カテゴリー「母のガン闘病記録」の記事

2013.01.21

「延命治療「死にません、なかなか」=麻生副総理が発言、すぐに撤回」←全く麻生氏に同感です。撤回の必要無し。

◆記事:延命治療「死にません、なかなか」=麻生副総理が発言、すぐに撤回(時事通信 1月21日(月)13時51分配信)

麻生太郎副総理兼財務相は21日、首相官邸で開かれた社会保障制度改革国民会議で、終末期医療に関連し

「チューブの人間だって、私は遺書を書いて『そういう必要はない。さっさと死ぬから』と手渡しているが、

そういうことができないと死にませんもんね、なかなか」と述べた。

延命治療の否定とも受け取られかねない発言で、麻生氏はこの後コメントを発表し、「適当でない面もあった」と撤回した。

麻生氏は、同会議のメンバーである有識者が年金や医療に関する考えを述べた後、発言したもので

「いいかげんに死にたいと思っても生きられる。しかも、政府のお金で(終末期医療を)やってもらうのは、ますます寝覚めが悪い。

さっさと死ねるようにしないと」とも語った。

発言を受け、菅義偉官房長官は麻生氏から電話で真意を確認。記者会見で

「個人の人生観を述べたということだ」と述べ、問題ないとの認識を示した。

これに対し、与野党からは問題視する声が上がった。自民党幹部は「まずい。TPO(時、場所、場合)というものがある」と苦言を呈し、

公明党幹部は「不用意な発言だ。慎まなければならない」と指摘した。

生活の党の森裕子代表は記者会見で「到底許されない」と批判した。(2013/01/21-19:16)


◆コメント:麻生氏の発言は正しい。

これは、いかにも麻生太郎氏らしい発言で、しかし、マスコミや野党は「チャンス」と思って叩くだろうな、

と昼間、記事を読んだ時に思いました。


この発言が「不謹慎」だとか、時事通信のように「延命治療の否定とも取られない発言」で最初、

時事通信は「波紋を呼びそうだ」とかいていましたが、「延命」=「苦痛」の場合が多いことを知らない人達でしょうね。

私は、17年前に父を亡くしましたが、父は中途半端な脳梗塞と脳出血の為に4年も、口は利けないけど意識はある、というか、

状況が分かっている状態で、寝たきりでした。麻生さんのいうとおりで、死にたくても生かされてしまった。

口が利けなくなってから父が文字盤を指さして発したことばは、

死ぬタイミングを逃して残念だ。

でした。そうでしょう。意識があるのに身体は動かせない。人生最後におしめをして寝たきりですよ?

