カテゴリー「書評」の記事

2014.07.27

【書評】憲法主義:条文には書かれていない本質--本当は皆これぐらい知っていないといけない。

◆「憲法主義:条文には書かれていない本質」(南野森 九州大学法学部准教授 内山奈月 AKB48)

出版社による内容紹介。「憲法主義:条文には書かれていない本質」

日本武道館のステージで憲法を暗唱して聴衆を沸かせた高校生(当時)アイドルが、気鋭の憲法学者による講義をマンツーマンで受けた結果、日本一わかりやすい憲法の入門書ができました!

とはいえ、「人権論」から「統治機構論」へと展開する本書の内容は、かなり本格的なもの。「表現の自由」が憲法全体に果たす役割の重さには驚きを禁じえません。

さらには、今夏、国内外で注視されている「集団的自衛権」の問題についても、ガチンコで議論を戦わせている大注目の1冊です。

「基本を理解し、守り、発展させることの重要性を学びました」(内山)

目次

第1講「憲法とは何か?」――憲法は他の法律と比べて何が違うのか

第2講「人権と立憲主義」――アイドルの「恋愛禁止」は憲法違反か

第3講「国民主権と選挙」――質の高い代表を選出するための工夫

第4講「内閣と違憲審査制」――国会・内閣・裁判所の民主的正統性について

第5講「憲法の変化と未来」――憲法が変化する場合とその手続きについて


◆憲法について論じるならば、これぐらいの基礎知識を前提条件にすべきです。

南野森(みなみのしげる)九大法学部准教授は当然、憲法学者です。

内山奈月という子は、紛れもない。あの秋葉原のAKB48で歌ったり踊ったりしている「アイドル」なのですが、

多分附属の慶応三田からでしょうけど、慶應義塾大学経済学部の学生なのですね。

この本を作るために南野教授の集中講義を今年の2月、二日間に亘って受けたそうですが、

どうしてそういうことになったか、というと元来、憲法全文を暗唱出来るそうです。

法律の条文を丸暗記していることと、法律の理解とは別問題ですが、法学部の学生でも法曹のプロでも

国権の最高機関であり、国の唯一の立法機関である、国会のメンバー、すなわち国会議員のセンセーがたも

多少は見習ってほしい。


この内山さんという人が、この本を作るために南野教授の講義を受けているPVがYouTubeで「憲法主義」と

検索すると、すぐに見つかりますが、単なる丸暗記少女ではなく、確かに知能が高く非常に理解力があります。

「法律とはなにか」即座にこたえられますか?

「ねじれ国会とはどういう状況なのか」(南野准教授)の質問に、これは私も驚きましたが、

内山奈月さんは、

参議院と衆議院で第一党が違うから、いつも議決が異なった議決になっちゃって、参議院で否決されても衆議院に戻って、

衆議院の優越で全てが可決されてしまう・・・・。

と、読めば簡単でしょうが、私の経験では、相当頭の良いつもりの大人でもこういうことは』簡単に説明できない。

そこまでかなり冷静だった、南野准教授が思わず、
すげえ!

と感嘆の声を上げています。

私もいくらなんでもAKBのアイドルでそこまで熟知している子がいるとは想像しませんでした。

しかし、そういうDVDがついているわけではありません。あくまでも本ですが、法的なものの考え方(リーガル・マインドといいます)や、

フランス革命にはじまる「人権」思想。憲法が国家権力に対する規制、リミットである、ということ。

法律が有効なのは、憲法に違反していない限り、という条件付きであることなど、ごく基本的なモノの考え方が良く分かります。


こういう本を褒めると、「生徒がアイドルである必要があるのか?」とケチを付けたがる人がいるでしょうが、一般人だったら、

誰がこんなつまらなそうな本を読みますか?興味のとっかかりとしてアイドルを使ったのは正しく、しかも並外れて、

普通の学生や大人よりも出来のいい娘が、AKB48にいる、というのは、実は私も不思議なのです。

これほど頭脳明晰な娘が、「アイドル」になりたがるというのが。しかし、それこそ憲法で保障された、職業選択の自由でしょう。

とにかくこれぐらいを知った上で、憲法を論じて頂きたい。


因みに今、大問題の「集団的自衛権」に関して南野准教授は
集団的自衛権行使容認に何が何でも絶対反対というわけではないが、少なくともそれをするならば憲法改正によるべきで

閣議決定で可能(解釈改憲)と解釈するべきではない。

という、趣旨を述べています。

私は個人的には、常連さんは御存知の通り、集団的自衛権絶対反対なので、南野准教授にもその旨明言して頂きたかったけれども、

解釈改憲で扱う問題としては重大すぎるという南野さんの意見は正しいと思います。

閣議決定といいますが、国務大臣内閣総理大臣が任命するのであり、自分と意見の違う大臣は罷免出来るのです。

つまり、閣議決定で解釈改憲ということは、実質安倍首相一人がこうと決めたら何でも決まってしまうのですから

立憲政治とはいえません。


「憲法主義:条文には書かれていない本質」

一番最初にレビューを書いた「N響マニア」が私です。とTwitterでつぶやいたのが失敗だったのか、

世の中には嫌な奴がいて、「参考になった」率が多いレビューを見つけては、わざと「参考にならなかった」に

投票する奴がいるんですね。

最初に書くってのは大変なのですが、
41 人中、30人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。

で、11人は参考にならなかったそうです。好き嫌いと参考になる、ならないを区別しない人がいてこまります。

是非(本当に参考にならないなら仕方ないけど)、「参考になった」に投票してください。賛成か反対かじゃないすよ?

本の概要を知る上で参考になったかならないか、なんですから、普通参考になる、と思います。

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2013.01.14

【書評】「人生案内: ピンチをのりきる変化球 野村総一郎 (著) 」←続編です。絶対的名著です。

◆読売新聞「人生案内」の回答者の1人、精神科医、野村先生の回答を本にしたものです。

読売新聞に「人生案内」という、人生相談のコーナーがあり、以前は、YOMIURI ON-LINEの1コーナーとして無料で読めたのですが、

今は有料購読しないと読めなくなってしまったのが残念です。

今回お薦めするのは、

人生案内: ピンチをのりきる変化球 野村総一郎 (著)

です。


本記事のタイトルに「続編です」と書きましたが、正編は、
人生案内もつれた心ほぐします(野村 総一郎 著)

です。前回も書評を弊日記・ブログに書きました。
2011.03.10 【書評】人生案内「もつれた心ほぐします」(野村総一郎)

今回の書評も前回と同じことになりそうですが、野村先生の回答が素晴らしいのは絶対に相談者を「突き放さない」ということです。


◆「親身になって人の悩みを聞く」とはこういうことです。全ての人の為になります。

野村先生は、人生相談で、他の回答者にしばしば見かける、半ば投げやりな回答を絶対にしません。

つまり、「まあ、あんたが悪いのだから仕方が無い」とか「我慢しなさい」とか、本来人生相談で、

「それを言ったら、おしまいだろう」というような事を書く人が結構多い。いや、そういう「回答者」の方が多いでしょう。


野村先生の回答を読んでいて、つくづく頭が下がるのは、世の中の大抵の人ならば「そんなこと・・・」と言ってしまいそうな相談にも

本当に誠心誠意、相談者の「気持ちになって」考えておられることです。


例えば、詳しくは本書を読んで頂きたいのですが、

「親身になる」ことの真剣さが分かり易い例として、

好きなマンガキャラの死 悲しい 感情移入する自分は変か(10代女性)(JIRO注:96ページ)

