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2014.11.26

【訃報】「国弘正雄氏が死去 元参院議員、同時通訳者」←「只管朗読」を推奨した方です。

◆記事:国弘正雄氏が死去 元参院議員、同時通訳者(日経電子版)(2014/11/26 1:31)

国弘 正雄氏(くにひろ・まさお=元参院議員、同時通訳者)25日、老衰のため死去、84歳。

自宅は東京都世田谷区南烏山3の4の10。偲ぶ会を行うが日取りなどは未定。喪主は弟、正彦氏。

英語同時通訳の草分けで、1969年のアポロ11号による月面着陸のテレビ中継を通訳した。

三木武夫外相秘書官、ニュースキャスターなどを経て、89年、旧社会党から出馬し初当選、1期務めた。


◆コメント:「同時通訳の神様」の基礎は中学の英語の教科書を1,000回音読したこと、でした。

記事はまちがっていないのですが、本当は「國弘正雄」先生です。1970年にサイマル出版会から出版した、
英語の話しかた―同時通訳者の提言 (1970年)

で、曹洞宗の道元が「悟りを開くためにはただ、ひたすら座禅をせよ」とい意味で作った只管打坐(しかんたざ)

から「只管朗読」という方法を、國弘先生が提案しました。

ご自身が、中学の教科書を1,000回も音読したのが、後の英語力の基礎になったという経験に基づいたものでした。

もちろん、通訳者になるためには、それ相応の専門的な訓練を必要としますが、大前提として高度な語学力を既に持っていなければなりません。

國弘先生は
「自分は、音読が全てだった。意味の一通り分かった英文(易しいものでいい)を繰り返し音読し、書き写すのが。英語習得に、最も効果的だ」

という趣旨のことを、繰り返し主張なさいました。今でも英語の指導者とか英語が得意な人で「反復音読」を主張する人は多いですが、

要するに直接的に、或いは間接的に國弘先生の主張を受け継いでいるのです。後年
國弘流英語の話しかた

で再び、同じ主張をなさいました。

英会話・ぜったい・音読

は、編者の千田氏が國弘先生の影響を強く受けた方でテキストを編集して下さったものです。


◆ライシャワー教授がライフワークの邦訳にあたり、國弘先生を指名したほどです。

日本史、及び日本学の大家で駐日アメリカ大使を経験し、ハーバード大学教授を務めた、

エドウィン・O・ライシャワー博士のライフワーク、

The Japanese

の邦訳にあたり、ライシャワー先生が翻訳者として指名したのが國弘先生でした。

ザ・ジャパニーズ―日本人 (1979年)