こういう屈辱を味わいたくない、とよく言っていたのですが、本人が一番望まない形になってしまいました。


先日(1月3日に死に、8日に荼毘に付しました)死んだ母は、認知症になって閉まった祖母(父の母親)と、

脳出血で寝たきりになった父の面倒を良く見ましたが、それだけに、
自分は(死ぬときには)長く臥せらずにさっさと死にたい。

といっていました。

先月(2012年12月)5日に検査でガンが見つかり、12月7日に入院した母は、私達も同席して、

12月11日にムンテラ(医師から患者や家族に対する病状、治療方針などの説明)を受けました。


医師の娘である母は、無闇に病気を怖がりませんが、この「ガン告知」には大変ショックを受けておりました。

今までにも、自分の兄弟や、友人、知人が、結局治らないと分かっていながら、オペ→化学療法、その他

で、どんどん憔悴してゆき、最期は疼痛に苦しんで逝くのを見てきた母です。

「自分もそうなる」ことが怖かったのでしょう。

とはいえ、入院しているのですし、まだ全身状態は悪く無いのですから、ドクターとしては、

全然何もしないことを提案するわけにも行かない。標準的な治療を試みます。

母の場合は既に肝臓に転移した胃癌で、治療しても余命半年であろうといわれていました。


日頃から身体が丈夫な母は、要するに生命力があるので、それぐらいは保ちそうに思えました。

しかし、自分の病気がガンだとしってから、母の気力はみるみる衰えていきました。

胃ガンの場合の典型的なやり方なのですが、経口抗ガン剤、TS-1を約1週間飲んでから、

点滴で液体の抗ガン剤「シスプラチン」を投与するはずでした。

ところが経口抗ガン剤を飲み、始めは何とも無かったのに、シスプラチン点滴を始める筈だった日から、

強烈な腹部痛と口内炎に苦しみました。みるみる弱り、元旦から腎機能が低下しました。3日に亡くなり、8日に荼毘に付しました。


◆「延命治療=善」では、ありません。

他の例を知らないので脳溢血で倒れ、綺麗に散りたかったのに何年も寝込んでしまった父と、

予想よりもあまりに早かったけれども、その替わり、若干クスリの副作用と、腸炎による激烈な腹部痛に数日耐えて、比較的簡単に死ねた母。

両方の経験から私がおもうのは。「どうせ治らない病気なら、無闇に延命しない方が良い場合がある」ということです。


特にガンの場合は、抗ガン剤の副作用に苦しみながら延命などされるよりも、今となっては仮定上の話になりますが、

いっそ病気が見つからなければ、もう少し長く生きられ、ギリギリまで好きな事をして過ごせたのではないか、と思います。

11月までは旅行に行っていたし、胃ガンとて自覚症状はなく、たまたま採血して肝機能に異常があることが

わかり、エコーやCTで肝転移していることが発見されてしまい、入院することになりました。

そして、それ故に経口抗ガン剤の副作用で、非常に苦しみました。

普通は、そう言う状態から少し持ち直し、また、悪くなりを繰り返します。

その間の患者本人と家族の精神的、肉体的負担は大変です。

それにくらべたら、「予想外に治療の初期段階で死んで」しまった母は「好運」でした。

治療すれば必ず治る、という場合ならまだしも、延命治療をすれば数ヶ月死期が遅れるだけ、という場合は、

さらに母のように高齢(享年84歳)の場合は、延命しても臥せって苦しむ時間が徒に長引きます。

延命拒否のはずでも何だかんだで、生き続けさせられた人の苦悩を麻生氏は御存知なのでしょう。

「さっさと死ねる権利」は、健康な人が想像出来ないほど、重要なことです。基本的人権の一つにしても

良いのではないか、と思うほどです。


繰り返しますが、不本意ながら、死ぬときはさっさと死にたかった父は死ぬチャンスを逃し、見ていて気の毒でした。

母は、数日は、腹部の痛みや、口内炎の激烈な痛みに苦しみましたが、思いがけず早く逝ったことにより、

何ヶ月もそのような苦しみに耐えずに済みました。

おかげで、私や兄も母が元気だった頃のイメージが記憶にのこりました。

時事通信や他のマスコミ、政治家、世間で、麻生叩きをしている人は、修羅場を見たことが無い人ではないかと思います。

さっさと死ねるようにしておくことは、大変重要です。

母が死んで3週間も経過しておりません。この件で議論する気はありません。

この記事では、コメントを受け付けません。悪しからず。

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2013.01.11

【私事】母の葬儀が1月8日(火)、終わりました。(続)

