カテゴリー「協奏曲」の記事

2013.03.18

【音楽】サヴァリシュ先生がベルリン・フィルを振ってヴァイオリンのツィンマーマンの伴奏。モーツァルトとブラームス。

◆サヴァリッシュ先生が亡くなったのは先月の22日です。

ですから、亡くなってから今日(3月17日)で3週間と2日になりますが、

何度も繰り返し書いているように、私は小学生4年の頃からずっと尊敬してきた

先生ですから、亡くなったぐらいで、その尊敬の念が薄れることは微塵もありません。

日本はメディアも大衆も、異常になんでもかんでもすぐに忘れてしまいますので、

サヴァリッシュ先生に関しても、亡くなって一週間か10日はNHKで追悼番組を放送していましたが、

もはや、みな、すっかりわすれていることでしょう。


私はこの間、ずっと先生の音楽を探しています。

そして、或る意味では画期的な録音を見つけました。

ここには載せませんが、サヴァリッシュ先生がウィーン・フィルで、

シューベルトの交響曲「ザ・グレート」という長大な曲を振っている映像が

YouTubeに載っています。大抵の指揮者は一生に一度もウィーン・フィルを振れないのです。

ベルリン・フィルとてまず、振れないのですが、サヴァリッシュ先生ならば当然振っていて然るべきなんです。

カラヤンを悪く言うつもりはありませんけれども、歴史的事実として、カラヤンが生きている間は、

サヴァリッシュ先生は、一度も、ベルリン・フィルを振っていないと思います。

あくまでもうわさですが、サヴァリッシュ先生があまりにも実力があるが故にカラヤンが振らせなかった、

などといわれるほどですが、お二人とも亡くなっているので永遠に謎です。


それはさておき、だからサヴァリッシュ先生がベルリン・フィルを振った録音は全然無いのだろう、と

思っていたのですが、色々探しているうちに見つけました。


◆フランク・ペーター・ツィンマーマンがモーツァルトとブラームスの協奏曲を弾いて先生が伴奏です。

フランク・ペーター・ツィンマーマンは今調べたら、1965年生まれで、私の感覚では

まだ「若い」、「新進気鋭の」ヴァイオリニストだったのです。但しとても才能が有る人で、

日本にも何度も来て、N響とベートーヴェンの協奏曲などで協演しています。


ところが、一昨年11月、フランクの息子で1991年生まれというから当時はまだ20歳になったばかりの

セルゲ・ツィンマーマンが、オヤジさんと同じN響のソリストに呼ばれてオヤジさんと同じベートーヴェンの協奏曲を

弾いていたので、驚きました。何に驚いたかというと、こっちも年を取ったもんだ、ということです。

さて、それはさておき、オヤジさんのフランク・ペーター・ツィンマーマンが、

モーツェルトのヴァイオリン協奏曲第3番とブラームスのヴァイオリン協奏曲を弾き、

その伴奏が、サヴァリッシュ先生指揮のベルリン・フィル、という、私の好みからすると、

ド真ん中のストライク、とも言えるCDを見つけました。

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ツィンマーマン、サヴァリッシュ&ベルリン・フィル

これは素晴らしいです。

先生がベルリン・フィルで交響曲か何かを指揮している録音も欲しいところですが、

このCDでは伴奏者としてのサヴァリシュ先生の指揮の妙技が発揮されています。


指揮者でも伴奏ができない、というか下手な人がいて、そういうのに当たると、ソリストは非常に弾きにくいそうですが

サヴァリッシュ先生はピアノでも室内楽や、歌(フィッシャー=ディースカウ)の伴奏をしたり、

伴奏の「ツボ」は完全に心得ているのでしょう。元N響事務長の長谷恭男(はせ・たかお)さんが書いた

斜めから見たマエストロたちという本の中で前橋汀子先生が、メンデルスゾーンの協奏曲をサヴァリッシュ先生指揮のN響で弾き終えて、
こんなに弾きやすかったのは、初めて。

と仰有った、との記述があります。

要するに抑えるところは抑えないと、ヴァイオリンなんか聞こえないのです。

しかし、ずっとオーケストラがメゾ・ピアノからメゾ・フォルテの間ぐらいの音量で弾いてたら、

音楽としてメリハリがなくなってしまうので、つまりその辺が協奏曲の伴奏に慣れているかどうか、

ということでしょう。


知ったかぶりはここまでにして、音楽にします。


フランク・ペーター・ツィンマーマンのヴァイオリン。ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮、

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の伴奏です。


まず、モーツァルト。音楽家の音楽性が一遍にバレてしまいます。


モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216 第一楽章


Violin Concerto No. 3 In G K216: I. Allegro


モーツァルトはわずか35年の生涯でしたが、ヴァイオリン協奏曲は彼の若い頃に書かれていて、

私は、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲には、生命力の発露、モーツァルトの青春の輝きを感じます。