です。昔毎日放送していた、文化放送の「100万人の英語」の水曜日は原書講読で、

贅沢なことに、The Japaneseの一節をライシャワー教授自身が音読した録音を聴いてから、翻訳者の國弘先生の解説を聞く

という企画でした。懐かしいです。


◆「英語の話しかた―同時通訳者の提言 」には、國弘先生の住所が印刷されていました。

今では信じがたいというか、危なすぎますが、1970年出版の「英語の話し方」の巻末には、

質問があったら、必ず答えるから手紙をくれ、という意味のことが書かれていて、先生の烏山(からすやま)のご住所が載っていました。

私は、大学生になってからこの本を読み、いくつか音読の方法で質問があり、恐る恐る、封書で質問したら、

なんと、たったの3日で、当時國弘先生が夕方のニュース番組のキャスターをなさっていた、日本テレビの便箋に

丁寧にお返事が書かれていて、恐縮かつ感激して、お礼のハガキを送ったところ、

再び、驚いたことに、先生はそれに対してもまた、直ぐにお返事を下さいました。

私は「只管朗読」を実行し、ヘタクソですが少しは英語が話せるようになり、ロンドン駐在員に慣れました。

國弘先生の「英語のはなしかた」を拝読しなかったら、どうなっていたか、わかりません。

直接お会いしたことのない、色々な方からの学恩を痛感します。

國弘先生のご冥福をお祈り申しあげます。

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2014.01.25

【追悼】クラウディオ・アバド。すみません。パソコンでトラブりました。

◆早くアバド追悼特集を組みたかったのですが・・・

クラウディオ・アバドの訃報に接した20日(月)、私はかなり速く見つけたと思うのです。

追悼特集を早速組もうと夜12時前に風呂に入り、その直前まで何も異常が無かったし、

パソコンの本体を机から落っことすとか、水をこぼすとか停電があったとか、思い当たるフシはないし、

セキュリティ・ソフトも最新バージョンで、何かウィルスに感染したということでもなさそうです。

とにかく何故か分からんけど、ネット接続→プロパティ→「詳細状況」を見ると、

LANドライバが壊れているようだったのです。


一晩待てば良かったかもしれません。

私の住んでいるマンションはマンション専門のブロードバンドサービスに入っていて、

もしかすると、そのサーバーのメンテナンスの所為だったのかも知れないから、なのですが、

このパソコンは仕事にも必要なので、本当に修復不可能なら、多少カネがかかろうが、PCを買い替えなければなりません。

テンパった私はOS(Windows7)の再インストールを実行しました。


こいういうのが、周りに、パソコンが詳しい人間がまったくおらず、40歳ごろから

「独学」でパソコンを使い、ネットに接続している人間の弱みです。

理屈がわからないまま、「なんとなく」使っている、科学技術はその為にあるもので、

電話で何故通話が可能なのか、テレビは何故離れているものが映るのか、説明しろ、とか

自動車の内燃機関(エンジン)や変速装置の仕組みを図面でかけるか?といったら

殆どの人はできないけど、「何となく」つかっていますが、発明されてから歴史があるので、

技術的に安定してます。PCも随分歴史はあるとはいえ、個人で使うのが本格化したのは、

20年前ぐらいではないでしょうか。非常にトラブルが多いシステムや装置を使うとき、理屈をしらないと

全くお手上げです。少なくとも私は、パソコンで異常が起きると、過剰に反応してしまいます。


それは、さておき、過去に何度か経験しているので、大事なデータのバックアップはとってあったのですが、

御存知のとおり、一旦、パソコンを初期化するのですから、Windowsアップデート(月例更新)だけでも

200件以上あったり、いちいちソフトを再インストールしなければならず、

そちらに時間とエネルギーを注入したため、ブログの更新どころではなくなってしまいました。

悪しからず。


◆最初にアバドを見たときは、まるで「アホ」のようだったのです。

遅れてしまいましたが、とにかく昨年は、我が敬愛するサヴァリッシュ先生。

今年はアバド。カラヤンやバーンスタインはとっくの昔。仕方が無いですが、

やはり寂しいものです。


アバドがまだ、デビューしてそれほど、キャリアを積んでいない頃。

正確な年はわすれましたが、多分、ベームの副指揮者としてウィーン・フィルと来日したのを

見たのが、私にとっては、「最初のアバド」でした。


そのときは、後年の姿しか知らない若い方には想像もできないでしょうが、

私には、全然、才能豊かな音楽家には見えませんでした。そもそもウィーン・フィルを振れていることすら

不思議なほど、口をバカみたいに半開きにしたまま、両手で延々と2拍子を振る。

あれは、何と言ったらいいのか、ラジオ体操というか、ヒンズー・スクワットの足の動きを

取り除いたような(分かりますか?)両手を同時にブラブラと振っているだけで、

後年の、あの、指揮棒を殆ど握らない、フラフラのまま持つ、独特の棒で、しかし、

美しく、オーケストラに何かを強制しない。

カラヤンがよく言っていたとおり、オーケストラを「ドライブ」しようとしてはダメなのです。

カラヤンは自家用飛行機の操縦をしましたが、飛行機の教官に最初に言われたのは、

あなたにとって、一番大切なことは、飛行機が飛ぼうとするのをじゃましないことだ。

ということだそうです。ちょっとアバドから、話がそれますが、この話は、

音楽に関して素人ではあるけれども大変クラシックが好きな、作家の赤川次郎氏が以前、「音楽の友」での対談コーナーを

持っていて、それが一冊の本になっています。
赤川次郎のばっくすてえじトーク―クラシック、14人の音楽家

そのときに、アバド時代のつまり、まだ現役のベルリン・フィル、第一コンサートマスターだった、安永徹氏との対談があり、

その回に話題になったのですが、飛行機の教官のエピソードを赤川次郎氏が話したら、

コンサートマスターの安永さんは、間髪をいれず、
それは、極意ですね。核心を突いてますね。

と、大いに同感の様子で、岩城宏之さんもカラヤンから
「オーケストラをドライブしようとせず、キャリーするのだ」

と、いわれたそうで、それが全てではないにしても、指揮者としてかなり大事なことらしいのです。

そして、私が見る限り、アバドの指揮はその理想に非常に近いのではないか、という気がいたします。

何とも難しい境地で、私にも観念的にしか、わかりません。

オーケストラが弾こうとするのを邪魔をするな、といっても、極端な話それでは、

指揮者は、なにもしないで、指揮台にたっているだけでいいのか?ということになり、

指揮者がその音楽を通して表現したい何かを、いつの間にかオーケストラが

その意に沿って弾いている、ということであるとすれば、アバドは理想的に見えました。


◆取り急ぎ。アバドはレパートリーが広く、伴奏も上手かったのです。バッハから。

遅くなりましたが、追悼特集をします。

ベルリンフィルの首席指揮者だった頃は、やはり、あのオーケストラは、難しい曲をバリバリ弾くのを

世界中の聴衆が期待するので、今では、昔ながらの「泰西名曲」を演奏する機会は少ないし、

クラウディオ・アバドとベルリン・フィルのバッハとか、私は知りません。

しかし、アバドもカラヤンも実は、バッハとか演りたかったとおもいます。

それも、「マタイ受難曲」とか「ロ短調ミサ」のような大がかりなのではない作品。

カラヤンがチェンバロ弾き振りしてブランデンブルクの3番を演奏している映像がありましたが、

今は、アバドの追悼です。

ブランデンブルクのDVDなんてあまりないので、却って面白い。全曲はいってます。

この輸入盤DVD、J.S.Bach: Brandenburg Concertos No.1-No.6お薦めです。

この中から、第2番。トランペット変な形ですが、ピッコロトランペット、と言います。

普通は、ピッコロトランペットでも管が巻いてあるのですが、これは直線だというだけです。

この「巻き方」の形は、ラッパの音に影響がないのです。音色に影響がでるのは、

トランペットとコルネットを比べるとわかるのですが、トランペットが先まで比較的一定の太さ

なのに対して、コルネットとかフリューゲルホーンという、大雑把にいうと「ホルン」に近い楽器群は、

管が「円錐系」といって、トランペットよりも「手前から」太くなる。その太くなり具合の違いが

音色の違いになります。

とにかくブランデンブルク協奏曲第2番。


◆Bach Brandenburg Concerto No 2 F major BWV 1047 Abbado , Mozart Orchester






上手い人、揃えてますね。これでは、2番しかわかりませんが、

私の好みでは、全曲通して、アバドのテンポ設定が自分の好みとぴったりです。


◆もう少し明日以降、落ちついてまとめますが。アバド=シカゴ交響楽団で管楽器協奏曲集。

クラウディオ・アバドは晩年というか、途中で一度ガンを煩ってから、あまり世界を跳び回らないようになり、

それは、勿論、無理からぬことです。しかし、忘れがちですが、脂ののりきった頃は、ベルリン、ウィーン両フィルなど、

ヨーロッパ大陸の超一流も振るし、ロンドンのオケも振るし(何日後かに、あの叫び声の入った「ボレロ」を乗せます)

アメリカでは、Time誌の年間全米オーケストラランキング(アメリカ人ってなんでもランク付けが好きですね)でずっと1位の

(今は知りません)シカゴ交響楽団とも蜜月関係で、かなり録音も残してます。


その中で、アバド=シカゴでグラモフォンが既に珍しく、

しかもシカゴ交響楽団の管楽器の名手達をソリストのした管楽器協奏曲集(トランペット、ホルン、オーボエ、ファゴット)

を録音してます。なんと、ありました。

シカゴ交響楽団の首席奏者たち

かつて、国内盤で売られていた頃のジャケットです。

Abadochicagoconcertoforwinds


そのなかから、シカゴの首席トランペット奏者をなんと半世紀務め、

オーケストラ・トランペット奏者の間で神様のように尊敬された、アドルフ・ハーセスによる

ハイドンのトランペット協奏曲。その伴奏がアバドです。伴奏出来ない指揮者って結構いるのですが。

アバドは上手いです。


◆ハイドン:トランペット協奏曲 変ホ長調 第1楽章(ソロ=アドルフ・ハーセス)






◆ハイドン:トランペット協奏曲 変ホ長調 第2楽章





◆ハイドン:トランペット協奏曲 変ホ長調 第3楽章






曲自体は、それぞれの楽器を専攻する音大生や、アマチュアにとっては、別に珍しいもおではありませんが、

このクラスのオーケストラが、自分達のメンバーだけをソリストにして、しかも管楽器ですね。

このような録音を商品にしている例というのは、他に無いと思います。アバドの提案だそうです。


天下国家を論じる場でもあいますが、パソコン復旧でホッとしたのと、アバドは無視できませんから、

しばらくこの話が続くか、或いは頻出すると思います。

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2013.05.11

【音楽】ジャン=フランソワ・パイヤール氏が亡くなってから約1ヶ月なのです。

◆私ぐらいの年代のクラシック愛好家は、多かれ少なかれ、パイヤール室内管を聴いた筈です。

今日、聴いて頂くのは、4月15日に亡くなった、フランスの指揮者、ジャン=フランソワ・パイヤール氏が率いる、

「パイヤール室内管弦楽団」による。バッハ「ブランデンブルク協奏曲」です。

CDの記録を読むと、ちょうど40年前、1973年の録音です。

私がちょうどオーケストラに興味を持ち始めたけど、バッハなんて、却って良く分かんない。

子供がいきなり「平均律」とか聴いても飽きます(少なくとも多分、私だったら飽きたと思います)