◆もう少しだけ書かせて下さい。

これを書いているのは1月11日(金)の午前1時です。

母が死んだのは3日(木)の午前7時ちょうどですので、なんともう一週間です。

昨日の日記に書きましたが、ドクターから最初にムンテラがあったのが、

12月12日でして、1ヶ月後には骨になっちゃった、という急展開なので、意識が追いついて行かないのですね。


しばしば、「死の直後は気が張り詰めているからなんとかなるが、時間が経つと気が抜けてガックリくるから気を付けろ」といいますが、

特に気を張り詰めるも何もないまま、事態が進行したので「???」状態です。

覚えている間に記録しておきたいので、もう少しだけ、お付き合い下さい。


◆最期まで診てくださった、ドクターやナースの皆さんには感謝しています。

結局、最後のドクターの所見は「極度の脱水と栄養失調の状態だった」ということなのですが、

急激にその状態に至ったメカニズムは、よく分からないとのことで、病理解剖しませんでしたけど、

したところで解明出来たかどうか、わかりません。


素人のにわか勉強ですから、断片的なことしか書けませんが、

腎機能が低下すると、体内の水分を血液として取り込めないと。

しかし、急激に腎機能が低下したのか?よく分からないらしいのですね。

とにかく、腎機能が低下してたのは、血中のアルブミンという、タンパク質の一種(血液の浸透圧調整や体外物質の保持・運搬機能を担う)の値が、

死亡直前に、約3g/dl (正常値は 3.8~5.3)だったことからも明らかです。栄養失調ってのは、このアルブミン値が低いってことですね。

それがどうして起きたのかわかりませんが、要するに最期は血管の中に満ちているべき血液の量が極端に少なくなり、心停止の原因になった、

ということのようです。


専門家がお読みになったら、不正確あるいは誤りだらけの記述かもしれませんが、ご勘弁下さい。

もう永久に分からないでしょうが、仕方がありません。


ただし、患者や家族にとって肝腎なのは「納得できるか」ということです。

それは、死因のメカニズムが医学・生理学的観点から合理的に説明できるか?ではなくて、

医療スタッフが、きちんと診て下さったか、或いは看護してくださったか?ということです。

これが乱暴に扱われた、という印象だと、遺族が「納得出来ない」と感ずるわけですが、

今回、そういうことはありません。


抗ガン剤の投与をしたことで副作用は、少なくとも口内炎はありましたが胃腸の痛みは副作用か、

たまたま、そのタイミングで腸炎が発生した為か、どちらとも言えません。


しかし、TS-1という経口抗ガン剤を投与しても、殆ど副作用が出ないという患者さんのブログがありますので、

これは、いかなるドクターでも「投与してみないとどうなるかわからない」ということだと思うので、

母が苦しんだ時期が多少有りましたけど、それを主治医の責任とは言えないと私個人は、考えています。

ドクター、ナースはとても熱心に診てくださり、看護して下さいました。感謝しています。

その意味では、「納得の行く死」だったのです。


◆ひとこと言いたいのは、普段、母を診ていた近所の開業医(中年の女医)です。

母が最期を迎えた個人総合病院に、入院したのは、その病院と「提携」している開業医がいて、

そこは、母が住んでいた所から徒歩2分です。母は本態性高血圧ですから、

定期的に通院していましたが、そこの年配の女医さんは、ひどく機嫌屋でヒステリックだと、

元気な頃から良く「文句を言っ」ておりました。


入院後、母から直接聞いたので良く覚えていますが、昨年の秋以降、食べた後に胃に違和感があったり、

吐き気がすることがあったり、下痢をしたり、以前にはない異変があったことを何度か訴えたそうですが

「機嫌屋の年配の女医」先生は「食べ過ぎたんじゃないの?」などと言うばかりで、一度も触診すらしなかった

とのことでした。


これは、ちょっと問題では無いかと思います。面倒臭いし、その「不作為」が母の死期を早めたか否か、

因果関係を証明することはほぼ不可能ですから、医療訴訟なんか起こしませんが、

「納得がいかない」ことです。

これが、もし、普段から丁寧なドクターで、きちんと診たけど、見逃したというならば「納得出来」ます。

はっきり言って普段の診察に於ける問診の様子なんかを母からきいてもその「機嫌屋の年配の女医先生」は

仮に触診しても、胃の幽門部の異変に気付いたかどうかわかりません。それにしても、触診しなくても、臨時に提携病院に