続いて、ドイツの3Bの一人ブラームスです。第二楽章(載せませんが)には長いオーボエのソロがあり、

シュレンベルガーという名手がこのCDでは吹いております。第三楽章。


ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77 第三楽章


BrahmsViolin Concerto: III: Allegro Giocoso, Ma Non Troppo Vivace


お聴きの通り、モーツァルトの頃よりもオーケストラの編成が大きく、従って響きが大きく厚くなっています。

ブラームスの特徴でして、ピアノ協奏曲でもヴァイオリン協奏曲でもこのようなシンフォニックな壮大な響きになるので

もちろん、ブラームスは、ソロを消さないように考えて書いていますが、それでもやはりこういうのは指揮者の腕の見せ所で、

放っておいたら、ヴァイオリン一本の音など埋もれてしまいますので抑えるべき所は抑え、ソロが無いところではオーケストラの

重厚な響きを聞かせるという、その辺りはさすが、サヴァリッシュ先生だと思います。

ツィンマーマンのヴァイオリンはよく鳴っており、表現力が豊かです。見事だとおもいます。

このCD、私が買ってしまったので、「お取り寄せ」ですが、輸入盤で安いし、

とにかくサヴァリッシュ=ベルリン・フィルって無いですからお薦めです。

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2013.01.12

【音楽・映像】懐かしいN響の映像。ホルスト・シュタイン、スウィトナー、サヴァリッシュ、マタチッチ、他

◆今日が何か特別の日ではないのですが。

私は音楽記事を載せるときは、以前は作曲家や演奏家の誕生日だとか、命日だとか、

何か音楽史上の出来事と結びつけることが多かったのですが、それはそうしないと、

元来、政治や経済を論じるよりも、音楽とかオーケストラにかんしてマニアックなことを書いたり話したり

する方が100倍ぐらい好きなので、時事問題そっちのけになってしまう恐れがあるからです。

近年、天下国家を論じてもあまりにも空しい。といって止める気はありませんが、


今日は、YouTubeを検索していたら、私と同じ世代か、目上の方で「N響アワー」の前身時代から、

「テレビのN響」で数々の音楽に接してきた方々には、非常になつかしく、また、若い世代の方には、

何しろ、生まれる前の映像でしょうから、却って珍しいだろう、と、そういうのを選びました。


◆名誉指揮者を中心に(全員じゃないですけど)。終わりはなんとブルックナー8番全曲です。

順不同です。

名誉指揮者の1人、ホルストシュタインさん。「バイオリニストは肩が凝る―鶴我裕子のN響日記」は、ホルスト・シュタインさんを絶賛してます。

見た目の棒の振り方がキレイとかそういうことではなくて、プロのプレーヤーから見て、

実に「いい棒」(この場合、「棒」とは指揮棒そのものではなく「指揮」自体を意味します)だそうです。

日本人はこの当時、あまり分かっていなかったけど、ホルスト・シュタイン先生はバイロイトで「指輪」全曲など

既にとっくに振った、大指揮者なのです。お馴染み、シベリウス、フィンランディア。


シベリウス:交響詩「フィンランディア」ホルストシュタイン指揮、NHK交響楽団






「泰西名曲」ですけど、指揮者の熱い思いが、オーケストラに伝わり名演になっていることがはっきりとわかります。

それにしても、N響の面々の懐かしい顔ぶれ・・・。


次は同じ、名誉指揮者でオトマール・スウィトナー先生です。この方はまだ、ドイツが東西に分裂していた頃、

ベルリンの壁を通過するためには、一般人なら、何時間もクルマの中を検査されたり、書類を書かされたりして

大変な時代だったのですが、旧東ドイツ、ドレスデン国立歌劇場の音楽監督であったスウィトナー氏は東独政府から

フリーパスを与えられていて、昼食のとき「東ベルリンのコーヒーは不味いから」といって、その「パス」見せてコーヒーを飲むためだけに

壁を通り抜けて、西でコーヒーを飲み、午後のリハーサル時間になると戻ってこられたそうで、

東独がスウィトナー氏を「国賓待遇」というか、如何に特別に優遇していたか、分かります。

スウィトナー氏で、ブラームス。


ブラームス:交響曲第3番 第三楽章 オトマール・スウィトナー指揮、NHK交響楽団






スウィトナー氏が「本当の」音楽家だったことは、亡くなった時に日記・ブログに書きました。

2010.01.15 【追悼】オトマール・スウィトナー氏(指揮者)(その1)

2010.01.17 【追悼】オトマール・スウィトナー氏(指揮者)(その2)(注:ハンガリー舞曲集から、いくつか聞くことが出来ます)

次は私が小学校4年か5年のころから、40年以上「サヴァリッシュ先生」と勝手に「師」を仰いで尊敬している、

ヴォルフガング・サヴァリッシュ先生です。


ベートーヴェン:交響曲 第7番 第四楽章 ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮、NHK交響楽団






この時、1年だけN響のティンパニ奏者が留学したんで、元・シュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)の元ティンパニ奏者で

今のN響の人達も「ティンパニ奏者の神様みたいな人」と尊敬している。ペーター・ゾンダーマン先生がティンパニを担当しています。

ティンパニがオーケストラの響きの厚さを変えています。


次は、いつもにこやかでした。ハインツ・ワルベルク氏。この方も何度も振ってくださいました。


ベートーヴェン:「エグモント」序曲 ハインツ・ワルベルク指揮、NHK交響楽団





私は、「エグモント」序曲が大好きでして、何百回聴いても、血湧き肉躍ります。


次は指揮者はあんまりしらないのですが、曲が珍しい。コントラバス奏者は学生時代の試験とか、

オーケストラのオーディションで弾かされるから、もちろんよく御存知でしょうが、一般の方は殆ど御存知ない。

この曲が生で演奏されること自体殆どありませんが、これを弾いているソリストが、元、ウィーン・フィルの首席コントバス奏者、

ルートヴィッヒ・シュトライヒャーである、というところがすごいです。世界でこれしか映像がないのではないか、と思います。


ディッタースドルフ:コントラバス協奏曲 第三楽章






この先生は、ご覧のとおり大柄で、背丈がコントラバスと同じぐらいありますね。「オーケストラがやってきた」という番組では、

平気な顔で「熊ん蜂の飛行」を弾いていたのを思い出します。


最後です、ロヴロ・フォン・マタチッチ先生で、当時のN響のメンバーはものすごく尊敬していたそうです。

これは、まだ、元気ですが、最後の来日の時は、ブラームス交響曲第一番を指揮しました。マタチッチ先生は

殆ど手首から先ぐらいでしか、「指揮」できないのですが、動作の如何に関わらず、N響が「マタチッチ先生の表現したいこと」を

汲み取ってすごい熱演だったのを覚えています。


私がブルックナーの交響曲を載せるのは初めてだと思いますが、大作交響曲台8番全曲の映像がありました。


ブルックナー:交響曲 薹8番 ハ短調 マタチッチ指揮、NHK交響楽団


(注:「特定のサイトでの再生が制限されています」というメッセージが表示されたら、そこをクリックして下さい。別ウィンドウで開きます。)