ブランデンブルクは、バッハ入門として、非常に適した作品群ですが、この頃、こういう室内管弦楽団って、

今のように星の数ほどなかったと思います。あるいは、存在したけど、パイヤール氏ほど、

録音が出回っていなかっただけかもしれない。それは分からないですが、私と同年代のかた。

かなり多くの方が、バッハだけではなくて、小編成のオーケストラの音楽を聴くに際しては、

大抵、パイヤール室内管弦楽団のお世話になったはずです。

昔は今のように、マーラーとかブルックナーを「普通に」聴くという習慣はありませんでした。

今がいけないというつもりは毛頭ないけれども、あれは、ピアニストの清水和音氏が何処かで

言っていましたけど、「大曲志向」になったのは、CDが発明されてからですよ。


話が逸れるので、その話はそれぐらいにしますが、アナログしかなかった時代に、何十年にもわたって、

日本人が最も多く買うクラシック(正確にはバロックですが)の「レコード」は、

イ・ムジチ室内合奏団によるヴィヴァルディ「四季」だったのです。

しかし、いくらなんでも四季ばっかり何百回も聴きませんよね。次なんか聴きたいなというときに

目に付いたのが、沢山レコーディングしてくれていた、ジャン=フランソワ・パイヤール氏の、

「パイヤール室内管」だったわけです。


イ・ムジチ→パイヤール→普通のオーケストラで、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス

という経緯を辿ったクラシック愛好家が、私の年代ではかなり多いと推測します。

証明の使用がないですけど。多かれすくなかれ、パイヤール氏の演奏を楽しんだ筈なのです。


◆お世話になっておいて、まるっきり哀悼の意を示さないのは、薄情です。

パイヤール氏が亡くなったのを知ったのは、一週間経ってからでした。4月22日。

どの新聞も全く報じなかったような気がします(確認していません。この記述間違っていても、

メールとか下さらなくて結構です)。

私は、Twitterで知りました。ネットが無かったら知らないでいたかもしれない。


パイヤール氏の訃報は、残念ではありますが、お年を考えると「不思議」ではありません。

私がおどろいたのは、その話題が、ネット上でクラシック音楽について熱っぽく語る人が大勢いるのに、

ジャン=フランソワ・パイヤール氏の逝去に関して、あまりにも無反応だったことです。


若い世代は、そもそも生で聴いた事も無いし、録音でも「今更、パイヤール?」なのかもしれません。


また、音楽の好み、解釈の好みなど、あって当然ですが、弔事は全てに優先することですから、

何の反応もない。追悼もしないのは、如何にも薄情だと思いました。


だから、私がやります。


◆ごく普通に演奏した「ブランデンブルク協奏曲」の美しさ。

パイヤール氏指揮、パイヤール室内管弦楽団の録音は、物凄く多いので、

どれにしようか迷ったのですが、最もオーソドックスなのにしました。

クラシックがお好きな方は、もしかすると「いまさら・・・」と仰有るかもしれませんが、それはご短慮です。

改めて聴いてわかりました。ブランデンブルクの録音など、星の数ほどもあり、

跡にいくほど、それまでの演奏となにか、違いを出そうというので、古楽器で演奏したり、

昔の演奏法を研究して再現したとか(←ホントかどうか、だれにもわかりませんが)

「クセのある、ブランデンブルク」が多いのですが、パイヤール氏は一切余計な事をしない。

勿論、音楽的には気を配っています。「棒読み」ではありませんが、バッハは、色々いじらなくてもいのだ、

ということがよく分かります。現代の楽器。弦楽器は現代の奏法。ノン・ヴィヴラートとか関係無い。


とにかく曲にいきましょう。

引用元は、 バッハ:ブランデンブルク協奏曲(全曲)です。


バッハ:ブランデンブルク協奏曲第2番 BWV1047第三楽章


コンチェルト・グロッソ(合奏後奏曲)です。フルートはランパル、オーボエはフランスの名手、

ピエール・ピエルロ。そして、トランペットはモーリスアンドレ。


ここで面白いのは、モーリスアンドレの音がまだ、堅いのです。後年は、もっと柔らかい音になります。

まだ、円熟しきっていない、アンドレの音が、逆に珍しいのです。





次は弦楽合奏とチェンバロの第3番。落ちついたテンポが良いです。


バッハ:ブランデンブルク協奏曲第3番 BWV1048 第一楽章





3番の第二楽章はチェンバロだけの約1分間の演奏です。、第三楽章に繋がるカデンツァのような形式になってます。

そのCDでは第二楽章と第三楽章が一つのトラックに収録されてます。


第三楽章はフーガが、楽しいです。


バッハ:ブランデンブルク協奏曲第3番 BWV1048 第二、第三楽章





綺麗ですね。


あまり取り上げない、4番、フルート2本と、ヴァイオリンが「独奏者群」です。フルートは、ランパル。


バッハ;ブランデンブルク協奏曲 第4番 BWV1049 第一楽章





かなり延々と続く、ヴァイオリンの細かい音符の連続するソロが印象的です。

ブランデンブルク4番の第三楽章では、もっと早いパッセージをヴァイオリンが求められます。


バッハ;ブランデンブルク協奏曲 第4番 BWV1049 第三楽章





ブランデンブルクの2番と4番では、いまではリコーダーを使うことが多いけれど、ここでは、

往年のフルートの名手、ピエール・ランパル氏が、現代のフルートで吹きます。

全く違和感がない。バッハはあれこれいじらない方が良いようですね。

パイヤール氏のご冥福を祈ります。

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2013.05.10

「村松増美氏死去=アポロ月面着陸で同時通訳」←村松先生。お世話になりました。ありがとうございました。

◆記事:村松増美氏死去=アポロ月面着陸で同時通訳(時事通信 5月9日(木)16時42分配信)