こういうの、普通「相談」として扱われないのではないかと思いますが、野村先生は相談にのるのです。

この10代女性が愛読していたマンガは、NARUTO―ナルト― 63 (ジャンプコミックス)で、12年12月末現在で全63巻。

この相談が寄せられた時点で全何巻だったか、忘れましたが、忍者もののマンガです。


野村先生の回答はなんと、
このご相談を受けて、私も「NARUTO」を全巻読み通してみましたが、やはりかなりハマりましたね。

で始まるのです。当時はWEBで無料で読めたので、これを読んだ次の外来の時に先生に(前著の書評にも書きましたが野村先生は私の主治医です)、

「先生。あのマンガを本当に全部お読みになったのですか?」と伺ったら、「ええ、読みましたよ。ネットカフェってあるでしょ?」と

おっしゃるので、驚嘆しました。別に普段はマンガをお読みになることはないそうですが、この10代女性の「悩み」に回答するために、

読んだのです。忙しいのですよ?外来は多いし、学会も有るし、大学病院の雑務もあるし。

そして回答を読むと、「こう解釈してはどうでしょう?」と、確かにマンガのストーリーを知らないと書けない内容になってます。

もうひとつ。やはり若い女性ですが、この相談も驚きますが、
「過去に戻りたい15歳--時間を戻す方法があったら知りたい」(152ページ)

相談内容を要約すると、「何をやっても無気力で面白くない。過去にもどってやり直したい」という趣旨で、

世の中の大人が15歳の女の子から「やりたいことが見つからないから過去に戻りたい」と相談されたら、

99.9・・・・パーセントは、「子供が何を言ってるの。これから見つければいいでしょ?」となるだろうと想像します。

ところが野村先生は「絶対に突き放さない」方です。回答の一部です。
私の頭に浮かんだのは、「『現在』は一瞬にして『過去』になる。過去と現在の区別はそれほど大きくない」という考えです。

こう考えると、過去に戻ってやり直したいというあなたの姿勢はある意味前向きであって、現在を積極的に生きたいということと

大して違わないとも思えます。

あなたはやりたいことがなく無気力と言いますが、それは何かをやらねばという真摯な姿勢の裏返し。

過去に戻ることを考えるよりも、自分の中にある前向きの意欲に気づくことが大事だと思いました。

真摯なのは先生の回答であります。他に誰がこのような回答を書けるだろうと感動します。

これはほんの一例で、本当に真剣な誰にも起きそうな悩み。東日本大震災被災者からの相談、等々

枚挙にいとまがありません。世の中の人々の悩みの範囲の広さとその全て対する

野村先生の回答は全ての人の「為になる」と思います。ご一読を薦めます。

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2012.08.18

「月の魔力」(原題、“HOW THE MOON AFFECTS YOU”=月は貴方にどのように影響を及ぼすか)という本があります。

◆自分の日記の内容と月齢を見比べて驚いたことがあります。

ここでいうところの「日記」とは、このブログと自分の個人的な日記です。

いずれも、仔細に振り返ると、周期的にやたらと悲観的、抑うつ的になっています。

その時にたまたまこの本の存在をしりました。

月の魔力("HOW THE MOON AFFECTS YOU")

邦題が良くないですね。ミスリーディング(誤解をまねきやすい)だと思います。

この本は、アヤシゲな本ではありません。

翻訳者は、「国家の品格」で有名になった数学者の藤原正彦氏と奧さんで心理学者の藤原美子さんです。

著者のアーノルド・L. リーバー はアメリカの精神科医です。


月の引力が地球における海の潮の満ち引き(潮汐)に影響していることは知られています。

人間の身体もその80パーセントは水分ですから、月の引力により人体の内部でも

「潮汐」が生じ、それが精神状態や身体状態に影響しているのではないか、という

仮説が、書かれていますが大変興味深いものです。


これを読んで、改めて自分の日記の内容と月齢を見比べたのです。

すると、驚くなかれ。この仮説は本を読むまで知らなかったのですから、

自己暗示のかけようがないのに、不思議と満月や新月の日、又はその前後数日に

思考が著しく、ネガティブで、抑うつ的な気分であったことがわかりました。

「月の魔力」には、満月・新月に人間が抑うつ的になる、との記述はありませんが、

何か関係しているように思います。


◆今日も、自分の思考が非常にネガティブで、月齢を調べたら土曜日が新月でした。

東京の夏は、昔から蒸し暑いですが、今年は今までとは違う蒸し暑さを感じます。

今週は特に暑い日が続いたので、身体が疲れて、自分の機嫌が悪いのかとおもいましたが、

「月の魔力」を思いだして月齢を調べたら、明日(8月18日)が新月でした。

アーノルド・L. リーバーの本は「仮説」ですが、経験的に殆ど間違い無く、

月の引力と人間の精神・身体状態には、なにか関係があると思います。

全ての人が同じように影響を受けるわけでは無いでしょうが、

私と同じような方で、「月の魔力」を御存知ない方には一読をおすすめします。

科学的に証明されていなくても、何らかの相関関係があることがわかると

たとえば、予め月齢を調べておいて、自分にとっての「特異日」が分かると

あまり物事を考えないようにしようとか、重大な判断をする日ではない、と

いう具合に利用できます。

38万キロも離れているのに月の引力は地球の自転を1年で0.6秒遅らせているそうで、

色々と想像だにしない影響があるようです。

「月の魔力」とは無関係ですが、独立行政法人 防災科学技術研究所は、平成22年1月28日に、

月や太陽の引力が地震の引き金に

という公式の論文を発表しています。

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2012.02.25

読売新聞「人生案内」に見る「人の悩みを親身になって聞く」ということ。

◆記事(相談内容):過去に戻りたい15歳(2012年2月4日 読売新聞)

15歳、無職女性。以前からずっと「過去に戻りたい」と思い続けています。

「そんなこと、できるわけない。あり得ない」と言われるのはわかっています。

自分でもいろいろと方法を探しましたが、見つかっていません。

今は寝る前に「朝起きたら、過去に戻っていますように」と祈ることぐらいしかできません。

人生でやりたいこともなく、無気力な生活を送っています。新聞を読むぐらいで、

それ以外は普段、ほとんど何もしていません。時がただ流れるのを待つだけの日々で、息苦しく、

このまま年齢を重ねていくことに怖さを感じます。毎日楽しくなくて、

「やり直せたら」と考えてしまうのです。過去に戻れないなら死のうと思ったこともあります。

時間を戻す方法を知っていたら、教えていただけませんか。(群馬・N子)


◆回答

「過去に戻りたい」というご相談……。最初の部分を読むと、「タイムマシンをどう作るか」というSF的なご質問か、

あるいは相対性理論の話かなと思ったのですが、読み続けると、

「現在が楽しくないので、過去に戻ってやり直したい」という願望だと分かりました。

普通なら、なぜ楽しくないのか、具体的にどんな苦労があるのか、

人間関係の問題などの「生々しい」現実が書いてあるに違いない。

しかし、あなたはただ「過去に戻りたい」という形で全てをまとめてしまっている。

これはかえってあなたの苦悩の深さを物語るような気がします。

ここで私の頭の中に浮かんだのは、

「『現在』は一瞬にして『過去』になる。過去と現在の区別はそれほど大きくない」

という考えです。

こう考えると、過去に戻ってやり直したいというあなたの姿勢は、ある意味前向きであって、

現在を積極的に生きたいということと大して違わないとも思えます。

あなたはやりたいことがなく無気力と言いますが、それは何かやらねばという真摯(しんし)な姿勢の裏返し。

過去に帰ることを考えるよりも、自分の中にある前向きの意欲に気づくことが大事だと思いました。

(野村 総一郎・精神科医)