ブルックナーの8番は1時間20分を超えますから、無理しないで下さい。


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2012.09.09

【音楽・ホルン】デニス・ブレインはやはり「奇跡のホルン」だと思います。

◆毎年、命日(9月1日)に書くのですが。

今年は1週間、遅れましたが、毎年やっている「行事」なので、省略すると気持ち悪いのです。


英国のホルン奏者、デニス・ブレイン(1921年5月17日 - 1957年9月1日)をWikipediaで引くと、

死後の今に至るも世界中で最も卓越したホルン奏者のひとりとして知られる。

と、書いてあります。全くその通りだと思います。


今は、私が子供の頃に比べると、世界中の全ての楽器に関して演奏者の技術的水準が

おどろくほど、高くなっているのです。日本にも世界にも「上手いホルン奏者」が大勢います。

しかしながら、それでもやはり、私にとってはデニス・ブレインは「上手い」を通り越して「神様」だと思うのです。


ホルンは、管が長く、それをトランペットと大体同じぐらいの口径のマウスピースで吹くのです。

管が長く、マウスピースが小さいということは、それだけ、音の最初(発音)で失敗する確率が高い。

高音は高音で、同じ指使いで出る音が幾つも隣接してますから、ちょっとした加減で隣の音がでる。

低音は低音で、小さなマウスピースですから、良く鳴らすのが難しい。

どこからどう見ても難しく、ホルンはミスの危険がとても高い。


繰り返しになりますけど、最近の若いホルン奏者は皆大変上手で、

ベルリン・フィルの首席奏者をやめて、先日も来日していたラデク・バボラークはたぶん、

今、世界一上手いでしょうね。技術的にもたぶんデニス・ブレインと同じぐらい上手い。


だから私の個人的な「思い入れ」の問題かもしれませんが、

私が聴く限り、ブレインの「自由自在感」。完璧な音のコントロール。

しばしば完璧な演奏などない、といいますが、どこからどう聞いてもデニス・ブレインの

ホルンの演奏は「完璧」という以外にありません。

「奇跡のホルン」という本があります。

「奇跡の」と形容される器楽奏者を他に知りません。まったくもって、人類史上の「奇跡」だと思います。


◆N響の千葉馨先生はデニス・ブレインが亡くなる前にレッスンを受けています。

元N響・首席ホルン奏者で、カラヤンが1954年に来日して1ヶ月N響を振ったときに、

その上手さを覚えていて、後に「ベルリン・フィルの首席にならないか?」と声をかけた、

故・千葉馨先生(1928年3月6日 - 2008年6月21日)はデニス・ブレインが

亡くなる前に、約1年、レッスンを受けています。


兵庫県立明石南高等学校の放送部の千葉馨インタヴュー(2004年10月4日)というサイトがあります。

そこで、千葉先生がデニス・ブレインのことなどを大変興味深く話しておられます。


◆デニス・ブレインで最初に聴くのは、モーツァルトでしょう。

デニス・ブレインは36歳で亡くなってしまいましたが、録音が残っているのがありがたい。

アナログレコードからCD化されたときに、どういう訳か音質が著しく低下しているのが残念ですが、

デニス・ブレインで最初に何を聞くか?といったら、カラヤン=フィルハーモニア管弦楽団との、
モーツァルト:ホルン協奏曲全集でしょう。

本来、音楽は何をどのように聴くか、完全に個人の好みでいいのですけれども、

このCDにかんしては、私は敢えて「人間に生まれてきた以上、一度は聴いてみるべきだ」と

言いたくなります。それほど、感動的に美しくて、上手くて、とにかく「完璧」です。

第4番の第一楽章を聴いていただきます。


モーツァルト:ホルン協奏曲第4番 変ホ長調 K.495 第1楽章:アレグロ・モデラート



ホルン協奏曲 第4番 第1楽章(デニス・ブレイン)



デニス・ブレインは千葉先生に、

モーツァルトの演奏をするときは、両壁がペンキ塗りたての細い廊下を、真っすぐすうーっと抜けるように演奏しろ、止まっちゃだめだ。右にもよらず、左にもよらず…

と、アドヴァイスしたそうです。私の感受性では「完全に分かる」ことは不可能ですが、今の演奏を聴くと「何となく分かる」気がします。

余計な事をするな。という意味かな、と。モーツァルトの作品自体が完璧な音楽なので、小手先の細工をするな

という意味なのではないか、と、勝手に想像しております。


◆サヴァリッシュ先生伴奏による、リヒャルト・シュトラウス「ホルン協奏曲第1番」

背景を説明すると長くなるので、省略しますが、私は自分がオーケストラを聴き始めた時期に

殆ど毎年、N響を振りに来日していた桂冠名誉指揮者(桂冠名誉のタイトルが付くのはN響の歴代指揮者で

サヴァリシュ先生だけです)、ヴォルフガング・サヴァリッシュ氏を

小学校5年のときから、もう40年になりますが勝手に「先生」と呼んで尊敬しています。

そのサヴァリッシュ先生とフィルハーモニア管弦楽団がデニス・ブレインの伴奏をしている、

これも、ホルン協奏曲としては大変有名な、リヒャルト・シュトラウス「ホルン協奏曲」のCDがあります。

リヒャルト・シュトラウスは2曲のホルン協奏曲を書いていますが、ここでは若い頃に書いた

ホルン協奏曲第1番をお聴き頂きます。3つの楽章が途切れ目なく演奏されます。


R.シュトラウス: ホルン協奏曲 第1番 変ホ長調 作品11 (アレグロ-アンダンテ-ロンド)