アポロ月面着陸の中継で、同時通訳として活躍した元サイマル・インターナショナル社長、村松増美(むらまつ・ますみ)氏が

3月3日に死去していたことが9日、分かった。82歳だった。東京都出身。葬儀は近親者で済ませた。

日英同時通訳の草分け的な存在で「ミスター同時通訳」と呼ばれた。

1965年に国際会議の通訳者集団サイマル・インターナショナルの創設に参加。社長、会長、顧問を歴任した。

69年の米宇宙船アポロ11号の月面着陸の際には、宇宙飛行士の言葉を訳してお茶の間に届けた。

主要国首脳会議(サミット)でも、75年の第1回から数回にわたり通訳を務めた。 


◆コメント:キッシンジャー元・米国務長官が「私より英語が上手い」と言いました。

先日、亡くなったサッチャー英首相とか、フォード米大統領、シュミット旧西独首相、ジスカール・デスタン仏大統領など、

1980年代に始まった年に一度のサミットでは、必ず、村松増美さんが担当したので、みな村松さんを覚えていたそうです。

キッシンジャー元・米国務長官は村松さんを評して「私よりも英語が上手い」と言ったほどだそうです。


記事では、アポロ11号の月面着陸を挙げていますが、多分、書いている記者は若くて知らないのだと思います。

村松先生や、國弘正雄先生や、小松達也先生も通訳しましたが、あれは何といっても一番印象にのこっているのは、

6年前に95歳で亡くなった、西山千(にしやま せん)さんでした。

西山先生が亡くなったときに、私が書いた文章がこれです。

2007.07.13 「アポロ通訳『こちらヒューストン』西山千さん死去95歳」←日本人に初めて「同時通訳(者)」を知らしめた方です。

↑をお読み頂くと分かりますが、アポロ11号の月面着陸それ自体と同じぐらい、

日本人は、「同時通訳」という技術の存在。「同時通訳者」の存在を知り驚嘆したのです。

あまりに驚嘆したので、西山先生は後日、バスに乗っていて、全く知らないご婦人から、

「御礼」を言われた、という、美しいエピソードが載っているので、是非、リンク先の記事をお読み下さい。


◆村松先生の「プロ意識」。

今日の記事のタイトルに「お世話になりました」とかきましたが、

私は直接、村松増美先生と面識はありません。勿論、通訳術を師事したのでもありません。

これから、説明します。


私は、30年ぐらい前に、何処かの新聞社が主催した、西山千、村松増美、小松達也の3先生の講演を

聴いたことがあります。

興味深いお話は無数にありましたが、一番鮮明に覚えているのは、村松先生が

「プロのプロたる所以(ゆえん)」(という言葉は使われませんでしたが)について、

常に強い意識をもっておられることを物語る、お話でした。


同時通訳といっても、最初から同時通訳をするのではなくて、通訳の基本は、逐次通訳。

原発言者が、一区切り話したところで停止し、その部分を通訳者が訳す形式です

それについて、本当は他にも色々面白いお話があったのですが、また、別の機会に。

私が一番鮮明に記憶しているのは、

逐次通訳をしていると、欧米人はしばしば、真面目なスピーチの間にジョークを織り込む。

こういうとき、可笑しくて思わず笑いそうになるが、それはしてはならない。

それは、聴衆、即ち一般の日本人に対して、
あなた方、今、この人が言ったジョークがわからないでしょう?私は分かりました。

さあ、それでは、英語のが苦手なあなた方のために、英語のプロの私が翻訳してあげますよ。

という態度だ。プロは上手くて(分かって)当たり前なのだ。一般の人を見下しているような誤解を生ずる

態度をとるべきではない。

という村松先生の言葉でした。プロがアマに向かって

「こんなことも知らないのですか?どうしてそんなに下手クソなんですか?」という態度は微塵も見せてはならない。

プロは上手くて、当たり前だ、という強烈な自負心が、まだ大学生だった私にもよく分かり、感銘を受けました。

村松増美先生のお陰様で、フリードマンの講演をはじめ、枚挙に暇がないほど、

自分では分からない、英語の知性に触れることができました。

普通ならば、「ご冥福をお祈り申しあげます」で締めくくるところですが、

私は、西山千先生に御礼を言ったご婦人を見習います。

「村松先生、ありがとうございました」

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2013.04.16

【訃報】アドルフ・ハーセス氏。半世紀以上、シカゴ交響楽団首席トランペット奏者を務めた音楽家です。

◆凡そ(特にクラシック系の)ラッパ吹き(吹いていたことがある者)で知らない人はいないのです。

アドルフ・ハーセス氏を知らないラッパ吹き、特にクラシック系のラッパ吹きがいたら、モグリです。

それぐらい、世界中のオーケストラ・トランペット奏者の頂点に君臨したといっても良いかもしれません。

尤も難しいところで、このシカゴ交響楽団というアメリカでは、雑誌の「タイム」でしたか。

アメリカ人ってのは何でも「順位」を付けるのが好きなようで、毎年オーケストラ・ランキングを発表します。

ここ数年はどうなっているのかしりませんが、以前は長い間、サー・ゲオルグ・ショルティ指揮=シカゴ交響楽団が、毎年1位でした。


実は私はサントリーホールで聴いたことがあります。「展覧会の絵」を含むプログラムでトランペットは大活躍します。

しかし、お悔やみ記事の中でこんなことを記すのも、なんですが、あまり印象にのこらないシカゴ交響楽団の演奏でした。

このオーケストラは一人一人は非常に技術のレベルが高く、今もいるのかわかりませんが、以前はチェロの首席奏者が

チャイコフスキーコンクール、優勝だか2位だったか、とにかく「ソリスト級の名人」を集めたオーケストラですが、

オーケストラ全体としての音楽が、聴き手の心に残るためには、単に「上手ければいい」ものではない、ことが、

皮肉な言い方になってしまいますが、よく分かりました。しかし、そうとはいえ、ハーセス氏はすごいです。


◆どのように「すごい」のか。

シカゴ交響楽団に対する好みは分かれるでしょうが、やはり第一級のオーケストラであることは間違いありません。

一流オーケストラのメンバー、とりわけ、各楽器の「首席奏者」は「上手くなければならない」上に、

「間違えてはいけない」のです。


厳密に言うと、絶対間違えないということは、人間、あり得ないと思います。

オーケストラの奏者ではなくて、ソリストですが、私が過去に何度も記事にした、不世出の名手、

モーリス・アンドレ氏のごとき天才ですら、一度、ハイドンのトランペット協奏曲でちょっとミスをしました。

あれほど常に完璧な演奏をする天才(←ご本人は「天才」と言われると機嫌が悪かったそうです。「練習だ」と)ですら

ミスがあるのか!と逆に感動(?)した、中学時代の私でした。


アドルフ・ハーセス氏も一度だけ、ミスをしたのを聴いたことがあるという日本のプロ・トランペット奏者がおられます。

不思議はありませんが、その時だけだ、というのです。


アドルフ・ハーセス氏は、1948年から2001年まで実に53年間の長きにわたり、シカゴ交響楽団首席トランペット奏者、

という栄光の、しかし、ものすごいプレッシャーがかかる地位にいつづけました。