◆コメント:「親身になって考える」ということ。

回答者の野村先生は、私の主治医で、10年以上お世話になっているのでよく存知あげていますが、

それでも、毎回、「人生案内」の真摯な回答を読むと感動するのです。

「相手の立場になって考える」ことが大切だ、ということは観念的には、みな、知っていますが、

実際は、なかなか出来ないものです。自分の経験の範囲内で解釈し、

簡単に「甘い」などと切り捨ててしまいます。

しかし、野村先生は違うのです。感動的なほど、「相手の立場になって考える」ことを

野村先生ほど真摯に実行している人物を、ドクターであろうがなかろうが、私は他に知りません。


この「悩み」を一見すると、普通の人は「バカバカしい」と思ってしまうことでしょう。

相談者は15歳で「やることが見つからない。過去に戻りたい」、と訴えている。

普通の(精神科医を含む)大人であれば、まず、99%の人は、

あなた、まだ、15歳でしょう? やることを見つけるのはこれからでしょう?

過去に戻るって、あなた、15歳から「過去に戻っ」たら、生まれてないでしょう?

という、たぐいの回答をしてしまうと思います。

しかし、野村先生は、驚くべき事に、なんと相談者の年齢には一切言及していません。

大人が子供に教え諭す、という姿勢でもありません。

「悩みそのもの」だけに着目し、論理的に回答しています。

この「相談」に関しては、先生にまだ聞いていませんが、実際の相談はもっと長文であることが

多いけれども、紙面の都合で編集されていることが、しばしばあるそうです。

完全に私の想像ですが、実際の相談者の文章はもっと詳細な長文だったのかもしれません。

野村先生は、それを読み、相手の理解度、精神的成熟度を見極め、この15歳の相談者が理解できると判断し、
ここで私の頭の中に浮かんだのは、

「『現在』は一瞬にして『過去』になる。過去と現在の区別はそれほど大きくない」

という考えです。こう考えると、過去に戻ってやり直したいというあなたの姿勢は、ある意味前向きであって、

現在を積極的に生きたいということと大して違わないとも思えます。

と、大人でもよく読まないと瞬間的には理解しにくい、かなり哲学的な回答を示しているのです。

日本語の「親身になって考える」という表現は、あたかも、野村先生の回答の為に用意されたものではないか、

とすら、私は思います。

実は、野村先生の人生案内について書くのはこれが二度目です。前回は、
2011.03.10【書評】人生案内「もつれた心ほぐします」(野村総一郎)

です。読売新聞「人生案内」の全ての分野の全回答者で、

回答が本になっているのは、野村先生だけだと思います。

これです。人生案内もつれた心ほぐします

人生には、ありとあらゆる悩みがあることを思い知らされますが、

同時に、野村先生の回答は絶対に、相手を突き放すようなことをしないのです。

自分には当てはまらない「悩み」であっても、野村先生の回答を読むと非常に暖かい気持ちになります。

私は、自分がうつ病になったことを恥とは思いませんが、勿論自慢にもなりません。

しかし、この病のおかげで野村先生に診ていただけたのです。

人生には不運が好運に結び付くことがあるのですね。

今一度、人生案内もつれた心ほぐしますを、お薦めします。

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2011.12.09

70年前、アメリカと戦争して勝てる、と本気で思った人々が大勢いましたが、命がけで反対した軍人もいたのです。

◆13歳の女学生ですら、「エーッ!アメリカと戦争して勝てる訳がない!」と思いました

私の母(いまでも健在ですが)は、昭和3(1928)年生まれですから、

昭和16(1941年)12月8日の真珠湾攻撃の「大本営発表」を聴いたのは13歳。

今の学制に当てはめると、中学一年生の「女の子」だったので、「何が起きたか」は

完全に理解できました。母は特に頭がいい訳でもないし、国際政治・外交に関心など無く、

小説や歴史の本が好きな普通の「女の子」でしたが、

「日本がアメリカとイギリスを相手に戦争を始める」と聞いて、

瞬間的かつ直感的に、「勝てる訳がない」と思ったと証言しています。

同世代の方、一般庶民の多く。普通の知能と常識のある人間は、皆そう思った。


勿論当時はテレビがありませんから、アメリカに関して得られた情報は

今とは比べ物にならないほど少なかったけれども、世界地図は当然ありますね。

アメリカと日本と大きさを比べます。それに大日本帝国海軍の「師匠」に当たる

英国が同盟なのですから、ゴタゴタ理屈を加えなくてもどうなるか分かる。


そう。それが常識的判断なのですが、それが、本来優秀なのに時折信じられないほど

バカになる日本人の民族性で、後年、倫理学者の和辻哲郎先生は著書

鎖国―日本の悲劇 (岩波文庫) の序文でその傾向を非常に見事に表現しています。

和辻哲郎「鎖国 日本の悲劇」序文

 太平洋戦争の敗北によって日本民族は実に情ない姿をさらけ出した。この情勢に応じて日本民族の劣等性を力説するというようなことはわたくしの欲するところではない。

 有限な人間存在にあっては、どれほど優れたものにも欠点や弱所はある。その欠点の指摘は、人々が日本民族の優秀性を空虚な言葉で誇示していた時にこそ最も必要であった。今はむしろ日本民族の優秀な面に対する落ちついた認識を誘い出し、悲境にあるこの民族を少しでも力づけるべき時ではないかと思われる。

 しかし人々が否応なしにおのれの欠点や弱所を自覚せしめられている時に、ただその上に罵倒の言葉を投げかけるだけでなく、その欠点や弱所の深刻な反省を試み、何がわれわれに足りないのであるかを精確に把握して置くことは、この欠点を克服するためにも必須の仕事である。

 その欠点は一口にいえば、科学的精神の欠如であろう。

合理的な思索を蔑視して偏狭な狂信に動いた人々が、日本民族を現在の悲境に導き入れた。がそういうことの起り得た背後には、直観的な事実にのみ信頼を置き、推理力による把捉を重んじない、という民族の性向が控えている。

 推理力によって確実に認識せられ得ることに対してさえも、やって見なくては解らないと感ずるのがこの民族の癖である。それが浅ましい狂信のはびこる温床であった。またそこから千種万様の欠点が導き出されて来たのである。

(色太文字は引用者による)