R.シュトラウス: ホルン協奏曲 第1番



お聴きのとおり、モーツァルトよりも高度なテクニックを要求されますが、

デニス・ブレインの演奏は安定していて、全ての音が「出来上がった」状態で鳴り始めるのです。

ホルンに限らず、速くて細かい音型には、ミスをしやすいのですが、デニス・ブレインは、危なっかしい「気配」すらありません。

ケロッとした顔で吹いていると思います。


◆【映像】デニスブレインの動画。大変貴重です。

これはBBCの番組です。ベートーヴェンのホルンソナタを演奏するのですが、

その前に、ベートーヴェンの頃に使われていた、今のようなバルブ・システムがまだ開発されておらず、

単なる真鍮の管、ナチュラルホルンを用い、ただし、管の開口部(ベル)に右手を差し込み、その角度で音階が吹ける所を

実際にやって見せています。






その後、ヴァルブ装置が備わった現代のホルンでベートヴェンのホルン・ソナタを演奏します。


Beethoven Sonata Op1 7 Part1







Beethoven Sonata Op1 7 Part2







ホルンに限らず、また、デニス・ブレインに限ったことではありませんが、常に楽器の(マウスピースを口に当てる)角度が変わらないこと。

そして、音域で口の形(アンブシュアといいますが)が一定であること。実に見事なまでに変わりません。

全ての音が明瞭です。


色々聴いてみるとわかりませんが、やはり不世出の名手です。引用元は、

Dennis Brain - Beethoven: Horn Sonata Op.17です。

毎年同じですみません。

皆様どうぞ、よい日曜日をお過ごし下さい。

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2012.07.10

【音楽】モーツァルト:クラリネット協奏曲。カール・ライスター=群馬交響楽団。

◆最近、余りにもやりきれないもので。

50過ぎたオヤジがカマトト(←意味が分からない人は辞書を引いてください)ぶる訳では

ありませんが、いくら何でも、最近の世の中を見ていると、人間の私欲とか残酷さとか、

身勝手さとか、とにかく、この生きものの余りにも汚い所ばかりを見せつけられて、

ときどき、冗談ではなくて、もじどおり吐き気を催すほどです。

あまりにも毎日、人間の醜さを見ているので、

今日は人間が創り出した、最も美しいものを聴きましょう。

音楽のなかでも、多分ありとあらゆる音楽、古今東西、人類史上、

本当の「天才」を挙げるとしたら、この人しかいないでしょう。

モーツァルトです。


映画「アマデウス」は、モーツァルトをライバル視していたサリエリが

晩年、過去を回想する、という設定ですが、あの映画の中で、サリエリが

モーツァルトが席を外した隙に、モーツァルトの作品(楽譜)を次々と読み

あまりの才能に愕然とするシーンがあります。


それから、何十年も経っているのに、サリエリは

あれは、奴(モーツァルト)が創ったのではない。奴の身体を使い、神が創り給うたのだ!

と、まだモーツァルトの才能に嫉妬していましたが、誠に同感で、普段信仰心も無ければ無神論の私としては

まるっきり矛盾するのですが、モーツァルトの音楽ばかりは、人間が書いたものというよりも、

それを超越する高みに存在する「何か」を想定したくなります。

要するに、人間が創り出したあらゆるものの中で、モーツァルトの音楽ほど

美しいものは、他に無いのではないかと思います。


◆モーツァルト:クラリネット協奏曲。カール・ライスター。豊田耕児指揮、群馬交響楽団。

今までに何度も書いたので、簡単にすませますが、まず引用元は、

モーツァルト:クラリネット協奏曲: カールライスター, 豊田耕児, 群馬交響楽団, ウィーン弦楽四重奏団です。

作曲家の故・柴田南雄氏が、カール・ライスター(元・ベルリン・フィル首席クラリネット)が上手いのは

当たり前として、伴奏の群馬交響楽団について、

これは、驚いた。音だけを聴いて、日本のオーケストラだと分かる人がいるだろうか?