どうしていられたか?というと、それは音楽家として優れていたからですが、トランペットは

とにかく目立ちます。ハーセス氏は1921年生まれで、80歳まで首席だったのは、オーケストラの演奏において

トランペットの「ここ一番!」というところ。絶対に間違えたらいけないところで殆ど絶対に間違え無かったという

その安定した演奏ぶりゆえ、だと言ってよいでしょう。これは自分もラッパを吹いていたことがある私には、

少しは想像がつきます。トランペットはピアノのハンマーアクションのように「ド」の鍵盤を叩いたら「ド」の音が出る

という楽器ではない。人体の一部を振動体とするのは、西洋音楽では声楽とトランペットだけです。

声楽の音源は、元々音を発するための臓器である「声帯」ですが、トランペットは本来その為に存在するわけではない

「唇」を振動体(音源)として用います。それだけ不安定で、たゆまない練習により、楽器と身体との一体感を醸成しないと

ハーセス氏のような偉業を成し遂げることはできません。やはり、永遠にトランペット奏者の歴史に名を残す方だと思います。

それがアドルフ・ハーセス氏の「すごさ」です。


◆ハーセス氏のトランペット協奏曲を乗せて、栄誉を讃えます。

もう廃盤ですが、クラウディオ・アバドがシカゴ交響楽団を振っていた頃に、シカゴの名人達をソリストにして、

ドイツ・グラモフォンに「管楽器協奏曲集」を録音しました。その中にハーセス氏がソロを吹く、ハイドンがあります。

T_chicagoconcerto001

その演奏を乗せて、アドルフ・ハーセス氏の栄誉を讃え、氏への弔意を表します。


ハイドン:トランペット協奏曲 変ホ長調 第一楽章 アレグロ





安定した立派な音だと思います。


ハイドン:トランペット協奏曲 変ホ長調 第二楽章 アンダンテ





弱音のコントロールと、歌心が素晴らしいと思います。


ハイドン:トランペット協奏曲 変ホ長調 第三楽章 フィナーレ・アレグロ





華やかな音色とテクニックの切れが心地良く響きます。


やはり、アドルフ・ハーセス氏はクラシック・オーケストラ・トランペット奏者の代名詞といっても過言でない。

その名は永遠に残ることでしょう。

心より、お悔やみを申しあげます。

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2013.02.24

【訃報】独指揮者のサバリッシュさん死去…N響でも活躍←恐れていた時が来てしまいました。

◆記事:独指揮者のサバリッシュさん死去…N響でも活躍(読売新聞 2月24日(日)19時33分配信)

ドイツ音楽の精髄を伝える指揮者として、日本でも人気の高かったウォルフガング・サバリッシュさんが22日、ドイツ南部グラッサウの自宅で死去した。

89歳。DPA通信が伝えた。

ドイツ生まれ。ミュンヘン音楽大で学んだ後、1947年、アウグスブルク市立歌劇場でデビュー。

ドイツ国内で腕を磨き、57年にはワーグナー上演で高名なバイロイト音楽祭に当時の最年少で登場した。

71~92年にバイエルン国立歌劇場音楽総監督、93年~2003年に米フィラデルフィア管弦楽団の音楽監督を務めるなど、

欧米の有力ポストを歴任した。

ベートーベンやワーグナーの管弦楽曲からオペラまで、ドイツ音楽を最も得意とし、安定感ある解釈で定評を得た。

ピアノの腕前も一流で、室内楽や歌曲に取り組んだ。

日本では、64年にNHK交響楽団を指揮して以来、N響と関係を深め、長年ファンに愛された。

94年にはN響から桂冠名誉指揮者の称号を贈られ、2004年11月の共演が最後となった。

体調を崩し、06年3月に指揮活動からの引退声明を発表した。


◆コメント:母の死去よりもショックです。

弊ブログを長年御愛読下さっている方は、覚えて下さっている方もおられるかも知れませんが、

私は、ヴォルフガング・サヴァリッシュ先生を43年前、

小学校4年生のときから、勝手に尊敬しています。

音楽の正規教育をうけたことが無い私に、サヴァリッシュ先生の音楽家としての本当の偉大さは、

多分、本当には理解出来ていないとおもうのですが、

何故か、子供のころから、私は

この方こそ「本当の音楽家」だ。

と、直感的に思い、あこがれ、尊敬しています。

2004年の最後の来日のとき、あまりにも弱っておられて、

見ていて涙がでました。今日が来るのは時間の問題だと覚悟していましたが、遂に

現実となってしまいました。

私が如何にサヴァリッシュ先生を尊敬していたかを一番知っているのは、母なのですが、

その母が今年の1月3日に他界しましたので、誰も私のサヴァリシュ先生への思いを知る人間がいない。


ちょっと混乱してしまって、文章になりません。

先生の生前の名演、とくに「世界一美しい棒」をご覧頂きたいと思います。


◆【音楽・映像】サヴァリッシュ先生名演集。

メンデルスゾーンについて解説するサバリッシュ先生。


Sawallisch Talks about Mendelssohn







解説に続いて、メンデルスゾーン交響曲第3番「スコットランド」第二楽章スケルツォです。


Mendelssohn "Scotland" 2nd Movement






1986年。27年前のサヴァリッシュ先生。


Sawallisch Conducts Beethoven Symphony No. 7 4th movement







ちょうど、この頃、留学中のN響のティンパニ奏者の代わりに、元シュターツカペレ・ドレスデンのティンパニ奏者、

ペーター・ゾンダーマン氏が、一年だけN今日にいらっしゃいました。ティンパニ奏者にとって「神様」です。

最後のN響との協演。同じベートーヴェンの7番ですが、あまりにも弱っている先生を拝見して私は泣けて仕方がありませんでした。

本当は、あまりみたくありません。


Beethoven Symphony No7 4thMovement - Wolfgang Sawallisch






終演後、先生が「もう二度と来ることはないだろう。全て終わったね」という様子で目を閉じて静かに頷きます。

この放送を見たとき、私は、胸が張り裂けそうに辛かったです。


私と同じ程度に、サヴァリッシュ先生への思い入れを他人に強要することができないのは当然ですが、

世間のクラシック通が、サヴァリッシュ先生を「かなり有名な指揮者の1人」程度の認識で、「サヴァリシュ」と呼び捨てにすること

自体、ホントは不愉快なんですが、まあ、それはお互い様ですから仕方がありません。

あまり語れません。今夜はこの辺で。一言だけ。

サヴァリシュ先生、長い間、ありがとうございました。

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2013.01.03

【私事】母が他界致しました。お騒がせしました。

◆最近、ほぼ毎日お騒がせしておりましたが。

母が今朝、息をひきとりました。

今朝6時、病院→兄(長男)自宅→私(次男)自宅に、

危篤。至急来られたし

と電話がありまして、病院にクルマで(結局自分で運転しました)急行したところ、心停止で、心マ(心臓マッサージ)