余談ですが、この本では「日本人の欠点」が醸成された背景として、欧米人が科学的思考の精神を、

約300年を費やして発達させていった正にその間、日本は国を世界に対して閉ざしており、

いきなり近代になってから、300年の成果を急激に取り入れようとして消化しきれなかったことに

関係がある。300年の間欧米人が何をしていたのか、その間の歴史を概観する必要がある、

といって、欧米人特に白人がこの間に何をしていたか、詳細に書かれています。

それは、科学的精神の獲得だけではなく、今で言う所の発展途上国に対して行った蛮行も全て

書いてあるのです。「鎖国」が書かれたのは、まだ占領軍が日本にいる最中で、この本の内容を知った

GHQが頭に来て、執筆を止めるように和辻先生を恫喝したのですが、和辻先生は

「自分は歴史的事実を書いているだけだ」といって全然相手にしなかったのです。


◆真珠湾攻撃の総責任者、山本連合艦隊司令長官は誰より開戦に反対でした。

阿川佐和子さんの父上で志賀直哉のお弟子さん、阿川弘之氏の三部作、

山本五十六」「米内光政」「井上成美」は、最初は少し取っつき難いかも知れませんが、

是非、一読を勧めます。

戦前ですから、日本国憲法第九条など存在しない。

帝国陸海軍は国民が納めた税金で軍艦や飛行機や戦車を造り、

いつでも戦争ができるように訓練していた時代ですが、この3人は英米相手の戦争など

絶対反対、という主張を命懸けで通した人達です。

山本五十六は、若い頃、ワシントンに駐在武官というのが昔はいたんですね。

大使館に、軍人が駐在していた。当然英語は堪能だし、山本は好奇心旺盛で、

アメリカ中を旅して見て回ったぐらいですから、アメリカの工業力が如何に日本と

桁違いにものすごいか、よく分かっていました。

たまたま、開戦時に連合艦隊司令長官だったから、開戦といわれたら、

職業軍人として、闘うことを考えなければいけない。奇襲攻撃を行って、

なるべく早くアメリカと講和に持って行くよう外交努力で収めるしかない、

ということにしたのですが、真珠湾の計画を立て、細部を詰めながら、

海軍の親友に戦艦長門から手紙を書き、

「自分の思想(対米開戦などもってのほか)と正確に180度反対の事に全力を注ぐのは誠に変な気持ちだ」

という意味のことをはっきり述べています。


米内光政海軍大将は内閣総理大臣になった人ですが、本当はそんなのなりたくなかった。

元来寡黙な読書家で論理的・合理的な思想の持ち主でした。

日独伊三国同盟も、対米英開戦にも大反対で、今で言う閣議の席上、

「本当に開戦となったら、勝敗は海軍にかかっているが、勝てるか」と訊かれたら

勝てる見込みは、ありません。そもそも日本海軍は米英を敵に回すように建造されておりません。独・伊にいたっては、問題になりません。

と言いきった人です。この頃世間の合理的思考の出来ない、特に右寄りの人が

毎日、海軍に押しかけて「お前らそんなにアメリカが怖いか!」とものすごい剣幕で、

米内のような発言をすると「国賊」と見なされて、生命の危険があったのですが、

絶対に対米英戦争には反対、と言い続けました。


井上成美は、過激なほどのリベラリストかつ合理的・論理的思考をする人でした。

あまりにも海軍上層部がアホなので、もしアメリカ・イギリスと戦争になったら、
「敵は本土爆撃が可能。帝国海軍は恐らく全滅。アメリカは新兵器(原爆)の開発が可能。」

と結果的に全部が的中するわけですが、そういう趣旨の論文を執筆して、提出したら、

予想通りに、上から睨まれ、現場の第一線から遠ざけられ、

江田島の海軍兵学校の校長になります。

戦争が始まり、英語は敵性語だから、英語の授業は廃止しよう、と

部下の教官たちが会議で決めて、最後に校長たる井上に「これでよろしいでしょうか?」

と井上に意見を求めたら、それまでずっと黙って聞いていた井上は、
全くよろしくない。米英軍と戦火を交えることになっても、

依然として英語は世界共通語である事実に変わりは無い。

そもそも、世界の何処に、英語が分からない海軍士官がいるか。

英語一つ習得しようとしない人間を、海軍は必要としない!

と机を叩いて主張し、英語教育が続行されたというエピソード。

さらに終戦時米内光政が天皇陛下から直々に海軍大臣になってくれと言われ、

米内が次官は井上しかいない、というので、教育に情熱を持ち政治には関わりたくない

井上成美を説得したのですが、そうしたら、本来海軍の先輩であり、上司である

米内大臣に次官の井上が、特に特攻攻撃が行われるようになってからは

顔つきが変わり、
大臣、手ぬるい!一刻も早く戦争を終わらせないと。このような悲惨なことが許されると思ってるんですかっ!