連絡して内視鏡で診たら、あくまでも仮定上の話ですが、ごく初期で、根をはっていない状態のガンを発見出来たかもしれません。

それぐらいのガンが見つかるのは非常に運が良いのですけど、それなら、内視鏡で切り取れます。

そしたら、肝転移せずにもう少し、苦しまずに生きられたかもしれない。

「仮定」の連続ですが、遺族にそのように思わせてしまうこと自体が問題です。

俗にいう「ヤブ」とは医師としての技量の問題の場合もありますが、それよりも、「意識」の問題です。

それは、記録しておきたいです。


また、これは、議論が分かれるところですが、母は、抗ガン剤による化学療法を受けても、余命半年だろう

ということでした。それなら、抗ガン剤を含めた治療は全くしない、という選択肢があります。

ひじょうにはっきり書くと、母の場合「ガンが発見されてしまった事」が却って不運だったかもしれません。

厳密には、断定できませんが。

発見されなかったら、本格的に悪化して余命一週間ぐらいで漸く入院で、それまでは好きな事をしていられたかも知れない。

発見されて、治療を受けてから、それが、母の苦痛の原因の全てではなかったとしても、副作用と腹部痛にはかなり苦しみました。

(放っておいたらどうなったか、比較できないので、何とも言えないですが)、ガンは治療するなと主張するドクターが

以前からおられますが、今回、意味がわかりました。しかし、これは私の個人的主観的感情的、記述であります。

患者さんのなかには、母と同じような状態から抗ガン剤の主作用が著効を示し、治る方もいるでしょう。

ガン治療をどう考えるか、は難しい課題です。

少なくとも、どのような選択をするか、非常に悩む、ということがよく分かりました。

長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

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2013.01.09

【私事】母の葬儀が1月8日(火)、終わりました。

◆多くの方にお気遣い頂きました。御礼申しあげます。

こと1ヶ月弱、何度も母の病気のことを、この日記・ブログに綴りました。

お陰さまで、なんとか昨日、1月8日(火)告別式と初七日法要を済ませました。

このあとは、四十九日の法要まで、特に何もございません。

母が入院したことや、病気そのものに関して、また逝去に際し、

多くの方から、お見舞い、お励まし、お悔やみをお言葉を頂戴いたしました。


心より御礼を申しあげます。


◆経過。

手許の記録を見ますと、この1ヶ月の状況の変化があまりにも急激だったことに改めて驚きます。

同じ病気でも全く同じ経過を辿るということは、ないでしょうが、自分の記録とみなさまのご参考になれば幸いなので、

時系列的で、事態の推移を書きます。

◆背景

母は本態性高血圧で、また血栓が形成されるのを予防するために、血液をさらさらにする為のワーファリンという薬を

服用しておりました。普段は自宅マンションから徒歩2分に位置する開業医の診察を受け、

月に一回、心電図や採血(これは毎月であったかどうか、確認しておりません)の為、この開業医が提携している、

杉並区内の某総合個人病院に通院しておりました。

◆容態の推移。

自分の為の記録も兼ねておりますので、無理にお読みになりませんように。


  • 日付確認出来ず。採血で、肝機能に異常が認められる。

  • 12月5日(水)。超音波検査により、肝臓に何らかの異変があることがわかる。

  • 12月7日(金)。検査入院との名目で、その個人総合病院に入院。

  • 詳細な日時、不明ながら、胃カメラで胃の幽門部に腫瘍がみつかり、生検したところガンであることが分かる。

  • さらに腹部CTスキャンで、肝臓に複数の小さな転移病巣が発見される。オペは不能である、とドクターが判断する。


  • 12月11日(火)。病院から「検査結果が芳しくない。ご家族にあした説明したい」と告げられる(注:この時、私は「ガンだろう」と覚悟しました)。

  • 12月12日(水)。午後、内科部長及び担当医からムンテラ(病状及び、治療方針の説明)。「胃の幽門部(腸に近い側。出口の部分)にガンがあり、既に肝臓に転移している。手術は不可能。TS-1という経口抗ガン剤を8日間投与し、その後シスプラチンという液体の抗ガン剤を投与する」概ねそういうこと。理屈が通っていると思われたので、任せることにする。