と、大絶賛したので、余計に評判になりました。

豊田耕児さんという方は、ベルリン交響楽団のコンマスを長い間務めた方ですが、

群響に乞われて、音楽監督に就任して、猛烈に特訓したのです。


知ったかぶりは、ここまでにします。


モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ長調 K. 622 第一楽章


Clarinet Concerto in A major, K. 622 I. Allegro



第二楽章は特に「天上の調べ」とはこのために存在する形容ではないか、と思うほどです。


モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ長調 K. 622 第二楽章


Clarinet Concerto in A major, K. 622 II. Adagio



モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ長調 K. 622 第三楽章


Clarinet Concerto in A major, K. 622 IIII. Rondo: Allegro



モーツァルトは「クラリネット協奏曲」を書いたときには、自分の余命が長くない事を悟っていました。

先日なくなり、9日に「お別れの会」が行われた、音楽評論家の吉田秀和氏は、
この曲では、この音楽の天才が、音楽と人生に別れを告げているのが、聞かれる。

と書きました。歴史を知って後からそう思って聴くから、ではなくて、あれぐらいの「音楽を聴く才能」のある人には

本当にそれが聞こえたのであろうと思います。


私が中学二年の時に、叔母(父の妹)が僅か48歳で他界しました。

葬儀では、故人の希望により、この「クラリネット協奏曲」のレコードが流れました。

当時、私は音楽の歴史とかモーツァルトの生涯、また吉田秀和氏のことを知らなかったので、

ちょっと聴くと「明るい」この音楽を葬儀で流して欲しいと言い遺した叔母の意図がわかりませんでしたが、

ずっと後に、吉田秀和氏の文章を読んで、ようやく意味が分かりました。

明るいけれども、悲しく美しい、西洋音楽2,000年の歴史における、最高傑作の一つだとおもいます。

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2012.06.03

【音楽】パガニーニの予習というか、復習というか。

◆今週、3回目になりますけど

今週すでに、「パガニー二」が出てくる記事を2回書いています。

エリザベート王妃国際音楽コンクールのバイオリン部門で2位を受賞した、

成田達輝氏の記事の中で。

本選課題曲がパガニーニのヴァイオリン協奏曲第一番だったからです。

2012.05.28「バイオリン:成田さんが2位入賞…エリザベートコンクール」←良いニュースを大きく伝えましょうね。

2012.05.29 【音楽】エリザベート王妃国際音楽コンクールのサイトで成田達輝氏の本選全てを見て、聴けます。天才だと思います。

そして、今日で3回目、というわけです。

上の記事でも書きましたが、こう短期間に同じ作曲家に関わる音楽記事を3度も書くのは、

弊日記・ブログでは、かつて無かったことです。


◆パガニーニについては今までにも書きましたが、今一度。

今日の記事のタイトルは

パガニーニの予習というか、復習というか。

ですが、これはどういう意味かというと、エリザベート2位の成田氏の演奏は、

遅かれ早かれ、日本でも聴く機会がきっとあるでしょう。

今まで知らなかった方の為には「予習」です。


予習と云う言葉を使いましたが、音楽を聞くのは決して「お勉強」ではない。

しかし、パガニーニのヴァイオリン曲を全然知らないで、

いきなり、成田氏の演奏を聴いても、果たしてそれがどの程度のものか、

見当がつかない、と思うのです。


これからパガニーニが作曲した曲の演奏をいくつか載せますが、

その人達と比べて上手い下手とかいうことではなくて、まず、どんなものか知っておくと

いきなりパガニーニを聞くよりも面白いのではないか、と思います。


◆ウンチクを書くほど詳しい訳ではありませんが。

わたしは、パガニーニ研究家でもないし、自分でヴァイオリンを弾く訳でもないので、

以下は、知ったかぶりです。パガニーニに関する基本的なことはウィキペディアをどうぞ。


音楽というのは、技術的な難易度、つまり「難しさ」がその作品の、芸術的な価値と

相関関係にあるとは限りません。

演奏者にとっては「勉強になる」ものすごく高度なテクニックを必要とする曲でも、

聴く側には、全然、感動的でも面白くもない、むしろ退屈な音楽、が存在します。


しかし、ヴァイオリンで言えばパガニーニとか、ヴィエニャフスキ-などは、やはり作曲者の才能でしょうね。

高度な技術そのものが、芸術になっている、という気がします。あまり上手く言葉で表現できません。

本当は、このような作曲家の演奏は、音だけではなく、実際の演奏を「観る」と、一層感銘を受けます。

よくもまあ、ここまで難しい曲を書いた人間がいて、弾ける人間がいるものだ、と思います。

ピアノだったら、リスト(リストはパガニーニの演奏を聴いて音楽かになろう、と決心したのですね。

だから、リストのラ・カンパネラは、パガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番、第三楽章のテーマを使っています)や

ラフマニノフなどの、無茶苦茶難しい曲に、パガニーニのような「技術=芸術」を感じます。


私が上手く自分で表現できなかったことを、音楽ジャーナリストが書いてくれてます。

日本の新聞記者でまともにクラシックについて書ける唯一の人だと思いますが、

毎日新聞の音楽記者(今は文化部の音楽専門編集委員)の梅津時比古(うめづ ときひこ)氏が、

著書、「音をはこぶ風―クラシック談義」に書いています。

毎月一回、梅津氏が毎日新聞に書いているコラム「音のかなたへ」を本にしたものです。

随分前だとおもいますが、パガニーニについて。「音をはこぶ風」68ページから。

超絶技巧に込められたもの

パガニーニがヴァイオリン曲に刻み込んだ超絶技巧には、安易なものへの拒絶のにおいがする。

適当な技巧で美しく聞こえるような曲など望むな!弾けもしないのにツベコベ言う批評家もどきが多すぎる!と、たたきつけているよう。

実際、彼の曲を完璧なテクニックで弾かれると、黙らざるを得ない。ピチカート、フラジョレット、独自の運弓法などが輻湊(ふくそう)し、

ヴァイオリンの表現の幅を恐ろしいほどに広げている。(以下略)。

そういうことですね。

「音楽はテクニックではない。精神の問題だ」「心だ」「機械のような演奏が面白いのか」という人々に対して、

あたかも、
黙れ!そういうことは、上手く弾けるようになってから言え!