と怒鳴りつけたそうです。正しいと思ったら絶対遠慮しないのですね。

そんな井上ですが、終戦後は「責任を感じる」と言って横須賀の漁村で

子供達に英語と音楽を教え、奧さんにもお嬢さんにも先立たれて

30年間の長い間、極貧のまま(年金も辞退したのです)、一切公の場に姿を

現しませんでした。「他人様の前に出られる立場ではない」というのです。

生命を賭して、戦争を止めようとした軍人がいた、のですね。

今思い出しましたが、「硫黄島からの手紙」の栗林忠道陸軍大将もまた

山本と同じようにアメリカ駐在武官でした。如何に空しい戦争であるか知りながら

玉砕せざるを得ない運命に追い込まれたというのは山本五十六も同じです。

この三冊の本は、勧めますねえ。

特に米内光政。一番穏やかですが、肝心なところは見ているのです。

毎年「理想の上司」のアンケートがあり、芸能人がトップにきますが、

もしも、若い人全員が「米内光政」を読んだら、絶対、米内が一番になると思います。

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2011.11.14

22年前(1989年)の11月13日、日本で初めての生体肝移植が行われました。

◆偉大な行為が忘れられてはならない、と思います。

毎年、11月13日は、余程の突発的事態が起きない限り、

1989年11月13日、今は島根大学医学部になってしまいましたが、

島根医科大学、第二外科の永末直文助教授(当時)のチームが

日本で初めての生体部分肝移植手術を行った日です。


日本では、1968年に初めての臓器移植手術が行われました。

それは、札幌医科大学で、故・和田寿郎医師(1922年3月11日 - 2011年2月14日)による心臓移植手術でしたが、

何しろ43年も前のことで、今のように臓器移植コーディネーターなど存在せず、

脳死判定基準も、臓器移植に関する法整備も全然対応出来ていなかった、等の背景があり

また、心臓のドナーが、現在で言う所の臨床的脳死、法的脳死の条件を満たしていたかも

定かではなく、和田医師が殺人罪等で刑事告発されるという大事件になってしまいました。

記述内容の信頼性を私は検証できませんが、事態の概略はWikipediaの

和田心臓移植事件に書かれています。


和田医師の医療行為の医学的妥当性に関しても、当然、私は論評できませんが、

確かに云えることは、この「事件」以来、日本の医学界では

「臓器移植」が完全に「タブー」となってしまい、

その後の日本の臓器移植医療技術の進歩に遅延が生じたことです。


1989年に島根医科大学第二外科が行った生体部分肝移植手術は、

「生体」の二文字でわかるとおり、脳死移植とは異なる手術ですけれども、

とにもかくにも、長い間日本の医学界で最大のタブーであった「移植手術」の

実行を決断した、永末先生と島根医科大学は立派でした。

私は医者ではないけれども、このとき、移植手術を行う決断をする勇気は、

我々の想像を絶するものだったことは想像に難くない。

後述しますが、永末先生は手術が失敗したら勿論、成功しても、医学界や

ロクに勉強していないマスコミや、身勝手で感情的な世論のバッシングを受けて、

大学を去る、つまり、研究活動を諦めることになること、いや、それどころか、

医師免許を剥奪されることすら、覚悟をしていたのでした。


余談ですが、映画化された「孤高のメス」の主人公、当麻鉄彦医師のモデルは、

だそうです。孤高のメスの年代設定をよくご覧頂くとわかりますが、映画の当麻医師が脳死肝移植を行うのは、

歴史的事実である島根医大の生体部分肝移植と同じ1989年です。


兎にも角にも日本人は、良いことも悪いことも直ぐに忘れる。

いつまでもネチネチ人を恨んだりしないのは良いところかもしれませんが、

世の中で為された立派な行為、業績を忘れてはいけないとおもうのです。

だから私は毎年生体肝移植をリマインドするのです。

日本の人口は2010年の国勢調査によると、約1億2千8百万人だそうですが、

こんなことをしているのは、私だけではないか、と思います。


◆そもそもの始まり。

移植手術の患者は、生後間もない杉本裕弥ちゃんでした。生後1ヶ月検診で黄疸がある、と言われました。

山口県玖珂郡和木町、岩国市のすぐ北、広島との県境で開業していた木村直躬医師に、

裕弥ちゃんのおばあさんが、そのことを告げました。1988(昭和63)年12月のことです。

木村先生はエコー(超音波)で、ただちに、杉本裕弥ちゃんが、先天性胆道閉鎖症という病気である、と診断しました。

先天性胆道閉鎖症とは、生まれつき胆汁が流れ出る道がふさがっていて、胆汁が肝臓へ流れていかないので、

黄疸が段々強くなり、しまいには、肝硬変で死に至る病です。


◆杉本裕弥ちゃんは、移植以前に、胆道閉鎖症の専門家による手術をうけましたが、上手く行きませんでした。

この世に生を受けて間もない赤ん坊が、可哀想なことに、何度も手術を受ける運命にあったのです。

木村先生の紹介で、地元山口県の国立岩國病院の小児外科により、胆管を何とか開く手術が行われました。

1度では上手く行かず、2度目の手術も失敗でした。

岩國病院の担当医から、木村先生(最初に裕弥ちゃんを診察した開業医の先生)の元に、手紙が来て、

「この子の予後はホープレス(望みがない)」とのことでした。残酷な宣告です。

それでも、裕弥ちゃんの家族は諦めませんでした。

木村先生に、何とか手段は無いか、と聞きました。先生は肝移植以外に道はない。といいました。

日本では、移植手術はタブーとされていました。

1968年札幌医大で行われた日本初の心臓移植手術の失敗が、その背景にありますが、その説明は省きます。

日本木村先生はオーストラリアの病院に問い合わせましたが、オーストラリアの病院は

「生体肝移植は難しくて無理だ。」という、つれない返事をよこしてきました。

しかし、木村先生も諦めませんでした。


◆木村先生は、「移植手術を頼むなら、島根医大の永末先生しかない」と考えました。

木村先生の頭に浮かんだのは、九州大学医学部の後輩で、広島赤十字病院で同僚だった永末直文医師でした。

木村先生は内科、永末先生は外科ですが、肝臓を専門とすることで共通していました。

木村先生がエコーで肝臓ガンを診断し、永末先生が切除可能な肝ガンの手術を6年間で200例も手がけていました。

木村先生は「生体肝移植を頼むなら、(島根医大に移った)永末君しかいない」と思いました。

永末先生は、最初あまり乗り気ではなく、オーストラリアの病院で手術を受けることを進めました。

これは、前述の通り当時の日本の医学界で「移植」という言葉はタブーだったのです。

このタブーを破った医師は、医師生命を絶たれる危険がありました。ですから、最初に永末先生が積極的ではなかったことも、

無理からぬことだったと言って良いでしょう。

ところが、木村先生は諦めませんでした。講演のため、広島に来た永末先生に会い、

とにかく裕弥ちゃんの診察だけでもしてくれ、と、頼みました。永末先生は引き受けました。

永末医師が初めて診る裕弥ちゃんは、黄疸が強く出ていて、溜まった腹水でおなかがパンパンに膨れて、静脈が浮き出ていました。

既に食道静脈瘤が出来ている可能性があり、これでは、いつ吐血してもおかしくない。

吐血しなくてもあと1ヶ月ほどの命、と永末先生は思いました。まだ、生後一年経っていない赤ん坊が肝硬変です。残酷な現実でした。

裕弥ちゃんの体力が移植手術に耐えられるか、五分五分だと考えました。


◆永末先生は裕弥ちゃんの家族にありのままを話しました。

永末医師は家族に客観的事実を説明しました。それは、


  • 正確なことは精密検査をしないと分からないが、移植手術は出来そうなこと。

  • 但し、島根医大の永末医師のグループでは生体肝移植の経験がないので、上手くいくかどうか保証できないこと。

  • 手術まで持ち込めても、裕弥ちゃんの全身状態があまりにも悪いので、手術に持ちこたえられずに亡くなる可能性も高いこと、


という内容でした。決して楽観出来る話ではありません。しかし、家族は必死でした。

永末医師は特に裕弥ちゃんの祖父政雄さんの言葉を強く覚えています。
このまま裕弥を死なせたら悔いが残ります。明弘(引用者注:裕弥ちゃんの父)の命に別状がないのなら、結果は問いません。是非手術をして下さい。

そして、政雄さんは、裕弥ちゃんの両親に言いました。
「明弘、寿美子さん。お前たちが両親なんだから、お前たちからはっきりお願いしなさい」

15秒ほどの沈黙の後、それまで寡黙だった明弘さん(裕弥ちゃんの父)が永末医師を正面から見つめ、言いました。
「お願いします」

その言葉に永末先生の気持ちが動きました。

「この人達は裕弥ちゃんを助けようと必死になっている。移植手術未経験だというのに、頼むという。

ここで失敗を恐れて背を向けたら、医師として最も大事なものを失ってしまう」と思ったのです。


◆永末先生は、島根医大第二外科全員に「この手術を断るぐらいなら、明日から肝移植の研究など止めてしまおう」と言いました。

永末先生の気持ちは固まりました。

当時永末先生は助教授でしたから、第二外科の部長中村教授の了解も取り付けました。

自分の研究室に戻った永末先生は、肝臓グループの医師たちに、裕弥ちゃんの生体肝移植を引き受けることにした、と言いました。

医師達は全員無言になりました。

「日本で初めての生体肝移植」であることに加え、裕弥ちゃんの症状が悪すぎる、と専門医たちは誰もが思ったのです。

スタッフが躊躇っているのを見て、永末先生は、言いました。

「赤ちゃんは死にかけている。家族は結果は問わないからやってくれという。責任は全て私が取る。目の前の赤ちゃんを救えないような研究なら意味は無い。もしこの移植を拒むなら、明日から移植の研究など止めてしまおう

