣は能力の問題ではない―SP華字紙(Record China 8月30日(火)5時7分配信)

2011年8月29日、シンガポール華字紙・聯合早報(電子版)は、

「菅直人氏が退陣したのは能力の問題ではない」と題した記事を掲載した。

以下はその内容。


菅氏は在任中、「能力が低い」「権力に執着している」とさんざんな言われようだったが、

退陣表明の際に「やるべきことはやった」と言い切った時、真摯で誠実な人物に感じた。

菅政権が歩んできたこの1年3カ月を振り返ると、本当に大変だったと思う。

特にこの3カ月、「なかなか辞めない」と皮肉られながらも「退陣3条件」を掲げ、

内閣が崩壊寸前という悪条件の下、

「平成23年度第2次補正予算案」「特例公債法案」「再生エネルギー特別措置法案」を成立させた。

震災復興や原発依存からの脱却など、後任が仕事をやりやすい環境を整えた形。

それはまるで大義のために自らを犠牲にしたかのような潔さだ。

わずか数万円の政治献金問題で逃げ出した閣僚や、

寝ても覚めても頭の中は権謀術数ばかりの老練政治家より、

菅氏の去り際の方がよほど清々しい。


菅氏の退陣は能力の問題ではない。

昨年6月4日、鳩山由紀夫氏から首相の座を引き継いだ時は6割を超える支持率を誇っていた。

多くの人が民主党の希望と日本の未来を彼に託したのだ。だが、良い時は長く続かなかった。

菅氏は消費税引き上げを頑なに主張し、民意を喪失。

さらに、党の大物である小沢一郎氏の政治資金スキャンダルにより内閣改造を余儀なくされた。

その後の参議院選挙で民主党は敗北。「ねじれ国会」が生まれ、菅内閣はどんどん窮地に追い込まれた。

東日本大震災は起死回生のチャンスだったが、党内抗争は一向に止まず、

足の引っ張り合いが続いた。

このような環境では首相がどんなに能力があっても、それを発揮するのは至難の業だ。

菅氏は日本政治の新たな犠牲者にすぎない。

犠牲者は彼が最初ではないし、最後にもならないだろう。

日本は長い間、議会民主制をとってきた。

首相は直接選挙ではなく、衆議院選挙で勝った政党から推薦される。

首相、衆議院、参議院という複雑さが、政治を権力闘争の場にする元凶ではないのか。

安倍晋三氏から菅氏まですでに5人の首相が「ねじれ国会」にやられている。

政権交代という歴史的な快挙を果たしても、こうした政治生態は変わっていない。

首相短命の原因はこうした制度にあるのではないか。

日本は5年間で6人目の首相が間もなく誕生する。

だが、議会民主制と現行の選挙制度を根本から改革しない限り、

今度の内閣も短命という不運から逃れられないだろう。(翻訳・編集/NN)


◆コメント:全面的に賛成ではないが、明らかに正しい指摘を含んでいる。

この記事を掲載したRecord Chinaと言う会社は、その名称から勘違いされやすいが

リンク先の「会社概要」を見ればわかるが、日本の会社である。


少し、菅・元首相を褒めすぎの感を免れないが、

大筋に於いては、弊日記・ブログ記事、

2011.06.03 内閣不信任案で遊んでいる場合ではない。

に書いたことと、ほぼ同趣旨である。

東日本大震災以降、確かに菅首相に至らぬ面があったとしても

野党やメディア、世論の与党並びに菅首相批判は異常である。


あたかも、福島原発の圧力容器と格納容器が破損していたことも、

東電管内で節電を余儀なくされたことも、株価が下がり、震災以前に回復し始めていた

日本経済が再び低迷しはじめたことも、日本国債が格下げされたことも、

「全ては菅直人が悪いのだ」と言わんばかりであった。


しかし、レコード・チャイナの記事にあるとおり、今回のような巨大地震と原発事故が

同時に発生する、という人類史上初めての、極めて異例な状況下では、たとえ誰が内閣総理大臣

だったとしても、完璧な対応などあり得なかったであろう。放射能汚染された区域を調べ、

何故、もっと速く避難させなかったといっても、何しろ未曾有の出来事だ。結果論である。


さらに、このような国家緊急事態に置いてさえ、民主党の中では小沢の顔色ばかりを見て行動する議員がいて、

菅政権が自体の迅速に対応出来なかったことを自民党が、鬼の首を取ったように責め立てているが、

あの、青びょうたんの谷垣が首相だったら、全てが問題なく処理されたとは到底思えない。


想像を絶する多くの被災者が悲嘆に暮れ、将来の展望に絶望しているときに、国権の最高機関たる

国会の構成員の頭の中にあったのは、なんとかこ日本存亡の危機を利用して、

自分がまた、国会議員として当選するメドをつけることだった、といっていい。

レコード・チャイナの結論は極端で、議会制民主主義と選挙制度を見直すべきだというが、

それこそ、今はそれどころではなく、被災地のがれきを撤去し、日本の国土が放射能に汚染され続けている

現状に対して、一刻も速く、方策を講じなければならない。下らない人脈など無視して、

さっさと小出裕章京都大学原子炉実験所助教を、ブレーンとして内閣に招き、指示にしたがうことだ。

とにかく、この数ヶ月のもたつきは、地震と原発を最優先にするべきなのに、それらを憂える振りをして、

なんとか私欲を優先させようとした国会議員たちと、それを放置した有権者に原因があるのだ。

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2011.07.04

松本復興相←あまりにひどさに論理的なことが書けません。記録として映像だけ残します。

◆記事:「知恵出さないと助けない」=松本復興相、岩手、宮城で発言(時事通信 7月4日(月)0時55分配信)

松本龍復興担当相は3日、東日本大震災の被災地の岩手、宮城両県を就任後初めて訪問し、

両県知事と会談したが、配慮に欠けるとの指摘を受けかねない発言を相次いで行った。

達増拓也岩手県知事に同相は、

「(国は)知恵を出したところは助け、知恵を出さないところは助けない、そのくらいの気持ちを持って(ほしい)」と話し、

復興に向け、被災地側が具体的な提案を行うよう注文した。

このほか、

「九州の人間だから東北の何市がどこの県か分からん」

とも述べ、政府の事務方が「しょっちゅう(被災地に)入っているのに、何をおっしゃる」とフォローする場面も。

その後の村井嘉浩宮城県知事との会談で同相は、

宮城県が漁港の集約化を国に要望していることについて、

「3分の1とか5分の1に集約すると言っているけど、県の中でコンセンサス得ろよ。そうしないとわれわれ何もしないぞ

」と述べ、県内での合意形成を急ぐよう求めた。

会談の場に知事が同相より遅れて入ったことについても、

「お客さんが来る時は自分が入ってから呼べ」と話した。


◆【映像】その発言の様子。

松本復興相、宮城県の村井知事を叱責





◆コメント:すみません。コメントできません。

そもそも、これがどうして問題なのか、他人のコメントを読まなければ

分からない人はいないでしょう。

私は、この映像と音声を視聴してから、血圧が上がり、吐き気がしてきました。

ここまで直接的に身体的反応が現れたのは初めてです。

こういうときは、冷静さを完全に失っているので、論理的なコメントは書けませんし、

繰り返しになりますが、コメントなど必要がないでしょう。

申し訳ありませんが体調が悪いので(悪くなったので)失礼します。

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