  • 12月13日(木)。経口抗ガン剤、TS-1の服用開始。しばらくは何も副作用なく、病室も4人部屋。見舞うとまだ、元気で饒舌。

  • 12月14日(金)から20日(木)。ほぼ毎日、勤め帰りに病院に寄るが、特に変化なし、苦痛、不具合の類なし。

  • 12月21日(金)。当初計画では、この日から抗ガン剤「シスプラチン」の点滴を始める筈だったが、取りやめとなる。兄から、「母、27日に退院」と連絡がある。年末年始にかけ、一族郎党が母のマンションに交替で泊まる、というのが兄の構想。ところがこの日から、突如副作用か、腸炎か不明であるが、母が下痢を催し、胃から腸にかけての痛みを訴え始める。

  • 12月25日(火)。3日間、かなりの腹部痛を訴え続けたらしい。痛いという言葉が弱々しく痛みに身体を震えさせているが、自分にはどうしてやることも出来ない。同時に下痢により裂肛したか内痔核でも出来たか、直腸に炎症、潰瘍でもできたか肛門痛が母を襲う。

  • 12月26日(水)。二度目のムンテラ。痛みは強いものの、ガンが急速に進行しているわけではないから、現在の状態が安定して、今後どうするかという相談。全身状態等を考えると、まだ「ホスピスでターミナルケア」という状態では(母は『最期』はそれを希望していた)ない」がドクターの見解。我々家族も同じように考えていた。

  • 12月28日(金)。腹部痛は収まったがまだ、下痢は続き肛門痛があり、それよりも、口内炎がひどいという、ドクターは通常のステロイド軟膏では効かないので局部麻酔薬キシロカインを用いるというが、どうもよくない。この日がまともに母がしっかりとした意識で話した最後だった。「抗ガン剤の主作用が全く認められず、副作用が予想以上に強く、甚だ苦痛である」とか「口内炎の痛みを主治医に訴えたが、『望みを捨てずに』という類のことを言われたので、『先生、こんなひどい口内炎になったこと、内でしょ?』といってやった」などと、ゆっくりと話す。

  • 12月29日(土)。見舞いには行かず。あとで分かったが、この日から下血が多くなる。ワーファリンを飲んでいたから(既に服用を中止していたが、血中に薬は残っている)、凝血し難いらしい。ドクターはワーファリンの作用を打ち消す別の薬を用いたが、下血は元旦まで続く。

  • 12月30日(日)。意識レベルが一段と落ちる。弱々しく「水が飲みたい」という。飲ませたあと、吸い飲みをベッド脇の台におくが、見えないという。ナースにその状態を伝える。

  • 1月1日(火)。一昨日まで、辛うじて話せたのが最後。筆談となるが、文字が読めないほど意識レベルが低下。ナースが導尿管を挿入、固定。見舞って帰宅後、ドクターから私に連絡があり「下血が続き、それは止めたが脱水気味で、意識レベルが低い。正月休み中、心肺停止などの急変が起きた場合、蘇生措置をしてもよいか、家族の意思を固めてほしい」といわれ、至急兄と相談し「そうしてくれ」と伝える。嫌な予感。

  • 1月2日(水)意識はあるが、筆談も不可能、コミュニケーションが取れない。ナースによると点滴を入れ続けているが、24時間で尿量が20cc。明らかに腎機能低下。「ちょっと悪い状態ですね」と言われる。夜、病院に行った兄から、一層腎機能低下し、透析可能か検討中という。内心、覚悟を決める。

  • 1月3日(木)午前6時。「危篤」の連絡を受け、妻子と共に、自分のクルマで病院に急行。到着したときには、ドクターが心臓マッサージ中だった。私が着いたすぐあとに兄一家が病院に到着。間もなくドクター「心停止、瞳孔散大、呼吸停止」のため、蘇生措置を止めた7時ちょうどを死亡時刻と致しますと臨終を告げられる。