第二外科の河野講師(当時)はこの言葉を聞いて、身体が震えたといいます。皆同じ心境だったことでしょう。


◆中村教授は「永末君、君は全てを失うかも知れない、本当にそれでいいのか?」と心配しました。

手術を行うことが決まってから、永末先生は、中村教授の部屋で何度も話し合いました。

中村先生は、心配していました。

「永末君。僕はもう13年もここの教授をしていて思い残すことはない。福岡へ帰れば済む。

しかし、君はこの手術で全てを失うかも知れない。僕はそれがいちばん心配だ。本当に君はそうなってもかまわないのか」

その都度、永末先生は答えました。
「先生。大丈夫です。誰かがやらなければならないことを、私たちがやるだけです。これで弾劾されたら、福岡へ帰って開業します」

この言葉は、決断―生体肝移植の軌跡という本(是非、読んでいただきたい)で永末先生自身が書いている言葉です。

しかし、本当はもっと悲痛な覚悟でした。

後年、NHKの「プロジェクトX」に出たとき、永末先生は、医師を辞めることさえ覚悟していた、と話しました。

「私は英語が得意なので、学習塾の英語の先生をすれば、食べていけると思ったのです」

淡々と語る永末先生を見て、私は心の底から、永末先生を尊敬しました。

これほど立派な医師を見たことがありません。

裕弥ちゃんの移植手術そのものは成功しましたが、その後、ありとあらゆる合併症が起きました。

そして、手術から285日後、1990(平成2)年8月24日、午前2時32分、亡くなりました。1歳9ヶ月の生涯でした。

家族は、手術とその後の肝臓チームのすさまじい努力、裕弥ちゃんを救おうとする苦労を目の当たりにしていたので、

チーム全員に丁重にお礼をいいました。後年、裕弥ちゃんの弟が生まれました。

母親の寿美子さんは、永末直文医師の「直」と裕弥ちゃんの「弥」をとり、「直弥」と名付けました。

島根医大第二外科が初めての生体肝移植をしたのを見届けるように、その後、京大、信州大が、数多くの生体肝移植を成功させました。

それはそれで、良いことです。

しかし、何と云っても、「最初にやる」ことを決断する勇気と覚悟は、2番目以降とは比べものになりません。

島根医大第二外科の英断と死にものぐるいの努力がなければ、こうした道は今も開けていなかったでしょう。

島根医大は、今は島根大学医学部になってしまいましたが、それはこの歴史的事実の価値に比べればどうでも良い。

永末先生とそのチームの偉業は、日本の医療の歴史に永遠に刻まれるでしょう。

永末先生が中心となり、当時の移植チームのメンバーが、思いを綴った本、決断―生体肝移植の軌跡を是非、読んで下さい。

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2011.10.06

【福島原発事故】本当に皆、「真実」を知りたいのであろうか。

◆テレビが真実を報道しないのはけしからん、というが。

ネット上での「世論」を見ていると、テレビや新聞が、

福島原発事故の全貌を報道しないのはけしからんと、言っている人が多い。

私のブログは、マス・メディアと比べたら、世論への影響力などゼロに等しいから

やむを得ない、とわかりつつも、つい、

まだ、そんなことをいっているのですか?

と愚痴を言ってしまう。

電力会社全体(東電、中部電、東北電etc.)の広告宣伝費は、あの世界の大トヨタ自動車の

それの2倍以上もある。

電力会社は、その広告宣伝費という「餌」でテレビ・ラジオ・新聞などのマスメディアを

「支配し」ているから真実など報道できないのである。


唯一、ものすごい情熱で、これでもか、と日々小出助教にインタビューしているのが、

毎日放送(MBS)、それもMBSラジオの番組「たね蒔きジャーナル」である。

毎日放送ラジオは関西でしか聴くことが出来ないので、それを録音し、

驚くべき労力を毎日費やして、放送内容を文字に起こして下さっているブログが、
小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ

で、このブログの管理人さんの勤勉さには、頭が下がる。

とにかく、テレビや新聞に「真実」を期待しても埒が開かないから、

このブログにアップされた「たね蒔きジャーナル」の音声を聞くか、

文字に起こしたものを読むことだ、といっているのだが、

いつまで経っても、「テレビは何故真実を」が繰り返される。

本当に真実を知りたいのであれば、情報源は自然に見つかるものである。

それも、全世界からアクセス出来るネット上の普通のサイトにアクセス

するだけのことなのに、それをしない。

本当に真実を知りたいのか、半信半疑である。

今まで「たね蒔きジャーナル」における小出助教へのインタビューが書籍化された。

知りたくないけれど、知っておかねばならない 原発の真実である。

この本は、タイトル通りに、内容は「知りたく無いこと」だらけである。

それでも、本当に真実を知りたいと思うのならば読むべきだ。

あまりにもショックが大きいかも知れないから、予めほんの少しだけ、

書いておくが、小出助教によれば、

あの水素爆発の時以降、福島原発から放出された放射性物質は、すでに

世界中を汚染している。最早、地球が3月11日以前の環境に戻ることはない。

私は、たね蒔きジャーナルを毎日聴いていると、あまりの絶望感に呆然とする。

しかし、「テレビ・新聞は何故真実を伝えないのか?」と言っている方々は、

そんなことを言っていても時間の無駄なので、この本を読むか、

今までのたね蒔きジャーナルは全て、小出裕章 (京大助教) 非公式まとめから

聴くことが出来るので、お聴きになることをおすすめする。


◆10月3日の放送。飯舘村からプルトニウムが検出されたことに関して。

文部科学省は、9月30日、福島第一原発から45キロ離れた飯舘村から、

プルトニウムが検出された、と発表されたことに関して毎日放送が、

小出助教に見解を求めたもの。小出助教によれば、今までに原子炉から放出された

莫大な量の放射性物質の量に鑑み、そんなことは当たり前で、今や、世界中が汚染されている。

他人事のように思っている人が多い、関西にも当然飛んできている、という内容である。

10月3日 法律に従えば千葉でも除染が必要 小出裕章(MBS) ? 小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ

ここにも、YouTubeにアップされた、放送内容を埋め込んでおく。


20111003 たね蒔きジャーナル 京都大学原子炉実験所助教 小出裕章







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2011.09.12

「小出裕章が答える原発と放射能」←徹頭徹尾、絶望的な内容だからこそ必読の本。

◆小出助教は絶対に気休めを言わない。

小出裕章京都大学原子炉実験所助教の新刊、

小出裕章が答える原発と放射能(河出書房新社)

を、東日本大震災からちょうど半年を経た今日(2011年9月11日)に読んだ。

震災以降、小出裕章京都大学原子炉実験所助教の発言は、ビデオニュース・ドットコムで一部に知られる程度だったが、

40年間、原発推進に反対してきた原子力の専門家がこの事故を冷静・客観的に評価して下さる

というので、一般メディアを通じても、小出先生は広く日本中に知られることになったが、

小出先生の著書をまともに読み通した人が意外に少ないのでは無いかと思われる。

小出先生は、絶対に「安心出来る」ことを言わない。

しかし、徒(いたずら)に人心を攪乱仕様としているわけでは

勿論、ない。


ただ、入手出来る福島第一原発に関するデータ。事実を元に

理論的・論理的に必然的に到達する結論を述べているだけだ。

ただ、その結果小出先生の示唆する日本と世界の現状は眩暈がするほど絶望的だ。

◆「一億総オストリッチ・コンプレックス」か。

世の人々がリアルタイムで何を考え、何を話しているか。

これまでわからなかったが、近ごろ流行りのTwitterを眺めていると、

かなり、それが分かるようになる。


そして感じることは、人々が福島第一原発がもたらす、人類がかつて経験したことがない

困難な状況を、なるべく考えないようにしよう、としている現実である。


ダチョウ(オストリッチ)は、危険や困難な場面にさらされると、頭を地面に突っこむ、といわれている。

これを人間の心理に当てはめたのが、オストリッチ・コンプレックスという概念で、

アメリカの心理学者エリオット・ワイナー(Elliot Weiner)が提唱した。

オストリッチ・コンプレックス―あなたはダチョウ人間になっていないか?