の最中でした。もはや、瞳孔反射なし、心拍、呼吸停止していたのですが、

蘇生措置中止時間、2013年01月03日7時0分を以て死亡時刻としました。

直接的な死因は急性腎障害ですが、背景としては、極度の脱水と栄養失調があり、それがどういうメカニズムで

もたらされたかは、ドクター(当直)は、「正確には『不明』」とのこと。

年末から年始にかけて、見舞う度に状態が悪化しているのは素人目にも明らかで、

昨日見舞ったときには、一昨日よりも意識レベルが低下し、尿が殆ど出ておりませんでしたから、

腎機能が低下していることは、明らかでさらに、夜には一層腎機能が低下して、

「透析できるかどうか否か?」を検討する。また、急に血圧が低下したので昇圧剤を使い始めた

という状態でしたので、覚悟していましたが、

悪い予想が概ね当たってしまいました。


死んだ本人も入院から1ヶ月経たずして、死ぬとは思っていなかったのですが、

色々、あとのことは話して(あるいは記録して)おりました。

もう一度、覚醒しなかったのは残念ですが、

何ヶ月もガンの闘病生活を経て、最後に疼痛に苦しむ、という、本人が一番恐れていた

事態は避けられました。

病院のドクターとナースのご尽力、

大変失礼ながら、レスをさしあげておりませんが、ブログ・日記にお見舞いのコメント、

メールを頂戴したみなさま。Twitter、mixiで、ご親切なお言葉を賜った方々、

みなさまに、御礼を申しあげます。

私事で大変お騒がせ致しました。悪しからず。

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2012.09.13

「アコーディオン奏者の横森良造さん死去」←9年前に拙日記で横森さんのことを書かせて頂きました。

◆記事:アコーディオン奏者の横森良造さん死去 (朝日新聞 2012年9月13日0時40分)

アコーディオン奏者の横森良造(よこもり・りょうぞう)さんが死去した。

関係者によると、8月27日に東京都の自宅で心不全で亡くなり、葬儀は既に営まれたという。79歳だった。

「スター誕生!」などのテレビ番組に出演し、人気を博していた。

歌う人に合わせて転調したりテンポを変えたりして自由自在に即興できる、

日本のアコーディオン奏者の第一人者だった。


◆コメント:9年前に「世間は必ずしも人を正しく評価できない。アコーディオンの横森良造さんに思う。」と書きました。

私の世代以上の方は覚えておられると思いますが、

横森良造さんは、いつもニコニコしてテレビでタレントさんの歌の伴奏をやっておられました。

一般には、何だか人のよさそうな、アコーディオンのおじさん、と思われていたかもしれません。

しかし、横森良造さんは、アコーディオンの第一人者ということもありますけれど、

本当に音楽を勉強なさった「伴奏者」でした。それは世間の99%は分かっていないと思いました。

9年前に、

2003年07月04日(金) 世間は必ずしも人を正しく評価できない。アコーディオンの横森良造さんに思う。

という記事を書きましたが、ここに改めて載せます。
2003年07月04日(金) 世間は必ずしも人を正しく評価できない。アコーディオンの横森良造さんに思う。

世間には、地道に研鑚を積み、優れた技術と経験をもちながら、正当な評価を得られない人が沢山いる。

小学校の前を通ったら、ひさしぶりにアコーディオンの音が聞こえた。アコーディオンは子供が弾いていると

幼稚な楽器に聞こえてしまうが、cobaこと小林靖宏氏が20年前に登場して以来、この楽器に対する認識は随分変わった。

coba氏が登場する前はアコーディオンといえば横森良造さんだった。

ところが、横森さんは主に素人ののど自慢の伴奏とか、歌手のオーディションの伴奏とか、

お笑い番組での芸人の下手な歌の伴奏とか、そういう扱いしか受けなかった。

一般の人は横森さんといえば、「バラエティ番組でニコニコ笑いながら、歌謡曲の伴奏をしている地味なおじさん」、

という印象を抱いている事だろう。


しかし、多少なりとも音楽の素養がある人ならば、横森さんがただものではないことに、気がつく。

レパートリーが5000曲というのも無論すごいのだが、本質はそういうことではない。

横森さんは、どんな歌の伴奏をするときでも、歌っている人間にとって、

その曲の調性が合っていなければ(キーが高すぎるとか、低すぎるとかいうでしょう)、

即座にその人が一番歌いやすい調性に替える、つまり、移調をすることが出来る。

例えば、ニ長調の歌がちょっと高い、というときに、半音下げて嬰ハ長調にしたりするのである。

ニ長調ならば♯2個だが、嬰ハ長になれば、♯7個となり、一挙に指使いが難しくなる。

それでも、横森さんは決して間違えない。

そして、アコーディオンの左手はハーモニーを奏する為のボタンが100数十個もついているわけで、

ある調性の曲のある部分に適したコードに応じて、瞬間的にそれを選択しなければならない。

横森さんは移調をしたときに、このようなハーモニーの移調も完璧にこなしている。

ようするに、横森さんは西洋音楽を構成する24種類すべての音階と

それに付帯する和音群が完璧に身体に沁み込んでいるのである。

楽器をやった人なら分かるだろうが、これは、本当に真面目に音楽を勉強した人でなければ出来ない技術だ。

そして、常に練習をしていなければ、ダメになってしまうのが楽器の演奏技術というものである。

横森良造さんは、愚かなテレビ局の連中や一般大衆が考えているよりもはるかにすごい技術を有している、

それだけの研鑚を積んだ本当の音楽家なのである。

私は、横森さんがバラエティーでにこやかに笑いながら演奏をしているのをみると、いつも、口惜しくなる。

世の中は、なかなか、優れた人に、正当な評価を下せないのである。


冒頭の朝日新聞の記事にしても、あまりよく分かっていない記者が書いたことは明らかですね。
歌う人に合わせて転調したりテンポを変えたりして自由自在に即興できる

「転調」とは
曲の途中で,ある調(先行調)から別の調(後続調)に調が変わること。

であって演奏者の裁量ではなく、作曲又は編曲の作業において楽譜上で指定されていることですが、

横森さんのように、例えば、伴奏をしていて、歌う人の声域に合わせるのは、「移調」というのですね。
移調とは、
ある曲を,各音の相対的な音程関係は変えることなく,そっくり別の調に移すこと。