そして、今週月曜日、通夜。昨日告別式が終わった、という次第です。

つまり、エコーで肝臓に転移が発見され、入院していただきます、とドクターに言われてから、1ヶ月経たない間に、母は骨になってしまいました。

しかも最後の数日は、あれよあれよというまに容態が悪くなり、なんだか呆気にとられている間に死んでしまったという気がします。

まだ書きたいことがありますが、長くなるので、明日にします。

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2013.01.02

【病気】正月早々、陰気な話でもうしわけありません(ので、無理にお読み頂きませんように)。

◆当初の治療計画。

母は、12月初旬に胃の幽門部ガンが肝臓に転移していることがわかりました。

転移病巣の散らばり方などに鑑み、オペは不可能なので、化学療法(クスリによる治療)をドクターが提案して下さいました。

12月14日から経口抗ガン剤、TS-1を服用し、21日(金)から点滴で、

抗ガン剤、シスプラチンを使うはずでしたが、

経口抗ガン剤、最初の数日は良かったのですが、5日目ごろから口内炎の副作用がでました。

それに加えて、これは抗ガン剤か、或いは何らかの原因による腸炎かどちらかわからないのですが、

シスプラチンを投与する予定の日から、下痢が始まりました。


◆要するに、ガンそのものの治療のホンの入口で、色々と問題が起きてしまったのです。

容態の変化を箇条書きにします。


  • 12月14日 (金)経口抗ガン剤 TS-1 服用開始。翌週、しばらくは順調(副作用無し)。

  • 12月21日 (金)当初、点滴抗ガン剤 「シスプラチン」を使う予定の日だったが、前日から、TS-1の副作用とみられる口内炎が悪化。更に、これは副作用か腸炎か不明ながら、下痢がひどく、「シスプラチン」中止。TS-1の服用も中止。

  • 12月22日 (土)下痢が止まらない。腸炎なら速く病原体を排泄した方がいいので、腸の消化器の痛みに効果はあるが、消化管運動抑制作用を「ブスコパン」は使えない。この腹部痛は数日にわたり続く。

  • 12月25日 (火)私が、病院に見舞いに行ったときには、腹部痛と口内炎の痛みと、肛門痛(元々軽い痔があり、下痢で裂肛したか、内痔核があるか、消化器に潰瘍があるのか内視鏡の専門家が年末で休みなので確認できない)の3重の痛みで、母、身体を震わせて苦しむ姿を見る。

  • 12月28日 (金)腹部痛は収まり、肛門痛もやや軽減する。口内炎の痛みが辛い、と本人がいう。しかし、意識ははっきりしており、多少、元気を回復したように見える。

  • 12月30日 (月)口内炎は残るが軽減。今度は、肛門痛繰り返し訴えるが、前述の通り、内視鏡診察不可能な為、座薬などによる対症療法にとどまる。非常に気弱になり、「水がほしいんだよう」などと、初めて見る気弱さ。

  • 1月1日  (火)僅か二日で、意識レベル低下。会話不可能。筆談しようとするが、文字を上手く書けない。下血が続いていたので貧血と脱水で、意識レベルが低下したのであろうとのドクターの説明。初めて「急変の可能性を覚悟せよ」とのムンテラ。

  • 1月2日   本日。消化器からの出血は止まったが、更に意識レベルが低下。筆談も不可能。見舞いに行った私を認識できていないようす。昨夕、導尿管を挿入したが、尿量少ない。心拍数高く、血圧さがる。ドクターはいないが、明らかに容態は悪化している。

これは、予想外でした。

普通ガン患者で、悲壮感が増すのは、本当に元の病気、つまりガンそのものがあちこちに転移するなど、

あくまでがん細胞がもたらす様々なトラブルによるものです。DNR(do not resuscitat=蘇生拒否。延命しないで欲しいという患者の意思表示(書類))