私には、日本人の殆どが、福島第一原発がもたらす影響に関して、

オストリッチ・コンプレックスに陥っているように見える。

危険なこと、不吉なこと、嫌なこと、困難なこと、などは

見なければ、知らなければ、考えなければ、存在しないという訳だが、

勿論それは、心理的に現実を逃避しているだけであり、原発事故の影響は

確実に、今、この瞬間も、悪化の一途を辿っている。


◆知らなければ、どうしようも無い。

勿論、偉そうな事を言っても、私とて、福島第一原発の後、

常に、そのことを考え続けていたわけでは無い。

それを本気でやったら、多分、既に自殺していたと思う。

今も正直言って、出来ることなら、私だって知りたく無い。

全てが悪夢だったと思いたい。


しかし、専門家であり、原子力・放射能の怖さを全て知っている

小出先生は、もっと辛いはずである。

私は以前から、

「何とか世界中の叡智を結集させ、放射線を無効化する技術を開発できないのか」

と考えてきたが、どうやら、どのような専門家もその可能性を示唆しないところを見ると

無理であるらしい。

だとすると、小出先生が述べている事実、つまり、
福島第一原発から放出された放射性物質は世界中に拡がっており、最早地球上に被曝から逃れられる場所はない

ことを認識するしかない。我々はこの瞬間も被曝し続けている。

ただし、勿論、被曝量は場所によって差があるだろうし、

広島の爆心地に、一週間後からずっと住み、現地の水を飲み、広島で獲れた

野菜や米を食べ続けて、ヘビースモーカーで、酒を飲んで90歳を過ぎて生きている人が

存在するのも事実である(素人の想像だが、放射線の毒性に対する感受性に

個体差があるのだろう)。

そう考えて達観するか、あるいは(敢えて極端な例を挙げるならば)未来に絶望して一家心中するか。

各自の自由意思で決めるしか、ないだろう。

兎にも角にも、小出裕章が答える原発と放射能(河出書房新社)は、読むことを薦める。

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2011.08.29

「鬼平犯科帳」(池波正太郎著)のすすめ。

◆本のおすすめをタイトルにしたのは初めてかも知れません。

拙日記・ブログを御愛読下さっている方々は御存知のとおり、

私は、今まで、随分と音楽に関して「お薦め」を書きましたが、本については

殆ど全く書いてません。

それは、特に積極的な理由があってのことではないのですが、先日、

うつ病からの回復--10年ぶりに本が読めた、ということ。

で書いたとおり、長い間本が読めなかったためだとおもいます。

病気になる以前は、若い頃から本を読むのが好きでしたが、

読めなくなってから、過去の本の話を書くのはなんとなく辛くて

避けていたのでしょう。そして、まず、難しいのですね。

新聞や雑誌にしばしば書評がのっていますが、その本の中身を引用せずに

読者に「読みたい」と思わせるような文章を書くのは大変難しい。

ですから上手く書けるかどうかわかりませんが、

故・池波正太郎氏が長い間文藝春秋社の「オール読物」に連載し、

文庫本になっている「鬼平犯科帳」(全24巻)

お薦めしたいのです。


◆名文句の宝庫。登場人物の個性。

「鬼平犯科帳」は機械的に分類すれば、「娯楽・大衆時代小説」ですけれども、

池波正太郎氏ご自身の豊富な人生体験があるからこそ書けた、

大変に味わい深い。分かりやすく言うと思わず膝を打ちたくなるような

「名文句の宝庫」なのです。それが、しみじみと伝わる。説教じみていないのです。

今は「デジタル」な世の中というのは短絡でしょうが、

何事も0ぁ1か。白か黒か。善か悪か。損か得か、の二分法になりがちですが、

「鬼平」を読むと、人間はそれほど単純では無い、という当たり前のことを

思い出します。これは、主人公である火付盗賊改方(ひつけ・とうぞく・あらためかた)、

長谷川平蔵の生い立ち(若い頃、継母に虐められてグレて下町で散々飲むわ、買うわ、チンピラと

ケンカをするわ。だったのですが、あるときから真面目になるのです)も関係するのですが、

人間というやつ、遊びながらはたらく生きものさ。善事をおこないつつ、知らぬうちに悪事をやってのける。悪事をはたらきつつ、知らず識らず善事をたのしむ。これが人間だわさ。(文庫版第2巻「谷中いろは茶屋」より。)

とかね。こういうのはザラなのです。


登場人物も極めてユニークです。

鬼平(書き忘れましたが「鬼の平蔵」の略です)の手下は無論、火盗改方(かとうあらため:火付け盗賊改の略称)

の部下である役人(同心ですね)がおりますが、その他に元・盗人(ぬすっと)だった者が大勢います。

彼ら(女もいます)は鬼平に捕まったものの、その人柄に惚れこんで、かつての仲間を裏切ることになる

(従ってそれがバレたら殺される)のを承知で、鬼平の密偵(いぬ)となっているのですが、彼らはしばしば、
盗人の風上にもおけねえ

という台詞を吐きます。鬼平犯科帳の世界では、「一流の盗人の掟」が存在します。それは、

(盗みに入るとしても)

    ・人を殺してはいけない。

    ・女を犯してはならない。

    ・盗まれてこまるような貧乏人からは決して盗まない。

これは「鉄則」であり、「急ぎばたらき」といって、強盗殺人をやるような

盗人は、「盗人の名を汚す外道」なんですね。


「一流の盗人」は、ある大店に泥棒に入ろうと決めたら、まず手下の一人を「情報収集」のために

その店の奉公人として送り込みます。その者は勿論非常に真面目に働いて、主人の信頼を得る。

それで、建物の間取り図をきちんと作成し、親分に渡し、犯行日には、内側から予定の時間に

鍵を開けて、一味の家宅侵入を補助する。親分はじめ一同は、金蔵から大金を頂くわけですが、

絶対、誰も気がつかないぐらい静かにやるのですね。で盗んだ後に、

「自分は○○という盗賊で、ちょっと金庫から頂戴しました。失礼。」みたいなメッセージを

残す。これぞ、「おつとめ」(窃盗のことです)の王道であります。


自分達が盗賊のころは、この掟は神聖不可侵だったのに、

「最近の盗人の野郎どもは」平気で人を殺傷するので、頭にきてるんです。

それで、今や、絶対の忠誠を「長谷川様」に誓っているのです。


◆やはり「説明」では限界があるので、引用させて頂きます。

音楽と同じですね。いくら「この曲は楽しいですよ」と書いてもなかなか、

聴いて頂けません。音楽を載せるようになってから、

読者の方からのコメントやメールをしばしば頂戴するようになりました。


文学でも、これは本当は「反則」ですけど、一部読んで頂いた方がはやい。

鬼平犯科帳の捕り物シーンよりも、鬼の平蔵が世の中「善悪だけでは割り切れない」と

考えていることが良く出ているシーンがあります。


これは、文春文庫ですと、鬼平犯科帳〈5〉に収録されている

「兇賊」という作品です。

設定は、長谷川平蔵が,ある夜、ぶらりと,町の中の芋焼酎の看板のある小さな居酒屋に入る。

(鬼平は時々夜の江戸を浪人風の格好をして見回るのです)。

その居酒屋の親父、鷺原の九平(さぎはらのくへい)は、もう老人ですが、昔は「一人ばたらき」(単独犯行専門)の盗賊です。

今は、「芋酒」や「芋なます」が売り物の堅気ですが、「おつとめ」の興奮が忘れ難く、

今でもときどき金持ちの家に忍び込み、「盗人の掟」を遵守して小金を頂戴してます。

さあ、その盗人の居酒屋に火付盗賊改方の「長官」長谷川平蔵が来ました。

「おやじ。熱い酒(の)をたのむ」

ふらりと入って来た中年のさむらいがあった。

ひとめで、

(浪人だな)

と九平は見た。

薩摩がすりの着ながしに紺献上(こんけんじょう)の帯。

小刀は帯びず、大刀を落しざしにしている風体から、そうみたのであるが、

月代(さかやき)もきれいにそりあげているし、顔つきも、

(品のいい・・・・)