と、音楽でパガニーニが訴えているような迫力を感じます。


◆【音楽】カプリース第24番、無窮動。ヴァイオリン協奏曲第1番より。

パガニーニは無伴奏ヴァイオリンの為の「24のカプリース」という曲集をかいています。

どれもこれも、演奏を聴いて、観ているだけで、目が回りそうな難しさ。

それが24曲もあるのですが、最後の24番。変奏曲になっていますが冒頭の主題が

何故か色々な作曲家のインスピレーションを刺激するらしく、ラフマニノフを始め、色々な他の作曲家が

この主題を元に作曲していることでも有名です。

音源は、私の好きな、カナダのヴァイオリニスト、ジェームズ・エーネスです。

「カプリース」は1995年2009年、2回録音してます。

私は2009年を持ってます、


◆パガニーニ:24のカプリース Op. 1より第24曲



No. 24 in A minor: Tema quasi presto - 11 Variations - Finale



次は「無窮動」という曲で、カプリースとか、後でご紹介するコンチェルトのような、

左手ピチカートとか、オクターブの重音とか、フラジオレットとか難しい技術はないのですが、

とにかく16分音符で、一体、いつまで弾かせるんだ、というぐらい延々と続く曲です。

音質が悪くてすいませんが、今、ドミトリー・シトコヴェツキー(1954-)というヴァイオリニストがいるのですが、

その親父さんで、ロシアのヴァイオリニスト、ユリアン・シトコヴェツキー(1925-1958)の演奏です。

音源は、Art of Yulian4。上手いです。


◆パガニーニ:無窮動 ハ長調 Op.11/MS72


Moto perpetuo, Op. 11, MS 72



最後に、エリザベート・コンクールで成田達輝氏が本選で演奏し、大変な名演だった、

ヴァイオリン協奏曲を聴いて頂きます。

上手いし美人で有名なアメリカのヴァイオリニスト、ヒラリー・ハーンのCD。

パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ヒラリー・ハーンが引用元です。

全曲だと長すぎるから第三楽章だけ。


◆パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調 第三楽章


Paganini: Violin Concerto #1 In D, Op. 6 - 3. Rondo: Allegro Spiritoso



こういう曲の名演は、本当に興奮します。

パガニーニ先生で感心するのは、伴奏のオーケストラの書き方が上手いことです。

ヴァイオリン・ソロは、絶対に埋もれないようにしながら、オケは結構大編成で、オーケストラだけが

弾く所はかなり分厚い響きがするのです。それが曲全体の印象を壮大にしています。


同じ事を繰り返しますが、音楽=技術ではなく、バッハやモーツァルトのヴァイオリン協奏曲も

ベートーヴェンもメンデルスゾーンも、チャイコフスキーもブラームスもシベリウスも

どの作曲家のヴァイオリン協奏曲も優劣を付けがたいですが、

パガニーニはパガニーニで、彼がこの世に現れなかったら、ヴァイオリンってこれほど難しい

技術が開発されなかったかもしれない。その意味でやはり大変貴重な作曲家だし、作品だと思います。

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2012.04.29

【音楽】バッハ:「二つのヴァイオリンのための協奏曲」 を、初めて生で聴きました。

◆ものすごく久しぶりに生の音楽を聴きました。

過去に何度か書きましたが、音楽は演奏する側は勿論、体調と何よりも「表現する為のエネルギー」が

身体に満ちていないとダメですが、音楽を聴く為にも絶対に「エネルギー」が必要なのです。

私は、遷延性のうつ病患者ですが、うつ病の「症状」の根本は「身体のエネルギーが極端に低下すること」

です。

ですから、うつ病の症状が重いときはもとより、ある程度軽くなってからも音楽を聴きに出かける

気分になりません。10年ぐらい「コンサート」へ行く気がしませんでした。

数年前から、少しずつですが、たまに行けるようになり、28日(土)、非常に久しぶりに、

少なくとも311の後は、初めて行って来ました。


一般に公開されていないコンサートだったので、演奏者などに関して詳しく書けないのを

ご了承下さい。


◆初めて「ドッペル」を生で聴きました。

我ながら、今頃気がついて驚いているのですが、録音では何百回聴いたか分からない、

バッハ:「二つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043」(通称、「ドッペル」)

を初めて生で聴きました。


私は26歳からヴァイオリンを習っていた時期がありますが、最後には「ドッペル」の第2ソロ・ヴァイオリンを

辛うじて、なんとか「弾いた」といってもいいかな?というぐらいになりました。


私の「努力自慢」ではありません。つまり、純粋に技術的にはそれぐらいだ、ということです。

プロになるような方は、多分、小学校に入学する前には弾けていただろう、と。

純粋に「テクニック」というか「メカニック」というか、その点では

プロにとっては、チャイコフスキーとかパガニーニとか、ヴィエニアフスキーとか

などとは比べものにならないぐらい「易しい」曲のはずなのです。



その所為かどうか分かりませんが、オーケストラ・コンサートのプログラムに

バッハ:「二つのヴァイオリンのための協奏曲

が載ることは、滅多にありません。ですから私は、いつも、
クラシックを聴き始めて40年になる。

などと自慢げに偉そうに書いていますが「ドッペル」を生で聴いたのは今夜が

生まれて初めてです。


それで分かりましたが、この曲はCDでばかり聴いているので、ソロが聞こえて当然ですが、

生だと、ソロがオーケストラに「埋もれる」つまり得てして聞こえないのです。

今日のソリスト。ソロの第一ヴァイオリンは外人さんで、ベルリン・フィルや、ロイヤル・コンセルトヘボウ

といった超一流のオーケストラに何度も呼ばれた方ですし、ソロの第二ヴァイオリンは

日本人で、やはり、長くソリストとして活躍しておられる方です。


しかし、驚きました。意外なほど、ソロ二人が聞こえないのです。

伴奏のオーケストラはこれ以上小編成に出来ないほど。つまり、

第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスがそれぞれ、
5人、4人、3人、2人、1人です。

バッハのソロ・パートの書き方にも原因がありまして、ソロ・ヴァイオリンが

後年の、例えばメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のように高音域で弾けば

聞こえやすいけど、バッハの「ドッペル」はD線といって、低い方から2番目の弦の

第2ポジションとか(良く覚えてませんが)、とにかく「楽器を鳴らし難い」音域なんです。

(私の知ったかぶりではなく、現役のオーケストラプレイヤーであるヴァイオリンの師匠が

やはりそのようにおっしゃていました。)


◆「感想文」ですから、「結論」はありません。

今日は、音楽を聴いた「感想」を文章にしているのですから、天下国家を論評する時にような

「結論」は、ありません。あえて結論らしきものを付け加えるなら、

普段は、なかなか聴きに行けませんが、生で演奏を聴いてみるのは

やはり、面白いし、大事だな、ということになりましょうか。


折角ですから演奏を載せましょう。第一楽章と第二楽章だけ載せます。


音源は、ヒラリー・ハーン(Hilary Hahn 1979-)のCD、バッハ:ヴァイオリン協奏曲集です。


バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043 第1楽章 : Vivace



J.S.Bach Concerto for 2 Violins in D minor BWV 1043 1st movement Vivace Hilary Hahn



バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043 第2楽章 : Largo ma non tanto




J.S.Bach Concerto for 2 Violins in D minor BWV 1043 2nd movement Largo ma non tanto Hilary Hahn



非常にテンポが速いです。ヒラリー;ハーンは1979年生まれだそうですが、

そのずっと前に全盛期を誇った名手で、ジノ・フランチェスカッティ(Zino Francescatti 1902-1991)というフランスのヴァイオリニストがいます。

フランチェスカッティも、難しいのを弾きましたが、バッハの録音を残しています。

J.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲(ジノ・フランチェスカッティ)
です。

第一楽章だけですが、お聴き下さい。


バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043 第1楽章 (フランチェスカッティ)