であって、完全に演奏者の技術です。

また、テンポを変えるのは、伴奏なら当然です。そして移調したりテンポを変化させることを「即興」とはいいません。


記事の重箱の隅をつつく(結果的にそうなってますが)ことが目的ではなく、

お悔やみ記事まで、横森さんの実力を正確に表現していないのが残念なのです。

横森良造さんは、あまりにも自然に移調をしておられたので、多少なりとも楽器を習った人じゃないと、

その凄さは分からない。

高度な技術を会得した、極めて優れた伴奏者でありながら、自分でその凄さを誇示することなく、

常に「伴奏者」に徹しておられました。本当のプロだったと思います。

謹んで、お悔やみ申しあげます。

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2012.06.07

「三笠宮寛仁さま ご逝去」←皇族が亡くなったら「薨去」(こうきょ)です

◆記事:三笠宮寛仁さま ご逝去(NHK 6月6日 20時29分)

天皇陛下のいとこで「ひげの殿下」として知られる三笠宮寛仁さまは、のどのがんの手術を受けたあと入院を続けていましたが、

容体が悪化して6日午後3時35分亡くなられました。66歳でした。

三笠宮寛仁さまは、平成3年の食道がんの手術以来、のどなどにできたがんのため、

これまでに16回の手術や治療を受けられました。



ことし1月には、東京・千代田区の杏雲堂病院でのどのがんを切除する手術を受け、入院を続けられていました。

宮内庁によりますと、寛仁さまは容体が悪化して危篤になり、6日午後3時35分、母親の三笠宮妃の百合子さまや

長女の彬子さま、次女の瑶子さまなどに最期をみとられ、多臓器不全のため亡くなられたということです。

寛仁さまのご遺体は午後6時すぎ、赤坂御用地にあるお住まいの宮邸に戻され、

天皇皇后両陛下をはじめ皇族方が6日夜、弔問に訪れられました。

寛仁さまは、昭和21年1月5日、三笠宮家の長男として誕生されました。

天皇陛下のいとこにあたられます。



みずからを「福祉の現場監督」と呼び、福祉団体の会長を務めて障害者の自立を支援したり、

学生時代に磨いた技術を生かして障害者のスキーの指導に当たったりするなど、

障害者福祉に積極的に取り組まれてきました。

昭和55年11月に信子さまと結婚され、翌56年に長女の彬子さま、58年には次女の瑶子さまが誕生されました。

また、日英協会や日本ノルウェー協会の名誉総裁として国際親善に務める一方で、

がんの研究基金の総裁としてがんの撲滅運動にも取り組まれてきました。

ご自身もがんとの闘病が長く、平成20年の手術では声を出すことができなくなり、

人工喉頭と呼ばれる器具をのどに当てて会話をされるようになりました。

このほかアルコール依存症や不整脈の治療のためたびたび入院されました。

一方で、去年5月には、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県を訪れて被災した人たちを励ますなど、

去年まで精力的に公務を続けられていました。


◆コメント:謹んでお悔やみ申しあげます。

誠に快活なお人柄でした。

まだお元気で「新婚」の頃。当時、故・遠藤周作氏が何処かの民放テレビで対談番組を始め、

その第1回目のゲストが、三笠宮寬仁殿下と妃殿下でした。

遠藤周作氏の方がからかわれるような雰囲気になりまして、

遠藤さん、久しぶりだなあ。たまには遊びに来て下さいよ。遠藤さんの好きな姉貴(甯子内親王)が会いたがってましたよ?

などと、おっしゃるのですが、遠藤さんの方が、狼狽してしまって、まだ新婚の妃殿下がおかしそうに見ていて、

とても暖かいお人柄を感じたのを覚えています。


◆どのメディアも「ご逝去」とかいていますが、「薨去」(こうきょ)が正しいのです。

NHKのみならず、全てのメディアが「ご逝去」とかいていますが、

薨去(こうきょ) 皇族または三位以上の人の死去。薨逝こうせい。(広辞苑第六版)

です。宮内庁の発表は、
寬仁親王殿下薨去について 平成24年6月6日

寬仁親王殿下には,本日午後3時35分,公益財団法人佐々木研究所附属杏雲堂病院において,薨去(こうきょ)されました。

謹んで哀悼の意を表する次第であります。

とあります。


尤も、私は、偉そうな事を言えないのです。最初Twitterに、
心より、ご冥福をお祈り申しあげます。

とかいてしまったのですが、「冥福」は仏教の概念で、皇室もずっと歴史を溯れば仏教とむかんけいではなく、

今も、明確に神道が皇室の宗教だ、とはどこにも書いていないのですが、宮中特有の行事を見ると分かるとおり、

神式ですから、「ご冥福」は今は、使わないのですね。

確かに宮内庁談話は、
謹んで哀悼の意を表する次第であります。

ですし、内閣総理大臣謹話においても、
(前略)様々な機会に国民と飾ることなく親しく接せられる殿下に、国民は深い敬愛の念を抱き、

引き続き積極的な御活動を望んでいたところ、思いもむなしく薨去されましたことは、誠に痛惜の思いに堪えません。(後略)

です。「薨去」ですし、「哀悼の念を表する次第」だったり、「痛惜の思いに堪えません」となっています。

若い人々が、きちんと哀悼の意を表していたのに感心しました。

ごく僅かですが、「皇族だから、どうだっていうんだ」と書いている人がいましたが、

弔事は全てに優先するものです。

一般論でいえば、何もないときなら、皇室廃止論を訴えるのは、

思想・信条の自由ですから許されますが、弔事には控えるべきです。


◆J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番から「エア」(G線上のアリア)

これは、死者を弔うために作られた音楽ではありませんが、

この場には相応しいと思います。

カラヤンです。アダージョ・カラヤン・プレミアムから


◆J.S.バッハ:管弦楽組曲 第3番 ニ長調 BWV1068 第2曲「エア」







最後に今一度。

謹んで哀悼の意を表します。

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2012.02.27

【追悼】トランペット奏者、モーリス・アンドレ氏、死去。

◆まだ、英語の記事すら見つからないのです。

情報源は、仏紙、France-Soir(英訳するとFrance-evening)紙で、
Maurice Andre' est mort a` l’a^ge de 78 ansなのです。

私はフランス語が分かりませんし、文字化けするかも知れませんが、原文を載せます。

◆Maurice Andre est mort a l’age de 78 ans(26 fe'vrier 2012 a` 14h45)

Le ce'le`bre trompettiste Maurice Andre' est de'ce'de' samedi a` l’a^ge de 78 ans a` Bayonne.

Il fu^t l’un des plus grands, sinon le plus grand trompettiste du 20e sie`cle et de renomme'e mondiale.

Maurice Andre' s’est e'teint samedi a` l’ho^pital de de Bayonne. Il avait 78 ans.

Ne' a` Ale`s en 1933 dans une famille modeste, il fu^t tre`s longtemps professeur au conservatoire de Paris

et mena une carrie`re de concertiste flamboyante a` travers le monde entier.

Sa notorie'te' est telle dans le monde de la musique que de nombreuses e'coles de musique en France,

mais aussi a` l’e'tranger portent son nom.