などは、本当のガンの末期で、出てくる話です。


◆しかし、これはドクターのせいではありません。何でも他人の所為にしてはいけないのです。

母の場合は、ガンそのものを放置しても、2~3ヶ月は生きられそうだったのですが、

まあ、とりあえず、経口抗ガン剤ぐらやってみましょうといって、口内炎は、TS-1では普通ですし、下痢は副作用かどうか分かりません。

とにかく、口内炎と下痢により腸管が激しく動くことにより、腹部の痛みと、まだ正体の分からない肛門痛、下痢による出血、等々

何が何の原因かわかりませんが、元来心臓があまり丈夫ではない母で頻脈(心拍数150台)が続き、点滴で水分を補給しているのにも関わらず、

尿量が少ない、ということは、腎臓の機能が低下しているということで、そうなると、血中の毒素が濾過されませんから

人体にとって、良い事はありません。恐らくなにが、全ての引き金だったのかということは分からない。

そして、ドクターのミスでもない。TS-1の投与が原因とも言いきれない。TS-1の副作用がきっかけであるとしても、

それは、使ってみないとわからないです。


現在、母が入院している病院のスタッフを責めるつもりなど毛頭ありませんが、

世の中、全然知識がない人、理屈が分からない(わかろうとしない)人だと、きっと、こういうときに、

どうして、こんなに急に具合が悪くなっちゃんだよ!