J.S.Bach Concerto for 2 Violins in D minor BWV 1043 1st movement Francescatti



当然のことですが、テンポの設定により、同じ曲でも聴いた時の印象がこれほど変わります。

これは、これで、テンポは遅いけれども間延びした感じは受けません。知的で上品な演奏だと思います。


バッハは、少なくとも、私にとっては特別な存在です。別格です。

プロを目指している、生意気盛りのヴァイオリンの学生さんは
「ドッペル」なんか幼稚園で弾いたわい。

と思うかも知れません。確かに、パガニーニや、ヴィエニャフスキ作品のように(これはこれで素晴らしい作品ですが、)、

聴き手が「アッ」と驚くような派手なテクニックはありません。

音楽は、私ごとき素人がいまさら言うまでも無く「技術的に難しい作品ほど名作」ではありません。


私は、バッハのドッペル・コンチェルトや、バッハの他のソロ・ヴァイオリン・コンチェルトもそうですけど、

人生の何かを物語っている。悲しく、切ない。悲しいけれど、美しい。


そういうものを感じます。

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2011.12.11

<大阪フィルハーモニー>橋下氏「補助金見直し」に危機感←大フィルは大阪だけのものではない。/ドヴォルザーク「コントラバス協奏曲」

◆記事:<大阪フィルハーモニー>橋下氏「補助金見直し」に危機感(毎日新聞 12月9日(金)17時50分配信)

大阪市の橋下徹・新市長が、文化事業への補助金支出を全面的に見直すと表明していることに対し、

運営補助金を受けている大阪フィルハーモニー交響楽団(事務局・同市西成区)が危機感を強めている。

市の補助金は楽団の年間予算の1割を超える1億1000万円。

楽団は人件費削減や会員企業への会費増額要請に取り組んでいるが、自助努力には限界があり

「何とか補助金を維持してもらいたい」と訴えている。【出水奈美、原田啓之】

大阪府と大阪市による大阪フィルへの補助金は1960年度に始まった。ところが、

橋下氏が知事時代に文化行政を見直し、計1億2300万円あった府の補助金と貸付金が08年度末で廃止された。

府が運営していた大阪センチュリー交響楽団(現日本センチュリー交響楽団)も運営補助金を打ち切られ、

民営化の道を歩んでいる。

橋下氏は市長選当選後も、これまでの文化行政を「補助金を出す先の評価もなく、今まで出していたから出すというだけ」

と批判しており、大阪フィルを含む文化団体などへの運営費補助を全廃して事業ごとの補助に切り替える方針。

新たな会議「アートカウンシル」を設置し、文化行政での公金投入の在り方を検証する予定だ。

大阪フィルの年間予算は約10億円。府の補助金などの廃止を受けて、支出全体の5割を占める人件費の削減に着手しており、

楽団員の平均年収は約500万円(平均年齢45歳)となっている。

一方、法人会員離れは深刻。92年には373社あったが、関西企業の本社機能移転や円高、

東日本大震災の影響を受け現在は207社にとどまる。チケットを値上げしたが、

14年まで続く府の貸付金と利子の返済が経営を圧迫しており、

昨年度末現在で楽団の累積赤字は約6400万円となっている。

鈴木貞治・楽団事務局長は「60年余り大阪で官民一体で育ててもらった。

何とか補助金を維持して、今後も大阪の文化として成長させてほしい」と話している。


◆大阪フィルハーモニー交響楽団は大阪市民、大阪府民だけが聴くのでは無い。

橋下大阪市長は、

「文化は行政が育てるものではない」

と、大阪府知事時代から公言し、これを支持する世論がある。

育てろ、とは言わないが、既に育っている優れたオーケストラの存続を行政が潰していいとは思えない。

これは、大阪の財政だけの問題ではなく、日本全体の文化の問題でもある。

多分、オーケストラ・コンサートなど生まれて一度も聴いたことがない、橋本市長や彼の同調者は全く分かっていないが、

大阪フィルハーモニー交響楽団(以下、「大フィル」)のファンは、私のように日本中にいるからである。

大阪市は、2007年に経費削減のため、大阪市消防団音楽隊を廃止した。

このとき、日本全国からネットで反対署名が集まったし、私もブログで訴えた。
2007.01.08 大阪市消防音楽隊が経費削減の為、廃止されかけている。議員の政務調査費を減らしたらどうですか?/【変更】署名受付延長

結局、この声は、無教養な行政に届かず、大阪市消防音楽隊は38年の歴史を閉じた。

私のJIROの独断的日記ココログ版のトップページ左側には、

そのときに、短い間であったが、知り合った当時の大阪市消防音楽隊の方々のリンクを切れたままのこしてある。

大阪市が音楽隊の廃止を決めた理由は、
年間1億8000万円程度の経費が必要なため、市の危機的な財政状況を踏まえ廃止を決めた。

とのことであった。私は、大阪市議会議員は通常の給料の他に、「政務調査費」を毎月60万円支給されていた。

(詳細はリンク先の当時の記事をご参照いただきたい)。

現在も似たようなものである。大阪市議会のサイトで、
政務調査費(平成22年4月から平成23年3月交付分)収支状況総括表

を見ると、交付額合計は5億5,595万円。大阪市議会の定数は86人だから、単純に平均すると、1人の議員が、

年間、約651万円、12で割ると月額54万円となる。繰り返すが、給料とは別に年間651万円の税金が大阪市市議会議員に支払われている。


それに対して、記事にあるとおり、大フィル団員の平均年収は500万円であるという。


それでも、橋下市長は「音楽など人間に『必要な』ものではない」といって、にべもない。

橋下氏に投票した大阪の有権者も同じようにかんがえているのであろうか?