Il a joue' quasiment tout le re'pertoire de son instrument, avec les plus grands orchestres et les plus grand chefs d’orchestre.

Pour ne citer que quelques uns d’entre eux : Hebert von Karajan,

Karl Mu"nchinger, Michel Plasson, Karl Bo"hm ou Le'onard Bernstein...

これを翻訳サイト、Yahoo! Babel Fish - Text Translation and Web Page Translationで、

フランス語から英語に翻訳します。
◆Maurice Andre died in old 78 years(26 February 2012 14:45)

Maurice Andre died out Saturday at the hospital of Bayonne. He was 78 years old.

Born in Ale`s in 1933 in a modest family, he was very a long time professor with the academy of Paris

and carried out a career of concert performer blazing through the whole world.

He played almost all the repertory of his instrument, with the full orchestras and the largest leaders.

To quote only some of them: Hebert von Karajan, Karl Munchinger, Michel Plasson, Karl Bohm or Leonard Bernstein…

For several years it had been withdrawn in its house of the Basque Country.kg
where it practised the sculpture without giving up his trumpet completely.

It gave its last concert in 2008 to Beziers. Its career reached tops in the years 1980 and 1990.

It could then take part in 250 concerts per annum.

Maurice Andre is not only one large artist of talent. He brought also much to the trumpet by making some a melody instrument

and while playing of works in all the musical genres and in particular of classical music.

He also recorded a considerable number of discs (approximately 280).

He finally received many distinctions of which most prestigious is undoubtedly that into 2006 the Americans gave him,

proclaiming it better trumpet player of the world in front of Louis Armstrong and Miles Davis.

ざっと要約すると、
トランペット奏者、モーリスアンドレ氏が、24日(土)、バイヨンヌの病院で死去。78歳。

1933年アレスに生まれ、長年パリ音楽院の教授を務めた。

その演奏活動は世界各地に及び、カラヤン、カール・ミュンヒンガー、カール・ベーム、バーンスタインなど巨匠と

共演した。ここ数年はバスク地方で引退していたが、練習は続けており、完全にトランペットを吹くことを

止めたわけではなかった。

演奏活動の全盛期は1980年から1990年の10年間で、年間250回ものステージをこなした。

モーリス・アンドレの偉大さは、彼の才能そのものだけではなく、トランペットの旋律楽器としての表現力を

世に知らしめたことにある。

また、彼は、膨大な録音を残した(約280)。

彼は様々な賞を受賞したが、中でも特筆すべきは、2006年、アメリカの金管楽器雑誌「ブラス・ブレティン」(Brass Bulletin)誌が募った投票で、

アメリカ人がモーリスアンドレを、ルイ・アームストロングや、ウィントン・マルサリスを遙かに上回る数で、
「20世紀の最も偉大な金管楽器奏者」

として評価したことであろう。

ということになります。

モーリス・アンドレのファン・サイトでしょうか。これは

ここに、2006年の投票結果が載っています。
TOP 12 brass players of the XXth century(20世紀の最も偉大な金管楽器奏者奏者12位まで)

  • Maurice Andre'(モーリス・アンドレ) (848)

  • Louis Armstrong (ルイ・アームストロング←ジャズ・トランペット)(649)

  • Wynton Marsalis (ウィントン・マルサリス←ジャズ・トランペットだけどクラシックも吹く人)(485)

  • Arnold Jacobs(アーノルド・ジェイコブズ←シカゴ交響楽団の首席テューバ奏者だった人です。) (431)

  • Miles Davis(マイルス・デイヴィス←ジャズ・トランペット) (394)

  • Adolph Herseth(アドルフ・ハーセス←シカゴ交響楽団の首席トランペット奏者だった人です。) (305)

  • Dennis Brain (デニス・ブレイン←イギリスのホルン奏者。「奇跡のホルン」ですね。)(276)

  • Dizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー←ジャズ・トランペット。) (263)

  • Christian Lindberg (クリスチャン・リンドバーグ←スウェーデンのトロンボーン奏者です。)(243)

  • Philip Jones(フィリップジョーンズ。←フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルの創立者です。) (173)

  • Maynard Ferguson(メイナード・ファーガソン。←カナダのジャズトランペット。映画「ロッキーのテーマ」のハイトーンで有名です。) (171)

  • Herman Baumann (ヘルマンバウマン←ホルン奏者です。)(160)

    (Source : Brass Bulletin)



◆コメント:亡くなったのは、誠に残念ですが、同時代に生きていられて幸せでした。

ヴァイオリンならハイフェッツやクライスラーを生で聴いてみたかったとつくづく思いますが、

無理な相談です。

モーリスアンドレは、一度ですが、東京で生で聴くこと(しかも、ハイドンのトランペット協奏曲)を聴くことが出来ました。

それだけでも幸せでした。

彼は、紛れもなく100年に一人の天才だと思います。


この後、上手い人が続々と出ていますが、なんだかんだいっても次元が違います。

かつて、

【音楽】9人のトランペット奏者による、フンメル:トランペット協奏曲 第三楽章。

を書きました。これは演奏時間が4分弱なので、全部聴いても大して時間がかかりません。

皆、下手とは言いませんけれど、アンドレの軽快さ。音の粒の揃い方に比べると、明らかに劣ります。

滅多に世に出ない名人のことを「不世出(ふせいしゅつ)の名手」といいますが、まさにモーリス・アンドレこそ、

その名に相応しい。誠に残念です。

一日ではとても紹介しきれないので、何にしようか迷いましたが、美しい高音で歌い、またテクニックも堪能出来る、

テレマンのトランペット協奏曲ニ長調を聴いて頂きます。

これは、伴奏がカラヤン=ベルリン・フィルという大変贅沢な録音です。

トランペット協奏曲集から。


テレマン:トランペット協奏曲ニ長調 第一楽章


大変な高音で音が堅くならず,あくまでも伸び伸びと輝かしい。アンドレだけが出せる音です。





テレマン:トランペット協奏曲ニ長調 第二楽章






次は最終楽章ですが、最後の高音だけでも大変な「名人芸」だと思います。


テレマン:トランペット協奏曲ニ長調 第四楽章







突然、モーリス・アンドレの訃報に接し、心の準備が出来ていなかったので、今日はこれしか載せませんが、

何しろ、40年も聞き続け、憧れてきたトランペット奏者ですから、まだまだ、何度かに分けて、その偉大な業績(=演奏)を

ご紹介したいと考えております。今まで一体何度、モーリス・アンドレについて書いたか。

一覧性という点ではブログより、ウェブ日記エンピツが勝るので

目次のページ「モーリスアンドレ」で検索した結果をご覧下さい。

モーリス・アンドレ先生のご冥福を心よりお祈りします。

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