さむらいなのである。

「うわさにきいていたが、ここの芋酒は逸品だというじゃねえか」

くだけた口調で、そのさむらいは、

「あとで、もらおうか」

「へい、へい」

「すこし腹がへっている。なにか口へ入れるものはねえかえ?」

「芋なますがございます」

「喰ったことがねえな。おもしろい。だしてくれ」

「へい」

さっそくに例の九平得意の芋なますが出て、これを口に入れるや、

「うむ・・・・・」

深くうなずいたさむらいが、

「お前、若いときに修業をしたな」

ずばりといった。

「へ・・・・へい、へい」

二十一のときから二年ほど、九平は芝・大門の「八百蓑」(やおみの)という料理屋で

はたらいていたことがある。

「うめえぞ。こいつを女房のみやげにしたい。何か入れものにつめてくれ」

さむらいは金一分を九平にわたした。一分といえば現代の一万円以上になろう。

「それで、足りるか?」

「とんでもござんせん。いま、おつりを・・・・・」

「いらねえよ」

浪人のくせに

(大様(おおよう)なもんだ)

九平は、すこし、おどろいた。

このさむらいが、火盗改方の長官(おかしら)・長谷川平蔵の

巡回中の姿だとは九平、おもいもよらない。

「鬼の平蔵」の名は知り尽くしていても、その顔を

見たことがない九平にしてみれば、当然のことといわねばなるまい。

そこへ、

「じいさん。熱くしておくれよ」

と、柳原土手をまわって客の袖をひいている夜鷹(引用者注:娼婦)の

おもん、が顔を見せた。

おさだめりの縞もめんの着物に深川髷(まげ)。茣蓙(ござ)を

片手に抱えた姿で入って着て、

「おさむらいさん、ごめんなさいよ」

頬かむりの手ぬぐいをとった顔は、しわかくしの白粉に

塗りたくられ、灯の下では、とてもまともにみられたものではない。

おもんは、もう四十に近い年齢なのに、客の袖をひいているのである。

すると・・・・

「おそくまで、たいへんだな」

平蔵が、こだわりもなくおもんへ声をかけ、九平に、

「おやじ。この女に酒を・・・・おれがおごりだ」

と、いったものだ。

「あれ・・・・・」

と九平よりおもんがびっくりして、

「すみませんねえ」

気味の悪い色目を使いはじめる。

九平は苦笑をした。はじめは、

(この浪人さん、おもんみてえな化けものを抱くつもりかえ?)

そうおもったからである。

「おれも年でな。そっちのほうはもういけねえのさ」

平蔵は、おもんに語りかけて、

「ま、だからよ。体があったまるまで、ゆるりとのんで行きな」

声に、情がこもっている。

「すみませんねえ」

おもんの目から「商売」が消えた。

そのかわり年齢相応の苦労がにじみ出た。

しんみりとした口調になって、

「旦那、うれしゅうござんすよ」

「なぜね?」

「人なみに、あつかっておくんなさるからさ」

「人なみって、人ではねえか。お前もおれも、このおやじも・・・・・」

見ていて聞いていて、九平は

(この浪人さん、てえしたお人だ)

いっぺんに平蔵へ好感を抱いてしまった。

このようなさむらいを、六十になった今まで、

(見たことがねえ)

九平だったからである。

半刻(はんとき=一時間)も、平蔵はおもんと世間ばなしをした。

おもんが先に出て行くとき、

「はなし相手になってくれて、おもしろく時がすごせた。ありがとうよ」

平蔵は、おもんへ、いつの間にしたものか紙へ包んだ金をわたしてやった。

「こんな、旦那……すっかり御馳走になった上に……」

「いいから、とっておいてくれ。お前はそれだけのことをしてくれたのだよ」

おもんは泪ぐみ、深ぶかとあたまを下げ、土手の暗闇へ消えて行った。

「いいことをしておやんなさいました」

九平がいうと平蔵はこともなげに、

「当り前のことさ。あの女は、おれの相手をしてくれたのだ」

と、いった。

という調子です。火盗改方は司法機関です。おもんという夜鷹は

吉原の女郎よりももっと劣悪な条件、ござを敷いて、土手で客を引く、

遊女ですね。社会の最底辺です。本当は違法なのかもしれませんが、

昔、散々悪いことをして遊び世間を識っているこの火盗改方のお頭は、

この時代、そういう運命に生まれついた女はそうやって生きていくしか無い、

ことを熟知していて、せめて、ゆっくり飲んであたたまっていけと、

そういうシーンです。

ここだけ読むと分からないのですが、鬼平は本当の悪党には情け容赦無いのです。

散々強盗を働いた盗賊などは逮捕したら翌日には、はりつけにするし、

必要とあらば拷問も厭わない。悪い奴にはこれほど怖い人はいないのですが、

その合間に見せるこういう人情味の溢れた場面。

さらに、鬼平は人を殺傷していなければ、犯罪者にすら、情を見せることがあります。

そのコントラストが見事です。人の世は単純に割り切れる者では無い。

それが、よーく分かります。


因みにこれはフジテレビ系列で中村吉右衛門が鬼平役で長く続きました。

(この凶賊のテレビ版では、「おもん」を若村麻由美さんが演じました。綺麗すぎます(笑))

あれは、必ずしも原作どおりではない。大抵原作を尊重していますけれども。

映像から入ってもいいのですが、原作には池波正太郎氏特有の文体、

表記法の特徴があって、それが、作品の魅力の一要素になっています。


今思い出しましたが、過去なんども書きましたが、

元、メリルリンチ上級副社長、その後出雲市長、衆議院議員となった

岩國哲人(いわくに・てつんど)氏を私は最も優秀な国会議員だったと思っています。

岩國さんを重用しなかったのが今の民主党の最大の失敗なのです・・・

まあ、今はそれはさておき、その岩國さんが、大の鬼平ファンなのでした。


本のお薦め、やはり難しいです。騙されたと思って鬼平犯科帳読んで下さい。

どうしても面倒臭い方は、第一シリーズから全部DVDになってますから、ご覧下さい。

人間、このような「情」がなければいかん、とつくづく思います。

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2011.05.03

【書評】隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ(小出 裕章 著)

◆真の科学者の良心と勇気。

小出裕章京都大学原子炉研究所助教の著書、

「隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ」は、今年の1月に出版された本であるが、

小出先生の「原子力発電は止めるべきだ」との結論は、何と40年前からの首尾一貫した主張である。


小出裕章氏は、元々原子力は平和利用すれば素晴らしいものではないか、

と考えて原子力を研究する学問を志したにもかかわらず、

1970年10月23日、女川原発建設反対集会に参加したときの住民の素朴な疑問、即ち

仙台に電力を供給する原子力発電所が本当に安全ならば、何故仙台近郊に建設しないのか?

との問いを考えた結果、
「原子力発電所は都会では引き受けられないリスクを持っている」

との答えしか得られなかった。

それ以降小出先生は、原子力を学問的に研究する人として、敢えて国策とは正反対の、

「原子力を推進すべきでは無い」という主張を40年間訴え続けた。

それは真理を追究する本当の科学者が良心に基づき選んだ、最も勇気ある行動だった。

その声を国や国民はまともに聞かなかった。

今からでも遅くは無い。国民必読の書と行っても過言では無いが、

ビデオ・ニュース・ドットコムのインタビューで、

「自分は福島第一原発の事故を防げなかった。」と辛そうに仰有る小出先生の胸中は、察するに余りある。

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