大阪市は昼間人口が日本で3番目に多い大都市。当然政令指定都市である。

日本で初めてのアリーナ・シアター形式(ステージを客席が取り囲む)の本格的な音楽ホールは、

1982年、朝日放送創立30周年記念事業のひとつとして建てられた、ザ・シンフォニーホールだ。

東京のサントリーホールのオープンは1986年である。

ザ・シンフォニーホールの方が4年も早い。


その大阪市という街、大阪市民がこれほど、芸術に理解をしめさない人間を市長に選ぶとは皮肉な話である。


橋下市長は苦学の末、国家試験の最難関、司法試験に合格し、プロの法律家になったほど知性の持ち主だが

はっきり言って、苦労人の中には「クラシック」という言葉を聞いただけで、異常なほどの敵愾心を示す人がいるが、

その典型に見える。

音楽も美術も映画も、演劇も文学も全てが無くても人間は死なないが、だからといって、

「必要がない」と断じるのは短絡である。

夏目漱石が「草枕」の冒頭で語っている。
あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。

住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。あるは音楽と彫刻である。

芸術の集団はもうからないように出来ている。欧米では行政が支援するのが当たり前で、そのために税金が使われる事に

文句をいう納税者はいない。ウォール・ストリートでアメリカ人の失業者が、「反格差デモ」を行ったが、

「ニューヨーク・フィルハーモニック(管弦楽団)がなくても困らないから、潰せ」といったものはいない。

これが民度の違いである。


大阪府知事や大阪市長は、大フィルが大阪にとってかけがいの無い、無形文化財であることを

認識するべきである。

本来、大阪が世界に対して誇りに思うべきものを「税金の無駄」としか見なせないのは、恥ずかしい事だ。


◆【音楽】ドヴォルザーク「コントラバス協奏曲」/ゲリー・カー、朝比奈隆=大フィル。

大フィルの話だから、交響曲などの方が良いかもしれないが、

この録音は大変に珍しい。


ドヴォルザークの「コントラバス協奏曲」は存在しない。

ドヴォルザークの書いた協奏曲で最も有名で傑作な「チェロ協奏曲」ロ短調を

ゲリーカーというコントラベス奏者が、なんとコントラバスで弾いた。

1893年6月20日、ザ・シンフォニー・ホールに於いて。

ライブ録音が今でも売られている。こんなことをやったのは

ゲリーカー、朝比奈=大フィルが世界で初めてである(その後誰かが演ったかどうか、私は知らない)。

音源は、

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 作品104: ゲリー・カー(コントラバス、1611年製アマティ), 大阪フィルハーモニー交響楽団, 朝比奈隆指揮

である。第三楽章だけ。


ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 作品104(コントラバス版) 第三楽章



Dvorak CONCERTO FOR VIOLINNCELLO AND ORCHESTRA IN B MINOR FINALE



ソロも上手いが、伴奏の大フィルの壮大で厚い響きが、我々の心を動かす。

この素晴らしさ。橋下氏も是非自分で聴いてから判断するべきだ。

子供の頃から毎日厳しい練習を続けて、プロの音楽家になるのは容易なことでは無い。

音楽大学に行けたのは「金持ちのウチのこどもだったからだろう」と僻むべきではない。

それ以上の苦労があったのだ。

そのようにしてもプロの音楽家になれるかどうかは、分からないし

プロの音楽家をただ100人集めれば、大フィルの替わりが直ぐに出来るのではない。

オーケストラが成熟するには時間がかかる。

どのようなものでも潰すことは一瞬で出来るが、創り上げる方が余程大変なのだ。

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2011.07.25

【音楽】ティンパニ協奏曲、私も初めてなんですが、ドルシェツキー(作曲家)というオッサン、面白いですわ。

◆ティンパニにメロディーを委ねた作曲家

たまたま、ナクソス・ミュージック・ライブラリーで見つけたのです。

私1人が面白いだけかも知れませんけど、「ティンパニ協奏曲」というのを見つけました。

作曲者は、ゲオルグ・ドルシェツキー(Georg Druschetzky)は、チェコで1745年に生まれ、

1819に亡くなっています。

私は、全く初めて聞く名前なのですが、この生年と没年をみて

ベートーヴェン(1770-1827)より早く生まれた人出あることに気付きました。

ベートーヴェンよりも、25歳も年上です。

この時代、ティンパニはオーケストラでは普通に2個しか使われず、

高い音は各調性の主音(長調なら「ド」。短調なら「ラ」)、

低い音は属音(長調なら「ソ」、短調なら「ミ」)にチューニングされ、

もっぱらリズムを強調するために使われました。

ティンパニは基本的にそういう使い方で構わないのですが、

何と、この時代に、「6つのティンパニの為の協奏曲」を作曲したのが

ドルシェツキーです。


ドルシェツキー:6つのティンパニと管弦楽の為の協奏曲 第一楽章


Concerto for 6 Timpani and Orchestra



あまり、音楽的に高度な作品ではないです。ティンパニ協奏曲と言っても、

ティンパニは、常にオーケストラのいずれかの楽器とユニゾンで旋律を

演奏しているのですが、諄いようですが、この時代にドルシェツキーは

ティンパニを旋律楽器として使ったのですね。他にそんな人いません。


しかも、当時のティンパニは現代のティンパニのように、ペダルで音程を素早く切り替える

ことなど出来ないのですから、6個では本当は無理だと思います。

ティンパニの最初の「旋律」は

ソ・/ド・ソ・ミ・ド・/シ・レシド・ミド/レ・レ・レ・ミド/シ・レシソ

ですが、ずっと聴くとしたの、「シ」や上の「ラ」が出て来ます。

つまり、低い方から、「ソ・ラ・シ・ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ」と少なくとも9つの音を使っていますから

6個のティンパニで叩こうとしたら、何処かでチューニングを変えなければなりませんが、

手でねじを締めたり緩めたりする、あの原始的なティンパニで果たしてそれが可能だったのか

非常に不思議です。この人は、当時としては珍しいことではありませんが、

オーボエ奏者兼ティンパニ奏者だったそうです。ティンパニが余程すきなのか、他にも作品を

残してます。Druschetzky: Timpani & Orch又はiTunes Storeで

“Works for Timpani and Orchestra”で検索すると容易に見つかります。

かなりマニアックで、興味の無い方は全然面白くないでしょうが、

敢えてご紹介しました。

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