などと言ってカラむのでしょうが、私はそういうアホなことはしません。

ただ、もしもこのまま逝ってしまうとすると、多分母も、まだ、一旦は自宅に帰って整理することとか、言い遺しておくことが

あったはずで、それができなくなってしまいます。言い方を変えると(もし間もなく母が死んだとしたら)、

あとで、色々と「故人の意思」が分からず困ることが出てしまうと思います。


まだ、母は生きておりますから、「不謹慎」と思われるかもしれませんが、

何を申しあげたいか、というと、そもそも、一番最初のドクターのムンテラ(ドクターから患者や家族への病状、治療方針などの説明)では、

TS-1とシスプラチンが効けば、半年ぐらいは保つであろうと言う話だったのですが、

私の母のように、これが84歳という高齢のためか否か分かりませんが、突如このような経過を辿るケースもあるので、

家族の側から言えばきいておくこと。患者の側からすると(縁起でも無くて申しわけありませんが)言い遺しておきたいことは、

少々大袈裟でも早めに意思疎通をはかっておいた方が良いでしょう、ということです。

ここまで書いた時点で、兄から電話がありました。

やはり、腎機能が急速に悪化しているのでこのままでは危ないが、

救命措置を取ってよろしいか?と当直ドクターから電話で、親族意思確認されたこと。

腎臓透析をするべきか(或いはするべきとして可能か)はそっちの専門医と相談しないと何とも言えない

と説明があったとの連絡が入りました。この調子では、やはりどう考えても覚悟しておかないといけませんね。

というような、はなはだ気の滅入る話でして、みなさま、お正月をお楽しみのところ、

失礼致しました。

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2012.12.30

【病気】一難去ってまた一難。

◆ガンの母。消化器の痛みと口内炎が収まったら・・・。

人間の病気の症状が僅か10日間で、これほどコロコロ変わるのを見たことがありません。

母は、胃の幽門部にできたガンが肝転移していて手術が不能です。


当初の計画では12月13日から経口抗ガン剤、TS-1を飲み始め、

様子を見て、12月21日(金)から、点滴でシスプラチンというクスリを使うはずでした。


経口抗ガン剤、TS-1を飲み始めて数日は副作用が出なかったのですが、すこし遅れて副作用と思われる

口内炎ができ、先週の土曜日、12月21日には下痢が始まりました。

当時、母の入院している病院では、数人ですがノロウイルスによる感染性胃腸炎の患者がいたので、

体力が弱っている母が感染したら大変ですし、もしかすると母がすでに感染していたら、大部屋の他の患者さんに

感染がひろがるかもしれないので、個室に移されました。

幸い、母の下痢はノロウイルスではなかったのですが、経口抗ガン剤、TS-1によるものなのか、

たまたま、普通の腸炎を発症したのかわかりません。主治医は多分、腸炎によるものであろうということでした。


◆ガンそのものが急速に進行しているわけではないけれども、色々なことに苦しむ患者を見舞うのが辛いです。

とにかく今週の火曜日までは、腸炎で苦しみ、あまりの腹部の痛さに身体を震わせ涙をこぼしている。

消化器の痛みに効く「ブスコパン」というクスリがありますが、これは、

腸の動きを止めることによって痛みを抑えるそうです。

しかし、腸炎によるものだとしたら、病原体を早く排泄した方が良いので、腸の蠕動運動がとまり、

排泄が遅れない方がいい。したがって痛くても早く出してしまった方が良い、というドクターの説明は理屈がとおっているし、

非常に熱心に母を観て下さっているので、何ら「不満」はないのですが、


現実に、身をよじらせて痛がっている母親を目の当たりにするということは、やはり辛いです。

一日おいて、また見舞いに行ったら、腸の痛みは収まったけれど、今度は口内炎(これは、ほぼ確実に抗ガン剤の副作用です)

の痛みが半端ではない、といいます。腹部の痛みから解放されたけれども口内炎のひどいのは何も食べられないどころか、

何かを、口腔内に含んだだけで激痛が走りますから、連続する激痛に母親の気力が失われていきます。

それは観ていると、分かります。


また二日おいて今日(30日)夕方、見舞ったら、今度は、口内炎は治まったが、腸炎による「下痢」が、

直腸から肛門に負担をかけたのでしょうか。

私も曾てひどい痔核(イボ痔)で手術を受けたほどです。

ガンの苦しみはわかりませんが、ひどい痔になったときに下痢をするとこれは本当に辛いのです。

母の場合は、従前より、軽い痔核があった程度ですが、今回は下痢によって裂肛か、内痔核が実はあって

それが刺激されたか、問題の所在が分かりませんが、ドクターが診て下さったあとの説明では、

「内視鏡で直腸の内部を診ないとわからないが、専門家が年末年始でいないのでしばらく様子見」とのこと。

皆さん、馬鹿にしているかもしれませんが、肛門科ってのは専門職です。


元気な時に、少々痔が悪化したのなら、母はさほど堪えないでしょうが、

最近何度も書いて恐縮ですが、母は、自分が「思いがけず、ガンで死ぬらしい」ということに

精神的ダメージを受けており、闘病に使えるエネルギーが減衰しています。

今日も、「もう、こりごり」といっていました。


ガンが見つかって治療を始めたが為に余計苦しんでいるという皮肉な状態に

いまのところ、なっております。


◆もしかすると、やや意識が混濁しているか、認知症的症状というべきか。

今日、私がちょっとショックだったのは、今まで、腹部が痛いときにも、口内炎の痛みがひどいときにも、

思考力は、残っていたし、周囲の状況を認識する能力も減衰していないようだったのに、

今日は、「水が飲みたい」という意思表示をする際に、うわごとのように、しかも弱々しく、

水・・・水が飲みたいんだよう・・・

という言葉になったこと。こういうのは、初めてなんです。

さらに、水をまたすぐ飲めるようにして欲しい、というので、ベッド脇の台の母の手の届くところに

吸い飲みをおいたのですが、
どこにあるの?見えない・・・。

といいます。少々ギョッとしました、視力が全て失われたわけではありません。

しかし、今までの人生で見てきた母親の姿で、現在が最も弱々しく、生命エネルギーが乏しい。

ガンそのものによるものではなく、付随的要因に起因する「強い痛みの連続」に

もともと「痛いのだけは嫌」といっていた(誰だって嫌ですけど)母親の気力が急速に衰えている。

こういうのを見るのは辛いです。

これも同じ結論で、今週3回目ですが、いっそ、最初からガンが見つからなかったほうがギリギリまで好きな事をして

いられたであろうと思います。絶対、命が助かるというなら、少々の苦しさに耐える価値があるでしょうが、

84歳の年寄りで、あと生きたとしても半年ぐらいだろう、という人間には、

その治療が本来、目指す効果が出るかどうかはわからないが、副作用(デメリット)は必ずある、

という臨床医学的措置を講じる必要はないのではないか、と思います。

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